注意、このお話は東方projectの二次創作です。
オリ設定が多数存在します。
季節の変わり目、息も白さを覚える頃。
今日も人里に近い妖怪寺、命蓮寺では修行僧、見習い僧、若しくは奉公人。
皆が皆、朝も早くから修行や奉公に勤しんでいた。
整備された散歩道を歩く者がいれば、寺で薪を割る者がいる。
滝に打たれる者がいれば、食事を作る者がいる。
それぞれが決めた事、決められた事に没頭していた。
そんな中、早朝の読経と時刻知らせの鐘打ちを終えた雲居一輪は静かに墨を擦っている。
部屋には擦る音が響き、開け放たれた部屋からも同様の音が聞こえていた。
一輪を守るべき大輪たる雲山は、普段からは思い浮かべられぬ程柔和な小さい姿で見守っていた。
墨を擦り終わった一輪。 その顔は普段と同じ聡明さを匂わせる非常に凛々しい顔である。
しかし、その雰囲気は何処となく煩悩に塗れていると思わせる。 非常に微量、おくびにも出していない。
その理由はすぐに判明した。
「よし、出来た」
普段とは違い頭巾を被っていない彼女は空色の髪を後ろで結っていた。
墨で髪を汚さない為の処置であろう。
そんな彼女が和紙に書いた文字は”聖様愛”であった。
彼女の為に言わせて頂ければ、一輪の表情は非常に晴れやかであり、黒い感情を前面に出した歪んだ愛を纏っている訳ではない。
憧れた人物に対しての真っ直ぐな感情、所謂羨望をそのまま表現しただけなのである。
見たまえ、長い空色の睫毛をふるふると震わせ、聖様こと聖白蓮に対して向ける少女の如き可愛らしい表情を……。
そんな訳で一輪の感動を傍で見ていた雲山も普段の表情に戻り、最も信頼できる友人の感動にうんうんと頷いていた。
そんな時である。
「一輪。いるかしら?」
感動の余韻に浸っている一輪に不意の訪問が訪れた。
訪れた人物は、一輪の憧れの……信仰にも似た感情を寄せる聖白蓮当人であった。
「聖様……姐さん。 私の部屋に一体何様で?」
鉄面皮と疑われる程、冷静沈着で如何な状況にも狼狽えず冷酷無比に決断を下す。
そう呼ばれてもおかしくはない、正確無比なカラクリ仕掛けの脳髄は、全機能を視覚に奪われた。
ここに狼藉者が乱入し、聖を襲う……。
そんな事でも起これば一輪の全能力は復帰し非常に非常に最高に格好良い姿をお披露目出来るのであるが、残念ながら、そんな事は都合良く起こる筈もない。
ただ、目の前に憧れの人物が突如現れ、取り乱すばかりである。
「一輪。 良い出来ね。 字が上手いわ」
語彙の多い聖が回りくどい言葉を多用せず、一言で一輪を褒める。
純粋に嬉しかったのか、それとも信頼故であるか、それは当人達にしか解らない。
ただ、褒められた一輪は先の慌てた感情を整理する事が出来た。
冷静さを取り戻すと、手を合わせて頭を下げた。
「ふー……所で何か用でしょうか?」
「あら? 忘れたの? 今日は買い出しの日でしょう?」
忘れたの? の段階で一輪の頭は目まぐるしく動き始めた。
彼女の慕う聖との言葉を忘れた事がない。 聖の事であれば何でも応えられる自負があったからだ。
「むむむ、何でしょうか? 買い物は昼からの筈ですし……他には……」
「そう、それよ」
「え?」
傍から聞けば驚く程間の抜けた声。 一輪の口から洩れたものだ。
「今日は朝市があるのよ」
「ええ、先日回覧が来ていましたね」
「折角ですもの。 買い物の時間を早くしようと思って。 あら? 言ってなかったかしら?」
