博麗霊夢のきめ細かく白い、ビーナスもかくやという美しい肌を包むのは、今や薄い薄い布地一枚だけである。
しかもそれは、ぴっちりと、彼女の体に張り付いている。
少女特有の、青い林檎のようにささやかな胸のふくらみ。きゅっと、理想的にくびれた腰。
華奢で魅惑的な彼女の体のラインが、惜しむこともなく世界にさらけだされていた。
大胆にも、手足は露わとなっている。勿論、普段の巫女服では決して見えはしない細い太腿もだ。
「霊夢さーん!」
「……うん?」
唐突にかけられた、テンション高めの声に、霊夢は妙に色っぽい声を洩らした。
胸が規則正しく上下していたから、つい先ほどまでうたた寝をしていたのだろう。
半分はまだ夢の中といった表情のまま、霊夢はけだるげにサングラスを外し、声をかけてきた少女の方を見た。
「かき氷出来ましたよー。さ、融けないうちにどうぞ」
涼しげなガラスの容器に砕いた氷をてんこ盛りにし、その上にまたてんこ盛りにいちごシロップと練乳をぶっかけたそれを差し出し、鴉天狗の少女は満面の笑みでいた。
ぼんやりと、若干の寝ぼけあたまのまま、霊夢はかき氷を受け取る。
ひんやりとした指先の感触に、じんわりと意識が覚醒していくのを感じながら、彼女は上体を起こす。
ストライプのビーチパラソル。
直射日光厳しい砂浜にぽつりと出来た日陰のビーチチェアの上。霊夢の視界に入る、あんまりにも非日常な光景。
ざざざん、ざざざんと、音を立て砂浜にぶつかって砕ける波が、きらきらと眩しく日光を乱反射させていた。
ふと空を見上げれば、雲ひとつない一面の青色に、燦々と照る常夏の太陽。
気温は高いが、吹く風は不思議と爽やかだった。
海だ。それも、さらさらの砂浜がある、天然の極上ビーチだ。
博麗霊夢。射命丸文。真夏のとある日。二人は南国の無人島にいた。
ブラックタピオカ×ココナツミルク ~わりかしはっきりしない彼女たちの、楽園の一日~
そもそもの始まりは、早朝の博麗神社まで遡る事となる。
怠惰な二度寝を満喫していた霊夢の元、射命丸文はいつもの軽快さと図々しさを以って慌ただしく神社を訪れた。
ビキニ姿で。
「……ちょ? 文? 一体その格好は……?」
「何って……見ての通り水着ですよ?」
惰眠を邪魔された事に怒るのも忘れ、霊夢は半ば唖然と文の立ち姿を眺めていた。眠気は一瞬で吹き飛んでいる。
そう、まったくもって水着であった。
文の健康的な肢体。
存分に女らしさを主張するまるい胸のふくらみを覆うのは、黒の布地だ。
すらりと伸びた手足。形の良い臍を上に覗かせ、煽情的な魅力を振りまくビキニパンツもやはり黒い。
黒は彼女に最もよく似合う色だ。ぴょこぴょこと、鴉の翼が背中で揺れていた。
市場に流通する一般的なサイズより、若干布地の量が少ない水着。
射命丸文という少女が自分に抱く自信の裏返しがあるが、実際、客観的に見ても、この大胆な水着を着こなす素養を彼女は持っていた。
凄艶。
若々しさと、色っぽさが、黄金比に近い比率で混じり合う彼女の魔性、きっと同性ですら思わず見とれるだろう。
実際霊夢は見とれていた。ぽかんと口を開けて。
いや、半分くらいは、単純に状況に頭が付いていけていないだけなのだろうが。
「う、うん、そうね。水着ね。……いや、てかそれは見れば分かるの。私が聞いてるのはどうしてそんな破廉恥な格好でここにいるのかってこと」
「破廉恥とか、酷いです。霊夢さん喜ぶと思って、一生懸命見繕ってきたのに」
動揺をどうにか収め、平静ないつもの口調で問う霊夢に、文は押しつけがましい笑顔で応えた。
ひゅいと顔を近づけた拍子に、彼女の大きめな胸がぷるんと揺れた。目の毒だと霊夢は軽く舌打ちをした。
「ああ、理由ですか? まあ、それも見てのとおりですよ」
