Coolier - 新生・東方創想話

人間 霧雨魔理沙

2007/03/25 08:34:15
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※この作品は作品集その38「恋の呪い」と話が繋がってます


     ○ ○ ○


 そこは何処かの屋台の中だった。
 景色はぼやけていて良く見えないがちょくちょく寄っていく事がある為かぼやけてはいるもののそこはミスティ・ローレライの屋台である事、その上夢の中だと言う事を霧雨魔理沙はなんとなく理解する事が出来た。
 そのぼやけた屋台の中では魔理沙はひたすらに酒を注文しては水の様に呑み続けていた。
 何故こんなに酒を呑んでいるのだろう、酒を呑みながら意識の中で魔理沙は思う。
「くそー香霖の馬鹿……」
 独り言を零す自分に魔理沙は何故こんなに酒を呑み続けているのかを思い出す。
(そうだ、私は今回も駄目だったから自棄酒してたんだ)
 それからも酒を呑み続け、空の一升瓶が数本横たわった頃に誰から魔理沙の横の席に座っていることに気付く。
 その人物もぼやけていて誰なのか判別する事が出来ずにいた。
(なんだこいつは……まぁいいか、別に危害は無いだろうし)
 暫く様子を見ているとその人物の口が開き、何かを喋っているようだ。
 だが口が動いているだけで肝心の言葉が聞こえない、それでも魔理沙は聞こえない言葉を聞き取っているのだろうか返事するかのように口を開く。
 しかし返事を返したであろう魔理沙自身の声も聞き取る事が出来なかった。
(あれ、なんで声が聞こえないんだ)
 意識の中の魔理沙の疑問も無視し、二人の聞こえない会話が続いていく。
 だがそんな会話の中で何故かその人物が話す言葉の一部だけ鮮明に聞き取る事が出来た。
「彼は半妖ゆえに人間よりも歳を負うのが遅い、でも君は普通の人間だ彼よりも早く年老いて死ぬだろう」
「それは君を後悔させる事だと彼は思っているんだ」
「自分よりももっと人里で気の良い人間の男と結ばれた方が君の為になる」
 断片的で意味が分からない。
 それでも聞いていた自分が分かったのだろう、魔理沙はその人物に掴み掛かり力一杯に叫んだ。
「私はコーリンが誰よりも好きだぁぁぁぁ!」
 そう、霧雨魔理沙は森近霖之助に恋をしている。
 魔理沙はこれまで魔理沙なりのプロポーズをしてきたが霖之助はその事に気付いているのかいないのか、悉く話を逸らされた。
 今まで霖之助は只鈍いだけでこの想いに気付いていないだけで続けていればいずれは気が付いてくれると思っていた。
 だがその人物は違うと言う、寿命がどうとかで遠ざけていると言う。
 そんな事で乙女の告白から遠ざけられていたのかと思うと正直呆れ果てる、霖之助らしい理屈な結論だからだ。
 呆れていた魔理沙はそこで一つの発想にはっとする。

「なら寿命の問題を解決すれば今すぐにでも香霖は振り返ってくれるのか?」


     ○ ○ ○


 人間も妖怪もあまり近づかない薄暗い原生林、通称魔法の森。
 太陽の光も殆ど届かないこの森の中で数少ない木々が開け日の光が差し込む場所にポッツリと佇む家、霧雨邸。
 部屋の中は足の踏み場も無い程に魔法道具が散乱しているが、そんな中で綺麗に道具が退かされているベッドの中で何かが芋虫の様に蠢き始めた。
「んあー……?」
 力の無い呻き声と共にベッドから顔を出したのはこの家の主、普通の魔法使い霧雨魔理沙である。
 癖なのかそれとも寝惚けているのだろうか左手で帽子の鍔を摘み上げる仕草をするが左手は空しく振るわれるだけで終わった。
 不思議に思い頭に触れてみるとそこにはトレードマークの帽子が被さっていなかった。
 半開きの目を擦り、欠伸を一つしてから魔理沙は状況判断に入る。
「なんで私は自分のベッドで寝てるんだ? 確か夜雀の屋台で一杯やってて、途中で誰かと呑んでた気がするがぁ……思い出せない……もしかして酔い潰れたのか? となるとあれから何日経って今何時だ?」
「貴方が酔い潰れてから一日目ね。それで今はもうすぐ正午ね」
 自分の状況を分析している魔理沙に冷静に返答したのは同じく魔法の森に暮らす魔法使い、アリス・マーガトロイドだ。
「あー、なんでここに温室魔法使いが居るんだよ? 勝手に人ん家に入ってくんな」
「勝手に人の家に上がり込むのは貴方の方でしょうが。それに酔い潰れたアンタを家に連れて来て看てあげてたっていうのに結構な言い様ね」
 アリスの強めの発言に魔理沙は渋い顔をして頭を掻く。
「まさかアリスの世話になる事になるとはな、不覚だった」
「お酒で酔い潰れるなんて貴方らしくないわね。一体どうしたのかしら?」
「いやぁ、別にその、何でもないぜ。その日はちょっと気分が良くてな、つい呑み過ぎただけだ」
 ニカリと歯を覗かせて昨晩の酔っ払った姿を想像させない魔理沙の笑顔にアリスは呆れた顔で頭を抱える。
「まったく、昨晩酔い潰れて運ばれたとは思えないぐらいの元気ッぷりね」
「そうでもないさ、頭がまだガンガンするし少し気持ち悪いからきっと元気じゃない。もしかしたらぽっくり逝っちゃうかもしれないぜ?」
「……はぁ、それだけ減らず口を叩けるなら問題無いわね」
 元気な表情で冗談を言ってのける魔理沙にため息を吐きながらも大丈夫である事を確認したアリスは玄関の扉へと歩いていく。
「お、もう帰っちまうのか? てっきり何かしていくのかと思ってたがな」
 ベッドから体を起こしながら魔理沙は引き止めるように声をかけ、それに反応したアリスは歩みを止めて不機嫌そうな顔をして振り返る。
「アンタを看るって事をたっぷりやったわよ、嫌って位にね。それに勝手に入ってくるなってさっきアンタが言ってたでしょうが。と言うよりも何かしていくって、アンタは私をなんだと思ってるのよ」
「陰湿で引き篭もりで根暗な人形が友達の温室魔法使いかな。眠ってる間に私の体を使って言葉に出来ない位のイヤーンな実験をしたかと――」
「分かったどうやら今逝きたいようね。『魔操 リターンイナニ――」

     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 その後何処から取り出したのだろうか両手一杯に抱えた爆弾人形をばら撒こうとしたアリスを魔理沙は必死に宥め、何とか事無きを得た。
 もしあのまま爆弾人形を撒かれていたら家は消滅、天狗の記事に大々的に取り上げられていた事だろう。
 記事の見出しに「魔法の森に爆弾魔出没!? 被害で霧雨魔法店爆砕」と言った感じで。
「まったく、冗談なのにあそこまで本気にするなよ」
「アンタのは冗談には聞こえない! まったくこの野良魔法使いは……」
 呆れた顔をする魔理沙に眉を吊り上げてアリスが怒鳴るがそんな事しても魔理沙には大した意味が無いと思い言いかけた言葉を飲み込み口を閉ざす。
「兎に角、私はもう帰るわよ」
「おう、看護お疲れさん」
 再び扉の前に歩み寄りノブに手を掛けた所でアリスは言い忘れた事を思い出し、魔理沙の方に振る向く。
 その顔には悪戯を思いついた子供ような張り付いていて、その突然の表情の変化に魔理沙はたじろいでしまう。
「な、なんだよそのニヤついた顔は」
「ええ言い忘れた事があってね、私が貴方の為にこれだけ看てやったんだから今回の事は貸しにしておいてあげるわ」
 得意気に語るアリスに対して魔理沙は逆に眉を顰めて露骨に嫌な顔をする。
「げぇなんだよそれ、私は別に看てくれなんて頼んでないぞ」
「貴方は私がここに運んであげたからベッドの上で眠れたのよ。もし私が運んであげなかったら道端に酔い潰れたままほおり出されて妖精に顔墨や何やらと悪戯された挙句、その醜態を天狗に撮られて晒し者にされてたかもしれないわよ?」
「それはぁ……ぐうっ……」
 アリスが言われて想像してしまったのだろう、魔理沙は押し黙ってしまった。
 その様子にアリスは上機嫌になり更に口端を笑いで歪める。
「ま、そう言う事よ。その貸しはいつか払ってもらう事にするから、それじゃあね」
 勝ち誇った顔を崩さずに今度こそアリスは扉を開けて外へと出て行った。

