こんにちは、アリス。
私がそう呟いて抱きしめると、彼女は顔を赤くしながらも私を抱き返す。
私はアリスのもの。アリスは私のもの。
だからずっと一緒にいる。
だからずっと狂い続ける。
だからずっとお互いを想う。
だからずっと──
こんにちは、霊夢。
私がつぶやいた瞬間にはもう私は彼女の腕の中で、その華奢な体を壊さないよう、私もそっと抱き返す。
私は霊夢のもの。霊夢は私のもの。
だからずっと離さない。
だからずっと思い焦がれる。
だからずっと穢し続ける。
だからずっと──
でも、私には。
どうしてですか?
私は何か罪を犯しましたか?
彼女は、どうして死ななくてはならなかったのですか?
幻想郷の掟とは、ただ一人の願いも聞き届けられぬほどきつく辛いものなのですか?
──どうして?不思議なものですね。そんなことも覚えていないとは。これはあなた自身が望んだことです。そして彼女も。相思相愛の末にこうなるとは思いもよりませんでしたが、そんなことは些事です。
なんでですか?
私と彼女にとっては、少なくとも私にとっては、人生の、自分の全てが彼女でした。
それなのに。
どうして、こんなことをするんですか?
──無礼な。私たちは公正の元に判決を下す。そこに寸分の狂いが現れるなどと言うことはあり得ない。口を慎め、反逆者!
私は、反逆者なのですか?
なら私は、何をしたのですか?
私にはそれを聞く権利すら与えられず、このまま一方的に叱られるだけなのですか?
それはなぜですか?
かのじょはどこですか?
ここはどこですか?
あなたはだれですか?
わたしは、だれ…です……か……?
アリス。
懐かしい人の名前を呼んだ。かつて私だった人の名前。或いは、かつて私の恋人だった人の名前。
どっちだったかなんて、必要じゃない。私は彼女で、彼女は私。
ようやく、一つになれた。
ずっと一緒にいようね。
霊夢。
私を苦しめる人の名前を呼んだ。もはやそこにかつての彼女の姿はない。
美しかった黒髪は伸び放題の荒れ放題で、焦点を失って久しい瞳には常に尋常ならざるものにのみ現れる虹彩がオーロラのように波打っていた。
もう、彼女の姿を見たくない。
私にはもう、無理だ。
どうして、こんなものを見せるのですか?
彼女は、私を嫌っているのですか?
私は、彼女が嫌いなんですか?
──埒が開かない。小町!
──はっ。ここに。
──彼女たちに執行猶予を。もう一度死を迎えるまで、問い詰めてはなりません。
──御意。
どうしてですか?
私は、何か間違えたのですか?
教えてください。
正解を、答えを教えてください。
誰も苦しめない、完璧な答えを……教えてください……。
──黙れ。お前たちにそのような権利はない。せいぜいもう一度死ぬまでに、自分の罪を思い出すがいい。
どうしてですか?
閻魔は、地獄の閻魔様は、全知全能、全てを見通す神にも等しい存在ではないのですか?
どうして教えてくれないのですか?
──小町、早急に彼女らを送り返せ。こんな奴らがいたのでは、冥界も地獄も天界も揺らぐ。
──御意。
どうしてですか?
私はのけものにされるようなことをしたのですか?
ごめんなさい。
ごめんなさい。
どんなことでもします、お願いだから許してください。
いいえ、許さなくてもいいのです。
だから、私と、彼女が納得できる罪を、罪状を、詠んでください。
それが叶うのなら、他に望むものはありません。
──思い上がるな!そもそも、お前はこのような弁解の場など設けられるはずもない極悪人、有無を言わさず極刑に処してやりたいところだ!しかしあいにくと私の仕事は罪人を裁き白黒つけることなのでね。仕方なく、お前のような奴と口を聞いてやっているんだ。本来なら他の閻魔か死神が済ませているはずのことなのだが……まあいい。小町、準備はできているか?
──もちろんでございます、映姫様。
──よろしい。では、丁重に追い返しなさい。
──御意。我らが法の名の下に、罪人への処罰を下しましょう。
どうして?
