Coolier - 新生・東方創想話

つながる時 はせられる想い

2012/04/29 07:57:50
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「あ~~、最近はいい死体が見つからないねぇ。自殺者に小悪党。歯ごたえのない腑抜けばかりだ」

地霊殿での帰り道。いつものように荷車に大量の死体と怨霊を載せながら、あたいはそう愚痴っていた。
地底世界が平和になってから数十年。暮らしやすくはなったものの、強く凶悪な死体を見つけることは難しくなっていた。見つかるのは小物ばかりだ。
自殺した他界者は、冥界、彼岸どちらにも行くことができない。
利己的な動機から自殺したような場合、極端な利己性が閉鎖的な壁をつくり出し、外部との交流が遮断されることになる。また霊的視野・霊的意識が全く閉ざされているため、霊的光を受けられず、自らつくった暗闇の中に身を置くことになる。
それは死神達にもなす術がない。霊的に完全に閉ざされたこいつらとの間には接点がなく、接触さえできないために手の下しようがないからだ。だからあたいがこうやって回収してやっているのさ。

「お空のような神の力を獲れるわけでもないし、これからは細々と悪霊を食って、強化していくしかないのかねぇ」

そうため息と共に呟いた時だろうか。
地霊殿前に立ち並ぶ、誰も住まない建物の一角。その路地に座り込んでいる影をあたいは見つけた。

「んん。ヤマメじゃないか。この鬼すら恐れてよりつかない地霊殿に何か用かい?」
「お燐、やっと来たんだ。ずっと来るのを待っていたよ」

ヤマメはあたいを見ると、ふわりと空中を浮遊し、あたいの元へと降り立った。その顔が少しやつれているように見られたのは気のせいかね?

「久しぶりだね、お燐」

知らない仲じゃない。普段は地上に通じる穴に住み、診療や死体の処理をしている。あたいの元にも溜まった死体や怨霊を持ってくることがあり、あたいの主、さとり様をあまり怖がらない。いつも朗らかに笑い、明るい性格である彼女は、地底世界のアイドルでもあった。

「どうしたんだい、ヤマメ」
「頼み事があるんだ」
「ヤマメから、頼まれ事かい?一体要件は何だい」
「うん・・・・・本当はこんな事を頼みたくないし、お燐にとってもいい頼み事ではないんだけれども」

そこでヤマメは言葉を切って黙り込む。
物事を即決するヤマメにしては、珍しく思いつめたような表情を見せていた。ということは、間違いなく厄介な要件が来るね。これは。

「あのね、頼みにくい事なんだけれども、パルスィについてなんだ」

案の定。厄介な要件がやってきた。
パルスィ。能力は嫉妬を操る事。そして本人の性格も、とても嫉妬深く、その妬みの力を糧としている。それは、毒のように対象者を侵食し尽くし、狂気へと駆り立てる。

「燐なら、パルスィの嫉妬の力に耐えられるでしょう。だから適役だと思って」

確かに。
あたいは、激烈な恨みや憎しみをもった悪霊や、理不尽な死に方をした怨霊達をまとめている。
恨みだけが一人歩きした幽霊であり、憑依されれば人間も妖怪もこの世を怨むようになる怨霊を操るあたい。だから嫉妬ぐらいは、どうということもない。むしろ、赤子の手を捻るぐらいたやすい事さ。
でもねぇ。あたいあいつがあまり好きじゃないんだなぁ。

「気乗りしないって顔だね。燐」
「あぁ。大体、あたい、あいつに対し何をしろっていうんだい。あたいよりもあんたの方がよくあいつのことを知っているんだろう。ヤマメが直接すれば、いいじゃないか」
「うん。そうだね。そうなんだ・・・・・・こっちに来て、お燐」
「ここじゃまずいのかい」
「うん。誰にも聞かれたくないんだ。耳打ちで話したい」

ヤマメは建物の狭い路地に歩いていき、あたいを手招きした。
こんな所には誰も来やしないし、他の地霊殿のペットがいる様子も気配もない。なのに、この念の入れよう。一体何を言うつもりなのかねぇ、ヤマメは。
あたいはヤマメの所まで歩いていく。ヤマメは、あたいの肩程までしか身長がない。それに合わせる為、あたいは屈み込んで、ヤマメの耳打ちを聞くことにした。

「いい。大事なことだから、よぉく聞いてね。・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・それは・・・・・・本当なのかい?」
「うん・・・・・・」

ふん。そうかい。そういうことかい。
全く、面白いのか、くだらないのか。ヤマメからあたいにその役目が映るってわけかい。

(あいつめ・・・・・・・・・・・・)





* * * * * * * * * * *





「芝居?」
「あぁ、そうだ。芝居さ」

あたいに声をかけてきたのは、十数匹いるヒトガタになれるペットの中で、あたいが最もよく知り、世話を焼いている奴だった。
彼女はお空。旧都全体でも屈指の力を持つ、ヒトガタになれるペットの一体。
しかし、その鳥頭っぶりから、お⑨と呼ばれることも多い。
あたいは上着を椅子の背に掛けなおし、寝巻きと靴下をベッドの上に脱ぎ捨てる。
黒いキャミソールとスパッツを脱ぎ、ブラを外し、全裸になる。
絞りすぎだよと他の妖獣達に言われることもある細い体を、スタンドミラーに晒し、あたいは身支度を整えていく。
唇には紅を引いていく。いつもは二つに括って三つ編みにしている赤髪は、解かしたまま後ろで纏めて、かんざしを挿して止める。
襦袢を履き、胸にさらしを巻き、彼岸花の模様が入ったダークグリーンの着物を着ると、黒い紗の袋帯を腰の周りにしっかりまいて、解けないようにする。
帯の形が崩れないようにする為、帯板を帯とお腹の間に挟む。
足袋を履き、黒塗りの草履を履くと、もう一度鏡で自分の姿を確かめる。

「ふむ。まぁこんな所かねぇ」

和服も仲々、様になっていいじゃあないか。
旧都の住人達に負けない粋な様。全く、あたいったら最強だねぇ。
そういえば、ヒトガタになれるようになってまもない頃は、化粧はせず、すりきれた着物をまとって移動したりもしていたっけか。
まぁ、あの時のあたいは相当やんちゃだったし、獣の性質が強かったからね。
今は、色々な服や着物を着たり、化粧をする事ができたりして、楽しいと思っているさ。それが、死体の着付けや化粧、今日やる事にも生かされたりもしているしね。
あたいの愛用している荷車の上には、死体の代わりに道具一式が風呂敷に包まれ、ガタリと音を立てている。あとは出発するばかりだ。

「ねぇ。どうしてお燐は、そんな時代劇をやりにいくの」
「んん。そうだねぇ」

あたいはお空の方に向き直り、話す。

「あたいが廃獄にいる怨霊達を管理する仕事をしているのは先に話したね。怨霊を管理する方法として、脅したりなだめたり、定期的に灼熱で焼いたりしているが、それだけでは、怨霊達の不満が溜まってしまう。
そこであたいは、怨霊達と弾幕ごっこをして遊んだり、芝居を一緒にやって楽しんだりしている。
初めは旧都外れにある小さな小屋で芝居をしてたんだがね。たまたまそれを見に来た萃香っていう鬼の一体が、『面白いじゃん、あんたの芝居』って言って、旧都にいくつかある芝居小屋の一つで、芝居できるように計らってくれたんだ」
「ふんふん」
「で、試し公演が好評で、定期的にすることになってねぇ。芝居は一週間後から行うが、今日は実際の舞台を使った練習をしにいくのさ」
「へぇ、お燐って、そんな事もしてたんだ。格好いい」
「へへ、そうかい」

目を輝かせてあたいを見るお空。

「あたい以外にも、先に行っている奴がいるんでね。あたいも早く行って準備をしなきゃあね」
「で?どんなお芝居をやるの?」
「百猫伝手綱之染分又花瑳峨猫又草紙さ」
「ひゃくびょ・・・何ですって?もう一回言ってもらってもいい?」
「百猫伝手綱之染分又花瑳峨猫又草紙さ」
「?全然分からないんだけれども。何それ?」

百猫伝手綱之染分又花瑳峨猫又草紙(ひゃくびょうでんたづなのそめわけまたはなのさがねこまたぞうし)。さすがにこれじゃあ分からないさね。
本当の芝居名は、鍋島化け猫騒動。
外界にエドなる都市があった頃。
鍋島氏への権力移譲が完成してから200年以上たった嘉永6年(1853年)、江戸の中村座に「花瑳峨猫又草紙」(はなのさがねこまたぞうし)という演題の芝居がかかる。
このときは佐賀藩の厳重な抗議にあい、町奉行所も介入して初日前に上演が中止されてしまう。しかし約10年後の元治元年(1864年)には、今度は「百猫伝手綱之染分」(ひゃくびょうでんたづなのそめわけ)と題して上演されることとなった。
すでに幕末であり要事多端で、幕府としてもとても芝居の取り締りどころではなかったのであろう。さらに明治に入って「瑳峨奥猫魔稗史」(さがのおくねこまたぞうし)と改作されている。

