「う……くぅ……はぁぁぁぁあ……」
人は寝静まり妖怪が出しゃばって来る丑三つ時、長い夜で独りぼっちの阿求は布団の上で頭を抑えて苦しんでいた。
「はぁ……はぁ……あ、あぁぁぁぁぁぁ、苦しい……」
短い生の御阿礼の子は身体が極めて不健康で、時折こんな風に苦しくなる時があった。
と言ってもどこかが痛いとか言う訳ではない、身体の内側にみみずが這っているようにむずむずして、何だか無性にもどかしくなるのだ。
「はぁー、ふぅー、はぁー!」
そのもどかしさを誤魔化そうと息を荒げる、それなのに息苦しく感じて涙が零れ落ちた。
こんなものは一過性のもので明日になればケロリと元通り、けれど感じている時は苦しくて、もどかしくて。
昼間になら誰かに泣きつけばいいかもしれないが、決まって眠れない夜にばかり苦しくなる。
「あぁ……空……」
そんな時は、窓から月を見ていつも思うのだ。
「空を飛びたい……」
なので、翌日に傘を持って二階の窓に足を掛けた。
「I can fly!」
結論、捻挫は痛い。
◇ ◆ ◇
「どうして二階から飛び降りたりしたんです」
「空を飛びたくて」
永遠亭で薬師の質問に素直に答えると、粉状の精神安定剤を処方された。
使う気はなかったので、家の盛り塩に混ぜておいた。
「あぁ、飛びたいな、飛びたいな」
あれから何日経ったか、筆を取る気も起きず、窓から青空を眺めて思う。
腕を振りながら空へと舞い上がり、今度はきりもみしながら真っ逆さまに落ちて、飲み食いしたものが胃の中でたぷんたぷん鳴るのを聞くのだ。
それでそれで、地面にぶつかる前に進む方向を水平に変えて、お腹を太陽に向けて日の暖かさを感じながら飛んで行こう。
あぁ、空を飛べるのはきっと素晴らしい気持ちなのだろう。
「しかし今回は長いですね」
大体、空を飛びたいなんて明るい兄弟みたいな欲求は、二日と経たずに磨り減ってなくなってしまうのに、今回はいやに長く続いていた。もう足の捻挫なんて直ってしまったし。
ちょっと考えた結果、窓から飛び降りるという行為に及んだ結果だと推測された。
多分あれで欲求が刺激されて、本格的になってきたのだろう。
「どうやれば飛べるでしょうか……」
そしてまた同じ考えに戻った。
これが外界ならタケコプターを付ければ一発で解決なのだが、この幻想郷においては人の身で空を飛ぶのには必要なものがある。
才能、あるいは努力だ。残念ながら阿求はその両方共持っていなかった。
持っているといえば見た物を忘れない能力だが、こんなもの糞の役にも立たない。いや立ってるか、これのお陰でご飯を食べれているのだし。
「飛っびたいな♪ 飛っびたいな♪」
と言う訳で、助言を請いに博麗神社までやってきました。
「空の飛び方を教えてください」
「はぁ?」
縁側でぼっとしてた巫女さんに、訳がわからないという顔をされた。
「突然何よ」
「だから空を飛びたいんです、こうびゅんびゅん! って」
「何だ阿求、空飛びたいのか? 私の後ろに乗ってみてもいいぞ」
「ちげーよ、何かに乗って飛びたいんじゃなくて、何も思いはばかる事無く360度自由に飛び回りたいんだよ、エセ魔女っ子は黙ってろ」
「……何だかアイデンティティをぶち壊された気がするぜ」
「煎餅食べる?」
横から口を挟んできた道具屋の娘を瞬時にノックアウトする。
相当へこんだのか、押入れから布団を引っ張り出して不貞寝し始めた。
どうでもいいけど、布団中で煎餅食べたら汚れると思う。
「人里から出てくるなんて珍しいと思ったら、そんな事聞くためにここまで来たの?」
「はい」
「思ったよりもパワフルね、すぐにくたびれる病弱もやしっ娘だと思ってたけど」
「そんなキャラが被ってるってどこかの魔女が押し掛けてくるような話はいいんですそれよりも空の飛び方を教えて下さい霊夢さん!」
