注意。
この作品は前作『実家に帰らせていただきます。』の続編、および補足・解説(の様なもの)にあたります。
先に前作を目に通しておかなければ、展開についていけない、何を言っているか分からないかもしれません。
よって、先に前作を読むことをお勧めします。というか、読んでから来てください。
*
今年も香霖堂の庭に巨大なひまわりの花が咲いた。僕の背よりも、店の屋根よりも、大きくなった桜の木よりも大きな、大変巨大なひまわりだ。
初めてこの庭にひまわりが咲いたとき、僕は開いた口がふさがらないほど驚いた。いや、僕だけじゃない。おそらくこのひまわりを初めて見た者はある一人(うちの庭に花を植える幽香)を除いて皆この巨大さに驚くか、歓喜の声を上げるだろう(後者をするものは大体頭が足りてないか、おめでたい性格と決まっている)。
どうしてこのひまわりがここまで大きくなるかというと、幽香いわく、『魔法の森の土が特別だから、植物に何らかの影響が出る』らしい。
まあその他の植物にその影響が目立って見られないところを見ると幽香がひまわりだけに何かをしているのだろう。特別な肥料を使っているとか、その他諸々。
僕は窓から真っ赤な夕焼けを確認すると、読書をやめ、立ち上がって伸びをした。今日も客は無し。一人尋ねてきたが、あれは客とは言わないだろう。
さて、夕飯でも作ろうか。何にしよう? そういえば外の世界のそうめんの乾麺を貰ったんだ。それでも食べようか。そう思い、僕は戸棚から木の箱に入った乾麺を二束取り出し、それを持って台所へ這入った。
鍋に水を入れて火にかけ、沸騰したところで乾麺を入れる――と、そういえば忘れていた。今日からお盆だから彼女は来ないんだ。いつもの癖でつい二人分用意してしまった。もう乾麺はお湯の中。今更引き上げることは出来ない。
……仕方ない。全部一人で食べよう。せっかくの外のそうめんだ、無駄には出来ない。
そうめんが戻ったところで、お湯を捨て、袖をまくって冷水でそうめんを洗う。洗ったら、ざるで水を切って、完成。あとはつゆ。つゆはそうめんについてきた物を椀に入れて、少し薄めれば出来上がり。
カランカラン。
と、誰かが店に入ってきたようだ。誰だ? 彼女ではない。あの人は滅多なことがない限り扉から這入ってこない。幽香ということも考えられるが、幽香は基本こんな時間には来ない。なら、他に考えられる可能性は、非常識な客か、それとも魔理沙か。
「よう、香霖! 来てやったぜ!」
何だ、やっぱり魔理沙か。この時間に尋ねて来たと言うことは、おそらく夕飯をねだりに来たのだろう。まったく、いつになっても変わらない。だが、これはちょうど良い。
魔理沙は僕が返事をする前に茶の間に上がってきた。まったく、図々しい奴だ。
「やあ、魔理沙。ちょうどいいところに来たな。実は来るだろうと思ってそうめんを二人分作ったんだ」僕は魔理沙の方を向いて言う。
「嘘つけ、本当は紫の奴が来ないことを忘れて二人分作ったんだろ?」魔理沙はニヤニヤと笑いながら言う。
ふむ、やはり嘘吐きに嘘は通用しないか。
白黒の服と金色の髪、少年とも少女とも見分けのつかない幼い容姿、いい加減なのか真面目なのか分からない性格。それが今年で五十八歳になる魔法使い・霧雨魔理沙だ。
魔理沙は帽子を脱ぐと、図々しく卓袱台のそばで胡坐をかいた。
「夕飯にそうめんってのはどうかと思うぜ」
「そうか、なら食べなくていいよ」
「いや、食うぜ。食わせてもらいますとも」
「そもそも魔法使いなんだから別に食べなくてもいいだろ?」
「そんなこと言うなよ。アリスだって未だに食事と睡眠を欠かさないんだぜ?」
「あれはポリシーのようなものじゃないか?」
