※ 注意 ※
本作品中を殺人犯が闊歩しているおそれがあります。
背後、就寝時、思いもよらぬ犯人等に十分お気をつけください。
「げ」
「げ」
暦の上ではもう春らしいが、未だに春の声が聞こえる気配はない。幻想郷は寒波のまっただ中だ。
そんな中私、霧雨魔理沙が地底の温泉街を訪れる、というのはまったく道理にかなうものだろう。
外の寒波もここまでは届かず、リゾート気分だ。
ここの温泉街の仕組みは実に素晴らしいもので、各温泉に1つの旅館が付属している形なのだが、そのどれかに宿泊していれば登録されている温泉に自由に入れるというものだ。
一度でいろいろな温泉が味わえるというシステム、各旅館も当初はかなり反発したそうだが、現在は非常に高いリピーター率を誇っており、地底の観光産業を支える大黒柱である。
2泊3日で温泉三昧。少々婆臭いが、実に甘美なものである。
私が泊まっているのは、中央に位置する『小石館』。
付属する温泉である『小石の湯』透明度が低い肌色の濁り湯で、肌などのハリに効果があるらしい。
やや小規模なため時間帯によっては非常に混雑していたが、宿泊していることを生かして比較的空いている時間を選び、1日目は小石の湯を堪能し尽くした。
というわけで、2日目は足を伸ばし、色々な温泉を巡ろうというつもりで、まずは『霊烏路の湯』を訪れてみたのだが……
「おいおい、いつものメイドはどうした?」
「たまには羽根を伸ばしたくてね。ま、お忍びという奴さ」
後方にいる妖精メイドが頭を下げる。なんとなく記憶にある顔な気がする。
「たまには煩わしいのから開放されたくてね」
紅の吸血鬼、レミリア・スカーレットと温泉。正直言って、あんまり似つかわしくない組み合わせだ。
それもほとんど誰も誘わずお忍びで。うーむ、私が思っている以上に当主ってのは疲れるんだろうか。わたしのレミリア観を修正する必要があるかもしれない。
「レミリアはどこ泊まってるんだ?」
「ここの二階ね。ま、たまには贅沢もいいかなと思ってね」
宿泊施設は各温泉に付属している館にと述べたが、基本的にはそこに隣接する、宿泊用の別館に泊まることになる。
温泉が文字通り目の前にある部屋に泊まるには、まあそれなりの出費が必要になるわけだ。
ぬぐぐ、さすが紅魔館当主。妬ましい。
「霊烏路の湯は楽しんだから、他に行こうと思ってね」
「おお、そうか。私が泊まってるとこの小石の湯はなかなかよかったぞ。ちょっと手狭だから時間は選んだ方がいいが」
「じゃあもう少し遅くなってからいこうかな。魔理沙もこのあたりを巡ってるなら、また顔合わせるかもね」
「おう、私も楽しませてもらうぜ」
浴衣のレミリアというのはちょっと新鮮だ。しっかり着こなしているし、見返り美人というやつかもしれない。
などと立ち去るレミリアの背中を見送りながら、暖簾をくぐった。
そうして、私はこの『霊烏路の館』に足を踏み入れたのだ。
* * *
『小石の湯』が真っ白いタイルが敷かれた均整のとれたデザインだったのとは対照的に、『霊烏路の湯』は原始的な露天風呂をイメージしたようなごつごつした岩が多く配置されてた。
湯色は赤味を帯びており、透明度は高め。血行促進に大きな効果があるそうだ。
「芳香を温泉に入れたら生き返る~とかベタなセリフ言うのかなあ。幽々子は絶対言うなあ、妖夢はうんざりするに違いない――ですか。堪能されているようでなにより」
「私の高度な演算に基づいたシミュレーションの結果をあまり口外しないで欲しいんだが」
この温泉街は地霊殿の主導で再建が進めめれており、口も金も挟んでいるのが地霊殿の当主、古明地さとりだ。
地底と地上の交流が再開されたことで、有数の観光資源である温泉街に目をつけ、地上の一般人を迎え入れようと鋭意努力している。
まだまだネガティブイメージも強いものの、私をはじめとして来訪者は多く活気づいており、リニューアルは成功したと言っていいだろう。
「まだまだ発展途上ですよ」
「私の体のどこを見て言ってるんだ」
「血行促進は身体の成長の上でもいいらしいですよ」
「セクハラオヤジの覚り妖怪とかいたら本当に質悪いだろうなあ」
余談だが『覚の湯』は有数の透明度を誇る温泉らしい。