どうして、私たちは自分のことも決めることができないのですか?
──黙れ。2度とその口を開くな。……気が狂う。
──映姫様。時間です。
──えぇ。では、□□□・□□□□□□□。あなたに判決を言い渡します。あなたはもう一度現世に生まれ落ちる。そしてその生を全うした時に、あなたの罪は赦されるかもしれません。
どうして、可能性しか提示してくれないのですか?
確実な何かは存在しないのですか?
──ありません。或いは、存在を私に悟らせないものがある可能性がある、それのみです。……続けます。次に死んだ時の罪が、あなたの処罰を決定する。せいぜい頑張ってください。では以上、小町についていけばあとは全てやってくれます。
どうして、最後まで何も言ってくれないんですか?
私はどうすればいいんですか?
彼女も、同じ目に遭ってしまうのですか?
ねえ。
何か言って!
誰か!
……私を、ひとりにしないで……!
…霊夢……。
視界が明るくなって、少し目が慣れてくると、懐かしい感覚が身体中を駆け巡る。
何もかもがあの頃のまま、暖かい思い出を伴って鎮座している。
あの閻魔は変なところで律儀だなあ。
なんてことを考えながらぼーっと虚空を見つめること30分。それまで鈍りに鈍っていたはずの私の脳内に、我らが幻想郷の象徴的な人が浮かんだ。
霊夢。
ふいに、目から涙が落ちた。
ふいに、その名前を呼んだ。
彼女に、会わなければならない。
そんな気がして、腰掛けていた椅子から立ち上がり、蓬莱人形と上海人形を呼び出す。
この感覚も久しぶりだ。
思わずふふっと笑みがこぼれた。
さあ、行こう。今日のうちなら間に合う。
善は急げ、明日ではいけない。
魔力の糸を二体の人形に絡めて、私は家を飛び出す。
明るく暖かく世界を照らす光が私を包み、祝福するようだった。
そう。
今日はめでたい日。
幸せな日。
今、会いに行くから。
だから、それまで私のこと、ちゃんと想っていてくれる?
久しぶりに、本当に久しぶりに訪れた博麗神社は主の様子を映したかのように荒れ果て、なんだか禍々しいオーラを放っていた。
私には分かる。霊夢。
霊夢。あなたなんでしょう?ねえ、霊夢。
一歩部屋に踏み込むと、ばちっという破裂音と電流が走ったような痛みで一瞬思考が停止する。よろめきながらも前を見据えると、壊れた人形のように座り込んだ彼女がこちらを見ていた。
……っ!
停滞して澱んだ霊力が急速に集まり、向かうべき対象を指示され、正確すぎる早業で私の胸を撃ち抜いた。
痛い。
痛い。
焼け付くように痛い。
助けて!
誰か、私と彼女を助けて!
溢れる光が収束する。
違った。霊夢は“私”を見ていなかった。
虚ろな眼が私を透過して得体の知れない“何か”を見つめている。
徐々に、その口元に微笑みが広がっていく。
ああ、駄目だ。
狂ってしまう。
彼女が、狂ってしまう。
誰だ?こんなことをするのは。
何故だ?私たちを引き裂くのは。
どうすればいい?
どうすれば、彼女は“私”を見てくれる?
ふいに、彼女が一体何を見ているのか、とても気になり出した。
他の誰かだろうか。或いは、幽霊や怨霊の類だろうか?
ゆっくりと、振り返る。
──あ り す。
それは、ヒトではなかった。
……!
モノでもなかった。
──わ た し が あ り す だ。
霊夢ではなかった。
ち、違う!
私でもなかった。
私、私だけよ…アリスは私だけ…どうして……誰よ…?
或いは、その全てだった。
──お ま え は あ り す じ ゃ な い。 わ た し だ け が れ い む の と な り で す ご す。 だ か ら お ま え は い ら な い。
ヒトであり、モノであり、霊夢でありながら私でもある。ただの──
どうして?