「で、それはどういう話なの?」
「あぁ。それはだね」

あらすじは以下の通り。いくつか話の種類があるが、あたいはこれが一番好きだ。
昔、戦国時代の肥前という所に、龍造寺氏が治めていた国があった。
だが、有力な家臣、鍋島直茂にとって代わられ、鍋島家が肥前を納める事となった。
それに対し、二代藩主光茂が、龍造寺家当主又七郎に囲碁の勝負を挑む。
だが、又七郎は予想以上に強く、光茂は囲碁の勝負に負けてしまう。
逆上した光茂は又七郎を斬り殺し、その死骸を井戸の中に捨ててしまう。

そんな又七郎には、母と可愛がっていた黒猫がいた。
帰りが遅い又七郎の身を案じて母は黒猫に不安を語る。
黒猫はいつしか姿を消して、井戸の中から又七郎の首をくわえて帰ってくる。
全てを悟った母は鍋島家に末代まで祟ると遺言して自害する。その死骸から流れる血を黒猫は舐めつくして、何処かへ姿を消す。

又七郎の母の怨念の力を得た黒猫は、光茂の愛妾お豊の方を締め殺し、お豊の方に化けて光茂を苦しめる。
日毎に衰弱していく光茂に、薬師達にもこれに効く薬が見つからなく、夜になると症状は悪化するばかり。原因追求のために見張りを立てたが、ことごとく眠らされてしまい、家臣達は近くの寺の住職の元まで訪ねた。
寺の僧が藩主のところで祈っていると、家臣の小森半左衛門が不寝番をしたいと言ってきた。
彼は自らの太ももを突き刺して、まどろみの術から逃れ、美しい若い女性が、藩主の部屋に入っていくのを見た。

彼女は他に、庭の池の鯉を手掴かみで喰い荒らしたり、部屋では行灯(あんどん)の油を嘗め、障子に映るその影は、明らかに猫のものだった。
惣太の助けによって、血を吸われずにすんだ藩主は、回復に向かい、惣太は「お豊」は吸血化け猫であると確信し、書状を預かったと偽って部屋に入り、「お豊」を小刀で突き刺した。

しかし、女はヒラリと身をひるがすと、又三郎の母の姿となり、部屋の奥の槍を掴むと、惣太に襲い掛かった。
闘いの最中これは勝てぬ、と感じた女は、眼をらんらんと光らせ、口が耳もとまで裂けた化け猫の姿となって、屋根に登り、山へ逃げ込んだ。
その後も領民を苦しめたので、藩主は大規模な山狩りを行った。
死闘の末、最後に妖怪は退治されたが、「七代祟る」と言い残して死んだ。

その後、さらに力を蓄えた化け猫は、自分の宣言通り、七代滅ぼす事に成功する。
一代滅ぼすごとに尻尾が一本ずつ増え、七本の尾を持つまでに至った鍋島の化け猫。
完全に退治はされておらず、今も生きていると言われているとさ。

「うわぁ。聞いた感じだと、時代劇って何か難しそう。私でも分かるかな?」
「分かるさ。演じるのは別として、見る分には、何も難しくない」

芝居は、言い方は悪いが、教養の低い階層の人々の娯楽だ。
客席では、観客が菓子・弁当・寿司を食べながらの見物し、私語はおろかヤジだって飛んでくる。
さとり様と連れて行ってもらった彼岸の大劇場のように、和服や洋服を着込んだ紳士、淑女がお行儀よく芝居見物を楽しんでいる姿とは、天と地ほどの差がある。
そこで、うるさい客席を黙らせる為に、奇抜なくまどりをしためっぽう強い荒事という奴を登場させたり、愛し合う男女が、抜き差しならぬ深刻な状況に追いやられ、絶望の余り心中をする和事のような、筋書きの芝居を工夫した。
そして、もう一つの工夫が登場人物のいでたちだ。化粧法、かつら、衣装などを工夫・類型化することによって、観客から見て、登場人物の人となりが容易に察しがつくようにしてある。
歌舞伎では、登場人物の扮装や仕草を見ただけで、瞬時にして、その人物が、年齢は若いか歳をとっているか、善人かそれとも悪人か、身分が高いか卑しい身分か、力は強いかそれとも弱いか、二枚目か道化役か、美しいかそうでないか、金持ちか貧乏人か、そしてときには先の運命までもがほぼ完璧に分かるようになっている。
善人の顔は白塗りになっているし、悪人は赤塗りになっている。
身分の高い武士は、胸を張って大股に歩くが、身分の低い百姓町人は背を屈めて小股に歩く。
落魄(らくはく)した人間は、紙で出来たかみこという着物で登場する。
いったい犯人が誰だか、最後までみないと分からない、ということは絶対にない。
勿論、芝居の進行の上では、悪人が実は善人だったと、どんでん返しになるものもあるが、それも劇中の人にはどんでん返しでも、観客にはとうに分かっている。

「つまり、頭を使って考えながら見なければならないようには、出来ていないのさ。
頭を空っぽにして見ても十分理解できる。
分からないせりふがあっても余り深く考えないで『何やらぶつぶつ喋っているなあ』とか、難解なセリフなんかは『あんなのはBGMだから雰囲気が分かれば良い』とか、そんな具合に開き直って見ればいい」
「そうかぁ。それだったら私でも大丈夫だね」
「そうさ。お空。あんたでも充分見る事ができる」

あたいの説明をどこまで理解できたか分からないが、あまり考えずにみればいいという所は理解したようだ。

「もしあんたも芝居見物にくるんだったら、見物用の着物を着たらどうだい。祭りにその奇天烈な服じゃあ、粋じゃないって、旧都の住人達に笑われるのが落ちだよ」
「う~~ん、そんなこといわれてもなぁ・・・・・今まで旧都に行くことなんてなかったし、時代劇観賞用の着物を考えるなんて」

お空はこれまで地霊殿の外に滅多に出た事がない。
先日の八咫烏の力を得て、地上を炎の海にしようとした異変までは、ずっと灼熱地獄と地霊殿の中で生活をしていた。
最近になって、あたいと共に地上に出るようになったが、自分だけで行動するのを怖がっている。
地獄鴉という種族じたいが、自分達の決めた縄張りから離れることがない種族なので、仕方のないことなのかもしれないが。
この芝居見物は、旧都に住む者達にとって、大きな娯楽の一つである。芝居見物となるとその日を早くから待ち焦がれ、着ていく衣装を調えたりする。中には芝居の幕間の度に衣装の着替えをする者もいるぐらいだ。
しかし、お空は自分の身なりに、余り気を使う方ではない。髪はぼさぼさで、化粧なんて滅多にしない。せっかく背が高く、綺麗な黒髪と、いいスタイルを持っているのに、勿体無いことだ。加えてこの奇天烈な格好。これで芝居を見に行かせるのは、あたいが嫌だ。かといってお空に、自分で芝居観賞用の着物を用意して着替えろというのは、無理な相談だろう。

「しょうがないねぇ。おい、お前達」

あたいが右手でパチンと指を鳴らすと、どこからともなく青白い影達が姿を表す。
あたいの引き連れる地獄の妖精、ゾンビフェアリー達だ。
あたいはフェアリー達に声をかける。フェアリー達はお空の腕を掴むと、勢いよく引っ張って駆け出そうとする。怪訝な顔をするお空。そんなお空にあたいは笑いかけ、その理由を答えてやる。

「こいつらがあんたに合う服を決めてくれるよ。着替え終わったら今すぐ旧都に出発だ。」
「うにゅ?い、今から?」
「そうさ。善は急げって言うじゃないか。さぁ、いくよ」
「ちょ、ちょっと待ってよお燐。せめて、私が今から食べようと思っていた温泉卵を食べてから」
「さぁさぁ急いだ急いだ、お空。粋な着物でおめかしして、旧都の住人になりきるんだ」
「あぁ、私の温泉卵がぁああ」

ドタンバタンと音を立てながら、お空は廊下の奥へと消えていく。
その姿と音が消えたのを確認すると、あたいは左手をかざし、全身から瘴気を放出させる。
あるものは呻きながらずるりずるりと地面を這いずり、またあるものは雄叫びをあげながら、空中を浮遊する。

