12月25日、クリスマスと呼ばれる日。人間界でこの日を祝うように、魔界でもいつからかその日を祝うようになっていた。
魔界と言えば悪魔なども住んでいる世界であり、この日を祝うと言うのも相当におかしな話ではあるのだが、
そんな些細な事など気にしない寛大さ──単に無頓着なだけかも知れないが──を持っている魔界神にとって、
大きな問題ではなかった。皆が楽しめる日になるのなら、それで良いと考えているのだろう。
「ジングルベ~ルジングルベ~ル、鈴が~鳴る~♪」
伏魔殿の一室から、楽しそうな歌声が聞こえてくる。
それだけでも十分に楽しんでいると思える歌声の主は、魔界の神である神綺本人だ。
皆の為と言いつつも、祝う事を決めた本人が一番楽しんでいるのは間違いない。
「神綺様、準備なら私がしますから…残っている仕事の方を…」
魔界神としての勤めを放り出して準備に参加している神綺に、夢子が困った様子でそう言った。
本来ならこのような祝いの準備などはメイドである夢子達がするべき事だが、
神綺自身がそれを由とはしなかったのである。
「何言ってるの、夢子ちゃん。仕事はいつでも出来るけど、クリスマスは年に一度しかないのよ?
アリスちゃんも帰ってくるって言ってたし、私が準備しないでどうするの」
これも大事な仕事だとでも言わんばかりに、神綺がはっきりと言い放った。
困り果てる夢子だったが、言っても聞かないというのは十分分かっており、半ば諦める形で頷いた。
「…はぁ、分かりました。その代わり、終わってからが大変ですが…私は知りませんよ?」
釘を刺すようにそう言った夢子だったが、その表情はどことなく嬉しそうにも見える。
普段はメイドという立場などもあって表に出す事はないが、内心では誰よりも神綺を慕っていて、
ほとんどの時間を共に過ごせる今の生活をとても気に入っていた。
その為、いけないとは思いつつも大体の我侭は許してしまう程に、夢子は神綺に甘いのである。
「大丈夫よ、私だってそれ位分かってるもの。それよりほら、そっちの飾り取って、夢子ちゃん」
「なら良いのです…あ、はい、これですね」
そんな調子で、2人はパーティの準備を進めていくのだった。
部屋の飾りつけも料理の準備も終了したが、予想以上に早く終わりパーティの時間まではまだ余裕があった。
「これで、いつアリスちゃん達が来ても大丈夫ね」
「はい、と言っても予定の時間までまだ余裕はありますが…」
一仕事終えた神綺と夢子は、揃って椅子に座り休憩していた。
本番はこれからだと言うのに、こんな状態で大丈夫なのかと夢子は心配していたが、
神綺の方は疲れた様子など一切なかった。
「うん、ちょっと張り切りすぎちゃったかな?…あら、夢子ちゃん、ちょっと疲れてるみたいね…ほら、こっちへいらっしゃい」
少し疲れている様子の夢子に気付いて、力を分けて疲労を回復させようと手招きする。
「あ、いえ、そんな…これくらい、大丈夫で…」
「ダーメ。ちゃんと元気な姿で迎えてあげなきゃ、皆も心配しちゃうでしょ?」
「う…わ、分かりました…」
最初は断ろうとした夢子だったが、あっさり却下されてしまい仕方なくと言った様子で頷いた。
ただ疲れを取ってもらうだけの事を拒むのには、もちろん理由があっての事だ。
「はい、ちゃんと膝の上に座って」
「ん…は、はい…」
その理由と言うのが、この体勢である。
ただ膝の上に座っているだけなのだが、夢子は子供扱いをされているようなこの体勢がどうも苦手だった。
「うん、いい子いい子。それじゃあ、行くわよ」
素直に応じた夢子の頭を優しく撫でてやりながら、自分の持っている力を夢子に分け与えて行く。
まだ時間には余裕があるとは言え、こんな姿をアリス達に見られたりでもしたら、夢子は恥ずかしくて死にたくなるだろう。