そのうち入るつもりだったが、なんか遠慮したくなってきた。
「私の父が能力をフル活用してセクハラを進めていたせいで一族郎党滅ぼされたんですよね」
「マジかよ」
「冗談です」
お湯に浸かった私の隣にさとりが来る。
「しかし地底も様変わりしたなあ。私が最初に来たときとは雰囲気がぜんぜん違うぞ」
「そう言って貰える嬉しいですね。昔とは状況は違います。変化に合わせて対応して……」
その時、旅館から大きな悲鳴が聞こえた。
「な、何事だ?」
「あら、ゆったりタイムも終わりですか」
即座に緊張感を漂わせた私と違い、おそらくよりいっそうの責任がかかるはずのさとりの雰囲気はあまり変化しなかった。
「随分悠長だなあ」
「あんまりこういうのを外部の方に言うのはあまりよろしくないんですが、地底じゃ揉め事なんて日常茶飯ですからねえ……喧嘩ならヨソでお願いしたいんですが」
地底の偉い人とは思えん発言。ううむ、これが地底の価値観なのか。
「あら、魔理沙さんも来るんですか」
「いやあ、というかこの状況で平然と風呂に入るってのも……」
「思ったより繊細なんですね、魔理沙さん」
「うるせー」
着替えてさとりに付いて行く。
どうやら宿の関係者も慣れているようで、出入り口はやんわりと封鎖されていた。
「ご苦労さまです。現場はどちらですか?」
「2階ですね、人だかりがありますのですぐわかるかと。あ、これ今館内にいる人の名簿です」
……いくらなんでも慣れ過ぎじゃないかなあ。いかん、ちょっと地底来るの怖くなってきたぞ。
名簿にさとりが目を通しながら2階へ進むと、聞いたとおり人だかりがすぐに見えた。
「ほー、これが容疑者名簿か。お、私もあるな。無実だぞ私は! 信じてくれ!」
「知ってますってば。というか堂々と見ないでくださいよ、まったく」
人だかりの中には先ほどの妖精メイド。いかにもオロオロとしている。あ、お燐もいるな。さっき名簿にのってたな、そういや。
さとりの3つ目の目がギョロギョロと動くと。
さとりの顔つきが大きく変わった。
「……悪いですが、この件は地霊殿の管轄とします。皆さん、退去をお願いします」
そう言って旅館の関係者にいくらか指示すると、人だかりはあっという間に追いやられた。
「連れてきた上で申し訳ないのですが、魔理沙さんも退館をお願いします」
その語気は強く、有無を言わさないようなものであったのは間違いない。
旅館の関係者に先導され、人だかりとともに館の外へ追いやられた。
* * *
「へえ。そんな事情がねえ」
「まったく。名探偵魔理沙さんを締め出すなんて大損失だぜ」
「私が泊まってる部屋に入れないほうが損失だわ」
自分の宿泊している館で騒ぎが会ったことを察して戻ってきたレミリアに事情を話していたところだった。
もっとも、私自身大して知っているわけでもないので、渦中にいたメイド妖精を交えてだが。
レミリアのメイド妖精は事件当時、レミリアの宿泊している部屋にいたそうだ。
彼女によると、荷物の整理などを進めていたところ、隣の部屋で何事か異様な物音が感じ取った。
というわけで妖精持ち前の好奇心を生かし音のした部屋の扉が半開きであることを確認してそうっと中をのぞき込んだ結果、第一発見者となってしまったという経緯だそうだ。
部屋の中には血まみれの鬼の男の――たぶん、死体。
そんな面倒に巻き込まれたにもかかわらず、こうしてすぐに解放されたのはさとりさまさま、というところだろう。
「それにしてもさとりの変貌っぷりといったらなかったな。ありゃいったいなんだったんだ?」
「なかなか興味深いね。私はその場にいなかったからイマイチピンとこないけど」
レミリアが背筋を伸ばす。
「しかし部屋が空くまで手持ち無沙汰だし……暇つぶしにでもしようかね。よし、魔理沙も付き合え」
「ええーっ、なんで私も」
「決まってるじゃないか、こんな面白そうなもの逃す手はないよ。とりあえず魔理沙、聞き込み担当よろしく」
「レミリアは?」
「安楽椅子探偵担当」
「おい、ふざけんな」
とりあえずまとめようか、といって手帳を取り出す。結構使いこまれた様子。やっぱ当主なんだなあこいつ。
