Coolier - 新生・東方創想話

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2010/04/10 17:02:56
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そこで問題だ! このえぐられた足でどうやってあの攻撃をかわすか?

3択-一つだけ選びなさい
 答え①ハンサムのポルナレフは突如反撃のアイデアがひらめく
 答え②仲間がきて助けてくれる
 答え③かわせない。 現実は非情である。
 
おれがマルをつけたいのは答え②だが期待は出来ない…

ジョジョの奇妙な冒険 第三部 
J・P・ポルナレフ






























一緒に遊んでくれるのかしら?
 
いくら出す?
 
コインいっこ
 
一個じゃ人命も買えないぜ

――あなたが、コンティニュー出来ないのさ!

                  

東方紅魔郷 
EXボス戦 魔理沙会話より






















魔理沙は、ふと咲夜の言っていたことを思いだした。

馬鹿じゃないのか。
そう思ったことを思いだす。
――あいつは、あんな化け物じみたような力を持って、よく切れそうなナイフも持っていて、だからああ言ったのだろうか。力を持っているから、それだけで人が殺せると思ったのだろうか。
冗談じゃない。
冗談じゃない、と魔理沙は思った。
そんなことを考えたこともない奴には、そんなことはできないのだ、絶対に。
少なくとも自分は、これまで一度も誰かを殺せるなどと、考えたことはない。
思い浮かべたことすらない。
だから出来ない。
(私たちには、霊夢を止めることは出来ない)
自分にも。
咲夜にも。
妖夢にも。

誰にも。








白蓮は、ゆっくりと瞳を開いた。

まぶたが硬い。
まぶただけではない。口も、身体も。全部。
意識が全体的に鈍く、ひきつっているようだった。粘っこい闇が、瞳の裏に張りついて、離れないでいる。
指先に力が伝わらない。
炎の輝きに紛れて、むせるような血の臭いがした。
どうにも、身体は上手く動かせないようだ。
どうにかなってしまったのだか。
(そんなことは言うまでもないでしょう――)
馬鹿馬鹿しい。
白蓮は思った。
馬鹿馬鹿しい。どうにかなってしまったのだか?
どうにかなってしまったに決まっているではないか。
あの光。
あの痛み。
一瞬だった。
まだはっきりと残っている。一瞬だった。
一瞬で、全てが吹き飛んでいた。
何も、かも。
(……)
一瞬だった。
何もかも。
(何もかも)
なにもかも。
(……)
白蓮は、無言で腕を動かした。
肩の先についているはずの腕は、おそろしく鈍く、そして重たかった。
右肘の付け根から先は、おそろしくすかすかだった。
丸ごと千切れ飛んでいる。
(糞)
断面を見ずに、白蓮は低く罵った。
顎を上げようと、力を伝える。目に張りつく長い髪の毛が疎ましかった。
払おうとしても、重かった。白蓮の血でべっとりと汚れていた。
(待て……)
呟く。ふと。
「……。待て……」
心の中だけで言ったつもりだったが、それは声になって洩れていた。うめく声、歯を軋る音。
自分の声だ。これは自分の声だ。そして音だ。
白蓮は、うめいてから思った。歯を軋ってからそう思った。
唇が重たい。焦げついてしまったように。
喉が詰まる。
重たく、まるでつっかえたように。上手く通らない。
(待て……)
白蓮は、またうめいた。
ずう、と衣が音を立てた。音を立ててから、白蓮はそのことに気がついていた。
身体を、前に。――前に。
気がつくと、身体を引きずっていた。
引きずってから、白蓮はうめいた。ぞっとするほどに身体の芯が、すかすかだった。
すきま風が通りそうなほどに。
(待て……)
白蓮は、またうめいた。
残った片腕を立てて、重い胴を引きずる。
「待て……」
白蓮は、またうめいた。
思ったことが、そのまま声になって洩れていく。
頭に穴でも空いているようだった。
まるで自分が制御できない。自分の感情が。
激しすぎて。あまりに憎すぎて。
白蓮は、かすれた喉で、吐息をつくように声を漏らした。
「待てぇ……」
ず。
ずず。ずり。
衣が音を立てた。
身体が、思うように前に進まなかった。
だが。
殺してやる。
あの巫女。
あの、やせた体つきの、巫女を。
自分よりも、幾分か背の低い巫女を。
白装束で身を固めた、あの強い巫女を。
殺してやる。
殺す。
白蓮は思った。強く。
(待てぇ……)
うめく。
「待てぇ……」
呟きを漏らす。
ずり、と、重たい身体を引きずる。進む。
「……待てぇ……!」
片足がのこっていないのが、ひどくうらめしい。
ひどくうらめしい。
恨めしい。
片足が残っていないのが、ひどく恨めしかった。
立てようとする肘は、崩れかける。力が上手く入らない。
(殺してやる)
白蓮は思った。強く。
歯の間で、擦れて音を立てるほどに。強く。
(殺してやる……)
殺してやる。
殺してやる。
あの巫女を。
博麗霊夢を。
目の前にいる、白装束の娘を。 足を止めて、こちらを眺めている女を。
殺してやる。
(殺してやる)
殺してやる。
(殺す)
白蓮は思った。思って、身体を進めようとした。
進めようとして、必死にもがいた。
身体が重い。
(糞!)
白蓮はののしった。まるで、手足のない、芋虫のように。
その様子を――

その様子を、博麗霊夢は、ただ眺めていた。

ただ黙って。立ち止まってじっと。
無言で。
「……」
白い巫女の装束には、汚れの一つもなかった。
命蓮寺にいた面々は、このたったの一人を相手にして全滅したというのに。
まったくの無傷だった。
「……」
そのまま、霊夢はしばらく白蓮の様子を見ていたが、やがて害が無い、と判断したらしい。顔を背けて、きびすを返すと、空へ浮き上がった。炎が影を揺らしている。
(待てぇ……)
白蓮はうめいた。
「待てぇぇッ!!」
白蓮は、声を限りに叫んだ。
巫女は止まらなかった。
浮き上がって、空の高くへと昇っていく。
夜は白々と明け始めていた。
辺りにも、日が照らしはじめていた。
だが、もうここには残骸しか残っていない。
寺も。舟も。
妖怪も。

