Coolier - 新生・東方創想話

恋路の行方―博麗―

2009/07/31 21:22:50
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 幼い頃、誰かが私に尋ねた。
 無邪気に手鞠などで一人遊戯に没頭している時に、今では顔も思い出せない女が近付いて来た。私の記憶の中にある映像には、その女の姿だけが映らない。そこにだけ何も存在していないかのように、人型の黒い穴が空いている。そうしてその女は尋ねる。妙に物静かな声で私を諭そうとするかの如く、目線の高さを合わせる為に身を屈めながら、幼い私でさえ信用に足らぬと思った笑みを浮かべて、優しく尋ねる。
 黒い影の顔と思われる部分が裂けて、赤い口中が垣間見える記憶は不気味なものでしかない。今でも当時の事を思い出そうとすると、腹の辺りで別の生物が蠢いているかのような不快感に襲われる。忘れたい記憶だったのか、それとも思い出したい記憶だったのか、今ではもうそれすら判らなくなってしまった。

「咲かない花がこの世の中にあると思う?」

 私は無いと答えた。女は寂しげな笑みと共に「正解」と云って私の頭を撫でた。細く伸びるしなやかな指が、心地好い感触を私にもたらしたのは克明に覚えているけれども、やはり記憶に映る女の真黒な影は不気味にしか思われなかった。

「それなら枯れない花は?」

 私は無いと答えた。女は先刻と同じ寂しげな笑みと共に「不正解」と云って、それでも私の頭を撫でた。警戒心など持っていなかった幼い私は、その時には既にその女の事が好きになっていて、頭に触れられる度に擽ったさを感じながら、幼稚な頭には理解し難い話を聞くともなしに聞いて、喜んでいた。
 女は一頻り私の頭を撫で終えると、立ち上がって「そろそろ行かなくちゃ」と云った。当時の私は一人で遊びに興じるのが常だったから、久し振りに感じた他者の存在を失うのがどうしようも無く嫌で、女のひらひらとした服の裾を掴みながら臆面も無く泣いて女を困らせていた。その時には最初に感じた胡散臭さなど何処へ行ったのか、すっかり女に懐柔されていたように思う。駄々を捏ね続ける私に、女はもう一度私の前に屈むと、頭に手を置いた。

「どうか世の中の理不尽を嘆く事の無きように」

 涙で滲む朧な視界の中で見た女の笑顔の印象だけが胸に焼き付いている。子供の目から見ても酷く悲愴感の漂う瞳が、私に向いていた。幼い私に彼女の云った難しい言葉の意味は判らなかった。「リフジン」などという言葉の意味も知らなかったし、「ナゲク」という事がどういう事なのかも判らなかった。私はただその女に行って欲しくないばかりにただ頷いた。女の服を皺くちゃにするほど強く握り締めて、「ごめんなさい」という彼女に嫌だ嫌だと繰り返していた。

「貴方が強く在れば、いずれ会う時もあるわ」

 そう云って私の手から服の裾を優しく放すと、その手を握って、女は「さようなら」と云った。その意味が判らない訳ではなかったし、当時の私にはその別れが酷く悲しい事のように思われた。それでも去り行く彼女を追い掛けるには私の足取りは覚束なくて、私の腕は短過ぎて、彼女の背を映すには私の瞳は涙に濡れ過ぎている。一人広い神社の境内に取り残されて、涙を拭ってみれば殺風景な景色には、夕陽が揺らめくばかりだった。
 その内私の声を聞き付けた家人がやって来て、口々に「どうなされた」と尋ねたが、泣き喚く私にその声は寸毫も入らず、ほとほとその人達を困らせた事を覚えている。泣き疲れて床に就き、意識を手放すまでが今も残る私の記憶の中の映像で、そこまで鮮明に覚えていながらも、遂に私の元へ訪れた謎の女の正体は霞に紛れてしまって判らない。ただ影が裂けて覗く赤い口中が、今も私に戦慄を与える。果たしてあの女は私に何を伝えたかったのだろう。……



1.博麗



 茶と茶請けさえあれば冬の心はのどけからましと云わんばかりに、霊夢は例の如く神社の母屋の縁側にて茶を啜る。空に広がる快晴を見れば雲雀が高い。桜の木は葉が散り寂しい姿を寒気に晒している。幻想郷が本格的に春色に染まるにはまだまだ時間が必要とみえる。けれども安穏と温かい緑茶を喉に通し、熱い息を吐き出しては呑気に過ごす彼女にはそんな事は関係ないようで、世界が色付こうとも寛げれば好いといった風である。

「御機嫌よう、お加減如何かしら」

 そんな時、境内の方から日傘を差して歩いて来た人物が現れた。遠目に見ていた時は参拝客かとも思って然して気に留めなかった霊夢だが、真直ぐにこちらを近付いて来るや否や、参拝客ではなかったかと、すぐにその可能性を打ち切っていたので、澄まし顔で挨拶をした女に対して何等の驚きも得る事は無かった。

「何時も通り。で、今日は何の用」
「あら、冷たいのね。折角冬眠から目覚めて霊夢に会いに来たのに」
「ご苦労様。わざわざ私に会いに来てもご利益は無いわよ」
「ご利益なんて必要ないわ。まして私がそんなものを望むお思い?」
「まあ、天地が入れ替わっても有り得なさそうね」

 すると満足げに八雲紫は微笑んだ。「正解」と云って霊夢の隣に腰掛ける。日傘は閉じて縁側に立て掛けられている。霊夢は依然変わらず、呆けた表情で空だか鳥だか、はたまた雲だかを眺めている。しかし実際の所彼女が何に注意を向けているのかなど判りはしなかった。霊夢はただ茫洋とした思考で視界の全体を徒に眺めているばかりである。

「霊夢、久闊を叙しに来た友人にお茶は出して下さらないの」
「面倒だから嫌。自分でやるなら構わないわよ」
「酷いわ、永い眠りに堅くなった身体で、無理をしつつ貴方に会いに来たのに」
「別にそんな事を頼んだ覚えは無い。よって私がお茶を淹れる義理も無し」
「酷いわ、酷いわ。こんなに粗末に扱われて、私涙が出そう」
「ああ、もう五月蠅いわね。仕方ないから淹れて来てあげるわよ」

 稚児のように霊夢に引っ付く紫にとうとう観念したのか、霊夢は呆れた風に云うと立ち上がった。紫はそれを見て満足げに微笑む。霊夢にはその表情が癪に障ったが、相手にするだけ塵労が溜まるばかりだろうと考え直して、沸々と湧き上がる苛立ちを隠しながら台所へと向かって行った。
 平生茶葉を収納している戸棚を開けると価値の違う茶葉がそれぞれ分けられている。当初は安物でも引っ張り出して適当に淹れてやろうかとも思っていたが、冬眠から目覚めて間もないというのは事実であろうし、霊夢自身飲みたいと思っていた為に、高価な茶葉を取り出した。食器棚からは新たな湯呑を一つ出す。が、自分の分を縁側に置いて来てしまった事に気が付いて、霊夢は嘆息した。仕方なしにもう一つ湯呑を出した。
 湯は既に沸いている。霊夢は丁寧に茶を淹れて、好い香りのする茶を並々と注がれた湯呑を盆に載せ、中身を零さないように慎重に歩きながら縁側まで引き返して行った。居間に入ると紫の後ろ姿がある。何をしているでもなく、雅に佇みながら呆けているので、内心まだ寝惚けてるのではないかと思いながら、霊夢は紫の隣に腰掛けた。

「折角だから高価なお茶にしたわ。味わって飲みなさいよ」
「ふふふ、暫く見ない内に気が利くようになったのね」
「元々気が利くのよ。少しは感謝しなさいよね」
「しているわ。私の胸の中は感謝の気持ちで満たされているもの」

 相変わらずの減らず口だと評して、霊夢はふとある事に気が付いた。そういえばこの時節は毎年紫と茶を共にしているような心持ちがする。紫と知りあってからというもの、毎年冬の終わり目であり、春の始まる手前の境界には二人で茶を飲んでいるなと、霊夢は過去を振り返ってみて初めて気付いた。その上、その都度出す茶が決まって高価なものだから可笑しい。紫の掴み所のない態度に腹を立てても、決まって霊夢は高価な茶を紫に出しているのである。

「何だか、腐れ縁って怖いわね」
「私達の縁は腐ってなんかいないでしょう」

 知らず口を出た言葉に紫が返す。両手で湯呑を包むように持ちながら、熱い吐息を白く変えている。春が近いと云えど、未だ気候は冬の寒さから脱しておらず、こうして茶を飲んでいる間も風が吹く度に肌を刺す冷たさが身を襲う。熱い茶が無ければ疾うに居間の炬燵の中へ逃げ込んでいるところである。それでもそうしないのは、枯木に寒鴉ありという言葉に相応しい、冬独特の閑雅な景色があったからであろう。

「ところで、霊夢」

 湯呑を縁側に置いて、紫は一息吐いた後何処か真摯な声色で霊夢の名を呼んだ。霊夢が紫の方を見遣ると、そこには何時に無く真剣な眼差しをした紫が、霊夢を見据えている。先刻の悪ふざけをしていた紫と同一とは思われないその姿に、図らずも身が強張る。霊夢は臆し気味に「何よ」と返した。その言葉の響きが素気ないのは、予想外の驚きに対する強がりであったに違いない。努めて平静を装うとする霊夢には、紫の言葉に対する用意があまりに足りな過ぎた。

「婚約の儀を挙げる気はないかしら」

 唐突過ぎる提案に、頭の中が真白になる。それなのに一寸も真摯な輝きを損なわぬ紫の黄金の瞳に、霊夢は吸い込まれそうな感覚を覚えた。無意識の内に彼女に従ってしまいそうになる。そうして改めて思う。目の前にいるのは、力を持たぬ人間などではなく、妖怪の賢者とまで謳われる恐ろしい妖怪なのである。

 好く晴れた天の下、流れる沈黙に織り交ざる風の音が、執拗に霊夢の鼓膜を叩く。困惑する黒曜石は瞠目したまま、中途半端に開かれた唇は如何なる言葉も発する事が出来なかった。



2.



 博麗の巫女の力は修行次第で誰にでも会得出来るものではない、それは紫の言である。予想だにしなかった提案を聞かされて、戸惑いを隠せない霊夢はただ一言だけ「何故」と尋ねた。彼女の疑問を表すにはこれ以上にない一言である。が、それに対する紫の答えは後に聞かなければ好かったと思えるくらいには、重々しいものであった。

 幻想郷を包む博麗大結界、その維持という役目を担う博麗の巫女、その存在の重要性は計り知れない。幻想郷が外界と隔絶されてから多くの歳月が過ぎ、既に博麗大結界は決して欠かせぬものとなった。仮に結界の維持が困難になり、その存在が消滅した時、外界と幻想郷が交わる。それは混沌たる世界の始まりであり、巻き起こされる混乱は大災害へと繋がりかねない。それを防ぐ為にも博麗の巫女は存在する。その力を以て大結界を維持するべく。
 が、博麗の巫女とて人間である事に変わりはない。そうして人間である限りは寿命という越えられぬ壁がある。一代で滅ぶ運命にあるのなら、当然の如く後継ぎが必要とされ、その度に博麗の巫女の力は継承されて行く。その為の前提が博麗の巫女の後を継ぐ者、即ち現当主に子供が居る事なのである。霊夢は紫からそこまで説明を受けて、全てを悟ったように物憂げな表情を浮かべた。彼女から付いて離れない強大な使命を大悟した。

「つまり結婚は体裁を取り繕う為のもの、そして博麗の巫女への救済でもある」

 紫はそう云った。冷然たる声音は何処まで探っても氷のような冷たさしか見付けられないのだろうか、と霊夢は思う。そんな酷薄な宣告を受けた博麗の巫女達を見ておきながら、そんな声音しか出ないのかと、彼女は疑った。が、それでも紫は説明の舌を止めはしなかった。是非もなく、紫は淡々と説明を続けて行く。

「父親の居ない子供は不憫だわ。誰もが受ける親の愛情の半分を知らない。そしてそれは確実に成長の過程でその子を悩ませる。そんな子が自分の運命を知り、母親の苦渋の決断を知り、平気で居られる訳が無い」