そんな様子を見つめていると、訝しげな目でこちらを見てきた。
「ほら、聞き込み聞き込み。行った行った」
この魔理沙さんを顎で使う気か。
クソッ、霧雨魔法店はこの依頼、高く付けるかんな。
* * *
まずは名簿に載っていた知り合いにあたることにした。
現場にいたお燐が望ましいと考えていたのだが、どうやらさとりの右腕としての能力を遺憾なく発揮しているらしく対処に追われているようで、捕まえられなかった。
というわけで、容疑者リストに掲載されていたさとりの左腕――霊烏路空に話を聞くことにした。
「え、事件が起きたときなにしてたかって? えーと、お燐といっしょにお仕事してたよ」
「ほーお仕事。お前の名前冠した館だからか?」
「いやあ、それはあんま関係ないんだけどね。さとり様が爆発したんだよね。
『お燐、お空、温泉に行ってきます。業務は任せました』って。いやあ、仕事に追われるとたまにあることなんだけども。
というわけで慌ててさとり様を追いかけて逃げないように入り口のあたりで待ってた」
なにそれこわい。締め切り前の小説家かなんかか、あいつは。
まあ要するに、私が駆けつけたときに現場にいたのはお燐だけであったものの事件発生当時、館の1階にいたということらしい。
「なんか事件直面して態度が急変したけど、なんかあったのか?」
「ノーコメントって言えってさとり様に言われてて」
「なんだよ、それ。その仕事に追われてたっての関係あるのか?」
「あ、直前の仕事とかは関係ないよ……ってノーコメントだってばー! もう」
なんか突っつけば色々聞けると口を閉ざすモードに入ってしまった。
こうなったら諦めるしかないだろう。緘口令が敷かれているのがわかった現状、お燐を探すのもあまり意味は無さそうだ。
よって次は同様に名簿に載っており、かつ第三者――水橋パルスィに当たることにした。
幸いにして締めだされて館の近くを右往左往しているようで、見つけるのは容易だった。
「なにあんた、探偵の真似事? 不謹慎ねえ」
「うるせー、私も好きでやってるわけじゃ……いや、結構楽しんでるな、私」
これだから、などとパルスィが呟く。
「事件当時は1階にいたわよ。だいたい1時間ぐらいかしら、そこで働いてる友人の鬼蜘蛛と、あと同じく従業員の鬼の娘と話してたわね。
悲鳴が聞こえたときに2階に上がっていったのがその鬼蜘蛛の娘。あなたが到着した時にもいたはずよ」
ああ、いたな。該当しそうな人物は一人しか居なかった。
ついでにアリバイの無さそうな人物についても尋ねてみる。
「お燐と空がいたの? 私は気づかなかったわね。というか、さっき挙げた2人以外知らないわ。ずっと裏にいたもの。
……さとりの態度が急に変わった件について心当たり? さあ、心当たりはないけどちょっと対応は変ね。
言っちゃ悪いけど、鬼が一人二人暴力沙汰かなんかで死んだくらいで、地底じゃこんな大騒ぎしないもの。
さとりもその辺の流儀は弁えてるはずなんだけどね」
ふむ。地底住みにとっては違和感を覚える対応らしい。
なにかあったのはどうも間違いなさそうだ。
聞き込みを終え、レミリアのところに戻って要点を話すと、すらすらと手帳にまとめていく。
現状はこういうことらしい。
●犯行が可能だったと思われる人物のリスト
○霧雨魔理沙 / 探偵助手 / 事件発生が想定される時間帯、古明地さとりとともに
1階の温泉にいたと主張。
古明地さとりと同時に現場に到着した。
○古明地さとり / 読心少女 / 事件発生が想定される時間帯、古明地さとりとともに
1階の温泉にいたと主張。
霧雨魔理沙と同時に現場に到着した。
○霊烏路空 / 地底の太陽 / 事件発生が想定される時間帯、火焔猫燐とともに
1階の出入り口付近にいたと主張。
さとりが到着したとき、1階にいた。
○火焔猫燐 / 地獄の輪禍 / 事件発生が想定される時間帯、1階の出入り口付近にいたと主張。
証言者は霊烏路空。
さとりが到着したとき、2階にいた。
○水橋パルスィ / 温泉客 / 事件発生が想定される時間帯、鬼蜘蛛の女性、鬼の女性とともに
1階の従業員室にいたと主張。
さとりが到着したとき、1階にいた。
