Coolier - 新生・東方創想話

万華鏡

2010/08/23 03:25:19
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 くるり、くるり、くるり。
 回して変わる映像の妙、しゃらと鳴る音の小気味よく。
 暗き筒の内にて萌える万の華、数え難し鏡の像。
 持つ者変われば、又くるり、しゃらん。

 はて、此度映したる筒の内、是非とも覗いて賜れ。



一.




 ――「“死”とは?」 博麗……の場合。




「全く急に妙な事を訊かれる事には慣れたつもりだったけど、今回は殊更妙な事を訊くわね」

 じりじりと燃え滾る太陽が、容赦なき日差しを大地に突き刺す中、巫女は突然の来訪者の、突然の問掛けに目を丸くした。ただでさえ夏の陽に中てられて、衣服の内に滲む汗の感触に不愉快を覚えている折だというのに、意味深長と定めて相違ない問掛けをされては堪らない。ともすればその問掛けは、意味深長どころか如何なる意も含んでいないかも知れぬ。巫女はあからさまに怪訝な表情を浮かべると、他を当たってと云わんばかりに大きな嘆息を零して見せた。

「あのねえ、あんたの質問は何時も突然の上に面倒なのよ。その問掛けに私が答えなければならない義務でもあるのかしら」

 巫女の不機嫌な面持ちすら意に介さずに食い下がる来訪者は、尚も問い続ける。外より聞こえ来る蝉の鳴き声よりも尚喧しく、「死とは」と繰り返し訊ね、巫女をますます弱らせる。遂には巫女もこれは敵わないと思い始めたのか、来訪者の執念に気骨を折られたとみえて、少時席を外すと、片手に冷たく冷えた茶を持ち戻って来た。どうやら巫女は来訪者の問掛けに答える心積もりのようである。頻りにその黒き瞳が面倒だと訴えているが、この来訪者を前にして、それは意味を成さぬ。

「誰彼にしたって、同じようなものよ。死について考えたって答えは死より他にはないじゃない」

 冷たい茶を喉に通し、咽喉をごくりと云わせた巫女は、心持ち姿勢を崩して云った。来訪者は興味深げに頷き、話の続きを求めるように、視線を動かす。巫女は遂に参ったと音を上げたとみえて、観念したように溜息を吐く。元より灼熱の世界に身を置いて、何をするともなく暑さに打ちひしがれていた身である。無聊を慰めるには丁度好いかも知れぬが、しかし余りにも面倒な慰みだ。早々に追っ払うには話を聞かせて遣るのが最も手っ取り早い。そんな呆れた風にも見える表情が窺える。

「あんたの物好きは今に知った事ではないけど……呆れた性格してるわよ」

 一言、来訪者の執念に敗北を喫した巫女は、負け惜しみを呟く。来訪者は徒に微笑を浮かべるばかりである。ただ一人、来訪者自身を於いて他に、誰彼とてその真意を悟る事はない。

「そうねえ、単純な意味では終わり、複雑な意味では始まり、誰もが望む意味は完結。そんなところかしらね」

 暫時を思考に費やした巫女は、そう云って我ながらこんな事を話すのは可笑しいと苦笑した。対峙する来訪者は、依然変わらず興味深げに頷き、瞳を細める。単純な意味とは、とその意を訊ね、巫女の持って来た茶に口を付けた。

「訊くまでもない事じゃない。死は生の終わり。命ある者が活動を止める時。誰だって「終」の字を使わずには死を説明する事なんて出来ないでしょう」

 同意は得られぬ。来訪者はただ静かに微笑み、巫女の講釈に耳を傾けるばかりである。また巫女もそれを来訪者の失礼とは思っていない。二人の関係は話し手と聞き手に二分化され、そうして変動する事なく、まるで幼子が物語を聞かされて眠りに落ちる如く、同様の関係の内に終始する。

「だから死は悲しい。物語が終わるのは寂しく、動いていたものが活動を止めるのは切なくて、生を奪われるのは憎い事だから。誰もが生という大木にしがみ付いて生きているのがこの世の中で、生を掴む手が力を失い、或いは何かが原因でその大木から手を離さざるを余儀なくされた時、人は死に向かって落ちて行く。どちらにしたって悲しい事だもの。時には嬉々として自ら死に向かって落ち行く人も居るけれど」

 巫女は事実を淡々と口上にて連ねて行く。死という概念の説明に、私情を挟む事もなく、彼女は単なる常識を語るばかりである。が、それは真実と称して差し支えはなかろう。巫女は傍観者である。誰彼が恐れ戦き、斯くして迎える終焉である死すら俯瞰する。

「生物の終末――なんて、気取った物良いだけど」

 そう云って一つの話を締め括った巫女は、再び冷たい茶を一口飲んだ。来訪者は二つ目の言の意を訊ねる。巫女は「あんただって、判っている事でしょうに」と不服そうに云った。しかし、来訪者が得心する様子は見られぬ。巫女は説明を始めるより他にない。

「輪廻転生なんて、あんたのような奴らは誰もが知っている事じゃない。つまりはそれが、死が終わりであり始まりである所以。尤も、それを知らない人がいる事も確かね。特に外の人間は」

