「魔法少女には使い魔がつきものだろ?」
「何それ?」
「使い魔、ですか?」
霧雨魔理沙のイキナリ発言に二人の巫女は疑問符をポロポロこぼす。
「魔理沙さんは“魔法少女”ではなく“魔法使いの少女”じゃないんですか?」
「あん? それ、どう違うんだよ」
「かなり違いますよ」
「分かんないわね」
「お二人ともよろしいですか? “魔法少女”とは【普通の少女が突然不思議な力を手にして皆のために活躍する】モノなのですっ」
東風谷早苗が拳を強く振り上げた。
「突然ってところがミソなわけ?」
「そのきっかけになるのが多くの場合、使い魔と呼ばれる摩訶不思議な生き物なんですよ」
「ふーん」
返事をする博麗霊夢はあまり興味無さそうだ。
「お前のこだわりはともかく、魔法使いに使い魔はあって然るべきだろ」
「確かにマスコットというか、アクセントとして存在しても良いかも知れませんね」
「だろ? 例えばさ、アリスは上海やら蓬莱やらがいてそれっぽいじゃないか」
「まあね。人形使いだもんね」
「パチュリーも悪魔を使役してるぜ」
「あー、小悪魔だっけ?」
「命蓮寺の住職さんもスゴい魔法使いなんですよね?」
「おばあ……聖は僧侶で大魔法使いなんだよ」
「それって、つまりジョブは賢者なんですね?」
「賢者か、確かにそう見える時もあるなー」
「賢者の時……つまりは賢者タイムッ! ですねっ?」
「ちょっと黙っててくんないか? 聖のところには言う事を聞く妖怪がごまんといるだろ? 使い魔パラダイスだぜ」
「パラダイスって言うには混沌としてるようだけど?」
「あれだけ多いと統率するのも大変でしょうね」
命蓮寺は訪れるたびに新しい妖怪が増えているようだ。
今では幻想郷を代表する大勢力になっている。
「で、私も使い魔が欲しいんだぜ」
「妖精とかもアリなのかしら?」
「アリですっ むしろ王道ですよ!」
小さな妖精が魔法使いや戦士にまとわりついて世話をしたり邪魔をしたり。これはファンタジーのロイヤルロードだ。
「あんた、妖精ならたくさん子分がいるじゃない」
「子分ってわけじゃないぜ」
なぜだか妖精に懐かれる魔理沙だが、本人は支配しているつもりはない。気が向いたときに適当に遊んでいるだけなのだ。この自然体での接し方が自分勝手な妖精達の気質に合っているのかも知れない。
「チルノ、う~ん。三妖精、う~~ん。どいつもあてにならいよなー」
「もういっちょ、いるじゃない。チルノにくっついてる横っちょ束ねの髪のコが」
「サイドポニー、な」
「あー、大ちゃんですね。あのコ、とても真面目でおとなしいんですよね」
「それじゃ魔理沙には無理よね」
「失敬だな。どういう意味だよ」
「他のちっこい妖怪とかは?」
「説明は無しかよ……ミスティアはいつも忙しそうだし、リグルを使ったら幽香が文句言いそうだし、ルーミアはチルノ以上にアレだから全く話にならないしなあ」
「あいつら、違いがあるの?」
「チルノはこっちが言ったことは難しくなければ大体理解する。すぐ忘れるけどな。でもルーミアはそもそも理解してないんだぜ」
「ルーミアちゃんは、その、つまり、ちょっと難しいんですよね」
早苗が口を濁す。
基本、妖精は○、妖怪は×の早苗だが、チルノ周辺の小妖とも遊ぶことが多いので今ではゴッチャになっている。
「霊夢、アイツは【博麗】の管轄なんだろ?」
その昔、人里に大きな被害をもたらした人喰い暗闇妖怪がいた。先々代の巫女が激闘の末、期間限定の仮封印を施したと伝えられている。その後、その封印は博麗の巫女が管理することになっていて、それが今のルーミアらしいのだが、真相を知る当代の巫女は黙して語らない。
「まあ……そういう事になってるわね」
ボリボリと首筋を掻く霊夢の歯切れは悪い。
「そのへん、どうなっているんですか?」
幻想郷に来たばかりのころ、ルーミアの封印リボンを毟りとろうとした早苗は霊夢に本気で引っ叩かれたことがある。
「それは【博麗26の秘密】の一つだからね」
「何ですかそれ、仮面ラ●ダーV3ですか?」
「このダブルタイフーンが目に入らないの?」
「は? どれです?」
「早苗、気にしなくてもイイぜ」
「個人的にはとても、とてーも気になりますけど」
特撮・アニロボ大好きっ娘の血が騒ぐ。
「あ、針妙丸は? サイズ的にちょうど良いぜ」
「絶っ対っダメっ、あんたと一緒じゃ危ないもの」
「お前、あいつには甘いのなー」
「手近でお手軽にすまそうとするのはいかがなものでしょうね」
「そうね、あんまり面倒臭がっちゃダメよ」
「お前がそれを言うのかよ、なあ?」
圧倒的な理不尽に対し魔理沙がささやかな抗議をした。
―――†―――†―――†―――
「やっぱ、使い魔は難しいのかなあ」
「魔理沙さん、召喚魔法は使えないんですか?」
「えーっと、まだ無理……」
口を尖らせ悔しそうにしている。
多種多様にわたる魔法の体系。当然だが得手不得手がある。
「神様なら呼べ出せるから、やってあげようか?」
「待てよ、ヘタしたら私が“使い”になっちゃうだろ」
「いっそのことユニットを組むのはどうですか」
「お前と天子みたいにか?」
「私たち、ユニットじゃありませんよっ」
そう思っているのは早苗だけだろう。
「使い魔じゃなくて相方か。それってどうなんだろうな」
「ねえ、魔理沙、私が組んであげても良いわよ」
「例えば誰と組んだら面白いかな」
「ねえ、魔理沙、ユニット【レイマリ】は鉄板よ」
「特性は被らない方がいいんだろ?」
「ねえ、魔理沙ちゃーん、聞こえてるー?」
「んんー、私が魔法使いだからなー」
つとめて無視をする。
ガギュギュギュッ
重量のある金属同士が激しく擦れ合うような嫌な音は無視された霊夢の歯軋りだった。
「でも、アリスさんだと特性の違う魔法使い二人ですから、かえって面白いんじゃありませんか?」
「んー、そうだな」
「かーっ ねーわよっ! それだけは許せないわよ!」
「なら、いっそ戦士系でどうです? あ、妖夢さんはどうです?」
「妖夢か……」
「背格好も同じくらいですし、剣士と魔法使いでバランスも良いですね」
性格は全く違うが、将来は幻想郷で名を馳せること請け合いな美少女のコンビ。これはイイかも知れない。
「けっ コンビ名は“妖魔”に決まりね、ふんっ」
自称【美人巫女】が決してしてはいけないような毒のこもった醜顔で吐き捨てた。
「一気にヤバくなったぜ? 退治される側じゃないかよ」
「勝手にやってなさいよっ、ぐぎぃ」
霊夢の中の何かがグラグラ煮立ってきている。
「ちょっと捻って“妖々魔”なら良いんじゃないか?」
「そんなチェリストがいますね」
「ちぇりすと? なんだそれ?」
「チェーストオオオーッ!」
「うわっ! 霊夢、どーしたんだよっ」
「痛いっ 痛いですって! やめてください!」
情緒不安定になった赤巫女が暴れ出す。
―――†―――†―――†―――
「霊夢ー、落ち着けよー」
「落ち着いてるわよ」
「なんなんですかっ! ぅもおー!」
魔理沙と早苗の被害比率はざっと四対六。
「とんだとばっちりだったわね」
「分かっていてやらないでくださいよっ」
「こんなことしてるとそのうち妖夢がやって来そうだぜ」
「そんな都合の良いことがそうそう……いえ、最近ありますよね」
「ごめんくださーい」
