Coolier - 新生・東方創想話

八雲橙の健やかなる1日

2013/02/28 22:36:22
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美味しそうな雀の鳴き声に、目が覚めた。
ちゅんちゅん、とリズム良く鳴く小さな鳥達。
それは私にとって爽やかな朝を告げるものじゃなくて、美味しそうな朝、となってしまう。
そんなの情緒がないよ、と藍様に言われるのだけれど……猫なんだから仕方がないよね。

「くわっ……はふぅ」

欠伸と共に、ぐぐぅっと伸びをした。
少しだけ目尻に浮かんだ涙をコシコシと拭いながら布団から這い出す。
まだまだ眠っていたいという誘惑に襲われるけど、睡魔なんかに負ける訳にはいかない。
なんてったって、私は八雲橙。
幻想郷の母たる紫様の式の式なんだから。

「ふあぁ~、むぅ……」

それでも、元々は猫なので眠いものは眠い。
寝る子と書いてネコ。
私は良く寝る妖怪なのです。
といういい訳をしながら、着替えを行う。
いつもの真っ赤な服に袖を通し、長い髪の毛を引っ張り出した。
短い髪も良かったけれど、長い髪もそれなりに良いかもしれない。
主に美人なお姉さん方向に。
その代わり、お手入れが大変だけど。
さてさて、着替え完了。
もそもそと洗面台へと移動して、私は鏡を覗き込んだ。
紫様や藍様には程遠いけど、そこには中々の美人が映りこんでいる。
なんちゃって。
そりゃぁ、まぁ、多少は私も成長しましたよ。
髪も伸びたし、大人っぽくなったつもり。
う~ん、でもまだまだ藍様みたいな威厳が生まれない。
ぷにぷにとした頬を引っ張ってみる。
きっとこのほっぺたの下には、素敵なレディなる為の要素がつまっているに違いない。
おっぱいは諦めた。
でも、顔は美人になると信じている!

「美人美人美人美人美人!」

オリジナルなおまじないを自分にかけておいて、顔をテシテシと洗った。
身嗜みを整えたら朝ごはんタイム。
今日の朝ごはんは、シンプルにお米と味噌汁。
ねこまんま最強ですよね。

「いただきます」

手早くご飯を食べ終わって、あとはあの子たちのご飯を用意する。
マヨヒガに住み着いてる猫たち。
私の大切な部下。
いつか、この子たちの中から私の式を探すつもり。
今はまだ式を操る術を習得していないので無理だけど、はやく妖怪変化に成れる子がいないかな~って楽しみにしてる。

「にゃぁにゃぁ」

猫語で会話をしながら、みんなを撫でていく。
部下の皆からは、ちゃんとお礼を言われるんだけど……誰か変化になるぞっていう気概の子はいないのかしら。
ちょっぴりため息を零しながら、朝の準備は終了。
ここから、私の一日が始まります。


~☆~


今日の予定を聞く為に紫様と藍様が住んでる家に到着した。
永遠亭よりも遥かに辿り着き難いこの家。
幻想郷のどこに位置するのかも曖昧なので、きちんと訪れる様になれる為には相当な実力が必要になってくる。
ときどき幽々子様が遊びに来てるけど、従者の妖夢はまだ来れないみたい。
ふっふっふ、半人前め~。

「おはようございます、紫様」
「おはよう、橙」

縁側で紫様が美味しそうにお茶を飲んでいた。
きっと高いお茶に違いない。

「今日も可愛いわね」
「え~、私は美人の方がいいですよ~」
「贅沢な悩みね。もう少しすれば実力と共に貫禄も出てくるはず。そうすれば美人になれるんじゃないかしらね」
「そんなものですか?」
「そんなものよ」

そういって紫様は満足そうに笑った。
私にとって、紫様は上司の上司であって、親の親みたいなもの。
つまり、おばあちゃん。
紫様にとっても、私は孫みたいな感じの存在らしく、基本的には凄く優しい。
尻尾の毛並みについて紫様に褒められていたところで、藍様がやってきた。

