バシャっと色々な色の混ざった水を零したみたいに、不規則で、それでいて何かの模様になっているような世界に私を見つけた。
お姉様が私を見つけてくれた。作ってくれたの方が正しいかな。
でも四九五年は長かったよ。もう少しなんかあったんじゃないのって思いは今でも変わらない。
あの時はだぁっれも相手にしてくれなかった。多分皆影は見えてたんだと思う。でも相手にしてもらえなかった。その影がしっかりと模様になって意味を持つことを怖がってるみたいに。
「フランドール?」
「あ、あぁはいはい」
「どうしたの、無意識?」
こいしがフルーツのどっさり乗った咲夜お手製のミルフィーユのタルト部分を手で掴んで、そのまま口に入れる。
「はしたない」
「別にいいじゃん。食べやすいよ」
そんな食べ方をお姉様の前でやったら何て言われることか。
フォークを手に持って、ミルフィーユに差し込む。ミルフィーユの段は軋んでいき、フォークが刺さった段から順番に崩れてしまう。
私は結局フルーツとそれぞれの段を別々に食べることになってしまった。
「ほら、フォークで食べるから」
「こうしないとお姉様に怒られるの」
「手で掴めるために最下層がタルトなんだよきっと」
「それ本当?」
「今思い付いた」
「でた無意識」
少し前に紅茶に入れたクランベリーのアプリコットが溶けているのを確認して、紅茶に口をつける。
「それにしてもこのミルフィーユおいしい。フランドールはこんなのをいつも食べてるの?」
「頼めばまたすぐ新しいの出してくれるよ。今は栗が旬だからモンブラン辺りがおいしいんじゃない?」
「うそ」
「本当」
「私モンブラン食べたい」
こいしはそう言うとものすごいスピードでミルフィーユを口に入れていく。
口の中がパサついたのか、紅茶をいっきに飲み干していた。はしたない。
そしてモンブランマダー? とでも言わんばかりに、手を膝に置いてわくわくしながら待っているこいし。
「咲夜だって通常業務とお姉様の遊び相手で疲れてるだろうから、ほどほどにね」
「やった!」
まぁ私もモンブラン食べたかったし、いいんだけど。
「咲夜ー」
「お呼びでしょうか」
呼ぶだけで一秒もしないうちに現れた咲夜には正直同情する。お姉様の見事すぎる調教のせいだよね。本人も好きでやってるんだろうけど。
「モンブランって今作れる?」
「かしこまりました。ごゆっくりどうぞ」
かしこまりましたから相変わらず一秒もしないでモンブランが目の前に並ぶ。
そしてそのまま咲夜は空中にトランプを残して消えてしまった。
「おぉー」
こいしがパチパチと拍手をする。モンブランに驚いてるんだか、咲夜の消え方が好きだったのか。
「いただきます」
私はさっそくモンブランの端っこにフォークを入れて切り崩し、口に運ぶ。
「あ、おいし。流石咲夜」
こいしもいただきますをしてから、モンブランにフォークを刺す。
「うっわ。何これ、おいしすぎる」
満面の笑みで次々とこいしがモンブランを口に運んでいく。咲夜がこいしを見たら喜ぶだろうな。
「こんなのいっつも食べてるの?」
「咲夜の趣味でね。食べて消費しないと大変なの」
「何その贅沢な悩み」
「おいしいし、贅沢だとは思うけどね。メイド達の分もあるから、キッチンいくと匂いが甘ったるくて」
「私がいくらでも手伝うよ!」
「がんばって」
さっそく口の中が甘ったるくなってしまった私は、スケッチブックと鉛筆を取り出して、絵を描き始めた。
「そういえばフランドールって絵描くんだよね」
「うんまぁ好きだね、描くのは」
「何描いてるの?」
スケッチブックをひっくり返してこいしに見せる。
「あ、これ私だ!」
そのスケッチブックには、女の子が笑顔でケーキを頬張る絵が描かれていた。まだ全然描きかけだけれど。
「絵って難しいよね」
「難しい?」
「だって私じゃ上手く人の形取れないもん」
「別にしっかりと形を取ってるばっかりが絵じゃないと思うよ」
「どういうこと?」
私は再びスケッチブックをひっくり返すと、一枚めくって鉛筆をグーで持ち、適当にぐしゃぐしゃと塗り始めた。
「なにしてんの?」
ぐるんぐるんぐわし。しゃー、しゃー、がりがりぐりんぐるん。