○妖精 / レミリアのメイド / 事件発生が想定される時間帯、2階のレミリアの部屋にいたと主張。
証言者はなし。
第一発見者。さとりが到着したとき、2階にいた。
○鬼の男 /被害者の鬼の友人 / 事件発生が想定される時間帯、2階の自室にいたと主張。
証言者はなし。
さとりが到着したとき、2階にいた。
○鬼蜘蛛の女性/ 旅館従業員 / 事件発生が想定される時間帯、1階の従業員室にいたと主張。
証言者は水橋パルスィ。
さとりが到着したとき、2階にいた。
○鬼の少女 / 温泉客 / 事件発生が想定される時間帯、1階の温泉更衣室にいたと主張。
証言者はなし。
さとりが到着したとき、1階にいた。
○鬼の女性 / 旅館従業員 / 事件発生が想定される時間帯、1階の従業員室にいたと主張。
証言者は水橋パルスィ。
さとりが到着したとき、1階にいた。
「加えて、さとりの妙な態度に関してもいくつかの材料になるわね」
「ん? このへんの情報、どこで集めてきたんだ?」
「今時大図書館も動くのよ。安楽椅子だって動くに決まってるわ」
ああ、そういやこいつは暇つぶしに並々ならぬ情熱を注ぐ奴だったな、と独りごちる。
「というか私の項目の『探偵助手』ってのはどういうことなんだ」
「『ワトスン』のほうがよかったかしら?」
まったく、こいつは。
「じゃあ名探偵さんよ。犯人の目星を教えてくれよ」
「え? ……うーん、全員ありえるわよねえ。強いて言えば少女は外せそうだけど、鬼の少女なんて大の男の人間より腕力あるわよねえ。
……レミィ、わかんなーい」
「怒ってもいいよな、これ」
こほん、とレミリアが咳払いする。
「ま、まあ。整理して考えよう。現在、『謎』は以下の2つがある。
一、犯人は誰か?
ニ、なぜさとりの態度が急変したのか?
私は、『なぜさとりの態度が急変したのか?』という謎を解き明かすことで犯人は浮かび上がってくるのでは、と思っている」
「ふむ。確かにそうだろうな」
レミリアは手帳を見ながら話を進める。
「地底においては殺人等の事件はそれほど珍しいものではなく、事実魔理沙の証言によるとさとりは平然としていた。
にも関わらず現在緊迫した態度をとっているのは、通常の事件とは違う部分をさとりが見出した、ということだろう。
魔理沙の証言によればさとりの態度が急変したのは現場に到着してから。
つまり、おそらく現場で得られた情報によって通常の事件との違いを察したと考えられる」
「なるほど。では、客である私や妖精メイド等では気づかない部分を察したか、
あるいは――こちらが本線だろうな。その能力を以って私達では知り得ない事実を知ったということか、だな」
その通りだ、とニヤリとする。うわっ、なんかムカつく。
「では、とりあえずその新たに得た情報は読心によるもの、と仮定して進めよう。
態度を急変させうるような考え、というと?」
「そうだなあ……お燐が下手人だとかいうなら、やっぱそれなりの対応するんじゃないか」
「そう。一つは人物。さとりにとって重要だと考える人物が、犯人ないしは重要な関係者であればこうした対応を取ることは考えられる」
一つは人物。では、二つ目は?
「二つ目は動機かな。地霊殿に影響を及ぼすとか、そこまで言わずともなんらかの重大なことが動機であれば、やはり態度の急変もありうる」
「オーケー、じゃあ今の話を踏まえて容疑者を洗いなおしてみるか。まず、私とさとりは省くぞ」
「えー、そんな乱暴なのミステリっぽくないー」
「えーじゃないぜ、話進まんだろうが」
レミリアが舌打ちする。
「まあいい。ここは親愛なる探偵助手を信頼してあげようじゃないか」
「うるせー」
まったくこいつは一言入れないと気がすまないのか。
「まず、『人物』による態度の急変、と考えると当然怪しいのはお空とお燐だろうな。
あいつらを過度に疑うわけではないが、アリバイを固めているのは地霊殿の身内だ。
お燐が現場にいたのも、『さとり様が読心して状況が伝われば、証拠を隠滅してもらえる』と期待したためのものだった、というようなストーリーは容易に浮かぶな」
「次は、『動機』によるものだな」
レミリアのペンがせわしなく動く。あれ、探偵、推理してなくね?