みんな。
全て。

「……殺して、やる……!!」

白蓮は言った。
どうにか、やっと。

もう残ってはいない。
何もかも。










一瞬の酩酊から立ち直る。

(くそ……)
魔理沙は毒づいた。鈍い眩暈のような感触がある。
どうにか上半身を起こして、空を見る。
霊夢は、まだそこにいた。
(咲夜は……)
空をおおっていたあの凄まじいまでの数のナイフはない。咲夜の姿も。
(逃げ遅れた……?)
魔理沙は思った。
一瞬、落ちる直前に見えた咲夜の姿が脳裏をよぎる。
白い光。それと消し飛ぶようにかき消えた、赤い外套の裾も。
(くそ)
魔理沙はののしった。一瞬、頭痛のような感覚があった。
目が霞む。
(馬鹿)
誰に、というわけでもない。罵って言う。
その間に、霊夢が、また宙を飛び始めるのが見えた。
魔理沙が罵っている間に、きびすを返して、向こうの空へと飛び始める。
魔理沙は、目で追って、だいたいの方角を推し量った。
たしか幽明の結界がある方角だ。逃げられる。
「うっ……くっそ……」
魔理沙はうめいた。
どうにか身体を起こして、立ち上がる。軽い眩暈が視界をちりちりと焼いた。
さすがに気分が悪い。
(くそ)
重たい身体を奮い起こして、魔理沙は箒にまたがった。とにかく追わないと。
「――うおわえっ?」
と、いきなり、魔理沙は足を引っ張られて、もろに地面に突っ伏した。
いきなりだった。
あまりに唐突なことだったので、思わず妙な悲鳴が口から出た。
完全な不意打ちだった。
魔理沙は反射的に赤面しつつも、踵の辺りに目を下ろした。なにか妙な感触があった。
(くそ。なんだよ――うい?)
見やると、なにか人のような形をした物が、自分の足をがっしりと掴んでいるのが目に止まった。魔理沙は、思わず、見たことを軽く後悔する気持ちがわくのを感じた。
(――げ)
魔理沙は心の中でうめいた。
人のような、と先にいったのは、それが人にしてはずいぶんと変な形で、しかも異様にどす黒い皮膚の色をしていたからだった。たしかに輪郭はちゃんと人の形はしている。
形はしているが、頭の部分が、が半分ほど抉れて無くなっていた。瞳のない真っ暗なまなこが、じっとこちらを見上げている。
魔理沙はぞっとしてうめいた。
(死霊って奴か?)
魔理沙は思いつつ、咄嗟に残った片一方の足を上げて、その人影を蹴りつけた。
「――ええい、このっ!」
が、人影はびくともしない。蹴られながら、鈍い動作で、掴んだ足首を引き寄せようとしている。
(ひえっ)
魔理沙は内心で悲鳴を上げた。
どうして、片一方の手しか使わないのか、と思ったら、もう一方は、肘から先が無くなっているようだった。それでも、力は強い。
(くそ。この急いでるっていうときに)
魔理沙は苛ついた。面倒くさくなって、手に持っていた八卦炉を足もとへ向ける。
(吹っ飛べ!)
八卦炉に魔力をこめて、念じる。カッと炉の発射口から光が放たれ、ぼむ! と、砂埃が上がった。
射出を絞った一撃は、正確に死霊の頭を吹き飛ばしていた。
力の抜けた指をふりほどいて、魔理沙は立ち上がった。
「でえい。くそっ」
言いつつ、あたりを見回す。
魔理沙は、立ち上がってからさらにぎょっとした。いつのまに現れたのか、おびただしい数の死霊が、周りをすっかり取り囲んでいる。
(冗談じゃないぜ)
まるで桜の林のように、周りに林立した死霊の群れは、どす黒い顔や青白い顔を向けて、こちらを見ているようだ。鈍い動きで、こちらに迫ってきている。
「邪魔くせー……」
生気のない顔にいっそうの寒気を感じつつ、魔理沙は言った。
自然と八卦炉を構える。このままでは下手に飛び上がることも出来ない。
(死神と閻魔は何してるんだよ。まったくつくづく無能だな~あいつら)
適当なとこにぶっ放して、散らせてやるか。
ぶつぶつと言いながら思い、八卦炉を構える。
辺り一帯を薙ぐくらいのつもりで、魔理沙は炉に魔力をこめた。
「ちょっと待ちなさい。それ以上、吹っ飛ばされたらたまらないわ」
と、声がした。魔理沙はそちらを見た。
いつのまに近寄ってきたのか、横を見ると、閻魔が立っている。
「……つくづくおっそいなー、あんたは」
魔理沙は開口一番に言った。死霊の群れに目をやると、みな一斉に動きを止めている。
一瞬、錯覚かとも思ったが、そうではない。止まっているのは、周りの死霊、全部だった。
閻魔の力だろうか。当の閻魔本人は、止まった死霊には全く気にとめなかったが。
近寄ってくると、いきなり説教顔で言ってくる。
「あのね、死霊というのも、霊魂には違いないのよ。そんな、塀か竹のように、気軽に吹っ飛ばしたり薙ぎ払ったりしていいものではないの。まったく、あなたは故人への配慮というものを少し覚えるべきね」
「おいおい。状況を見て話しろよ」
魔理沙は反論したが、閻魔がそんなことを聞くはずもない。
「言い訳は止しなさい。状況に流されて死ぬのは必然なんですから、仕方ありませんよ。受けいれなさい」
「むちゃくちゃだな、あんた」
「いいから早く脱出してよ。ただでさえ忙しいのに、予定外の生き人に巻きこまれたりしたらたまらないわ。あなたの寿命は、もう少し先の予定なんだから」
「言われなくても行くよ」
魔理沙は言った。
(そんなに言うんなら、もう少し早く来いっての)
心の中で毒づく。といっても、さすがにこの閻魔は魔理沙も苦手である。
魔理沙は、近くに落ちていた箒を見つけると、拾って手に取った。ついでに帽子も拾ってかぶる。
ちらり、とすぐそばにいる死霊どもを見ると、動きを止めたまま、立ちつくしている。閻魔が近くにいるかぎりは、襲ってこないのだろうか。
魔理沙は、目線を上げると、横目に閻魔を見た。
閻魔は、こちらに背中を向けている。
魔理沙はふと聞いた。
「……なあ、咲夜のやつは死んだのか?」
「死んだわよ」
閻魔は答えた。
「その目で見ていたでしょう? 死んだわよ。今のあなたは、自分の目で見たものも受けいれようとしていないのね」
「なんの話しだよ。極端だな」
そのまま、聞きもしないのにこちらの言葉は聞かず、続けて言ってくる。
「ついでにいえば、レミリア・スカーレットという吸血鬼も死んだ。フランドール・スカーレットという吸血鬼も死んだ。パチュリー・ノーレッジという魔法使いも死んだ。紅美鈴という妖怪も死んだわ。さらにいえば、すでに、何十名かにのぼる者の霊魂が、こちらから彼岸の岸へと押しかけてきている。比喩でなく忙しいのでね。本当は、こんなことをやっている暇はまったくないのだけど」
閻魔はそう言った。
魔理沙の言いたいことを先読みするように、すらすらと述べてくる。
魔理沙は妙な違和感を感じて、眉をひそめた。
(……ちぇっ)
なぜか、魔理沙はなんとなく質問を求められている気になった。たぶん、少なからず誘導されてはいるのだろう。
(閻魔は何でも知っているか。くそ)
仕方なく、魔理沙は聞いた。
「やったのは――」
「博麗霊夢。さあ、もう行ってちょうだい。あなたはもう真実を知っている」
閻魔は、言うと、そっけなく手をふった。
「死霊が興味のあるのは、生きている人間の体だけよ。もう妖夢も脱出したでしょう。これに恩を感じるんなら、あの子を里に送り届けるのにあなたもついていってほしいのだけどね。うちの死神は、こういうときほどさぼりたがる悪癖があるし」
閻魔は言った。
「分かったぜ」
魔理沙は言った。
多少、意表を突いて言ってやったつもりなのだが、閻魔は微動だにしなかった。
わずかに物足りなさを感じつつ、魔理沙はふと言った。
「なあ、そういやお前らは、誰がどれだけ死ぬかっていうのは、あらかじめ分かってるんだよな」
「ええ。ある程度はね」
閻魔は言った。
「それなら、今こうなるっていうことは、うすうす分かっていたんじゃないのか?」
魔理沙は言った。閻魔は頷いた。
「ええ。ある程度はね。だから何?」
閻魔は聞きかえして言った。
そのまま続けてくる。
「だから何? 私たちに、忠告でもしてほしかったのですか? もうすぐ、こちらでは大勢死人がでますから注意しなさいよと? なにを当てにしているのです? 「ああ、貴方たちのおかげで助かりましたよ、有り難うございます」と私たちが言われろとでも? それは私たちの領分なのかしら」
「いいや」
魔理沙はうんざりして首をふった。話す気が失せる。
「そう。それじゃあ、もう行って。あの子のことを宜しく頼みましたよ」
閻魔はまたそっけなく言った。
なんだか聞く気もなくなってきたな、と少し思いつつ、魔理沙は、箒を駆って空に飛び上がった。
折れた桜の木々が遠ざかるのを眼下に見る。冥界の空も、生木の焼ける匂いも。



