それは、空の澄み渡る、ある晴れた昼下がりのこと。
「そろそろ昼食にしようと思ったんだが・・・何も無いな」
今進めている実験に夢中になるあまり、しばらく買い物にも出ていなかった魔理沙。食料品を切らしてしまった彼女は、どうせだから必要な生活雑貨一式も含めて買出しに行くか、と人里へと向かった。
季節は巡り、今は秋。夏の間、あれだけ眩かった日の光もすっかり優しいものになり、吹く風も心地よい。
こんな状況では、眠くならない方がおかしい話だろう。箒に跨りながらも、思わずうとうとしてしまいそうだ。
いけないいけないと自らの頬を叩きつつ、魔理沙は持ち前のスピードであっという間に人里へと辿りついた。幻想郷最速(人間の中では、だけど)の名は伊達ではない。人里へと降り立った彼女は、早速食べものを求めて歩き出していった。
「大漁、大漁と・・・ちょっと買いすぎちゃったぜ」
先程とは打って変わって、ゆっくりと空を飛んでいる魔理沙。その訳は、箒に引っ掛けている袋にある。
秋は、食べ物が美味しい季節だ。栗や柿、さつま芋、茄子に秋刀魚、忘れちゃいけない新米・・・この際秋の味覚を堪能しようと考えた彼女は、帰りのことなどお構いなしに、これらの食べ物を全部買い漁ってしまった。ただでさえ沢山の食べ物を買った上、米まで入っているのだから、その重量はかなりのものになる。しかも、異変解決名人の魔理沙は有名人であり「次も何かあったら頼むな!これ食ってスタミナつけてくれ!」などと、それぞれの店で結構な量の「おまけ」まで頂いた。そのせいもあって、結局、他の生活雑貨を買う余裕などなくなってしまった。
「重くて、全然スピードが出せないぜ・・・」
それは、魔理沙にとって随分久しぶりの体験だった。ここまでゆっくりと飛んだのは、初飛行のときくらいではなかっただろうか。
元来何事も負けず嫌いだった彼女は、空を飛ぶようになってすぐ、他者よりも速く飛ぶことを意識し始めた。その結果が、彼女に現在の地位を築かせたのである。当然、ゆったりと空を飛ぶなど、考えたことも無かった。
「だけど、まあ、こんなのもたまには悪くないかな」
普段は猛スピードで過ぎ去っていく風景。それをのんびりと眺めながら飛ぶことに、魔理沙は新鮮な感動を見出していた。
山は燃えるような紅葉で彩られ、雲一つ無い空はまるで吸い込まれそうなほどに美しい。耳を澄ませば、虫たちの合唱も聞こえるようだ。
幻想郷が誇る、雄大な自然を味わいながら飛ぶというのも、中々乙なものじゃないか。
そんなことを考えながら飛んでいると。
「ん?あれは・・・」
河原の上まで来たとき、子供たちが集まっている様子が目に入った。なにやら揉めているようだ。
「しょうがないなあ。どれ、魔理沙姉さんが仲裁してあげますか」
一人ごちて、魔理沙は河原へと急降下していった。
「どうすんだよ、中止か?」
「でも、せっかく他の皆が来てるのに」
「おいおい、どうしたんだ?喧嘩か?」
「あ、マリ姉!」
言うまでもないが、マリ姉とは魔理沙のことである。彼女は子供たちの間でも「よく遊んでくれるお姉ちゃん」ということで有名なのだ。
彼らの説明によると、今から野球をやるはずだったのだが、一人が風邪をひいて来れなくなってしまったということだった。
当然ながら、誰か一人でも足らなければ、そのチームはそれだけでものすごく不利になるし、士気も大いに下がってしまう。それで中止か否か、相談しているとの事だった。
「なーんだ。てっきり殴り合いにでもなってるのかと思ったぜ。そんなことなら、私が加われば問題ないな?」
