Coolier - 新生・東方創想話

東方少女たちの男祭り

2011/11/02 16:46:36
最終更新
サイズ
23.19KB
ページ数
1
閲覧数
2455
評価数
16/42
POINT
2530
Rate
11.88

分類タグ


霧雨魔理沙が博麗霊夢に殴られたのは、昨晩のことである。

「なぁ、男祭りって知ってるか?」

その一言がきっかけであった。それまで楽しかった夜宴が一変する一言であった。
魔理沙は酒に酔うと人に絡む悪癖があり、それを霊夢はハイハイと言いあしらってきたのだが、この日はそうはいかなかった。

「毎年大晦日に行われてきた祭りで、何でも男同士が裸になって取っ組み合うらしいぜ。」
「何が悲しくて年越しにそんなものを観るのよ。」
「さあな、外の人間が考えることは分からないぜ。でもな、私もにとりにVHSってやつを借りて観てみたんだ。
 これが案外面白い。なんでも、世界中の男たちを集めて誰が最強かを競うんだ。」
「ああそう。女の私たちには関係ないわね。」
「まぁ、そうなんだが。いや、それでも面白かったんだぜ。殴っても蹴っても関節技を極めたりしてもオーケーでな、」
「ふうん。それはそうと、この手どかしてくれない?」
「まぁまぁ、聞いてくれよ。会場も面白いくらい盛り上がっててさ、」

このしつこい格闘技語りに、霊夢が辟易していたことを魔理沙は気付いていただろうか。
いや、気付いていて尚も語っているのだろう。事実、魔理沙は霊夢が逃げないよう肩を抱いたまま離そうとしない。
とはいえ、魔理沙に悪気はない。ただ、自分が楽しいと思ったものを他でもない霊夢と共有したかったのだ。
だが、こうも長々と続けられると、流石の霊夢といえども不愉快になってくるものである。

「いやー燃えたぜ。弾幕とは違う面白さだな。いや面白い。面白かったぜ。」
「魔理沙って、意外と話が下手ね。」
「は?」
「さっきから『面白い』としか言えてないじゃない。」

さあ、この言葉が喧嘩の本格的な火種となる。
9割近くは魔理沙が悪いと自身も認めていたが、1割ほど「そんなこと言わなくてもいいじゃないか」という反感があった。
少なからず傷付いた魔理沙はその感情を抑えることができず、酒の勢いも手伝い、やや手荒な悪ふざけに出てしまったのだ。

「じゃあ実際にやってみようか。アームロックっていうのがあってだな。」
「ちょっと、何すんのよ魔理沙。」
「軽くだよ、軽く。」
「そういうのやめなさいよ。」
「大丈夫だよ。怖がるなって。」

まるっきりDQNである。格闘技を観ると乱暴な性格になるというのは本当か嘘か。
ともあれ、魔理沙と霊夢はくんずほぐれつ、博麗神社の境内を転げ回った。
何かあったのかしらと、初めに気付いたのは八雲紫。
主催者である紫は宴にトラブルが起こらないよう、配慮を怠らず、二人の異変を真っ先にキャッチした。
やや遅れて西行寺幽々子など他の者も察知したのだが、運悪く伊吹萃香の目にも止まってしまった。

「おっ、やったあ相撲だ。やれやれ、もっとやれ。」

まるっきりオヤジである。萃香が囃し立てると全体のムードが変わり、周囲は何かの出し物かしらと思うようになった。
だが、取っ組み合う二人の表情は次第に真剣さを増し、特に魔理沙にはやや殺気立った表情すら窺える。
これについては魔理沙は後にこう語っている。
「何でそうなったのか分からない。ただ、ああいう状態になると雰囲気も手伝って、自分でも怖いくらい凶暴になってしまった。」

攻防は次第にエスカレート。霊夢の髪はぐちゃぐちゃに乱れ、魔理沙の衣服もしわくちゃである。
しかし、霊夢にはあくまで攻撃の意思は無い。ただ、襲いかかってくる魔理沙を制そうとしているだけなのだ。
とうとう魔理沙は背後を取り、後ろから首に腕を巻き付け見様見真似のチョークスリーパーを試みた。
危ない。そう思ったのは紫であったが、制止しようとする前に勝負は着いてしまった。

