半ば夢見心地のうつろな瞳で、夜色に沈んだ天井をぼうっと眺めていた。
睡眠と覚醒の境界をいじられたかも、と霊夢は独り静かに微笑んだ。
寝返りついでにひとつ深呼吸を試みる。たちまち冷えた空気が鼻孔を走り抜け、眉間辺りで滞留していた霞のような眠気を吹き払っていった。
枕元から細い両腕を突き出し、寝転がったまま大きく伸びをする。前日から疲労を持ち越した様子もなければ寝起き特有の気だるさもない。
願ったところで平素なかなか得られない、最高の目覚めだと思った。
寝しなに飲んだ生姜湯がうまいこと功を奏したらしい。
「うう、冷える冷える」
どうやら外はまだ暗い。障子紙の明度で時刻の見当を付けると、霊夢は二枚重ねの掛け布団をもぞもぞ器用にたぐり寄せた。
鼻先まですっぽりと覆ってしまい、肩口へ潜り込んでくる朝の寒気から身を守る。
眠くはない。
頭はすっきり冴えている。
ただもう少しだけ、素晴らしく心地良い寝具の温もりに包まれていたかった。
このくらいの贅沢を享受したって神罰の下るわけじゃなし。どうせなら向こう一月分ほどもぬくぬくしてやろう、などと考えれば考えるほど、やたらと愉快な気分へ浸ることができた。
布団はまだまだ温かく、邪魔する者は誰もいない。
ささやかな幸せに身をよじり、霊夢はうっとりと両の目を閉じた。
太平楽の内にほんのわずかな違和感を嗅ぎ取ったのは、ちょうど三度目の寝返りを打った頃。ふと瞬いた目尻近くに、常ならぬ冷えを覚えた時だった。
今朝は隙間風があまり瞼をくすぐらない。
木造の博麗神社はその構造ゆえ風の通り道がたいへん多く、冬の朝ともなれば刺すような寒風がひっきりなしに出入りする。だのに今朝方はどうしたものだろう。
不可解に思った霊夢はたっぷり五呼吸ほど逡巡した結果、気合い一番がばりと上半身を起こした。
光源に乏しい部屋の内部をぼんやり見回し、おもむろに夜着の襟元をかき合わせて床を立つ。
そして縁側に面した障子へと歩み寄ると、寝癖の目立つ頭を不思議そうに傾げながら木枠へ手をかけた。そっと開いた。
眼前に広がった景色はほの白かった。
月明かりも差さない早暁の境内を、薄明るい雪の層が全体ひっそり覆っている。霊夢は皺一つない絹織物を思い浮かべた。
風は全くと言っていい程無風、木々が揺られてさざめくこともない。
音の消えた世界で雪だけが、まるで奇跡のようにしんしんと降り積もる。きいんと凍てついた空気は静けさをより清楚に引き立てていた。
「雪か……」
乙ね、と我知らずこぼした呟きが冷やされて白んだ。ゆらゆらと立ち昇った吐息はそのまま、暗い朝空に溶け込んだ。
霊夢は次いで胸いっぱいの呼気を優しく送り出し、その趣を楽しむ。
風景の全てがたまらなく穏やかだった。
しばし手近な柱に身を預け、新雪の眺めを存分に味わってから、霊夢は両肩を抱くようにして部屋へ引っ込んだ。
気持ち丁寧に障子を滑らせる。敷きっぱなしになっている布団が視界に入ったものの、もう一度もぐり込む気にはならなかった。
くあ、と小さな欠伸を漏らしたあと、部屋の端から火鉢を引きずってくる。
火箸と灰ならしを操って灰を掘り起こすと、燃え尽きた炭の下から真っ赤に燃える白炭をつまみ出し、灰の上にぽんと置く。その周りに手際よく新たな炭を立てる。
仕上げに火箸を火鉢の隅へ突き刺してから、全身の力をほどいて布団の上に座り込んだ。
橙色に燃える炭へ両手をかざすと、手のひらにじんわり暖かみが染みてくる。
ふと瞑目してみれば、ぱちぱちと炭の爆ぜる音だけが鼓膜を揺さぶった。夜明けまではまだ幾許かの余裕がありそうだった。
いつもの紅白装束へ身を包むこともなく。
簡素な夜着のまま、霊夢は口元に微笑みをたたえながら、いつまでもいつまでも暗い部屋の真ん中に座していた。火鉢のかたわらで、じっと耳を澄ましていた。
微動だにもしなかった。
◇
今日も今日とて朝食は素敵に素朴だった。
後片付けを済ませ、一息ついた霊夢が熱い焙じ茶をすすっていると、表でどさっと何かの落ちたような音がした。
積もった雪が屋根から滑り落ちたかと思えば、どうやら単に野良魔法使いが一人、境内へ降り立っただけのことらしい。案の定すぐにさくさくと雪を踏みしめる足音が聞こえ、障子にとんがり帽子の影絵が揺れた。
帽子を被った人影は、縁側へ上がる前に雪をばさばさ振り落とした。
ばさばさ、ばたん、がこっ、あいたっ、何だこの柱め、全くけしからん、ごとり、すぱーん。
「よう霊夢、邪魔するぜ」
