しとしとと雨の降る。
雨は、それほど嫌いじゃない。
急いでいる時でもなければ、それなりに風情がある。
屋根や葉を叩く音は耳に心地よいし。
地に落ち、雨に流される花びらも、それはそれで美しいものだ。
余程の事情が無ければ、人が尋ねてこないのもポイントが高い。
視界が悪く、世界と隔絶されたような空間で、のんびりと一人の時間を楽しむ事が出来る。
閉め切った部屋で、紅茶を淹れる。
華やかな香りが部屋に広がっていく。
ソファーに座り、美味しい紅茶を飲み、雨の音を聞く。
晴れるまで、こうしてのんびりしよう。
「ぴーんぽーん」
静かで、優雅な時間が唐突に壊される。
間延びした声と、玄関を叩く音が響く。
「ぴんぽんぴんぽんぴんぽんぴんぽんぴーんぽーん」
喧しい声が響く。
これは、メディスンの声だろうか。
この家にチャイムは無い。
人を呼ぶにしても、もう少し静かに出来ないものか。
「煩いわ。急ぐのだったら勝手に入ればいいじゃない」
鍵のかかっていない扉を開ける。
そこには案の定、メディスンが立っていた。
黄色い雨合羽を着ている。
満面の笑みだ。
「こんにちは!」
「はい、こんにちは。貴女は雨の日でもお構いなしね」
「雨の日は面白いものがたくさん見れて楽しいもの」
くるりとそこで一回転する。
水滴が周囲にばら撒かれる。
「まずは中に入って滴を拭きなさい」
「濡れたくらいじゃ風邪をひかないわ」
「部屋を濡らすなって言ってるの。二度目は無いわよ」
タオルを渡すと、素直に体を拭き始める。
水気がなくなったところで家に入る。
きょろきょろと室内を見回している。
お菓子でも探しているのかしら。
「今日は一人なのね」
思った以上に、メディスンの言葉が突き刺さる。
「たまたまよ」
「最後に会ったのはいつ?」
「十日前」
最後に会った日の事を思い出す。
昨日の事のようにその光景が目に浮かぶ。
そんな事を思い出させたメディスンが、少しだけ鬱陶しい。
「こんなに会わないのは、今まであったかしら?」
「そんなに珍しい事じゃないわ。予定が合わない事なんてしょっちゅうだもの」
「そうなの? 会いたくないと思ったのは珍しいんじゃない?」
きらきらした瞳で見つめてくるメディスンが、凄く鬱陶しい。
どうしてこんなに小賢しい子に育ってしまったのだろうか。
「何しに来たの?」
「冷やかしよ」
「帰りなさい」
「こんな雨の日に可愛い女の子を追い出すの?」
「この程度で体調を崩すほど柔じゃないでしょ。家主を怒らせた罰よ」
「はいはい。それじゃ帰るけど。早くアリスと仲直りしてよね。見てるこっちまで苛苛するんだから」
ストレートすぎる物言いに、張り倒してやろうかと思ったくらいだ。
「仲直りする口実が思いつかないなら、メディスンが煩いから~とか適当に言ってもいいから。
いつまでもギスギスしてるとこっちまで気を使わなきゃいけないんだから」
「……悪かったわよ。雨が上がったら会いに行くわ」
「今すぐ。どうせ、濡れた程度じゃ風邪ひかないんでしょ?」
メディスンが頬を膨らませる。
随分と怒らせてしまっていたようだ。
お詫びに、あとで美味しい毒ケーキでも振舞ってあげよう。
「分かった。すぐに出かけるから、貴女は帰りなさい」
「濡れるのやだー」
活き活きとした様子で、ばたばたと手足を振るメディスンに傘を投げつける。
「ここからは出歯亀禁止よ」
「久しぶりに会うんだから、いっぱいおめかししないとね」
「メディスン」
「さーよならー」
合羽を着て、傘を差したメディスンが雨の中に消えたのを確認してから鍵をかける。
とっくにぬるくなった紅茶を飲み干し、覚悟を決める。
そうね。まずはシャワーを浴びて。
それから着替えて。雨に濡れないように魔法をかけて。仲直りの花束を。
……。
いや、それとも。
今すぐ飛んで、会いにいってしまおうかしら。
☆
黙々とマフラーを編む。
必要だから作っているわけではなく。
それが、一番気晴らしに向いているからそうしているだけ。
考えなくても勝手に手が動いて、単純作業で、失敗しても別に構わない。
そういう都合の良い暇潰しとして見つけたのが、この編み物だ。
今は人形も休ませている。実験も停止中。
いまいち集中出来ず、失敗してしまいそうだから。
精神状態が最悪な状態で出来そうな事は、唯一マフラーを編む事くらいだった。
食事や睡眠を取らなくてもいいのは、幸いなのかしら。
原因は分かっている。
些細な事で喧嘩して、それっきりになっている幽香の事だ。
こんな薄暗い魔法の森に居ては気が滅入るばかりとも思うけど。
どこかに出かけるような気分でもないし。
そこらでばったり出会ってしまったら、どんな顔をしていいか分からない。
だから、とりあえず引き篭もる事にした。
何か事態が動くまで、動かない事にした。