「お前達も楽しみかい?せっかくの晴れ舞台だ。しっかり楽しもうじゃあないか」

周りを漂うのは怨霊。その生前の有り様は様々だ。
彼ら彼女らは、火車であるあたいに死した体を奪われ、魂を捕えられた者。
彼ら彼女らは二度と、輪廻転生の輪に入ることはできない。
今は廃獄となった旧灼熱地獄跡で、永遠に怨霊として存在しなければならない。
幽霊にはいくつか種類がある。記憶と姿形、両方を備えて現世にとどまっている霊。記憶はないが姿形をもった霊。その逆の、記憶はあるが姿形のない霊。
霊の種類のうち、記憶も姿形も持っている霊というのは死ぬときの心残りとして強烈な目的意識を持っていたものが多い。心残りを自分で果たすために、手足も記憶も持ったまま霊となるのだ。
記憶を持たない霊というのはその逆で、どちらかというと生前、平静な生き方をしていたものが多い。それがなんらかの因縁のために死後、霊となり、自分の因縁を解き放つために答えを求めてこの世をさまようのだ。
記憶がないのは、因縁を追い求めるためにわざとそういう摂理となっているのだという。
謎があればどうしたってそれを明らかにしたいと答えを追うのは、人も霊も変わらないようだ。
そして記憶しかもたない霊。これこそがあたいが専門的に操る霊、怨霊だ。
理不尽な死による無念、混乱したまま死んだもの、地上時代を冷酷無情な独裁者や暴君、あるいは極端な利己主義者として過ごし、多くの人々を苦しめたり犠牲にしてきたような者がそのような霊となる。世の中を騒がせる悪霊といわれるものの多くはこのタイプで、目的意識がはっきりせず、手足という、方向性を形作るものも持たないため、その所業はときとして非常にタチの悪いものとなる。
だから、あたいのような火車の出番となる。
火車は悪霊に、地上での悪行の数々を目の前に見せつける。それは本人にとって逃れられない苦しみと後悔を引き起こすのさ。
地上でなした悪事が、それに見合った苦しみをもたらし、自分が苦しめてきた犠牲者と同じ目に灼熱地獄の中で焼かれながら遭わされるようになる。
あたいに捕らわれた者は、二度と、輪廻転生の輪に入ることはできない。今は廃獄となった灼熱地獄跡で、永遠に怨霊として存在しなければならない。
あたいは、そのような怨霊たちの思念を感じとって、恨みの内容を聞いたり、脅したり、実際に苦痛を与える事によって、そのような怨霊たちの魂を管理している。

あたいは百年を過ぎた時、尾の先が二又に分かれ、人語を解することができた。
その少し後には、人間の姿に化身することができるようになった。
他の妖怪の手足の自由を奪ったり、屍体、怨霊を操ったりするほどの呪力を持つことができるようになった。
それは、多くの怨霊や魑魅魍魎を喰らい、自分の力を高め続けた結果。
火焔猫達の中でも、ひときわ強力な呪力を持ち、怨霊の意思疎通に長けたあたいだからこそ、できる芸当。
そして、今は、あたい達ペットの主人である、さとり様に廃獄にいる怨霊達を管理し、悪霊と化した魂とその抜け殻である死体を、灼熱地獄跡まで持っていく仕事を任されている。
世間一般には、忌避され、忌み嫌われる者達こそ、あたいが求める者。
そういったものと対峙した時の感覚をどう表現したらいいものか。
彼らに見える死相、ほのかに、または強く漂う死臭を嗅ぎ取る時、あたいはそいつらを激しく愛する。
あたいにとって、死体とその魂は、忌避すべきものではなく尊ぶべきもの。
旧都からも見放された者達、死にゆく病人、虐げられるもの。
彼らはみな、つぼみのさかんとする花、あるいは、さなぎから抜け出て羽根を広げようとする蝶のような存在なのだ。
どたどたと鈍く響く下駄の音。お空の奴、どうやら準備ができたようだねぇ。
さて、旧都にいくとするかね。





* * * * * * * * * * *





かって地獄の繁華街として栄え、今は鬼達の本拠地となっている旧都中心街の東。そこに芝居小屋はある。
旧都の鬼達が直に管理していることもあり、時代劇をやる芝居小屋は中々の設備であった。
正面の屋根に取り付けられた九尺四方の巨大な櫓。櫓の下には、色、形状、大小様々の絵看板、文字看板、提灯、各種の積物などが飾り付けられ、全体的に風流あふれるものとなっている。
興行は早朝から日没までまる一日続くので、観客は、茶屋や小屋の中で食事をしたり、菓子や果物を食べたり、お茶を飲んだりして楽しんで芝居を見物する。
そんな旧都で芝居を楽しむには、2つの方法がある。切り落としや、向う桟敷の大向うなどの大衆席。そして芝居茶屋を利用する上等な席。
かつてここが是非曲直庁から切り離される前の時代、外界のニホンのエドには芝居見物の「粋」があったという。そこでは庶民が日常生活を離れて船を仕立て、朝10時から夜6時までたっぷり終日かけた物見遊山として楽しんだ。
芝居茶屋は、そんな見物客のための座席予約や船などの事前手配を一手に引き受け、芝居の当日には茶屋から芝居小屋の座席まで、それぞれの茶屋がもつ特別通路で客を案内していた。幕間には、弁当や水菓子といったかべす(菓子、弁当、寿司の頭文字をとったもの)を提供する。
そんな茶屋が、芝居当日にあわせて設立されている。その一角に、あたい達のよく知る顔があった。
土蜘蛛妖怪の黒谷ヤマメだ。

「ごきげんよう。ヤマメ」
「燐に空じゃないか」

あたい達の声に気付くと、こちらを振り向き、朗らかに笑った。
さすがに旧都に住まう者達の人気者だけあって、いい笑顔をするねぇ。
しかし、あたいは、その心の内に複雑な想いを抱えていることを知っている。

(分かっているさ、ヤマメ。昨日の話のことだろう。そんなに心配をしないでいいさ)
「おりん・・・・・・おりん・・・・・・」

あたいがヤマメに注目していた時だ。ヤマメのいる茶屋にある桶。その桶から声が聞こえてきた。
桶の中から、両目が恐る恐るあたいを見る。キスメだ。

「キスメ。あんたがじきじきに来るなんて珍しい事だねぇ」

あたいはこの桶妖怪と話したことがほとんどない。
朗らかで明るいヤマメとは違い、キスメは大変臆病で内気な妖怪だ。
特に、常日頃から無数の怨霊を引き連れて動いているあたいには、とてつもない恐怖を抱いているらしく、あたいが近づいていくだけで、ヤマメの後ろに隠れてしまう。
祭りの熱気は、この臆病で内気な妖怪すらも活発にしたのだろうか。
あたいは興味を持って、キスメに近づいていく。

「なぁおりん・・・・・・パルスィつれてくる・・・・・・たのめないか?
わたしヤマメ・・・・・しばいたのしみ・・・・・・きゅうとみんな・・・・・・みんなたのしみ・・・・・してる・・・・・そのなか・・・・・パルスィなかまはずれ・・・・・わたしさびしい」

キスメは、伏せがちな両目を何とかあたいに向けると、たどたどしく喋る。
妖見知りがとても強く、仲の良いヤマメに対しても、桶から出て放す事はめったにないキスメ。
そのキスメが、あたいから目を逸らす事無く、喋り続けていた。

「パルスィなかまはずれ・・・・・いや・・・・・おりん・・・・・パルスィつれてきて・・・・・ほしい」

キスメの必死の説得。何としても連れてきてほしいようだ。
あたいは、天を仰ぐように顔を上げると、目を閉じる。

(・・・・・・・・・・・・・・・・・)

しばらく間を置いて、顔を戻すと、あたいは目を開きヤマメとキスメの方を見て、口を開いた。

「行くよ。この姿であの橋姫には会いたくないが、事情が事情だ。仕方がない」
「ほんと・・・・・つれてくる・・・・・いうか・・・・・おりん」
「あぁ。どうなるか分からないが、話はするよ」
「おねがい・・・・・おりん」
「お願いだよ燐。パルスィのこと、頼んだよ」
「分かっているさ。ヤマメ」

ヤマメの奴も、本当はあたいにもっと言いたい事はあったのだろう。しかし、それ以上は何も言わぬまま、再び茶屋の準備を始めていく。
あたいはお空を連れると、ヤマメとキスメに背を向け、芝居小屋の中を進んでいく。
歩いていく中であたいは思う。

(橋姫、お前というやつは・・・・・・・)



* * * * * * * * * * *





あたいとお空は、芝居小屋の中を進み、自分達の待機部屋を開ける。

「なんか、空気の質が違うね 」
「今回の芝居に参加する怨霊達を入室させているからねぇ」

重苦しく、まとわりつくような瘴気と怨嗟の呻き声。まるで、何者をも近づけんばかりに渦巻く負の気配。
並みの妖怪ならば、こんな不気味なものに首を突っ込む事をせずに、即座に退散をするだろう。
数多の命と魑魅魍魎を己に取り込み、地底でも有数の力を持ったあたいは、ゆっくりとその中に足を踏み入れる。八咫烏の加護と力を得たお空も、特に気にすることなく入っていく。
明かりとして浮かぶのは、長い舌をだらんとたらし、血まみれの牙をむいた、緑色で首だけの憤怒相の怨霊達。数体が部屋中をぐるぐるとコマのように回転し、まるで炎が走るように視界をちらっちらっと横切って行く。それ以外にも、老若男女様々の怨霊達が、室内を漂っていた。