自らが幼かった頃、魔理沙はよく男の子たちに混じって野球をしていたものだ。その腕は、今も衰えていない。実際、この子たちとも何度か試合をし、その実力を認められて、たまに魔理沙が試合に加わるときは、重要なポジションを任されるに至っている。
「え?マリ姉忙しいんじゃないの?」
「ああ、ここの所は確かに忙しかったけど、今は平気だぜ。それに、最近家に篭りっぱなしだったからな。ちょっと体も動かしたかったところだし」
その言葉を聞いた少年は、嬉しそうにキラキラと目を輝かせた。
「ありがとうマリ姉!おーい、みんなー、マリ姉が入ってくれるってー!」
おおー!とその場から歓声があがる。マリ姉と遊ぶなんて久しぶりだ、と喜んでいる子供も居る。
これもひとえに、彼女の人徳というものだろう。
自らの思っていた以上に盛り上がっているその様子を見て、魔理沙は、こりゃ下手なプレイは出来ないなあ、と思わず苦笑した。
試合は白熱した投手戦になった。
4番でピッチャーの魔理沙は、5回まで相手チームをノーヒットに抑える完璧なピッチング。
直球と変化球を巧みに織り交ぜた、打たせて取る投球術で、相手チームのバッターを完全に手玉に取っていた。
一方の相手ピッチャーも調子が良く、5回までに打たれたのは魔理沙に許したヒット一本のみ。
魔理沙とは対照的に、ぐいぐいとストレートで力押しする投球スタイルで、既に8つの三振を奪っていた。
2打席目、平凡なゴロに打ち取られた魔理沙は、思わず負け惜しみを口にした。
「私を抑えるなんて、やるじゃないか!けど、次は私が打つからな!」
「ふふん、いっつもマリ姉には打たれてばかりだったから・・・今日の試合は勝つよ!」
両者の間に、バチバチと火花が飛ぶ。それはもう、思わず周囲の子供がひるんでしまうほどに。
最初は和気藹々とした雰囲気の元に始まった試合は、いつの間にかお互いのメンツをかけた真剣勝負となっていた。
スコアは0対0。9回裏、2アウトフルベース。
この、まるで漫画かアニメのような状況で、バッターは魔理沙。
こんなこと本当にあるんだなあ、などと他人事のように思いながら、魔理沙はバッターボックスに立った。
「マリ姉!いざ、勝負!」
「よーし、本気で来い!」
「・・・僕は最初からずっと本気だよ!」
相手ピッチャーは、流石に疲労の色が見えるものの、その球威は決して衰えていない。そして何より、闘志はこれまで以上のものだった。
それなら、こちらも本気で挑むのが筋というものだろう。そう考えた魔理沙は、バットの鼻先をレフトの方角へと向けた。
その様子を見た少年は、思わず顔を強張らせる。
(予告ホームラン・・・いくらなんでも、そんなの、絶対打たせない!ど真ん中の直球で打ち取ってやる!)
挑発に対し、さらに闘志を増していく少年。それが相手の作戦だと分かっていても尚、彼は熱くならざるを得なかった。
自分の中のボルテージを最高潮にまで上げていく少年。しかし、そのとき彼は、ふとこんな可能性に気付いた。
(マリ姉が、必ず打ってくるとは限らないよね・・・?)
頭のいい彼女のことだ。予告ホームランをすることで、フルスイングしてくると見せかけて、意表をついたバント狙いということも考えられる。
例え2アウトであっても、こちらが「打ってくる」という意識で投げていれば、とっさの対応は遅れてしまう。
戦法としては十分に有り得る事だった。この場面、1点取られれば、その時点で負けなのだ。
(・・・いや)
そこまで考えた少年であったが、その思考は捨てた。
(マリ姉は絶対に、そんなせこい事はしない!必ずホームランを狙ってくる!)
