この作品は、一応作品集47「戦慄のG~味も見ておこう~」および、54の「戦慄のG~俺達に明日は無い~」の続編です。
この作品にはグロテスクな表現・奇妙な描写・変態的な言動が含まれます。なお、飲食中の閲覧には十分ご注意ください。当方では一切の責任を負いかねます。
だが、『あえて読もう』という方だけこの先匍匐前進で40分
バリ
ボリボリ
「ウッ・・・・・・」
グチュ
グチャ
「ウグ・・・・・・」
「これは、いけるかもしれない・・・・・・はっ!?」
※※※
「♪あー、まただ 置いて逝かれたよ 不死でもハートは痛い♪」
季節は夏だが、降りしきる雨で、少し肌寒い夜。所は永遠亭。時刻は消灯の少し前である。
風呂上りの輝夜は、湯船につかっていた時のテンションそのままに、暗い廊下をあるいていた。永遠亭には輝夜専用の浴室と兎達の使う大浴場があるが、最近の輝夜は何故か大浴場に現れては水の苦手な兎達を歌いながらブラシでゴシゴシするのであった。
「♪この体と この惑星 先に滅ぶのはどっちで・・・・・・?」
SHOW? といいかけて、輝夜は廊下の真ん中に鎮座する『それ』に気がついた。
「・・・・・・?」
『それ』は・・・・・・輝夜には一瞬なんだかわからなかった。
否、見覚えはあったのだ。ただ、彼女の知る『あれ』と比べ、サイズがあまりに大きすぎた。その上、すばしっこいことで日本中を恐怖に陥れるはずの『それ』は、輝夜を目の前にしてピクリとも動かなかった。
「これって、ゴキブリよね?」
太い脚。長い触角、鋭い牙。どこをどう見てもゴキブリなのだが、兎に角デカイ。全長およそ120センチ。永遠亭の小兎たちが喰われかねないサイズである。
「永琳ってば、バイオハザードでも起こしたのかしら?」
その時の輝夜には、バイオハザードの犯人が紅魔館のパチュリー・ノーレッジであることも、永琳が今どこで何をしているのかも、知る由もない。
「・・・・・・退治しておいたほうがいいわよね、やっぱり」
月出身の輝夜は、むやみやたらとゴキブリごときを恐れたりしないが、やはり素手素足で蟲を潰すことには抵抗があったらしく、動かない巨大ゴキブリに対して弾幕で対処することにした。
そんなことをしたらいろいろと廊下に飛び散ることになるが、掃除するのは自分ではないので、輝夜は気にしなかった。
「私に遭ったのが運の尽きね、ゴキブリさん」
否、それは違った。
「・・・・・・え?」
本当にツイてないのは、輝夜のほうだった。
ピシ・・・・・・
バリ・・・・・・バリバリバリ・・・・・・
「・・・・・・!!!」
※※※
さかのぼること数時間前。
日が沈んで間もない頃。天気は雨。所は紅魔館大図書館である。
紅魔館当主・レミリア・スカーレットは、ティーカップ片手に妹の後姿をさりげなく、かつ優雅に凝視していた。
レミリアの妹・・・・・・フランドール・スカーレットは梯子に登って何やら書棚で探し物だ。
その後姿を、姉は目からビームが出るんじゃないかと思うほど凝視していた。ついでに、後ろに控える咲夜も血眼で凝視していた。
それには理由があった。フランドールのスカートの丈だ。
膝どころか脛まで隠れるレミリアのスカートと違い、フランドールのスカートは短い。そう、『短い』のだ。具体的には、『ドロワーズがギリギリ隠れるかどうか』の丈なのだ。だからちょっと高いところに上ったり、否、普通に立っているだけでも、チラリ、チラリと、『見える』のだ。
実の妹に欲情する変態吸血鬼と、女の子しか愛せない切ないメイドは、それをただひたすらに見ていた。それが二人の生きがいだった。何せフランドールの衣装は、どれもレミリアと咲夜が血の滲むような思いでデザインし、人間の里一の仕立て屋に依頼して作らせたもの。情熱のかけ方が半端ない。
「咲夜。紅茶のおかわりを」
「はい、お嬢様」
レミリアのティーカップに、再び紅茶が注がれる。そして、フランドールのスカートがゆれる。二人とも、さりげなく頭が下がっていた。
「うむ・・・・・・深い」
「同感ですわ」
そんな光景を見ていたパチュリー・ノーレッジは、何かを諦めた表情で本の執筆に戻った。
「ねえねえパチュリー。今度はどんな本を書いてるの?」
数冊の本を抱えて梯子から降りてきたフランドールが、パチュリーに話しかけた。パチュリーほどではないが、フランドールは意外と読書家だ。そんな彼女にとって、パチュリーの新作ほど興味の注がれるものはない。
「・・・・・・G-Xについてまとめた本よ。ここ数日寝ないで進めたおかげで、もうすぐ完成よ」
G-X
その単語に、その場の空気は凍りついた。
「いやだ・・・・・・パチェってば、まだあんなもののことに固執してるの? もうすんだことなのに・・・・・・」
「レミィ、まだ終わってないわ。貴女が毎晩悪夢にうなされて泣きべそかいて私や咲夜や妹様の所に駆け込むように、私とG-Xの決着もまだついていない。現に、太陽の畑と魔理沙の家に奴らは現れた。あの時はたまたま居合わせた風見幽香が片付けてくれたから良いものの、毎度そうはいかないわ」
「・・・・・・ねえパチェ。この一件、私は立派な『異変』だと思うの。霊夢かスキマあたりに相談すべきじゃない?」
「御馬鹿ね、レミィ。そんなことしてみなさい。彼女たちなら確かにG-Xを絶滅させられるでしょうけれど、最後に叩きのめされるのは『異変の元凶』・・・・・・つまり、この私よ」
「ああ・・・・・・そういえばそうだったわね」
「幸い、奴らはまだ人間の里には姿を現してはいない。そうね、咲夜?」
「はい。先日調査した結果では、G-Xの目撃情報および、奴らの潜んでいる兆候は人間の里には一切ありませんでした」
「そういえば、人間の里のハクタクに歴史を食べてもらうって案はどうなったの?」
「一応打診はしたんですが・・・・・・」
『嫌だ! 絶対に嫌だ! 頼むからもう帰ってくれ! 勘弁してくれ! 私はどんな物の怪よりゴキブリが大嫌いなんだ! これ以上、あの黒い悪魔をつぶしたとか喰ったとかいう話をしないでくれええええええええええええええええ! 私の心を犯さないでええええええええええ! うわ~ん、もこ~!』
『慧音! しっかりして、慧音ぇええええ!』
「泣いて断られましたわ」
「・・・・・・でしょうね・・・・・・」
「G-Xが長らくこの紅魔館に住み着いていたことからわかるように、奴らは人家生活型よ。ヒトガタの文明に寄り添わないと生きてゆけない。人間の里に奴らが現れていないとすれば、あとは消去法で行き着く先は決まってくる。この紅魔館に似て、広くて『食料』も豊富な場所といえば・・・・・・一ヶ所しかないわ」
パチュリーの言葉に、その場にいた者は皆沈黙せざるを得なかった。天窓を叩く雨の音だけが、淡々と図書館に響いた。
※※※
「ポォォォオオオン!」
すでにリーチをかけているてゐの捨て牌に、鈴仙が間髪いれずに鳴いた。
ざわ・・・・・・
一瞬にして場の空気はざわめき、兎達の顔は角ばる。
今のてゐの捨て牌はドラ・・・・・・つまり、それで鳴いた鈴仙の手は最低でもドラ3。
毎月恒例兎だらけの永遠亭ウサウサマージャン大会は、ただいま南3局。親は鈴仙、トップも鈴仙、てゐはトップと1万6千点差の二位である。
万年最下位の鈴仙だが、今日はツキにツイていた。東1局からツモアガリの連発、それだけではなくドラ・裏ドラも味方した。いつにない大勝ムードに、鈴仙の頭には早くも脳内物質が駆け巡っていた。
3位、4位の小兎は、今日の鈴仙にはワシズが舞い降りていると諦めていたが、てゐはまったく動じず慌てず揺らいでいなかった。そのことに、鈴仙は気づいていない。
「キキキ・・・・・・観念しなさい、てゐ。今日の私は次のツモであがるわ。嗚呼、背中が重い・・・・・・のしかかる悪鬼たちでッ!」
嗚呼、鈴仙よ。それを自分の口で言ってしまったららめなのである。
「・・・・・・ン」
「え?」
「鈴仙、その牌ロン。リーチタンヤオ三暗刻、満貫」
ざわ・・・・・・!