「この声はっ」
「気味が悪いわね」
やて来たのは魂魄妖夢だった。
―――†―――†―――†―――
「命蓮寺からの差し入れです」
妖夢が広げた包みの中身は数十個のぎんなんだった。
「今日の稽古は午前だけでしたのでお使いを引き受けました」
魂魄妖夢は週一の割合で寅丸星に剣術の稽古をつけてもらっている。食事をしたりおしゃべりをするうちに寺の妖怪達とも近しくなったようで、こうして雑用を頼まれることもあるらしい。
「へー、ぎんなんね。去年は食べなかった気がするわ」
「少し旬が過ぎていますので早めに召し上がってくださいとのことです」
収穫は秋から初冬。日持ちはするがさっさと食べたほうが良いに決まっている。
「ところで妖夢」
「なんでしょう?」
「私とユニットを組まないか?」
「【ゆにっと】ですか?」
「つまりだな―――」
魔理沙がこれまでの経緯をざっくり説明した。
「いきなりのプロポーズ(提案)ですね」
「上手く行くわけないじゃないの」
赤と緑の巫女がウイスパる。
「とても興味深いお話ですけど、申し訳ありません。私は白玉楼の、幽々子様の庭師で護衛ですから辞退させていただきます」
「む、なんだかかたいなあ」
「こーなることは最初っからわーっていたわよ」
げははは、と笑う霊夢。
「それならさっきの大暴れは何なんですか?」
早苗は納得がいかない。
「なによ、謝れって言うの?」
「当たり前ですよっ」
「悪かったわね、ふん。ごめんあさ~せ~」
謝ってなんかいない、もちろん悪いとも思っていない。
「ふ、ふっざっけてますね!」
「そんなこと、どーでもいいから。ちょっと待っててよ」
いきり立つ早苗をいなした霊夢は妖夢を凝視する。
「ところでさ、あんた……誰?」
「霊夢、どうしたんだ?」
「妖夢さんですよ。……も、もしかして頭がとうとうマズイことに?」
「早苗、頭蓋骨が愉快な形になるわよ?」
その妖夢は霊夢を見つめ返している。
「ふふふ、博麗の巫女様の目は誤魔化せんのう」
聞き慣れない低い声。
どろろんぱっ
煙が晴れると妖夢の座っていた場所には眼鏡をかけてそこそこの長身、そして大きな大きなしっぽの女妖怪が現れた。
「あ、お前はっ」
「魔理沙どの、久しぶりじゃな。守矢の巫女様もな」
命蓮寺の居候、妖狸の大親分、二ッ岩マミゾウだった。
「実はナズーリンに使いを頼まれてのう。儂もヒマじゃから出張ったんじゃ」
「『も』ってなによ、私はヒマじゃないわよ」
まだ呆気にとられている早苗は霊夢の文句にツッコミそこなった。
「どうして妖夢の姿だったんだよ」
「ただのお使いではつまらん、ちょいと趣向を凝らしてみたんじゃよ」
「タイミングが悪いぜ」
魔理沙は残念そうだ。
「先ほどの話じゃが、本人も同じことを言うと思うがの?」
諭すように話すマミゾウ。
「そーかよ」
まだあきらめきれないようだ。
「それにしても、儂の変化は人間には滅多に見破られんのじゃがなあ」
妖怪相手では通じにくいようだが。
「霊夢さん、良く分かりましたね。私、全く分かりませんでした」
「妖夢にしてはちょっと大人っぽかったし、いつもの感覚が働いたからね」
命蓮寺の住職曰く、マミゾウが変化すると本物より年老いた感じが出てくるらしいが。
「へー、巫女の勘ってヤツか」
「何か普段と違う妙なことを目にするとムズムズするのよねー」
「むむうー」
早苗はライバルが持つ高感度なセンサーに嫉妬の唸り声を上げた。
「お尻の穴がムズムズって痒くなんのよ」
「……え?」
そのセンサーの設置箇所は聞きたくなかった。
―――†―――†―――†―――
「で、このぎんなんじゃが、どうやって食べるつもりじゃ?」
「焼いてお酒のツマミかしらね。下拵えが面倒臭いけど」
「霊夢どのは面倒事はお嫌いか」
「そりゃもうっ」×2
「なんであんたたちが答えんのよ」
「はははは、ま、誰しもすすんで面倒事を背負い込みたくは無いわの」
大人びた表情だが、笑うとハッとするほど愛嬌がある。
「そりゃそうよ」
「じゃが、博麗の巫女様は実のところ面倒見が良いと聞き及んでおるが?」
「そんなのデマよ、ふんっ」
「どうだろうなー」
「どうでしょうねー」
ニヤつく二人を眼力で黙らせる。
針妙丸や萃香、そして近所に潜んでいる妖精たち、自分を頼ってきたモノには盛大に文句を言いながらもこまごまと世話を焼く博麗霊夢。だが、照れがあるのか捻くれているせいか他人から指摘されると必ず否定する。
魔理沙も早苗も分かっているのでしつこくはツッコまない。
「で、結局、ぎんなんは焼くの?」
霊夢は話題を元に戻した。
「他にどんな料理がありましたっけね?」
「ぎんなんの串焼き、揚げぎんなんもイイよな」
「甘露煮も乙じゃぞ」
「バター焼きも美味しいですよねー」
「炊き込みご飯もアリよね」
「うーむ、儂は、やはり茶碗蒸し、じゃろうか」
「茶碗蒸し?」
「ぎんなんは、そればかりで食すと飽きがくるな。他の料理に【あくせんと】として加えるのが良策と思うがのう」
「確かにちょっとクセがありますからね」
早苗がうんうんと頷く。
「面倒臭いわね」
いつものフレーズなので誰もツッコまない。
「茶碗蒸しは腹の足しには心許ないが、口にすると不思議に和む食べ物だと思うんじゃがな」
「んー、しょっちゅう食べるモンじゃあないけど、和むって……そうかもな」
この国でなじみの深い出汁の味に包まれた優しく柔らかい食感、時折顔を出して『忘れちゃ嫌ですよ』と存在を主張する具材たち。美味しい、美味しくないの評価の枠外でコンセプトの勝利を得た存在。宴席の膳で食べ忘れられることもあるが、好きなヒトにとっては二つも三つも食べたい一品。
「茶碗蒸し、良いんですけどね……」
いつになくハッキリしない早苗、実は大の茶碗蒸し好き。だが、いつも物足りなさを感じている。主に量的な問題で。メインデッシュにはなりにくい品なのでお腹いっぱい食べたことがないのだ。
「添え物だからこれだけだと、なんか物足りないな」
「そ、そうですよね!」
自分の気持ちを代弁してくれた魔理沙に大きく相づちを打つ。
「どこかで茶碗蒸しの定食があったのう。昔、出島(でじま)があった辺りかな?」
マミゾウが顎をなでながら言った。
「定食? 茶碗蒸しで?」
「うむ。三種類ほどの具が乗った丼飯がついておったな」
「それじゃやっぱり茶碗蒸しはオマケじゃないの」
霊夢の疑問に早苗も大きく頷く。
「それがその茶碗蒸しは丼(どんぶり)で出てくるんじゃ」
「ふおおおうーー!」
「な、なんだよ早苗っ」
「それならオーケーですっ 納得がいきますっ ステキです!」
「ったく、こいつは」
長崎県では有名だそうな。
「そんじゃ丼で作ってみるか」
「イエスッ グッド、ウイッシュです!」
「少し落ち着きなさいよ。ってホントに作るの?」
―――†―――†―――†―――
「中に何入ってるっけ?」
珍しく霊夢は乗り気のようだ。実は好きなのかも知れない。
「シイタケだぜ」
「……そうですね」
「あんた、どうせならマツタケでも採ってきなさいよ」
「時期じゃないぜ」
「あのー、マツタケって美味しいですか?」
「おや? 早苗どのは食べたことがないのかな?」
「ありますけど、歯ざわりがジャキジャキしていて、あと、匂いがキツいですよ」
「へえー、こういうヤツもいるんだな」
