このお話は続きものだったりします。
タイトル通りの内容だったり致しますので、幼女アレルギーやお姉さまアレルギーをお持ちの方はお気を付け下さい。
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<前回までのあらすじ>
壁
↓
天井
↓
エントランスのオブジェ(いまココ)
「んんっ! んぐーぐー!!」
(いくらなんでもシンプルに纏めすぎだから! スリム過ぎて何の事だかさっぱりじゃない! 私の出番少ないんだから少しはちゃんと……って、あ、咲夜! ねぇ、いい加減に助けてよ! え、なに? 美鈴がいないから頑張れない? 何言ってんのよ、あんな門番いないくらいで! それでも瀟洒な私のメイドなの!? ちょっと、咲夜? さく……な、泣いてるの? え、えと……う、うえ? 何よ、私が悪いの? え、ご、ゴメン……ち、違うわよ! 私が泣かせたんじゃ……あ、ちょ、ちょっとパチェ! いいから早く……すみませんすみません。口の利き方には気をつけます。だからこれ以上のブレイクは勘弁して……あ、今なんつった!? 有り難味の無いドロチラっつった!? 私の崇高なドロワが有り難味がないっていうの!? あ、やっ! 行かないでパチェ! 私には貴女しかいないの!! ……え、何? ありがとう? 私もよ? や、やだもう……パチェったら…………って、あれ? パチェ? どこ……パチェ……咲夜? 咲夜ぁー? パチェぇー! パ……うああぁぁぁん!!)
前回までのあらすじ。
ふと出現したもふもふした謎の生命体により、美鈴は幼女化してしまった!
それにはしゃいだフランドールに因ってカリスマは不運には壁と頭を一体化させられるという事態になったが、無いカリスマはブレイク出来ない、つまりカリスマブレイクというのは愛するカリスマに対する最大限の愛情表現だから無問題! ってどっかの大図書館の魔法使いさんが言ってた。
そんな中、幼女となった美鈴を至極可愛がる咲夜さん。もとい、さっきゅん。ラブラブでデートしつつ夕食のお買い物をこなしてお風呂でビバノンノン♪
しかし、人生そんなに上手くいかないもので、今度はフランドールが幼女から妖女となり、狂気が暴走して大混乱!
それを止めたのは言うまでも無く、我らのカリスマ&キチデレと名高いパチュリーさんだったが、その代償にカリスマは今度は天井に頭を一体化させてしまった!
天井でぶらりぶらりと揺れる中、皮肉にもカリスマを祝福するかのように降り注ぐ太陽の光。
カリスマが灰化する寸前、その危機を救ったのは、主を敬愛してやまない紅魔館の皆さまだった。
愉快な皆様のご厚意により天井から脱出するも、今度はコンクリと頭を一体化させられることに!?
そうしてエントランスの素敵なオブジェへと進化を遂げるカリスマっ!
だが、この混乱に乗じるかのように伸びる魔の手。謎の敵に襲撃される紅魔館!
美鈴と咲夜が必死で応戦するも数で圧倒してくる敵に、二人の命は危機に晒される。
しかし、そこへ現れる五つの影。それは幼女から妖女へと姿を変えた、バカルテット with 大妖精達だった!!
彼女達はフランドールと力を合わせて敵を一掃っ!
フランドール feat.バカルテット with 大妖精、またの名を幻想郷戦隊カリスマンジャーは、紅魔館の危機を救い、そうして幻想郷を守る為、各所へ旅立って行ったのだった!
「ぐー! んぐー! んぐぐぐぐ!!」
(パチェっ! 戻って来たと思ったらなんでカンペをそんな棒読みでテキトーに読んでちゃっかり粗筋語ってんのよ! ……え? 結構真面目にやってる? 特に私に対する清く正しい愛情表現のところとか? ちょっ、いらないから、こんな過激な愛情表現! お願いだからいい加減デレてくれたっていいじゃ……ちょっ、待って、いやっ! 行かないでパチェぇええぇぇ!!)
「東方妖幼女、はっじっまるよー」
「んぐぐぐっ……」
(だから棒読み過ぎだってば……)
* * * * *
「なんか今、変な叫び声が聞こえた気が……?」
様々な色に変化する八面体の水晶が、背中で涼やかな音を立てる。それは旋回をする度に大きく羽ばたく度にシャラシャラと美しい音を奏でた。
そんな変わった翼を持った少女が、大空を鋭く滑空しながら呟く。
紅いベストの下に着ている、薄いクリーム色のシャツは、右脇腹辺りの布が切り裂かれており、うっすらと割れた形の良い腹筋と可愛らしいおヘソが見え隠れしている。
露わになっている右脇腹には何かの文字が浮き出ており、翼がシャラシャラと鳴る度に、暗い色で仄かに光っている。
ベストと同じ色をした短いスカートが風にはためき、その長い足を辿れば、白いニーソックスと黒い編み上げのブーツが目に入る。
風にシャツがばたばたと暴れて胸を覆う下着までも見えそうになっているこの少女、咲夜と同年代くらいの外見に見事な成長を遂げたフランドールは、小首を傾げながらもう彼方遠くとなった紅い館を振り返った。
「いもうとしゃまぁ~!!」
と、同時に、腕の中から幼い声が風に乗って届く。
フランドールのすらりとした腕の中に収まっているのは、紅い髪を持った幼子。
鮮やかな紅髪は肩下辺りまでの長さで、白の半袖のシャツの上から緑色のベストを纏い、下は動き易そうな半ズボンという姿をした幼女である。
「なぁに、メイ?」
そのチビっ子の呼び声に、フランドールはにっこりと微笑みながら返事をする。
チビっ子、正確にはチビっ子となってしまった、美鈴は、
「お、おっこちちゃいましゅよ~!!」
フランドールとは対照的に、今にも泣き出しそうな顔で叫んだ。
それもその筈、フランドールは美鈴の首根っこ、というか、ベストの襟部分を片手でガシっと掴んだ状態だったからだ。
猫だってこんな持ち運び方をされたら嫌がるだろうに、それに加えてフランドールは結構な速度で飛行している。
こんな不安定な状態で泣かない方がおかしい。
「大丈夫だよ? 私がメイを落っことすわけないもん」
「しょーゆーもんだいじゃなっ、ひわわぁ!!」
視線が美鈴に向いていた為に、気付かなかったのか。
フランドールはおもいっきり雲に突っ込み、美鈴が悲鳴を上げた。
視界が一瞬真っ白に染まった。
ひんやりとした雲の感触は、風圧に冷やされた体にはなかなか堪える。
「ぷはっ! びっくりしたぁ~」
フランドールは雲を抜けると同時にふるふると顔を左右に振って、ひっついた雲の残骸を振り落とした。
髪が少し湿ってしまって、どことなく重い。
垂れてくる前髪を「なんか邪魔だなぁ~」とか思いつつ、「びっくりしたね~?」と手元の美鈴に声をかけた。が、
「あれ?」
返事がなかった。というか、何の反応もない。
手元に視線を向ける。手には抜け殻、もとい小さな緑色のベストしかなかった。
「…………」
いや、そんな筈ないって。
ほら、ちゃんと掴んでたしさ。
「…………」
大体私がメイのこと落っことすわけないじゃん。
うんうん。そうだよね。
何かの間違いだよね。
「…………」
よし。もう一回確認してみよ。
あれ、おかしいな。メイったらどこに隠れちゃったんだろ?
「…………」
現実逃避もいい加減辛くなってきたフランドール。
そんなフランドールは、
「やっちゃったZE☆」
と、親指と人差し指と、それから小指だけ立てて頬に当てながらウインクなんてしてみた。
ちなみにどこかの白黒魔法使いと口調が似てしまったのは、きっと気のせいである。ついでにいうとこのポーズの効果音が正確には「キラッ☆」というものであるのも気のせいである。きっとそうである。
フランドールは暫くその体勢を保ってから、すぅーっと静かに息を吸って、
「メイぃいいいぃぃぃいいいいぃぃぃ!!!」
絶叫しながら飛んできた方へ戻った。
495年生きてきて、こんなにも必死に飛んだことがあっただろうかというくらいの全力飛行。
翼の水晶体は焦燥に藍色と白に染まり始める。
(やばいぃ! メイって確か飛ぶのとかあんまり得意じゃなかったよね!? ってか苦手だったよね!? ど、どうしよ! わたしってば無敵~♪ とか思って調子に乗って結構な高度で飛んでたから落ちたらペシャンコになったちゃうよ! いや、そのくらいでメイが死んじゃうわけないんだけど……でも今ちっちゃくなっちゃってるし……死ぬまでいかなくても、打ち所が悪くて記憶喪失でもなっちゃったら………やだよぉ、メイが私のこと忘れちゃうなんてぇ……)
勝手に変な妄想をして、勝手に半泣き状態になるフランドール。しかしフランドールはその「if」の中に更なる「if」を見つけた。
(あ、でもそれはそれでおいしくない? 全部忘れちゃってわかんなくなってるんなら、メイは私のフィアンセなんだよーってことを吹き込んで……今ちっちゃくなっちゃってるし、全部わたし好みに調教……じゃなくて、躾ちゃうとか思いのままじゃない?)
フランドールはぽやぽやっと考えてみる。
どうでもいいが、「躾」も「調教」も悪魔が言うと対して意味が変わらなく聞こえるが、多分それは気のせいじゃない。
(せっかくだから、お姉様とか呼ばせてもいいかも~。あの舌っ足らずな口調で、そんな風に呼ばれたら……)
「うぅ……ここはだれでしゅか? わたしはどこでしゅか?」
「あはは。それを言うなら、ここはどこ私は誰でしょ?」
「あ、しょーでした。あの……それであなたはだれなんでしゅか?」
「やだなぁ。私のこと忘れちゃったの? 私はフランドールじゃん」
「ふりゃんどーる?」
「そうそう。で、あなたは紅美鈴。私の婚約者」
「え、しょーなんでしゅか!? あわわ、しゅみましぇん、ふりゃんどーるしゃん。だいじなこんにゃくしゃしゃんのことをわしゅれてしまうなんて……」
「こんにゃくって……もう可愛いなぁ。可愛いから許しちゃうけど、もう忘れちゃイヤだよ? それからね、メイは私のこと普段はフランお姉様って呼んでたから……」
「しょーなんでしゅか? はい、わかりました。えと……」
「うん?」
「えと、しょの……」
――ふりゃんおねえしゃま?
「かわいいぃー!!」
妄想から帰ってきたフランドールは力の限り叫んで、空中で転がるという器用なことをやってのける。
ぶっちゃけ可愛すぎた。くりっとした大きな群青色の瞳で、小首を傾げて「おねえしゃま?」と、戸惑いながらちょっと恥ずかしげに言うその姿は、思わず萌え転がるほどに可愛すぎた。
「よし。じゃあこのまま事態を静観してよっ♪」
フランドールはパタパタとその場でホバリングし、空中で静止。
鼻歌交じりに記憶喪失になった美鈴をどうしちゃおうかと考える。
え、こういうときは悪魔さんと天使さんが出てきて葛藤するんじゃないのかって? いや、無理じゃね? だって本物の悪魔だもの。
「あ、そういえばメイってばドコにおっこちちゃったんだろ?」
ふと気が付くフランドール。
物凄く大事なことを今気付くフランドール。
最重要項目に今気が付くフランドール。
頭を打って気を失っているであろう美鈴が起きた時に、傍にいなければ意味がない。
下手したら変な奴に変なことを吹き込まれてしまうかもしれない。そうなったら計画が台無しだ。
「ちょっ、そんなのダメじゃん!!」
ニコニコ……いや、ニヤニヤさせていた顔を一変。
メイは私のなんだから!! と叫びながらフランドールは地上に向かって急降下した。
念の為に再度いうが、これはあくまで『if』の話であり、フランドールのただの可愛い妄想である。
「メイぃぃいいぃぃぃいいいぃぃぃ!!」
翼を折り畳んで、体を細くし加速する
風を裂いて空を斬るように、フランドールは地上に向かって飛ぶ。
その軌跡を雲が線を描くように棚引いていった。
* * * * *
東方妖幼女 ~Yo-jo in the Miracle Time~
第四話「新たな戦士!? ホワイトウルフレンジャー!!」
* * * * *
おっきくなちゃったチルノ、ルーミア、リグル、ミスチー、大妖精の参上で危機を脱した紅魔館。
その後、チルノは湖周辺から魔法の森近くまで、リグルは太陽の畑へ、ミスティアは人里及び冥界と白玉楼へと散り、残った大妖精とルーミアは紅魔館の護衛を担当することになっていた。
のだが、
「咲夜……」
一騒ぎ終えた悪魔の館門前。
パチュリーが溜息でも吐きそうな声音で、瀟洒と名高いメイドの事を呼ぶ。
「…………」
しかし咲夜から返事はない。というか、反応さえしない。
咲夜は膝を崩したように地べたに座り込み、力なく門に寄りかかって、思わず「どよ~ん」という効果音を付けたくなるような暗い空気(オーラ)を放っていた。
「咲夜……」
「…………」
もう一度呼ぶも、返事はない。
「……咲夜」
「…………」
返事がない。ただの屍のようだ。
「…………」
「…………」
「……さっきゅん?」
「さっきゅんじゃありません」
小さな声でようやく返事が返ってきた。どうやら屍じゃなかったらしい。
パチュリーは「さっきゅんはさっきゅんでしょう」と呟きながら、「戻らないの?」と視線で問いかける。
「だって、だって……めーりんが……」
「そこで脱力しながら待っていても帰ってこないと思うけど?」
呆れながら放った己の言葉に、パチュリーは若干後悔した。
咲夜の蒼い瞳に、じわぁ~と涙の膜が張ってしまったから。
「やっぱり追いかけます!」
「はぁ?」
滲む涙を拭い、咲夜が立ち上がる。
地面をおもいっきり蹴り、足の裏が地面と離れ
「まぁ、待て」
たところで、咲夜は襟首を捕まれ空中でぷらんぷらんと宙ぶらりんになった。
そんな風に咲夜をまるで猫のように扱ったのは、煙草を銜えた長身の女性。
宵闇に浮かぶ黄金の月を思わせる色の髪。その髪を血色のリボンで緩く纏め、切り刻んだかのように裾がザクザクとなっている黒いドレスを着た妖怪。
その闇色の妖怪の鮮血を思わせる色の瞳には、呆れを示す色彩が浮かんでいた。
「る、ルーミアっ! ちょっ、離しなさい!!」
「お嬢さんが大人しく館に戻ると言うのなら、離してやらんこともないが?」
ルーミアは片手で咲夜の襟首を掴んで持ち上げ、もう片方の手で銜えている煙草を摘み、ふぅーと煙り吐き出した。
「そ、それは……」
「メイちゃんなら大丈夫だよ」
どもる咲夜に、涼しげな新緑色の髪をサイドで纏めた妖精が安心させるように言う。
太陽の光に透ける薄い翅を、そよぐ風に柔らかく揺らして、大妖精はふんわりとした微笑み浮かべていた。
「悪魔の妹も付いているしな」
「っ! だ、だから……心配なんじゃない……」
咲夜はルーミアの言葉にしゅんとうなだれて、肩を落とす。
咲夜が心配しているのは、美鈴の色々な事だ。別に貞操の危機だとかそういう事だけじゃない。ほんとにもう、色々なコトだ。
そんな気配をルーミアも大妖精もなんとなく察して、視線を交錯させる。
ルーミアは「やれやれ」と言いたげな顔をして、大妖精は柔らかな微苦笑を零して、また咲夜を見た。
「だが……」
咲夜を下ろしてやりながら、ルーミアは吸っていた煙草を手で握った。
くしゅっと握り潰された煙草は、火の消える儚い刹那の音を残す。
手を開いた時には、指の合間から黒い花弁がさらりと散って消えていった。
紳士なルーミア姉さんは、ポイ捨てなんてしないんですね分かります。
「そんな消耗しきった体では足手まといだ。門番の負担を増やしてどうする?」
「っ……わか、ってるわよっ……けど………」
呆れているような声音ながらも、ハッキリと断言するルーミア。
その言葉に、咲夜はぐっと言葉に詰まって拳を握った。
隣の大妖精が「ちょっと言い過ぎだよ」と口を挟もうとして、しかし出来ずに終わる。
ルーミアの言ったことは紛れもない事実だったから。
「……傍にいる事だけが、相手を想ってすることではない」
新しく取り出した煙草を口にくわえ、ルーミアは静かに言う。
鮮血色の瞳は、その色合いに似合わずとても穏やかだった。
「離れた場所で帰りを待つことも時には大切だ。留守を任せるというのは、信頼の証だ」
「それは……そうかも、しれないけれど………」
ルーミアはふっと口の片端を上げて微かに笑う。
煙草をくわえたまま、咲夜の頭をくしゃりと撫でた。
「……ルーミアの癖に生意気だわ」
咲夜はルーミアの手を不器用な手付きで払い、不機嫌そうに眉根を寄せる。
その顔には幾分かいつもの凛とした表情が戻っていた。
「ルーミアちゃんの言う通りだよ。咲夜ちゃんには咲夜ちゃんにしか出来ないことがあるから」
「私にしか?」
「そうね……例えば、美鈴がお腹を空かせて帰ってきた時に食べさせてあげるご飯の準備とか?」
「!」
大妖精の言葉を継ぐパチュリー。その言葉にビビッときたらしい咲夜は、はっと顔色を変えて館の方に向かって走り出していた。
そう。美鈴の無邪気な笑顔をいっぱい見れる瞬間は食事の時。
咲夜はチビ美鈴の笑顔を思い浮かべながら、ダーッと厨房の方へと猛ダッシュした。
「……ゲンキン」
「そうだな。何処かの吸血鬼に似ている」
「まぁ、親子だし」
「……ふふ」
パチュリーの呆れたような声と、ルーミアのくくっと喉を震わす声、大妖精が風と一緒に微笑む声が静かに響いた。
「じゃあ私も戻るわ。レミィの情けない姿を堪能してから」
「え、助けてあげないの?」
大妖精の至極全うな問いかけに、しかし鬼畜魔法少女パチュリーさんは至極不可解そうに、
「なぜ?」
と、小首を傾げた。
その言動に大妖精は様子に若干引き攣り気味の苦笑を浮かべ、ルーミアは口の端を上げながら肩をすくめた。
「え、えと……ま、まぁ愛情の形は十人十色だよ、ね……」
「ふっ。どこまでも意地悪なお嬢さんだな」
そんな二人はパチュリーは、余裕たっぷりに笑う。
「だって魔女だもの」
まさに『魔女』という響きに相応しい笑みを残して、一匹の妖怪と一匹の妖精に背を向けた。
ただ今絶賛オブジェと化している愛しのカリスマ吸血鬼の元へゆったりと歩を進め始めた魔女は、門に寄り掛かって疲労を少しでも回復させようと勤めていた自身の使い魔に「後は任せたから」と伝えて去っていく。
「……へ?」
会話には一切関与せずに(というか、そんな気力もなかった)とにかく体力を回復させることに専念していた小悪魔は、主のいきなりの命令にまぬけな声を上げた。
小悪魔は寄り掛かっていた壁から思わず背中を浮かして、遠くなっていく主の背中と、隣に佇む長身な宵闇の妖怪と、優しげに笑う妖精の顔を交互に見る。
「え、え、ちょっ……パチュリー様!?」
無情にも去っていく主。
そう、主は意地悪な魔女。助けてとかいう声を聞いて下さるわけがないのである。
「あ、ぅ……」
なんだか気まずい。
いや、普段通りのルーミアと大妖精ならば至って問題はないのだが、いかせん今目の前にいるのはお姉さま化した大妖精と宵闇の妖怪。
何故だか長身でナイスバディだわ、声もハスキーだわ、煙草なんて吸っちゃってるわ、髪伸びてるわ、口調もしゃべり方も違うわ……とか、そんなとってもダンディっぽくて素敵なお姉様で。
片や大妖精の方も、おしとやかMAXで包容力MAXの、もうマジでマイナスイオンの塊なんじゃね!? とか思っちゃうくらいの癒し系お姉様になっちゃってるわけで。
つまり簡単に言うと、どう接したらいいか分からない……というやつである。
小悪魔は、チラチラとルーミアと大妖精の事を盗み見て、あわあわと頬を染めた。
「……任せた。ということは、この可愛らしいお嬢さんをを図書館まで送っていけ。ということでいいのかな?」
「う~ん……そうなのかな?」
「えぇ!?」
一体全体どういうことっすか?! と、慌てふためく小悪魔。
頭の羽が心情を表すかのように若干早いリズムでパタパタと動く。
なんだか次第に訳の分からない汗も出てきて、小悪魔は余計に困ってしまった。
「あ、あの、でも、お二人はお客様なので、私が図書館まで……あ、あれ? でもそうなると、図書館じゃなくてお部屋に案内しなくちゃいけないんじゃ……?」
「だが、疲れているのでは?」
「べ、別にこれくらいなんともないですからっ。そ、それに『任せた』と仰せつかったのは私ですしっ」
「そうかな? 私には、度重なる寝不足と疲労で弱っている司書殿の事を『任せた』という風に聞こえたが……」
「!?」
なんで寝不足なのを知っているんだろう!?
と、小悪魔は目を見開いて、ルーミアを凝視する。
驚きと困惑を混ぜたような顔をする小悪魔に、大妖精は緩やかに笑って自分の目の下辺りを指先でなぞって小悪魔に示した。
「っ! あわわ……」
小悪魔は大妖精のジェスチャーから得たヒントですぐさま答えに辿り着き、頬を真っ赤に染めながら両手で目元を覆って二人から顔を背けた。
(どうして今朝顔を洗った時に気付かなかったんですか私!?)
コンシーラーとか塗っとけば用意に隠せる筈であろう、目の下にできた色素の沈殿具合を想像して、小悪魔は数時間前に数分の間鏡と向き合っていた自分を殴り飛ばしたくなった。
今きっと、相当酷い顔をしている筈だ。
眼球は真っ赤に充血していて、目の下に出来た隈によってパンダの親戚みたいになってるんじゃないだろうか。
でも眼球が赤くて頭に羽根があって悪魔の尻尾を持ったパンダもいるわけがない。そんなのが動物園の人気者なわけがない。
(うわわっ。肌も超カサ付いてるっ……)
寝不足はお肌の敵って知ってたのに!
「ぅ~ぅ~」と小さく唸りながら、涙目になる小悪魔。
小悪魔がここ二、三日、まともに睡眠を取っていなかった事バレバレな顔をしているのは、自身の主と一緒にこの『幼女or妖女異変』について昼も夜もずっと調査を行っていたからだ。
といっても、小悪魔の主な作業は何かヒントになるようなものは無いかと、図書館内に保存されている大量の本を片っ端から開いていったりだとかだが。
しかし、あらゆる分野のあらゆる書物が大量に詰まった図書館、知識の泉と書いて魔女が住まう大図書館と読む……な、何千冊とある本を出したりしまったりするだけでも、大変な作業量だ。
(た、確かに忙しかったけど……でもでも、だからってこんな顔でお客様の前に出るとか……女の子として失格ですよぉ……)
小悪魔の『乙女誇心(ガールズプライド)』が良い具合にズタズタになっていく。
人間よりは丈夫なつもり……という自負と、主からの魔力の供給があるから大丈夫、という甘い考えが相俟って、裏目に出てしまってらしい。
いくら主より魔力が供給されるといっても、それは非常事態が無い限り普段生活するのに充分なレベルの一定量で。それを越えるオーバーワークをしていれば、やはり身体は不調を訴えるもの。
(パチュリー様から少し魔力を分けて頂かないと……)
小悪魔はそう思って、ふと気付く。
確かに、主は放っておいて良い時は放って置くというか、あまり干渉しない主義というか、干渉するのが面倒臭いというか。
なんというか、自分で考えたり、自身で決断を下す事に重きを置いている……と思う。
好きにしなさい。自由にやりなさい。援助はしないけれどね……という結構な放任主義者で、たまに意地悪で。
でも本を読んでいるようできちんと見ていてくれている。
だから大事な時にはきちんと言葉をくれるし、苦しい時には手を差し伸べてくれる。
そんな風に、なんだかんだ面倒見が良くて。
だから、だからこそ……もしかしたら。
「パチュリー様……」
主も消耗しているんじゃないだろうか。
それも、使い魔を魔力で回復させてやれないくらいに、酷く。
「あ、あのっ……私……」
パチュリー様の所へっ!
と、半ば叫ぼうとして開いた口は、開いただけで終わった。
一音も発せ無いままに、力なく閉ざされる。
唇を引き結んで、小悪魔は項垂れた。
さっきのルーミアの言葉を思い出したから。
「私……役立たずです……」
涙と一緒に垂れてくる鼻水を、小悪魔はぐすんと啜る。
寝不足と疲れで酷い顔に、今度は不甲斐無さとか申し訳無さが混じって、きっともっと酷い事になっている。
小悪魔はそう自分の情けな過ぎる顔を想像して、ますます顔が上げられずに、ぐっと唇を噛んだ。
「こあちゃん……」
大妖精はそっと小悪魔の傍らに寄り添って、小さく纏まった肩に手を乗せる。
心地良いけれどふんわりとした不思議な温かさが服越しに伝わって、小悪魔は少しだけ顔を上げた。
「役立たずとか、そんなんじゃないと思うよ?」
「大ちゃ……大妖精さん……」
わざわざ言い直す小悪魔に、大妖精は「大ちゃんでいいよ」と柔らかく笑いかけて続ける。
「大切だから、だよ。だから、私達がいる間、今は休んでおいて……って、事じゃないかな?」
大妖精は「ね?」と小首を傾げる。
小悪魔は一拍間を空けてから、遠慮がちに小さく頷いた。
二人の様子を見守っていたルーミアは小悪魔が頷くの認めてふっと穏やかに口角を緩めると、口から煙を吐き出し、先程と同じように手で握って火を消した。
「では、こうしよう」
そうして煙草を閉じ込めた手を小悪魔に向かって差し出し、ゆっくりと指を解く。
ルーミアの少し節だった、でもしなやかな指の間から、大きな花輪を持った闇色の花が現出した。
「だり、あ……?」
ふわりと花弁が綻びて、小悪魔はその妖しさと美しさに見惚れてしまいながら呟く。
幾重にも重なった花弁、牡丹ににた花容の大輪の花、キク科のダリア。
黒いダリアなんて見た事も聞いた事も無いが、形そのものはダリアだった。
図鑑で見た事もあるし、美鈴が庭先で育てているから実物だって見た事はある。だから、間違いない。
今、目の前に差し出された花は、確かにダリアだった。
「案内は後でゆっくりして貰うとして、今は君を部屋へ送っていこう」
ルーミアは穏やかな声音で言って、闇色のダリアを小悪魔の頭へと飾った。
「え、ぁ……」
自分の頭を見上げるように視線を上へ、そして身長が高いルーミアを見上げて、視線がうろちょろする。
傍で「可愛いね」と大妖精が柔らかく微笑んでいて、小悪魔は顔を赤くした。頭部に生えた羽が落ち着きなくパタパタとはためく。
「なかなか似合っている、司書殿」
小悪魔の赤い艶を持った、甘そうなココア色の髪の中で、漆黒のダリアが一層甘く綻びる。
ルーミアは口の端を僅かに上げて、落ち着かなさそうに、そしてなんだか擽ったそうにパタパタとはためく羽を眺めていた。
「ぅ、ぇと……あ、ありがとう、ございま、す……」
小悪魔はかぁーっと首まで赤くして、彷徨わせていた視線を地面へと落とす。
そうしながら、気恥しさに自分の指をもじもじと絡み合わせた。
(うぅ……なんなんでしょうか……目の前にいるのは、ルーミアさんと大妖精さんの筈なのにぃ……)
なんだろうか。近所に住んでいるけどあまり交流はない、なんとなく顔見知り程度のお姉さんが、予想に反した行動や言動を取って、それでどうしたらいいか分からない気分というか。
戸惑いと、ちょっとした困惑に襲われて、小悪魔はまさに「どう対応したらいいか分からない」状態だった。
そんな小悪魔の心を表すように、やっぱり頭の羽がパタパタと動いて、尻尾がうろうろと揺れる。
大妖精は柔かな雰囲気のまま苦笑して、ルーミアは穏やかな光を瞳に灯して軽く笑った。
「君は見ていて面白いな」
「へ?」
言葉に反応して顔を上げた瞬間、不意を付いたかのように「ふわっ」とした浮遊感が体を襲った。
「ひゃわ?! ……ええぇ!!?」
気付けばルーミアの端正な顔が間近にあって、小悪魔は顔を真っ赤に染める。
そして、同時に自分が今、どんな状況にあるのかを理解して、首は勿論、頭部の羽の付け根までもが一緒になって紅く染まった。
小悪魔はルーミアに抱き抱えられていた。俗に言う、お姫様抱っこという形で。
どっかでも記述したような気もするが、小悪魔も女の子なわけで。なので乙女的には物凄く憧れ(無添加偏見と無農薬独断100%)のお姫様抱っこなわけで。
それをまさかルーミアにされるなんて、物凄い予想斜め上な事態なわけで。
「なっ、ぅ……わ、わわっ!!」
だから、思わず変な声を上げて動揺を全身で表わす小悪魔。
頭部の羽は忙しなくパタパタとはためいて、尻尾が途中でくるっと丸まって、そんな形ながらも左右上下に激しく揺らめく。
「部屋まで運んで差し上げよう、大図書館の司書殿」
そんな小悪魔の様子もルーミアは『面白い』らしく、口先に笑みを浮かべて告げた。
「な、ななっ!!」
「安心したまえ。送り狼になったりはしない」
紳士ですもんね、分かります。じゃなくて、
「誰もそんなこと言ってませんよー!!」
小悪魔はルーミアの腕の中でわたわたと暴れた。
今まで美鈴に何度かこんな形で抱っこされたことはあるが、その時だってこんなに動揺する事は無かった。
まぁ、家族なので動揺なんて『わざわざ運んで頂いて申し訳ないです』とか思うくらいなのは当然なのだが。
(うわぁ、な、なんでこ、こ、こんな事にぃ……!!)