「トップ親から満貫直取り・・・・・・点差がひっくり返る・・・・・・!」
その時だった。
ジリリリリリリリリリリリリリリリ!!!
けたたましいベルの音に、兎達は皆一様に驚き、耳をふさいだ。
「うわ、何!?」
「非常警報だわ!」
「何だよ、これからオーラスだっていうのに! また巫女か!?」
どうやら、永遠亭のあちこちに設置された、どこかで見たことある赤いボタンを誰かが押したようだ。元々月の使者に備えて設置したものだったが、実際役に立ったのは永夜異変の時、霊夢たちの襲撃に対してであった。ちなみに、さすがのてゐも悪戯でこれを押したりすることはない。
「ぬぅ・・・・・・てゐ、勝負はいったんお預けよ」
「あら、ノーコンテストにしてあげようと思ったのに」
火花を散らす鈴仙とてゐの視線をよそに、その他大勢の兎達は面倒くさそうに立ち上がる。
「えーと、これが鳴った時って、どうするんだったっけ?」
「まずは机の下に隠れるんだっけ?」
「ちがうわ。急いで外に逃げるのよ」
「ちがうちがう。まずは貴重品を・・・・・・」
「全員食堂に集合! お師匠様の指示を仰ぐわよ!」
鈴仙の号令で、ウサギたちは動き出した。
「ちょっと、押さないでよ! 廊下は広くないんだから」
「ついでに出入り口はもっと狭いわ」
「思い出した! 非常時のときは『お・は・し』が大切なんだったわ!」
「・・・・・・なんだっけ、『おはし』って?」
「『押さない』!」
「『はしたない』!」
「『しょうがない』!」
「しょうがないわね」
「うん、しょうがないね」
「違う! 馬鹿なこと言ってないで行動しなさい! GO! GO! GO!」
兎達が学校の避難訓練よろしく、面倒くさげにのろのろと廊下を移動しているときだった。
曲がり角から不意に何かが現れた。
「きゃっ!」
「え、輝夜様!?」
「う・・・・・・ぐ・・・・・・」
曲がり角の壁に体当たりするように現れ、そのままずるずると倒れこんでしまった輝夜。
よく見ると、全身傷だらけだ。妹紅と戦った時ですら、ここまで酷くはやられない。
あわてて鈴仙が輝夜を抱き起こす。
「輝夜様、一体どうなされたんです!? 非常警報を押したのは輝夜様ですか!?」
「く・・・・・・ぐ・・・・・・みんな、聞きなさい。今すぐ永遠亭の外に逃げるのよ。この屋敷にはとんでもないバケモノが潜んでいるわ・・・・・・」
「バケモノ!? スキマ妖怪でも忍び込んできたんですか?」
「違うわ・・・・・・ぐ!」
傷が完全にリザレクションしきらないのに、立ち上がろうとする輝夜。こんな主の姿を見るのは、鈴仙もてゐも初めてであった。
「あれは妖怪じゃないわ・・・・・・正真正銘のバケモノよ。兎に角回れ右! 総員屋外へ退避! 鈴仙、てゐ。先導しなさい。私は殿(しんがり)よ!」
「え? えっ? 輝夜様が殿って???」
「急ぎなさい! 蟲の餌になりたいの!?」
「は、はいい!」
※※※
場面は変わり、ここは未明の紅魔館。
「これでよし・・・・・・」
パチュリー・ノーレッジは、G-Xに関する資料の最後の一頁を書き終えると、静かに立ち上がった。
「それじゃ・・・・・・行ってくるわ。ちょうどいい具合に雨もやんだし」
「パチェ。行くって、どこに?」
「永遠亭よ。人間の里がハズレなら、次にG-Xが出るとしたら、そこしかないわ」
「・・・・・・行ってどうするつもり?」
「どうするもなにも、奴らを絶滅させるに決まってるじゃない。自分で引き起こしたバイオハザードだもの。責任はとらなきゃいけないし、霊夢にボコボコにされるのもごめんだわ」
そういうとパチュリーは、分厚い銅表紙の本と携帯喘息ボンベを小脇に抱えて歩き出した。
「48時間以内に私が『戻って来なかったら』、誰でもいいからそこの資料を霊夢かスキマに渡しなさい。彼女たちなら、キチンと『後片付け』してくれるわ」
「パチェ! お供も連れずに一人で行く気!?」
「私は貴女の食客よ。供回りが持てる身分じゃないわ」
「でも・・・・・・」
「パチュリーの言うとおりよ、お姉様。妖精の護衛が必要なほどパチュリーは弱くないよ」
「フランまで・・・・・・」
「でもさ、パチュリー」
「何かしら、妹様?」
「護衛はいらないだろうけど、『戦力』を一人増やす気はないかしら?」
フランドールの言葉の意味を、パチュリーもレミリアも、咲夜でさえもはかりかね、一瞬キョトンとした。しかし、フランドールの不敵な笑みを見て、パチュリーもそれに魔女の微笑で応じた。
「恐れ多いお言葉だわ、妹様。でも・・・・・・貴女なら一騎当千ね」
「決まりね。咲夜、コートと帽子の用意を!」
「かしこまりました、妹様」
「パチュリー、15分後に正門前に集合よ。ありったけのスペルカードを持ってきてよね!」
そういうとフランドールは、パチュリーを追い抜いて、図書館から出て行ったのであった。
※※※
「ダッシュダッシュダッシュ! 急ぎなさい!」
自ら殿を買って出た輝夜は、廊下の奥に向かって弾幕を放ちながら兎達を急かしていた。
「ねえ、輝夜様って、さっきから何と戦っているのかしら?」
永遠亭の中庭への最短ルートを走りながら、鈴仙がてゐに問う。
「さあ、知らないわよ。蟲の餌とかいってたから、なんかリグルの悪戯かなんかじゃないの? ま、知らぬが華だし仏だわ」
その時だった。
バキバキ!