七色の人形遣い・アリス・マーガトロイドは魔法使いになってそこそこ長いが、未だに人間と同じ様な生活を送っている。大体の魔法使いは食事も睡眠も取らずに年中無休で活動することが出来る。それは彼女も魔理沙も例外ではない(パチュリー・ノーレッジは例外。彼女は身体が非常に弱いため、食事睡眠を欠かすとすぐに調子が悪くなる)。それでも食事睡眠を欠かさないということは、おそらく自ら心がけているのだろう。
ちなみに、僕も食事睡眠無しで活動することが出来る。が、あくまでそれは僕が人間と妖怪のハーフだからである。一応魔法を使うことが出来るが、僕は魔法使いではない。その証拠に、僕はもってせいぜい二週間だ。
妖怪だって飢えるのだ。人間の血を引いている僕がそんなにもつわけがない。
僕は盆にそうめんの入った器とつゆの入った椀二つと箸を乗せると、それを食卓に持って行き、箸と椀を魔理沙に渡した。
「おお、すまんな」
「片付けは頼むよ」
「へいへい」
合掌。
『いただきます』
ずるずる。
ずるずる。
ずるずる。
ずるずる――
「……で、何で紫いないんだっけ?」口の中をそうめんでいっぱいにしながら魔理沙は僕に訊く。
「それは……」僕はそうめんを飲み込んでから答える。「お盆だからさ」
「ああ、そうだったな」
隙間妖怪・八雲紫は毎日香霖堂にやってくる。俗に“冬眠中”と呼ばれる彼女の活動停止期間なんかは、毎日香霖堂で寝泊りしているくらいだ。布団に包まりながら、雪かきをしている僕をぼーっと見て過ごしている。
しかし、そんな彼女が香霖堂にやってこない期間がある。“お盆”と“大晦日から正月過ぎまで”だ。その期間中は、彼女は外の世界の別宅で過ごしている。
「しっかし、年中自由人でぐうたら妖怪のあいつは何で決まってお盆と正月にいないんだ?」
「それはだな、お盆と正月は決まって娘が帰ってくるからさ」
「……あー、そういや外の世界じゃお盆と正月は里帰りのシーズンだっけ?」
紫さんにはもうすぐ二十一になる娘がいる。彼女の名は、マエリベリー・ハーン。
僕と紫さんの間に生まれた娘である。
「それにしても、妖怪の子供なんて聞いたことないぞ」
「何を言ってるんだ、僕は妖怪の子だぞ」
「ああ、そうだったな。すっかり忘れてたぜ」
そう言いながら魔理沙はずるずるとそうめんをすする。
まあ魔理沙が聞いたこともないというのも仕方ないだろう。妖怪が子を成すのは、本当に稀なことなのだから。
妖怪は寿命が長いため、まず子供を作ろうとしない。長く生きる自分たちが子供を作れば幻想郷のバランスが崩れることを、本能で知っているからだ。
しかし、だからといってまったく妖怪が子供を作らないわけではない。種が滅びぬよう、毎年どの種の妖怪も二、三人くらいは新たに誕生している。
しかし、物事には例外が付き物だ。生まれてくる子供が、すべて種の存続のために生まれてくるわけではない。
中には異種間での恋愛の末、生まれてくる子供も存在する。
例えば、僕こと、森近霖之助。僕は人間と天狗の恋愛によって生まれたハーフだ。
「まあ妖怪の子供のことはどうでもいいとして、よくお前、紫と結婚できたな。ホント、お前何やったんだ?」
「別に何もしていないよ」
「本当か? 私にはどうしても紫の気持ちが分からん。何でアイツはお前に惚れたんだ?」
「それは本人に訊いてくれよ。僕の口からは何とも言えないから」
僕と紫さんの馴れ初めは、語っても面白みに欠けるだろう。僕らは普通に恋愛をし、普通に結ばれ、普通に子供を作ったのだから。
僕と紫さんが出会ったのは今から約四十年前。今は懐かしい霊夢と、今でもお馴染みの魔理沙を通じて、僕らは出会った。