 一つ目の答えとは打って変わって、巫女の説明は随分と単純明快なものである。慣れない話をする事に対して遂に疲れが見えたらしく、面倒だと訴える黒き瞳の光が強くなる。しかし、元より来訪者には彼女を解放する気色が見られない。こうして暇を解消するくらいならば、一人茶を飲み暑さに呻吟する時間を過ごす事の方が幾ら利口だか知れぬ。それに気付くと巫女は再三に渡って大きな溜息を吐いた。

「三つ目に関しては説明するまでもないわ。誰しも自分が望む死を迎えたいと思っているんだから。そうして初めて、死は完結という意味を得る。絶筆になった小説が完結したとは云えないように、全て自分が成すべきだと思う事を成し、心残りも無く死を迎えれば、それは一つの完結でしょうから。さあ、これで満足かしら。退屈な話はこれでお終い」

 漸く終わったと云わんばかりに、自らの後ろに手を突いて、姿勢を崩した巫女は中身の無くなった洋杯を横目に見遣ると、多少の面倒を我慢して台所に赴くか否かを考えた。が、その答えを見つけるより早く来訪者は立ち上がる。どうやら帰る様子であるが、立ち上がったまま一寸巫女を見詰めて動かない。そうして巫女が何と訊ねる前に、来訪者は口火を切った。

「貴重な話をどうも有り難う。思うに、貴方は傍観者であり主人公。自らの立ち位置を自覚しながら、尚も己を達観している。一見して不思議な在り方だわ。――今に知った事ではないけれど」

 妖艶なる微笑を一片、眉間に眉を寄せて何の事かしらと訊ねる巫女を視界の片隅に留めて、来訪者は扇を盾に顔を隠す。生温かな夏風が居間に吹き込み、縁側の廂に吊り下がる風鈴がちりんと俄に音を奏でる。そうしてあなやと思う間に、来訪者の姿は影も形も無くなり、残ったのは甘い香草の鼻腔を擽る匂いと、汗を掻いた空の洋杯が二つ、卓袱台の上に鎮座するばかりである。そうして言葉を返す暇も無く去って行った来訪者に、文句を付ける術も思い付かぬまま、巫女は一人大きな溜息を零した。騒がしく鳴き続ける蝉時雨の音は、尚も暑中を彩り、巫女を嘲笑う如く響いている。




 しゃらん、筒の内にて萌ゆるは白より尚透いた華。
 見るは叶わぬ、触るも叶わぬ、当人より他に識る者は居らぬ。
 無色透明なるは隠遁の術、敢えて語らぬは無色透明なるが故。
 はてさて、次いで映るは誰が華。





二.





 ――「“生”とは?」 西行寺幽々子の場合。





 曰く、二百由旬の広さを誇る冥界の庭園は、微風に揺られ、さながら一つの潺湲たる河川の音を奏でている。天上界よりその巨大な庭園を眺めれば、数え難き木々の数々は大海を行く波の如く、一様の方向に向かって揺蕩いながら、逞しい幹より生える百枝を楽しげに右へ左へと揺らす。その風光明媚なる冥界の一角に建てられた豪奢な屋敷の縁側には、二人の女が座りながら談笑を交わしていた。否、二人は無言の内に佇んでいる。どちらからともなく独り言が漏れる事はあれど、それに返す言葉は無い。けれども、そこには言葉の遣り取りを厭う気色や、無言を嫌う様子は少したりとて見られず、二人は静寂の内に佇みながら、静寂の響きを楽しんでいる。

「あら、お茶が無くなったわね」

 桜の花弁の鮮やかな色彩をも凌駕し、桃の甘く香しい匂いすら上回り、緩やかな波を描く髪の毛を風に揺らしながら、冥界の姫君は湯呑みを見るなり呟いた。湯呑みの中には底の方に少しの茶葉が揺れている。隣に置かれた皿の上にあったはずの菓子も、既に消え失せた。姫君の隣に座る庭師は、苦笑混じりに「お持ちしますか」と答えの知れた問いを投げ掛ける。姫君は柔らかく微笑むのみであったが、庭師にはそれで充分と見えて、彼女はやはり苦笑を浮かべながら、皿と湯呑みとを盆に載せて、台所の方へと向かって行った。

 取り残された姫君は、僅かに出来た一人の時間を謳歌するべく、姿勢を崩して空を見上げる。木々の連なりが奏でる風の旋律を聴きながら、悠然と流れ行く雲を見、果てしなき大空の濁り無き青を見、時折その視界の中を鳥がその視界を横切っては、慰みとばかりに鳴き声を落として行くのを見る。姫君は斯様な日常の光景が好みと見える。緩やかな弧を描く唇からは、ふふと楚々たる笑みが零れ落ちた。

「御機嫌よう。今日は一体どうしたのかしら」

 誰にともなく呟いた言の葉は、隣に現れた来訪者に向けられたものである。先刻庭師が座っていた場所には、妖しげな笑みを湛えた来訪者が、扇子を片手に自身を煽ぎながら、姫君を横目に見詰めている。実に突拍子の無い登場ではあるが、姫君に驚いた気色は見られぬ。どうやら姫君はこの現象が尋常の事と心得ているようである。来訪者にも意表を突かれた様子はない。

 用件を訊ねた姫君に、来訪者は何をも答えない。姫君は僅かに眉を寄せた。来訪者が語り出す様子が一向に見られない。かと思えば、来訪者は唐突に質問を投げ掛ける。――生とは?