ガサガサガサ!
「うわあああ!」
「きゃあああ!」
「な、何だこいつら!?」
床を、天井を襖を突き破り、黒い何かが上下左右から兎達に襲い掛かった。
「ぎゃあああ! 鈴仙、何してんの援護して!」
「無理よ! そっちこそ援護して!」
「みんな伏せなさい!」
輝夜の声に、兎達がいっせいに床に伏せる。それに一瞬遅れて凄まじい密度の弾幕がやけに光沢のある黒い何かを吹き飛ばした。弾け飛んだあとには、形容しがたい色の液体が撒き散らされ、兎達はモロにそれを浴びることとなったのだった。
「ぐえ・・・・・・何これ」
「う~ん、蟲みたいだけど」
「鈴仙、てゐ、何しているの、立って!」
「輝夜さまぁ~、この黒いの一体なんです?」
「説明はあとよ! 走りなさい!」
・・・・・・そんなこんなで、輝夜と永遠亭の兎達はなんとか屋外へ逃れたのであった。
「武器庫の鍵を開けて!」
「あ~、あそこの鍵はお師匠様が」
「仕方ない、破るわ!」
「え、ちょっと、輝夜さ・・・・・・」
鈴仙の静止も聞かず武器庫の扉に弾幕をぶっ放す。穴だらけになった扉を、輝夜は蹴破った。
「全員武装しなさい! マシンガンもライフルも刀も槍も全部出すのよ!」
「それでも全員分には足りませんよ?」
「足りない分は斧でもスコップでも竹槍でもいいから、兎に角武器を! 『あれ』と素手で戦うのは自殺行為よ」
「輝夜様、そろそろ説明してくださいよ。一体何があったんです?」
「・・・・・・そうだったわね。私としたことが取り乱していたわ。みんなよく聞いて」
輝夜は、腰に太刀を装着しながら、全員に行き渡る声で話し始めた。
「今、永遠亭の中には、さっき私達を襲ったような『巨大なゴキブリ』がウジャウジャいるわ。しかもそれだけじゃない。やつらのなかには『脱皮して変態する』ものもいる。さっき私がボロクソにやられたのは120センチもあるゴキブリの殻から出てきた四足歩行に二本の腕を持った形容しがたい生物よ。動きは素早く、力は強く、弾幕こそ使ってこなかったけれど、とんでもないヤツだったわ」
輝夜の話を聞くうちに、面倒くさげだった兎達の表情が青ざめ始める。話しながらも輝夜は籠手をはめ脛当てをつけ鉢金を額に巻きつける。
「あの~輝夜様。それで、そんなヤバイ生き物相手に、私たちを武装させてどうするおつもりで・・・・・・?」
恐る恐るてゐが聞く。
「決まっているでしょう。あいつらを退治しないと私たちが住処を失うだけじゃない、この幻想郷が危ないわ」
(うわ、輝夜様ってば目がマジだよ)
(冗談じゃないわよ。あんな馬鹿でかいゴキブリなんて相手にしたら、あたしらなんて喰われちゃうよ)
「鈴仙、てゐ。兎達をツーマンセルに分けて永遠亭をぐるっと包囲しなさい」
そういうと、輝夜は懐の短刀を確かめ、再び納める。
「輝夜様は!?」
「屋敷の中のやつらを殲滅するわ。出来る限り私が片付けるけど、『喰い残し』が屋敷の外に逃げ出すかもしれない。その時は貴方たちが連携して仕留めるのよ」
薙刀を手に持ち屋敷へ再び向かう輝夜。その後姿は、なんかオーラらしきものに満ち溢れていた。
「輝夜様、お一人で行かれるのですか!?」
「下手にイナバの護衛がいても、リスクが増えるだけよ。いいこと。『一匹たりとも逃がしてはいけない』わ」
『は・・・・・・はい!』
「あ、そうだ。輝夜様! 師匠の姿が見えませんが!?」
「・・・・・・私も夕食の後から会ってないわ。お風呂でも見かけてない。でも、きっとどこかで戦っているはずよ。だから貴方たちも冷静に行動しなさい。いいこと、『一人たりとも戦死は許さない』わよ」
そういい残し、輝夜は今や魔窟と化した永遠亭の中へ消えていった。
「なんか今日の輝夜様、颯爽としてる」
「背中からなんかオーラ出てたしね」
「カリスマってヤツ?」
「もうNEETじゃないね。NEETからカリスマに一足飛びだわ」
「ぶつくさ言ってないで行動しなさい! 全員武装して戦隊編成!」
「鈴仙にも今の百分の一でもいいからカリスマがあればね~」
「てゐ。なんか言った?」
「別に~」
※※※
「と、言うわけで。レミィ、妹様を借りるわよ」
それだけ言い残して、パチュリーも行ってしまった。後に残されたのはレミリアと咲夜だけ。図書館は不気味なほどの静寂に包まれた。
「それではお嬢様。私は妹様のお出かけの準備がありますので」
「待てい」
「はい?」
咲夜を呼び止めたレミリアは、ひどく思いつめた顔をしていた。
「咲夜。なんだか私、置いてけぼりじゃなかったかしら?」
「ええ。見事なまでに眼中にありませんでしたね」
「・・・・・・少しはフォローしなさいよ」
「申し訳ありません。フォローのしようもないほどのスルーっぷりでしたから」
このまま椅子に座って紅茶を飲んでいるだけでも、すべての決着はつくだろう。自分とは関係のないところで。
しかし、それがカリスマ溢れる吸血鬼のすることだろうか。
否。断じて否ッ!(反語)
そもそも、先の紅魔館におけるゴキブリとの戦いでレミリアのカリスマは失墜した。先ほどパチュリーやフランドールがレミリアを暗に『戦力外』としたのもそのためだ。
G-X
あの黒く巨大でおぞましい蟲の群れ。
レミリアは奴らに何もかも奪われた。
カリスマ、信頼、そして安眠。
奪われたものを取り戻すには・・・・・・奪い返すしかない。
「メイド長!」
「はい、お嬢様」
レミリアはハラを決めた。
「・・・・・・留守を預ける」
「かしこまりました。お嬢様」
※※※
「お待たせ、妹様」
「来たわね、パチュリー」
朝日が昇り始めた紅魔館の正門前に、パチュリーとフランドールはいた。
パチュリーは、パジャマのような服装に本を抱えたいつものいでたちだったが、フランドールの方はつばの広い黒い帽子に黒いトレンチコートに黒いサングラスと、対紫外線装備の全身黒づくめだ。本当は日傘一本させばいいのだが、片手がふさがるのと、機動力が落ちることを嫌い、フランドールはあえてこの全身黒のコーディネートを選んだ。
正門前には、二人の他に、美鈴率いる警備隊が整列していた。パチュリーとフランドールの見送りのためだ。
「行きましょう。夜が明け始めたわ」
パチュリーが促すと、警備隊一同が一斉に姿勢を正した。
そのときだった。
『待たせたな・・・・・・!』
どこからともなく響きわたるカリマヴォイス。そして、朝焼けの紅魔館を闇に包むようなコウモリの群れ。そのコウモリたちがひとつの塊を作り、人型を成す!