しかし、そういう時に限ってそれは起こるのである。
トントン、と扉をノックする音が聞こえた後、誰かが声を掛けながら部屋の扉を開いたのだ。
「母さん、ただい……」
「あっ、おかえり、アリスちゃん」
「あ、アリス!?」
挨拶をしながらアリスが中に入ってくる…が、目の前の夢子と神綺の姿を見て、固まってしまう。
アリスからすれば、クールでかっこいいお姉さんと言うイメージだった夢子が、
子供の様に神綺の膝の上に座って頭を撫でられているのだから、その反応も無理はない事だった。
一方の夢子も、よりにもよってアリスに目撃されてしまい、恥ずかしさで顔から火が出そうなほど赤くなっている。
そんな状況を知ってか知らずか、神綺だけがいつもと変わらずにアリスを出迎えていた。
「まだパーティまで時間があるのに、アリスちゃんったらせっかちなんだから」
夢子の頭を撫でながら、早くもアリスがか帰って来てくれた事を喜んでいるようだった。
しかし、夢子とアリスの間には気まずい沈黙が流れていた。
「ち、違うのよアリス、これはその…」
先に沈黙を破ったのは夢子で、慌てて事情を説明しようとする。
「えっと、うん…は、はやく来すぎちゃったわね、私はちょっと自分の部屋で休んでおくから…ま、また後で」
しかしアリスは、気まずそうにしながらそそくさと部屋を後にして自分の部屋へ帰って行った。
どうやら、見なかった事にするつもりのようだ。
「ま、待って、アリス、話を…」
慌てて引きとめようとするが、既にアリスは部屋を後にしている。
「うん、また後でね、アリスちゃん」
神綺は相変わらずの様子で、部屋に戻って行くアリスを見送っていた。
それから暫く経った、パーティが始まるほんの少し前。
ようやく解放された夢子は、アリスの部屋を訪れていた。
「…アリス、いるかしら」
少し躊躇いながら声を掛けると、部屋の扉が開いて人形を抱えたアリスが顔を出した。
「夢子姉さん…もう良いの?さっきはその、なんていうか…」
「いやその、アレは別に、私が母さ…神綺様に甘えていたとかではなくてね?
私が少し疲れてしまったから、力を分けてもらう為にしていただけで…」
気まずそうなアリスに、夢子が先程の経緯を簡単に話した。
「あぁ、なるほど…そうだったんだ。あれ?でも…」
アリス自身もそういった経験はあるようで、夢子の説明を聞いてすぐに納得した。
しかし、何か気になる事があったのか、顎に手を当てて考え込んでしまう。
「…どうしたの、アリス?」
「いや、それならあの体勢じゃなくても良かったんじゃないかと思って…私の時は確かにそうしてたけど、
ユキ達にしてる時は頭を撫でるだけだったの。だから、てっきり夢子姉さんもそうなんだと…」
夢子は今まで、他の者が神綺から力を分けてもらっている所を見た事がない為に知らなかったのだが、
アリスの証言によれば頭を撫でる事が重要であって、体勢は関係ないように思えた。
「…ふむ。神綺様に確認した方が早いわね…行くわよ、アリス」
「えっ、うん…って私も?」
答えを聞く前に部屋を出て行ってしまった夢子を追いかけようと、
抱えていた人形を他の人形達に運ばせてから、慌ててアリスも後を追うのだった。
アリスと夢子が部屋に戻ると、既にサラやルイズ、ユキ、マイが既に到着していた。
ルイズ以外はそれぞれ、クリスマスにちなんでサンタをイメージした服に着替えていて、
ルイズも着替えている最中のようだった。
「あら、二人とも久しぶり~」
アリスと夢子が来た事に気付いたルイズが、着替えを中断してひらひらと手を振りながら声を掛ける。
旅行から帰ってきたばかりなのか、持って行った荷物の入ったカバンも隣に置かれていた。
「二人とも遅いぞー、何してたのよ」
