Coolier - 新生・東方創想話

spring PAN festival !

2013/03/27 18:14:27
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 2月1日からパン食になるという家庭は、結構多いと思う。北海道の場合は3月1日から。
 我が家も例外ではなく、買い物カゴには食パンが追加されるようになった。恒例になっている春のパン祭りは、食パンで集めるのがよいというのが定石。200円に満たないパンでも、2点のシールがついてくるのだ。
 食パンだけで集めるとすると、お皿1つに対して13袋。便利なお皿なので2皿欲しいと思うと、25袋の食パンを3ヶ月の間に食べなくてはならない。枚数にすると、6枚切りで150枚。
 これを食べきるのは、なかなか大変なことである。





【ケース0 大妖精とチルノの場合】

「大ちゃん、来たよー」
「チルノちゃん、いらっしゃーい」
 エプロン姿の大妖精は、やってきたチルノを笑顔で出迎えた。
「今日の夕飯は?」
「鮭のムニエルと、サラダとコーンスープ」
「じゃあ、あたいがサラダ盛りつけておくね」
「あ、その前に手洗ってね。風邪が流行ってるから」
「大丈夫だよ。あたい風邪ひかないから!」
「もう、風邪をひいたときに面倒を見るの、わたしじゃない」
 チルノが手洗いに行っている間に、大妖精はフライパンを火にかけ、バターを溶かしてムニエルを作り始める。ローズマリーと一緒に鮭を焼くと、香ばしい匂いが鼻をくすぐる。
 次は食パンの準備。そう思って6枚切りの食パンを取り出したところで、チルノが戻ってきた。
「じゃあ、サラダ作っておくね」
「あ、このシール貼っておいて」
「いつもの紙でいいの?」
「2枚目のほうね。1枚目のほうは、もう25点溜まってるから」
「今年も順調だね」
「わたしたち、いつもパンだからね」
 大妖精とチルノは基本的にパン食。夕飯に6枚切りを1枚ずつ2人で食べれば、3ヶ月で180枚のパンを食べる計算だ。これを点数に換算すると60点であり、2皿の50点を越えることになる。
「またお揃いが増えるね」
 お皿にサラダを盛りつけながらチルノが言った。
「もういっぱいあるじゃない。カップもフォークもナイフもみんなペアだもん」
「大ちゃん、みんなお揃いで買うよね」
「だって、チルノちゃん、毎日来るじゃない」
「大ちゃん美味しいんだもん」
「わたし?」
「ううん。大ちゃんの料理。大ちゃんも甘いけど」
「あれは蜂蜜の瓶を割っちゃったときでしょ。『ほっぺに蜂蜜がついてる』って、いきなりチルノちゃんがなめたんだから。わたしが甘いわけじゃないわよ」
「大ちゃん、絶対甘いと思うんだけどなぁ。今、なめてみてもいい?」「だーめ! パンとかお魚が焦げちゃうもん。チルノちゃんも、さっさとサラダを盛りつけて、マーガリンとジャムだして!」
「もう!」と頬を膨らませる大妖精。けれどもその風船のように膨らんだ頬は、ほんのり赤く染まっていた。





 と、こんな感じで甘く点数を溜めていくことができれば苦労はしない。しかしながら、現実には上手く行かないことも多々あるわけで。
 次のケースは、比較的よくあるパターンだと筆者は考える。