破裂しそうな心臓音が聞こえないように、小悪魔は胸の前で手を握る。
体中から変な汗が出ていて、顔が熱くて大変で。なのに、直ぐそこにあるルーミアは涼しげな顔をしたままで。
ルーミアはまたふっと穏やかに笑うと、そのまま図書館の方に向かって歩き出した。
一人百面相し始める小悪魔を、大妖精はなんとも言えぬ生暖かな、いや、優しげな眼差しで見ながら、二人の少し後をニコニコしながら歩いた。
ルーミアからは、優雅なダリアの匂いが漂っていた。
* * * * *
爽快な青空を、一縷の流星が滑り落ちてくる。
しかしそれは紅い色をとした世にも変わった小さな流星で。
それには目も鼻も口も耳もあって、おまけに手も足も指もあっちゃったりして、しかも人間の子供みたいな形をしていて、んでもって口からは悲鳴を。目からはだばだばだばっと涙を零して自由落下している紅い軌跡を濡らしているんだからおかしいってレベルじゃない。
でもそれは流星じゃなくて、空から落ちてきている紅美鈴とかいう妖怪だと考えると、別段おかしくもない事態な気がしてくるから不思議である。
「ぎゃぁぁああぁぁあああああぁああぁぁぁぁぁあああぁあああぁぁぁぁあぁぁ」
意味不明な強がりも、下らぬ妄想も、無駄な行稼ぎもやめよう。
空から落ちてきているは紛れもない紅魔館の門番、紅美鈴。
妹様のうっかりの所為によって、大空をカッコよく落下する破目になった美鈴の姿は、何故だかお世辞にも痛快とは言えなかった。
「ぁぁぁぁああああぁぁああぁぁぁぁあぁああぁぁぁぁぁ」
瞳から迸る大量の涙が、空落ちるチビ妖怪の軌跡となって微かに棚引く。
その溢れる涙も一瞬で乾いてしまう程の速度で絶賛落下中の美鈴は、その見開かれた群青色の瞳で大地を映した。
下は生い茂る森。大木が背を競うように天へと向かって伸びているという、緑が犇めき合っている深緑が眼下に広がっていた。
(このままじゃ、ぺっちゃんこになっちゃいましゅぅううぅぅぅ!!)
地面とごっつんことかそういうレベルじゃない。
これだけの高さと速度で落下しているので、生い茂る木の枝や地面を覆う枯れ草などがクッションになってもあまり効果はないだろう。
地面まであと数十メートル。
美鈴は悲鳴を虚空へブチ撒けながら、飛行しようと試みた。
だがほんの少し、本当に少しだけ落下する速度が緩くなったかなぁ~? という曖昧な落下速度の差異が起きるくらいだった。
(うわぁぁぁん! とぶのはにがてなんでしゅよぉおおぉぉ!!)
そうだったね。いつも『気合』で飛んでるんだもんね。
と、そんな風に孫を見るようなあったかい眼差しでチビ美鈴を見守っている場合じゃない。
いや、確かに目に入れても痛くないレベルの可愛さだろうけれども、そんなバヤイじゃないじゃない。
「うぇ、あああああっおじょーしゃまーぁああぁぁいもうとしゃまぁああぁぁしゃくやしゃーんぱちゅりーしゃまぁあああぁこあちゃぁああぁぁああ」
誰でもいいから受け止めてあげて!
この物凄い速度で地上へと堕ちてくる赤い彗星を受け止めてあげて!!
と、心の中で叫んでも、誰も助けてくれるわけがなかったりするのだから、世界はどこまでも理不尽である。
このままだと妹様の『ドキッ☆記憶喪失大作戦 ~君は誰とキスをする? 貴女は私のダーリンあの子のハニーこの子のフィアンセ~』計画が台無し、というか潰れてしまう。色々な意味で。
(ここ、こ、こここっ、こうなったら……!!)
美鈴は腹をくくる。
(ぶつかるしゅんぜんに、『き』をじめんにぶつけて……)
成功するかは分からないが、ぺっしゃんこのお煎餅になるよかマシだろ精神で、迫り来る地面をぐっと見据えた。
目が乾いて痛けれども、目を逸らしたらタイミングが分からなくなってしまう。
美鈴は小さな拳に力を込め、体内で『気』を練り上げる。
こんな幼いカラダでは『気』を練ったってたかが知れているが、それでもそこは「ぺっしゃんこのお煎餅になるよかマシだろ精神」である。
緑豊かな大地が迫る。
ついに大木が犇く深緑の中へ。
木々の枝や葉を通り抜けて、迫る迫る。
枝に皮膚を浅く裂かれて、切られ、千切られる。
無数の擦り傷切り傷を覆うが、枝葉のお陰で少しだけ落下速度が減速した。
見開いたままの目にしっかりと捕らえる。
豊かな深緑を支える、柔らかそうな腐葉土を。
「ておあーっっ!!」
美鈴は地面に接触する寸前、叫びながら握り固めていた拳を突き出す。
瞬間、放たれる温かな温度の、しかし鮮烈な虹色の光。
美鈴の拳が地面に埋まる、いや突き刺さる。でもなく、沈む。
まるで固めの寒天やゼリー、または蒟蒻に指を押し付けた時のように、美鈴の体は落下の勢いのままに地面にぐにーっと沈んだ。
地面にチビ美鈴サイズの穴となって、沈んで沈んで。そうして限界まで沈み込みと、今度はぐんっと反発を開始する。
美鈴はぼよんと地面に弾き返されて、そのまま柔らかな蒟蒻状態となった地面にぽよぽよと弾んだ。
「うひゃっ!? おふっ、はわっ、わっ、わわっ!!」
まるでトランポリンで遊ぶ子供ように、体勢を崩しながらぽむぽむ跳ねる美鈴。
なんだか楽しくなってきて奇声の中に笑い声が混じり始めた。
(って、しょんなあしょんでるばあいじゃないでしゅ)
そう。んな楽しんでいる場合じゃない。
美鈴は「んしょっ」と声を出しながら体勢を整えて、弾み続ける己の体をコントロールする。
不恰好ながらもなんとか蒟蒻状の地面に両足を着いた。
『気』を込めて軟質化したぶよぶよの不思議な地面に立つと、足がぐにーっと沈み込む。
土の独特のひんやりした温度が足の裏に気持ち良い。そう感じながら、今しがた落ちてきた空を見上げた。
雲が気持ち良さそうに泳いでる空を、ぼんやりと眺める。
「お昼寝日和でしゅね~」なんてのんびりと呟く傍ら、よくあんな距離から落ちてきて助かったなぁーなんて思い、ほっと胸を撫で下ろした。
「……え?」
が、ふと日光が遮られた。
視線を空へと戻せば、蒼空を覆う大きな黒い影。
それは大きな翼をはためかせて空を自由に飛行する鳥のように見えた。
「あれは……?」
あんなおおきなとりしゃん……みたことないでしゅけど……?
美鈴はそう呟き、太陽の光を遮る程に大きな鳥のような影を見上げる。
落下中に見た景色を思い出して、周辺の地形と自分の位置を推測する。
恐らく此処は、妖怪の山の中腹辺りの筈だ。
門番という仕事柄、あまり屋敷から離れられないが、美鈴は暇を見つけてはちょこっとお出かけをしていたりする。
妖怪の山には美味しい山菜や果物がたくさんあるので、天狗のお咎めが無い程度にちょくちょく忍び込んでいたりしていて。
でも、妖怪の山であんな大きな鳥が飛んでいる所なんて見たことが無い。
美鈴は「しんいりしゃんでしょーか?」と小首を傾げて、高く遠くの頭上を飛んでいく鳥を見送る。
でも、変な角度で真上を見上げ続けていた所為で、首が痛くなってきたので、美鈴は「あぅあぅ」と首を摩りながら顔の角度を戻した。
「いたた……なにはともあれ、はやくいもーとしゃまとごうりゅーしなくちゃでしゅ……」
取り敢えず仕切り直しである。
美鈴は「よしっ」と小さく言って心持ちを整えて、一歩踏み出す。
ぽよぽよする地面をしっかりと踏み締めた。
「……ん?」
瞬間。
蒟蒻状態だった地面がぐずぐずと均衡を崩した。
「うひゃっ!? わわ、わっ!」
安心して緊張を途切れた為か、もしくは違う事を考えていた所為か、どうやら『気』を制御することが意識からすっぽぬけてしまったらしい。
不思議な弾力と柔らかさを保ち、クッションとなって美鈴を受け止めた地面は、その弾力と柔らかさを失い、あろうことか泥沼化し始めてしまった。
「え、えとえと……な、なんてこったでしゅ!」
『/(^o^)\ナンテコッタ』とかやってる場合じゃないよ、美鈴! 足がどんどん沈んでいってるよ!!
美鈴は「うひゃー!」と慌てながら足をバタつかせてその場から脱出しようと試みるが、何せ今は体が小さい。小さいという事は足だって手だって短いわけで。
つまり自力で脱出困難ということだ。
「ぎゃー!!」
じたばたと足掻くが、あっという間に腰まで沈んでしまう。
両腕をパタパタと上下に振って鳥さんの真似をするが、勿論それで飛べる筈も無い。1ミリだって浮きもしない。
「だぁー、こうなったら……」
美鈴は万歳をする。
降参の意味である。勿論嘘だ。
美鈴は天に向かって上げた手をちょっと広げて、手の平を太陽に向けた。
元気を集めているのである。すみません。嘘です。
美鈴はぐっと力を込めて、
「ていぁ!」
泥沼化した地面をペチンッと叩く。
まるで跳び箱でも飛ぶかの要領で、美鈴は沈んだ下半身を自身で掬い、勢いそのままに前方に向かって転がった。
「よしっ! だっしゅつせい」
ゴロゴロとでんぐり返しをしながら器用にガッツポーズをとろうして、しかし。
「わ、わわわわぁ!?」
回転が止まらない。
茂みで見えなかったが、どうやら坂になっていたらしい。
「ぎゃー!!」
美鈴はゴロゴロゴロと連続前転をしたまま転がり続ける。
目を回るぅ~! とか思うが口に出してはいられない程度の速度でゴロゴロゴロぉ~と坂を下って、
「へぇ?」
まぁ、びっくり。
坂を転がり抜けたら、そこは崖でした。
と、いうのはやっぱりお約束だったりするわけで。
「ぎゃひっ!?」
美鈴は急に消えた回転と、唐突に現れた浮遊感に両腕をまたもパタパタと鳥のように動かす。
「っ、っ……!!」
だがしかし、やっぱり鳥や蝶々のように華麗に飛べるわけが無いわけで。
「みぎゃー!!!!」
美鈴はもう一度ひゅーんと爽快な空の旅を、自由落下さんという名前のガイドさんと一緒に堪能することになったのだった。
* * * * *
紅魔館のエントランス。
修繕作業は一旦区切りが付いたようで、メイド達も門番隊の者達も今は引き上げており、静まり返っていた。
「ぐぅううぅぅ……ぅぅうううぅぅぐくぅぅううぅぅぅ……」
が、その中に寂しく響く呻き声。
エントランス中央で、ちょっと洒落た模様の付いた四角いコンクリートの塊に頭を埋め、逆立ち状態で足をバタバタさせている素敵なオブジェが一つ。
いや、オブジェではなくカリスマが一匹。
紅魔館の主は未だに孤軍紛争していた。相手は頭が埋まっているコンクリートだが。
「んーっ! ぐぐっ、んーっんーっ!!」
足がバタバタと空を搔き、両手はコンクリートの端を砕かんばかりに掴んでいる。
手や腕には青筋が浮き、筋肉の筋が隆々と浮き上がっていたが、どうしたものかコンクリートから頭を抜くことが出来なかった。
(くぅ~……! もっ、パチェのばかぁ! また強烈な封印呪文かけて……っっ!!)
そう。これはただの四角いコンクリートの塊だが、そこにかけられている魔法は図書館の鬼畜魔女特製の強烈な封印呪文。
なので吸血鬼界のカリスマも、流石に苦戦しているようだった。
「ぅーっ!!」
若干涙が滲んでいるような呻き声が、誰もいない広いエントランスに谺する。
板張りやブルーシート等でなんとか補強されているエントランスという風景がまた、その呻き声に哀愁を誘って。
なんだかもう、失笑すべきか苦笑すべきか哀れむべきか困惑するべきか……どんな顔をして見守ればいいか分からなかった。
(あとで覚えてなさいよパチェー! お仕置きしてやるんだからぁー!!)
返り討ちとか倍(それも×100くらいの)返しに逢うのが目に見えているが、レミリアはそんな事には気付かぬフリをして心に固く誓う。
そうと決まれば、まずはこの状況をさっさか打破すべきである。
レミリアは「ふんっ!!」と踏ん張って、バタつかせていた足をピンと点に向かって伸ばし、前後に振る。
そうして『だんっ!』と音を響かせて少々床を踏み砕いて足を床に付けた。
折角穴や亀裂を塞いだというのに、また傷つけてしまった床が悲鳴を上げてべこりを軋んで凹むが、そんなの気にしていられない。
まるで深い穴でも覗き込んでいるかのような体勢になったレミリアは、そのまま両足両腕に力を込めた。
「んんんんぅううううぅぅ!!」
気合の入った雄たけび(のつもり)を上げながら、レミリアはコンクリートの塊ごと頭を持ち上げようとする。
脹脛・大腿部・腰・腹筋、双房筋・大胸筋・上腕・前腕の筋肉が盛り上がり、筋立ち、静脈がはち切れんばかりに浮き上がる。
重量にして何キログラムか。そんなコンクリートの塊がぐぐぐっと数ミリずつ持ち上がっていく。
両の拳でコンクリートを殴ったほうが早いんじゃないかと思ってしまうが、パチュリーがそんなことをさせるわけがなく、そこらへんは抜かりなく攻撃力や筋力低下の魔法をかけられていたりする。
なのでレミリアは、なんとか全身の筋力を使って持ち上げて、重力の力を利用して砕こうという実にシンプルなプランを立てていた。
「ぐぅううぅぅ!!」
まるで重量挙げの選手のような唸り声を上げて、自身の頭が埋(うず)まるコンクリートの塊を持ち上げ、直角から水平へ、そして直立する。
(よっしゃっ! 後はこれを打ち付けて砕くだけっ!)
と、内心でガッツポーズを取ったのも束の間。
両足を支えていた平面。
床が、悲鳴を上げて抜けた。
「ぐんぅうぅ!?」
塵と誇りと土と木屑が舞う。
数瞬の後、それらの粉塵が治まり、我らのカリスマは。
「……ぐっ、うっ、ぅぅ……」
床に下半身を埋め、頭をコンクリートの塊に埋めた……更なる形態へと進化を遂げていた……っ!
「ぐぅー!? ぐぐぅぐぅうー!!?)
(なぜなの!? なぜなのよぉー!!?)
別に白いおべべをスカーレットに染めているわけではないが、そもそも白いおべべなんて着てないのだが、レミリアはコンクリートの中で叫ぶ。
四角いコンクリートの端から出ている両手が、パタパタと忙しなく動いて救難信号を出していてたが、助ける者なんかいやしなかった。
度重なるブレイクに、果たしてカリスマは打ち勝つことが出来るのか!?
どうなるカリスマ!? 負けるなカリスマ!!
次回に続く!
「って、まだ終わりじゃないからねっ!」
獲物を狩る猛禽類のごとく、鋭く空を滑空するフランドールは突如、何かの電波の受信したように声を張り上げた。
背に生やした虹色に輝く八面対の宝石がいくつも付いた不可思議な羽が、雲を切り裂いてシャラシャラと涼やかな音を奏でる。
羽は今、真っ白に染まっていた。
怪電波を受信しているような余裕があるように見えて、実は心情的にはかなり緊迫しているらしい。
「……って、だからこんな叫んでる場合じゃないってば!」
そんな、うっかりチビ美鈴を落っことしてしまった妹様(いーえっくすばーじょん)は、その落し物を絶賛捜索中だったりした。
「メイぃいいいぃぃー!!」
フランドールは叫びながら、速度をろくに落とす事無く急降下。
いつもならサイドで纏めている筈の髪は、今は背中で風に踊るばかり。
陽光に透けて甘く輝く蜂蜜に似た金色髪と、突き抜けていく雲の切れ端を纏って、悪魔の妹は空を斜めに引き裂いていく。
フランドールはそのまま深い緑が広がる森の中へ飛び込んだ。
大木が生い茂る山、枝葉に皮膚が浅く裂かれるのも気に留めずに進んで行く。
音速は越えぬが、それでも相当な速度で飛行しながらも、フランドールは太い木の幹をすらすらと避けた。
「メイー! どこー!?」
飛びながら、大きな声で叫ぶ。
何度も呼ぶ。
大きな声で、何度も呼ぶ。
屋敷の中で、姉の部屋で、夜の庭で、図書館で、地下室で。たまに一緒に出かけた屋敷の外で。
その場所場所で何度も呼んできた名前を、呼ぶ。
「あそぼー」と、無邪気に。
「お姉さまと喧嘩しちゃった……」と、しょげた風に。
「パチェが意地悪してくるんだよー?」と、拗ねた風に。
「……また壊しちゃった」と、悲しく。
ねーねー、って。
あのね、って。
そうやっていつだって呼んできた名前を呼ぶ。
「メイ……メイっ、メイっ!!」
でも、返事は一つもない。
(どうしよぉ……)
どうしよう、お姉様。
メイとはぐれっちゃったよぉ。
「今度は……わたしが守るんだったのに……っ」
唇を噛んで、フランドールは眉根を寄せる。
小さくなった美鈴を、守らなくちゃだったのに。
いつだって守ってくれて、受け止めてくれて。
そんな優しい優しい大切な妖怪を、今度は守ってあげたいって思ったのに。
せっかく大きくなったのに。
背も伸びて。手も足も長くなって。
ちょっと恐いこのチカラも強くなっちゃったけれど。
でも、このチカラを守る為に使えたら。って、そう思って。
フランドールの背中に生えた宝石のような羽が一つ、真っ白に染まる。
「はっ、はっ……」
呼吸が乱れて、視界がぶれる。
飛行速度が落ちて、ふらふらと地面に足を付く。
「はっ、はっ、はっ」
ぐらりと、視界が歪む。
ぐにゃりと、心の芯が揺れる。
ぐずぐずと揺れるカラダの芯の底から、グジャグジャと燻る。
羽の一つがまた、真っ白に染まった。
「はっ、はっ、はっ、っ、ぅ……」
嫌な汗が全身から噴出して来る。
額に玉のように浮かび、頬に伝う。
背筋にぞわりぞわりと流れて行く。
また一つ、真っ白に染まっていく。
苦しい。
怖い。
恐い。
「っ、ぅ……ぁ、あ゛……」
ぐにゃぐにゃと視界が歪む。
ぐずぐずとカラダの芯がぶれる。
ぐじゃぐじゃと、溢れる。
苦しい。
怖い。
恐い。
狂しい
「あ゛っが、かはっ、がっ、ぁあ゛っ!!」
苦しいのならば。
恐いのならば。
壊せ
背中の翼が、真っ白に染まる。
パキリと、ガラスが爆ぜたような音がした。
フランドールの傍にあった大木が一本、根元から砕ける。
葉を散らせながら、轟音を立てて倒れて行く。
パチンッと風船が割れるような音がして、舞い落ちる無数の葉が破裂して行く。
苦しいのならば。
恐いのならば。
壊せ。
壊セ壊せ。
コワせこわせ。
壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せこわせ壊せ壊せ壊セ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せクルエ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊セ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊せ壊セ壊セ壊セ狂え壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊せ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セコワセコワセこわせコワセコわセコワセコワセコワセコワセこワせコワセコワセこわせコワセコワセコワセコワセコワセコワセコワセこわせコワセコワセ狂えこわせコワセコワセコワセこわせコワセコワセコワセコこわコワセコワセコワセコワセコワセコワセコワセコワセこわせコワセこわせこわせコワセコワセこわせこワセコワセこワセコワセコワセコワセコワセコワセコワセコワセコワセ壊セ
ガラスが罅割れるような笑い声、一つ。
ぐじゃぐじゃぐじゃぐじゃと溢れる感情、一つ。
ソレを呼ぶ名前、一つ。
キョウキ。
真っ白な羽が、真っ黒く染まる。
フランドールの瞳が妖しく禍々しく光り輝く。
血で染めたような月よりも、もっと妖しく禍々しい色で光る。
「あははは」
三日月のように裂けた口から、罅割れた笑い声が漏れる。
空が木が土が、目を潰されて砕ける。割れる。裂ける。千切れる。
壊せばいい。苦しいのなら。
失くせばいい。恐いのなら。
ぜんぶ、潰せばいい。
--違う。
痛みと熱が走った。
それと一緒に肉が焼き焦げる匂い。
ヂリッと焼けているのは、フランドールの肉だった。
「っ!」
フランドールは痛みと熱い熱い熱が迸る箇所に反射的に触れた。
服を裂いて剥き出しにさせた脇腹。
図書館にいる魔女がけた封印の呪文。
その紋章が、赤銅色に発光していた。
焦げるほどの灼熱を持って、フランドールを狂気の中から呼び戻す。
迸る激痛を持って、フランドールを戒める。
「くっ……ぐっ、ぅっっ」
違うっ。
違う違うっ、違うぅっ!!
「ぁ、が……ぅぅっ……ぁあああぁぁぁっ!!」
フランドールは手の平で押え付けたその呪文を掴む。
自分の皮を肉ごと、その呪文を掴んで、握って。
もう片方の拳を大地に打ちつけた。
地面が抉れて、フランドールを覆うように大量の砂と腐葉土が高く舞った。
「はっ、はっ……はぁ……はぁ……」
どしゃどしゃと降って来る土の中で、息をする。
土の匂いを感じ、草の匂いを感じ、土独特の冷たさを感じる。
ぐにゃぐにゃと歪む視界に、空の青を映し、雲の白を写す。
ぐじゃぐじゃと溢れてくるソレを、太陽の光で灰に還す。
「はぁ……はぁ……」
真っ黒に染まっていた羽の色が、また白に戻っていく。
呼吸を正して、視界を整えて、心を落ち着かせる。
空を見上げて、目を瞑る。
普段は浴びることなど出来ない太陽の光を浴びた。
薄い闇の膜。ルーミアが纏わせてくれた防護の闇越しに、太陽の光を感じた。
(……あったかい……)
噴き出した汗が頬を滴り落ちて行く。
落涙に似た軌跡を描いて、滑り落ちて行く。
太陽の感触は、母親に似ていた。
力強さは、父親に似ていた。
そして、その温もりは『家族』に似ていた。
(……あ、メイの匂いだ……)
それから。
太陽の匂いは、いつもいつも門番の前で突っ立っているその妖怪の匂いだった。
宝石がいくつもぶらさがっているような、そんな不可思議なフランドールの翼。
その羽の色が、ゆっくりと変わっていく。
涼やかな水色と、柔らかな黄緑色に。
瞼を押し上げる。
そこには太陽を眩しがる、子供のような瞳が覗いた。
「……ん」
フランドールは小さく頷き、体に降り注いだ土を払って立ち上がった。
大木が倒れていたり、地面が抉れていたりと、周囲は酷い有様になっていたが、そこは愛嬌良く笑って誤魔化しておいたりして。
立ち上がりながら、汗とは違う液体の感触を脇腹辺りに感じて視線を向ける。
すると、勢い余って肉を引き千切ってしまったらしいそこからは、かなりの量の血が滴っていた。
「……うわぁ」
服汚しちゃった。
なんて、ちょっとズレた事を呟く妹様。
直ぐに洗えば落ちるだろうが、残念ながらそんな事をしている暇は今は無かったりするので。
「……帰ったら咲夜に怒られそう……」
眉尻を下げてそう零して。
それから、まだ熱と痛みを感じる紋章をそっと撫でた。
まだちりりと熱いそれと、自分で傷付けた皮膚。
抉れた肉と、流れる血と、ちょっぴり意地悪で捻くれているけれど、でもとても優しい魔女がくれた魔法。
ちりりと燃える熱さも、神経を焼くような痛みも、ぜんぶ『家族』がくれた優しさのように感じた。
「……ありがと」
離れていても、いつもと変わらずに守られている。
照れ臭さにはにかんでから、 咲夜から強奪した、もとい、貸して貰った美鈴の帽子を被り直した。
「よしっ」っと気合を入れ直して、捜索再開。
脇腹の傷は……まぁ、その内塞がるだろうとテキトーに放置して、ふわっと飛び上がる。
黄緑色と水色に染まった羽が、しゃらしゃらっと軽やかに音を響かせた。
「とにかく、早くメイを見つけなきゃ」
またスラスラと木々を避けながら山中を進む。
落とし者の名前を呼びながら、今度は鼻も使う。
くんくんと匂いを嗅ぎながら飛んだ。
そんな風に地道に捜索すること数十分。
美鈴の匂いではないが、なんだか嗅いだ事のある匂いを微かに捉えた。
「……なんか……甘い匂いが……」
お菓子?
フランドールは呟いて、匂いのする方向へと進路を変更する。
するとそこには、見た事のある布袋が落ちていた。
「あ、これ……」
近寄って、それを拾い上げる。
フランドールは袋をしげしげと眺めた。
土で多少汚れているが、ちょっとダサいピンクの花柄な袋を見間違う筈も無い。
裏返してみれば「めーりん」と可愛く刺繍されているのだから、ますます間違い無い。
これは美鈴が腰に括り付けていた、咲夜お手製のお菓子袋だ。
「……だっさ」
それにしても、この柄はないよねー。
なんてフランドールは呟いて「やっぱり咲夜のセンスっておかしーよねー」と、付け足した。
何はともあれ、手がかり一つゲット。
美鈴のお菓子袋を手に入れたフランドールは、それを腰に括り付けて辺りをキョロキョロと見回した。
「んー。近くにいると思うんだけど……」
また「メイぃ~?」と呼んでみる。
でも、やっぱり返事はない。
「う~ん……」
とにかく、探すしかない。
フランドールはもう一度名前呼ぼうとして、
「ほぎゃぁあああぁぁぁああぁ!!」
微かに、本当に微かに、声が聞こえた。
「!?」
どっちから!? どっちから聞こえたの!?
木々と風に拡散されて、小さすぎる微かな悲鳴の方向が曖昧だった。
でもあれは確かに美鈴の声。
ちょっと間抜けっぽかったところとか、超美鈴っぽい。
「メイっ!!」
フランドールはとにかく、飛んだ。
「美鈴っ!!」
今迎えに行くから。
今度は落っことしたりしないから。
ぜったいに、放さないからっ!
* * * * *
一方。妹様の探し者はと言えば、
「ほぎゃぁあああぁぁぁああぁ!!」
今度は崖から転落している真っ最中だったりした。
流星のように……とは控えめにも言い難い様相で、小さな肢体がぴゅーんと真っ逆さま落ちていく。
(うぇーん! もういやでしゅよ~!!)
しかし美鈴は、慌てながらもなんとか体勢を立て直し、泣き言を内心で叫びながら、下を見る。
今回もさっきと同じ要領で頑張ればなんとか助かる筈だと、構える。
だが、
「たきぃいいいいいいぃぃいいぃぃ!!?」
人生そんなに上手くはいかないもので、今度眼下に広がっているのは滝壺だったりして。
美鈴は目を見開いて両手足をバタバタと暴れさせる。
(へ、へたにたいしぇーをたてなおさなきゃよかったでしゅっ! こ、このままじゃ……!!)