なんで!?
霊夢!
霊夢、これはなんなの!?
霊夢助けて…!
もう、いや…。
ごめんなさい…!
ごめんなさい…!
だから、もう、許して…!
これ以上、私に見せつけないで…!
ただの、霊夢の死体。それはもう腐り切って、ほとんど原型を留めずに“私”を見ている。何ヶ所か、糸できつく絞められたような跡があり、ほんの微かに、馴染みのある魔力を染み出させていた。
後ろを、“霊夢”の方を振り返ると、彼女は儚く、美しい微笑みをその口元にたたえて、私を見ていた。
ズキ、とさっきの胸の傷が痛みを訴え始める。
視界の端が点滅し、本能は危険信号を発した。
でもなぜか、私の口は緩み、彼女に微笑み返していた。
暗転する意識と世界の中で、私の霊夢は確かに微笑んでいた。
──全く。こんな速さで戻ってくるとは思いもしませんでしたよ、アリス・マーガトロイド。
……ごめんなさい。
──謝る必要はあなたにはありません。強いて言うなら、博麗霊夢の罪が少々増えることぐらいでしょうか。
や、やめてください!
彼女は、霊夢は悪くないんです!
だから…。
──ふふ。心配は無用です。彼女は幻想郷にとって大きな存在でしたからね。その程度の罪では地獄には堕ちたりしません。彼女の功績は無二のものですから。
よ、よかった…。
──しかしあなた自身は別です。
え、あ、はい…。
──あなたは今回の生で自分の罪を思い出した。まあ情状酌量程度は望めますね。まあ、あなたを極刑に処したとしたら殺された本人も不本意でしょうし、そこまではいきません。……では、あなたの罰を宣告します。アリス・マーガトロイド、あなたへの罰は……もう一度生き返り、博麗霊夢を今度こそ幸せにすること。
…………えっ?
今度こそ、って…?
──聞いていなかったのですか?あなたにはもう一度生き返っていただき、彼女を幸せにしてもらいます。でないと、幻想郷が崩壊しかねませんから。……あぁそれと、この話は本人にはご内密に。“バレバレ”でしたよ?
え?
あ、その……。
え、あ、あぁぁ…。
ちょ、ちょっと閻魔様!
そんなはずはっ……!
──いいえ?私に限らず、もうほとんどの方が承知していると思いますよ。では、もう一度の人生、彼女と一緒に楽しんでくださいね。
声が出ない。
体も動かない。
でも、怖くはない。
どこからか、優しい気持ちが溢れてくる。
そう、ここは──
──私と、ずっと一緒にいて。アリス。
顔を真っ赤にして、でも真っ直ぐに私を見据えながら、彼女が私に告白している。
そう、ここは──私が彼女を振った、霊夢が壊れてしまった、いわば分岐点。
そこに、私は立っている。
私は“手”を伸ばした。否、自分の手のように動く糸を伸ばした。
少しずつ、少しずつ、彼女を絡め取っていく。
彼女の腕も足も身体も、指一本まで自分の支配下に置いていく。
身体中の自由を奪われながらも、霊夢はどこか嬉しそうだった。
ここまでは同じ。あの時も、私は彼女を締め上げた。そして彼女を解放し、拒絶の意を伝えた。
あの時はまだ、心に迷いがあった。なんと言うか、決めきれなかったのだ。ではなぜ拒否するに至ったかと問われると、その時の私の脳裏にあいつのあの発言があったことは確かだった。
──あなたは博麗の巫女をどうこうする立場ではありません、アリス・マーガトロイド。その上で彼女を拒絶しなさい。
八雲紫。あいつがあんなことを言ったせいで、私は迷ってしまった。そしてころりと、強者の元へと転がってしまった。
そのことは、今も自責の念を抱き続けている。私の拒絶に耐えられず壊れてしまった霊夢は、私に絶対服従の博麗の術式を施そうとし、失敗した。彼女の心はもう、それに耐えられるような状況ではなかったから。でもあの賢者は私に言った。
──術にかけられたフリをしなさい。そうしなければ、幻想郷は崩壊へ真っ逆さまなのだから。あなたにかかっているわ。……大変不本意だけれど。
と。私はもう引き返せなくて、それに従った。
でも、あれはきっと逆効果で、あんなことをする前に、私のせいで、もう彼女は壊れてしまっていたのだと思う。私が彼女に従順にすればするほど、霊夢の癇癪は手がつけられなくなっていった。やがて私の世話も受け付けなくなり、あたり一面を手当たり次第に破壊していったため、私はまた賢者の命令で彼女を神社の一室に結界で閉じ込めた。
時折眠っている間に部屋を覗くと、手入れがされていない人形のようになってしまった彼女が自分で張った結界の中に閉じこもっているのを見て、心が痛くなった。
感傷に浸りすぎたのか、糸は緩んでいた。霊夢はその隙間から滑り抜けて、自嘲を滲ませた表情で笑っている。
──やっぱりなんでもない。ごめんね、急にこんなこと言われても、困るわよね。じゃ、さよなら。
っ待って!