「ちぇ、アリスの奴揚げ足取りやがって」
 一人部屋に残された魔理沙は居なくなったアリスに愚痴を零しながら頭を掻く。
「そんな事言ってても仕方が無いか……とりあえず寝直すか」
 気を取り直した魔理沙は再びベッドに仰向けになって二度寝の準備に入る。
 これから神社に行って巫女をからかいにいく等の選択肢もあったが今の魔理沙にはそれ以上に気に掛かる事があったからだ。
「さっきの夢が何だか凄く気になる」
 起きる寸前まで見ていたあの夢、起きたと同時にざるを抜ける水の様に記憶から抜けてしまった夢。
 普段なら夢なんて忘れたら大して気にしない魔理沙だがどういう訳か今回の夢の内容が気になって仕方がない。
 頭の隅に僅かに残っている夢の記憶、夢の中で誰かが言っていた言葉をまたすぐに寝てその夢を見れば呼び戻す事が出来るのではないか、
 そう思い実行すべく魔理沙は目蓋を閉じる。

 目蓋を閉じてから30分は経過しただろうか、もしかして1時間以上かもしれない、
 時間の感覚も曖昧な真っ暗の世界を魔理沙は漂った。
 それでも一向に眠気は襲ってこない、それどころか益々目が冴えてくる位だ。
 中々眠れない事に魔理沙も段々イラつきを覚え始めて奥歯を噛み締める。
「まったく、眠りたい時に限って何でこんなに目が覚めてくるんだよ」
「眠れないのかしら? なら私が唄ってあげましょうか、素敵な子守唄を」
 突然声を掛けられた事に驚いて魔理沙は目蓋を開き、声のした方向であるベッドの横に顔を向ける。
 するとそこにはいつの間にかスキマから上半身だけ覗かせて微笑み掛けている八雲紫の姿があった。
 紫の姿を見た魔理沙はアリスの時以上に眉を潜ませて口を開く。
「いつも玄関から入ってこいって言ってるだろスキマ妖怪。それと不法侵入だ」
「玄関から入ってくるなんて面倒くさいから嫌よ。あと不法侵入は貴方の専売特許でしょ」
「私のはちゃんと玄関から入ってるから良いんだよ」
 不機嫌そうな口調で告げると魔理沙はベッドから降りて帽子掛けに掛けてあったトレードマークの帽子を手に取り、手荒に頭に被る。
「あら、寝るんじゃなかったの?」
「アンタが出てきたら眠くなくなった、私はこれから出掛けるから早く消えてくれ。シッシッ」
 残念そうに語りかけてくる紫を魔理沙はまるでハエを払う様に手を振るが、その動作が予測していたのだろうか紫は動じず微笑を崩さない。
「仕方ないわねぇ、なんだか機嫌が悪そうだしすぐに帰るわよ。でもその前に貴方の悩みを解決してあげるわ、さぁ悩み事を言いなさい」
「すぐ帰るとか言ってその後に悩み相談するとか言って日本語おかしいぜ? それにアリスじゃないが、今の私に悩みなんか無い」
「嘘は宜しくないわねぇ。でもそこまで言いたくないなら言わなくても良いわよ、代わりに悩み解決の本を置いていくから」
「嘘なんか言ってないし本もいらん。てより人の話聞いてないだろ!」
 魔理沙の弁解を無視して紫はスキマを弄り、一冊の古惚けた本を取り出しベッドの上に置いた。
 取り出された本を見て何か心当たりでもあったのだろうか、魔理沙は僅かに眉間に皺を寄せる。
「……悩み解決の本とか言って、それは魔道書じゃないか?」
「ええ魔道書よ、今の貴方の悩みをあっという間に解決してくれる素敵な魔道書よ」
「悩み解決の魔道書なんて聞いた事無いぜ、アンタこそ嘘は止めろよ」
 カウンセリングの魔道書なんて存在しないと言う魔理沙をこれもまた予測通りの答えで可笑しいと言いたそうに目を細めて微笑んでいた口元を更に吊り上げる。
「捨食の魔法よ」
 紫の言葉に信じられないと言った様子で魔理沙は目を見開く。
 発せられた口調自体は緩やかなものだったが、言葉の内容は魔理沙をそうさせるだけの内容が籠められていた。
「捨食の魔法だと?」
「そうよ、人間が妖怪の魔法使いになる為に絶対必要な魔法。この魔道書にはその捨食の魔法を習得する為に必要な事が全て記されているわ」
「なんでそんな物をいきなり私に渡そうとするんだ」
 出きる限り冷静に返事をする魔理沙だがその瞳には動揺の揺らぎが見えていてその様子が面白いと言いたげに紫は含み笑いをする。
「ウフフフ、だから言ったでしょ? 貴方の悩みを解決してあげるって」
「私に悩みは無いって言ってるだろ!」
「それじゃ帰れって言われちゃったし私はこれで失礼するわ、では御機嫌よう」
「おい待てよ、帰るならこの本も――」
 大声で要らないと訴える魔理沙が全てを言い終える前に紫はスキマを閉じて完全に姿を晦ましてしまった。
「持って帰れってのにあーもう……今日は厄日か? 起きてから良い事ないぜ……」
 アリスに貸しを作ったり紫に一方的に物押し付けられたりと起きてからの出来事を振り返って魔理沙はため息をついて肩を落として項垂れる。
 暫くしてようやく顔を上げた魔理沙の視界にベッドと例の魔道書が入り、いつまでもそのままにしておく訳には行かないのでとりあえずその魔道書を手に取ってみる。
 それ程大きくない魔理沙でも片手で掴める位の大きさと厚さの魔道書にはアリスが良く持ち歩いている魔道書の様にページを開けない様に錠が施されている。
 更に魔道書の下から折り畳まれた紙が一つ置いてあり、手に取って開いてみるとそこには紫からのメッセージが書き記されていた。

『その魔道書には簡単な施錠が施されています。
 簡単と言ってもちょっとやそっとの衝撃じゃ外す事の出来ない代物ですけど。
 外し方は貴方の得意な光か熱の魔法を錠に軽く当ててやればすぐ開く事でしょう。
 使うかどうかは貴方次第よ。 八雲紫』

