Coolier - 新生・東方創想話

真夏の空と地上の星。

2009/09/21 18:40:58
最終更新
サイズ
21.23KB
ページ数
1
閲覧数
891
評価数
3/22
POINT
1150
Rate
10.22

分類タグ







 ――さらさらと、遠く水音が聞こえる。
 そしてそれを掻き消すほどの、無数の虫たちの蠢く音と草木の擦れ合う音。深夜の森林の中は、驚くほど沢山の物音で溢れている。夕立の湿り気がまだ抜け切らない夏の頃だ。
 ふと、地面を行きかう虫たちの中から、一つ小さな光が漏れた。蛍だ。その小さな輝きに追随するように他の蛍からも次々にほのかな灯が上がり、次第に暗かった草むらの中が明るくなっていく。地面を埋め尽くすほどの無数の蛍は、いつしか大きな一つの明滅する輝きとなって濡れた地面を、草木を照らした。
 それにつられたように、地面を這うような高さで黄色い光を放つ蛍達が飛んでくる。空中を旋回する蛍と地面や草の上で光る蛍は、互いに交信するように光を向け合い、遠くから見れば一個の光球のようになって蠢いていた。無数の蟲で出来るモザイク模様。
 その虫たちの作る一枚絵のような景色を、草むらに突き立つように残った枯れ木の上から眺めている一匹の蛍がいた。他の蛍より一回り大きな体を持った、少し異質な蛍だった。
 光を放つこともなく、群れからも離れた一匹のその蛍は、その光の群れからむしろより離れるように、一心不乱にその枯れ木を昇っていた。ちらちらと近づいてくる他の蛍にも目を向けず、ただ懸命に、その枯れ木の一番上を目指している。

 ……てっぺんへ。一番高いところへ。

 彼女の心を満たしているのは、ただその一心である。
 その一匹の蛍が一番高い場所を目指しているのは、彼女の中にあった本能によるものだった。一番高いところで光を放って、そこまでたどり着けた蛍とだけ結ばれる。それが一番強い子を残すために、最もいいことだと彼女の本能がそう告げていたのだ。
 しばらくして、彼女は枯れ木の頂上まで登った。他の蛍たちの光は、もはや彼女のはるか下である。他の虫たちを眼下に、彼女はようやくその大きな体から一際強い光を放ち始めた。その輝きは一匹の蛍のものとは思えないくらい強くて、激しい明滅だった。その輝きに当てられたのか、空を飛んでいた蛍の中からいくつかが、彼女の方に向かって翅を広げて飛び立った。しかし、その全てが彼女のいるところまで飛びきることが出来なくて、諦めたように再び地面のほうへ戻っていく。
 これでいい。彼女は思った。自分のところまでたどり着ける蛍なんてほとんどいないだろう。だからこそ、ここで輝いているのが一番なのだ。きっとここまでたどり着けるものとなら、強い子が残せるだろう。それこそ、次の蛍たちの中で王になれるくらいの。
 彼女がそう思っている間にも、いくつもの蛍が彼女の高さを目指して、そして諦めていった。どこか強い雄はいないの、と思いながらまた激しい灯を灯すけれども、それでもたどり着く蛍は一匹たりともいなかった。
 そこでもし、彼女の所までたどり着く蛍が一匹でもいたなら、きっと彼女は一匹の蛍として、生を終えただろう。強い子を残して、満足して死んでいけただろう。あるいはその仲間たちから視線を逸らさなければ、少なくとも小さな虫のままで終わっていただろう。
 しかし彼女はそこで振り向いてしまった。自分までたどり着けない仲間に嘆息をつき、興味を失って後ろへ振り向いてしまった。

 ……あ。

 映ったのは、無数の星達。
 振り向いた彼女の眼に飛び込んできたのは、さきほどまで見下ろしていた虫たちの光なんて比較にならないほど強く輝く星達だった。
 明るく輝く三角の星に、光が帯のように広がった夜空。おびただしい数の星々が青から赤まで、様々な色で空から光を降らす。それは蛍の小さな輝きではとても届かないくらい、とても大きな光の世界だった。自分の放つ光なんて消し飛んでしまうくらいの、強い灯だった。
 彼女が思わずその光景に息を飲んだ時、夏空を一筋の流れ星が切り裂いていった。