「それに高いんですよね。でも、その値段ほど美味しいかと言われると私はどうも……」
「まー、無理して食べるモンじゃないわね」
「ふーむ、土瓶蒸しは風情もあって旨いんじゃがな」
「実は私も好きじゃないぜ」
魔理沙の発言にダブル巫女はビックリ。
「へー、キノコだったらなんでもイイのかと思ってたわ」
「あのな、どのくらい種類があるか知らないだろ? 好き嫌いもあるぜ。マツタケは香りが独特だから他のモノと組み合わせづらいだろ? キノコ鍋には入れないぜ」
「んー、確かに浮いちゃうかもね」
「協調性がなくて一人で悪目立ちって感じですね」
「なんでこっち見るんだよ」
「それに形がなんと言いますか」
モジモジしながらトンでもないことを言う早苗。
「それを言いだしたらキノコは大体そんな形じゃない。キノコ好きの魔理沙はアレが好きってことになっちゃうじゃないの」
「どうして話の腰をシモの方へ折るんだ?」
「ここでしかしないわよ、こんな話。よそでは純情可憐で清楚な世間知らずの箱入り巫女さんなんだから」
「世間知らずってとこしか頷けないぜ」
「中身はこんなことになっちゃってますけどね」
「早苗、放課後体育館の裏に来なさいね」
「私だけですか?」
「はははは、お主らは愉快じゃのうっ」
膝をぱしぱし叩きながらカラカラと大笑い。
「違(うぜ)(います)(うわよ)。おかしいのはこの二人(だぜ)(です)(よ)」
それぞれが他の二人を指差している。
「はっははははっ」
―――†―――†―――†―――
「ぎんなんはもちろんとして、あとは?」
「エビやカマボコは無理ですしね」
「鶏肉が入っておるな」
「シイタケもな」
「ミツバあるわよ」
「うむ、ミツバは【ぐー】じゃな」
「彩りにニンジン入れましょうよ」
「あと、シメジとゴボウがあるわよ」
「それはやめとこうぜ」
「あら? シメジもダメなんですか?」
「好きだけど合わないような気がするぜ」
「そんじゃあ、こんなところかしら?」
「玉子はあるのかな?」
マミゾウが肝心要を問う。
「あるわよ」
「霊夢のとこ、玉子は切らさないんだぜ」
「ほう」
「ちょっとしたツテがあるのよ」
「真っ当なツテなんですか?」
「いちいちうるさいわね」
「だって……」
「まあまあ、いーじゃないか。早速仕度しようぜー」
「ふむ、魔理沙どのは思っていたより【ばらんす】感覚があるのじゃな」
「は? なんだって?」
「独り言じゃよ」
―――†―――†―――†―――
「殻を割ってから茹でたほうが良いじゃろう」
マミゾウが改めて包みを広げる。白い殻のぎんなんが五、六十個。
「この状態にするまでが大変なんですよね」
まず拾ったぎんなんの実はとても臭い。この果肉から中の核(種)を取り出さなければならない。水に浸けて一週間ほど放置し腐らせてから実をほぐし核(種)を取り出すのだが、この作業が拾う時以上に強烈に臭い。取り出した種をよく水で洗い、ザルなどに広げて天日干しして白くなったらようやく出来上がりだ。
「くっさいのよねー。もう二度とやりたくないわ」
霊夢は懲りたらしい。
「今回はじゃんけんで負けたナズーリンが手拭いで口を覆いながら涙目じゃったのう」
「いい気味ですね。あっ今のナシですっ!」
ナズーリン嫌いの早苗が思わず本音を漏らしてしまった。
霊夢と魔理沙は若干鼻白んだようだが、マミゾウはニヤニヤしている。
「早苗どのはネズミが嫌いなようじゃな」
「ネズミは嫌いですけど」
「まあ、誰しも好き嫌いがあるしのう。よかろうて」
ナズーリンと仲の良いマミゾウだが特に弁護するでもなく、余裕の笑みを浮かべている。
「早苗はお子さまなのよ」
「な、なんでそうなるんですかっ?」
「もーいいじゃないか。早くやろうぜー」
「ふふふふ、ホントに愉快じゃのう」
―――†―――†―――†―――
「殻割るの結構大変だぜ。霊夢、金槌あるか?」
金槌でもなんでもいいので割れ目の上から叩けば簡単だ。
「こんなの指で割りゃいーじゃないの」
そう言って軽く曲げた人差し指と親指にぎんなんを挟んだ霊夢。
ぺきょっ
「げっ」
思わずはしたない声を出してしまったのは早苗。
「中までつぶしてはいかんぞ」
「加減してるから大丈夫よ」
ぺきょっ
「霊夢さん、女の子がそれをするのはどうかと」
「どして?」
ぺきょっ
「早苗、ほっとけよ」
「え……はい」
ぺきょっ
―――†―――†―――†―――
殻を割ったら、次はぬるま湯の中で優しくこすると薄皮がめくれる。
「重曹はあるか?」
「あるわよ」
「お湯にほんとちょっと入れると皮が剥きやすくなるぞい」
「それじゃそっちは魔理沙お願い」
「おっけー」
「私たちは他の具の下拵えするわよ。どしたの早苗?」
「やはりこれだけでは寂しいです」
「丼いっぱい作るんだぜ?」
「でも、茶碗蒸しはお腹にたまりませんよ」
「んー、そうかもね。ご飯炊く?」
「結局は定食になっちゃうな」
「あのー、炊き込みご飯はどうでしょう?」
「いいわね。ぎんなんはたくさんあるし」
ぎんなん、ゴボウ、シメジ、鶏もも肉、そして出汁をとった後の昆布を細切りにし、出汁と醤油で軽く味付けすることに決まった。
「ぎんなん、何個ずつ入れる?」
魔理沙が剥いたぎんなんを茹でながら聞く。
「たくさんあるから十個くらい入れれば?」
「事前に聞いておいて良かったぜ。それだともはや別の食べ物になるぜ」
「宴席で出される湯飲みぐらいの容器なら一個か二個じゃな」
「丼なんですからもう少し入れましょうよ」
「そんじゃ、間をとって五個ずつね」
「何の間か分からんけど、そんなモンで良いか」
「適量じゃな」
「アグリーです」
―――†―――†―――†―――
「ところで茶碗蒸し作ったことはあるのかい?」
三人の少女は一斉に首を横に振る。
「なんじゃ、皆、手際が良いからてっきり」
「いやー、こういう場合、作れるヤツが訪ねてくることが多いモンでさ、へへへ」
「儂か?」
「うん」
「う~む」
腕組みして目を閉じ、難しい顔。
「おいっ 作れないのかよ?」
「ちょっと、いまさらそれはないでしょ?」
「こ、困りますよー」
三者三様の慌て方を見せる。
片目がぱっと開き、口の両端がつり上がっていく。
「お主らは愉快すぎるのう」
「なあ、どうなんだよ」
「分かった分かった。作り方を教えて進ぜよう」
「ふー」
「もー」
「ほー」
三者三様の安堵の息。
―――†―――†―――†―――
「玉子の量が1なら出汁は3か4じゃな」
「出汁が多いと柔らかくなるんですね?」
「その通りじゃ。どうする?」
「あんまりデロデロベロベロなのは好きじゃないわね」
「霊夢さんの言い方、品が無いですよ」
「3.5でどうだ? 間を取ってさ」
「何の間か分からないけど、いーんじゃない?」
「おい、この【間】は適切な言い方だろ?」
「ふん。で、玉子の量ってどうやって量んのよ」
「かき混ぜてからでいいだろ。計量カップあるんだし。ほらっ」
「ほう? これはウチ(命蓮寺)にあるのと同じ【かっぷ】じゃな?」
「ナズーリンさんにいただいたの」
「霊夢どのはナズーリンを嫌っておらんのかな?」
「むしろ好きよ」
そう言って早苗をチラ見する。
「あやつめ……まあ、その道具があれば問題ないな」
マミゾウは一瞬だけ笑った。