 置手紙に目を通した魔理沙はそれを握って丸め込み適当に投げ捨てた。
「まったく何がしたいんだあのスキマは。それにしても捨食の魔法か、これを使えば私の種族は人間から魔法使いになるってか。つまり今よりずっと長生きになれると……」
 誰に語る訳でもない独り言を呟く。
 するとその自分が発した言葉がまるでパズルのピースが嵌るかの様に欠けていた記憶が蘇って来た。
 夢の中で聞いた事、寿命に違いがあるから『彼』は『彼女』を遠ざけると言う事、
 夢にしてはリアルすぎる記憶が一気に押し寄せて魔理沙の胸を高鳴らせる。
「長生きに……」
 魔理沙は手にある魔道書を眺めて息を呑む。
「もしあの夢が本当なら、私がこれを使って長生きになれば香霖も私を見てくれる……?」
 妖怪や半妖の寿命は人間のそれよりも遥かに長い、人間が妖怪と同等かそれ以上の時間を生きるには仙人や天人になる事、
 或いは蓬莱の薬を服用して蓬莱人になる事等が挙げられるが、どちらも魔理沙にとっては出来そうもない事だ。
 だが魔法使いの魔理沙だから出来る長寿になる手段が目の前に存在し、少し力を加えれば方法を知る事が出来る。
 魔理沙は考えれば考える程に魔道書を掴む手に汗が滲み出てくる。
「紫の奴奇妙な真似しやがって、いいさやってやる!」
 半分勢いで決意した魔理沙はテーブルの上に散乱していた魔法道具を掻き分け、出来たスペースに魔道書を乱暴に落とすかの様に置いてから腕を捲くるとその掌を魔道書に錠に向けてかざす。
 そしてかざされた掌が淡い光を帯び始めた。
 イリュージョンレーザー。
 魔理沙が愛用する貫通力を得意とした馴染みの魔法の発射準備だ。
 普通に発射すればそのまま貫通してしまう為、出力を最低限にする調整に入る。
 そして調整が完了して掌に青白く光る小さな魔力の塊が完成した。
 そこで一旦魔理沙は目を閉じて深呼吸を一つして息を整え心を落ち着かせ、心の準備が出来たところで目を開けて魔道書を睨みつける様に見据える。
「いくぞ……」
 部屋は物音一つしないし鳥の囀りも聞こえない為か魔理沙は自分の心臓の音がやたら騒がしく感じ、さっき静めたばかりの心が早くも乱れ始めた。
 乱れる心に合わせて心臓の脈も次第に早く鼓動を打ち始め、額を一つの汗が辿る。
 意を決して掌に集まった魔力の発射の念を送る――
「魔理沙ー、居るかしら?」
「うわぁぁぁ!?」
 ――瞬間に外から扉をノックする音が響き渡り、驚いた魔理沙は発射を中断して体を飛び上がらせた。
「ちょっと用事が出来たんだけど良いかしら」
「ア、アリスか! ちょっと待て今行くから、ベ!?」
 声からして来訪者はアリスであると認識した魔理沙は出向こうと慌てふためきながら扉に近づこうとしてテーブルの脚に躓いてしまい顔から豪快に転んでしまう。
 更に転倒した衝撃で隣に積み上げられていた魔法道具の山がバランスを崩し、雪崩となって押し寄せて魔理沙を飲み込んだ。
「……何やってんのよ?」
「うるふぁい」
 物音が気になって扉を開けてみたアリスは魔法道具の雪崩に体半分埋もれた魔理沙に向かって呆れた様子で溜息を吐き、人形も使って魔理沙を雪崩から引っ張り出す。
「それで何の様だよ。私は忙しいんだ」
 無事引っ張り出された魔理沙は服を払い軽く咳払いしてから平常を装ってアリスに問いかけた。
 だが転んだ際に額を打ったらしく、涙目で少々赤くなった額を摩りながらなのでその姿は何処か情けないものがある。
「何の様かと言うと今回の貸しを返して貰うのに良いのを思いついてね、それを話に来たのよ。貴方には今日一日私の家政婦になってもらうわ」
「家政婦ぅ?」
 普段なら聞かない言葉に魔理沙は訝しげに顔を歪めるがアリスは気にせずに話を進めていく。
「一晩看てあげたんだからこれ位の見返りは当然でしょ? さ、早く私の家に来なさい」
「いくらなんでも唐突過ぎる。それにさっきも言ったが私は今忙しい、明日にでも出直せ」
「ふぅん、私に反論していいのかしら?」
「ど、どういう事だよ」
 それどころでは無いと反論するがそれをしたり顔で返すアリスに魔理沙は一瞬たじぎを見せる。
「今の私に反論すると貴方が外で酔い潰れて寝てた事をあの天狗文屋に話すわ。天狗の噂は風の噂としてあっという間に広がるから恐ろしいわよぉ」
「な、卑怯だぞ!」
「貴方が忙しいから明日にしてって言うなら私は構わないけど、その事は文屋に言っちゃうからそのつもりでね」
「くっ、うう……分かったよ行くよ、行けば良いんだろ」
「それで良いわ、素直な魔理沙は好きよフフフフ」
 流石に天狗にバレるのは避けたい魔理沙は本日二度目の肩を落とし項垂れながら渋々アリスの条件を飲んだ。
 因みに霖之助が屋台で酔い潰れた魔理沙を運んできたのだから、外で寝てた等と言う事はまず無い、
 全てはアリスが仕組んだ嘘だ。
 無論酔い潰れていた魔理沙はその事を知る由も無かった。

     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

「あーらよっこらせっと」
 霧雨邸から然程離れていない場所に存在するアリス邸。
 そのアリス邸の横には斧を振るい切り株の上の薪を割っていく魔理沙の姿があった。
「ふぅ、まったくなんで私がこんな事しなきゃならないんだ」
「文句を言っても受け付けないわよ。ほらさっさと働く」
「クソ、あの魔道書の事が気になって仕方が無いってのに……てよりも開錠も出来なかったのにぃ」
「何ブツクサ言ってるのよ。まぁ良いわ、そろそろ休憩にお茶でもしましょ」
「あぁそれは助かる、美味い紅茶と茶菓子用意してくれ」
 やっと一息つけると安堵の顔をする魔理沙にアリスは冷笑しながら見つめる。
「何言ってるのよ、今の貴方は家政婦なのよ? お茶の準備をするのも貴方の役目よ。さぁ早くしなさい」
「……」

