Coolier - 新生・東方創想話

取材記録@二月十四日

2014/03/09 21:08:22
最終更新
サイズ
35.79KB
ページ数
1
閲覧数
3590
評価数
9/15
POINT
1080
Rate
13.81

分類タグ

◆星熊勇儀と水橋パルスィの場合

 紅い角が雄々しく屹立して、金の髪がその威圧を高めているであろう彼女。星熊勇儀はその雄々しい角の上に杯を乗せて、引き締まった体と爆弾のような両胸をふるふると震わせている。
 何処をどう見ても宴会で使うバランス芸のような間抜けな様だが、しかし美しい彼女がそれをやることによって、一種の静謐さを感じさせなくもない。いや、感じさせない。何処からどう見ても、休み時間に箒で遊ぶ小学生男子にしか見えない。
 比較的長い時間その状態をずっと維持していたが、遂には力をいれすぎて自分の後方へと吹き飛ばしてしまう。カブトムシのようだ。
 しかし、嗚呼哀れなるかな。吹き飛ばされた杯は星熊勇儀の後方三メートル地点にいる少女。広葉樹の如き耳と美しくも寒気を覚える緑の瞳を持ち、髪を上げて一つにまとめてピンクのエプロンをした美少女。まるで『ラブラブの新婚さん』をより少女漫画チックに描いたかのような美少女、水橋パルスィに。
 パコォン! という軽快な音を響かせて直撃した。
 時は止まり、その美しさを証明する。
 
「帰れ」

 水橋パルスィの第一声はその一言だった。
 厳しい冬に寒中水泳でもしたかのような声で――勿論私にそんな趣味は無いが、白狼共はこぞって滝に打たれるので実際一番見慣れた苦行――そんな冷たさをもって、星熊勇儀に攻撃する。

「帰れ」

 有無を言わせぬ一刀両断、二度目。
 水橋流毒舌術は隙を生じさせぬ二段構えとはよく言ったもので、かつての仇敵かつての君主、支配者であった力の星熊勇儀を凍りつかせるほどの冷たさだった。
 冷酷と言い換えてもいい。殺人的、殺人鬼的でもある。
 かつての支配者、星熊勇儀と言えども硬直することは否めなく、いや動いた。もぞりと動き始めた。そしてあろうことか一瞬で床に這いつくばって、許しを請うような体勢になっている。そうDO☆GE☆ZAである。
 かつてはこの女の許で働いていた私、勿論側近とかそういう身分ではなかったし、そういう身分だった友人もいることはいる(しかもそいつは現在、妖怪の山のナンバーツーというエリート街道まっしぐらな)のだが、これは見ていていたたまれない気持ちになった。

「この仕打ちか。わざわざ家まで訪ねてきて『チョコ作ってくれよ!』なんて言うから本当は既に用意済みだった嫌がられない程度に無難で普通のありきたりのチョコを断腸の思いで潰してあんたの角の星をかたどったチョコを造って喜んでくれるかどうかに悩んで、ようやく決心しておずおずと私としては二千年に一度ぐらいのいじらしさで。自分でも驚くぐらい優しい気持ちになったのに。私みたいな貧弱貧相ちんちくりんボディはあんたみたいな左半身焼失ですら『舐めてりゃ治る』で済ます化物怪物スーパーハルク並みパワーな鬼から与えられたのはこの仕打ちか、ほう。ほほう!? 星熊さんは随分ドッキリがお好きでいらっしゃる!」

 なんかもう、これには神様でも勝てないっぽい。
 例えば八百万の神様の能力を宿せる月人をここに連れてきた所で、待っているのは喝采ではなく、正座して耐え難い気分で数時間放置される罰ゲームであると断言できる。
 っていうか星熊勇儀の物真似が死ぬ程上手い。これが長年連れ添った者が獲得するスキルだというのか。

「すまん」

 短い言葉で、星熊勇儀は謝罪した。
 既に水橋パルスィの目からは涙が零れ落ちて、顔を赤くして泣いている。病的なまでに白い肌をしていたので、これでようやく健康的なくらいだったが。

「うかれていた。あんまりにも、お前さんから物を貰えるのが嬉しくて浮かれちまっていた。すまん、すまん」

 星熊勇儀は先程までの間抜けな様が嘘のように、小さく縮こまっていた。間抜けと言うにはあまりに哀れな背中だ。
 最初が自業自得とは言え、かつて妖怪の大軍勢を背負っていたとは思えないくらい背中が煤けて見える。
 水橋パルスィは流した涙を袖で拭いながら、星熊勇儀を右手で打つ。しかし音は軽く、まるで力の入っていないものだと分かる。何度も何度も打って、ようやく口を開いた。

「ばかじゃないの? 馬鹿。私はいつも私の大事なものを沢山あげてるじゃない、今更チョコぐらいなによ。ばか」

 そう言いながら、水橋パルスィはしゃがみながら星熊勇儀の頭を掴んで、頭を上げさせる。その位置は丁度自身の上に来るぐらいであり、見様によっては星熊勇儀が覆いかぶさっているように見える。
 いや、今抱いた。星熊勇儀は水橋パルスィの肩を持ち、自分の近くに引き寄せる。
 どうやら、これ以上留まるのは趣味が良いとは言えないようだ。

「ねえ、杯が当たったところが痛いの。舐めてくれる?」

「どこに当たったんだい」

「……どこだと思う?」


◆古明地さとりと古明地こいしの場合

 きゃあ、という声が聞こえた。直後にもっと大きな声が聞こえて、通信が少し乱れる。

「な、な、ななな!? こいし、あなたなんて恰好してるの!?」
 
 怒声とも悲鳴ともつかない声音で叫んだのは古明地さとり、旧地獄地霊殿の主であり、アンタッチャブルロリ地底代表とも言われる妖怪の一人だ。
 いつもなら半月のような目で優雅を気取って底意地の悪いことばかり言ってくる(まあ強引に取材を繰り返している私の好感度からすれば当たり前な)のだが、今回ばかりはそう余裕を持って対応できる事態ではないらしい。
 なんと言っても覚妖怪の能力である読心が効かない相手であり、なおかつ無邪気の塊である無意識妖怪だ。次の瞬間には何をしているかも予測がつかない。
 ちなみに私は現在、望遠使用の河童カメラと河童マイクで音声を拾っている。ブンヤに技術を与えた結果がこれだよ、明日の新聞楽しみにしてろよ読者諸君!
 