それは、今まで何度も魔理沙と対戦してきた彼だから分かるものだった。彼女は決して、そんな小細工で勝ちに来たりはしない。何事においても、豪快に決めるのが彼女流なのだから。
余計な考えは全て洗い流し、目の前にいる魔理沙だけに集中する。
そして、彼が持てる渾身の力で、ストレートをど真ん中へと投げ込んだ。
カキーン!という小気味良い音が響いたかと思うと、ボールはレフトの守るはるか後ろへと消えていった。
一瞬、あまりの打球のすごさに、周囲は水を打ったように静まりかえった。しかし、その後には、うわー!!という子供たちの大歓声が響き渡った。
「やったー!勝った!勝った!」
「マリ姉すごい!」
「あーあ、あんなの打たれちゃったらしょうがないや。やっぱり、マリ姉は強いなあ」
それは、相手チームも思わず魔理沙を称えてしまうほど、完璧な打球だった。
周囲の歓声に笑顔で答えながら、ベースを回っていく魔理沙。ホームベースへついた途端、子供たちから胴上げでもされるかのごとく抱きつかれる。
「おいおい、そんなにひっつかれたら苦しいぜ」
「だって!あんなの打てるなんてすごいよ!」
「マリ姉!今度バッティング教えて!僕もあんなの打ってみたい!」
「わ、分かった。分かったからな?とりあえず、はーなーれーろー!」
そんな子供たちが落ち着くのを見計らい、魔理沙はピッチャーズマウンドでただ一人、唇を噛んで俯いている少年の元へと向かった。
近づいていくと、その肩が、わずかに震えているのが分かる。魔理沙は、出来る限り優しく、彼に向かって話しかけた。
「・・・いい勝負だったぜ」
「えへへ、また負けちゃった・・・」
魔理沙の声を聞くと、少年は気丈に笑みを浮かべたが、その目には涙が滲んでいた。今日は接戦を繰り広げただけに、悔しさもひとしおなのだろう。
魔理沙は、そんな落ち込んでいる様子の少年を見て、自分の正直な気持ちを告白することにした。
「お前さ、どんどん成長してるから、私は今日内心ハラハラしてたんだぜ」
「え・・・?」
その言葉に、少年は意味を掴みかねて戸惑う。ハラハラしてたってどういうこと?だって、最後はあんなどでかい当たりを打ったじゃん。
少年の言葉を聞いた魔理沙は「悔しいから言いたくなかったけど、しょうがないか」と前置きしてから、打ち明けた。
「最後の回、私、あの場面で予告ホームランをしただろ?あれは、そうやって挑発すれば、負けず嫌いなお前はど真ん中にストレートを投げてくるだろうって読んだからで・・・。お前の球、球威があるから、下手に打つと詰まらされちまうんだよ。だから、ああでもしてコースを絞らなきゃ、多分打てなかったと思う」
照れくさそうに語る魔理沙。いつも自信たっぷりな彼女が、実はそこまで自分の実力を評価してくれて、しかも、負けをも覚悟していたことなど、当然少年には分からなかった。
「ただ、安い挑発に乗って、素直にど真ん中投げるあたりはまだまだ甘いぜ?確かに力押しも大事だし、私もよくやることだが・・・」
魔理沙はポンポンと、自分の胸を叩きながら
「自分の気持ちを相手に弄ばれてるようじゃ、その時点でそいつには絶対勝てないぜ!」と言うと、にかっとした笑みを浮かべた。
「・・・うん!」
今回は惜しくも届かなかったが、自分は確実に魔理沙に勝てるだけの実力が身に付いている―。その事実に、少年は、やっと心からの笑みを浮かべることが出来た。
久しぶりに良い汗を流して、ほっと一息ついていた魔理沙。ふと、彼女は自分のお腹がぐーぐー鳴っていることに気がついた。
そういえば、まだ昼食を食べていなかった。元々、今日の目的は、そこにあったというのに。
どうせ、食べ物は一人で食べきれないほどにある。それならば―。
「さて!運動してみんなもお腹空いてるだろう!」
突然の魔理沙の言葉に、なんだなんだとその場が色めき立つ。
「私も昼食食べてないから腹ペコだ!そこで、これより焼き芋アンド焼き栗パーティを開催しようと思う!」