一輪に連絡はない。 元より他人を無条件で信用する人の良さである。
思い込みが激しいと言い換えてもおかしくはない。
それ故か、聖は連絡したと思い込んでしたのかもしれない。
「あら? ごめんなさい一輪」
「いいえ、良いですよ。 少し片付けに時間を頂きますが」
「ええ、準備が出来たら。 私の部屋に来て頂戴……それと……」
「まだ、何かありますか?」
片付けを始めていた一輪は顔を向けずに質問を聞いた。
それに対して何も咎めず、一言だけ聖は言う。
「その字、私も嬉しいわ」
そう言い残し部屋を後にする聖。 残された一輪の時が止まっていた。
恥ずかしい等と思う事はないが、憧れの人に対して、その思いを綴った言葉を褒められた事に感動にも似た感情を感じていた。
先に整理した筈の感情がぶり返し顔は驚く程に赤く、自分でも信じられぬ程に熱くなっていた。
優先すべき用事があるが片付けは遅々として進まず、それでも一輪は優秀な手腕を発揮し時間には間に合わせるのである。
日は昇り始め辺りを照らしていく。
一輪の忙しさは騒がしい一日を予感させてくれている様であった。
~~~~~
元より寺の位置は里と近い。
日が昇り始める前から、里では賑やかに準備が行われていた。
それが、朝市の始まりと共に人が続々と増えていく。
本日は更に祭りも同時に行われる予定だ。 人の多さは想像に絶する程である。
どこにこれだけの人妖が住んでいるか不思議に思う程だ。
祭りでの催し物が行われる予定の広場では、準備と言う名の催しが行われていた。
幽霊楽団に鳥獣伎楽、堀川雷鼓と付喪神達、その他にも音楽団や劇団等が音を鳴らし、本番よりも軽い演技を行い、待つ人々へ癒しを与えていた。
お祭り好きの人妖達は、日も昇らぬ朝から酒をあおっては道行く人々の様子や催しの準備を見ては大いに楽しんでいた。
里に到着した聖と一輪は荒波に揉まれていた。
卑猥な意味では無く文字通り、集まった人に押されていたのだ。
身体強化をすれば、山を吹き飛ばす八卦炉の魔砲にさえ耐える身体になる聖であるが、普段は少女並の力しか出ない。
勿論、今の彼女は後者の状態である。
「きゃっ!」
集まり過ぎた人々が押し引きする様は、潮の満ち引きの様である。
人に酔ったか、それとも聖の苦しむ姿を見るのが嫌なのか、一輪は場所もわきまえずに相棒の名を叫んだ。
「雲山!」
突如現れた厳つい顔の入道雲。 それも、見越し入道と言う名の首狩り入道。
一輪を中心にして円形に人妖が下がって行く。
一輪の目は本気の目であった。 鬼気迫り、自分の慕う者を全力で護る決意に満ちていた。
この場に於いては空気を読んでおらず、要らぬ行動と言わざるをえないが。
人の数も人の数だ。
この場を例えるなら、地平線を隠し、空を覆い、見渡す限り一面を人妖が占めている。
一輪の行動は、取り越し苦労の一言で済ませて良い訳でも無かった。
「はぁ、はぁ、一輪! 控えなさい!」
多少、息を乱し弟子を窘める聖であったが、人々の目は彼女にではなく別の所に向けられた。
集めた人物は一輪でもない。 寧ろ彼女もその方向を見ざるをえなかった。
「天が呼ぶ! 地が呼ぶ! 人が呼ぶ!」
突如この場を襲った、緊迫感漂う空気は彼女が現れたからではない。
先より催しを行う会場にて練習をしていた一つの音楽隊が緊迫感を漂わせる音を発していたのだ。
日の光が射し、声を発する者の姿を隠す。
正義の英雄か? 悪の大帝か? それとも、無差別殺人鬼か?