 アリス邸の客をもてなしたりする時にも使う居間。
 飾り過ぎない装飾のシャンデリアや作者不詳の絵画が壁に掛けられ、隅にある暖炉が薪木を弾ける音を立てながら燃やしている。
 そんなどことなくアンティークな雰囲気を漂わせる居間で魔理沙とアリスはテーブルを挟み、対座するソファーに腰掛けて休息に入っていた。
 テーブルには二人分の紅茶の入ったティーカップとクッキーが盛られた皿が置いてある。
 魔理沙が紅茶を淹れてアリスが事前に焼いてあったクッキーを持ち出したのだ。
「中々悪くない味だけどまだ蒸らしが浅いわね、もう少し時間を置いても良かったんじゃない?」
「私は洋食より和食派なんだ、紅茶の淹れ方なんて知らん」
「紅茶の淹れ方も知らないんじゃ良い家政婦にはなれないわよ」
「誰が家政婦になるって言った、私は魔法使いだ」
 不機嫌な顔で魔理沙は皿に盛られているクッキーを一つ摘み上げて口の中へほおる。
 サクっとした軽い食感と香ばしさが口の中で広がる。どうやら炒って刻んだアーモンドが練りこまれていたらしい。
 美味い。
 正直にそう思ったがここで美味いと言うとアリスが更に図に乗ると思い、魔理沙は出そうになった感想を抑えて代わりに皮肉をぼやく事にする。
「これだから温室魔法使いは――」
 自分で発した言葉に魔理沙はふとある事を思いつき、アリスを見つめる。
「どうしたのよ私の顔に何か付いてる?」
「いや顔には何も付いてないんだがその」
 思いついたまでは良かったがその話を切り出して良いのだろうかと戸惑い言葉が詰まる。
 薪木が燃える音が部屋に響き、
 暫しの沈黙が続く、アリスも魔理沙が話し出すのを待っているかの様にカップを口にしてる。
 そして意を決して魔理沙は自分が思った事を喋り始める。
「アリスってさ、もう捨食の魔法を使ったんだよな」
「ええそうよ、それが一体どうしたの」
「その魔法使う時さ、迷ったりしなかったか?」
 魔理沙の唐突の質問にアリスは頭に疑問符を浮かべる。
「どういう事よ?」
「例えば自分が変わっちゃう事とかに、そんな感じで戸惑ったりしなかったか?」
「別に戸惑いなんて無かったわね」
 やっと出てきた問い掛けにアリスは即答してからクッキーをかじる。
「私にはやりたい事がある。その為には魔法使いになる必要があった、だから捨食の魔法を使ったまでだもの」
「はぁー……ああそうかい、本当に悩みなんて無いんだなお前……」
 期待していた返事でなかったのだろう、魔理沙は明らかにガッカリとした表情をする。
「下らない事で悩むのは人間だけよ。それにしてもさっきから色々聞いてくるわね、もしかして貴方も捨食を使うつもりなの?」
「ん、まぁ、そんな所だ」
「でも使うのに戸惑いがある、だから経験者の私に意見を聞いて方針決めようって感じかしら。もしそうならお門違いね、これは他人が決めるような事では無いもの。自分で考えなさい」
「……そうだな」
 それっきり魔理沙は黙りこくってしまい再び居間を沈黙が支配する。
 壁に掛けられた時計の針が乱れず一定のリズムで時間の経過を刻む音を奏で、
 暖炉の中で組まれていた薪木が燃え続けていた事によって一部が灰になり、乾いた音を立てて崩れる。
 窓の外は日が傾き、近い内に夕方になる事を伝えている。
 やがて軽い溜息を吐いて静寂を抜け出したのはアリスの方だった。
「なんでもパワーで突き進む貴方がそんなに消極的になるって事は余程の事なのね」
「人間の乙女には色々あるんだよ、そりゃもう人には言えない位のが」
 つっけんどんと返す魔理沙の返事にアリスは突然口を歪めてニヤニヤと笑い始め、アリスの変貌に魔理沙は訝しげな表情を浮かべる。
「へぇー色々とねぇ、ふぅーん」
「な、なんだよいきなり」
「恋する乙女は大変ねぇ、森近さんも罪作りだこと」
「っ!?」
 突然図星を突かれた驚きと恥ずかしさで魔理沙は目を丸くして顔を耳まで赤くし、あまりの事に声が出ないのだろう金魚の様に口をパクパクとさせる。
 その反応で我慢が出来なくなったのだろう、アリスは遂に口を手で押さえて含み笑いを始めてしまう。
 やっと状況を呑み込んだ魔理沙は顔を赤くしたままアリスに向けて身を乗り出し、身振り手振りで弁解をし始めた。
「んな、な何いきなり言ってるんだ! 何でお前がそんな事知ってるんだってそうじゃなかった別に私は香霖をそんな風に思ってなんかいないって言うより私は捨食の事を聞いてた訳で香霖の事は全然関係無いんだから関係無いんだぞ! イヤ確かに香霖は私の初恋で今でも好きだと思ってるし密かにアタックもしてるけどあいつが中々振り向いてくれなくてもし私が香霖みたいに長生きになったらOKしてくれるかなぁなんて思ったりした訳だけど、って何言わせるんだぁぁぁぁ!!」
「そうなの、そこまでだったんだぁ。魔理沙は種族変えてまで森近さんに――」
「わー! わー! わぁぁー!」
 アリスの言葉を遮ろうと魔理沙は益々顔を上気させて叫び、良く見るとその目尻には涙さえ浮かばせていた。
「もう我慢ならん、私の魔砲でお前を家諸共吹っ飛ばしてやる!」
 逆上した魔理沙は立ち上がり、マスタースパークを放つ為に八卦炉を取り出そうと服の中を弄るがその肝心な八卦炉を掴み取る事が出来ない。
 スカートや帽子の中も調べてみるがやはりその姿を見つけ出せない。
「ってまだ香霖に預けっぱなしだったんだ、何やってんだ私はもう! こうなったらノンディレクショナルレーザーで」
「とりあえず落ち着きなさい」
 新たにスペルカードを取り出そうとした魔理沙をアリスは本棚から一冊の魔道書を取り出してその角を額に目掛けて叩き込んだ。
「アダっ!?」
 思ったより力が入ってしまったのか魔理沙は額を押さえて屈むがアリスは気にしない事にする。
 屈えた魔理沙を見下ろしながらアリスはもう一度小さな溜息を吐く。
「別に人が恋する事はおかしくも何とも無いんだからそこまで取り乱す事ないじゃない」
 痛みが引いてきた魔理沙は額を摩りながらも顔を上げる。
 恥ずかしさと怒りで上気していた顔も先程と比べれば若干収まったようだ。
「痛っ……私はお前みたいにその事でしれっと出来ないんだよ。あと何処でそれを知った?」
「企業秘密、寧ろ見え見えだったと言った方が正しいわね。貴方は森近さんを見る時の目が違うもの」
「ちっ、そうだよ私は香霖が好きだし捨食の事を聞いたのもそれと関係してるよ。知ってて知らない振りするなんて冗談きついぜ」
 観念したと言うより開き直ったと言った様子で魔理沙は乱暴にソファーに腰掛けて背もたれに寄り掛かる。
 それを見て落ち着いたことを確認したアリスは魔道書を元の本棚に戻し元のソファーに腰掛けた。
「貴方の場合直接聞いても正直に言わないでしょ、それどころか暴れたし」
「そのまぁその……」
「ま、アドバイスじゃないけどもしそこまで迷ってるなら森近さんに直接聞いてみたら良いんじゃない?」
「直接聞けたら苦労はしないっての」
「聞くかどうかは貴方次第よ」
「アドバイスとも言えないな」
 口を尖らせながらごねる魔理沙を無視してアリスは時計を見やると時計の針は4時を過ぎてしまっていた。
「私が言える事はそれぐらいよ。それじゃそろそろ休息も終わりにして、次は買い物にでも行ってもらおうかしら」
「もうすぐ夕方だってのに買い物させるのか、人使いが荒いぜ。それで、何処行けばいいんだ?」
「香霖堂よ」
「は?」
 行き先を聞いた瞬間魔理沙は時間を止められたのではないかと思う位に表情と動きが止まるがアリスはそれを気にせずにソファーから立ち上がり、窓際にある机の引き出しから紙とペンを取り出すと紙に流れるような手付きで紙に文字を書き記していく。
 そして書き終えた紙を固まっている魔理沙の目の前に突き出すがそれでも魔理沙は一向に反応を示さない。
「これが買ってくる品物よ。森近さんに見せれば分かると思うから」
「って、何勝手に話し進めてるんだよ!」
 アリスの言葉に反応してようやく動き出した魔理沙は険しい顔をして食い掛かる。
「この流れで香霖の所に向かわせるか!? 私はパスだ!」
「別に貴方が森近さんに何か聞く訳でもないでしょう、目的の品物貰ってすぐ帰ってくれば良い話よ。それに八卦炉も預けたままなんでしょ、あれが無いと貴方には色々不便なんだから早く戻ってきた方が良いんじゃない? それともちゃんとお使い出来る自信が無いとか?」
「うぐぐ……」
 魔理沙は苦い顔をしながらアリスを睨みつけるが当の本人は何とも無いと言いたそうな余裕の表情を浮かべている。
 イヤなら自分で行くとアリスは言ったがその目は「アンタが行け」と語り掛けているのを魔理沙は感じ取っていた。
 お互いの声を出さない睨み合いが続き、部屋には薪木が燃える音と時計が時間を刻む音だけが鳴り響く。
「――分かったよ私が行くよ、これ位のお使いなんてどうって事無いからな!」
「それで宜しい」
 睨み合いの果てに折れたのは魔理沙だった。
 アリスが差し出されていたメモを分捕る様に受け取るとズカズカとし玄関口へと向かっていき扉を開く。
「森近さんから良い知らせが来ると良いわね」
「五月蝿い! 香霖は関係無い!」
 背後からからかう様なアリスの言葉に振り向きながら吠え立てた後、大音が立つ位扉を思い切って閉めて出て行った。
 魔理沙が居なくなり静かになった居間の中でアリスは先程までのからかう様なものではなく自然な微笑を見せる。
「ま、結果は殆ど見えてるんだけどね」
 やれやれと三度目の小さな溜息を吐いた後すっかり温くなってしまった紅茶を飲み干してカップと皿の片付けに入った。