ごつっ。鈍い音が響いた。

チョークは不完全であり、逃れようと反転した霊夢の肘が、魔理沙の鼻をしたたかに打ったのだ。
それっきりであった。魔理沙の気力は痛みにより完全に萎えて、身体を丸めたまま両手で顔を押さえている。
しん、と宴に沈黙が落ちた。「あらら」誰かがそう呟いた。
一拍ほどおいて紫が二人の間に割って入ったが、紫が取り押さえたのは、それまで一方的に組み敷かれていた霊夢のほうであった。

「ちょっと霊夢!ダメじゃない!」

紫はヒステリックにそう叫んだ。
その姿は幻想郷の重鎮でも何でもない、まるで霊夢の保護者のようであった。
だが、怒られた霊夢は反省するでもなく憮然としている。それも当然だろう。
この流れを考えれば霊夢としてはどうにも納得いかないものを感じざるを得ない。

「たまたま当たっちゃっただけよ。それに、先に手を出したのは魔理沙のほうじゃない。」

二人が睨みあっている間に、藍は魔理沙を介抱した。
ダンゴ虫のように固く身体を丸めているが、抱き起こしてみれば押さえた指の隙間から赤いものがダラダラと流れ出ている。

「紫様、魔理沙が鼻血を出してます。」
「霊夢っ!」
「何よ紫。鼻血くらいで大きな声出さないでよ。」
「魔理沙に謝りなさい霊夢。」
「首絞められそうになったのはこっちじゃない。」
「あ・や・ま・り・な・さ・い!」

まるっきり母親である。これは兄弟が多い家庭などに実にありがちな光景である。
自分の子供が誰かに怪我を負わせたとなると、それまでの事情などまるっきり無視で親は子を叱る。
もっとも、親にも子にも言い分はあるのだが、この手の諍いが円満に解決するすることは歴史上皆無なのだ。
ふぅ、と溜息をついて、霊夢は紫も魔理沙も知らんぷりして夜の空へふよふよと飛んで行った。
流血騒ぎだやんややんやと喜んでいた萃香を残して、宴は緊急でお開きになった。




霧雨魔理沙が博麗霊夢にボコられた。

そんなニュースが幻想郷全体に瞬く間に知れ渡った。
すべてを弾幕で解決することが美徳とされていたこの幻想郷に暴力事件が起こる。
それはショッキングな出来事であり、あのチルノすらもが深刻っぽい顔をしていた。

さて、自業自得とはいえ魔理沙は実に気の毒である。
あの後、紫は霊夢を捕まえてこっぴどく説教をしたらしいが、魔理沙のことなどは放ったらかしなのだ。
幻想郷に保護者らしい保護者がいない魔理沙はひとりぽつんと残されてしまった。
もっとも、藍などは魔理沙のことを終始心配していたのだが、喧嘩をふっかけた上に負けたとなると恥ずかしくてたまらず、
「ほっとけやい」とばかりに自宅に帰り、一人めそめそと泣きながら布団を被った。

「こんなはずじゃなかったのに。」

翌朝になっても魔理沙はめそめそとしていた。
今回、魔理沙には120%の非がある。酒が抜けたあと、「とんでもないことをしてしまった」と事態の深刻さがじわりじわりと
魔理沙の脳裏に去来したが、それでもなぜだろう、自分から謝りに行くという選択肢を魔理沙は選ばなかった。
それもそのはずである。
自分から喧嘩を仕掛け、負けて怪我をして、相手に「ごめんなさい」と謝ることができるだろうか?
もちろん魔理沙は反省している。霊夢にも悪いことをしたと思っている。
だが、自分から謝罪には行けないのだ。そんな無駄なプライドがかえって魔理沙をめそめそとさせている。
やがて「そうだ、とりあえず仲介役を立てるしかない」と魔理沙は思いついたが、その発想が吉と出るか凶と出るか。
ちなみに、結論から言うと凶と出てしまうのだが、それはもう少し後に分かることである。




一方の霊夢も一晩明けて、いくらか冷静になった。
紫からあれだけお説教を受けたのは初めてであり、何か理不尽なものを感じながらも、おとなしく聞くしかなかった。
しかしその中で、紫のお説教はともかくとして暴力行為が生み出す面倒臭さを嫌というほど知り、
また、魔理沙のことを少なからず心配に思った。それゆえ落ち着きを取り戻した霊夢であるが、こちらも腰が重い。
自ら謝りに行く気にもなれず、何らかのきっかけがあれば「ごめんね」の一言くらい言おうかなと、それくらいに思っていた。