人妖は目を背けられず、固唾を飲み、目を細め、その姿を追った。
「妖怪滅っせと我を呼ぶ! 妖怪寺の妖怪よ、遂に尻尾を見せ追ったな!」
同時に音楽隊は、英雄の到来を予感させる音楽に切り替える。
風水でも操られた様に、薄雲が太陽を覆い、声の主の姿を現させた。
「我、参上! 人間を脅かす妖怪め、今この場で我が退治してくれようぞ」
姿を見た人妖は、各々声を上げる。 場がどよめいた。
その騒ぎは先の比では無い。
それもその筈、姿を現した少女、物部布都は場所を問わずに妖怪と諍いを起こす事で有名なのだ。
酔っぱらいが煽る中、周りの人々は遂に仏教と道教が激突するのかと慄き始めた。
ちなみに先程から音楽を演奏しているのは、道教に帰依している音楽家達である。
~~~~~
一輪を指差す布都、その姿が明らかに戦いを誘っていた。
原因が自分とは言え、黙って下がる訳にもいかない。
引いた所で無理難題を押し付けられる事は目に見えていた。
「どうしてもやる気なのね?」
一輪の言葉に薄ら笑いを浮かべる。 騒ぎの原因はお主だ。
とでも言いたげだ。
「騒ぎの原因はお主じゃろ? 我は騒ぎの原因を断ちに来ただけじゃ」
一輪の心を見透かした一言であった。
だが、ここで引き下がる訳にはいかない。
寺の為、信者の皆の為、何より慕っている聖の為。
「どうあっても引かないのであれば、返り討ちにしてあげる」
「ほう? 面白い。 いつかの時の様に痛い目を見せてくれようぞ」
二人の戦いは最早避けて通れぬ道であった。
そこに至り、周りで歓声が上がる。
騒ぎ好きの人妖達。 いつかの騒ぎの様に盛り上がった。
屋根に上り、通り沿いに並び、酒飲み達が倍以上に増え、妖怪兎や河童がどこからともなく現れた。
宙にて対峙しようと地を蹴る一輪と布都。 その刹那である。
まるで、大木に轟雷でも降ったのでは、と思う程の音が辺り一面に広がった。
目を瞑り、耳を塞ぐ一同。
おそるおそる、目を開いた人妖が見た光景は、大タンコブを携え、頭を抱える二人の姿であった。
「いい加減にしなさい!」
人が良いと言われる聖が怒りを露わにしていた。
その凛々しくも麗しい怒り顔は、彼女を慕う信者、非信者を問わずに魅了した。
声を聞き顔を見て気絶する女性もいた様だ。
「一輪! 何ゆえ私闘を演じようとするのですか? 人妖が手を取り合う世を作る為に戦いは不要です」
「あ……が……すみません姐さん」
「貴女も貴女です。 避けられる戦を何故広めるのです? 貴女の太子様とは話し合いが出来るのに、何故貴女は話し合おうとはしないのです」
「おのれ……人を誑かす妖言にて我を懐柔しようとするか……」
一言の説教を行い、周りを向いた。
先の怒りは最早なく、そこには申し訳なさそうにする女性しかいなかった。
姿勢を正して、手を下腹部の辺りで組んだ。
「皆様……」
「いかん! いかんのう! 聖殿……」
謝罪しようとする聖を制する声が響く。
それも、集まりも集まった人妖の中から。 誰も彼もが正体を知りたく騒ぎ始めた。
と、人妖が綺麗に左右に分かれ、とある酒場で酒をあおっている少女が姿を見せられる。
「おっと、お呼びかのう?」
「マミゾウさん……」
机から少しふらつきながらも、人妖が分かれ作られた道を進む大きな尻尾の化け狸。
二ッ岩マミゾウが悠然と歩みを進めた。
「お主には見えるか? この場に居る人々の目が……いつも驚きを提供する身としては、こんな面白い事を中断されると困るじゃて」
ニヤリと笑みを浮かべたマミゾウに人々は歓声を上げた。
これにて幕切れと思われた大騒ぎが再開されると誰もが思ったからだ。
頭を抱えていた二人が立ち上がる。 地を蹴ると、宙に浮かび上がった。
「怖気付いたのであれば、負けを認めても良いぞ? 寺を焼いて手打ちとするがな」
「そんな事はさせない。 今日こそ私が勝つ! 雲山と一緒に!」
~~~~~
未だ戦いは続いていた。
一輪が戦い、聖が戦い、今はマミゾウが戦っている。
全戦全勝の布都は得意絶頂であった。