「今日は何時にも増して突然なのね。その問いから私に何を求めているの?」

 来訪者は不適に微笑むばかりである。姫君が要領を得られるはずがない。けれども答える答えぬ以外の他の選択肢が見付からぬ。姫君は仕様が無いわねと小さく呟いた。来訪者の性格を知るが故に、答えぬ訳には行かぬ上、元より無聊を託つばかりであった身である。来訪者の気紛れに付き合うのも吝かではない。加えて意味を見出そうとしたところで徒労に終わるのは目に見えている。そう思うと、姫君の可憐なる唇からは、自然と笑みが漏れ出た。

「そうね……私の主観から云って好いのなら、私には判らないもの」

 姫君はそう云うと、普通の人間には生涯判らない言い分でしょうけど、と付け加えた。やはり来訪者は何をも云わぬ。ただ姫君に話の続きを催促する如く、その眼は真直ぐに姫君の瞳を捉えて離さない。

「詰まる所、私には死生の区別が付かない。それもそのはずだわ。この身は死んでいるのにも関わらず、生きている。何だか妙な云い回しになってしまうけれど、そうとしか云いようがないから仕方がないわ。云ってみれば、人間としては死んだ身で、幽霊としては今も尚生きているという事になるのかしらね。私自身、生きているという表現が適切であるのかどうかは判らないけれど」

 姫君はそうして可笑しそうに笑い出した。何だか頭が混乱して来るわ、などと云って来訪者の顔を見る。まるで他人事のようである。姫君には自身が語る「生」を自覚している気色が毫も見られない。ただ自ずからなる生の、遥々と続く道が自らの隣にあるものと思っている風である。しかし、来訪者は疑問など元よりあらざるものであるが如く、澄ました顔をしている。そうして扇子をはたと云わせると、生温かな夏風を自身に送った。ところへ、台所の方から庭師の声が聞こえて来る。何やら茶葉がないと云っているが、来訪者の存在には未だ気付いていないと見える。

「誰もが生を自覚して生きている中で、その枠組みから外されると、自分の在り方さえ曖昧になって行くよう。私は死を自覚している訳でもなく、かと云って生を自覚している訳でもない。ただ何かも判らない存在を、微かに感じ取れるだけだわ。それが無くなってしまったら、私には私を見付ける術がない。だから、生という確固たる定義を享受する人々が、そして死を平等に迎える人々が、素直に羨ましいわ」

 姫君は二百由旬の広さを誇る庭園に茂る種々様々な木々の、更に奥にある何かを見ようとする如く、遠い目で繁茂する枝の、微かな隙間を見詰める。昔日の、霞む景色は限りなく透明に近付き、日々彼女を追い立てる。消え行く過去の残響が、何時の日か唐突に途切れてしまうかも知れぬと思い、現今に積み重ねて来た紙を一枚二枚と手繰れど、そうして現れるのは白紙の束でしかない。そこにあるはずの何かを見付けねばならぬ事は判っている。が、それを見付ける術が判らない。

「ただ一つ、私にとって確かなのは、私の生を解く鍵があの桜にあるという事だけ。けれど、それも私には何一つとして語りかけない。何よりも強い結び付きは、きっとあの桜との間にあるのに。――なんて、考えているだけで疲れてしまうから、最近はぼんやりしてばかりなの。貴方の気紛れも何時起こるか判らないし、たまにはお茶でも飲みに来て頂戴」

 一時浮かび上がった姫君の寂寥の影は、忽ち庭園の木々の間に吸い込まれて行った。何処かで聳え立つ大木に馳せた思いは、心の内に秘められたまま、遂に出て来る事はなく、朗らかに微笑んだ姫君は、来訪者に向かって明るく云った。台所に居るであろう庭師は、頻りに姫君の名を呼んでいる。茶葉が無ければ菓子も無いと、その在処を訊ね続けている。

 やがて、ふと小さく笑みを零した来訪者はその場に立ち上がると、例の如く扇子で表情を隠して、視線で姫君を射抜く。刹那の静寂が、広き冥界を包み込み、風の囁きが大空に吸い込まれて行く。

「数多ある境界の、最も複雑に絡み合った死生の意味は、誰彼にも判らないでしょう。貴方は冒頭だけが黒く塗り潰された小説のよう。“結”の判らない小説は面白いけれど、“起”なくして小説は始まらない。貴方の小説は未だ始まっていない、そうして始まる事を恐れている。――それもまた、生の楽しみなのかも知れないわね」

 来訪者の影より生まれる闇の裂け目が開くと同時に、一陣の風が吹き付ける。そうして堪らず目を瞑った姫君が、何事かを云おうと口を開きかけた時、そこに来訪者の姿はなく、入れ替わるようにして庭師が現れる。どうやら庭師はご立腹の様子である。何故問いかけに答えてくれないのかと、姫君を詰る。そうして右から左へと抜けて行く庭師の言葉を姫君が遂に捉えると、彼女はふうと一息吐いて、ごめんなさいと笑った。そして、夏のざわめきは冥界を再び彩り始める。





 しゃらん、筒の内にて萌ゆるは枯茶の華。
 人妖の境、死生の境、曖昧なる身は安からず。
 はて、始点無くして終点へと向かう長き道にあるものは?
 さあ次いで現れるは誰が華。





三.