え?本当!?わーい!!!と、子供たちから今日一番の大歓声が上がった。
魔理沙が袋の中から芋や栗を取り出している間に、子供たちは枯葉や枯れ枝を集め、食材を焼く準備を進めていく。
(本当、こんなのも悪くないぜ)
八卦炉で先程の火種に火を点す。バチバチと爆ぜる栗に気をつけながら、甘い甘い芋を口いっぱいに頬張る。
異変を解決するときのワクワク感もたまらない。しかし、こうやってのんびりと過ごす時間もまた、同じくらいかけがえのないものだ。
秋の夕日を背景に、はしゃぐ子供たちを眺めながら、魔理沙はとても優しい笑みを浮かべていた―。
「そろそろ昼食にしようと思ったんだが・・・何も無いな」
今進めている実験に夢中になるあまり、しばらく買い物にも出ていなかった魔理沙。食料品を切らしてしまった彼女は、どうせだから必要な生活雑貨一式も含めて買出しに行くか、と人里へと向かった。
季節は巡り、今は秋。夏の間、あれだけ眩かった日の光もすっかり優しいものになり、吹く風も心地よい。
こんな状況では、眠くならない方がおかしい話だろう。箒に跨りながらも、思わずうとうとしてしまいそうだ。
いけないいけないと自らの頬を叩きつつ、魔理沙は持ち前のスピードであっという間に人里へと辿りついた。幻想郷最速(人間の中では、だけど)の名は伊達ではない。人里へと降り立った彼女は、早速食べものを求めて歩き出していった。
「大漁、大漁と・・・ちょっと買いすぎちゃったぜ」
先程とは打って変わって、ゆっくりと空を飛んでいる魔理沙。その訳は、箒に引っ掛けている袋にある。
秋は、食べ物が美味しい季節だ。栗や柿、さつま芋、茄子に秋刀魚、忘れちゃいけない新米・・・この際秋の味覚を堪能しようと考えた彼女は、帰りのことなどお構いなしに、これらの食べ物を全部買い漁ってしまった。ただでさえ沢山の食べ物を買った上、米まで入っているのだから、その重量はかなりのものになる。しかも、異変解決名人の魔理沙は有名人であり「次も何かあったら頼むな!これ食ってスタミナつけてくれ!」などと、それぞれの店で結構な量の「おまけ」まで頂いた。そのせいもあって、結局、他の生活雑貨を買う余裕などなくなってしまった。
「重くて、全然スピードが出せないぜ・・・」
それは、魔理沙にとって随分久しぶりの体験だった。ここまでゆっくりと飛んだのは、初飛行のときくらいではなかっただろうか。
元来何事も負けず嫌いだった彼女は、空を飛ぶようになってすぐ、他者よりも速く飛ぶことを意識し始めた。その結果が、彼女に現在の地位を築かせたのである。当然、ゆったりと空を飛ぶなど、考えたことも無かった。
「だけど、まあ、こんなのもたまには悪くないかな」
普段は猛スピードで過ぎ去っていく風景。それをのんびりと眺めながら飛ぶことに、魔理沙は新鮮な感動を見出していた。
山は燃えるような紅葉で彩られ、雲一つ無い空はまるで吸い込まれそうなほどに美しい。耳を澄ませば、虫たちの合唱も聞こえるようだ。
幻想郷が誇る、雄大な自然を味わいながら飛ぶというのも、中々乙なものじゃないか。
そんなことを考えながら飛んでいると。
「ん?あれは・・・」
河原の上まで来たとき、子供たちが集まっている様子が目に入った。なにやら揉めているようだ。
「しょうがないなあ。どれ、魔理沙姉さんが仲裁してあげますか」
一人ごちて、魔理沙は河原へと急降下していった。
「どうすんだよ、中止か?」
「でも、せっかく他の皆が来てるのに」
「おいおい、どうしたんだ?喧嘩か?」
「あ、マリ姉!」
言うまでもないが、マリ姉とは魔理沙のことである。彼女は子供たちの間でも「よく遊んでくれるお姉ちゃん」ということで有名なのだ。
彼らの説明によると、今から野球をやるはずだったのだが、一人が風邪をひいて来れなくなってしまったということだった。