現れたのは、日傘をさした僕らのカリスマ、レミリア・スカーレットだ!
「レミィ!」
「お姉さま!?」
「・・・・・お嬢様!」
(・・・・・・よし。登場シーンは決まった!)
と、心の中でガッツポーズをするレミリアだった。
「見送りに来たわけじゃなさそうね、レミィ」
「当然だろう。パチェ。あなたも知っているでしょう? 私は、地べたを這いずる糞虫を見ると、つい踏み潰したくなる性分なのさ」
「つまり、お姉さまも出撃するの?」
もちろん、とない胸を張るレミリアに、一同は不安を隠せなかった。
(大丈夫かしら、レミィ・・・・・・)
(大丈夫かしら、お姉さま・・・・・・)
(大丈夫だろうか、お嬢様・・・・・・)
「何をもたもたしている! さあ、行くぞ」
「お・・・・・・お嬢様、フランドール様、パチュリー様のご出陣! 一同、敬礼!」
こうして、レミリア、フランドール、パチュリーは警備隊の最敬礼に見送られ永遠亭を目指すのであった。
※※※
「ね、眠い・・・・・・」
「疲れた・・・・・・」
「お腹すいた・・・・・・」
いつもなら、永遠亭では朝食の用意が始まる時間だ。だが、昨夜から続く永遠亭の非常警戒態勢は、日が昇っても解かれることはなかった。
おそらく、屋敷の中では輝夜が奮闘しているのだろう。中から響く激しい弾幕の音がそれを物語っていた。
「こら、そこ、集中力を切らさない! 輝夜様は一人で一晩中戦っているのよ! 私たちが一匹でも逃したら、それが水の泡よ!」
小兎達に喝を入れる鈴仙だったが、彼女自身も昨夜から飲まず食わずで警戒にあたっている。疲労の色は隠せない。
ゴンゴン
「頼も~」
「!? 何?」
疲れがピークに達しつつある兎達の耳に、少々場違いな声が飛び込んできた。永遠亭の正門を誰かがノックしている。
「誰だよ、こんな時に?」
「お師匠様の診療所のお客か?」
「頼も~」
「今日は八意先生は休診です! 申し訳ありませんがお引き取りを!」
てゐが正門に向かって叫ぶ。すると、返ってきたのは予想外の返答だった。
「とりあえず全滅はしてないみたいね」
「いるんだったらさっさと開けないか、このウサビッチ! もういい。フラン、やれ」
「は~い、お姉さま」
ドゴン!
次の瞬間、永遠亭の立派な正門は、跡形もなく『壊され』た。
そして、舞い上がる土埃の中には、小柄な人影が三つ。
「お・・・・・・お、お前は!?」
ゆっくりと、まるでビデオのスローモーション再生のように、優雅に進み出る、日傘をさした人影。そう、それは僕らのカリスマ!
「レ、レ・・・・・・レミリア・スカーレット!」(バアアアァァァン!)
「邪魔するぞ」
「な、何しにきたのよ! 今こっちは立て込んで・・・・・・」
「パチュリー、どうやら私たち」
「ええ、出遅れたみたいね。ナイト・クラブは大盛況だわ」
「おい、そこのお前。状況は?」
「え? え?」
「状況を報告しろと言っている。さっさとしろ!」
いきなりレミリアに指さされて取り乱す鈴仙のかわりに、てゐが答える。
「永遠亭の中には馬鹿でかいゴキブリがウジャウジャしてるわ。輝夜様は一匹も外に逃がさないように私たちに永遠亭を包囲させて、自分は中で戦っている」
「なるほどなるほど。手下を危険からなるべく遠ざけ、自分は孤軍奮闘か。NEETにしては上出来だ」
「で、それがあんたたちとなんの関係があるのよ?」
「ウチにも出たのよ。その馬鹿でかいゴキブリが」
「鈴仙、てゐ。こっちにきて頂戴。小兔たちを指揮しているのはあなたたち二人ね? いいものを持ってきたわ」
そう言うと、パチュリーは持ってきた分厚い銅表紙の本を開いた。
「これはG-Xの妖気を探知して個体数を表示する『G-Xカウンター』よ。これによれば、今永遠亭の中にいるG-Xは・・・・・・あら、何かすごい勢いで減ってるわね」
「言ったでしょ。輝夜様が中で戦っているのよ」
「へえ。おたくのご主人、ただのNEETじゃないわね。それともう一つ耳寄りな情報よ。このゴキブリたちは、強力な幻想郷の住人たちに滅ぼされないよう、特殊な進化を遂げているわ。普通のゴキブリにはない・・・・・・」
「ひょっとして、脱皮して変態するってこと?」
「あら、情報早いわね」
「どういうこと、パチュリー? そんな情報初耳よ」
先日の紅魔館におけるG-Xとの死闘の後、パチュリーは美鈴に処分するよう言われたサンプル・・・・・・捕獲したG-Xの残り二匹(一匹はご存知のとおり解剖されパチュリーが美味しくいただきました)を殺処分せず、密かに観察を続けた。その結果、G-Xは恐るべき進化を遂げた。
それが、脱皮変態という普通のゴキブリにはない成長方法である。
「私は、その変態過程を見て、通常のゴキブリと同じ6足歩行形態をアルファ体と、そしてアルファ体から脱皮した形態をゼータ体、そしてさらにもう一段階脱皮したものをオメガ体と命名したわ。アルファ体は全長100センチ前後になると、四足歩行のゼータ体に、そしてさらに成長すると二足歩行のオメガ体に脱皮変態することが確認されたわ」
「四足歩行に二本腕の化け物なら、輝夜様が目撃してるわ」
「G-X・・・・・・恐るべき適応スピードね。紅魔館で奴らと大きな戦闘があったのはほんの数日前だというのに」
「感心してる場合じゃないでしょ、パチェ! 奴らがあれ以上デカくなるなんて聞いてないわよ!」
「あら、知ってたら来なかった?」
「パチュリー、続けて」
「それで、私達は奴らにどう対抗すればいいの?」
「輝夜の作戦は今のところ間違ってないわ。これから私たちも永遠亭に入ってG-Xの掃討作戦を開始するわ。あなたたちは引き続き屋敷の周りを固めて・・・・・・」
ズン・・・・・・・
「・・・・・・今のは・・・・・・?」
ズン・・・・・・・!