当時の僕は紫さんの事が非常に苦手だった。胡散臭くて何を考えているか分からないあの笑顔が、恐ろしくてたまらなかった。一方、紫さんの方は、どうやら僕に興味を抱いていたらしい。
しかし、時間が経つにつれて、僕はあの人の考えていることが次第に分かるようになり、紫さんは興味を好意に変化させていった。
そして、それから十年。紫さんの片思いはついに、両思いへと変わった。時間が経つにつれ、僕も好意を抱くようになったのだ。
そして、さらに五年。僕と紫さんはようやく自分たちを『夫婦』と称することにしたのだ。
「そういや、お前の娘ってどんな奴なんだ?」
食べ終わった食器を洗いながら、魔理沙が僕に訊ねる。
「会ったこと、無かったか?」
「いや、あるはあるんだが、最後に会ったのが確かそいつが本当に赤ん坊の時だから何とも言えないんだ」
「なるほどね……」
「で、どんな奴なんだ? お前みたいに変なことに夢中になってる奴か? それとも紫みたいにとんでもなく胡散臭い奴か?」
「随分な言い草だな」
僕は呆れながら笑った。
「そうだね、僕も今日久しぶりに会ったが、容姿は紫さんそっくりだけど、性格は
どちらでもないって感じだね」
「どちらでもない?」
「ああ。――しいていうなら、普通の女の子、だね」
「普通、か」
魔理沙はニヤニヤと笑いながらそう繰り返した。
さて、マエリベリーの話をする前に、ここで隙間妖怪という種の妖怪について説明しなくてはならないだろう。と、言ってみたが、実は隙間妖怪という種の妖怪は存在しない。
隙間妖怪とは、実は八雲紫という妖怪の別称であって、実は種の名前ではない。
種の名前に拘るのなら、あの人は『八雲紫』という名の種類の妖怪である。
もちろん、あの人以外にそんな名前の種はいない。唯一無二の存在だ。
しかし、そんな紫さんにも、同じ種の仲間ができた。
彼女の娘である、マエリベリー・ハーンだ。
マエリベリーは紫さんの後継者として今から約二十年前、幻想郷で生を受けた。
いや、あの娘は本来、『後継者』として生まれたわけではなかった。僕と紫さんの間に生まれ、偶然にも『境界を操る程度の能力』を持つ可能性を持っていたため、幻想郷の賢者の後継者として、そして、二人目の隙間妖怪としてあの娘は育てられるようになったのだ。
マエリベリーが生まれた時、僕と紫さんは、この娘の将来のことなど考えてはいなかった。ただ、自分たちの手によって新たな家族が生まれたことによる喜びに夢中になっていた。
しかし、マエリベリーの一才の誕生日の夜、紫さんは僕にこう言った。
『この娘、どうも私と同じ能力を持っているわ。もっとも、今はとても弱くて、能力とも言えるようなものではないけれど。でも、いつか私と同等――いや、それ以上の力を持つかもしれない。ねえ、霖之助さん、今とっても悩んでるの。この娘は、私の後を継ぐことが出来る唯一の存在。でも、それをすればこの娘の将来から自由は失われる。……私は、どうすればいいのかしらね?』
あらゆる境界を操る紫さんでも、自らの寿命までは操ることは出来ない。もし、万が一幻想郷の賢者がいなくなれば、幻想郷は滅びる。博麗の巫女と同様に、幻想郷の賢者にも次世代の者が必要なのだ。
今それが出来るのは、僕と紫さんの娘であるマエリベリーだけ。例え第二子が誕生したとしても、どちらかが後継者にならなければならない。
『僕は、この娘を後継者にするべきだと思う。貴女の子だからそれ以外の選択肢は無いだろうね。例え、それがこの娘の望むことじゃなくてもね』
僕がそう言うと、紫さんはマエリベリーを抱きしめ、
『そうね。これが幻想郷を守る者の宿命。それ以外の道なんてありはしないわね』
つぶやいた。