コンコンコン。
玄関の扉が、控え目に三回ノックされる。
聞き間違いかもしれないと思い、暫く耳を澄まして様子を見る。
コンコンコン。
もう一度。確かに、ノックがされる。
急いで玄関まで駆けて行く。
音の感じから、扉の上の方を叩いている。
律儀に三回ノックして、待つような訪問者の心当たりは一人しかいない。
扉の前に立ち、一呼吸置く。
覚悟を決め、扉を開ける。
そこに居たのは。
「残念。かわいいメディちゃんです!」
私と顔の高さが同じになるように、宙に浮いているメディスンだった。
「驚いた?」
どこかで聞いた事のある台詞を言って、毒々しく笑っている。
「メディスン。生憎今は、そういう悪趣味な悪戯に付き合う気分じゃないの」
「欝対策には適度な運動と日光が必要よ。こんな黴臭いところにいるから気が滅入るのよ。
何だったらお薬も出してあげようか?」
「自覚してるわ。お薬は間に合ってる。処方箋もとっくに出来てる。でもね。事はそんなに単純じゃないの」
「幽香が来るよ」
その言葉に反応してしまう。
メディスンを見る。さっき聞こえた事が聞き間違いじゃない事を確認する。
「幽香が来る。もうすぐね」
「どうして分かるの?」
「さっき会って来たから」
「それは本当の事?」
「人形は嘘吐かないよ」
懐かしい匂いがしたので、メディスンの手元を見る。
幽香の傘を持っている。
花の香りがまだ強く残っているという事は、つい最近幽香から借りたという事だ。
幽香に会って、私の家に来るように促してくれたのだろうか。
少しだけ考える。
幽香が来るなら、ちゃんと準備しておかないと。
「飴ちゃんあげるから、今日はもう帰りなさい」
メディスンに飴を食べさせ、外に追い出す。
「私の顔を見たらがっかりしてたのに。幽香が来るって聞いたら途端に元気になるのね。
そんなに好きなのに喧嘩をするなんて、わけがわからないよ」
メディスンの口にもう一つ飴を放り込んで、玄関に鍵をかける。
よし。
幽香が来るなら、何を言うか考えておかないと。
着替えて、身だしなみを整えて。それから、それから。
コンコンコン。
ノックが三回。今度は、間違いようがない。
来るのが予想よりも早すぎて、頭が真っ白になる。
何をすべきか、を考えられず。
何がしたいか、で行動してしまう。
扉を開ける。そして。
「「ごめんなさい」」
Fin.
雨は、それほど嫌いじゃない。
急いでいる時でもなければ、それなりに風情がある。
屋根や葉を叩く音は耳に心地よいし。
地に落ち、雨に流される花びらも、それはそれで美しいものだ。
余程の事情が無ければ、人が尋ねてこないのもポイントが高い。
視界が悪く、世界と隔絶されたような空間で、のんびりと一人の時間を楽しむ事が出来る。
閉め切った部屋で、紅茶を淹れる。
華やかな香りが部屋に広がっていく。
ソファーに座り、美味しい紅茶を飲み、雨の音を聞く。
晴れるまで、こうしてのんびりしよう。
「ぴーんぽーん」
静かで、優雅な時間が唐突に壊される。
間延びした声と、玄関を叩く音が響く。
「ぴんぽんぴんぽんぴんぽんぴんぽんぴーんぽーん」
喧しい声が響く。
これは、メディスンの声だろうか。
この家にチャイムは無い。
人を呼ぶにしても、もう少し静かに出来ないものか。
「煩いわ。急ぐのだったら勝手に入ればいいじゃない」
鍵のかかっていない扉を開ける。
そこには案の定、メディスンが立っていた。
黄色い雨合羽を着ている。
満面の笑みだ。
「こんにちは!」
「はい、こんにちは。貴女は雨の日でもお構いなしね」
「雨の日は面白いものがたくさん見れて楽しいもの」
くるりとそこで一回転する。
水滴が周囲にばら撒かれる。
「まずは中に入って滴を拭きなさい」
「濡れたくらいじゃ風邪をひかないわ」
「部屋を濡らすなって言ってるの。二度目は無いわよ」
タオルを渡すと、素直に体を拭き始める。
水気がなくなったところで家に入る。
きょろきょろと室内を見回している。
お菓子でも探しているのかしら。
「今日は一人なのね」
思った以上に、メディスンの言葉が突き刺さる。
「たまたまよ」
「最後に会ったのはいつ?」
「十日前」
最後に会った日の事を思い出す。
昨日の事のようにその光景が目に浮かぶ。
そんな事を思い出させたメディスンが、少しだけ鬱陶しい。
「こんなに会わないのは、今まであったかしら?」
「そんなに珍しい事じゃないわ。予定が合わない事なんてしょっちゅうだもの」
「そうなの? 会いたくないと思ったのは珍しいんじゃない?」
きらきらした瞳で見つめてくるメディスンが、凄く鬱陶しい。
どうしてこんなに小賢しい子に育ってしまったのだろうか。
「何しに来たの?」
「冷やかしよ」
「帰りなさい」
「こんな雨の日に可愛い女の子を追い出すの?」