「どうやらお出でなすったらしいわね」
永遠亭の奥から、見るもおぞましい化け物が姿を現す。四本足に二本の腕。間違いない。G-Xのゼータ体だ。
「こ・・・・・・これが輝夜様をボコッた化け物・・・・・・!?」
見るものを例外なく戦慄させる醜悪なシルエット。四足歩行に二本腕というアンバランスな巨体が、兎達の前に現れた。
「兎さん! ぼさっとしないで、一斉射撃よ! 援護して!」
フランドールが大声を張り上げる。
「パチュリー、左に回ってやつの注意を引いて! お姉さまは右! お箸を持つ手の方よ! さあ、かかってらっしゃい! 今日の私はフル装備よ! レーヴァテインだってちゃんと持ってきてるんだから!」
フランドールは、愛用の魔杖を手に、巨大なG-Xに正面から躍り掛る!
「どりゃあああああああああああああああああああ!」
※※※
「せりゃあああああああああああああああああああああ!」
輝夜の渾身の一撃が、ゼータG-Xの片腕を切り落とす。返す薙刀の刃が、G-Xの腹に深々と食い込む。
形容しがたい叫び声を上げるG-Xに、さらに輝夜は至近距離からありったけの弾幕を叩きこむ。
バラバラに飛び散る蟲の体と、まき散らされる体液。弾幕を放った輝夜は、その体液をモロに浴びるわけだがそんなことは今は気にしていられない。
「はあっ! はあっ!」
休む間もなく輝夜は次の敵に狙いを定める。アルファG-Xが数匹、廊下の奥から飛びかかってくる。
「せい!」
先頭の一匹を薙刀で一刀両断にし、続く敵に弾幕を浴びせる。弾幕をかいくぐった個体を、更に薙刀の一撃で仕留める。輝夜は昨夜からこの激しい戦闘を繰り返していた。
永夜異変のときは、幻想郷オールスターズに8人がかりで袋叩きにされた輝夜だが、蟲に遅れを取るほど彼女は弱くない。本人は数えていないが、既に輝夜は百匹以上のアルファ体、16匹のゼータ体を倒している。支援も援護もなしに、たった一人でだ。これだけ語れば、輝夜の本当の実力がわかるというものだろう。
「はっ・・・・・・はっ・・・・・・」
襲いかかってくる敵がいなくなったことを確認し、ようやく輝夜は一息ついて、顔を袖でぬぐった。
(外のイナバ達は大丈夫かしら。それに、これだけの大騒ぎになっているのに、永琳が出てこないなんて・・・・・・無事だといいんだけど)
考えながらも、次のターゲットを妖気を頼りに索敵する。
(この奥かしら・・・・・・)
足音を忍ばせ、油断なく歩を進める輝夜。半開きのふすまから部屋の中を伺う。そこには、今まで見たことのない光景が広がっていた。
「何これ・・・・・・」
周囲を警戒しながら、『それ』に近づく輝夜。
「これって、抜け殻?」
それは、ゼータG-Xに酷似した形をしていた。しかし、背中が大きく裂け、内側から何かが破ったような形跡があった。
「奴ら・・・・・・脱皮は一度だけじゃないってこと?」
みし・・・・・・
畳を踏みしめる音に、輝夜は薙刀を握り直す。
「抜け殻がまだ湿ってる・・・・・・そう遠くへはいってないわね」
そのとおりだった。
「!!!」
左手のふすまを突き破って、ゼータG-Xよりさらに巨大な化け物が輝夜に躍りかかってきた。
二本足に四本の腕。オメガ体だ。
「くっ!」
咄嗟に飛び退き、鋭い爪の一撃を躱す輝夜。弾幕を放ちながら、未知の敵との距離をとる。
「おおおおおおおお!」
渾身の弾幕。しかし、敵は怯むことなく向かってくる。振り上げられた巨大な爪を見て、輝夜は咄嗟に薙刀の柄でそれを受け止める。しかし、両手がふさがる輝夜に対し、相手はまだ、三本自由な腕が残っている。
「ぐはっ!?」
突き上げるような一撃を胴にもらい、輝夜の体が宙に浮く。そのまま壁に叩きつけられ、薙刀を落としてしまう。
「ぐ・・・・・・うう・・・・・・」
敵はこちらのリザレクションを待ってはくれない。痛みをこらえ立ち上がり、腰に吊るした太刀を鞘から引き抜く。
「・・・・・・!」
ジリジリと、追い詰めるのを楽しむかのように、オメガG-Xは迫ってくる。それに対し、輝夜は太刀を正眼に構える。
どうやら、G-Xとの死闘は、ここからが佳境のようだった。
※※※
ズウウウン・・・・・・
「やった、倒したぞ!」
崩れ落ちるゼータG-Xの巨体を見て、兎達が歓声を上げる。
しかし、フランドールとパチュリーはまだ気を抜かない。二人とも、ピクピクと痙攣を続けるゼータG-Xの体を見逃さなかった。
「どりゃああ!」
フランドールが、瀕死のG-Xの体を踏みつけ、逆手に握った魔杖を頭に突き立てる。そこまでしてようやく、G-Xは動きを止めた。
「パチュリー。カウンターにはあと何匹って表示されてる?」
「15匹よ。数字の動きが止まったわ。おそらく、輝夜が中で難儀している頃よ」
「急ぎましょう。パチュリー、後ろを頼むわね。さあ、お姉様・・・・・・お姉様?」
「レミリアなら、この化け物が現れた直後から・・・・・・」
「失神しちゃったわよ」
お箸を持つ手の方に回って注意を引くはずだったレミリアは、大の字に倒れデスラー総統のような顔色で白目をむいて痙攣していた。
((嗚呼、やっぱり・・・・・・))
パチュリーとフランドールの顔には、そう書いてあっった。
「兎さん。面倒を増やして申し訳ないんだけれど、レミィのこと、お願いしていいかしら? 日陰に移動させておくだけでいいから」
「別にいいけど・・・・・・何しにきたの、レミリアは?」
「こっちが聞きたいわ」
それだけ言うと、パチュリーはフランドールに続き、永遠亭の中へ消えていった。
こうしてレミリアのカリスマ失墜は、紅魔館の外にも知れ渡ることとなった。
※※※
「はぁっ! はぁっ!」
ズシ・・・・・・ズシ・・・・・・
やっとの思いで倒したオメガG-X。その死骸を踏みつけて、新たな敵が輝夜に迫っていた。
「キリがない・・・・・・!」
太刀を構え直し、慎重に敵との間合いをはかりながら、輝夜は初めて弱音を吐いた。ああ、永琳がいてくれればとさえ、心の中で思っていた。
化け物のあげる雄叫びが、折れかかった輝夜の心をさらに揺さぶる。
「くっ・・・・・・!」
四本の腕を振り上げ、突進してくる化け物。相対する輝夜は、疲労困憊の体に鞭を打って太刀を振り上げた。
その時だった。
「スターボウブレイク!」
「エメラルドメガリス!」
凄まじい弾幕が、輝夜に迫っていた化け物を一瞬にして飲み込む!