「おはよう霊夢。昨日は、なんだか御免なさいね。」

モーニング姿の紫が現れた。ちょっとバツの悪い顔をしながら。
霊夢は、紫のことを幻想郷の権威だとはこれっぽっちも思わず接していたが、
「言い過ぎちゃったかしら」という顔を全面に出している紫がちょっとカッコ悪く思えて、少しだけ笑った。




さて、そんなハートフルな家庭事情はともかく、魔理沙のほうは急展開を迎えていた。

「リベンジするんでしょう?相撲なら任せてよね、河童のお家芸だよ。」
「えっ」
「こう、脇を締めて、腰を落として、まっすぐ突く。こうすれば霊夢なんてイチコロさ。」

ここは守矢神社のふもとの紅葉がきれいな河のほとり。
頼んだ相手を明らかに間違えたと、魔理沙は思った。
河城にとりは初めから復讐戦だと理解して疑わず、この河童の頭には仲裁だなんて考えはこれっぽっちも無い。
むしろウキウキとすらしており、この先起こるであろうお祭り騒ぎに便乗したいようにすら見えた。

「いや、お願いってのはそれじゃないぜ。弟子入りとかそういう話じゃない。」
「じゃあなんだい?まさか仲裁っていうんじゃないでしょ?」
「えっと、まあ、」
「いいかい朋友よ。喧嘩の経緯なんてどうでもいい。腕っ節で負けたことが汚点なんだよ。
 その汚点を背負って生きていくなら勝手にするといい。けれど、敗者が謝りに行くなんて姿を私は見たくないよ。
 せめて戦おう。戦うことが大事なんだよ朋友よ。謝るならそれからでも遅くはない。」
「いや、リベンジするにしてももっと他の、」
「魔理沙、まさか弾幕でリベンジとか言うつもりじゃないだろうね。それは違うよ魔理沙。
 弾幕で負けたなら弾幕で返してやればいい。だが喧嘩で負けたからには喧嘩で返さなきゃだめなんだ。」

いつになく活き活きとしているにとりは、さらに言葉を続けた。

「なぁに、何も殺るか殺られるかをしろなんて言っていない。相手に『まいった』を言わせるだけの健全な喧嘩だ。
 あれ?まさか魔理沙、怯んでるなんてことはないだろう?霊夢を相手に逃げ出そうなんて考えてないだろう?」
「それは、無いけど、」
「そうか、ならよかった。よぉし、久々に喧嘩が見れるぞぉ。楽しみだなぁ!」

ダメだこりゃ、と魔理沙は思った。
鬼の萃香がそうであったように、河童のにとりもこうした好戦的な本能があるのだろうか。
どうにも殴り合いが見たくて仕方が無いように魔理沙の目には映ったし、事実としてにとりはすこぶる上機嫌である。




こうして謝る方法も分からず数日が過ぎたある日、魔理沙の家へアリス・マーガトロイドが飛び込んできた。
何事かも分からずポカンとしている魔理沙の目の前に、アリスは黙って文々新聞を突き付けたのだが、そこにはこう書いてあった。

『リベンジマッチ!霧雨魔理沙vs博麗霊夢!
 どうやら博麗神社での乱闘騒ぎは事実であったようだ。敗北を喫した霧雨魔理沙は博麗霊夢との再対決に熱を燃やしているらしい。
 暴力が御法度とされている幻想郷にふたたび血が流れるのか、我々文々新聞編集部はこの情報を徹底的に追跡し云々。』

「にとりの仕業か・・・。」

やあ大変なことになってしまったぞと魔理沙は頭を抱えた。
こうも大事になってしまうと謝罪どころではないし、そもそもこの記事を霊夢が見たらどう思うだろうか。
絶交。そんな二文字が浮かんでくる。そんな大人げない事をする霊夢ではないと信じていながらも、関係の修復は難しくなるだろう。
そんな思い悩む魔理沙の手をやさしく握り締めたのはアリスであった。

