「平凡チン○ってどういう事だオラアアアアァ!」
命蓮寺の門前に、幽谷響子の怒りの雄叫びがこだまする。
通りすがりの封獣ぬえがつい反射的にその一部を正体不明にしてしまい、如何わしさが幾分増してしまった事については、まったくもって遺憾であると言わざるを得ない。
「何アンタ……いきなり何キレてんの?」
「見てよぬえ! このマンガ、私を愚弄するにも程があるわ!」
「あー……はいはい茨歌仙ね。もう読んだわー。一ヶ月以上前にもう読んだわー」
響子に手渡されたフェ○リVol.09をパラパラとめくり、該当個所を興味無さげに一読したぬえは、そのまま本をビリビリに破り捨て、風に乗せて空へと飛ばしてしまった。
勿論、破れたページの一枚一枚に正体不明の種を仕込むのを忘れずに。
「あーっ! それ私がやろうと思ってたのにー!」
「別にいいじゃん。それよりアンタこれからどうするの? まさかこのまま泣き寝入りなんてしないよねえ?」
「当ったり前でしょ! 然るべきところに訴え出て、然るべき報いを受けさせてやるのよ!」
「よっしゃ、その言葉が聞きたかった。じゃあ早速行こうか」
「行くって、一体どこに?」
「決まってんじゃん。このマンガの実質的な主人公にして、未だに正体不明を気取ってやがる生意気なピンク頭、すなわち……」
「茨木華扇のところ……じゃな?」
冬服に身を包んだ二ッ岩マミゾウが、二人の会話に割って入る。
おやぶーん! と眼を輝かせる響子とは対照的に、ぬえの表情には明らかに落胆の色が見えた。
「散歩がてらに儂もついて行かせてもらおうかの。お前さん達だけじゃあ何をしでかすか分からんしな。特にぬえ」
「いやいや。おばあちゃんに幻想郷の冬は堪えるでしょうから、大人しくコタツにでも入っててよ」
「たわけ。佐渡の冬に比べればこの程度、まるで熱海かニースに来たようにも思えるわい」
「ねえ親分、幻想郷って日本のどの辺りにあるの? 佐渡よりも北? それとも南?」
「ほっほっほ。教えてやりたいのはヤマヤマじゃが、何分大人の事情というものがあるのでな。その話はまた今度な」
響子のデリケートな質問を、年長者の余裕で軽く流したマミゾウであったが、心のどこかで薄ら寒いものを感じていた。
そうだ、幻想郷の場所は絶対に誰にも知られてはならない。お前の迂闊な発言によって所在地が特定されでもしたら、その時は死をもって償ってもらうからな。
いいか、絶対に知られてはならない。絶対に知られてはならないのだ……いてっ。
「コラッ、ぬえ! 無闇矢鱈に地の文を乗っ取ってはならぬと、あれほどキツく言っておいたであろうに……」
「ちくしょう、ありえん。何でバレた?」
「たわけ。その術をお前さんに教えてやったのは、他でもないこの儂ではないか」
よっと、こんな風にな。しかし我ながら使いどころの無い術を編み出したものじゃ。
わー、すごーい! ねえねえ親分、それどうやるの?
どうやるのって……もう出来ておるではないか。
「えっ、嘘でしょ!? ……あれっ、声が普通に出る」
「ふっ、まだまだじゃな。大事なのは集中力じゃ、精進せえ」
「こらこら、子供に変なコト教えないの」
「ふん、ぬえだって儂から見れば子供みたいなもんじゃろうが」
「はいはい。それじゃあそろそろ出発しようか。あの仙人モドキを……」
カッコいいぬえ様は二人よりも数歩先に進み出た後、カッコよく振り向きながら宣言したッ!
「ブチ殺しにね!」
キャーヌエチャンカッコイー痛ててててやめてやめてもうしないもうしないわかったからやめて。
このたわけめまた性懲りもなく悪さしおって今日という今日は我慢ならんOSHIOKIじゃOSHIOKIしてくれる。
ねえ二人とも、こんな事ばっかやってたんじゃ、いつまで経っても話が進まないよ?