顔面と腹を荒ぶる水面に殴打してしまう。
美鈴はせめて背中で受身を取ろうと体を反転させようとするが、今更間に合うはずも無かった。
「ぶぎゃぶっ!!」
奇怪な声と水飛沫を上げ、滝壺に落ちる小さな赤い影。
その姿は濁流に飲まれてあっと馬に見えなくなっていく。
(あがが……ぶぐぶぐぶぐ……)
顔痛い、お腹痛い。
美鈴は口から気泡を出しながら、水中で顔面とお腹を押さえて、そのまま流されていく。
「ぶはっ!」
そうしてそのまま、流れが穏やかになりつつある下流付近まで押し流されて行った所で、美鈴は水面へと顔を出した。
打ち付けた顔が真っ赤になっている。
美鈴は仰向けにぷかぷかと浮いて、じんじんと痛む顔とお腹を自身の手でそっと撫でさすった。
「うぇっ……ぅう~」
涙が出ちゃう。だって幼女だもん。
そんな風に泣いちゃいないが、美鈴は濡れた顔を涙で更に濡らした。
ぷかぷか、ぷかぷかぁ~と浮きながら、丸い石が転がるとても穏やかで浅い下流の岸まで行き着くと、犬掻きで泳いで大きめの岩に掴まって一息つく。
「うぅ……ほんとに、もう……ふんだりけったりでしゅぅ……」
基本的に踏まれたり蹴らりたりが殴られたり刺されたりするサンドバックがデフォだったりするが、そこらへんの事実には積極的に目を逸らしつつ、美鈴は涙を川の水に流してまた犬掻き再開。
浅瀬まで泳いで、足が付くようになると、立ち上がって歩いて岸に向かった。
「ぅぅ……おもいでしゅ……」
髪も服も靴も、それから包帯とかも水をたっぷり吸って重くなり、肌にぺったりと張り付く。
美鈴は歩きにくそうにしながら、転がる丸石で足を滑らせないように慎重に足を動かして、水際に腰を下ろした。
「ふへ……」
足を投げ出しつつ気の抜けた声を出して、ふーっと息を吐き出す。
そうしたら、お腹の虫が『くぅ~』と至極情けない声で泣き出した。
「……おなかしゅきました」
そういえば、十時のおやつを食べていない。ついでにもう時刻はお昼ご飯にしても良い頃合。
たくさん叫んで、たくさん力も使って、そんでもってたくさん水とも戯れたので、美鈴のお腹はぺっこぺこだった。
「……あっ!」
そんな美鈴が、唐突に声を上げる。
「ま、ましゅまろっ! しゃくやしゃんにもらったましゅまろが……!!」
確か腰に袋に入れて括り付けて置いた筈。
美鈴はわたわたと腰辺りを両手で触って確認するが、そこにマシュマロ袋の存在は無かった。
「ど、どこに……も、もしかしておっこちたときに……」
フランドールは物凄い勢いで飛行していたし。そこから物凄い速度で落っこちたし。そして激しく転がってまた落ちて、流されて。
もう何処で落としたのかなんて分からない。
それに落とした所が分かったとしても、もう戻れない。そしてきっともう、見つからない。
「……ふ、ふぇ……ましゅまろ……」
美鈴はフランドールに空からおっこされた時よりも、顔面や腹を荒ぶる水面に打ちつけた時よりも、そんな死にそうな場面に出くわした時よりも、ずっとずっと悲痛そうに顔を歪める。
涙がじわぁっと盛り上がり、穏やかな群青色の瞳を悲しみに染め上げていく。
「うっ……っ、ぅ……ましゅまろ……しゃくやしゃんが……しぇ、しぇっかくちゅくってくれたのに……」
唇を尖らせて、嗚咽を我慢しようとする美鈴。
でも堪え切れなくて、今度はもぐっと下唇を噛む。
それでも足りなくて、でも鼻水が出てきて息が上手く吸えなくなって、苦しくて口を開けてしまう。
「うぇ、ぅっ、く、ふぇ……」
情けなくて間抜けな嗚咽が、水の流れる穏やかなせせらぎの音に混じる。
ポロポロを零れていく涙が、川面に落ちて緩やかに流れていく。
「うぇぇ……しゃくやしゃーん……いもーとしゃまぁ……」
怖い思いをいっぺんにたくさんした上に、空腹が限界な事もあって、美鈴の心は折れかかっていた。
主に原因は空腹にあるような気もするが、小さいながらにこれまで頑張ってきたのだからしょうがない。
寧ろ今まで泣かなかった事が偉すぎるくらいで。
両手で顔を擦って涙を拭う小さな手は傷だらけで。泣きじゃくる顔も、ちっちゃな体も傷だらけ。
小さな女の子が川岸で控えめな声を上げて泣く。
けれど、その涙を拭ってくれる誰がいるわけでもなく、チビ美鈴は独りでえぐえぐと泣いた。
「!」
でも、泣いていたって美鈴は美鈴。
小さくとも『気』に敏感な美鈴には違いない。
美鈴ははたを泣くのを止め、涙で滲む視界をぐるりと回して振り返る。
背後に広がる森へと視線を巡らす。
何かいる。
そう『気』で感じ取る。
そして、確かに向けられている視線と敵意。
美鈴はさっと立ち上がって、鬱蒼と生い茂る深い緑に対峙する。
涙で濡れる顔は川の水の所為にして、腰をそっと落として軽く両の拳の握って前へと出し、構える。
泣いていた小さな子供の顔は引っ込み、そこにあるのは紅い館を守る門番の顔。
とくりとくりと打つ自分の鼓動を感じながら、川のせせらぎに耳を澄ませ、穏やかに吹くそよ風の音を聞き取る。
ガサリと、微かに音がした。
「!?」
刹那、深い緑の中から疾風を纏い躍り出る影。
美鈴は反射的に右へと跳躍。
すると、一瞬前までそこへ、石を砕いて大きな何かが地面に突き刺さった。
水と共に弾けた泥と砕けた丸石の欠片が舞う。
美鈴は飛んでくる細かな石礫(いしつぶて)から目を守るように腕を翳しながら、見る。
そこには大きな大きな狼の牙を連想させる、逞しい乳白色の剣が突き刺さっていた。
幅広だが、先端に向かうに連れて大きく湾曲しながら鋭くなる、柄の長い大剣。
まさに獰猛な獣の牙。しかし、それを軽々と扱うのもまた、獣だった。
「我は哨戒天狗一番隊副長、犬走椛っ。ここは大天狗様が治める天狗の縄張だ。招かれざる者は即刻出て行け!」
その獣、雪のように真っ白な短髪と、その名にぴったりな赤く染まった楓の葉のような色をした瞳を持った狼天狗が雄々しく吼える。
穏やかな光を灯していれば、その瞳は本当に秋の紅葉を思い起こさせるだろうが、今その瞳の中に秋の静けさや涼やかさはなく、あるのは燃える上がる火ような猛々しさ。
獣の血を混じらせる妖怪に多く見られる縦長の瞳孔は鋭く細まり、それはまるで、いや、それは本当に、狼が自分の縄張りに入ってきた『敵』に向ける時の眼だった。
頭部に生えた三角の耳は頭の輪郭に沿うようにピッタリと伏せられ、腰辺りから生えている尻尾はパンパンに膨れて普段の何倍もの大きさになっている。
「ちょっ、も、もみじしゃん!? まま、まってくだしゃいっ!」
美鈴はあわあわとしながら、平安時代の貴族が着ていた着物――白い水干のような衣服を纏った狼天狗に、両手をぱたぱたと左右に振る。
椛と美鈴は顔見知り……というか、茶飲み友達だったりするので、こんな対応は幾らなんでも酷かった。
冗談にしても、体中から立ち上る殺(ヤ)る気があまりにも半端ない。
(こ、こんなしゅがただからわからないんでしょーか!?)
同じMK5でも、これはマジでキスされるではなく、マジでKillされる5秒前の事である。
美鈴は事情を必死に説明しようとするが、
「わたしでしゅよ! こーまかんのもんばんの」
「問答無用っ!」
哨戒天狗は耳を伏せっているので聞こえていないらしい。
聞こえていないは大袈裟にしても、取り敢えず聞くつもりなんてないらしい。
椛は大剣を両手で掴み、肩に担ぎ上げるようにしながら地面を踏み砕く力強い一歩を踏み出す。
水飛沫が上がり、石と泥が跳ねる。
椛は初歩のたった一歩だけで、あっという間に距離を詰め、大剣を振り下ろした。
「ぎゃぁ!!」
美鈴は涙目になりながら、ただでさえお腹と背中がくっつくぞ状態なのに、そのお腹をひゅっと引っ込め、万歳をして体をなるべく薄くするように努めて、紙一重で回避に成功する。
お腹と背中がくっついて本当に良かった。なんて思ったのは久しぶりとかなんとか……なんて暢気な事は言ってられない。
振り下ろされた大きな牙は地面を穿って、砂と泥と、そして砕けた石を浴びせてくる。
それだけでも物凄い痛い。砂はぴしぴしと肌を鞭のように打ってくるし、泥もちょっと柔らかい弾丸のようにベチャベチャと体を打ち抜いてくる。そして砕けた石礫は皮膚をガリガリと削ってくる。
「うわっ、ぶっ!?」
(く、くちにどろはいりましたっ!!)
ぺっぺっと吐き出したいが、そんな暇も与えられない。
振り下ろして地面に三分の二ほど埋まっていた筈の切っ先が、直ぐさま翻ってくる。
大きい上に深く地面に埋まっていた筈なのに、そんなの嘘のような鋭い斜めの切り上げ。
美鈴はまた「ぎゃぁ!」と叫びながら、今度は背中を逸らせてアルファベットの「C」のポーズをして避けた。
しかし前髪はちょっと間に合わなかったようで、何本かは大剣の餌食となってはらりと川面に散って行く。
「も、もみじしゃんっ! だからまってくだしゃ」
でも切り上げてくれたお陰で懐ががら空きとなっている。その隙を見逃さずに攻撃……に回るかと思いきや、美鈴はバックステップを踏んで距離を空けるだけ。でもそれで正解だった。
椛の片足は地面から数センチだけ浮いていた。きっと飛び込めば強烈な回し蹴り、もしくは膝蹴りを貰っていた筈だ。
(で、でたらめでしゅよ~!)
重量級選手もビックリな重そうな大剣を振り回しながら蹴りとか放っちゃおうなんて、マジででたらめな運動能力である。狼天狗ならではの身体能力なのであろうが、それにしたって哺乳類ですかコノヤローと問いたくなる。
(……あ、いや……お嬢様達もデタラメでした……)
でもあれは存在の根元からデタラメな生物なので、また次元の違う話だ。
(はっ! しゃくやしゃんもデタラメでしたっ!)
確かに人間にしてはデタラメだが、あくまで人という次元の中での話で……うん。たぶん。
(とゆーか、げんしょーきょーはデタラメなかたたちばっかりでした……)
博麗の巫女の逸脱した強さとか、境界を操るなんていう意味わかんない妖怪とか、その筆頭だろう。
「はぅわっ!?」
って、だーかーら、そんな思考に耽っている場合じゃない。
距離を折角開けたのに、また鋭利な初歩で距離を詰められ、今度は水平斬りを繰り出される。
(しょ、しょんなにおおきくておもしょうーなのにっ……なんでしょんなふーにふりまわしぇるんでしゅか!?)
美鈴は普段は人のことを言えないくらいには、重くて大きな物を振り回したりしているが(門番とは意外と重労働な職業なのだ。飽く迄紅魔館限定だけど)、それとこれとは別問題。だって美鈴の武器は己の拳と足のみである。
美鈴は水平斬りを咄嗟にしゃがんで回避するも、眼前にはまるでそこに用意されてましたとばかりに椛の足の甲が迫っていた。
「がっ!!?」
森を疾駆する狼の強靭な健脚が、美鈴の顔面を襲撃する。
小さな美鈴の体は蹴り飛ばされた鞠のように、綺麗な放物線を描いてぽーんと飛んだ。
(ぐっ……ぶっ……な、ないしゅキックでしゅ……)
体術を専門に扱う美鈴がいうのだから、それはもうとても良い蹴りだったのだろう。
足先が埋まって若干潰れかかった鼻から、赤い液体が迸る。
別に忠誠心が流れ出ているわけではない。
美鈴は自身が飛ぶ放物線の軌跡を鼻血で鮮やかに飾る。
が、狼の猛攻が飛んで行く無防備な獲物をそのままにしておく筈がない。
椛はまた地面を踏み砕いて鋭く跳躍。
ぽーんと半円形を描くより、真っ直ぐ向かった方が距離は近いに決まっている。
椛は飛んでいる美鈴の背中を取って、大剣を低く構える。
(ま、まっぷたつに……なっちゃう、で……しゅ……)
今の蹴りで脳みそが揺れたらしく、背中に迫る冷たい感触を感じていても体が言う事を聞いてくれない。
だから美鈴は、背中からザックリと真っ二つにされるのを暢気に待つより他無かった。
おなかすいたなぁ、とか。鼻熱いなぁ、とか。息し辛いなぁ、とか。メチャクチャ痛いなぁ、とか。そんな事を思いながら、諦めてふっと目を伏せる。
猛々しい椛の気迫と、獣の静かな息遣い、刃の冷たい感触が迫る。
真っ二つになって二人に分裂しちゃったらどうしよう。なんて、馬鹿げた事が脳裏に過ぎった。
「ぐぇっ!?」
が、それを打ち消すように、首許を掴まれて逆方向へと引っ張られる。
慣性の法則に従って、美鈴の紅い髪が弧を描くように棚引く。
首をいきなり掴まれた所為で口から変な声が漏れるが、その声に音が重なって美鈴の奇声をかき消した。
それは硬質な金属と、硬質な骨のような物がぶつかり合う、甲高い音と鈍い音が混じり合った音。
美鈴は柔らかな感触に包まれて、その知っているような感触と圧迫感に、恐る恐る目を開ける。
日に透ける蜂蜜色のような甘やかな金色の髪を持った吸血鬼が、右手に剣のように形成された炎で大剣を受け止めていた。
「……ねぇ」
吸血鬼の鋭い犬歯が剥き出し、血を欲しているような赤い舌が覗く。
怒りに燃ゆる禍々しい紅い瞳が、白い狼天狗を射る。
「私のメイに何してくれちゃってんの?」
口許に、三日月型の笑みが浮かぶ。
でも笑っているのは口唇だけ。
瞳孔にも纏う気配にも、殺気しか感じられない。
「いもうとしゃまっ!?」
美鈴はフランドールに抱き締められて、その胸に顔の半分を埋めているという状態だった。
でも安心しているのでは無く、美鈴は襲ってくる狼天狗を前にした時よりも戦々恐々とした顔で叫んでいた。
フランドールもMK5(マジでKillする5秒前)な様子だったからだ。
「……吸血鬼、か」
しかし、フランドールの登場で椛の殺る気が削げたというわけもなく、椛は受け止められた大剣に一瞬力を入れて、フランドールを弾き飛ばすようにして真後ろに後退。獲物を自身の傍に引き戻して構え直す。
弾かれたフランドールもその力を利用して、椛と同じように後ろへ飛んで距離を置く。
フランドールが右手に携えているのは、赤と黒が入り混じる炎。
悪魔の喚び出した、地獄の業火。主(フランドール)の従順な僕、レーヴァティン。
「ごめんね、メイ。落っことしちゃって……怪我してない?」
フランードルは強く抱き締めた小さな美鈴に目を向ける。
血よりも紅い瞳の心配そうな眼差しに、美鈴はガクガクと頷く。
まるで壊れた人形のように何度も頷いて「だいじょーぶでしゅ!」と言うが、その赤く汚れた鼻っ柱を見逃すような事をフランドールがする筈がない。ついでに体中の擦り傷とか切り傷とか痣とかも見逃さない。
フランドールは眉根を寄せ、眉間に皺を刻んで椛を睨んだ。
陽炎を形成して揺れ、曖昧な剣の型を取る獄炎に、よりハッキリとした容(カタチ)、細身の両刃剣のような姿を取らせる。
「……メイ。ちょっと離れてて……」
獄炎の剣と化したレーヴァティンの柄をと握り締め、フランドールは静かに言って美鈴を地面に下ろす。
赤い紅い瞳が憤怒を吸い、血を欲して、爛々と輝く。
「ま、まってくだしゃいっ!」
美鈴はフランドールの腕にしがみ付いてそう叫ぼうとして、
「バカぁああぁぁああぁぁぁ!!!!」
寸前、響く声と茂みから現れる小さな影二つ。
声に反応して美鈴とフランドールが目を向ければ、
「ぐふっ!!?」
その二つの影が、椛の強靭な腹筋にダブルタックルしているところだった。
「あなたはバカなんですか!?」
「あんたバっカじゃないの!?」
ダブルタックルの衝撃で、そのままその場に尻餅を付いた椛の膝上で、二つの影からの罵声が迸る。
椛の膝上にいるのは、烏のように黒い翼を背中でパタパタとはためかせている、小さな天狗だった。
片方は短い黒髪に椛よりも濃い赤の瞳を持った幼い天狗。
'ブルーグレイのワイシャツに黒いスカートを纏ったチビ天狗。ワイシャツのボタンは締めるのが面倒だったのか、それともそういうファッションなのか、ボタンは一つも留められておらず、下に着た黒いハイネックのインナーが見えていた。
もう片方は、柔らかみのある茶色い髪を頭部の両側で縛り、透き通った紅茶に似た赤茶色の瞳を持ったチビ天狗。
こっちは白いワイシャツに桃色のインナー、そして可愛らしい濃いピンクのスカートを纏っていた。
「あ、文ちゃん、はたちゃん……」
椛は自身の膝上に乗っかって激しく怒っている、二匹のチビ天狗の剣幕に押され気味な様子で耳を垂れさせる。
「なにかんがえてるんですか!? あなたのあたまのなかはごはんのことちかないんですか!?」
「いのししのおにくとか、しかのおにくとか、しんせんなおさかなのことしかないわけ!?」
「そ、そんな事ないよ。ちゃんと文ちゃんとはたちゃんの事とか……」
二匹の天狗の雛っぽい生物……どうやら文とはたてらしいチビッ子に物凄い言われ方をしているが、、椛は別段怒るなんて事はせず、寧ろしゅんとなって耳を尻尾を垂れさせている。
「ってか、アンタのめぇー、ふしあななんじゃないの!?」
「とーですよ! よくみてくだたいっ! どうかんがえたってあいてはゴクアクヒドウとなだかいアクマのおうちのかたじゃないでつか!」
「そのイヌみみだって、なんのためについてんのよ! かざりなわけ!? あのちっこいあかいほぉーが『いもうとしゃま』っていってたじゃん! んでもってあんたも『きゅーけつきか……』とかっていってじゃない! まっぴるまからでてきてるし、たいよーのひかりこくふくしちゃってんじゃんっ。キューケツキってだけでしゅぞくてきにキョーテキなのに、んなアホみたいなあいてにどーやってかつってゆーわけ!? てかっ『いもーとしゃま』なんでしょ!? つまり『ふりゃんどーる』なんでしょ!? しかもほらっ! ちょっとみないうちにせいちょーしてんじゃん! ふりゃんどーるいーえっくすじゃん! かてるわけないっしょぉ!!?」
どうやら、文の方はサ行が上手く発音できずに『タ行』になってしまうらしく、はたての方はラ行が上手く発音できずに『りゃ・り・りゅ・れ・りょ』といった感じになってしまうらしい。
だが、その二匹の天狗は記者を生業にしている為か、よく通る声で椛に言葉を浴びせ続ける。
「とーやってみみとしっぽがついてるからって、とーほーシリーズきねんすべきいったくめ、ちかもとのエキつトラボスにっ」
「アンタみたいな、ドットえにみみがあったからおもいのほかにんきでちゃったとかいうテヘ☆ な、たちえもせっていもろくにないどーちゅーのちゅーボスがかてるわけないっしょ!!?」
ドスンッ! と、椛の頭の上に『1t』かかれた巨大なゆっくり顔の岩石が降り注ぐのを、美鈴とフランドールは幻視する。
それ言っちゃダメだろ。なんか色々ダメだよ。と、いう感じだが、二匹が振り上げる言ノ葉の刃は止まらない。
「もっ、ふっつーみればカンタンにわかんでしょ!? ってかさっしてあげなよ! あたしたちとおなじよーなひがいにあっちゃったとかさぁ! アンタのばぁーい、においでわかんじゃないの!?」
「そ、そりゃ解ったよ? 紅魔館の門番さんと同じ匂いしてるなーって……でも鼻がよく利く相手には、それを逆手に取ってね? 服とか盗んで、同じ匂いを纏ってとか……そういう偽装は常套手段で……」
「いったいなんねんまえのじょーとーちゅだんでつか!! いまはコーガクメーサイとかいろいろあるんでつよ!? とのまえに、とれならこんなどーどーとめのまえからはいってこないでつよ! だいたい、いまはこんなへーわなジダイなんでつからっ。てんぐたいてんジダイのよーなぶっとーなよのなかじゃないんでつから!!」
「しにたいの!? アンタしにたい!? こんなんあいてにして、みみとしっぽがあればカチグミっ! とかおもってるヤツがタダですむとおもってんの!? こんなのにねぇ、タダのいぬじにってやつなんだから! ダレウマとかだれもいわないわよ!!」
「いっつもつかってるケンとタテほっぽって、とんなおーむかちのオンボロけんをひっぱりだちてきたからなにかとおもえば……っ! ひまがあればちょくちょくおていれしてまちたけど、なにもこんなバカげたあいてにヤイバをむけることないじゃないでつか!! まもってくれるのはうれちーでつが、もちょっとそのなけなちのノーミソつかってくだたい!!」
「そのみみはカザリだとしてもっ、そのからっぽのあたまにちんまりとつまってるなけなしのノーミソまでカザリにすんじゃないわよっ!!」
頭部に生えているよく聞こえそうな狼の耳に、左から右からステレオ罵声。
耳骨に直に響くようなよく通る声で、二匹は椛の心を貫く潰す抉る折る。
そしてすっかりと心をズタボロにされた椛は、獲物から手を離してガックリと項垂れた。マジで『orz』の体勢で項垂れた。
「……うわぁ」
「うわぁ、でしゅ……」
流石にフランドールも美鈴も、その凶悪なステレオ罵声に引き気味である。
二匹の天狗は早口で思いっきり声を張り上げていた所為か、ぜぇぜぇと呼吸を乱して肩で息をしながら、椛の戦意喪失に成功した事を認めると「ふんっ」と揃って鼻を鳴らした。
「はたて、ちょっといいつぎじゃないでつか?」
「あやこそ、いいすぎでしょが」
椛の意気消沈し過ぎているような様子に、流石に罪悪感があるらしいが、仲の良いチビ天狗は互いにそれをなすりつけ合ってみたりしてみたり。
どうやらそこまでが一通りの流れらしく、ぴーちくぱーちくしなちくでんちくと鳴いていた文とはたては美鈴とフランドールに振り返った。
「つーわけで、いぬばしりもせんいそーしつしたわけだから」
「みのがちてくだたい」
ペコリと頭を下げる、チビ文ちゃんとチビはたて。
ぶっちゃけフランドールと死闘を繰り広げていた方がまだ心の傷は浅かったんじゃないかと思われる程に、椛の心はベコンベコンに凹んだ空き缶のようになっていた。
けれども、
「えー。どうしよっかなー」
ドSフランドール様がそんな事で簡単に手を引くわけがなかったりして。
文とはたては頭の上に「!?」のマークを浮かべた。
「ちょっ! いぬばしりのココロのえいちぴーはもうゼロよ!?」
「それやったのアンタ達じゃん。わたしはまだ一発も殴ってないし」
「あなたにはりょーちんってものがないんでつか!?」
「だって悪魔だもん♪」
『きゅるるぴんっ☆』とかいう可愛らしいが訳の解らない効果音を付けたくなるような笑みで答えちゃう妹様。
これには隣にいる美鈴も開いた口が塞がらなくなっていた。
さすがドSばかりの環境で育った、根っからの悪魔である。
「それにさー。わたしのメイにこんな事したんだよ?」
――ただで済むと思ってんの?
フランドールは口を三日月型に歪めて、目を細める。
獄炎の剣の切っ先を向ける。
ゆらゆらとした陽炎の向こう側で、未だ文とはたてによる精神ダメージから立ち直れずに項垂れたままの狼天狗の姿があった。
文とはたては顔色を若干青くして「あ、あくまめ……」と呟きながら、片足の踵を、じりっと地面に滑らせるようにして後ろへ少しだけ下がらせる。
文とはたてはどうする、どうする? と、視線を一瞬交錯させて問い掛け合うが、良い案は何も出てこない。
これはまずい。マジでまずい。本気の本気でMK5である。
顔を青くしているのは、文とはたてだけじゃない。美鈴の顔だって青かった。
別に空腹で血糖値が下がっていて顔色が悪いわけじゃない。
美鈴はフランドールのスカートの裾を引っ張って、
「い、いもうとしゃまっ!」
と、叫ぶように呼んだ。
声が届いてくれればいい。
届かなかった場合は……門番らしく盾となる。
文とはたてと椛を守る為というのは勿論だが、一番にはフランドールの『心』を守る為に。
「いもうとしゃまっ、ダメでしゅよ! こんなこと……」
言葉の続きは、掻き消された。
腹の虫の泣き声に。
「「「「「…………」」」」」
落ちる沈黙。
しかし、その沈黙を破ってまたも「ぐぅ~きゅるるるるぅ~」という間抜けな音が響く。
空腹の限界を訴える警鐘。誰のって、そりゃあ美鈴のである。
それに、フランドールは思わず「ぷっ」と吹き出して、小さな美鈴の視線の高さに合わせるようにしゃがみこんだ。
「あははっ。もぉー、メイったら空気読んでよー」
「しゅ、しゅみましぇん……」
わたしはよんだつもりだったんでしゅが……おなかはよんでくれましぇんでした。
恥ずかしさやら申し訳なさやらで、頬を赤く染め、俯き加減で両手の指をもじもじとさせる美鈴。
フランドールはその様子に更に破顔して、美鈴を抱き上げた。
その手には、もう地獄の業火は握られていなかった。
「もうお昼ご飯の時間だもんねー。しょーがないか」
「あぅあぅ……」
高い高いの要領で抱き上げた美鈴の顔を覗き込んで、フランドールは「あはは」と無邪気に笑う。
その笑みに、美鈴はますます恥ずかしさが募ったりした。
「ま、そんなわけでメイがお腹減っちゃってるから、見逃したげる」
邪気のない笑みを向けられて、文とはたては一安心……と、胸を撫で下ろしたかったが、ピンチをまさか美鈴の空腹に救われたというなんとも格好悪い展開に微妙な顔をしていた。
「でも、その代わり」
だが、タダでは見逃してくれないらしい。
チビ天狗二匹は、いっちょまえに訝りげな表情を作って、警戒を露にした。
そんな文とはたてに、フランドールは鋭い犬歯を見せながら笑って、提案した。
「ご飯用意してよ」
その条件に文とはたては、未だ落ち込みマックスで地面と両手と両の膝小僧を仲良くさせている椛の頭を、ちっちゃな手でペシペシ叩いたのだった。
* * * * *
とりあえず美鈴の腹の虫が危機を救った後、
「おいしぃーでしゅー!」
はい、来ました。恒例のお食事タイムでございます。
本日の昼食は、予定されていたさっきゅん特製瀟洒カレーライスから急遽昼食場所チェンジとなって、狼天狗お手製の川魚の塩焼きというシンプルな献立に変更になっていたが、美鈴は絶妙な塩加減でこんがりと焼かれた川魚をうまうまと頬張っていた。
実は楽しいランチタイムに入る前、フランドールの脇腹から大量の出血を発見して美鈴が大騒ぎしたとかあったのだが、そこは今は割愛。
そしてびしょ濡れだった美鈴が妹様の手で服を脱がされたりして、そこでもまた大騒ぎとなったりしたもの、今は割愛である。
そんな美鈴の濡れた服は少し離れた所、日光が良く当たる木の上へと干されてしまった為、今はフランドールが来ていた赤いベストを上に羽織っていた。
フランドールは平べったくなっている岩の上に座って美鈴を膝の上に抱っこし、椛は地べたに直接胡坐を掻いて両膝の上に文とはたてを乗せ、5人……いや、5匹? で、パチパチと爆ぜる焚き火を囲む。
焚き火をぐるっと囲むように木の枝に指した川魚が石で器用に固定されて炙られていた。
鱗を丁寧に落とされた皮の表面を、身から滲んで浮き出た油が伝っていく様は、見ているだけで涎が垂れてくるくらいに堪らない。
「もみじぃー」
「いぬばしりぃー」
「はいはい。ちょっと待って」
だが、そんな食欲をそそる光景には目もくれず、というかそんな暇もなく、椛は魚の身を手で解して雛天狗達の口へと運ぶ。
餌をくれとぴーぴー鳴く食欲旺盛な雛。と、まったくその通りな文とはたてが「あーん」と開ける口へと、骨を避けて解された身をせっせっと運ぶ親役な狼天狗。
手が魚の脂身でベトベトになり、てかてかと光って焚き火のオレンジ色の光を反射していた。
「はい、あーん」
「「あーん」」
文とはたてが小さな口をめいいっぱいに開ける。
そこに解した身をひょいっひょいっと放り込む親鳥、ではなく、椛。
二匹がもきゅもきゅと租借している合間、椛は傍らに詰まれた大量の魚を手にとって、枝を魚の身に突き刺して焚き火に翳す作業を素早く繰り返す。
文とはたてが食べる速度もなかなかのものだったが、向かい側に座っているチビ門番妖怪の食べっぷりが尋常じゃない為、自分が食べている暇など、椛に与えらるわけが無かった。
「んー。ほんとにおいしーでしゅ。もみじしゃんはおしゃかなをやくのがじょーじゅでしゅね!」
「そ、そうかな……」
会話してる間さえ惜しいのか、もしくはそんな余裕が無いのか、椛はなんとなく素っ気無くなってしまっている口調で言って、火が通った魚を焚き火から外してせっせっと身を解す。
香ばしい匂いと共に湯気が立ち上ってる焼き立ての魚を、そんな風に掴んで熱くないのか。
そう心配になるが、椛の手の皮は厚いらしい。
椛は熱さなんて感じてないような様子で身を解して、文とはたての口に運んでいく。
「熱いから、ちょっと待っててね」
そう二匹の雛に注意しながら、椛はふーふーっと息を吹き掛けて丁度良い温度にしてやって、ぴーちくぱーちくしている二匹の口許へ。
なんとなく仏頂面……なのは生来のものかもしれないが、動きは忙しないし、自分が食べている暇もない。
それなのに、何処となく楽しそうに見えるのは気のせいではないようで。椛は時折微かな笑みを唇に刻みながら、二匹の世話を焼いていた。
「……う~ん」
そんな中、静かに唸っている吸血鬼が一匹。
直ぐそこの川で椛が獲った(しかも手掴み)、鮮度抜群ピチピチ川魚の塩焼きがマズいわけがないのだが、何故だかフランドールは「う~ん」と唸っている。
その視線はこんがりジューシーに焼ける魚ではなく、雛となった文とはたての世話を甲斐甲斐しくする椛へと向いていた。
いや、椛というか、正確には椛と文とはたてがしている行為にだが。
(あれ……いいなぁ……)
胸中で呟いて、自分の分の魚へ小さく齧り付く妹様。
少しゆっくり気味に顎を動かして咀嚼する妹様の脳内には、魚の味がきちんと伝達されているのかも怪しかった。
そんな妹様の脳内を何が占拠しているのかといえば、
(わたしもメイにあーんってしたいなー)
そういうことである。シンプルイザベストである。
椛とチビ文&はたての様子を羨ましそうに見つめるフランドール。
「もぐもぐ……どうかしましたか?」
その視線に気付いた……というよりは、フランドールの食の進み具合が芳しくない事を心配したらしい美鈴が振り返る。
「ん?」
「……おなか、いたいでしゅか?」
新たに焼き上がった魚を手に、美鈴は大きな絆創膏が貼り付けられたフランドールの脇腹をチラッと見て言う。
結構な出血量だった上に、肉が少し焼け焦げていたので、美鈴が心配するのは当然だった。
ちょっと引っ掛けただけだから平気だよ。とかって誤魔化して。メイが血を飲ませてくれたら直ぐに治るよー。とかとはぐらかしておいたのだが、それは一時凌ぎくらいにかならなったらしい。
でも、折角心配してくれているところ申し訳ないのだが、妹様にとってこんな傷の事なんてノープロブレム過ぎる事だったりして。
フランドールは「ベストがだぼだぼしてて可愛いなー」なんて思いながら、「だいじょぶだよ」と美鈴に微笑み掛ける
ぶっちゃけベストが大き過ぎて、留め具を嵌めても胸やお腹がチラチラしてたりとか、サイズが合わないから下手なワンピースみたいになっていたりして酷く不恰好だったりとか。
でも、ちっちゃいとまたそこが可愛かったりして、フランドールは本能に逆らわずに美鈴の頭をよしよしする。
まだ乾き切っていない湿った髪の毛の感触は、しっとり滑らかで悪くなかった。
「ほんとでしゅか?」
美鈴は魚の破片を口許にくっ付けつつ、不安げに首をころんと傾ける。
でもやっぱりお腹は空いているのか、そうしながら湯気が立ち上る魚の腹に、口をめいいっぱい開けて豪快に齧り付いた。
(それにしても……メイ、良い食べっぷり過ぎだよ……)
ほっぺを膨らませて口いっぱいに頬張る美鈴はこの上なく可愛いが、妹様が例の『あーん』を出来ない理由はそこにあったりした。
美鈴は何の躊躇いも無く、生え揃ったばかりという小さな乳歯の歯列を突き立てているからだ。しかも骨までバリバリバリンコと噛み砕いてもしゃもしゃ美味しそうに咀嚼している。
いちいち身を解して骨を取り除いてやるという世話なんていらないなんて、ほんと手間要らずの良い子である。
「だいじょぶだってばー」
フランドールはそう茶目っ気たっぷりに笑って、美鈴の汚れた口許を指先で拭ってやった。
食べてる姿が可愛いから……まぁ、いっか。とか思って気分を持ち直すが、やっぱり「いいなぁ」なんて思って、視線は仲良く魚を突く天狗組に向かってしまったりして。
そんなフランドールの視線に気付いたらしく、美鈴は頭上に「!」というマークを浮かべた。
「あ、ほねがじゃまだったんでしゅね!」
「へ?」
そんな美鈴は、持っていた魚をバリバリと口の中に詰め込み、尻尾の先だけを口の端から飛び出させた状態で、空いた両手をフランドールへ伸ばす。
美鈴はニコニコしながら、フランドールが持っていた魚を手に取って、身を解し始めた。
「メイ?」
「えへへ。ほねがささったらいたいでしゅもんね」
どうやら美鈴は、フランドールの食の進みが良くない理由を『骨が邪魔で食べづらいから』という風に解釈したらしい。
美鈴は魚を小さな手で丁寧に解して、ちっちゃな指先で骨を取り除く。
元の大きさに比べたら半分の大きさもない手と、半分の長さもない指。
それでも美鈴の器用さはそんなに変わらないらしく、小骨まできっちり取り除いてから、
「はい、いもうとしゃま。あーん」
なんて、魚を差し出してきた。
「あ~ん」
それを反射的に口を開けてぱくっと食べてしまってから、フランドールは気付いた。
(って、逆じゃん!!)