「大丈夫よ。」
「えっ」
「大丈夫、魔理沙なら勝てるわ。」
「いやいや、そうじゃなくて。」
「私も暴力沙汰は嫌いだけどね、それでも、魔理沙が一方的に因縁を付けられて殴られただなんて可哀想すぎる。
 だから霊夢にちょっと痛い目を見せてやるために、やり返すのは当たり前だと思ってるわ。」

アリスは先の喧嘩の情報をどこの誰からどう聞いたのだろうか。
一方的な加害者である霊夢と、一方的な被害者である魔理沙、そういうふうに解釈されていた。
どうやら伝言ゲームの要領で情報は錯乱し、アリスには曲がり曲がってそう伝わっているらしい。

「別に魔理沙の味方ってわけじゃないけど、応援、してるから。」
「あ、ああ。」
「あと、試合は河童たちが建設する博麗神社の豪華特設リングで行われるみたいだけど、」
「にとりぃ!」
「出来るだけみんなを集めて応援するから、頑張ってね。」

いよいよ妙な事態になってきた、と魔理沙は思った。
さて、この騒動を新聞という形にし大々的に広げた張本人・射命丸文であるが、何もにとりからの情報を鵜呑みにしたわけではない。
また河童の悪い癖が出ましたねという程度にしか思っていなかったが、文にとってそれが事実かどうかなど割とどうでもよく、
むしろ幻想郷全体が博麗霊夢と霧雨魔理沙の喧嘩騒動に目が行っている現在、こうした記事を面白おかしく誇張して書ければそれで良かったのだ。
まこと無責任ではあり、それゆえ三流スポーツ紙の域を出ない文々新聞ではあるが、報道の力とはおそろしい。
実際に、幻想郷が二人の対決に注目し始めたのである。




「いやあ、嫌いじゃない。嫌いじゃないぞこういうの。血沸き肉躍るじゃないか。なあ諏訪子。」
「そうだね神奈子。この手の荒事も時には必要なものさね。」

守矢神社の二柱は揃って肯定の色を示した。それもそのはずである。
これまで散々戦争をしてきた喧嘩好きの神様なのだ。こうした『対決』などという言葉になると興奮せざるを得ないものだ。
暴力御法度の幻想郷に何か物足りなさを覚えていた守矢諏訪子と八坂神奈子はうきうきとしていた。
一方の東風谷早苗は不服であった。乗り遅れた。話題の中心からフェードアウトしてしまった、と。
最近では騒動が起こるたびに自ら乗り込んでいる早苗なだけに、覆面レスラーと称して乱入するのもアリだとすら考えた。
もっとも周囲から無粋だと止められてしまったが。
とはいえ、もちろん早苗は魔理沙と霊夢のことをまったく心配していないわけではない。
「二人の関係は大丈夫なのかな」と、早苗はレスラーマスク姿でそう呟いた。



「さとり様!さとり様!霊夢と魔理沙の対決はどうなるでしょうかね!?」
「私はそういうの、好きではありません。」
「ええー、あたいらは燃えちゃいますよ、こういうの知っちゃうと。」

地霊殿の主、古明地さとりは二人の対決に否定的であった。
一方の火焔猫燐と霊烏路空は、さっそくレスリングの真似をして取っ組み合っているのだから元気なものである。
特に、お空などは地上侵略計画を打ち出したこともあるほどで、意外なくらい好戦的な性格を持っているのだ。
やれやれと呆れるさとりの肩に、ひやりとした手が置かれた。妹の古明地こいしであった。

「お姉ちゃん、私たちもレスリングしよ♪」
「嫌です。そういうのが好きならお燐たちに混ざってきなさい。」
「・・・お姉ちゃん。ほんとうに相性の悪い者同士は、お互いにお互いを無意識のうちに避けるものなの。
 だから、ぶつかり合うっていうのは、二人の強い関係のひとつの形なの。」
「ふーん。」
「だからお姉ちゃん、レスリングしよ♪」
「嫌です。」

こいしが強引にさとりを押し倒し、無理矢理にレスリングを始めたのはその瞬間であった。
こうなるとさとりも非力ながら応戦しようとするが、あわれ、無意識のうちに身体の使い方を体得していた妹に、
ヒールホールドやらアームロックやらを喰らい、ギャーと悲鳴が上がったところでペット達に救出されたのだった。