「そういえば、あの悪戯好きの姿が見えないねぇ。あいつにこの室内の見守りを頼んだというのに。
姿が見えないじゃないか」
「ここにいるわよ」

闇が泡立つように、粘土を捏ねるように盛り上がっていく。
それは、人の形を作り出していき、お燐の見知ったある影を作り出していく。
封獣ぬえ。かってヘイアンと呼ばれる地で、正体不明の妖怪として名を馳せた大妖怪・・・なのだが、子供のような容姿と言動の為、とても恐れられていたような妖怪にはみえない。かってこの地底世界にいた、巨大な入道妖怪に付いている尼僧、舟幽霊がしっかりした性格だった為、なおさらそれが目についてしまった。
今は地上の命蓮寺という所で仏道を学んでいるとのことだが。あたいはとてもこいつがそんな物を身につけられるとは思えない。

「こんばんは。お燐。旧都の熱気はどんな感じかしら」
「いつも通りだよ。強いていうなら、芝居があるってことで少し小屋の周辺の熱気が高いぐらいかな」
「そう・・・」

そう言うと、ぬえは、立ち上がって一回転。あたい達に、自分の着ている着物を見せつけた。
表には猿の頭、狸の胴、蛇の尾、虎の手足をした怪物。
裏には猫の頭に鳥の体、蛇の尾をした怪物。
真っ黒の布地に、伝承で伝えられた鵺の姿を金色の刺繍で再現した着物。

「どう?似合っているかしら?」
「あぁ。似合っているんじゃないかい」

その言葉にぬえは満足そうに微笑むと、机の上においてある三味線を手に取った。

「ずっとここに待機させられていたものだから、怨霊達、退屈しちゃって今にも騒動を起こしそうな気分になっているわ。何かこいつらを慰めるような曲でも引きましょうか」
「あぁ、そうだねぇ。じゃああたいは、あんたの弾く曲に合わせて何か歌うよ」

あたいがそう言うと、ぬえは三味線を手に持ったまま椅子に座り、弾き始めた
音が聞こえる。ほとんど三味線にのしかからんばかりに、弾いていくぬえ。
前後に体を揺らし、頭を三味線に向けて垂れ、音楽にのめりこんで意識を忘れ、音と一体化するかのようだ。
三味線は、あたかも己の意思を持っているかのように語り、それ以外のあらゆる言葉が偽りであるかのように思わせた。曲が荘重さを増していくに連れて、それは絶望そのものに変わっていき、あたかもそれは、一片たりとも真実の含まれない、単なる忌まわしい偶然の所産のように見えてきた。
長く、清らかで、流れるように澄んだ調べ、短く、濁ったおぞましい調べ。それが不規則に入り乱れ、得体の知れないメロディーを生み出していく。
丁度己の道を探しながら山を下る水のように、それは苦も無く、ゆっくりとした旋律に変わっていった。それは相変わらず陰惨だったが、いっそう豊穣さを増し、どこか荒削りでありながら洗練され、胸がしめつけられるようでありながら、どこまでも広がりを感じさせる調べだった。
美とは野蛮なもの。妖怪や人が頭の中で、筋の通った思考ができるようになり、粘土板に行動規範を記す事ができるようになるより前の永劫の昔においては、それは危険で無法なものだった。
音楽はいわば野蛮の園だったのだ。
従って、この上なく絶望的な音楽が美しさに満ちているからといって、悩む必要はどこにもない。
傷つき、冷笑的になり、悲しみ、不信に陥る必要も全くない。
あたいは、怨霊達の歯をむき出した髑髏顔を思い浮かべながら、小唄をハミングしていた。
切れ切れの断編ではあったが、死体集めで夢中になっている時でも、忘れることはなかった。
あたいは何度も何度も繰り返した。言葉が意味のない音の連なりとなり果てるまで。
ハミングは、いつしか支離滅裂なつぶやきになっていた。
あたいの頭の中では、凶暴な詩がどくどくと波打っていた。
あたいは美という名の未開地とその野蛮をみていた。
あたいは悲鳴をあげる獲物の背に落ち着き払って爪を突き立てる時のように、ごく当然のものとして、認識する。
これらの言葉はあたいを離れて、はるか後方へと漂っていった。
ぬえは、身をくねらせながら、ゆっくりと彼らのほうに向きなおった。
とたんに、音楽はすがりつくような哀願に変わり、メロディーの会談をよろめき、よじのぼり、あるいは喚き叫びながら上がっていった。
数えきれない程の脂ぎった顔が、暗がりの中から、じっとあたいを見返している。
みすぼらしい外観、不潔な衣装、湾曲した骨の上をながれている水のような皮膚。
天井桟敷に陣取る、ぼろをまとった追剥の怨霊の一団が口笛を鳴らし、野次を飛ばす。
奇形に固め、いやらしい松葉づえ、歯ときたら、墓場の泥から掘り出してきた、頭蓋骨のそれとそっくり同じ色だ。
肉体とぼろに包まれ、かたかたとやかましく音を立てる骸骨の大群。
その体は、空元気の炎が燃え盛り、周囲の大気を焦がす。
あたいは、静粛を促すように手をあげると、非常に大きな揺るぎない声で小唄を歌う。
怨霊達が立ち上がって金切り声をあげ始める。
あたいは構わずどんどん声量をあげていき、やがて一切の喧騒はあたいの声にかき消されてしまうまでになった。
耳を破壊しかねないばかえりの大音響に耐えかねた怨霊達が、苦しげにうなり、うめき、断末魔の声を放つ。
地獄さながらの阿鼻叫喚、罵声。
いいねぇ、実にいい。
あたいはそこで、恐怖の歌をぴたりと止める。
あたいは、くわっと大口を開けて、咆哮を放つ。
魂を凍らせるよう咆哮。そして静寂。

「すっごぉおおおおおおおい!!格好いい!!」

お空の感嘆の声。鳴り響く拍手とうめき声。
あたいは、右腕を大きく掲げ、道化めいた仕草で会釈をする。
怨霊達、満足したようだね。

「さて、芝居の準備をする前に・・・行かないとね」
「行くって・・・パルスィの所?」
「あぁ。そうだよ」
「橋姫の所に。あなた、あの女と仲が悪いんじゃなかったの?」
「嫌いだよ。あんな奴。でもそう言ってられない状況になったんでね」
「そう・・・気を付けなさい。燐は気性が荒い所があるから、やりすぎてしまわないようにね」
「分かったよ。あぁそうだ。帰る頃には丁度飯時になっているだろうから、レストラン通りの前で待ってておくれ」

あたいは軽く手を振ると、室内を出ていき、外へと歩いていった。
橋姫・・・水橋パルスィに会いに行く為に。





* * * * * * * * * * *





地底と地上をつなぐ橋。
そこに、そいつはいた。
橋姫はいつもの様に、橋にもたれ掛かるようにして、目を閉じていた。
傍目には、眠っている様に見えるその光景。
あたいは橋に踏み込み、橋姫の元へと近づいていく。
ゆっくりと開かれる目。そして両目にあたいの姿を捉えると、緑色の両眼に物珍しげな感情を浮かべた。

「橋姫。相変わらず不景気そうな顔をしているじゃないか」
「珍しいわね。あんたがヒトガタで、ここを通ろうとするなんて」
「あぁ、確かに珍しい」
「地上に行きたいならさっさと行ったら。あまり他者と一緒にいる時間が長いと、私は自分の力を抑えられない」
「あんたと意思の疎通をしないといけないから、こっちの姿で来たんだよ」
「そう」

あ~あ~。相変わらず無愛想な奴だ。心の内で呟き、あたいは橋の管理者を見た。
蒼白な顔色と、長く尖った耳。緑色の両眼は、ぎらぎらとこちらをねめつけている。
地上、いや地底ですら、この妖怪と話そうとする物好きは、ほとんどいない。
全く、この女は昔から何も変わっちゃあいない。

「全く、うっとおしい存在になったものね」
「うっとおしい?」

せっかく、穏便に済ませようと思っていたのに、自分から修羅場に突入させる気なのかい、この女は。
呆れたように首を振り、あたいは橋姫に声をかけた。

「もう一度言い直してごらんよ。さっきの暴言は、あたいの聞き間違いってことにしてやるからさ」
「うっとおしい存在になったっていっているのよ!地底の誰からも忌み嫌われる妖怪に、地霊殿で飼われている薄汚い火焔猫が!!」

ヒステリックな音を帯びた声。そこには、苛立ちと、それ以上に嫉妬の感情が噴出していた。

「ふん。うっとおしい存在になった?地底の誰からも忌み嫌われる妖怪に、地霊殿で飼われている薄汚い火焔猫だって?橋姫」

あたいは、全身から瘴気を放ちながら、橋姫に近づいていく。
橋姫の目は全てが緑目になったかのように、 憎悪が滲み出、あたいを睨んでいた。
一歩一歩近づくごとに、嫉妬の感情がつきまとう。生意気な奴だ。妖怪でも人間でもない半端な存在の癖に。

「喧嘩を売ってるつもりなら止めておきな。弾幕ごっこ、喧嘩。あたいはお前よりもずっと強い」
「あの時の生意気な猫が、よくそこまで妖力を蓄えたものね」
「その嫉妬も力にしているのかい。嫉妬狂いの橋姫」