息も付かせずまくし立てる、言い終えた後で肩で息をする。ザ・貧弱。ザ・虚弱。
「まぁ、飛び方を教えるのは別にいいけど。まずね」
「まず!?」
「ふわーって身体が浮くのをイメージして地面を蹴る」
「蹴る!」
「終わり」
「ちくしょー!!!」
駄目だった、最初っから天才スキル持ちの相手に聞いたところで駄目だった。
これだったらいびきを掻き始めた魔女っ子に聞いたほうがマシだったか。
「うぅ……翼が欲しいです……」
「手羽先の唐揚げ食べる?」
「脂っこいものは苦手なんで結構です」
差し出してきた食材を丁重にお断りすると、もしゃもしゃと差し出した本人が食べ始めた。
こう、なんて言うか、欲しい、翼。ボールはいらない。レッドブル飲みたい。
天使みたいに白い翼があれば、どこまでだって飛んでいける……。
「あれ、そんな名前の人いませんでしたっけ」
「もぐもぐ……」
天使……てんし……天子……。
「よし、次は天界です!」
◇ ◆ ◇
「翼を下さい」
「はぁ?」
そんなこんなで天界まで来ちゃった☆
「えっ、今なんて?」
「だから! 翼が! 欲しいんです!」
「聞こえなかった訳じゃないから、声小さくして大丈夫よ」
「そうですか」
「えっと、まずあなた誰?」
「あぁ、失礼しました。私はこちらの作者です」
どうやら自分の事を知らなかったようなので、持って来ておいた幻想郷縁起を手渡した。
その本の事は知っていたようだ、受け取った天子さんは「あぁ、あなたが稗田阿求ね」と頷いていた。
「その阿求がどうしてこんなところに来たの、私の事書くの?」
「違います、今はそんな事よりも空を飛びたいんです。そんな訳で天子ちゃんマジ天使な天子さんに翼を授けて貰いに来ました」
「後半何言ってるのかわかんないけど、とりあえず私は翼付けたりとかは無理だから」
「ちくしょー!!!」
わかっていたけど! わかっていたけども!
それでも僅かな希望と、一時のテンションに身を任せたかったんだよちくしょう!
「と言うか、空飛べないのにどうやって天界まで来たのよ。ここ雲の上よ?」
「霊夢さんに金を積んで、おぶって来て貰いました」
「あぁ、そう……」
今頃、霊夢さんは天界の桃を食い溜めしている頃だろう。
リスみたいに頬を膨らませてる姿が目に浮かぶ。
「そうだ、天子さんは要石を浮かせたり出来ますよね」
「うん、まぁね」
「その要石はどうやって浮かしてるんですか? 肉体を浮かすのにも応用できますか?」
散歩している時に要石に腰掛けてふわふわ浮遊していたり、隙間妖怪に要石をぶつけようとしているのを見かけた事がある。
「あれは法力を使って浮かせてるのよ、確かに応用すれば自分の身体も浮かせれるわね」
「そうですか、ではその法力はどうやれば使えるようになるのでしょうか」
「法力を高める方法とかあるのよ。いやー、懐かしいわ。人間だった頃にそんな事やってたわねー」
「年寄りみたいなこと言ってないで、早く教えてくださいよ」
急に遠くを見つめて、思い出に浸り始めたので続きを急かす。
でもよく考えれば、目の前の人物は正真正銘の年寄りだったか。
特に意味なく、やーいババア、と心の中で呟いてみたりする。
「あぁ、法力を高めるのにはねー」
「ふむふむ」
「3ヶ月くらい山篭りすればいいわ」
「無理じゃちくしょう!!!」
舐めるな!
楽しみにしてた小説が出るからって近所の本屋まで走っていったら、途中でバテて知り合いのおばさんに助けられた私を舐めるな! 言ってて哀しくなるわ!
「うぅ、そーらを自由に飛びたいなー……」
「そんなに飛びたいの?」
「はい……」
「そう言えば、地上の山の河童が飛ぶ道具を発明したって聞いたけど」
「マジで!?」
「マジで」
耳寄り情報ゲットだぜ!