やりたかった事はあってるけど、立場が逆だよ!
妹様は内心で叫ぶが、美鈴はにこにこしながら焼き魚を差し出してくる。
楽しそうだし嬉しそうで、んでもって可愛い。
「おいしいでしゅか?」
「うんっ」
(……これはこれでいっか)
フランドールは自分にゴーサイン。
調子に乗って美鈴の指をぺろっと舐めると、美鈴は「くしゅぐったいでしゅよ~」なんて無邪気に笑った。
そんなこんなで、美鈴とフランドールは仲良く楽しく、椛と文とはたては仲良く忙しく進んで行くランチタイム。
美鈴は魚を数十匹程胃に収め、飢餓感が多少緩和されたところで椛に話し掛けた。
「もみじしゃん、なんかてなれてましゅね」
手馴れた様子で文とはたての面倒を見る椛に、他意無く言う美鈴。
椛は視線を合わせる事もままならないようで、視線は文とはたてに固定したまま頷いた。
「うん。文ちゃんとはたちゃんは、私が育てたし……子育てもう一回やってるみたいで、結構楽しいよ」
「え、しょーなんでしゅか!?」
この天狗たちはワシが育てた。との椛の発言に、美鈴は齧り付いていた魚から思わず口を離す。
身の破片が美鈴の口の周りに付いていて、それをフランドールは指先で摘んで、もぐっと自分の口へとさり気無く運んでいたが、それに気付けないくらいには美鈴はカルチャーショックを受けていた。
「うん……あの頃の文ちゃんとはたちゃんは可愛かったなぁ。文ちゃんとはたちゃんも、いっつも私の後ろにぱたぱた頼りなく飛びながらくっ付いて来て……いっ!? だ、わわっ、それ指だよぉ!」
にへらっと笑う椛の顔が一瞬にして歪む。
どうやら、文とはたてに取ってはあまり都合の良い思い出話ではなかったらしく、二匹は揃って椛の指先にがぶりと噛み付いていた。
「ご、ごめんって。今だってちゃんと可愛いから」
「とーいういみじゃありまてんっ!」
「そーいういみじゃないわよ!」
ぴーぴー鳴くように怒る文とはたてに、椛は眉尻と耳を垂れさせてしょぼんとなる。
なんだかしっかり者の娘達に怒られるお父さんみたいな、そんな雰囲気だ。
「だ、だからごめんってば。ほ、ほら、喉渇いてない? お茶あるよ?」
そんな椛は、二匹の雛天狗の注意を逸らすように傍らに置いていた小さめの竹製の水筒を二つ取り出して、文とはたてに見せる。
二匹は椛の言葉に素直に頷いて水筒を受け取った。
きゅぽっと栓を外して、小さな両手でんしょっと抱えながら口を付けて、喉をコクコクと鳴らして冷たいお茶を嚥下していく。
幼いながら、良い飲みっぷりである。
二人は同時に「「ぷはぁ」」と言いながら口を外し、喉が充分潤ったところでまた始まる餌くれタイム。
あーんと揃って口を開ける雛天狗の口に、椛はまたせっせっと魚を解して運び始めた。
「はい、いもうとしゃま。あーんでしゅ」
「あーん」
「はい、文ちゃん、はたちゃん。あーん」
「「あーん」」
しばしば続く「あーん」の応酬。
何はともあれ、楽しいランチタイムはのんびり平和に過ぎていったのであった。
* * * * *
もふもふっとしたモノが、赤い館の中で迷子になっていた。
それはつい先日、悪魔の妹と接触したもふもふだった。
ソレは「くぽぉ~」なんて物悲しげに小さく鳴いて、「でぐちどこ~?」ときょろきょろとしながら、でも用心深く館の中をひっそりと進む。
まんまるもふもふの体の背に、小さく生えた翼をぱさぱさとはためかせて、静かに慎重に進んで行く。
でも好奇心旺盛な生き物なのか。廊下に飾られている素敵な過敏を見てはちょっとはしゃいじゃったり、素敵な絵画を発見しては、飛ぶ高度をちょっと上げてしげしげと眺めてしまったり。
あるいは様々な妖怪で構成されたメイド達やら門番隊を見ては、「かっこいいくぽぉ~!」とか「忙しそうだくぽ」とか「こ、こわい感じのモンスターだくぽぉ……」とか「イジめないで欲しいくぽっ!」とかと右往左往してりしていた。
クポクポ鳴きながら、とにかくあの恐い悪魔に会わない内にと、出口を探すもふもふまんまるな生物。
提灯アンコウのような、先端にボンボンのような物が付いている額から生えた触覚(?)を揺らして、くっぽくっぽとってとってぱったぱったと屋敷内をぐるぐる巡る。
だが、
「クポっ!?」
そんなソレの前を、真っ黒な何かが塞いだ。
空間にぽっかりと浮かぶ、いや、空いた穴。
底の見えない真っ黒な、突如出現した隙間(ひずみ)。
「クポぉ! クポックポポっ!!」
ソレは反射的に踵を返し、逆方向へと逃げる。
ヤバい。あれはマズい。
そう本能で感じるまま、逃げる。全速力で逃げる。
しかし、その歪はソレが背を向けた瞬間にはまた目の前にいた。
「クポッ!?」
線のように細い目を見開く。
つぶらな瞳には、驚愕よりも恐怖が滲んでいた。
ソレには、歪の中に潜んでいる何かが見えていた。
空間に空いた、何処につながっているかも分からない歪の中から、手が伸びてくる。
すらりと細い、女の腕だった。
「クポぉっっ!!」
ソレの悲鳴は最後まで響くことはなく、腕に囚われる。
そうしてソレは、隙間の中に消えていった。
* * * * *
お腹も満たされ、川のせせらぎが気持ちの良い昼下がり。
穏やかな流水音が耳に心地よく、川面が光を反射してキラキラと輝いている。
濡れた服も良い感じに乾いたようで、美鈴はまた、魔法の森の人形師お手製緑色のベストと半ズボンに着替えていた。
何の変哲も無い子供服だが、それはパチュリーの防護術式が縫い込まれた衣服。
美鈴は着替えを済ませるとなんとなく安心した面持ちで、また焚き火の傍へと戻ってきた。
「もう服乾いたの?」
「はい、おかげしゃまで」
ちょっと残念そうなフランドールの様子に、美鈴は苦笑を漏らしつつ綺麗に折り畳んだフランドールのベストを返した。
今度はフランドールの膝上ではなく、そのまま地面に直接腰を下ろそうとして、
「だぁ~め。コッチ」
「はわわ」
華麗に阻止された。
フランドールは美鈴を抱き上げて、また膝の上に乗せる。
ちっこいと直ぐにこうして抱き上げられてしまうので、なんだか不便だ。
なんて気恥ずかしさを誤魔化すように思ったりするが、フランドールが楽しそうなので美鈴は困ったように笑うことしか出来なかった。
「こほんっ。たて……」
元の姿なら幾らでも似合うだろう咳払いは、今の幼い容姿にはあまりにも不釣合いで、なんだかおませんさんな感じだ。
そんな様子ながらも、文は真剣味を帯びる瞳で美鈴とフランドールを見る。
でも、相変わらず椛の膝の上にいる上に、背中に生えたちっこい翼をはたてに毛繕いされている状態では、それもあまり説得力が無かった。
ちなみにはたては、椛に翼の手入れをされているという状態だったりする。
「おなかいっぱいでねむくなってくるまえに」
「あ、忘れてた!」
だが、文の言葉はフランドールの声に遮られる。
フランドールは軽く握った片手を、地面と水平にしたもう片方の手の平に打ち付けて、
「デザート食べなきゃだよね」
なんて、ルンルン♪ な調子で提案、というか断定をした。
自己中心的、もとい、高貴な吸血鬼は、空気なんて読まずに己の道をただ進むのみらしい。
「な、なにをゆーちょーなコトをいってるんでつかっ。こんなひじょーじに!」
そんな文ちゃんもはたてにのんびりと毛繕いをされていたりするが、そこはご愛嬌。
はたてはと言えば、既に眠くなってきているらしく、くぁっと小さく欠伸をしていた。
「えー」
しかし、美味しいご飯の後には美味しいデザートで締める。という紅魔館の仕来り(?)の中で育ってきたフランドールは口を尖らせて不平を漏らす。
そこを美鈴が苦笑をしつつ「まぁまぁ」と宥めようとして、
「でも、ほら」
そう言ってフランドールが取り出したダサい花柄の巾着袋を見て、美鈴の瞳はそこに釘付けとなった。
「ましゅまろ!」
陽光を反射する湖の水面のように、美鈴の群青色の瞳が眩しいくらいにキラキラと輝く。
「おとしちゃったのに……みつけてくれたんでしゅか!?」
ちょーだいちょーだいと、餌を強請る子犬のように腕を伸ばしてくる美鈴。
フランドールは「えへへー」と得意そうに笑って、巾着袋を美鈴に渡した。
「いもうとしゃま、ありがとうごじゃいましゅっ!」
「わっぷ!?」
三度の昼寝と三度のご飯、そして三時のおやつが大好きな美鈴は、感極まってフランドールの首根っこに飛び付いた。
ぷにぷにのほっぺでスリスリ頬擦りまでされて、フランドールは「くすぐったいよぉ」なんて無邪気に笑いながら美鈴を抱き締める。
ちっちゃくなっても記者根性は忘れぬ文は、きゃっきゃっウフフと戯れる二人の所為で遅々として情報収集が出来ない事にヤキモキし、翼をパタパタと落ち着かない様子で動かした。
その翼に鼻先をくすぐられて、はたてが「くしゅっ! くしゅっ!」と小さくくしゃみを繰り返していたが、そんなはたてを文は「うるたいですっ」と、翼の骨部分で鼻先をペチペチする。
「あぅ、くしゅっ! ぅっ、あや、バカっ、くしゅっ!」
「ぅ~」
「ケンカしちゃダメだって」
そんな微笑ましい雛天狗の様子を、椛は頬を緩めないようにと頑張った結果に出来たぎこちない苦笑を漏らしながら、二匹の頭を両手で撫でた。
「ふ、くしゅっ! ……ずずっ。ってか、アンタあんなにたべてまだたべりゅの?」
ぺちぺちと頬を叩いて来る文の翼を手で押え付けながら、はたては美鈴に問う。
昼食として椛が用意した川魚は優に三十匹は越えており、その殆どが小さな美鈴の胃袋に収まっていたが、マシュマロでご機嫌になった美鈴は笑顔のままで頷いた。
「甘い物は別腹だもんねー」
「はいでしゅっ」
まっしゅまろー♪ まっしゅまろー♪ と歌いながら、美鈴は巾着を開ける。
中には、オレンジ色のリボンで丁寧に口を結ばれ、白い花がプリントされている透明なビニール袋で覆われている色取り取りの大量のマシュマロ。
おやつ袋自体はダサくとも、瀟洒な梱包具合だ。
美鈴はうきうきとしながらのリボンを解いて、口を開ける。
すると仄かに漂う、砂糖と様々な果実の甘い匂い。
美鈴は「みなしゃんもどうじょ」と言って、皆に配る。
お食事タイムが終わったかと思えば、始まるのはデザートタイムである。
でも仕方が無い。美味しいものを頬張ってる幼女って可愛いからだ。
「それ、あじちがうの?」
「はい。えっと、ピンクがいちごしゃんで……」
はたての問いに、美鈴は「んとんと」と答える。
咲夜が用意したマシュマロは真っ白なものだけでなく、数種類の色があり、それで味が違うらしかった。
白は当然プレーンで、ピンクはオーソドックスに苺。
「このオレンジいろっぽいのはなんでつか?」
「オレンジじゃないの?」
「えっと……」
今度は文が問う。フランドールは色のまんまに予想するが、美鈴はくんくんと匂いを嗅いで、それからオレンジ色のマシュマロを一つ口に放り込んだ。
「はっ! まんごーでしゅ!」
「じゃあこの緑色のは?」
「えと……もぎゅもぎゅっ……はっ! メロンでしゅっ!」
「あ、この黄色いのバナナ味ぃ~」
どうやら、オレンジに近い濃い黄色のマシュマロはマンゴー味で、緑はメロン味で、黄色はバナナ味らしい。
そんなこんなで、五色五味のマシュマロをワイワイ摘む五匹の妖怪 in 妖怪の山。
マシュマロ独特のふにふにとした感触を指と歯と顎で楽しんだ後、折角だから焼こうか? と誰かが提案して、やっぱり椛が焼く役となった。
「ちょっとでいいんでつからね」
「こがさないでよね」
「……このくらいかな?」
「あ、いいかんじでしゅね~」
枝にマシュマロを刺して焚き火で軽く炙る椛に、文とはたてはハラハラどきどきしながら野次を飛ばし、美鈴はだだぶりゅーけーてぃーけー全開で見守る。
表面がぷくぷくするくらいに、数秒炙って火から離す。
椛は両手の指の間にマシュマロを刺した枝を四本ずつ、計八個をいっきに炙っていい感じに炙り終えると半分を美鈴に渡した。
美鈴は受け取った四本の内、二本をふーふーと息を吹き掛けてある程度覚ましてからフランドールに差し出した。
「はい、いもうとしゃま」
「あーん」
マンゴー味のマシュマロが、フランドールの口の中へ消える。
熱々でとろとろのマシュマロが、舌の上で蕩ける。果実の甘さがふんわり、砂糖の甘さがとろりと広がって、フランドールから思わず笑みが零れる。
美鈴はそれをニコニコしながら見守りつつ、自分もぱくっとマシュマロを食んだ。
「んぅ~……っっ! とろっとろっでしゅ~」
ほっぺたおちちゃいましゅ~。なんて言いながら、マシュマロを頬張った頬を両手で押さえる美鈴。
対面側では、文とはたてが蕩けたマシュマロ啄ばんで、みょーんと口と枝先を繋いでおり、その様子に椛が笑っている。
「マシュマロって初めて食べたけれど、甘くて美味しいね」
「しょーでしょー。なんたって、しゃくやしゃんとくせいでしゅからねっ」
口に枝を銜えたまま、せっせっとマシュマロを焼く作業を続けながら言った椛の言葉に、美鈴は大仰に頷く。
「ねー。もにゅもにゅ……そーいやさ、なんでアンタら……もにゅもにゅ……やまにきたわけ?」
蕩けたマシュマロがみょーんと伸びる感じが気に入ったのか、はたてはみょーんと伸びたマシュマロをはむはむと唇で追いながら問いかける。
その問いかけに、同じようにマシュマロを唇で挟んでみょーんと伸ばしていた妹様が「はっ!」と声を漏らした。
「あ、忘れてた!」
フランドールはもぐもぐと急いでマシュマロを口の中へと放り込んで飲み込むと、
「そうそう。仲間探しに来たんだった。ってことで、あんたホワイトでしょ? さっさと仲間になってよ」
はぁー。さっきうっかり壊さなくて良かった。
なんて安堵する妹様。だが、言われたホワイト、もとい、白い狼天狗さんは頭に「?」を大量に浮かべた。
「……はぁ?」
うん。突然こんな事を言われたら普通そうなる。
椛は当然のリアクションを返すが、フランドールは「えー」と不満を漏らした。
「分かんないかなー。ほら、どー見たって私がレッドでしょ?」
「まぁ、つかーれっとでつよね……」
文とはたても悪魔の妹の言葉に首を傾げる。
まったくもって訳が分からなかった。
「だーかーら。今大変な事になってるでしょ?」
「とんなこといわれましても、こっちはじょーほーぶそくなんでつ。くわちくおちえてくだたいよ」
「え、メンドイ」
「……アンタねぇ」
はたては呆れ顔ながら「アンタにはしんせつしんってもんがないわけ?」と言うが、
「あるわけないじゃん」
フランドールは「何を当たり前なことを」とでもいう顔で即答する。
何度でも言うが、妹様の種族は悪魔であるからして、それは当然のことだった。
「いもうとしゃま……もぐもぐ……ちょーさも、もきゅもきゅ……しなきゃでしゅよ、もぐもぐ……」
「えー。リーダーなのに?」
美鈴はマシュマロを両手で持って口いっぱいに頬張りながらフランドールを説得する。
フランドールは美鈴に宥められて、とりあえず紅魔館で起こった事を一通り天狗達に話した。
「やっぱり、あのモフモフがげーいんでつか……」
「ってか、あのバカよーせいとか、アホよーかいとかもデカくなったって……マジ?」
「マジマジ。チルノなんか超頭良くなってるし、ルーミアなんか超紳士だよ」
「また(さ)かあのよんひきがテ(セ)ットで……でつか……しかも、フランドールたんまで……」
「でも、文ちゃんとはたちゃんは門番さんみたいに小さくなったよね?」
「ほーそくていとかあるんでつか?」
「わかんない。パチェが言うには、なんかの魔法ではあるらしいんだけど……」
思案顔の天狗達は、フランドールの言葉を慎重に吟味しながら飲み下すと、今度は自分達に起こった事を話す。
やはり文とはたても幼児化する前に、あのモフモフとした生物と接触していたらしい。
「はたてがいけないんでつよ。あんなのつれてくるから」
「なによ。あんただってかわいいっていって、いっしょにもふったじゃない」
「まぁまぁ……」
また喧嘩を始めそうな二匹を、椛は苦笑顔をで宥めた。
(……ん?)
その会話を聞きながら、フランドールはふと気付く。
原因はもふもふで間違いなさそうだが、もう一個だけ解りそうな事があった。
「ねー。もふもふってさ、その時何匹いたの?」
「?」
フランドールの何気ない質問に、文とはたては首を傾げた。
椛は二匹が変異した時に居合わせなかったのか、口を開く事無く文とはたてを見る。
二匹は、
「いっぴきずつもってまちたよね?」
「うん」
と、顔を見合わせて頷き合った。
「ふーん……」
(つまり、その場には二匹のもふもふがいた。ってことだよね……)
フランドールは幼い雛と化した天狗二匹が答えた言葉に意味深に鼻を鳴らし、膝の上に乗せている美鈴の体をちょっと抱き上げて足を組んだ。
すらりとした長い足。普段ならば真昼間の陽光の元には決して晒される事の無い肌は、病的なまでに白い。
組んで上に乗せた片足を軽く揺らしながら、フランドールは「何が言いたいのよ?」といった顔している天狗達の眼は見ず、美鈴の頭の旋毛を眺めながら赤い髪をさらさらと指先で軽く梳いた。
「いもうとしゃま?」
どうかしましたか? という眼差しは半ば無視して、フランドールは確認する。
「ね、メイももふもふにこんな姿にされちゃったんだよね?」
「? しょーでしゅよ?」
「うん。わたしもなんだけどさ。でもさ、メイ言ってたでしょ? ソレが幻想郷中に散らばっていったって……」
「えと……」
この騒ぎが起きる前、誰よりも早くにその『気配』を感じ取っていたのは美鈴だ。
いつも通り門番の仕事をしていた美鈴は、幻想郷の結果内に侵入してきた『異物』が郷中に散らばっていくのを確かに感じ取っていた。
美鈴はフランドールの言葉に素直に頷く。
フランドールの意図が見えずに、天狗達は首を一様に傾げる。
傾ける向きも角度も同じな仲良し天狗に、フランドールは人差し指を一本立てた。
「一匹」
フランドールの言葉に、美鈴は「いっぴき?」と反芻し、文は「はい?」と首を逆方向に傾げ、はたては「なにそれ?」と眉を顰め、椛は「どういうこと?」ときょとんとする。
悪魔の妹は、まるで探偵ごっこでも楽しむかのようにうっすらと笑みを浮かべた。
「メイが察知した『ソレ』は複数。でも直接遭遇したのは一匹だけ。そして私も遭遇したのは、多分たくさんいる中の一匹なんじゃないかな……そして、チルノ・大妖精・リグル・ミスティア・大妖精の五匹が遭遇したのは、確か五匹だった筈。んで、パパラッチ天狗二匹が遭遇したってのも二匹のソレ。今までの被害状況とか発生ケースから見るに」
フランドールはもったいぶるようにそこで一旦言葉を切る。雛となってもそれなりに頭の回転が速いらしい文とはたては、フランドールの言いたい事を理解して考え込むように自身の顎を指で抱えて「うーん」と唸っていた。
だが、美鈴と椛はよく分からないらしく頭上にハテナマーク。
そんな椛は文とはたてにジト目で睨まれていたりして、しょぼんと耳を垂れさせた。
妹様は美鈴のきょとんとした、ちょっと間抜けな顔を見て「しょーがないなー」なんて笑みを零しながら、「つまりね」と続ける。
「この魔法は一匹につき一人(匹)、複数には発動しない……んじゃないかな、ってこと」
美鈴は漸く理解したらしく「あぁ!」と声を上げて手をポンと叩いた。
「まだ推論でしかないけど……まぁ、一応こんだけ被害者がいれば当たらずともとーからずって感じじゃない?」
「はいっ! しゅごいでしゅ、いもうとしゃま!」
「えへへ」
美鈴に褒められて、ついでに頭をいーこいーこと撫でられて、フランドールは嬉しそうにはにかんだ。
椛はフランドールの言いたいことは分かったが、「それが何の手がかりに?」に言いたそうに文とはたてに視線を送る。
「もぉ。いまはささいなじょーほーでもだいじなんでつよ。まずはじょーほーせいりでつっ」
「そーよ。のーきんはだまってはなしきいてなさいよね」
「……はい」
のーきん。漢字で書くと脳筋。つまり脳みそが筋肉の略である。
そう言われた椛は小さく「はい」と返事をして再びしょぼーんタイム突入であった。
「もんばんたん。そのモフモフはげんそーきょーじゅうにちらばったんでつよね?」
「そのせーかくなかずとかってわかんないの?」
「えぇっと……」
文とはたての問いに、美鈴は右斜め上に頭を傾けて、より詳細な事を思い出そうとする。
うんうん唸る美鈴に、フランドールは「大まかな数でいいから」と言葉を掛けて、変に気負わないようにと美鈴の頭を撫でる。
美鈴はもう一度「えと……」と呟くと、
「……しゃんじゅうくらい……だったとおもいましゅ……」
そう、自信なさげに小さく言った。
あの時はこんな事態になるなんて思ってなかったので、正確な数など数えているわけもないが、それでも美鈴は申し訳なさそうに俯き加減になってしまう。
だが、それでも『約30』という数字が分かっただけでもめっけもんだった。
「さんじゅー、ね……」
「つまり、さしひいて……あとにじゅーきょうくらいはこんなひがいが……」
そんな事になれば、幻想郷中が大混乱となる。
まぁ、楽しむ輩が大半だろうが。
だが、それは安全が保障されいればこそ。
魔導を専門に扱う魔女が調べに調べて、それでも特に何も進展していないのだから、これはそんなに楽観視できる事態ではない。
フランドールと美鈴はこの妙な魔法についてはパチュリーが調べている事、次いでチルノ達も協力してくれている事を改めて伝える。
文とはたては、小さな手にはちょっと大きすぎるメモ帳に今得た情報を鉛筆で書き込んで、そこでふっと顔を上げた。
「……これって、イヘンなんでつかね?」
文は至極不思議そうに首を傾げるが、フランドールは首を傾げて「さぁ?」と肩を竦めた。
「まぁ、この状況を楽しんじゃってても、誰かがなんとかしてくれるっしょ」
「んな、りゃっかんてきな……」
はたては咎めるが、すぐにそれは呆れるような顔になって口を閉じる。
相手は楽しいことが大好きな悪魔なのだと理解し、学習したらしい。
「じゃあ、あとわかってることとかないの?」
「んー」
フランドールは頬に人差し指を当てて明後日の方向へと視線を彷徨わせる。
美鈴も同様に視線を彷徨わせて、
「なにかありましたっけ?」
「んぅ~……」
何も思い浮かばないらしい。
そんな妹様はは「ま、取り敢えずはあのモフモフに要注意ってことで」と無邪気に笑って締め括った。
天狗達がそれに各々返事をしようとして、
突風が吹き荒れた。
「「!!」」
「「!??」」
「!?」
五人(匹)の髪が風に煽られ、縦横斜めになびく。
自然に発生した大気の動きではなく、明らかに『何か』が巻き起こしたであろう凄まじい風。
その嵐に驚き、思わず片目を瞑ってしまいながらも、瞬時に臨戦態勢を取ったのは美鈴と椛。
文とはたても同様に驚いていたが、吹き荒れる風に小さく軽い体躯を風に流されそうになってぶっちゃけそれどころではなく、椛の両足に幼い両手でぎゅっと掴まっていた。
そしてフランドールは、両の足でしっかりと地面を噛み、風を巻き起こした何かがいるであろう方向を睨む。
「ねぇ……」
陽に透ける蜂蜜色の髪を風に遊ばせて、悪魔の妹が呟く。
轟々とうねる突風が唐突に治まった。
その瞬間、耳を劈く恐竜のような獰猛で巨大な方向が大気を引き裂くように迸る。
草花を掻き毟り、地面を抉り、木々を押し倒しながら、巨大な影がフランドール達の上に落ちた。
「もう一個だけ、分かった事があるんだけど……」
呟きながら、フランドールは片手に地獄の業火を呼び出だす。
禍々しく燃える獄炎が、フランドールの片腕を包み込む。
静かに狂喜するかのように、赤と黒の混じる獄炎がゆらゆらと陽炎を生んだ。
これでもう一つだけ分かった事がある。
それは、アレに魔法をかけられた後は、こうして敵(バケモノ)が出現するということだ。
椛は背負っていた大剣に片手を伸ばし、構える。
美鈴も小さな拳を硬く握り、腰を低く落として構える。
文とはたては巨大な影を見詰めてゴクリと唾を飲み込み、椛の服の裾をぎゅっと掴んだ。
目の前に現れたのは、頑強そうな真っ黒い鱗で覆われた体躯と、銀色の鉤爪が付いた二本の太い足。そして蝙蝠の翼の形に似た大きな漆黒の翼を持った、黒い『敵』だった。
巨大な翼と調和を取るように生えた長い尻尾の先はレイピアのような棘が生え、体から伸びた首の先にある頭には、鰐のように大きく裂けた獰猛な口。口内にはビッシリと鋭い牙が生え揃い、咽喉の奥からはチリチリと真っ赤な炎が噴出し、牙の間から体外へと漏れ出でる。
黒い翼に黒い身体の敵は、眼球までもが黒く淀んだ色をしていたが、その中で唯一違う色が浮かぶ。淀んだ黒に、鮮烈な赤い瞳が浮かんでいた。
黒く赤い眼が、五匹を射る。
まるで重力が増したかのような圧力が、全身にかかる。
途方も無い殺気が、土砂のように注がれる。
美鈴は唇を一文字に引き締めて。椛は文とはたてを背に庇うようにジリッと地面を擦るように数センチだけ足を前へ出し、大剣を両の手で握り締める。
文とはたてはただ体を強張らせて、椛の背中を見守る。
そんな中、
「へぇー。これってさ、飛竜(ワイバーン)だよね?」
ずっと前に本で見たことあるよ。なんて、笑って平然と立っているのは悪魔の妹だけだった。
「いもうとしゃま……」
美鈴はただ前だけ向いて、声だけを静かに投げる。
美鈴の小さな体は、柔らかな虹色の膜がうっすらと覆われていた。
フランドールは唇の片端を微かに上げて、「しょーがないなぁ」とわざと呆れているかのような声音で呟き、言う。
「こんなヤツ一人でも充分だけど、たまには共同戦線もいいよね」
フランドールの片腕を包む獄炎が、主の心の高揚に反応して燃え盛る。
地獄の業火は主の意思を遂行する為、形を変える。
手の中にあった炎は、少し細い両刃の剣へ。腕を包んでいた炎は篭手へ。
フランドールの妖力を吸い、赤と黒の斑な色で燃える炎の中に金が混じった。
「じゃ、遊ぼっか♪」
獄炎の切っ先を向け、悪魔は無邪気に笑った。
To Be Continued.
◇◆◇次回予告◇◆◇
漆黒の飛竜の猛攻に苦戦を強いられるフランドール達。そんな中、美鈴と椛は文とはたてを庇って負傷してしまう。
燃える山、飛ぶ鮮血、交錯する業火と獄炎。その時っ、妹様の怒りが大爆発する!!?
起きる奇跡のその代償に、悪魔の妹大ピンチ!