「それにしても、あの娘が来てくれて本当に良かったわ」
「何が良いんですか? 私も姐さんも大衆の前でみっともなく負けてしまいましたし……」
一戦終わって、近くの茶屋で休憩をする二人。
いつもの良い笑顔をしている聖とは対称的に一輪は負けた事に機嫌を損ねていた。
「もし、あの娘が来なかったら、一輪が騒ぎを起こしたとして退治されていたわ。 それでは悲しいもの」
「え?」
騒ぎを起こした事は事実だが、そんな事は思いもよらなかった。
目を丸くしながらも、布都とマミゾウの戦いに目をやる。
そこには、一度しか勝てなかった宿敵の姿が目に入った。
「姐さん、少しお礼参りに行ってきます」
「早く帰ってきてね」
席を立った一輪は、未だ戦いの途中だと言うのに、地を蹴った。
げんこつスマッシュという声の後にマミゾウが小さく声を上げた。
一輪の姿を見送り、人と元人と妖怪が笑い合う姿を見ていた。
この娘達と一緒なら、以前は無理であった人妖平等で争いの無い世の中を作れると思わせてくれる様であった。
布都と戦う一輪の身を案じる聖からは、確かな愛情が見て取れたのであった。
オリ設定が多数存在します。
季節の変わり目、息も白さを覚える頃。
今日も人里に近い妖怪寺、命蓮寺では修行僧、見習い僧、若しくは奉公人。
皆が皆、朝も早くから修行や奉公に勤しんでいた。
整備された散歩道を歩く者がいれば、寺で薪を割る者がいる。
滝に打たれる者がいれば、食事を作る者がいる。
それぞれが決めた事、決められた事に没頭していた。
そんな中、早朝の読経と時刻知らせの鐘打ちを終えた雲居一輪は静かに墨を擦っている。
部屋には擦る音が響き、開け放たれた部屋からも同様の音が聞こえていた。
一輪を守るべき大輪たる雲山は、普段からは思い浮かべられぬ程柔和な小さい姿で見守っていた。
墨を擦り終わった一輪。 その顔は普段と同じ聡明さを匂わせる非常に凛々しい顔である。
しかし、その雰囲気は何処となく煩悩に塗れていると思わせる。 非常に微量、おくびにも出していない。
その理由はすぐに判明した。
「よし、出来た」
普段とは違い頭巾を被っていない彼女は空色の髪を後ろで結っていた。
墨で髪を汚さない為の処置であろう。
そんな彼女が和紙に書いた文字は”聖様愛”であった。
彼女の為に言わせて頂ければ、一輪の表情は非常に晴れやかであり、黒い感情を前面に出した歪んだ愛を纏っている訳ではない。
憧れた人物に対しての真っ直ぐな感情、所謂羨望をそのまま表現しただけなのである。
見たまえ、長い空色の睫毛をふるふると震わせ、聖様こと聖白蓮に対して向ける少女の如き可愛らしい表情を……。
そんな訳で一輪の感動を傍で見ていた雲山も普段の表情に戻り、最も信頼できる友人の感動にうんうんと頷いていた。
そんな時である。
「一輪。いるかしら?」
感動の余韻に浸っている一輪に不意の訪問が訪れた。
訪れた人物は、一輪の憧れの……信仰にも似た感情を寄せる聖白蓮当人であった。
「聖様……姐さん。 私の部屋に一体何様で?」
鉄面皮と疑われる程、冷静沈着で如何な状況にも狼狽えず冷酷無比に決断を下す。
そう呼ばれてもおかしくはない、正確無比なカラクリ仕掛けの脳髄は、全機能を視覚に奪われた。
ここに狼藉者が乱入し、聖を襲う……。
そんな事でも起これば一輪の全能力は復帰し非常に非常に最高に格好良い姿をお披露目出来るのであるが、残念ながら、そんな事は都合良く起こる筈もない。
ただ、目の前に憧れの人物が突如現れ、取り乱すばかりである。
「一輪。 良い出来ね。 字が上手いわ」
語彙の多い聖が回りくどい言葉を多用せず、一言で一輪を褒める。
純粋に嬉しかったのか、それとも信頼故であるか、それは当人達にしか解らない。
ただ、褒められた一輪は先の慌てた感情を整理する事が出来た。
冷静さを取り戻すと、手を合わせて頭を下げた。
「ふー……所で何か用でしょうか?」
「あら? 忘れたの? 今日は買い出しの日でしょう?」