「どりゃああああああああああああ!」
間髪いれずに、黒い小さな人影がオメガG-Xに飛びかかり、手にもった何かで頭部に一撃を加える。
「輝夜! どうやらまだ無事のようね」
「あなたは・・・・・・紅魔館のパチュリー・ノーレッジ!?」
突然の援護射撃に、普段ほとんど面識のないパチュリーの登場。輝夜には何が何やらわからなかった
「悪いけど、永琳の診療所は今日は休診よ。今永遠亭は・・・・・・」
「知ってるわ。だから来たのよ」
「そう、ゴキブリ退治にね!」
息絶えるオメガG-X。そして、軽やかに輝夜の目の前に着地する黒い人影。
「あなたは?」
「フランドール・スカーレットよ。よろしく」
フランドールは、サングラスを外すと輝夜にウインクしてみせた。
「どういうこと? あなた達、こいつらがなんだか知っているの?」
「ごめんなさい、輝夜。詳しい事情を話している時間はないの。早速で悪いんだけど、この屋敷の住人があまり出入りしなくてある程度広い場所を教えて頂戴」
「どうしてそんなこと聞くの?」
「いいこと、輝夜。このゴキブリたちはね、どれも一体のメス・・・・・・クイーンから生まれたものよ」
「クイーン!? こいつらゴキブリでしょう!?」
「最早ただのゴキブリじゃないわ。リグル・ナイトバグの制御も効かない化け物よ。あなたが兎達に言ったように、こいつらを野放しにすれば幻想郷は滅びかねない。だから、クイーンが潜んでいそうな場所を教えて欲しいの」
「・・・・・・地下に永琳の実験室があるわ。ついでに食料庫もね」
「おあつらえ向きね」
「パチュリー。カウンターの表示は?」
「残り9匹」
「OK。そいつらを全部退治してからその地下室に向かいましょう。奴ら、クイーンが死んだと分かると、また別の場所に移動しかねないからね」
「クイーンを除くと残りは8匹。こいつらは全部オメガ体の可能性があるわ。輝夜、あなたまだ戦える?」
輝夜は、太刀を鞘に収め、先ほど落とした薙刀を拾った。
「正直ひとりじゃキツイと思っていたところだけど、あなたたち二人が加勢してくれれば心強いわ」
「よし・・・・・・傷のリザレクションが終わったら行きましょう。三人でかかれば、オメガ体が相手でも恐るに足らないわ」
「いい? 敵と遭遇したら、私が正面から突っ込むから、パチュリーは左、輝夜は右に回ってね」
こうして、急ごしらえのG-Xを退治し隊が結成されたのであった。
※※※
「すごい弾幕の音が聞こえる。中で激しく戦っているのかしら・・・・・・」
鈴仙がウサ耳をピクピクさせながら永遠亭の中の様子をうかがっている。
「でもまあ、輝夜様一人でも馬鹿っ強いのに、あの魔女と吸血鬼がフル装備で加勢してるんだから。もう半分片付いたようなものね」
「そうそう。あー、お腹すいた。早く終わらせてくれないなかな~」
「コラ、何くつろぎモードに入ってるの! 銃後の私達がたるんでちゃ、輝夜様に失礼でしょうが!」
「相変わらずカタイな~、鈴仙ちゃんは。そんなんだからいつもしなくていい苦労をすんのよ」
「まったくもう・・・・・・危機感がなさすぎる! 化け物に襲われても助けてあげないわよ」
全く鈴仙の言うとおりである。兎達の本当の地獄は、全てが終わったあとの永遠亭の大掃除だということを、彼女たちはまだ知らない。
「それにしてもさぁ~」
「ん~?」
「お師匠様、何やってんだろ? やっぱこういう時の仕切りが鈴仙じゃ気合入んないよね~」
「だよね~」
※※※
「サテライトヒマワリ!」
「クランベリートラップ!」
「ブリリアントドラゴンバレッタ!」
左右と正面から浴びせられる弾幕に、オメガG-Xが悲鳴を上げて仰向けに倒れる。しばらくジタバタと手足を動かしていたが、輝夜が頭部を切り落とすとそれも止まった。
「あと何匹!?」
「残り一匹よ」
「オーライ。輝夜、地下室に案内して頂戴」
輝夜、パチュリー、フランドールの三人は、確実に一匹ずつG-Xを仕留めていった。パチュリーの予想通り、永遠亭に潜むG-Xの残存勢力は、全てオメガ体まで変態を遂げていた。しかし、幻想郷でも屈指の実力者に三人がかりで攻められては、流石のG-Xも分が悪いようだった。三人ともほとんどダメージを受けることなく、G-Xの駆除は着実に進んだ。
「ねえ、輝夜」
「何かしら、パチュリー」
「いいこと教えてあげる。こいつらはね、成長すればするほど酸味が増して大味になるのよ」
「さ、酸味?」
「やっぱり一番はアルファ体だけれど、欲をいえば産まれたての幼体も味わっておきたかったわ。嗚呼、もうすぐこの珍味も絶滅か・・・・・・幻想郷でも幻になるのね。可哀想に」
「ち、珍味?」
「あ、無視していいわよ。パチュリーの悪い癖なの」
フランドールがゲップの出そうな顔でそう言った。
「そ、そう・・・・・・」
そして、ついに三人は地下への入口へとたどり着いた。
「この階段を下りると、T字路になっていて、右が永琳の実験室。左が食料の冷暗保存庫よ」
「この先に・・・・・・クイーンが・・・・・・」
そう、この先には恐ろしく巨大でグロテスクなG-Xの親玉が待っている・・・・・・はずなのだが、フランドールは奇妙な違和感を感じていた。
そして、その違和感はパチュリーの持つG-Xカウンターによって確信へと変わる。
「? あら、おかしいわね、こんな時に故障かしら?」
「どうしたの、パチュリー」
「カウンターの表示が・・・・・・ゼロになってるわ」
「「え!?」」
慌ててカウンターをのぞき込む輝夜とフランドール。二人の目にも、もう幻想郷に生きたG-Xが居ないことが確認された。
「どういうこと・・・・・・?」