「おはよう、橙」
「あ、藍様。おはようございます」

藍様は割烹着を着てらっしゃったので、どうやら掃除の最中みたい。
もふもふの尻尾が一切として汚れないのは流石を通り越して、尊敬の眼差しで見てしまうよね。

「今日は何をすればいいですか?」
「え~っと、そうね。紫様、結界の様子はどうですか?」
「ちょっと待ってね」

紫様は目を閉じ、人差し指を立てた。
それをクルクルと回して、何かを探っている様子を見せる。

「博麗神社あたりで綻びがあるわね。小規模だし、橙一人でも大丈夫よ」
「だそうだ。よろしく頼むよ、橙。あ、あと油揚げ買ってきてくれる?」
「それぐらい自分で買いに行きなさいよ、藍」
「いつもノンビリと過ごしている紫様に言われたくないです。たまには歩いて散歩したらどうですか?」

と、まぁ、そんな感じで紫様と藍様の小言押収が始まった。
二人共冗談の様に言い合ってるだけなので、ケンカに発展しないけど、私としてはちょっとハラハラ。
一度だけ本気で大喧嘩をなさった時がある。
異世界をひとつ滅ぼしかねない勢いだったので大変に恐いです。
あの時は二人共ボロボロになって、しばらく私が大変でした。
まだまだ私一人で幻想郷の平和は守れません!
さっき妖夢を笑ったけど、やっぱり本当は笑えないなぁ。
半人前なのは、私も一緒かな。

「それでは行って来ます」

ペコリと腰を折って、フワリと浮かび上がる。
紫様と藍様の、いってらっしゃい、の言葉に手を振りつつ、博麗神社へと向かった。


~☆~


博麗神社へと到着すると、私は屋根の上へと着地した。
博麗の巫女は……まだ寝てるみたい。
うらやまし……いやいや、嘆かわしい。
博麗大結界の一旦を担っているという事実を忘れないで欲しいものだ。

「よし」

とりあえず、頭の中から巫女を追い出して集中する。
まず目のチャンネルを変えた。
これは境界が見える様に波長を合わせる感じ。
紫様がチャンネルを変えると表現されていたので、私も同じ様に使っている。
グルリと見渡すと、紫様が言っていた様に結界に綻びがあった。
ちょっとヨレちゃって、小さな穴が空いてる感じかな。
屋根から飛び降りてその部分へと近づく。

「え~っと……」

ちょっと興味があって穴から向こう側を覗いて見た。
う~ん?
何も見えない。
もしかしたら向こう側は夜だとか?
幻想郷と外の世界は普通に繋がっている。
だけど、ときどき時間のズレが生じる時があった。
これは幻想郷の内部で時間に関係する能力を使用する人がいる為。
代表的なのは永遠亭のお姫様。
永遠亭は人間側の陣営の為、注意する事も出来ない。
いずれ退治したいものだ。
不老不死だから死なないけど。

「よいしょ」

とりあえず、綻びを元に戻す作業を始める。
まずは縦の結界を掴み、ヨレている所を元の場所に戻す。
これが出来る様になるまで、かなり苦労した。
だって見えているのに掴めないんだもん。
今は指先でチョンチョンと触る事も出来る。
成長してるなぁ、私!