……綺麗だ。

 それが彼女、リグル・ナイトバグの、最初の記憶である。





 この夏も、幻想郷は変わらない暑さが続いていた。

「……っ蛍符「地上の彗星」!」
「これで決めるぜ……彗星「ブレイジングスター」!」

 少女二人の叫び声と共に、魔法の森に激しい音が響き渡った。その地面さえ揺らすような轟音に、無数の鳥が慌てて飛び去っていく。空中に撒き散らされた弾幕の一部が、森の上に飛び出してその光を散らしていった。
 ややあって、激しい弾幕の音が収まる。弾幕の輝きの後には、地面に落ち大の字に転がるリグル・ナイトバグと、箒を片手に一息つく霧雨魔理沙の姿があった。
 弾幕があたったのか、ひらひらと落ちて来た木の葉が一枚、リグルの顔の上に落ちた。

「っくしゅん!」

 くしゃみの勢いで跳ねる木の葉を見て、魔理沙が笑い声を上げる。

「……しかし、お前も懲りないなー。ま、私は新作の練習とか色々あるからありがたいし、弾幕も前より随分上手くなってるとは思うが……ぶっちゃけ、お前の弾幕で私に勝つのは難しいぜ?」
「いいの!」がばっと体を上げ、リグルは魔理沙の顔を睨んだ。「私だって一応目的があってやってるんだから」
「ま、リグルがいいなら私は別にいいけどな」

 そう言って魔理沙は嘆息すると、いつもの白黒帽子を取って団扇代わりに首筋を扇いだ。

 二人がこうやって弾幕勝負をするようになったのは、しばらく前からのことだった。永夜異変ののち、ある日博麗神社で霊夢と共に茶を飲んでいた魔理沙に、突然現れたリグルが勝負を仕掛けてきたのである。訳が分からないながらもその日魔理沙はリグルを倒したわけだが、その日を境にリグルはまるで魔理沙を付け狙うように何度も唐突に現れ、弾幕勝負を仕掛けてくるようになった。
 初めは適当にあしらったり、その足の速さで逃げてみたりと魔理沙も適当に対処していたのだが。そのあまりの頻度に根負けした魔理沙はいつからか弾幕勝負を定期的に受けるようになったのだ。それから季節問わず、リグルと魔理沙はこうして何度も戦いを繰り返している。
リグルの目的はともかく、魔理沙としてはあまり新技を人に見せたくはないものだったので、こうして繰り返して勝負をしてくれる相手は実は貴重だった。あまり人間関係は広くないし、霊夢やアリスといった相手をしてくれそうな友人たちは、むしろ完成した新技で勝負したい相手である。不完全な弾幕を気安く人に見せられるわけではないし、だからと言って対人戦で試さずに使うのは心もとない。そういう意味で、リグルが勝負を仕掛けてくれるのは魔理沙としてもありがたかった。

 とはいえ、こうも暑い日に繰り返し弾幕勝負をするのは人間の魔理沙としてはちょっとつらいものがあった。魔理沙が空を見上げると、そこには煌々と光を撒き散らす太陽。そのぎらぎらした光を嫌うように魔理沙は再び帽子を被ると、ミニ八卦炉に魔力を注いで送風モードで風を自分に送り始めた。ともかく暑いのである。
 額に浮いた汗をぬぐっていると、リグルが横から近づいてきた。

「涼しー」
「……八卦炉の風はお前のための機能じゃないぜ?」言いながら、少しリグルの方へ八卦炉の口を向ける。「ていうか蛍なら暑いのとか大丈夫そうな感じがするけど、そうでもないのか。尻に火がついてるし」
「あれ火じゃないから……。蛍は涼しい山奥にしかいないんだよ。それに私もう妖怪だし」
「妖怪なら余計に大丈夫そうな感じがするんだが? まあいい、とりあえずその辺に座って一休みだ」

 木陰に座ると、少しばかり暑さも薄らいだ気がした。二人同時に小さく息を吐く。ミニ八卦炉は全力機動で絶賛送風中だ。湿気の多い魔法の森ではあまり涼しい感じはしないが、まあないよりはマシである。