「『動機』の場合は推測は難しい。いくらでも考えられるからな。
ただ、この場合限定する手段がある。動機を読み取る必要がある以上、さとりが訪れた瞬間、現場にいた人物の中に重要な関係者がいるのは間違いない、ということだ。
共犯等を考えず単純に考えれば――犯人は『さとりが到着したとき、2階にいた』グループにいるということだな」
「その中で、アリバイがないのは――私のメイドと、被害者の友人の鬼の男、とやらだけだな」
「まあ、常識で考えればお前のメイドは考えなくてもいいだろうな」
「いやあ、わからんぞ。だが、まあ被害者の友人を名乗る男――うーん、なかなか胡散臭い。犯人には申し分ないな」
「むしろ、第二の被害者っぽい」
「あなたがた、たいがい不謹慎ですね」
振り向くと、浴衣から着替えたさとりが。
「お、答え合わせタイムか」
「言っておきますけど、何も言いませんからね」
「おいおい。宿泊ルームを追い出された私に何もないってのか?」
そうレミリアが言うと、さとりが何がしかを懐から取り出した。
「『地霊の館』の202号室のキーです。このたびは大変ご迷惑をお掛けしました」
「おいおいさっちゃんよー、なんだよその事務的な態度。もうちょいフランクにいこうよ姉つながりもあるし」
おおう。読心能力もないのにさとりの心が読める気がする。
「言っておきますけど、あなたがたが喜ぶような話ではありませんよ?」
「別にブンヤに漏らしたりしないから教えてよー?」
「とにかくだめですってば。さあ散った散った」
そういって追い払われる。おい客商売なめてんのかこいつ。
親愛の情と言えなくもないかな、と無理やり納得しようとしていると、レミリアが手を引っ張る。
「よし、とりあえずひとっ風呂浴びるか」
おおう。吸血鬼のバイタリティすげえな。
* * *
「はー、生き返る~」
「まさかこんな身近に事例が」
「なんの話よ」
レミリアの顔が放心しきってる。
私もあんなんなってるのかなあ。
『地霊の館』は温泉街の館の中でも随一の大きさを誇る。
もちろん温泉部の『地霊の湯』も尋常じゃない広さ。『小石の湯』とはえらい違いだ。
「ヘタすると迷子になりそうなくらい広いな、ここ」
「湯けむり結構濃いしねえ。お、薬湯だ。あれ、私苦手なんだよな。吸血鬼だからかね?」
羽をパタパタさせながらレミリアがうろつきまわる。
「打たせ湯で修行は基本よね!」
たいがい自由なやつだなあ。
私はごくごく普通の浴場に浸かっている。
しばらくすると、ひと通り巡ってきた様子のレミリアが戻ってきた。
「ここ楽しいわねー! 得した得した」
「そりゃなによりだ。それで、さっきの事件の話の続きはどうするんだ?」
「あー? そりゃ、私の部屋ででしょ、のぼせちゃうわ。先に上がるなら部屋にいなさいよ。妖精メイドが待機してるはずだわ」
「じゃ、そうさせてもらうぜ」
レミリアがうろついていた間ずっとお湯に使っていたのでのぼせそうだ。
フルーツ牛乳でもいただくのが伝統かね。
そんなことを考えながら、浴場を出ることにした。
* * *
「今私がしてる想像が正解かしら?」
そうレミリアが呟くと、死角の位置にいた、さとりが顔を出した。
「気づいてたんですか」
「そりゃあまあ。伊達にお姉ちゃんじゃないし」
さとりは無言でこちらを見つめる。
「返事はくれないのね。じゃ、想像を話させてもらうわね。まず、単刀直入に言ってあなたが対応を急変させた理由は『人物』によるもの」
いやあ、さとりが釘刺しに来なかったらわからなかったんだけどね、と続ける。
「……と、同時に『動機』によるもの、ともいえる。そして、それらの情報を得たのは読心能力によるもの。
つまり、読心された、あの場にいた人物のいずれかが重要人物――ってわけじゃないのよね」
うーん、返事がないの寂しいなあ。やっぱ魔理沙いたほうがよかったかなあ。
「『覚』の持つ読心能力以外にあなたが持っている能力で、あなたはその場にいない人物を犯人と断定することができた」
シンプルな話だ。彼女も我々と同じ能力を使っていた。
「あなたは、推理という能力によって犯人を断定した。色んな人の思考を絶えず読む覚は性質上明晰だったりするのかしら?