 霊夢は必然的に自らの両親の事を想った。最早顔すら覚えていない。人に聞いた話では、夫婦共々手強い妖怪に襲われたらしく、幼かった霊夢も突然失踪した両親がどうなったのか、それで納得した。両親が生きている間、愛されているという自覚は確かにあった。偽りの愛情だとは到底思われない、深い夫婦の愛の結晶として自分が大切な存在なのだという事を幼心に理解していた。だが、今ではそれも真実であったのか判らない。霞む思い出は尚更見え難くなった。

「私が子供に対する罪悪を感じない為に、贋物だとしても幸せな家庭だったと思わせられれば好いのね」
「もしも理不尽な運命に呑み込まれる事になったとしたら、貴方もその方が気楽でしょう」
「……そうかも知れないわね。全く好く出来た機能だわ。私達は人身御供と何も変わらないじゃない」
「云い方を変えてしまえばその通り。それでも本当に愛する人が居るのなら、話は別よ」

 鋭い瞳が霊夢に向けられる。全てを見透かすかの如き瞳である。霊夢は深い諦念の内に、紫には全て知られているのだろうと思った。隠し事をすれど、何かを示唆する事を云われて困らせて来るのだろうと思った。そしてそんな推測が生まれてしまえば、元より霊夢には如何なる返事も返し得ない。ただ黙って俯くばかりである。胸の片隅に隠し続けた、乙女心がちくりと痛んだ心持ちがした。澄んだ空気を吸い込むと、腹立たしい青臭さが香って来る。

「その辺りは全て貴方に任せるわ。――どうにもならない時には、私に云いなさい」
「もしも私が、博麗の巫女の役目なんて全て放擲しようとしたらどうするの」
「その時には力を行使するより他にないわ。私の能力を知らない訳じゃないでしょう」
「随分とはっきり云うのね。もっと判り易く云ったら? 洗脳する事も辞さないって」

 忌々しげに云い放ち、霊夢は紫から視線を外した。話が理解出来ても実感が伴わない。何だか不思議な浮遊感がして、霊夢には今一つ自分の役割を嘆く気分にはなれなかった。ただ黒々として濁り切った瞋恚の念が、次第に自らの心中で煮え滾って行く心持ちがする。実感が伴わなくとも、その理不尽さだけは確かに判っていたのである。彼女はその事よりも、心に渦巻くその負の感情が、いずれ暴発しやしないかと不安だった。

「ねえ、一つだけ聞いて好い?」
「私に答えられる事なら、喜んで答えるわ」
「私の母親は、どうだったの」

 それは来るべき未来に対する覚悟を固める為に、もしも博麗の巫女が持つ運命に呑み込まれてしまった時の救いの為に発せられた質問である。彼女の母親が本当に幸せな家庭を築けていたのなら、過去の不安は解消される。そうしてその逆ならば、「そういうものなのだ」と納得するより他になくなる。悲しき二択であったが、霊夢には心構えとして出来る事がそれぐらいしか思い浮かばなかった。が、そんな彼女の思いとは裏腹に、紫の返した言葉は辛辣なものであった。

「それには答えられないわ。それが貴方の母親の願いだから」

 尚も淡白な表情を崩さぬ紫は、先刻と同じ無機質な声音でそう答えた。霊夢は俯き、自嘲気味な笑みを漏らしながら、紫のその表情が鉄皮の仮面であったならと思う。何をも伝えぬ表情が、自らの抑え難い感情を隠す為に編み出された苦肉の策であったのなら、霊夢の胸に憎悪の情は湧き上がらなかった。が、既に霊夢は目の前にいる紫を確かに憎んでいる自覚があった。博麗の巫女を道具として見るような口振りと視線――それが今までの関係全てが偽りだったと思い知らされているようで、腹の底がどうしようもなく疼く。切欠さえあれば、すぐにでも殺してしまいそうなほどに。

「私はそろそろ行くけど、好く考えて決めなさい。決して後悔のないように」

 紫はそう云いながら立ち上がり、傍らに立て掛けてあった日傘を手に取ると、目前の空間を裂いた。蠢く闇の中で、幾つもの目玉が霊夢を見詰めている。去り際に、紫は「今日はご馳走様」と残した。霊夢はいずれの言葉にも返事を返さないでいた。俯いたまま、地面ばかりを見詰めている。紫が去った後もそれは変わらなかった。遣り場のない怒り、或いは悲しみが蟠っている。この運命に対する実感は、漸くにして彼女を苛め始めた。
 見上げた空に雲が浮かんでいる。悠久の時を彷徨い続けるのがあの雲の運命ならば、なんて気楽なものだろうと霊夢は考えた。少なくともあの雲は自由である。それに反して、霊夢は運命という鎖に身体を繋がれ、碌に身動きも出来ぬまま、拷問のような時を過ごさねばならぬ。――知らず、その明眸からは光を跳ね返す小さな雫が落ちた。乾いた地面の色を変えるそれは、誰に見られる事も無く、乾いて行く。……



3.



 蒼然たる月明かりが静かに輝く夜半、湯から上がった霊夢は寝室に一人佇んでいた。未だ冷たい風が吹く時節、宵の時分ともなれば、その冷たさにも拍車が掛かる。霊夢はもう一度寝巻を肌に寄せるようにして、帯を強く締めた。やはり障子を開け放ち、何とも無しに夜空を見上げていれば寒い。そんな当然の事を知りつつ、茫然とした面持ちで空に懸かる装飾を眺めていた霊夢は、不意に胸に込み上げて来た熱い物体を抑えようとして、その場に蹲った。
 出そうともしていない声が、喉の奥から締め出されて来る。それが嗚咽となって、情けない声が漏れてしまうのを、彼女は必死になって食い止めようとしたが、それが却って息苦しさを増させてしまった。気付けば止めどなく瞳から溢れる涙が、頬に温かな感触をもたらしている。胸を思い切り締め付けれども、込み上げて来るものは抑える事が出来ず、幾度目を擦っても溢れる涙は止まらなかった。激情の津波は彼女をことごとく飲み込み、縋る相手も無きままに孤独な時が流れて行く。見上げた空は朧な光の斑点があるばかりで、よく見えなかった。

 やがて感情に落ち着きが取り戻されると、霊夢は静かに立ち上がる。嗚咽だけは今も止まらないでいるままだったが、涙は漸く止まり、視界は判然としている。そうして吹き付ける夜風にも構わず、彼女は白い布で織られた着物の帯を解くと肩口から着物をずらす。すると如何なる抵抗も無いまま、するりという衣擦れの音と共に寝巻は彼女の足元に落ちた。月光に照らされて彼女の肢体が明らかに浮かび上がる。
 肩を抱え、霊夢は自らの身体が未だ男を知らぬ事を確認する。純真無垢な身体は何者にも穢される事無く、瑞々しい柔肌は新雪の如き儚さと美しさを持っていた。昔は僅かな膨らみでしかなかった双丘も、成長した今では女性として存在を主張するかの如くある。それら全てが何人も触れられぬ領域、穢れを知らぬ純粋なる美の象徴である。嫋娜たる細腰から柔靭なる両の足に至るまで、彼女の身体は美しかった。故に悲しみの雫は落ちる。或いは彼女が自身の身体へと贈る慈悲の涙であったのかも知れぬ。肉体は決して精神に逆らう事は出来ないのだから。

 霊夢は再び跪いた。これほどまでに心細い夜は今までになかった。身を貫く孤独の刃が、絶えず彼女を苛めている。逃れようと思えども、その刃は自分では抜く事が出来なかった。だからと云って共に寄り添い、互いに存在を確かめ合う者も居ない。今宵霊夢は何処までも煢独である。漆黒の帳には何時までも助けを求める声なき叫びと、慟哭が響き続けた。かつてないほどに弱き博麗の巫女を無情な月が見下ろしている。凍えるほどの夜風が、今は心地よかった。




 翌日、霊夢は目を赤く腫らしながら境内の掃き掃除をしていた。何をするにしても気は向かないが、何もしないでいると余計な事ばかりが頭の中を巡ってしまって、それこそ気が狂いそうになってしまう。それだから大してする必要も無い掃き掃除を、朝から昼まで通して行っている。傍目に彼女の様子を見る者がいたのなら、その異常さに気付くのは容易な事であったろう。が、霊夢の心中は誰であれ此処に来てくれるなと願い続けていた。
 しかしそんな彼女の思いに反して、神社の入り口にある石段からは何者かが登って来る気配があった。そして霊夢が何故こんな時にと思うより先に、見慣れた金色の髪の毛が石段から覗く。次いで身に纏う黒衣も露わになり、境内へと踏み入った霧雨魔理沙が会釈しつつ霊夢の元へ歩み寄って来た。

「こんにちは。お掃除の最中でしたか」
「特にしたくもない事をやってるだけだから、気にしないで」

 霊夢は何時も通りを演じ切る為に尽力を惜しまなかった。掠れた声は声量を心持ち上げて誤魔化し、なるべく魔理沙と目を合わせないようにする。それだけで不自然な箇所は幾つも見受けられたし、それは当然の如く魔理沙に伝わった。しかし無用な努力と知って尚、霊夢は続けるより他にない。全ての事情を打ち明けて、友人の胸の中で存分に泣くなどと、彼女が今に至るまで培って来た矜持が許さなかったのである。

「何かありましたか。何だか様子が尋常でないように見えます」
「大した事じゃないから大丈夫。今日はどうしたの」
「いえ、私の用事は大した事じゃないので構いません。それより霊夢の方が……」
「そんなに心配しなくたって大丈夫よ。本当に何でもないから」

 霊夢はそう云い切るなり、魔理沙の返答も待たず母屋へと歩き出した。霊夢を心配して顔を覗き込もうとして来る魔理沙の存在は、今では苦痛でしかない。孤独を恐れていても長い付き合いであり好敵手でもあった魔理沙に、弱さは見せられないという頑なな思いが霊夢にはある。

「まあ上がって行きなさいよ。お茶でも出すわ」

 縁側から居間に上がり、霊夢はすぐに台所へと行く。背後からは魔理沙が居間へ上がる音がした。お茶を淹れる間の空間は何処か安心する。こんな時に限って孤独が味方になるとは皮肉なものだ、と霊夢は熱くなる眼孔を抑えるように自嘲気味な笑みを浮かべた。例え場違いであろうとも、笑っていれば幾らか気分を紛らわす事は出来る。彼女はつくづく情けない体たらくだと思わない訳には行かなかった。

 盆に湯呑を載せて居間に戻ると、座っている魔理沙が怪訝な眼差しを霊夢へ向けていた。好奇心だけで他人を勘ぐる下卑た視線ではない。霊夢を心配する光を湛えた黄金の輝きがそこにある。それを見て霊夢はどうしようもなく泣きたい衝動に駆られた。冷たい金の眼差しで語る紫の姿が思い出されては、酷薄な運命が眼前に姿を現すようで、その度に現実の重量に押し潰されてしまいそうになるのである。彼女には魔理沙の瞳が温か過ぎた。

「何かあったのなら、話して頂けませんか」
「別に話す事なんて無いわよ。あるとすれば紫にからかわれた事ぐらいかしら」
「私は冗談で云っている訳じゃありません」
「冗談も何も、本当に何もないわ。あんたが心配するような事は」

 これ以上追及するなと心中で強く願い続ける霊夢の姿は一層歪である。魔理沙にもそれが判らぬ訳ではなかったが、堅固な霊夢の態度を打ち崩すのは無理だと悟ったのか、溜息を一つ吐くと眉根を下げて霊夢を見詰めた。赤く腫れた瞼の下に翳った黒曜石がある。烏の濡れ黒羽が如き艶やかな漆黒の髪の毛は、心持ち色褪せている。一つ二つと亀裂を増やして行く霊夢の心は既に限界を訴えていた。魔理沙の瞳に打ち砕かれそうなほどに、霊夢は追い詰められている。

「……今年の桜は綺麗に咲くでしょうか」

 魔理沙を見る。先刻と変わった様子など特にないけれども、話頭を転じるのは唐突であった。金色の瞳の中に輝く光は未だ変わらぬ。それでも霊夢は心持ち気分が楽になった。

「まだ判らないわ。でも、綺麗に咲いて欲しいわね」
「そしたら例の通り花見を開きましょう。誰彼問わずお呼びして」
「呼ばなくとも来るわよ、あの連中は」
「あははは、それもそうですね。来るなと云っても来そうです」

 そんな事を云い合って二人は笑い合った。心から笑ったと霊夢は自信を持てなかったが、細かな気配りで深く追求する事を憚った魔理沙の優しさが胸に染み入る。開け放たれた障子の先、何をも纏わぬ寂しい梢が風に揺れていた。春になれば必然来る花見の席に、自分は笑顔で居られるだろうかと微かな不安を抱いたが、それも考えるのを止して霊夢は視線を戻す。無邪気にころころと笑う魔理沙の姿は、やはり眩しく思われた。



4.