「……まだ始まってないから、遅いも何も……」
「そうそう、時間はギリギリだけど…って、アリスは私達よりずっと早く着いてたんだっけ」
ルイズが声をかけた事に気付き、それに続くようにして、ユキ、マイ、サラの三人も声を掛けた。
「皆来てたんだ。何だかこうして揃うのも凄く懐かしいわね…元気そうで何よりだわ」
「悪いけど挨拶は後よ、それより神綺様は…」
久しぶりにルイズ達に会って、アリスが嬉しそうに挨拶を返していく。
それを尻目に、夢子は神綺の姿を探しに行った。
アリスはついて行くべきかと考えたが、二人きりの方が話しやすいだろうと思い残る事にした。
夢子の方も特に気にした様子はなかったので、問題はないだろう。
「どしたの、夢子姉?なんかあったのかな」
「ちょっと気になる事があるから、母さんに確認するんだって」
「……気になる事……?」
ユキ達がそんな夢子を不思議そうに眺めながら、首をかしげていた。
「じゃあ、パーティはそれが終わってからねぇ」
「その前にルイズは着替え済ませなさい、手伝うから」
夢子の用事が済むまで始まりそうにないと分かり、ルイズが少し残念そうに言う。
そのまま着替えの手を止めていたルイズに飽きれながら、サラが着替えを手伝っていた。
「気になるといえば、サラとルイズの事も気になるねぇ。最近、なんか妙に仲良くない?」
そんなサラとルイズの様子を見て、ユキが悪戯っぽく笑いながら二人に言った。
「へっ?あぁいや、まぁその…」
「何言ってるの、私たちは前から仲良しよ?ねぇ、サラ」
「う、うん、そうそう。いつもと変わらないって」
戸惑っているサラとは対照的に、一切動じる様子のないルイズがそう答える。
「……バカ。そういう事はいちいち突っ込まないの……」
「そうよ、ユキったらデリカシーがないんだから」
「ちぇ、面白そうだったのに」
マイとアリスにたしなめられて、渋々といった様子でユキも言及するのを諦めた。
「まぁまぁ。その代わり、今回の旅行の話を聞かせてあげるから」
「本当?」
「……私も聞きたい…」
「今度はどこに行ってたの?」
ユキの機嫌を取る事も兼ねてルイズがそう提案すると、興味津々と言った様子で話に食いついてくる。
マイやアリスも気になるようで、全員揃ってルイズの話に耳を傾けていた。
ルイズ達には少し悪い事をしたとは思いながらも、神綺に真相を確かめる事を優先した夢子は、
今度は神綺の部屋を訪ねていた。
「神綺様、よろしいですか?」
「あ、夢子ちゃん。もうちょっとで準備終わるから、大丈夫よ」
自分を呼びに来たのだと思った神綺が、そう答えながら夢子を招き入れた。
既に神綺もクリスマス用の衣装に着替えていて、準備は万端のように見える。
「いえ、そうではなくお聞きしたい事が…」
「聞きたい事?」
部屋の中に通されながら、夢子が話を切り出した。
「神綺様は、力を分ける時にあの体勢にならないと出来ないと仰っていましたよね」
「うん、言ったわよ」
箪笥に入っている服の中から何かを探しながら、神綺が答える。
「…本当は、頭を撫でるだけで済むのではないですか?」
「え゙…ど、どうしてそう思うの?」
単刀直入に尋ねられた神綺は、完全に動きが止まり誰から見ても動揺しているのは明らかだった。
元々、隠し事や嘘が得意ではない性格という事もあるのだろうが、ここまで分かりやすいのも珍しい。
「アリスから聞きました。ユキ達は頭を撫でるだけで力を分け与えられていた、と…」
「うぅ…遂に知ってしまったのね、夢子ちゃん…」
アリスから聞いたと言う事を付け加えると、あっさり本当の事を白状する。
「そうよ、確かに頭を撫でるだけ…と言うより、触れるだけで力を分ける事は出来るの。
でも、それだけじゃ味気ないし…それに夢子ちゃん、あんまり甘えてくれないでしょ?