「この程度で体調を崩すほど柔じゃないでしょ。家主を怒らせた罰よ」
「はいはい。それじゃ帰るけど。早くアリスと仲直りしてよね。見てるこっちまで苛苛するんだから」
ストレートすぎる物言いに、張り倒してやろうかと思ったくらいだ。
「仲直りする口実が思いつかないなら、メディスンが煩いから~とか適当に言ってもいいから。
いつまでもギスギスしてるとこっちまで気を使わなきゃいけないんだから」
「……悪かったわよ。雨が上がったら会いに行くわ」
「今すぐ。どうせ、濡れた程度じゃ風邪ひかないんでしょ?」
メディスンが頬を膨らませる。
随分と怒らせてしまっていたようだ。
お詫びに、あとで美味しい毒ケーキでも振舞ってあげよう。
「分かった。すぐに出かけるから、貴女は帰りなさい」
「濡れるのやだー」
活き活きとした様子で、ばたばたと手足を振るメディスンに傘を投げつける。
「ここからは出歯亀禁止よ」
「久しぶりに会うんだから、いっぱいおめかししないとね」
「メディスン」
「さーよならー」
合羽を着て、傘を差したメディスンが雨の中に消えたのを確認してから鍵をかける。
とっくにぬるくなった紅茶を飲み干し、覚悟を決める。
そうね。まずはシャワーを浴びて。
それから着替えて。雨に濡れないように魔法をかけて。仲直りの花束を。
……。
いや、それとも。
今すぐ飛んで、会いにいってしまおうかしら。
☆
黙々とマフラーを編む。
必要だから作っているわけではなく。
それが、一番気晴らしに向いているからそうしているだけ。
考えなくても勝手に手が動いて、単純作業で、失敗しても別に構わない。
そういう都合の良い暇潰しとして見つけたのが、この編み物だ。
今は人形も休ませている。実験も停止中。
いまいち集中出来ず、失敗してしまいそうだから。
精神状態が最悪な状態で出来そうな事は、唯一マフラーを編む事くらいだった。
食事や睡眠を取らなくてもいいのは、幸いなのかしら。
原因は分かっている。
些細な事で喧嘩して、それっきりになっている幽香の事だ。
こんな薄暗い魔法の森に居ては気が滅入るばかりとも思うけど。
どこかに出かけるような気分でもないし。
そこらでばったり出会ってしまったら、どんな顔をしていいか分からない。
だから、とりあえず引き篭もる事にした。
何か事態が動くまで、動かない事にした。
コンコンコン。
玄関の扉が、控え目に三回ノックされる。
聞き間違いかもしれないと思い、暫く耳を澄まして様子を見る。
コンコンコン。
もう一度。確かに、ノックがされる。
急いで玄関まで駆けて行く。
音の感じから、扉の上の方を叩いている。
律儀に三回ノックして、待つような訪問者の心当たりは一人しかいない。
扉の前に立ち、一呼吸置く。
覚悟を決め、扉を開ける。
そこに居たのは。
「残念。かわいいメディちゃんです!」
私と顔の高さが同じになるように、宙に浮いているメディスンだった。
「驚いた?」
どこかで聞いた事のある台詞を言って、毒々しく笑っている。
「メディスン。生憎今は、そういう悪趣味な悪戯に付き合う気分じゃないの」
「欝対策には適度な運動と日光が必要よ。こんな黴臭いところにいるから気が滅入るのよ。
何だったらお薬も出してあげようか?」
「自覚してるわ。お薬は間に合ってる。処方箋もとっくに出来てる。でもね。事はそんなに単純じゃないの」
「幽香が来るよ」
その言葉に反応してしまう。
メディスンを見る。さっき聞こえた事が聞き間違いじゃない事を確認する。
「幽香が来る。もうすぐね」
「どうして分かるの?」
「さっき会って来たから」
「それは本当の事?」
「人形は嘘吐かないよ」
懐かしい匂いがしたので、メディスンの手元を見る。
幽香の傘を持っている。
花の香りがまだ強く残っているという事は、つい最近幽香から借りたという事だ。
幽香に会って、私の家に来るように促してくれたのだろうか。
少しだけ考える。
幽香が来るなら、ちゃんと準備しておかないと。
「飴ちゃんあげるから、今日はもう帰りなさい」
メディスンに飴を食べさせ、外に追い出す。
「私の顔を見たらがっかりしてたのに。幽香が来るって聞いたら途端に元気になるのね。
そんなに好きなのに喧嘩をするなんて、わけがわからないよ」
メディスンの口にもう一つ飴を放り込んで、玄関に鍵をかける。
よし。
幽香が来るなら、何を言うか考えておかないと。
着替えて、身だしなみを整えて。それから、それから。
コンコンコン。
ノックが三回。今度は、間違いようがない。
来るのが予想よりも早すぎて、頭が真っ白になる。
何をすべきか、を考えられず。
何がしたいか、で行動してしまう。
扉を開ける。そして。
「「ごめんなさい」」
Fin.
雨降って地固まるになると良いですね