障子が勢いよく開かれ、人影は躊躇の欠片も見せずに敷居をまたぐ。
霊夢は人影を、魔理沙をさほどの驚きもなく見やったあと、口に含んでいたお茶を喉元へ流し込んだ。
「ずいぶんと白の割合が多いわね。黒白魔法使いの名前が泣くわ」
「自らそんな肩書きを名乗った覚えはないんだがな」
「いいからもう少し丁寧に雪を払ってきなさい。そのまま部屋へ入ったら殴るわよ」
「ったく、いちいち細かい奴だぜ」
祓え串へ手を伸ばす霊夢に対し、白は清浄の色なんだから穢れじゃないだろ、などとぶつぶつ呟きながら、魔理沙は表へ引き返した。
しばらく念入りに雪をはたく音が響いたあと、どうだと言わんばかりの得意顔で魔理沙が再入場してきたが、霊夢のしかめっ面が崩れることはない。
「どうした、まだ不満か」
「不満以前の問題なのよ」
「しかしまあ寒いったらありゃしないぜ。おお、いい具合に炭が赤いじゃないか」
魔理沙は帽子を近場に投げ捨てると、寒い寒いと連呼しながら火鉢の前へあぐらをかいた。卓に湯呑みを置いた霊夢が、火鉢の向かい側から憮然とした声を投げかける。
「何よもう、来て早々に騒がしいわね。少しは大人しくできないのかしら」
「はっはっは、愚問だな。まあいい、とりあえず熱い茶でも一杯もらおうか」
けらけら笑う魔理沙を一通り眺めると、霊夢は諦めに近い色のため息をついて渋々立ち上がった。
先ほど冷たい水で洗い物を片したばかりの流しへ向かい、ほとんど魔理沙専用と化している茶碗を選って戻ってくる。悪いなー、とちっとも悪びれない声が霊夢を出迎えた。
霊夢が火鉢の五徳から鉄瓶を取り、急須へ湯を注いでいる間、魔理沙はずっと両手を火にかざして擦り合わせていた。手首まで真っ赤になっているところを見ると、どうやらこの元気印は手袋もせず寒中ふらふら飛んで来たらしい。
淹れたばかりの二番茶を突き出すと、魔理沙は鷹揚に返礼しながら茶碗を受け取った。熱、あちっと目を丸くしつつ美味そうに茶をすする無邪気な顔が、なんだか無性に小憎らしい。
「いい御身分だわ。突然押し掛けた挙句、開口一番お茶の要求とはね」
「まあまあ、そんなにへそを曲げるなって。土産だって持って来たんだぜ、ほら」
そう言って懐をごそごそやった魔理沙は、中から紙袋に包んだ何かを取り出してみせた。つんとしてそっぽを向いていた霊夢もこれにはついつい破顔してしまう。
「あら、珍しく気が利くじゃない。中身は黄金かしら」
「ああ黄金だ、黄金色のみかんだぜ。ほれ、こいつもおまけだ」
魔理沙は続いて放り出したままの帽子をまさぐり、二つ目の紙袋を投げて寄越した。霊夢が袋を開けて確認し、うんうんと納得したように頷く。
「上出来ね。ちょうどお煎餅切らしてたのよ」
「上々だろう。賽銭ならぬ賽煎餅、ってな」
にやりと人差し指を立てる魔理沙を適当にあしらい、霊夢は早速みかんを一つ手に取った。
柔らかい皮を丁寧に剥きつつ、それで、と魔理沙へ問い掛ける。
「用向きは何かしら。雪の降る朝っぱらからわざわざ訪ねて来た、その理由を聞かせてもらいましょうか」
「なに、いつもと同じさ。別段用事なんかありゃしない」
あっけらかんと言ってのけると、魔理沙は大口開けて煎餅にかじり付いた。ふんわり広がる焦げ醤油の香ばしさが霊夢の鼻をくすぐる。
「用事もなしにどこの物好きがこんな雪空の中すっ飛んでくるって言うのよ」
「そうだな、チルノなんてどうだ。あいつは筆頭だぞ」
「せいぜいあいつと馬鹿くらいのものよ、この寒いのに」
「どう転んでも馬鹿一択だな。さんざんな言われ様だぜ」
苦笑し、魔理沙はやれやれと大儀そうに立ち上がった。
そうして何を思ったか、障子を力一杯開け放ち、霊夢、と声高に吠えた。大げさな身振りで表の風景を指し示す。
「お前はこの雪を見て何も感じないのかね。ほれよく見てみろ、一面真っ白だぜ。近頃とんと珍しい、最高の雪じゃあないか」
煎餅をくわえた霊夢の反応は素っ気なかった。寒いから早く閉めなさい、と湯呑み片手に手振りをする。
魔理沙は芝居がかった動作でがっくり肩を落としたが、すぐに復活して大上段から弁舌を振るった。
「あのなあ。こんなに雪の白い日は、人間誰しもわくわくするのが道理ってもんだろう。私はもう居ても立ってもいられなくてな、この感動を一人で持て余すのも癪だったから今日ここへ飛んで来たんだ」
「やっぱりあんたはチルノといい勝負だわ」
「馬鹿言え、あいつと私じゃ勝負にもならないぜ」