     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 西の空には橙色を帯び始めた太陽を隠す雲は存在せず、眩い光で森の木々や空を茜色に照らし染め上げている。
 その橙色の世界を魔理沙は愛用の箒に跨って緩やかな速度で飛んでいく。
 普段の彼女を知る者ならそれこそ一陣の黒い風となって駆け回る事なんて日常茶飯事だと言うのに今の飛び方を見れば疑問を抱くだろう。
 顔にもいつもの元気さは窺えず、ぱっとしない表情が張り付いている。
 半分勢いに任せて飛び出したまでは良かったもののやはり先日の事もある為に霖之助と顔を合わせる事に不安と恐怖を感じてしまっているからなのだが、それを知る人間も妖怪も殆どいない。
 幸い只でさえ人が少ない魔法の森の上空だった為その姿を見る者が居ない事に魔理沙は気休め程度だが安心感を覚える。
「アリスの奴、絶対私と香霖の関係を見て楽しんでるな。あんなんだから陰湿魔法使いなんだよ、根暗、人形だけが友達さ、五寸釘、神社の裏でごっすんごっすんすんな」
 晴れない気分を紛らわそうと試しにアリスの悪口を吐いてみるが全く紛れる事も無く逆に八つ当たりする自分が悲しくなってきたので止めた。
「兎に角、香霖の前までこんな情けない面してる訳にはいか、ん?」
 ふと下を見ると森の僅かに開けた通路に動く影が目に入る、見た事の無い物体が乗せられた荷車を引く一人の男の姿だ。
 魔理沙はその男をイヤと言う程良く知っていた為遠くから見ても即座に認識する事が出来た。
 目的地である香霖堂の店主、森近霖之助その人だ。
 どうやら無縁塚に拾い物をしてきて持ち帰っている最中らしい。
 予想以上に早く霖之助に会った事に魔理沙は緊張し顔が強張らせてしまう。
 だが先程の自分の言葉を思い出し、強張る顔をなんとか解し余裕そうな表情を作り出す。
「よし」
 準備が出来た魔理沙は高度を下げて霖之助の歩を進める先まで移動、進路を阻む形で降り立つ。
「なんだ魔理沙か」
 突然現れた魔理沙にも驚かない霖之助の反応に予測通り思いながらもいつもの口調、いつもの言葉で話しかける。
「よう香霖、また例のガラクタ集めか」
 皮肉な笑顔を浮かべながら指差された方向に霖之助は顔を向ける。
 そこには荷車に横たわる白くて高さ140Cm程の長方形の形をした箱があった。
 箱には開ける事が出来るでだろう取っ手付きの扉が縦に二つ並んでいるがそれ以外は飾るようなものは何も無く、無機質極まりない物だ。
「ガラクタとは失礼な。これは『冷蔵庫』と言ってね、外の世界ではこれに食材を入れて保存している優れものなんだぞ」
「動かし方を知らないならガラクタと変わりない。そんなのばかり扱ってるから店に誰も来ないで閑古鳥が鳴くんだ」
「皆は外の道具にあまり興味を示さないからこうなってるだけさ。興味を示せば外の世界の高度な技術の恩恵を受けれると言うのにね」
「使い方が分かった品は非売品にしてる癖に。そう言うならあのストーブっての売ってくれよ、勿論ツケでな」
「五月蝿いよ、それにストーブは非売品だから売らないぞ」
「なら今年は閑古鳥決定だな」
 今年もかと付け加えて嗤う魔理沙に人差し指でずれた眼鏡を上げつつ霖之助は本題を切り出す。
「それでなんの用だい? まさか出張で冷やかしと言う訳でもあるまい」
「おお、冷やかす事に気を取られて肝心な事を忘れる所だった。この間預けておいた八卦炉もそろそろ修理が終わった頃だろうと思ってな、出向いてる所だったんだ。それと――」
 魔理沙は右手の握り拳で左手の掌を軽く叩き自分の用件を述べた後、トレードマークである帽子を脱いでその中から一枚の紙を取り出して霖之助に差し出した。
 紙を受け取った霖之助はそこに書かれている文章をまじまじと見つめる。
「アリスからの注文だ、香霖に見せれば分かるとさ」
「なるほど、以前頼まれた裁縫道具一式か。あるにはあるけど僕は見ての通りコイツを運んでいるからもう少し待ってもらう事になるよ」
「あー? 香霖だけがそれ引いてたら夜になっちまうな、そんなガラクタ置いて早く香霖堂に行こうぜ」
「だからガラクタじゃないって言ってるじゃないか、これも商売道具なんだから置いていく事は出来ないよ。我慢出来ないなら明日にでもまた出向いてくれ」
「それは出来ないな、今日持っていかないとアリスに何て言われるか……」
 眉をハの字に曲げて魔理沙はブーイングを鳴らすが一向に意見を変えようとしない。
 ブーイングは鳴らしたが後ろの道具を置いていく事は無いと魔理沙は事前に予測していた。
 自分の考えは滅多な事では曲げようとしないこれで結構な堅物である事も十分理解している、その上でのブーイングだった。
 だから魔理沙はこの先のやるべき行動も予定していた。
「なら仕方ないな」
 そう一言呟くとゆっくりと霖之助へと近いてそのまま横を通り過ぎ、何をするのかと少し困惑した顔を霖之助を余所に荷車の後ろに付くと箒を荷台に乗せてから中腰になって両手で荷車を掴み押す姿勢に入る。
「何をしてるんだい?」
「見て分からないか、一緒に押してやるんだよ」
「珍しい事もあったものだ、魔理沙が進んで人の手助けするなんてね」
「何言ってんだ、私はいつでもお助けする善良な人間だぜ。それはいいからさっさと引け、日が暮れちまうぞ」
「それもそうだな、日が暮れると僕も困る」
 いけしゃあしゃあとした返事に苦笑しつつも霖之助は再び荷車を引き始める、魔理沙も動き始めた荷車に合わせて力を込めて押す。

 頭上に木々の間から射す日の光は先程よりも弱々しくなり、空の色は益々濃い橙色へと変化していた。
 夕日ともなると普段から光が届かない森の中は最早夜と言っても過言ではなく、脇道は1m先を見ることも出来ない闇に覆われている。
 今歩いている道は魔法の森で唯一の辛うじて通路と呼べる場所で、森の外まで続いている。
 森の外からは目立たない上に森の中に入ろうとする人も少ない為その存在は表に出ていないこの森に住む者だけが知っている秘密の通路だ。
 その通路は上から降り注ぐ日の光に微かに照らされ目的地までの道程を示し、二人は無言でその光の道を歩く。
 外は風が吹いていないのだろう、木々の葉が擦れる音も聞こえない。
 荷車の車輪が地面のデコボコに合わせて揺れてガタガタと音が立てる、
 大人の男性特有の重い足音をザックザックと立てながら霖之助が大地を踏み締め、
 霖之助より小さい魔理沙が少女特有の軽い足音をサックサックと立てる。
 二人の空間の音はこの三つだけが存在した。
 魔理沙は霖之助に話しかけようとしない。
 霖之助も魔理沙に語りかけようとしない。
 お互いが喋る気が無いのだろうか、只々荷車を前へ前へと運び続ける。

 ガタガタ……

 ザックザック……

 サックサック……

 押し始めてどれ位経っただろうかと魔理沙は考える。
 20分?
 それとも30分?
 霖之助と出合った場所から森の外にある香霖堂まではそれ程距離は開いていない、後ろからも押しているのだからそれ程力の無い魔理沙でも霖之助が一人で引いていた時よりも早くなっている筈、
 押している時間だってそんなに長いはずが無い、良くて5分程度だろうか、
 だと言うのに何故かこの時間が酷く長く感じてしまう。
 実はこの森に住み着いている悪戯妖精に惑わされて同じ道をグルグル回っているのではないかとさえ思えてくる。
 そんな不安を抱えつつも無言で荷車を押し続ける。