あたいは、手をかけられるかかけられないかの位置で足を止め、橋姫を見下す。
あたいと橋姫の間に、険悪で、重苦しい空気が張り詰める。
風切り音と共に、橋姫の手刀があたいの首筋を襲う。
あたいはその腕を掴むと、一瞬体の力を抜き、呼吸を一つ吐く。
そうして橋姫の後ろに回りこむと、背後で右腕をひねりあげた。
呻き声を漏らしながら、橋姫が体を反らす。腕をひねりあげたまま、あたいは橋姫の体を押した。
派手な音をたて胸板から欄干に突っこませると、そこで完全に右腕を決めた。
橋姫の左腕が動いた。突っ張ろうとした左腕を払う。
左手首を掴み、欄干に押し付ける。
橋姫はもがいているが、あたいから体を離すことはできない。
あたいは、橋姫の腕を内側に折っていった。みしみしと骨の軋む音が聞こえる。息を詰まらせると、威勢のいい顔が歪 んだ。呻き声が次第に大きくなっていく。
あたいの瘴気が橋姫にからまり、不快さからか、橋姫の顔が歪む。

「お笑いだね。鬼のなりぞこないに過ぎないお前が、このあたいに力比べで勝てると思っていたのかい。橋姫」

あたいは、膝を橋姫の鳩尾に叩きこむ。橋姫は屈もうとしたが、許しはしない。
膝を橋姫の鳩尾に叩きこむ行為を五度繰り返し、右腕をさらに折っていく。

「肩を外す気?」
「ああ、そうさ。お前にお灸をすえるには、丁度いいだろう」

橋姫の肩が音を鳴らした。肩も悲鳴をあげている。掴んだ腕を通して、その感触が伝わってきた。
あたいは徐々に関節を伸ばしていく。
橋姫は爪先立ちになっていた。肩が、おかしな具合に盛りあがっている。
もうちょっと内に入れてやれば、軽い抵抗の あと外れるだろう。
瞬間、鈍い感触が伝わってきた。肉の崩れる感触。
橋姫の二の腕は、ほとんど水平になっていた。肩が外れたせいか、さらに余裕ができていた。
水平を越したところで、あたいは橋姫の顔を見た。脂汗を流しながら、橋姫は苦鳴をこらえていた。

「下らないねぇ橋姫。もう、あんたじゃあ、あたいにはとても勝てやしないよ。あの時のまま、停滞しているあんたと、前に進み続けるあたいとじゃあねぇ」

あたいは橋姫の両腕を解放し、同時に爪先立った足を払う。左肩を掴んで、右肩から突き落とした。足下で、橋姫は叫びながら苦悶する。暴れるたびに、右腕だけ遅れるようにぷらぷらしている。
この橋姫は、他者といると苛立ちを隠さず、嫉妬の感情を押さえようとしない。
言語を解する者は、苛立ったりすると自分だけの時間を持ち、上手にそれを昇華させてゆく能力が備わっている。 しかしこの橋姫は、自分の気持ちの昇華方法を知らない。
知らないというより、できないのだ。
全身を暴れる痛みと疲労に包まれながら、悲痛の叫びを上げ、破れかけの喉に水を流し込み喉を潤す以外にはできない。その度に橋姫は、他者を恨み、他者を憎むのだった。
とても愚かしく、救いようがない。そして哀れだ。
それでも、こいつを受け入れようとしている奴らがいる。
こいつは、そんな奴らも愚かだと言い切るのだろうか。

「火車。お前、私になにか言いたい事があるから、その姿で来たんじゃなかったの?」
「そのつもりだったんだがね。止めにするよ。もっと後の方がよさそうだ」
「そう。だったらさっさと帰ったら。腐臭と瘴気を漂わせて。本当に腹が立つ」
「・・・・・」

言わせておけば、すぐ図に乗る。気に入らなくて救い難いねぇ、この嫉妬狂いは。
怨霊として迎えてやる気にもなりゃしない。
あたいに対し、橋姫は特に反応した様子はなかった。ただぞんざいに、向こうにいけという手振りをしただけだ。

「ふん。自分の未熟さを知るんだね。橋姫。でないと、お前、本当に後悔することになるよ」

あたいの言葉に橋姫は答えない。緑色の澱んだ目で、あたいを見るだけだった。
あたいは鼻を鳴らして、パルスィを一瞥すると、旧都の方へと踵を返した。
まぁいいさ。遅かれ早かれその時は来る。それまでそうしていればいいさ。
内心で毒づきながら、あたいは旧都の方へと戻っていった





* * * * * * * * * * *





芝居当日の為の準備をする様々な妖怪達で、レストランは賑わっていた。
芝居小屋の周りを取り巻く建物は、各種のレストランで占められている。
芝居小屋内では、食べ物を十分に用意することができないため、煮魚や温かい飯をたっぷり出すレストランは、大きな魅力となる。
芝居の観客達は、見慣れた場面を後にして、次のより珍しい芝居が始まるまで、このような店で食事を取る。
これらの装飾は、それぞれのレストランの名称をかたどった絵や姿を表現している。
鯛屋、桶屋、亀屋というような名前だ。
あたいはお空とぬえと共に、適当なレストランに入り、給仕の女に、注文を取ってもらう。
あぁ、昼前ということもあるからだろうか、レストランの中は、随分と混雑しているねぇ。
給仕で駆け回る女達以外は、全ての妖が、畳の上に座って、自分達のグループや仲間で飲んだり食ったり雑談したり双六、拳、さいころ等の遊戯をしたり、各々勝手放題なことをやっている。
特に目立つのはやはり鬼の多くいるレストランだろう。
無造作に積まれた酒樽の山、山、山。
既にいくつかは空となり、酔った鬼達によって粉々の木片に破壊されていた。
それでも酒が足りないとばかりに、鬼達の周りには酒瓶が何本も転がっていた。
まだまだ足りぬといわんばかりに、酒樽を持ち上げて直に酒を飲んでいる鬼。
飲んでいる最中に酔い潰れ、酒樽の中で寝ている鬼。
どいつもこいつも赤ら顔で、素面の鬼等一匹もいやしない。
あたいには、半数以上が、完全に酔い潰れ、使い物にならないように見えてしょうがなかった。
それと共に、邪な欲望も、鎌首をもたげる。

「撲殺してくれたら、死体として地霊殿に運べるのにねぇ。どんな内臓をしているのか、骨はどれぐらい頑丈なのか、なぜあれだけ酒を飲んでも平気なのか、ゆっくりと調べられるのに」
「お燐、またそんな事考えてるの?ご飯の時位、仕事のことは忘れなよ」
「四六時中考えなしに動いている、頭の中が空っぽのお空に言われたくないね」
「私だって色々と考えているよ。あんまり私の事をからかうな、お燐。その内に思い知らせてやるからね」
「ふん、じゃあ楽しみに待っているよ」

あたい達は、適当なレストランを見つけてそこに入り、やってきた給仕に弁当の注文をする。
運ばれてきた弁当は、厚焼玉子、紅白蒲鉾、結び干瓢、里芋、玉蒟蒻、焼豆腐、あぶり握り飯。うん。美味しそうじゃあないか。
お空とぬえと一緒に、食事をしようと、弁当に手を付けていく。

「おりん・・・・・・おりん・・・・・・」
「んん。キスメ。キスメじゃないか。どうしてここに」
「さっき・・・・・このレストラン・・・・・はいっていく・・・・・みた・・・・・レストランとおりまえいた・・・・・こわかった」

どこか青ざめた表情でこちらをみるキスメ。彼女は臆病な性格で、妖怪の通りの多いところをとても怖がる。それでも、パルスィのことを聞きたい一心であたい達を探し回り、見つけたのだろう。

「パルスィ・・・・・どうだった」
「駄目だね。来るつもりはないってさ」
「そうか」
 
あたいの言葉にキスメは、傍目からもはっきりと分かる程肩を落とした。
無理もない。一週間後の芝居に来るという返事を聞きたかったのは、キスメが一番だっただろうから。

「なぜパルスィ・・・・・くるのいやがる・・・・・なぁおりん・・・・・・おまえどうするつもりか?」

あたいの方を見て口を開くキスメ。
あたいは、地上にでるようになってから、キスメやヤマメが橋姫を一緒にいる様子を、何回か見てきた。
橋姫は、キスメのこういう時にやたらと喋らないところが気に入っているようだった。橋姫はどちらかというと寡黙な奴だから、一緒にいる相手は沈黙を共有できる者であることを望んでいた 。
橋姫の持つ嫉妬や苛立ちの感情は、時に強く、制御のし辛いものとなる。理由もなくよく不機嫌になっていることもよくあった。
それでもキスメは怯えながらも、橋姫に話しかけた。だというのにあいつは・・・。