「美鈴はどう見る?」
「どうって、魔理沙の勝ちですよ咲夜さん。フィジカルは五分五分ですが、魔理沙は心構えが違う。
 素人同士の戦いとなれば泥試合は目に見えてます。そういう時に強いのは、這い上がる根性を持つ魔理沙です。」
「ふぅん。私は霊夢だと思うわ。あの手の天才肌って、意外となんでもこなすものよ。悔しいけどね。」

紅美鈴と十六夜咲夜は楽しんでいた。
武道の達人ともある美鈴と、ナイフ術を心得る咲夜にとっては、この程度の喧嘩などお遊びの範疇であり、
あの程度の者がいくら本気を出そうとも、どうせ深刻な事態になどならないと達観していたのだ。
それにしても、わざわざ門にまで出てきて勝敗予想をするあたり、この二人は実に楽しんでいる。

「それじゃ、私の予想が外れたら一日だけ美鈴の代わりに門番やってあげるわ。
 その代わり、美鈴の予想が外れたら、そうね、マッサージでもしてもらおうかしら。」

なんてこった、両方ご褒美じゃないか。
美鈴にやましい心は無かったが、咲夜の身体を思うままに出来るとなると心が躍る。
思わず顔がニヤけたが、ふいに紅魔館の奥からドスンと重い音が響いてきたことで一変する。
大丈夫ですかお嬢様。見ると紅魔館の主、レミリア・スカーレットは妹のフランドール・スカーレットにより、
垂直落下式DDTを喰らって地面に突き刺さっていた。どうやらこちらもプロレスごっこに興じていたようである。



「久々の大反響ですね、椛。おっと、増版の手を休めないで下さいよ。
 これから白玉楼の周辺にも配りに行くんですからね。ビシビシ働きなさい。」
「ひええ。」

ほとんど仕掛け人の役割を担っていた射命丸文は印刷に忙しかった。
ふだん、誰も読まない文々新聞がこれだけ注目されるとなると嬉しいものである。

「それにしても、外の世界じゃ格闘技なんて妙なものが流行っていたんですね。
 彼らの心理は分かりませんが、おそらく、良くも悪くも元気がある時代だったのでしょう。」
「幻想郷でも流行りますかね。」
「さあ、分かりませんが、私は案外こういうの好きですよ。」

雑用の犬走椛は哨兵であったせいか、格闘技を好む者の心が分からなくもなかった。
果たしてどっちが強いのか。それを知りたくなるときが椛にもある。

「ふぅ、終わりましたか。それでは配りに行く前に、椛、」
「なんですか。」
「一戦交えましょうか。」

幻想郷に充満している何かに触発されてしまったのか、文は試合を申出た。
しかし誤算は、末端の哨兵といえど現役で戦う椛の戦闘力と、事あるごとに雑用として働かされ溜まりに溜まった椛の鬱憤。
それはチキンウィング・フェイスロック・スープレックスという凶悪な技に姿を変え、文は無残にも滝壺に沈んだ。
これ以来、文は椛のことを狂犬病扱いしている。



「幽々子様。止めたほうが宜しいのでは。」
「あら、別にいいじゃないの妖夢。」

ぐっしょり濡れた文々新聞には、二人の対決の文字が滲んで見えた。
白玉楼の主であり、八雲家とも親交の深い西行寺幽々子は、他人事にもかかわらず狼狽の色を見せる魂魄妖夢を見てころころと笑った。

「ですが、このような形で決着をするというのは、どうなんでしょう。」
「そうね。私たちなら絶対にそんなことしないわ。」
「だったら。」
「でも、二人は人間だもの。空を飛んだり魔法を使ったりするけど、根っこのところは人間なの。
 だから、弾幕で優雅に戦うばかりじゃなくて、泥臭い戦いをしたっていいと思うわ。でも、」

でも、本当に実現するのかしら。そう幽々子は見ていた。
その予想は概ね正しく、現に博麗神社は大変なことになっていたのだった。



「機材を運び入れないでくださーい。やめてくださーい、帰ってくださーい。」

河童の作業員たちは、対決の日の特設リングを設置しようとどこからともなく押し寄せてきていた。
それを拒否するのは八雲藍、主人の八雲紫の命令であった。

「まったく、どうかしてるわ。」

そうぼやく紫は、二人の対戦など断固拒否しているし、そもそもがバカバカしい話だと思っている。
それもそのはずである。あの事件の詳細を知る者であれば、この状況が如何に異常か分かるだろう。
騒ぎ立てるようなものではない。ましてや再戦などと当事者である霊夢も魔理沙も望んでなどいないことくらいは分かる。
ところが、穏便に収まる問題というわけでも無く、むしろ事態は思わぬ方向へ一変してしまった。