【ケース1 永遠亭の場合】

「参ったわね……」
 4月1日。鈴仙は2枚の台紙を片手に頭を抱えていた。
 1枚目の台紙はまったくの白紙。もう1枚の台紙はようやく10点を越えたといったところだ。状況的には、かなり出遅れである。その原因は、
「姫様も含めて、和食党ばっかりだからなぁ。うちは」
 永遠亭には極めて和食党が多い。輝夜は生粋の和食好きであるし、鈴仙も和食党。永琳も輝夜よりはマシだが、基本的には和食好きだ。
「どうしちゃったのよ? そんなに頭を抱えちゃって」
「あ、御師匠さま」
 カラカラと障子を開けて入ってきたのは、月の頭脳であり、鈴仙の師匠でもある永琳だった。
「とりあえず頭でも休めたら、コレでも飲んで」
 カチャリと音を立てて、永琳はカップを置いた。
「あの、御師匠さまの分は?」
「いいのよ。これはあなたのために作ったんだから」
「すみません、心配かけちゃって」
 申し訳なさそうにカップを取った鈴仙を横目に、永琳は椅子を持ってきて鈴仙の隣に腰掛けた。
「これ、紅茶ですか?」
「紅茶にレモングラスと蜂蜜、生姜を加えたものよ。本当は風邪の引きはじめとかにいいものだけど」
 お茶の説明をしながら、永琳は机の上に無造作に置いてあった台紙を手にとる。
「今年もこの時期だったわねぇ」
 台紙に貼ってあるシールの枚数を確認した永琳は、ここ数週間悩んでいた鈴仙の様子と、食事のメニューから事態をすぐに把握した。
「どうしてもパンが減らないんですよ」
「パン粉じゃそんなに減らないわよ。どうも最近揚げ物が多いと思ったら」
「このままじゃ、今日もコロッケ、明日もコロッケ、これじゃ年がら年中コロッケ状態になるのも時間の問題ですよ」
「今年は1枚であきらめたら?」
「このシリーズのお皿は便利だから、どうにかして2枚もらいたいんですよね」
「その気持ちはよくわかるけど……」
 パン祭りのイベントで配布されるお皿は、デザイン、機能性ともに優れていて、1日の食卓で1度も使わないことは、まずありえない。それくらい便利なお皿なのだから、複数枚を手に入れたいというのは、妄言ではないだろう。
「なんとか、うまくやる方法はないですかねぇ」
「姫はパンを食べないし」
「和食に合うパンを作ってくれれば……。パンを納豆に合うようにする薬とか存在しないですか?」
「凄まじく無意味そうな薬ね」
 もし、そんな薬を作ってしまったら、永遠亭を巻き込むパンに関する物語は、リアクションが最優先される物語になってしまうだろう。
 焼けたばかりの、日本におけるパンの物語だし。
 最初は痙攣程度ですむだろうが、悪化が進めば、パンを食べた輝夜が臨死体験する可能性すらあるかもしれない。
「まぁ、現実的にはわたしたちと、てゐあたりでどうにかするしかないでしょうね。とりあえず胃腸薬は用意しておくわ」
「30日で100枚以上ですよね。わたしが1日3枚ずつ食べても……。てゐも協力するか微妙ですし」
「食パンは買って1週間程度は持つから、もう少し日数はあるわよ」
「お皿は欲しいですし、がんばるしかないですよね……。ジャムも何種類か買ってきて」
「ジャムはカロリー高いから気をつけなさいよ」
「でも、ジャムをいろいろつけて食べないと、体が持たないですよ」
 鈴仙はため息をつきながら苦笑いをする。その表情には、悲壮な覚悟が伺えた。


 1ヶ月半後。
 鈴仙は35日ほどで食パンを90枚と、ジャムを3瓶、それにマーガリンを食した。
 結果。
「な、夏のブラウスの季節になるまでに3キロ落とさないと……」
 日々永遠亭の長い廊下をダッシュで雑巾掛けすることになった鈴仙。
 便利なお皿2枚の代償は、比較的大きかった。





【幕間 白玉楼の場合】

「幽々子様ー。今日はサンドイッチ食べ放題ですよ」
「珍しいじゃない! 妖夢も桜に心を惑わされたのかしら? 普段は『もう! どれだけ食べるおつもりですか!?』なんて怒るのに」
「本当に食べ過ぎだからですよ。あ、サンドイッチは自分で作ってくださいね」
 そう言うと、妖夢は耳を落としたパンや準備を済ませた具材を次々に運んでくる。
 数分後には、テーブルの上をレタスやきゅうり、ハムや卵といったサンドイッチの材料が埋め尽くしていた。
「あら? それは?」
「これは、パンの耳を揚げて、シナモンシュガーをかけたものです」
「甘くて美味しいじゃない」
 さっそくつまみ食いをした幽々子は楽しそうに言った。
「それじゃあ食べましょうか。足りなかったら、言ってくださればあるだけ持ってきますよ」
「妖夢大好きー!」
「ちょ、ちょっといきなりくっつかないでください! もう、なんで頬刷りまでするんですか!」
「妖夢が可愛いからよー」
「もう、普段は食い気ばっかりじゃないですかぁ」
「妖夢が一番大好きだから安心していいわよ」
「なんで食べ物が比較対照なんですか!」
「あら、妖夢は食べ物に嫉妬してるの?」
「そ、そんなわけないじゃないですか! もう食べますよ!」
「はーい」
 ようやく落ち着きを取り戻した白玉楼の食卓。
 その日、白玉楼では100枚以上の8枚切り食パンが消費されたという。