「うむ、響子の言うとおりじゃな」
「ちょい待て、アンタ今普通に術使ってなかった? 何なんだその上達ぶりは」
「これはいわゆるアレじゃな。門前の小娘、習わぬ術を使う、ってヤツじゃろう。それよりぬえよ、何ゆえ仙人を殺す?」
「ほら、この前ヤバそうな連中が復活したでしょ? こっちも仙人食ったりしてレベル上げとかんと」
「えっ、仙人殺すとレベル上がるの!? やったー! これで平凡○ン○ともオサラバよー!」
「平凡パ○チとは懐かしい……って、そうでなくてな。二人ともあまり仙人を粗末にしてはならんぞ? ただでさえ絶滅が危惧されておるのじゃからのう」
……皆様に大切なお知らせがあります。
仙人を……仙人をもっと大事に扱ってください!
お願いします……このままでは仙人が、仙人がッ!
「今の誰? ぬえ?」
「いやいや、私じゃないし。ただの地の文でしょ」
「おおかた仙人の組合かどっかから金でも積まれたんじゃろう。地の文のクセに浅ましいヤツじゃ」
流石は佐渡の二ッ岩。見事な慧眼であると言わざるを得ない。
ともあれ一行は出発した。件の自称仙人、茨木華扇が入り浸っている博麗神社へと向けて。
その後ろ姿を、命蓮寺の門だけが静かに見送っていた。あたかも彼女たちが二度と戻ってこない事を、先刻承知であるかの如くに……。
「何この不吉なナレーション。私たち死ぬの?」
「ただの嫌がらせじゃ。ほっとけほっとけ」
「ほっとけほっとけ~♪」
「さ~て、本日の博麗霊夢はっと……」
閑散とした博麗神社の境内に、一人の少女が降り立った。
大陸風の衣装に身を包み、右腕を包帯で覆った彼女、名を茨木華扇という。
自堕落な巫女を更生させるべく、熱心に神社へと通い詰めているお前はここで終わりだがな!
「えっ……? 今、何か聞こえたような……?」
空耳である。気にしてはいけない。
「……何かおかしいわね。私の気のせいならいいのだけれど」
違和感を感じた彼女はちょっと待て違和感は感じるのではなく覚えるものじゃ。最近の若い者は言葉の使い方がなっておらんから困る。
違和感を覚えた彼女であったが、ひとまずお目当ての巫女に会うのが先決だと結論付け、それ以上の追求はしなかった。
「やっぱり何かがおかしい……まさか霊夢の身に何か!? ……いやいや、上手い事誘導されてる気がするわ」
ああもう面倒くさいなぁ。もうひと思いに殺っちゃおうよ。大丈夫、三人がかりなら絶対イケるって。
馬鹿もん、儂を数に加えるでないわ。殺るならお前さんだけでやるんだな。
待って待って私も殺る殺るー! 幻想郷に仙人の悲鳴がこだまするよ!
「……ッ! そこかっ!」
華扇は落ちていたこいしを拾い上げ、鳥居に向けて投擲した。
ややシュート回転気味に飛んでいったこいしは、何も無いはずの空間で響子ら三人と衝突し、そのまま地面に転げ落ちた。
「ひどーい! 私が一体何をしたっていうの!?」
「ありゃ、お前は地霊殿姉妹の妹の方じゃないか。こんな辺鄙な所で何をやってたんだ?」
「うるさいなあ、どこに居ようと私の勝手でしょー!? もうやだ帰る!」
「まあ待ちなって。お前がいれば四対一で我々の勝利は確定的に明らか……ぐえっ!?」
こいし渾身のボディブローをまともに受けたぬえは、冷たい石畳の上でのた打ち回る破目に陥ってしまった。
彼女の耳に伝わってくるのは、華扇の立てるコツンコツンという足音。
地の文を弄んだ罪は……重い。因果応報、報いあれ。
「ち、ちくしょう……! いいよ、来いよ! この封獣ぬえ、腐ってもお前ら仙人の風下になんぞ立たんからな!」
「お前はだぁっとれこの馬鹿もんが。やあやあ、あんさんとはこの間会ったばかりじゃったかのう? 仙人どの」
「あなたたちは……命蓮寺の妖怪! 何故ここに……?」
「何故ここに……? 何故ここにって言ったのね!? ああ思い出したわ! 私はあんたに会いに来たのよ!」
衝突のショックで目を回していた響子は、視界に華扇の姿を捉えるや否や跳ね起きて、彼女の前まで歩み寄った。
そしてメンチを切る。眼と眼が合ったら喧嘩の合図。眼を逸らしたら負け、まばたきしても負け。
そんな状況に耐えられなくなった華扇は、咳払いを一つした後に響子に対して語りかけた。
「おほん……私に何かご用ですか?」
「うえっへォォンム! ……ふぁ~たすぃになんかぐぉやうでぃすかはぁ~?」