「しかし、何で私なんだぜ?」

 周囲に集まっていた虫と戯れていたリグルに、魔理沙はそう問いかけた。ん? と首を傾げるリグルに、魔理沙は帽子を取って汗に濡れた髪を気にしながら言う。

「普段チルノとかミスティアとも遊んでるんだろう? 弾幕勝負するならその辺に頼んでもいいじゃないか」
「……まあそうだね」
「この夏の暑い盛りならチルノ辺りとやった方がなにかといいと思うんだが」
「あー、それは涼しそう」

 夏でも元気な妖精の姿を思い浮かべたのか、リグルは目を閉じてそう言う。夏場のアイシクルフォールはもはや人気スポットである。チルノは悔しがっているが。

「じゃあなおさらだな……」
「でも、私とちゃんと本気で弾幕勝負してくれて、しっかり負かしてくれるのは魔理沙だけなんだよ」
「私はいつでも全力全開だからな。……でもなんだ、その、私が言うのもなんだがな。弾幕勝負を必死でやってる妖怪なんてお前くらいのもんだぜ。何があってそんな頑張ってるんだよ」
「それは秘密」

 話を切るようにそう言って、リグルはぱっと立ち上がった。その反応に魔理沙はまたか、と小さく呟いて舌打ちした。こんな感じのやり取りも、もう何度目になるのか数えるのも面倒になってしまった。
というのも、あんなに弾幕勝負をしかけてくる割に、リグルはその弾幕勝負を仕掛けてくる目的とやらを言ってくれないのである。初めは何かの嫌がらせか、あるいはあわよくば何か掠め取ろうとしているのかと色々疑ってみたのだが、繰り返し勝負を繰り返している限り全くそういう様子もなく。結果的になおさらリグルの目的というものに疑問が深まっているのだった。
最近はむしろ、リグルのその目的とやらを探ることの方が目的になりつつある。
座り込んだままの魔理沙がそんなことを考えていることなど想像もしていないのか、リグルは元気が戻ったのか張りのいい笑顔で言う。

「さ、もう一回勝負と行こうよ、魔理沙!」
「ああもう一戦……と、言いたいところだが、今日はこれで打ち止めだぜ」
「えー、なんで?」
「今日はいい感じに晴れてるからな。うちで天体観測をするんだぜ」
「……うー、まあ予定があるなら仕方ないか」

 笑顔から一点、しょげ返って不服そうにリグルは言う。頭の上の触角もへなっと力をなくした。口に出した内容と正反対に素直な反応を取るリグルに自然こみ上げてくる笑いを抑えながら、魔理沙も立ちあがった。
 木に立てかけてあった箒と帽子を手に取る。と、その時しょんぼりした顔をしたリグルを見てふと思いついた。

「そうだ、リグル。もし良かったら、今晩の天体観測お前も見に来るか?」
「え? ……いいの?」

 きょとんとするリグルに、魔理沙は悪戯めいた微笑を返す。

「一人で月見酒もいいが、たまには普段飲まない奴とってのもいいだろ。あ、ただしなんか持って来いよ。ただ酒飲んで帰るなんてそうは問屋がおろさないぜ」
「トンヤって何……まあなんかお酒か何か持っていけばいいわけね」
「そういうことだ。うちの場所は分かるだろ?」

リグルは頷く。仲良くなるうちに住処は把握済みである。というか、ある日の弾幕勝負後の手当てに魔理沙がリグルを家に上げただけだった。雑然とした家の中にいる虫を全部外に出してもらったのも記憶に新しい。魔理沙が想像していた数倍の虫が家から一斉に去っていく風景は思い出したくないものだが。

「夕立が降ってくる前にこいよ。さすがの黒ネズミさんも濡れ鼠を家に上げるのは勘弁だ」
「分かった。なるべく早く行く」
「なるべくうまい酒をお願いするぜ。じゃ、私は先に家に行ってるからな」

 言うが早いか、魔理沙は颯爽と箒に跨ると砂埃を巻き上げる速度で飛び上がっていった。リグルはそれを見届けた後、いつもより少し速いスピードで空を飛んで一路自分の住処へと向かった。
 弾幕勝負しなくても、酒の席ならぽろっとその『目的』とやらを言うかもしれないしな、などと都合のいいことを思いながら、魔理沙は人が踏み込めないような自分の家をどう片付けようか算段を付け始めつつ、まっすぐ自分の家へと箒を進ませた。