 永遠亭のケースは、比較的よくあることだと思う。あのシリーズのお皿は、和食に対しても使い勝手が良いことが多いのだ。数年前の深めのお皿は、ちょっとした煮物を入れるのに大変役立っている。
 しかし、永遠亭のケースはまだマシだったと言える。

  ・4月の頭で危機に気がついた
  ・それまでに多少点数が溜まっていた

 このような点から、まだ気合でどうにかなる問題である。
 しかし、もし気がついたのが残り4日だったら……。そして、ど忘れといのは誰にでも起こりうることで。
 比較的どうにもならない事態は十分に起こり得る。もし、現実世界であったなら。





【ケース2 紅魔館の場合】

「しまった……」
 咲夜がそのことに気がついたのは4月27日のことだった。
 パンのそばに見つけたシールの台紙。それに、パンの包装に貼られたシール。
 毎年恒例なのに、どうして気がつかなかったのだろう。
 まっさきに咲夜の頭に浮かんだのは、その疑問だった。花粉症気味だったからとか、春眠暁を覚えずで頭がぼんやりとしていたからとか、いろいろな言い訳が浮かぶが、どれも現状を挽回する術にはならない。
「とりあえず、25点分買い集めないと」
 あわてて、食パンとフランスパンで25点分をかき集め、会計へと向かう。周囲が、「あのメイドさん。あんなに買うの?」という視線を向けてくるが、気にしている余裕はない。
 咲夜は急いで紅魔館に戻ると、図書館に駆け込んだ。
「パチュリー様!」
「もう、何よ。そんな魔理沙みたいな突入の仕方で」
「あら? 咲夜さん、そんなにあわててどうしたんですか?」
「お皿が! どうして美鈴がここに存在するのよ?」
「咲夜、落ち着きなさい。とりあえず、まともな日本語をしゃべりなさいよ」
「お皿が!」
 バン! と手をつきながら咲夜は言った。舞い上がるホコリに、パチュリーがしかめ面をする。
「お皿、割ったんですか?」
「ちがう! お皿が間に合わないの!」
「うち、使いきれないほどお皿があると思うんですけど」
「違うわよ! こっちよ! これ! パンのお祭り!」
 咲夜がシール用の台紙をテーブルの上に置いた。それを見て、美鈴とパチュリーは「あぁー」と言って顔を見合わせる。
「そういえば、もうこんな季節でしたね」
「わたしもすっかり忘れてたわ。この時期、毎年食事につき合わされるのよね」
「パチュリー様、無理矢理食べさせられてましたよね」
「パンの耳を揚げて、粉砂糖をかけたやつは悪くないけど」
「甘党ですね。それかスイーツ党か」
「もう! ちゃんと考えてくださいよ! 本当に大変なんですから!」
 咲夜は矢継ぎ早にまくしたてるが、美鈴とパチュリーの反応は鈍いものだった。
「でも、たくさんお皿はありますし」
「そうそう。これ以上お皿を増やしてどうするのよ?」
「使うんです。お皿はいくらあっても困らないんですから」
「なんというか、典型的主婦のこだわりですねぇ。これ、もうどうにもならないですよ」
 美鈴は「お手上げ」とばかりに首をふりながら言った。
「主婦のこだわりって、どういうことよ?」
「うーん、言葉で説明するのは難しいんですけど」
 パチュリーの疑問に美鈴は天井を見上げながら考え込む。
「たとえばですね、なぜか岩塩が5種類くらいあるとか。しかも、違う種類の塩を見つけるたびに買い集めるんです」
「無駄じゃない」
「周りから見たら明らかに無意味ですけどね。でも、本人からしたら、こだわりのようなもので、絶対に譲らないんですよ」