「なっ……! だ、誰もそんなしゃべり方して無いでしょうがっ! あなたそれでも山彦なのっ!?」
「アッ……! だ、誰もそんなしゃぶり方して無いでしょうがっ! あなに入れるは山芋なのっ!?」
「お、お下劣な! そんな事だから平凡陳腐な山彦とか言われしまうのですよ、あなたはっ!」
「あーっ! あーっあーっあーっ! 今言った! 言ったよね今!? 平凡って言ったなぁ!?」
「言ったからどうだというのです? それに単なる平凡では無くチン○。平凡チン○です。何回でも言ってあげましょう。チン○チン○チン○……そこの封獣! 如何わしい真似はやめなさいっ!」
「チッ、ばれたか」
全国ウン十万人と数百匹の茨木華扇ファンの皆様、どうぞご安心ください。
いくら自称大悪党の彼女といえども、何の脈略も無くあのような如何わしい言葉を吐き散らしたりはいたしません。陳腐です陳腐。念のため。
それにしても、チン○を連呼するこの仙人のカオときたらもう……たまらねえぜ、ぬえっへっへ。
「……あなた、また何かいやらしいことを考えてませんか?」
「違う違う、今の私じゃないって! おいこらマミゾウ! なに紛らわしい笑い方してんだよ!」
「はて? なんの事やら儂にはさっぱりじゃ」
「ぬえってそういう趣味があったんだ……」
「テメー響子なんだその『私は違うんです』みたいなツラはよー」
「何なのよもう……結局、あなたたちは何をしに来たんですか?」
華扇の質問を受け、一同は顔を見合わせる。
何をしに来た、と言われて「オマエを殺しにきた」などと答えるのは、余程の騎士道精神の持ち主か、でなければただの馬鹿でしかない。
今の三人に求められているのは、このお堅そうな仙人を上手く言いくるめるための会話スキル。
回答を誤れば、彼女は三人を完全に敵として認識し、撃破は困難なものとなるだろう。
「まあ、そう身構えんでもよろしい。儂らは散歩のついでに立ち寄ってみただけじゃ」
「オマエを殺しにきた」
「オマエを殺しにきた!」
「な、なんですって!?」
……馬鹿じゃ、馬鹿がおる。
むっ、失敬な。我ら命蓮寺テンプルナイツが誇る三銃士をつかまえてバカ呼ばわりとは。
三銃士ですって!? じゃあ私ダルタニャンがいい! ぬえはドン・キホーテで親分は……。
「よせ! 儂を加えるなっ!」
「い、いきなりどうしたというのですかっ!?」
「謝れ! アラミスと後一人……ええい、何だったかのう……兎に角謝れっ!」
「おばあちゃん……酸素欠乏症にかかって……」
「ぬえええええええええキサマああああああああっ!」
茫然自失の仙人、茨木華扇の目の前で突如始まる同士討ち。
地の文におけるやりとりを知らない彼女にしてみれば、一連の流れは意味不明なものでしかない。
そんな華扇の背後に忍び寄る怪しい影。箒を携えた復唱鬼、幽谷響子その人である。
「……復唱? 復讐の間違いじゃないの!?」
「そこっ! 何してるの!?」
「きゃんっ!」
何も間違ってはいない。間違っているのは響子です。
スニーキング中に声を上げるなど、相手に気づいて下さいと言っているようなものではないか。
「びえーん!」
「びえーんじゃありません! 何故あなたたちは私を亡き者にしようとするのです!?」
「だってー! 私の事を平凡陳腐とか言ってバカにしたしぃー! あなたをハントすればレベル上がってウハウハだって聞いたしぃー!」
「レ、レベル上げってあなた……! だいたい平凡チン○と言ったのは私ではなく……ああもう! またなの!?」
マミゾウにマウントポジションを奪われ、一方的に殴られ続けているにも関わらず、またしても封獣ぬえがやってくれました。
勇者、英雄、ドミナント……呼び方は何であろうと構わない。なにせ彼女は正体不明。偉業の数だけ呼び名があってもいいじゃない。
今の彼女にふさわしい言葉、それは……。
「変態! 変態! ばか! 変態!」
「マミゾウばあちゃんに殴られながら、涙目のピンク仙人に罵られる……幸せだなあ。ボクはこういう瞬間にこそ幸せを感じるんだあ……ウフフ……」
「ボクっ娘ぬえは儂のジャスティスど真ん中だからやめれ」
「びえーん! もう何がなんだかわからないよー! 誰かー! 誰か助けてー!」
助けは来るのか? ああ、来るとも。
幻想郷の秩序が乱れた時、彼女は必ずやってくる。
パーソナルカラーは紅と白、冬でも隠さぬ謎の腋。
正義と真実と博麗の巫女、博麗霊夢のご帰還だッ!