里に入る前に、魔理沙は一度、博麗神社へ戻った。

妖夢は、すでに送り届けてきたあとだった。死神から聞いたとおり、里に入ると、里役の家を訪ねて、事情を説明した。ずいぶん急なことだったが、手続き自体は、それでほとんど終わりということだったらしい。
ひょっとすると、妖夢はろくに喋れもしないかと思ったが、そんなことはなかった。里役に聞かれることには、しっかり答えていた。
妙に、横顔に張りつめた物があるのは、やや気に掛かったが、まあ、きっと無理はしているんだろうな、と思い、魔理沙も、とくに気を遣わなかった。話が終わると、魔理沙はさっさとお役御免して、里を発った。
そのまま里の様子も探っておこうかと思ったのだが、まずはこちらのほうが気に掛かったために、今はわざわざ引き返している。
神社には、まだ用事がある。
里の方の様子もなんとなく妙な感じはしたのだが、それでもまずは確認に来なければならない。箒から降り立つと、魔理沙は軽くあたりに目を配った。境内には、相変わらず誰の姿もないのが見える。
(霊夢は帰ってない……と)
魔理沙は思いつつ、箒を担いだ。歩きだして、きょろきょろと視線を移す。
(……さっき来たときは、出てこなかったんだよな)
魔理沙はふと思った。頭の端に、ここを根城にする、なじみの悪霊の顔が、ちらりとよぎる。
そう、さっき来たときには少しも気にしなかったが、魔理沙が来たときに、彼女は姿を現していない。
魔理沙は怪訝に思いつつ、考えた。
(霊夢に何かあったとして)
魔理沙は見回しながら、そう思った。嫌な予感の理由、というのは実はそれだった。
(あの魅魔様が、何もせずに見てるってことがあるか? あんな霊夢の様子を目にしていたら、何かしないか? いや、仮にもしなにもしない気だとしても、私の姿を見たら、出しゃばってきて、忠告くらいしていきそうなもんだよな)
魔理沙は思った。
ちょっと厳しそうな面立ちの、元自分の師匠の顔を思いだす。そういえば、ずいぶんお互いの顔を見てないな、と今さら思った。
いつ頃から顔を合わせていないのだかは、魔理沙もうろ覚えなほどだ。そもそもあの師匠ときたら、一日中寝てでもいるのだか、魔理沙が来ても滅多に顔を見せない。
霊夢に聞いた話では、ときたま抜け出して、うろついていることはあるらしいが、魔理沙はその姿もまず見たことはなかった。案外、避けられているのかも知れないとは思ったことがある。
(弟子に気軽に会うとか、そういうタイプじゃ無さそうだもんな。自立した後は、自分は一切知らないってそんなことも言ってたし)
魔理沙は、師匠の姿を探しながら考えた。
やけに人格がふわふわしているわりには、そういうところは、変にかっちりしているような人ではあった。
自分が独り立ちする、と決まったときに言っていたことが、ふと急に思い出される。
「いいかね。お前は、今から独り立ちするんだ。無闇にあたしを頼るようなことがあっちゃいけない。――いや、まあ、別に、まったくってわけじゃない。ほんの少しはあっても構わないけどね。ただ、それもいざというときだけ、しかもちゃんと相応の対価が用意できる場合だけだよ。いいかね。弟子のよしみでなんて、そんな面倒くさいこと、あたしはやらないからね。いいかい、マリサ。あんたはちゃんと、自分の足でしっかりと立って歩いて行くんだよ。わかるね。――あん? ――おいおい、あたしは真面目に話してるんだよ、まったく。ちゃんと聞きな。いいかい、マリサ……」
魅魔様には言われたくないわよ、とからかうと、魅魔はいつになく真面目な顔で言った。
「あんたは、たしかに人間のなかじゃ別格かも知らんが、しょせんはただの人間。か弱い人間なんだ。いいかい? あんたは、根っこのところでは、果てしなく弱いんだよ。あんたは、きっとちょっとしたことでもすぐに死んでしまうし、それを補う努力やら、小ずるい駆け引きやらを、きっとほかの人間よりも多くこなさないといけないはめになる。今の道を生きつづける限りね。そう言う道を、あんたはすでに選んだんだし、これから先も、進もうとしているんだ。いいかね、マリサ。あんたは弱い。あんたはすぐに死ぬ。そのことを、これから先は、絶対に忘れちゃいけないよ。なに、いくら努力をしているって言ってもね。あんたは自分でそうしてるんじゃない。自分で望んでやっているという、そのつもりがあっても、実は、ただそうしないと生きていけない。あんたは自分で思っているよりも、ずっと必死だし、いつもかつかつなんだ。そのことを忘れちゃけないよ。いいね、――おい、こら、なんだいその返事は。あんた、この間、ちょっとあたしに勝ったからって調子に乗っているんじゃないだろうね……」
魔理沙ははいはい、と適当に返事して、その場を適当に流したのを覚えている。
(懐かしいな……)
魔理沙は、暢気にそんなことを考えた。
考えながら、境内の中をうろついて、声をあげる。
「おーい。魅魔様ー」
呼びながら、ちらりと思う。
(まあ、昔からよくわからんところはあった人か)
今でも実のところ、魅魔が何を言おうとしていたかはよくわかっていない。
まあ、とにかく、あんまり自分を当てにするな、と言うことを言おうとしたのだろう。そのぐらいには思うようにしていた。
(でもまあ、今はそんなこと言ってる場合じゃないしな……)
境内から呼ばわっても、魅魔は姿を現さない。
魔理沙は構わず、神社の本殿に寄っていった。
「おーい! 魅魔様ー!」
声を大きくして呼ばわる。
主のいない神社はしんとしている。
やはり、今度も反応はなかった。
魔理沙は、神体があるはずの中をのぞきこみ、眉をしかめた。
(どこに行ったんだよ)
「魅魔様ー」
魔理沙は呼ばわりつつ、神社の敷地を歩きだした。
その後も、何度か声をあげて呼ぶのだが、魅魔は姿を現さない。秋晴れの境内には、落ち葉がひらひらと積もっていく。
「魅魔様~。……おーい。いないのかよー?」
魔理沙は呼んだ。
答える声はない。
神社は、相変わらず、しん、としている。
いないのだろうか。魔理沙は帽子を少し上げて、頭を掻いた。
「くそ」
どうしていないのだか。
こんなときに。
(いくら当てにするなったって……本当に当てにならなくてどうするんだよ?)
魔理沙はぶつぶつと愚痴を言った。
こんなときにかぎって。
(まったくだ、ほんと。こんなときなのに。くっそ)
ず……ん。
ふと。
ずず……ん。
ふと。
音がした。
「?」
魔理沙は鼻先を上げた。
ずず……ん。
また音がする。
魔理沙はいぶかしんだ。
音の気配を探る。
ず…ん。ずずん……。
今、魔理沙が立っているところは神社の裏手にある縁側である。
音は、どちらかというと、境内の方向から聞こえてきていた。魔理沙は、急いで境内の方へと回った。
走っていく途中にも、また音が聞こえる。大気を振動させるような、重たい音だ。
わりと遠くから響いてくるようにも思われた。境内の方へ走り出ると、音の方角がはっきりと分かる。
(……)
予感。
魔理沙は、無言で箒にまたがった。
境内を飛び立って、空に浮かびあがる。
箒を駆って、音のしたほうへと舳先を向ける。
飛び上がってあらためて空から見やると、音のしたほうは一目瞭然だった。爆発のような音が響いた向こうの空に、うっすらと煙がたなびいているのが見える。
それも一本や二本ではない。
(山火事みたいだな……)
魔理沙は、なるべく加速を押さえながら飛んだ。
煙のたなびいていた空は、近づくと、余計に凄惨な様子に見えた。完全に上に差しかかると、なんともいえず、なにか醜悪な臭いがしてくる。
生木の焼ける臭いが、ねっとりと鼻にからみついてくる。
魔理沙は眉をしかめた。
(くそ。たまんねえな)
魔理沙は毒づいた。
かるく眉をしかめたままで唾を呑む。感じた吐き気をそれでごまかす。
(同じだ)
紅魔館で嗅いだのと、よく似た臭いだった。「生き物」の焼ける臭い。
魔理沙は、飛びながら、下の森を見下ろした。
なにもかもが、真っ黒に焦げついて、原形をとどめていない光景。
(……同じだ)
魔理沙は、沸いてくる吐き気をこらえつつ、徐々に下へと高度を下げた。
降りながら、目を周囲にやる。