「これだけ言ってもこないんだ。そこまで無理に呼んでくる必要があるのかとあたいは思うね。
芝居を見に来ないって、はっきりあの橋姫は言っているんだろう。
そんな奴を無理矢理説得したり、力ずくでつれてきたりするのは、キスメのエゴなんじゃないかい?」
「おりん・・・・・そんないいかた・・・・・おくう・・・・・こんかいはじめて」
「こいつはあたいが芝居に行くかどうか意思確認をして、はっきり来るといっていた。もちろん、お空が行きたくないといえば、連れてくるつもりはなかったさ。あんた達がパルスィをどうやってつれてこようと考えていることとは、事情が違う」
「でも・・・・・でも・・・・・」

キスメは何か言わねばと口を開いたが、こんな時一体なんと反論すればいいのか分からないようだ。
怒ればいいのか、あたいの言葉を素直に受ければいいのか。それ以外の気の利いた言葉も出てこないようで、大きく戸惑っている。
しかし、やがて堰を切ったように、口からあたいに対する怒りの声をあげる。

「おおおおりんそんないいかたないパルスィいないだめわたしパルスィヤマメたいせつパルスィおりんつれてこないならわたしパルスィせとくしてつれてくるおりんパルスィせとくしてつれてくるやくたたないむだだだたたたたただだだだからわたしがわたしがわたっはぁ・・・・・」
「もう止めな、キスメ」

なおもあたいに何か言おうとするキスメを、ぬえが押し留めた。

「お燐は自分の嫌いな相手の所まで行って、芝居を見に来るかどうか聞いてきてくれたんだ。これ以上責めるのは酷なんじゃないかしら」
「うぅう・・・・・ばか・・・・・・もうしらない」

そう叫ぶと、キスメはレストランを去っていった。

「怒らせちゃったみたいね。キスメの奴を」
「やっぱり残念そうだったね。ヤマメとキスメちゃん悲しむんじゃない」
「しょうがないさ。あの橋姫が来たがっていないんだもの。連れてくるとしたら、ふん縛って持ってくるか、ぶん殴って無理やり連れてくるしかないね」
「お燐ったら乱暴。そこまでしなくてもいいでしょう」
「本当ね」
「うるさいよ。お前達。さっさとご飯食べて、小屋に戻るよ」

お空はその後も乱暴者、乱暴者と呟いていたが、やがて諦めたのか、お腹が空いたのか、弁当を無言で食べ始めた。ぬえも何かを考えるかのように黙ったままだ。
あたいも、お空も、ぬえも、話すことのないまま、弁当を食べていく。




* * * * * * * * * * *






太陽の当たらぬ地底世界にも、地上の一日のような流れはあるらしい。
地上では夜にあたるこの時間。旧都は、喧騒を強めていた。
それでも、旧都の外れの橋の上は、いつもと変わらぬ静寂があった。
相変わらず、橋姫は目を閉じたまま、橋の上にたたずんでいる。
そんな物憂げな雰囲気を漂わせている橋姫の目が開かれ、ある一点に向けられる。
橋姫は軽くため息を吐くと、そこに声をかけた。

「そこにいるんでしょう。隠れてないで出てきなさいよ」

呼ばれた側は、驚いたように体を震わせると、橋の影からゆっくりと橋姫の方に姿を現した。

「あんただけ?」
「いない・・・・・わたしだけ・・・・・いいたい」

姿を現したのはキスメであった。


「私に言いたい事?ヤマメや火車の奴にけしかけられたんじゃないでしょうね」
「ちがう・・・・・わたし・・・・・いいたいこと」
「そう・・・・・・・・・あの火車はヒトガタで来るし、あんたはあんただけでここに来る。本当に今日は珍しく鬱陶しい日ね」
「・・・・・」
「気が済んだらさっさと帰りなさいよ。 私の嫉妬の感情に狂わせられたくなかったら」
「あ・・・・・うん・・・・・」

キスメはパルスィの元に寄ると、その隣に座る。それに合わせてパルスィもしゃがみこむ。
ほとんどの妖怪と仲が悪いとされているパルスィ。しかしこのキスメに関していえばそれ程嫌っているわけではない。
パルスィは、キスメのこういう時にやたらと喋らないところが気に入っていた。彼女はどちらかというと寡黙な妖怪だったから、一緒にいる相手は沈黙を共有できる者であることを望んでいた。
自分勝手な行動を取ったり、騒がしかったりする者が大多数なこの地底世界で、彼女が自分のペースに合わせてくれているのを感じていた。そんな気遣いをする彼女に、パルスィにしては珍しく好意をもったものだ。
それでも。パルスィの持つ嫉妬や苛立ちの感情は、そのキスメに対してすら強く、制御のし辛いものとして向けられることがある。

「ここ・・・・・とても・・・・・さびしい」
「そうかしら?私はそんな風に思っていないけれども。むしろ、あんたの住んでいる所の方が寂しいんじゃないの?」
「ううん・・・・・ヤマメ・・・・・いっしょいる・・・・・あと・・・・・たくさんようせいも・・・・・だから・・・・・さびしくない」
「そう」

暫くの続く沈黙。パルスィはいつものように、両目を閉じ、瞑目していた。
キスメは時折パルスィを見るが、自分の方から話そうとする気配はない。
こういう事を聞くのに、本当に自分は向いていないと思う。ヤマメや勇儀を見ていると、それを本当によく感じる。
お燐なんか、見るからに不気味な怨霊とすら、会話をしているというのに。
もっと色々な事を話したいのに、どうやって話せばいいか分からない。話そうとしても、遠慮してしまって、結局話さずにじまいになってしまう。

「ねぇ」
「え?」

だるそうに橋にもたれかかりながら、パルスィはキスメに声をかけた。

「私に言いたい事があったんじゃないの、キスメ。それともさっきの話が私に言いたかった事?」
「う、ううん・・・・・いう・・・・・いまから・・・・・いいたいこという」

慌ててキスメはパルスィに対し、自分の伝えたいことを伝えようとする。

「なぁパルスィ・・・・・なぜ・・・・・しばいみにこない?ほんとりゆう・・・・・しりたい」
「芝居を見に行かない本当の理由?」
「うん・・・・・そのりゆう・・・・・わたししりたい」
「あんたに言って何になるの?聞いた所で、あんたの気分がよくなるなんて事はないわよ」
「でも・・・・・りゆうく・・・・・くらい・・・・・しりたい」

再び訪れる沈黙。重苦しい雰囲気に、キスメは押しつぶされそうになっていた。

「理由ね・・・・・」
「うん・・・・・」
「私が・・・・・私が参加しない理由。私はやかましいのは嫌いなのは、知っているわよね」
「うん・・・・・それ・・・・・パルスィいればわかる」

キスメは小さく頷く。それは彼女といればすぐ分かることだ。
パルスィは嫌いなもの、気に食わないことにははっきり言うが、好意を持ってもそれを口に出すような性格ではない。
そしてその性格が、旧都から彼女を疎遠にさせていることも分かっていた。

「いい。私はなるべく他の妖怪と関わらずに過ごしたいの。通る者のほとんどいないこの橋の上なら、他の妖怪にああだこうだと言われる事もない」
「でも・・・・・それ・・・・・パルスィさびしそう」
「あんた達が思っている程寂しいと思っていないわ。芝居を見に行こうと高揚している、旧都に住まう奴らの熱気や興奮が、ここまで届くし、あんたみたいなおせっかい焼きが、時々訪れるし」
「・・・・・・」
「そして、私はうるさいのは嫌なの。むやみやたらと旧都の奴らに嫉妬の感情を撒き散らしたくないの。疲れるから。それがいかない理由よ」
「うそ・・・・・パルスィそれ・・・・・うそ」
「嘘じゃないわ。これが理由よ」

パルスィはそこで言葉を切ると、自分を見つめているキスメの顔を見返した。
しかし、キスメは常と違い、目をそらすようなことはしない。そして強い決心に動かされたように口を開いた

「こわいか・・・・・パルスィ?」
「怖い?私が何か怖がっていると言う事?」
「うん・・・・・なにかこわがっているか?」
「何、馬鹿なこと言っているの。出鱈目言うんじゃないわよ」
「ううん・・・・・・パルスィ・・・・・・なにかこわがっている・・・・・・そんなきする・・・・・・なにこわいか?」
「そんなものないって言ってるでしょう?あんまりしつこいと怒るわよ」
「いつもおこったふんいき・・・・・・だす・・・・・・パルスィこわくない」
「・・・・・・」
「・・・・・・」

キスメとパルスィは黙り込んでしまった。
お燐の様子から、パルスィが祭りに参加する可能性は限りなく低いと分かっていた。
でもこんなにきっぱり言われてしまうと、それはそれでとても悲しい。
元から半ば諦めていたことなのに、こうして答えを出されるとどうしてこんなに悲しいのだろう。
うつむくキスメに、まだ駄目だと自分の中から声が聞こえた。
そう、やれるだけやってみればと言ったのは、いつも一緒にいて遊んでくれるヤマメ。
嫌いながらも、わざわざパルスィの所まで言ってくれたお燐。
今にも心が折れてしまいそうだったが、自分を励ましパルスィに目を向ける。