「凄い夕立だね。これで天体観測なんてできるの?」

 魔理沙の家の小さな窓から外を覗きながら、リグルはそう尋ねた。外はすぐ近くにある森さえ見えないくらい激しい雨で、リグルの目の前にある窓にも強くぶつかっては弾け飛んでいた。かんかんかん、と屋根を打つ雨音も、いつもより激しいもののように思える。
 しかし魔理沙はリグルの持ってきた酒を片手に、冷静に答える。

「夕立が激しいほどその後は空が良く晴れるもんなんだぜ」
「ふーん、そうなんだ」
「それはともかく、この酒本当にうまいな。果実酒、というか花の香りみたいだが、こんなの飲んだことないぜ……何で出来てるんだ?」
「ムカデ」

 魔理沙が思いっきり酒を噴出した。
べちゃべちゃになったテーブルそっちのけで必死に口を拭っている魔理沙に、リグルが窓から離れて不服そうに言う。

「あーもったいないなぁ! ムカデって言っても普通のムカデじゃないよ。蘭の蘂だけを餌にする特別なムカデなの! それと塩を瓶に入れると、しばらくすると綺麗な蘭の香りのする水に変わるから、それをお酒に加えて……」
「あーもういい分かった分かった」テーブルの上に噴出した酒を拭いながら魔理沙が言う。「うまい酒ならなんの文句もないぜ、ああないない。ムカデが材料だろうがなんでもいい。リグルもこっちに来て酒飲めよ。夕立が上がるまでどうせ暇なんだし」

 魔理沙とテーブルを挟んでリグルも椅子に座る。周囲は良く分からない魔法の本やらキノコの入った瓶やらがそこら中に散乱していたが、テーブル周りだけはなんとかスペースが確保されていた。なんであんな飛んで帰ったんだろうと思ったら片づけしていたらしい。
 と、リグルの前にグラスとそれに注がれた酒らしい液体が差し出された。視線を上げると、すでに軽く出来上がっているのか頬を赤くした魔理沙が飲め、と言わんばかりの据わった目でリグルの方を見ている。
 リグルが口をつけた時、してやったりという顔をして魔理沙が言った。

「魔理沙さん特製ベニテング酒だぜ」

 次に酒を噴出したのはリグルの方だった。





 二人にいい感じにアルコールが回り始めた頃には、夕立はあがり周囲はいつの間にか夜になっていた。ランプの灯の下、弾幕の話やらなにやら色々夢中になって話していた魔理沙は、ふと雨が上がっているのに気付いてから例の目的とやらを聞き出すのを忘れているのを思い出した。まあ、それは後でもいいぜと酒に飲まれた頭で思いつつ、椅子から立ち上がる。結局自分の持ち出した酒を飲んでいたリグルは、何か始めた魔理沙を椅子から立ち上がることもなく眺めた。彼女も随分酒に飲まれているようだ。

「天体観測するの? じゃあ外に出る?」
「いや、うちの天体観測は最新式だからな。家の中でやるんだ」
「? 家の中でってどういうこと?」

 魔理沙はまだ夕立の雫の残る窓を開き外が晴れていることを確認する。おあつらえ向きに、大きな月が丁度正面に出ていた。天体観測日和だ。早速、準備しておいた天体望遠鏡を設置し始めた。三脚を開き、手際よく窓に設置する。ファインダーを覗いて大まかな場所を合わせると、接眼レンズを取り付けてピントを合わせていく。この辺りは魔理沙にとっては慣れた作業だ。
 魔理沙が準備を終えて手を置くと、いつの間にか近づいてきていたリグルが話しかけてきた。

「この筒何?」
「香霖のとこから借りてきた天体望遠鏡って奴だぜ。遠くの星を見るために使う道具だな。ちょっとここの穴を覗いてみな。あ、本体に触るんじゃないぞ。ピントがずれる」
「う、うん」