でも予定は未定だし明日のこというと鬼が笑うっていうし未来なんて誰も分からないよねっ! ってことで次回予告カッコ仮カッコ閉じ。
東方妖幼女 ~Yo-jo in the Miracle Time~ 第五話 『地震、雷、火事、妹様!? 炸裂爆裂フォーオブアカインド!』
次回も付いて来れる人は見てやってね☆
◇◆◇ 提 供 ◇◆◇
・家族っていいな 「紅魔館の愉快な仲間達」
・メイドの事でお困りはありませんか? メイドの事ならこちらまで 「パーフェクトメイド育成会」
・『うちは大丈夫』は通じません 「天狗セキュリティー会社」
・毎日の献立にお困りではありませんか? 「【ボーダー商事】従者's オリジナルレシピ本(八意先生のミニ薬膳レシピ付き)」
・厄のご相談は流し雛軍団駐屯所本部まで 「流し雛軍団」
・修理・解体・引取り・処分。機械のことなら何でもお任せ 「かっぱっぱメカニック」
タイトル通りの内容だったり致しますので、幼女アレルギーやお姉さまアレルギーをお持ちの方はお気を付け下さい。
--------------------
<前回までのあらすじ>
壁
↓
天井
↓
エントランスのオブジェ(いまココ)
「んんっ! んぐーぐー!!」
(いくらなんでもシンプルに纏めすぎだから! スリム過ぎて何の事だかさっぱりじゃない! 私の出番少ないんだから少しはちゃんと……って、あ、咲夜! ねぇ、いい加減に助けてよ! え、なに? 美鈴がいないから頑張れない? 何言ってんのよ、あんな門番いないくらいで! それでも瀟洒な私のメイドなの!? ちょっと、咲夜? さく……な、泣いてるの? え、えと……う、うえ? 何よ、私が悪いの? え、ご、ゴメン……ち、違うわよ! 私が泣かせたんじゃ……あ、ちょ、ちょっとパチェ! いいから早く……すみませんすみません。口の利き方には気をつけます。だからこれ以上のブレイクは勘弁して……あ、今なんつった!? 有り難味の無いドロチラっつった!? 私の崇高なドロワが有り難味がないっていうの!? あ、やっ! 行かないでパチェ! 私には貴女しかいないの!! ……え、何? ありがとう? 私もよ? や、やだもう……パチェったら…………って、あれ? パチェ? どこ……パチェ……咲夜? 咲夜ぁー? パチェぇー! パ……うああぁぁぁん!!)
前回までのあらすじ。
ふと出現したもふもふした謎の生命体により、美鈴は幼女化してしまった!
それにはしゃいだフランドールに因ってカリスマは不運には壁と頭を一体化させられるという事態になったが、無いカリスマはブレイク出来ない、つまりカリスマブレイクというのは愛するカリスマに対する最大限の愛情表現だから無問題! ってどっかの大図書館の魔法使いさんが言ってた。
そんな中、幼女となった美鈴を至極可愛がる咲夜さん。もとい、さっきゅん。ラブラブでデートしつつ夕食のお買い物をこなしてお風呂でビバノンノン♪
しかし、人生そんなに上手くいかないもので、今度はフランドールが幼女から妖女となり、狂気が暴走して大混乱!
それを止めたのは言うまでも無く、我らのカリスマ&キチデレと名高いパチュリーさんだったが、その代償にカリスマは今度は天井に頭を一体化させてしまった!
天井でぶらりぶらりと揺れる中、皮肉にもカリスマを祝福するかのように降り注ぐ太陽の光。
カリスマが灰化する寸前、その危機を救ったのは、主を敬愛してやまない紅魔館の皆さまだった。
愉快な皆様のご厚意により天井から脱出するも、今度はコンクリと頭を一体化させられることに!?
そうしてエントランスの素敵なオブジェへと進化を遂げるカリスマっ!
だが、この混乱に乗じるかのように伸びる魔の手。謎の敵に襲撃される紅魔館!
美鈴と咲夜が必死で応戦するも数で圧倒してくる敵に、二人の命は危機に晒される。
しかし、そこへ現れる五つの影。それは幼女から妖女へと姿を変えた、バカルテット with 大妖精達だった!!
彼女達はフランドールと力を合わせて敵を一掃っ!
フランドール feat.バカルテット with 大妖精、またの名を幻想郷戦隊カリスマンジャーは、紅魔館の危機を救い、そうして幻想郷を守る為、各所へ旅立って行ったのだった!
「ぐー! んぐー! んぐぐぐぐ!!」
(パチェっ! 戻って来たと思ったらなんでカンペをそんな棒読みでテキトーに読んでちゃっかり粗筋語ってんのよ! ……え? 結構真面目にやってる? 特に私に対する清く正しい愛情表現のところとか? ちょっ、いらないから、こんな過激な愛情表現! お願いだからいい加減デレてくれたっていいじゃ……ちょっ、待って、いやっ! 行かないでパチェぇええぇぇ!!)
「東方妖幼女、はっじっまるよー」
「んぐぐぐっ……」
(だから棒読み過ぎだってば……)
* * * * *
「なんか今、変な叫び声が聞こえた気が……?」
様々な色に変化する八面体の水晶が、背中で涼やかな音を立てる。それは旋回をする度に大きく羽ばたく度にシャラシャラと美しい音を奏でた。
そんな変わった翼を持った少女が、大空を鋭く滑空しながら呟く。
紅いベストの下に着ている、薄いクリーム色のシャツは、右脇腹辺りの布が切り裂かれており、うっすらと割れた形の良い腹筋と可愛らしいおヘソが見え隠れしている。
露わになっている右脇腹には何かの文字が浮き出ており、翼がシャラシャラと鳴る度に、暗い色で仄かに光っている。
ベストと同じ色をした短いスカートが風にはためき、その長い足を辿れば、白いニーソックスと黒い編み上げのブーツが目に入る。
風にシャツがばたばたと暴れて胸を覆う下着までも見えそうになっているこの少女、咲夜と同年代くらいの外見に見事な成長を遂げたフランドールは、小首を傾げながらもう彼方遠くとなった紅い館を振り返った。
「いもうとしゃまぁ~!!」
と、同時に、腕の中から幼い声が風に乗って届く。
フランドールのすらりとした腕の中に収まっているのは、紅い髪を持った幼子。
鮮やかな紅髪は肩下辺りまでの長さで、白の半袖のシャツの上から緑色のベストを纏い、下は動き易そうな半ズボンという姿をした幼女である。
「なぁに、メイ?」
そのチビっ子の呼び声に、フランドールはにっこりと微笑みながら返事をする。
チビっ子、正確にはチビっ子となってしまった、美鈴は、
「お、おっこちちゃいましゅよ~!!」
フランドールとは対照的に、今にも泣き出しそうな顔で叫んだ。
それもその筈、フランドールは美鈴の首根っこ、というか、ベストの襟部分を片手でガシっと掴んだ状態だったからだ。
猫だってこんな持ち運び方をされたら嫌がるだろうに、それに加えてフランドールは結構な速度で飛行している。
こんな不安定な状態で泣かない方がおかしい。
「大丈夫だよ? 私がメイを落っことすわけないもん」
「しょーゆーもんだいじゃなっ、ひわわぁ!!」
視線が美鈴に向いていた為に、気付かなかったのか。
フランドールはおもいっきり雲に突っ込み、美鈴が悲鳴を上げた。
視界が一瞬真っ白に染まった。
ひんやりとした雲の感触は、風圧に冷やされた体にはなかなか堪える。
「ぷはっ! びっくりしたぁ~」
フランドールは雲を抜けると同時にふるふると顔を左右に振って、ひっついた雲の残骸を振り落とした。
髪が少し湿ってしまって、どことなく重い。
垂れてくる前髪を「なんか邪魔だなぁ~」とか思いつつ、「びっくりしたね~?」と手元の美鈴に声をかけた。が、
「あれ?」
返事がなかった。というか、何の反応もない。
手元に視線を向ける。手には抜け殻、もとい小さな緑色のベストしかなかった。
「…………」
いや、そんな筈ないって。
ほら、ちゃんと掴んでたしさ。
「…………」
大体私がメイのこと落っことすわけないじゃん。
うんうん。そうだよね。
何かの間違いだよね。
「…………」
よし。もう一回確認してみよ。
あれ、おかしいな。メイったらどこに隠れちゃったんだろ?
「…………」
現実逃避もいい加減辛くなってきたフランドール。
そんなフランドールは、
「やっちゃったZE☆」
と、親指と人差し指と、それから小指だけ立てて頬に当てながらウインクなんてしてみた。
ちなみにどこかの白黒魔法使いと口調が似てしまったのは、きっと気のせいである。ついでにいうとこのポーズの効果音が正確には「キラッ☆」というものであるのも気のせいである。きっとそうである。
フランドールは暫くその体勢を保ってから、すぅーっと静かに息を吸って、
「メイぃいいいぃぃぃいいいいぃぃぃ!!!」
絶叫しながら飛んできた方へ戻った。
495年生きてきて、こんなにも必死に飛んだことがあっただろうかというくらいの全力飛行。
翼の水晶体は焦燥に藍色と白に染まり始める。
(やばいぃ! メイって確か飛ぶのとかあんまり得意じゃなかったよね!? ってか苦手だったよね!? ど、どうしよ! わたしってば無敵~♪ とか思って調子に乗って結構な高度で飛んでたから落ちたらペシャンコになったちゃうよ! いや、そのくらいでメイが死んじゃうわけないんだけど……でも今ちっちゃくなっちゃってるし……死ぬまでいかなくても、打ち所が悪くて記憶喪失でもなっちゃったら………やだよぉ、メイが私のこと忘れちゃうなんてぇ……)
勝手に変な妄想をして、勝手に半泣き状態になるフランドール。しかしフランドールはその「if」の中に更なる「if」を見つけた。
(あ、でもそれはそれでおいしくない? 全部忘れちゃってわかんなくなってるんなら、メイは私のフィアンセなんだよーってことを吹き込んで……今ちっちゃくなっちゃってるし、全部わたし好みに調教……じゃなくて、躾ちゃうとか思いのままじゃない?)
フランドールはぽやぽやっと考えてみる。
どうでもいいが、「躾」も「調教」も悪魔が言うと対して意味が変わらなく聞こえるが、多分それは気のせいじゃない。
(せっかくだから、お姉様とか呼ばせてもいいかも~。あの舌っ足らずな口調で、そんな風に呼ばれたら……)
「うぅ……ここはだれでしゅか? わたしはどこでしゅか?」
「あはは。それを言うなら、ここはどこ私は誰でしょ?」
「あ、しょーでした。あの……それであなたはだれなんでしゅか?」
「やだなぁ。私のこと忘れちゃったの? 私はフランドールじゃん」
「ふりゃんどーる?」
「そうそう。で、あなたは紅美鈴。私の婚約者」
「え、しょーなんでしゅか!? あわわ、しゅみましぇん、ふりゃんどーるしゃん。だいじなこんにゃくしゃしゃんのことをわしゅれてしまうなんて……」
「こんにゃくって……もう可愛いなぁ。可愛いから許しちゃうけど、もう忘れちゃイヤだよ? それからね、メイは私のこと普段はフランお姉様って呼んでたから……」
「しょーなんでしゅか? はい、わかりました。えと……」
「うん?」
「えと、しょの……」
――ふりゃんおねえしゃま?
「かわいいぃー!!」
妄想から帰ってきたフランドールは力の限り叫んで、空中で転がるという器用なことをやってのける。
ぶっちゃけ可愛すぎた。くりっとした大きな群青色の瞳で、小首を傾げて「おねえしゃま?」と、戸惑いながらちょっと恥ずかしげに言うその姿は、思わず萌え転がるほどに可愛すぎた。
「よし。じゃあこのまま事態を静観してよっ♪」
フランドールはパタパタとその場でホバリングし、空中で静止。
鼻歌交じりに記憶喪失になった美鈴をどうしちゃおうかと考える。
え、こういうときは悪魔さんと天使さんが出てきて葛藤するんじゃないのかって? いや、無理じゃね? だって本物の悪魔だもの。
「あ、そういえばメイってばドコにおっこちちゃったんだろ?」
ふと気が付くフランドール。
物凄く大事なことを今気付くフランドール。
最重要項目に今気が付くフランドール。
頭を打って気を失っているであろう美鈴が起きた時に、傍にいなければ意味がない。
下手したら変な奴に変なことを吹き込まれてしまうかもしれない。そうなったら計画が台無しだ。
「ちょっ、そんなのダメじゃん!!」
ニコニコ……いや、ニヤニヤさせていた顔を一変。
メイは私のなんだから!! と叫びながらフランドールは地上に向かって急降下した。
念の為に再度いうが、これはあくまで『if』の話であり、フランドールのただの可愛い妄想である。
「メイぃぃいいぃぃぃいいいぃぃぃ!!」
翼を折り畳んで、体を細くし加速する
風を裂いて空を斬るように、フランドールは地上に向かって飛ぶ。
その軌跡を雲が線を描くように棚引いていった。
* * * * *
東方妖幼女 ~Yo-jo in the Miracle Time~
第四話「新たな戦士!? ホワイトウルフレンジャー!!」
* * * * *
おっきくなちゃったチルノ、ルーミア、リグル、ミスチー、大妖精の参上で危機を脱した紅魔館。
その後、チルノは湖周辺から魔法の森近くまで、リグルは太陽の畑へ、ミスティアは人里及び冥界と白玉楼へと散り、残った大妖精とルーミアは紅魔館の護衛を担当することになっていた。
のだが、
「咲夜……」
一騒ぎ終えた悪魔の館門前。
パチュリーが溜息でも吐きそうな声音で、瀟洒と名高いメイドの事を呼ぶ。
「…………」
しかし咲夜から返事はない。というか、反応さえしない。
咲夜は膝を崩したように地べたに座り込み、力なく門に寄りかかって、思わず「どよ~ん」という効果音を付けたくなるような暗い空気(オーラ)を放っていた。
「咲夜……」
「…………」
もう一度呼ぶも、返事はない。
「……咲夜」
「…………」
返事がない。ただの屍のようだ。
「…………」
「…………」
「……さっきゅん?」
「さっきゅんじゃありません」
小さな声でようやく返事が返ってきた。どうやら屍じゃなかったらしい。
パチュリーは「さっきゅんはさっきゅんでしょう」と呟きながら、「戻らないの?」と視線で問いかける。
「だって、だって……めーりんが……」
「そこで脱力しながら待っていても帰ってこないと思うけど?」
呆れながら放った己の言葉に、パチュリーは若干後悔した。
咲夜の蒼い瞳に、じわぁ~と涙の膜が張ってしまったから。
「やっぱり追いかけます!」
「はぁ?」
滲む涙を拭い、咲夜が立ち上がる。
地面をおもいっきり蹴り、足の裏が地面と離れ
「まぁ、待て」
たところで、咲夜は襟首を捕まれ空中でぷらんぷらんと宙ぶらりんになった。
そんな風に咲夜をまるで猫のように扱ったのは、煙草を銜えた長身の女性。
宵闇に浮かぶ黄金の月を思わせる色の髪。その髪を血色のリボンで緩く纏め、切り刻んだかのように裾がザクザクとなっている黒いドレスを着た妖怪。
その闇色の妖怪の鮮血を思わせる色の瞳には、呆れを示す色彩が浮かんでいた。
「る、ルーミアっ! ちょっ、離しなさい!!」
「お嬢さんが大人しく館に戻ると言うのなら、離してやらんこともないが?」
ルーミアは片手で咲夜の襟首を掴んで持ち上げ、もう片方の手で銜えている煙草を摘み、ふぅーと煙り吐き出した。
「そ、それは……」
「メイちゃんなら大丈夫だよ」
どもる咲夜に、涼しげな新緑色の髪をサイドで纏めた妖精が安心させるように言う。
太陽の光に透ける薄い翅を、そよぐ風に柔らかく揺らして、大妖精はふんわりとした微笑み浮かべていた。
「悪魔の妹も付いているしな」
「っ! だ、だから……心配なんじゃない……」
咲夜はルーミアの言葉にしゅんとうなだれて、肩を落とす。
咲夜が心配しているのは、美鈴の色々な事だ。別に貞操の危機だとかそういう事だけじゃない。ほんとにもう、色々なコトだ。
そんな気配をルーミアも大妖精もなんとなく察して、視線を交錯させる。
ルーミアは「やれやれ」と言いたげな顔をして、大妖精は柔らかな微苦笑を零して、また咲夜を見た。
「だが……」
咲夜を下ろしてやりながら、ルーミアは吸っていた煙草を手で握った。
くしゅっと握り潰された煙草は、火の消える儚い刹那の音を残す。
手を開いた時には、指の合間から黒い花弁がさらりと散って消えていった。
紳士なルーミア姉さんは、ポイ捨てなんてしないんですね分かります。
「そんな消耗しきった体では足手まといだ。門番の負担を増やしてどうする?」
「っ……わか、ってるわよっ……けど………」
呆れているような声音ながらも、ハッキリと断言するルーミア。
その言葉に、咲夜はぐっと言葉に詰まって拳を握った。
隣の大妖精が「ちょっと言い過ぎだよ」と口を挟もうとして、しかし出来ずに終わる。
ルーミアの言ったことは紛れもない事実だったから。
「……傍にいる事だけが、相手を想ってすることではない」
新しく取り出した煙草を口にくわえ、ルーミアは静かに言う。
鮮血色の瞳は、その色合いに似合わずとても穏やかだった。
「離れた場所で帰りを待つことも時には大切だ。留守を任せるというのは、信頼の証だ」
「それは……そうかも、しれないけれど………」
ルーミアはふっと口の片端を上げて微かに笑う。
煙草をくわえたまま、咲夜の頭をくしゃりと撫でた。
「……ルーミアの癖に生意気だわ」
咲夜はルーミアの手を不器用な手付きで払い、不機嫌そうに眉根を寄せる。
その顔には幾分かいつもの凛とした表情が戻っていた。
「ルーミアちゃんの言う通りだよ。咲夜ちゃんには咲夜ちゃんにしか出来ないことがあるから」
「私にしか?」
「そうね……例えば、美鈴がお腹を空かせて帰ってきた時に食べさせてあげるご飯の準備とか?」
「!」
大妖精の言葉を継ぐパチュリー。その言葉にビビッときたらしい咲夜は、はっと顔色を変えて館の方に向かって走り出していた。
そう。美鈴の無邪気な笑顔をいっぱい見れる瞬間は食事の時。
咲夜はチビ美鈴の笑顔を思い浮かべながら、ダーッと厨房の方へと猛ダッシュした。
「……ゲンキン」
「そうだな。何処かの吸血鬼に似ている」
「まぁ、親子だし」
「……ふふ」
パチュリーの呆れたような声と、ルーミアのくくっと喉を震わす声、大妖精が風と一緒に微笑む声が静かに響いた。
「じゃあ私も戻るわ。レミィの情けない姿を堪能してから」
「え、助けてあげないの?」
大妖精の至極全うな問いかけに、しかし鬼畜魔法少女パチュリーさんは至極不可解そうに、
「なぜ?」
と、小首を傾げた。
その言動に大妖精は様子に若干引き攣り気味の苦笑を浮かべ、ルーミアは口の端を上げながら肩をすくめた。
「え、えと……ま、まぁ愛情の形は十人十色だよ、ね……」
「ふっ。どこまでも意地悪なお嬢さんだな」
そんな二人はパチュリーは、余裕たっぷりに笑う。
「だって魔女だもの」
まさに『魔女』という響きに相応しい笑みを残して、一匹の妖怪と一匹の妖精に背を向けた。
ただ今絶賛オブジェと化している愛しのカリスマ吸血鬼の元へゆったりと歩を進め始めた魔女は、門に寄り掛かって疲労を少しでも回復させようと勤めていた自身の使い魔に「後は任せたから」と伝えて去っていく。
「……へ?」
会話には一切関与せずに(というか、そんな気力もなかった)とにかく体力を回復させることに専念していた小悪魔は、主のいきなりの命令にまぬけな声を上げた。
小悪魔は寄り掛かっていた壁から思わず背中を浮かして、遠くなっていく主の背中と、隣に佇む長身な宵闇の妖怪と、優しげに笑う妖精の顔を交互に見る。
「え、え、ちょっ……パチュリー様!?」
無情にも去っていく主。
そう、主は意地悪な魔女。助けてとかいう声を聞いて下さるわけがないのである。
「あ、ぅ……」
なんだか気まずい。
いや、普段通りのルーミアと大妖精ならば至って問題はないのだが、いかせん今目の前にいるのはお姉さま化した大妖精と宵闇の妖怪。
何故だか長身でナイスバディだわ、声もハスキーだわ、煙草なんて吸っちゃってるわ、髪伸びてるわ、口調もしゃべり方も違うわ……とか、そんなとってもダンディっぽくて素敵なお姉様で。
片や大妖精の方も、おしとやかMAXで包容力MAXの、もうマジでマイナスイオンの塊なんじゃね!? とか思っちゃうくらいの癒し系お姉様になっちゃってるわけで。
つまり簡単に言うと、どう接したらいいか分からない……というやつである。
小悪魔は、チラチラとルーミアと大妖精の事を盗み見て、あわあわと頬を染めた。
「……任せた。ということは、この可愛らしいお嬢さんをを図書館まで送っていけ。ということでいいのかな?」
「う~ん……そうなのかな?」
「えぇ!?」
一体全体どういうことっすか?! と、慌てふためく小悪魔。
頭の羽が心情を表すかのように若干早いリズムでパタパタと動く。
なんだか次第に訳の分からない汗も出てきて、小悪魔は余計に困ってしまった。
「あ、あの、でも、お二人はお客様なので、私が図書館まで……あ、あれ? でもそうなると、図書館じゃなくてお部屋に案内しなくちゃいけないんじゃ……?」
「だが、疲れているのでは?」
「べ、別にこれくらいなんともないですからっ。そ、それに『任せた』と仰せつかったのは私ですしっ」
「そうかな? 私には、度重なる寝不足と疲労で弱っている司書殿の事を『任せた』という風に聞こえたが……」
「!?」
なんで寝不足なのを知っているんだろう!?
と、小悪魔は目を見開いて、ルーミアを凝視する。
驚きと困惑を混ぜたような顔をする小悪魔に、大妖精は緩やかに笑って自分の目の下辺りを指先でなぞって小悪魔に示した。
「っ! あわわ……」
小悪魔は大妖精のジェスチャーから得たヒントですぐさま答えに辿り着き、頬を真っ赤に染めながら両手で目元を覆って二人から顔を背けた。
(どうして今朝顔を洗った時に気付かなかったんですか私!?)
コンシーラーとか塗っとけば用意に隠せる筈であろう、目の下にできた色素の沈殿具合を想像して、小悪魔は数時間前に数分の間鏡と向き合っていた自分を殴り飛ばしたくなった。
今きっと、相当酷い顔をしている筈だ。
眼球は真っ赤に充血していて、目の下に出来た隈によってパンダの親戚みたいになってるんじゃないだろうか。
でも眼球が赤くて頭に羽根があって悪魔の尻尾を持ったパンダもいるわけがない。そんなのが動物園の人気者なわけがない。
(うわわっ。肌も超カサ付いてるっ……)
寝不足はお肌の敵って知ってたのに!
「ぅ~ぅ~」と小さく唸りながら、涙目になる小悪魔。
小悪魔がここ二、三日、まともに睡眠を取っていなかった事バレバレな顔をしているのは、自身の主と一緒にこの『幼女or妖女異変』について昼も夜もずっと調査を行っていたからだ。
といっても、小悪魔の主な作業は何かヒントになるようなものは無いかと、図書館内に保存されている大量の本を片っ端から開いていったりだとかだが。
しかし、あらゆる分野のあらゆる書物が大量に詰まった図書館、知識の泉と書いて魔女が住まう大図書館と読む……な、何千冊とある本を出したりしまったりするだけでも、大変な作業量だ。
(た、確かに忙しかったけど……でもでも、だからってこんな顔でお客様の前に出るとか……女の子として失格ですよぉ……)
小悪魔の『乙女誇心(ガールズプライド)』が良い具合にズタズタになっていく。
人間よりは丈夫なつもり……という自負と、主からの魔力の供給があるから大丈夫、という甘い考えが相俟って、裏目に出てしまってらしい。
いくら主より魔力が供給されるといっても、それは非常事態が無い限り普段生活するのに充分なレベルの一定量で。それを越えるオーバーワークをしていれば、やはり身体は不調を訴えるもの。
(パチュリー様から少し魔力を分けて頂かないと……)
小悪魔はそう思って、ふと気付く。
確かに、主は放っておいて良い時は放って置くというか、あまり干渉しない主義というか、干渉するのが面倒臭いというか。
なんというか、自分で考えたり、自身で決断を下す事に重きを置いている……と思う。
好きにしなさい。自由にやりなさい。援助はしないけれどね……という結構な放任主義者で、たまに意地悪で。
でも本を読んでいるようできちんと見ていてくれている。
だから大事な時にはきちんと言葉をくれるし、苦しい時には手を差し伸べてくれる。
そんな風に、なんだかんだ面倒見が良くて。
だから、だからこそ……もしかしたら。
「パチュリー様……」
主も消耗しているんじゃないだろうか。
それも、使い魔を魔力で回復させてやれないくらいに、酷く。
「あ、あのっ……私……」
パチュリー様の所へっ!
と、半ば叫ぼうとして開いた口は、開いただけで終わった。
一音も発せ無いままに、力なく閉ざされる。
唇を引き結んで、小悪魔は項垂れた。
さっきのルーミアの言葉を思い出したから。
「私……役立たずです……」
涙と一緒に垂れてくる鼻水を、小悪魔はぐすんと啜る。
寝不足と疲れで酷い顔に、今度は不甲斐無さとか申し訳無さが混じって、きっともっと酷い事になっている。
小悪魔はそう自分の情けな過ぎる顔を想像して、ますます顔が上げられずに、ぐっと唇を噛んだ。
「こあちゃん……」
大妖精はそっと小悪魔の傍らに寄り添って、小さく纏まった肩に手を乗せる。
心地良いけれどふんわりとした不思議な温かさが服越しに伝わって、小悪魔は少しだけ顔を上げた。
「役立たずとか、そんなんじゃないと思うよ?」
「大ちゃ……大妖精さん……」
わざわざ言い直す小悪魔に、大妖精は「大ちゃんでいいよ」と柔らかく笑いかけて続ける。
「大切だから、だよ。だから、私達がいる間、今は休んでおいて……って、事じゃないかな?」
大妖精は「ね?」と小首を傾げる。
小悪魔は一拍間を空けてから、遠慮がちに小さく頷いた。
二人の様子を見守っていたルーミアは小悪魔が頷くの認めてふっと穏やかに口角を緩めると、口から煙を吐き出し、先程と同じように手で握って火を消した。
「では、こうしよう」
そうして煙草を閉じ込めた手を小悪魔に向かって差し出し、ゆっくりと指を解く。
ルーミアの少し節だった、でもしなやかな指の間から、大きな花輪を持った闇色の花が現出した。
「だり、あ……?」
ふわりと花弁が綻びて、小悪魔はその妖しさと美しさに見惚れてしまいながら呟く。
幾重にも重なった花弁、牡丹ににた花容の大輪の花、キク科のダリア。
黒いダリアなんて見た事も聞いた事も無いが、形そのものはダリアだった。
図鑑で見た事もあるし、美鈴が庭先で育てているから実物だって見た事はある。だから、間違いない。
今、目の前に差し出された花は、確かにダリアだった。
「案内は後でゆっくりして貰うとして、今は君を部屋へ送っていこう」
ルーミアは穏やかな声音で言って、闇色のダリアを小悪魔の頭へと飾った。
「え、ぁ……」
自分の頭を見上げるように視線を上へ、そして身長が高いルーミアを見上げて、視線がうろちょろする。
傍で「可愛いね」と大妖精が柔らかく微笑んでいて、小悪魔は顔を赤くした。頭部に生えた羽が落ち着きなくパタパタとはためく。
「なかなか似合っている、司書殿」
小悪魔の赤い艶を持った、甘そうなココア色の髪の中で、漆黒のダリアが一層甘く綻びる。
ルーミアは口の端を僅かに上げて、落ち着かなさそうに、そしてなんだか擽ったそうにパタパタとはためく羽を眺めていた。
「ぅ、ぇと……あ、ありがとう、ございま、す……」
小悪魔はかぁーっと首まで赤くして、彷徨わせていた視線を地面へと落とす。
そうしながら、気恥しさに自分の指をもじもじと絡み合わせた。
(うぅ……なんなんでしょうか……目の前にいるのは、ルーミアさんと大妖精さんの筈なのにぃ……)
なんだろうか。近所に住んでいるけどあまり交流はない、なんとなく顔見知り程度のお姉さんが、予想に反した行動や言動を取って、それでどうしたらいいか分からない気分というか。
戸惑いと、ちょっとした困惑に襲われて、小悪魔はまさに「どう対応したらいいか分からない」状態だった。
そんな小悪魔の心を表すように、やっぱり頭の羽がパタパタと動いて、尻尾がうろうろと揺れる。
大妖精は柔かな雰囲気のまま苦笑して、ルーミアは穏やかな光を瞳に灯して軽く笑った。
「君は見ていて面白いな」
「へ?」
言葉に反応して顔を上げた瞬間、不意を付いたかのように「ふわっ」とした浮遊感が体を襲った。
「ひゃわ?! ……ええぇ!!?」
気付けばルーミアの端正な顔が間近にあって、小悪魔は顔を真っ赤に染める。
そして、同時に自分が今、どんな状況にあるのかを理解して、首は勿論、頭部の羽の付け根までもが一緒になって紅く染まった。
小悪魔はルーミアに抱き抱えられていた。俗に言う、お姫様抱っこという形で。
どっかでも記述したような気もするが、小悪魔も女の子なわけで。なので乙女的には物凄く憧れ(無添加偏見と無農薬独断100%)のお姫様抱っこなわけで。
それをまさかルーミアにされるなんて、物凄い予想斜め上な事態なわけで。
「なっ、ぅ……わ、わわっ!!」
だから、思わず変な声を上げて動揺を全身で表わす小悪魔。
頭部の羽は忙しなくパタパタとはためいて、尻尾が途中でくるっと丸まって、そんな形ながらも左右上下に激しく揺らめく。
「部屋まで運んで差し上げよう、大図書館の司書殿」
そんな小悪魔の様子もルーミアは『面白い』らしく、口先に笑みを浮かべて告げた。
「な、ななっ!!」
「安心したまえ。送り狼になったりはしない」
紳士ですもんね、分かります。じゃなくて、
「誰もそんなこと言ってませんよー!!」
小悪魔はルーミアの腕の中でわたわたと暴れた。
今まで美鈴に何度かこんな形で抱っこされたことはあるが、その時だってこんなに動揺する事は無かった。
まぁ、家族なので動揺なんて『わざわざ運んで頂いて申し訳ないです』とか思うくらいなのは当然なのだが。
(うわぁ、な、なんでこ、こ、こんな事にぃ……!!)