「あッ! キ○チガイ巫女!」
「今のは私の聞き違い? それとも配慮のつもり? まあいいわ。とりあえずあんたら全員皆殺しね」
「全員……皆殺し? ちょっと霊夢、それでは『全員』と『皆』が重複して危なッ!?」
言葉の乱れを指摘した華扇の足下に、ざっと1ダースほどの針が突き刺さる。
今日の霊夢さんはご機嫌ななめ。それもそのはず、彼女はつい先ほどまで謎の飛行物体の一群を相手に、熾烈なドッグファイトを繰り広げてきたばかりなのだから。
「正体不明の種……久しぶりに見たわ。そんでもってこの種が付いてた紙切れを見るに、犯人はアンタたちって事で間違い無さそうね」
「これは……フェ○リに載ってる私のマンガ!? なんて惨い事を……! いったい誰がこんな!?」
紙切れを手に憤る華扇を見ても、三銃士はまったくの知らん顔。
この後の展開を予想し眉間を押さえるマミゾウと、そんな彼女の後ろに隠れる響子。
そして、華扇の言う惨い事をした張本人であるぬえはといえば、死んだフリをしてやり過ごそうとしている始末だ。
「ちょっと待って霊夢。アンタたちってまさか……私も入ってるの!?」
「は? 当然じゃない。いつもいつも偉そうに説教ばっかりしくさってからに……今日という今日は堪忍袋の尾が切れたわ」
「何よそれ!? 完全に私怨入ってるじゃない!」
結果はどうあれ、この巫女は常に感情で動く。
ひとたび目を付けられたが最後、いかに清廉潔白の身であろうと逃れることはできない。
理不尽に思われるかもしれないが、これ位でなければとても東方プロジェクトの主人公など務まりはしないのだ。
「さあ、懺悔の時間よ!」
「響子、ぬえ。儂らはアレを用いて逃げるぞい」
「アレって……ああ、アレね! りょーかい!」
「私は悪くぬえぇ……悪いのは私をたったの1コマしか出さなかった上に、セリフの一つも与えなかったあのマンガだぬえ……」
「何を呆けておるか。ホレ、行くぞ!」
「あなたたち、一体何を……!?」
やれやれ。これでようやく一息つけそうじゃわい。
さっすが親分! 地の文に逃げちゃえばもう安心ね!
博麗霊夢に茨木華扇……次に会うときが貴様等の最後だがな! 首を洗って怯えて待つんだがな!
やーん、どうしよう親分。ぬえがバグっちゃってるみたい。
そんな馬鹿な、ダブルスポイラーじゃあるまいし。放っておけばその内治るじゃろうて。
なるほどねえ……どうもおかしいと思ったら、あなたたちは地の文を悪用していたというわけね。
ぎゃあ! ピンク華扇! どうしてオマエがここに!?
私だって一応仙人の端くれ、この程度の術くらい身につけています。それよりアナタ、さっきから私の事をピンクピンク言ってるけど、そもそも……。
こらこらアンタたち……こんなチャチなトリックでこの私から逃げられるとでも思ったの?
ぎゃああああああ博麗霊夢ぎゃああああああああ!
な、なぜあんさんがこの術を!? あんさんホンマに人間かえ!?
んー……何かねえ、やってみたら出来ちゃったっていうかぁ、まあそんな感じ?
呆れた……! 普段からろくでもない連中とつるんでばかりいるから、このように人間離れしてしまうのですよ!
ろくでもない連中って、あんたみたいな奴の事でしょ? まあいいわ。バトルでケリつけるわよっ!
ま、待て! 話せばわかる、話せばわか――!?