色々な意味でな、と魔理沙が胸を張る。霊夢はみかんをもう一つ食べようか思案していた。
「まあ今チルノはどうだっていいんだ、それよりかまくら作ろうぜかまくら。手足がじんじん冷えて感覚もなくなる頃にようやく完成する努力の結晶、隠れ家的穴ぐら空間。一興だろう」
「手足より頭冷やした方が良さそうよ」
「冬場のいい運動にもなる。中へ引き籠りがちな時期だしたまには体を動かさないとな」
「はいはい、確かにそうね」
「それなりに体だって温まるから単純にじっとしているよりよっぽど得だぜ」
「ほんとほんとあー全く魔理沙の言うことは正しいったらありゃしないわ偉い偉い」
「中で餅なんか焼くのはどうだ。雪に囲まれて食べる焼きたての餅はあまりにも格別だぞ」
ぐ、と霊夢が詰まった。空中の一点を凝視してしばし固まる。
期待の眼差しで見つめてくる魔理沙の存在をひしひしと感じながら、「あまからーい砂糖醤油!」霊夢は眉根を寄せて唸った。「ぷうっと膨れる真っ白お肌!」じっくり悩み、「もちもち伸びる素敵な食感!」さらに悩み、「もう一声か! 少ない量でも腹持ち最高! さあどうだ!」大分本気で悩み抜き、
「……いやいや。作りたいなら一人でやりなさい、私はお餅だけもらうから」
結局、にべもなく一蹴した。
だあっと魔理沙が頭を抱えた。相当に歯がゆそうな表情を隠そうともせずに、自らの膝を恨みがましくばんばん叩く。うううと不明瞭なうめき声を漏らす。
それでも霊夢が徹頭徹尾取り合わないでいると、魔理沙もとうとう諦めがついたと見え、振りかざしていた矛を不承不承収めた。未練たらたら引き下がった。
霊夢は額に垂れかかる髪をふうっと吹き、かき上げた。
「そもそもね、このくらいの雪なら昼を待たずに止むわよ。雲だってどんより重たいわけじゃなさそうだし。まあこれほどの寒さだからみぞれに変わることもないでしょうけど、かまくらが作れるくらい積もったりはしないんじゃないかしら」
くりくりと前髪をいじりながら話す。
ちらりと様子を窺ってみれば、魔理沙は拗ねたように唇を尖らせていた。座り込み、畳に延々のの字を書いている。
仕方ないわね、と霊夢は軽い咳払いを挟んだ。
「私だって雪で心弾む気持ちはよく分かるわ。ただね、雪景色は無何有に放っておかれてこそ味が出るの。足跡つけて歩きたい衝動をぐっとこらえて、黙ったまま積もるのを見守った方が好ましいのよ。雪の本質はその静けさにある」
もう一度咳払い。霊夢は魔理沙をしっかりと見据えた。
「先方がせっかく静かでいるところに、あえて波風立てる必要はない。不躾ってもんだわ」
意識して声色を重くした。
唐突な雰囲気の転換に意表を突かれたか、魔理沙はぽかんと口を開け、不思議そうに両腕を組み直した。しげしげと霊夢を眺め回してくる。
「はあ。まあ、何と言うか」
「何よ」
「いつになく消極的だな。そんな柄でもないだろうに」
「消極的で大いに結構。庭を走り回るのは犬にでも任せておけばいいのよ」
「紅魔館の話か」
「今頃さぞかし嬉しがって駆け巡ってるでしょうね」
「白銀の世界だしな」
「あいつの世界だわ」
二人は顔を見合せた。互いに互いの真顔をじいっと観察する。
ややあって、どちらからともなくぷっと噴き出した。
あの瀟洒がまさかね、いいやあいつはああ見えて案外無邪気だぞ、などとこの場にいない人間の話題でひとしきり盛り上がる。霊夢はこんな雪降る日でもお構いなしに赤く聳えているであろう紅魔館へ思いを馳せた。想像の中で門番が寝ていた。頭に雪を積もらせて。
勝手にその後の展開などを思い浮かべてくすくす笑っていたため、霊夢は魔理沙が座布団を引っ張り出してきたことに気付けなかった。霊夢がやっとのことで笑いの余韻を抑え込んだ頃、魔理沙はもう二つ折りの座布団を枕に寝転がっていた。止める間もなかった。
「ちょっと、くつろぐにも程ってものがあるでしょうに」
「や。実を言うとなー」
魔理沙がだらりと四肢を投げ出す。
「今朝は日も昇らないうちに目が覚めたんだが、雪を見て浮かれてたらそのまま明るくなってな。今になって眠くなってきた、少し寝させてくれ」
「いきなり来ていきなり人の神社で寝るんじゃないわよ、もう」
「あーわかったわかった。万事了解だ。なべて世は事もなく本日は雪天だ」
霊夢の非難を真正面から正々堂々受け流し、魔理沙は目を瞑った。まったく、と霊夢が頬を膨らませた。
少々ぬるくなったお茶を一気に干すと、霊夢は喉をごくりと鳴らしながら急須へ手を伸ばした。空になった湯呑みを再度満たす。熱かったのですぐには口をつけなかった。