「おねーちゃんにプレゼント! えへへ、お空に手伝ってもらったんだー」

 そう言って、古明地こいしはくるりとその場で一回転する。横に、大胆に。
 明らかにそれは無意識から逸脱しており、意識的に誘っているとしか見えない。そう、何故なら古明地こいし、彼女は某スキマ妖怪の前掛けだけ着用して体中にリボンを巻き付けているのだから。
 当然、ノー下着のThe・痴女状態である。
 破廉恥です、えっちぃです。男がこれをやったら一瞬で通報されて女の子なら薄い本です。アウトです。
 幼い見た目ながら何百年もの時を過ごした古明地さとりでさえ、目のやり場に困って紅潮しながらちらちらと妹の方を見るにとどまっている。恥ずかしがってる姿もgood!
 何を手伝ってもらったのかは、まあ想像に難くない。既に私と同じ体勢を取って私以上にゴツイカメラを持って腹ばいになっている九尾の狐を見たら何も言えなくなってしまった。こんな事までさせられるんだから、可哀想という他ない。

「で、でもこいしそれあなた、あなたってば」
 
「お姉ちゃんどーよーしすぎぃ! ふふ、あなたあなたって……奥さんみたい」

 ガオン、と謎の音が河童マイクから聞えてきた。ボリュームが非常に大きく、耳の良い九尾が隣で耳を抑えて苦しんでいる。一体、何の音なのか。それはすぐに判明した。
 それは古明地さとりが地を蹴り宙に浮いた姿、床は砕けて剥がれ見るも無残な姿になっている。そして飛び立った少女の姿はまさに鳳凰、燃え盛る感情に身を任せた跳躍は見る者を魅了してしまった。古明地こいしは頬を赤らめ、両手を広げて抱擁しようとしている。
 そう、これは伝承されし秘奥の術。


『流犯堕威撫』


「こ~~いしちゅわ~~……」

 私は理性とは生物の尊厳の為にのみ存在していると思い知って、光の無い作業の眼をして連続でシャッターを切っている九尾を残し、その場を去る。
 こんなもの、載せられる筈がない。


◆雲居一輪と聖白蓮の場合

 写真を撮った時の印象は、『ここまで蒼空の似合う美少女達』とは果たして他に存在するのかという事だった。いつも青い頭巾や分厚い服で体を隠しているものだから、パッと見で分かりにくいが、均整の取れ方で言ったら幻想郷でも上位を争うのではないだろうか。
 巨乳、安産型、それでいて筋肉質。それは超一級品の絵画のようでもある。
 命蓮寺の構成員はほとんど、どこか芸術的な肉体美を兼ね備えている。僧正や僧侶が率先して鍛えているからなのだろうか、引き締まっていてとても美しい。
 その中でも特に美しい二人が、一緒に組手をしていた。
 先程まで着ていた割烹着を脱いで、ご飯を食べた後の腹ごなしと言ったところだろう、軽く打ち合っているだけに見える。
 青い頭巾をかぶっている方、雲居一輪が大股に踏み込んで体と体がぶつかり合うような超至近距離へと詰め寄る。そして後ろに引いていた右足を鞭のようにしならせて、中段に横薙ぐ。髪の長い方、聖白蓮は肘でそれを防ぎ、ミドルキックにより膨れ上がった雲居一輪の袈裟の下に膝を滑り込ませるようにして、更に距離を詰める。
 お互いの巨乳が擦れあうような距離になるが、二人は構わず殴り続ける。
 雲居一輪が右の拳で腹を殴る、と見せかけて腰を更に上に回して、肘を聖白蓮の顎に打ちつけようとする。それを聖白蓮は左手刀で流し、右掌で雲居一輪の右手を抑えながら左掌底を打ち下ろす。だがそれを雲居一輪が避けて……。
 そんな攻防を一瞬の内に展開し、なおかつ五分間一切クリーンヒットが無いまま行っている。
 妖怪としても信じがたいが、問題は途中から妖怪で高速の世界に慣れた私の眼でさえ追い切れなかったということだ。お蔭で写真を撮る事さえ忘れてぽかんとしていてしまった。
 そしてこの組手は、鏡に映ったような正反対の突きをお互いの左手で受け止めて終了した。二人の体からはびっしょりと汗が流れ、お互いの顔の距離はもう三寸も無い。
 肩で息をしながら、二人は最後の突きを受け止めた姿勢で動かない。無理も無い、人類としても妖怪としてもこれほどの動きをすれば全身がズタズタになって不思議じゃない。これこそが常に鍛え続けた肉体の成せる技なのだろう。
 ふと、犬走椛という決闘中毒者を思い出した。奴もこんな動きをして、星熊勇儀を相手取っていたのだろう。
 まあ、今話しかけようものなら私がその動きで殺されかねないのだが。
 二人がようやく動く。崩れ落ちる様にその場に膝をつき、ぐでんと体から力を抜いて開脚している。その後もストレッチじみた動きをしながら、呼吸を整えている。
 
「素晴らしい練度です、一輪。日頃の修練の賜物でしょう」
「もったいないお言葉ですね。それに、ふふ。身体強化さえ使っていない姐さんの方が余程ですよ」

 そうお互いを褒め合い、シンと静まった。

「一輪、今は本当に二人だけなの?」

 聖白蓮が突然口に出す。
 汗でじっとりと、べとべとと濡れた服をぱたぱたと動かしながら聖白蓮が歩き出す。寺の道場を出て、浴場の方に向かうらしい。少し焦ったが、私は先回りすることでとうさ……健全なるジャーナリズム精神に基づく健全なる取材活動を続行することに成功する。
 音声はところどころ拾えなかった。河童マイクによらないとうちょ……げふんげふん、健全なるジャーナリズム精神に基づく健全なる取材活動は風使いの能力を駆使して行われる。
 
「……により。……です。」
「まあ、じゃあ……ん十分は……」

 いまいち拾い切れていないが、問題はない。どうやら残り数十分は邪魔されずに健全なる取材が可能らしい。
 二人はしゅるしゅると服を脱ぎ、いつの間にか湯気とお湯に満たされた浴場で体を流し始めた。どうやら二人とも頭から洗う派のようだ。……一瞬だけ、紫色は落ちるのだろうかとか思ったが、あのグラデーションは地毛らしい。染めては無かった。意外。
 が、ここで更に意外な事件が発生して私は度肝を抜かれてしまう。

「ふふ、いーちゃん!」
「はいはい、動かないでください姉さん」

 ファッ!?