見回せば、辺りはすっかり消失しているようだ。下手をすると、地形が変わっているようにさえ見える。
生い茂っていたはずの木々は、すっかり薙ぎ払われて、ぽっかりと広場ができている。
(霊夢か)
今さら思い、少し馬鹿らしさを感じて、魔理沙は辺りの様子を見回した。
霊夢か?
馬鹿らしい。
他に考えつかないではないか。
(おまえは本当暢気だな)
魔理沙は呟いた。
本当に暢気だ。
辺りに倒れているのは、ほとんど焼けこげた木ばかりのようで、それらは、一瞬で消失したものばかりらしい。中には、木でないものもちらほらと混じっているようだった。
魔理沙は、あまり細かく考えないようにして観察した。全身が黒こげになった炭の柱から、指の生えた腕が伸びて見える。
(妖怪……だよな。たぶん)
正直、よくは分からない。そういうものは、文字通り、見る影もないほどに真っ黒に焼け残って倒れている。
よく見ると、見える限りでも数体ほどに及んでいた。
魔理沙は、少し頭を巡らせた。
辺りの損壊の具合から見ても、ここで、なにがしかの戦闘があったのは間違いないだろう。
倒れている連中は、戦ったか、もしくは逃げ遅れて巻きこまれたか……あるいは、たんに虐殺されたという可能性も考えられる。
一体、なんのためにそんなことをやっているかはしらないが、今の霊夢は、妖怪を見れば、無差別に攻撃するように思われる。根拠のないただの勘だが。
(……そうだな。こいつらは、ここらか、それか他のところの妖怪連中なんだろう。あるいは、徒党を組んで、霊夢を仕留めにでもきたとかな)
魔理沙は思った。
爆発音はしたばかりのはずだが、その原因になったらしい者の姿はどこにもない。あるいは、すでにこの中に倒れているという可能性もあるにはある。
(……)
魔理沙は首をふった。
近くの死体をのぞきこんでいた目を上げ、あてもなく辺りを見る。
それで何が分かるわけでもない。
なにが変わるわけでもない。
(馬鹿馬鹿しい)
一体何をしているのだか。
魔理沙は毒づいた。
事態はどんどん進んでいる。
自分にできることは、なにもない。いやそういうわけでもない、と、そうは思いたいが、今のところは、まず間違いなくそうだ。
今必要なのは、糸口だ。そう、事態を――把握するための。
(そう、私は何も知らないんだ――それじゃあ、今のところは話にならないんだ。まずは知らないとならない。そして考えないと。それから行動しないと)
魔理沙は、自分で自分に言い聞かせた。馬鹿らしい。
ふとそうも思う。馬鹿らしい。
(でも、そこから積み重ねていったってどうなる? どうできる?)
うるさいよ、とうっすらと胸の中で呟いて、魔理沙は、歩みを進めた。
あてがあったわけではないが。
「……お、や。どろ、ぼうじゃ、ないか」
えほ、と。
ふと、近くでそんな声が聞こえた。
魔理沙は足を止めた。
聞こえた方を見下ろす。
と。
「……な、ん、だい、まったく……こんな、とこで……居合わせるな、よ。まの、わるい……」
また言う。
黒こげになった身体。
ちびた鉛筆のようになった手足だ。
顔はどうにか判別出来るほどだったので、誰なのか分かった。萃香だ。
(……げ)
魔理沙は歩み寄って見下ろし、思わず顔をしかめた。
萃香の身体は、完全に抉れていた。腹がある部分はぽっかりと左側を抉られ、下半身はどこかに吹き飛んだのか、綺麗になくなっていた。
顔も、残っている、とは言ったが、半分だけだ。
そもそも、頭部そのものは半分吹き飛んで抉れていた。そのせいで、立派な角が根こそぎ無くなり、残ったもう一本も少し欠けている。
半開きになっていた口が、ひきつるように動く。
「……やきが、まわった、よな。まったく、ほん、とに……」
萃香は言った。
酔っぱらったような、ぼんやりとした目を動かす。
その目の先は、どことも知れないところを見ているようだった。少なくとも、魔理沙を見ているようで本当には見てはいないようだった。
(よく生きてるな……)
魔理沙は思った。
鬼だからか。それはそうだ。
普通なら死んでいる。
そう、普通は。
(死んでいる)
魔理沙は思った。
萃香は、小さな牙の生えた口を震わせた。
弱々しい喉を動かして、寝言のようにおぼつかない声をもらす。
「まったく、さ……紫の、やつは……どこに、行ってるん、だろうねえ……。ちっとも出てきやしないじゃないか、あいつときたら、こんな、ときまっで……、っ……」
しゃがれた声で言う。
言っている途中で、喉を詰まらせて、えほ、と、少し咳き込んだ。
咳をするくらいの力も残っていないらしく、ひどく弱々しい。
萃香は、ぼんやりとしたまま、魔理沙に焦点を合わせた。
「……お前、紫に会ったかい……?」
言ってくる。
「……いいや」
魔理沙は答えた。
なにか、死人と話しているような気分になり、背筋があわ立った。
萃香は、黙って魔理沙を見た後、ぽつり、となにか呟いた。
「そうか」
と言ったように聞こえたが、えらく不明瞭だった。
えほ、げほ! と咳をする。
そのあいだ、ぜい、ひゅう、と、嫌な息をして、言葉が途切れた。
「……おい、もういいよ。喋るな」
魔理沙は言った。
「……へ、へ。ばあか」
萃香はへへ、と引き攣った口元をつり上がらせた。
「鬼、がこんなもんで、参るかい。ああ、だが、お前はもう、慌てなく、ても、いいよ。……こりゃあ、助からないっ……しっ」
萃香はまた咳き込んだ。
げほ、ごほ! ぜい、ひゅう。
細い息を収めてから、また言ってくる。
「……。……ああ~。ったく。無駄に頑丈ってのは、嫌なもんだな……無駄に、痛いのがつづいちまうんだから……」
ぶちぶちと、愚痴のようにこぼす。
魔理沙は、気がつくと、立ちつくしたままじっと見下ろしていた。
ふと、おざなりに思う。
(助からないか)
どう見ても、そう思えるようだった。そもそも、まだ喋れていること自体が、やはり鬼ということだろう。
普通なら死んでいる。
そう。
普通なら。死んでいるのだ。
魔理沙は、強ばった口を開いた。
とがった声が、思わず下を滑って出る。
「……なんなんだよ、これは」
呟くように言う。
萃香は、「……んゥ?」と、目を向けてきた。細い目蓋が、それだけでひきつったのが見えた。
魔理沙は構わずに続けた。
「なんなんだよ、これは……お前等な……、お前等、いったいなにしてるんだ?」
魔理沙は言った。
独り言のように。
自分でも、そういう風に聞こえるだろうとは思った。
「……ぁん?」
そう言う萃香の、自分をいぶかしんだような顔を見下ろして、言う。
声を荒げて。
「お前等、いったいなにしてるんだ!? ここがどこだか、分かっていないのか? なあ、おい。おかしいだろ、こんなのは! いったい何やってるんだよ、お前等! ――お前も、霊夢も、――咲夜のやつも……! おかしいだろ、なあ、おい! わかってるのか、お前等! ここは幻想郷だぞ!? おかしいだろ、こんなのは! なにやってるんだよ、いったい。お前等、なにやってるんだ……」
「……何を、言って、いるんだい?」
萃香は聞きかえしてきた。魔理沙は応えなかった。
首をふって、続きを口にする。
「おかしいだろ、ここは幻想郷だぞ。こんなのはないはずじゃなかったのかよ……霊夢のやつは、あいつは――お前もだよ! それに、紫のやつもだ! 言ったはずだろ? 全部遊びで済ますんじゃなかったのか。弾幕ごっこはそのためにあるんだろ。そう言ってただろ。ずっと。いっつも。ここは平和で暢気な里なんだろ。だってのに、こんな、こんな……」
魔理沙は、喚くように言葉を続けた。自分は泣いてるのか?
いや、違う。
違う、と魔理沙は思った。
泣いてはいない。泣いてはいない。
ただ、だんだんと、自分でなにを言っているのか、分からなくなり始めてはいた。首をふる。首をふって、言う。
「おかしいだろ……お前等、一体何やってるんだよ? 馬鹿じゃないのか、こんな、こんなのは――」
魔理沙はふと気づいて、言葉を止めた。
萃香を見下ろす。
見下ろして、見やる。
半開きになった口を。光の無くなった目を。
死んでいる。
(もう死んでる)
魔理沙は、萃香を見下ろしたまま立ちつくした。ただじっと。
虚空を見た萃香の目をのぞきこむのが、やけに怖いと思った。
「……」




