Coolier - 新生・東方創想話

ほのおのプリンセス

2017/01/14 23:20:25
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 1.霧が立ち込める朝

 「この石は、おまえを守ってくれる、おまもりだからね」
 とろりと煌めくその宝石は、お姉さまの胸元のブローチだったものだ。いつだってお姉さまの心臓の一番近くで、それは燃えていた。
 ファイアオパールと呼ばれるこの石は、世界中の時を止めて、夕焼けの一時を閉じ込めたような宝石だ。
 お姉さまは私にそれを握らせると、優しく微笑する。
「必ず帰ってくる」
 お姉さまはそう囁いて私の髪を、優しく撫でた。お姉さまが私に嘘をついたことは一度だってない。だから今回もそうに違いない。お姉さまは、帰ってくる。
「ここから出てはいけないよ。それから羽も隠して。身の回りのことはすべて美鈴がしてくれるからね」
 心配性なお姉さまが私は大好きだった。
「はい」
 けれど私はお姉さまを困らせたいわけではない。静かに頷いた。
「お嬢様、馬車が参りました」
 部屋の外から美鈴の声が聞こえる。
「あぁ。……それでは行くよ。愛しているよ、フラン」
 お姉さまは私の頬におでこに軽くキスを落とした。それからだてめがねを掛けて、ドアの向こうへとお姉さまは消えてしまった。
 しばらくして、馬のひづめと車輪が地面とぶつかり合う音が耳に届き、本当にお姉さまは行ってしまわれたのだと、ひどく寂しい気持ちになった。

 2.予期せぬ来訪者

 美鈴が夕食の買い物に行っているとき、私がおやつのシナモンパイを食べていると、三階の食物庫のほうから奇妙な音が聞こえた。袋擦れの音だ。何かを袋から出している。私は恐ろしくなって、とっさにポケットに手を入れた。お姉さまにもらったお守りが入っているのだ。握ると、石はひんやりしていた。
「ただいま戻りましたよーっと」
 すると玄関から美鈴の声が聞こえて、私は振り返ることもせず階段を駆け下り、美鈴のもとへと駆け込んだ。
「あのね、あのねっ、美鈴、いま、だれかが」
 私のただならぬ様子に、美鈴はすぐに何があったか感づいたようだった。
「お怪我はありませんか?」
「うん、ないよ、ないけど、すごく怖かった」
 そう言うと、美鈴は私をそっと抱きしめて、ごめんなさい、と呟いた。
「おそばにいることができず、申し訳ありません、フランお嬢様……」
 美鈴は涙を落としながら、私を抱きしめる腕に力を強めた。
「な、泣かないで。大丈夫だよ、どこも痛くないし」
 私が美鈴の背中を撫でると美鈴は、なんだか、私が慰められているようですね、と困ったように笑った。
 大きな音を立てたからか、「誰か」は、ばたばた音をたてて急ぐように外に出たようだった。それを聞きながら、私と美鈴は顔を見合わせた。
「実は最近、近くの孤児院の子どもが、うちの食物庫に盗みに入ることがあるんです」
 そう語りだした美鈴に先ほどの笑顔はなかった。
「孤児院なんてあったんだね」
 基本的に家の外に出ない私は知りようのないことだったけれど、知らないで済ませるのは、ひどく無責任な気がした。
「ええ。この辺りはよく、夜中に子どもが泣いているでしょう。あの声は、そこから聞こえてくるのですよ」
 美鈴の言葉はなぜか重く私の心にのしかかってくる。
「本来ならば、ご一緒に買い物をしたいと思うのですが、レミリアお嬢様の言いつけで、あなた様を外にお連れすることはできないのです……ああ、どうしたら」
 美鈴はうんうんと唸りながら、人差し指で眉間を叩いていた。
「大丈夫な気がしてきたよ、美鈴。子どもが相手なら、別に危ないことは、ないでしょう? 今日は、何かわからなかったから怖かったけれど」
 そしてそのあとに、私、曲がりなりにも吸血鬼だよ、と付け加えた。
「……そうですか。でも、くれぐれもお気を付けください。人間にも最近、奇術や魔術を得意とする者が現れたようですから。私も用事を済ませたら、すぐに帰ってまいります」
 美鈴は、置時計を眺めながらそう言い終えた。
「さあ、夕食の支度をしますね。今夜はポタージュを作りましょう」
 にっこりと、いつも通りの笑顔で美鈴が微笑んだ。