  ――「“死”とは?」 蓬莱山輝夜の場合。





 竹林の奥深くに密かに建てられた屋敷は、笹が擦れて鳴る細やかな音に包まれている。陽の沈み行く時間、暗緑色の竹は夕暮れの朱に染められ、何処からかひぐらしの鳴き声が棚引いて来る。そして月は遠い山々の稜線から面を覗かせ、太陽と代わり空を支配せしめんと、動き出しては星々の輝く真ん中に現れる。

 斯様な黄昏時の妙な空の下で、遥か彼方の幻想となった昔日に思いを馳せる如く、月姫の漆黒の瞳は憂いの光を湛え、夜空を映す。広き庭に面した縁側に、独り座す麗しき姫の気品溢れる姿を目にする者は居らぬ。故に彼女が映るこの一瞬間の景色には、如何なる絵画にも勝る美しさがある。月下に佇む月姫の、背を流れる黒く細い糸の如き髪は艶やかに、憂い顔に差す青白き光が暴く、透き通るほど白くきめ細やかな肌には、細く鮮やかな線を描く柳眉、漆黒の瞳、形の好い鼻、真一文字に結ばれた桜色の唇が、全て彼女の美に拍車を掛ける如く、また美の完成形と宣う如くある。

 天下に遍く万の人々が彼女を美しいという陳腐な褒め言葉で称える。けれども気高き孤高の月姫は、全てつんとあしらい澄ました顔で下らないと呟くに違いない。それがかつて、名高き男達をことごとく突っ撥ねた姫の、現世に知れ渡った名の証である。やがて月姫は空に向かい、或いは月に向かい、小さな唇を微かに動かした。清閑なる宵の淵にさえ溶けて消え行く儚い呟きである。誰彼もそれを聞く事はなく、またあってはならぬが、ただ一人それを聞き届けた者がある。そうして謎の来訪者は宵闇に紛れながら、月姫の面前へと進み出た。

「何の用かしら」

 月姫は毅然たる面持ちで訊ねる。来訪者は静かなる笑みを浮かべた。意図は読み取れぬ、しかし月姫にそれを厭う素振りは見られない。また突如訪れた来客を持て成す気は微塵もないようである。ただ澄ました表情は何処か敵を威嚇する如く来訪者に向けられている。が、来訪者が臆す様子は全くない。それどころか、口端を更に吊り上げて見せる。気高き月姫の面持ちには微かに不愉快が現れた。しかしそれを機に次ぐ言を切る気は毛頭ない。

 静寂が包む夜には、二人の人物が登場した。ならば物語は進行しなければならぬ。一つ所に留まる小説は絵画と然したる違いはない。故に二人が黙然として見詰め合う様を描く筆は折らねばならぬ。我が執る筆は、やがて二人が織り成す物語の続きを紡ぐ。

 「死とは」と訊ねた来訪者は、その後には何をも云わなかった。月姫は己の内情を自ら晒し出したいとは思わない。再び舞い戻る沈黙が、空間を支配する。そうして暫時を置いた後、月姫は来訪者を嘲笑う如く、また誰にともなく吐き捨てる如く「酔狂な」と口にした。来訪者の言葉は尚もない。月姫は静かに喉を鳴らした。

「“たまの”客だと思えば、全く予想もしなかった問いだわ。それを聞いて、また話したとして、私と貴方にどんな得があるの?」

 過去を追想し、月姫は僅かに口端を持ち上げた。来訪者は懐かしげに瞳を細めるばかりである。月姫の口を割る最善の法が沈黙と心得ている風と見える。しかし、月姫を自ら語らせる事は容易ではない。あるとすれば気紛れが起きるのを延々と待つばかりである。が、来訪者を帰らせる事とて容易ではない事を月姫は知っている。沈黙を守ったところで、来訪者に如何なる痛痒も与えられないのは、月姫の口を割る事よりも尚性質が悪い。やがて月姫はそれを悟ったように、小さな溜息を零した。

「前は何かと話を折って来たのに、今夜は随分と静かね。このまま興を削がれるばかりなら、“ごっこ”のお相手をしてあげても好いのだけれど」

 そう云って月姫は得意な様子である。小馬鹿にされた来訪者がいきり立てば面白いという打算があったが、来訪者は却って幼子を見る調子で見詰めて来る。月姫はそれで己の矜持が傷付けられる心持ちがした。姫と銘打たれた名を汚される心持ちがした。彼女はただの姫ではない。永遠の旅路を往き、須臾の時を羨む人に在らぬ姫である。単なる姫と侮られたのでは堪らない。

「私にそれを訊ねるなんて、貴方も好い度胸をしてるわね。既に知っている事でしょうに」

 胸に手を当てて、月姫は自嘲する如く云う。来訪者はやはり彼女の問いには答えずに、ただ無言のまま話の続きを催促する。月姫は好い加減観念したと見えて、最早来訪者に対して何をも求めなかった。永遠という尺度の中で余りにも小さい刹那を楽しまなければ気が狂う。例え永遠という膨大な時間の前に、いずれ霞み消え行く儚き思い出の一片になる事が判り切っていようとも、心の安寧を得る為には致し方がない。故に月姫は相手に一歩を譲らねばならぬ。