その日の夜のことである。
鈴虫が鳴く境内に、人の気配、いや他でもない魔理沙の気配を霊夢は感じた。
月明かりばかりが眩しい夜で、障子の向こうに黒い影が映っている。
それに気付いておらず、行ったり来たりと思い悩んでいるようすが丸見えであり、霊夢は滑稽に思った。

私が開けてあげようかしら。
そうも思ったが、やめた。その障子は魔理沙が開けるべきものなのだ。
私はただ起きて魔理沙のことを待っていればいい。霊夢は布団の上にふわりと座った。

さて、ここで魔理沙が一握りの勇気を持ってして軽い障子をからりと開ければ、
おそらくはお互いに大団円のハッピーエンドを向かえただろう。
だが、そうはいかない。
魔理沙は何度も往復を繰り返し、そわそわとしてはふらふらとしていた。
それでいながら立ち去ろうともせずに、ひたすら右往左往する魔理沙に痺れを切らし、とうとう霊夢の方から障子を開いたのであった。

「なにしてるの。」

魔理沙が踏み切れなかったのは純粋な躊躇ゆえだったが、その晩のあやしい雲のせいだろうか、
霊夢には魔理沙がいつの間にか卑屈な精神に身を落とし、まるで開けてくれるのを待っていたかように見えてしまった。

「黙っていないで何か言ったら。」
「そう、つっけんどんになるなよ。」

そんな言葉を魔理沙が吐いてしまったのは、おそらく自分が誤解を受けていると分かってしまったため。
そして、霊夢のあまりに冷たい眼に思わず竦んでしまったがゆえの強がりであった。
この臆病な強がりは、卑屈という疑惑を上塗りするには充分だった。

「何も言うことが無いなら、私は寝るけど。」

寝るけど、それでいいの?
そこまで言えたなら二人の方向はまた違っていたのかもしれない。
しかし、これまでの経緯が言葉を途中で止めてしまい、むしろ軋轢を剥き出しにした言葉に変えてしまった。

「待てよ。」
「何よ。」

それっきりであった。
きっとお互いに会話を重ねても理解し合えない。どちらともなくそう思った。
何も知らない虫の声だけが不愉快なくらいうるさかった。
夜の闇に落ちた沈黙は月がゆっくりと雲に隠れるまで長く長く続いた。
先に踵を返したのは霊夢のほうであったが、実際にはほとんど同時、二人はお互いに背を向けた。
障子がぱたっと音を立てて閉まるのを、箒に跨り夜を切り裂く途中に魔理沙は聞いた。

「あんなくだらないことで終わっちゃうんだな。」

関係の終わりを知るには充分な時間を味わった。
魔理沙はそれをきちんと理解していたし、霊夢も同じであった。
きっと二人で同時に手を離したんだ、そう理解していた。




さてさて、二人が御破算になったことも知らず、幻想郷の住民は目の前に迫った決選を待ち焦がれていた。

こういうとき、大人しくしていられない連中が幻想郷にもいる。
星熊勇儀などはそのタイプであり、鬼の血が騒ぐのか、喧嘩となっちゃ黙っちゃいられねぇとテンションを上げている。
江戸っ子気質の死神、小野塚小町もどうにか有給を貰い観戦できないかと画策しているのだ。
一方、風見幽香はやや薄暗い笑みを浮かべながら血が見れる血が見れるとまるでキチガイのような期待をしていた。
そう、なんだかんだ言いながら、結局は幻想郷全体がそれぞれの形で戦いに関心を持っていたのだ。

ところが、一方の博麗神社は静かであった。
河童に対処すべく藍がわざわざ馴れない結界など頑張って張ったせいもあるが、静けさの原因はそれだけではない。

「ねぇ、藍。」
「なんですか紫様。」
「霊夢がね、最近ほんとうに冷たいのよ。」
「紫様もそろそろ子離れするときだと思いますが。」
「そういう話じゃなくて、なんだか、あの子の明るさって魔理沙の存在があってこそだったのかしら。」
「おそらくそうでしょうね。」