荒く黒く塗り潰したスケッチブックを見て満足した私は、ひっくり返してこいしに見せる。
「はい」
「え、あぁ、うん?」
もう一度スケッチブックをひっくり返して、一度その適当に黒く塗り潰したものをこいしの視線から外す。そして。
「これは怒りという感情を描いたものです」
またスケッチブックをひっくり返してこいしに見せた。
「おぉ! 同じ物なのに、なんか今度はちゃんと見えた!」
どうやら納得してくれたみたいだ。
「ついでにだけど」
今度は鉛筆をちゃんと持って、ある場所に他より濃い黒で帽子と長いコードと目を描いた。
「じゃーん、こいし」
「おぉ、見える!」
「つまるところ絵なんて言ったもん勝ちなわけよ。そりゃ技術は付き纏うけれど、どちらかというと言えるか言えないかの方が重要かな」
「なるほど!」
ぱくぱくとモンブランを食べ進め、お互い完食するといつの間にかお皿が下げられていて、代わりにビスケットが乗ったお皿が置いてあった。
「じゃあフランドールを描くとしたら、沢山の色をばらまいてなんとなくそれっぽいところに紅で色つければいいんだね」
私が驚いてこいしを見ると、こいしは首を傾げる。
「心読んだの?」
「ううん」
「そうだよね」
「なんとなくだよ。何で?」
「無意識怖いね。さっき私がぼうっとしてたとき、今のこいしと同じ感じのこと考えてたから」
「ほーほー、そんなこと考えてたんだ」
私はまたページを戻して、こいしが笑顔でケーキを食べてる絵の続きを描きはじめた。
「さっきの絵さ」
「うん?」
こいしがビスケットを食べながら指で自分の顔を指す。
「すっごい気持ちのいい笑顔だったけど、そう見える?」
「見えるよ。さっきはいつにも増してちょー嬉しそうだった」
「まぁおいしかったし喜んでたことは確かだけど、いつもこんな感じに笑ってない?」
「うんいっつもにこにこしてる」
「なのにさっきはいつもより嬉しそうだと思ったの?」
「何となくね」
本当になんとなく。
こいしはこの話の興味をもう無くしてしまったようで、ビスケットを食べながらにこにこしている。
「強いて言うならだけど」
私もビスケットを口に運ぶ。うん、おいしい。
「友達だから」
こいしは少し止まって驚いたみたいだけど、また嬉しそうに笑う。
「なにそれ」
「ほら、その笑顔。なにその笑顔、こいしちょー可愛いんだけど」
「あはは、知ってる。ありがとう」
鉛筆での作業が終わったと思った私は、立ち上がって床に転がってる色鉛筆を出来るかぎり左手にもってまた席に戻った。
戻ると、ビスケットが無くなったのだろう、いつの間にかテーブルに置いてあるお菓子がロールケーキに変わってる。
出したそばからこいしが平らげてくれるから、咲夜も喜んで次々と作ってるに違いない。
「私ね、友達いないの。フランドールのことだって、友達だとは思うけど、心がない私は多分友達とかそういう意識じゃなくて、なんとなくフランドールといるだけだと思うの」
「あはは、いいよ、それで。とってもこいしらしい」
「でもそれって、すごく失礼なことでしょ?」
「私はね」
「うん?」
咲夜が持ってきたロールケーキを備え付けられたナイフを使って切り分ける。
「友達がいなかったの」
「かった。私が友達になったの?」
とりあえず二きれずつお皿に乗せながら首をふる。
「お姉様が私の存在を周りに気づかせてくれたの。それまで私はただのアンノーン、ノーバディ、バグだった」
「バグ?」
「害虫みたいに危なくて、いないほうがいいって感じで」
納得したのか、こいしが今度は自虐っぽく笑って、私もだよとつぶやきながらロールケーキを手で掴んで小さい口いっぱいに頬張る。はしたない。
「そんな私をね、お姉様はゆっくり時間をかけて、急なバグの出現にシステム全体がバグを起こさないように、馴染ませるように周りに私の存在を教えてくれてたの」
「フランドールの話は例えが多くてよく分からない」
「最初はパチュリー、次に美鈴と小悪魔、そして咲夜。最後に体を張って幻想郷中に私の存在を示してくれたわ」
「素敵なお姉さんだね」
もう自分の分を食べてしまったこいしは、今度は自分でロールケーキを切り、お皿に盛る。