「ふぅ、出来た~」

しばらくかかって、ようやく結界の綻びを直せた。
ちなみに藍様なら一撫でするだけの一瞬で直せたりする。
紫様なんて触らずに直しちゃったり。
それに比べたら私はまだまだ。
もっともっと修行が必要だね。

「ふぅ」

言われたお仕事はこれで終了。
あとは日課のパトロール。
博麗の巫女が起き出して来たみたいだし、出発しよう。

「ご苦労様、橙」
「しっかりしてくださいよ」

ふあぁ~い、と欠伸交じりの返事に嘆息しながら、私はフワリと飛び上がった。


~☆~


博麗神社からフラフラと適当に飛んでいると紅魔館が見えてきた。
真っ赤な洋館は空から目立ちまくっているので、いつも見てしまう。
そんな真っ赤な紅魔館の前には、真っ赤な門番がいつもの様に立っていた。

「おはようございます、美鈴さん」
「これはこれは橙さん。おはようございます。今日も綺麗ですね」

いえいえそんな~、と私は笑った。
紅美鈴さんは、紅魔館の門番なのは周知の事実。
だけど、いつでも眠っているイメージがあるのでザル警備と噂されている。
実は、これには語弊があったりするのを私は知っていた。
美鈴さんが防いでいるのは、夜に現れる有象無象の魑魅魍魎。
紅魔館の主、レミリアを狙って名をあげようとする愚か者の選別者という訳だ。
そんな訳で、美鈴さんは一日中門の前で立っている訳で。
人間が通りかかる午後はシェスタとなっている。
だから起こさないであげて欲しい。
午前中はまだ起きているので、美鈴さんに用があったり決闘を申し込むのならお昼前がオススメ。
もっとも、弾幕ごっこ以外で勝てる気がまったくしないけど。

「お仕事ご苦労さまです。何か変わった事はないですか?」
「変わった事ですか……う~ん、得に無いいつも通りの日常ですよ」

美鈴はにっこりと笑って応えた。
紅魔館以上なし、と。
また迷惑な異変を起こされたら厄介だしね、きっちりと見回らないと。

「あ、そうそう。さっきチルノが退屈そうにしていたので話しかけてあげると喜びますよ」
「あ、そうなんだ。じゃぁ行って来るね」

でわでわ、と手を振ってから霧の湖に向かう。
今日は霧が出ていないので、充分に見渡せた。
そんな中、ぽっかりと浮かぶ氷の上に独りの妖精を見つけた。

「お~い、チルノ~」
「んお? 橙じゃん、久しぶり」

久しぶり~と手を振って、私も氷の上に着地した。
でも、久しぶりって言う程会ってない訳じゃない。
一週間前ぐらいに会ってるはず。

「何してたんだ? 仕事?」
「そう、パトロール。チルノは何してるの?」
「雲を見ていた」

チルノが指をさすので、私も空を見上げた。
青い空には幾つか雲があり、それがゆっくりと流れていた。

「風流な趣味だね。美鈴さんが退屈してたって言ってたけど?」
「退屈を楽しむのも最強ゆえよね! で、何か面白い事ない。あたいってば退屈で退屈で紅魔館を放火しそうだよ」
「退屈楽しんでないよね! というか、氷の妖精が放火なんかしないで!」

あたいってば最強ね、といつも通りの台詞に私は苦笑する事しか出来なかった。

「なに、まだレミリアに負けた事を気にしてるの?」
「もうあんな思いは氷氷(こおりごおり)だよ。あたい死にたくない」
「それを言うならコリゴリね。困った事があるなら相談してよ」

私も結構強くなったから、チルノのお願いぐらいだったら聞いてあげられるかもしれない。
でも、あんまり肩入れしたら藍様に叱られちゃうんだよね。
だから、こっそりとチルノを助けるぐらいなら許してもらえるかもしれない。