「いーちゃんに頭洗ってもらうのは久しぶりだわ、最近はなかなか二人きりになれなかったもの」

 突然、鉄拳和尚聖白蓮が子供のような猫撫で声を出したかと思ったら、頭を雲居一輪に預けて子供のように甘えているのだ。確かに時たまご乱心するとは聞き及んでいたが、ここまで甘々なものでは無かった筈。
 
「今日はいつになく甘えていますね、寂しかったんですか?」
「電池切れなんですよーぅ、お酒も飲めない立場なんですからこれくらいはいいではないですかー?」
「はいはい、姉さんは千年前から可愛いですねえ」
「ふふふ、もっとお姉ちゃんを褒めてくれてもいいんですよ?」
「妹が一人出来た気分です。あ、それなら命蓮が私の弟……アリですね、それも」
「命蓮は私の弟ですーぅ」
「じゃあ姉さんは私の姉さんです」
「ええー、恋人じゃなかったんですかぁ?」
「……その聞き方はズルいですよ。そんな事言ってたらもう膝枕してあげませんからね」
「そんな、殺生な! 謝罪しますから、後生です!」
「ふふ、どうしようかなあ」

 ハッ!?
 あ、あまりの桜色時空に眩暈を覚えていた。いや意識が少し飛んでいた。
 私が今まで見ていたのは全て幻だったのだろうか、あまりの衝撃に気を失っていた。急いでカメラをチェックするが、なんと私は写真を撮る事すらできなかったようだ。
 ……今、僅かにじっとりとした感触が肌をよぎる。

◆村紗水蜜と封獣ぬえの場合

 いつの間にか聖白蓮と雲居一輪は夢色きゃっきゃうふふな世界から脱出して、家事と修行に戻ってしまった。しかし、バレンタインだと言うのにプレゼントとかは無いのかと思ったが、本当にそんな気配が微塵も無い。一応寺だからと諦める。
 そう思ったのが間違いだった、私の面白センサー(非アホ毛仕様)が鋭く反応した。

「……」
「……」

 お互い真っ赤な顔を背けながら、恋人繋ぎで帰宅してくる二人組がいた。
 一言も喋ることなく、野菜などを入れた麻袋を揺らしながら。なんだか甘酸っぱい何かを感じる、ムネキュンの匂いがする!
 不思議と、いや別に関係性を鑑みれば不思議でもなんでもないのだけれど、歩調を完全にぴったりと調和させながら歩いている。背の低い触手を背負った封獣ぬえに合わせているのか、セーラー服を着た村紗水蜜の歩幅は僅かに小さい。

「あ、二人ともお帰りなさい。ちゃんと食材は買えた?」

 寺に入った二人に声をかけたのは雲居一輪だ。袖を捲った姿で二人を出迎えた。白い腕が非常に眩しい。幾つか写真を撮っておく。
 
「ああ、ちゃんと全部買ってきたよ。星はナズの所だったけど、他の人は?」
「出払ってるわ。マミゾウさんは昨日からこっちに来ないし、響子達は……ほら、鳥獣伎楽の方があるから」

 最後の方は声が小さかったが、どうやら今夜は皆何か用事があるようだ。先程まで刃牙も真っ青なステゴロの末桜trickに移行した連中とは思えない。いや、あれは幻だったんだ、こっちが本当なんだ。あれ、上手く写真が撮れないぞ。体が震えてるからか、いや落ち着け落ち着け、素数を数えるんだ二、三、五、七、十一、十三、十七……うん、よし落ち着いた。
 
「そう、じゃあ匂坂さんが言ったの? 信じがたいわ」
「本当よ、美人だからサービスってほら! 野菜ほら!」

 うわ、幾らか会話を聞き逃していた。不覚!
 どうやら村紗水蜜は八百屋の匂坂から大量にサービスしてもらったらしい。しかし、確か八百屋の匂坂と言えば巨乳狙いだと聞いていたが……あ、聖白蓮か。周囲の印象を良くして、という外堀から作戦だろう。
 まあ、外堀どころか本丸までもう征服されてるとは気付いていないのだろう。幸せなことだ。
 気付いた時には封獣ぬえがいなくなっていた。村紗水蜜は雲居一輪の隣で、野菜を均等に切り分けている。ぎこちない。
 
「それでさ、えーと。……ほら、あの川向こうのレナールがさ」
「行ってもいいわよ」
「……ごめん」

 雲居一輪がそう言葉をかけると、村紗水蜜は分かりやすく下唇を噛んだ。

「いや、いいんだよ。今日は、今日はほら時間も無いし……」
「はいどーん!」
「うぇぎゃあ!? ほ、ほほ、ほほ包丁が指に!?」

 雲居一輪が乱暴に村紗水蜜の背中を叩き、勢い余って包丁は左手五指の皮を薄くスライスしてしまった。血が出ない程度にピンク色の肉が薄らと現れた、少々グロテスクながらも貴重な絵面だ。よくもそこまで器用に包丁がすっぽ抜けたものだと感心する。

「おい一輪さん一輪さんやお前これシャレにならンてグロいグロいグロい!」
「なめてりゃ治るわよ、そんなもん。あんた仮にも妖怪でしょ?」
「いやそれとこれとは別問題で」
「で、どうするの? 行くの、行かないの? 恥ずかしがってぬえさんの所に行かなかったら千手雲山拳で更に背中叩くわよ」
「選択肢一つしかないじゃん!? なんで鬼ごと山を何個も消せる技を友達に仕掛けようとしてんの! 分かったよ行くよ行きますよ、その代わり後の仕事前部任せちゃうからな一輪のばーか!」