破裂しそうな心臓音が聞こえないように、小悪魔は胸の前で手を握る。
体中から変な汗が出ていて、顔が熱くて大変で。なのに、直ぐそこにあるルーミアは涼しげな顔をしたままで。
ルーミアはまたふっと穏やかに笑うと、そのまま図書館の方に向かって歩き出した。
一人百面相し始める小悪魔を、大妖精はなんとも言えぬ生暖かな、いや、優しげな眼差しで見ながら、二人の少し後をニコニコしながら歩いた。
ルーミアからは、優雅なダリアの匂いが漂っていた。
* * * * *
爽快な青空を、一縷の流星が滑り落ちてくる。
しかしそれは紅い色をとした世にも変わった小さな流星で。
それには目も鼻も口も耳もあって、おまけに手も足も指もあっちゃったりして、しかも人間の子供みたいな形をしていて、んでもって口からは悲鳴を。目からはだばだばだばっと涙を零して自由落下している紅い軌跡を濡らしているんだからおかしいってレベルじゃない。
でもそれは流星じゃなくて、空から落ちてきている紅美鈴とかいう妖怪だと考えると、別段おかしくもない事態な気がしてくるから不思議である。
「ぎゃぁぁああぁぁあああああぁああぁぁぁぁぁあああぁあああぁぁぁぁあぁぁ」
意味不明な強がりも、下らぬ妄想も、無駄な行稼ぎもやめよう。
空から落ちてきているは紛れもない紅魔館の門番、紅美鈴。
妹様のうっかりの所為によって、大空をカッコよく落下する破目になった美鈴の姿は、何故だかお世辞にも痛快とは言えなかった。
「ぁぁぁぁああああぁぁああぁぁぁぁあぁああぁぁぁぁぁ」
瞳から迸る大量の涙が、空落ちるチビ妖怪の軌跡となって微かに棚引く。
その溢れる涙も一瞬で乾いてしまう程の速度で絶賛落下中の美鈴は、その見開かれた群青色の瞳で大地を映した。
下は生い茂る森。大木が背を競うように天へと向かって伸びているという、緑が犇めき合っている深緑が眼下に広がっていた。
(このままじゃ、ぺっちゃんこになっちゃいましゅぅううぅぅぅ!!)
地面とごっつんことかそういうレベルじゃない。
これだけの高さと速度で落下しているので、生い茂る木の枝や地面を覆う枯れ草などがクッションになってもあまり効果はないだろう。
地面まであと数十メートル。
美鈴は悲鳴を虚空へブチ撒けながら、飛行しようと試みた。
だがほんの少し、本当に少しだけ落下する速度が緩くなったかなぁ~? という曖昧な落下速度の差異が起きるくらいだった。
(うわぁぁぁん! とぶのはにがてなんでしゅよぉおおぉぉ!!)
そうだったね。いつも『気合』で飛んでるんだもんね。
と、そんな風に孫を見るようなあったかい眼差しでチビ美鈴を見守っている場合じゃない。
いや、確かに目に入れても痛くないレベルの可愛さだろうけれども、そんなバヤイじゃないじゃない。
「うぇ、あああああっおじょーしゃまーぁああぁぁいもうとしゃまぁああぁぁしゃくやしゃーんぱちゅりーしゃまぁあああぁこあちゃぁああぁぁああ」
誰でもいいから受け止めてあげて!
この物凄い速度で地上へと堕ちてくる赤い彗星を受け止めてあげて!!
と、心の中で叫んでも、誰も助けてくれるわけがなかったりするのだから、世界はどこまでも理不尽である。
このままだと妹様の『ドキッ☆記憶喪失大作戦 ~君は誰とキスをする? 貴女は私のダーリンあの子のハニーこの子のフィアンセ~』計画が台無し、というか潰れてしまう。色々な意味で。
(ここ、こ、こここっ、こうなったら……!!)
美鈴は腹をくくる。
(ぶつかるしゅんぜんに、『き』をじめんにぶつけて……)
成功するかは分からないが、ぺっしゃんこのお煎餅になるよかマシだろ精神で、迫り来る地面をぐっと見据えた。
目が乾いて痛けれども、目を逸らしたらタイミングが分からなくなってしまう。
美鈴は小さな拳に力を込め、体内で『気』を練り上げる。
こんな幼いカラダでは『気』を練ったってたかが知れているが、それでもそこは「ぺっしゃんこのお煎餅になるよかマシだろ精神」である。
緑豊かな大地が迫る。
ついに大木が犇く深緑の中へ。
木々の枝や葉を通り抜けて、迫る迫る。
枝に皮膚を浅く裂かれて、切られ、千切られる。
無数の擦り傷切り傷を覆うが、枝葉のお陰で少しだけ落下速度が減速した。
見開いたままの目にしっかりと捕らえる。
豊かな深緑を支える、柔らかそうな腐葉土を。
「ておあーっっ!!」
美鈴は地面に接触する寸前、叫びながら握り固めていた拳を突き出す。
瞬間、放たれる温かな温度の、しかし鮮烈な虹色の光。
美鈴の拳が地面に埋まる、いや突き刺さる。でもなく、沈む。
まるで固めの寒天やゼリー、または蒟蒻に指を押し付けた時のように、美鈴の体は落下の勢いのままに地面にぐにーっと沈んだ。
地面にチビ美鈴サイズの穴となって、沈んで沈んで。そうして限界まで沈み込みと、今度はぐんっと反発を開始する。
美鈴はぼよんと地面に弾き返されて、そのまま柔らかな蒟蒻状態となった地面にぽよぽよと弾んだ。
「うひゃっ!? おふっ、はわっ、わっ、わわっ!!」
まるでトランポリンで遊ぶ子供ように、体勢を崩しながらぽむぽむ跳ねる美鈴。
なんだか楽しくなってきて奇声の中に笑い声が混じり始めた。
(って、しょんなあしょんでるばあいじゃないでしゅ)
そう。んな楽しんでいる場合じゃない。
美鈴は「んしょっ」と声を出しながら体勢を整えて、弾み続ける己の体をコントロールする。
不恰好ながらもなんとか蒟蒻状の地面に両足を着いた。
『気』を込めて軟質化したぶよぶよの不思議な地面に立つと、足がぐにーっと沈み込む。
土の独特のひんやりした温度が足の裏に気持ち良い。そう感じながら、今しがた落ちてきた空を見上げた。
雲が気持ち良さそうに泳いでる空を、ぼんやりと眺める。
「お昼寝日和でしゅね~」なんてのんびりと呟く傍ら、よくあんな距離から落ちてきて助かったなぁーなんて思い、ほっと胸を撫で下ろした。
「……え?」
が、ふと日光が遮られた。
視線を空へと戻せば、蒼空を覆う大きな黒い影。
それは大きな翼をはためかせて空を自由に飛行する鳥のように見えた。
「あれは……?」
あんなおおきなとりしゃん……みたことないでしゅけど……?
美鈴はそう呟き、太陽の光を遮る程に大きな鳥のような影を見上げる。
落下中に見た景色を思い出して、周辺の地形と自分の位置を推測する。
恐らく此処は、妖怪の山の中腹辺りの筈だ。
門番という仕事柄、あまり屋敷から離れられないが、美鈴は暇を見つけてはちょこっとお出かけをしていたりする。
妖怪の山には美味しい山菜や果物がたくさんあるので、天狗のお咎めが無い程度にちょくちょく忍び込んでいたりしていて。
でも、妖怪の山であんな大きな鳥が飛んでいる所なんて見たことが無い。
美鈴は「しんいりしゃんでしょーか?」と小首を傾げて、高く遠くの頭上を飛んでいく鳥を見送る。
でも、変な角度で真上を見上げ続けていた所為で、首が痛くなってきたので、美鈴は「あぅあぅ」と首を摩りながら顔の角度を戻した。
「いたた……なにはともあれ、はやくいもーとしゃまとごうりゅーしなくちゃでしゅ……」
取り敢えず仕切り直しである。
美鈴は「よしっ」と小さく言って心持ちを整えて、一歩踏み出す。
ぽよぽよする地面をしっかりと踏み締めた。
「……ん?」
瞬間。
蒟蒻状態だった地面がぐずぐずと均衡を崩した。
「うひゃっ!? わわ、わっ!」
安心して緊張を途切れた為か、もしくは違う事を考えていた所為か、どうやら『気』を制御することが意識からすっぽぬけてしまったらしい。
不思議な弾力と柔らかさを保ち、クッションとなって美鈴を受け止めた地面は、その弾力と柔らかさを失い、あろうことか泥沼化し始めてしまった。
「え、えとえと……な、なんてこったでしゅ!」
『/(^o^)\ナンテコッタ』とかやってる場合じゃないよ、美鈴! 足がどんどん沈んでいってるよ!!
美鈴は「うひゃー!」と慌てながら足をバタつかせてその場から脱出しようと試みるが、何せ今は体が小さい。小さいという事は足だって手だって短いわけで。
つまり自力で脱出困難ということだ。
「ぎゃー!!」
じたばたと足掻くが、あっという間に腰まで沈んでしまう。
両腕をパタパタと上下に振って鳥さんの真似をするが、勿論それで飛べる筈も無い。1ミリだって浮きもしない。
「だぁー、こうなったら……」
美鈴は万歳をする。
降参の意味である。勿論嘘だ。
美鈴は天に向かって上げた手をちょっと広げて、手の平を太陽に向けた。
元気を集めているのである。すみません。嘘です。
美鈴はぐっと力を込めて、
「ていぁ!」
泥沼化した地面をペチンッと叩く。
まるで跳び箱でも飛ぶかの要領で、美鈴は沈んだ下半身を自身で掬い、勢いそのままに前方に向かって転がった。
「よしっ! だっしゅつせい」
ゴロゴロとでんぐり返しをしながら器用にガッツポーズをとろうして、しかし。
「わ、わわわわぁ!?」
回転が止まらない。
茂みで見えなかったが、どうやら坂になっていたらしい。
「ぎゃー!!」
美鈴はゴロゴロゴロと連続前転をしたまま転がり続ける。
目を回るぅ~! とか思うが口に出してはいられない程度の速度でゴロゴロゴロぉ~と坂を下って、
「へぇ?」
まぁ、びっくり。
坂を転がり抜けたら、そこは崖でした。
と、いうのはやっぱりお約束だったりするわけで。
「ぎゃひっ!?」
美鈴は急に消えた回転と、唐突に現れた浮遊感に両腕をまたもパタパタと鳥のように動かす。
「っ、っ……!!」
だがしかし、やっぱり鳥や蝶々のように華麗に飛べるわけが無いわけで。
「みぎゃー!!!!」
美鈴はもう一度ひゅーんと爽快な空の旅を、自由落下さんという名前のガイドさんと一緒に堪能することになったのだった。
* * * * *
紅魔館のエントランス。
修繕作業は一旦区切りが付いたようで、メイド達も門番隊の者達も今は引き上げており、静まり返っていた。
「ぐぅううぅぅ……ぅぅうううぅぅぐくぅぅううぅぅぅ……」
が、その中に寂しく響く呻き声。
エントランス中央で、ちょっと洒落た模様の付いた四角いコンクリートの塊に頭を埋め、逆立ち状態で足をバタバタさせている素敵なオブジェが一つ。
いや、オブジェではなくカリスマが一匹。
紅魔館の主は未だに孤軍紛争していた。相手は頭が埋まっているコンクリートだが。
「んーっ! ぐぐっ、んーっんーっ!!」
足がバタバタと空を搔き、両手はコンクリートの端を砕かんばかりに掴んでいる。
手や腕には青筋が浮き、筋肉の筋が隆々と浮き上がっていたが、どうしたものかコンクリートから頭を抜くことが出来なかった。
(くぅ~……! もっ、パチェのばかぁ! また強烈な封印呪文かけて……っっ!!)
そう。これはただの四角いコンクリートの塊だが、そこにかけられている魔法は図書館の鬼畜魔女特製の強烈な封印呪文。
なので吸血鬼界のカリスマも、流石に苦戦しているようだった。
「ぅーっ!!」
若干涙が滲んでいるような呻き声が、誰もいない広いエントランスに谺する。
板張りやブルーシート等でなんとか補強されているエントランスという風景がまた、その呻き声に哀愁を誘って。
なんだかもう、失笑すべきか苦笑すべきか哀れむべきか困惑するべきか……どんな顔をして見守ればいいか分からなかった。
(あとで覚えてなさいよパチェー! お仕置きしてやるんだからぁー!!)
返り討ちとか倍(それも×100くらいの)返しに逢うのが目に見えているが、レミリアはそんな事には気付かぬフリをして心に固く誓う。
そうと決まれば、まずはこの状況をさっさか打破すべきである。
レミリアは「ふんっ!!」と踏ん張って、バタつかせていた足をピンと点に向かって伸ばし、前後に振る。
そうして『だんっ!』と音を響かせて少々床を踏み砕いて足を床に付けた。
折角穴や亀裂を塞いだというのに、また傷つけてしまった床が悲鳴を上げてべこりを軋んで凹むが、そんなの気にしていられない。
まるで深い穴でも覗き込んでいるかのような体勢になったレミリアは、そのまま両足両腕に力を込めた。
「んんんんぅううううぅぅ!!」
気合の入った雄たけび(のつもり)を上げながら、レミリアはコンクリートの塊ごと頭を持ち上げようとする。
脹脛・大腿部・腰・腹筋、双房筋・大胸筋・上腕・前腕の筋肉が盛り上がり、筋立ち、静脈がはち切れんばかりに浮き上がる。
重量にして何キログラムか。そんなコンクリートの塊がぐぐぐっと数ミリずつ持ち上がっていく。
両の拳でコンクリートを殴ったほうが早いんじゃないかと思ってしまうが、パチュリーがそんなことをさせるわけがなく、そこらへんは抜かりなく攻撃力や筋力低下の魔法をかけられていたりする。
なのでレミリアは、なんとか全身の筋力を使って持ち上げて、重力の力を利用して砕こうという実にシンプルなプランを立てていた。
「ぐぅううぅぅ!!」
まるで重量挙げの選手のような唸り声を上げて、自身の頭が埋(うず)まるコンクリートの塊を持ち上げ、直角から水平へ、そして直立する。
(よっしゃっ! 後はこれを打ち付けて砕くだけっ!)
と、内心でガッツポーズを取ったのも束の間。
両足を支えていた平面。
床が、悲鳴を上げて抜けた。
「ぐんぅうぅ!?」
塵と誇りと土と木屑が舞う。
数瞬の後、それらの粉塵が治まり、我らのカリスマは。
「……ぐっ、うっ、ぅぅ……」
床に下半身を埋め、頭をコンクリートの塊に埋めた……更なる形態へと進化を遂げていた……っ!
「ぐぅー!? ぐぐぅぐぅうー!!?)
(なぜなの!? なぜなのよぉー!!?)
別に白いおべべをスカーレットに染めているわけではないが、そもそも白いおべべなんて着てないのだが、レミリアはコンクリートの中で叫ぶ。
四角いコンクリートの端から出ている両手が、パタパタと忙しなく動いて救難信号を出していてたが、助ける者なんかいやしなかった。
度重なるブレイクに、果たしてカリスマは打ち勝つことが出来るのか!?
どうなるカリスマ!? 負けるなカリスマ!!
次回に続く!
「って、まだ終わりじゃないからねっ!」
獲物を狩る猛禽類のごとく、鋭く空を滑空するフランドールは突如、何かの電波の受信したように声を張り上げた。
背に生やした虹色に輝く八面対の宝石がいくつも付いた不可思議な羽が、雲を切り裂いてシャラシャラと涼やかな音を奏でる。
羽は今、真っ白に染まっていた。
怪電波を受信しているような余裕があるように見えて、実は心情的にはかなり緊迫しているらしい。
「……って、だからこんな叫んでる場合じゃないってば!」
そんな、うっかりチビ美鈴を落っことしてしまった妹様(いーえっくすばーじょん)は、その落し物を絶賛捜索中だったりした。
「メイぃいいいぃぃー!!」
フランドールは叫びながら、速度をろくに落とす事無く急降下。
いつもならサイドで纏めている筈の髪は、今は背中で風に踊るばかり。
陽光に透けて甘く輝く蜂蜜に似た金色髪と、突き抜けていく雲の切れ端を纏って、悪魔の妹は空を斜めに引き裂いていく。
フランドールはそのまま深い緑が広がる森の中へ飛び込んだ。
大木が生い茂る山、枝葉に皮膚が浅く裂かれるのも気に留めずに進んで行く。
音速は越えぬが、それでも相当な速度で飛行しながらも、フランドールは太い木の幹をすらすらと避けた。
「メイー! どこー!?」
飛びながら、大きな声で叫ぶ。
何度も呼ぶ。
大きな声で、何度も呼ぶ。
屋敷の中で、姉の部屋で、夜の庭で、図書館で、地下室で。たまに一緒に出かけた屋敷の外で。
その場所場所で何度も呼んできた名前を、呼ぶ。
「あそぼー」と、無邪気に。
「お姉さまと喧嘩しちゃった……」と、しょげた風に。
「パチェが意地悪してくるんだよー?」と、拗ねた風に。
「……また壊しちゃった」と、悲しく。
ねーねー、って。
あのね、って。
そうやっていつだって呼んできた名前を呼ぶ。
「メイ……メイっ、メイっ!!」
でも、返事は一つもない。
(どうしよぉ……)
どうしよう、お姉様。
メイとはぐれっちゃったよぉ。
「今度は……わたしが守るんだったのに……っ」
唇を噛んで、フランドールは眉根を寄せる。
小さくなった美鈴を、守らなくちゃだったのに。
いつだって守ってくれて、受け止めてくれて。
そんな優しい優しい大切な妖怪を、今度は守ってあげたいって思ったのに。
せっかく大きくなったのに。
背も伸びて。手も足も長くなって。
ちょっと恐いこのチカラも強くなっちゃったけれど。
でも、このチカラを守る為に使えたら。って、そう思って。
フランドールの背中に生えた宝石のような羽が一つ、真っ白に染まる。
「はっ、はっ……」
呼吸が乱れて、視界がぶれる。
飛行速度が落ちて、ふらふらと地面に足を付く。
「はっ、はっ、はっ」
ぐらりと、視界が歪む。
ぐにゃりと、心の芯が揺れる。
ぐずぐずと揺れるカラダの芯の底から、グジャグジャと燻る。
羽の一つがまた、真っ白に染まった。
「はっ、はっ、はっ、っ、ぅ……」
嫌な汗が全身から噴出して来る。
額に玉のように浮かび、頬に伝う。
背筋にぞわりぞわりと流れて行く。
また一つ、真っ白に染まっていく。
苦しい。
怖い。
恐い。
「っ、ぅ……ぁ、あ゛……」
ぐにゃぐにゃと視界が歪む。
ぐずぐずとカラダの芯がぶれる。
ぐじゃぐじゃと、溢れる。
苦しい。
怖い。
恐い。
狂しい
「あ゛っが、かはっ、がっ、ぁあ゛っ!!」
苦しいのならば。
恐いのならば。
壊せ
背中の翼が、真っ白に染まる。
パキリと、ガラスが爆ぜたような音がした。
フランドールの傍にあった大木が一本、根元から砕ける。
葉を散らせながら、轟音を立てて倒れて行く。
パチンッと風船が割れるような音がして、舞い落ちる無数の葉が破裂して行く。
苦しいのならば。
恐いのならば。
壊せ。
壊セ壊せ。
コワせこわせ。
壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せこわせ壊せ壊せ壊セ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せクルエ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊セ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊せ壊セ壊セ壊セ狂え壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊せ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セ壊セコワセコワセこわせコワセコわセコワセコワセコワセコワセこワせコワセコワセこわせコワセコワセコワセコワセコワセコワセコワセこわせコワセコワセ狂えこわせコワセコワセコワセこわせコワセコワセコワセコこわコワセコワセコワセコワセコワセコワセコワセコワセこわせコワセこわせこわせコワセコワセこわせこワセコワセこワセコワセコワセコワセコワセコワセコワセコワセコワセ壊セ
ガラスが罅割れるような笑い声、一つ。
ぐじゃぐじゃぐじゃぐじゃと溢れる感情、一つ。
ソレを呼ぶ名前、一つ。
キョウキ。
真っ白な羽が、真っ黒く染まる。
フランドールの瞳が妖しく禍々しく光り輝く。
血で染めたような月よりも、もっと妖しく禍々しい色で光る。
「あははは」
三日月のように裂けた口から、罅割れた笑い声が漏れる。
空が木が土が、目を潰されて砕ける。割れる。裂ける。千切れる。
壊せばいい。苦しいのなら。
失くせばいい。恐いのなら。
ぜんぶ、潰せばいい。
--違う。
痛みと熱が走った。
それと一緒に肉が焼き焦げる匂い。
ヂリッと焼けているのは、フランドールの肉だった。
「っ!」
フランドールは痛みと熱い熱い熱が迸る箇所に反射的に触れた。
服を裂いて剥き出しにさせた脇腹。
図書館にいる魔女がけた封印の呪文。
その紋章が、赤銅色に発光していた。
焦げるほどの灼熱を持って、フランドールを狂気の中から呼び戻す。
迸る激痛を持って、フランドールを戒める。
「くっ……ぐっ、ぅっっ」
違うっ。
違う違うっ、違うぅっ!!
「ぁ、が……ぅぅっ……ぁあああぁぁぁっ!!」
フランドールは手の平で押え付けたその呪文を掴む。
自分の皮を肉ごと、その呪文を掴んで、握って。
もう片方の拳を大地に打ちつけた。
地面が抉れて、フランドールを覆うように大量の砂と腐葉土が高く舞った。
「はっ、はっ……はぁ……はぁ……」
どしゃどしゃと降って来る土の中で、息をする。
土の匂いを感じ、草の匂いを感じ、土独特の冷たさを感じる。
ぐにゃぐにゃと歪む視界に、空の青を映し、雲の白を写す。
ぐじゃぐじゃと溢れてくるソレを、太陽の光で灰に還す。
「はぁ……はぁ……」
真っ黒に染まっていた羽の色が、また白に戻っていく。
呼吸を正して、視界を整えて、心を落ち着かせる。
空を見上げて、目を瞑る。
普段は浴びることなど出来ない太陽の光を浴びた。
薄い闇の膜。ルーミアが纏わせてくれた防護の闇越しに、太陽の光を感じた。
(……あったかい……)
噴き出した汗が頬を滴り落ちて行く。
落涙に似た軌跡を描いて、滑り落ちて行く。
太陽の感触は、母親に似ていた。
力強さは、父親に似ていた。
そして、その温もりは『家族』に似ていた。
(……あ、メイの匂いだ……)
それから。
太陽の匂いは、いつもいつも門番の前で突っ立っているその妖怪の匂いだった。
宝石がいくつもぶらさがっているような、そんな不可思議なフランドールの翼。
その羽の色が、ゆっくりと変わっていく。
涼やかな水色と、柔らかな黄緑色に。
瞼を押し上げる。
そこには太陽を眩しがる、子供のような瞳が覗いた。
「……ん」
フランドールは小さく頷き、体に降り注いだ土を払って立ち上がった。
大木が倒れていたり、地面が抉れていたりと、周囲は酷い有様になっていたが、そこは愛嬌良く笑って誤魔化しておいたりして。
立ち上がりながら、汗とは違う液体の感触を脇腹辺りに感じて視線を向ける。
すると、勢い余って肉を引き千切ってしまったらしいそこからは、かなりの量の血が滴っていた。
「……うわぁ」
服汚しちゃった。
なんて、ちょっとズレた事を呟く妹様。
直ぐに洗えば落ちるだろうが、残念ながらそんな事をしている暇は今は無かったりするので。
「……帰ったら咲夜に怒られそう……」
眉尻を下げてそう零して。
それから、まだ熱と痛みを感じる紋章をそっと撫でた。
まだちりりと熱いそれと、自分で傷付けた皮膚。
抉れた肉と、流れる血と、ちょっぴり意地悪で捻くれているけれど、でもとても優しい魔女がくれた魔法。
ちりりと燃える熱さも、神経を焼くような痛みも、ぜんぶ『家族』がくれた優しさのように感じた。
「……ありがと」
離れていても、いつもと変わらずに守られている。
照れ臭さにはにかんでから、 咲夜から強奪した、もとい、貸して貰った美鈴の帽子を被り直した。
「よしっ」っと気合を入れ直して、捜索再開。
脇腹の傷は……まぁ、その内塞がるだろうとテキトーに放置して、ふわっと飛び上がる。
黄緑色と水色に染まった羽が、しゃらしゃらっと軽やかに音を響かせた。
「とにかく、早くメイを見つけなきゃ」
またスラスラと木々を避けながら山中を進む。
落とし者の名前を呼びながら、今度は鼻も使う。
くんくんと匂いを嗅ぎながら飛んだ。
そんな風に地道に捜索すること数十分。
美鈴の匂いではないが、なんだか嗅いだ事のある匂いを微かに捉えた。
「……なんか……甘い匂いが……」
お菓子?
フランドールは呟いて、匂いのする方向へと進路を変更する。
するとそこには、見た事のある布袋が落ちていた。
「あ、これ……」
近寄って、それを拾い上げる。
フランドールは袋をしげしげと眺めた。
土で多少汚れているが、ちょっとダサいピンクの花柄な袋を見間違う筈も無い。
裏返してみれば「めーりん」と可愛く刺繍されているのだから、ますます間違い無い。
これは美鈴が腰に括り付けていた、咲夜お手製のお菓子袋だ。
「……だっさ」
それにしても、この柄はないよねー。
なんてフランドールは呟いて「やっぱり咲夜のセンスっておかしーよねー」と、付け足した。
何はともあれ、手がかり一つゲット。
美鈴のお菓子袋を手に入れたフランドールは、それを腰に括り付けて辺りをキョロキョロと見回した。
「んー。近くにいると思うんだけど……」
また「メイぃ~?」と呼んでみる。
でも、やっぱり返事はない。
「う~ん……」
とにかく、探すしかない。
フランドールはもう一度名前呼ぼうとして、
「ほぎゃぁあああぁぁぁああぁ!!」
微かに、本当に微かに、声が聞こえた。
「!?」
どっちから!? どっちから聞こえたの!?
木々と風に拡散されて、小さすぎる微かな悲鳴の方向が曖昧だった。
でもあれは確かに美鈴の声。
ちょっと間抜けっぽかったところとか、超美鈴っぽい。
「メイっ!!」
フランドールはとにかく、飛んだ。
「美鈴っ!!」
今迎えに行くから。
今度は落っことしたりしないから。
ぜったいに、放さないからっ!
* * * * *
一方。妹様の探し者はと言えば、
「ほぎゃぁあああぁぁぁああぁ!!」
今度は崖から転落している真っ最中だったりした。
流星のように……とは控えめにも言い難い様相で、小さな肢体がぴゅーんと真っ逆さま落ちていく。
(うぇーん! もういやでしゅよ~!!)
しかし美鈴は、慌てながらもなんとか体勢を立て直し、泣き言を内心で叫びながら、下を見る。
今回もさっきと同じ要領で頑張ればなんとか助かる筈だと、構える。
だが、
「たきぃいいいいいいぃぃいいぃぃ!!?」
人生そんなに上手くはいかないもので、今度眼下に広がっているのは滝壺だったりして。
美鈴は目を見開いて両手足をバタバタと暴れさせる。
(へ、へたにたいしぇーをたてなおさなきゃよかったでしゅっ! こ、このままじゃ……!!)