「それだったら、大ちゃんが悩んでたよ?」
「え、なんだろ?」

大妖精の大ちゃんが悩むなんて珍しい。

「あたいが振り向いてくれないってさ。おかしいよね、あたい呼ばれたらちゃんと振り返ってるのにさ」
「あぁ……え~っと……そうだね、振り向いてるよね!」

そうなんだ、大ちゃんってマジでそうなんだ。

「あたい、ちゃんと大ちゃんの言う事聞いてるのになぁ」
「なんか言われたの?」
「早寝早起きと冷気を抑える練習」

あ、結構マトモだ。
もっとイカガワシイ事を言われているのかと思った。
チルノってば無邪気だから、普通に実行してそうで恐いよね。

「良い事じゃない。健康的だし、チルノも強くなれるしいいと思うよ」
「うん、大ちゃんもそう言ってた。ある程度出来る様になったら、付きっ切りで見てあげるって」

……同棲する気だ。

「あたい寝てる間はまだ出来なくってさ。この前、大ちゃんと一緒に寝たんだけど、朝になったら大ちゃん、寒すぎて一回休みになってたよ」
「……それはそれは」

ご愁傷様。

「あと、文が言ってたんだけど」
「文って、射命丸文?」
「うん、そうそう。夏には適度に冷気を出しなさいって。するとモテモテになりますよ、だって」
「あぁ、そうだね。モテモテになるよ」
「モテモテって何? 餅の親戚か何か?」
「もちもちに繋げるのは苦しくない? モテモテっていうのはラブラブの事だよ。みんながチルノを好きになるって事」

おぉ、とチルノは声をあげた。

「橙はモテモテ?」
「私はあんまり~。藍様と紫様には好きって言われるけど、他はあんまり言われた事ないな~」

部下の猫たちからの好き好きコールは、ちょっと違うし。

「そうか、ならあたいが言ってやるよ。橙、好きだぞ!」
「あはは、ありが――」

視線を感じた。
やばい。
あれだ。
奴が見ている。
どこからか分からないけど、絶対に奴が私を見ている。
すでに喉元に鋭利な刃物が突きつけられているかの様な錯覚を覚えた。

「あ、ごめん、用事が出来たや。もう行くね!」
「お、そうなのか。じゃぁな、橙。大好きだからな!」

ひぃ!
悲鳴をなんとかこらえて、私は上空へと飛び立った。
奴はテレポートの能力を持っている!
これで逃げられるとは思えないけど、私は全力で飛んだ。
ふと、誰かの悲鳴が聞こえた。
チルノの様な、そうで無い様な……
ごめんね。
もし一回休みになってたら、美味しいかき氷のシロップをプレゼントするね!


~☆~


お昼近くになったので、人間の里でご飯を食べる事にした。
『飯屋』とシンプルな看板を掲げるお店。
お魚が美味しいので、ちょっとした行き着けになっていた。

「いらっしゃい、橙さん」
「いつもの、お魚定食ください」

看板娘さんに注文して、ウキウキしながら待っていると、ふと声をかけられた。

「おや、橙じゃないか。久しぶりだな」
「あ、慧音先生」

寺子屋で教師をしている上白沢慧音先生。
幻想郷の歴史や学問の基礎を習う為に、一時期私も寺子屋へ通っていた。
その時の名残で、未だに慧音先生と呼んでいる。

「相席していいかい?」
「どうぞどうぞ」

私の前の席が空いているので、遠慮なくオススメしておいた。

「いや、しかし、見違えるものだな」
「?」
「容姿だよ。大人っぽくなった。私の生徒だった頃は子供だったのに、今では立派な若者だ」

容姿を褒められるとは思っても見なかったので、私は目を真ん丸に見開いた。
と、同時に急に気恥ずかしくなって、えへへ~と笑って誤魔化しておいた。

「霖之助の『容姿は精神に比例する』という言葉は本当だな。中身が大人になれば、比例して外見も成長するという訳か」
「あ、紫様も似た様な事を仰ってましたよ」
「ふむ。もしスカーレット姉妹に会う事があったら、寺子屋へ通う様に言ってくれ」