 流れるように追い出された村紗水蜜は長い捨て台詞を残し、風のように走り去ってしまった。これは明らかに仕組まれたモノであり、雲居一輪が発破をかけた産物なのだろうと容易に想像がつく。
 やや過激かつ殺人的ではあったとして、これで彼女はラブコメ主人公の親友ポジションと相成った訳だ。これも記事に書いておくべきだろうか。
 いや、その前に素早く村紗水蜜を追いかけよう、急がないと決定的な瞬間を撮ることが出来なくなる。と、私が翼を広げた時。

「村紗」

 雲居一輪の口が、既にその場から脱出したはずの友人の名前を呼ぶ。
 私は思わず動きが止まり、耳を澄ませる。

「村紗、あんたはちょっと素直すぎる。百年生きれば人間は狂う、二百年生きれば魔法使いも狂う、三百年生きれば吸血鬼だって狂ってしまう、五百年も経てば妖怪も狂う、千年経てば不死の人だって狂ってしまう」
「村紗、百年生きた牙狩りは殺人メイドになって狂った、二百年生きた聖女は魔界で殺戮の魔術を完成させた、三百年生きた妖精は天使のような妖怪へと変貌した、五百年生きた龍の末女は善性へと逃避した、千年生きた蓬莱人もやはり狂ってしまった、炎は月に瞳は神に」
「村紗、あんたはどうしてそんなに甘酸っぱい青春でいられるんだろうね。何時まで経っても素直で。姐さんはオンオフを付ける事で狂気から逃れようとしたし、邪仙は死体を弄り遊んで狂気に埋没していった」
「村紗、あんたは希望なんだよ。私達の狂気を少しでも薄めてくれる。大好きな人に素直に大好きと言えない素直さが、私達の狂気を和らげてくれる」
「……頑張れ、村紗」

 何の事は無い。単なる応援だ。それこそ素直になれない友人の。
 聞くだけ無駄だった、こんなものは載せる意味が無い。時間を浪費した分だけ、私は急いで向かわないと。
 果て私はどうだろう。好きな人に素直でいれるだろうか。甘酸っぱい恋模様を描けるだろうか。……難しいだろう。なんせ相手は素直に偏屈な引きこもりだから。

「――ああ、それとお邪魔な天狗は始末しておかないとね」

!?

◆今泉影狼とわかさぎ姫の場合

 迂闊だった。死ぬかと思った、もうすぐ死ぬところだった。
 雲山が雲という事が私にとっては幸運だった。風で散らしながら防御を築いておかないと今頃はカメラだけではなく私の肉体もあはぁ~んらめぇ~こわれちゃう~な事態になっていただろう。まさか雲山を薄く拡散することで感知範囲を引き延ばしていただなんて。
 って言うか千烈雲山拳ってなんだよ、なんでこんな可憐な美少女が腕を千本生やしたおっさんに追われなければいけなかったんだ。恐怖過ぎるだろ。
 どうにかこうにか一号カメラを犠牲にすることで撒いたが、二号カメラでは画質が悪く少々心許ないので真剣に帰ろうかどうかで悩んでいる。
 今日は発行せずに、もう一度出直すという手は? しかし必ず他の新聞が手を出しているだろうバレンタインネタだ。うっかり後日に回すと人気新聞の何番煎じかと手に取ってもらえない、ただでさえ弱小なのだ。この手のネタは山の内外で分け隔てなく売れるネタであるので、どうしてもいくらかだけでも押さえておきたい。

 はぁ、時の列車に乗ってブルーハーツのアレ歌いたい。せめて色々と取り戻したい、ネタとかネガとか見えない自由とか。
 ふらふらと飛んでいたら、いつの間にか竹林へ来ていた。不味い、このままでは迷い込んで余計にネタが拾えなくなる。なんとしてもすぐに脱出しなければならない。
 まあ私、ここから三時間以内で脱出できたことは無いのですが!

「……外すことのない恋の魔弾を♪ この胸に撃ち込んでよ♪」

 ピキーン! と私の脳内で即決即断回路が電子音を掻き鳴らす。気付けば体は声のする方へと全力で羽ばたいていた。

「助けてくだせええおねげえしますだああ!」
「きゃああ!?」

 ただし土下座で。
 もうなりふり構ってなどいられない、なんとしてもネタを! 一心不乱の大スクープを!

「え、誰、何、何事?」

 私が土下座した相手は、バスケットを片手に夜露に濡れた影のような真っ黒な黒髪を揺らし、メリハリの効いた巨乳を体のラインが結構浮き出るタイプのワンピースで飾る美人。
 黒い人狼、今泉影狼。
 
「なんだ、ブンヤか」
「へるぷみー……このままではネタが、一面が、スクープがぁ」

 全力で土下座、千年生きて最大の土下座。見よ、この美しい二等辺三角形!
 今泉影狼の表情は読めないが、確実に呆れと見下し目線が入っているのは間違いない。だって凄い冷たいんだもの。
 今泉影狼はスカートがまくれないように気を付けながら、しゃがんで土下座フォーエバー中の私に近い目線になる。惜しい、スカートめくれてたらパシャッとやっちゃったのに。ロングだからその可能性はかなり低かったけど。

「……はあ、出られなくなってるんでしょ? ほら、行くわよ」
「やふー! 女神、天使、今泉!」

 更に呆れられたがネタがあるとすれば私は色々と汚い事にも手を出すという信条を抱えている、主に十八禁処分を食らわない程度の。
 と言う訳で、一時的に黒狼烏結成であります。とは言え、今泉さんは慣れたここの住人。脱出することに何の苦労も無く、短時間で終わってしまうことだろう。それまでに何らかのネタを見つけておきたい。性急に。

「ぶっちゃけわかさぎ姫との夜の営みとかどんな感じですか?」
「え、いきなり!?」

 限☆界☆突☆破!
 はっはっは! お待たせしました読者のみなさん、皆さんの期待したあーるじゅうはちエロエロ妄想ピンクな世界のお話を届けてみせましょう!