 ガタガタ……

 ザックザック……

 サックサック……

 やはり1秒が何倍にも長く感じてしまう。
 これはきっと何も考えずに一定作業してるから長く感じてしまうんだ、そう結論に達した魔理沙は適当な事を考えようとした所で目の前の霖之助の背中が目に映る。
 知っている限り小さかった頃から変わらない大きな背中。
 幼い時から見続けてきたが声から態度まで何一つ変わっていない。
 魔理沙を見る態度までも長い事変わっていない。
 きっと長く生きてきているだろう霖之助にとって高々10年や20年なんてこの先に比べたら数十日程度に考えられるのだろう、
 その様に考えれば考える程魔理沙の気は沈んでいってしまう、
 自分が長年やってきた事は無駄な事だったのか、と。
 そこまで来てふとある事を思い出す。
 今朝見た夢と休息中に聞いたアリスのアドバイスだ。
 確かに今の魔理沙は自分がどうすれば良いのか分からないでいる、なら問題になっている本人に聞けば何か活路が開けるかもしれない。
 幸いにも周囲には誰も居なく他の誰にも聞かれる心配は無いだろう。
 聞くか、聞かないか。
 二つの選択の前に魔理沙は一つ息を呑み、そして決断した。
 出来る限り緊張の色が表に出ない様に、普段通りの霧雨魔理沙を装いながら背を向けている霖之助に話し掛ける。
「なぁ香霖」
「どうしたんだい魔理沙」
「私この前捨食の魔法、まぁ分かりやすく言うと成長を止めて長生きになる魔法の使い方が分かったんだ」
「なるほど、それでその捨食の魔法とやらをどうするんだ」
「そりゃぁ使うっきゃないだろぉ。長生きになれば図書館からもっと沢山本を借りれるしアリスもコテンパンさ、年取って弱くなった霊夢もいびり倒せるし、まさに幸せ一杯夢一杯だろ?」
「――そうか」
 少し間が空いたがいつもの素っ気なく興味を示さない返事の歯痒さと悲しみに魔理沙は顔を歪めてしまうが慌てて表情を戻す。
 まだ決まった訳ではない、と諦めずに続けて霖之助に語り掛ける。
「もし私がその魔法を使ったら香霖はどう思う?」
「そうだね」
 あの夢がもし本当ならこの問いに喜ばしい答えが返ってくる筈と魔理沙は期待と緊張に胸が高鳴らせ、掌にジワリと汗が滲み出す。
 霖之助は短い一言を発してから考えるように下を向いて黙りこくり先程よりも長い間を取ってしまい、その無言の時間がより魔理沙の胸の鼓動を早くする。
 やがて霖之助は顔を上げて答えが告げられる。
「迷惑だ」
 瞬間、魔理沙の血の気が引いた。
 胸が一際高く跳ねたかと思いきや頭の天辺から首元、首元から背筋へと悪寒が走り頭の中が白く塗り潰されていく。
「この先ずっと冷やかしされても困るし、ツケだってこれ以上溜められたら敵わない」
 背後を振り向かず次々と投げ掛けられる言葉に魔理沙が貼り付けていた平常な顔も次第に崩れ再び悲しみを湛えた表情を覗かせ、その顔も俯いてしまい帽子の鍔で見えなくなってしまう。
 やっぱり夢は所詮夢だったか、白かった頭の中は崩れゆく表情と共に絶望の色へ染められていく。
 それでも霖之助の前では普段通りでいようと俯いて隠れた顔から僅かに見える口元を強引に吊り上げ、震えそうな肩を必死に押さえつける。
 その様子は誰から見ても明らかに無茶をしているのが分かる程のものだったがお互いに顔を合わせていなかったのが幸し気付かれる事は無かった。
「そっか、迷惑か」
「そうだよ、それに……」
「それに、何だよ」
「――それだと、これからも乙女に成長する君の姿を見る事が出来ないじゃないか」
「え?」
 思いも寄らなかった言葉に魔理沙が顔を上げた瞬間、二人は細長い線だった光の通路を抜け出す。
 するとそこには橙色を通り越して茜色になった草原が視界一杯に広がっていた。
 茜色に染まった草原の遥か向こうには博麗神社が存在する山が赤く燃える夕日を背負いながら逆光を受けて輪郭に沿って輝き、何処か神々しさを漂わせながら聳え立っている。
 ここまで来てようやく霖之助は足を止め、荷車の取っ手から手を離してふぅと一息つく。
 二人の横には荷車に乗せられた冷蔵庫の様な無機質な物体で周囲を囲んだお世辞でも大きいとは言えない建物が森と草原を仕切るかの様に佇んでいる。
 つまり霖之助の目的地にして我が家、香霖堂に到着したのだ。
「予定より少し早く着けたね、助かったよ魔理沙。後は自分でやるから先に君の品物を受け渡すとするよ」
 そう言うと霖之助は荷車から離れ、香霖堂の入り口の扉を開けて中へ入っていってしまうが魔理沙は耳に入っていないのか口をぽかんと開けて目を丸くして押す姿勢のまま固まっている。
 指一つピクリとも動かさないその硬直振りは等身大の人形が置いてあるのではないかと思わせる程だ。
「……ちょ、それって、え?」
 硬直していた魔理沙は5秒程経過してから搾り出す様な微かな声を上げて動き始め、左手を頭を抱える様に置き、
 森を出る瞬間に言われた台詞を思い返し慌ててその意味を探り始めた。
 そして考えれば考える程に混乱して頭に熱が上り、頬も見る見るうちに赤く上気していく。
「ちょ、ちょっと待て香霖!」
 先程の落ち込み様なんて微塵にも思わせない程の大声を出しながら魔理沙は香霖堂へ駆け込む。
 長く走り続けた訳でもないのに肩で息をしながら見回す、適当に商品を並べた様に見える入り口の横にある棚を漁る霖之助の仏頂面をした横顔が見えた。
 霖之助は勢い良く入ってきた魔理沙に脇目もくれず商品の置かれた棚を漁っては目的の道具を掴み出して紙袋に詰めていく。
「なんだいそんなに慌てて」
「さ、さっき言った言葉! あれはどういう意味だ!?」
「どうって、冷蔵庫の事は後で僕がやるから先に君が目的の品物を」
「違うもっと前だ! ほらアレだよ森に出る時にわ、私の事をおお、おと――」
「あぁ、あの事か……はいこれがアリスの要望の品だ。お代は昨日先払いしてもらってるから払わなくて良いよ」
 声が上擦り何度も噛みながらだったが何を言いたいか合点がいった様子で霖之助は相槌を打ちながら手に持った紙袋に封をして差し出すと魔理沙はそれを反射的に両手で受け取る。
「別に他意は無い、聞いた通りの意味さ」
 然もありなんと言った顔で告げた後霖之助は踵を返し、次はいつも店番をしている時に使っている机の裏に回り込んで屈み込んで引き出しを弄っている。
 当の魔理沙は意味を聞いてそれでも上手く飲み込めていないらしく目を白黒させて机を弄る霖之助を見つめていると机の上に見慣れない物が目に入った。
 片手で掴める位の大きさをした細長いとっくり状の一輪挿しに何かが挿されていた。
 昨日までは置いてなかった物に気を引かれた魔理沙はその何かを凝視し、
 その正体を理解した刹那、更に驚愕の顔を浮かび上がらせる。
 一輪挿しに挿されていた物の正体は一輪の黒百合だったからだ。
 何故ここに黒百合があるのだろうかそれを突き止めなければいけない、
 咄嗟に思った魔理沙は紙袋を投げ出しながら机に近づき、両手を使って乗り出して霖之助と対峙する形になる。
「香霖! この花瓶の花、一体何処から持ってきた!?」
「その黒百合かい? 昨日の晩に夜雀の屋台で見つけたんだよ」
「と言う事はも、もしかして、あの夜香霖は私と会って話してたって事なのか?」
「まあね。色々聞かせてもらったよ、君の恋への意気込みとかをね」
「っ!!」
 夢だと思っていた事が夢ではなく事実だった事に魔理沙は息を呑む。
「いやはや聞かされた時には驚いたよ、いつの間にか魔理沙もそこまで考える様になってたなんてね」
「そ、そりゃあ一体どういう意味だよ」
「どういう意味かって?」
 屈んでいた霖之助はすっくと立ち上がる、右の手には修理が完了したミニ八卦炉が乗せられていて、
 顔には優しい微笑を湛えていた。
「成長したな、魔理沙」
「あ……」
 今まで掛けてもらった事が無い位の優しい微笑みと言葉に魔理沙はまるで憑き物が落ちて肩が軽くなった様に感じる。
 それと同時に帽子を鷲掴みにして深く被り直して肩を小刻みに振るわせ始めた。
 突然の魔理沙の変貌に霖之助はきょとんとしてしまう。
 どうしたのだろうかと思い左腕を伸ばそうとした所で帽子の奥から微かに含み笑いが聞こえてきたのでピタリと左腕の動きが止まる。
「ははは、なんだよそうだったのか。なんだよ私は馬鹿じゃないか……?」
 別に魔理沙は気に触れた訳では無い。
 気付けなかっただけで霖之助はちゃんと見てくれていたと言う嬉しさ、
 なのにそれが見えていなくて今日をこの時間まで悩み抜いた自分自身の情けなさ、
 その二つが入り混じった感情が雪崩れ込み、それがなんだかそれ可笑しくて我慢出来なくなってしまったのだ。
 無論そんな内心を知る由も無い霖之助は次第にきょとんとした顔から訝しげなものへと移り変わっていく。
「大丈夫か? 幻覚作用のある茸でも食べたのか?」
「イヤ、ははは、何でも無いんだ気にするな」
 深く被っていた帽子を上げると不敵な笑顔をした魔理沙の顔が現れ、最早そこには悲しみと言ったマイナスの感情は一切存在していない。
 そして不敵な笑顔をそのままに霖之助に話しかける、今ならあの時の願いが叶うと信じながら。
「なぁ香霖」
「……なんだい魔理沙」
 魔理沙の本気の目に気付き、霖之助も訝しんでいた顔を止めて真剣なものになる。
「私ってさ、今じゃ料理はそんじょそこいらの奴なんかよりずっと美味いよな?」
「――ああ、アレを食べたら霊夢もその美味さにきっと悔しがるよ。僕が保障する」
「掃除だってどこぞのメイド長程じゃないが立派なものだろ?」
「そうだね、メイド長がこれを見たら魔理沙をスカウトしたくなるだろうね」
「一人で森の中で暮らしてるし、魔法も出来る私って凄いよな?」
「その歳でそこまで出来る人間は早々居ない、魔理沙はきっと良いお嫁になるよ」
 それはまるで全く同じ問いに全く同じ答え。
 それはまるで昨日この場で起きた出来事の再現。
 もしこのまま再現を続けたなら同じ結果に終わるだろう、だが魔理沙はそうは思わない。
 何故ならこれからまた別の質問をするから、昨日の再現では無い事を立証するから。
「私は、乙女になったよな?」
「――ああ、成長しているよ」
 数分前に聞いたから当然と予測通りの答えに魔理沙は満足そうにニヤリと八重歯を覗かせる。
「そうだろそうだろ。そこでだ、そんな素晴らしくて素敵な乙女の私から香霖にプレゼントがあるんだ」
 魔理沙は自信満々に言い終えると机に置いてあった一輪挿しから黒百合を抜き取って霖之助の眼前に突き出す。
「私からのプレゼント、受け取ってくれないか?」
 窓から射し込む夕日の茜色の光が二人を照らし、開いたままの扉からはそよ風一つ入ってこない。
 魔理沙が黒百合を突き出し、霖之助はそれを見つめる。
 延々に続くのではないかと思う程の沈黙、そして沈黙を破ったのは霖之助の深いため息だった。