文の左肩には、河童製だろう。大きなクーラーボックスが引っかけられ。首にはカメラをぶら下げ。右手にはやたらとファンシーな柄の描かれた浮輪を持っている。
頭には、オレンジ色のゴーグルを装着していた。
なんとなく理由を察して、霊夢の顔が渋いものとなる。
「霊夢さん。一緒に海へ行きましょう!」
ハイテンションな文の誘いに、霊夢はもぞもぞと布団に潜り直す事で回答をした。
「やだ、だるい」
「えー、この日の為に、せっかくあちこち飛び回って準備したのにー。いいじゃないですか霊夢さん。この射命丸文、絶対に霊夢さんをがっかりさせませんから」
「お外で遊ぶより、私はお布団が恋しい……っていうか、海って、どうするつもりなのよ?」
幻想郷には、巨大な湖ならある。水遊びできる程度の川もある。
だから水着も流通しているし、水辺でのレジャーの為の道具も、需要は少ないが人里で買う事ができる。
霊夢は文の誘いをそういうものだと予想していたのだが……。
海となると話は、まったく別だ。幻想郷では大事となる。
そう、幻想郷に海はない。故に海に行こうなんて野望を達成しようとするには、博麗大結界をぶち抜いて外へ出るなんて暴挙をしでかさないとならないのだ。
「まあ、そりゃあんたくらいの妖怪になれば、結界ぶち破る方法の一つ二つくらい知ってるのかもしれないけどさ。
一応、私も結界の管理者みたいなもんだし。目は瞑らないわよ?」
諭すような口調で霊夢は言う、しかし文のにやにやした笑みが陰る事はなかった。
「ああ、その点はご心配なく、ちゃんと買収済みですから。結界の管理に責任持つ人を。
式煩悩な狐さんでよかったです。
知ってました? もちろん紫さんほど自在ではないですが、結界に出入り口を作る程度なら、藍さんでも問題なく出来ちゃうんですよ」
「まあ、そういう事だな。なぁに紫様は細かい事は割かし気にしない性質だ。一日くらい結界に妙な穴が空いても、どうでもよさそうな顔して無視するさ」
「って!? 藍? あんたいつのまに?」
気配を気取られる事もなく、霊夢の傍らにいつの間にか立っていた彼女。
親指をぐっと立て、すげぇいい笑顔でいる藍の胸ポケットには、愛しき式の成長記録の証拠が詰まっている。
策士の九尾八雲藍。スナップ写真十数枚であっさり買収に応じる。
「じゃ、藍さんお願いします」
「うむ、任せろ」
「て、ちょ、ちょっと待って、私寝巻のまんまだし、ほら、全然準備とかしてないし……」
「大丈夫大丈夫。ちゃんと霊夢さんの水着も用意してますし」
「そういう問題じゃねぇぇぇー!」
巫女の叫びがドプラー効果を残して消えた頃。部屋の中一人佇む藍は、微笑みのままそっと呟いた。
「……さて、うまくやれよ友人」
◆ ◆ ◆
「うおぉぉぉぉ!?」
そんな、彼女にしては珍しい混乱しまくりな声を響かせて、霊夢はお腹から砂浜に落下した。ぼかんと割と洒落にならない音を立てて。
「あやや、霊夢さん大丈夫です?」
「超痛い。死にそう」
「あ、元気そうですね。よかったよかった。怪我でもされるとせっかくのバカンスが台無しですもんね」
体中を砂まみれにして半分涙目な霊夢とは対照的な姿に、ビーチサンダルの裏でしっかりと着陸した文は悠々とした態度を見せていた。
「……ここ、どこよ?」
顔を上げ、胡乱な瞳で霊夢は尋ねる。
「カリブ海は小アンティル諸島に位置する無人島ですよ」
「どこそれ分かんない」
「まあ、外の世界の、まだ誰も注目していない極上のリゾートアイランドって事さえ分かってもらえれば問題なしです」
「……ふーん」
ゆっくりと霊夢は立ちあがり、体についた砂をぱんぱんと払い落した。
ぐるりと周りを見渡す。
ぎらぎら照る強烈な太陽。空の高い高い青と、海の深い深い青が混じり合う境界。
しゃりしゃりと、踏みしめる度音を立てる地面。