 魔理沙に言われるがまま、リグルは恐る恐る望遠鏡を覗いてみる。
見えたのは、大きな白い円盤だ。しかしただの円盤ではなく、暗いところや明るいところ、凹凸がある不思議な円盤だ。望遠鏡を覗いたまま器用に首を傾げて、リグルは魔理沙に向かって疑問を投げる。

「なんか白いのが映ってるけど、これ何ー?」
「それは月だぜ。拡大されてるからぱっと見分からないかもしれないけど、良く見ると月の暗いとことかが分かるだろ?」
「……あ、あああ、これ月か! 分かった、分かったよ魔理沙! 凄いね、近づいてみるとこういう風に見えるんだ……!」

 興奮気味にリグルが答えるのに満足し、魔理沙はテーブルに置いた酒を傾ける。リグルは望遠鏡から目を外して直接月を見て、再び望遠鏡を覗き込んで再びおおそっくり、と声をあげた。昔はそうやって見るたび感動してたな、と少し懐かしい気分になる。

「見ようと思えば、私たちの眼じゃ普段見えないような小さい星とかも見えるんだぜ」
「こういうのを見て作ったのがあの星の弾幕なんだねー」望遠鏡を覗き込むままリグルが答える。「そういえばマスタースパークが飛んでくるときもこんな感じに見えるね」
「そういやいっぺん真正面からマスパに突っ込んできたことあったな……殺したかと思ったぜ」
「そう簡単には死なないよ。……ねぇ魔理沙、この月の暗い所は一体何?」
「それはクレーターだな。流れ星みたいな小さい星がぶつかって出来た凹みだ」
「へぇ、結構ぼこぼこしてるけど物凄い一杯流れ星がぶつかっていったんだろうね」

 そんな会話を交わしながら、望遠鏡を使って様々な星を見ていく。月、木星、金星、火星と、リグルが今まで知らなかった様々な星を観察しては、魔理沙が得意げに色々と話した。リグルもそれにふんふんと頷きながら、何度も望遠鏡を覗き込む。さっきまで飲んでいた酒のせいもあって、魔理沙は弟子でも出来た気分で今日は特に饒舌だ。時折魔術関係の話に飛びそうになっては、ひょろひょろと星の話に戻る。リグルも分かっているのかいないのか、ふんふん頷いて望遠鏡に夢中だった。彼女もなんだかんだいいながら酒に相当飲まれているのかもしれない。
 しばらくしてようやく満足したのか、リグルは望遠鏡から目を離して魔理沙に向かって赤ら顔の笑顔を見せた。

「ありがとう魔理沙。普段するみたいな月見と違って色々面白かった!」
「これくらいなら安いもんだぜ。あの酒のお代には足りないくらいだ」
「そんなことないよ、魔理沙がいないと私一生こんなもの見れなかったかもしれないんだから」
「そこまで言われるとさすがに照れるぜ」

 照れる、などと言いながらちょっと自慢げな表情をしているのが魔理沙らしい。リグルの目的を聞くなどという当初の目的はとうの昔に忘れてしまっているようだ。一方、リグルはよほど天体観測に感動したのか、こんなことを言い始めた。

「なんかお返しが出来ればいいんだけど……」一瞬唸るような仕草をして、はっと顔を上げる。「そうだ、蛍狩りに行かない?」
「蛍狩りっていうと、ようするに弾幕勝負ってことか?」