こうして、マエリベリーは幻想郷の賢者の後継者として育てられるようになった。
幻想郷の賢者として育てられる――それはすなわち、外の世界と幻想郷の両方を知るということだ。
紫さんは僕に『マエリベリーを外の世界で育てる』と言った。
『ただ見るだけでは外の世界を完全に理解することは出来ないわ。実際に暮らししてみないと。――それに、外の世界は非常識な者を受け入れてくれないのよ。だから、本当に物心つく前に、幻想郷に馴染んでしまう前に、この娘を外の世界に移さなければならない』
――と、言うことらしい。
確かにそうだと僕は思った。外の世界から幻想郷に来た者がこの環境に慣れるのはたやすい。しかし、幻想郷の者が外の世界を理解することは非常に困難だ。外の世界は、幻想郷と違ってすべてを受け入れてくれないのだ。
そしてマエリベリーの物心が付く前に、あの娘は外の世界へ行ってしまった。
僕が得られるあの娘の情報は、紫さんからの話だけになった。
しかし、今日の昼間、僕はマエリベリーと出会った。
突然店を訪ねてきた金髪の女性――僕はすぐにマエリベリーだと分かった。
僕はあの娘に、自分が出来る限りであの娘が望むことを、一つだけ叶えてやろうと思った。
『君の欲しいものを提供してあげよう』
『私は、私の思い出が欲しい』
だから、僕は一番大切な写真を、あの娘にあげることにした。
僕は少しでもいいから、父親らしいことがしたかったのだ。
*
「にしても、お前の娘には少し同情するぜ」
魔理沙は茶をすすりながら言う。
「どうしてだ?」
「ほら、私も跡取りとして育てられてただろ?」
「ああ、そんなこともあったね」
そういえば、魔理沙も霧雨家の跡取りだったっけ?
魔理沙が勘当されて十年ほど経った後、霧雨家には魔理沙の代わりに養子が迎えられた。完全に魔法にのめりこみ、英雄とまで言われた魔理沙を連れ戻すことを諦めたのだろう。もっとも、はじめから魔理沙を連れ戻すことなど考えられてなどいなかったかもしれないが。
現在、霧雨家はその養子の息子が跡取りとして育てられている。噂では魔理沙がその子にちょっかいを出し、魔法を教えてやったんだとか。……その子も家を飛び出さないかどうか心配だ。
「そいつは、私と違って、幻想郷そのものが両肩に乗っかってるんだろ? 私なら耐えられないな」
「まあね」
もっとも、それが重荷になるかどうかは、マエリベリー本人にしか分からないが。
「まあ、幻想郷の賢者が本当に大変な役割なら、の話だがな。紫の様子を見る限り、そんなつらい役目でもなさそうだ」
「それは違いないね。まああの人は仕事のほとんどを式に任せてるからそう見えるだけだろうね」
と、言うことは一番つらいのはあの人の式の藍さんと、その式の橙か。
「でもお前の娘、今人間として生活してるんだろ? 自分が実は人間じゃないって言われたら、そいつ、何て思うんだろうな?」
「それは……」
突然、自分が人間ではないと言われたら――あの娘はそれを受け入れることが出来るのだろうか?
人間でも妖怪でもなく、人間であり妖怪である僕には、それが気がかりだった。
まあ、ほぼ妖怪ですけどね……て、そんなことはどうでもいいですね。
続き楽しみにしてます。
霖之助の思いも良かったです。
次も楽しみにしています。
脱字の報告です。
>僕は、この娘を後継者するべきだと思う。
『後継者に』ではないでしょうか。
つまり完全妖怪ってこと
自分なら内容によるが少なくとも少しは驚くだろうな
でも、そう告げられて自分の中の常識や考えが変わることがあっても
根本的な自分は変わらないとは思ってる。
初めて見ました。良い雰囲気だと思います。
続編も期待しております。