霊符「夢想封印」
ちょっ、霊夢さn
「あらら、本来の地の文の人までやっちゃったみたいね」
命蓮寺の門前に、幽谷響子の怒りの雄叫びがこだまする。
通りすがりの封獣ぬえがつい反射的にその一部を正体不明にしてしまい、如何わしさが幾分増してしまった事については、まったくもって遺憾であると言わざるを得ない。
「何アンタ……いきなり何キレてんの?」
「見てよぬえ! このマンガ、私を愚弄するにも程があるわ!」
「あー……はいはい茨歌仙ね。もう読んだわー。一ヶ月以上前にもう読んだわー」
響子に手渡されたフェ○リVol.09をパラパラとめくり、該当個所を興味無さげに一読したぬえは、そのまま本をビリビリに破り捨て、風に乗せて空へと飛ばしてしまった。
勿論、破れたページの一枚一枚に正体不明の種を仕込むのを忘れずに。
「あーっ! それ私がやろうと思ってたのにー!」
「別にいいじゃん。それよりアンタこれからどうするの? まさかこのまま泣き寝入りなんてしないよねえ?」
「当ったり前でしょ! 然るべきところに訴え出て、然るべき報いを受けさせてやるのよ!」
「よっしゃ、その言葉が聞きたかった。じゃあ早速行こうか」
「行くって、一体どこに?」
「決まってんじゃん。このマンガの実質的な主人公にして、未だに正体不明を気取ってやがる生意気なピンク頭、すなわち……」
「茨木華扇のところ……じゃな?」
冬服に身を包んだ二ッ岩マミゾウが、二人の会話に割って入る。
おやぶーん! と眼を輝かせる響子とは対照的に、ぬえの表情には明らかに落胆の色が見えた。
「散歩がてらに儂もついて行かせてもらおうかの。お前さん達だけじゃあ何をしでかすか分からんしな。特にぬえ」
「いやいや。おばあちゃんに幻想郷の冬は堪えるでしょうから、大人しくコタツにでも入っててよ」
「たわけ。佐渡の冬に比べればこの程度、まるで熱海かニースに来たようにも思えるわい」
「ねえ親分、幻想郷って日本のどの辺りにあるの? 佐渡よりも北? それとも南?」
「ほっほっほ。教えてやりたいのはヤマヤマじゃが、何分大人の事情というものがあるのでな。その話はまた今度な」
響子のデリケートな質問を、年長者の余裕で軽く流したマミゾウであったが、心のどこかで薄ら寒いものを感じていた。
そうだ、幻想郷の場所は絶対に誰にも知られてはならない。お前の迂闊な発言によって所在地が特定されでもしたら、その時は死をもって償ってもらうからな。
いいか、絶対に知られてはならない。絶対に知られてはならないのだ……いてっ。
「コラッ、ぬえ! 無闇矢鱈に地の文を乗っ取ってはならぬと、あれほどキツく言っておいたであろうに……」
「ちくしょう、ありえん。何でバレた?」
「たわけ。その術をお前さんに教えてやったのは、他でもないこの儂ではないか」
よっと、こんな風にな。しかし我ながら使いどころの無い術を編み出したものじゃ。
わー、すごーい! ねえねえ親分、それどうやるの?
どうやるのって……もう出来ておるではないか。
「えっ、嘘でしょ!? ……あれっ、声が普通に出る」
「ふっ、まだまだじゃな。大事なのは集中力じゃ、精進せえ」
「こらこら、子供に変なコト教えないの」
「ふん、ぬえだって儂から見れば子供みたいなもんじゃろうが」
「はいはい。それじゃあそろそろ出発しようか。あの仙人モドキを……」
カッコいいぬえ様は二人よりも数歩先に進み出た後、カッコよく振り向きながら宣言したッ!
「ブチ殺しにね!」
キャーヌエチャンカッコイー痛ててててやめてやめてもうしないもうしないわかったからやめて。
このたわけめまた性懲りもなく悪さしおって今日という今日は我慢ならんOSHIOKIじゃOSHIOKIしてくれる。
ねえ二人とも、こんな事ばっかやってたんじゃ、いつまで経っても話が進まないよ?
「うむ、響子の言うとおりじゃな」
「ちょい待て、アンタ今普通に術使ってなかった? 何なんだその上達ぶりは」
「これはいわゆるアレじゃな。門前の小娘、習わぬ術を使う、ってヤツじゃろう。それよりぬえよ、何ゆえ仙人を殺す?」
「ほら、この前ヤバそうな連中が復活したでしょ? こっちも仙人食ったりしてレベル上げとかんと」
「えっ、仙人殺すとレベル上がるの!? やったー! これで平凡○ン○ともオサラバよー!」
「平凡パ○チとは懐かしい……って、そうでなくてな。二人ともあまり仙人を粗末にしてはならんぞ? ただでさえ絶滅が危惧されておるのじゃからのう」
……皆様に大切なお知らせがあります。
仙人を……仙人をもっと大事に扱ってください!