顔面と腹を荒ぶる水面に殴打してしまう。
美鈴はせめて背中で受身を取ろうと体を反転させようとするが、今更間に合うはずも無かった。
「ぶぎゃぶっ!!」
奇怪な声と水飛沫を上げ、滝壺に落ちる小さな赤い影。
その姿は濁流に飲まれてあっと馬に見えなくなっていく。
(あがが……ぶぐぶぐぶぐ……)
顔痛い、お腹痛い。
美鈴は口から気泡を出しながら、水中で顔面とお腹を押さえて、そのまま流されていく。
「ぶはっ!」
そうしてそのまま、流れが穏やかになりつつある下流付近まで押し流されて行った所で、美鈴は水面へと顔を出した。
打ち付けた顔が真っ赤になっている。
美鈴は仰向けにぷかぷかと浮いて、じんじんと痛む顔とお腹を自身の手でそっと撫でさすった。
「うぇっ……ぅう~」
涙が出ちゃう。だって幼女だもん。
そんな風に泣いちゃいないが、美鈴は濡れた顔を涙で更に濡らした。
ぷかぷか、ぷかぷかぁ~と浮きながら、丸い石が転がるとても穏やかで浅い下流の岸まで行き着くと、犬掻きで泳いで大きめの岩に掴まって一息つく。
「うぅ……ほんとに、もう……ふんだりけったりでしゅぅ……」
基本的に踏まれたり蹴らりたりが殴られたり刺されたりするサンドバックがデフォだったりするが、そこらへんの事実には積極的に目を逸らしつつ、美鈴は涙を川の水に流してまた犬掻き再開。
浅瀬まで泳いで、足が付くようになると、立ち上がって歩いて岸に向かった。
「ぅぅ……おもいでしゅ……」
髪も服も靴も、それから包帯とかも水をたっぷり吸って重くなり、肌にぺったりと張り付く。
美鈴は歩きにくそうにしながら、転がる丸石で足を滑らせないように慎重に足を動かして、水際に腰を下ろした。
「ふへ……」
足を投げ出しつつ気の抜けた声を出して、ふーっと息を吐き出す。
そうしたら、お腹の虫が『くぅ~』と至極情けない声で泣き出した。
「……おなかしゅきました」
そういえば、十時のおやつを食べていない。ついでにもう時刻はお昼ご飯にしても良い頃合。
たくさん叫んで、たくさん力も使って、そんでもってたくさん水とも戯れたので、美鈴のお腹はぺっこぺこだった。
「……あっ!」
そんな美鈴が、唐突に声を上げる。
「ま、ましゅまろっ! しゃくやしゃんにもらったましゅまろが……!!」
確か腰に袋に入れて括り付けて置いた筈。
美鈴はわたわたと腰辺りを両手で触って確認するが、そこにマシュマロ袋の存在は無かった。
「ど、どこに……も、もしかしておっこちたときに……」
フランドールは物凄い勢いで飛行していたし。そこから物凄い速度で落っこちたし。そして激しく転がってまた落ちて、流されて。
もう何処で落としたのかなんて分からない。
それに落とした所が分かったとしても、もう戻れない。そしてきっともう、見つからない。
「……ふ、ふぇ……ましゅまろ……」
美鈴はフランドールに空からおっこされた時よりも、顔面や腹を荒ぶる水面に打ちつけた時よりも、そんな死にそうな場面に出くわした時よりも、ずっとずっと悲痛そうに顔を歪める。
涙がじわぁっと盛り上がり、穏やかな群青色の瞳を悲しみに染め上げていく。
「うっ……っ、ぅ……ましゅまろ……しゃくやしゃんが……しぇ、しぇっかくちゅくってくれたのに……」
唇を尖らせて、嗚咽を我慢しようとする美鈴。
でも堪え切れなくて、今度はもぐっと下唇を噛む。
それでも足りなくて、でも鼻水が出てきて息が上手く吸えなくなって、苦しくて口を開けてしまう。
「うぇ、ぅっ、く、ふぇ……」
情けなくて間抜けな嗚咽が、水の流れる穏やかなせせらぎの音に混じる。
ポロポロを零れていく涙が、川面に落ちて緩やかに流れていく。
「うぇぇ……しゃくやしゃーん……いもーとしゃまぁ……」
怖い思いをいっぺんにたくさんした上に、空腹が限界な事もあって、美鈴の心は折れかかっていた。
主に原因は空腹にあるような気もするが、小さいながらにこれまで頑張ってきたのだからしょうがない。
寧ろ今まで泣かなかった事が偉すぎるくらいで。
両手で顔を擦って涙を拭う小さな手は傷だらけで。泣きじゃくる顔も、ちっちゃな体も傷だらけ。
小さな女の子が川岸で控えめな声を上げて泣く。
けれど、その涙を拭ってくれる誰がいるわけでもなく、チビ美鈴は独りでえぐえぐと泣いた。
「!」
でも、泣いていたって美鈴は美鈴。
小さくとも『気』に敏感な美鈴には違いない。
美鈴ははたを泣くのを止め、涙で滲む視界をぐるりと回して振り返る。
背後に広がる森へと視線を巡らす。
何かいる。
そう『気』で感じ取る。
そして、確かに向けられている視線と敵意。
美鈴はさっと立ち上がって、鬱蒼と生い茂る深い緑に対峙する。
涙で濡れる顔は川の水の所為にして、腰をそっと落として軽く両の拳の握って前へと出し、構える。
泣いていた小さな子供の顔は引っ込み、そこにあるのは紅い館を守る門番の顔。
とくりとくりと打つ自分の鼓動を感じながら、川のせせらぎに耳を澄ませ、穏やかに吹くそよ風の音を聞き取る。
ガサリと、微かに音がした。
「!?」
刹那、深い緑の中から疾風を纏い躍り出る影。
美鈴は反射的に右へと跳躍。
すると、一瞬前までそこへ、石を砕いて大きな何かが地面に突き刺さった。
水と共に弾けた泥と砕けた丸石の欠片が舞う。
美鈴は飛んでくる細かな石礫(いしつぶて)から目を守るように腕を翳しながら、見る。
そこには大きな大きな狼の牙を連想させる、逞しい乳白色の剣が突き刺さっていた。
幅広だが、先端に向かうに連れて大きく湾曲しながら鋭くなる、柄の長い大剣。
まさに獰猛な獣の牙。しかし、それを軽々と扱うのもまた、獣だった。
「我は哨戒天狗一番隊副長、犬走椛っ。ここは大天狗様が治める天狗の縄張だ。招かれざる者は即刻出て行け!」
その獣、雪のように真っ白な短髪と、その名にぴったりな赤く染まった楓の葉のような色をした瞳を持った狼天狗が雄々しく吼える。
穏やかな光を灯していれば、その瞳は本当に秋の紅葉を思い起こさせるだろうが、今その瞳の中に秋の静けさや涼やかさはなく、あるのは燃える上がる火ような猛々しさ。
獣の血を混じらせる妖怪に多く見られる縦長の瞳孔は鋭く細まり、それはまるで、いや、それは本当に、狼が自分の縄張りに入ってきた『敵』に向ける時の眼だった。
頭部に生えた三角の耳は頭の輪郭に沿うようにピッタリと伏せられ、腰辺りから生えている尻尾はパンパンに膨れて普段の何倍もの大きさになっている。
「ちょっ、も、もみじしゃん!? まま、まってくだしゃいっ!」
美鈴はあわあわとしながら、平安時代の貴族が着ていた着物――白い水干のような衣服を纏った狼天狗に、両手をぱたぱたと左右に振る。
椛と美鈴は顔見知り……というか、茶飲み友達だったりするので、こんな対応は幾らなんでも酷かった。
冗談にしても、体中から立ち上る殺(ヤ)る気があまりにも半端ない。
(こ、こんなしゅがただからわからないんでしょーか!?)
同じMK5でも、これはマジでキスされるではなく、マジでKillされる5秒前の事である。
美鈴は事情を必死に説明しようとするが、
「わたしでしゅよ! こーまかんのもんばんの」
「問答無用っ!」
哨戒天狗は耳を伏せっているので聞こえていないらしい。
聞こえていないは大袈裟にしても、取り敢えず聞くつもりなんてないらしい。
椛は大剣を両手で掴み、肩に担ぎ上げるようにしながら地面を踏み砕く力強い一歩を踏み出す。
水飛沫が上がり、石と泥が跳ねる。
椛は初歩のたった一歩だけで、あっという間に距離を詰め、大剣を振り下ろした。
「ぎゃぁ!!」
美鈴は涙目になりながら、ただでさえお腹と背中がくっつくぞ状態なのに、そのお腹をひゅっと引っ込め、万歳をして体をなるべく薄くするように努めて、紙一重で回避に成功する。
お腹と背中がくっついて本当に良かった。なんて思ったのは久しぶりとかなんとか……なんて暢気な事は言ってられない。
振り下ろされた大きな牙は地面を穿って、砂と泥と、そして砕けた石を浴びせてくる。
それだけでも物凄い痛い。砂はぴしぴしと肌を鞭のように打ってくるし、泥もちょっと柔らかい弾丸のようにベチャベチャと体を打ち抜いてくる。そして砕けた石礫は皮膚をガリガリと削ってくる。
「うわっ、ぶっ!?」
(く、くちにどろはいりましたっ!!)
ぺっぺっと吐き出したいが、そんな暇も与えられない。
振り下ろして地面に三分の二ほど埋まっていた筈の切っ先が、直ぐさま翻ってくる。
大きい上に深く地面に埋まっていた筈なのに、そんなの嘘のような鋭い斜めの切り上げ。
美鈴はまた「ぎゃぁ!」と叫びながら、今度は背中を逸らせてアルファベットの「C」のポーズをして避けた。
しかし前髪はちょっと間に合わなかったようで、何本かは大剣の餌食となってはらりと川面に散って行く。
「も、もみじしゃんっ! だからまってくだしゃ」
でも切り上げてくれたお陰で懐ががら空きとなっている。その隙を見逃さずに攻撃……に回るかと思いきや、美鈴はバックステップを踏んで距離を空けるだけ。でもそれで正解だった。
椛の片足は地面から数センチだけ浮いていた。きっと飛び込めば強烈な回し蹴り、もしくは膝蹴りを貰っていた筈だ。
(で、でたらめでしゅよ~!)
重量級選手もビックリな重そうな大剣を振り回しながら蹴りとか放っちゃおうなんて、マジででたらめな運動能力である。狼天狗ならではの身体能力なのであろうが、それにしたって哺乳類ですかコノヤローと問いたくなる。
(……あ、いや……お嬢様達もデタラメでした……)
でもあれは存在の根元からデタラメな生物なので、また次元の違う話だ。
(はっ! しゃくやしゃんもデタラメでしたっ!)
確かに人間にしてはデタラメだが、あくまで人という次元の中での話で……うん。たぶん。
(とゆーか、げんしょーきょーはデタラメなかたたちばっかりでした……)
博麗の巫女の逸脱した強さとか、境界を操るなんていう意味わかんない妖怪とか、その筆頭だろう。
「はぅわっ!?」
って、だーかーら、そんな思考に耽っている場合じゃない。
距離を折角開けたのに、また鋭利な初歩で距離を詰められ、今度は水平斬りを繰り出される。
(しょ、しょんなにおおきくておもしょうーなのにっ……なんでしょんなふーにふりまわしぇるんでしゅか!?)
美鈴は普段は人のことを言えないくらいには、重くて大きな物を振り回したりしているが(門番とは意外と重労働な職業なのだ。飽く迄紅魔館限定だけど)、それとこれとは別問題。だって美鈴の武器は己の拳と足のみである。
美鈴は水平斬りを咄嗟にしゃがんで回避するも、眼前にはまるでそこに用意されてましたとばかりに椛の足の甲が迫っていた。
「がっ!!?」
森を疾駆する狼の強靭な健脚が、美鈴の顔面を襲撃する。
小さな美鈴の体は蹴り飛ばされた鞠のように、綺麗な放物線を描いてぽーんと飛んだ。
(ぐっ……ぶっ……な、ないしゅキックでしゅ……)
体術を専門に扱う美鈴がいうのだから、それはもうとても良い蹴りだったのだろう。
足先が埋まって若干潰れかかった鼻から、赤い液体が迸る。
別に忠誠心が流れ出ているわけではない。
美鈴は自身が飛ぶ放物線の軌跡を鼻血で鮮やかに飾る。
が、狼の猛攻が飛んで行く無防備な獲物をそのままにしておく筈がない。
椛はまた地面を踏み砕いて鋭く跳躍。
ぽーんと半円形を描くより、真っ直ぐ向かった方が距離は近いに決まっている。
椛は飛んでいる美鈴の背中を取って、大剣を低く構える。
(ま、まっぷたつに……なっちゃう、で……しゅ……)
今の蹴りで脳みそが揺れたらしく、背中に迫る冷たい感触を感じていても体が言う事を聞いてくれない。
だから美鈴は、背中からザックリと真っ二つにされるのを暢気に待つより他無かった。
おなかすいたなぁ、とか。鼻熱いなぁ、とか。息し辛いなぁ、とか。メチャクチャ痛いなぁ、とか。そんな事を思いながら、諦めてふっと目を伏せる。
猛々しい椛の気迫と、獣の静かな息遣い、刃の冷たい感触が迫る。
真っ二つになって二人に分裂しちゃったらどうしよう。なんて、馬鹿げた事が脳裏に過ぎった。
「ぐぇっ!?」
が、それを打ち消すように、首許を掴まれて逆方向へと引っ張られる。
慣性の法則に従って、美鈴の紅い髪が弧を描くように棚引く。
首をいきなり掴まれた所為で口から変な声が漏れるが、その声に音が重なって美鈴の奇声をかき消した。
それは硬質な金属と、硬質な骨のような物がぶつかり合う、甲高い音と鈍い音が混じり合った音。
美鈴は柔らかな感触に包まれて、その知っているような感触と圧迫感に、恐る恐る目を開ける。
日に透ける蜂蜜色のような甘やかな金色の髪を持った吸血鬼が、右手に剣のように形成された炎で大剣を受け止めていた。
「……ねぇ」
吸血鬼の鋭い犬歯が剥き出し、血を欲しているような赤い舌が覗く。
怒りに燃ゆる禍々しい紅い瞳が、白い狼天狗を射る。
「私のメイに何してくれちゃってんの?」
口許に、三日月型の笑みが浮かぶ。
でも笑っているのは口唇だけ。
瞳孔にも纏う気配にも、殺気しか感じられない。
「いもうとしゃまっ!?」
美鈴はフランドールに抱き締められて、その胸に顔の半分を埋めているという状態だった。
でも安心しているのでは無く、美鈴は襲ってくる狼天狗を前にした時よりも戦々恐々とした顔で叫んでいた。
フランドールもMK5(マジでKillする5秒前)な様子だったからだ。
「……吸血鬼、か」
しかし、フランドールの登場で椛の殺る気が削げたというわけもなく、椛は受け止められた大剣に一瞬力を入れて、フランドールを弾き飛ばすようにして真後ろに後退。獲物を自身の傍に引き戻して構え直す。
弾かれたフランドールもその力を利用して、椛と同じように後ろへ飛んで距離を置く。
フランドールが右手に携えているのは、赤と黒が入り混じる炎。
悪魔の喚び出した、地獄の業火。主(フランドール)の従順な僕、レーヴァティン。
「ごめんね、メイ。落っことしちゃって……怪我してない?」
フランードルは強く抱き締めた小さな美鈴に目を向ける。
血よりも紅い瞳の心配そうな眼差しに、美鈴はガクガクと頷く。
まるで壊れた人形のように何度も頷いて「だいじょーぶでしゅ!」と言うが、その赤く汚れた鼻っ柱を見逃すような事をフランドールがする筈がない。ついでに体中の擦り傷とか切り傷とか痣とかも見逃さない。
フランドールは眉根を寄せ、眉間に皺を刻んで椛を睨んだ。
陽炎を形成して揺れ、曖昧な剣の型を取る獄炎に、よりハッキリとした容(カタチ)、細身の両刃剣のような姿を取らせる。
「……メイ。ちょっと離れてて……」
獄炎の剣と化したレーヴァティンの柄をと握り締め、フランドールは静かに言って美鈴を地面に下ろす。
赤い紅い瞳が憤怒を吸い、血を欲して、爛々と輝く。
「ま、まってくだしゃいっ!」
美鈴はフランドールの腕にしがみ付いてそう叫ぼうとして、
「バカぁああぁぁああぁぁぁ!!!!」
寸前、響く声と茂みから現れる小さな影二つ。
声に反応して美鈴とフランドールが目を向ければ、
「ぐふっ!!?」
その二つの影が、椛の強靭な腹筋にダブルタックルしているところだった。
「あなたはバカなんですか!?」
「あんたバっカじゃないの!?」
ダブルタックルの衝撃で、そのままその場に尻餅を付いた椛の膝上で、二つの影からの罵声が迸る。
椛の膝上にいるのは、烏のように黒い翼を背中でパタパタとはためかせている、小さな天狗だった。
片方は短い黒髪に椛よりも濃い赤の瞳を持った幼い天狗。
'ブルーグレイのワイシャツに黒いスカートを纏ったチビ天狗。ワイシャツのボタンは締めるのが面倒だったのか、それともそういうファッションなのか、ボタンは一つも留められておらず、下に着た黒いハイネックのインナーが見えていた。
もう片方は、柔らかみのある茶色い髪を頭部の両側で縛り、透き通った紅茶に似た赤茶色の瞳を持ったチビ天狗。
こっちは白いワイシャツに桃色のインナー、そして可愛らしい濃いピンクのスカートを纏っていた。
「あ、文ちゃん、はたちゃん……」
椛は自身の膝上に乗っかって激しく怒っている、二匹のチビ天狗の剣幕に押され気味な様子で耳を垂れさせる。
「なにかんがえてるんですか!? あなたのあたまのなかはごはんのことちかないんですか!?」
「いのししのおにくとか、しかのおにくとか、しんせんなおさかなのことしかないわけ!?」
「そ、そんな事ないよ。ちゃんと文ちゃんとはたちゃんの事とか……」
二匹の天狗の雛っぽい生物……どうやら文とはたてらしいチビッ子に物凄い言われ方をしているが、、椛は別段怒るなんて事はせず、寧ろしゅんとなって耳を尻尾を垂れさせている。
「ってか、アンタのめぇー、ふしあななんじゃないの!?」
「とーですよ! よくみてくだたいっ! どうかんがえたってあいてはゴクアクヒドウとなだかいアクマのおうちのかたじゃないでつか!」
「そのイヌみみだって、なんのためについてんのよ! かざりなわけ!? あのちっこいあかいほぉーが『いもうとしゃま』っていってたじゃん! んでもってあんたも『きゅーけつきか……』とかっていってじゃない! まっぴるまからでてきてるし、たいよーのひかりこくふくしちゃってんじゃんっ。キューケツキってだけでしゅぞくてきにキョーテキなのに、んなアホみたいなあいてにどーやってかつってゆーわけ!? てかっ『いもーとしゃま』なんでしょ!? つまり『ふりゃんどーる』なんでしょ!? しかもほらっ! ちょっとみないうちにせいちょーしてんじゃん! ふりゃんどーるいーえっくすじゃん! かてるわけないっしょぉ!!?」
どうやら、文の方はサ行が上手く発音できずに『タ行』になってしまうらしく、はたての方はラ行が上手く発音できずに『りゃ・り・りゅ・れ・りょ』といった感じになってしまうらしい。
だが、その二匹の天狗は記者を生業にしている為か、よく通る声で椛に言葉を浴びせ続ける。
「とーやってみみとしっぽがついてるからって、とーほーシリーズきねんすべきいったくめ、ちかもとのエキつトラボスにっ」
「アンタみたいな、ドットえにみみがあったからおもいのほかにんきでちゃったとかいうテヘ☆ な、たちえもせっていもろくにないどーちゅーのちゅーボスがかてるわけないっしょ!!?」
ドスンッ! と、椛の頭の上に『1t』かかれた巨大なゆっくり顔の岩石が降り注ぐのを、美鈴とフランドールは幻視する。
それ言っちゃダメだろ。なんか色々ダメだよ。と、いう感じだが、二匹が振り上げる言ノ葉の刃は止まらない。
「もっ、ふっつーみればカンタンにわかんでしょ!? ってかさっしてあげなよ! あたしたちとおなじよーなひがいにあっちゃったとかさぁ! アンタのばぁーい、においでわかんじゃないの!?」
「そ、そりゃ解ったよ? 紅魔館の門番さんと同じ匂いしてるなーって……でも鼻がよく利く相手には、それを逆手に取ってね? 服とか盗んで、同じ匂いを纏ってとか……そういう偽装は常套手段で……」
「いったいなんねんまえのじょーとーちゅだんでつか!! いまはコーガクメーサイとかいろいろあるんでつよ!? とのまえに、とれならこんなどーどーとめのまえからはいってこないでつよ! だいたい、いまはこんなへーわなジダイなんでつからっ。てんぐたいてんジダイのよーなぶっとーなよのなかじゃないんでつから!!」
「しにたいの!? アンタしにたい!? こんなんあいてにして、みみとしっぽがあればカチグミっ! とかおもってるヤツがタダですむとおもってんの!? こんなのにねぇ、タダのいぬじにってやつなんだから! ダレウマとかだれもいわないわよ!!」
「いっつもつかってるケンとタテほっぽって、とんなおーむかちのオンボロけんをひっぱりだちてきたからなにかとおもえば……っ! ひまがあればちょくちょくおていれしてまちたけど、なにもこんなバカげたあいてにヤイバをむけることないじゃないでつか!! まもってくれるのはうれちーでつが、もちょっとそのなけなちのノーミソつかってくだたい!!」
「そのみみはカザリだとしてもっ、そのからっぽのあたまにちんまりとつまってるなけなしのノーミソまでカザリにすんじゃないわよっ!!」
頭部に生えているよく聞こえそうな狼の耳に、左から右からステレオ罵声。
耳骨に直に響くようなよく通る声で、二匹は椛の心を貫く潰す抉る折る。
そしてすっかりと心をズタボロにされた椛は、獲物から手を離してガックリと項垂れた。マジで『orz』の体勢で項垂れた。
「……うわぁ」
「うわぁ、でしゅ……」
流石にフランドールも美鈴も、その凶悪なステレオ罵声に引き気味である。
二匹の天狗は早口で思いっきり声を張り上げていた所為か、ぜぇぜぇと呼吸を乱して肩で息をしながら、椛の戦意喪失に成功した事を認めると「ふんっ」と揃って鼻を鳴らした。
「はたて、ちょっといいつぎじゃないでつか?」
「あやこそ、いいすぎでしょが」
椛の意気消沈し過ぎているような様子に、流石に罪悪感があるらしいが、仲の良いチビ天狗は互いにそれをなすりつけ合ってみたりしてみたり。
どうやらそこまでが一通りの流れらしく、ぴーちくぱーちくしなちくでんちくと鳴いていた文とはたては美鈴とフランドールに振り返った。
「つーわけで、いぬばしりもせんいそーしつしたわけだから」
「みのがちてくだたい」
ペコリと頭を下げる、チビ文ちゃんとチビはたて。
ぶっちゃけフランドールと死闘を繰り広げていた方がまだ心の傷は浅かったんじゃないかと思われる程に、椛の心はベコンベコンに凹んだ空き缶のようになっていた。
けれども、
「えー。どうしよっかなー」
ドSフランドール様がそんな事で簡単に手を引くわけがなかったりして。
文とはたては頭の上に「!?」のマークを浮かべた。
「ちょっ! いぬばしりのココロのえいちぴーはもうゼロよ!?」
「それやったのアンタ達じゃん。わたしはまだ一発も殴ってないし」
「あなたにはりょーちんってものがないんでつか!?」
「だって悪魔だもん♪」
『きゅるるぴんっ☆』とかいう可愛らしいが訳の解らない効果音を付けたくなるような笑みで答えちゃう妹様。
これには隣にいる美鈴も開いた口が塞がらなくなっていた。
さすがドSばかりの環境で育った、根っからの悪魔である。
「それにさー。わたしのメイにこんな事したんだよ?」
――ただで済むと思ってんの?
フランドールは口を三日月型に歪めて、目を細める。
獄炎の剣の切っ先を向ける。
ゆらゆらとした陽炎の向こう側で、未だ文とはたてによる精神ダメージから立ち直れずに項垂れたままの狼天狗の姿があった。
文とはたては顔色を若干青くして「あ、あくまめ……」と呟きながら、片足の踵を、じりっと地面に滑らせるようにして後ろへ少しだけ下がらせる。
文とはたてはどうする、どうする? と、視線を一瞬交錯させて問い掛け合うが、良い案は何も出てこない。
これはまずい。マジでまずい。本気の本気でMK5である。
顔を青くしているのは、文とはたてだけじゃない。美鈴の顔だって青かった。
別に空腹で血糖値が下がっていて顔色が悪いわけじゃない。
美鈴はフランドールのスカートの裾を引っ張って、
「い、いもうとしゃまっ!」
と、叫ぶように呼んだ。
声が届いてくれればいい。
届かなかった場合は……門番らしく盾となる。
文とはたてと椛を守る為というのは勿論だが、一番にはフランドールの『心』を守る為に。
「いもうとしゃまっ、ダメでしゅよ! こんなこと……」
言葉の続きは、掻き消された。
腹の虫の泣き声に。
「「「「「…………」」」」」
落ちる沈黙。
しかし、その沈黙を破ってまたも「ぐぅ~きゅるるるるぅ~」という間抜けな音が響く。
空腹の限界を訴える警鐘。誰のって、そりゃあ美鈴のである。
それに、フランドールは思わず「ぷっ」と吹き出して、小さな美鈴の視線の高さに合わせるようにしゃがみこんだ。
「あははっ。もぉー、メイったら空気読んでよー」
「しゅ、しゅみましぇん……」
わたしはよんだつもりだったんでしゅが……おなかはよんでくれましぇんでした。
恥ずかしさやら申し訳なさやらで、頬を赤く染め、俯き加減で両手の指をもじもじとさせる美鈴。
フランドールはその様子に更に破顔して、美鈴を抱き上げた。
その手には、もう地獄の業火は握られていなかった。
「もうお昼ご飯の時間だもんねー。しょーがないか」
「あぅあぅ……」
高い高いの要領で抱き上げた美鈴の顔を覗き込んで、フランドールは「あはは」と無邪気に笑う。
その笑みに、美鈴はますます恥ずかしさが募ったりした。
「ま、そんなわけでメイがお腹減っちゃってるから、見逃したげる」
邪気のない笑みを向けられて、文とはたては一安心……と、胸を撫で下ろしたかったが、ピンチをまさか美鈴の空腹に救われたというなんとも格好悪い展開に微妙な顔をしていた。
「でも、その代わり」
だが、タダでは見逃してくれないらしい。
チビ天狗二匹は、いっちょまえに訝りげな表情を作って、警戒を露にした。
そんな文とはたてに、フランドールは鋭い犬歯を見せながら笑って、提案した。
「ご飯用意してよ」
その条件に文とはたては、未だ落ち込みマックスで地面と両手と両の膝小僧を仲良くさせている椛の頭を、ちっちゃな手でペシペシ叩いたのだった。
* * * * *
とりあえず美鈴の腹の虫が危機を救った後、
「おいしぃーでしゅー!」
はい、来ました。恒例のお食事タイムでございます。
本日の昼食は、予定されていたさっきゅん特製瀟洒カレーライスから急遽昼食場所チェンジとなって、狼天狗お手製の川魚の塩焼きというシンプルな献立に変更になっていたが、美鈴は絶妙な塩加減でこんがりと焼かれた川魚をうまうまと頬張っていた。
実は楽しいランチタイムに入る前、フランドールの脇腹から大量の出血を発見して美鈴が大騒ぎしたとかあったのだが、そこは今は割愛。
そしてびしょ濡れだった美鈴が妹様の手で服を脱がされたりして、そこでもまた大騒ぎとなったりしたもの、今は割愛である。
そんな美鈴の濡れた服は少し離れた所、日光が良く当たる木の上へと干されてしまった為、今はフランドールが来ていた赤いベストを上に羽織っていた。
フランドールは平べったくなっている岩の上に座って美鈴を膝の上に抱っこし、椛は地べたに直接胡坐を掻いて両膝の上に文とはたてを乗せ、5人……いや、5匹? で、パチパチと爆ぜる焚き火を囲む。
焚き火をぐるっと囲むように木の枝に指した川魚が石で器用に固定されて炙られていた。
鱗を丁寧に落とされた皮の表面を、身から滲んで浮き出た油が伝っていく様は、見ているだけで涎が垂れてくるくらいに堪らない。
「もみじぃー」
「いぬばしりぃー」
「はいはい。ちょっと待って」
だが、そんな食欲をそそる光景には目もくれず、というかそんな暇もなく、椛は魚の身を手で解して雛天狗達の口へと運ぶ。
餌をくれとぴーぴー鳴く食欲旺盛な雛。と、まったくその通りな文とはたてが「あーん」と開ける口へと、骨を避けて解された身をせっせっと運ぶ親役な狼天狗。
手が魚の脂身でベトベトになり、てかてかと光って焚き火のオレンジ色の光を反射していた。
「はい、あーん」
「「あーん」」
文とはたてが小さな口をめいいっぱいに開ける。
そこに解した身をひょいっひょいっと放り込む親鳥、ではなく、椛。
二匹がもきゅもきゅと租借している合間、椛は傍らに詰まれた大量の魚を手にとって、枝を魚の身に突き刺して焚き火に翳す作業を素早く繰り返す。
文とはたてが食べる速度もなかなかのものだったが、向かい側に座っているチビ門番妖怪の食べっぷりが尋常じゃない為、自分が食べている暇など、椛に与えらるわけが無かった。
「んー。ほんとにおいしーでしゅ。もみじしゃんはおしゃかなをやくのがじょーじゅでしゅね!」
「そ、そうかな……」
会話してる間さえ惜しいのか、もしくはそんな余裕が無いのか、椛はなんとなく素っ気無くなってしまっている口調で言って、火が通った魚を焚き火から外してせっせっと身を解す。
香ばしい匂いと共に湯気が立ち上ってる焼き立ての魚を、そんな風に掴んで熱くないのか。
そう心配になるが、椛の手の皮は厚いらしい。
椛は熱さなんて感じてないような様子で身を解して、文とはたての口に運んでいく。
「熱いから、ちょっと待っててね」
そう二匹の雛に注意しながら、椛はふーふーっと息を吹き掛けて丁度良い温度にしてやって、ぴーちくぱーちくしている二匹の口許へ。
なんとなく仏頂面……なのは生来のものかもしれないが、動きは忙しないし、自分が食べている暇もない。
それなのに、何処となく楽しそうに見えるのは気のせいではないようで。椛は時折微かな笑みを唇に刻みながら、二匹の世話を焼いていた。
「……う~ん」
そんな中、静かに唸っている吸血鬼が一匹。
直ぐそこの川で椛が獲った(しかも手掴み)、鮮度抜群ピチピチ川魚の塩焼きがマズいわけがないのだが、何故だかフランドールは「う~ん」と唸っている。
その視線はこんがりジューシーに焼ける魚ではなく、雛となった文とはたての世話を甲斐甲斐しくする椛へと向いていた。
いや、椛というか、正確には椛と文とはたてがしている行為にだが。
(あれ……いいなぁ……)
胸中で呟いて、自分の分の魚へ小さく齧り付く妹様。
少しゆっくり気味に顎を動かして咀嚼する妹様の脳内には、魚の味がきちんと伝達されているのかも怪しかった。
そんな妹様の脳内を何が占拠しているのかといえば、
(わたしもメイにあーんってしたいなー)
そういうことである。シンプルイザベストである。
椛とチビ文&はたての様子を羨ましそうに見つめるフランドール。
「もぐもぐ……どうかしましたか?」
その視線に気付いた……というよりは、フランドールの食の進み具合が芳しくない事を心配したらしい美鈴が振り返る。
「ん?」
「……おなか、いたいでしゅか?」
新たに焼き上がった魚を手に、美鈴は大きな絆創膏が貼り付けられたフランドールの脇腹をチラッと見て言う。
結構な出血量だった上に、肉が少し焼け焦げていたので、美鈴が心配するのは当然だった。
ちょっと引っ掛けただけだから平気だよ。とかって誤魔化して。メイが血を飲ませてくれたら直ぐに治るよー。とかとはぐらかしておいたのだが、それは一時凌ぎくらいにかならなったらしい。
でも、折角心配してくれているところ申し訳ないのだが、妹様にとってこんな傷の事なんてノープロブレム過ぎる事だったりして。
フランドールは「ベストがだぼだぼしてて可愛いなー」なんて思いながら、「だいじょぶだよ」と美鈴に微笑み掛ける
ぶっちゃけベストが大き過ぎて、留め具を嵌めても胸やお腹がチラチラしてたりとか、サイズが合わないから下手なワンピースみたいになっていたりして酷く不恰好だったりとか。
でも、ちっちゃいとまたそこが可愛かったりして、フランドールは本能に逆らわずに美鈴の頭をよしよしする。
まだ乾き切っていない湿った髪の毛の感触は、しっとり滑らかで悪くなかった。
「ほんとでしゅか?」
美鈴は魚の破片を口許にくっ付けつつ、不安げに首をころんと傾ける。
でもやっぱりお腹は空いているのか、そうしながら湯気が立ち上る魚の腹に、口をめいいっぱい開けて豪快に齧り付いた。
(それにしても……メイ、良い食べっぷり過ぎだよ……)
ほっぺを膨らませて口いっぱいに頬張る美鈴はこの上なく可愛いが、妹様が例の『あーん』を出来ない理由はそこにあったりした。
美鈴は何の躊躇いも無く、生え揃ったばかりという小さな乳歯の歯列を突き立てているからだ。しかも骨までバリバリバリンコと噛み砕いてもしゃもしゃ美味しそうに咀嚼している。
いちいち身を解して骨を取り除いてやるという世話なんていらないなんて、ほんと手間要らずの良い子である。
「だいじょぶだってばー」
フランドールはそう茶目っ気たっぷりに笑って、美鈴の汚れた口許を指先で拭ってやった。
食べてる姿が可愛いから……まぁ、いっか。とか思って気分を持ち直すが、やっぱり「いいなぁ」なんて思って、視線は仲良く魚を突く天狗組に向かってしまったりして。
そんなフランドールの視線に気付いたらしく、美鈴は頭上に「!」というマークを浮かべた。
「あ、ほねがじゃまだったんでしゅね!」
「へ?」
そんな美鈴は、持っていた魚をバリバリと口の中に詰め込み、尻尾の先だけを口の端から飛び出させた状態で、空いた両手をフランドールへ伸ばす。
美鈴はニコニコしながら、フランドールが持っていた魚を手に取って、身を解し始めた。
「メイ?」
「えへへ。ほねがささったらいたいでしゅもんね」
どうやら美鈴は、フランドールの食の進みが良くない理由を『骨が邪魔で食べづらいから』という風に解釈したらしい。
美鈴は魚を小さな手で丁寧に解して、ちっちゃな指先で骨を取り除く。
元の大きさに比べたら半分の大きさもない手と、半分の長さもない指。
それでも美鈴の器用さはそんなに変わらないらしく、小骨まできっちり取り除いてから、
「はい、いもうとしゃま。あーん」
なんて、魚を差し出してきた。
「あ~ん」
それを反射的に口を開けてぱくっと食べてしまってから、フランドールは気付いた。
(って、逆じゃん!!)
