何も無い荒野。
誰もおらず、時間は意味を成さない。
本も、本を書く道具も、今までの記憶も、友人も。
この荒野の前では、ただ何の意味も無く、色あせた荒野には砂嵐が吹き荒れ、呼吸をするたびに焼けつくような痛みと咳が喉に走る。まるで話に聞いた旧地獄を彷彿とさせる、寂れた終わりの景色。それは私にとって耐え難い苦痛であり、得体の知れない恐怖である。
何処まで行っても変わらない。この乾いた大地は私に異様な恐怖と孤独を与え、その内に、私は歩き疲れて孤独に耐えきれなくなり、その場で座り込んでしまおうとする。
そして私はいつもそこで目を覚ます。
「またこの夢だ……」
夢の景色でみる砂埃のせいなのか、はたまた恐怖のせいなのか、机に突っ伏したまま寝ていた私は頬に流れた涙を拭って、あたりを見回す。
そこは私にとって見慣れた、畳と襖が敷いてあるいつもの広すぎる部屋の光景であり、焼けた砂と土で作られた不毛の大地では無い。
痺れる足で立ちあがり、障子を開けて外の景色を見ると、そこには色あせた灰色がかった青空と、焼けつく暑さを持った太陽では無く、目に沁みるほどの青空と、眩しい太陽の光が差し込んでくる景色を見て、始めて夢ではないかと懐疑的だったこの世界が現実であると知る。
太陽の昇り方からして、今は昼くらいだろう。多分、みんなも私が夜遅くまで幻想郷縁起を編纂していた事を知っていて、気を使ってこの時間まで起こさなかったのかもしれない。太陽の日が当たる窓の下で、大きく伸びをしながら、凝り固まった体をほぐして夢の事を考える。
最近、私はいつも同じ夢を見る。
それは、何も無く、ただ乾いた大地と風が吹き荒れるだけの荒野に、私が立っているだけの夢。幻想郷でも無く、地獄でも無い。
私の記憶にはどこにもない世界。
その中で、私は自分が生きているのか、死んでいるのか分からずに、ただ何もせずに立ちつしているだけで。この夢の光景が、私にとって一体何を意味しているのか、解らない。
でも、最近になって考えてしまう事がある。
もしかしたら、それがいつも見る夢の理由なのかもしれない。
明るい日の下で、大きく伸びをした後、遮る物の無い窓から容赦なく降り注ぐ太陽の光に背を向けて、私は夜遅くまで書いていた、机にある書物に目を向ける。
もしも、九代目阿礼乙女として、過去から現在まで延々と書き続けている、この幻想郷縁起に何も書く必要が無くなった時、私は一体どこに行ってしまうのだろうか?
今はとてもじゃないけどありえない事だろう。
でも、それに私は恐怖を覚えてしまう。
始まりがあれば、終わりあるのだから、次の十代目でぱったりと途切れるかもしれない。
役目を終えて、転生を必要としなくなった場合、私は一体何処へ行ってしまうのだろう?
勿論、同じ地獄なのかもしれない。
でもこの夢を見ると、どうしても考えてしまう。
この夢に出てくる何も無い乾いた荒野が、私にとっての本当の地獄なのかもしれないと。
薄れていく代々の阿礼乙女の記憶をと共に、私は今の幻想郷を記す事を役割としてきた。
忘れないように、忘れられない様に、妖怪と人間の間で内容も変わってゆく幻想郷縁起の様に、私もまたこの先で、転生を続ける阿礼乙女としての形を変えていくのだろう。
「おはようございます阿求様。今起きたのですね。お友達ですよ」
私が起きたのを察したのか、引き戸を軽く叩いて部屋に入って来た給仕と共に、見慣れた顔が給仕の後ろにいた。
「おはよう阿求。もしかしてまた夜遅くまで起きていたの?」
私が太陽の下で大きく体を伸ばしたのを見て、私と対して変わらない背丈の小鈴はそう考えたのだろう。まったくもってその通り。
本居小鈴。私の大切な友人の一人。
私が夜遅くまで作業していた事に、呆れている小鈴を見て私は思う。
寿命の関係が無い、妖怪の友人は転生してもまた会う事が出来るけど、小鈴の様な人間は一度その生を終えてしまったら、私に前にはもう二度と姿を現してはくれない。記憶の中の思い出だけになってしまう。
それは変えられない変化であり、いずれ訪れる結末。それを考えると、私はどうしても胸を締め付けられてしまう。
まるで、賑やかな宴会を終えた様な、みんながいなくなった後、私一人だけがそこに残されてしまった様な、息が詰まる気持ちと虚無感。
ああ、そうか。
夢の中の風景は、私の役割が終わった時と、転生した時に私が抱く心の中の風景なのだ。
ゼロから始める時、きっと今まで、私は転生するその時も、もう戻ってくる事のない友人たちを思い出し、何もかも失ってしまった、どうしようもない虚無感と悲しさに見舞われるのだろう。
それは閻魔様に罪を裁かれるのよりも、最も恐ろしい事。
何もかもを失い、一からやり直す。楽しい記憶だけが残っているのに、その人達はもういない。二度と戻らないそれを考えると、とても苦しくて寂しい。その時に私は決まって夢に出てくるこの風景を連想してしまうのだ。行った事も無い、見たことも無い。悲しい風景を。
そして、私が役目を終えた時。私もその記憶の中にいる人と一緒になる事、誰かの記憶の中だけの存在になる事が怖いのだ。
これは恐らく私にとって本当の死のイメージ。私がいなくなった時、残された人たちは私と同じ風景を連想していくのだろうか?