お願いします……このままでは仙人が、仙人がッ!
「今の誰? ぬえ?」
「いやいや、私じゃないし。ただの地の文でしょ」
「おおかた仙人の組合かどっかから金でも積まれたんじゃろう。地の文のクセに浅ましいヤツじゃ」
流石は佐渡の二ッ岩。見事な慧眼であると言わざるを得ない。
ともあれ一行は出発した。件の自称仙人、茨木華扇が入り浸っている博麗神社へと向けて。
その後ろ姿を、命蓮寺の門だけが静かに見送っていた。あたかも彼女たちが二度と戻ってこない事を、先刻承知であるかの如くに……。
「何この不吉なナレーション。私たち死ぬの?」
「ただの嫌がらせじゃ。ほっとけほっとけ」
「ほっとけほっとけ~♪」
「さ~て、本日の博麗霊夢はっと……」
閑散とした博麗神社の境内に、一人の少女が降り立った。
大陸風の衣装に身を包み、右腕を包帯で覆った彼女、名を茨木華扇という。
自堕落な巫女を更生させるべく、熱心に神社へと通い詰めているお前はここで終わりだがな!
「えっ……? 今、何か聞こえたような……?」
空耳である。気にしてはいけない。
「……何かおかしいわね。私の気のせいならいいのだけれど」
違和感を感じた彼女はちょっと待て違和感は感じるのではなく覚えるものじゃ。最近の若い者は言葉の使い方がなっておらんから困る。
違和感を覚えた彼女であったが、ひとまずお目当ての巫女に会うのが先決だと結論付け、それ以上の追求はしなかった。
「やっぱり何かがおかしい……まさか霊夢の身に何か!? ……いやいや、上手い事誘導されてる気がするわ」
ああもう面倒くさいなぁ。もうひと思いに殺っちゃおうよ。大丈夫、三人がかりなら絶対イケるって。
馬鹿もん、儂を数に加えるでないわ。殺るならお前さんだけでやるんだな。
待って待って私も殺る殺るー! 幻想郷に仙人の悲鳴がこだまするよ!
「……ッ! そこかっ!」
華扇は落ちていたこいしを拾い上げ、鳥居に向けて投擲した。
ややシュート回転気味に飛んでいったこいしは、何も無いはずの空間で響子ら三人と衝突し、そのまま地面に転げ落ちた。
「ひどーい! 私が一体何をしたっていうの!?」
「ありゃ、お前は地霊殿姉妹の妹の方じゃないか。こんな辺鄙な所で何をやってたんだ?」
「うるさいなあ、どこに居ようと私の勝手でしょー!? もうやだ帰る!」
「まあ待ちなって。お前がいれば四対一で我々の勝利は確定的に明らか……ぐえっ!?」
こいし渾身のボディブローをまともに受けたぬえは、冷たい石畳の上でのた打ち回る破目に陥ってしまった。
彼女の耳に伝わってくるのは、華扇の立てるコツンコツンという足音。
地の文を弄んだ罪は……重い。因果応報、報いあれ。
「ち、ちくしょう……! いいよ、来いよ! この封獣ぬえ、腐ってもお前ら仙人の風下になんぞ立たんからな!」
「お前はだぁっとれこの馬鹿もんが。やあやあ、あんさんとはこの間会ったばかりじゃったかのう? 仙人どの」
「あなたたちは……命蓮寺の妖怪! 何故ここに……?」
「何故ここに……? 何故ここにって言ったのね!? ああ思い出したわ! 私はあんたに会いに来たのよ!」
衝突のショックで目を回していた響子は、視界に華扇の姿を捉えるや否や跳ね起きて、彼女の前まで歩み寄った。
そしてメンチを切る。眼と眼が合ったら喧嘩の合図。眼を逸らしたら負け、まばたきしても負け。
そんな状況に耐えられなくなった華扇は、咳払いを一つした後に響子に対して語りかけた。
「おほん……私に何かご用ですか?」
「うえっへォォンム! ……ふぁ~たすぃになんかぐぉやうでぃすかはぁ~?」
「なっ……! だ、誰もそんなしゃべり方して無いでしょうがっ! あなたそれでも山彦なのっ!?」
「アッ……! だ、誰もそんなしゃぶり方して無いでしょうがっ! あなに入れるは山芋なのっ!?」
「お、お下劣な! そんな事だから平凡陳腐な山彦とか言われしまうのですよ、あなたはっ!」
「あーっ! あーっあーっあーっ! 今言った! 言ったよね今!? 平凡って言ったなぁ!?」