「それで、今回の咲夜も譲らないと。でも、4日で大量のパンを食べるなんて無理よ? 紅魔館はレミィも含めて小食ばっかりだから」
「そうなんですよねぇ。咲夜さん、時間を止めてパンを保存するとかって、無理なんですか?」
「無理よ。できたら、こんなに困ってないわよ」
 咲夜は大きくため息をつく。
 話しをしているうちに、多少は落ち着いたようで「お茶をいれてきましたわ」と言って、紅茶を持ってきた。
 ひとまず全員席について、お茶を口に運ぶ。
「それで、どうして時間を止めてどうにかならないのよ? 咲夜、ヴィンテージとか作ってるじゃない」
「ヴィンテージは作れますけど、今回は無理ですよ」
 ヴィンテージはワインの時間だけを進る。もし、パンの時間だけを進めたら、カビが生えるだけになる。
 咲夜の説明を要約すると、こんな感じだ。
「たしかにそうですね。パンを減らすだけなら、パーティーとかを開いてどうにかなればいいんですけど」
「レミィのことだから、料理の格式にはうるさいわよ。たぶん買ってきたパンがメインじゃ、納得しないわ」
「そうですよねぇ」
 そこで、会話は止まった。
 4日でパーティーをせずに、大量のパンを消費する。
 言葉にすればこれだけだが、簡単なことではない。というより、かなり難しいことである。
「あ、そろそろお嬢様と妹様のご夕飯を準備してきますね」
 数十分の沈黙のあと、咲夜は言った。時計の針はすでに夕方を指している。
「今日の夕飯はどうするんですか?」
「パン粉でもいいからパンを消費したいから、揚げ物ね。メンチカツとか」
 それだけ言い残すと、咲夜は煙のように消えた。
「レミィ、子供みたいなのに、誇りにはうるさいからねぇ」
「格式のあるお方ですからね。でも、パーティーで減らせないと中の人間で食べるしかないですよ?」
「ほんと、格式とか名誉にはうるさいんだから」
「名誉……、ですか」
「どうしたの、美鈴?」
「いや、名誉になるようなことをパンでやればお嬢様も納得するのではないかと」
「どんなことよ」
「1日で食パン100枚食べたとか……、は無理がありますよね」
「やれるとしたら美鈴ね」
「わたしでも無理ですよ」
「でもまぁ、中で食べきるよりはどうにかなりそうね。名誉になることをやる、っていうのは」
 パチュリーは紅茶に口をつけながら言った。
 これでなんとなく方向性は決まった。パンでレミリアが納得する名誉になることをする。
 次は内容だ。
「単純に『料理対決』とかでいいんじゃないですか? お嬢様が主賓で。テーマ食材はもちろんパンにして、『私の記憶が確かならば』から始めるのはどうでしょう?」
「レミィが『アレ・キュイジーヌ!』なんて言っても迫力ないわよ。あと、生のパプリカもかじれないし。アイデアとしては悪くないと思うけど」
「確かにこれだけじゃ、無理がありますけどね。そんなに減らないでしょうし」
 うーん、と考え込む2人。しばしの沈黙のあと、次の案を出したのはパチュリーだった。
「すっごい、大きなメンチカツを作るとか。大きな鍋を用意して」
「それはパチュリー様が頑張ることになりますけど。アグニシャインの火とか」
「や、やっぱり今のなし!」
「お嬢様好みでいい企画だと思います! 幻想郷で一番大きいメンチカツを作れば記録になりますし。あとはコロッケとかも」
「むきゅー。そんなに魔法使ったら倒れちゃうわよぉ」
「言い出しっぺは大変な目に合うの法則ですよ。とりあえず、咲夜さんとお嬢様に提案してきますね。細かいことは後で考えるとして」
 軽い足取りで図書館を立ち去る美鈴。
 後に残されたパチュリーは「はぁ」とため息をついた。