 3.奇妙な少年

 その次の週末、私がまたいつもと同じように二階でおやつを食べていると、上から物音がした。音をたてないように歩いていることが分かる。けれど私はデビルイヤーの吸血鬼だ、そんなことは通用しない。私はつい出来心で、それを暴こうと思い、相手に気づかれないように、そっと階段を上っていった。食物庫に近づくにつれ物音は大きくなってゆく。そしてとうとう部屋の前まで来た。隙間風が人間のにおいを運ぶ。金色のドアノブに手をかけて、わざとゆっくりその扉を開いた。
 そこにいたのは、りんごを片手にするプラチナブロンドの男の子だった。髪は軽くウェーブがかかり、瞳は紺色だった。当て布だらけで薄そうなジャケットに、少し日に焼けたシャツ、ショートパンツ姿だ。とても寒そうで、私はつい、ホットミルクでも飲んでいく? と尋ねた。男の子は私の声にはっとしたかのように背中を伸ばした。そして瞬きをした合間には、目の前から消えてしまっていた。
 不思議な出来事に頭が追い付かなかった。そして美鈴の言葉を思い出した。
『人間にも最近、奇術や魔術を得意とする者が現れたようですから』
 先ほどの男の子は確かに人間だった。けれど彼が目の前で起こしたことは、普通の人間にはできないことだ。美鈴が用心してほしいと言った理由が、ようやく体感的に理解できた。
 けれど買い物から帰ってきた美鈴に、そのことをを打ち明けることはしなかった。不可思議な少年に、とても興味がわいたのだ。
 次の日から、私はたびたび食物庫で隠れて彼を待つようになった。

4.嬉しい知らせ

 その日はよく晴れていた。朝早くに目が覚め、二階のソファーでうとうとしていると、郵便物が配達され、ポストががたんと鳴る音を聞いた。美鈴もすでに起きていて、フラいパンの上でホワイトソースをかき混ぜていた。
「この家に手紙が来るなんて。もしかしたら!」
 美鈴がぱあっと明るい声を出した。私もつられて何とも言えない感嘆をあげた。
「お嬢様!」
 美鈴が鍋を火から避けてから嬉しそうに郵便受けまで走っていく。美鈴はお姉さまのことがほんとうに大好きなのだ。
「フランお嬢様、レミリアお嬢様からです!」
 駆けよってくる美鈴。白い封筒を手渡される。裏には「R.S」とお姉さまの文字で書かれていた。私は気持ちが昂るのを感じる。心臓がばくばくと鳴っている。歓喜に震える手で、その封を切った。
『二人とも元気にしているか? 嬉しい知らせだ。住む場所が見つかった。もう面倒な用事は済ませたから、私が帰り次第引っ越しをしよう。各自準備をしておいてくれ。お土産をたくさん持っていくからな。ゲストもいるので楽しみにしておいで。 P.S 私は船と言うものに初めて乗ったが、あれはいいものだ。フランも今度乗せてあげよう』
 やはりお姉さまは優しい。誰よりも家族を大切に思っているお姉さまらしい言葉だった。ポケットの中で、オパールをきゅっと握りしめた。今日も石は冷たかった。