博麗の巫女を召還するべく、懐から小銭を取り出すと地面に落とした。
「私のカネぇぇえええ!!!」
「うわ、こわっ!?」
ヘッドスライディングをかましてきた霊夢さんに天子さんが怯えたが気にしない。
「霊夢さん、次は妖怪の山の河童ですよ、河童。生け捕りにしましょう」
「うえー、山とか入ると五月蝿くてメンドイんだけど」
「報酬倍プッシュだ」
「さぁ阿求、私の背中にお乗りなさい!」
話が早くて非常に助かる。
躊躇なく霊夢さんの背中に飛び付いてしがみ付いた。
「ゴー! 敵は山にあり!」
「ちなみに報酬っていくらなの?」
「増えた分で団子が買えるわ!」
「それって安……」
「しー! しーっ!」
余計な事を言いそうになった天子さんを黙らせて、次のステージへと進んでいった。
◇ ◆ ◇
「いいぞ、ベイベー! 逃げる奴は妖怪だ! 逃げない奴はよく訓練された妖怪だ! ホント、幻想郷は地獄だぜ! フゥハハハーハァー!」
お金によるブーストが付いた霊夢さんは正に圧倒的だった。
迎撃に来る妖怪共を撃ち倒ししながら進撃を続けている。まるで鬼神のようだ。
その後を追って、ミンチより酷くなった妖怪を踏み越えて進んで行く。
と、霊夢さんが突然ピタリと空中で停止した。
「どうしたんですか、桃の食べすぎでお腹でも下しましたか?」
「違うわよ、目標発見よ、少し黙りなさい」
自分の目には木々が写るばかりで、妖怪は一人たりとも視界には映っていなかったが、霊夢さんには見えているようだ。
しばしの間神経を研ぎ済ませると、突然虚空へと向かって札を投げつけた。
「きゃぅん!?」
クリーンヒット、緑色の風景の中から青い服を着た河童が姿を現した。
頭に札が付いていてキョンシーみたいだけれど、これは逆に動きを止められている。
「ご要望通り生け捕りにしたわ、それでどうするの、食べるの?」
「ひぃぃー!? 食べないでー!!」
「食べませんよ、私はあなたの発明に興味が沸いて来ただけです」
あくまで優しく河童へと語り掛ける。
すると河童は目を潤ませて、こちらを見つめ返してきた。
「ほ、ホント? 食べたりしない?」
「食べませんよ、私、良い人間」
「信じてやりなさい、ちょっとネジ外れてるけど基本善人よ」
後ろから巫女が失礼なことを言ってきたが気にしない。
少しの間考え込んでいた河童だが、やがて意を決するとおずおずと口を開いてくれた。
「わ、私は河城にとり……」
「私は稗田阿求です、宜しくお願いします」
にとりさんの顔に付いたお札をはがしてやると、にっこりと微笑んだ。
それに釣られて、にとりの顔にも僅かだが笑みが浮かぶ。チョロイもんだい。
「実は今日ここに来たのはですね、河童が飛ぶ為の道具を作ったと聞いてやって来たのですよ」
「あっ……そ、それ私が作ったやつ」
「本当ですか!? それを使わせて欲しいんですが!」
「ひゅい!?」
つい興奮して押し迫ると、にとりはまた怯えて声を上げた。
「ほらほら、怯えてるから落ち着きなさい」
「ハッ、失礼しました」
「う、ううん、別にいいよ。それより使いたいんだったら使っても良いよ、人間にもテストして欲しかったんだ」
「是非お願いします」
にとりに頭を下げて礼を言う。
「ちょっと待っててね」と言ってにとりがその場を後にすると、そう時間を置かずに道具を持って戻ってきた。
「いやー、外界から入ってきた道具を参考に作ってみたんだけどね」