 翌日には昨日と比較すれば幾らか平常の状態で居る事が出来た。床から身を起せば気は重く、それに比例するように身体も重かったが、それでも無気力だけは消え去って、惰性的に何かをしようとは思わなかった。が、だからと云ってする事など特に無く、彼女はやはり境内の掃除に勤しむより他にないのであった。
 午前は一頻り寛いだので、彼女が境内の掃除に精を出したのは正午を過ぎた辺りからである。冬の寒冷な気候は絶えず彼女の身を苛めるが、燦と輝く太陽が幾らかそれを和らげてくれるので、日がな一日中炬燵に入って暖を取ろうなどとは思わずに居られたのである。そうしてそんな折、元より来客の多い博麗神社には今日も新たな客人が訪れた。

 白い日傘が石段の境目から覗くと、次いで現れるのは蒼銀の髪である。紅の光を妖しく放つ双眸に、不敵な笑みを唇に描く小さくも気高い吸血鬼は、遥か天空に君臨する太陽すらものともせずに悠然と歩む。純白のドレスに身を包む姿は優雅であったが、霊夢が大人へと成長するほどの時が流れても、彼女の幼い容姿は未だ変わらずそこにあった。

「こんにちは。遊びに来たわ」

 そんな事を云いながら、霊夢の前でやはり不敵な笑みを浮かべる紅魔の主は、掃除を止めろと云わんばかりに何食わぬ顔で霊夢から竹箒を取り上げると、平然とした足取りで母屋の方へ歩いて行く。そんな傲慢とも取れる態度を目の当たりにして、相変わらずと呟きながら霊夢は彼女の後を追って歩いた。視線の先には黒々とした艶を放つ蝙蝠の翼が、頻りに動いている。何時見ても白昼に堂々と歩く吸血鬼の姿を見るのは、何だか不思議な心持ちがした。

「あんたは昔と比べて、更に偉そうになったわね」

 霊夢が居間に上がり込んだ時には既に炬燵の中へ身を入れていたレミリアに呆れたように云うと、幼い吸血鬼は「ありがとう」と場にそぐわぬ謝礼の言葉と共に霊夢を見上げて「お茶を」などとのたまうのだった。

「今日は従者を付けてないのね」
「色々と気を焼くから、今日は密かに抜け出して来たの」
「全く迷惑なご主人様だこと。今頃目を血走らせて探しているんじゃないの?」
「当然よ。それが忠義を尽くす部下の在り方だもの」

 さらりとそんな事を云いながら、レミリアはカップに注がれた紅茶ではなく、侘寂を感じさせる湯呑を手に持ち小さな唇にそっと添えると実に雅な仕草で茶を飲んだ。一昔前までは、緑茶の苦味が気に喰わないと頑なに飲む事を拒んだものを、今では味わい深いなどと云って美味しそうに飲むのも、外見の変わらぬレミリアに現れた顕著な変化であろう。でなければ妖怪達の時間の流れを把握するのは至極難儀なものとなってしまうに違いない。

「まあ私の従者は優秀だから、きっと私が館を出た事も知っているでしょう。主の不在に気が付かないほど間の抜けたメイドを、私が傍に置くはずがない。黙っていたのも私の意を汲んでの事じゃないかしら」

 湯呑を置き、鋭い眼光を徒に光らせながら、レミリアは満足した風に語った。対する霊夢は呆れるばかりである。神社に訪れる度に部下の惚気話を聞かされるのは堪えられたものではないと、時には云ってやる事もあったが、昂然としていて少し抜けている眼前の吸血鬼は、そんな注意があったかしらとばかりに毎度部下の惚気話をして行く。霊夢も時が経つにつれて、それを黙って聞くようになった。時には紅魔館の住人達の面白い話が聞けるので、退屈凌ぎの一つにはなったのである。

「はいはい、あんたの所の部下が優秀なのは判ったわよ。それで咲夜も連れずにこんな昼間から、私に何か用? 気紛れで外出するにはあんたに不相応な時間帯だと思うけど」

 何とも無しにそう尋ねると、レミリアは不敵な笑みを更に深くする。唇の端より覗く白き牙が妖しく煌めいた。

「特に用事は無いけれど、貴方の姿を見ておこうと思って」
「私の姿を見る事に意味があるとは思えないわね」
「充分あるわ。少なくとも私からすれば」
「何を含ませ振りに。何かが"視えた"なんて云い出さないでしょうね」

 諧謔を弄するように霊夢は云った。けれども半ば真剣である。相手がレミリアなだけに有り得ない話ではなかったし、だとすれば彼女の意味深長な発言も少しは判る心持ちがする。が、だからと云って"視えた"などと云われては堪らない。霊夢は内心冗談で返してくれたら好いと思っていた。
 暫しの間、レミリアは黙したままでいた。紅き視線は自らの言葉を肯ずるように霊夢に向けられている。嫌な感覚だ、と霊夢は背筋に感じる第六感の寒気に身震いした。

「博麗の巫女、博麗霊夢。紅魔館の主たるこの私と、今一度弾幕で闘いなさい」

 呆気に取られる前に、霊夢は開きかけた口を閉じた。レミリアの小さな体躯より滲み出す冷気のような殺意の念が、自身の神経一本一本に針を刺しているかの如く思われたからである。突然でまるで脈絡のない決闘の申し出は、少なくとも霊夢の目には本気のように映った。今この場で始める事も辞さぬ剣呑さが、レミリアの周りに漂っている。久しく忘れていた強大な力を目の前に、霊夢は冷や汗が頬を伝うのを明らかに感じ取った。冬の冴え冴えしい空気より尚冷ややかなものが、二人の空間に敷き詰められて行く。生物の気配の全てが、辺りから消え去った。

「どうしたの? 早く身構えなさい。それとも聞こえなかったのかしら。貴方達に合わせて、弾幕で遊んでやると云っているのよ」

 吊り上がる口元から牙が覗く。吸血鬼の証として光るその牙も、今では獲物を求めている貪欲な証左としてしか思われない。霊夢はすぐにでも札を使えるように人知れず身構えた。不意に狙われても容易に倒されない自信が彼女にはあったし、その程度出来なければ博麗の巫女としての資格も無いように思われた。が、それでも全身の毛が逆立ちそうな紅の殺気は耐えられたものではない。もしも見知らぬ者であったなら、疾うに中てられて倒れていたかも知れぬ。

「――なんて、冗談よ。忌々しい太陽に見下されながら闘うのは好みじゃない」
「……全く、冗談にしては性質が悪いんじゃないの」

 言葉に反して霊夢は密かに胸を撫で下ろした。大人となってから、自分は斯くも殺気に弱くなったのか、と過去の己とを比較して落胆めいたものを感じる事はあったが、こんな時に弾幕ごっこに集中出来るはずもなく、結果的には何事も無くて好かったと思ったのである。が、レミリアはそんな彼女を嘲笑うかの如く、くつくつと喉を鳴らす。可笑しさの類ではなく、それは歴々たる嘲笑の類であった。

「それなら仮に、私が本気で貴方に闘いを仕掛けたら、闘えたのか?」
「例え話は好かないわ。仮に、なんて事は結局判らない」
「ならば、判らせてあげようか」

 レミリアがそう云い終えた時には霊夢の喉元に白くしなやかな指先に光る、鋭い爪が突き付けられていた。風よりも尚速い身のこなしに反応する術は無く、刀剣よりも尚鋭利な爪に対抗する武器は無く、血液よりも尚紅い瞳より発せられる、殺気を超越した死の実感に耐え得る精神力は磨り減って、霊夢は成す術もないままに座していた。
 見詰める先に光る紅玉の奥、細き瞳孔が霊夢の姿を映している。――私は此処で死ぬのかも知れない。彼女はそんな諦念感を抱きながら、全てを受け入れようとするかの如く、また全てから逃避しようとするが如く、目を瞑った。

「弾幕無しの闘いで、人間がこの私に勝てる訳がない」
「あはは、そこそこ強い自信はあったけど、こうまでされると見事に打ち砕かれるわね」
「強いさ、霊夢、貴方は強い。にも関わらず私の好いようにされているのは、弱くなったからだよ」
「皮肉な話ね。成長に伴って弱くなるなんて」

 す、と殺気が引いて行く。レミリアの中に吸い込まれて消えて行くように、二人を包む雰囲気も一変した。緩慢な動作で瞼を開くと、レミリアが湯呑を片手に茶を飲んで、霊夢の表情を探るが如く血色の宝石の如き瞳を向けている。霊夢は今度ばかりは胸を撫で下ろしただけでなく、大きな溜息を吐いた。張り詰めた緊張からの解放は、病が吹き飛ばされたかのような爽快感と酷似しているように思われた。

「ねえ霊夢、私と共に生きる気はない? 我が血の祝福を受け忠義を誓えば、貴方は……」
「嫌よ、操り人形になる気はないわ。それは貴方の従者も同じ事じゃないの」
「まあ貴方が大人しく云う事を聞くなんて思わなかったけど、一応真剣だったのよ」
「真剣だろうが冗談だろうが変わらないわよ。大体あんたの云う事に忠実に従う私を想像出来る?」
「可愛いわ」
「馬鹿」

 そんな事を云い合い、先刻の危うい雰囲気は何処へ行ったのか、二人は笑った。レミリアの雰囲気に呑まれた時は、辺りが薄暗くなったようにさえ感じたが、今では相も変わらぬ好い天気が広がっている。なんて事のない日常ではあったが、少し色々とあり過ぎたとみえて、霊夢の表情にも僅かな疲れが見て取れた。何もレミリアが原因である訳ではない。近来積み重なって行く一つの問題が、霊夢を常に攻め立てているのである。

「それにしても、私を脅して誘う為にこの白昼自ら出向いたの?」
「さあ、悪魔は気紛れだから。そうかも知れないし、そうでないかも知れない」
「やっぱり何か視たんじゃないの、勘だけど」

 「巫女の勘は好く当たる」とレミリアは云って、また茶を啜った。茶請けの煎餅には手を付けていない。白く小さな手が湯呑を掴んでいる。やがて彼女は空になった湯呑を置いて云った。

「――私も咲夜に負けず劣らずのお節介焼きだったという事さ」

 再び何時も通りの不敵な笑みを浮かべる。その言葉を霊夢はやはりと思って疑わなかった。形は違えど何かを掴んだ者は皆ことごとく霊夢を救おうとする。ならばレミリアの言葉が全て本気だったのも頷ける。彼女は霊夢の返答如何で、霊夢を自らの眷族にする事も躊躇わなかったに違いない。そうしてそれらの行動全てが裏付けている。レミリアが目にした霊夢の運命、世にも過酷な理不尽の世界、どうにもならぬ博麗の理。
 ――不意に込み上げる感情に、霊夢は弱くなったな、と心中に呟いた。



5.