自分でもびっくりするほど、大きな声が出た。
今度は糸じゃなくて、自分の手で彼女を繋ぎ止めた。
霊夢は心底驚いた表情の中に微かな希望の色を確かに持っていた。それが消えてしまわないようにそっと、でももう逃げ出さないようにしっかりと、私は彼女を糸で縛った。宙吊りになった彼女には、意外にも恐怖や諦念といったものは存在せず、ただただ子供のような純粋な喜びに満ちていた。
──ありがとう、アリス。私をあなたのものにしてくれて。
いいえ、霊夢。私も、あなたが大好きよ。
自分を見下ろしていた霊夢は、もう動かない。
これからは、対等な、互いに一つの命として過ごしていこう。
彼女の魂を宿した自律人形は、あの時、あの場所で見た彼女の姿のまま、自由に空を飛んでいた。
私がそう呟いて抱きしめると、彼女は顔を赤くしながらも私を抱き返す。
私はアリスのもの。アリスは私のもの。
だからずっと一緒にいる。
だからずっと狂い続ける。
だからずっとお互いを想う。
だからずっと──
こんにちは、霊夢。
私がつぶやいた瞬間にはもう私は彼女の腕の中で、その華奢な体を壊さないよう、私もそっと抱き返す。
私は霊夢のもの。霊夢は私のもの。
だからずっと離さない。
だからずっと思い焦がれる。
だからずっと穢し続ける。
だからずっと──
でも、私には。
どうしてですか?
私は何か罪を犯しましたか?
彼女は、どうして死ななくてはならなかったのですか?
幻想郷の掟とは、ただ一人の願いも聞き届けられぬほどきつく辛いものなのですか?
──どうして?不思議なものですね。そんなことも覚えていないとは。これはあなた自身が望んだことです。そして彼女も。相思相愛の末にこうなるとは思いもよりませんでしたが、そんなことは些事です。
なんでですか?
私と彼女にとっては、少なくとも私にとっては、人生の、自分の全てが彼女でした。
それなのに。
どうして、こんなことをするんですか?
──無礼な。私たちは公正の元に判決を下す。そこに寸分の狂いが現れるなどと言うことはあり得ない。口を慎め、反逆者!
私は、反逆者なのですか?
なら私は、何をしたのですか?
私にはそれを聞く権利すら与えられず、このまま一方的に叱られるだけなのですか?
それはなぜですか?
かのじょはどこですか?
ここはどこですか?
あなたはだれですか?
わたしは、だれ…です……か……?
アリス。
懐かしい人の名前を呼んだ。かつて私だった人の名前。或いは、かつて私の恋人だった人の名前。
どっちだったかなんて、必要じゃない。私は彼女で、彼女は私。
ようやく、一つになれた。
ずっと一緒にいようね。
霊夢。
私を苦しめる人の名前を呼んだ。もはやそこにかつての彼女の姿はない。
美しかった黒髪は伸び放題の荒れ放題で、焦点を失って久しい瞳には常に尋常ならざるものにのみ現れる虹彩がオーロラのように波打っていた。
もう、彼女の姿を見たくない。
私にはもう、無理だ。
どうして、こんなものを見せるのですか?