玉子を十個以上割ってあまり泡立たないように混ぜる。計量カップに何回かに分けて注ぎ全体量を確認する。
「さすがに玉子の扱いは達者じゃな」
「私たち、日に日にお料理スキルが上がっているんです」
「言いたかないけど『皆さんのおかげで』ってやつね」
「だな。いつか『皆さん』が驚くほど旨いモンを作ってご馳走する予定なんだぜ」
「そうかそうか。善き哉、善き哉」
可愛い孫たちに向けるような穏やかな笑顔だった。
―――†―――†―――†―――
「出汁は砂糖と塩、醤油で味をつけておけよ」
「割合は?」
「適当で良いわい」
「そーなの? じゃ、私がやっとくわ」
「待て霊夢。なあマミゾー、ヒントくれよ」
「そばやうどんのかけ汁くらいじゃな。玉子で薄まることを忘れんようにな」
「よし、早苗、味見しながら調整するぞ」
「アイサイサー」
「ねえ、私は?」
「うん、そうだな。三人でやろうぜ」
調味した出汁を人肌程度に冷まし、玉子と混ぜる。
「これを一番目の細かいザルで漉すんじゃぞ」
「これって必要な手順なの?」
「舌触りがなめらかになるんですよね」
早苗が代わりに答える。
「【ざっつ らいっ】。ここで味見して旨かったら【おっけ】じゃ」
ずずっ
「良いんじゃない?」
ずずっ
「少し醤油足さないか?」
ずずっずずっずずずずずーーっ
「早苗ーっ 味見って言ったろっ!」
「あんたが味見すると半分近く無くなるじゃないの!」
「んんー、お醤油は一差しですかねー、ぷはっ」
まったく悪いと思っていない。
「はっははは、面白いのー」
―――†―――†―――†―――
ニンジンは短冊に切って軽く茹でる。鶏もも肉は小さく切って醤油をまぶす。ミツバは3センチに刻んでおく。シイタケは粗めの千切り。ぎんなんは味が染みるように少し切れ目を入れてある。
準備は万端だ。
「そのお猪口どうするんだ?」
「針妙丸の分作っとこうと思ってね」
「あは、可愛いですね」
「具はぎんなん一個でいっぱいいっぱいだぜ」
「ま、しょうがないわ」
「何時に帰ってくるか分からない年頃の娘にもちゃんとご飯を用意してあげるお母さんみたいですよね」
「妙に詳しい例えをありがとうねっ!」
―――†―――†―――†―――
蒸し器(せいろ)の調整をしている霊夢に近寄るマミゾウ。
「察するに霊夢どのは魔理沙狙いか?」
わざとイヤらしい顔で聞いてくるタヌキの親分さん。
「まあね」
「お? 素直じゃな」
「隠す気なんかないもの」
「そうか、人間にしてはなかなか良い娘じゃからな」
「まあね。……手を出さないでよ?」
「分かっとるよ」
「ホントでしょうね?」
「ホントじゃとも」
―――†―――†―――†―――
丼にシイタケ、ぎんなん、鶏肉を入れる。そこへ玉子液を静かに注ぎ込む。
「泡が立ったら箸で突いて消すんじゃぞ。見た目も大事じゃからな」
「うあー、結構泡が出ちゃったぜ」
「一つずつ丁寧に消すしか無いですね。手間が掛かりそうですが」
「霊夢、こっちはやっとくから炊き込みご飯を見ておいてくれよ」
「ん? まあ、いいけど」
霊夢は言われたまま羽釜の様子を見に行った。
「どうしたんですか? ご飯はまだまだですよ?」
早苗が首を傾げる。
「いーんだ。こーゆー細かい作業は霊夢に向かないんだ」
「ふむ、適材適所じゃな?」
「いや、細かいことをやってイライラした挙句、癇癪を起こして何もかも引っくり返すってのがパターンだからだぜ」
「ははは、良く分かってる、ということかの」
「付き合い長いからな」
―――†―――†―――†―――
ニンジンとミツバは玉子液の上にそっと乗せる。
「さあ蒸すぜー、もうイイんだろマミゾー?」
「うーむ、これは随分と勢いがあるのう」
せいろからはモウモウと湯気が上がっている。
「ゆっくりと穏やかに蒸すのがコツなんじゃがなー」
「霊夢、火が強いってさ。抑えろよ」
「そうなの?」
「お前はいつもそれで失敗するだろ? 少しは懲りろよ。まったく火焔魔人なんだから」
「それって、とても強そうですけどね」
四角いせいろに丼四つを均等に置く。
「針妙丸のは隅っこで良くないか?」
「そうね。すぐ火が通りそうだモンね」
「蓋の片側に箸でも挟んで蒸気を抜きながら気長に待つんじゃ。あーっと、箸を挟むと蓋が斜めになってしまうが、これには意味がある。分かるかのう?」
三人はそれぞれに首を捻りながら考えている。
「はいっ」
東風谷早苗が手を上げた。
「うむ、言ってみぃ」
「斜めになっていると蓋の裏側についた水滴が低い方に流れます。茶碗蒸しの中に落ちないようにするためだと思いますっ」
「せぇーーーかいっ、じゃあっ!」
そう言って、にーっこり。
「ぃやったあああー」
力強いガッツポーズで飛び跳ねる。ちょっと悔しそうなレイ&マリ。
―――†―――†―――†―――
「串を刺して濁った玉子汁が出てこなければ【おっけ】じゃぞ」
「よーし」
意気込んで竹串をつまむ魔理沙。
「待ってください、いくらなんでも早過ぎますよ。こんなに大きな器なんですからまだ時間がかかるはずです」
「そーよ『慌てる魔理沙は貰いが少なくなって、ひもじさのあまり博麗の巫女に身を委ねる』のよ」
「……それは前にも聞いたぜ。無いから、そんなことは絶対無いからな」
―――†―――†―――†―――
「いただきまーす」×4
ズルズルッ もしゃもしゃ
「ふわー、茶碗蒸し、美味しいわね―」
「なめらかでふんわりで優しいですー」
「うーん、ぎんなんの炊き込みご飯も旨いぜ」
「茶碗蒸しは汁気があるから合いますよね」
「元は吸い物の変わりじゃったようだからのう」
大成功で大満足。
「ところで魔理沙どの」
「なに?」
「さきほどの使い魔とやらの話、儂がなってやっても良いぞ」
「ホ、ホントかよっ?」
「儂は魔理沙どのが気に入ったからのう」
世慣れていて意外と世話好きな大妖怪。使役できればとても心強いだろう。
「ちょっとっ 話が違うじゃない!」
一方霊夢は大慌て。手は出さないって約束したのに。
「じゃが、少々条件がある」
「どんな?」
「まずは三食昼寝付き」
「は? なんだそりゃ?」
「この三食は命蓮寺以上の質であること。そして毎日の酒代はそちら持ちじゃ」
「え? え?」
「あと、週に五日は休むし、盆と正月は長期休暇が欲しいのう。さて、これでどうじゃな?」
「ふっ、ふっ、ふざけんなーー!」
「それは残念じゃなあ」
そう言いながらもニヤついた顔は霊夢に向けられている。
やられた、からかわれた。魔理沙ともども。
(ちっ 食えないヤツだわねっ)
早苗はわけも分からずポカンとしたまま。
「うわっはははは、お主らは愉快じゃのー」
閑な少女たちの話 了
「何それ?」
「使い魔、ですか?」
霧雨魔理沙のイキナリ発言に二人の巫女は疑問符をポロポロこぼす。
「魔理沙さんは“魔法少女”ではなく“魔法使いの少女”じゃないんですか?」
「あん? それ、どう違うんだよ」
「かなり違いますよ」
「分かんないわね」
「お二人ともよろしいですか? “魔法少女”とは【普通の少女が突然不思議な力を手にして皆のために活躍する】モノなのですっ」
東風谷早苗が拳を強く振り上げた。
「突然ってところがミソなわけ?」
「そのきっかけになるのが多くの場合、使い魔と呼ばれる摩訶不思議な生き物なんですよ」