「ほうほう、これがですか」
「この取っ手を持って、そこのところに足を乗っけてリズムよく」
「こうですか」
ピョーン ピョーン トテ
二回跳ねて、バランスを崩して地面に足が付いた。
「バランスがなってないかも、もうちょっと右側に重心を置いて」
「わかりました」
ピョーン ピョーン ピョーン トテ
今度は三回跳ねれたが、そこでまた足が付く。
「あぁ、惜しい! もうちょっとで四回いけたよ、今の感じでもう一度」
「そうですね、もうちょっとで四回……」
ピョーン ピョーン
「って、これホッピングマシーン!」
「きゃあああああああ!!?」
怒声を上げて、勢いをそのままに手に持っていたマシーンを地面に叩きつけた。
「これ飛ぶ違う! 飛ぶじゃなくて跳ぶ道具! コレジャナイ!」
「ひゅ、こ、こわい、助け、助けてえええええええええ」
理想とは違う現実に嘆いていると、怒られてると思ったにとりさんが泣きべそをかいて逃げ出してしまった。
それでも飽き足らずに吼え続けていると、霊夢さんが何か近づいてくるのを察知する。
「阿求、厄介なのが来たわ、ちょっとこっち寄りなさい」
「ちくしょー! 私が病弱なのも全部空飛べないのがわる……えっ、何ですか?」
すると、突然木々の間から白い何かが矢のように飛んできた。
いや、矢なんてもんじゃない、それは鈍く光る身の丈ほどの大剣を持っていて、それを二人目掛けて振り下ろしてきた。
しかし霊夢さんがどこからか出したお払い棒で弾く。スゲェ。
「貴様! 私の友達を泣かせたな、許さないぞ!」
「あー、鬱陶しいのが出てきた」
「ウホッ、いいイヌミミ。ちょっと触らせて下さい、触らせろ」
「ひゃい!?」
威勢良く啖呵を切ってきた犬耳天狗、やべえキュンと来た。
またさっきの河童みたいに怯えているようだったが、そんな事には構わず耳を撫でて、尻尾に抱き付き、頬擦りし。
「おーおー、嬢ちゃん良い身体しとるやないか、もっふもふやでホンマにぃ」
「ひー、変態ぃー!!」
「うわぁ……正直引くわぁ……」
後ろで巫女が何か言っているが知っちゃこっちゃなかった。
期待を裏切られた心を癒そうと、尻尾に顔を埋めてフカフカを堪能する。
「ほれほれ、ええんか? ここがええんか?」
「き、気持ち悪いから止めて……」
「私の椛が弄ばれると聞いてやって来ましたー!」
「誰がお前のか、帰れ馬鹿ガラス!」
ついでになんか鴉天狗もやって来た。
この妖怪は知ってる、縁起に書いた事もあるし。
「何ですか射命丸さん、この耳と尻尾は私の物です」
「いいえ、それは私の物です、私だけの物です……!」
「違う! 私は誰の物とかじゃないから!」
えっ? 何聞こえない。
何だか犬の鳴き声が聞こえたが、気のせいだろう。
「よぉし、ならばどっちが尻尾が自分の物なのか勝負決めましょう!」
「よっしゃ、人間の虚弱っ子なんてぶっ飛ばしてやりますよ!」
「私の話し聞けよお前ら!」
「より高く、より遠くまで私を飛ばしたほうが勝ちです。それではレディー、ファイト!」
「え、その勝負って何かおかし……」
「旋符 紅葉扇風!」
わー。
白狼天狗が疑問を言おうが言わまいが、鴉天狗は渾身の力を込めてスペルカードを発動した。
わー、わー。
凄まじい突風が身体を持ち上げて、木の向こう側へ、あの大空へ向かって吹き飛ばされた。
わー、わー、わー。
凄い、凄い凄い凄い、飛んでる、今私飛んでるよ!