「阿求。どうかしたの?泣きそうな顔をして?怖い夢でも見たの?」
小鈴の声と髪飾りに付けている、凛と響く鈴の音を聞いて私は我に帰り、小鈴に指摘されて、また涙を流しそうになっていた自分に気づく。
すでに給仕の姿はいなくなっており、だだっ広い部屋の中で、襖の前に立っている小鈴が私の顔を心配そうに見ているだけ。
「いいえ、怖い夢なんて見てないわよ、小鈴。それよりもどうかしたの?急にこっちに来るなんて」
でも、私はまだ十年とちょっとの時間しか生きていない。それならば、私はそのいつか訪れるだろう終わりの景色を克服しよう。
「阿求。あなた私と今日この屋敷に来る約束をしていたでしょう?まさか忘れたの?それとも寝ぼけているの?」
「小鈴。私に限って忘れるは無いわよ。ただ、昨日はちょっと忙しくて、寝る時間が遅かっただけ。時間がずれただけで、きっと睡眠時間は変わらないわよ。今どのくらいなの?」
そして、今までの何気ない会話を覚えて、夢に出てくる景色に花を添えよう。
「どのくらいって……。もうとっくに昼を過ぎているわよ」
どのくらいの時間がかかるかわからないけど。
「もうそんな時間なの?」
それを本にして、阿礼乙女として、誰かに覚えてもらえるように、自分がどのような存在であったのか、今いる私の物語で終わりの景色に色を付けていこう。
そうすればきっと、私も終わりの景色から一歩、足を踏み出すことが出来るのだから。
誰もおらず、時間は意味を成さない。
本も、本を書く道具も、今までの記憶も、友人も。
この荒野の前では、ただ何の意味も無く、色あせた荒野には砂嵐が吹き荒れ、呼吸をするたびに焼けつくような痛みと咳が喉に走る。まるで話に聞いた旧地獄を彷彿とさせる、寂れた終わりの景色。それは私にとって耐え難い苦痛であり、得体の知れない恐怖である。
何処まで行っても変わらない。この乾いた大地は私に異様な恐怖と孤独を与え、その内に、私は歩き疲れて孤独に耐えきれなくなり、その場で座り込んでしまおうとする。
そして私はいつもそこで目を覚ます。
「またこの夢だ……」
夢の景色でみる砂埃のせいなのか、はたまた恐怖のせいなのか、机に突っ伏したまま寝ていた私は頬に流れた涙を拭って、あたりを見回す。
そこは私にとって見慣れた、畳と襖が敷いてあるいつもの広すぎる部屋の光景であり、焼けた砂と土で作られた不毛の大地では無い。
痺れる足で立ちあがり、障子を開けて外の景色を見ると、そこには色あせた灰色がかった青空と、焼けつく暑さを持った太陽では無く、目に沁みるほどの青空と、眩しい太陽の光が差し込んでくる景色を見て、始めて夢ではないかと懐疑的だったこの世界が現実であると知る。
太陽の昇り方からして、今は昼くらいだろう。多分、みんなも私が夜遅くまで幻想郷縁起を編纂していた事を知っていて、気を使ってこの時間まで起こさなかったのかもしれない。太陽の日が当たる窓の下で、大きく伸びをしながら、凝り固まった体をほぐして夢の事を考える。
最近、私はいつも同じ夢を見る。
それは、何も無く、ただ乾いた大地と風が吹き荒れるだけの荒野に、私が立っているだけの夢。幻想郷でも無く、地獄でも無い。
私の記憶にはどこにもない世界。
その中で、私は自分が生きているのか、死んでいるのか分からずに、ただ何もせずに立ちつしているだけで。この夢の光景が、私にとって一体何を意味しているのか、解らない。
でも、最近になって考えてしまう事がある。
もしかしたら、それがいつも見る夢の理由なのかもしれない。
明るい日の下で、大きく伸びをした後、遮る物の無い窓から容赦なく降り注ぐ太陽の光に背を向けて、私は夜遅くまで書いていた、机にある書物に目を向ける。
もしも、九代目阿礼乙女として、過去から現在まで延々と書き続けている、この幻想郷縁起に何も書く必要が無くなった時、私は一体どこに行ってしまうのだろうか?