障子紙に濾された柔らかい光の中、魔理沙が畳の上へゆったり横たわっている。太陽こそ顔を出してはいないものの、表は積もった雪のおかげで満足に明るい。
晴れの日にさえほとんど訪れない参拝客が雪中無理してやって来るはずもなく、博麗神社はひっそりと小さく落ち着いていた。図書館の中に住んでいるかのようだった。
焙じ茶が湯気を立てている。
霊夢は卓に両肘をつき、組み合わせた両手へ顎を乗せた。
湯呑みを上から覗き込むと、茶の表面に同心円の薄い波紋が浮かんでいる。
飲み口の縁を人差し指の爪ではじいてみた。かつん、と陶器が澄んだ音を奏で、新たな波紋が幾重にも生まれた。
「ふむ」
魔理沙が鼻をこすった。すん、と小さくすすり上げる。
「なかなかどうして、静かなのもいいもんだな」
でしょう、と霊夢が返す。
「こうも風情のある冬の日には、ふぐのひれ酒なんかがことのほかよく似合うでしょうね」
「何だその聞くからに美味そうな酒は。初耳だぜ」
「ああ、知らないのも無理はないわね。いつだか紫が持ってきたのよ」
「胡散臭いな。しかし語感からして堪らん。旨いものは名前も優秀だ」
「外の世界の代物らしいけれど、触りだけ説明しましょうか」
霊夢は重大な秘密をこっそり明かそうとする子供のように、いたずらっぽく瞳をきらめかせた。ぱん、と魔理沙が一つ柏手を打つ。
「是非頼もう。ありったけの想像力を働かせてやろうじゃないか」
「私も紫から聞きかじった程度だけどね。まず、ふぐって魚がいるのよ」
「なまずの二つ名だな」
「そう。川のふぐ、ね」
「白玉楼でお呼ばれしたなまずの薄造りは頬が落ちたな。もうずいぶん前になるが」
「あれの本家本元、名の由来よ。美味しくないわけがないわ」
説明が続く。
淡白ながら味わい深いふぐの旨味、それがぎゅっと凝縮された扇形の尾ひれ。
火鉢の炭火で丹念に炙り上げ、こんがり狐色になったら湯呑みへ放り込む。
すかさず熱々の燗酒を注ぐ。
蓋をして寸刻待ち、酒へ香りが十分に移ったら出来上がり。
「飴色にね、お酒が透き通るのよ。琥珀色って言った方がしっくり来るかしら。飲み口は軽いのに汲めども尽きない旨味があって、熱い火みたいに五臓へ沁みて。何より香りが極上の一言。あの馥郁たる香ばしさ、磯の香りって言うのかしらね、あれは一度嗅いだら忘れられないわ。雪見酒にうってつけよ」
「……酒の話でよだれが出たのは初めてだ」
口元をぬぐい、魔理沙は両足のつま先をわくわくと動かす。
「さすがは紫、見聞が広いな。伊達に長く生きてないぜ」
「たまには役に立つわよね。年の功ってとこかしら」
二人は声を潜めた。首をすくめて辺りをきょろきょろ見回す。
そして壁の耳も障子の目もないのを確認すると、二人揃って含み笑いを浮かべた。
しばらくどちらも口を引き結んで耐えてはいたが、やがてどうにも抑えきれなくなったようにくつくつと笑い出した。あいつは今年も冬眠か、藍も苦労が耐えないわねえ。結果として、またしてもここにはいない妖怪の話題に花が咲く。
どこまでも平和な。
ひずみや淀みのひとつもない、まあるいひとときだった。
「おお、そういえば」
思うさま忍び笑ったあと、ふと気になることを記憶の片隅から掘り返したように、魔理沙が切り出した。
「酒で思い出したが、萃香は結局どうしたんだ。まだどこか行ったきりか」
「さあねえ。居着いてみたりふらっと出て行ったり、落ち着かないわよね。あの小鬼も」
先週あたり魔理沙が神社を訪れた時には、すでに姿が見えなかった。
散歩行ってくるー、という酔っぱらった声に返事を返したのはいつだったか。霊夢は指を折って数えてみた。
「考えてみれば、かれこれ十日くらいは顔を見てないことになるのかしら。そのうちひょっこり帰ってくるんでしょうけど」
「何だ。そうなのか」
なんだとはなによ、とお決まりの文句を投げかけておく。
「それを知ってあんたにどんな得があるっていうの。留守を狙ってもめぼしい物なんて無いわよ」
「家探しするまでもなく周知の事実だな。いや違うちょっと待て。私が後ろ暗いことを企んでいる前提で話を進めるな」
横になったまま、魔理沙が苦笑を向けてくる。霊夢は素知らぬふりで言葉を継いだ。
「確認するまでもなく周知の事実でしょ、あんたの手癖なんて。それで、続きは」
「続きって」
「それを知ってあんたに云々」
「ああ。まあ別に、得というか、大したことじゃあないんだが」
魔理沙の顔が再び仰向く。