「わー! わー! わー!!」
目を輝かせて身体中の風を感じる、突風に煽られて袖や袴がバタバタと扇いでて、それから内臓が加速で重くなるのを感じたりした。
想像通りだ、いや想像より加速がちょっと苦しいけど、でもやっぱり凄く気持ち良くて素晴らしくて。
「イヤッホオオオオオオオオ!!!」
その気持ちのままに精一杯叫んだ。
心の底から沸き上がった叫びだった。
『イヤッホオオオオオオオオ!!!』
遠くから山彦が返ってくる、お仕事ご苦労様です。
重力に加速を殺されて空中で浮遊する、今度は内臓がふわっと軽くなるのを感じた。食べた直後だったら戻してるかもしれない。
大の字に手足を広げて、近くなった太陽と青空を眺めて、風と日の暖かさを一身に感じて、まるでこの大自然と一体になったかのようだった。
「気持ちいいぃぃ……」
そして浮遊していた身体は、重力に引っ張られて地上へと向かい始めた。
「飛んでる! 飛んでるよ!」
違う、飛んでるんじゃない、飛ばされた紙飛行機のようにカッコ付けて落ちて行ってるだけだ。
方向を変えて水平に飛ぶのをイメージしても、空想の中に納まったそれは落ちるこの身を助けてはくれない。
「飛んでるー!」
地面が迫ってきた。
◇ ◆ ◇
「全く、無茶苦茶するやつね」
カラスが鳴くからかーえろ、そんな夕暮れ時。
霊夢さんの背中におぶられて、人里へと帰ろうというところだった。
「いやあ、面目ない」
「張り切りすぎよ、もうちょっとで死んでたわよあんた」
地面に落ちてトマトみたいに潰れる寸前、霊夢さんの作り出した蜘蛛の巣のような結界が身体を絡めとり、失速させて受け止めてくれた。
「でも、楽しかったです、とっても」
「付き合わされる身としちゃ二度とご免だけど」
心底嫌そうに言われて申し訳ないと思うが、それでも楽しかったのは事実で、まだ興奮で心臓が高鳴っていた。
あっ、て言うかこれは、楽しいだけでなくて。
「……すいません、霊夢さん、そこ、降ろしてくれませんか」
「はいはい、ご要望が多いやつね」
丁度いいところに岩があったので、そこを指定する。
岩に腰を掛けると、息を荒くして頭を抱えてうずくまった。
「ちょっと、大丈夫なの」
「すいま、せん……はりきり過ぎちゃい、ました……」
思えば、博麗神社まで徒歩で行って、霊夢さんにおぶられてるとは言えあっちこっちに行ったのだ。
今まではテンションで誤魔化していたけど、それももう限界なくらい疲れている。
「はぁ……はぁ……」
「落ち着いて、まず深呼吸しなさい」
苦しい時に霊夢さんが横に座って来て、思わずその身体に縋りついた。
薄い胸に頭を置いて、巫女服を掴んで皺を作る。
「うぅ……頭、いた……」
「どこか打ったの?」
「いえ、疲れ過ぎると、頭が痛くなったり……」
そこまで言って、口を動かすのにもしんどくて喋るのを辞めた。
ただ苦しそうに息をして、丸めた背中を霊夢さんが撫でてくれる。
「はぁ……はぁ……」
「焦らなくていいわよ、良くなるまでこうしてあげるから」
そう言ってくれると、ちょっと肩の力が抜けた気がした。
そのままの状態で十分くらい、そうして身体を休めていた。
「……ありがとうございます、霊夢さん、もう撫でなくても大丈夫です」
「そう、すぐに帰る?」
「いえ、もう少しだけ休ませて下さい」
一応は辛くなくなったが、まだまだ身体がだるい。
それに、少し話がしたかった。
「――ちょっと、自分語りをしても宜しいでしょうか」
そう言うと霊夢さんはこちらを一瞥して「したいならすれば」とそっけなく言った。
「私は、御阿礼の子は知っての通り生きる時間が短く、その為身体が弱いです。それで、時折苦しくなる時があります」
思い返す、人が寝静まった夜に独り布団の上で感じるあの苦しさ、もどかしさ。
「御阿礼の子として、そんな人生を辛いとは思っても嫌だとは思った事はありません、常に誇りに思っています。けれど苦しい時、無性にもどかしく感じるのです
「もどかしい?」
「はい、この身が自由に動けないことがもどかしい、もっともっと子供のように動き回りたいと思うのです。そして、だから思いました」
だから私は空を飛びたかったのだ。