ほかにどうしようがあったわけでもない。
萃香の死体くらいは埋葬してやろうかと思ったが、結局せずに、魔理沙はまた飛び立っていた。
時間が惜しい。
(時間? なんの時間だ?)
魔理沙は飛びながら考えた。生木の焼けた臭いが、まだ鼻の奥に残っている。
萃香の焼けた臭いも。死体の焼けた臭いも。
思い出すと吐きそうになった。魔理沙はなるべく考えないようにした。
(時間? なんの時間だ)
別のことに考えを巡らせる。
時間?
なんの時間だというのか?
時間?
(なにが間に合わなくなるっていうんだ?)
自分になにかが解決できるとでも?
時間?
魔理沙は、ひとりで何度も問い直した。
時間?
(いったい、なんの時間だ)
自分に、なにかが解決できるとでもいうのか?
(そんなことわかるかよ)
魔理沙は眉をしかめた。首をふって打ち消す。
疑問ではなく、問いかける声を。
(とにかく)
とにかくだ。
とにかく。
とにかく。
(まずは知らないといけない。何が起こっているのか、これからなにが起こるのか。まずはそれからだ。そう、それから。それからだ。とにかく、とにかく、今のままじゃどうしようもないんだ。それだけはたしかなんだから……)
とにかく。
魔理沙は繰り返した。
とにかくだ。
(とにかく、里に行く。少しなら、情報も集まるだろう……そう。それからだ。それからまた考える。なにをするのか……自分が……どうするのか?)
どうするのか?
どうしたいのか?
(とにかくだ。「私」は霊夢と話がしたい。霊夢のやつと)
霊夢のやつと。
魔理沙はそこまで考えて、思った。
なにをだ?
なにを?
(なにをだ? 決まってるだろ。どうしてこんなことをしているのかってことだ、それから、いったいこれからどうするつもりなのかってことを問いただすんだ。しっかり答えないようなら、二、三発ぶっ放したって構わないだろ。あいつはそれだけのことをもうやっているんだ。とにかくだ。あいつと話をする。要はそれだ。まずはそれだろ)
それで? 
話をして、聞き出して、それから? それからどうする?
「知るもんか」
魔理沙は拗ねたように言った。
うるさいよ。
(考えていないのか?)
だが、本心だった。
(知るもんか)
「知るもんか」
魔理沙は呟いて、人里の近くで高度を落とした。箒を降りて歩きだす。
足どりは鈍らないが、踏み出すつま先が、一瞬だけ少し重たく感じた。




