Coolier - 新生・東方創想話

腕差して没薬樹

2021/08/13 13:29:15
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 一

 当代のものぐさのために今でこそ寂れている博麗神社だけれど、かつてはそれなりの数の巫女と信仰を抱えていたことは、大人たちの伝聞と人里の各所にひっそりと残る分社が示している。
 人里の生まれで父母を亡くし、どこぞの嫁に出すには幼く、かと言って器量も悪くないとされた私の処遇が博麗神社での丁稚奉公ついでの巫女見習いとなったのは、反対こそあったものの博麗神社の規模を復興させたい方々の思惑と重なってのことであった。
 流されるままに本殿に出向いた私はそのとき初めて博麗霊夢さんに出会った。楽園の巫覡、今でこそ歴代最高だとか謳われている霊夢さんだが、そもそもこのとき人里で十年近く暮らしてきた私が一度も会ったことがないのは、この人がどれだけものぐさであるかをよく物語っている。つまりこの人は博麗の務めに反して人里に出向くということがまるでなかった。着の身着のままの私を出迎えた霊夢さんは、ああついに面倒ごとがきてしまったのかと言わんばかりのしかめ面だけを見せて「あー」とか「うー」とかだけ呻きながら頭を掻いていて、追い出されれば身寄りのない私はそれはそれは不安に突き落とされた。
 正直なところ失望もした。先代の博麗の巫覡と言えばよく知られた人情家で、歴々の巫覡たちは恐ろしい妖怪に立ち向かってきた、歌舞伎の為朝さまのような勇敢な方たちなのだと母が健在なころは聞かされたものだった。それが霊夢さんときたら、ひょろりと背が高くやせぎすで、超然としたと言えば聞こえはいいが、まるで地に足のついていない気の抜けた風体なのだから、しまらない。その日には結局、境内を案内されただけで「少し寝るから夕飯を頼んだ」と言われて寝床に引っ込んでしまった。これには少し泣きそうになった。結局夕飯を作ったのはいいものの、緊張と不安とで喉を通らず、夜はあまり寝付けなかった。

 翌日の朝、朝ぼらけの刺すように寒い外気に縮こまりながら味噌汁の香りに釣られてのそのそ布団から這い出た私は、まだ寝ぼけ眼を擦っていた。どうにも霊夢さんは日が出ないうちにそっと起きて手早く朝餉を仕込んでいたようで、流石に神職の人だなと思った。
 すまし顔で配膳をする霊夢さんは、なんというか、美しかった。朝の青みがかった薄明のなかに物音立てず摺り足で歩き、淡々と椀を運んでくる。しばらく見惚れた。当然「惚けてないで手伝え」と怒られた。男に見惚れている自分がいることにちょっと驚いた。
 朝食は、味に関しては平々凡々。舌鼓を打つほどでもないが、おいしい。優しい味と言えば優しい味かもしれない。まぁ普通だ。でも朝食を取る風景一つ切り取っても、霊夢さんの所作は洗練されていたのである。言葉では説明が難しい。さっきは見惚れたとは言ったが、かといって引け目を感じるような触りがたい美しさとは違う。そこまで尊い人でもない。俗っぽさも内包しているのだ。「器用なやつ」とか「人ができている」という形容から線をずっと伸ばして、そのはるか先の延長線上にいるのが、博麗霊夢という人だった。
 具体例を出そう。あわただしく私の丁稚奉公の日々が始まったのであるが、家事炊事の諸々で霊夢さんに厳しく扱かれた。「はたくときは上から埃を落とすんだよ。下からはたくのは阿呆だ」「雑巾の絞り方がなってない。廊下が水浸しになるだろうが」「普段から針を持ってないから遅いんだ。のろのろ縫ってたら指を刺すぞ。練習しろ」等々……これだと私が拙いから怒られているように聞こえるが、霊夢さんは恐ろしく万事に精通していた。私の母が存命のころ直接教わって、得意だとうぬぼれていた裁縫ですらダメ出しされたときは、涙目になった。
 色々厳しく仕込まれたのは、まぁ私に家事炊事を投げやって楽をするためな事は間違い無いだろうが、面倒見はよかったし、私が挫折して投げ出すことがなかったのは霊夢さんの真摯さに依ったものでもあった。そんなわけだから、私は霊夢さんを尊敬するようになったし、よく懐いた。一番最初に神社に来たころ私は10にならないくらいで、霊夢さんは15歳とかだったので、今考えても本当に立派に自立してよく出来た人だった。ものぐさ癖はあるが。
 そうして数年ほど扱かれて、最後には私に諸々の家事を丸投げした霊夢さんが何をしていたかと言うと、もっぱら縁側に座って茶を啜っていた。季節の変化がどうとか、肌で感じる風がどうとか、いつもじじ臭いことを延々と喋っていて、あんまりのどうでもよさにほとんど聞き流していた。
 そういう話にかこつけて茶の入れ方にも煩い人だった。やれ夏場はこういう温度で入れるだの、こういう日には濃い目の茶を入れるだの、流石に手に負えないというか、預かりしれないことをくどくど言っていたので、いよいよ私は「知りません」「自分で入れてください」と一蹴してやったら、茶に関しては特に何も言わなくなった。博麗霊夢という人に私が初めて黒星を付けてやったお話である。
 茶を飲む以外にやることと言えば、書籍を読み漁ったり、手慰みにスペルカード? とやらを書いたりしているばかりだ。正直なところ、文弱極まりない印象しかない。しかも、日が暮れれば大概布団に寝転がりながら酒を煽っているから、かなり最悪である。それなりの酒豪であるくせに酔うまで飲むものだから酒代もバカにはならず、なので私が酒瓶を取り上げなくてはならなかった。すると霊夢さんは不機嫌そうに睨むのであるが、かわいいものだった。このころには私も彼の取り扱いをすっかり心得ていて、知らん振りを貫いてやった。