海の反対側では、眩しい緑色の草木が、あらんばかりの生命をそこで主張していた。
割かし何に対しても無感動な彼女である。
はじめて見る海にたいしても、特別大きな感慨を抱いたりはしなかったようだ。
だから彼女はこれほどに冷静でいる。
しかし。
「へぇ……」
彼女の口を開かせたのは、間違いなく好奇心だった。
悪くはない……未知を、無重力の巫女は肯定するべきものとして見ている。
にやりと、唇が釣り上がった。
「ま、せっかくあんたがセッティングしてくれたんだし」
霊夢は文に向き合う。
「今日一日くらいは付き合ってあげてもいいわ。満足させなさいよ? 文?」
「ええ、もちろんです」
文は、喜色満面な声色で応えた。
「とりあえずさ、着替え用意してくれてるのよね? それもらっていいかしら? 流石に砂まみれの寝巻じゃ、様にならないからね」
「どうぞどうぞ、その為に私は持って来たのですから」
少女たちの、常夏の楽園の一日。砂浜に、二組の足跡が残っていた。
◆ ◆ ◆
「……の、覗くんじゃないわよ?」
「だいじょーぶですって、清く正しい射命丸をご信用ください」
「とりあえずカメラどうにかしろよ」
ちぇっ……と不平そうにカメラを近場の木の枝に引っかけた文を見て、ようやく霊夢は着替えを開始する事ができた。
茂るシュロの木の木陰。衣擦れの音が微かに聞えていた。
「……あー、霊夢さんの裸ー、すっごく綺麗なんでしょうねー」
そして、未練たらしくぶつぶつ言いまくっていた文が、ようやくそれに飽きたあたりで、ようやく霊夢は姿を現す。
「おお!」
パシャリとシャッターが焚かれた。
文が一度手放したカメラに触れ、シャッターが押されるまで、ものの0、1秒とかかってはいない。
それでいて写真はブレてなどはないのだ。彼女はその傑出した身体能力を目的のため思う存分無駄遣いできる人種である。
「もう……だから撮るなって言ったじゃない」
霊夢の顔は若干赤い。口調にもいつもの強気さがない。俯き加減の視線。恥ずかしがっているのだ。
普段は腋丸出しなんて少々趣味を間違えた巫女服を喜々と着こなす彼女だけど、それ以外が露出する事には慣れていなかった。
「いやいや、ごめんなさい、つい」
反省が感じられない軽い謝罪をして文は再びカメラを枝に引っかける。そして霊夢の水着姿をまじまじと眺め始める。その紅い瞳が喜色に輝いていた。
「あ、あんまり見ないでよ。結構、恥ずかしいんだから」
「いやいや、恥ずかしがる事ないです。すごく似合ってますよ」
霊夢のまだ未成熟な肢体を包むのは、紅白にカラーリングされたワンピースだ。
随所にあしらわれたリボンが、彼女の少女の部分を主張しているようでもあった。
文のように、“女”を前面に押し出す仕様ではないが、それ故に、霊夢の持つ天性の少女性、神秘性が存分に引き出されているようにも見えた。
成長過程にある肉体のラインが、酷く眩しい。
「あ、文ぁ、もうちょっとさ、派手でないのなかったの?」
霊夢はなんだか体をもじもじとさせている。
それ程切り込みが激しいデザインではないが、それでも太ももは丸見えになっている。
やはり違和感あるのだろう。
「あれ、お気に召しませんでしたか? 可愛らしいと思うのですが?」
「う、うんまあ可愛いとは思うけし、私水着とか持ってなかったから、ちょびっとは嬉しいって気持ちも少しはあるんだけど……でも」
「ふふ、まあいいじゃないですか。ほら見てください、水平線の彼方にいたるまで、ここらにいるのは私達たった二人だけ。
好奇の目をよこす不躾な他人はいません。せっかくのバカンスなんです。まったり構えればいいんですよ」
「うん、まあそうなのかもしれないけど」
「私は凄く嬉しいんですよ。だって今まで誰にも見せた事ない霊夢さんの水着姿。それを世界で私だけが、この瞳に収める事ができる。