彼女は、私を嫌っているのですか?
私は、彼女が嫌いなんですか?
──埒が開かない。小町!
──はっ。ここに。
──彼女たちに執行猶予を。もう一度死を迎えるまで、問い詰めてはなりません。
──御意。
どうしてですか?
私は、何か間違えたのですか?
教えてください。
正解を、答えを教えてください。
誰も苦しめない、完璧な答えを……教えてください……。
──黙れ。お前たちにそのような権利はない。せいぜいもう一度死ぬまでに、自分の罪を思い出すがいい。
どうしてですか?
閻魔は、地獄の閻魔様は、全知全能、全てを見通す神にも等しい存在ではないのですか?
どうして教えてくれないのですか?
──小町、早急に彼女らを送り返せ。こんな奴らがいたのでは、冥界も地獄も天界も揺らぐ。
──御意。
どうしてですか?
私はのけものにされるようなことをしたのですか?
ごめんなさい。
ごめんなさい。
どんなことでもします、お願いだから許してください。
いいえ、許さなくてもいいのです。
だから、私と、彼女が納得できる罪を、罪状を、詠んでください。
それが叶うのなら、他に望むものはありません。
──思い上がるな!そもそも、お前はこのような弁解の場など設けられるはずもない極悪人、有無を言わさず極刑に処してやりたいところだ!しかしあいにくと私の仕事は罪人を裁き白黒つけることなのでね。仕方なく、お前のような奴と口を聞いてやっているんだ。本来なら他の閻魔か死神が済ませているはずのことなのだが……まあいい。小町、準備はできているか?
──もちろんでございます、映姫様。
──よろしい。では、丁重に追い返しなさい。
──御意。我らが法の名の下に、罪人への処罰を下しましょう。
どうして?
どうして、私たちは自分のことも決めることができないのですか?
──黙れ。2度とその口を開くな。……気が狂う。
──映姫様。時間です。
──えぇ。では、□□□・□□□□□□□。あなたに判決を言い渡します。あなたはもう一度現世に生まれ落ちる。そしてその生を全うした時に、あなたの罪は赦されるかもしれません。
どうして、可能性しか提示してくれないのですか?
確実な何かは存在しないのですか?
──ありません。或いは、存在を私に悟らせないものがある可能性がある、それのみです。……続けます。次に死んだ時の罪が、あなたの処罰を決定する。せいぜい頑張ってください。では以上、小町についていけばあとは全てやってくれます。
どうして、最後まで何も言ってくれないんですか?
私はどうすればいいんですか?
彼女も、同じ目に遭ってしまうのですか?
ねえ。
何か言って!
誰か!
……私を、ひとりにしないで……!
…霊夢……。
視界が明るくなって、少し目が慣れてくると、懐かしい感覚が身体中を駆け巡る。
何もかもがあの頃のまま、暖かい思い出を伴って鎮座している。
あの閻魔は変なところで律儀だなあ。
なんてことを考えながらぼーっと虚空を見つめること30分。それまで鈍りに鈍っていたはずの私の脳内に、我らが幻想郷の象徴的な人が浮かんだ。
霊夢。
ふいに、目から涙が落ちた。
ふいに、その名前を呼んだ。
彼女に、会わなければならない。
そんな気がして、腰掛けていた椅子から立ち上がり、蓬莱人形と上海人形を呼び出す。
この感覚も久しぶりだ。
思わずふふっと笑みがこぼれた。
さあ、行こう。今日のうちなら間に合う。
善は急げ、明日ではいけない。
魔力の糸を二体の人形に絡めて、私は家を飛び出す。
明るく暖かく世界を照らす光が私を包み、祝福するようだった。
そう。
今日はめでたい日。
幸せな日。
今、会いに行くから。
だから、それまで私のこと、ちゃんと想っていてくれる?