臆病でろくに話もできない性格。そんなキスメは珍しく食い下がっていた。
こういう事を聞くのに、本当に自分は向いていないと思う。ヤマメや勇儀を見ていると、それを本当によく感じる。
しかし理由によっては何とかなるのではないか。足りないところを補えるのならば努力したい。そう思うのは甘いのかもしれないが。
一方、パルスィはいつもと様子の違うキスメに内心驚いていた。いつもならすんなりと引き下がるのに。それほど自分に伝えたい事があるのだろうかと。

「なぁパルスィ・・・・・どうしてそんなにみな・・・・・きらう?」

キスメは自分に臆することなく、じっと見つめてくる。
パルスィはその様子を鬱陶しがりながらも、不思議に思っていた。
自分のことなんかで悩む必要がどこにあるのか。どうして自分と話そうとしているのか。
ヤマメや勇儀といった旧都の人気者に気に入られているのだから、そいつらと一緒に楽しくやっていればいいのに。

「どういうも何も・・・・・さっきの言葉通りよ。私はうるさいのは嫌なの。むやみやたらと旧都の奴らに嫉妬の感情を撒き散らしたくないの。私はあんたが思っているほど大人でもなければ、己を律することが出来るわけでもないの」

そこまで言うと、パルスィは腕を伸ばし、キスメの髪に触れた後その手を頬に下ろす。ほっそりとして、長く、氷のように冷たい手。キスメが大きく震える。しかし、震えたのはその手の冷たさだけではないようだ。

「どうして・・・・・」

キスメの口から嗚咽がもれる。

「どうして・・・・・パルスィ・・・は・・・」

キスメの目から、こらえ切れない涙が指をすり抜けて、頬に流れていく。 パルスィの手が大きく振り払われる。

「キスメ・・・・・・」
「どうして・・・・・・どうして・・・・・・どうしてパルスィみなさける?みなちゃんとパルスィはなしあいて・・・な・・・のに!
たのきゅうとのみな!パルスィよくおもわない!でもヤマメわたしそれよくおもわず・・・みないいきかせる!
パルスィみなのこと!いったいなにおもってる?
むだ?みなどりょくむだか?」

キスメは感情のまま、桶を握り締め、そのままパルスィの元から離れようとした。

「待ちなさい」

パルスィは、とっさにキスメの腕を掴んで引き止める。
こんな別れ方をしては、もうキスメですら顔を合わせるときに気まずい思いをしてしまうと考えたのか。いや、理由など考えている暇もない行動だったのだろう。

「はなしてパルスィ!もうきょう・・・はなした・・・ない」

腕を掴むパルスィの顔も見ないで、キスメは言う。
だからと言って、おとなしく退く気は、パルスィにはなかった。

「泣くな・・・泣いたまま帰らないで!!」
「うるさい!パルスィばか!みんな!パルスィことおもって!いる!のに!むだなんて!もういい!もうしらない!はなして!はなしてパルスィ!」

感情を高ぶらせ、全力で自分を拒否する。普段見せることのないその激しさに、パルスィは驚いた。
キスメはその場に座り込み、しゃくりあげ、ごしごしと手の甲で涙を拭っている。

「そうやってお前は、いつも拒否をしながら、心を傷つけ、その傷に呻きながら嫉妬し続けているわね」

その声は、パルスィのすぐ近くから聞こえた。

「お前は・・・・・・ぬえ」
「早く離してあげたら。キスメが嫌がっているわよ」

その言葉を受けて、パルスィはキスメを見る。ぐすぐすと泣き続けるキスメ。ぬえの言葉とキスメの気持ちを受け入れ、パルスィはキスメを離す。

「キスメの様子がおかしいと思ったから来てみれば、こんなことだったなんてね。可笑しいわね。求めて求めてしょうがないはずなのに、いざそれを目の当たりにすると、恐れてその手をひっこめるなんて」

パルスィの元を離れたキスメは、ぬえの元をも通り過ぎ、橋の終わりまで駆け出していく。それと入れ替わるように、ぬえがパルスィの元へと近づいていく。

「お前は、何を考えているのかしら?なんでそんな事をするのかしら?」
「私はただ自分の考えを話しただけよ。それがどうかし」

パルスィは、自分の言葉を最後まで続けることができなかった。
ぬえにぴしゃんと頬を叩くように、両手で強く挟まれたからだ。
パルスィの少し下にあるぬえの顔は、少し怒っているように見える。

「・・・・・・」
「な、何よ、急に黙り込んで」

ぬえの不気味な沈黙。そして感情を消した無表情。能面のように無機質で変化のない顔。
それに不吉なものを感じたのか、パルスィは、両手でぬえの肩をつかみ揺する。

「・・・・・・」
「何か言ったらどうなのよっぅううう!」

パルスィの頬に痛みが走る。
ぬえが自分の手を、パルスィの頬の肉をぎゅうとねじ取るかのように掴んだのだ。
それは、およそ容赦と言うものがない力の入れようだった。

「ひ、ひょっと!」

パルスィは、不自由な口で抗議の声を上げる。
実力で引き剥がさないのは、こうなった時のぬえの得たいの知れない不気味さと危険性を恐れているからだ。

「ぱるすぃ」
「な、何よ」
「このばか」

ぬえはそう呟くと間髪いれず右手を振り、パルスィの頬をその手のひらで大きく打ち鳴らした。

 パーン!

「・・・・・・ッ!」
 
薄暗い橋に、新聞紙を床に叩きつけたような軽いぴりりとした音が響いた。
頬を打たれたパルスィは、一瞬何が起こったのか分からないようだった。左へ寄った視線は突然の痛みに、目を泳がせていた。

「な、なによ・・・いきなり、私の頬を引っぱたいて」

パーン!
今度は、左頬が大きく打ち鳴らされる。

「つぅッ!!」

 二度目の平手打ち。たまらずパルスィは左の頬を押さえた。
パルスィの両頬が、手の形に赤く染まっていく。

「なんでこんな事をするの?」
「嫉妬しかできないその可哀想な頭は、考えるということができないのかしら?」
「ちょっと!!私を引っぱたいておいてその態度はなによ!!はっきり言ってみなさいよ!!」
「お前は知っているはずなのに。お前が一番よく知っているはずなのに。
キスメは臆病な子よ。でも、お前の為に、お前に会いにここまで来た。
お前は後ろばかり向いて後悔している。
お前は過去にとらわれて、そこから足を踏み出すことを恐れている。
パルスィ。あんたみたいな愚かな女に冷たい態度を取られて苦しんでいる子がいるという事実をちゃんと見て。悶え苦しんでるという事を。
お前が犯し、今なお犯し続けている大罪を!
忘れるなパルスィ、絶対に!」
「・・・・・・・・・その顔を・・・そんな顔をするな、その顔で、そんな顔で私を見るなぁあああああああああああああああああああ!!」

絶叫するパルスィ。ぬえの背中に手を回すと同時に爪を突き立てる。
長く尖った爪は肌を貫いて肉の内側に食い込み、そこから赤い血が流れ出た。
体を締め付けての絶叫。強気ながらも湿り気を持った声。ぬえがその顔を覗くと、瞳には涙が溢れていた。
その涙を見たとき、ぬえはパルスィの心をひとつ理解できた気がした。やはり本当は寂しいのだと。
その場に座り込み、うずくまるパルスィ。俯いた体は大きく震えていた。
ぬえは傷口を修復しながら、そんなパルスィの様子を見る。
しかし、すぐに橋の終わりで待つキスメの方へと歩いていく。

「・・・・・・・・・行くよ、キスメ」
「え?で、でも・・・・・・わたしまだ・・・パルスィせっとく・・・してない」
「もう放っておきなさい。後はあの子が決めることだから」





* * * * * * * * * * *





涙が後から後から溢れてくる。

「ぅ・・・うわぁん・・・っく・・・ふぇ・・・」


彼女は桶から出てしゃがみ込み、手で顔を覆い肩を震わせ泣きじゃくった。
ぬえは座り込み彼女を抱き締めると、 なき続けるキスメの背中をずっと撫でてやった。
どれだけそうしていただろうか。キスメはようやく泣き止むと、ぬえから体を離した。
泣き顔を見られたくないのか、目元を拭うも顔を上げようとしない。

「・・・ごめんぬえ・・・」
「別に謝らなくてもいいわ。泣ける時に泣いておいたほうが、気持ちもすっきりするだろうし」

ぬえは笑みを僅かに深め、キスメを見ていた。
キスメは先程の自分の行動も含め、急に恥ずかしくなってぬえから離れようとする。

「かおあらっていいか・・・・・・たくさんないた・・・・・・きっとかおひどい」
「えぇ、そこで洗ってきなさい」

キスメはぬえの言葉に従い、近くの川原で顔を洗う。戻ってきた時、まだ少し悲しみの表情を浮かべているものの、すっきりとした表情を浮かべているような気がした。

「なぁぬえ」
「どうしたのかしら?」
「おりんいう・・・わたし・・・・・・パルスィ・・・・・・むりいってるしれない」

ぬえはキスメに微笑み、首を横に振って彼女の言葉を否定する。

「そんなことはないと思うわ」

背に回された腕が彼女の頭を撫でた。


「それ・・・・・・ええと・・・ぬえひいきめ・・・・・・だってわたし・・・・・・おくびょう・・・・・・いくじない」
「・・・・・・ねぇキスメ、あなたパルスィのことをどう思っているの?」
「え・・・?」