だからね、せめてそういう時くらいは甘えて欲しいなぁ、って…」
まるで悪戯を叱られた子供のように、うつむきながら理由を説明した。
神綺にとって、様々な面で非の打ち所がないように作った夢子はとても頼りになる存在だったが、
しっかりしている性格の所為なのか、神綺に甘えてくる事はほとんど無かったのである。
確かにそのようにしたのは自分だったが、やはり娘である以上は少しくらい甘えて欲しい。
そう思ったから、神綺は嘘をついてまでそうさせていたのである。
「…理由はよく分かりました。どうして嘘をついてまで、そんな風にしたのかも…」
「本当?じゃあこれからも…」
その説明を聞いて納得した夢子がそう言うと、神綺が顔を輝かせながら、改めて是非を尋ねようとした。
「それはダメです。」
「えぇっ、そんなっ…」
言い切る前に否定されて、悲しそうにうなだれてしまう。
「…その代わり…」
「え?」
「……これからは、もう少し…母さんに、甘えるようにします。…もちろん誰も見ていない時だけですけど…」
恥ずかしそうに顔を赤くて、顔を逸らしながら夢子がそう提案する。
今まで甘えようとしなかったのは、性格や体裁も原因の一つであったが、
もっとも大きい原因は、そのような姿を見せて神綺が失望してしまうのではないかと思っていたからだった。
神綺が作った中でも最強クラスだという自覚もあり、弱い自分を見せられない、見せたくないと考えていたのだ。
「夢子ちゃん……ありがとう、約束だからね?」
その言葉に感激したのか、神綺は嬉しそうに抱きつきながらそう言った。
不意に抱きつかれて少し戸惑ってしまう夢子だったが、嬉しそうな神綺の姿を見ると抵抗しようとはせずに、
素直に抱きしめられていた。
「ほ、ほら、母さん…皆も待ってるし、そろそろ…」
とは言えさすがに恥ずかしいのか、頃合を見計らってパーティの事を思い出させる。
「あっ、そうだったわ!早く準備しないと……はい、夢子ちゃんの衣装よ」
言われるまで忘れていたようで、慌てて服装を整えると先程探していた衣装を夢子に渡した。
放っておいたらメイド服のままで参加しかねない夢子の為に、密かに用意していたものだ。
「私の分まで……それじゃあ、着替えてから行きますから母さんは先に…」
「そうね、皆を待たせちゃいけないし…行ってくるわ、夢子ちゃん」
「えぇ、私もすぐに向かいます」
急いで着替え始めた夢子に見送られながら、神綺は慌て気味に会場へと向かうのだった。
パーティの最中、皆との話も一段落した所でアリスが夢子に声をかけた。
「丸く収まったみたいね、夢子姉さん」
「えぇ、一応。これもアリスのお陰…かしらね」
「良かった、喧嘩にでもなってたらどうしようかと思ったわ…」
心配事が杞憂に終わって安堵しながら、アリスがそう言った。
自分の発言も原因となった手前、話がこじれていたりしないか不安だったようだ。
「心配してくれてありがとう、アリス。ちょっと前はユキとそう変わらなかったのに…随分と成長したわね。
私も母さんも、人間界に住むって言い出した時は凄く心配だったけど…ちゃんと成長しているようで安心したわ」
アリスの心遣いを嬉しく思い、優しく頭を撫でてやりながら微笑みかける。
「私だって、もう子供じゃないんだから…これ位、当然よ」
夢子に褒められて照れているのか、顔を赤くしながら強がって見せた。
以前は頭を撫でられると喜んで抱きついてきたりしたものだが、成長した今は皆の前と言う事もあり、
そういう訳には行かないようだった。それが少し寂しくはあったが、これも立派な成長の一つだろう。
「ふふ、そうね。アリスはまだまだ成長できるんだから…これからも頑張るのよ」
そんなアリスを少しだけ羨ましく思いながら、夢子が言った。
「ん…ありがとう、夢子姉さん」
「ちょっと二人とも、何こそこそ話してるのよー?こっちにきて、二人もお土産貰いなよー」
話を遮るようにして、ユキが二人に声を掛ける。
どうやらルイズが、旅行先で買ってきたお土産を披露しているようだ。
「あぁ、今行くわ。さ、行きましょう、アリス」
「うん、夢子姉さん」
ユキに手を振って答えると、夢子もルイズの持ってきたお土産を見に行った。
その後に続きながら、夢子と神綺の問題も無事に収まった事が分かり、
アリスは安心して、故郷で過ごす時間を心から楽しもうと思うのだった。
魔界と言えば悪魔なども住んでいる世界であり、この日を祝うと言うのも相当におかしな話ではあるのだが、
そんな些細な事など気にしない寛大さ──単に無頓着なだけかも知れないが──を持っている魔界神にとって、
大きな問題ではなかった。皆が楽しめる日になるのなら、それで良いと考えているのだろう。
「ジングルベ~ルジングルベ~ル、鈴が~鳴る~♪」
伏魔殿の一室から、楽しそうな歌声が聞こえてくる。
それだけでも十分に楽しんでいると思える歌声の主は、魔界の神である神綺本人だ。
皆の為と言いつつも、祝う事を決めた本人が一番楽しんでいるのは間違いない。
「神綺様、準備なら私がしますから…残っている仕事の方を…」
魔界神としての勤めを放り出して準備に参加している神綺に、夢子が困った様子でそう言った。
本来ならこのような祝いの準備などはメイドである夢子達がするべき事だが、
神綺自身がそれを由とはしなかったのである。
「何言ってるの、夢子ちゃん。仕事はいつでも出来るけど、クリスマスは年に一度しかないのよ?