「答えは知らない。それ以上でも以下でもないわ。死を知らない者が死を語れる道理はない」

 苦笑を交えながら月姫はそう云うと、空を見上げる。それはかつて幾度となく己に問うた問題である。彼女を未来永劫悩ませる永遠の命題である。決して答えの出ない、月姫が提言したあらゆる難題にも勝る問題である。月姫はその難題に答えを出す術を知らぬ。死あっての生ならば、彼女は生きているのかも死んでいるのかも判らぬ。故に、月姫は己の存在を定めた事がない。何なのかと問われれば、化け物と答えるより他に適切な言葉はない。

「ほとほと呆れるわ。永遠と須臾を操るこの私が、永遠に縛られ須臾を羨むなんて、可笑しな皮肉だと思うでしょう。色々と手は尽くしたけれど、結局私は死を手に入れる事が出来なかった。この世界が破滅を迎えるまでは、精々往生するつもりよ」

 月姫はそう云って、相変わらず自嘲的な笑みを浮かべたまま踵を返して、屋敷へと戻るべく、踏み石に足を掛けた。最早語る事は何もない。月姫にとって“死”とは、ただ一言の言葉で事足りるものである。甘美なる響きを秘めた、桃源郷への道標。月姫は死に幻想を夢見る。決して手の届かぬものに、憧憬の念を寄せる。あたかもそれは、幼子が見る夢の如く。

「死人に口なし。現世に存在する者は、須く生者と名指されるべきなのにも関わらず、貴方はそれを否定する。生を否定し、死をも拒絶し、貴方は何になりたかったのかしら。私の興味はそこにある。――けれど、貴方の話を聞いて、判った事もあったわ。孤独とは、全く恐ろしいものね」

 背を向けた月姫に、来訪者は初めて判然たる言を紡ぐ。月姫は振り返らなかった。その言葉に返事を呈する事もせず、ただ少時瞳を閉じた後、室内へと戻って行く。

 ――天に輝く月の、青白き光が永遠を共にする屋敷を染め上げる。その奥座敷には、永遠の姫君と称されるべき美しい女が居る。付き従う兎達は死を恐れる。或いは主君に孤独がもたらされん事を憂う。何時の日か、この屋敷に永遠と須臾の対比が成された時、月姫は今までに見せた事のない表情を浮かべる事であろう。げに美しき姫君の永遠の慟哭が、一層高く、天に浮かぶ月にまで届けんと目論む如く、響き渡る事であろう。その時、月姫が誰彼にも聞かすまいとした小さき呟きは、孤独を共有する者の元へ届くに違いない。





 しゃらん、筒の内にて萌ゆるは夏水仙。
 愛らしき花弁の一片に、言を寄せては一二三。
 追うは過去の悲しき記憶、在りし日の誓いは孤独の友に。
 さて、次いで映るは誰が華。





四.





 ――「“生”とは?」 レミリア=スカーレットの場合。





 宵闇に包まれた広大な湖の畔に、その屋敷は傲然として佇む。悪魔の潜む屋敷と恐れ戦かれた紅の館、紅魔館は夜を歓迎し、その主は漸く活動の時間を迎える。その館は太陽を忌み嫌い、月と闇を愛する。浮世から隔絶され、閉ざされた世界に差すのは月光のみである。常人の感性を持つ者ならば踏み入ろうとは夢にも思わぬ、常人の感性を持たざる者は魅了される。が、紅の悪魔が重い瞼を開く時、誰も彼もがその恐ろしき姿の前に息を呑み、その圧倒的な力の前に平伏すのである。――今、夜を迎えた紅魔館では、密やかなる茶会が行われる折である。客人には謎の女が一人、紅魔館の主は従者を共にして席に着く。

「珍しい客人が来たものね。どういう風の吹き回しかしら?」

 夜の支配者たる吸血鬼は、相手を睨め付ける如く、或いは真意を探る如く、瞳を細め口元を歪める。そうして仄かに湯気の立つティーカップを手に取ると、その幼き容貌に似つかぬ優雅さを以て、紅茶を一口飲み、足を組み直した。対面に座す来訪者は何者にも見通す事の叶わない曖昧なる微笑を湛えたまま、口を開く様子を見せない。が、吸血鬼の少女は腹を立てるでもなく、ただ微かに笑むばかりである。両者は口を閉ざす。今宵開かれた茶会には、普段と比較すると緊迫した雰囲気が漂っている。ただ二人がそれを気に掛ける様子は毫も見られない。

 やがて、沈黙が暫くの間続き、来訪者はその口を開く。ただ、そこに声はない。口の動きのみが、その言葉を吸血鬼の少女に届ける。彼女はそれを見逃す愚行は起こさぬ。「“生”とは?」と問われた意味は無論解さぬが、初めて開かれた来訪者の口を無下に閉ざす事はしない。吸血鬼の少女は、従者に席を外すよう静かに命ずる。すると従者は音もなくその場から消え失せ、今宵の茶会には一人の客人と、紅魔館の主が座るのみとなる。