「……案内しないわよ?」
「サーセンっしたあああ!」

 射命丸文。折れるのが早い[ピー]十八歳。
 諦めたいわけではないが、諦めるしかないと脳内から本能が囁きかけてくる。頑なそうにガードの固そうな女性であるからして、というか狼怖い。

「ったく、ブンヤってのはこれだから……」
「女の子はゴシップや噂話がだいすきなんですぅー習性ですぅー」
「いっちょまえに泣き真似してるんじゃないわよ千[ピー]八歳」

 いやーん、あやちゃんこまっちゃう~ん……ああ、いや、そろそろ苦しくなってきた。
 ……あ、そう言えば聞き忘れてた。

「そのバスケットなんですか?」

 私が影狼さんの持っているバスケットを『バスケット』と表現したのは、それが西洋風のバスケットだからで、竹籠と表現するにはいささか西洋かぶれだ。
 日本文化、つまり様々な文化をごちゃまぜにして独特の物へとなった文化的な作風をしていない。どちらかと言えば、やはりヨーロッパだとかそういう作風のバスケットだった。そう、例えばリンゴやワインを入れていそうだ。

「影狼さんのバスケットですか? あんまり影狼さんっぽくないといいますか、似合わないなーと思うんですが」
「あんた、口でもずけずけ言うのね。筆だけかと思ってたわ」
「失敬な、私は清く正しい正統報道文々。新聞ですよ!?」
「その口縫い付けてやろうかしら」

 ふう、と今泉影狼は溜息を吐く。

「まあいいわ、実際にこれは私のじゃないもの」
「ほほう?」

 影狼はバスケットの中に手を入れて、ごそごそと何かを探す。それなりに深い籠なので、他の物が邪魔になっているのかもしれない
 やがてその手に握られていたのは、濃い赤色で全てが真っ赤になった頭巾だった。少しわかりにくいが、頭巾にはところどころ更に濃い赤の染みが染みついているのが確認された。

「元々この子の持ち物なのよ、私は友情の印として貰った訳ですよ。……ニホンオオカミだから、私と『あいつ』は違うのにね」

 あいつ?
 はて、誰だろうかと聞いてみようとした時に今泉影狼はあっと声を上げた。

「ほら、もう外よ」

 ふと見ると、前方には薄く紫がかった雲と夕日の色が少し見えた。
 つい先程まで欠片も見えなかったのだが、今では視界の隅まで光が広がっている。どうなっているんだ、この竹林。
 今泉影狼はワンピースのスカートをふわりと広げ、その場でくるりと回る。大きく広げた両手は、宝物を自慢しているかのようにも見えた。……もとい、巨乳を解放してどたぷんと震わせているから、ただの乳自慢にも見える。あれで地上速度が私の飛行速度に変わらないんだから恐れ入る。

「やったー! これで取材に行ける! うへへへ!」

 私は背筋を伸ばし、翼を開放的な感覚に任せて広げる。

「あれ、撮らないの?」

 その時、ふと今泉影狼が意外そうに言う。その後、顔を少し赤くしてバスケットから四角い物を取り出した。
 四角い物は黒地に赤いラインの包装紙に包まれて、可愛いリボンで結ばれている。
 どう見たってそれは、チョコレートだ。

「いや、取材してるんでしょ? これ、バレンタイン。まあ私なんかじゃ対していい被写体にはならないんでしょうけど、隅っこくらいには載せて損は無いんじゃないかしら」

 少しおずおずとチョコレートを両手に持ち、胸の前にかざしてはにかむ今泉影狼の顔は夕日の中でも分かるくらいに赤かった。真っ黒な髪は燃えるような夕焼けに染まり、その姿はまさに恋に燃える乙女な絵で。「後でそれ頂戴、姫にプレゼントしたいのよ……まあ、喜んでくれるかは分からないけど」なんて言う姿は。
 一面はこれに決まりだった。

◆リグル・ナイトバグと風見幽香の場合

 夕日が沈みかけた時間、その時私は小さな花畑にいた。
 竹林からはそう離れておらず、咲いていたのが向日葵じゃなかったから私は油断していた。さっきまで恋する乙女と一緒に居たからか、少しだけ危険へのセンサーが緩んでいた。
迂闊だったと言う他無い。

 一面の菜の花畑、ここの主は風見幽香だ。

 肌が削れるような殺気を背後に感じた時にはもう遅かった、捕まってはいけないという鉄則を忘れていた。
 風見幽香の足は遅い、しかし捕まってしまえばもう手も足も出ないのだ。溢れ出る妖力とそれにより強化された肉体によってあとは蹂躙されるしかない、食虫植物に絡め取られた蠅のように、冬虫夏草に根を張られた虫けらの様に。
 そんな絶望が、私の肩に手を触れた。

「シャ……メイ、マル……アヤァ?」
「ヒィ! ナンデ!? カタコトナンデ!?」

 風見幽香の目には光が無く、虚ろにも近い虚空を覗かせている。深い闇にも似た、何も反射しない眼球がただ動くものを追っている。私にはそれが機械的に反応する蟲に見えた。超怖い。
 
「シャァメイマルアヤァ……」
「ヒイィィィィィ、射が鳴き声みたいになってますよおお!?」
「タ」
「タ!? タッタッタタッタ!?」

「タスケテ」

「…………」

「…………ん?」

「…………ファ!? タスケテ!?」

 今何か恐ろしくとんでもなく明らかに確実に徹底的にどうしようもなくリアクティブにアンダスタンなオーバーザライドゥボールを相手のゴールにシュゥゥゥーッ!!?