やりたかった事はあってるけど、立場が逆だよ!
妹様は内心で叫ぶが、美鈴はにこにこしながら焼き魚を差し出してくる。
楽しそうだし嬉しそうで、んでもって可愛い。
「おいしいでしゅか?」
「うんっ」
(……これはこれでいっか)
フランドールは自分にゴーサイン。
調子に乗って美鈴の指をぺろっと舐めると、美鈴は「くしゅぐったいでしゅよ~」なんて無邪気に笑った。
そんなこんなで、美鈴とフランドールは仲良く楽しく、椛と文とはたては仲良く忙しく進んで行くランチタイム。
美鈴は魚を数十匹程胃に収め、飢餓感が多少緩和されたところで椛に話し掛けた。
「もみじしゃん、なんかてなれてましゅね」
手馴れた様子で文とはたての面倒を見る椛に、他意無く言う美鈴。
椛は視線を合わせる事もままならないようで、視線は文とはたてに固定したまま頷いた。
「うん。文ちゃんとはたちゃんは、私が育てたし……子育てもう一回やってるみたいで、結構楽しいよ」
「え、しょーなんでしゅか!?」
この天狗たちはワシが育てた。との椛の発言に、美鈴は齧り付いていた魚から思わず口を離す。
身の破片が美鈴の口の周りに付いていて、それをフランドールは指先で摘んで、もぐっと自分の口へとさり気無く運んでいたが、それに気付けないくらいには美鈴はカルチャーショックを受けていた。
「うん……あの頃の文ちゃんとはたちゃんは可愛かったなぁ。文ちゃんとはたちゃんも、いっつも私の後ろにぱたぱた頼りなく飛びながらくっ付いて来て……いっ!? だ、わわっ、それ指だよぉ!」
にへらっと笑う椛の顔が一瞬にして歪む。
どうやら、文とはたてに取ってはあまり都合の良い思い出話ではなかったらしく、二匹は揃って椛の指先にがぶりと噛み付いていた。
「ご、ごめんって。今だってちゃんと可愛いから」
「とーいういみじゃありまてんっ!」
「そーいういみじゃないわよ!」
ぴーぴー鳴くように怒る文とはたてに、椛は眉尻と耳を垂れさせてしょぼんとなる。
なんだかしっかり者の娘達に怒られるお父さんみたいな、そんな雰囲気だ。
「だ、だからごめんってば。ほ、ほら、喉渇いてない? お茶あるよ?」
そんな椛は、二匹の雛天狗の注意を逸らすように傍らに置いていた小さめの竹製の水筒を二つ取り出して、文とはたてに見せる。
二匹は椛の言葉に素直に頷いて水筒を受け取った。
きゅぽっと栓を外して、小さな両手でんしょっと抱えながら口を付けて、喉をコクコクと鳴らして冷たいお茶を嚥下していく。
幼いながら、良い飲みっぷりである。
二人は同時に「「ぷはぁ」」と言いながら口を外し、喉が充分潤ったところでまた始まる餌くれタイム。
あーんと揃って口を開ける雛天狗の口に、椛はまたせっせっと魚を解して運び始めた。
「はい、いもうとしゃま。あーんでしゅ」
「あーん」
「はい、文ちゃん、はたちゃん。あーん」
「「あーん」」
しばしば続く「あーん」の応酬。
何はともあれ、楽しいランチタイムはのんびり平和に過ぎていったのであった。
* * * * *
もふもふっとしたモノが、赤い館の中で迷子になっていた。
それはつい先日、悪魔の妹と接触したもふもふだった。
ソレは「くぽぉ~」なんて物悲しげに小さく鳴いて、「でぐちどこ~?」ときょろきょろとしながら、でも用心深く館の中をひっそりと進む。
まんまるもふもふの体の背に、小さく生えた翼をぱさぱさとはためかせて、静かに慎重に進んで行く。
でも好奇心旺盛な生き物なのか。廊下に飾られている素敵な過敏を見てはちょっとはしゃいじゃったり、素敵な絵画を発見しては、飛ぶ高度をちょっと上げてしげしげと眺めてしまったり。
あるいは様々な妖怪で構成されたメイド達やら門番隊を見ては、「かっこいいくぽぉ~!」とか「忙しそうだくぽ」とか「こ、こわい感じのモンスターだくぽぉ……」とか「イジめないで欲しいくぽっ!」とかと右往左往してりしていた。
クポクポ鳴きながら、とにかくあの恐い悪魔に会わない内にと、出口を探すもふもふまんまるな生物。
提灯アンコウのような、先端にボンボンのような物が付いている額から生えた触覚(?)を揺らして、くっぽくっぽとってとってぱったぱったと屋敷内をぐるぐる巡る。
だが、
「クポっ!?」
そんなソレの前を、真っ黒な何かが塞いだ。
空間にぽっかりと浮かぶ、いや、空いた穴。
底の見えない真っ黒な、突如出現した隙間(ひずみ)。
「クポぉ! クポックポポっ!!」
ソレは反射的に踵を返し、逆方向へと逃げる。
ヤバい。あれはマズい。
そう本能で感じるまま、逃げる。全速力で逃げる。
しかし、その歪はソレが背を向けた瞬間にはまた目の前にいた。
「クポッ!?」
線のように細い目を見開く。
つぶらな瞳には、驚愕よりも恐怖が滲んでいた。
ソレには、歪の中に潜んでいる何かが見えていた。
空間に空いた、何処につながっているかも分からない歪の中から、手が伸びてくる。
すらりと細い、女の腕だった。
「クポぉっっ!!」
ソレの悲鳴は最後まで響くことはなく、腕に囚われる。
そうしてソレは、隙間の中に消えていった。
* * * * *
お腹も満たされ、川のせせらぎが気持ちの良い昼下がり。
穏やかな流水音が耳に心地よく、川面が光を反射してキラキラと輝いている。
濡れた服も良い感じに乾いたようで、美鈴はまた、魔法の森の人形師お手製緑色のベストと半ズボンに着替えていた。
何の変哲も無い子供服だが、それはパチュリーの防護術式が縫い込まれた衣服。
美鈴は着替えを済ませるとなんとなく安心した面持ちで、また焚き火の傍へと戻ってきた。
「もう服乾いたの?」
「はい、おかげしゃまで」
ちょっと残念そうなフランドールの様子に、美鈴は苦笑を漏らしつつ綺麗に折り畳んだフランドールのベストを返した。
今度はフランドールの膝上ではなく、そのまま地面に直接腰を下ろそうとして、
「だぁ~め。コッチ」
「はわわ」
華麗に阻止された。
フランドールは美鈴を抱き上げて、また膝の上に乗せる。
ちっこいと直ぐにこうして抱き上げられてしまうので、なんだか不便だ。
なんて気恥ずかしさを誤魔化すように思ったりするが、フランドールが楽しそうなので美鈴は困ったように笑うことしか出来なかった。
「こほんっ。たて……」
元の姿なら幾らでも似合うだろう咳払いは、今の幼い容姿にはあまりにも不釣合いで、なんだかおませんさんな感じだ。
そんな様子ながらも、文は真剣味を帯びる瞳で美鈴とフランドールを見る。
でも、相変わらず椛の膝の上にいる上に、背中に生えたちっこい翼をはたてに毛繕いされている状態では、それもあまり説得力が無かった。
ちなみにはたては、椛に翼の手入れをされているという状態だったりする。
「おなかいっぱいでねむくなってくるまえに」
「あ、忘れてた!」
だが、文の言葉はフランドールの声に遮られる。
フランドールは軽く握った片手を、地面と水平にしたもう片方の手の平に打ち付けて、
「デザート食べなきゃだよね」
なんて、ルンルン♪ な調子で提案、というか断定をした。
自己中心的、もとい、高貴な吸血鬼は、空気なんて読まずに己の道をただ進むのみらしい。
「な、なにをゆーちょーなコトをいってるんでつかっ。こんなひじょーじに!」
そんな文ちゃんもはたてにのんびりと毛繕いをされていたりするが、そこはご愛嬌。
はたてはと言えば、既に眠くなってきているらしく、くぁっと小さく欠伸をしていた。
「えー」
しかし、美味しいご飯の後には美味しいデザートで締める。という紅魔館の仕来り(?)の中で育ってきたフランドールは口を尖らせて不平を漏らす。
そこを美鈴が苦笑をしつつ「まぁまぁ」と宥めようとして、
「でも、ほら」
そう言ってフランドールが取り出したダサい花柄の巾着袋を見て、美鈴の瞳はそこに釘付けとなった。
「ましゅまろ!」
陽光を反射する湖の水面のように、美鈴の群青色の瞳が眩しいくらいにキラキラと輝く。
「おとしちゃったのに……みつけてくれたんでしゅか!?」
ちょーだいちょーだいと、餌を強請る子犬のように腕を伸ばしてくる美鈴。
フランドールは「えへへー」と得意そうに笑って、巾着袋を美鈴に渡した。
「いもうとしゃま、ありがとうごじゃいましゅっ!」
「わっぷ!?」
三度の昼寝と三度のご飯、そして三時のおやつが大好きな美鈴は、感極まってフランドールの首根っこに飛び付いた。
ぷにぷにのほっぺでスリスリ頬擦りまでされて、フランドールは「くすぐったいよぉ」なんて無邪気に笑いながら美鈴を抱き締める。
ちっちゃくなっても記者根性は忘れぬ文は、きゃっきゃっウフフと戯れる二人の所為で遅々として情報収集が出来ない事にヤキモキし、翼をパタパタと落ち着かない様子で動かした。
その翼に鼻先をくすぐられて、はたてが「くしゅっ! くしゅっ!」と小さくくしゃみを繰り返していたが、そんなはたてを文は「うるたいですっ」と、翼の骨部分で鼻先をペチペチする。
「あぅ、くしゅっ! ぅっ、あや、バカっ、くしゅっ!」
「ぅ~」
「ケンカしちゃダメだって」
そんな微笑ましい雛天狗の様子を、椛は頬を緩めないようにと頑張った結果に出来たぎこちない苦笑を漏らしながら、二匹の頭を両手で撫でた。
「ふ、くしゅっ! ……ずずっ。ってか、アンタあんなにたべてまだたべりゅの?」
ぺちぺちと頬を叩いて来る文の翼を手で押え付けながら、はたては美鈴に問う。
昼食として椛が用意した川魚は優に三十匹は越えており、その殆どが小さな美鈴の胃袋に収まっていたが、マシュマロでご機嫌になった美鈴は笑顔のままで頷いた。
「甘い物は別腹だもんねー」
「はいでしゅっ」
まっしゅまろー♪ まっしゅまろー♪ と歌いながら、美鈴は巾着を開ける。
中には、オレンジ色のリボンで丁寧に口を結ばれ、白い花がプリントされている透明なビニール袋で覆われている色取り取りの大量のマシュマロ。
おやつ袋自体はダサくとも、瀟洒な梱包具合だ。
美鈴はうきうきとしながらのリボンを解いて、口を開ける。
すると仄かに漂う、砂糖と様々な果実の甘い匂い。
美鈴は「みなしゃんもどうじょ」と言って、皆に配る。
お食事タイムが終わったかと思えば、始まるのはデザートタイムである。
でも仕方が無い。美味しいものを頬張ってる幼女って可愛いからだ。
「それ、あじちがうの?」
「はい。えっと、ピンクがいちごしゃんで……」
はたての問いに、美鈴は「んとんと」と答える。
咲夜が用意したマシュマロは真っ白なものだけでなく、数種類の色があり、それで味が違うらしかった。
白は当然プレーンで、ピンクはオーソドックスに苺。
「このオレンジいろっぽいのはなんでつか?」
「オレンジじゃないの?」
「えっと……」
今度は文が問う。フランドールは色のまんまに予想するが、美鈴はくんくんと匂いを嗅いで、それからオレンジ色のマシュマロを一つ口に放り込んだ。
「はっ! まんごーでしゅ!」
「じゃあこの緑色のは?」
「えと……もぎゅもぎゅっ……はっ! メロンでしゅっ!」
「あ、この黄色いのバナナ味ぃ~」
どうやら、オレンジに近い濃い黄色のマシュマロはマンゴー味で、緑はメロン味で、黄色はバナナ味らしい。
そんなこんなで、五色五味のマシュマロをワイワイ摘む五匹の妖怪 in 妖怪の山。
マシュマロ独特のふにふにとした感触を指と歯と顎で楽しんだ後、折角だから焼こうか? と誰かが提案して、やっぱり椛が焼く役となった。
「ちょっとでいいんでつからね」
「こがさないでよね」
「……このくらいかな?」
「あ、いいかんじでしゅね~」
枝にマシュマロを刺して焚き火で軽く炙る椛に、文とはたてはハラハラどきどきしながら野次を飛ばし、美鈴はだだぶりゅーけーてぃーけー全開で見守る。
表面がぷくぷくするくらいに、数秒炙って火から離す。
椛は両手の指の間にマシュマロを刺した枝を四本ずつ、計八個をいっきに炙っていい感じに炙り終えると半分を美鈴に渡した。
美鈴は受け取った四本の内、二本をふーふーと息を吹き掛けてある程度覚ましてからフランドールに差し出した。
「はい、いもうとしゃま」
「あーん」
マンゴー味のマシュマロが、フランドールの口の中へ消える。
熱々でとろとろのマシュマロが、舌の上で蕩ける。果実の甘さがふんわり、砂糖の甘さがとろりと広がって、フランドールから思わず笑みが零れる。
美鈴はそれをニコニコしながら見守りつつ、自分もぱくっとマシュマロを食んだ。
「んぅ~……っっ! とろっとろっでしゅ~」
ほっぺたおちちゃいましゅ~。なんて言いながら、マシュマロを頬張った頬を両手で押さえる美鈴。
対面側では、文とはたてが蕩けたマシュマロ啄ばんで、みょーんと口と枝先を繋いでおり、その様子に椛が笑っている。
「マシュマロって初めて食べたけれど、甘くて美味しいね」
「しょーでしょー。なんたって、しゃくやしゃんとくせいでしゅからねっ」
口に枝を銜えたまま、せっせっとマシュマロを焼く作業を続けながら言った椛の言葉に、美鈴は大仰に頷く。
「ねー。もにゅもにゅ……そーいやさ、なんでアンタら……もにゅもにゅ……やまにきたわけ?」
蕩けたマシュマロがみょーんと伸びる感じが気に入ったのか、はたてはみょーんと伸びたマシュマロをはむはむと唇で追いながら問いかける。
その問いかけに、同じようにマシュマロを唇で挟んでみょーんと伸ばしていた妹様が「はっ!」と声を漏らした。
「あ、忘れてた!」
フランドールはもぐもぐと急いでマシュマロを口の中へと放り込んで飲み込むと、
「そうそう。仲間探しに来たんだった。ってことで、あんたホワイトでしょ? さっさと仲間になってよ」
はぁー。さっきうっかり壊さなくて良かった。
なんて安堵する妹様。だが、言われたホワイト、もとい、白い狼天狗さんは頭に「?」を大量に浮かべた。
「……はぁ?」
うん。突然こんな事を言われたら普通そうなる。
椛は当然のリアクションを返すが、フランドールは「えー」と不満を漏らした。
「分かんないかなー。ほら、どー見たって私がレッドでしょ?」
「まぁ、つかーれっとでつよね……」
文とはたても悪魔の妹の言葉に首を傾げる。
まったくもって訳が分からなかった。
「だーかーら。今大変な事になってるでしょ?」
「とんなこといわれましても、こっちはじょーほーぶそくなんでつ。くわちくおちえてくだたいよ」
「え、メンドイ」
「……アンタねぇ」
はたては呆れ顔ながら「アンタにはしんせつしんってもんがないわけ?」と言うが、
「あるわけないじゃん」
フランドールは「何を当たり前なことを」とでもいう顔で即答する。
何度でも言うが、妹様の種族は悪魔であるからして、それは当然のことだった。
「いもうとしゃま……もぐもぐ……ちょーさも、もきゅもきゅ……しなきゃでしゅよ、もぐもぐ……」
「えー。リーダーなのに?」
美鈴はマシュマロを両手で持って口いっぱいに頬張りながらフランドールを説得する。
フランドールは美鈴に宥められて、とりあえず紅魔館で起こった事を一通り天狗達に話した。
「やっぱり、あのモフモフがげーいんでつか……」
「ってか、あのバカよーせいとか、アホよーかいとかもデカくなったって……マジ?」
「マジマジ。チルノなんか超頭良くなってるし、ルーミアなんか超紳士だよ」
「また(さ)かあのよんひきがテ(セ)ットで……でつか……しかも、フランドールたんまで……」
「でも、文ちゃんとはたちゃんは門番さんみたいに小さくなったよね?」
「ほーそくていとかあるんでつか?」
「わかんない。パチェが言うには、なんかの魔法ではあるらしいんだけど……」
思案顔の天狗達は、フランドールの言葉を慎重に吟味しながら飲み下すと、今度は自分達に起こった事を話す。
やはり文とはたても幼児化する前に、あのモフモフとした生物と接触していたらしい。
「はたてがいけないんでつよ。あんなのつれてくるから」
「なによ。あんただってかわいいっていって、いっしょにもふったじゃない」
「まぁまぁ……」
また喧嘩を始めそうな二匹を、椛は苦笑顔をで宥めた。
(……ん?)
その会話を聞きながら、フランドールはふと気付く。
原因はもふもふで間違いなさそうだが、もう一個だけ解りそうな事があった。
「ねー。もふもふってさ、その時何匹いたの?」
「?」
フランドールの何気ない質問に、文とはたては首を傾げた。
椛は二匹が変異した時に居合わせなかったのか、口を開く事無く文とはたてを見る。
二匹は、
「いっぴきずつもってまちたよね?」
「うん」
と、顔を見合わせて頷き合った。
「ふーん……」
(つまり、その場には二匹のもふもふがいた。ってことだよね……)
フランドールは幼い雛と化した天狗二匹が答えた言葉に意味深に鼻を鳴らし、膝の上に乗せている美鈴の体をちょっと抱き上げて足を組んだ。
すらりとした長い足。普段ならば真昼間の陽光の元には決して晒される事の無い肌は、病的なまでに白い。
組んで上に乗せた片足を軽く揺らしながら、フランドールは「何が言いたいのよ?」といった顔している天狗達の眼は見ず、美鈴の頭の旋毛を眺めながら赤い髪をさらさらと指先で軽く梳いた。
「いもうとしゃま?」
どうかしましたか? という眼差しは半ば無視して、フランドールは確認する。
「ね、メイももふもふにこんな姿にされちゃったんだよね?」
「? しょーでしゅよ?」
「うん。わたしもなんだけどさ。でもさ、メイ言ってたでしょ? ソレが幻想郷中に散らばっていったって……」
「えと……」
この騒ぎが起きる前、誰よりも早くにその『気配』を感じ取っていたのは美鈴だ。
いつも通り門番の仕事をしていた美鈴は、幻想郷の結果内に侵入してきた『異物』が郷中に散らばっていくのを確かに感じ取っていた。
美鈴はフランドールの言葉に素直に頷く。
フランドールの意図が見えずに、天狗達は首を一様に傾げる。
傾ける向きも角度も同じな仲良し天狗に、フランドールは人差し指を一本立てた。
「一匹」
フランドールの言葉に、美鈴は「いっぴき?」と反芻し、文は「はい?」と首を逆方向に傾げ、はたては「なにそれ?」と眉を顰め、椛は「どういうこと?」ときょとんとする。
悪魔の妹は、まるで探偵ごっこでも楽しむかのようにうっすらと笑みを浮かべた。
「メイが察知した『ソレ』は複数。でも直接遭遇したのは一匹だけ。そして私も遭遇したのは、多分たくさんいる中の一匹なんじゃないかな……そして、チルノ・大妖精・リグル・ミスティア・大妖精の五匹が遭遇したのは、確か五匹だった筈。んで、パパラッチ天狗二匹が遭遇したってのも二匹のソレ。今までの被害状況とか発生ケースから見るに」
フランドールはもったいぶるようにそこで一旦言葉を切る。雛となってもそれなりに頭の回転が速いらしい文とはたては、フランドールの言いたい事を理解して考え込むように自身の顎を指で抱えて「うーん」と唸っていた。
だが、美鈴と椛はよく分からないらしく頭上にハテナマーク。
そんな椛は文とはたてにジト目で睨まれていたりして、しょぼんと耳を垂れさせた。
妹様は美鈴のきょとんとした、ちょっと間抜けな顔を見て「しょーがないなー」なんて笑みを零しながら、「つまりね」と続ける。
「この魔法は一匹につき一人(匹)、複数には発動しない……んじゃないかな、ってこと」
美鈴は漸く理解したらしく「あぁ!」と声を上げて手をポンと叩いた。
「まだ推論でしかないけど……まぁ、一応こんだけ被害者がいれば当たらずともとーからずって感じじゃない?」
「はいっ! しゅごいでしゅ、いもうとしゃま!」
「えへへ」
美鈴に褒められて、ついでに頭をいーこいーこと撫でられて、フランドールは嬉しそうにはにかんだ。
椛はフランドールの言いたいことは分かったが、「それが何の手がかりに?」に言いたそうに文とはたてに視線を送る。
「もぉ。いまはささいなじょーほーでもだいじなんでつよ。まずはじょーほーせいりでつっ」
「そーよ。のーきんはだまってはなしきいてなさいよね」
「……はい」
のーきん。漢字で書くと脳筋。つまり脳みそが筋肉の略である。
そう言われた椛は小さく「はい」と返事をして再びしょぼーんタイム突入であった。
「もんばんたん。そのモフモフはげんそーきょーじゅうにちらばったんでつよね?」
「そのせーかくなかずとかってわかんないの?」
「えぇっと……」
文とはたての問いに、美鈴は右斜め上に頭を傾けて、より詳細な事を思い出そうとする。
うんうん唸る美鈴に、フランドールは「大まかな数でいいから」と言葉を掛けて、変に気負わないようにと美鈴の頭を撫でる。
美鈴はもう一度「えと……」と呟くと、
「……しゃんじゅうくらい……だったとおもいましゅ……」
そう、自信なさげに小さく言った。
あの時はこんな事態になるなんて思ってなかったので、正確な数など数えているわけもないが、それでも美鈴は申し訳なさそうに俯き加減になってしまう。
だが、それでも『約30』という数字が分かっただけでもめっけもんだった。
「さんじゅー、ね……」
「つまり、さしひいて……あとにじゅーきょうくらいはこんなひがいが……」
そんな事になれば、幻想郷中が大混乱となる。
まぁ、楽しむ輩が大半だろうが。
だが、それは安全が保障されいればこそ。
魔導を専門に扱う魔女が調べに調べて、それでも特に何も進展していないのだから、これはそんなに楽観視できる事態ではない。
フランドールと美鈴はこの妙な魔法についてはパチュリーが調べている事、次いでチルノ達も協力してくれている事を改めて伝える。
文とはたては、小さな手にはちょっと大きすぎるメモ帳に今得た情報を鉛筆で書き込んで、そこでふっと顔を上げた。
「……これって、イヘンなんでつかね?」
文は至極不思議そうに首を傾げるが、フランドールは首を傾げて「さぁ?」と肩を竦めた。
「まぁ、この状況を楽しんじゃってても、誰かがなんとかしてくれるっしょ」
「んな、りゃっかんてきな……」
はたては咎めるが、すぐにそれは呆れるような顔になって口を閉じる。
相手は楽しいことが大好きな悪魔なのだと理解し、学習したらしい。
「じゃあ、あとわかってることとかないの?」
「んー」
フランドールは頬に人差し指を当てて明後日の方向へと視線を彷徨わせる。
美鈴も同様に視線を彷徨わせて、
「なにかありましたっけ?」
「んぅ~……」
何も思い浮かばないらしい。
そんな妹様はは「ま、取り敢えずはあのモフモフに要注意ってことで」と無邪気に笑って締め括った。
天狗達がそれに各々返事をしようとして、
突風が吹き荒れた。
「「!!」」
「「!??」」
「!?」
五人(匹)の髪が風に煽られ、縦横斜めになびく。
自然に発生した大気の動きではなく、明らかに『何か』が巻き起こしたであろう凄まじい風。
その嵐に驚き、思わず片目を瞑ってしまいながらも、瞬時に臨戦態勢を取ったのは美鈴と椛。
文とはたても同様に驚いていたが、吹き荒れる風に小さく軽い体躯を風に流されそうになってぶっちゃけそれどころではなく、椛の両足に幼い両手でぎゅっと掴まっていた。
そしてフランドールは、両の足でしっかりと地面を噛み、風を巻き起こした何かがいるであろう方向を睨む。
「ねぇ……」
陽に透ける蜂蜜色の髪を風に遊ばせて、悪魔の妹が呟く。
轟々とうねる突風が唐突に治まった。
その瞬間、耳を劈く恐竜のような獰猛で巨大な方向が大気を引き裂くように迸る。
草花を掻き毟り、地面を抉り、木々を押し倒しながら、巨大な影がフランドール達の上に落ちた。
「もう一個だけ、分かった事があるんだけど……」
呟きながら、フランドールは片手に地獄の業火を呼び出だす。
禍々しく燃える獄炎が、フランドールの片腕を包み込む。
静かに狂喜するかのように、赤と黒の混じる獄炎がゆらゆらと陽炎を生んだ。
これでもう一つだけ分かった事がある。
それは、アレに魔法をかけられた後は、こうして敵(バケモノ)が出現するということだ。
椛は背負っていた大剣に片手を伸ばし、構える。
美鈴も小さな拳を硬く握り、腰を低く落として構える。
文とはたては巨大な影を見詰めてゴクリと唾を飲み込み、椛の服の裾をぎゅっと掴んだ。
目の前に現れたのは、頑強そうな真っ黒い鱗で覆われた体躯と、銀色の鉤爪が付いた二本の太い足。そして蝙蝠の翼の形に似た大きな漆黒の翼を持った、黒い『敵』だった。
巨大な翼と調和を取るように生えた長い尻尾の先はレイピアのような棘が生え、体から伸びた首の先にある頭には、鰐のように大きく裂けた獰猛な口。口内にはビッシリと鋭い牙が生え揃い、咽喉の奥からはチリチリと真っ赤な炎が噴出し、牙の間から体外へと漏れ出でる。
黒い翼に黒い身体の敵は、眼球までもが黒く淀んだ色をしていたが、その中で唯一違う色が浮かぶ。淀んだ黒に、鮮烈な赤い瞳が浮かんでいた。
黒く赤い眼が、五匹を射る。
まるで重力が増したかのような圧力が、全身にかかる。
途方も無い殺気が、土砂のように注がれる。
美鈴は唇を一文字に引き締めて。椛は文とはたてを背に庇うようにジリッと地面を擦るように数センチだけ足を前へ出し、大剣を両の手で握り締める。
文とはたてはただ体を強張らせて、椛の背中を見守る。
そんな中、
「へぇー。これってさ、飛竜(ワイバーン)だよね?」
ずっと前に本で見たことあるよ。なんて、笑って平然と立っているのは悪魔の妹だけだった。
「いもうとしゃま……」
美鈴はただ前だけ向いて、声だけを静かに投げる。
美鈴の小さな体は、柔らかな虹色の膜がうっすらと覆われていた。
フランドールは唇の片端を微かに上げて、「しょーがないなぁ」とわざと呆れているかのような声音で呟き、言う。
「こんなヤツ一人でも充分だけど、たまには共同戦線もいいよね」
フランドールの片腕を包む獄炎が、主の心の高揚に反応して燃え盛る。
地獄の業火は主の意思を遂行する為、形を変える。
手の中にあった炎は、少し細い両刃の剣へ。腕を包んでいた炎は篭手へ。
フランドールの妖力を吸い、赤と黒の斑な色で燃える炎の中に金が混じった。
「じゃ、遊ぼっか♪」
獄炎の切っ先を向け、悪魔は無邪気に笑った。
To Be Continued.
◇◆◇次回予告◇◆◇
漆黒の飛竜の猛攻に苦戦を強いられるフランドール達。そんな中、美鈴と椛は文とはたてを庇って負傷してしまう。
燃える山、飛ぶ鮮血、交錯する業火と獄炎。その時っ、妹様の怒りが大爆発する!!?
起きる奇跡のその代償に、悪魔の妹大ピンチ!
でも予定は未定だし明日のこというと鬼が笑うっていうし未来なんて誰も分からないよねっ! ってことで次回予告カッコ仮カッコ閉じ。
東方妖幼女 ~Yo-jo in the Miracle Time~ 第五話 『地震、雷、火事、妹様!? 炸裂爆裂フォーオブアカインド!』
次回も付いて来れる人は見てやってね☆
◇◆◇ 提 供 ◇◆◇
・家族っていいな 「紅魔館の愉快な仲間達」
・メイドの事でお困りはありませんか? メイドの事ならこちらまで 「パーフェクトメイド育成会」
・『うちは大丈夫』は通じません 「天狗セキュリティー会社」
・毎日の献立にお困りではありませんか? 「【ボーダー商事】従者's オリジナルレシピ本(八意先生のミニ薬膳レシピ付き)」
・厄のご相談は流し雛軍団駐屯所本部まで 「流し雛軍団」
・修理・解体・引取り・処分。機械のことなら何でもお任せ 「かっぱっぱメカニック」
>今はフランドールが来ていた赤いベストを上に羽織っていた
着ていた
次回も待ってます。頑張ってくださいー
某小説で、ロリコンは幼女を立派な女性として扱うから言われても否定するとか言ってた気が・・・・・・(゜ぺ)