 雲霞が空を覆い尽くす嫌な天気の日、霊夢は人里を歩いていた。手には華奢な彼女の細い腕には似付かぬ大きな荷物を下げている。丁度米を切らしたので買い出しに赴いたのだった。
 が、空を見上げれば今にも雨が降り出しそうな気色である。早々に帰ろうと思えど荷物は重く、飛んで帰れば腕に過酷な役割を課す事になる。かといって悠長に歩く事を選べばその間に雨は身を襲いそうに思われた。仕方なしに気の向くまま歩いていたのだが、それでもこれといってやるべき事が見付かる訳ではなかった。
 空があの調子であったからか、人里の往来を歩く人の姿は心持ち少ないように思われる。皆家の中へ引っ込んだとみえて、却って歩き易い。大荷物を抱えているものだから、人混みなどは御免である。霊夢は適当な茶店でも見付けて雨宿りでもしようと思い立ち、辺りを見回した。丁度好い所に茶店はある。素朴な造りの、一見すれば周囲に立ち並ぶ一般の民家と見間違えそうな店である。が、この際なので霊夢は「茶」と達筆な文字で描かれた暖簾を潜った。

 中は外見を裏切らず、決して広いとは云えなかったが、客はそれなりに居るようであった。どの席も誰かしらが使っている。それでも空いている席はないものかと店内を見渡すと、店の隅に二人掛け用の席がぽつんと孤立しているのを見付けた。それと時を同じくして外から雷鳴が轟く音がする。間もなくざあと熾烈な勢いで降る雨音が店内に聞こえ始めた。店に入って好かったと、半ば自分の勘の好さに優越を感じながら霊夢は店の片隅にある席に着く。

「ご注文を」
「みたらし団子」
「承りました」

 すぐに訪れた店の者にそう云い付けて、霊夢は荷物を足元に置きつつ一息吐いた。注文したのは品書きを横目に入れた時に真先に見付けたものである。この際雨から身を隠す事が出来るのなら何を注文しようと構わなかったし、丁度値段も手頃なものである。霊夢は喧騒のざわめきを何ともなしに耳へ入れながら、外に降る雨音を傾聴した。
 ――ああ、独りだ。そんな事を思う。皆誰かしらと席に着く中で、店の片隅に一人で座る霊夢は傍目にも孤独だと思われるに違いない。店内の喧騒を聞いているのが、何だか憂鬱に思われた。

「申し訳ない、相席してもよろしいですか」

 不意にその男は現れた。黒い髪先から水を滴らせ、胸には何やら紙袋を抱えている。傘も持たぬようで、霊夢と目的を同じくして店へ入って来たであろう事は容易に知れた。別段断る理由も無かったし、雨が止めば店を出よう程度の心積もりだったので、霊夢も「どうぞ」と云ったばかりである。男は恥ずかしそうに頬を掻きながら、霊夢の正面の席へ着く。

「いや、全く弱る。買い物に出たら酷い雨に出くわした」
「それは災難でしたね」

 霊夢の返事は彼女自身が案外に思うほど素気なかった。が、男にはそんな事を気にする様子はない。霊夢も杞憂だと思い直して窓の外を見る。雨は未だ強く降り続けていた。ところへ店の者が再び訪れてご注文はと聞く。男はみたらし団子と答えた。一寸不思議に思って男の顔を見ると目が合う。男は好物なものでと笑って云った。

「貴方も雨宿りですか」
「ええ」
「随分と大層な荷物があるが、女手一人では難儀でしょう」
「雨さえ止めば、何とでもなりましょう」

 そこでまた店の者が現れる。手に持つ盆にはみたらし団子が二皿、そして温かな湯気を立てる湯呑が二つあった。それが机の上に置かれると、何かに気付いた風に霊夢を見遣る男が居る。何だか恥ずかしくなって、霊夢は「好物なもので」と云うなり見たくもない店内の様子へ目を向けた。

「もしかすると、貴方は博麗神社の……」

 すると男がまたも気が付いたように尋ねる。男へ視線を戻すと、邪気を含まぬ黒い瞳が向いている。霊夢は黙って頷いた。決まってこういう時には相手が妙に畏まって、遣り辛くなるのである。霊夢はそういう堅苦しい場を好まなかった。それだから男が妙に慇懃たる態度を取るつもりならば、雨にも構わず帰ろうと心に決めた。

「本人の姿を窺うのは初めてです。こんなに綺麗な女性だとは思わなかった」

 が、予想に反して男の態度が妙に畏まるとかそういう事はなく、むしろ光栄だと云い表すように男は笑顔になった。霊夢には却ってその方が不思議である。元より自分の予想が当たると思って店を出る準備をしていたのに、その機会が奪われてしまった。驚いた顔で男を見ると、彼はみたらし団子を食べながら霊夢をまじまじと見詰めている。

「そんな事は……」
「そう謙遜なさるな、きっと傍目から見ても男の目を引くでしょう」

 霊夢はそれ以上何も云えずに押し黙った。こうも直線的に褒められてみると、悪い気はしないが恥ずかしくて仕方がない。男の人柄を見るに、嘘を容易に吐けるような者には見えなかったので、本心から云っているのであろう。それが霊夢の嬌羞を呼び起こす。白き頬に赤味を忍ばせて、霊夢は小さく「ありがとう」と云った。

「いやしかし、そんなお方の相席に僕みたようなつまらない男が座ってしまって甚だ恐縮です。せめて面白い話でも出来れば好いが、生憎女性の方を楽しませる心得が無いもので」
「いえ、私とて殿方を楽しませる術など心得ておりませんから」
「あははは、じゃあお互い様と云う訳ですね。何だか不思議な縁だ。この際雨が止むまでの間、つまらない男の話し相手になって遣って下さい」
「私みたようなつまらない女でよろしければ、是非」

 二人はそんな事を云い合って笑った。
 思えば何故素気ない態度を取ったのか、と霊夢は考える。その答えは一つしか浮かんでは来ず、要因が判然としている問題を抱えているのは何だか滑稽に思われた。本来要らぬはずの警戒心と、過酷な運命を強いられて、未だ納得出来ずに居る自分自身が無意識の内に男を突っ撥ねていたのかも知れぬ。だとすれば眼前に座る男と対峙して居ながら笑う事が出来るのは何故なのか、詳細は霊夢にも判らなかった。ただ不思議と彼との話は弾んで行く。
 男の持つ雰囲気は常人のものとは一種違うように思われた。生物が誰しも持つ心の結界の境界を、相手に不快感を与えぬままに踏み込む能力があるかのようで、そんな男だったからこそ、霊夢は少なからず心を開けたのかも知れない。人里の者からは畏怖と尊敬の象徴として見られる博麗の巫女と、此処まで有りのままの自分を曝け出して接する事の出来る人間はそうは居まい。ともすれば単なる好奇心から霊夢は男の話し相手を買って出たのかも知れなかった。

 未だ止む気色を見せぬ雨が店の屋根を叩く。或いは窓を叩く。風に煽られては強く打ち付け、豪と風が唸りを上げて窓の格子をがたりと云わせた時には、店内の誰彼もが店の窓に注意を向けたほどである。暗雲立ち込める空の下、偶然の出逢いを果たした男女は語る。霊夢は何故昨日レミリアが訪れたのか、その意味を悟った心持ちがした。笑う女の心中に雨が降る。果たしてそれは悲喜のどちらに属するのか、答えを知る者は此処に居ない。
 ――雷神の怒りが雷霆となり、遠い山の稜線に落ちる音がする。幾度も、幾度もそれは繰り返される。何故他の人々はこの耳を劈き天を裂き大地を割るかのような恐ろしき音に気付かないのだろう、雑談を交わしながら霊夢は考えて、その音が自分にのみ聞こえる音と気付くや否や、憂慮の微笑みを浮かべるのであった。



6.



 雨が降り、二人が足止めを喰らっている最中にも時は過ぎる。気付けば窓の外に降る雨は見えず、暗闇のみが世界を覆う中、雨音だけが克明に音を刻んでいるばかりであった。

「もう随分と遅い時間になってしまったようだ」

 男が一寸窓の外の様子を窺った霊夢を気遣うようにそんな事を云う。霊夢は弁明を図るかの如く、早いものですねと何食わぬ顔で返したが、男は何か急ぐ用でもあるのかそわそわと落ち着かない。その内入店してから始終胸に抱えている紙袋の中を見ては心配そうな面持ちをするようになり、頻りに窓を見るようになった。それがあまりに火急の用件を抱えている者の如く見えるので、何だか申し訳なくなった霊夢は一寸その事に対して尋ねてみる事にした。

「どうかしましたか? 何処か急いでいるようにも見えますが……」
「いえ、時刻はどれくらいかと気になってしまって。今日中に済まさねばならぬ用があるのです」
「恐らく玄の刻には近付いていると思います」

 勘に頼った物言いではあるものの、二人が話し始めてから経過した時間を考慮に入れるとこれくらいが妥当な所であろうと思い霊夢がそう云うと、男は「それは不味い」と苦々しい表情で口にした。心持ち胸に抱えた紙袋に力が籠る。窓の外を見れども、雨が止む気配は一向に見えぬ。雨宿りを目的としてこの店へ駆け込んだのならば、未だ外に出るには相応しくない時分である。

「こうなれば走るより他に有りません」
「家は近くに?」
「半刻も走れば着きましょう。辛うじて妖怪も入って来れぬ場所にありますから」

 男はそう云うなり立ち上がる。そうして懐に紙袋を出来る限り隠すと、苦笑を浮かべて霊夢を見遣った。黒き瞳には申し訳なさそうな輝きがある。霊夢は彼に微笑を贈るばかりで、何も云わなかった。

「僕みたような男の話し相手をして下さったのに甚だ無礼な話なのですが」
「いえ、お気になさらず。大事な用ならばそれを優先すべきです」
「ありがとう御座います。――妹の誕生日である内に、祝ってやれればきっとあいつも喜びます」
「ええ、きっと。妹さんにお祝い言葉をお伝えして下さい」

 案外な男の用事を聞くと、霊夢は何だか心が温まるような不思議な心地になった。心の根から枝葉に至るまでこの男は優しいのであろうと想像するのは難くない。「必ずや」と云って一目散に店を出て行った男を見送りながら、霊夢はそんな事を思った。そうしてこれも用意された宿命の内に起こり得た事件の一つなのであろうと、先刻の何もかもを忘れて楽しく談話を交わしていた時間を邪推した。が、それが間違いではないと示すかの如く、途端にあれほど二人を悩ませた雨は止んでしまったのである。窓の外を見れば、晴れかけた空に月明かりが滲んでいた。

 そうして暫時の後、霊夢も店を出ようと思い立ち、足元に置いた米を持ち上げると、会計を済ますべく店の者を呼び付ける。もう客も疎らになる時分で、残っているのは霊夢と他の数名ばかりであった。

「お幾らで」
「此処の席の代金ならば、先刻慌てて外に出て行った男の方が既に払っておりました」
「みたらし団子二つ分ですか」
「ええ、相違ありません。せめてもの謝罪だと仰っておりましたが」

 知らぬ間に行われていた事に対して、最早霊夢には礼を云う術が無い。此処で余分に金を払っては男に失礼である。有り難く思って店を出なければ彼の気持ちに報いる事は出来ぬと判っていながら、しかし霊夢は煮え切らない心持ちであった。数奇な出逢いであったにも関わらず、好くして貰ったのは霊夢ばかりである。彼女にはそれが甚だ不甲斐無く思われた。今度彼と会った時には謝罪を含め礼も云わねばなるまい。
 店の外は案の定の天候である。先刻の豪雨が嘘のように晴れ、空には満天の星空と高貴な月が君臨している。霊夢は一人歩き出しながら、紫の云った「どうにもならぬ時」を想像した。すると酷く気分が悪くなる。それは霊夢に対する保険を示唆する言葉に他ならず、紫が呈した矢尽き刀折れた時を迎えた時の為の最終手段である。霊夢はいずれそれを行使しなければならない時が来るのだろうか、と考えてはやはり身を襲う不愉快に顔を顰めるのであった。

 人里から博麗神社への道のりは酷く遠いように思われる。ましてや米という重い荷物を抱えているのが霊夢の細腕ともなればその苦労は容易に知れる。霞のような青白い光が足元を照らす道を、それでも霊夢は歩き続けた。当然苦になって然るべきはずの米の重量にも構わず、長き道のりを歩む。空を飛べば否が応にも自分が逃れ得ぬ宿命を背負わされているように思われてしまい、果てのない憂苦に陥ってしまうからである。――知らず彼女の足は、別方向を進み始めた。
 霊夢には平坦なる道のりに、峭刻たる遮蔽物が無限に連なっている心持ちがした。



7.