「面白い問掛けね。――何を企んでいる?」

 幼き吸血鬼は厳然たる声音で問う。笑みを象る口元は、却って不気味であるが、来訪者が臆す様子は影もなく、来訪者は吸血鬼を見据えたまま、同じ問いは繰り返さなかった。吸血鬼の少女は再び紅茶を口に含んだ。夏虫の鳴き声ばかりが徒に響く静かなる茶会の場は、宛然として緊迫した雰囲気に包まれている。

「賢者と謳われるほどの貴方が、そんな事を私に尋ねるとはね。愚かなのか、それともただの気紛れなのか……どちらでも構わないけれど、気紛れなのは私も変わらないわね」

 そう云って、吸血鬼の少女はふと笑みを零した。例の如く退屈な茶会に終始するものと思っていたものが、今宵は面白い客人が訪れた。相手をして遣らねば失礼なのは紅魔館の主たる彼女である。吸血鬼はそう考えたと見えて、椅子に背を預け、腕を組み、来訪者を見下す如く不遜な姿勢に落ち着いた。しかし、来訪者がそれに憤る事はない。彼女は吸血鬼の少女の態度など意に介さず、楚々としてそこに佇んでいる。眼前に置かれた紅茶には未だ口を付けていない。ともすれば、それは紅魔館の主を愚弄しているのと同様の行いである。やがて、少女は一度喉を鳴らすと話し始める。

「生なんて、個々人の自覚でしかない。生きているという事を実感している者が生きている、なんて今更語るに及ばない事だけれど、多くの人が忘れている事がある。生きているという事は、生存競争に勝ち抜いて来た証左。それを忘れ、ただ生を実感する者は、自らが何かの犠牲の上に存在している事を忘れ、生を当然のものであると勘違いしながら享受している。全く傲慢な話ね。代償もなしに何かを得る事は出来ない。誰かが生きるという事は誰かを殺す事と同義なのにも関わらず」

 吸血鬼はくつくつと喉を鳴らす。蒼銀の髪が月光を受けて煌めき、人外の者の証である牙が、小さな唇の合間から、その姿を微かに覗かせる。幼き少女の容貌の中に積み重なった五百年の歴史は、既に彼女に対して幼いという形容を許さぬ。誇り高き吸血鬼の末裔の、高貴なる振る舞いを描く筆者は、彼女に対して幼いという形容を用いてはならぬ。

「そうして、そういう者に限って、死という言葉をよく使いたがる。“死ぬほど”、“死にそうなくらい”、“死にたい”――実に下らない重みも何もない空虚な言葉ね。死を知らぬ者が、その言葉を使おうなんておこがましいにも程がある。死を語りたいなら、等価値である生を捨てなければならない。けれど本来そうあらねばならないはずの言葉は、今や誰も彼もが使える閑文字。尤も、今更それを諭して納得する者がいるとは思えないけれど」

 そうして彼女は一息を吐くと、空になったティーカップを見て、指を鳴らした。すると忽ち仄かに湯気の立つ紅茶が注がれたカップが、彼女の前に置かれている。吸血鬼は満足げに微笑むと、再び紅茶を口に含んだ。香りを楽しむ如く味わう様は貴婦人の気品さえ感じさせる所作である。月明かりの下に催された茶会には、暫しの間平穏なる静寂が訪れる。

「――ただ、私は違う。私は度重なる生存競争に打ち勝ち、今日まで生き抜いて来た。それこそ色々な戦いがあったわ。最早それを戦争と称しても大袈裟でないくらいに。故に私は生を自覚する。だからこそ、人間が持ち得ない力を持つこの身体を持って尚、私には生を語る資格がある。数多の人間を討ち滅ぼし、数多の屍が積み重なったこの五百年の歴史が、私が生きている事の証であり、私が紅の悪魔という名を冠する所以なのさ」

 夜空に浮かぶ月に雲が懸かる。唯一この茶会に明かりを提供していた月明かりは、途端に途絶え、辺りは暗闇に包まれた。ただ漆黒の闇の中で、吸血鬼の紅の瞳が徒に光を放ち、妖しく悍ましい殺気を発する。そうして闇夜の中に吸血鬼の静かな、けれども厳かな響きを持つ声が木霊する。

「そうして導き出す私にとっての生とは、殺戮の歴史、他者の怨嗟の念、数える事さえ叶わぬ死の数々――馬鹿馬鹿しいと思うか? 闘争を生の証として捉える私を、この身を以て尚、生を語るこの私を、貴様の問い掛けに従順に答えて遣っている事を! こんな夜には疼いて仕方ない、貴様の私を愚弄せんばかりの態度、今此処で悲痛な面持ちにしてやっても構わないのだけれど……」

 彼女に握られたティーカップが儚げな音を立てる。雲に隠れた月が面を見せ、辺りの暗闇は晴れて行く。そうして蒼然たる光に照らされた茶会の場に、来訪者の姿はなく、ただ何時の間にか飲み干されたティーカップが鎮座しているばかりであった。吸血鬼は怒りの矛先を納めねばならぬ。向ける相手は影もなく消え失せた。ただ拍子抜けしたと云わんばかりの溜息が、小さく響く。

「悲しくも強く、喜ばしくも脆く、けれど貴方の生は誰より堅固な意思を秘めている。不快な思いをさせてしまったのなら謝るわ。ただ私は興味があっただけ。淘汰されるべき異端の覇者、不死の女王が持つ死生観。闘争の中を生き抜いて来た貴方だからこそ語る事の出来る偽りの生、その縁由。貴方は死の冷徹さを知っている。故に語る事の出来る生があるのね。――それでは御機嫌よう。美味しい紅茶を御馳走様」