 二

 こうした霊夢さんの印象がまた翻るのは、あとあと霊異伝から怪綺談と呼ばれるようになった、あの一連の魔界異変のときだった。
 あれらの件について私が詳しく語る必要は感じない。稗田家当代の何某が記録を残していたはずだし、神社に取りついている悪霊なりなんなりに聞けば、誇張と嘘八百を交えて語ってくれるはずだ。
 あの一連の異変のとき、連日切った張ったを繰り返しているのは知っていたが、私は神社に籠っていたし、霊夢さんもピンピンして帰ってきていたのでほとんど実感がなかった。ただ最後の騒動……怪綺談の顛末は事情が違った。
 床の間に転がり込むように帰ってきた霊夢さんは、疲労困憊で立てないほどだったようで、目立った外傷こそすり傷切り傷ばかりだったが、私が介抱してやる必要があった。「悪いが歩く気力がないから、風呂まで連れて行ってくれんか」と弱々しく頼み込んできて、だというのに、じゃあ行きますよと担ぎ上げようとしたとき、霊夢さんの体がずいぶん大きくてしっかりしている……男性的な体つきであることに気が付いた。
 普段の霊夢さんはハイカラな衣装というのを着ないし、つまり大体がゆったりした和装の寝巻きか巫覡服だった。私は霊夢さんの体つきとかを知る機会というのはついぞなく……である以上に、私は霊夢さんについてほとんど知らないのではないか?と、重たい彼の体を支えながら考え込んでしまった。「……なんで足を止めた? 重いか?」と言われ、いえ大丈夫ですとあくせく運んだのだが、その最中にもふと隣を見ると、澄ました顔の霊夢さんの横顔が近いのだ。まじまじとそれほど近い距離で顔を眺めるのも長い共同生活のうちで案外初めてで、正直に告白すると、このとき、私は霊夢さんを男性として意識した。いや、そのときは湯浴みも手伝ったり(当たり前だが霊夢さんは腰に布を巻いていた。誓って、このとき邪推されるような話はなかった)で忙しく、なんとか霊夢さんを寝床に寝かせるまで一苦労だったので、さして思考が巡ることはなかった。でもそのあとだ。霊夢さんが寝付いてようやく私も寝ようという時分になって、先刻までのあれこれを思い出して、湯浴みのときの霊夢さんの裸体の、存外に引き締まった筋肉を思い出して……ドキドキし始めた。なんでもっとあの光景を目に焼き付けておかなかったんだろう? と普段なら考えないことを考えて、自分の思考に自覚的になった。つまり、自分が霊夢さんを男性としてみていることに自覚的になった。
 私が、霊夢さんを、男性として? 奇妙な感覚だった。そのとき改めて自分と霊夢さんの関係を客観的に整理してみようと試みると、霊夢さんは義理の兄のようなものじゃないかと思った。でも普通は兄を男性としては見ない。それに私は丁稚もどきの巫女見習い……そういえば私はいちおう巫女だ。巫女が恋愛っていいのか? そもそも神職らしいことは全部霊夢さんがやっているからまるで分らない。思考がぐるぐる回って落ち着かない。ぬわあああ。
「ん……すまん、起きてるか? 水が飲みたい……すまんが頼めるか? ……すまん」
 私が呻いていたせいか、浅い眠りから覚めた霊夢さんが声をかけてきた。やたら謝るなこの人、と一旦冷静になって、とっとと水がめから汲んできてやった。
「今日の仕事はやたら疲れた。魔界の創造神だとかが相手で、強くてな」