「この寒い中、しばらくずっと一人きりだったんだろ」
ほうっと、息が白くなるか試すようにため息をついてから、呟く。
「寂しくて寂しくて、夜泣きでもしてたんじゃなかろうかと、少しばかり心配になっただけさ」
言葉が、ここにはいない誰かへ語りかけるような調子を帯びていた。
勘を売りとする霊夢が、その変化を嗅ぎ付けないはずもない。
しかし感づいてなお、霊夢は何食わぬ顔で、
「あら妄言」
いつも通りの皮肉を返す。
「妄言とは手厳しい。せっかく気を遣ってやったというのに」
「遣いどころを致命的に間違ってるのよ、あんたの場合」
「いやはや」
切れ味悪く魔理沙が嘆息した。
間合いを外された霊夢は仕方なく、用意していた軽口に代え、こほんと控え目の咳をした。
ほころびのような沈黙が落ちかけ、あー、と魔理沙が頬を掻いた。
「どうせろくに外へも出てないんだろうお前。そのうち根が生えるぞ」
「食糧の蓄えだって十分だし、冷え込みはこんなにも厳しいんだから、わざわざ出歩く必要なんてないじゃない。私がどう過ごしていようと、問題の一つもありゃしないわ」
「いかんな、実に非生産的だ」
霊夢は首を傾げたくなった。何をいまさら、と文句を言いかける前に、魔理沙が続ける。
「私の生き方を見習うといい。魔法使いは空を翔るのが仕事だ、人生が楽しみに満ちるぜ」
「なら種族魔法使いを目指そうかしら。あいつら楽そうだし」
「どういう結論だそれは」
魔理沙が一人、呵々と笑う。
「ははっ、こりゃいいや。当人たちに聞かせたら、全体どんな顔をするだろうかな」
霊夢は澄まし顔を崩さない。
喉を震わせながら、魔理沙は帽子を手繰り寄せて、ぽふりと鼻頭へ被せた。
口元を除いて、表情を窺うことはできなくなった。
「なあ、結局かまくらはいつ作り始めるんだ」
「私は手伝わない」
「腰が重くなったなあ、お前も。若さが感じられん」
「弁えるようになったと言いなさい」
「らしくないぜ。ふん、私は知ってるんだぞ」
「何をよ」
「天狗の新聞を待つまでもない。幻想郷中に広まってるんだからな、お前の噂は」
近頃はまるで隠居したみたいに、神社の巫女が静かになった、と。
大方慧音あたりに焚き付けられでもしたんだろう、責任感を持てとか、自分に与えられた役割を自覚しろとか、そういう説教のひとつやふたつ、諭されて――
どうかすると聞きそびれてしまいそうなほど、ぼそぼそと途切れがちに。
魔理沙の言葉は、溶けない雪が肩へ降りかかるかのように、形のあいまいな居心地悪さを霊夢の心へまぶしていく。
「だから何だって言うのよ。隠居、大いに結構じゃない。異変の時でもなければ、私が静かに落ち着いてちゃいけないなんて道理は通らないわよ」
「お前はそれで満足なのか」
霊夢は不意に寒気を覚えた。
「違うだろう。お前は、少なくとも私の知る霊夢は、そうじゃないはずだ」
旧知の魔法使いの口ぶりに、いつの間にか、薄紙を剥がんとするような慎重さがにじんでいる。
「今日の雪にしたって同じことだ。いつもの、いや、少し前までの霊夢だったら、さんざん文句をこぼしながら、結局最後には私と雪だるまの大きさを競う気概があったじゃないか。本当に、らしくないぜ」
「雪を見て、あんたは体全部で浮かれた。私は心静かに趣を感じた。それだけのことよ」
「めっきり大人しくなったもんだな。暴力巫女の名前が泣くぞ」
「自らそんな肩書きを名乗った覚えはないわ」
「そうだったかな」
はは、と。
枯れ葉を擦り合わせるような、魔理沙の幽き笑い声が、やけに音高く霊夢の耳をかすめた。
当たり障りのない返事を返そうとして、しかし霊夢は、鳩尾あたりに氷塊のようなつかえを感じた。
一拍置いて、お茶を含む。
もう今日だけで何杯目かも分からない。
「本来、私はね」
口の動くに任せよう、と霊夢は思った。
「静けさと平和を好む人間なのよ。異変を解決するために飛び回るのだって、それは当然責務だからってこともあるけど、すべては平穏無事な日常を取り戻すためだわ。のんびりお茶でも飲んで心穏やかに暮らせるのなら、それに勝るものなんて一つとして無い」
いったん言葉を発してしまえば、あとはさして苦労することもなく舌が回ってくれた。
「今日みたいに雪の降る日なんて特に、ね。あんただって空を飛んできたんだから、その一端くらいは目にしてきたでしょうに」
返事は沈黙だった。
霊夢は片眉をそびやかした。残っていた茶を一息にあおり、かりそめに喉を湿す。