 霊夢は何故自分がこんな所に居るのだか、全く以て判らなかった。一時的な逃避の場としてこの場に訪れたのなら、彼女は自らの脆弱な有様が露呈されたと思わねばならぬ。が、だからと云って他の理由など思い付かず、此処に来たからにはすぐさま身体が帰路へと戻ってくれる事もなかった。夜霧の闇の中、頼りに光るのは月光ばかりで、横手に鬱蒼と茂る木々が伸ばす枝の合間から、一筋の光が指し示すのは「香霖堂」と書かれた看板であった。
 意識の内か、無意識か、霊夢は店の入り口に歩を進める。店内に灯りを認める事は叶わない。彼女を取り巻く世界が闇に包まれているのと同様で、それと店内の様子は然程変わらない。が、それでも彼女は自身の行動を自ら制す事が出来ぬまま、控えめに入口の戸を叩く。古くなり上手く嵌まっていない硝子が、騒々しい音を立てた。
 店主は疾うに寝ているだろう。これしきの音で起きては来ないかも知れぬ。そんな事を思いながら、続けて二三度と戸を叩く。静謐なる宵闇の世界に、騒がしい音が木霊している。

 が、一向に人の気配がする事は無かった。霊夢はそれで漸く自分のしている事の愚かしさを自覚したとみえて、物憂いげな表情で溜息を一つ吐き出すと、ゆっくりと踵を返す。何をしているのか、――そんな自問を投げ掛けた時、不意に背後からがらりと音がした。驚いて振り返ってみれば、既に寝巻へと着替えている店主が呆れたような顔をしている。

「こんな夜更けに誰かと思ったら。全く君は、とうとう時間すら気に留めないようになったのか」
「少し人里で雨宿りをしていたら、こんな時間になったのよ。それで此処に来た方が速いかなと思って」
「僕からしたら好い迷惑だ。寝ようと思った所を叩き起こされたんだから」
「……ごめんなさい。今日だけは、家までの道のりが不安で」

 表情と変わらぬ呆れた口調で「迷惑だ」と云われ、霊夢は予想外の痛みを胸に感じた。憎まれ口に憎まれ口で返すのは二人の間では何度も交わされる遣り取りである。無論霖之助もそのつもりで発した言葉だったろうが、今の霊夢には同じように返す気力は無かった。彼女らしくもない落とされた肩は、悄然とした様を隠そうともせず、彼の前に曝け出している。霖之助は一寸妙な顔をして「何かあったのかい」と尋ねた。霊夢は静かに微笑したばかりである。

「まあ取り敢えず上がって行くと好い。こうなれば幾らでも付き合ってやるさ」

 そう云って霖之助は店の奥の方へと引き返して行った。霊夢は彼が行ってから暫くした後に店内に入る。嗅ぎ慣れた埃の匂いが胸を締め付けた。相も変わらず雑然としている商品は酷く懐かしい。奥に灯りが点いた時にこちらを見遣る男の眼差しは、何時になっても変わる事が無い。胸中には近来忘れかけていた温かなものが遍満して行く。これは如何なるものか、霊夢は考えるより早く気が付いた。――ああ、私は此処に来てとても安心している。

 二人は居間の卓袱台を挟んで差し向かいに座った。霖之助が出した茶は湯気を立てている。話をする上での準備は整った。けれども二人が話し出そうとする気配は一向現れない。

「それで、どうしたんだい。こんな夜更けに来るなんて尋常の沙汰じゃないだろう」

 霖之助の言葉は既に鋭く的を射ていた。霊夢の纏う雰囲気一つで、彼女が何かしらの理由の元に来訪したのだと気が付いている。が、それを一向に霊夢が話し出さないので尋ねた風である。彼女は押し黙ったまま、云い難そうに目を明後日の方向へ向けた。しかしそんな霊夢の逡巡にさえ霖之助は口を出さず待っている。ともすれば云わなくとも好いと言外に語っているように見えて、だからこそこんなにも安堵を感じているのだと霊夢は思った。

「……今日、此処に泊めて貰えないかしら」
「泊まりたいなんて、君から聞くのは久し振りだ」
「無理なら好いの。迷惑な申し出だって自覚しているから」
「駄目な訳じゃないさ。君がそうしたいと云うなら、好きにしたら好い」

 霖之助は自身の質疑が無視されている事にも構わずそう云った。彼の「好きにしたら好い」は酷く広義である。怜悧な眼差しの中の鋭利な光は途端に失せて、仕方ないとでも云うように彼は席を立った。

「風呂を沸かして来る。どうせまだ入ってないだろう」
「ありがとう。霖之助さんって優しいのね」
「今に知った事じゃないはずだ。まあ判っているのなら、少しは普段から僕に敬意を払ってくれ」
「それはどうかしら。霖之助さんが優しい時は滅多に無いから」

 軽く笑って云うと、霖之助は「失敬な」と云って今度こそ風呂場の方へ向って行った。残された霊夢はその場に独座しながら、眼前に置かれた湯呑を眺めるばかりである。何時からだったか、あまりに霊夢や魔理沙が頻繁に遣って来るものだから、霖之助が彼女らの専用として用意した湯呑であった。以来霊夢や魔理沙が香霖堂に訪れる度に、二人の前には何時も同じ湯呑が並ぶ。こんな時になってそれを眺めてみると、不思議な感慨が胸に湧く。
 一口だけ茶を啜ると、慣れ親しんだ渋い味がする。胸中に広がる温かさは更に増す。霊夢は一人唇に笑みを象ると、深く溜息を吐いた。そうして暫くは頭に浮かぶ紫の言葉を払拭しようと躍起になった。

「湯が沸いたよ。そんな難しい顔をしてないで早く入ると好い。ついでに鬱積も何もかも、煩わしいものは洗い流してしまえ。君に何があったのかは判らないが、せめてこれぐらいは手伝ってあげるから」

 霖之助はそう云いながら座った。霊夢は意外な霖之助の優しい言葉に驚いて目を丸くしている。図らずも胸の奥に詰まっていたものが一気に取れそうになり、それを隠すように「ありがとう」と云って風呂場に駆けて行った。その時に霖之助がどんな表情をしていたのかは判らなかったが、それでも彼が自分を厭うような顔をしていないという不思議な確信がある。更衣室に逃げ込んだ時には、一粒の雫が目尻から落ちていた。……



8.



 長い一日に浴びる湯は酷く心地好い。けれども心地好さ過ぎて、身が震える。すると止めどなく目より溢れ出るものがある。湯をかけてもいないにも関わらず、鼻がつんと熱くなる。寒いはずがないのに唇が震える。何だか判らぬまま視界が曇る。喉の奥からは覚えず慷慨の音が聞こえ出し、それを堪えようと口を噤めば押し殺した嗚咽が風呂場の中で反響した。何が悲しくて、何を恐れて自分が泣いているのだか霊夢には判らない。ただ胸を締め付ける何かが、涙を絞り出そうとしている。それこそ溜まり続けたものが一気に溢れ出て行く勢いで、止めどなく流れ続けている。
 此処に来た時に真先に感じたのは安堵であった。そうしてその次に感じたのは優しさであった。その次は考えても判らない。ただ苦しみだけが判然としている。本当に愛する人が居るのなら――紫の言葉がちらついた。

 駄目だ、と思いながら混濁した思考を振り切るように、霊夢は頭から熱い湯を浴びた。長く伸びた黒髪が背中に張り付いている。白き肌は紅く色付き、濡れた瞳は堅く瞑られた。きっと此処に鏡があったのなら、霊夢は身を襲う辛苦に到底耐えられなかったに違いない。彼女は自分の肉体を自らの目で認める事が耐えられるものではなくなっていた。
 風呂場に響く声なき慟哭。男の耳に届けと欲せばこそ、その声は更に消えようと努める。心身がまるで滅茶苦茶だと思わずには居られなかった。それだから遂に男の耳に彼女の叫びが届く事も無かった。




 風呂を上がり、借りた寝巻に着替えた後居間へ戻ると、卓袱台が片付けられている代わりに布団が一枚敷かれている。ところへ寝室から霖之助が遣って来た。

「お湯、ありがとう」
「構わないよ。寝室にも布団を一枚敷いたから、そこで寝ると好い」
「霖之助さんが居間で寝るの? 何だかそれっておかしいわ」
「別におかしくないだろう。外の世界では女性を厚く持て成すのだそうだ」
「此処は幻想郷なんだから、霖之助さんが寝室で好いわよ。そこまでされると申し訳ないもの」
「何を今更。大体寝室も居間も何も変わらないさ」
「気持ちの問題なの。そんなに剛情を張るなら、二人で寝室に寝れば好いじゃない」

 霊夢がそう云うと、霖之助は呆気に取られたような顔をして霊夢を見る。二人は暫く立ったまま見詰めあった。それは男と女が対峙する様である。濡れた髪の毛を碌に乾かす事もせず、艶やかな黒髪を背中に垂らす女の頬は紅く上気して色気を醸し、白き寝巻から覗く胸元も仄かに色付いていた。それが風呂上り故なのだか、発言に対する羞恥の念なのだか判らない。ただ濡れた黒曜石の瞳が何処か懇願しているようにも思われた。

「そうまで云うなら、僕が寝室で寝るよ。それで好いだろう」
「折角だから私も寝室で寝るわ」
「それじゃ云ってる事があべこべだ」
「あべこべで好いわ。布団、持って行くから」

 強引に話を断ち切って、霊夢は居間にある布団を持ち上げると、寝室へ向かう。霖之助は彼女の姿を眺めるばかりで、やはり呆気に取られた顔をしている。やがて戻って来た霊夢にこう云った。

「大人になっては以前と同じく、という訳には行かないだろうに」
「別に好いじゃない。それこそ今更だわ」
「君がそれで好いなら何も云うまい。好きにしろと云ったのは僕でもある」

 諦めたとでも云うように肩を竦めた霖之助に笑顔を見せて、霊夢は寝室へと再び戻って行った。霖之助もそれに続いて寝室へと入る。そこには隣り合って敷かれた布団が一組あった。まるで緊張感のない女性に育ってくれたものだ、と思いながら霖之助はさっさと布団の中に入る霊夢を見て溜息を吐く。そうして欠伸を一つ噛み殺しつつ、自分も布団へと入る。女性特有の甘い香が、隣から香って来ていた。

 灯りを消した室内で尚光るのは月光である。幽隠なるその光に照らされて二人の男女が闇に浮かぶ。男は窓に顔を向け、女はそんな男の背を見ている。身動ぎの音ばかりがする中で、二人の呼吸は尚目立っていた。自制の鎖が千切れかけているのはどちらか、心に軋む音が響く。淫気は次第に場を支配し、女の唇は何かを決意したかの如く引き締められる。すると一層布団の擦れる音が大きくなった。月には雲が懸かり、灯りの無い世界に僅かな音だけが聞こえている。

「――」

 雲が流れ月が明らかに姿を現す。女の言葉は男の身体を僅かに揺らした。呼気は心持ち荒く、布団の擦れる音は未だに大きい。それは忍従に耐えかねた者が出す音である。颯と吹き窓を叩くは嘲弄の音である。月光の元に暴かれる二人の姿は哀婉なる恋情を具現したものであった。驕慢な思いから他者を巻き込む女の顔には、憐憫に足る、病に呻吟する者の如き表情が浮かべられ、男は好きにしろと云ったのは僕だと憐れみの言葉を女に添える。
 唯々として従う男に女の涙が零れ落ち、蒼然たる月光が投じる影は重なり合い、衣擦れの音は高らかに響く。女の明眸は幽艶なる光を湛え、細くしなやかに伸びる五指が静かに男の胸に宛がわれる。熱い吐息は外気に晒され白霧と化し、触れ合う身体は熱を孕み、幾度も重なる二人の影に銀色の橋が架かる。熟れた果実の危うきを知らず、飢えた獣の恐ろしきを知らず――食み合い貪る二人の間に距離は無く。幼年に別れを告げればこそ溢れる涙は紅く、黒き瞳より流れる涙はその縁由を知らぬ。自制の鎖は打ち砕かれて、悲しみに哭く女の声は漸くにして男に届く。

 狂瀾に身を呑まれし女に吹き付く業風が、更なる罪悪を重ねる彼女を戒める。最早戻れぬその行為、最早溺れるより他に無く。静かな宵に、妖艶なる余韻が静かに尾を引き流れ行く。……



9.