 霊夢さんはどうにか布団から這い出て、障子の戸にもたれかかっていた。月がまぁまぁ明るい夜で、霊夢さんの顔がよく見えた。
「それは……博麗のおつとめご苦労様でした。ささ、お体に触りますから。もいちどお休みになってくださいよ」
「……酒飲みたいんだ」
 すぐこれだ! さすがに困った。ずいぶん苦労する戦いだったようだからねぎらいに飲ませてやりたい気持ちもあるし、とっとと休んでほしいという気持ちもあった。私がうんうん迷っていると、口をもにょもにょさせて催促してくるものだから、仕方なく私が折れた。
 思えば霊夢さんに酌をしてやったことは一度もない。この人はいつも知らぬ間に棚から酒瓶を取り出して手前勝手に出来上がってやがるのだ。だから、得難い経験だと思いつつ注いでやった。
「お前もいい年だし、そろそろ酒を飲んでみないか。酒は誰かと飲んだ方が楽しいものだしな」
 それは少し意外な言葉だった。霊夢さんは酒さえ飲めればいい性質と思っていたから。確かにたびたび妖怪や悪鬼悪霊なぞと神社で宴会はしていたが、酒を飲む口実作りなのだと理解していた。普段から一人酒ばかりする霊夢さんのイメェジとは違ったものがあった。
 しかし酒、酒か。今まで私が酒に手を出さなかったのは、単にきっかけがなかったとかそれほど興味がなかったとかはあるが、霊夢さんの深酒の姿を見ているからというのが大きい。酒に酔った人間がだらしないとか品がないとか言うつもりはこれっぽちもないが、飲酒でぽわぽわしている霊夢さんを前にして、私は内心勝ち誇ったりしていたのだ。私はこの人みたいに酒飲みにはならないぞ、私が介抱する役で霊夢さんは介抱される役なのだと。言葉にしがたい自分だけのバランス感覚がそこにはあった。
 でも、やっぱり私が折れた。飲んだ。そして酔った。
 升一杯分ほどをちょっとずつ飲んで、初めての酒はどうだとか、お前も大きくなっただのやたら感慨深そうなことばかり言う霊夢さんにはいはいと相槌を打っていたのだが、次第にかなり酔いがまわっていった。なるほどこれが酔う感覚か。首のすわりと体幹が少しゆらぐ。自制のタガが外れていく。なんというか言語化しがたい、わびしい気持ちになった。口がさもしいというか、硬い干し肉にでも齧りつきたいというか。
 普段ならあまり口にしないような言葉がいろいろ口をついて出た。昔みたいに一緒に家事炊事をやりたいとか、甘えるような言葉ばかり吐いていた。思い切って抱きつきもした。霊夢さんは困ったように笑っていた。
「お前の父親代わりにはなってやれてないな」
 私はその言葉にハッとなった。そして抱きついた要領のまま頭突きを喰らわせてやった。
「……私は! 霊夢さんに父親を求めたことなんてないですよ」
 じゃあ何を求めてるんだ? そう心の中で自問してしまった。なるほど霊夢さんを異性として好いている。確かに今この瞬間はそうかもしれない。かといって私は運命的な結びつきやプラトニックな愛などを志向するほど乙女でもなかった。情熱に欠けた自我を俯瞰して、すぅっと離人感に襲われた。顎をさすっている霊夢さんの顔をじっと見ながら意識が自分の中に沈んでいく。なぜだか頭がくらくらしてくる。
 はたと気付く。酔いが限界だった。眠気に耐え切れず私は寝た。