虚空へ視線をさまよわせ、ここではないどこかを見つめた。
目を瞑った。
「それだけじゃないわ。想像してごらんなさい。今日この日、たった今まさにこの瞬間。この幻想郷がどう息づいているのかを」
博麗の巫女は、ぽつぽつと語った。
優しい雪に抱かれた古き良き日本の原風景、すなわち現下の幻想郷を。
一様に楚々と雪化粧した森の樹木。なだらかな起伏の広がる、白無垢を纏ったかのごとき田畑。
家に閉じ籠ってつつましく暖を取る者、雪を肴に朝から熱燗をたしなむ者、様々な人妖がそれぞれの冬を楽しむ人間の里。
元気いっぱい飛び回る氷の精。吸血鬼も心静かに眠る紅魔館。幽雅に佇む白玉楼、白染めの枯山水。魂安らぐ音無の冥界。
ひそやかに蓬莱人憩う迷いの竹林。積雪を貫き瑞々しく映える青竹。
静けさを静けさで覆われて、寂も極まる無縁塚。
冠雪際立つ妖怪の山、神の渡る湖。薄白く晴れ渡る天界。明々と揺れる灯火が縮こまった肩にほっと嬉しい、旧都の古めかしい町並み。
遠い梵鐘の音が寂滅と響く命蓮寺。
冷たいせせらぎ。南天の赤い実。羽を畳むツグミ。軒先のつらら。路傍の福寿草。
そしてそれら全てに分け隔てなく降り積もる、真っ白な雪、雪。
かけがえのない故郷である幻想郷を、誇るように。
慈しむように、霊夢は言葉を尽くした。
「だから、私は……ちょっと魔理沙。聞いてるの?」
返事は沈黙だった。
耳をそばだててみると、聞こえてくるのはどうやら規則正しい寝息。
霊夢の体から力という力が抜けた。
そうだこいつはこういう奴だった、と本日一番の盛大なため息をつく。
徒労感がどっと湧いて出た。思わず両のこめかみを押さえた。
ぐりぐりと指を回して頭痛を散らす。もう一杯お茶を飲んでやろうかと鉄瓶に手を伸ばしかけたが、体を動かすのも面倒で諦めた。代わりに頬杖をついた。
瞳を巡らせてみると、静けさが深かった。
のんびりと落ち着いた静穏でもなく、緊張の糸が張り詰めた沈黙とも違う、ただ愚直なまでに純粋な静寂が辺り一面うずくまっていた。
余計な音の一切が森閑と息をひそめている。
ひとえに静寂と言っても様々な表情があることを、霊夢は改めて思い知った。
唐突に生まれた暇な時間を持て余しつつ、時折聞こえてくる種々の音へ耳を傾けているうちに、うとうとと眠気が押し寄せてきた。
雪に浮き立って朝早くから起きていたのは霊夢も同じ、さらに部屋の暖かさも十分と来ている。つい瞼が重くなるのも無理はなかった。
人間が二人いるから、常日頃より暖かいんだろうな。
推測が頭の隅をよぎったが、その事実をすんなりとは受け入れたくない気持ちも胸のどこかで渦巻いていた。
霊夢はかぶりを振った。
頬杖に用いていた腕を卓の上でだらしなく伸ばし、二の腕を枕代わりにして横顔をうずめる。
眠れば全てがうやむやになるかも知れない、と思った。
細く長い吐息と共に、霊夢はそっと目を閉じた。
「……無理は、するなよ、な」
隙間風のような声が瞼をくすぐった気もしたが、何も聞こえなかったことにした。
「心にまで、結界張ったりはしないでくれよ」
断固聞こえなかったことにした。
◇
おい霊夢起きろ寝てる場合じゃないぜ、という魔理沙の大声がやけに遠く聞こえた。
眉をしかめて目尻をごしごし擦り、痺れた腕を振る。眠気が重たく尾を引いていた。
どのくらい眠ってしまったんだろう、などと霊夢がぐるぐる考えていると、再び魔理沙の遠吠えがどこからともなく届いた。ちょっと表を見てみろよと叫んでいる。
耳がそう判断したのとほぼ時を同じくして、大開きになっている障子に気付いた。
途端に目が醒めた。
よくよく注意して鼻をひくつかせれば、氷が混じって冷えたような、雪の日独特の乾いた香りが部屋中に満ちていた。あの黒白、と反射的に毒づく。
霊夢は両手を卓に突っ張って立ち上がった。
畳の上でへたれていたとんがり帽子が視界を掠める。思わず蹴っ飛ばしてやりたい衝動に駆られたが、爆発物が潜んでいる可能性を考慮してやめた。
障子をきっと睨み付ける。
どうやら表で騒いでいる様子の魔理沙を思い切り怒鳴りつけてやるつもりで、足音高く縁側へ向かった。
「こら魔理沙、寒いんだから障子は」
開けたら閉めなさい、と続くはずだった怒声はしかし、中途で消え入ることとなった。
外の景色は完全に雪で埋もれていた。
思わず息を呑むほど深く深く積もった雪は、見渡す限りの全てを覆ってなお飽き足らず降り続けている。
膝より高く積もるのは本当に久しぶりだった。