「とにかく降りましょう。自分の目で確かめるしかないわ」
輝夜を先頭に、慎重に階段を下りる三人。その先のT字路で、フランドールとパチュリーが左右をそれぞれ警戒し、その支援を受けながら輝夜は食料庫へと進む。
「! 二人とも、来て」
食料庫の前にはオメガG-Xの巨体が転がっていた。カウンターはゼロを表示しているが、輝夜は慎重に生死を確かめる。
「・・・・・・完全に死んでるわ」
「やっぱり変だよ」
「どういうこと、妹様」
「だって、この先にクイーンがいるんでしょ? なのに、全然妖気を感じない」
「カウンターの数字もゼロだし・・・・・・私にも訳が分からないわ」
「議論してても始まらないわ。進みましょう。」
パチュリーに促され、輝夜は進むしかなかった。
「ここよ・・・・・・」
『開放厳禁 つまみ食い禁止』と書かれた扉の前で、輝夜が止まった。紅魔館の大図書館にも負けない大きな扉は、わずかに開き、そこから薄い明かりが漏れだしていた。
「鍵を『壊す』必要はなさそうね」
「ええ。パチュリー、扉を一気に開いて頂戴。私とフランドールが突っ込むから」
「わかったわ」
パチュリーがドアノブに手をかける。輝夜とフランドールは、武器を握る手が少し汗ばむのを感じずにはいられなかった。
「3・2・レディ・・・・・・GO!」
パチュリーが思い切り開いた扉から輝夜とフランドールが食料庫に滑り込み、瞬時に四方を索敵する。
しかし、二人が目にしたのは、予想の遥か斜め上を行く光景だった。
「これは・・・・・・」
床と言わず壁と言わず、産み付けられた無数の卵。これは、先日の紅魔館の戦いでフランドールも目撃している。しかし、肝心のクイーンは・・・・・・
その巨体を横たわらせ、息絶えていた。
「・・・・・・誰?」
その、クイーンの死骸の傍らに、かがみ込む人影。こちらに背を向けているが、豊かな銀髪を大きな三編みにしたヘアースタイルは、もう見間違いようがなかった。
「永琳・・・・・・?」
「輝夜?」
振り向いた人影は・・・・・・八意永琳は、ハムスターのごとく口一杯に『何か』を頬張っていた。
「よかった、無事だったのね、輝夜。モゴモゴ」
取ってつけたような永琳の言葉に、輝夜は答えなかった。何も答えられなかった。
気まず過ぎる沈黙がその場を包む。フランドールはなんとかその沈黙を打破しようとしたが、言葉が見つからなかった。
そんな二人の横を、パチュリーがつかつかと歩み寄り、永琳と相対した。
「八意・・・・・・永琳・・・・・・」
「モゴモゴ・・・・・・ゴクン。そう云うあなたはパチュリー・ノーレッジ・・・・・・」
パチュリーと永琳。二人の間にいい知れぬ緊張が走る。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!
ドドドドドドドドドドドド!
そして、
「産卵管、珍味よ」
「キャッホー! 今日の雑炊は箸が立つわー!」
ニュータイプの如く心が通じ合ってしまったのだった。
カランカラン・・・・・・
輝夜の手から、一晩で数多の敵を切り殺した薙刀が滑り落ちた。それに遅れて、輝夜が両膝から崩れ落ちる。しかし、気絶したわけではない。膝立ちのまま、巨大な生物の亡骸を貪るパチュリーと、口を拭って立ち上がる永琳を凝視していた。
「いやー、この前は妹様が木っ端微塵に『壊して』しまったから味わうヒマがなかったのよねー。感謝するわ、八意先生。あ、産卵管マジ珍味」
「先生だなんて、照れるわ、パチュリー。私も、初めは凶暴でどうしようかと途方に暮れたけど、この凄まじい繁殖力とマイルドな口当たりを上手く活かせば永遠亭の新たな産業に、ひいては幻想郷の新たなタンパク源として普及することも夢じゃないわ!」
「ちょっと、G-Xは紅魔館原産よ。養殖するなら一枚噛ませなさいよね」
「G-X? あなたのネーミング? いいセンスね、クールだわ。私ほどじゃないけど」
「でも永琳、増やすのはいいけど肝心のクイーン殺しちゃったじゃない。モゴモゴ」
「そうなのよねー。あんまり凶暴なものだから手に余ってつい、ね。でも大丈夫! まだ卵がたくさん残っているでしょう? これを孵化前に遺伝子操作すればまた新たなクイーンを生み出せるわ。気性の穏やかななにかしらの家畜の遺伝子も一緒に組み込んで、飼い慣らしやすくすることもできるかも」
「イイわねそれ! 紅魔館と永遠亭の共同経営G-X牧場! 夢みたい!」
パチュリーと永琳は、ノリノリで『G-X繁殖計画』をああでもないこうでもないと意見を出し合っている。その様子は、輝夜はただ黙ってみていることしかできなかった。
その時だった。
パリパリパリ・・・・・・
「あ、見て、パチュリー。卵が孵化するわ」
「あら、ほんと。カウンターも反応してるわ」
床に産み付けられた卵の一つが孵化し、中から全長25センチほどの、半透明なゴキブリが這い出してきた。そのG-Xの幼体は、しばらく触覚をヒクヒクさせると、ゆっくりとパチュリーに近づいてきた。産卵管を味わうのをやめ身構えるパチュリーだったが、どういうわけか一向にその幼体は飛びかかったり噛み付いたりはしてこない。
「・・・・・・幼すぎてまだ攻撃性がないのかしら?」
「もしかして『刷り込み』じゃないかしら?」
「え? じゃあ、私のこと母親だと思ってるの?」
試しにパチュリーは手を伸ばし、まるで子猫でもあやすようにおいで~と呼びかける。すると、それに呼応するようにG-Xの幼体も、パチュリーの手に触覚をすり寄せてくるではないか。
「パチュリー。ママになっちゃったわね」
「うふふ。こうして見ると、なかなか可愛い・・・・・・」
バン!!!