当然ながら、誰か一人でも足らなければ、そのチームはそれだけでものすごく不利になるし、士気も大いに下がってしまう。それで中止か否か、相談しているとの事だった。
「なーんだ。てっきり殴り合いにでもなってるのかと思ったぜ。そんなことなら、私が加われば問題ないな?」
自らが幼かった頃、魔理沙はよく男の子たちに混じって野球をしていたものだ。その腕は、今も衰えていない。実際、この子たちとも何度か試合をし、その実力を認められて、たまに魔理沙が試合に加わるときは、重要なポジションを任されるに至っている。
「え?マリ姉忙しいんじゃないの?」
「ああ、ここの所は確かに忙しかったけど、今は平気だぜ。それに、最近家に篭りっぱなしだったからな。ちょっと体も動かしたかったところだし」
その言葉を聞いた少年は、嬉しそうにキラキラと目を輝かせた。
「ありがとうマリ姉!おーい、みんなー、マリ姉が入ってくれるってー!」
おおー!とその場から歓声があがる。マリ姉と遊ぶなんて久しぶりだ、と喜んでいる子供も居る。
これもひとえに、彼女の人徳というものだろう。
自らの思っていた以上に盛り上がっているその様子を見て、魔理沙は、こりゃ下手なプレイは出来ないなあ、と思わず苦笑した。
試合は白熱した投手戦になった。
4番でピッチャーの魔理沙は、5回まで相手チームをノーヒットに抑える完璧なピッチング。
直球と変化球を巧みに織り交ぜた、打たせて取る投球術で、相手チームのバッターを完全に手玉に取っていた。
一方の相手ピッチャーも調子が良く、5回までに打たれたのは魔理沙に許したヒット一本のみ。
魔理沙とは対照的に、ぐいぐいとストレートで力押しする投球スタイルで、既に8つの三振を奪っていた。
2打席目、平凡なゴロに打ち取られた魔理沙は、思わず負け惜しみを口にした。
「私を抑えるなんて、やるじゃないか!けど、次は私が打つからな!」
「ふふん、いっつもマリ姉には打たれてばかりだったから・・・今日の試合は勝つよ!」
両者の間に、バチバチと火花が飛ぶ。それはもう、思わず周囲の子供がひるんでしまうほどに。
最初は和気藹々とした雰囲気の元に始まった試合は、いつの間にかお互いのメンツをかけた真剣勝負となっていた。
スコアは0対0。9回裏、2アウトフルベース。
この、まるで漫画かアニメのような状況で、バッターは魔理沙。
こんなこと本当にあるんだなあ、などと他人事のように思いながら、魔理沙はバッターボックスに立った。
「マリ姉!いざ、勝負!」
「よーし、本気で来い!」
「・・・僕は最初からずっと本気だよ!」
相手ピッチャーは、流石に疲労の色が見えるものの、その球威は決して衰えていない。そして何より、闘志はこれまで以上のものだった。
それなら、こちらも本気で挑むのが筋というものだろう。そう考えた魔理沙は、バットの鼻先をレフトの方角へと向けた。
その様子を見た少年は、思わず顔を強張らせる。
(予告ホームラン・・・いくらなんでも、そんなの、絶対打たせない!ど真ん中の直球で打ち取ってやる!)
挑発に対し、さらに闘志を増していく少年。それが相手の作戦だと分かっていても尚、彼は熱くならざるを得なかった。
自分の中のボルテージを最高潮にまで上げていく少年。しかし、そのとき彼は、ふとこんな可能性に気付いた。
(マリ姉が、必ず打ってくるとは限らないよね・・・?)
頭のいい彼女のことだ。予告ホームランをすることで、フルスイングしてくると見せかけて、意表をついたバント狙いということも考えられる。
例え2アウトであっても、こちらが「打ってくる」という意識で投げていれば、とっさの対応は遅れてしまう。
戦法としては十分に有り得る事だった。この場面、1点取られれば、その時点で負けなのだ。
(・・・いや)
そこまで考えた少年であったが、その思考は捨てた。
(マリ姉は絶対に、そんなせこい事はしない!必ずホームランを狙ってくる!)