「受け取るも何も、それは僕の物だから君から受け取るんじゃなくて君が返すんだよ」

 壮大に魔理沙はズッコケた。
 片足を水平に上げて両腕を前に伸ばし、体を支える物が無くなりそのままの姿勢で頭から机に落ちて硬いもの同士がぶつかり合って鈍い音を立てる。
「い痛痛痛、ここまでやっといてそんな答え……じゃなかった、イヤこれは私が摘んできた花でなぁ! それを香霖が夜雀の屋台で拾ってきたんだろ!?」
「確かに僕はその黒百合を屋台で拾ったよ。でもそれが君の物だったって証拠でもあるのかい? 証拠があるならそれを提示してみろ、そうしたら君の物だったと認めてあげるよ」
「いやそれはぁ……」
 本日三度目となる額を摩る動作をしながら突っ込みもとい黒百合が自分の物だと弁解するが霖之助の普段は感じない威圧的で容赦無い攻め立てに気圧されてしまう。
 だがこのまま引けないと意地を張った魔理沙はたじろぎながらも強気の顔をして反論する。
「こ、香霖は私の事を乙女だって認めたじゃないか! 乙女からのプレゼントは断っちゃいけないんだぞ!? だから受け取れ!」
「乙女に成長しているとは言ったけど成長はしている事を言っただけで完全に乙女になったとは言ってないぞ、だから受け取らなくても良いんだよ」
 強引に捻じ伏せようと魔理沙は理屈を大声で飛ばすが霖之助も冷静な態度をしながら理屈で反論してくる。
 受け取らないの一点張りに魔理沙は先程とはまた別の感情で肩が震え出すがやがて諦めたらしく疲れた様にため息を吐いて静まった。
 霖之助が一度理屈を語り始めると滅多に意見を曲げようとはしない為これ以上は無駄だと知っているからだ。
「あーもう分かったよ、そこまで言うならこれは香霖の物だ」
「最初から僕のだと言ってるじゃないか」
 魔理沙はげんなりとしながら摘んでいた黒百合を元の一輪挿しへと戻し、霖之助は呆れた顔をしながら腕を組む。
「まったく香霖はどうかしてるぜ、これだけセクシーでキュートな私からのプレゼントを受け取らないなんてな。ほら八卦炉返せ」
「セクシーなんて言葉はもっと大人になってから使うんだね」
「ちぇー、香霖は熟女専用かよ。スキマとか幽香辺りがストライクゾーンか?」
「様々な誤解を招きそうな発言をするんじゃない。ほらもう壊すんじゃないぞ」
 口を尖らせて文句を言いながら寄越せと手を突き出し催促する魔理沙に突っ込みを入れながら霖之助は八卦炉をその手に軽く乗せて明け渡す。
 受け取った八卦炉を魔理沙は服の中にしまい込んだ後、何を思ったか尖らせていた口を綻ばせて満足そうな笑みを作り出す。
「まいっか、成果もあったし今回は見逃してやる」
「何を見逃されたのか理解出来ないよ」
「分からないならそれでもいいさ。だが人間はあっと言う間に育つからな、近いうちに鈍感な香霖から寄り添う程の乙女になってやるさ」
 そう言い捨てると霖之助に背を向けて投げ捨ててしまった紙袋を拾い上げた魔理沙は帽子を脱いでその中に放り入れてから玄関口へと歩いていく。
「帰るのかい」
「あぁ、あんまりアリスを待たせると何を言われるか分からないからな」
 玄関口の丁度真ん中、店内と店外の境界で魔理沙は立ち止まり再び霖之助の方へ振り返る。
「またな香霖」
 振り返った魔理沙の顔には目を軽く細めて自然な微笑を湛え、夕日のバックライトが照らし出す。
 その時玄関口から一陣のそよ風が吹き込み魔理沙は髪を軽くなびかせ、
 風の様にサラサラとなびく髪は夕日に照らされ金色の輝きを発し、その存在を主張する。
 輝く髪と微笑みに霖之助は見惚れてしまい目を少し見開く。
 綺麗だ、
 そんな一言の感想だけしか思い浮かばず息を呑む。
「綺れ――」
「また冷やかしに来てやるからな、じゃな」
 つい声に出てしまいそうなった所で魔理沙がそれを遮るかの様にいつもの人懐っこくニカリと歯を覗かせた笑顔をしながら別れの挨拶を告げると帽子を被り、玄関を飛び出す。
 そしてそのまま荷車の荷台に置いてあった箒を掴み取って跨り、天狗も顔負けな速度で飛び去っていった。

 魔理沙が飛び去って気配を感じなくなったのを確認した後霖之助はほっと胸を撫で下ろし、開きっぱなしだった扉を閉めてから最近手に入れた肘掛が付いていて革張りのされた少しだけリッチさがあるオフィスチェアに腰掛ける。
「やれやれ、なんとか退いてくれたか。まったく突然昔の時の様に攻め立ててくるんだからなぁ……でもこれで暫くはこんな事にはならないだろう」
 冷静な態度を表に出して対処していた霖之助だが内心では焦りの色で一杯だった。
 昨晩の件以降魔理沙の見方を少しは変えようとは考えてはいるがまだ気持ちはどっち付かずの保留状態にあり、今すぐ決めろと言われても無理があったからだ。
「それにしても考えるようにはなったみたいだけど中身は変わってないなぁ、昔も似たような台詞吐いてたし、やっぱりまだまだ子供かな」
 霖之助は目を閉じて昔の記憶を思い出す。
 目蓋の裏には自分の膝程の身長で向日葵の様な笑顔を振り撒いて走り回る幼い魔理沙を映し出し、泣いた顔や怒った顔等が次々と流れていく。
 やがて昨晩の屋台での出来事と帰り道で背負っていた魔理沙の重みを思い出し、
 最後に先程の輝く髪をなびかせながら微笑む姿が映し出され、胸が一瞬跳ね上がるのを感じて霖之助は目蓋を開く。
「……まさかね」
 少しだけ熱を帯びるのを感じる頬を人差し指で掻いた後、紛らわそうとするかの様に机から本を取り出してしおりの挟んである読み掛けのページを開き読書を始めるのだった。

     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 夕日も殆ど沈み、空は茜と紺の鮮やかなグラデーションを作り出し、
 幾つかの星々が散りばめられている中を魔理沙は流星の様に駆け抜ける。
 眼下に広がる魔法の森は既に真っ暗な闇で覆われていてまるで黒い海が横たわっている様に錯覚してしまう。
 魔理沙はそんな黒い海の中にぽつんと小さい光を見つけるとその光目指して降下して着地すると光の正体はアリス邸の窓から零れる照明の明かりだった。
 箒から降りると他人の家だと言うのにノックもせずに玄関の扉を開けて堂々と中へと入っていく。
「おうアリス、今帰ったぞー」
 居間まで押し入るとアリスはソファーに座っていた。
 人形作りをしていたのだろうテーブルの上には裁縫セットと作り掛けの人形が置かれている。
「ノックもせずに入ってこないでよ、アンタの家じゃないんだから」
「今はお前の家政婦なんだろ? だから問題は無い。ほれ頼まれた品だ」
 眉を吊り上げて講義するアリスをからかう様な笑顔で軽くあしらった後帽子から紙袋を取り出してアリスに渡す。
 帽子から道具を出す所を見る度にあの帽子の中は一体どうなっているのだろうとアリスは思う、が別に今追究する程でも無いと思い何も言わずに紙袋を開き中身を確認する。
「うん、確かに揃ってるわね」
「そりゃ当然さ。早くて確実、それが魔理沙様の宅急便だからな。今日は無償にしてやるから感謝しろよ」
「なんだか随分嬉しそうじゃない、向こうで何かあったのかしら?」
「いいや何にも無かったぜ。私は普通だ」
 ころころと笑っていて出かける前とは全く違う魔理沙の様子にもアリスは大して気にも留めず話を続ける。
「ま、別に良いけどね。ところで貴方は決めたの? 捨食を使うかどうか」
「あー? 何言ってるんだ、私はそんなの使わないさ。そんな事しなくても私は十分強いし、アリスと同種になるなんて真っ平御免だ」
 貶してるとも受け取れる答えにもアリスは気にしないと言った様子で口元を歪ませてやれやれと言いたそうに手を肩まで上げて首を横に振る。
「それは良かったわ、私もアンタと同種になるなんて死んでもイヤだもの。アンタは人間の魔法使いで十分ね」
「おう人間様の魔法使いを舐めるなよ、やろうと思えば鈍い奴だって魔法を使わず振り向かせることが出来るんだ」
「それは凄いわね、それじゃあ人間様の魔法使いに今度は晩御飯でも作ってもらおうかしら? それが終わったら帰っても良いわよ」
「いいぜ、霊夢も悔しがるってお墨付きを貰った腕前を見せてやるぜ」
「野良魔法使い如きに都会派魔法使いである私の舌を唸らせる事が出来るかしら?」
「あぁ出来るさ、温室魔法使いが美味過ぎて泣いちゃう位のをな」
 挑発する言葉とは裏腹に楽しそうに笑うアリスに挑発の言葉で返し、
 魔理沙は帽子の鍔を摘んで持ち上げて楽しそうにニヤリと笑って口を開く。