「言ったからどうだというのです? それに単なる平凡では無くチン○。平凡チン○です。何回でも言ってあげましょう。チン○チン○チン○……そこの封獣! 如何わしい真似はやめなさいっ!」
「チッ、ばれたか」
全国ウン十万人と数百匹の茨木華扇ファンの皆様、どうぞご安心ください。
いくら自称大悪党の彼女といえども、何の脈略も無くあのような如何わしい言葉を吐き散らしたりはいたしません。陳腐です陳腐。念のため。
それにしても、チン○を連呼するこの仙人のカオときたらもう……たまらねえぜ、ぬえっへっへ。
「……あなた、また何かいやらしいことを考えてませんか?」
「違う違う、今の私じゃないって! おいこらマミゾウ! なに紛らわしい笑い方してんだよ!」
「はて? なんの事やら儂にはさっぱりじゃ」
「ぬえってそういう趣味があったんだ……」
「テメー響子なんだその『私は違うんです』みたいなツラはよー」
「何なのよもう……結局、あなたたちは何をしに来たんですか?」
華扇の質問を受け、一同は顔を見合わせる。
何をしに来た、と言われて「オマエを殺しにきた」などと答えるのは、余程の騎士道精神の持ち主か、でなければただの馬鹿でしかない。
今の三人に求められているのは、このお堅そうな仙人を上手く言いくるめるための会話スキル。
回答を誤れば、彼女は三人を完全に敵として認識し、撃破は困難なものとなるだろう。
「まあ、そう身構えんでもよろしい。儂らは散歩のついでに立ち寄ってみただけじゃ」
「オマエを殺しにきた」
「オマエを殺しにきた!」
「な、なんですって!?」
……馬鹿じゃ、馬鹿がおる。
むっ、失敬な。我ら命蓮寺テンプルナイツが誇る三銃士をつかまえてバカ呼ばわりとは。
三銃士ですって!? じゃあ私ダルタニャンがいい! ぬえはドン・キホーテで親分は……。
「よせ! 儂を加えるなっ!」
「い、いきなりどうしたというのですかっ!?」
「謝れ! アラミスと後一人……ええい、何だったかのう……兎に角謝れっ!」
「おばあちゃん……酸素欠乏症にかかって……」
「ぬえええええええええキサマああああああああっ!」
茫然自失の仙人、茨木華扇の目の前で突如始まる同士討ち。
地の文におけるやりとりを知らない彼女にしてみれば、一連の流れは意味不明なものでしかない。
そんな華扇の背後に忍び寄る怪しい影。箒を携えた復唱鬼、幽谷響子その人である。
「……復唱? 復讐の間違いじゃないの!?」
「そこっ! 何してるの!?」
「きゃんっ!」
何も間違ってはいない。間違っているのは響子です。
スニーキング中に声を上げるなど、相手に気づいて下さいと言っているようなものではないか。
「びえーん!」
「びえーんじゃありません! 何故あなたたちは私を亡き者にしようとするのです!?」
「だってー! 私の事を平凡陳腐とか言ってバカにしたしぃー! あなたをハントすればレベル上がってウハウハだって聞いたしぃー!」
「レ、レベル上げってあなた……! だいたい平凡チン○と言ったのは私ではなく……ああもう! またなの!?」
マミゾウにマウントポジションを奪われ、一方的に殴られ続けているにも関わらず、またしても封獣ぬえがやってくれました。
勇者、英雄、ドミナント……呼び方は何であろうと構わない。なにせ彼女は正体不明。偉業の数だけ呼び名があってもいいじゃない。
今の彼女にふさわしい言葉、それは……。
「変態! 変態! ばか! 変態!」
「マミゾウばあちゃんに殴られながら、涙目のピンク仙人に罵られる……幸せだなあ。ボクはこういう瞬間にこそ幸せを感じるんだあ……ウフフ……」
「ボクっ娘ぬえは儂のジャスティスど真ん中だからやめれ」
「びえーん! もう何がなんだかわからないよー! 誰かー! 誰か助けてー!」
助けは来るのか? ああ、来るとも。
幻想郷の秩序が乱れた時、彼女は必ずやってくる。
パーソナルカラーは紅と白、冬でも隠さぬ謎の腋。
正義と真実と博麗の巫女、博麗霊夢のご帰還だッ!