久しぶりに、本当に久しぶりに訪れた博麗神社は主の様子を映したかのように荒れ果て、なんだか禍々しいオーラを放っていた。
私には分かる。霊夢。
霊夢。あなたなんでしょう?ねえ、霊夢。
一歩部屋に踏み込むと、ばちっという破裂音と電流が走ったような痛みで一瞬思考が停止する。よろめきながらも前を見据えると、壊れた人形のように座り込んだ彼女がこちらを見ていた。
……っ!
停滞して澱んだ霊力が急速に集まり、向かうべき対象を指示され、正確すぎる早業で私の胸を撃ち抜いた。
痛い。
痛い。
焼け付くように痛い。
助けて!
誰か、私と彼女を助けて!
溢れる光が収束する。
違った。霊夢は“私”を見ていなかった。
虚ろな眼が私を透過して得体の知れない“何か”を見つめている。
徐々に、その口元に微笑みが広がっていく。
ああ、駄目だ。
狂ってしまう。
彼女が、狂ってしまう。
誰だ?こんなことをするのは。
何故だ?私たちを引き裂くのは。
どうすればいい?
どうすれば、彼女は“私”を見てくれる?
ふいに、彼女が一体何を見ているのか、とても気になり出した。
他の誰かだろうか。或いは、幽霊や怨霊の類だろうか?
ゆっくりと、振り返る。
──あ り す。
それは、ヒトではなかった。
……!
モノでもなかった。
──わ た し が あ り す だ。
霊夢ではなかった。
ち、違う!
私でもなかった。
私、私だけよ…アリスは私だけ…どうして……誰よ…?
或いは、その全てだった。
──お ま え は あ り す じ ゃ な い。 わ た し だ け が れ い む の と な り で す ご す。 だ か ら お ま え は い ら な い。
ヒトであり、モノであり、霊夢でありながら私でもある。ただの──
どうして?
なんで!?
霊夢!
霊夢、これはなんなの!?
霊夢助けて…!
もう、いや…。
ごめんなさい…!
ごめんなさい…!
だから、もう、許して…!
これ以上、私に見せつけないで…!
ただの、霊夢の死体。それはもう腐り切って、ほとんど原型を留めずに“私”を見ている。何ヶ所か、糸できつく絞められたような跡があり、ほんの微かに、馴染みのある魔力を染み出させていた。
後ろを、“霊夢”の方を振り返ると、彼女は儚く、美しい微笑みをその口元にたたえて、私を見ていた。
ズキ、とさっきの胸の傷が痛みを訴え始める。
視界の端が点滅し、本能は危険信号を発した。
でもなぜか、私の口は緩み、彼女に微笑み返していた。
暗転する意識と世界の中で、私の霊夢は確かに微笑んでいた。
──全く。こんな速さで戻ってくるとは思いもしませんでしたよ、アリス・マーガトロイド。
……ごめんなさい。
──謝る必要はあなたにはありません。強いて言うなら、博麗霊夢の罪が少々増えることぐらいでしょうか。
や、やめてください!
彼女は、霊夢は悪くないんです!
だから…。
──ふふ。心配は無用です。彼女は幻想郷にとって大きな存在でしたからね。その程度の罪では地獄には堕ちたりしません。彼女の功績は無二のものですから。
よ、よかった…。
──しかしあなた自身は別です。
え、あ、はい…。
──あなたは今回の生で自分の罪を思い出した。まあ情状酌量程度は望めますね。まあ、あなたを極刑に処したとしたら殺された本人も不本意でしょうし、そこまではいきません。……では、あなたの罰を宣告します。アリス・マーガトロイド、あなたへの罰は……もう一度生き返り、博麗霊夢を今度こそ幸せにすること。
…………えっ?
今度こそ、って…?
──聞いていなかったのですか?あなたにはもう一度生き返っていただき、彼女を幸せにしてもらいます。でないと、幻想郷が崩壊しかねませんから。……あぁそれと、この話は本人にはご内密に。“バレバレ”でしたよ?
え?