アリスちゃんも帰ってくるって言ってたし、私が準備しないでどうするの」
これも大事な仕事だとでも言わんばかりに、神綺がはっきりと言い放った。
困り果てる夢子だったが、言っても聞かないというのは十分分かっており、半ば諦める形で頷いた。
「…はぁ、分かりました。その代わり、終わってからが大変ですが…私は知りませんよ?」
釘を刺すようにそう言った夢子だったが、その表情はどことなく嬉しそうにも見える。
普段はメイドという立場などもあって表に出す事はないが、内心では誰よりも神綺を慕っていて、
ほとんどの時間を共に過ごせる今の生活をとても気に入っていた。
その為、いけないとは思いつつも大体の我侭は許してしまう程に、夢子は神綺に甘いのである。
「大丈夫よ、私だってそれ位分かってるもの。それよりほら、そっちの飾り取って、夢子ちゃん」
「なら良いのです…あ、はい、これですね」
そんな調子で、2人はパーティの準備を進めていくのだった。
部屋の飾りつけも料理の準備も終了したが、予想以上に早く終わりパーティの時間まではまだ余裕があった。
「これで、いつアリスちゃん達が来ても大丈夫ね」
「はい、と言っても予定の時間までまだ余裕はありますが…」
一仕事終えた神綺と夢子は、揃って椅子に座り休憩していた。
本番はこれからだと言うのに、こんな状態で大丈夫なのかと夢子は心配していたが、
神綺の方は疲れた様子など一切なかった。
「うん、ちょっと張り切りすぎちゃったかな?…あら、夢子ちゃん、ちょっと疲れてるみたいね…ほら、こっちへいらっしゃい」
少し疲れている様子の夢子に気付いて、力を分けて疲労を回復させようと手招きする。
「あ、いえ、そんな…これくらい、大丈夫で…」
「ダーメ。ちゃんと元気な姿で迎えてあげなきゃ、皆も心配しちゃうでしょ?」
「う…わ、分かりました…」
最初は断ろうとした夢子だったが、あっさり却下されてしまい仕方なくと言った様子で頷いた。
ただ疲れを取ってもらうだけの事を拒むのには、もちろん理由があっての事だ。
「はい、ちゃんと膝の上に座って」
「ん…は、はい…」
その理由と言うのが、この体勢である。
ただ膝の上に座っているだけなのだが、夢子は子供扱いをされているようなこの体勢がどうも苦手だった。
「うん、いい子いい子。それじゃあ、行くわよ」
素直に応じた夢子の頭を優しく撫でてやりながら、自分の持っている力を夢子に分け与えて行く。
まだ時間には余裕があるとは言え、こんな姿をアリス達に見られたりでもしたら、夢子は恥ずかしくて死にたくなるだろう。
しかし、そういう時に限ってそれは起こるのである。
トントン、と扉をノックする音が聞こえた後、誰かが声を掛けながら部屋の扉を開いたのだ。
「母さん、ただい……」
「あっ、おかえり、アリスちゃん」
「あ、アリス!?」
挨拶をしながらアリスが中に入ってくる…が、目の前の夢子と神綺の姿を見て、固まってしまう。
アリスからすれば、クールでかっこいいお姉さんと言うイメージだった夢子が、
子供の様に神綺の膝の上に座って頭を撫でられているのだから、その反応も無理はない事だった。
一方の夢子も、よりにもよってアリスに目撃されてしまい、恥ずかしさで顔から火が出そうなほど赤くなっている。
そんな状況を知ってか知らずか、神綺だけがいつもと変わらずにアリスを出迎えていた。