忘れたの? の段階で一輪の頭は目まぐるしく動き始めた。
彼女の慕う聖との言葉を忘れた事がない。 聖の事であれば何でも応えられる自負があったからだ。
「むむむ、何でしょうか? 買い物は昼からの筈ですし……他には……」
「そう、それよ」
「え?」
傍から聞けば驚く程間の抜けた声。 一輪の口から洩れたものだ。
「今日は朝市があるのよ」
「ええ、先日回覧が来ていましたね」
「折角ですもの。 買い物の時間を早くしようと思って。 あら? 言ってなかったかしら?」
一輪に連絡はない。 元より他人を無条件で信用する人の良さである。
思い込みが激しいと言い換えてもおかしくはない。
それ故か、聖は連絡したと思い込んでしたのかもしれない。
「あら? ごめんなさい一輪」
「いいえ、良いですよ。 少し片付けに時間を頂きますが」
「ええ、準備が出来たら。 私の部屋に来て頂戴……それと……」
「まだ、何かありますか?」
片付けを始めていた一輪は顔を向けずに質問を聞いた。
それに対して何も咎めず、一言だけ聖は言う。
「その字、私も嬉しいわ」
そう言い残し部屋を後にする聖。 残された一輪の時が止まっていた。
恥ずかしい等と思う事はないが、憧れの人に対して、その思いを綴った言葉を褒められた事に感動にも似た感情を感じていた。
先に整理した筈の感情がぶり返し顔は驚く程に赤く、自分でも信じられぬ程に熱くなっていた。
優先すべき用事があるが片付けは遅々として進まず、それでも一輪は優秀な手腕を発揮し時間には間に合わせるのである。
日は昇り始め辺りを照らしていく。
一輪の忙しさは騒がしい一日を予感させてくれている様であった。
~~~~~
元より寺の位置は里と近い。
日が昇り始める前から、里では賑やかに準備が行われていた。
それが、朝市の始まりと共に人が続々と増えていく。
本日は更に祭りも同時に行われる予定だ。 人の多さは想像に絶する程である。
どこにこれだけの人妖が住んでいるか不思議に思う程だ。
祭りでの催し物が行われる予定の広場では、準備と言う名の催しが行われていた。
幽霊楽団に鳥獣伎楽、堀川雷鼓と付喪神達、その他にも音楽団や劇団等が音を鳴らし、本番よりも軽い演技を行い、待つ人々へ癒しを与えていた。
お祭り好きの人妖達は、日も昇らぬ朝から酒をあおっては道行く人々の様子や催しの準備を見ては大いに楽しんでいた。
里に到着した聖と一輪は荒波に揉まれていた。
卑猥な意味では無く文字通り、集まった人に押されていたのだ。
身体強化をすれば、山を吹き飛ばす八卦炉の魔砲にさえ耐える身体になる聖であるが、普段は少女並の力しか出ない。
勿論、今の彼女は後者の状態である。
「きゃっ!」
集まり過ぎた人々が押し引きする様は、潮の満ち引きの様である。
人に酔ったか、それとも聖の苦しむ姿を見るのが嫌なのか、一輪は場所もわきまえずに相棒の名を叫んだ。
「雲山!」
突如現れた厳つい顔の入道雲。 それも、見越し入道と言う名の首狩り入道。
一輪を中心にして円形に人妖が下がって行く。
一輪の目は本気の目であった。 鬼気迫り、自分の慕う者を全力で護る決意に満ちていた。
この場に於いては空気を読んでおらず、要らぬ行動と言わざるをえないが。
人の数も人の数だ。
この場を例えるなら、地平線を隠し、空を覆い、見渡す限り一面を人妖が占めている。
一輪の行動は、取り越し苦労の一言で済ませて良い訳でも無かった。
「はぁ、はぁ、一輪! 控えなさい!」
多少、息を乱し弟子を窘める聖であったが、人々の目は彼女にではなく別の所に向けられた。
集めた人物は一輪でもない。 寧ろ彼女もその方向を見ざるをえなかった。
「天が呼ぶ! 地が呼ぶ! 人が呼ぶ!」
突如この場を襲った、緊迫感漂う空気は彼女が現れたからではない。
先より催しを行う会場にて練習をしていた一つの音楽隊が緊迫感を漂わせる音を発していたのだ。
日の光が射し、声を発する者の姿を隠す。
正義の英雄か? 悪の大帝か? それとも、無差別殺人鬼か?