「タスケテクダサイヘルプミー」
「ッポウ!? え、え、ちょっと待ってウェイト、ウェイト。待ってくださいおね、お願いします!」
「だから助けてくれって言ってんだっろおううがあああ!!!」
「ぴぃぃぃぃっぃぃっぃ!?」

(中略)

「お、落ち着きました」
「そう、なら良いわ。話を聞きなさい」
「なんで助けを求める側が偉そうなんですか……」
「……チッ」
「ひっ、すいませんすいません」

 落ち着いた私と風見幽香は、とりあえず菜の花の無い一角に座っていた。最も風見幽香は魔法か何かで召喚した椅子に座り、私は地面に正座である。
 いや、絶対おかしいって。
 ああでもこの位置からなら足を組んだ風見幽香のスカートの中が、……止めておこう。死にたくない。
 しかし未だに攻撃や脅迫が無いところを見るに、彼女にとってはそれなりに低姿勢な交渉状態な訳だ。本来なら圧倒的な実力差を理由に脅迫する事も可能だろう、しかしそうしないというのなら私にしかできないこと、いやそうでは無い筈だ。だとしたら、紅美鈴や雲居一輪のような古馴染の話でないのなら……。

「もしかしてリグル・ナイトバグの話ですか?」
「!?」

 図星の様だ。目を見開き、顔を真っ赤にして俯いてしまった。
 ……ダレダコレ。
 いつの間にか私は里の女学生を見ているような気分になった、一枚写真を撮りたいぐらいだ。しかし油断してはいけない、相手は風見幽香。花畑の獄卒と妖怪に恐れられるようなとんでもない化物である。
 例えるならばそう、鬼。鬼と同じように風見幽香は『強い』から『強い』のだ。犬走椛や紅美鈴のような鍛練でもなく雲居一輪のような聡明でもなく、ただひたすらに『強い』からこそ風見幽香は『強い』。
 まるで初恋に悩む少女のような姿であっても、力は化物なのだ。

「……リグル、そうよリグルよ。射命丸、今日がバレンタインなのは知っているわよね?」
「そ、そうですね。今日の私はバレンタイン記念の取材に飛び回っているわけでして」
「煩い」
「ア、 ハイゴメンナサイ」

 余計な事を喋ると殺される。それは喉元に這い寄る植物のツタが明確に主張していた。
 ……このツタで乱暴する気でしょう!? エロ同人みたいに!
 アカン、笑っちゃダメだと思えば思う程に沸点が下る……!

「バレンタインチョコレートって、あるわよね」
「あ、あります、はい」

 私はぶるぶると震えながら、辛うじてそう答えた。
 そう言えば触手プレイって試したことないな、と思った瞬間また笑みが零れそうになる。誰か私の思考からエロネタ削除して、ちょっと待ってDドライブには手を付けないで!

「聞いてる?」
「釈迦の説法より真面目に拝聴しております」
「いいわ。それでその、私は……その、チョコ、……作ったのよ、市販品溶かしたようなのだけど」

 なるほど、恋人にチョコを贈るイベントなのだから、それは想定内だ。これでloveとか相合傘とかだったら、流石に若干ヤバかったが。蒼褪めながら体を振るわせていたに違いない。

「頑張って相合傘とか細かく彫ったり……なに、具合悪いの?」
「おお、おっおっおっ、御気になさらず射命丸文は七十二時間働けます」
「そう……? ま、まあそれで美鈴に頼んで手伝ってもらって、ようやく綺麗なチョコを包装出来たわ」

 やってること乙女じゃねーか、角で遊んでたどっかの星鬼に見せつけてやろうか。
 おっといけないいけない、口調が崩れてしまいました。キャラは大事にしませんと。

「それで、丁度リグルが起きてきたから、デートに誘って花畑を散歩してからチョコを取り出したのよ」
「ふんふん……ん?」
「そしたらリグルが」「いやいや待って待って、え? 今起きてきたとか言いました? え? もしかして同棲? ドゥーセイ!?」
「煩い黙れ」
「ア、 ハイスミマセンデシタ」

 ええええ……、なんか今凄くすっぱ抜きたいネタが落ちてたよ……。

「だから聞け」
「イエスマム!」
「貴様にお義母さんと呼ばれる筋合いはない!」
「り、リグルさん! リグルさんがどうしたんですかリグルさんが!?」

 暴君だ、タイラントだ理不尽だ!

「……そう、リグル。チョコを渡した時にリグルが悲しそうな顔になってね……『あ、チョコレート……え、えへへ。ありがとうございます、幽香さん』って言うのよ……」
「は、はあ……」
「ねえ私何かリグルを悲しませるようなことしたのかしら!? 私の何が悪かったの、ねえ!?」
 
 おごごごごおちつとおっとおち、おつ。
 首がガクガクと揺さぶられる。

「大丈夫ですか?」
「何が!?」
「私の首」

 そう言うとハッと気付いたように風見幽香は私の首を離した。このまま続けていたら分離していたかもしれない。私は社長とかじゃないのですぐに死んでしまうだろう、ああはたて愛しいはたて、墓には六文銭を入れておくれ。
 しばらく呼吸が苦しかったが、快復。血管とかぶちぶち千切れそうな勢いだったが。

「で、どうなの私は一体何をしてしまったの」
「ああ、はい。ええとそうですね。好きな方からの贈り物で喜ばない状況……あ、嫌われたとか」

 瞬間、しまった失敗したと痛感する。
 ぶっ殺される。そう思ったのも束の間、風見幽香の体がその場に崩れ落ちる。とんでもなく貴重な画だが、多分撮ったらマジ死に必至六文銭をお墓にインする事態になる。
 崩れ落ちた風見幽香は地面に若干めり込みながら倒れ伏す。

「やだ……きらいやだ……わたしもう死ぬぅ……」

 うわぁ……。
 正直、四天王が酔いつぶれた時並みに面倒くさい。思えば最初に革命を起こした時の動機は『酔った四天王がからあげをレモン汁に漬け込んだ』からだった。酔っ払いと言うのはどういう行動に走るかまるで分からないから怖い。
 実は少し美味しいと思ってしまったのは内緒。

「そ、それ以外! きっと嫌いじゃなくてそれ以外の理由ですよ!?」

 何故私はこんなことをしているんだろう。既に過ぎ去ってしまった朝を思い出しながら、私は呆然とする。花畑の獄卒が、四季のフラワーマスターが、まさかこんな倒れ方をしているなんて私は思いもしなかった。
 風見幽香は起き上がらないし、もう帰りたい。
 ……ちか。と、小さな光が星の様に光。けれど星に比べて随分と高度が低い、あれでは山と重なるだろう。しかも移動している。
 それが徐々にこちらに近付いて来る。こういう時は無性に千里眼が欲しくなる。
 光が小さな妖怪、更に言えばリグル・ナイトバグだと気付いたのは、光が高速で移動していると気付いた直後だった。
 彼女は叫びながら、私に直進してくる。…………え?