里へやってきて、魔理沙はちょっと妙に思った。
「……、……」
なにげなく、道ばたで交わされる会話に耳を澄ます。
妖夢を送り届けたときにはおぼろげにしか気がつかなかったが、里の様子は、やはり、やけにぴりぴりとしているようだった。見かける人の表情が硬い。
(なんだろうな……)
近くの会話を盗みぎこうかと思ったが、そうそう都合良く話している人間もいない。
魔理沙は気にして思った。嫌な予感がまたぶり返す。
自分の身では、気軽に里の人間に尋ねるというわけにもいかない。人里の人間は、見ない顔に対しては、けっこう警戒心が強いところがある。
また、そもそも自分は後ろ暗い身ではある。それに、里での魔理沙には、身内のほかには、親しい顔見知りというのが、滅多にいないというのもあった。
(ふむ……と)
そこらの人間をつかまえてもよかったが、先に当てにしたいところもあった。
結局、魔理沙は人目を避けて、里を歩き、まずは数少ない知り合いがいる邸宅へとやってきた。稗田阿求の住む、稗田家の屋敷である。
あいかわらず立派な屋敷だ。屋敷の周りは、こちらも変わらず静かである。
病気がちの当主をおもんばかって、ということらしいが、いつ見ても閑散としている。魔理沙は、まず外から様子を伺った。
一応は面識があるとはいえ、魔理沙一人では、場合によっては追い返される可能性もある。当主の阿求は、お人好しな好人物だが、そもそも稗田家は里の立派な名家であるから、使用人の態度は厳しい。あんまり馴れ馴れしくも通れないのだ。
つま先立ちして、垣根の外からそろりと中を伺うと、折良く阿求の姿が見えた。
(おし……)
暖かい日和だからだろう。縁側に面した部屋で、書物を広げている。
しめしめ、と魔理沙は思い、適当なところから垣根を越え、屋敷に忍び込んだ。
さささ、と広い庭を越え、縁側へと肉薄する。
阿求はまだ気づかない。
書き物をしている目が、完全に無防備である。魔理沙は、そっと繁みから顔を突き出した。
「……お~い」
声をかける。
「――わっ」
阿求はだいぶ驚いたようだ。
驚いた拍子で、筆先を滑らせたらしい。なにか書き損じを認めたような様子が見えた。
「っちゃあ……」
という顔をしてから、縁がわ目をむけてくる。
庭にいる魔理沙の姿を目に止めると、ややむすっとした様子を見せた。年相応っぽい眼差しで言う。
「おや。泥棒がいる。人を呼ばないと」
「なんだ、いきなりひどいな。今日はまだなにも盗んじゃいないぜ」
魔理沙は言った。
「なるべく、ちゃんと玄関から入ってくださいね。私は身体が弱いんですから、あんまり驚かせると、そのままぽっくりと死んじゃいますよ?」
阿求は言った。
「自分で言ってりゃ世話ないな。そんなんじゃ当分死ねやしないよ」
魔理沙は言いつつ、手早く靴を脱いで、勝手に上がりこんだ。
「どうもお邪魔しますわ」
「はい。お邪魔されてあげます。お茶は要りますか?」
「そうですね。それじゃあどうぞお構いされてあげますわ。お客様ですもの」
魔理沙は言った。
阿求は使用人を呼んだ。すぐに侍女がやってくる。
さすがに魔理沙を見るとちょっと目を丸くしたが、そこは細かいことは言わない気のようだ。よく仕付けが行きとどいているのか、阿求の奇矯には結構慣れているのか、それはよくわからないが。
侍女が行ってしまうと、阿求はちょっと書巻を見て、やがてあきらめたようだ。なにやらちょちょん、と筆先で書き足すと、手を休めた。
「遊びに来たんですか?」
「うん? いいや」
魔理沙は言った。
とはいえ、正直、すこし言い出しあぐねてから、口を開く。
「……そういや、里でなにかあったのか? ここに来る途中だけど、ずいぶんぴりぴりしてたみたいだな」
聞くと、阿求は頷いて言ってきた。
「ええ。騒ぎになってるみたいですね。もしかして、外の方でもなにかあったので? そういえば、妖夢さんが、急な事由で里役の家に預かりになったとか……そういえば、連れてきたのは、魔理沙さんですよね? 白玉楼で何か?」
阿求は逆に、返して言った。
魔理沙は適当に誤魔化すことにして、まずは会話を進めた。
「まあ、ちょっとな。外でもってことは、こっちでも何かあったのか?」
「ええ。いくつか……」
阿求は答えて言った。言いつつ、ちょうど運ばれてきた湯飲みを取って、口をつける。が、ちょっと熱かったらしい。すぐに口を引っ込めて、吹き始めた。
やがて、魔理沙を見て言う。
「――ああ、すみません。昨夜なんですけどね。里の付近で、たてつづけに、大きな殺傷事件があったんですよ。それで、里の人がぴりぴりしているんでしょう。まあ、無理もありませんけど」
阿求はすらすらとした口調で言った。あまり興味もないからだろうが。
魔理沙は、ちょっと眉をひそめた。
「殺傷って……誰か死んだのか?」
言うと、阿求はうなずいた。
「ええ……里の方で、警護役の慧音さんが。それと、少し向こうの――ほら、ご存じでしょう、近頃できた新しいお寺。あちらの方でも、ひどい襲撃事件があったようです。朝方、里の衆が見に行ったそうですけど、そこで発見された寺の尼公さまが、里の病院に運びこまれています。……それと今日になってわかったんですが、竹林の方でも、なにか大きい騒ぎがあったようですね。運ばれた尼公さまの様子が、だいぶひどい状態だったものですから、永遠亭の八意さんにご足労お願いしようとしたらしいんですが、そこでそういう旨の話が聞けたそうで……」
「竹林て、向こうでも誰か死んだのか?」
魔理沙は聞いた。
「ええ。あ、いえ。永遠亭のほうにはさしたる被害はなかったようです。ただ、竹林の妖怪兎が、あの因幡という頭の兎を含めて全て。それと、永遠亭でも戦闘で鈴仙さんが負傷されたようですね。八意さんが来たときも、お一人で来ていたそうです」
阿求は言った。
魔理沙は聞いて、黙りこんだ。しばらく考えるような振りをする。
(まいったな)
思う。
(まいったな)
胸の奥になにかつっかえたような心地があったが、なるべく無視するようにした。
まいったな。
(……ほとんど全滅なんじゃないか。映姫のやつ、なんで言わないんだよ)
言ってくれていれば、こうやって里に来て、わざわざ聞く必要もなかったのだが。本当、使えないやつだ。
魔理沙は、ぶつぶつと呟いた。なかば、現実逃避のような感じになるのは否めなかった。
なにせ、少しばかり話の具合が酷すぎる。
(なんだって?)
魔理沙は思った。
(なんだって?)
聞いた話を思い浮かべて、反芻する。
今の話で出てきた名前を。永遠亭。因幡。命蓮寺の白蓮。里の慧音。
ほかにもどれだけいることなのか。紅魔館に白玉楼。
阿求は触れて言わなかったが、あの藤原とかいう不死人はどうしているのだろうか。あの慧音という半獣人とは、随分仲が良かったはずだ。
ふと前触れ無く気にして、そこで気づいたことに眉をひそめる。
(あいつも当然戦ったはずだ……勝てなかったのか?)
魔理沙は思った。思って考える。
まあ、そういうこともあるだろう、と、そのことに関しては結論づけた。あの蓬莱人は、確かずば抜けて強いという話ではなかったし、いくら再生すると言ったって無限に戦えるわけでもない。負けることもあるだろう。
(白蓮も、戦った……でも勝てなかった)
蓬莱人ではないが、あの大魔法使いこそ、人間のなかでは恐ろしく強いはずだ。それが勝てなかった。逆に瀕死の重傷を負わされて、今は里にいる。
(……永遠亭は……どうだろうな。よくわからんが、ともかく、鈴仙が負けた)
あの薬師のことはよくわからないが、話に聞くところだとあれでけっこう冷徹なところがあるらしい。自分に関係のないことなら関わろうとはしないかも知れない。
何となくだが、わざわざ自分から出ていって、霊夢と戦うような真似は、あの薬師には似つかわしくないと思う。
(でも、戦ったとすると……いや。違うか。結果としてだ。どっちみち、結果として手に負えなかった。止められずに、てゐのやつが、殺されてるんだから)
魔理沙は思った。
なんのことはない。
魔理沙は呟いた。思考の途中に、ふと思う。
なんのことはない。
(なんのことはない……か)
もう、魔理沙が知るかぎりでは、ほとんどのやつが死んでいたのだ。
魔理沙が全然知らない間に。本当に。どいつもこいつも。
(……。ふう。いかんな)
魔理沙は、かるく眩暈がするのを感じた。
それを押し殺して、考えるそぶりをする。考えても、何も浮かんでこなかったが。
ふと聞く。
「そういや、妖夢のやつはどうなるんだ?」
魔理沙は、あまり関係のないことを言った。思考を逸らせるつもりだった。
阿求はやや考えるそぶりをした。
「さて……どう、というとどうでしょうね。里には、彼女と縁のある人は一人もいませんしね。これから、閻魔様がたがなにかお考えになるかもしれませんけど。どちらにしろ、彼女次第ですね。彼女はどうも、ずいぶんあやふやな存在のようですから……このまま里の人として暮らすのか、幽霊として、冥界に戻るのだか。どっちみち、あんまり暢気な話じゃないだろうけど……」
阿求は言い、ふとした様子で言った。
「そういえば、お山の方は、近日中になにか大きな騒動があるらしいですね。なんでも大規模な戦闘だなんて言っていましたけど。弾幕大会でもやるのかと思ったんですけどね、最初は。でも、どうも様子が違うらしいですね」
「ふーん」
魔理沙は言った。阿求は続けて言う。
「冗談じゃないんでしょうね、こうなると。なにせ、ずいぶん冗談じゃないようなことにも、すでになっていますしね。そういえば昨日、文さんもこちらに来ましたし……」
「……へーえ。文のやつが?」
「ええ……なんでも、今回の戦闘では、いっさい人間の里には被害は及ばないので、安心して良いよう、伝えてくれということと、あとは簡単な注意喚起に回っていたようですね。こちらに来たときには、昨夜の一件についても、ちょっと言及していたようですけれど。すでに今回の下手人をご存じのようでしたけど、昨日の今日だというのに、さすがに耳が早いんですね……」
「まあ、天狗だからなー」
ふと、魔理沙は言って、阿求の手元へ目をやった。
今さら気づく。
魔理沙はいぶかしんで、聞いた。
「? おい。それ、文のやつじゃないか?」
「はい、そうですよ」
阿求は言った。
魔理沙の言った手帳に、かるく目を落とす。
阿求の書いていた書巻の近くに、花柄の装丁を着けた、可愛らしい手帳が置かれていた。
いつも文が持ち歩いている手帳だ。魔理沙もそれに見覚えがあった。
どうしてこれが、こんなところにあるのか。あまりに無造作に置かれていたので、かえって気づかなかったようだ。
「なんで、お前がそれを持っているんだ?」
魔理沙は聞いた。
阿求は言った。
「文さんが置いていったんですよ。昨日来たときにね。急に、預かってくれなんて。ずいぶん、様子がおかしいようなので一応預かりましたけれど。そうですね、なんといいますか……」
阿求は少し迷ったようだ。
言う。
「あのひと、いっつもけっこうくだけた感じでしょう。それが余裕がないというか、妙に思い詰めた様子だったというか」
魔理沙は、眉をひそめた。文の手帳を手にもとって、眺める。
(なんだろうな。よくわからんけど)
ぱらぱらとめくると、文の書く綺麗な丸文字が出てくる。
嫌な感じだな。魔理沙は見つめながら、そう思った。
……嫌な感じだ。
ふと言う。
「これ、借りてってもいいかな」
聞くと、阿求はさすがに難色を示した。
「それは……ちょっと困りますね……私も文さんに頼まれた身ですし」
「そうか。まあ後でちゃんと返すから、大丈夫だよ。心配するな。じゃあ、ごちそうさま」
魔理沙は言うと、縁側からさっさと外に出た。阿求はちょっと引き留めるようなそぶりはしたが、結局何も言わなかった。
垣根を跳び越えて、外に抜け出る。
そのまま空へ飛び上がり、妖怪の山に向かった。
取ってきた文の手帳を、ポケットにしまいつつ思う。
(縁起が悪すぎるだろ?)
心の中で呟く。
まるで。
(死にに行くみたいだ)
まるで。
魔理沙は箒を駆った。
(死ぬみたいじゃないか。縁起悪い)