「ふーん」
返事をする博麗霊夢はあまり興味無さそうだ。
「お前のこだわりはともかく、魔法使いに使い魔はあって然るべきだろ」
「確かにマスコットというか、アクセントとして存在しても良いかも知れませんね」
「だろ? 例えばさ、アリスは上海やら蓬莱やらがいてそれっぽいじゃないか」
「まあね。人形使いだもんね」
「パチュリーも悪魔を使役してるぜ」
「あー、小悪魔だっけ?」
「命蓮寺の住職さんもスゴい魔法使いなんですよね?」
「おばあ……聖は僧侶で大魔法使いなんだよ」
「それって、つまりジョブは賢者なんですね?」
「賢者か、確かにそう見える時もあるなー」
「賢者の時……つまりは賢者タイムッ! ですねっ?」
「ちょっと黙っててくんないか? 聖のところには言う事を聞く妖怪がごまんといるだろ? 使い魔パラダイスだぜ」
「パラダイスって言うには混沌としてるようだけど?」
「あれだけ多いと統率するのも大変でしょうね」
命蓮寺は訪れるたびに新しい妖怪が増えているようだ。
今では幻想郷を代表する大勢力になっている。
「で、私も使い魔が欲しいんだぜ」
「妖精とかもアリなのかしら?」
「アリですっ むしろ王道ですよ!」
小さな妖精が魔法使いや戦士にまとわりついて世話をしたり邪魔をしたり。これはファンタジーのロイヤルロードだ。
「あんた、妖精ならたくさん子分がいるじゃない」
「子分ってわけじゃないぜ」
なぜだか妖精に懐かれる魔理沙だが、本人は支配しているつもりはない。気が向いたときに適当に遊んでいるだけなのだ。この自然体での接し方が自分勝手な妖精達の気質に合っているのかも知れない。
「チルノ、う~ん。三妖精、う~~ん。どいつもあてにならいよなー」
「もういっちょ、いるじゃない。チルノにくっついてる横っちょ束ねの髪のコが」
「サイドポニー、な」
「あー、大ちゃんですね。あのコ、とても真面目でおとなしいんですよね」
「それじゃ魔理沙には無理よね」
「失敬だな。どういう意味だよ」
「他のちっこい妖怪とかは?」
「説明は無しかよ……ミスティアはいつも忙しそうだし、リグルを使ったら幽香が文句言いそうだし、ルーミアはチルノ以上にアレだから全く話にならないしなあ」
「あいつら、違いがあるの?」
「チルノはこっちが言ったことは難しくなければ大体理解する。すぐ忘れるけどな。でもルーミアはそもそも理解してないんだぜ」
「ルーミアちゃんは、その、つまり、ちょっと難しいんですよね」
早苗が口を濁す。
基本、妖精は○、妖怪は×の早苗だが、チルノ周辺の小妖とも遊ぶことが多いので今ではゴッチャになっている。
「霊夢、アイツは【博麗】の管轄なんだろ?」
その昔、人里に大きな被害をもたらした人喰い暗闇妖怪がいた。先々代の巫女が激闘の末、期間限定の仮封印を施したと伝えられている。その後、その封印は博麗の巫女が管理することになっていて、それが今のルーミアらしいのだが、真相を知る当代の巫女は黙して語らない。
「まあ……そういう事になってるわね」
ボリボリと首筋を掻く霊夢の歯切れは悪い。
「そのへん、どうなっているんですか?」
幻想郷に来たばかりのころ、ルーミアの封印リボンを毟りとろうとした早苗は霊夢に本気で引っ叩かれたことがある。
「それは【博麗26の秘密】の一つだからね」
「何ですかそれ、仮面ラ●ダーV3ですか?」
「このダブルタイフーンが目に入らないの?」
「は? どれです?」
「早苗、気にしなくてもイイぜ」
「個人的にはとても、とてーも気になりますけど」
特撮・アニロボ大好きっ娘の血が騒ぐ。
「あ、針妙丸は? サイズ的にちょうど良いぜ」
「絶っ対っダメっ、あんたと一緒じゃ危ないもの」
「お前、あいつには甘いのなー」
「手近でお手軽にすまそうとするのはいかがなものでしょうね」
「そうね、あんまり面倒臭がっちゃダメよ」
「お前がそれを言うのかよ、なあ?」
圧倒的な理不尽に対し魔理沙がささやかな抗議をした。
―――†―――†―――†―――
「やっぱ、使い魔は難しいのかなあ」
「魔理沙さん、召喚魔法は使えないんですか?」
「えーっと、まだ無理……」
口を尖らせ悔しそうにしている。
多種多様にわたる魔法の体系。当然だが得手不得手がある。
「神様なら呼べ出せるから、やってあげようか?」
「待てよ、ヘタしたら私が“使い”になっちゃうだろ」
「いっそのことユニットを組むのはどうですか」
「お前と天子みたいにか?」
「私たち、ユニットじゃありませんよっ」
そう思っているのは早苗だけだろう。
「使い魔じゃなくて相方か。それってどうなんだろうな」
「ねえ、魔理沙、私が組んであげても良いわよ」
「例えば誰と組んだら面白いかな」
「ねえ、魔理沙、ユニット【レイマリ】は鉄板よ」
「特性は被らない方がいいんだろ?」
「ねえ、魔理沙ちゃーん、聞こえてるー?」
「んんー、私が魔法使いだからなー」
つとめて無視をする。
ガギュギュギュッ
重量のある金属同士が激しく擦れ合うような嫌な音は無視された霊夢の歯軋りだった。
「でも、アリスさんだと特性の違う魔法使い二人ですから、かえって面白いんじゃありませんか?」
「んー、そうだな」
「かーっ ねーわよっ! それだけは許せないわよ!」
「なら、いっそ戦士系でどうです? あ、妖夢さんはどうです?」
「妖夢か……」
「背格好も同じくらいですし、剣士と魔法使いでバランスも良いですね」
性格は全く違うが、将来は幻想郷で名を馳せること請け合いな美少女のコンビ。これはイイかも知れない。
「けっ コンビ名は“妖魔”に決まりね、ふんっ」
自称【美人巫女】が決してしてはいけないような毒のこもった醜顔で吐き捨てた。
「一気にヤバくなったぜ? 退治される側じゃないかよ」
「勝手にやってなさいよっ、ぐぎぃ」
霊夢の中の何かがグラグラ煮立ってきている。
「ちょっと捻って“妖々魔”なら良いんじゃないか?」
「そんなチェリストがいますね」
「ちぇりすと? なんだそれ?」
「チェーストオオオーッ!」
「うわっ! 霊夢、どーしたんだよっ」
「痛いっ 痛いですって! やめてください!」
情緒不安定になった赤巫女が暴れ出す。
―――†―――†―――†―――
「霊夢ー、落ち着けよー」
「落ち着いてるわよ」
「なんなんですかっ! ぅもおー!」
魔理沙と早苗の被害比率はざっと四対六。
「とんだとばっちりだったわね」
「分かっていてやらないでくださいよっ」
「こんなことしてるとそのうち妖夢がやって来そうだぜ」
「そんな都合の良いことがそうそう……いえ、最近ありますよね」
「ごめんくださーい」
「この声はっ」
「気味が悪いわね」
やて来たのは魂魄妖夢だった。
―――†―――†―――†―――
「命蓮寺からの差し入れです」
妖夢が広げた包みの中身は数十個のぎんなんだった。
「今日の稽古は午前だけでしたのでお使いを引き受けました」
魂魄妖夢は週一の割合で寅丸星に剣術の稽古をつけてもらっている。食事をしたりおしゃべりをするうちに寺の妖怪達とも近しくなったようで、こうして雑用を頼まれることもあるらしい。
「へー、ぎんなんね。去年は食べなかった気がするわ」
「少し旬が過ぎていますので早めに召し上がってくださいとのことです」
収穫は秋から初冬。日持ちはするがさっさと食べたほうが良いに決まっている。