「一人しかいないが蘇るがよい、アイアンシェフ!」
 レミリアの言葉に、黄色の服に中華包丁をもった美鈴が自身の絵の前から現れる。
 パン料理対決は、美鈴VS咲夜の紅魔館対決となった。理由は単純で、言い出しっぺの法則が美鈴にも適用されたのである。
 4月29日。紅魔館の庭では「紅魔館春のパン祭り」が開催されていた。
 祭りには、人里からもたくさんの来客があり、大きな賑わいを見せている。
 祭りの目玉は、まず予定通りの2つ。料理対決の向かいでは、「幻想郷一大きいメンチカツに挑戦!」が行われていて、先ほど直径50センチのメンチカツが揚げている最中に爆発したところだ。
 そしてもう1つ。フランドール主催のくじ引き大会が行われていた。考案者もフランドールで、なんとこのクジはハズレでも商品がつくという豪華なものである。
 1等や2等の商品はフランドールやレミリアが着ていた服で、最高級品であるため、たくさんの来客がくじ引きに挑んでいた。
 え? ハズレの景品は何かって?
 そんなのシールが外された食パンに決まってるじゃないか。





【幕間 アリスの場合】

「アリスー、お友達連れてきたよー!」
「いらっしゃい。あら、可愛い子ね?」
「多々良小傘だよ! この人がルーミアのお友達?」
「アリス・マーガトロイドって言うの。よろしくね? 小傘ちゃん」
「アリス、マーガト……」
「マーガトロイドよ。わたしのことはアリスでいいわ」
「アリスー、そんなことよりお腹空いたぁ。命蓮寺でのお昼、断ってきたんだから!」
「ちょっと待ってなさいって。すぐに準備するから」
 ルーミアと小傘の2人を部屋に案内して、アリスはキッチンに入った。壁に磁石で貼ってあるシールの台紙は、すでに1枚が25点に達している。
「1人で2枚分も食べちゃったら、夏の薄着の季節に太っちゃうからね」
 1人暮らしのアリスがお皿を手に入れるために考えた戦略は、単純に言えばルーミアの買収だった。対価は3ヶ月の間のお昼。この戦略は、すでに毎年恒例になってきている。
「できたわよ」
「いい匂いー」
 ふんわりと漂う甘い香りに、ルーミアが歓声をあげた。今日のお昼は卵とミルクをたっぷりと染み込ませたフレンチトーストだ。
「小傘ちゃんも、いっぱい食べてね。ゆっくりしてると、ルーミアに全部食べられちゃうから」
「わたし、小傘の分まで全部食べちゃうなんて、そんなひどいことしないよ!」
「ルーミアならやりかねないと思うけど……」
「小傘までそんなこと言わないでよ!」
「前にミスティアの屋台に行ったときとか」
「あ、あれは美味しそうだったんだから仕方ないじゃない! ていうより、食べながら寝た小傘が悪いでしょ」
 むすっとしながらフランスパンを口に運ぶルーミアと、おもしろそうにからかう小傘。その様子を、アリスは微笑ましく思いながら眺めていた。
 今日ルーミアが連れてきた新しい少女も可愛い女の子だ。着せかえしたらゴシックロリータみたいな服が似合いそう。イタズラっぽい顔つきに、薄い水色の髪はサラサラと流れているし、なによりも目をひくのは、
「小傘ちゃんは、綺麗な目をしてるのね」
「これ? いいでしょ」
 小傘の瞳は、宝石みたいに輝くオッドアイだった。
「左目がルビーで、右目がサファイアみたい。とっても綺麗だわ」
「アリスの青い瞳も綺麗だよ?」
「ありがとう。小傘ちゃん」
「小傘ー、気をつけなよ。アリスが人を誉めてるときは、何かたくらんでるから」
「たくらみ?」
「魔法を使って動けなくして、無理矢理服を全部脱がして……」
「ひあっ!」
 ルーミアの言葉に、小傘は両手でぎゅっと自分の体を抱きしめた。瞳には怯えの色が混ざっている。
「あのねぇ。どこぞの新聞屋みたいに脚色しないでくれる? ちゃんと同意のもとでやってるわ」
「アリスの場合、同意するまで許さないって感じだけどなぁ」
 平然と言ってのけるルーミア。
 プチンとアリスの頭の中で、何かが切れる音がした。言いたい放題言うなら、やってやろうじゃない。
「小傘ちゃん、ルーミアの可愛いところ、見たいと思わない?」
「ルーミアは可愛いよ?」
「な、なんでその着せかえ前みたいなノリになるのよ!」
 ルーミアが何か言っているが、無視。小傘に顔を近づけて。
「もっともっと可愛いところよ」
「もっともっと?」
「小傘はわたしのこと裏切らないよね? ね?」
 もう一押し。
「絵本に出てくる女の子くらい」
「それは……、見てみたいかも……」
「ほら、小傘ちゃんも見たいって言ってるわよ?」
「うわーん! 小傘の裏切り者ー!」
 数分後。魔界にいたころのアリスverの服を着たルーミアができあがったとさ。