 何処からか聞こえ来る来訪者の声に、返答を呈する意味はない。吸血鬼は口元を吊り上げた。怒りは汲み取れぬ。ただ愉快に笑う声が宵闇に響き渡る。やがて従者が現れて、吸血鬼の隣に立った。

「相も変わらず――してやられたわ。素敵なティーカップが台無しね」





 しゃらん、筒の内にて萌ゆるは曼珠沙華。
 根差すは屍の上、咲き誇るはげに美しき紅の華。
 触れれば刺さる無邪気の毒牙、せめて散る時は天高く。
 そうして最後に映りし華は……。




五.




 ――「死生とは?」 稗田……の場合。





「……」

「これはこれは。こんな早朝にどうされましたか」

「単なる暇潰しと云えば、貴方は満足かしら」

「他でもない貴方のお言葉ならば、そのように致します」

「ふふ、相変わらず貴方には張り合いというものが無いわね」

「手厳しいご指摘ですね。けれど、単なる暇潰しで貴方が態々此処へ訊ねて来るとは、初めから思っていないものですから」

「そうかしら。暇潰しという名目以外で私は此処へ訪れた事はないつもりだったのだけれど」

「貴方がそう仰るのならそうでしょう。所詮私如きが貴方の真意を見通す事は出来ませんから」

「さて、どうかしら。私自身、自分の行動の動機は判らないから」

「可笑しな事を仰る。貴方自身が判らないのなら、この世でそれを知る者は誰一人居なくなってしまいます」

「それもまた、可笑しな話ね。それじゃあ、無為な話ではなく有為な話をしましょうか」

「それは一体どんな話ですか」

「私が今日、方々を回って訊ねて来た問いを、貴方にも。“死生”とは?」

「それはまた、難しいお話を訊ねて回ったものですね」

「そうでしょう。お陰様で面白い話を沢山聞く事が出来たわ」

「それを面白いと評するのも、また一つの死生観なのかも知れないですね」

「そうかしら。私は死生観について語ったつもりはないのだけれど」

「いいえ、それは歴々たる死生観の一つでしょう」

「どうして?」

「死生の定義が一つに定まるべくもありません。特にこの幻想郷では、限りなくそれは曖昧で、個々人の主観に委ねられますから。聡明な貴方の事です、癖のある人の元へそれを訊ねに行ったのでしょうね」

「御名答」

「ありがとう御座います。すると、貴方の聞いて来た話の数々が、全てと云わずとも少なからず伝わって来ます。例えば過去に付随する死生観、記憶に付随する死生観、立場に付随する死生観、身体に付随する死生観、――挙げれば切りがありませんが、大方そんな所かと思います」

「大したものね」

「私も色々な話を耳にしますから。そして、先刻挙げた例に因って考えると、貴方の面白いという言葉が一種の死生観足り得るのです」

「面白い推理だわ。どうぞ続きを聞かせて頂戴」

「では、失礼して――、何を以て死と成すか、何を以て生と成すか。即ちその見解が死生観というべきものですが、この幻想郷に於いて、それは一般の視点から遠く懸け離れています。特に貴方が訪ねた方々は、常人という括りの中には到底収まり切らない方ばかりでしょうから。ならば相応の過去があり、相応の因果があり、相応の因縁があり、相応の立場があるでしょう。それを面白いと評する貴方は、どうしたって尋常と定められるべきではありません。通常は恐れ戦き、悲しみ怒り……どれも感情に起伏が出ても好さそうな話ばかりではありませんでしたか?」

「そうかも知れないわね」

「しかし、貴方の面白いという言葉は平坦です。感情の起伏など取っ払った、無情の言葉です。所詮死など死でしかなく、生は生でしかありません。至極単純な問掛けです。そこに至る理由は多々あれど、その原則が変わる事はない。それを知らないはずがない貴方が、何故方々を回ってまでその問掛けを繰り返したのか……勝手な推測をしてしまい、大変申し訳なく思いますが、私が思うに、貴方は確固たる死生観の定義をお求めになったのでしょう。これが死である、これが生であると、決して揺らぐ事のない答えを追求したのでしょう」

「……」

「それを何故と訊ねる事は致しませんが、問掛けの旅の終極にこの場を選んだ事が、何よりその証拠となるかと思います。紛れも無い死の体験を経て、再び生を得る私の死生観が、全ての答えを繋ぐ鎖になるとお考えになったのではないでしょうか。そうして今、貴方は沈黙という手段を行使した。それが私の言の的中を示唆する所作であるなら、私の言論はより真実味を帯びます。――と、普段はからかわれる立場であるはずの私が、少し調子に乗ってしまったようですね。非礼をお詫びします。済みませんでした」