レミリアとフランドールの姿を思い浮かべる。
チルノと変わらないぐらいの、なんというか、子供みたいな姿。

「私の元で道徳を習えば美人になれるぞ、とでも言っておいてくれ」
「あはは……」

いや、本当に美人になりそうで恐い。
なにせ吸血鬼だし。
もとより美人な妖怪というか、美を基本とした存在だから、幻想郷に新しい吸血鬼異変が起こるかもしれない。

「お待たせしました。お魚定食と豚のしょうが焼き定食です」

そんな話をしていると看板娘さんがご飯を持ってきてくれた。
焼きたての魚から良い香りがする。
零れそうになる涎を我慢しながら手を合わせて、いただきますと感謝の意を告げた。
で、早速とばかりに魚の身を一切れ、パクリ。
塩味がきいてて、美味しい~。
そのままご飯を食べて、お味噌汁もいただく。
うにゃん。
幸せを感じる瞬間だよね。

「美味しそうに食べるんだなぁ。私もそっちにすれば良かった」
「豚のしょうが焼きも美味しそうじゃないですか」
「いや、美味いんだが……一口くれない?」
「嫌です」

キッパリと断った。
え~、とちょっと悲しそうな慧音先生。
貴重な表情が見れて、ちょっと嬉しい。

「仕方ない。今日の夕食は魚に決定だ」
「あはは。肉より魚ですよ。お酒にも合いますし」

魚には日本酒が合うよね。

「う~む、ますます羨ましい。ほんとに一口くれない?」
「もう、しょうがない先生ですね。はい、どうぞ」

さすが我が愛すべき生徒、と慧音先生は魚の身を一口取っていった。

「うん、やはり美味しい。ありがとう、橙」
「そんな事を続けてたら、先生が子供になっちゃいますよ」

容姿は精神に比例する。
今の慧音先生は、大人というより子供みたいだ。

「いや、大人は子供に戻れんよ」
「それはそうですけど。じゃぁ、子供っぽくなっちゃったら妖怪はどうなるんです?」

慧音先生は少しだけ困った様な笑みを浮かべた。

「それが老いだよ、橙。老人になると、みんな優しくなって、子供っぽくなるのさ」

あぁ、なるほど……
なぜだか凄く納得した。
その後も慧音先生と談笑しながら食事を続け、デザートを一緒に楽しんだ後、それぞれの仕事に戻った。


~☆~


人間の里で藍様に頼まれた油揚げを買った後、妖怪の山へと向かった。
特に用事がある訳ではないんだけど、紫様より言われている事がある。
東風谷早苗は注意しときなさい。
なんでも外の世界の常識と幻想郷の常識をごっちゃにして認識しちゃった神様で、はっちゃける事が多いとか何とか。
巨大ロボットが大好きという理由で河童に頼んで作らせようとしたり、訳の分からないネタでキョンシーを追い掛け回したりと、何かと小さな事件を起こす。
お酒を呑んで酔っ払ったら脱ぐし、厄介な神様だ。

「……」

という訳で、守矢神社に着いたんだけど。
件の風祝は何やら石畳の上でポーズを決めていた。

「ギリギリギり……変っ! 神っ!」

なんだそれ。
神様に変身するから、変神?
変な神の間違いじゃない?

「赤心少林拳!」

尚もポーズを決め続ける早苗をジトーっと見ていると、いつの間にやら隣に神様が居た。

「あら、諏訪子さん」
「やぁやぁ、橙。見回りご苦労さんだね」

いえいえ、と挨拶を交わした。

「で、あの神様は何をやっておられるんですか?」
「早苗かい? 正義の味方かな」

正義の味方?