それは、今まで何度も魔理沙と対戦してきた彼だから分かるものだった。彼女は決して、そんな小細工で勝ちに来たりはしない。何事においても、豪快に決めるのが彼女流なのだから。
余計な考えは全て洗い流し、目の前にいる魔理沙だけに集中する。
そして、彼が持てる渾身の力で、ストレートをど真ん中へと投げ込んだ。
カキーン!という小気味良い音が響いたかと思うと、ボールはレフトの守るはるか後ろへと消えていった。
一瞬、あまりの打球のすごさに、周囲は水を打ったように静まりかえった。しかし、その後には、うわー!!という子供たちの大歓声が響き渡った。
「やったー!勝った!勝った!」
「マリ姉すごい!」
「あーあ、あんなの打たれちゃったらしょうがないや。やっぱり、マリ姉は強いなあ」
それは、相手チームも思わず魔理沙を称えてしまうほど、完璧な打球だった。
周囲の歓声に笑顔で答えながら、ベースを回っていく魔理沙。ホームベースへついた途端、子供たちから胴上げでもされるかのごとく抱きつかれる。
「おいおい、そんなにひっつかれたら苦しいぜ」
「だって!あんなの打てるなんてすごいよ!」
「マリ姉!今度バッティング教えて!僕もあんなの打ってみたい!」
「わ、分かった。分かったからな?とりあえず、はーなーれーろー!」
そんな子供たちが落ち着くのを見計らい、魔理沙はピッチャーズマウンドでただ一人、唇を噛んで俯いている少年の元へと向かった。
近づいていくと、その肩が、わずかに震えているのが分かる。魔理沙は、出来る限り優しく、彼に向かって話しかけた。
「・・・いい勝負だったぜ」
「えへへ、また負けちゃった・・・」
魔理沙の声を聞くと、少年は気丈に笑みを浮かべたが、その目には涙が滲んでいた。今日は接戦を繰り広げただけに、悔しさもひとしおなのだろう。
魔理沙は、そんな落ち込んでいる様子の少年を見て、自分の正直な気持ちを告白することにした。
「お前さ、どんどん成長してるから、私は今日内心ハラハラしてたんだぜ」
「え・・・?」
その言葉に、少年は意味を掴みかねて戸惑う。ハラハラしてたってどういうこと?だって、最後はあんなどでかい当たりを打ったじゃん。
少年の言葉を聞いた魔理沙は「悔しいから言いたくなかったけど、しょうがないか」と前置きしてから、打ち明けた。
「最後の回、私、あの場面で予告ホームランをしただろ?あれは、そうやって挑発すれば、負けず嫌いなお前はど真ん中にストレートを投げてくるだろうって読んだからで・・・。お前の球、球威があるから、下手に打つと詰まらされちまうんだよ。だから、ああでもしてコースを絞らなきゃ、多分打てなかったと思う」
照れくさそうに語る魔理沙。いつも自信たっぷりな彼女が、実はそこまで自分の実力を評価してくれて、しかも、負けをも覚悟していたことなど、当然少年には分からなかった。
「ただ、安い挑発に乗って、素直にど真ん中投げるあたりはまだまだ甘いぜ?確かに力押しも大事だし、私もよくやることだが・・・」
魔理沙はポンポンと、自分の胸を叩きながら
「自分の気持ちを相手に弄ばれてるようじゃ、その時点でそいつには絶対勝てないぜ!」と言うと、にかっとした笑みを浮かべた。
「・・・うん!」
今回は惜しくも届かなかったが、自分は確実に魔理沙に勝てるだけの実力が身に付いている―。その事実に、少年は、やっと心からの笑みを浮かべることが出来た。
久しぶりに良い汗を流して、ほっと一息ついていた魔理沙。ふと、彼女は自分のお腹がぐーぐー鳴っていることに気がついた。
そういえば、まだ昼食を食べていなかった。元々、今日の目的は、そこにあったというのに。
どうせ、食べ物は一人で食べきれないほどにある。それならば―。
「さて!運動してみんなもお腹空いてるだろう!」
突然の魔理沙の言葉に、なんだなんだとその場が色めき立つ。
「私も昼食食べてないから腹ペコだ!そこで、これより焼き芋アンド焼き栗パーティを開催しようと思う!」
え?本当!?わーい!!!と、子供たちから今日一番の大歓声が上がった。
魔理沙が袋の中から芋や栗を取り出している間に、子供たちは枯葉や枯れ枝を集め、食材を焼く準備を進めていく。
(本当、こんなのも悪くないぜ)
八卦炉で先程の火種に火を点す。バチバチと爆ぜる栗に気をつけながら、甘い甘い芋を口いっぱいに頬張る。
異変を解決するときのワクワク感もたまらない。しかし、こうやってのんびりと過ごす時間もまた、同じくらいかけがえのないものだ。
秋の夕日を背景に、はしゃぐ子供たちを眺めながら、魔理沙はとても優しい笑みを浮かべていた―。
あとがきwww
良いボート吹いたwww