パチュリーの言葉は爆発音に遮られた。いきなり、パチュリーの目の前で幼体が弾け飛んだのだ。
「・・・・・・いきなりなんてことするのよ、妹様」
そう、沈黙していたフランドールが、幼体の『目』を握り潰し、『壊した』のだ。じろりとフランドールを見るパチュリーだったが、それ以上のフランドールの鬼気迫る表情にたじろいでしまう。
「パチュリー・・・・・・紅魔館を出る前に行ったよね? G-Xを絶滅させるって」
「確かに言ったけど、あの時と今じゃ状況が違うわ」
「パチュリーの言うとおりよ。ええっと、フランドールちゃん? この生物はバイオハザードで生まれた突然変異らしいけど、地球上で幻想郷にしか存在しないとても貴重な生物なのよ?」
まるで、聞き分けのない子供を諭すように、永琳が続ける。
「そう、それは龍や天狗や河童や鬼・・・・・・そして、あなたたち吸血鬼と同じようにね。それを絶滅させる権利なんて誰にもない。そう思わない?」
「・・・・・・あるわ」
凛とした声が響く。
「輝夜・・・・・・」
永琳に答えたのは、輝夜だった。
「ええ、皆殺しよ」
フランドールもそれに続く。両膝をついていた輝夜はゆっくりと立ち上がり、ゆっくりと永琳に歩み寄る。
「か、輝夜、聞いて頂戴! 私だってあなた達が戦ってる最中にずっとコレの味見をしていたわけじゃないのよ? 事情を聞いて」
――少女回想中――
「はあっ・・・・・・はあっ・・・・・・」
永琳は『ソレ』から逃げ回っていた。息が切れ、心臓のが激しく脈打つ。
ここは住み慣れた自分の家のはずなのに、まるで得体の知れない迷路のように感じる。そう、それほどまでに、あの八意永琳が追い詰められていた。
「!? しまった!」
永琳は『ソレ』を振り切ろうとして、はからずも袋小路に飛び込んでしまったのだ。この先にはトイレがあるだけ。完全なるデッドエンドだ。
「くっ!」
振り返った先には、暗い暗い永遠亭の廊下。その奥から『ソレ』は現れた。
そう、それは・・・・・・上半身は燕尾服でキメ、下半身はブリーフ一丁。そして手には拳銃を持った・・・・・・オッサン。
永琳を追い詰めたオッサンは、銃口を向けこう言い放つ。
「ヤゴコロ~オ前ハ死ヌノダ~」
――回想終了――
「こんな感じで、私も死線をくぐってきたのよ」
「ねえ・・・・・・今のなに? 今のオッサン誰・・・・・・?」
「そして私は出会ったの! 月でも地上でも味わったことのないこのテイストに!!!」
天才の言うことは支離滅裂だった。
「そうよ、永琳の言うとおりだわ。輝夜! 騙されたと思って、あなたも一口食べてみればいいわ。これは間違いなく幻想郷の食文化にレヴォリューションを巻き起こ・・・・・・」
必死で食い下がるパチュリーと永琳だったが、抵抗もここまでだった。
バキッ!
「あ・・・・・・」
だらりと下げたままだった輝夜の右手が、電光石火のアッパーに豹変し、永琳の顎を打ち抜く。一瞬天井を見上げた永琳は、そのままうつ伏せに崩れ落ちる。
「いいこと教えてあげるわ、フランドール。蓬莱人ってね、どんな大怪我もすぐに治るけど、なぜか脳震盪だけは例外みたいなの。理由は分からないけど」
「・・・・・・ふーん、そうなんだ」
「や、やめなさい輝夜! 妹様! あなた達がしようとしていることは間違っているわ! 幻想郷の歴史に汚点として残る愚行よ!」
「それはいずれ未来が証明するわ。私たちは長生きだからイヤでも見届けることになる・・・・・・さあ、フランドール」
輝夜がフランドールを振り返る。その目から、一筋の涙が溢れるのを、フランドールは確かに見た。
「終わりにしましょう」
「・・・・・・ええ」
「いや! やめてえええええええええええええええええええええええ!!!」
※※※
こうして、腐ったレア・チーズケーキから生まれた哀しき生物・・・・・・G-Xは絶滅した。完全に滅んだのだ。
もう二度と、紅魔館のメイド長を発狂させることも、永遠亭の麻雀大会を邪魔することもない。
すべて終わったのだ。
※※※
昼下がりの永遠亭。ちょうど日陰になる縁側に、輝夜とフランドール、そして、妹に縋り付いて泣きじゃくるレミリアの姿があった。
「うう! ひっく・・・・・・フラン、フラン・・・・・・終わったの? 本当に終わったの?」
「終わったわ、お姉さま。何もかもね。そう・・・・・・終わったのよ・・・・・・」
さっきからレミリアは、うわ言のように繰り返し繰り返し同じ言葉で妹に問い続けていた。フランドールも、姉の柔らかな髪をそっと撫でながら、生気のない表情で答え続けるのだった。
永遠亭の兎達は、先程からG-Xの死骸の後始末に追われていたが、その様子は輝夜の目には最早うつっていない。
「・・・・・・なんだか、一晩で歳相応に老けた気がするわ」
「何言ってるのよ。輝夜が年相応になったら、お婆ちゃんどころかミイラだよ」
「・・・・・・そうね」
自分で話を振っておいて、輝夜は上の空だった。当然だろう。化け物を貪り食い、挙句に食用として繁殖させようなどとのたまう永琳の・・・・・・永年連れ添った一番大切な人の姿は、トラウマになるには十分すぎた。
G-Xとの戦いは、紅魔館と永遠亭の間だけで秘密裏にケリをつけることができた。人間達の歴史に残ることはない。博麗の巫女が動くこともない。しかし、これから先も長く生き続けなければならない彼女たちにとっては、忘がたい記憶となるだろう。
そう、苦い苦い記憶に。
「ぐす・・・・・・そういえば、パチェは? 姿が見えないわ」
「『台所を借りたい』っていうから、永琳が案内してるみたいよ」
「台所・・・・・・?」
「ええ、せめてもの『供養』にって」
フランドールが怪訝な表情を浮かべる。しかし、その時には全てが手遅れだった。
「みんなー! 休憩にしましょう!」
廊下の奥から、弾むような永琳の声が聞こえた。
「お腹すいたでしょう。ご飯作ったわよ」
パチュリーの声が続く。
「やったー! 私お腹ペコペコ!」
「昨日の夜から何も食べてなかったものねー」
G-Xの後始末をしていた兎たちがあちこちから集まってくる。
「私とパチュリーが腕によりをかけて作ったのよ。さ、いっぱいあるからみんなモリモリ食べなさい」
「お師匠様、パチュリーさん。これはなんて料理です?」
「「ゴキブリのチーズ・・・・・・」」
『もう勘弁してください』
戦慄のG ~完~
とは言え、そんなものを常食にする文化はありませんので、お断りします! 断固!
レミリアは南無三。
泣きながら失踪するレベルだわw
以前は全角の名前で上げているようですので、統一されたほうがいいと思います。
おお、怖っ!
赤ちゃんG-Xを一瞬だけかわいく思ってしまった。不覚。
シリーズ通して、ものすごく楽しかったです。
でもパチェと永琳はもっと寒気が走る!
第1のクイーンは死んだけど、きっと第2第3のクイーンが・・・・・・
ともかく当たり前のように生で食うのはやめてください!!!
ちょっとレアチーズケーキ腐らせてくる
作中で
>「G-X・・・・・・恐るべき適応スピードね。紅魔館で奴らと大きな戦闘があったのはほんの数日前だというのに」
って文章を目にしてリアルに「えっ?」って言ってしまいました。
>「『押さない』!」
「『はしたない』!」
「『しょうがない』!」
が一番お気に入りでした。