妖怪の山の麓から、魔理沙はこっそりと侵入した。低空で飛んでいく。
山は妙に静かだった。
(静かすぎるな)
魔理沙は思った。音ではなく、雰囲気でだ。
山の木々の色は、すっかり秋めいて赤くなり、見回すたびに落葉が降りるのが映る。近くからは鳥の声がしていた。
魔理沙は、山を飛びつつ、密かに思った。
(そうか……妖気が薄いんだな。いつもはもっと空気がおどろおどろしい感じなんだ )
なんとなく、今の山の空気というのはいつもよりもすかすかしていた。どろどろにつまったようないつもの生臭い空気が感じられないのだ。
これでは妖怪の山ではなく、普通の紅葉の名所だ。まるで不気味さというのが感じられない。
(生気がない、か。まあ居心地は良いけどな。逆に気味が悪いかもな。妖怪のいない景色っていうのはこういうもんなのか……)
ふと変なことを思いうかべた、と思った。
魔理沙は眉をひそめた。
愚痴のように、こぼす。
(……馬鹿な。妖怪がいないだって? 何を言ってるんだ。ここは妖怪共の総本山、天狗どもの住み処だろ?)
少し自分の正気を疑いつつ、低空で飛んでいく。
いつもの白狼天狗が飛びかかって来る光景はない。
おせっかいな河童も忠告に来ないようだ。結局、誰にも会うことないまま、魔理沙は、九天の滝へやってきた。
見事な白糸の滝は、今日も変わることなく落ち続けている。
魔理沙はあたりを見回して、一応、誰もいないことを確認した。
(哨戒してるようなやつに、自分から会いに来なきゃならないのは、おかしいんじゃないか?)
ふと愚痴ってやる。ちょっと皮肉っぽくなったようだ。
誰にともなく虚しい思いを覚えつつ、魔理沙は滝に近寄っていった。
念のため、滝壺のあたりで、渓流のほうを見渡してみるが、泳いでいるような人影はない。
(……)
魔理沙は、無言で滝の裏手へ回った。
裏手には、洞窟がある。岩場を伝って、中をのぞきこむ。
いつもなら白狼天狗の犬走が居座っているが、今は誰もいないようだ。
岩場の中央当たりに、やたら大きな将棋盤が置かれている。大将棋の勝負は、今日もまだ半ばのようだ。変わらない光景が、今はすこし薄ら寒くも見える。
(ふーむ)
魔理沙は唸った。
唸りながらいつものくせで、図々しく上がりこんで、将棋盤を覗きこむ。魔理沙も将棋や囲碁はやるが、まったくこいつらのやっているやつは、意味不明だった。そもそも駒からしてが分からない。どうやって使うのだろうか。
(全然分からんな……)
「なんだ、お前か……」
後ろで声がした。
ちゃき、と、刀の鍔を鳴らす独特の音が響く。
魔理沙は後ろを振りむいた。滝の入り口を見る。
いつのまにか、犬走が立っている。
いつもの生真面目そうな眼差しで、刀の柄から手を離している。いつのまに忍びよられたのだか、さっぱり気がつかなかった。
犬走は真面目な表情で言ってくる。
「人ン家に勝手に上がりこむのはやめろって、前に言ったはずだぞ。聞こえてなかったか?」
犬走は言った。
魔理沙は返して言った。
「いや、聞いてた。ただ実行する気がないんだよ」
聞くと、犬走は半眼になった。
「相変わらずの不真面目なやつだな。まったく、少しは人の身になってものを考えてみろ。お前もそうだが、どうしてこう人の生活に平気な顔してずけずけと入ってくる奴って言うのは……」
犬走は言いかけてやめつつ、話を改めた。
「なにか用事か? 言っておくけど、文様なら忙しいから会えないぞ。というよりか、今は、どっちみち誰もお前の相手なんかしてやれんし、出来ればこのまま帰ってほしいんだがな」
「あいかわらず不親切なところだな。そういや、途中、やけに静かだったな。何かあったのか?」
魔理沙が聞くと、犬走は疑わしげな目をした。
目つきそのままの、疑わしげな口調で言ってくる。
「……なんだ、耳に入れていないのか? 下でもけっこうな騒ぎになっているはずなんだが」
「ちょっと用事で家に引き籠もっていたもんでね。ちょっと三週間かそこらなんだが」
魔理沙は言ったが、犬走は、呆れ気味に半眼になった。
「つくづくまともな生活していないんだな、お前」
「ほっといてくれ」
「全く暢気な奴だな。一昨日の昼頃に、山が襲撃を受けたんだよ。目撃証言に寄れば、下手人は、麓の巫女・博麗霊夢」
犬走は案外あっさり話しはじめた。こういうところで親切なのは、彼女の性格からか、それとも天狗の性か。
聞きながら、魔理沙は思った。
(ここもか)
思ったが、何食わぬ顔で、話を聞いた。
犬走は話を続けてくる。
「奴は、見張りの者を斃して、山の正面から侵入した。尋常ならない力で、そのまま山の者を次々と屠り、蹂躙しながら山の頂上付近まで一気に駆け上ったんだよ。山に住む妖怪共を始めとし、我々天狗の中でも、我ら白狼から鴉天狗、鼻高天狗に至るまで、多くの者が、ほんの一刻のあいだに、奴に葬られた。本当に一瞬だったよ」
犬走は腕組みして続けてきた。
「奴は、それからしばらく交戦してのち、急に退いたから山も全滅は免れた。だが、それでも、被害は甚大だ。河童や妖怪ども、さらに多数の同輩にあわせ、天魔様を含む、長老様方までが亡くなられたからな。その後も、山に続いて、紅魔館、人里、迷いの竹林、命蓮寺、今日になって冥界が、次々と似たような形で襲撃され、わずか一両日のあいだに、多くの死傷者が出た。あまりに急な話で、我々も把握が追いついていない状態だから、詳しい被害は完全にはわからん。下手人である麓の巫女の足どりは、今現在も不明のまま。そもそも、奴の目的さえわかっていないからどうしようもない。そもそも急すぎて、目的もくそも何がなんだかまったくわからん。今は山に戒厳令が敷かれてある状態だ。勿論、人間の出入りも禁止なんだがな」
犬走は一気に喋ると、最後に付け加えて、釘を刺してきた。
「まあ、そういうわけだから、お前も今は軽々しく山には近づくな。どっちにしろ、今はお前の相手をしている暇もないが、山の妖怪共も、気が立っているようだからな。何をするか分からん。早々に立ち去れ。なんなら、麓まで送ってやってもいいぞ」
犬走は言った。
魔理沙は、腕組みしてなに喰わぬ顔で聞いていた。
(ここもかよ)
と、内心では思った。
が、犬走が話し終えると、口を開いた。
「……目撃証言って、それ確かなのか? 本当に霊夢のやつだったんだな?」
聞く。
犬走は、すぐに答えてきた。
「そうだよ。もっとも、なぜか、いつもの紅白でなく、少し違う色の服を着ていたようだがな。それでも奴の顔は、山の妖怪連中も、よく見知っているしな。第一、私もこの目で確認した。よく面識のある文様もだ」
犬走は言った。
魔理沙はふと聞いた。
「文の奴には会えないのか?」
「……忙しいってはじめに言っただろ。話を聞いてないのか?」
「聞いてたよ。実は言ってみただけだ」
魔理沙は言った。
言うと、腰を上げて、洞窟の入り口へと向かう。犬走は、黙ってこちらを見ていたが、洞窟を出ると、後ろについてきた。
魔理沙は滝の外に出た。
(なんてこった)
思う。ついでに、犬走をちらりとふり返って言う。
「別に、見張ったりしてなくても、うろちょろしたりしないぜ? 仕事に戻れよ」
「嘘だろ、どうせ。放っておいてくれ。お前はどうせ、私程度が見張っても、無駄なだけだろう。ただの見送りだよ」
「そうなら、なおさらいらないんだが」
魔理沙は眉をひそめて言った。
ふと犬走の顔を伺って言う。
「……そうだな、ついでだし、にとりの奴にも会っていくかなー。あいつは無事なのか?」
聞くと、犬走は首を横にふった。
「……いや。死んだよ。先の襲撃では、河童もだいぶ死んだからな」
犬走は、わりと平気そうな顔で言った。続けて魔理沙を見て言う。
「墓なら作ったが見ていくか? 別にそれくらいなら構わないよ」
さらにそうも言った。
(……)
一瞬、皮肉で言ったのかとも思ったが、どうもそうではないようだ。
犬走の顔は、しごく真面目だ。どうやら本気で言っているらしい。
魔理沙は、反射的に何か言ってやろうとした。
が、ふと思いついてやめた。
(……将棋盤が、そのまま?)
洞窟の中を思い出す。
騒ぎは、一昨日だと言っていた。
たんに帰るヒマが無かっただけなのかも知れないが。
「……いや、いい。このまま帰るよ」
魔理沙は言いなおして、箒にまたがった。
犬走がついてくるのは放っておいて、空へ浮かびあがる。空を飛んでいくと、犬走は、黙って脇をついてきた。