「今までの御阿礼の子がそんな風に考えた事はなかったと思います、けれど霊夢さん達が自由に飛び回ってるのを見て、今回の私はそれに憧れたのでしょう。飛び回りたい、あんな風に空を飛び回れば、それはきっと気持ちいいのだろうな、きっともどかしさなんて風に乗ってどこかへ飛んでいくだろうな」
自分が思った事を、考えた事を、言葉にして吐き出していった。
私が話すのを、霊夢さんは静かに聴いてくれていた。
「それで、あれであんたは満足なの」
「……満足、と言えば嘘になります、でもいいんです。一時的にも気が紛れて、また前に進もうと思えましたから、それだけで十分です」
確かにあれは紙飛行機のように舞っただけだ。
でも、自分が本当に必要なのは、苦しさにも立ち向かう心だっから。
宙を舞ったあの時の快感が、それを紡いでくれたから、それでいいのだ。
けれど、話を聞いていた霊夢さんは、納得いかないと言う顔でこちらを覗き込んでいた。
「あの、どうしましたか?」
「阿求、ちょっと私の家にまで来なさい」
「へっ?」
◇ ◆ ◇
岩に座ってゆっくり休んだ後、私は博麗神社にまでおぶってこられた。
早く自分の家に帰りたいとも思ったが、今日一日我が侭を聞いてもらえたのであるし、霊夢さんが何か望むならそれに応えようとも思って付いて来た。
ほったらかしにされていた布団に腰を下ろし、霊夢さんがやろうとしている事を眺めている。
「何をしようとしてるんですか」
「お札作ってるのよ、ちょっと待ってなさい」
霊夢さんは何も書かれていない真っ白な札を用意して、墨の付いた筆を滑らせて行く。
巫女として当然札作りも手馴れており、すぐに10枚近い札が完成して机の上に並べられた。
「阿求、こっちに寄りなさい」
「はい」
相変わらず何をする気かわからなかったが、とりあえず指示通りに行動する。
近くに寄った私の身体に、霊夢さんはべたべたとお札を貼り付け始めた。
「あの、何を……」
「……これでよし」
頭に三枚、身体にもあちこちにいっぱいの札。
それらを貼り終えると、最後に霊夢さんは自身の頭に札を貼り付けた。
「阿求、外に出て」
いい加減教えて欲しいなと不満を浮かべながらも、靴を履いて外へと出た。
もう外は暗くなっており、夜空を仰げば月と星が綺麗に煌いている。
「あの、霊夢さん、何をする気なのかそろそろ教えて欲しいのですが」
「そうね、空を飛ぶのをイメージしてみて」
「話し聞いてますか?」
けれど言われてた通りイメージしてみる、この夜空を見てまた飛びたいなと思ったし。
そして頭の中で飛び回る自分を思い浮かべて数秒、突然私の身体がふわりと浮かび上がった。
「わっ!? な、な、何これ!?」
「空を飛んでるのよ」
慌てる私に後ろから霊夢さんがそう言ってきて、振り返ろうと思ったら空中で身体が反転した。
初めての体験に空中で転んでしまいそうな気がして、両腕をバタバタさせてバランスを取ろうとする。
「おぉぉぉ!?」
「貼り付けた札でイメージを受け取って、こっちから法力で浮かしてるの」
他人のイメージに沿って浮遊させる、そんな事ができるだなんて霊夢さんは凄い。
いや、そんな事よりも、それって。
「ただ吹っ飛ばされるより、こっちの方がずっと良いでしょ」
霊夢さんはそう言って滅多に見せない微笑を見せた。
それって、私も空を飛べるって事。
「うわぁぁあ!?」
そう思った次の瞬間には、私の身体は急上昇していた。
最初こそ慌てたものの、すぐにイメージを安定させて上下左右に移動してみる。
「すごい! すごい、すごい、すごい!!!」
今まで頭で思い描いていただけの空想が現実になって、そんな言葉しか出てこなかった。
慣れて来たら今度は水平に飛んでみて、そしたら次は空中でクルンと一回転。
地面から空に視点が移り、また地面へと戻ってきた。
「霊夢さん! ありがとうございます、すっごく気持ちいいです!」
興奮の余り、今度は滅茶苦茶な軌道で、物凄いスピードで飛び回る。苦しい夜のもどかしさが風に散っていく。
そうして興奮で上がった体温を夜風に覚ましてもらうと、最後に月へ向かって一直線に上昇して行った。
グングン高度が上がっていって、月も雲も大きくなってきて、地面を眺めてみると遠くのほうで人里の明かりが見えた。
そうこうしている内に、とうとう私は雲の上にまで上り詰める。