だから霊夢さんは、堂々とすればいいんです。見せつけるくらいにして、もっと私を喜ばせるといいんです」
文の論理は、論理とも呼べないような乱暴な物である。
いや、しかし実は霊夢はそろそろ感化されてしまっているのかもしれない。南国の雰囲気に。あるいは異常に解放的なこの鴉天狗に。
「……もう……分かったわよ。でも、こんなかっこするの、今日だけなんだからね。あんたにだけ、今日の記憶を留めておく事を特別に許してあげるわ」
これで何となく納得してしまったのだから。
「さて、じゃ着替え終わったところで、さっそく遊びにいきますか!」
「あ! 文、ちょっと待ちなさいよ! 私を置いて行くなぁ」
少女達の笑い声が、南国の空気を揺らしていた。ざざん、ざざんと波が寄せては砕けていた。
◆ ◆ ◆
初めてのビーチは、当然の事ではあるのだけど、霊夢にとって未知な経験ばかりだった。
「あれ? 霊夢さん泳げなかったんですか?」
「しょうがないじゃない。十何年か生きてきて、泳ぐ必要に迫られた事なんて、一度もなかったんだもん」
「ふむぅ、じゃあ私が教えて差し上げますよ」
「いいわよ、そんな。私はここで見てるから、あんたは一人で泳いできなさいな」
「まあまあ、そう言わないで。さあさあ、おっと?」
「きゃ……!? ぷはぁ……! い、いきなり押すなっ! ってなにこれしょっぱい?」
「あはは、霊夢さんのそんな顔初めて見たかも。ええ、そうです海はしょっぱいんですよ」
「うへぇ……舌がしびれる……」
「まあまあ、そういうものだって割り切ってください。これから霊夢さんはこのしょっぱい海水の中で泳ぐ事をしないといけないんですから」
「飛べばいいじゃん、泳ぐとか面倒なことしなくても」
「それ反則ですから」
「はぁ……酷い目にあった、疲れた」
「さすがは霊夢さんです。筋がいい。この短時間であそこまで泳げたら大したもんですよ」
「当分、水の近くには近寄りたくないわ……」
「霊夢さんお疲れのようですし、ちょっとお昼寝しましょうか?」
「ん? これは?」
「砂浜の必需アイテム。ビーチチェアっていうんです。パラソルの陰で、穏やかな潮風を受けながら、うとうとする為の道具です」
「……ふーん? でも文、これ一個しかないじゃない」
「霊夢さん、どうぞ使ってください」
「え? あんたは?」
「気にしないでください。適当な寝床探しますから」
「いや、そんな事しなくても……」
「私は人間と違って体が丈夫ですから、屋外で眠る方法も沢山知っているのです。だから遠慮しないで」
「むぅ……」
「じゃ、ちょっと行ってきますね」
「……ねえ、文。あの……その迷惑でなかったらなんだけど、ほら私体ちっちゃいしさ。頑張れば後一人くらい一緒に眠れると思うの。その……どうかな?」
「……ありがとうございます。その言葉をいただけただけで、私は十分です。かき氷作って起こしに来ますから、それまでゆっくり休んでいてください。それが、私の嬉しい事です」
「ちゃんと中にも練乳が挟んであって……分かってるじゃない、文」
「霊夢さんの好みですから、当然全部把握していますよ。がんばって調査しましたから」
「それはそれでちょっと複雑だけど、まあおいしいイチゴ練乳食べられたから、いいや」
「そう言っていただけると、がんばった甲斐があったものです」
「ところで、文は抹茶あずきなのね」
「ですが。あれ、何か変ですか?」
「いや、渋いなぁとか……」
「はは、まあ私も相当年食ってますからねぇ。もっとも心はいつまでも少女のつもりですが。それに、結構これも悪くないんですよ?」
「そうなの?」
「です。抹茶の上品な苦みと、小豆の力強い甘みが程良く調和してですね」
「興味あるかも」