 元気なことだぜ、と思いつつも腕をぐるぐる回す魔理沙に、リグルは全力で両手と首を振って否定した。

「そうじゃなくて! 普通の蛍狩りだよ、見るだけ! いい場所を知ってるんだ。それに、私がいれば魔理沙が見たこともないような景色を見せて上げられると思うよ」

 そう言われると魔理沙としても断る気にはなれなかった。


 少し千鳥足気味にしながら、二人で夜の魔法の森を歩く。灯は月明かりと星明りだけで十分に明るかった。リグルが手を引いていくのに連れられるがまま、まるで妖怪に誘われる人間そのままのように、魔理沙はふらふらと魔法の森の奥へ入っていく。まあ魔法の森の中は魔理沙にとっては庭のようなものだから、どこに連れて行かれても迷うことはほぼないのだが。
 森が奥まっていくに従って、少しづつ月明かりが届かなくなってくる。二人はいつもは弾幕に使う光球を手の上に浮かべ灯代わりにし、たまに暗闇を這う木の根に足を取られながらも、奥へ奥へ入っていった。そういえばあんまり夜の森には入ったことはないな、と魔理沙は思う。キノコを採るのは大概明け方だ。深夜の森は妖怪の類が出てくる可能性もあって鬱陶しいし、そもそも採集したいキノコが暗くて見えやしない。大体自分のいる位置くらいは分かっているつもりだが、深夜の森は随分印象が違ってどこか新鮮な感じがした。
 そんな中でも、リグルは迷いなしにまっすぐ目的地へ歩いているようだった。夜目が利くのか、それとも蟲が教えてくれているのか、どちらにしても便利なものである。そうしてしばらくすると、

「あ、ここだよここ」

 リグルがそう言って魔理沙の手を引いた。深い森を抜けると、そこには小さな小川と、ぽっかりと空いた森の間隙のような空間がそこには広がっていた。この場所を魔理沙も知っているには知っていたが、夜に来たのは初めてだ。リグルに言われて手の中の光球を消した。上が開いているから、光源がなくてもなんとか歩くことくらいは出来る。
 小川の側のごつごつした岩場に上ると、リグルは魔理沙にそこに座っているように言った。空を見上げると、周囲が暗いせいか星明かりがよく見えた。青白いのから赤いのまで、本当に良く見える。星を眺めて酒を飲むには丁度いいスポットだ。どうせなら酒を持ってくれば良かったか、などと今更思ってみる。川のせせらぎがさらさらと耳に届き、夕立が上がったせいか昼間とはうって変わって涼しい。木の隙間から流れてくる緩い風に、魔理沙は心地良さそうに目を細めた。
 さて、とリグルが魔理沙に向かって言う。

「空の星はそこまで。今度は綺麗な地上の星をご覧に見せましょう」
「期待してるぜ」

 その魔理沙の返事に気を良くしたのか微笑んだリグルが、岩場の上に立ってさっと手を上げた。すると、川の周りからざわざわという虫の這うような音が一斉に上がり始めた。魔理沙とリグルを囲むようなその音はしばらく川のせせらぎが聞こえないほど大きな音を立てていたが、そのうちにすぅっと静まりかえる。
 でもそれがただの静寂でなく、次の爆発に備えた溜めの沈黙であると魔理沙には感じられた。

「行くよ」

 言うと同時、リグルがさっと手を下ろしたその瞬間、星明りさえ霞むような爆発的な光が空間に満ちた。
 花開くように、小川のせせらぎを中心に広がっていく光。それは一斉に灯を放った無数の蛍だった。数を数えるのも馬鹿らしくなるような数の蛍が、リグルの指揮に合わせて一気に光を放ったのだ。瞬きするよりも早く、地面は一瞬で黄緑色の光源で埋まる。それは草原のようにさぁと広がって、魔理沙とリグルの顔を明るく照らした。
 一瞬の暗転。
 そして再び蛍に火が灯った時には、地面だけでなく周りの空間さえ光で埋め尽くされた。一斉に飛び上がった蛍がまるで光の結界でも張られたかのように一分の隙もなく周囲に満ちたのだ。瞬きながら光を放つ蛍は壁のような姿から波打つように震えると、次はゆっくりと周囲を旋回し始める。きらきらと瞬きながら空を廻っていく蛍の群れは、水の中を泳ぐ魚のようにゆったりと、二人の周りを周回しながら少しずつ上昇していく。
そして空を覆うように真上を一周した時。弾幕が弾ける様に一気に花開いた。花びらを広げた蛍の花は、しばらく花の形のままくるくると回って、短い命を終えて瞬きながらその花びらを零していく。
降り注ぐように下りてくる蛍達は、流星群が間近に降り降りてきたよう。流星群の雫は地面にぶつかる直前に広がって再び空へと昇っていく。
 幻想的な、あまりに現実離れした光景に、酔いも忘れて魔理沙は思わず息を飲んだ。
 座ったままその光景に見とれていた魔理沙の顔を、リグルが覗き込んできた。

「どう?」
「ああ……」少し呆然としたままで魔理沙は呟くように言う。「うん、一生かかっても見れないもの見せてもらったぜ」
「そこまで言われるとさすがに照れるぜ、ってね」