落葉を掃く手を止め、藍は秋の高い空を眺めた。
この幻想郷が少し物足りなく思えて、やたらと空が広く感じた。
そんなセンチメンタルな日々は足早に過ぎて行って、とうとう決戦当日を迎えてしまった。



ぬおー。雄叫びを上げて結界を切り裂いたのは伊吹萃香であった。
その裂け目からわらわらと大勢が流れ込み、藍が苦心して作った結界など弾けて消えた。

「今だ、行けー!」

にとりの掛け声とともに河童軍団が突入。機材が運ばれあっという間に特設リングは完成した。
ミスティア・ローレライなどはここぞとばかりに見計らっていたのか、屋台を構えてうなぎを売り始める。
こうなるとどうしても酒が欲しくなるもので、これは永遠亭の兎軍団によって大量に運び込まれた。
もはや何が始まるのかなどどうでもよくなり、飲んで喰っての宴となった。

「この際、そうしちゃいましょ。」

これだけの人数が集まったのだから、楽しい宴に変えて何もかも水に流そうというのだ。
その目的は、霊夢と魔理沙を今一度巡り合わせるというものも兼ねていたのだが、
魔理沙の姿はそこに無く、霊夢は部屋に籠ったまま声をかけようとも出てこようとはしない。

そんなことをさておき、実に盛大な宴になった。
各勢力の諸問題を抜きにしてトップの面々が出揃うという豪華なものである。
やがて駆け付けた星蓮船からは追加の酒が振舞われ、これはナズーリン率いる鼠軍団によって樽が運ばれた。

宴じゃ宴じゃ。今宵は宴じゃ。
博麗神社の陽気さと裏腹に、誰もが気付きつつあった。
霊夢は来ないし、魔理沙は来ない。きっとおそらく壊れた関係は二度と修復しないのだろうと。
二人のことは幻想郷の住民なら知らぬ者はいなかったし、誰もが二人を好いていた。
それがもはや過去のものとなったならば、もう飲んで全てを忘れようという意図を、誰もが隠していたが誰もが感じていた。
主人公不在の空っぽのリングが痛々しかったため、プリズムリバー三姉妹が即興で演奏などしたが、誤魔化しきれない気まずさがあった。

ところが、騒ぎに紛れてひそひそとその情報は伝えられていった。

「来てるみたい。」
「来てるの?」
「来てるよ。」
「来てるってさ。」
「ああ、来てるな。」

とはいえ、誰も引っ張りだそうとしなかった。
観衆に引っぱり出される主役などいないからであり、胸を張って登場する時をみんなが待っていた。
物陰に脚を震わせ隠れていることなど、とっくにバレているというのに。

それは演奏が終わり、盛大な拍手が鳴り響き、それが収まったころである。
一息入れて、頬を叩き、気合いを入れ直したひとつの影がリングに向かってきた。

「道を開けろ!それそれ、邪魔だ邪魔だ!」

群衆を掻き分け掻き分け、トップロープを軽く飛び越えて、本日のメインイベンターはリングインした。
河童軍団はスポットライトを照らし、霧雨魔理沙の姿を映し出す。盛大な喝采。マイクを手渡したのは紫であった。
すぅと息を吸い込み、せいいっぱい振り絞った声で魔理沙は叫んだ。

「みんな盛り上がってるかー!」

おおおおおおお、と大地を鳴らす響きが幻想郷に渡る。
最前列に陣取った勇儀、萃香、小町、幽香が拳を高く掲げる。
にとり率いる河童軍団も、これには仕事の手を止めて喝采を送った。
後方に構えた紅魔館グループも、ギプスを首に巻いたレミリアと原因となったフランドールが仲良く美鈴と咲夜に肩車されている。
立見席のお燐、お空、こいし、こいしの手により松葉杖をつく羽目になったさとりすらもが大いに手を叩き、主役の登場を喜び、
早苗も神奈子も諏訪子も三人そろって覆面レスラーの格好をしながら大いにはしゃぐ。
文は絆創膏をあちらこちらに張り付けて、椛と肩を組み歓声を上げた。特別席の幽々子も妖夢も、これには大満足であった。
みんなを集めて応援すると言ったアリスはというと、上海人形を大量に連れてきており、そんなこと恥じるわけもなく誰よりも高い声を上げたのだった。