人妖は目を背けられず、固唾を飲み、目を細め、その姿を追った。
「妖怪滅っせと我を呼ぶ! 妖怪寺の妖怪よ、遂に尻尾を見せ追ったな!」
同時に音楽隊は、英雄の到来を予感させる音楽に切り替える。
風水でも操られた様に、薄雲が太陽を覆い、声の主の姿を現させた。
「我、参上! 人間を脅かす妖怪め、今この場で我が退治してくれようぞ」
姿を見た人妖は、各々声を上げる。 場がどよめいた。
その騒ぎは先の比では無い。
それもその筈、姿を現した少女、物部布都は場所を問わずに妖怪と諍いを起こす事で有名なのだ。
酔っぱらいが煽る中、周りの人々は遂に仏教と道教が激突するのかと慄き始めた。
ちなみに先程から音楽を演奏しているのは、道教に帰依している音楽家達である。
~~~~~
一輪を指差す布都、その姿が明らかに戦いを誘っていた。
原因が自分とは言え、黙って下がる訳にもいかない。
引いた所で無理難題を押し付けられる事は目に見えていた。
「どうしてもやる気なのね?」
一輪の言葉に薄ら笑いを浮かべる。 騒ぎの原因はお主だ。
とでも言いたげだ。
「騒ぎの原因はお主じゃろ? 我は騒ぎの原因を断ちに来ただけじゃ」
一輪の心を見透かした一言であった。
だが、ここで引き下がる訳にはいかない。
寺の為、信者の皆の為、何より慕っている聖の為。
「どうあっても引かないのであれば、返り討ちにしてあげる」
「ほう? 面白い。 いつかの時の様に痛い目を見せてくれようぞ」
二人の戦いは最早避けて通れぬ道であった。
そこに至り、周りで歓声が上がる。
騒ぎ好きの人妖達。 いつかの騒ぎの様に盛り上がった。
屋根に上り、通り沿いに並び、酒飲み達が倍以上に増え、妖怪兎や河童がどこからともなく現れた。
宙にて対峙しようと地を蹴る一輪と布都。 その刹那である。
まるで、大木に轟雷でも降ったのでは、と思う程の音が辺り一面に広がった。
目を瞑り、耳を塞ぐ一同。
おそるおそる、目を開いた人妖が見た光景は、大タンコブを携え、頭を抱える二人の姿であった。
「いい加減にしなさい!」
人が良いと言われる聖が怒りを露わにしていた。
その凛々しくも麗しい怒り顔は、彼女を慕う信者、非信者を問わずに魅了した。
声を聞き顔を見て気絶する女性もいた様だ。
「一輪! 何ゆえ私闘を演じようとするのですか? 人妖が手を取り合う世を作る為に戦いは不要です」
「あ……が……すみません姐さん」
「貴女も貴女です。 避けられる戦を何故広めるのです? 貴女の太子様とは話し合いが出来るのに、何故貴女は話し合おうとはしないのです」
「おのれ……人を誑かす妖言にて我を懐柔しようとするか……」
一言の説教を行い、周りを向いた。
先の怒りは最早なく、そこには申し訳なさそうにする女性しかいなかった。
姿勢を正して、手を下腹部の辺りで組んだ。
「皆様……」
「いかん! いかんのう! 聖殿……」
謝罪しようとする聖を制する声が響く。
それも、集まりも集まった人妖の中から。 誰も彼もが正体を知りたく騒ぎ始めた。
と、人妖が綺麗に左右に分かれ、とある酒場で酒をあおっている少女が姿を見せられる。
「おっと、お呼びかのう?」
「マミゾウさん……」
机から少しふらつきながらも、人妖が分かれ作られた道を進む大きな尻尾の化け狸。
二ッ岩マミゾウが悠然と歩みを進めた。
「お主には見えるか? この場に居る人々の目が……いつも驚きを提供する身としては、こんな面白い事を中断されると困るじゃて」
ニヤリと笑みを浮かべたマミゾウに人々は歓声を上げた。
これにて幕切れと思われた大騒ぎが再開されると誰もが思ったからだ。
頭を抱えていた二人が立ち上がる。 地を蹴ると、宙に浮かび上がった。
「怖気付いたのであれば、負けを認めても良いぞ? 寺を焼いて手打ちとするがな」
「そんな事はさせない。 今日こそ私が勝つ! 雲山と一緒に!」
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未だ戦いは続いていた。
一輪が戦い、聖が戦い、今はマミゾウが戦っている。
全戦全勝の布都は得意絶頂であった。
「それにしても、あの娘が来てくれて本当に良かったわ」
「何が良いんですか? 私も姐さんも大衆の前でみっともなく負けてしまいましたし……」
一戦終わって、近くの茶屋で休憩をする二人。
いつもの良い笑顔をしている聖とは対称的に一輪は負けた事に機嫌を損ねていた。
「もし、あの娘が来なかったら、一輪が騒ぎを起こしたとして退治されていたわ。 それでは悲しいもの」
「え?」
騒ぎを起こした事は事実だが、そんな事は思いもよらなかった。
目を丸くしながらも、布都とマミゾウの戦いに目をやる。
そこには、一度しか勝てなかった宿敵の姿が目に入った。
「姐さん、少しお礼参りに行ってきます」
「早く帰ってきてね」
席を立った一輪は、未だ戦いの途中だと言うのに、地を蹴った。
げんこつスマッシュという声の後にマミゾウが小さく声を上げた。
一輪の姿を見送り、人と元人と妖怪が笑い合う姿を見ていた。
この娘達と一緒なら、以前は無理であった人妖平等で争いの無い世の中を作れると思わせてくれる様であった。
布都と戦う一輪の身を案じる聖からは、確かな愛情が見て取れたのであった。
おもろー