「チルノや大妖精、ルーミアとかとは、チルノ達がこの館に遊びにきたとき沢山馬鹿やって咲夜に叱られたし、魔理沙とは沢山段幕ごっこした。外のことも沢山教わった」
紅茶を飲んで少し喉を潤す。
「そしてこうして対等に、壊れるとか暴走だとか気にすることなく喋れる相手も出来た」
こいしは首を傾げて人差し指を鼻にもっていく。それをみて、頷いた。
「ちょっと待って、壊れるとかは気にして」
「こいしなら暴走した私でも大丈夫でしょ?」
「五分の確率で死にかけてるんだけど」
「まぁ今生きてるからいいじゃん」
「よくないよくない」
まぁまぁと言いながら、多分こいしが気にして残した私の分と思われるロールケーキをさらに半分に割って、お互いのお皿に乗せる。
「私はU.Nオーエンだったんだよ」
「何それ、ハンドルネーム?」
「そう。私が考えたの。カッコイイでしょ」
「え、あ、うん。うん?」
「ハンドルネームしか、名前と噂しか無いっていうこと。顔は知らない」
「なるほど、私のお姉ちゃんみたいなもんか」
お互い最後のロールケーキを平らげると、またテーブルにはビスケットが並んだ。
「ねぇこれなんてビップ待遇」
「多分咲夜も嬉しいんだよ。私がこうして館の外の存在と話してるのが」
「お母さんみたいだね」
「うーん、それは咲夜喜ぶかどうか微妙な表現だね」
色鉛筆を置いて、スケッチブックを眺める。
「完成?」
「うん、あげる」
びりびりとスケッチブックからこいしの描いてあるページを破き、こいしに渡す。
「上手だね」
「ありがとう」
「こっちこそ、描いてくれてありがとう」
こいしがまじまじと私と絵を見比べる。
「フランドールのことだから、もっと刺々した絵描いてると思ったら違うんだね」
「失礼な」
「ははは、ごめんね」
今度はこいしが急に立ち上がり、ベッドまで走ってベッドの下に潜る。
ベッドの下から出てきたこいしの手には、沢山のくしゃくしゃな画用紙が握られていた。
「実はさっきから気になってたんだけどねこれ」
「え、あぁ、うん。よく気づいたね」
「開いちゃだめとか言わないの?」
「別に。それごみだから」
「ふーん。普通、人に見られたくない物を何かの下に隠すんだよ」
私やこいし達みたいに。そんな言葉の続きを連想したが、今は関係ないと思考をやめる。
こいしが丸まった紙屑を広げた。
「フランドールのお姉ちゃんじゃん」
丸まった紙屑に描いてあった絵は、全部前に私が描いたお姉様だった。
「なんでこうなってんの?」
「いらないから」
「なんで?」
「お姉様のこと大嫌いだから」
「なんで?」
こいしがしつこい。
「そりゃそうでしょ。閉じ込めてた当人なんだから。外の世界に知らせてくれたとは言え、好きになれって方が無理あるわよ」
「じゃあなんでごみ箱に捨てないの?」
あぁもう。
「ベッドからじゃごみ箱遠いでしょ」
「私だったら投げるけどな」
「はしたない」
こいしがまじまじとお姉様の絵を眺めているのが腹立たしく思えてきて、こいしの手から無理矢理紙をとろうとする。
びりびり。
あ。
「あ、ご、ごめん」
こいしにしては珍しく、真剣に謝っているのがわかる。本当に悪いことをしたと感じているのだろう。
「いいよ、別に。さっき言ったでしょ、これごみなの」
破れたもう半分をこいしから奪い取って、また丸めて今度こそごみ箱に捨てた。
「お姉ちゃんが好きなの?」
「んなわけないでしょ」
「好きなんだよ。じゃなきゃあんなにいっぱい絵描かないもん」
さっきからこいしがしつこい。無意識のうちに、思ったことは言葉に出ちゃうから仕方ないっちゃ仕方ないんだろうけども。
「大嫌いよ」
「うそ。絶対好きなんだって、本当は」
しつこい。しつこいしつこい。
「あぁもう何!? さっきっからしつこいんだけど! そんなに私をシスコンに仕立て上げたいわけ!?」
「そんなに怒らないでよ」
「怒るようなことをしてたんでしょうが!」
急に叫んだものだから、こいしの勢いが止まる。
「ごめん」
私は変な意地を張って、何も答えなかった。
「今日はありがとうね。またくる」
少しして私に答えたりする意思が無いことをこいしが理解すると、こいしは部屋からでていってしまう。