「まだパーティまで時間があるのに、アリスちゃんったらせっかちなんだから」
夢子の頭を撫でながら、早くもアリスがか帰って来てくれた事を喜んでいるようだった。
しかし、夢子とアリスの間には気まずい沈黙が流れていた。
「ち、違うのよアリス、これはその…」
先に沈黙を破ったのは夢子で、慌てて事情を説明しようとする。
「えっと、うん…は、はやく来すぎちゃったわね、私はちょっと自分の部屋で休んでおくから…ま、また後で」
しかしアリスは、気まずそうにしながらそそくさと部屋を後にして自分の部屋へ帰って行った。
どうやら、見なかった事にするつもりのようだ。
「ま、待って、アリス、話を…」
慌てて引きとめようとするが、既にアリスは部屋を後にしている。
「うん、また後でね、アリスちゃん」
神綺は相変わらずの様子で、部屋に戻って行くアリスを見送っていた。
それから暫く経った、パーティが始まるほんの少し前。
ようやく解放された夢子は、アリスの部屋を訪れていた。
「…アリス、いるかしら」
少し躊躇いながら声を掛けると、部屋の扉が開いて人形を抱えたアリスが顔を出した。
「夢子姉さん…もう良いの?さっきはその、なんていうか…」
「いやその、アレは別に、私が母さ…神綺様に甘えていたとかではなくてね?
私が少し疲れてしまったから、力を分けてもらう為にしていただけで…」
気まずそうなアリスに、夢子が先程の経緯を簡単に話した。
「あぁ、なるほど…そうだったんだ。あれ?でも…」
アリス自身もそういった経験はあるようで、夢子の説明を聞いてすぐに納得した。
しかし、何か気になる事があったのか、顎に手を当てて考え込んでしまう。
「…どうしたの、アリス?」
「いや、それならあの体勢じゃなくても良かったんじゃないかと思って…私の時は確かにそうしてたけど、
ユキ達にしてる時は頭を撫でるだけだったの。だから、てっきり夢子姉さんもそうなんだと…」
夢子は今まで、他の者が神綺から力を分けてもらっている所を見た事がない為に知らなかったのだが、
アリスの証言によれば頭を撫でる事が重要であって、体勢は関係ないように思えた。
「…ふむ。神綺様に確認した方が早いわね…行くわよ、アリス」
「えっ、うん…って私も?」
答えを聞く前に部屋を出て行ってしまった夢子を追いかけようと、
抱えていた人形を他の人形達に運ばせてから、慌ててアリスも後を追うのだった。
アリスと夢子が部屋に戻ると、既にサラやルイズ、ユキ、マイが既に到着していた。
ルイズ以外はそれぞれ、クリスマスにちなんでサンタをイメージした服に着替えていて、
ルイズも着替えている最中のようだった。
「あら、二人とも久しぶり~」
アリスと夢子が来た事に気付いたルイズが、着替えを中断してひらひらと手を振りながら声を掛ける。
旅行から帰ってきたばかりなのか、持って行った荷物の入ったカバンも隣に置かれていた。
「二人とも遅いぞー、何してたのよ」
「……まだ始まってないから、遅いも何も……」
「そうそう、時間はギリギリだけど…って、アリスは私達よりずっと早く着いてたんだっけ」
ルイズが声をかけた事に気付き、それに続くようにして、ユキ、マイ、サラの三人も声を掛けた。
「皆来てたんだ。何だかこうして揃うのも凄く懐かしいわね…元気そうで何よりだわ」
「悪いけど挨拶は後よ、それより神綺様は…」