「ところで妖夢」
「なんでしょう?」
「私とユニットを組まないか?」
「【ゆにっと】ですか?」
「つまりだな―――」
魔理沙がこれまでの経緯をざっくり説明した。
「いきなりのプロポーズ(提案)ですね」
「上手く行くわけないじゃないの」
赤と緑の巫女がウイスパる。
「とても興味深いお話ですけど、申し訳ありません。私は白玉楼の、幽々子様の庭師で護衛ですから辞退させていただきます」
「む、なんだかかたいなあ」
「こーなることは最初っからわーっていたわよ」
げははは、と笑う霊夢。
「それならさっきの大暴れは何なんですか?」
早苗は納得がいかない。
「なによ、謝れって言うの?」
「当たり前ですよっ」
「悪かったわね、ふん。ごめんあさ~せ~」
謝ってなんかいない、もちろん悪いとも思っていない。
「ふ、ふっざっけてますね!」
「そんなこと、どーでもいいから。ちょっと待っててよ」
いきり立つ早苗をいなした霊夢は妖夢を凝視する。
「ところでさ、あんた……誰?」
「霊夢、どうしたんだ?」
「妖夢さんですよ。……も、もしかして頭がとうとうマズイことに?」
「早苗、頭蓋骨が愉快な形になるわよ?」
その妖夢は霊夢を見つめ返している。
「ふふふ、博麗の巫女様の目は誤魔化せんのう」
聞き慣れない低い声。
どろろんぱっ
煙が晴れると妖夢の座っていた場所には眼鏡をかけてそこそこの長身、そして大きな大きなしっぽの女妖怪が現れた。
「あ、お前はっ」
「魔理沙どの、久しぶりじゃな。守矢の巫女様もな」
命蓮寺の居候、妖狸の大親分、二ッ岩マミゾウだった。
「実はナズーリンに使いを頼まれてのう。儂もヒマじゃから出張ったんじゃ」
「『も』ってなによ、私はヒマじゃないわよ」
まだ呆気にとられている早苗は霊夢の文句にツッコミそこなった。
「どうして妖夢の姿だったんだよ」
「ただのお使いではつまらん、ちょいと趣向を凝らしてみたんじゃよ」
「タイミングが悪いぜ」
魔理沙は残念そうだ。
「先ほどの話じゃが、本人も同じことを言うと思うがの?」
諭すように話すマミゾウ。
「そーかよ」
まだあきらめきれないようだ。
「それにしても、儂の変化は人間には滅多に見破られんのじゃがなあ」
妖怪相手では通じにくいようだが。
「霊夢さん、良く分かりましたね。私、全く分かりませんでした」
「妖夢にしてはちょっと大人っぽかったし、いつもの感覚が働いたからね」
命蓮寺の住職曰く、マミゾウが変化すると本物より年老いた感じが出てくるらしいが。
「へー、巫女の勘ってヤツか」
「何か普段と違う妙なことを目にするとムズムズするのよねー」
「むむうー」
早苗はライバルが持つ高感度なセンサーに嫉妬の唸り声を上げた。
「お尻の穴がムズムズって痒くなんのよ」
「……え?」
そのセンサーの設置箇所は聞きたくなかった。
―――†―――†―――†―――
「で、このぎんなんじゃが、どうやって食べるつもりじゃ?」
「焼いてお酒のツマミかしらね。下拵えが面倒臭いけど」
「霊夢どのは面倒事はお嫌いか」
「そりゃもうっ」×2
「なんであんたたちが答えんのよ」
「はははは、ま、誰しもすすんで面倒事を背負い込みたくは無いわの」
大人びた表情だが、笑うとハッとするほど愛嬌がある。
「そりゃそうよ」
「じゃが、博麗の巫女様は実のところ面倒見が良いと聞き及んでおるが?」
「そんなのデマよ、ふんっ」
「どうだろうなー」
「どうでしょうねー」
ニヤつく二人を眼力で黙らせる。
針妙丸や萃香、そして近所に潜んでいる妖精たち、自分を頼ってきたモノには盛大に文句を言いながらもこまごまと世話を焼く博麗霊夢。だが、照れがあるのか捻くれているせいか他人から指摘されると必ず否定する。
魔理沙も早苗も分かっているのでしつこくはツッコまない。
「で、結局、ぎんなんは焼くの?」
霊夢は話題を元に戻した。
「他にどんな料理がありましたっけね?」
「ぎんなんの串焼き、揚げぎんなんもイイよな」
「甘露煮も乙じゃぞ」
「バター焼きも美味しいですよねー」
「炊き込みご飯もアリよね」
「うーむ、儂は、やはり茶碗蒸し、じゃろうか」
「茶碗蒸し?」
「ぎんなんは、そればかりで食すと飽きがくるな。他の料理に【あくせんと】として加えるのが良策と思うがのう」
「確かにちょっとクセがありますからね」
早苗がうんうんと頷く。
「面倒臭いわね」
いつものフレーズなので誰もツッコまない。
「茶碗蒸しは腹の足しには心許ないが、口にすると不思議に和む食べ物だと思うんじゃがな」
「んー、しょっちゅう食べるモンじゃあないけど、和むって……そうかもな」
この国でなじみの深い出汁の味に包まれた優しく柔らかい食感、時折顔を出して『忘れちゃ嫌ですよ』と存在を主張する具材たち。美味しい、美味しくないの評価の枠外でコンセプトの勝利を得た存在。宴席の膳で食べ忘れられることもあるが、好きなヒトにとっては二つも三つも食べたい一品。
「茶碗蒸し、良いんですけどね……」
いつになくハッキリしない早苗、実は大の茶碗蒸し好き。だが、いつも物足りなさを感じている。主に量的な問題で。メインデッシュにはなりにくい品なのでお腹いっぱい食べたことがないのだ。
「添え物だからこれだけだと、なんか物足りないな」
「そ、そうですよね!」
自分の気持ちを代弁してくれた魔理沙に大きく相づちを打つ。
「どこかで茶碗蒸しの定食があったのう。昔、出島(でじま)があった辺りかな?」
マミゾウが顎をなでながら言った。
「定食? 茶碗蒸しで?」
「うむ。三種類ほどの具が乗った丼飯がついておったな」
「それじゃやっぱり茶碗蒸しはオマケじゃないの」
霊夢の疑問に早苗も大きく頷く。
「それがその茶碗蒸しは丼(どんぶり)で出てくるんじゃ」
「ふおおおうーー!」
「な、なんだよ早苗っ」
「それならオーケーですっ 納得がいきますっ ステキです!」
「ったく、こいつは」
長崎県では有名だそうな。
「そんじゃ丼で作ってみるか」
「イエスッ グッド、ウイッシュです!」
「少し落ち着きなさいよ。ってホントに作るの?」
―――†―――†―――†―――
「中に何入ってるっけ?」
珍しく霊夢は乗り気のようだ。実は好きなのかも知れない。
「シイタケだぜ」
「……そうですね」
「あんた、どうせならマツタケでも採ってきなさいよ」
「時期じゃないぜ」
「あのー、マツタケって美味しいですか?」
「おや? 早苗どのは食べたことがないのかな?」
「ありますけど、歯ざわりがジャキジャキしていて、あと、匂いがキツいですよ」
「へえー、こういうヤツもいるんだな」
「それに高いんですよね。でも、その値段ほど美味しいかと言われると私はどうも……」
「まー、無理して食べるモンじゃないわね」
「ふーむ、土瓶蒸しは風情もあって旨いんじゃがな」
「実は私も好きじゃないぜ」
魔理沙の発言にダブル巫女はビックリ。
「へー、キノコだったらなんでもイイのかと思ってたわ」
「あのな、どのくらい種類があるか知らないだろ? 好き嫌いもあるぜ。マツタケは香りが独特だから他のモノと組み合わせづらいだろ? キノコ鍋には入れないぜ」
「んー、確かに浮いちゃうかもね」
「協調性がなくて一人で悪目立ちって感じですね」
「なんでこっち見るんだよ」