「私の幽香さんに何をしたああああああああ!!?」

 隕石という言葉があるとするならば、それはまさに彼女の事だ。『破盾甲撃弾』と叫んで、彼女は私にフライングクロスチョップを使用してきた。
 なんだそれ、少年漫画かよ。
 防御する事も叶わず、私は腹部に攻撃を受けて地面に叩きつけられる。
 そこにはリグル・ナイトバグとは思えない、長身痩躯の真っ黒な鎧がいた。鎧は女性的で大きく膨らんだ胸部、黒くたなびくマント、そしてカブトムシとクワガタムシを併せ持ったような頭部の意匠で私を威圧する。
 全身鎧で、拳だけが煌々と光り輝く。光が攻撃の溜めだと気付いたのは、その拳が振り抜かれた直後だった。

『破軍光撃拳』

 静かにそう呟き、推定リグル・ナイトバグは私に拳を撃ち込んだ。せめて弾幕しろよ、と思いながら咄嗟に纏った羽の防御は僅かにしか勢いを殺せなかったようで、爆発するような光が私を襲

 ◇

「本っ当にすみませんでした!」
 
 数刻前まで真っ黒な鎧だった少女は土下座の姿勢で、私に謝罪の意を述べる
 今、私は風見幽香が即席で仕立てた治癒植物のベッドに横たわっている。これはこれで貴重な経験だが、あんまり寝心地が良くないことが難点か。

「倒れてる幽香さんを見つけて激情してしまって私……本当にすみませんでしたああ!!」
「いえいえ、いいんですよ。カメラは奇跡的に無事でしたし」

 正直、幻想郷のガラパゴス化を舐めていた。後に説明を受けたが、あれはどうやら紅美鈴が東風谷早苗経由で知った、獣拳という拳法を再現した結果の一つ、激獣鎧装だと言う。そう言えば少し前に幻想戦隊とか妙な芝居を取材した覚えがある。相変わらず東風谷早苗のもたらす外の文化というのは奇妙である、女子会しかりヒーローしかり。
 幻想郷の妖怪は総じて妙な進化し過ぎである。

「お礼は写真撮らせてもらうって事で良いじゃないですか。それよりほら、私の物宣言で頭の中ショートした幽香さんがお待ちかねですよ」

 私は、すぐそこで真っ赤になりながら体育座りしている小動物、風見幽香を指さす。私を治癒する植物を生長させてすぐにああなったしまった。これでもう被害は広がらないだろう。
 リグル・ナイトバグは頷いて、小さな花を取り出して風見幽香に歩み寄った。
 プレゼントされて悲しいのか、先にプレゼントできなくて悲しかったのか。細かいことはええじゃないかと、私はシャッターを切る。


◆紅美鈴と十六夜咲夜の場合

 最初に見た時は何事かと思った。
 妖怪の山まで帰ろうと、私はいまだ痛む体を酷使しながらふらふらと飛行していた。そしてもう十分も無く妖怪の山までたどり着こうという時、紅魔館の方向から謎の光が立ち昇ったからだ。すわ激獣かと身を竦めたが、どうやら紅美鈴らしい。
 少し近付いて分かった事だが、人間の武芸者が一人倒れ込んでいるではないか。件の挑戦者と言う奴だろう。私はとても遠巻きにそれを眺める。
 紅美鈴は苦戦したのか、ボロボロになったままぼーっとしている。暫くすると十六夜咲夜が館から出てきた。
 私はやはり風を操り、会話を傍受する。

「今日はいつになく時間がかかったわね、五時間ぐらい?」
「大体五時間と二十分ですね。あ、後で人里に送り返すので先におやついただけますか?」
「ほら、ツナマヨサンド」

 十六夜咲夜は時を止めたのか、布のかかった小さいバスケットを取り出した。紅美鈴はありがとうございますと言い、嬉しそうにバスケットを受け取る。

「この人、強かったの?」
「ぶっちゃけ咲夜さんじゃ勝てませんね、そういう相手でした」
「そうなの? 私には変な音叉持ってるだけにしか見えないわ」
「そういうもんなんですよ」

 結構失礼な紅美鈴の物言いにも十六夜咲夜は怒ることなく、興味深そうに武芸者を眺めていた。
 どこか無機質な、まるで「こいつは速い馬だったよ」と言われる馬をこれから桜肉にしようという感じの目だ。興味はあるけど関係ないわ、そういう目だ。

「どうでもいいけど、決闘するならお嬢様にも声かけておきなさいよ。また声がかからなかったってご立腹よ」
「あはは、すいません。この人もなんですが、どうにも報告しに行こうとすると『逃げるのか』って言われちゃいまして」
「難儀だわ」
「武人の常識だけしかないんでしょう、門番の常識も理解してほしいです」
「常識的な門番ならシエスタにうつつを抜かすと思う?」
「抜かすでしょう。だって退屈ですから」

 軽口を言いながら、紅美鈴はサンドイッチを咀嚼する。どうやって声を出しているんだろう。
 しかしそんな複雑な動きをしている唇に視線は誘導されてしまう。エロい。
 
「美鈴、帰ってきたら広間に集合。分かってるわよねパーティの設営手伝わなかった分盛り上げてもらうわよ」
「それは仕方ないじゃないですか、この人来ちゃったんですもん」
「問答無用。妹様が宴会芸をお望みだわ」

 最後の一切れを呑みこむ。動く喉がやたら色っぽい。ボロボロになった服装とあわせてやたら艶のある動作に仕上がっている。
 どうしてこんなにエロエロなんだあの門番。

「去年も私だったじゃないですか、今年は咲夜さんが頑張ってくださいよ」
「ダメよ、去年『一人全役でベルばら』して私達の腹筋を破壊した罪は重いのよ」
「ひ、酷い! 台本用意したのは咲夜さんなのに!?」
「実行犯は美鈴よ」