 失敗は誰にでもあるだ。
 それが原因で自信を失ってしまうこともあるかもしれない。
 けれども。
 失敗によって生み出されるものも、結構あったりするのだ。





【ケース3 妖怪の山の場合】

 4月15日。
「はぁー」
 早苗は守矢神社の縁側で落ち込んでいた。
 朝、パンについてくるシールを貼ろうとしたら、台紙が無くなっていたのだ。
 原因は、おそらく昨日行った大掃除。ゴミと一緒に、間違って燃やしてしまったのだ。
「もっと、しっかりしないと……」
 早苗の呟きは、ようやく春の訪れた幻想郷の空へと上っていく。
「あややややー。文々。新聞のお届けですよー」
 その呟きを上空でキャッチしたのか、幻想郷最速の天狗である文が、境内に着地した。
「文さんですか。今日もご苦労様です」
「早苗さんは……、お疲れのようですね」
「バレちゃいますか。お化粧で誤魔化したつもりなんですけどね」
「化粧しても、わかるものはわかりますよ」
 そう言って、文は今日の新聞を出した。一面は、パンに関する話題。「月の頭脳、パンを和食に合うようにする薬品を開発」とある。
「最近はパンの話題ばっかりですよ。結構おもしろいですけど。早苗さんもシール、集めてましたよね?」
「それなんですけど、今朝無くしちゃったみたいで」
「無くした?」
「昨日掃除をしたんですけど、そのときに一緒に燃やしちゃったみたいで。何とかして3枚分集めたかったんですけど」
「しっかり者の早苗さんが珍しいですね」
「わたしなんか、ぜんぜんダメダメですよ」
 弾幕だって弱いし、霊夢さんみたいに一人で神社のことをこなせるわけでもないし、咲夜さんみたいに、超人的に何でもできるわけでもないし。
「自分のことですら、ままならないですからね」
 そう言って、早苗は寂しそうに笑った。
 幻想郷の少女たちは、早くから独立しているため、比較的大人びている。真面目な早苗は、他の少女たちに対して劣等感を抱いていた。今日は昨日の失敗と合わさって、負の感情がより大きくなっている。
「早苗さん」
 早苗の自虐的な言葉を聞いた文は、おもむろに口を開いた。言葉には、呆れと若干のいらだちが混ざっている。
「明日、いや明後日の夜、天狗の宴会場に来てください。お二人の神様と一緒に」
 拒否を許さない強い視線と共に、文は言った。
「わたし、ほとんど飲めないですよ?」
「まったく飲まなくてもいいです。飲めない人に飲ませるほど、天狗は馬鹿な酒飲みじゃありません」
「それじゃあ、いくつかお料理を」
「料理もいらないです。体だけ持ってきてくれれば。それじゃあ、わたしはまだ用事があるので。また明後日に」
 いつになく真剣な瞳で話した文は、幻想郷の空に舞い上がると、あっという間に見えなくなってしまった。