 三

 その晩から霊夢さんの距離感が微妙に遠くなった。照れてるとかではなく、どうも困惑の色が強いらしかった。
 正直霊夢さんの考えているところはだいたい察しがついていたし、こんなことですれ違う気は毛頭なかったのでハッキリ言葉にしておくが、要は私の子供じみたさみしがりの部分を埋めてやれるか念慮していたのだ。
「もう襲っちゃえよ!」
 私のやんごとなき事情を知った幽霊のカナ・アナベラル氏の言である。挙句の果てに「抱けーっ! 抱けーっ!」と喚きだしたので庭先に放り出しておいた。やかましいわ。
 というか、私の淡い恋心はまだそういう段階にはないし、たぶん今後もそういうことにはならないのだ。なんかこう……佐用姫みたいな! そういう純愛で胸がきゅんとくるやつなのだ! と主張した。
「悲恋じゃないかよ」
 片肘を突いて聞いていた亡霊、魅魔氏の言である。やるなら甘酸っぱい感じがいいんです悲恋は嫌ですと断ると、鼻で笑われたので同じく庭に投げ飛ばしておいた。こっちは真剣に悩んでいるというのに。この神社にはロクなやつがよりつかない。
 はて、自分が何をしたいのかも検討が付かなかった。確かに霊夢さんが好きだ。かといってこれは一時の気の迷いなんじゃないかと思えるぐらいの冷静さもあった。恋は盲目というけれど、私にはそういう猪突猛進さみたいなものがどうにも足りていないらしかった。ともすれば好きという気持ちすら疑わしく思えてくる。
 魑魅魍魎連中はそのあとも囃したててきて、その無責任なアドバイスに苛立たされながらしぶしぶいくつか従ったのだが、まるで成果をあげなかった。ちょっとこっぱずかしいアプローチもあったので具体的に語る気は起きないが、どれもこれも霊夢さんに無下に扱われるのはやる前からわかっていたことでもあった。あの朴念仁が人の機微に聡いわけがないのだ。

 また別の日のことである。博麗神社に雨が降る。神社に集る妖怪どもは濡れるのを嫌って来ないから、雨足のうるささと反するように神社は静かになる。
 雨雲は掛かっていても存外に明るかった。だから霊夢さんと私は揃って畳に寝転んで、貸本屋から借りた本を読みふけっていた。雨音とページをめくる音だけが聞こえていた。
「この間は悪かったな」
 霊夢さんが唐突に言った。か細い声だった。私は内心呆れながら、おくびにも出さないように自分を抑えて応えた。
「なんですか」
「酒を飲ましたことだ。……まだ早かったと思ってな」
 裸足で畳を鳴らして私は飛び起きた。緩んだ着物の帯をきゅっと締めて、霊夢さんを見下げて言った。
「私はもう子供じゃないです!」
「そうは言ってない」
「言ってます」
 霊夢さんは目線を本に向けて、こちらをチラリとも見ようとしなかった。それから口を効こうとしない。実のところ私はそこまで怒ってないし、むしろ諦観の念が強かったのだが、揺さぶりをかけるために外面だけは不機嫌の顔をしてみせた。
「そっちから話しかけておいて、だんまりですか」
「言いたいことは言った」
「承服した覚えはないです」
 それでも霊夢さんは無関心を貫いていた。ガードが固すぎる。こっちがムキになって強硬に出てもいいのだが、あいにく私は本当に子供でもなかった。
 だから家出した。……やっぱり子供かもしれない。