「試してみます?」
「うん」
「では、あーんしてください」
「あーん」
◆ ◆ ◆
潮風にヤシの木が揺れていた。
穏やかな風景は、まるでいつまでも同じ時が続くかのような錯覚を覚えさせる。
しかし、どれだけゆったりであっても、いつかは終わる時がくるのだ。
海のよく見える高台。少女二人はちょこんとそこに座り、落ちゆく西日を眺めていた。
真っ赤に染まる世界に吹く風は、心なしか寂しさを内包しているしているようにも思えた。
そうだ、今終わろうとしているのだ。常夏の一日が。
ぽつりと、霊夢が呟いた。
「楽園もいつかは日が沈む……か。まあ当然の事なんだけどね」
「ですね」
何気ない一言であったのだと思う。
しかし、その瞳に浮かんだ色は、あるいは憂愁に近かったのかもしれない。
ふと重ね合わせてしまったのだ。水平線に消えていく、巨大なだいだい色の太陽と、己が愛すべき素敵な楽園を。
しばらくの沈黙があった。ぼんやりと、霊夢は三角座りして夕日を眺めていた。
「……これはちょっと真面目な話ですが、でも真面目に聞く必要はないです。年寄り鴉の、戯言と聞き流してくれれば幸いです」
文は、静かに切り出す事を始める。珍しく、その表情に笑みは薄かった。
「楽園の落日なら今まで何回か見てきました。なんだってそうです。終わらないものはないんです。
それが緩慢な衰弱死なのか、激流に潰されての突然死なのかはわかりませんが、幻想郷だって、いつかは終わる日が来る。
落日がくれば、私は、愛すべき山の同朋達と共に、また次の安住の地を探さねばならなくなるでしょう。ええ、何度も繰り返してきた事です」
それは、一千歳を生きてきた大妖怪としての、射命丸文の表情だった。
移りゆく世の中をずっと見てきた。理不尽な力で世界を動かす、時流という怪物の姿をずっと瞳に焼き付けてきた。
膨大な経験を積み、莫大な諦観を所有した。
彼女は知っているのだ。世界のしくみというものを。
時に悲劇的な結果を、容赦なくもたらすそれを。
それは、もはやどうにも覆せないものだと理解している。
己のような小さな存在には、せいぜい翻弄されて命落とさぬよう、要領よく時流にのっかかるくらいしか対処法がない事も分かっている。
だかそれでも、彼女は続けた。“しかし”と、力強く。
「博麗霊夢。私は確信している。少なくとも貴方が博麗の代でいる限り、幻想郷は生き続ける事ができる。貴方はそれだけの才覚を有しているのです。
そして、もし仮に世の理が、貴方を排除するがごとく、郷の落日を求めるというのなら、私は抵抗しましょう。貴方を守るため、最後まで抗いましょう。
霊夢さん。貴方はとても魅力的で興味深い女性です。何といっても私にここまでの事を言わせたのですから」
しばらく、霊夢はあっけにとられたような表情をしていたかもしれない。
しかし、顔つきを幾らか柔らかな物にすると、少しばかり目付きをいじわるそうにつり上げた。
「ねえ文。それって私に告白してるのかしら? もしかして」
「そう取っていただいても、まったく問題はないです。
霊夢さんは誇っていいですよ? この射命丸文が告った、とってもレアな人間なんですから」
さも当然といった風に、文は一切の躊躇なしに答えを返した。
「もう……聞き流せって自分で言っといて、どうしてあんたはそんな真剣なのよ。それじゃ、無視できないじゃない」
「ふふふ……私、狡猾なのでですね」
にっこりと文は満面の笑みでいた。
霊夢だって分かってはいるのだ。何処までも打算的で腹黒な生物が射命丸文だ。
一見、混じりッ気なしの純粋なそれに見える笑顔だって、簡単につくってしまえる事くらい知っている。
でも……この時、ちょっとだけ、本気で信じきってもいいと、霊夢が思ってしまったのは、一体どうしてだったのだろうか?