 飲めや騒げや。
 天狗の宴会場は、今日も盛り上がりを見せていた。
「あ、いらっしゃいましたか」
 文はやってきた守矢神社一行を出迎えた。早苗は手に大きな風呂敷を持って。まぁ、性格的に何かしら持ってくると思っていたけど。
「ようこそ天狗の宴会へ。椛、神様お二人を案内して。わたしは早苗に話があるから」
 文は椛に二人の神様を任せると、早苗の手を引いて、少し喧騒から離れたところに連れ出す。「いっ、いきなりどうしたんですか?」などと早苗が声をあげるが、無視。この前の罰だ。
「この辺でいいですかね。あ、その風呂敷はお預かりしますよ」
「急いで作ったんで、味はわからないですけど」
「早苗さんが作った料理なら美味しいに決まってますよ。そんなことより」
 そこで、言葉を切って、文はスカートのポケットを漁る。
 この生真面目な少女の認識を改めさせるために。
「これが、わたしたちの早苗さんに対する認識ですよ」
 そう言って文が取り出したのは、25点分のシールが貼られた4枚の台紙だった。
「早苗さんが台紙を無くしたから、と大天狗様に話したら、すぐに宴会も決まりました。今日は早苗さんのために、パンで宴会です」
「わたしの……、ためにですか?」
 早苗は台紙を受け取りながら、震える声で言った。
「早苗さんのためです。無くしたときや、割ったときのために、1枚分多くつけさせてもらいました」
「わたしなんかのために……」
「だからもう、その『わたしなんかのために』みたいな、自分を卑下する言葉は禁止です」
 たしかに、弾幕はそんなに強くないかもしれない。
 他の少女ほど、なんでもできるわけでもないかもしれない。
 たくさん失敗もするかもしれない。
 けれども。
「今日早苗さんのために宴会を開けたのは、早苗さんが地道に妖怪の山で布教をしてきたからです。大天狗様なんか『早苗ちゃんのためなら、幻想郷中のパンを集めよう』なんて言いましたよ。さすがに止めましたけど」
 瞳に涙を浮かべる早苗をよそに、文は言葉を続ける。
「多少早苗さんが失敗しても、妖怪の山が本気を出せばこんなものです。だから安心して失敗して、早苗さんらしく過ごしてください。もう自分を貶めるのは禁止です」
「文さん!」
 涙をこぼしながら、早苗が文にぎゅっと抱きついた。文の胸に顔をうずめて泣く早苗の力は、驚くほどか弱い。
 早苗は文に抱きついたまま、しばらく泣き止まなかった。


「これじゃあ、わたしがみんなに怒られてしまいますね。主役を泣かせたって」
「すみません。文さん」
「いいですよ。ちょっと飲み物をとってくるので、待っていてください」
 早足で宴会の輪の中心に行くと、周囲の視線が集まるのを感じる。それらを軽い笑みでかわして、日本酒とジュースを持って早苗の元へ向かう。
「ただのぶどうジュースですから安心してください。ワインじゃないです」
「文さんのは?」
「わたしは日本酒です。ほんのりお酒の香りが漂っているので、我慢できなくて」
 クスクスと笑うと、早苗も釣られるように軽く笑ってくれた。その笑みには、一昨日のような曇りはない。
 二人は「乾杯」と言ってコップを合わせた。
「それにしても、パンってお酒と合うんですか? 天狗って、日本酒が中心ですよね?」
「パンで宴会はやったことないので、わからないですねぇ。一応洋酒も用意しましたけど」
「洋酒って、ワインとかですか?」
「ワイン、シャンパン、リキュールとか。でも、本物の飲兵衛なら、どんなお酒でも、どんなおつまみでも逃げないのがモットーですから。たとえフレンチトーストに芋焼酎でも行きますよ」
「文さんは、本物の飲兵衛ですねぇ」
「天狗にとっては、一番の誉め言葉です」
 一気にコップに残っていた日本酒を飲み干す文。
 最高の誉め言葉と、笑顔を取り戻した早苗と共に飲む日本酒は、飲みなれた味なのにいつもよりもはるかに美味しい気がした。