5.手品師と私

 食物庫であの少年を待つ間、私は石を、窓から見える空に透かしていた。雲も空も、このオパールの中ではすべてが飴色だ。空を眺めていると目がとろんとしてきて、いつのまにか石を握りしめたまま眠っていた。
 私は自分の体に何かが触れる感覚で目を覚ました。ぱちっと目を開けると、慌てたあの子がいた。手元を見ると、どうやら私にジャケットをかけてくれようとしたようだった。 人の家に盗みに入って家人に親切にする、というのはあまりにも面白くて、私はくすっと微笑んだ。
「か、風邪ひくよ」
 そういえば、声を聞くのは初めてだった。
「あれ、あなた」
 ソプラノの声音は、おそらく、私の感覚が間違っていなければ。
「女の子なの?」
 彼女は頷く。
「ごめんね、私男の子だと、勘違いていた」
 その子は顔を赤らめたと思うと、またいつかのようにぱたんと消えてしまった。
「マジシャンみたい」
 私はそう呟いて、なんだか狐に化かされたような気持ちで階段を下りた。

6.予想外の出来事

 とても寒い日だった。私はあの子はどうしているかな、と考えていた。孤児院にいるのにいつも食べ物を盗みにくるというのは、きっと飢えているのだろう。私がいつも食べている、美鈴が作る温かい食事を食べてほしいな、と思った。
「ねえ美鈴」
 そうして私はその子のことを、ようやく美鈴に打ち明けた。すると美鈴は、フランお嬢様がそうお望みなら、と少し困った顔をしながらも承諾してくれた。

 その日の夜、美鈴と私は食物庫で彼女を待っていた。しかし待てど暮らせど現れる気配がない。
「火事だ!」
 そんな叫び声が聞こえたのはそれからすぐのことだった。美鈴が窓に駆け寄る。
「……!」
 美鈴は青ざめている。私は状況がつかめず、美鈴の視線を追った。
 するとなんということであろうか、孤児院から煙が立ち上っていたのだ。あの子がいる、孤児院が。
 気が付いた時にはもう羽をしまうことも忘れて外へ飛び出していた。美鈴が私の名前を叫ぶ。
 これからはじまるのに、せっかく美鈴に料理だって作ってもらったのに、もっと仲良くなりたいのに……!
 燃え盛る建物の中に飛び込んだ。喉に入る空気は焼けるように熱く、目の前は火の粉でよく見えない。どこ、どこにいるの。呼びかけようにも私は彼女の名前すら知らなかった。涙はとめどなく溢れてくる。こんな炎の中であの子を助けることができる人なんて、私は今まで生きていて、一人しか知らない。しかもその人は今遠くにいて。床にへたりこむと、ポケットからファイアオパールがころりと落ちた。燃えるような赤、スカーレット、お姉さまからもらった、お守り。
「フラン!」
 私がすべての可能性を捨てかけたとき、その声は聞こえた。振り向くと、そこにはお姉さまがいた。隣にはパチェもいる。無敵の二人が助けに来てくれたと安心した瞬間、私は安堵で意識を失った。

 目を覚ますといつもの天井が見えた。ぱちくりしていると、お姉さまに美鈴、小悪魔、パチェがいることに気が付いた。パチェはお姉さまの親友で、小悪魔はその使い魔だ。手紙に書いてあったゲストとは、この二人のことだったのだろうか。
「よかった……っ」
 横を向くと美鈴が大泣きしていた。お姉さまたちも目じりに涙を浮かべている。皆私の無事に安堵しているようだった。そして思い出す、私があそこに行った理由を。
「あの子は!?」
 飛び起きてお姉さまに問うと、お姉さまはにっこり笑って、大丈夫だよ、と微笑んだ。
「今は眠っている。あそこの子どもたちも全員助かった。まったく、大人の煙草の不始末らしい」
 あと、少しは自分の心配もしてくれ、とお姉さまが苦笑する。
「さて、週末には引越しをするからね。今はゆっくりお休み」
 お姉さまは私の肩に布団を詰めてくれた。優しくて、とても頼れるお姉さま。
「お姉さま、みんな、ありがとう」
 