 四

「それで私ンとこに来たのか? 行動力あるねぇ」
「こんなの、ポーズですよ。……ご迷惑をおかけします。埋め合わせは必ず」
「そんなんきにせんでいいっちゅうに……好きなだけ泊まっていけよ。私も霊夢のやつには世話になってるし、ツケの清算だ清算」
 魔理沙さんの家は目を惹くものが多かった。ガラス細工のフラスコの中身が常にポコポコ沸騰しているし、幾何学的な文様が書かれたレポートがいくつも散乱している。うーむ音に聞こえし魔女の家。勝手のわからない家を掃除するわけにもいかないし、どうにも手持無沙汰だった。
「で? 霊夢のやつのどこが好きなんだ?」
「出し抜けですね」
「乙女にゃ恋バナが付いて回るもんさ」
「はぁ。……見てて分かりやすいというか……打てば響くように表情をころころ変えるとこは、好きですね」
 霊夢さんの仕草を思い返す。茶柱が立ったとか些細なことを報告してにっこり笑ったりすることもあれば、汁物を服にこぼしたとかでこの世の終わりみたいな絶望の顔をする。普段なにもないとぼけーっと惚けた表情をしている。見ていて面白いというか、その、ありていに言えば愛おしい。
「ヒューッ、言うねぇ。その感じじゃコイツは要らないな」
 魔理沙さんは桜色の液体が入った小瓶を揺らした。聞けば媚薬とのことである。
「いりませんよ!?」
 下世話なやつばっかだ。

「そういえばお前、空飛べたりしないのか? 一応巫女の見習いなんだろう、霊夢みたく妖怪退治とかは」
「え、からきしです。神社では家事炊事ばっかりですよ。参拝客も来ませんから巫女の仕事とかしたことないですし」
 魔理沙さんはそりゃそうかという顔だった。大きな三角帽を一度深く被って、くるりと回してニヤッと笑った。
「ふんふん……こういうのは魔理沙さんにお任せろ! 意地ッ張りなお前さんにピッタリの荒療治に心当たりがあるぜ」
 魔理沙さんのいう『荒療治』が何なのかは言うまでもなく察しがついた。弾幕ごっこである。

「仮にも博麗の巫女だろ! 避けろ避けろ! 避けたら撃て! 避けながら撃て!」
 これまた察しがついていたことだが、魔理沙さんは教師にてんで向いていない。どうにかこうにか飛び上がれたのはいいものの、そこから先というのはスパルタ式である。そもそも、弾幕ごっこで蟠りが解き解れるという魔理沙さんの見解に私は懐疑的だった。曰く「殴り合えば万事解決」。そんなわけあるか。それでも弾幕ごっこの練習を承諾したのは、突然転がり込んできた私を養ってくれている魔理沙さんへの義理立てである。どうにも善人な人だから、無碍にはできないのだ。
 くるりくるりと空を舞う。魔理沙さんの星形弾幕が新月で真ッ暗な夜を彩っていく。急制動。宙返り。急降下。自由に身体を伸ばして弾幕をすり抜けていく。先ほどまでの魔理沙さんと弾幕ごっこへの疑念……こんなものが役に立つわけないという思いはすぐに消えた。美しい弾幕の幾何学と空を飛ぶ解放感。魔理沙さんの言わんとする一辺を理解したというか、幻想郷の妖怪共や一部の人間が、特別な意味を持たせて弾幕ごっこに臨む理由を垣間見た。楽しかった。私も幻想郷の子なのだと分からされた。
 もちろん弾幕ごっこをしたからと言って問題が解決するわけがないのはわかっている。スペルカードを撃ち合ったところで相手のなにがわかるでもない、想いが通じるわけでもない、のだが……霊夢さんとも弾幕ごっこがしたい、とは思った。それで、弾幕ごっこは目先にぶら下がって思考の邪魔ばかりするあれやこれや、対立やしがらみの一切合切を棚に上げて、何も解決しないままに有耶無耶にできる。そういう遊びなんじゃないかと思った。
 これが仮に、駆けっこやら隠れんぼなら児戯だと謗られてしまう。賽子やら盤上遊戯で物事の是非が決められては堪らない。だから弾幕ごっこがその位置を占めた。詳しい歴史や発案者の意図など知りもしないが、少なくとも私はそう理解した。そして事実、私は弾幕ごっこで持ってして、数日そこらで書き上げた拙いスペルカードで持ってして、霊夢さんをぶん殴りにいくことにしたのである。
 