「あッ! キ○チガイ巫女!」
「今のは私の聞き違い? それとも配慮のつもり? まあいいわ。とりあえずあんたら全員皆殺しね」
「全員……皆殺し? ちょっと霊夢、それでは『全員』と『皆』が重複して危なッ!?」
言葉の乱れを指摘した華扇の足下に、ざっと1ダースほどの針が突き刺さる。
今日の霊夢さんはご機嫌ななめ。それもそのはず、彼女はつい先ほどまで謎の飛行物体の一群を相手に、熾烈なドッグファイトを繰り広げてきたばかりなのだから。
「正体不明の種……久しぶりに見たわ。そんでもってこの種が付いてた紙切れを見るに、犯人はアンタたちって事で間違い無さそうね」
「これは……フェ○リに載ってる私のマンガ!? なんて惨い事を……! いったい誰がこんな!?」
紙切れを手に憤る華扇を見ても、三銃士はまったくの知らん顔。
この後の展開を予想し眉間を押さえるマミゾウと、そんな彼女の後ろに隠れる響子。
そして、華扇の言う惨い事をした張本人であるぬえはといえば、死んだフリをしてやり過ごそうとしている始末だ。
「ちょっと待って霊夢。アンタたちってまさか……私も入ってるの!?」
「は? 当然じゃない。いつもいつも偉そうに説教ばっかりしくさってからに……今日という今日は堪忍袋の尾が切れたわ」
「何よそれ!? 完全に私怨入ってるじゃない!」
結果はどうあれ、この巫女は常に感情で動く。
ひとたび目を付けられたが最後、いかに清廉潔白の身であろうと逃れることはできない。
理不尽に思われるかもしれないが、これ位でなければとても東方プロジェクトの主人公など務まりはしないのだ。
「さあ、懺悔の時間よ!」
「響子、ぬえ。儂らはアレを用いて逃げるぞい」
「アレって……ああ、アレね! りょーかい!」
「私は悪くぬえぇ……悪いのは私をたったの1コマしか出さなかった上に、セリフの一つも与えなかったあのマンガだぬえ……」
「何を呆けておるか。ホレ、行くぞ!」
「あなたたち、一体何を……!?」
やれやれ。これでようやく一息つけそうじゃわい。
さっすが親分! 地の文に逃げちゃえばもう安心ね!
博麗霊夢に茨木華扇……次に会うときが貴様等の最後だがな! 首を洗って怯えて待つんだがな!
やーん、どうしよう親分。ぬえがバグっちゃってるみたい。
そんな馬鹿な、ダブルスポイラーじゃあるまいし。放っておけばその内治るじゃろうて。
なるほどねえ……どうもおかしいと思ったら、あなたたちは地の文を悪用していたというわけね。
ぎゃあ! ピンク華扇! どうしてオマエがここに!?
私だって一応仙人の端くれ、この程度の術くらい身につけています。それよりアナタ、さっきから私の事をピンクピンク言ってるけど、そもそも……。
こらこらアンタたち……こんなチャチなトリックでこの私から逃げられるとでも思ったの?
ぎゃああああああ博麗霊夢ぎゃああああああああ!
な、なぜあんさんがこの術を!? あんさんホンマに人間かえ!?
んー……何かねえ、やってみたら出来ちゃったっていうかぁ、まあそんな感じ?
呆れた……! 普段からろくでもない連中とつるんでばかりいるから、このように人間離れしてしまうのですよ!
ろくでもない連中って、あんたみたいな奴の事でしょ? まあいいわ。バトルでケリつけるわよっ!
ま、待て! 話せばわかる、話せばわか――!?
霊符「夢想封印」
ちょっ、霊夢さn
「あらら、本来の地の文の人までやっちゃったみたいね」
バランスって難しい。
こいし可愛い。
勢いも良く、面白かったです。
地の文いじりは、中二病的な痛さが目立って…
よろしい百点だ。
勢いがはんぱないなあ。たまにはこういうのもいいよね!