「さあ、出てきやがれ霊夢!こっちはとっくに出迎える準備は出来てるぜ!」

ぱんっと、大歓声の中で障子を開く音だけがやたら大きく響いた心地がした。
少なくとも、魔理沙の耳には何よりもはっきりと聞こえていたことは間違いない。

「いるわよ、ここに。まったくあんたってやつは。」

こうして少女主催の男祭りは始まった。
どちらがどのように戦って、だれが勝ったのか、そこまで語る必要は無いだろう。
いずれの結果にしても、試合後に両名は抱き合うものと決まっているのだから。
ただ言えるのは、全ての者に熱狂がもたらされたのと、あの頃と同じような幻想郷が戻ってきたことだけである。

いや、正確に言うとやや違う部分もある。
しばらくの間、幻想郷に格闘技ブームが巻き起こったのであった。
もうああいうブームは来ないのかな。

間違いが見つかったため訂正致しました。
椛が使った技「チキンウィング・アームロック・スープレックス」は「チキンウィング・フェイスロック・スープレックス」の誤りです。
関係者各位、特に夢枕獏原作『餓狼伝』の梶原さんにご迷惑をおかけしたこと深く謝罪いたします。
逸勢
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.1070簡易評価
2.80奇声を発する程度の能力削除
最初はどうかな?と思ったのですが、中々良かったです
3.70名前が無い程度の能力削除
もっと殺伐としていて、流血グロ等のオンパレードだとよかった。



と、思ってる俺はそそわ向きじゃないですね。そうですよね。
4.90名前が無い程度の能力削除
もう10kbくらい追加して最後の戦いを描くべきでしょうよ!無論でしょうよ!

戦いを弾幕ごっこという形に纏めた幻想郷にこそプロレスは似合うのやも知れませんね。思えば天子のスペカなどはハルクアップを彷彿とさせます(←病気)
6.100名前が無い程度の能力削除
最初の喧嘩の原因が妙にリアルw
中盤の各メンツの描き方が素晴らしい。
というより、全体的な語り口の雰囲気が私好みなのかもしれない。
最後のおわらせ方も、戦いを描く訳ではなく、最も描きたかったであろう部分で終わらせていて気持ちよく読み終わることができて良かったです。
7.100名前が無い程度の能力削除
リーマンショックから衰退が始まったよね・・・
さびしいなぁ
10.80名前が無い程度の能力削除
続きが見たい・・・
12.90名前が正体不明である程度の能力削除
まさに題名の魔力。
14.100名前が無い程度の能力削除
垂直落下式とか、滝壺とか、端々で下克上がwww

喧嘩祭りに対する面々の反応が、それらしくてなんか良かったですね。
そりゃあ妖怪だもの、血も喧嘩も大好きだろう、と。

あと八雲主従のオカン度は多分有頂天。
17.100名前が無い程度の能力削除
あの頃は良かったですね。
アーツとホーストは文句無しで強かったし、バンナは皆のヒーローだった。セフォーなんて間違いなく頭狂ってた。バタービーンけっこう好きだったな。
総合じゃヒョードルとノゲイラの試合は燃えた。ハントなんてどんなに打たれても、全然倒れない。ミルコの蹴りは最高にキレてた。

まだまだ挙げたらきりないな。東方でこんなSS出るなんて、100点持ってけ!
23.100名前が無い程度の能力削除
テーマの見つけ方が上手いなあ、と感心した。
面白かったので、また書いてください。
29.100カミソリの値札削除
ちかれた……(小声)
あ~面白かった!
このユニークな作風、堪りませんな!!
これからも続き、期待しています!!
31.100名前が無い程度の能力削除
いいね……
32.100名前が無い程度の能力削除
夕陽をバックに河原で殴り合い、そして最後には熱いハグを交わす。
ああこれぞ青春……!
33.80名前が無い程度の能力削除
思春期ってそんな感じよね
もうちょい突っ込んだラストが見たかった
39.100名前が無い程度の能力削除
思春期の男は、不器用とかいろいろ言われるが、はっきりいって女々しい
そんなあったかもしれない青春の話でした
41.70ミスターX削除
ポロリを期待した誰かさんが、合体技「レイマリドッキング」で屠られたのは別の話?