「いやはや、明らかに年端の離れた異性での交際とは白い目を向けられがちでして。殊にそれが単なる少女嗜好から来るものだったのなら、白い目どころかお縄という可能性もある訳です。とかく住み辛いこの世の中じゃ純粋なる恋愛ですら容易じゃありません。だって子供から大人へ純粋な愛が向けられたのなら、どうすれば好いでしょう? 大人は大人らしくやんわりと拒絶するのが定石かも知れませんが、どうしたって良心は痛むものです。そうすると大人はどういう対応を取るのが一番相応しいのでしょうか。私はこう思うんですよ。一思いに突き離せ、って」

 取材という名目を掲げて博麗神社に射命丸文が遣って来たのは翌日の事であった。元より背に圧し掛かる罪悪に苦しんでいた霊夢には、彼女の話の主題が否応なしに突き刺さる。文が誰の事を話しているかなどは話し始められてからすぐに判った事であったし、件の人物と短い付き合いでも親しくない訳でもない霊夢がその事実に気が付かないはずがなかったのである。だからこそ、彼女の身を絶えず苛める罪悪感は更に鋭く研ぎ澄まされて、より深く心の奥へと突き刺さる。


「そりゃ貴方は酷いって云いますが、中途半端に期待を抱かせるよりも余程優しいやり方ですよ。私達が住むこの幻想郷じゃその定義だって曖昧なんですから。例えば私と貴方との年の差はあまりにも大きいじゃありませんか。そうすると価値観だとかそういうのも変わってくるもので、そういう差異が意識の差を生むんです。だから長命の妖怪が、――仮に男性だとして、貴方と同じくらいの少女に想いを寄せられたら、男性の方は相手を子供だと思うより仕方がなくなる訳です。元々関係の近しい相手だったなら、その壁は決して越えられないでしょうね、ええ」

 到底楽しく談笑などという気分にはなれず、霊夢は適当に返事をしつつ、天狗の偉そうな講釈を聞くともなく聞く。当人以外に判り得ない事を推測してもそれは徒労に終わるばかりである。そう思うと、文の論弁は甚だ見当違いに思われた。幾ら推測に推測を重ねた所で、結局答えは判りはしない。霊夢には彼女のしている事が不毛だと思われて仕方なかった。

「あはは、まあその通りなんですよ。あの二人――正に今挙げた例に当て嵌るじゃないですか。何ともなしに興味を持って、影から見守ってみれば悲惨なものですよ。私よりも貴方の方が二人の事をよく知っているとは思うので、私が持っている勝手な自己解釈を鵜呑みにされちゃ困るんですが、まあ得てして世の中はそういうもので。――え? あはは、私の方が犯罪者らしいって、全く的を射た指摘ですが記者にそれは無粋な評価です。東西奔走してでも誰彼が興味を持つ記事を書かないとならないんですから、それは胸の内に仕舞っておいて下さい」

 勝手な話だと、霊夢は思わずには居られなかった。必死に平生を装っているにも関わらず、肺腑を抉る言葉を文は紡ぎ出す。取材という名の拷問に耐えながら、霊夢は早く帰ってくれやしないかと心中に願い続けていた。知らず表情は重くなり、傍目から見ても難しいを顔をしている霊夢が安き心を保っているとは誰もが思うまい。が、そうであるにも関わらず文の流暢に動く舌は一向に休む気配を見せなかった。

「今回の記事はこれで決まりですね。題して"大人と子供の境界"、何とも皮肉めいていて、購読者の興味をそそりそうじゃないですか。――それでは私はそろそろ。貴方には一番最初に読ませてあげる事をお約束しますよ。なに、取材に応じてくれたお礼とでも思って下さい。じゃあ、また」

 もしもそんな記事を本当に書き、その言葉通りに完成した新聞を送り付けて来るのなら、すぐに引き裂いて捨ててやると霊夢は心に決めた。一方的に話し続けて漸く背の翼を広げて飛び立ったのを見て、霊夢はざわつく心を落ち着かせる事が出来た。それは一種の安堵でもあったのかも知れぬ。これ以上自らが犯した罪悪を無理矢理見せ付けられる事がないという今の彼女にとって最大の安心であったのかも知れぬ。
 ――斯くして天狗は去った。霊夢は深い溜息を一つ落とし、憂いを秘めた目で空を見上げた。冬の寒空は次第に遠退いて行く。春の景色が何処か遠くから、着実に向かって来ているような心持ちがした。そうして避け得ぬ宿命の津波が彼女を飲み込まんと迫り来る心持ちがした。――視線を戻した先には、何時の間にか八雲紫が立っている。

「こんにちは。御機嫌は、あまり好くなさそうね」
「丁度鬱陶しい天狗が帰った所だから。まあ上がりなさいよ」
「珍しいわね、貴方の方からそんな事を云うなんて」
「そろそろあんたが来る頃だろうと思ってたの」

 そうして二人は居間に座す。相変わらず紫の表情は何をも語らない。けれども霊夢の表情は色々な事を語る。彼女は自らの胸の内に蔓延る数多の感情を隠すほどの余裕を失ってしまった。隠す事の出来たものは僅かで、その代わりに大きい。だからこそ外界に漏れ出す情報は多かった。沢山の事を抱え込めるほどの強さが、今の霊夢には無かったのである。

「今日はあんたに頼みがあって。多分、あんたにしか出来ない事だわ」
「私に出来る事なら幾らでもするわ。それがせめてもの償いだもの」

 その時紫は初めて寂しげな微笑を浮かべた。霊夢はそれから云わねばならぬはずの言葉を発するのに躊躇している。決意してはいても、それが断固たるものとして固まる前に紫は来訪してしまった。それだから彼女の迷いの揺れは大きく、悩乱に陥っては見付かるはずのない正答を探し続けている。が、闇雲に模索したとて有益な情報が手の内に落ちて来る訳ではない。元より霊夢には云うつもりであった言葉を紡ぐより他になかった。

「……霖之助さんの、」

 動悸が激しくなり、胸が破裂しようとしているかの如く痛む。霊夢はそう云い掛けるなり大きく息を吸い込んだ。紫は何も云わぬまま、痛悔の念を自身に云い聞かせようとしているかのような、或いは自らの身体の一部が切り落とされる激痛に耐えようとしているかのような霊夢の表情を見詰めていた。どちらにしろそれは苦悶の表情である。見ている者ですら心が痛みかねない傷跡の露見である。

「霖之助さんの、昨晩の記憶を消して欲しい……」

 歯を食い縛る音さえ聞こえそうな彼女の表情に、紫はやはり何も云わなかった。ただ頷き、霊夢の頼みを引き受けた意思を表すばかりである。――尚も霊夢は続ける。世の絶望の全てをその身に受けた者の如き辛辣なる表情で、望まぬ望みを口にする。喜劇の幕の下りる時の寂寥感、悲劇の幕が上がる時の悲愴感それらが綯い交ぜとなった矛盾の狭間、霊夢は苦しみに呻きながら言葉を紡ぐ。

 霊夢は自ら婚礼の儀を共にする相手を選び出した。否、選び出したと表すには傲慢が過ぎる。正しく形容するのなら、恐らく「巻き込んだ」が適切であろう。霊夢は今をどうにもならない時だと云ったも同然である。そうしてそれを紫に伝えたという事は、無理矢理博麗の巫女の運命に他者を巻き込むという事である。
 それが到底許されるべきでない事は二人も判っている。けれども焦燥に突き動かされ平静を失った霊夢は、最早そうするより自己を今までと同じように保つ手段は無かった。未だ残された充分な時間を利用する暇などなく、全て我儘と呼ばれて仕方のない行いである。霊夢はその方が幾らか好いと思ってしまった。彼女が犯した最大の罪と呼ばれるべきはそれである。が、それでも霊夢にとって最大の罪とは、在ってはならぬあの夜の記憶を於いて他に無かった。

「それが貴方の答えだと云うのなら、貴方の望むように事を進めるわ。外道と罵られるのは私だけで充分。かといって誰が気付く訳でもないでしょうけど、――だから霊夢、そんなに悲しそうな顔をしないで」

 その優しい言葉に、霊夢は遥か昔に出逢った謎の女を見出した。残酷な事を何も知らなかった無知な自分に教え、最後は優しく頭を撫でて去る、謎と評するより他に無い女である。不意に、あの日女が去った時と同様に涙が溢れ出そうになる。いっそ外聞を憚らず、大声を上げて泣く事が出来た幼子に戻れたなら、どんなに楽だったろうかと霊夢は思う。既に崩れているはずの矜持すら守ろうと努め、涙を必死に堪える自分は滑稽でしかない。けれども、ひと思いにそれを擲つ事は出来なかった。ただ紫の「無理なんてしなくても好いのよ」という言葉が、生々しい傷口を熱い湯で洗い流す時のような痛みを、どうしようもなく胸に広げている。醜い女だ、そう嘲弄する声が、何処からともなく聞こえて来る心持ちがした。……



10.



 それから全ては滞りなく進められて行った。半ば式の日程も決まり、その相手もそれを自覚している。無論それは人心をことごとく無視した外道な手段の為に他ならないが、それを相手が知る由は無く、心を痛めるのは事情を知る僅かな者ばかりである。中でも一番心苦しく思われたのは慧音との話し合いであった。人里を守る彼女は、里に住む者を把握している。それ故に霊夢が里の者と結婚するという話が突然上がれば不審に思う余地は充分にある。それだから彼女には全てを打ち明けて納得して貰わなければならなかったのである。
 が、彼女は驚くほど早く霊夢と紫の言分を認めた。尤もその事に驚いたのは霊夢だけで、二人は古来より博麗の巫女が有する事情を知っている為、こうした事が起こり得るであろう事は予測の範疇から決して逸しないものだったのである。――しかしそれでも霊夢の罪悪感は無くなるようなものではなく、霊夢は自分の身勝手を強く謝った。何もかも自分の都合に合わせてしまった、他人にどれだけ迷惑を被らせたか判らない、ごめんなさい、と。そんな霊夢に慧音は存外優しい声音で返した。

「謝られるべきは私ではない。そして当人にも謝るべきではない。今だけは自分の事だけを考えていろ」

 その言葉が意味する所を察した時、霊夢は涙を呑む思いで礼を云った。そうして針を呑む思いで依頼した。私が幸福な思いで結婚するというような事を射命丸文の取材に対して答えて欲しい、その為に彼女とは話を付けておく、だからどうか頼まれてはくれまいか。これもまた、慧音はすぐに霊夢の心境を察し、承諾した。

 それから霊夢は皆に宛てた手紙を書き始めた。内容は結婚をするという事を知らせるものである。それ以外の時節の挨拶などは殆ど適当に書いたもので、彼女の思いが感じられるものは、やはり"結婚"という単語が出て来る段落にしか存在しなかった。――霖之助に宛てた手紙には唯一の追伸が添えられていた。忘れ得ぬはずの夜半の出来事が忘れられているであろう事は紫の手際を見るに確実である。もしかすれば、その追伸は霊夢から彼へ向けた最後の決別を予期したものであったのかも知れない。「香霖堂に訪れる」という確かな目的を書き終えた後、霊夢は確かにそんな事を思った。

 そうして間もなく霊夢は香霖堂を訪れる。彼は何時もと何ら変わらぬ顔で彼女を出迎えた。多少の変化と云えば、霊夢を見上げる顔が間抜けであった事ぐらいである。彼女と話し続けても挙動の変化は見られず、霊夢はその様子に安堵のような苦しみのような曖昧な痛みを感じた。幾らあの夜を仄めかす単語を出して見ようとも、思い出す気色は全く現れぬ。紫の手際は、憎らしく思われるほど完璧であった。彼女が霖之助に残した最後の温もりも、困惑以外の何物も彼へもたらさなかったのだから。

 すべき事を殆ど終えた後、霊夢は自らの手で博麗神社の入り口に立ち入りを禁ずる札を掛け、独り母屋の中に立て篭もった。それより式の日までを迎えるまではそうするつもりであったし、他人と会う機会は出来る限り失くした方が心を楽に保つ事が出来るからである。誰の気配を感じようとも、彼女は決して動きはせず、式の詳しい日程を知らせる手紙を出すまでは、誰とも会わずに過ごし続けた。やがて、時は来るべき日へと迫り、新たに執筆した手紙は幻想郷中に行き渡り、霊夢の事を載せた記事も同時に皆の手元に届けられた。――そして結婚式の日には、多くの来客が訪れる。





「ほら、動くのは止しなさいな。折角のお化粧が崩れるわ」
「そんな事云われたって、慣れない事をされてると落ち着かないわよ」

 二人の話し声以外に如何なる声もしない静邃なる博麗神社の一室に、鏡台を置いた部屋がある。その上に化粧道具を窮屈に並べ、これもまた窮屈そうな面持ちで座る霊夢と、楽しそうにその顔へ化粧を施す紫の姿があった。躑躅の散る様が実に鮮やかな着物を纏い、みるみる内に変化して行く自身の顔を鏡の内に見出しながら、霊夢は心持ち落ち着いて座している。来るべくして訪れたこの日をこんな心持ちで迎えられるとは当の本人ですら予期していない事であった。