魔理沙がスカートの裾を持ち上げてはしゃぎ回るのも無理はない。
「壮観ね……」
圧倒され、霊夢は感嘆の息を漏らした。
笑みさえこぼれる。
「これは参った。凄いわね」
「霊夢、今こそ雪合戦をする時だぜ。こんな機会そうそうお目にかかれんからな」
魔理沙が誘いを掛けてくる。
足元の雪を手当たり次第にかき集める姿は溌剌としていて、まるで寒さも気にしない子供そのものだった。
底なしの元気ねと苦笑しつつ、霊夢は敷居をまたいで縁側に足を踏み出した。
両手を腰にやり、どれどれと屋根越しに空の様子を窺う。
雲は厚く灰色だった。
もう昼時はとっくに回った頃合だと思われたが、それはつまり朝の予想がまるきり外れたことを意味している。
昼までにやむどころか、雪はますます粒も大きく勢いを増していた。たんぽぽの綿毛が降っていると嘯かれても信じてしまえるほどだった。
「そおれ、行ったぞっ!」
掛け声が耳を貫いた。何事かと魔理沙の方を向いた次の瞬間視界が消えた。衝撃を感じた。天を仰ぎながら滝に顔面突っ込んだような衝撃だった。
一瞬事態が把握できず放心しかけた霊夢だが、両手叩いて喜ぶ魔理沙の爆笑を聞き、そこはかとなく現状の九割を悟った。渇いた喉へ水のしみ渡るがごとく迅速に状況を理解した。
舌で口の周りの雪を確認することにより理解は確信へ変わる。
目の前の恋色幻想馬鹿は自分の顔に大量の雪を投げつけてきたのだ、と。
別に痛くはない。
強く固められていない分柔らかく、その点わずかながら良心も垣間見えた。
が、何しろ量が半端ではない。
優に手桶一杯程度は浴びた気がする。
首筋から衣類の内側へ、氷の欠片が転がり込んだ。すごく冷たい。
ひくり、と霊夢の頬が引きつった。
応じて肩からずるりと雪が落ちた。
「……あんたの意向は分かったわ」
殊更ゆっくりと縁側に腰を下ろし、雪駄へ足を滑り入れる。そう来なくっちゃと魔理沙が拳を突き上げた。
霊夢はその隙を見逃さなかった。
低く屈んだ姿勢のままに猛然と白銀の中へ飛び込む。適当に片手ずつ雪を掴んで握りしめる。右左、と力の限り投げつけた二発の即席弾幕は見事敵方の額と顎をとらえた。
避け損なってたたらを踏んだ魔理沙が後方へ豪快にすっ転んだ。
かと思えば即座にがばっと身を起こし、態勢を持ち直す。獣よろしくぶるぶると顔を震わせる。金髪に雪が絡んできらきらと輝いた。
膝まで雪に埋めて対峙した二人は、白い歯を隠そうともしない獰猛な笑みを交わした。
「やったな!」
「やったわよっ」
そこからは先はもう滅茶苦茶だった。
お互い服のことなど全然全く気に掛けず、これでもかこれでもかと雪をぶつけて快哉を叫ぶ。さながら猫の喧嘩のようだった。
魔理沙が持てる限りの雪を掲げて突っ込んできた。
霊夢は甘んじて雪を被りながらも、突進の足元を引っ掛けて再度転ばせる。
すぐさま上から抑え込みにかかったが、激しい抵抗に遭ってあえなく引き倒された。
二人して上になり下になり、柔雪にほとんど埋もれながらごろごろ転げ回る。
雪まみれどころの騒ぎではなかった。
「のおお、まだまだ! こんなもんじゃ到底私は沈まないぜ」
「あら、ずいぶんと余裕じゃない。降参するなら今のうちよっ」
「誰がするかっ。お前こそ大口開けてると、季節外れのかき氷食わせるぞ」
「何味がおすすめなのかしらね。楽しみだわ!」
お互いでお互いを突き離し、素早く距離を取る。双方共に両肩でぜえぜえと息をつく。
一瞬魔理沙の位置を見誤った霊夢の横っ面へ、またしても綺麗な雪の花が咲いた。
積雪に足を取られて仰向けに倒れ込んだ。魔理沙の高らかな勝鬨が聞こえた。
「……冷たい」
「冷たくてこその雪だぜ。それっ」
流し目で見やってみれば、魔理沙が背中から大の字に飛び込むところだった。ぼふっと、淡い雪煙が舞い上がる。
酔狂ねえ、と口元がほどけるのを、霊夢は抑えることができない。
「ああ、やっぱりこいつはたまらんな。五臓六腑に沁み渡るぜ」
「何を酒のようなことを言ってるのよ。氷酒をご所望かしら、この寒いのに」
「いやなに、雪は雨より地に染みるのが遅いだろ。酒も水よりじっくり沁みる、ならば畢竟酒と雪とは同類というわけだ。どちらも酔いしれるしな」
「極論すぎるわよ。昔の坊さんも言ってるじゃない。雨あられ、雪や氷とへだつれど」
「とくれば同じ谷川の水、っとな。つまりこの世は全てが酒だ、なんと素晴らしい浮世じゃないか。万々歳だ。うわっ霊夢お前酒臭いぜ」
「馬鹿」
二人して、笑う。
大声を上げて、腹を抱えて。