あ、その……。
え、あ、あぁぁ…。
ちょ、ちょっと閻魔様!
そんなはずはっ……!
──いいえ?私に限らず、もうほとんどの方が承知していると思いますよ。では、もう一度の人生、彼女と一緒に楽しんでくださいね。
声が出ない。
体も動かない。
でも、怖くはない。
どこからか、優しい気持ちが溢れてくる。
そう、ここは──
──私と、ずっと一緒にいて。アリス。
顔を真っ赤にして、でも真っ直ぐに私を見据えながら、彼女が私に告白している。
そう、ここは──私が彼女を振った、霊夢が壊れてしまった、いわば分岐点。
そこに、私は立っている。
私は“手”を伸ばした。否、自分の手のように動く糸を伸ばした。
少しずつ、少しずつ、彼女を絡め取っていく。
彼女の腕も足も身体も、指一本まで自分の支配下に置いていく。
身体中の自由を奪われながらも、霊夢はどこか嬉しそうだった。
ここまでは同じ。あの時も、私は彼女を締め上げた。そして彼女を解放し、拒絶の意を伝えた。
あの時はまだ、心に迷いがあった。なんと言うか、決めきれなかったのだ。ではなぜ拒否するに至ったかと問われると、その時の私の脳裏にあいつのあの発言があったことは確かだった。
──あなたは博麗の巫女をどうこうする立場ではありません、アリス・マーガトロイド。その上で彼女を拒絶しなさい。
八雲紫。あいつがあんなことを言ったせいで、私は迷ってしまった。そしてころりと、強者の元へと転がってしまった。
そのことは、今も自責の念を抱き続けている。私の拒絶に耐えられず壊れてしまった霊夢は、私に絶対服従の博麗の術式を施そうとし、失敗した。彼女の心はもう、それに耐えられるような状況ではなかったから。でもあの賢者は私に言った。
──術にかけられたフリをしなさい。そうしなければ、幻想郷は崩壊へ真っ逆さまなのだから。あなたにかかっているわ。……大変不本意だけれど。
と。私はもう引き返せなくて、それに従った。
でも、あれはきっと逆効果で、あんなことをする前に、私のせいで、もう彼女は壊れてしまっていたのだと思う。私が彼女に従順にすればするほど、霊夢の癇癪は手がつけられなくなっていった。やがて私の世話も受け付けなくなり、あたり一面を手当たり次第に破壊していったため、私はまた賢者の命令で彼女を神社の一室に結界で閉じ込めた。
時折眠っている間に部屋を覗くと、手入れがされていない人形のようになってしまった彼女が自分で張った結界の中に閉じこもっているのを見て、心が痛くなった。
感傷に浸りすぎたのか、糸は緩んでいた。霊夢はその隙間から滑り抜けて、自嘲を滲ませた表情で笑っている。
──やっぱりなんでもない。ごめんね、急にこんなこと言われても、困るわよね。じゃ、さよなら。
っ待って!
自分でもびっくりするほど、大きな声が出た。
今度は糸じゃなくて、自分の手で彼女を繋ぎ止めた。
霊夢は心底驚いた表情の中に微かな希望の色を確かに持っていた。それが消えてしまわないようにそっと、でももう逃げ出さないようにしっかりと、私は彼女を糸で縛った。宙吊りになった彼女には、意外にも恐怖や諦念といったものは存在せず、ただただ子供のような純粋な喜びに満ちていた。
──ありがとう、アリス。私をあなたのものにしてくれて。
いいえ、霊夢。私も、あなたが大好きよ。
自分を見下ろしていた霊夢は、もう動かない。
これからは、対等な、互いに一つの命として過ごしていこう。
彼女の魂を宿した自律人形は、あの時、あの場所で見た彼女の姿のまま、自由に空を飛んでいた。
オチも良かった。良かったという言葉しか出ないくらい!
学期末テストなんかあるんだ、、、小学6年にゃわからん。
何だか幻リプのバレンタインチルノ当てるために投稿サボっている自分がバカらしく思えてきました。
3月までに1つだそう。と思いました。