一人になった私は、ごみ箱のとこまで歩いていって絵を拾おうとした。
「何?」
私の後ろに蝙蝠が集まっていくのがわかった。お姉様だ。
「ふわふわの空気ちゃんが、珍しくしょんぼりして帰っていくのが見えたから、何かあったのかと愛しの妹が心配になってね」
お姉様はこいしのことを、いつもふわふわの空気ちゃんなんて呼ぶ。まぁなんとなくわかるけど。
私が振り返るとお姉様がつるさってて、器用にグングニルで天井との高さを合わせ、顔が調度私の顔の目の前にくるようにしていた。
「チェキ、フラン」
「ハァイ、お姉様。元気そうね」
「くすくす。そりゃもうね」
お姉様がいきなり私の頬にキスをする。
私は手でお姉様を払おうとしたが、既にお姉様は引いていて空振りに終わった。
「ムカつく」
くすくすと笑いながら、お姉様は、くるんと身を返して地面に足をつけた。
「いつもなら喜ぶ癖に。そんで、私にも会いたかったとでも言うようにちゅーって」
お姉様はつかつか得意げに歩いて、私のベッドにダイブする。
私はそれを不満そうに見ているだけだった。
「来てもいいのよ?」
「そういう気分じゃない」
「あらそう、残念」
にやにやと笑うお姉様を見ていると、どんどんイライラが溜まる。
「何かご用でしょうか、お姉様」
わざと敬語を使って距離を取っていることをアピールする。
「そのごみ箱の中身が気になっていたようだけど、何が入っているのかしら」
「さぁね」
「私に見せたくないのか、人に見せたくないのか。……あぁ、もしかしてアッチ系の本」
「本当は中身知ってる癖に」
お姉様を睨む。お姉様はベッドの上で肩を竦めて見せて、器用に羽を使って向こうを向いてしまった。
「どうせ私とこいしの会話を聞いてて、自意識過剰起こして嬉しくて飛んできたんでしょ」
「まさか走らないわよ。吸血鬼だし」
「妹とその友達の会話の盗み聞きなんて、悪趣味な変態さんね」
「悪趣味とは失礼ね。ただ私は妹の描いた絵を見にきただけなのに」
絵を焼いちゃおうかとも思ったけれど、それよりも咲夜にこいしが喜んでたことを教えてあげようと思ったから、私は絵をごみ箱に放置して部屋を出て行く事にした。うざいお姉様をおいてけぼりにして。
。 。 。
部屋に戻ると咲夜が掃除したのか、お姉様が持ち出したのかわからないけど、ごみ箱が綺麗になっていた。
今日も疲れた。夜に向けて眠ろうとしてベッドに仰向けになったところで、天井に一枚のしわのよった紙が貼付けられているのが目に入った。
お姉様と私が向かい合って、羽と合わせて全体のシルエットがハート模様みたいに見える、少し昔に私が描いた絵だった。
剥がしてもよかったのだけれど、今朝のこいしやベッドで背中を向けて小さくなってたお姉様のことを思い出すと、あそこまで登ってあれを剥がすのが面倒に思えてきたから、私は眠ることにした。
まぁ、明日にでも剥がせばいいか。
「絵描いて欲しいなら、そう言えばいいのに」
部屋から一匹の蝙蝠が飛んでいったのを確認して、私は深い眠りに落ちていった。
とても良かったです!
>「ハンドルネームしか、名前と噂しか無いっていうこと。顔は知らない」
>「なるほど、私のお姉ちゃんみたいなもんか」
さりげなくポイとこういう描写を放り込んで来るから困る
もうまったく胸が痛くなるじゃないですか。ほのぼのなのに
>奇声を発する程度の能力様
ニヤニヤしていただけたのなら、嬉しいですw こういう雰囲気ものはそこが勝負所な気がしますしw
ありがとうございます^^
>12様
ありがとうございます! 雰囲気のみですが、楽しんでいただけたようでよかったです。
フランちゃんがかわいすぎる。いいこいいこしたい。
13様
おぉおぉおおありがとうございます!
私もこのようなコメントをいただけて余韻がたまりません(!?)
毒性分5g配合しております。そこがとどまってくれたみたいで、とっても嬉しいです^^
フランちゃんの匂いはどんな感じなのかしら。
>桜田ぴよこ様
ありがとうございます! 私の中の妄想オブこいしちゃん&フランちゃん&レミリア嬢です。
フランちゃんの匂いは、それはそれはもういい匂いですよ。近く通っただけでふわっと。