「ほら、これで終わり。綺麗になったわ。見違えるよう」
「仮面でも被っているみたい。化粧って怖いわね」
「私は貴方をより魅力的に仕立てただけよ。誰でもこうなる訳じゃない」
「あんたに褒められると妙な感じだわ」

 鏡に自身の姿を映して、それを批評するような眼差しで見る霊夢は甚だ不思議だという顔をした。元来が化粧をする性分ではなかった為に、その驚きも大きい。紫はその後ろで自らの手腕に満足していた。

「……それにしても、大きくなったわ」

 頬に手を当ててみたり、忙しなく自分の顔を弄っている霊夢に、感慨深そうに紫は漏らした。鏡越しに霊夢の不思議そうに丸められた目が向けられる。大人寂びた魅力を醸すその姿は、幼き頃とは似ても似つかなかった。僅かな面影を残して霊夢は大人へと成長を遂げた。数々の異変を解決に導いて来た博麗の巫女の凛々しい姿は、今や瑞々しい果実を思わす美しい女となっている。そうして手も付けられぬほどに泣き喚く弱弱しい姿も、忘却の彼方へと置き遣られていた。

「何よ、いきなり。人間なんだから大きくなるのは当たり前じゃない」
「長く近くで見守っていると、不思議な感動があるものよ。私が親心なんて、何だか馬鹿げているけれど」
「今日は可笑しな事を云うのね」
「まだ気付いていないのかしら。貴方が強く在ったからこそ、私はこうして貴方の傍に居るのに」

 刹那、身体が凍り付いたかのような感覚が霊夢の身を襲った。優しく細められた金色の明眸は、光の如き早さで霊夢の記憶の中に突き刺さる。時を遡り、情けなく泣き喚いたあの日の記憶が舞い戻り、影しか見えなかった女の姿に陽が差したかの如く、明らかに浮かび上がって行く。あの日頭を撫で、世の理不尽を恐れるなと残して去った謎の女の正体が、幾星霜の時を越えて露わになり、現今に至る霊夢の思考は碌に言葉も紡げぬほどの衝撃を受けた。

「……紫だったのね。あの日、あの時私に会いに来たのは」

 全ての歯車が上手く噛み合ったかのように回り始めた心持ちがする。それは紫が霊夢に贈ったせめてもの慰藉であったのかも知れぬ。これより熾烈な人生を歩む彼女を、少しでも安らかに見送る為に用意していた布石の一つであったのかも知れぬ。けれどもそれは何より霊夢の心に響いた事は確かであった。孤独な自分に世の中の理不尽を教え、正体を明かさぬまま去ったあの謎の女は、孤独が何より恐ろしく感じられるこの瞬間に、共に居てくれているのである。
 紫は霊夢の懊悩煩悶を全て包み込むかのような笑みを浮かべる。何時もの胡散臭さは消え失せていた。ただ静かに延ばされる手に、霊夢はしがみ付く。紫は片手を霊夢の背中に回し、残った手を霊夢の頭に置いた。柔らかい黒髪を白い手が滑る。懐かしい感触に、霊夢は涙腺が緩むのを感じたが、それでも涙は流すまいとして必死に堪えた。頭頂より聞こえる声は尚も霊夢を攻め立てる。涙を流すな、という方が難儀であった。

「――正解」

 「理不尽」の意味も「嘆く」という事も知った霊夢が流す涙は、幼きあの日と確かに意を異にしている。であれば、彼女の頭を撫でる紫の手が持つ意味も、子供をあやすものではない。それは再会の証を刻むものであり、決別の手向けに贈った華である。昔日の想い出が、好く晴れた空の下に広がった。茜色の空は見えなくとも、沈み行く太陽が見えなくとも、泣く少女の姿とあの頭を撫でて遣る女の姿が、明らかに在る。



11.



 縁側から外に出て、霊夢は境内の方へと向かい始めた。先刻の紫との対話が未だに心に焼き付くような印象を持っている。最後に紫は霊夢に向かって「ごめんなさい」と云った。それが一層強い色彩を放ちながら霊夢の中にある。謎の女でしかなかった彼の女の謝罪の言葉は不思議な重みがあった。幼年から今年に至るまで堆積し続けて来た罪悪の念が、「ごめんなさい」という言葉の拍子に溢れ出して来たようでもある。それを思うと、霊夢は我が身を恨む訳には行かなかった。

「漸く主役の登場だ」

 境内の人だかりに向かって歩み来る霊夢を一番に目を留めたのは小さな鬼であった。伊吹萃香はその場に居る皆に聞こえる声量でそう云うと、真先に霊夢の元へと走り寄り、その身に纏う躑躅の花筏が描かれる着物にしがみ付く。――越した年は到底図り知れぬ鬼は、満面の笑顔に祝福の色を湛え、霊夢を見上げている。今日ばかりは暑苦しいと彼女を撥ね退ける訳には行かず、霊夢はおめでとうと頻りに繰り返す萃香の頭を撫でて遣った。
 続けてそんな様子を眺めていた他の者も霊夢の元へ歩んで来る。氷精と大妖精は結婚という未知の儀式に好奇の眼差しを輝かせながら、色々な質問を投げ掛けて来る。また地底の八咫烏や火車はその場の雰囲気に合わせている気色で、口々に祝福の言葉を云っている。縁側の方には八雲の式と主が静かな面持ちで佇みながら、何処か寂しげな表情で霊夢を見ている。人だかりから少し離れた所には紅魔館を束ねる吸血鬼とその従者が日傘の下に立っていた。従者は澄まして立っているが、主の方は何やら不機嫌であるようだった。病的に白い頬も、心持ち膨らんでいる。またその対極には月の姫君が、これもまた従者を傍に置いて立っていた。想像すら許さぬほどの時を生きて来た彼女らは、人生の節目でもある舞台の客席に立つ事によって何か思う所があったのかも知れない。緩やかな曲線を描く唇は、単純な笑みを象っているようには到底見えなかった。――晴れ渡る空の下、霊夢は確かに自分が祝福されているのだと、遂に自覚した。

 やがて皆が興奮して来ると、髪に触れたり着物を乱暴に掴んだりする者が出て来る。もう一度直さねばならないなと思いながら霊夢は適当に叱ったりしていたが、境内の中へ新たなる来賓が足を踏み入れる気配を察すると入口の方へ目を向けた。けれども容易に先が見通せない。誰彼の頭がことごとく邪魔をしている。何故だか逸る気持ちは、新たに参った人物が誰なのかを確信している証左に他ならない。――人の合間を縫ってそれを確認しようとした時、偶然か必然か、二人の視線は人だかりの混雑の間隙を捉えて交差した。

「霖之助さん」

 そう云った霊夢の声音は平生のものでなく、悪戯好きな妖精も落ち着きのない八咫烏やいがみ合う猫同士も、異様な雰囲気に感付いたと見えて一歩後退する。モーゼが杖を掲げたが如く割れる人波の向こうには、霊夢と霖之助の姿があった。多くを伝えんとする事は出来かねる。霊夢は役割を演じなければならない。自ら上げた悲劇の幕を、今更打ち壊す事などあってはならぬ。努めて彼女は短くこの場に適切な言葉を紡がねばならなかった。

「来てくれてありがとう」

 二人の間を吹き抜く風が何かを攫っては去って行く。やがて人だかりは元の如く戻ってしまった。覚りの妹や悪魔の妹まで増えて、騒々しさは更に増し、霊夢はまた髪やら着物やらを掴まれて、苦笑交じりに叱責を飛ばす。人だかりの先に、先刻の男の姿は見えなかった。ふと見上げた蒼穹に、躑躅の花が散る様が見えた心持ちがする。





「挨拶は済んだのかしら」
「手荒い挨拶のお陰で髪の毛も着物もこの通り」
「まあ仕方のない事ね。みんな貴方のこんな姿は見た事がなかったでしょうから」
「それにしたってもう少し加減を考えて欲しいわ」

 再び鏡台のある部屋に二人は居た。先刻と同じように紫は髪を整え着物を整え、慣れた手付きで進めて行く。霊夢は苦笑交じりに話しながら、改めて自分が結婚するのだという事実を噛み締めた。周囲の反応は全て予想の範疇に収まっている。誰彼も霊夢の幸福を疑わずに祝福している。これで好いと反芻する自分が居る事を認めるのが、霊夢には酷く愚昧な事に思われた。今更後悔する事ほど不毛な話は有りはしない。彼女は自分で決めた道のりに足を運ぶより他に無いのである。

「はい、これで終わり。また綺麗になったわ」
「見事に手慣れてるものね。ありがとう」
「どう致しまして。ところで、お客様が一人縁側に居るけれど」
「お客様」
「香霖堂にはお世話になったでしょう。挨拶をするべきではなくって」

 首を伸ばして一間違いの居間を見遣ると、確かに退屈そうに背を向けている人影がある。銀色の髪が陽光を跳ね返して煌めいている。その特徴を持つ人物を間違えるはずがない。図らずも霊夢はその場に立ち上がった。

「あんたも大概お節介ね」
「そうよ、私はお節介なの。貴方が幼い時から、ずっと」

 紫はそう云って霊夢の背中を押した。その拍子に霊夢は一歩進む。後ろを見ると、笑みを浮かべた紫が手で「行きなさい」と示していた。霊夢は「馬鹿」と一言だけ残して部屋を出る。謎の女から漂う甘い香りが鼻腔の奥に燻った。ふと気になって着物の袖を鼻先に近付けると、その香りがする。同じ香水の匂いが頭を揺らす心持ちがした。

「一人でこんな所に座っているなんて、何をしてるのかしら」

 縁側に一人座りながら呆ける男の背中に、霊夢は言葉を掛ける。振り返った男は平生店に居る時の如くその顔を向け、何だか困ったような笑みを浮かべると「僕にはあの喧騒と同調出来る自信がなくてね、此処に逃げて来た」と云った。遠慮や気まずさと云った動揺の類を一切見せ付けぬ男の表情を見て、霊夢は今一度知る。欠けた記憶を見る事は敵わぬ。それで好いとも思う。それでも胸の中で執拗に残り続ける未練の蟠りは消えずに残っている。
 ――何もなかった風に装うのは得意だ。霊夢は男の隣に腰掛けようとする時心中に云い聞かせた。「魔理沙は来ていないの」と尋ねた時には痛烈なまでに平然とした霊夢の顔が、眩く光る陽光に照らされていた。



12.



 ――境内四隅に立てられた華燭の台に灯が灯される。
 揺らめく緋色の向こうに揺らめく陽炎、映る景色に桜の吹雪。
 客人達の見る先に、持て囃されるはげに美しき花嫁と、げに篤実なる青年。
 眩しき蒼穹に瞬く星々は幽光放ちて花嫁の瞳に突き刺さる。

 躑躅舞う着物を着る女、祝辞求められれど其の口塞ぎ、否と一言喟然として云い放つ。
 「祝辞は求まぬ。尚求めんと云うならば、呑み食い唄い、騒いで祝え」
 騒然たる歓声極致に達し、頻りに交わす乾杯の声。夫婦の誕生を祝う、乾杯の声。
 上がる盃に笑み零し、隣見遣れば微笑む男、重ねた罪悪数え難く、また新たな咎一つ。

 此れが婚約の儀なれば唇交わせ、健やかなる時も病める時も愛すと誓うが好い。
 誰が云ったかその言葉、花嫁の肺腑を抉るとは露知らず、祝福の意図は繋がるばかり。
 されど仄かに染まる紅き頬、隣見遣れば優しき男、近付く唇は避けようも無く。
 重なる二人の夫婦の姿、白日の元に暴かれし罪の影、祝福の声は花嫁を射抜く。

 広き空に雲雀が高く、見上げる空に囀りの置き土産。
 斯くも目出度き祝いの場、花嫁に憂く瀬など有るまじき。
 時の流れは光陰流水、購えぬ罪悪は如何程と、問うた所で答え無し。
 騙った道は愛の路、歩く先に夕顔の花、厳酷なる流れに揉まれて助けの藁さえも無く、女が独り流れ往く。

 桜舞う境内で、かつての名残が風に攫われる。……



13.