……まず、あなたはその読心能力によって、その場にいる全員の心を読むことができた。
更に、そこからアリバイを読み取った。
もちろん、何かトリックかなにかで抜け道があるかもしれないけれど……地底でもあなたの能力は知られている様子。
どんな複雑なトリックでもあなたと顔を合わせれば破綻する以上、ちょっと考えづらいわね。
つまり、ほとんどアリバイは信用できる。そう考えた。
よって、『その場におらず』『アリバイのない』人物こそが犯人であると、消去法で導けた」
さとりは黙ったままだ。
「しかし、あなたの読心能力も万能ではない。その場にいない人物の心を読むことはできない。
すなわち、犯人の心を読むことはできていないはず。
……にも関わらず、なぜ『異常な事件』だと察することができたか?
例えば知り合いが犯人であればそうでしょうね。でも、そうじゃない。それならさっきの釘の刺し方はおかしい、というか手ぬるいわ。
身内を庇って証拠を隠滅するような覚悟を決めた者のものではない。
じゃあ、どうして?
それは、『その人物』が『犯人』であること事態が『異常』だったから」
すでに私の想像を読んでいるはずのさとりが息を飲んだ。
「私達、外部の人間にとっては意外でもなんでもない――けれど、地底の権力者としては看過できない犯人。
『可能か不可能か』という感覚で考えていた外部の私達にとって、彼女は別段意外な犯人でもなかった。
しかし、まず倫理で考える常識的なあなたにとっては異常な犯人。
そう、犯人は、当時1階におり、かつアリバイのない。『鬼の少女』ね」
「……本当に、探偵にでも転職したらどうですか?」
「いやあ、やりたいんだけどねえ。咲夜を振り切るほうが推理より難しくてね」
今回もなかなか無理言って抜けてきたし。
「話を続けるわね。
そう、常識あるあなたにとって少女が大の大人を殺害する、というのは動機を読まずとも『異常な事件』に他ならなかった。
だからこそ、少女を読心する前にまず緊急の対応をとったわけね」
観念したようにさとりが口を開く。
「……それで、あなたはどうするおつもりで?」
「わかってるくせに。私だって後悔してるよ。後味悪いからね。口外もしないさ。あんたに対応は全部任せるよ。
おっと、魔理沙が自力で辿り着いたら、代わりに釘ぐらいは刺しといてあげるよ」
魔理沙もその辺を解しない奴じゃないしね。
「……信頼しておきますよ」
「そりゃどうも。お姉ちゃんに任せなさい。ただね、あんまり何にでも手を出そうとすると……色々失うわよ?
あなたの高潔さは尊敬するけどね」
* * *
「その後、温泉を堪能しきったレミリアと魔理沙は軽やかな足取りで帰路についたのでした」
「またのお越しをお待ちしていますね」
さとりが見送る中二人で帰路についたが、魔理沙は昨晩から釈然としない面持ちだった。
「なによ、その顔。楽しい休暇だったじゃない」
「いやあ、どうも後味悪くてなあ」
自力で回答に至った魔理沙。もちろん、動機などはわかってはいないままだが、詮索する気にはならない。
そりゃあ、気持ちが弾むとはいいがたいだろう。
「ちゃっちゃと切り替えなさいよ。そんな抱えてばっかじゃ辛いわよ」
「っていってもなあ。むしろお前の切り替えの早さが怖いぜ」
「そりゃ当主ですもの。先送りしっぱなしの問題を抱えててもぐっすり眠れるくらいの胆力がなきゃ」
「それはそれでどうかと思う」
ま、いいわよね。こんなのがいても。
「ま、あんたはあんたで頑張りなさい。あんたは人間なんだから」
「吸血鬼だとなんか違うのか?」
「そのうちわかるわよ、そのうち」
魔理沙はただでさえ釈然としていなかった顔をよりかしげながら歩んでいく。
可愛い奴め。人の新たな一面を知ることは格別の喜びだ。
だが喜んでも居られない。明日から業務も再開。
ああ、気が滅入る。
ちと描写不足が多い気がします
最初誰の視点なのかわからなかったのはそう言う物だろうと思って読んでいたのですが、
たとえば序盤の展開で、「揉め事」だけじゃ何がおきたのかよくわからなかった
後の推理パート時に「え?殺人事件だったの?」って思えるレベルでしたん
「さとりの変貌」とかもそんなに急に変わったようには見えなかった為に「んー?」とか疑問符まみれで読んでました
全体的に少しアイデア先行で走り過ぎな感じがします、題材を選ぶセンス等は光っているので落ち着いて書けばもっと良いものが書けますよ…序盤5kBで人が死んでもいいと思った人より
読者が犯人を推理出来るものが主流なのではないかなーとか。
単純にエンターテイメントとして読む分にはなかなか面白かったです。