久しぶりにルイズ達に会って、アリスが嬉しそうに挨拶を返していく。
それを尻目に、夢子は神綺の姿を探しに行った。
アリスはついて行くべきかと考えたが、二人きりの方が話しやすいだろうと思い残る事にした。
夢子の方も特に気にした様子はなかったので、問題はないだろう。
「どしたの、夢子姉?なんかあったのかな」
「ちょっと気になる事があるから、母さんに確認するんだって」
「……気になる事……?」
ユキ達がそんな夢子を不思議そうに眺めながら、首をかしげていた。
「じゃあ、パーティはそれが終わってからねぇ」
「その前にルイズは着替え済ませなさい、手伝うから」
夢子の用事が済むまで始まりそうにないと分かり、ルイズが少し残念そうに言う。
そのまま着替えの手を止めていたルイズに飽きれながら、サラが着替えを手伝っていた。
「気になるといえば、サラとルイズの事も気になるねぇ。最近、なんか妙に仲良くない?」
そんなサラとルイズの様子を見て、ユキが悪戯っぽく笑いながら二人に言った。
「へっ?あぁいや、まぁその…」
「何言ってるの、私たちは前から仲良しよ?ねぇ、サラ」
「う、うん、そうそう。いつもと変わらないって」
戸惑っているサラとは対照的に、一切動じる様子のないルイズがそう答える。
「……バカ。そういう事はいちいち突っ込まないの……」
「そうよ、ユキったらデリカシーがないんだから」
「ちぇ、面白そうだったのに」
マイとアリスにたしなめられて、渋々といった様子でユキも言及するのを諦めた。
「まぁまぁ。その代わり、今回の旅行の話を聞かせてあげるから」
「本当?」
「……私も聞きたい…」
「今度はどこに行ってたの?」
ユキの機嫌を取る事も兼ねてルイズがそう提案すると、興味津々と言った様子で話に食いついてくる。
マイやアリスも気になるようで、全員揃ってルイズの話に耳を傾けていた。
ルイズ達には少し悪い事をしたとは思いながらも、神綺に真相を確かめる事を優先した夢子は、
今度は神綺の部屋を訪ねていた。
「神綺様、よろしいですか?」
「あ、夢子ちゃん。もうちょっとで準備終わるから、大丈夫よ」
自分を呼びに来たのだと思った神綺が、そう答えながら夢子を招き入れた。
既に神綺もクリスマス用の衣装に着替えていて、準備は万端のように見える。
「いえ、そうではなくお聞きしたい事が…」
「聞きたい事?」
部屋の中に通されながら、夢子が話を切り出した。
「神綺様は、力を分ける時にあの体勢にならないと出来ないと仰っていましたよね」
「うん、言ったわよ」
箪笥に入っている服の中から何かを探しながら、神綺が答える。
「…本当は、頭を撫でるだけで済むのではないですか?」
「え゙…ど、どうしてそう思うの?」
単刀直入に尋ねられた神綺は、完全に動きが止まり誰から見ても動揺しているのは明らかだった。
元々、隠し事や嘘が得意ではない性格という事もあるのだろうが、ここまで分かりやすいのも珍しい。
「アリスから聞きました。ユキ達は頭を撫でるだけで力を分け与えられていた、と…」
「うぅ…遂に知ってしまったのね、夢子ちゃん…」
アリスから聞いたと言う事を付け加えると、あっさり本当の事を白状する。
「そうよ、確かに頭を撫でるだけ…と言うより、触れるだけで力を分ける事は出来るの。
でも、それだけじゃ味気ないし…それに夢子ちゃん、あんまり甘えてくれないでしょ?