「それに形がなんと言いますか」
モジモジしながらトンでもないことを言う早苗。
「それを言いだしたらキノコは大体そんな形じゃない。キノコ好きの魔理沙はアレが好きってことになっちゃうじゃないの」
「どうして話の腰をシモの方へ折るんだ?」
「ここでしかしないわよ、こんな話。よそでは純情可憐で清楚な世間知らずの箱入り巫女さんなんだから」
「世間知らずってとこしか頷けないぜ」
「中身はこんなことになっちゃってますけどね」
「早苗、放課後体育館の裏に来なさいね」
「私だけですか?」
「はははは、お主らは愉快じゃのうっ」
膝をぱしぱし叩きながらカラカラと大笑い。
「違(うぜ)(います)(うわよ)。おかしいのはこの二人(だぜ)(です)(よ)」
それぞれが他の二人を指差している。
「はっははははっ」
―――†―――†―――†―――
「ぎんなんはもちろんとして、あとは?」
「エビやカマボコは無理ですしね」
「鶏肉が入っておるな」
「シイタケもな」
「ミツバあるわよ」
「うむ、ミツバは【ぐー】じゃな」
「彩りにニンジン入れましょうよ」
「あと、シメジとゴボウがあるわよ」
「それはやめとこうぜ」
「あら? シメジもダメなんですか?」
「好きだけど合わないような気がするぜ」
「そんじゃあ、こんなところかしら?」
「玉子はあるのかな?」
マミゾウが肝心要を問う。
「あるわよ」
「霊夢のとこ、玉子は切らさないんだぜ」
「ほう」
「ちょっとしたツテがあるのよ」
「真っ当なツテなんですか?」
「いちいちうるさいわね」
「だって……」
「まあまあ、いーじゃないか。早速仕度しようぜー」
「ふむ、魔理沙どのは思っていたより【ばらんす】感覚があるのじゃな」
「は? なんだって?」
「独り言じゃよ」
―――†―――†―――†―――
「殻を割ってから茹でたほうが良いじゃろう」
マミゾウが改めて包みを広げる。白い殻のぎんなんが五、六十個。
「この状態にするまでが大変なんですよね」
まず拾ったぎんなんの実はとても臭い。この果肉から中の核(種)を取り出さなければならない。水に浸けて一週間ほど放置し腐らせてから実をほぐし核(種)を取り出すのだが、この作業が拾う時以上に強烈に臭い。取り出した種をよく水で洗い、ザルなどに広げて天日干しして白くなったらようやく出来上がりだ。
「くっさいのよねー。もう二度とやりたくないわ」
霊夢は懲りたらしい。
「今回はじゃんけんで負けたナズーリンが手拭いで口を覆いながら涙目じゃったのう」
「いい気味ですね。あっ今のナシですっ!」
ナズーリン嫌いの早苗が思わず本音を漏らしてしまった。
霊夢と魔理沙は若干鼻白んだようだが、マミゾウはニヤニヤしている。
「早苗どのはネズミが嫌いなようじゃな」
「ネズミは嫌いですけど」
「まあ、誰しも好き嫌いがあるしのう。よかろうて」
ナズーリンと仲の良いマミゾウだが特に弁護するでもなく、余裕の笑みを浮かべている。
「早苗はお子さまなのよ」
「な、なんでそうなるんですかっ?」
「もーいいじゃないか。早くやろうぜー」
「ふふふふ、ホントに愉快じゃのう」
―――†―――†―――†―――
「殻割るの結構大変だぜ。霊夢、金槌あるか?」
金槌でもなんでもいいので割れ目の上から叩けば簡単だ。
「こんなの指で割りゃいーじゃないの」
そう言って軽く曲げた人差し指と親指にぎんなんを挟んだ霊夢。
ぺきょっ
「げっ」
思わずはしたない声を出してしまったのは早苗。
「中までつぶしてはいかんぞ」
「加減してるから大丈夫よ」
ぺきょっ
「霊夢さん、女の子がそれをするのはどうかと」
「どして?」
ぺきょっ
「早苗、ほっとけよ」
「え……はい」
ぺきょっ
―――†―――†―――†―――
殻を割ったら、次はぬるま湯の中で優しくこすると薄皮がめくれる。
「重曹はあるか?」
「あるわよ」
「お湯にほんとちょっと入れると皮が剥きやすくなるぞい」
「それじゃそっちは魔理沙お願い」
「おっけー」
「私たちは他の具の下拵えするわよ。どしたの早苗?」
「やはりこれだけでは寂しいです」
「丼いっぱい作るんだぜ?」
「でも、茶碗蒸しはお腹にたまりませんよ」
「んー、そうかもね。ご飯炊く?」
「結局は定食になっちゃうな」
「あのー、炊き込みご飯はどうでしょう?」
「いいわね。ぎんなんはたくさんあるし」
ぎんなん、ゴボウ、シメジ、鶏もも肉、そして出汁をとった後の昆布を細切りにし、出汁と醤油で軽く味付けすることに決まった。
「ぎんなん、何個ずつ入れる?」
魔理沙が剥いたぎんなんを茹でながら聞く。
「たくさんあるから十個くらい入れれば?」
「事前に聞いておいて良かったぜ。それだともはや別の食べ物になるぜ」
「宴席で出される湯飲みぐらいの容器なら一個か二個じゃな」
「丼なんですからもう少し入れましょうよ」
「そんじゃ、間をとって五個ずつね」
「何の間か分からんけど、そんなモンで良いか」
「適量じゃな」
「アグリーです」
―――†―――†―――†―――
「ところで茶碗蒸し作ったことはあるのかい?」
三人の少女は一斉に首を横に振る。
「なんじゃ、皆、手際が良いからてっきり」
「いやー、こういう場合、作れるヤツが訪ねてくることが多いモンでさ、へへへ」
「儂か?」
「うん」
「う~む」
腕組みして目を閉じ、難しい顔。
「おいっ 作れないのかよ?」
「ちょっと、いまさらそれはないでしょ?」
「こ、困りますよー」
三者三様の慌て方を見せる。
片目がぱっと開き、口の両端がつり上がっていく。
「お主らは愉快すぎるのう」
「なあ、どうなんだよ」
「分かった分かった。作り方を教えて進ぜよう」
「ふー」
「もー」
「ほー」
三者三様の安堵の息。
―――†―――†―――†―――
「玉子の量が1なら出汁は3か4じゃな」
「出汁が多いと柔らかくなるんですね?」
「その通りじゃ。どうする?」
「あんまりデロデロベロベロなのは好きじゃないわね」
「霊夢さんの言い方、品が無いですよ」
「3.5でどうだ? 間を取ってさ」
「何の間か分からないけど、いーんじゃない?」
「おい、この【間】は適切な言い方だろ?」
「ふん。で、玉子の量ってどうやって量んのよ」
「かき混ぜてからでいいだろ。計量カップあるんだし。ほらっ」
「ほう? これはウチ(命蓮寺)にあるのと同じ【かっぷ】じゃな?」
「ナズーリンさんにいただいたの」
「霊夢どのはナズーリンを嫌っておらんのかな?」
「むしろ好きよ」
そう言って早苗をチラ見する。
「あやつめ……まあ、その道具があれば問題ないな」
マミゾウは一瞬だけ笑った。
玉子を十個以上割ってあまり泡立たないように混ぜる。計量カップに何回かに分けて注ぎ全体量を確認する。
「さすがに玉子の扱いは達者じゃな」
「私たち、日に日にお料理スキルが上がっているんです」
「言いたかないけど『皆さんのおかげで』ってやつね」
「だな。いつか『皆さん』が驚くほど旨いモンを作ってご馳走する予定なんだぜ」
「そうかそうか。善き哉、善き哉」
可愛い孫たちに向けるような穏やかな笑顔だった。
―――†―――†―――†―――
「出汁は砂糖と塩、醤油で味をつけておけよ」
「割合は?」
「適当で良いわい」
「そーなの? じゃ、私がやっとくわ」
「待て霊夢。なあマミゾー、ヒントくれよ」