気付けば霊夢は、目をきらきらと輝かせ、満ち足りた気分でいっぱいの自分を雪中に見出していた。
暖かい火鉢の傍らでもなく、温まった布団の中でもなく、しゃりしゃりと痛いほどに冷える積雪のど真ん中に、である。
そこに違和感は、露ほども無かった。
これでいい。
むしろ、これがいい。
博麗霊夢の本質は静にあり、しかし動にも存在する。
縁側で茶をすするのが好きなことと、宴会で酒を呑みつつ暴れるのが好きな左党であることは両立し得る。
どちらかに偏らなければいけない理など、ない。
「……ありがと」
「んー。何か言ったか」
「お腹空いたわね」
「そうだな、鍋でも囲もうぜ。ヒラタケをたんまり採ってきたんだ」
その至極単純な理屈を思い起こさせてくれたのは、紛れもなく、たった今無邪気に取っ組み合って遊んだ、霧雨魔理沙という親友なのだと。
改めて確認し、霊夢はそっと自らの胸へ手を当てる。
激しい運動に心臓はどくどくと脈を打ち、火照った首筋にはひんやりと雪が心地良い。
弾幕で一勝負を終えた後のような、高揚感と爽快感。
「子供だわ」
「どうした。産気づいたなら永琳呼ぶぞ」
「黙れ酔っ払い。私もまだまだ子供だな、ってしみじみしちゃったのよ」
「ああ、その通りだ。私だって子供だ。そしてそれを恥じる理由もない」
「ええ」
来し方行く末、どれほどの時が流れても、自分自身を形作るものが決して変わりそうにないことへ、霊夢は確かな安心を覚える。
同時に感じたわずかな不安さえ、賑やかな幻想郷の面々と顔を突き合わせている限り、心の隅へそっと寄せておけるに違いない。
「ありがと」
「どういたしまして、だぜ」
ろくな根拠は見当たらずとも、自然とそう確信できてしまえることが、今はただ無性に嬉しかった。
「さあて、いつまでもこんな格好じゃ風邪ひくわね。そろそろ切り上げるわよ、さっさと起きなさい」
「あいよー」
「鍋にするなら、早いうちに仕度を始めないと。ほら、あんたも手伝うのよ」
「うっ、こ、これは一体どうしたことだ、まるで体が凍ったように動かないぜ……きっと紫かチルノの仕業だ、あいつらの陰謀だ……!」
「何やってんのよ」
「ああ、霊夢、おそらく私はもう駄目だ……せめてお前一人だけでも助かって……立派に鍋の仕度を……!」
「あいしくるふぉーるー」
どさどさどさ。
「ぎゃー」
「被弾いち、ね」
顔面にいやと言うほど雪を落としてやると、魔理沙はぴくぴくしながら腕を差し伸べてきた。
ぱしんと払いのけたら瞑目して動かなくなった。思わず噴き出してしまう。
「馬鹿ねえ。ああ、もう、本当に馬鹿。あんたも、私も」
返事は沈黙だった。
ただ、頬のあたりに乗っていた雪が、ほんのわずかにこぼれ落ちていた。
気絶したふりを決め込む魔理沙をとりあえずきっちりと雪に埋め、霊夢は前髪をかき上げて、牡丹雪の舞い散る空を振り仰ぐ。
低く垂れこめた雲はとても近くて、少し背伸びして手を伸ばしたら、いとも容易く届きそうに見えた。
霊夢と魔理沙、共に二十二の齢を数えた冬のことだった。
二人はずっとマブ達
こういう親友がいるって素晴らしい事だと思うのです。
いつまでも親友なんだろうな
そんなものは無いっていう人もいるかも知れませんが、仮に世の中には無いとしても、せめて幻想の中にはあってほしいものです。
この二人ならいつまでも親友でいられる、そんな気がします。
文章が読み易く情景が目に浮かぶ様でした
なるほどぉ、大人になってもまだ子供な二人。落ち着きを得つつもまだどこか未練がある感じ。
親友っていいもんですよね。誰かが落ち込んでるとき、いつもと違う時には、多少おせっかいでも傍にいてあげたり、ね。
雪が降ると嬉しかったのは何歳の頃か、雪が積もって面倒だなって、考えるようになった今では分からないけれど。
なるほど。これは良い。魔理沙がとても良い。
楽しく読ませて貰いました。ありがとうございます。
いいなぁ・・・雪も友達も。
最後の一文で漸く、題名を思い出し、
「そうか、二十二歳なっても子供の頃と同じ様に付き合える親友同士なんだなあ」
と感慨もひとしおでした。
素敵なお話をありがとうございました。
大人の階段を上りつつもその本質は何も変わらない二人が見れて、なんだか嬉しくなりました。
惜しむらくは、今私が読んだのが夏ということですが。まあ、一種の納涼と思えばそれも乙ですよね。
風景描写が素晴らしい、それと二人の会話の言葉遊びがとても軽妙で、東方っぽくて素敵です。