「ふふふ、とても興味深い推察を聞かせて貰えて嬉しい限り。謝る事はないわ」

「いえ、私のような若輩者が、差し出がましい口を利きましたから。全て私の憶測に基づいた柱のない家のようなお話です。忘れて下さっても結構ですよ」

「いいえ、好く覚えておくわ。でないと折角のお話がまた無為になってしまうから」

「そうですか。では、私も今日の出来事を決して忘れぬように致します」

「そうして頂戴。二度と交わされる事のない会話だもの」

「ええ、きっと」

「さて、折角だから、最後に聞かせて貰おうかしら。貴方の死生観、そしてその縁由を」

「大して面白い話は出来ませんよ。先にお話した通り、単純なものです。死は死であり、生は生でしかない。それぞれに意味や理由を付ける事は出来ますが、きっとそれは虚しく悲しい事です。幾度と死を積み、生を得る私にとっては殊更……。ですから、死は死でしかないのです。生は生でしかないのです。それ以上も以下もなく、全て一言に終始する単純な問題です」

「……」

「如何なさいましたか」

「いいえ。ただ、貴方の話す死生観こそが、最も美しく、汚れのない純粋な答えなのかも知れないわね。生は生、死は死と、単純に物事を見据える事は簡単なようで酷く難しい。特にこの幻想郷、引いては私のような者にとっては。だから私には、貴方がとても眩しい」

「誰も彼もが一度は考える問題です。ただ私には、それを考える機会が多く用意されていただけの事。行き着く先が同じとは限らないのですから、気に病む必要などないではありませんか」

「……そうね。それではお邪魔してごめんなさい。そろそろお暇するわ」

「とんでも御座いません。この時に、貴方と話す事が出来て、大変嬉しいです。また何時の日か、貴方と出会う事が出来る日を心待ちにしていますね」

「そう云ってくれると救われるわ。――さようなら」





 しゃらん、筒の内にて映るは我が眼なり。
 散り行く万の花弁は、夢かと許り美しく。
 後に残りし鏡面に、唯々映る我が眼は虚しくとも、悲しくとも。
 嗚呼、差す光は瞬く間に消え果てて、我が眼さえ見えなくとも、我が身さえ判らねど。
 生を憂いて死を望み、死を嘆いては生を願い、廻る浮世に万の華、映すは鏡、回すは現今。……






















――了
又一つ、回ればしゃらんと現る万分の一。
twin
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コメント



0.600簡易評価
2.70名前が無い程度の能力削除
大変雄弁ですね。
「生」を唱えるのはいいとしても、「死」には静かにしてもらいたいです。
死人に口なしとも言いますが。死んだ蝉まで鳴き出したら煩くて堪りません。
6.80名前が無い程度の能力削除
格式高く、綺麗に並べられた食器のような文章だけど、肝心の料理が薄味で何事もなく終わった感が。
各人の死生観もさして目を見張るものはなかった。

死生観を聞いて周った理由が博麗と稗田の名前が記されていない理由に繋がるのかとも思ったが、それならもうちょっと撒き餌が欲しいかも。
思い立ったときは急に話に色が付いた気がしました。
9.70名前が無い程度の能力削除
想像しがいある表現が沢山あるのだけど
確かな足がかりになるものがないので妄想で終わってしまう。
>6さんと近い感想。

読解の未熟と間違いを恐れず書くなら
霊夢、阿求の代よりはるか後世の時代の幻想郷で
死生観を訪ねて回る紫には死が間近に迫っていた、とか?
阿求との会話をそう受け取りましたが単純すぎるかなぁ…
10.100名前が無い程度の能力削除
堪能しました
13.80名前が無い程度の能力削除
なんていうかなぁ……


……なんとも言えんわwww
16.100可南削除
生死を題材にするなら兎も角、死生観を題材にするにはほぼ全ての人間は些か未熟だと私は考えております。
ただ、作者様が非常にこの話を執筆している時は生き生きしていたのだろうと、勝手ながら個人的に思ってます。
意図的に、残されているであろう穴。それに対する自己への諮詢。私は十二分に楽しませて、堪能させて頂きました。
非常に興味深く、面白かったです。ありがとうございました。
17.90コチドリ削除
万華鏡と云うからには、死を恐怖し生に執着する人物を一人でも良いから登場させて欲しかったです。
個人的には紫様が一番適当かも。
それが理由で彼女やこのお話が持つ美しさが損なわれるとは微塵も思えないですしね。

ラ○ウの生き様に憧れつつも、ア○バ様の死に様も許容できるようになってしまった人間の戯言でした。
19.80山の賢者削除
難解だなあ。死生に意味を求めること自体が不毛なのかもしれません。
 
誤字報告
>>「生物の終末――なんて、気取った物良いだけど」
良い→言い

>>――「“生”とは?」 レミリア=スカーレットの場合。
「レミリア」が名前で「スカーレット」が名字なので、=でつなぐのは不適切かと。
20.60名前が無い程度の能力削除
難解すぎて、言葉が心の表面をするっと流れ落ちてしまった感覚があります
23.100名前が無い程度の能力削除
個人的には、紫が少し気になりました。
あらゆる゙境界"を操れる彼女…生と死の境界をも越えられる彼女が、何故、死生観などを―?

「霊夢」ならなんと答えたのでしょうね。他の博麗ともとれるようにぼかされているけど、はっきりとした形で回答を聞きたかった気がする。
26.100dai削除
面白いけど何か足りない、何か足りないけど面白い。
そんな感じでした。
まあ何にしたってどう思おうが個人の勝手ですよね。死生観でも小説の評価でも。