山を下りる間、見かけるものはなかった。

「じゃあな」
麓の近くまで来ると、犬走はと言って、近くの繁みに降りていった。魔理沙に負けないほど小柄な姿が、木々に埋もれてすぐに見えなくなる。
見送りつつ、魔理沙は、若干、面白くないものを感じたが、とにかくこれ以上は、犬走について考えるのを止めた。
(……)
考える。
これからどうするか。
(……よし)
魔理沙は、その場でこの後の方針を決めた。
しばし考えてからやがて箒の舳先を、魔法の森へと向ける。
そうと決まったら、一度、家に戻って準備を整えて来ないといけない。
(霊夢は、ここに来る)
ここで待とう。
空を飛びながら、魔理沙は思った。
やると決まれば、魔理沙の思考は素早い。どっちみち、考えるまでもなく、やれることは少ないというのもあったが。
ただ、予感があったのだ。そういうこととは別に。
薄弱な根拠にもとづく予感が。確信的ななにかが。
(霊夢はここに来る。ほかのことは全部終わらせてから、ここに)
それは勘のようなものだった。たんなる勘。
霊夢の性格を考えた上で推し量ったことではあったが、最終的には勘だった。自分の勘が、そうだと告げている。
勘。
(勘ね)
魔理沙は、ふと、自虐的な思いが沸いてくるのを感じた。勘。
勘ね。
(勘ね。勘)
魔理沙は呟いた。心の中で。
自分にも気づかれないくらいの声で、自分自身を軽く罵ってのける。
(勘ね。勘、勘。そんな不確かなものを、お前はあてにするんだな?)
言う。心の中で、自分に問う。
お前はなんだ?
何様だ?
(お前は、霊夢でもなんでもないんだぞ。ただの、普通の、なんの変哲もない、魔法使いだ。勘だって? 勘? 馬鹿馬鹿しい。お前の勘なんて、誰が当てにするんだ?)
「……それって、たんに追うよりも待つ方が楽だからってだけのことじゃないのか? 楽な方を選ぼうとしているんじゃないか? 単に」
声に出して、自分に聞いてやる。
夕暮れ色の空は寒い。もうとっくに空気は冷えている。
(単に、余計な手間をかけることを、面倒くさいと思っているんじゃないか? 単に、徒労に終わることを恐れているだけなんじゃないのか? 単に、もうどうにもならないと思っているんじゃないのか? お前はもう、諦めているんじゃないのか? 霊夢はもう止められないって。このまま、誰も彼も死んじまうんだって。文も、椛も、紫も、アリスも、早苗も、神奈子も、諏訪子も、幽香も、咲夜やレミリアみたいに。死んじまうんだって。そう思って、なげやりになっているんじゃないのか? お前は、諦めているんじゃないのか?
どうなんだ?)
乾いた空気に、呟いた声が消えていく。
空虚だった。
魔理沙は軽く身震いした。
空気が冷たい。
一人で呟く。
(ついでに香霖のところに寄ろう。……あいつも、もう死んでるのかも知れないけど)
自分で、自分が口にした言葉の意味をかみ砕きながら。
魔理沙は暮れなずんだ空の中を駆けた。
ところで無言坂さん

何か用かな?

前回〈下に続く〉って書きましたか?

書いた

そうですかありがとう容量計算すごいですね

それほどでもない
無言坂
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コメント



0.1120簡易評価
4.90名前が無い程度の能力削除
謎が謎よぶ霊夢の行動……
しかし、白蓮の命を見逃したのは何故だろう。妖怪じゃないから……かな?
次回も楽しみに待っています
7.60名前が無い程度の能力削除
随分と殺しますねぇ

幻想郷に、これだけの事を一人でやれてしまうような奴が居るとは思えないので、どんな結末にもってくのか楽しみにしてますよ。
個人的に、皆殺し的なお話しは気分悪いので、点数は抑えぎみにしときます。
9.100名前が無い程度の能力削除
そうかこっち書いてたからプチ最近いなかったんだ

誤字いろいろ
10.80名前が無い程度の能力削除
謎だ。締めが気になる。
11.90名前が無い程度の能力削除
私には氏の少し退廃的な文章の質感と物語が合ってるように思えました。
こういう作品も好みです。先の展開と残ってる謎の解明、いろいろ楽しみにしてます。
14.無評価名前が無い程度の能力削除
RPGで音楽が途切れるシーンって怖くてドキドキする。これも然り。
点数は下に入れます。
15.90名前が無い程度の能力削除
待ってました。中か~ 早く下が読みたいですね。
16.100名前が無い程度の能力削除
次に霊夢が現れるのは生き残ってる大物のところになりそうだけど・・・・
名のある妖怪が次々に死んだこの幻想郷はパワーバランスが完全に崩壊してもう放っておいても滅びそうですね。この話がどう納まるのか楽しみでなりません。
18.100名前が無い程度の能力削除
霊夢?の目的がわからない…
これだけのことをしておきながら紫が動いてない?のも気になる…
どうも現れてるのは大物のいるところ。地霊殿には現れたのだろうか…
多数の謎が残ったまま…。下を楽しみにしています
19.100七人目の名無し削除
今まで霖之助さんが出てなかったのと、霊夢の服装がいつもと違っていたと言うのがこの謎を解く鍵なのかとか考えてみたり……早く続きが読みたいです。
21.無評価名前が無い程度の能力削除
誤字報告です。
>>このまま、誰も彼も信じまうんだって。文も、椛も、紫も、アリスも、早苗も、神奈子も、諏訪子も、幽香も、咲夜やレミリアみたいに。
信じまう→死んじまうですね。
点数は既に入れたのでフリーレスになります。
22.80名前が無い程度の能力削除
たとい推理ものだとしても、全て圧倒されて流れる様に読むしかないだろう俺。
全てが比喩表現? 残された将棋盤? 文の手帳?
あーーー! 下を読みたい、ただそれだけです!!
29.70コチドリ削除
魔理沙の懊悩や焦燥を表現するためなのでしょうが、
心理描写が若干くどく感じました。
続きを楽しみにしています。
30.100名前が無い程度の能力削除
白蓮さんには

仲間が来なかったんだな…
31.無評価名前が無い程度の能力削除
なぜ白蓮だけ? 初めの襲撃で元人間が生き残るなら村紗が生き残っててもいいはずなのになぁ。
残りは地霊殿と守矢神社、太陽の畑、マヨヒガか。
どうしても白装束霊夢=某二次創作STGになっちまって真面目に考えられないw
下を楽しみにしています。
34.90ずわいがに削除
ちゃんと続き、ありましたね。これで一つ安心しました!

俺的にはこの巫女、魔神ブウ(純粋悪)みたいなイメージですねぇ。あくまで例えですがww
ただ、魔神ブウと違うのは対象をちゃんと区別していることでしょうか。“人間”は対象外。“疑わしき”は半殺しですかね……邪魔をしなければ。
中立ではなく、完全に人間の側についた存在、という感じでしょうか。幻想郷から“妖怪”あるいは“人外”を完全に駆逐するつもりなんでしょうかねぇ。続きが気になります。
36.100名前が無い程度の能力削除
くあー。
白蓮さんのくだりは読んでいて正直辛かった。
でも読み進めてしまう。
この話がどのように収束していくのか、楽しみでなりません。

一応目についた誤字報告を。
といかく。
→とにかく?
38.100名前が無い程度の能力削除
何となく検索してみたワードで凄いの見つけちゃったよ…
続き待ってます!
42.100名前が無い程度の能力削除
妖怪だけが無差別で狙われてるのか……
魔理沙に現実感がないのは分かるけど他の人妖がどこか達観してるのが気になる