 むむむ、と紅美鈴は唸る。それを見て瀟洒に笑い、十六夜咲夜は勝ち誇ったように鼻を鳴らす。
 そんな様子を見た紅美鈴は頭を抱えて、にやりと笑う。悪い顔だ。
 迷うことなく十六夜咲夜の手を握る。

「じゃあ一緒にやりましょうよ」
「私はお嬢様達のお世話しなくちゃいけないの」
「副メイド長に任せましょうよ」
「妖精にそこまで任せられないわ……ちょっとどうしたのよ美鈴」
「今日はバレンタインですよ?」

 紅美鈴は十六夜咲夜の手を引き、強引に自分の胸へと抱く。
 突然の行為で混乱する十六夜咲夜だが、離れようとはしない。

「恋人と喧嘩したり、好きな人を追っかけたり、そういう日です。だったら一緒に舞台に立つぐらいいじゃないですか」
「ちょ、ちょっと考えないでもない……わ」
「歌でも歌いましょうよ」
「……悪くない。どんな歌?」

「咲夜さんの喘ぎ声、が良いです」
 
 突然の言葉に顔を真っ赤にする十六夜咲夜。私も驚いて噴き出してしまう、武芸者はビクッと身震いさせる。テメー起きてんじゃねーか。
 と、うっかり私は感情の赴くままに風を送る。

「も、もうしょうがな」

 十六夜咲夜が承諾しようとした瞬間、私の風で武芸者は地面から強制的に引っぺがされる。流れるのは気まずい空気。
 最初に口を開いたのは武芸者だった。

「……す、すんません、帰っていい……ですかね?」
「……どうぞお好きに」
「失礼しましたぁ!」

 がったがったと走ろうとするも、随分と体が動かないようだったので私の風で少し手助けする。
 そして人里の方向へと武芸者の姿が消え、紅美鈴が口を開く。

「それで咲夜さん御返事は」
「い、良い訳ないでしょ教育に悪いわバカ! でも終わっとらすぐに私ん部屋に来てねそれじゃあ!」
 
 フッと十六夜咲夜は姿を消す。照れながら叫んでいたのだろう、色々噛み噛みだ。
 紅美鈴は頭を掻いて、こちらを向く。

「なんで邪魔したんですか、文さん」

 軽い殺気が漏れているものの、本気ではなさそうだ。どうも十六夜咲夜に逃げられてご立腹な様子である。
 私は覚悟を決めてがさがさと歩く。

「やあ、運が悪かったとしか」
「本当に勘弁してほしいですね。折角、咲夜さん公開羞恥視姦ごっこのチャンスだったのに」
「本心じゃない癖に」
「はは、承諾されかけるとは思いもよりませんでしたよ。今日はどちらまで?」
「少々色んな所を」
  
 紅美鈴は腕を組んで笑う。
 
「成果は?」
「ぼちぼちです」
「それは重畳」

 紅い髪の友人は軽く笑って、顎をポリポリと掻く。
 私はそれがどこか滑稽だったので、やっぱり笑う。

「文さんはどうなんですか?」
「え?」
「文さんは、恋人に何もしてないんですか?」

 聞かれるとは思っていなかった質問を急にされて、私は硬直する。あまり他人に干渉しようとしない筈の龍がこんな質問をするとは、本当に変わったものだ。
 数百年前とは大違いだ。
 けれど私は何も変わっていないような気がした、まったくはたてと進展していない。どれだけ体を重ねても、まるで。

「……私は応援してますよ、だって今日はバレンタイン。好きな子を追っかける日なんですから」

 紅美鈴は、そう言って交代の妖精に任せて帰って行った。
 私は、私は。

◆射命丸文と姫海棠はたての場合

 私はそこで覚え書きが途切れている事に気付き、手を止める。
 出来る限り静かに読んでいたため、文はまだ起きていない。

「それであの日は飛んできた訳だ、納得」

 私は左手の薬指を見つめる。そこには大した装飾も無い金属製の指輪が嵌められていた。新聞記者の癖に何も思いつかなかったのだろう。これを渡された時、文が酷く必死だった事を思い出す。
 あの文は可愛かったな、普段は人を食ったような態度の癖に。
 文の覚え書きを、本人がまだばれてないと思っている隠し引き出しに戻す。隣で寝ている文を起こさないよう静かに布団に戻り、照明を消した。
 私は、指輪の裏に書かれていた素っ気ない言葉を思い出す。

『私の大事なものはいつでも、たくさん貴女のもの』

「おやすみ文、私の大事なものもいつだってあんたにあげるからね。今も昔も」

 何を贈ろうか。今から胸が高鳴っている。もうすぐホワイトデーだ。指輪に見合うぐらい凄い物、なにが良いかな。
子供を作ればいいとおもうよ(妄言)
もうすぐホワイトデーですが、残念ながら貰っていないので返す予定もありません、友達は十個貰って三十個返すそうです、富士五湖に身投げしながら爆発しろ。
親友は他のは全部断ったので一個だけだそうです、そろそろ本当に子供作るかもしれません。琵琶湖で背泳ぎしながら爆発しろ。
お前らみんな爆発しろ。

3/11
コメントで指摘された誤字を修正しました
ラック
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.260簡易評価
1.100名前が無い程度の能力削除
イチャイチャし過ぎで口の中が甘い
2.100名前が無い程度の能力削除
影狼×わかさぎ姫の続きはどこにあるんですか
3.100絶望を司る程度の能力削除
お子さん作る前に幸せな結婚式を書いてくださいお願いします。
4.90奇声を発する程度の能力削除
甘い
5.90名前が無い程度の能力削除
らぶらふにも程があります。全世界スウィートドリーム。
7.90名前が無い程度の能力削除
甘すぎて砂糖吐いた

もしや吉野の鬼、幻想入り?
音叉ということは太鼓使いか
9.80愚迂多良童子削除
ああ、もう作るしかないな。

>>輪の裏に書かれたいた
書かれていた
10.90名前が無い程度の能力削除
いいね
13.80名前が無い程度の能力削除
おお甘い甘い。ごちそうさまでした。