「悪い奴をやっつける慈善活動家、といった感じかな。勧善懲悪を体言した様な存在だよ」
「それとポーズがどういった関係があるんですか?」

う~ん……と諏訪子さんは腕を組んで考えた。
ちょっとだけ間を置いてから、答えを導き出したらしい。

「例えばさ、幻想郷がピンチになるでしょ?」
「なりませんよ」
「いや、例えばよ、例えば」
「いえいえ、私と藍様と紫様で守ってますから、ピンチになりません」
「融通の利かない猫ちゃんだね」

じゃぁ、こうしよう。
と、諏訪子さんが別の話題に切り替えた。

「人間の子供が妖怪に襲われているとしよう」
「うんうん」
「人間の里の子供は食べちゃダメだから、この妖怪は悪いよね」
「うんうん、そうですね」

ルール違反はいけない。
きちんと人間牧場で養殖された人間だったら食べていい。
でも子供は価値が高いので滅多に食べられないんだよね。

「そこで登場するのが正義の味方、東風谷早苗」
「ほほ~」
「ばばーん、と登場して棒立ちだったらどう?」

う~ん、と私は想像する。

「頼りない感じ? でも威風堂々としているかも」
「まぁ、そこはイメージの問題だね。じゃぁ、早苗がやってるポーズで登場したとしよう。シャキーンってね。どうかな? 助けてもらった子供はこのポーズを覚えるよね」
「あ、確かにそうですね。こんな神様に助けてもらった、ってなりますね」
「そうそう。だから、ポーズは必要なんだよ」
「なるほど~」
「ま、嘘だけどね」
「ですよね~」

ケラケラと笑った所で、ようやく屋根の上に私達が居る事に早苗が気付いたらしい。

「ひぃぃ!? いつから見てたんですか、諏訪子さま!? 橙も!?」
「私は1号から見てたよ」
「私はブラックからです」

ぎゃああああ!? と早苗は悲鳴をあげて転げまわった。
愉快なリアクション。
親しみがもてる愉快な神様だ。
信仰が高い理由がアリアリと見て取れる。

「かっこいいけど、真のマネはどうかと思うよ早苗。フェイスオープンの特権はF91とエイリアンにしか許されていない」

真って何だろう?
私もまだまだ外の世界の文化に疎いから勉強が必要だな~。

「早苗~、今度教えてね~」
「教えません! 橙も居たのなら挨拶してください! 覗き見なんて趣味が悪いですよ、退治しますよ、昼行灯の油を舐めさせてあげないですからね!」

さすがの化け猫も昼行灯の油は舐めない。
行灯と昼行灯を一緒にされたら、昼行灯が怒ると思うなぁ。
いや、怒らないからこそ昼行灯なのかも。
難しい。

「えへへ、ごめんなさい。あんまり余計な事しないでくださいね」
「世の中に余計な事などありません。私も日夜、幻想郷がより過ごし易いものとなる様に努力しているのです、えっへん!」

本当? と隣の諏訪子さんに聞いてみた。

「さぁ?」

適当な感じで答えをはぐらかされたけど、実質なにもしてないって言ってる様なもの。
やっぱり、幻想郷の平和は八雲家の仕事らしい。
まぁ、早苗にどうこう出来るとは思ってないけど。

「それじゃぁ、そろそろ行きます」
「今度、美味しいもの買ってきてよ。久しぶりに亜米利加のケミカルなお菓子が食べたいなぁ」
「紫様に聞いてみます。それでは」

諏訪子さんと早苗に手を振って、守矢神社を後にした。
妖怪の山の上空へと浮かび上がると、幻想郷を一望できる。
一応、異常なしってところかな~。

「お、橙のお姉さん」
「ほえ?」

ふと後ろから声をかけられたので、振り返った。
そこには猫車を押すゴスロリ姿の猫妖怪。

「お燐だ、久しぶり~」
「久しぶり、元気そうねお姉さん」
「お姉さんは止めてよ~」

同じ猫の妖怪変化として火焔猫燐とは仲が良かったりする。
滅多に会えないけど。
あと、猫車からはみ出してる腕が気になるけど。

「どこに落ちてたの?」
「妖怪の山。誰かルール違反してるね~。あたいは仕事できていいけど」

う~む。
人間を必要以上に食べちゃうと、バランスが崩れるから良く無いのに。
私利私欲に走っては、すぐに幻想郷のバランスが崩れてしまう事になる。
そうならない様に、しっかりと管理しないといけないんだけど……
妖怪はそう簡単に管理できる訳がない。
あと、新人さん。
幻想郷に来たばっかりの妖怪はルールなんて知らないしね。
色々大変だ。