だからね、せめてそういう時くらいは甘えて欲しいなぁ、って…」
まるで悪戯を叱られた子供のように、うつむきながら理由を説明した。
神綺にとって、様々な面で非の打ち所がないように作った夢子はとても頼りになる存在だったが、
しっかりしている性格の所為なのか、神綺に甘えてくる事はほとんど無かったのである。
確かにそのようにしたのは自分だったが、やはり娘である以上は少しくらい甘えて欲しい。
そう思ったから、神綺は嘘をついてまでそうさせていたのである。
「…理由はよく分かりました。どうして嘘をついてまで、そんな風にしたのかも…」
「本当?じゃあこれからも…」
その説明を聞いて納得した夢子がそう言うと、神綺が顔を輝かせながら、改めて是非を尋ねようとした。
「それはダメです。」
「えぇっ、そんなっ…」
言い切る前に否定されて、悲しそうにうなだれてしまう。
「…その代わり…」
「え?」
「……これからは、もう少し…母さんに、甘えるようにします。…もちろん誰も見ていない時だけですけど…」
恥ずかしそうに顔を赤くて、顔を逸らしながら夢子がそう提案する。
今まで甘えようとしなかったのは、性格や体裁も原因の一つであったが、
もっとも大きい原因は、そのような姿を見せて神綺が失望してしまうのではないかと思っていたからだった。
神綺が作った中でも最強クラスだという自覚もあり、弱い自分を見せられない、見せたくないと考えていたのだ。
「夢子ちゃん……ありがとう、約束だからね?」
その言葉に感激したのか、神綺は嬉しそうに抱きつきながらそう言った。
不意に抱きつかれて少し戸惑ってしまう夢子だったが、嬉しそうな神綺の姿を見ると抵抗しようとはせずに、
素直に抱きしめられていた。
「ほ、ほら、母さん…皆も待ってるし、そろそろ…」
とは言えさすがに恥ずかしいのか、頃合を見計らってパーティの事を思い出させる。
「あっ、そうだったわ!早く準備しないと……はい、夢子ちゃんの衣装よ」
言われるまで忘れていたようで、慌てて服装を整えると先程探していた衣装を夢子に渡した。
放っておいたらメイド服のままで参加しかねない夢子の為に、密かに用意していたものだ。
「私の分まで……それじゃあ、着替えてから行きますから母さんは先に…」
「そうね、皆を待たせちゃいけないし…行ってくるわ、夢子ちゃん」
「えぇ、私もすぐに向かいます」
急いで着替え始めた夢子に見送られながら、神綺は慌て気味に会場へと向かうのだった。
パーティの最中、皆との話も一段落した所でアリスが夢子に声をかけた。
「丸く収まったみたいね、夢子姉さん」
「えぇ、一応。これもアリスのお陰…かしらね」
「良かった、喧嘩にでもなってたらどうしようかと思ったわ…」
心配事が杞憂に終わって安堵しながら、アリスがそう言った。
自分の発言も原因となった手前、話がこじれていたりしないか不安だったようだ。
「心配してくれてありがとう、アリス。ちょっと前はユキとそう変わらなかったのに…随分と成長したわね。
私も母さんも、人間界に住むって言い出した時は凄く心配だったけど…ちゃんと成長しているようで安心したわ」
アリスの心遣いを嬉しく思い、優しく頭を撫でてやりながら微笑みかける。
「私だって、もう子供じゃないんだから…これ位、当然よ」
夢子に褒められて照れているのか、顔を赤くしながら強がって見せた。
以前は頭を撫でられると喜んで抱きついてきたりしたものだが、成長した今は皆の前と言う事もあり、
そういう訳には行かないようだった。それが少し寂しくはあったが、これも立派な成長の一つだろう。
「ふふ、そうね。アリスはまだまだ成長できるんだから…これからも頑張るのよ」
そんなアリスを少しだけ羨ましく思いながら、夢子が言った。
「ん…ありがとう、夢子姉さん」
「ちょっと二人とも、何こそこそ話してるのよー?こっちにきて、二人もお土産貰いなよー」
話を遮るようにして、ユキが二人に声を掛ける。
どうやらルイズが、旅行先で買ってきたお土産を披露しているようだ。
「あぁ、今行くわ。さ、行きましょう、アリス」
「うん、夢子姉さん」
ユキに手を振って答えると、夢子もルイズの持ってきたお土産を見に行った。
その後に続きながら、夢子と神綺の問題も無事に収まった事が分かり、
アリスは安心して、故郷で過ごす時間を心から楽しもうと思うのだった。
ささくれた心が癒されました
これぞ魔界一家。優しくも甘い日常に、なんだかちょっぴり嬉しくなりました。
やっぱり魔界は良いですね
夢子さんでニヤニヤさせられる日が来るなんて……!