7.新しい家族

「あの娘も連れていきたい?」
 出発直前の提案に、お姉さまは驚いたようにそう返した。
「別に構わないが、引越しするには自分のものを、何か一つ手放さなきゃいけないんだよ」
 お姉さまが難しそうな顔をしていると、あの子の声が聞こえた。
「私の名前を手放して、あなたのもとに居させてください」
 はっきりとした顔をしていた。揺るぎようのない瞳だった。
「おまえがそれでいいのなら、構わない。フランも懐いているようだからな。私がおまえに新しい名前を与えよう。そうだな」
 お姉さまは窓の外を見上げて、よし、決めたぞ、と言い、口角を上げた。
「十六夜咲夜だ。おまえは今日から、私の従者だよ。死ぬまで私に仕えるんだ」
 なんと安直であろうと思ったけれど、お姉さまが空の高くにある月を見てそう思ったのだから仕方がない。
「ご主人さま」
「レミリアでいい」
 お姉さまは新しい家族の誕生を喜んでいるようだった。先ほどから頬が緩みっぱなしだ。
「さあ、行こうか。ここから少し離れたところに館を買った。その館ごと引越しだ!」
 パチェは静かに本を閉じ、小悪魔は微笑み、美鈴は威勢よく返事をし、咲夜は力強く頷いた。
「うん!」
 私も大きな声で返事をした。

8.ほのおのプリンセス

「つい一月前だというのに、とても懐かしいね」
 紅茶を飲みながら、私たちは談笑していた。
「幻想郷に来て、良かった」
 家族全員でのお茶会。私、お姉さま、パチェ、小悪魔、美鈴。皆で楽しく暮らせることが、とてつもなく嬉しかった。
「そうだ、お姉さまに返しそびれていた」
「うん?」
 お姉さまの胸に、ずっと借りていたブローチをつけた。ファイアオパールのお守り、お姉さまのお守り。
「やっぱりお姉さまが一番似合うよ。だってお姉さまは、ほのおのプリンセスだもん」
 そう笑うと、お姉さまは照れたように、嬉しそうに、笑い返してくれた。
ご読了に感謝をいたします。
ファイアオパールという宝石は、とても美しいものです。ぐぐってみてね。
いつもコメント、ありがたくよませていただいております。ありがとうございます。

以下返信です。
>>絶望を司る程度の能力さん
ありがとうございます、少し手直ししました。
>>3.名前が無い程度の能力さん
ありがとうございます。あったかい紅魔館はジャスティス。
>>奇声を発する程度の能力さん
いつもありがとうございます。そう言っていただけるととてもうれしく思います。
これからもがんばります。
>>10名前が無い程度の能力さん
ありがとうございます。感動とまでいって頂けたことがすごくうれしいです。
童話や絵本が好きで、自分の好きなものを詰め込んだ作品でした。書いていて、良かったと思います。
これからも精進いたします。
>>むーとさん
いつもありがとうございます。
姉妹愛っていいですね。


                              twitter(@drylove0324)
桜野はる
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コメント



0.320簡易評価
1.80絶望を司る程度の能力削除
ほんわかとした雰囲気でよかったです。
孤児院の火事は何が原因なのか少し気になりました。暖炉の不始末かな……?
3.100名前が無い程度の能力削除
紅魔館の過去話だと結構シリアスなの多いけどこういうあったかい感じもいいですね
5.80奇声を発する程度の能力削除
雰囲気が良く面白かったです
7.100南条削除
面白かったです
フランが大事にされてるのは読んでてほのぼのします
テンポが良くて読みやすかったです
10.100名前が無い程度の能力削除
穏やかで温かい読後感と、愛らしい妹様に感動していました
各章それぞれが短く纏まっていて、絵本や童話を読んでいたような心地で、とてもほこっりさせていただきました。これからも素敵な作品を心よりお待ちしています
12.100むーと削除
相変わらず無垢で純真なフランちゃんにときめいちゃいますね
お互いを大事に思ってる素敵な姉妹です