「下の様子はどう?」
「みんないつも通りだね。得に困った事も良かった事もないよ。あえて言うなら、勇儀姐さんがケンカ50連勝を達成したってくらいかな~」
「凄い記録だね。さすが鬼は強いなぁ」

純粋に強く、正々堂々、威風堂々としている鬼という種族。
その姿には憧れる時もある。
でも、いつの間にか幻想郷の地下に追いやられちゃったみたい。
まだ私が猫だった時なのか、それとも八雲の姓をもらう前だったのか。
詳しくは知らないけれど、鬼は鬼で自由気ままに暮らしてるみたいだ。
時々地上に遊びに来て怒られてるけど。

「お姉さんも修行すればいけるんじゃない? なんてったって八雲だし」
「褒めても何にもでないよ、お燐」

えへへ~、とお燐は笑った。
彼女はオシャレで可愛らしい。
美人を目指している私とは違って、可愛いで満足しているのかなぁ。

「ねぇねぇ、お燐は可愛いと美人、どっちがいい?」
「お、なになに、コイバナ? 恋愛ならこのお燐さんに任せなさい! 数々の男と寝てきたあたいに死角は無いよ!」
「嘘ばっかり」
「にゃはは! いやぁ、でも発情期って困るのよ。橙は困らない?」
「私はそんな低次元な悩みなんて超越してますぅ」
「え~、うっそだ~。ほれほれ、お燐さんに話してみなさいな。どうやって慰めてるの? 藍様? 紫様? そ・れ・と・も、部下の猫~?」

いやらしく耳に息を吹きかけてくるお燐を、うが~と押し返した。

「してないってば! そういうお燐はどうなのよ!」
「あたいはおくうとやってるよ!」

ストレート!
この猫、めっちゃストレート!

「うわん、そんな話聞きたくない~!」
「にゃはははは、嘘よ嘘。地獄の猫が発情なんかしないわよ。お姉さんってば初心ね~」
「もう、からかわないでよ~」
「ごめんごめん、それじゃぁあたいは帰ってさとり様の愛を一心に受けるわ」

ばっはは~い、とお燐は猫車を押す様な格好で飛んでいった。

「うぅ……」

なんか一方的に辱めを受けた気分。
はぁ……

「私も帰ろ」

藍様の愛を一心に受けられるかどうかは分からないけれど。


~☆~


「ただいま~」

紫様の家へと戻った頃には、すでに夕刻だった。
太陽がオレンジ色になって、私と同じ名前になる。

「おかえり、橙」

朝と同じ場所に紫様が座っていた。
もしかして、一歩も動いてない?

「あ、橙。いま失礼な事を考えたでしょ」
「いえいえ、ぜんぜんそんな事ないです!」
「そう? ならいいけど」

ふぅ、良かった。
紫様のお仕置きに、私はまだ耐えられる気がしない。
藍様ぐらいに強くならないと。

「おかえり、橙。抱っこしてあげようか?」
「ただいま、藍様。もうそんな小さくないですから、抱っこは要りませんよぅ」
「そう? いつでも飛び込んできていいんだよ」

あはは、と笑いながら油揚げを藍様へと渡した。

「はい、お使いの油揚げです」
「ありがとう。どう、今晩は食べていく?」
「はいっ」

まだまだ甘えんぼさんね、と紫様が笑った。
う~ん、だからまだ可愛いのかな~?
もっと美人になれば、甘えんぼじゃなくなる?