「そばやうどんのかけ汁くらいじゃな。玉子で薄まることを忘れんようにな」
「よし、早苗、味見しながら調整するぞ」
「アイサイサー」
「ねえ、私は?」
「うん、そうだな。三人でやろうぜ」
調味した出汁を人肌程度に冷まし、玉子と混ぜる。
「これを一番目の細かいザルで漉すんじゃぞ」
「これって必要な手順なの?」
「舌触りがなめらかになるんですよね」
早苗が代わりに答える。
「【ざっつ らいっ】。ここで味見して旨かったら【おっけ】じゃ」
ずずっ
「良いんじゃない?」
ずずっ
「少し醤油足さないか?」
ずずっずずっずずずずずーーっ
「早苗ーっ 味見って言ったろっ!」
「あんたが味見すると半分近く無くなるじゃないの!」
「んんー、お醤油は一差しですかねー、ぷはっ」
まったく悪いと思っていない。
「はっははは、面白いのー」
―――†―――†―――†―――
ニンジンは短冊に切って軽く茹でる。鶏もも肉は小さく切って醤油をまぶす。ミツバは3センチに刻んでおく。シイタケは粗めの千切り。ぎんなんは味が染みるように少し切れ目を入れてある。
準備は万端だ。
「そのお猪口どうするんだ?」
「針妙丸の分作っとこうと思ってね」
「あは、可愛いですね」
「具はぎんなん一個でいっぱいいっぱいだぜ」
「ま、しょうがないわ」
「何時に帰ってくるか分からない年頃の娘にもちゃんとご飯を用意してあげるお母さんみたいですよね」
「妙に詳しい例えをありがとうねっ!」
―――†―――†―――†―――
蒸し器(せいろ)の調整をしている霊夢に近寄るマミゾウ。
「察するに霊夢どのは魔理沙狙いか?」
わざとイヤらしい顔で聞いてくるタヌキの親分さん。
「まあね」
「お? 素直じゃな」
「隠す気なんかないもの」
「そうか、人間にしてはなかなか良い娘じゃからな」
「まあね。……手を出さないでよ?」
「分かっとるよ」
「ホントでしょうね?」
「ホントじゃとも」
―――†―――†―――†―――
丼にシイタケ、ぎんなん、鶏肉を入れる。そこへ玉子液を静かに注ぎ込む。
「泡が立ったら箸で突いて消すんじゃぞ。見た目も大事じゃからな」
「うあー、結構泡が出ちゃったぜ」
「一つずつ丁寧に消すしか無いですね。手間が掛かりそうですが」
「霊夢、こっちはやっとくから炊き込みご飯を見ておいてくれよ」
「ん? まあ、いいけど」
霊夢は言われたまま羽釜の様子を見に行った。
「どうしたんですか? ご飯はまだまだですよ?」
早苗が首を傾げる。
「いーんだ。こーゆー細かい作業は霊夢に向かないんだ」
「ふむ、適材適所じゃな?」
「いや、細かいことをやってイライラした挙句、癇癪を起こして何もかも引っくり返すってのがパターンだからだぜ」
「ははは、良く分かってる、ということかの」
「付き合い長いからな」
―――†―――†―――†―――
ニンジンとミツバは玉子液の上にそっと乗せる。
「さあ蒸すぜー、もうイイんだろマミゾー?」
「うーむ、これは随分と勢いがあるのう」
せいろからはモウモウと湯気が上がっている。
「ゆっくりと穏やかに蒸すのがコツなんじゃがなー」
「霊夢、火が強いってさ。抑えろよ」
「そうなの?」
「お前はいつもそれで失敗するだろ? 少しは懲りろよ。まったく火焔魔人なんだから」
「それって、とても強そうですけどね」
四角いせいろに丼四つを均等に置く。
「針妙丸のは隅っこで良くないか?」
「そうね。すぐ火が通りそうだモンね」
「蓋の片側に箸でも挟んで蒸気を抜きながら気長に待つんじゃ。あーっと、箸を挟むと蓋が斜めになってしまうが、これには意味がある。分かるかのう?」
三人はそれぞれに首を捻りながら考えている。
「はいっ」
東風谷早苗が手を上げた。
「うむ、言ってみぃ」
「斜めになっていると蓋の裏側についた水滴が低い方に流れます。茶碗蒸しの中に落ちないようにするためだと思いますっ」
「せぇーーーかいっ、じゃあっ!」
そう言って、にーっこり。
「ぃやったあああー」
力強いガッツポーズで飛び跳ねる。ちょっと悔しそうなレイ&マリ。
―――†―――†―――†―――
「串を刺して濁った玉子汁が出てこなければ【おっけ】じゃぞ」
「よーし」
意気込んで竹串をつまむ魔理沙。
「待ってください、いくらなんでも早過ぎますよ。こんなに大きな器なんですからまだ時間がかかるはずです」
「そーよ『慌てる魔理沙は貰いが少なくなって、ひもじさのあまり博麗の巫女に身を委ねる』のよ」
「……それは前にも聞いたぜ。無いから、そんなことは絶対無いからな」
―――†―――†―――†―――
「いただきまーす」×4
ズルズルッ もしゃもしゃ
「ふわー、茶碗蒸し、美味しいわね―」
「なめらかでふんわりで優しいですー」
「うーん、ぎんなんの炊き込みご飯も旨いぜ」
「茶碗蒸しは汁気があるから合いますよね」
「元は吸い物の変わりじゃったようだからのう」
大成功で大満足。
「ところで魔理沙どの」
「なに?」
「さきほどの使い魔とやらの話、儂がなってやっても良いぞ」
「ホ、ホントかよっ?」
「儂は魔理沙どのが気に入ったからのう」
世慣れていて意外と世話好きな大妖怪。使役できればとても心強いだろう。
「ちょっとっ 話が違うじゃない!」
一方霊夢は大慌て。手は出さないって約束したのに。
「じゃが、少々条件がある」
「どんな?」
「まずは三食昼寝付き」
「は? なんだそりゃ?」
「この三食は命蓮寺以上の質であること。そして毎日の酒代はそちら持ちじゃ」
「え? え?」
「あと、週に五日は休むし、盆と正月は長期休暇が欲しいのう。さて、これでどうじゃな?」
「ふっ、ふっ、ふざけんなーー!」
「それは残念じゃなあ」
そう言いながらもニヤついた顔は霊夢に向けられている。
やられた、からかわれた。魔理沙ともども。
(ちっ 食えないヤツだわねっ)
早苗はわけも分からずポカンとしたまま。
「うわっはははは、お主らは愉快じゃのー」
閑な少女たちの話 了
道具無しで殻を破砕する霊夢を見て看過できなかった早苗に「ほっとけよ」とアドバイス(?)を送った事と言い、この魔理沙感情的に見えてドライと言うか何と言うか
これは良い飯テロw
しかしこのマミゾウ姐さん、霊夢と魔理沙のあしらい方が上手いなあ。さすが年の功というべきですか。
それと霊夢、相変わらず見も蓋も無い発言連発でぶれないですなw
丼サイズの茶碗蒸しっていうのもあるんですね! こっちも興味ある……!
物凄い納得したw
賢者タイム、ありがとうございます。この三人、これからも見守ってやってつかーさい。
奇声様:
毎度お目通しありがとうございます。
19様:
大盛り茶碗蒸しと炊き込みご飯の組み合わせは抜群だと思います。
シリーズ初出のマミゾウへのコメント、ありがとうございました。
大根屋様:
ありがとうございます。茶碗蒸しは「蒸し」の環境さえあれば意外と簡単です。
新鮮な焼きぎんなん(緑が残ってるヤツ)は塩で食べたいですねぇ。
13番様:
ああー、この表現を捉えてくださったんですね……超ありがとうございます。
14番様:
そうです! あの焦げの苦味が良いんですよねー。
さてはかなり通でいらっしゃいますね? ありがとうございます。
今作品で最も印象に残った一文がこれ↓
玉子液を静かに注ぎ込む。