【おまけ 霊夢と魔理沙の場合】

 鰆の西京焼き、なめこ汁、せりのおひたし、たくあん、海苔。
 こたつ布団の外されたちゃぶ台の上に、今夜のおかずの数々が並んでいた。
 博麗神社では今夜の夕食が始まろうとしていた。
「魔理沙はいつも通り軽めでいいわよね」
「そうしないと、卵かけご飯ができないからな」
「軽いご飯を2杯って、変わった食べ方よね」
「そうか? わたしは普通だと思うけどな」
「わたしはこっちだけどねぇ」
 そう言って、霊夢は湯気が立ち上っている銀色のご飯の上に、かつおぶしを踊らせる。さらに醤油をかければ猫まんまの完成だ。
 問題は、猫まんまを海苔で食べるか。
 海苔で巻いた猫まんまは美味しいのだが、まったく別の料理になるところが霊夢の悩みの種だ。
 一方魔理沙も自分の準備を始めていた。
 一杯目のご飯は必ず卵かけご飯にするのが、魔理沙の決めだった。二杯目はおかずと一緒にご飯を楽しむ。
 茶碗に盛られたご飯の中央をへこませて、そこに生卵を落とす。醤油をまわしかけ、卵が半熟になるまで軽くかき混ぜれば、卵かけご飯の完成だ。
 ちゃぶ台の上には、おかずと共にならぶ、炊き立てのご飯。
「それにしても、炊き立てのご飯の香りって、なんでこんなに旨そうなんだろうな」
「さぁ。わかんないわよ。さっさと食べましょ」
「そうだな。冷めたら美味しくなくなる」

「「いただきます」」

 パチンと手を合わせると、2人は熱々のご飯茶碗を手にとった。
※拙著のせいでパンの代わりにご飯が食べたくなっても、筆者は責任を負いかねます。

 ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
 少しでも楽しんでいただければ幸いです。

※誤字訂正しました。ご指摘ありがとうございます。
琴森ありす
http://yaplog.jp/vitalsign/
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コメント



0.800簡易評価
1.100Jr.削除
パン祭りってここまで盛り上がるイベントだったんですね……
米食派の我が家では縁の遠いイベントです。むしろシールを譲る側だったり。

ほのぼのしてて好みの雰囲気でした。読んでてお腹が空いてくる小説ですね。

※ マーガドロイド → マーガトロイド
2.100名前が無い程度の能力削除
思いの他生々しくて後味悪いなあwこれssで読んでる文にはいいけど現実で想像したくは無いw
胸焼けした後の口直しのレイマリで+90点で。
4.無評価名前が無い程度の能力削除
>パンを納豆に合うようにする薬とか存在しないですか?

薬なしでもパンと納豆が相性悪くないのよね。納豆ぱねえ。
6.90名前が無い程度の能力削除
なんだかご飯が食べたくなってきたのは、このSSを読んだせいかな。それともパン派でもないのにここ何ヶ月も朝食がパンだからかな。
9.100名前が無い程度の能力削除
ちょっと全財産持って紅魔館に行って来る。
10.100名前が無い程度の能力削除
レイマリのブレなさに和みましたwやっぱりパンは飽きますよねーww
11.100名前が無い程度の能力削除
自分の母親も集めてたなー
ほんと地味に便利なんだよね、あの器と言うかボウルと言うか
昼飯がいつもコンビニのパンとかだと否応無く溜まってくから特に苦労した記憶はないな
しかし綺麗な射命丸だこと
12.90月宮 あゆ削除
スーパーで仕事していると、いやでもこの手のイベントにはかかわりますね~
私もよくパートのおばちゃんにシールを取られました。
パンのイベントを上手く私好みにアレンジしてもらい楽しかったです。

レイマリの和食のおかずが旬の食材で一番おいしそうに見えた
15.100名前が無い程度の能力削除
ご飯が食べたい…
20.100名前が無い程度の能力削除
ご馳走さまでした!
22.100あひる削除
レイマリの安定感になんだかほっとしました。

にしてもこの妖怪の山は素晴らしい…!
初投稿とのことですが、次作も楽しみにお待ちしています。

23.90名前が無い程度の能力削除
ヤマ○キ春のパンまつり
ネトゲは春のBANまつり

パン買ってこよ
28.無評価名前が無い程度の能力削除
やっと幻想郷から帰ってこれた。
とりあえず抽選会で当たったのは3等咲夜さんのメイド服でした。
29.80名前が無い程度の能力削除
霊夢と魔理沙の食事に参加したい。
31.70奇声を発する程度の能力削除
安定したレイマリでした
32.903削除
紅魔館のくじのアイデアが良かった。なるほど。
軽く読めて面白い感じでした。
しかしパン祭りとは無縁の生活をしている私にとっては今一伝わりにくかったかも。
あと、パンと納豆て普通にアリじゃないんですか?
35.100名前が無い程度の能力削除
おまけの御飯力がとどまるところを知らない