「……ねえ、もしさ、藍が私達の事すっかり忘れ去って、一生幻想郷に戻れなかったら……ああ、勿論、もしもの話よ、万が一にもない、もしもの話。
その時は私達、一体どうするんだろうね」
「その時は、二人で一緒に暮らしましょう。魚や果物の獲り方は私よく知ってますし、いつまでだって生きていけます。
霊夢さんは何にも心配する事ないのです。私が一生懸命働いて、養いますから。
立派なおうちを手作りしてもいいです。必要な物はなんだって用意しましょう。
霊夢さんが島の生活に退屈したなら、ここから飛び出してもいいです。好きな生き方をさせてあげます。
私は霊夢さんが満足いくためなら、何だってやりましょう。霊夢さんも、さながら女王の如き傲慢さで、私を使ってくれていいのです」
「結構極端よね、あんた……でも……」
霊夢は、ふっと笑いを洩らした。そう、理由なら簡単な事だったのだ。
文の告白に、結構彼女もまんざらでなかった。それだけの事だったのだ。
「……絶対ありえない事だけどさ、でもそんな未来も悪くはないのかもって、ちょびっとだけ思っちゃったかも」
「光栄です」
本当に、度し難い鴉天狗だと霊夢は思った。
己が生涯がために、何でもやるなんて事を、あっさり言ってしまったが彼女なのだから。
そして、それはきっと口だけでない。
霊夢は傲慢になってみる事にした。
自分は、あの射命丸文という狡猾な鴉が、その本音を包み隠さず話してしまうほどに価値がある人間なのだと。
そうすれば、霊夢は文の好意を信じてしまう事ができた。躊躇せずに。
だから霊夢は言った。
「……文、ありがとね。私の為に、色々準備してくれてさ。今日は楽しかった、すごく」
霊夢のその言葉が予想外だったのかもしれない。少しだけ、びっくりしたような表情を文は浮かべていた。そしてちょっぴりはにかむ。
「その言葉ひとつだけで、今日の為私が投資したお金とか労力とか、そんなのの数倍の価値があります。
いや、どうしましょう。図らずも、ほろっときちゃいそうですよ、これ」
照れている表情を繕う事なく、文はその場にすっと立ち上がる。
「ちょっとしんみりしちゃいましたね。いい時間ですし、晩御飯にしましょう」
「……うん、そうね」
「お肉焼きましょう。今日はバーベキューです。椛に頼んで、ちょっといい肉手に入れてきたんですよ。好きですよねお肉?」
「うん、大好きー」
既に太陽は沈んでいていたけれど、代わりに一面の星々と大きな満月を彼女達を照らしていた。
楽園の一日は、もう少しだけ、終わらない。
◆ ◆ ◆
結論から言えば、何て事ない一日だったのだ。
あの日を境に彼女らの関係が劇的に変わったとか、そういう事はなくて。
霊夢は暢気が過ぎる毎日の戻っただけだし、文はそんな霊夢の毎日をおもしろおかしく引っ掻きまわす日常に戻っただけだし。
ただ、いつもみたいに湯呑を手に、グダグダ語り合いながら、適当に時間を潰している彼女達が楽しそうだから、きっとそれでいいんだろう。
すでに彼女らは、十分に特別な関係なのだから。
文の自宅では、あの南国で撮影した、思い出の写真が今でも大切に保存されている。
二人の水着姿たまらないです。
ねじ巻き氏のSSだと思って読むとちと物足りないような。
期待しすぎ?
妖怪が博麗の巫女を落とす最高の殺し文句じゃないだろうか
霊夢に寿命がきても沈んだりせずに前を向いて歩いていけるんだろう
(”痣が残る程に”の文も良かったですが)
とにかく二人に幸あれ
YESYESYES!
まさか、あやれいむで海のお話が読めるなんて。
マイナーな上に珍しい。けど、それが良い!
良いあやれいむごちそうさまでした!
やっぱ良い意味でぐだぐだのまったりなのがあやれいむらしくていいですなー…
やっぱりこの二人はいいですわぁ
霊夢さんはほんと妖怪殺しやでぇ・・・!
ああ、そうともさ
しかし、文チルも捨てがたい……
ところで、サンオイルは?
掘り下げたものをわざと浅くなぞるような、このぐっと来させない引いた見せ具合が面白い。
それは絶対に違わない!
初めてのUMIに戸惑う霊夢可愛すぎる……ッ
いいですなー。
さらりとしたシリアス風味も○。
素晴らしい作品、ご馳走様です!