「それじゃ、準備しますので。橙は紫様と遊んでいてね」
「は~い」
「橙、おいで」

紫様に手招きされたので、私は隣へと座った。

「それじゃぁ、今から不老不死を殺す方法を計算してみましょうか」
「へ?」
「橙も手伝ってね。まずは心臓一回の鼓動の早さと寿命の関係を求める為に三途の川の長さの公式を当てはめて計算してみましょう」
「は、はぁ……」

さすが紫様。
遊びがハードです。

「え、え~っと、こうですか?」
「そうそう。それに無限を加えてみると、不老不死の寿命が出るわね」
「あ、ほんとだ。さすが紫様」

そんな感じで夕飯まで過ごした。
ちなみに、夕飯はお稲荷さん。
一家団欒みたいな感じで、今日あった出来事を藍様と紫様へ報告した。

「そう。今日も幻想郷が平和でなによりだわ」

そうにこやかに紫様が笑ったので、私と藍様も同じ様に笑いました。
ご飯の後は、藍様と一緒にちょっとした修行を行い、幾つかお稲荷さんをお土産に貰って、マヨヒガへと帰りました。
そこからは崩れる様にしてお布団へ。
なんだかんだ言って、ヘロヘロに疲れる毎日。
もうすこし妖力が上がれば大丈夫になるんだろうけど。
尻尾をピコピコと揺らして見る。
今は4本。
藍様まで5本も足りない。
明日の朝起きたら、1本増えてたりしないかな~。

「はふぅ」

いやいや、焦ってもしょうがない。
地道に努力しましょう。

「今日もお疲れ様でした。明日もがんばろ~」

おやすみなさい。
明日も、健やかな1日を。
お久しぶりです。
久我拓人です。

ストレスの発散に、思い切り趣味に偏った話を書いてみました。
思ったよりも楽しく、一気に書き上げてしまう始末。
もっと短い予定でしたけど、相変わらずダラダラと続いてしまうのは悪い癖かもしれません。

では、こんな未来の話ですけれども、気に入って頂けますよう祈ってます♪

※ゆんゆんさん
指摘ありがとうございます、修正しました。
関係ないですけど、昔使ってたペンネームと良く似ているにで親近感わきます^^ いや、ほんと関係ないですね……
久我拓人
http://junit.blog118.fc2.com/
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コメント



0.1420簡易評価
1.90名前が無い程度の能力削除
雰囲気がよかったです。
……この博麗の巫女はもう霊夢ではないのですよね。
慧音の言葉が過去作品と重ねて響いて、ちょっとうるっときました!
2.100名前が無い程度の能力削除
和みました
3.90奇声を発する程度の能力削除
雰囲気良く和みました
9.90名前が無い程度の能力削除
勇儀姐さんが喧嘩50連勝……それ、むしろ少なくないかな? 案外ちょくちょく負けてるのだろうか?
10.90ゆんゆん削除
柔らかい雰囲気で、ゆったりと楽しめました。
ですが一点、紅魔館の場面の「美鈴さんが防いでいるので」は、「美鈴さんが防いでいるのは」の間違いではないでしょうか?
もし私の思い違いなら、本当に申し訳ないのですが…。
23.90名前が無い程度の能力削除
おいおい、フェイスオープンでガイキングを忘れられては困りますな
26.100名前が無い程度の能力削除
橙の思春期っぽさと周囲の人々が良い感じですね。あとネオライダーまで再現する早苗さんは素晴らしい。特にJの変身なんか似合いますね、他にもRXとか。
27.100名前が無い程度の能力削除
橙まじかわ
32.100名前が無い程度の能力削除
不老不死の寿命の計算をしている件。
ここまで成長するとはなあ・・・・・
34.1003削除
橙の何というか、大人と子どもの中間あたりと言いますか、その辺が上手く出ていてとても良かったです。
とくにこれといった山場があるわけではないのですが、大変楽しく読ませて頂きました。

今更指摘するのもあれなのですが、
×紅魔館以上なし ○紅魔館異常なし