雲の上では天子さんが驚いた顔でこっちを見つめていて、手を振って挨拶すると更に上へ上へと昇っていった。
するとだんだんと空気が薄くなってきて、寒いわ息苦しくいわで、これ以上は限界だと言う辺りで上昇を止める。
手足を大の字に広げて、全身で月明かりを受け止めた。
「綺麗……」
雲の上で見る月は、今まで見たことないくらい大きくて、綺麗に輝いていた。
感動の余り溜息が出て、ずっと眺めていたいとすら思った。
しばらくそれを眺めた後、私はイメージを止めて重力に身を任せた。
大地が私を引っ張り、幻想郷へと引き戻す。
上昇するよりもずっと早いスピードで降下していた私は、途中から少しずつ加速を和らげて行き、ゆっくりと博麗神社へと降り立った。
「どうだった?」
霊夢さんに訪ねられたが、それどころではなかった。
感動で手が震えて、抑えきれず自分の身体を抱きしめた。
少しでも落ち着こうと大きく深呼吸する。
「私、この日の事は転生しても忘れません」
「何もう二度とないようなこと言ってるの」
思いを口にすると、馬鹿らしいとでも言いたげに霊夢さんが口を挟んできた。
「飛びたいと思ったなら、また飛べばいいじゃない」
そうだ、霊夢さんの言う通りだ。
これからは、飛ぼうと思えばいつだって飛べるのだ。
「はい! ありがとうございます霊夢さん!」
あれ以来、度々独りの夜に苦しんでも、もどかしく感じる事はなくなった。
だって、飛ぼうと思えば飛べるのだから。
そして、それから時は過ぎて――
◇ ◆ ◇
私、稗田阿重は傘を持って窓に足を掛けた。
「I can fly!」
「お待ちなさい」
飛び降りようとすると、どこからか手が伸びてきて首根っこを捕まれて部屋の中へ引き戻された。
「グェッ」って変な声が出た上、盛大に尻餅を付く。
「いたたた……一体誰ですか!? 危ないですね」
「危ないのはあなたの方でしょう」
部屋の中に居たのは、隙間から上半身だけ出す紫さんでした。
「あぁ、100年以上経っても、まだ好きな人とキスまでいかない隙間妖怪さんではありませんか」
「はたくわよ」
「顔赤くして言われても怖くありませんよ」
とにかく、私の試みはこの妖怪に邪魔されてしまったわけだ。
「いきなり窓から身投げなんて、何のつもりなのかしら」
「空を飛ぼうと思って」
「はぁ、全く御阿礼の子はどうしてこう……」
頭を抑えて溜息を吐かれる、その様子では私以外の御阿礼の子も空を飛ぼうとしたりしたのだろか。
生まれる前の事なのでいかんせん記憶が曖昧だ。
「空を飛びたいなら、博麗神社まで行きなさいな」
「神社へ? それまたどうして」
「巫女に空が飛びたいと伝えれば判るわ」
その時、忘れ去られて記憶が、ほんの僅かだが浮かび上がってきた。
風に散るもどかしさと、目の前に広がる大きな月。
空飛んでみたいわー
私も空を飛びたいな…
霊あきゅはもっと流行るべき
!?
I can flyで吹いたww
>1さん
楽しんでいただけでよかったです。
>2さん
ヘタレなのはアレです、ヘタレな紫様が可愛いのが悪い。
>奇声を発する程度の能力さん
レッドブルは早く翼を生やすように改良すべき。
>4さん
あの空中サーフィンはいつみても憧れます。
>5さん
かと言ってこの阿求みたいに身投げすると周りから生暖かい目で見られるので注意して下さい。
>名無しさん
言われて見れば、意識しなかったのに霊あきゅになってますね。
しかも転生した後も、その代の巫女と関係を持つ無限スパイラル。
>12さん
そう言っていただけて良かったです。
>13さん
次もそう言っていただけるように頑張らせていただきます。
>18さん
幻想郷だが、外界がいつの時代かまでは明確に記されていない……。
つまり作者がその気になれば、100年後でも200年後でも可能と言うことだ……!
>22さん
ですねえ。
その内、スカイダイビングとかやってみたい。
>23さん
「じゅう」の中ではそれが一番いいと感じたので。
「獣」ではワイルド過ぎるし「揉」じゃエロいし。
>24さん
「I wana fly away」とどっちにするか悩みました。
その結果、勢いがあるほうを選んでこうなりました。
そしてなによりラスト1行がすごい心にグッときた