 魔理沙が霊夢の元へ訪れたのは、夕闇が夜を包もうと遠い空から遣って来た時分の事である。式の興奮はやがて宴会に至り、境内ではけたたましい騒ぎ声があちこちから響く。霊夢と魔理沙は二人で、その様子が見渡せる母屋の縁側の前で立っていた。今日は目出度い呑めや呑めと一際大きく叫ぶ鬼の声が、聞こえて来た。

「どうしたの、騒ぐのは得意じゃない」
「もう昔の事です。それよりも、霊夢に聞きたい事があって……」
「そんな深刻そうな顔をしないでよ。今日は私の晴れ舞台なんだから」

 あははと笑う霊夢を、魔理沙は冷ややかな視線で見詰めている。これは笑っている場合じゃないと、ただ事ならぬ魔理沙の様子を見て霊夢は笑うのを止した。元より見せ掛けだけの仮面のような笑みだったから、それを剥がすのは容易である。彼女は心から他人に笑みを向けられるほど気楽ではない。ともすれば魔理沙のような深刻な顔の方が適している。が、それを外面に表す事は辿った道が到底許さぬ。それだから霊夢は妙な顔で魔理沙を見詰めるより他に無かった。

「本当に晴れ舞台なんですか。私には、そうは思えません」
「どうして。結婚は誰だって望む事だわ」
「それでも、霊夢が本当に心から望んだものとは思えないんです」

 嘲弄の響きは魔理沙の言葉には無い。真摯に問うその姿を茶化す訳には行かぬ。霊夢は何を云ったら好いものかと一寸迷ったが、結局答えに適する言葉は見付からない。生涯償えぬ罪を抱えて生きると決めた以上、全てを打ち明ける事などすべきでない。彼女には罪を背負いながら、魔理沙を傷付ける真実を話す勇気は出し得なかった。

「そうまでして話せない事なんですか」

 黙す霊夢を見る瞳に怒気は無く、霊夢はただ悲しげに揺れる琥珀を見詰めるばかりである。中途半端な虚偽は必ず魔理沙を傷付ける。真実を云えば尚傷付く。八方を塞がれば黙るより他に無い。例え良心に耐えかねる呵責があろうとも、霊夢に残された手段はそれ以外に残されていなかった。魔理沙の語気は段々強くなる。

「私はあの日聞きました。何かあったのなら話してくれと。それでも霊夢は話さなかった。聞かないで欲しいと言外に語る雰囲気が有りました。だから追及もしなかったんです。それなのに、突然結婚の報せを手紙で出して、私には一言でさえ相談を持ちかけてくれませんでした。――私は、邪推だとしてもあの時霊夢が話したがらなかった事と、この結婚とに繋がりがあるように思われて仕方がありません。それとも、よしんばこの結婚が本当に霊夢の望んだ事で、目出度い事であるのなら、どうして私に話してくれなかったんです。私達の間柄がその程度だったと云うのなら何も云いません。そうでないと云うのなら、――私はそれが一番悲しいのです」

 話の劈頭には霊夢を押す迫力があったけれども、最後には語気が弱弱しくなり震えていた。見るも痛々しいその姿に返すべき言葉は未だ見付からぬ。無情な二択を突き付けられて、霊夢は返事に窮した。元より話せぬ事柄は、幾ら説得されようとも口を出ない。そうしてそれが正しいと霊夢は信じている。だからこそ、喉の奥に引っ掛かる真実の言葉は遂に外界へ飛び出さなかった。

「……私には答えられない。話したくないのではなくて、話せないの。自分勝手は判っているし、こんな答えで魔理沙が納得するとも思ってない。それでも、話せないと云った私の気持ちを、察して欲しい」

 真なる言葉は闇の淵へと沈み込み、大粒の涙が魔理沙の頬を伝う。

「嫌な女だと、判っているんです。霊夢の気持ちを無視してまで問い詰めるなんて、それこそ自分を追い詰めると自覚しているのに、私はまだ霊夢を疑ってます。言葉として確かな形が欲しいと思ってるんです。私は、霖之助さんにも突き離されて、その上霊夢にも同じ事をされているのではないかと考えるだけで、いっそ死んでしまいたくなるくらいに辛くなって、その癖死ぬ事にさえ怯えている臆病な女です。ごめんなさい、私は嫌な女です。ごめんなさい……」

 幾度罪を重ねて、幾度重ねて行けば好いのか、霊夢にはもう判らない。ただ目前の魔理沙の姿を見ていると、何もしない訳には行かなかった。それが例え罪だとしても、安い同情であったとしても、自分を想い涙を流し、痛々しい声で謝る彼女を打ち遣っては居られなかった。世を包み始めた宵闇が、せめてこの醜い顔を隠してくれたなら、そう願って霊夢は魔理沙の肩に手を掛ける。胸の内に誘った彼女の身体は酷く脆そうに思われた。

「詭弁かも知れない薄っぺらい言葉を聞き入れてくれるなら、私は何度だって云うわ。話せないという事に変わりは無いけれど、魔理沙を突き離してなんていない。霖之助さんもきっとそうだわ。きっと不器用で、自分の意思を上手く伝えられなくて、相手を傷付ける。だから怯えないで話して欲しい。私の云った事も信じて欲しい。自分勝手は元々ね、こんな時でも直らないんだから。――ほら、不器用な人がまた一人、話しに来るわ」

 身体を離して境内を見た先に、男が歩んで来る姿がある。二人はそこから目を話して再び向き合った。金色の瞳は未だあの目も眩むような輝きを取り戻してはいないが、それでも真直ぐに霊夢に向いていた。

「私は、これからも一緒に居て好いのでしょうか」
「当り前じゃない。嫌と云ってもそうするのが、魔理沙らしいのよ」

 ありがとうという言葉を消え入りそうな声音で紡ぎ、魔理沙は俯く。その時霊夢は一寸男の方を見遣った。こちらを見詰める怜悧な瞳が明らかに窺える。もう如何程の時間も残されてはいない。男が此処に到着するのは間もなくの事であろう。霊夢は再び魔理沙に向き直り、泣きじゃくる彼女の肩を叩いた。

「ほら、涙拭きなさいよ。私はもう行くから、二人で話してそれから突き離されただの何だのは決めなさい。きっと予想とは違っているから。――それと、ごめんなさい」

 霊夢は聞こえるか聞こえないかぐらいの声でそう云って魔理沙に背を向け歩き出す。全てを伝え切った満足感には程遠いが、自分がするべき事は全て終えた心持ちがする。最後の一言が、罪に塗れたこの心地を少しは救うかも知れない。
 頭上に広がる闇の世界は深く遠い。自分はきっとあの世界に飛び立ってしまったのだ、そんな事を思いながら歩を進める。不思議と恐怖は無かった。例え闇の中でのみ存在を許された身であっても、その周りには輝く星々がある。強く生きて行けるだろう、半ば云い聞かせるように霊夢は呟いた。

 境内の喧騒は止まる事を知らず、未だ興奮の坩堝の中に皆は居る。小さな謝罪の声が彼女に届いたか否か、霊夢は届かない方が好いかも知れないと考えた。ところへ男の姿が目前に迫る。掛ける言葉は自然に口を出た。

「――魔理沙を傷付けないで」

 せめてもの贖罪か、自分の為の救済かは判然としない。ただ今一番に願った事がつい口を飛び出てしまった気色である。やはりお節介なのは自分も同じようだ、と自嘲しながら、霊夢は男の隣を過ぎ、振り返る事もなく歩いて行った。ただ一言だけを残し、そこに全ての未練を投げ捨てるかの如く、毅然とした足取りである。

 境内の四隅に灯された華燭の焔が目に眩しい。騒ぐ妖怪達が花火を上げようと霊夢に話す。謎の女の手の温かさ、目に染みる夕陽、昔日に見た弾の花。脳裏を駆け巡る記憶は途絶える事を知らず流れて行く。有無を云わさず渡された盃には一杯の酒が入れられて、そこに浮かぶ半月は神々しく光を放つ。
 ふと肩を叩かれて背後を振り返ると、婚約の契りを結んだ男の姿がそこにある。霊夢は一気に盃を飲み干した。熱い息を外気に晒し、浮かべた儚き笑顔には、青き焔が静かに揺らめいている。……


















――了
「ごめんなさい。ありがとう。――さようなら」
twin
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コメント



0.2430簡易評価
7.100名前が無い程度の能力削除
心が痛いです。

男もなかなか「良い男」だし、変に畏まらないから好印象。霖之助がいなければ本当に……
いや詮無いことか。

悲恋、かぁー
泣きそう
11.100名前が無い程度の能力削除
誤字報告
>騒々しさは更に増し、霊夢はまた【神】やら着物やらを掴まれて


えい、このシェイクスピアとスティーヴン・キングの合いの子め
13.90名前が無い程度の能力削除
色々作者独自設定があるから、最後に設定集があると助かるな
ssは面白いから文句は無いんだけど、原作寄りの人が混乱するので
17.100ノギノ削除
何度か泣きそうになりました。声が出ません。
18.100名前が無い程度の能力削除
お、俺の心に甚大な風穴が……
20.100名前が無い程度の能力削除
読めば読むほど物悲しい気持ちになっていくのに、続きを読まずにはいられない…
そんな感じに心に深く入り込む作品でした。
『過去に縛られる少女』と『運命に縛られる少女』…
両方幸せにしなきゃいけないのが男のつらい所だ。
21.100名前が無い程度の能力削除
心いてぇ・・・
26.100名前が無い程度の能力削除
後書きがトドメになりました。
胸が締め付けられますね……
28.100名前が無い程度の能力削除
本編での霊夢がどうしようもなくひとりに見えたからか、
彼女を取り巻いた理不尽を浮き彫りにしたこの外伝は、
けれど私にとって救いになりました。

ほんとうに、ありがとうございました。
32.100名前が無い程度の能力削除
初コメント…

うぅ…胸が痛い…心が痛い…
でも止まらない。

霖之助の記憶を消してくれって言った時の霊夢の気持ちを考えるともう…うあぁ…
35.100名前が無い程度の能力削除
100点だ、間違いなく100点だ
でも、と思わずにはいられない
36.80名前が無い程度の能力削除
描写だけで80点の凄さだけど読んでて面白くはなかったな
綺麗、だけで終わってしまったというか……
40.100名前が無い程度の能力削除
うおぉぉ、心が痛い……
41.100名前が無い程度の能力削除
霊夢よ、やはりそうだったのか…推測がほぼそのまま当たってしまっただけに どうしようもなく切ない。
伴侶に選ばれた男もある意味可哀想ではある、が特にそれまで想いを寄せていた相手が居なかったのであれば救い、か
そうであればきっかけはともかく結果的には幸せになれるのでしょうから…

改竄された男2人、でも恐らくこの霊夢は自分の記憶を改竄してくれとは決して願わず背負い続けるんでしょうね
苦悩を抱え続ける霊夢が少しでも幸せを感じられるようになる事を願って止みません。
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悲しい、なんか悲しい
ハイクオリティーだからこそ、何か伝わる
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快晴の巫女に似合わぬどんよりっぷり…
ああ、霊夢さん…うう…

もうレミリアの誘いを受け吸血鬼に堕ちて、幻想郷の平穏を維持しようとする妖怪の賢者達と戦争始めちゃってくれって思ってしまった
霊夢個人とっては幻想郷は素敵な楽園じゃなかったのですねぇ…
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相変わらず貴方の作品は好きです。
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畜生、涙がとまらない…
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設定がまったく分からなかった。
お話自体はとても良かったので勿体ない。
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こういうのもアリだが、ひたすら切ない。
万事飽いて諦めに向かうのが大人で、これからそうなっていく娘さんがたという印象。
でも少女だった時には持てない強さや穏やかさというのもきっとあるはず。
幸せになって欲しいなあ。
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運命ってぶち抜けないものなんかなぁ
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全俺が鬱になった
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こんなの『楽園』の巫女じゃない!
…でも泣けてきます。
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あまりの透徹さ 言葉になりません……
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………………………(;ω;)
そういうことだったのね……orz
こーりんは全く悪くないとは言わないけど、これは……
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酷いな、とも思う。けれど私は呑まれてしまった。
twinさんの作中でこんな八雲紫を見れるとは思わなかった
実の母でなかったのが残念。でも紫で嬉しかったかもしれない
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素晴らしい……だけれど、これはッ……!
嗚呼…
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痛感しました
何をとは言わないけれど。なんちゃって。
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心が折れそうです。 このオチはこのオチで良いけれども、霊夢には心の底から幸せになって欲しい。