 魔理沙の口調を真似て、そう言ってリグルは魔理沙の横に座った。
蛍たちの織り成す光のショーはもうリグルの手を離れたが、しかしまだその興奮が冷めやらないのか蛍たちはまだ瞬きを続けながら周囲を包み込んでいる。綺麗だ、と魔理沙は素直にそう思った。まるでいつか見たあの流星群を思い出させる、そんな美しい光景だった。
ふと、岩場に登っていた一匹の蛍を手に取る。ちかちかと鮮やかな光を放つそれは、小さな虫のほんの小さな光だ。それが集まるとあんなにも綺麗な光景になる。お代が足りないのはこっちのほうだぜ、と魔理沙はちょっと舌を巻いた。
そんな魔理沙の仕草を見たのか、リグルは小さな声で呟いた。

「その蛍ね、ヒメボタル、って言うんだ」
「この虫か?」
「うん。あと、向こうの地面で光ってるのもそう」

 芝生のように広がって黄色い光を放っている虫の群れを指差して、リグルはそう言った。どこか懐かしげな響きで。少し遠くを見つめるような目で、リグルは続ける。蛍のほのかな光の中で、その顔はどこか悲しそうにも、嬉しそうにも見える。

「ヒメボタルの雌ってね、実は飛べないんだ」
「そうなのか? 蛍ってのは全部飛ぶもんだと思ってたが」
「有名な奴はね」そういって笑う。「だから、私はいつも空は遠いなぁ、星は綺麗だなぁ、って思ってた。だから今日、魔理沙が見せてくれた天体観測は本当に楽しかったの。だって、あんなに近くに星を見るなんてこと、本当に初めてだったから」

 呟いて、空を見上げて星を見るリグルを見て、魔理沙はようやく何か納得したような気持ちになった。なんのことはない。リグルもまた同じだっただけ。魔理沙がいつか星に夢を見たように、リグルもまた星に夢見ただけだったのだ。魔理沙もリグルと同じように空を見上げる。蛍たちの光の中でも、満天の星空は変わらず輝いていた。

「私こそありがとうだな」
「え?」
「いや、こっちの話だ」
「何それ」

 そう言ってリグルは笑って再び空を見上げた。口に出しかけた言葉は、気恥ずかしくて胸の中にしまった。沈黙のまま、二人はただ空を見上げる。感じてるものは一緒だろうか。夏空には、一際輝く大三角と流れるような天の川が映る。
 ねぇ、とふとリグルは空を見上げたまま呟く。

「いつか私も魔理沙みたいな弾幕、出来るようになるかなぁ」
「出来るさ。きっと今の私のよりもっとずっと綺麗な弾幕をな」
「……うん、次からはもっと強くて綺麗な弾幕でびっくりさせてやるんだから」
「今から楽しみだぜ。そうなるよう、お星様にお願いしとかないとな」

 そう魔理沙が言った時、夏空を明るい一筋の流れ星が尾を引いて切り裂いていった。
綺麗だ、と思わず口から言葉を零したのは二人同時で。だから二人はきょとんと顔を見合わせて、それから楽しげに微笑みあったのだった。
お読み頂いてありがとうございます。みつきと申します。久々の投稿となります。
もう夏も終わり随分と季節外れな話になりましたが、小さい頃の夏の思い出辺りを思い出して頂ければ幸いです。

個人的に星関連のスペルカードが多いイメージの強い二人は、きっと話も合うのではないか、と思いつつ。
今は妖怪として生きている彼女たちの、生い立ちについて考えるのも面白いのかなと思います。


それでは重ね重ねになりますが、お読みいただきありがとうございました。


***


コメント番号3番の方、お読みいただき、又ご指摘ありがとうございます。誤字を修正いたしました。
みつき
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.890簡易評価
3.80名前が無い程度の能力削除
こういう組み合わせもいいね
文体もよかった

誤字報告
本文10行目「い匹」→「一匹」
11.100名前が無い程度の能力削除
いいね。ありだね。
しかし飛ばない蛍か…しらんかったなぁ…
15.80名前が無い程度の能力削除
星を手近なところに持ってきたい、というのは人妖共通の望みなのでしょうか。

夏は夜ですね、やはり。