「恋する人間の魔法使いは無敵なんだぜ」


     ○ ○ ○


ア「まったくもって不覚だったわ。まさか私が魔理沙の料理を美味しいと思ってしまうなんて……」
紫「あれで中々料理が上手いのよねぇ、お疲れ」
藍「お疲れ様」
ア「ちょっと、いきなり背後から現れないでよ」
紫「まぁ細かい事は気にしないの。今回貴方に協力要請して正解だったわ、思った以上に事が進んでくれてよ」
ア「魔道書置いて出ていった後に見計らって私を送らせるなんて遠まわしな事するわね」
紫「ドラマティックさを演出する為の秘訣よ」
藍「しかし紫様、
  もし魔理沙が強引に追い払ってしまってそのまま捨食を使っていたらどうするつもりなのでしたか?」
紫「そしたらプランBに針路変更よ。その後もC、Dと用意してあるんだから心配要らないわ」
藍「なるほど、流石は紫様です」
ア「ま、そんな心配しなくても魔理沙は使わなかったと思うけど」
紫「あらどうしてそんな事言えるの?」
ア「魔理沙はあれで結構人間である事に執着してるもの。不老不死にもならないみたいな事言ってたし、
  それに昨晩の二人の様子を見れば後は二人で話し合わせれば勝手に解決すると予測出来たわよ」
藍「魔理沙の事を理解している上で二人の状態を見抜いたから大したアドバイス等も言わなかったのだな」
ア「伊達に昔っから知り合ってないわよ」
紫「それにしても意外だったわ、貴方が魔理沙の手助けを簡単に請け負うなんて」
ア「私も二人の関係見ててじれったいと思ってたからね、丁度良かったのよ」
藍「友の為に動けるという事は素晴らしい事だ」
ア「友なんて程でも無いわよ。ところで紫、例の物はちゃんとあるんでしょうね?」
紫「勿論よ協力してくれた貴方への報酬ね。
  はい『魔理沙が恥ずかしい台詞を連発する場面を録音したテープレコーダー』よ。
  聞いてるこっちは砂糖を吐きたくなる位の恥ずかしいトークだったわー」
ア「それは楽しみだわ。これで魔理沙を当分からかう事が出来そうね、フフフフ」
藍「(実はそれが目的で協力したのではなかろうか……)」


     ○ ○ ○


その後テープレコーダーの存在を知った魔理沙は強奪、証拠隠滅の為にアリスと壮絶な弾幕バトルを繰り広げた…
とかはまた別のお話。

どうも、砂糖をコップ一杯の更待酉です。
今回は前回投稿した『恋の呪い』のアフターストーリーとして魔理沙をメインに描かせて頂きました。

霖之助は前回の出来事で少しは変わった……のか?
あの調子だとまだまだ魔理沙の受難は続きそうです。

それとアリスと魔理沙は良く衝突し合うデコボココンビだけど一番の理解者でもあるんですよ、きっと。


3月26日:誤字修正、文章一部変更。詫びとして香霖と魔理沙激励してくる
6月15日:時期外れの返信
更待酉
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コメント



0.2820簡易評価
1.80名前が無い程度の能力削除
素晴らしい。これこそ魔理沙。
2.100名前が無い程度の能力削除
うおぉぉぉおおぉぉッッッ!!!!!!!
じれってェェェェェッッ!!!!!!

やはりこの二人の微妙な関係は最高です。
11.100名前が無い程度の能力削除
いやぁ、やっぱこれいいわぁ
このこそばゆさは最高ww
14.100時空や空間を翔る程度の能力削除
乙女の魔理沙も良いですね。
恋する乙女は「絶対無敵」ですね。
19.無評価更待酉削除
ぼちぼち下から返信を

>名前が無い程度の能力(00:29:39)さん
えぇ、やっぱり魔理沙はこうでないとって感じです。

>名前が無い程度の能力(00:53:36)さん
少しは進展があったかもしれないけどそれでもじれったい二人で御座います。
でも今の二人にはこれ位の付かず離れずな関係が丁度良いのかもしれません。

>名前が無い程度の能力(00:21:07)さん
ありがとうございます。
どっちもどっちなこそばゆさ、そんな雰囲気が感じられたのなら幸いです。

>時空や空間を翔る程度の能力 さん
乙女チックな魔理沙は良いものです。
恋する乙女である霧雨魔理沙は絶対無敵、可能性は無限大
24.90名前が無い程度の能力削除
ふむ。前作から続けて見させていただきました。あまーい
こーりんがいまいち煮え切らない部分がありましたが、あれはあれで良かったと思います。いきなり態度急変されても困るしwまぁ、好みで賛否両論あるでしょうが。
とりあえず魔理沙が早まらずにすんでよかった。あそこで人間止めてたら決定的に二人は終わってたんじゃないかと思う。そんなイメージを持ってます。
あと、個人的には箒で飛んでいったところで終わってもスッキリしたんじゃないかなと思います。

この作品読んでてて思った事
こーりんってアリスを超えるツンデレだったんだな。

で、ゆかりんの寝取りイベンt(隙間
25.無評価更待酉削除
見ている人がいるかも分からない返信タイム

>名前が無い程度の能力(06-12 04:44:12) さん
引き続き感想を頂きありがとうございます。
下でも言った通り、少し変わったかなぁ程度の変化ですがそれが狙いです。突然ラブラブになるのもアレですしね…
魔理沙は色々迷ったりしましたけどやっぱり「普通だぜ」とか言いながら人間の魔法使いとして生きていくんだと思います。
最後の部分に関してはその後どうなったかを書きたかったものですから…何か「結」になるものが欲しかったんですよ。

紫様の寝取りは…無いと言い切れないから恐ろしい…
27.90名前が無い程度の能力削除
ああ、やっぱりこの魔理沙可愛いよ、可愛すぎる
今が無敵だったら、数年たったら無敵を通り越してすごいことになってそうだな
34.無評価名前が無い程度の能力削除
前作から続けてきました
そっか、コレがSATUIというやつですね。

えっと、チェーンソーはどこだっけ?
36.90名前が無い程度の能力削除
やっぱり初恋物ってのはいいなあ
心が癒される
42.無評価更待酉削除
>ああ、やっぱりこの魔理沙可愛いよ、可愛すぎる
>今が無敵だったら、数年たったら無敵を通り越してすごいことになってそうだな
数年たったら別の意味ですこいことになってしまいましたが、まぁその……

>そっか、コレがSATUIというやつですね。
>えっと、チェーンソーはどこだっけ?
チェーンソーは玩具ではありません、振り回してはいけませんよ!

>やっぱり初恋物ってのはいいなあ
>心が癒される
初恋に勝る初々しさはありませんね。
45.90名前が無い程度の能力削除
魔理沙の恥ずかしいテープレコーダー俺もほしいなぁ・・・
>~そこはミスティ・ローレライの屋台である事
ミスティアの「ア」が抜けてましたよ~
49.100名前が無い程度の能力削除
何このレベル高いSSw

最高過ぎる!
56.100名前が無い程度の能力削除
ニヤニヤw