今はとてもじゃないけどありえない事だろう。
でも、それに私は恐怖を覚えてしまう。
始まりがあれば、終わりあるのだから、次の十代目でぱったりと途切れるかもしれない。
役目を終えて、転生を必要としなくなった場合、私は一体何処へ行ってしまうのだろう?
勿論、同じ地獄なのかもしれない。
でもこの夢を見ると、どうしても考えてしまう。
この夢に出てくる何も無い乾いた荒野が、私にとっての本当の地獄なのかもしれないと。
薄れていく代々の阿礼乙女の記憶をと共に、私は今の幻想郷を記す事を役割としてきた。
忘れないように、忘れられない様に、妖怪と人間の間で内容も変わってゆく幻想郷縁起の様に、私もまたこの先で、転生を続ける阿礼乙女としての形を変えていくのだろう。
「おはようございます阿求様。今起きたのですね。お友達ですよ」
私が起きたのを察したのか、引き戸を軽く叩いて部屋に入って来た給仕と共に、見慣れた顔が給仕の後ろにいた。
「おはよう阿求。もしかしてまた夜遅くまで起きていたの?」
私が太陽の下で大きく体を伸ばしたのを見て、私と対して変わらない背丈の小鈴はそう考えたのだろう。まったくもってその通り。
本居小鈴。私の大切な友人の一人。
私が夜遅くまで作業していた事に、呆れている小鈴を見て私は思う。
寿命の関係が無い、妖怪の友人は転生してもまた会う事が出来るけど、小鈴の様な人間は一度その生を終えてしまったら、私に前にはもう二度と姿を現してはくれない。記憶の中の思い出だけになってしまう。
それは変えられない変化であり、いずれ訪れる結末。それを考えると、私はどうしても胸を締め付けられてしまう。
まるで、賑やかな宴会を終えた様な、みんながいなくなった後、私一人だけがそこに残されてしまった様な、息が詰まる気持ちと虚無感。
ああ、そうか。
夢の中の風景は、私の役割が終わった時と、転生した時に私が抱く心の中の風景なのだ。
ゼロから始める時、きっと今まで、私は転生するその時も、もう戻ってくる事のない友人たちを思い出し、何もかも失ってしまった、どうしようもない虚無感と悲しさに見舞われるのだろう。
それは閻魔様に罪を裁かれるのよりも、最も恐ろしい事。
何もかもを失い、一からやり直す。楽しい記憶だけが残っているのに、その人達はもういない。二度と戻らないそれを考えると、とても苦しくて寂しい。その時に私は決まって夢に出てくるこの風景を連想してしまうのだ。行った事も無い、見たことも無い。悲しい風景を。
そして、私が役目を終えた時。私もその記憶の中にいる人と一緒になる事、誰かの記憶の中だけの存在になる事が怖いのだ。
これは恐らく私にとって本当の死のイメージ。私がいなくなった時、残された人たちは私と同じ風景を連想していくのだろうか?
「阿求。どうかしたの?泣きそうな顔をして?怖い夢でも見たの?」
小鈴の声と髪飾りに付けている、凛と響く鈴の音を聞いて私は我に帰り、小鈴に指摘されて、また涙を流しそうになっていた自分に気づく。
すでに給仕の姿はいなくなっており、だだっ広い部屋の中で、襖の前に立っている小鈴が私の顔を心配そうに見ているだけ。
「いいえ、怖い夢なんて見てないわよ、小鈴。それよりもどうかしたの?急にこっちに来るなんて」
でも、私はまだ十年とちょっとの時間しか生きていない。それならば、私はそのいつか訪れるだろう終わりの景色を克服しよう。
「阿求。あなた私と今日この屋敷に来る約束をしていたでしょう?まさか忘れたの?それとも寝ぼけているの?」
「小鈴。私に限って忘れるは無いわよ。ただ、昨日はちょっと忙しくて、寝る時間が遅かっただけ。時間がずれただけで、きっと睡眠時間は変わらないわよ。今どのくらいなの?」
そして、今までの何気ない会話を覚えて、夢に出てくる景色に花を添えよう。
「どのくらいって……。もうとっくに昼を過ぎているわよ」
どのくらいの時間がかかるかわからないけど。
「もうそんな時間なの?」
それを本にして、阿礼乙女として、誰かに覚えてもらえるように、自分がどのような存在であったのか、今いる私の物語で終わりの景色に色を付けていこう。
そうすればきっと、私も終わりの景色から一歩、足を踏み出すことが出来るのだから。
「もうそんな時間」という一言が中々重い