 五

 負けた。霊夢さんは普通に強かった。異変でもない時のアイツなら余裕で倒せると嘯いていた魔理沙さんは投げ飛ばしておいた。
 

「よくわからんが……満足したか?」
「……はい」
「帰るか」
「はい」

 まぁ、なんというか、そういった経緯で。私は問題を先送りにすることにした。元さやである。「煮え切らない結末だな?」と魔理沙さんは言ったが「これは煮ている途中なんです。歳月掛けてグツグツのシチューにしてやります」と言い返してやった。
 私は霊夢さんが好きだ。義理の家族として、男性として、一人の人間として。だが今はこの気持ちを告白するつもりはない。恋心に目覚めたばかりの頃はやれ自分が冷静だのと客観視出来ていたつもりだったが、結局のところ急ぎすぎていたのかも知れない(断じて、これは今日明日の解決不可能なもどかしさを慰めるために自分に言い訳しているわけではない)。
 正直弾幕ごっこは豆腐にかすがい糠に釘というありさまだったが、家出のあれこれを有耶無耶にしてくれたし、家出そのものは冷静になるための時間をくれた。今までと変わらない距離感でもう少し霊夢さんに甘えていたい、甘えていいという心の余裕の発見になった。

「お前も弾幕ごっこするようになったかぁ……祝いに酒でも飲もう」
「はいはい。まったく、お酒飲んでるのはいつもじゃないですか、ふふ」
 さて、人の恋路に耳をそばだてる年増で物付きかつ厭らしい妖怪連中には申し訳ないが、今はこんな調子だ。霊夢さんは相変わらず朴念仁で無精者である。一方の私も恋愛小説片手に甘酸っぱく夢見る乙女を謳歌させていただいている。
 私は霊夢さんと時を同じくしているだけで幸せだ。私は些細な幸福を噛み締めて味わえる女なのである。けれども……今は曖昧でファジィな関係だけれども、ものの見事に私が霊夢さんをたらし込んだ暁には、酒精片手に嫌と言うほど周囲に惚気てやるつもりである。
弾幕ごっこは少女の遊びだぞ

Q.なぜ男体化を? 百合でよくない?
A.男体化が好きだからです……。
あるちゃん
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コメント



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1.90名前が無い程度の能力削除
強めの幻覚でした
2.100サク_ウマ削除
笑っちゃったので負けです。恋愛ものとして楽しめました。良かったです。
3.100Actadust削除
最初、タグを見てちょっと警戒してしまったんですが、読んでみれば思っていた以上にすんなりと受け入れられました。
作中では霊夢は男性なんですが、読めばやはり霊夢なんですよね。男性としてのイメージのまま、その言動は霊夢のそれで、新鮮な思いで楽しませて頂きました。
文章も読みやすく、徐々にモブちゃんが霊夢くんを好いていく過程が甘酸っぱくて好きです。ありがとうございました。
4.70名前が無い程度の能力削除
男体化はキャラクターの大きな魅力である少女性が無くなってしまい嫌いなのですが、
好みはおいておくとして文章はしっかりしてて、過去作と比べ読みやすくなっていたかなと感じました。
そういうのが好きな人は好きなんじゃないでしょうかわかりませんけど、という感じで良かったかと思います。
有難う御座いました。
5.90奇声を発する程度の能力削除
面白かったです
7.100名前が無い程度の能力削除
どきどきしました
8.100名前が無い程度の能力削除
身体を密着させて分かるゴツゴツ感いいよね......
9.100大根屋削除
好き。この気持ちが大事なんだと分かった。
良い作品でした。