そう出し抜けに聞かれたキスメは、目を見開いた。

「・・・・・・」
「もう、今までの話から分かるじゃない。パルスィのこと好きなのって聞いてるのよ」
「どう・・・って・・・」

 キスメは座り直すと困ったような顔をした。

「なぜ・・・ぬえそんなこときく?」
「気になったからよ」

ぬえは、答えを強制するような言い方ではないし、穏やかな目をしている。しかし彼女から伝わってくる空気は厳しく、とても冗談でごまかすことなど出来そうにない雰囲気だ。
キスメは答えられずに自分の入っている桶を見つめている。 ぬえは急かすことなく答えが返ってくるのを辛抱強く待った。

「あ・・・わたし」

やっと頭をあげ口を開いたキスメ。
彼女は口ごもりつつも、自分の気持ちをぬえに打ち明けた。

「わたし・・・パルスィ・・・すき・・・・・・」
「それは恋愛対象としてかしら?」
「・・・!!!ちがう!ちがうちがうちがう!そんなん・・・ない・・・しんけんかお・・・はなし・・・そんなふざけたこと・・・ぬえほんとう・・・わたし・・・ばかしてる?」
「ふふふふ。ごめんなさい。もうそんなふざけたことは言わないわ。友達として、一緒にいて遊びたいかってことよ」
「・・・・・・うん・・・それ・・・あってる」
「キスメはパルスィのどこが好きなの?」
「えっと・・・・・・パルスィつめたいたいど・・・・・・むししたり・・・・・・でもしばらくはしのうえいる・・・・・・わたしはなし・・・・・・なやみ・・・・・・きいてくれる・・・・・・」
「ふんふん」
「パルスィ・・・・・・わたしぶきよう・・・・・・いう・・・・・・けれどパルスィ・・・まけ
ずおとらずぶきよう・・・・・・むかしはし・・・・・・くるにんげんたち・・・・・・むさべつ
ころした・・・・・・いまでもすこしこうかい・・・・・・べつおんな・・・・・・ふりん・・・・・・
つまめとったおとこ・・・・・・ねたんでいる・・・・・・どうじ・・・・・・じぶん・・・・・・
もっとしっかり・・・・・・よかった・・・・・・くるしんで・・・・・・いる・・・・・・」
「へぇえ・・・」
「それに・・・かわいいとこある・・・・・・わたしつくったにんぎょう・・・・・・うけとってくれた・・・・・・なにかぶつぶつもんく・・・・・・いってた・・・・・・けれども・・・・・・わたしつくるにんぎょう・・・・・・うけとってくれた」
「素直じゃないものねぇ、あの子は」

ぬえはくすくすと笑っている。

「じゃあ、キスメちゃんに、このぬえがいいものをあげる」
「それ・・・なに」

ぬえが手にした物を見て、キスメは不思議そうな顔をした。その表情を見ながら、ぬえは得意そうに声をあげる。

「これはね・・・・・・」





* * * * * * * * * * *





キスメとぬえが立ち去った後、パルスィはいつものように、橋にもたれかかり、両目を閉じていた。
しかし心はキスメとぬえとの話を思い出すばかりで、落ち着かない。
普段の倍以上に嫉妬の感情を強め、心を塗りつぶしていくが、一向に落ち着かない。
橋の中央にどっかと腰を下ろすと、パルスィは空を仰いだ。
こんな感情になるのは、久しぶりであった。


どうして・・・・・・どうして・・・・・・どうしてパルスィみなさける?みなちゃんとパルスィはなしあいて・・・な・・・のに!
たのきゅうとのみな!パルスィよくおもわない!でもヤマメわたしそれよくおもわず・・・みないいきかせる!
パルスィみなのこと!いったいなにおもってる?
むだ?みなどりょくむだか?


お前は知っているはずなのに。お前が一番よく知っているはずなのに。
キスメは臆病な子よ。物事を切り捨てたり曖昧にするのをいやがる。
お前は後ろばかり向いて後悔している。でも、お前の為に、お前に会いにここまで来た。
お前は過去にとらわれて、そこから足を踏み出すことを恐れている。
パルスィ。あんたみたいな愚かな女に冷たい態度を取られて苦しんでいる子がいるという事実をちゃんと見て。悶え苦しんでるという事を。
お前が犯し、今なお犯し続けている大罪を!
忘れるなパルスィ、絶対に!

 
解かっている。解かっているのだ。もはや自分の力では収集がつかないということを。誰かに助けを求めるか、それとも完全なる死をもって未練に決着をつけさせるか。そのどちらかだという事を。
そしてそのどちらの方法も取れない以上、パルスィは自分を苦しませ続けなければならない。なんと情けないことだろう。
パルスィは血が滲むほど強く唇を噛んだ。心が締め付けられるように苦しくて、悲鳴をあげている。
今は何も考えたくない。考えれば、さらに自分が傷ついてしまうから。だから、心を空白にする。
悔悟を押し殺す。泣き喚きたくなる精神を凍らせる。
そうしなければ、即座に心が死んでしまいそうだった。


思い返す遥か昔。
女は、深い妬みにとらわれ、夫だった男を奪った女を殺したいが為、貴船神社に7日間籠り、貴船大明神に、生きながら鬼神に変えてと祈った。
明神に「本当に鬼になりたければ、姿を変えて宇治川に21日間浸れ」と告げられた。
都に帰ると、髪を5つに分け5本の角にした。
顔には朱をさし体には丹を塗って全身を赤くした。
鉄の輪に三本脚が付いた台を逆さに頭に載せた。
3本の脚には松明を燃やし、さらに両端を燃やした松明を口にくわえ、計5つの火を灯した。
夜が更けると大和大路を南へ走り、そのようにして宇治川に21日間浸り、生きながら鬼になった。
橋姫は、妬んでいた女、その縁者、相手の男の方の親類、しまいには誰彼構わず、次々と殺した。男を殺す時は女の姿、女を殺す時は男の姿になって殺していった。
鬼女は都の人間を喰らった。
喰らうことによって己の嫉妬を少しでも和らげようとした。
しかし喰らえば喰らうほど嫉妬の炎は燃え上がり、鬼女は愛する男を求めまた狂っていく。
終わりのない輪廻のように。


長ナル髪ヲ五ニ分テ松ヤネヲヌリ、
巻上テ五ノ角ヲ作リ、面ニハ朱ヲサシ、身ニハ丹ヲヌリ、
頭ニハ鉄輪ヲ頂テ、タイマツ三把ニ火ヲ付テ中ヲ口ニクハヘテ
夜深人閑テ後大和大路ヘ走出デ南ヲ指テ行ケレバ


「うあぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

怒りの感情がよみがえる。
自分があの出来事に対して、いかに怒りと嫉妬を抱いていたかということがよく分かった。
自分のなかの怒りを認識してしまう。それにより、怒りを爆発させてしまった。
そして、それを遥かに超える悲しみ。途方もない悲しみの感情が、胸にせきあげてくる。
とどめようもなくせきを切って溢れ出す。
これまで生きてきて、自分の内に積み重なっていった悲しみが一気に噴き出しそうになる。
ひとしきり怒りの激情にかられ叫んだ後、今度はその圧倒的な悲しみの感情に打ちのめされて、大声で泣きだしてしまい、子供のように手放しで泣いた。

「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」

ひとしきり感情を吐き出して落ち着いたのか、パルスィは袖で涙を拭うと、橋に座り込んだ。

「なによ」

誰もその声を聞く者はいない。

「なんなのよ」

その問いに答える者は、既にこの橋にはいない。
否。

「ドレダケアガイテモ無駄ダ。泣キ喚イテモ現実ハ変ワラナイ。救イノ手ナンテ伸ビチャコナイ」

大気の澱みと濃密な血の匂い。
爛れるほどの恐怖がべったりと染み付こんだそれは、むせ返るような瘴気を放出する。
毒気溢れる笑み。パルスィに屍肉の屍体共が群がり、その肌を包んでいこうとする。 赤が混じった白っぽいピンクがどす黒く滲んでぬめっている 。

「くっ、こいつらっ!!」

体から内蔵をはみ出した屍体。手足の引きちぎれた屍体。血肉の塊としか見えない屍体。無数の屍体はパルスィのいる地面の周りから次から次へと溢れ出てくる。不気味な笑い声と泣き声、うめき声や絶叫が、パルスィと橋一面を侵食していく。
パルスィは、自身の魔力を放出し、屍体を破壊していくが、数が多い上に、破壊されても他の屍体と混ざり合い、パルスィにまとわりついていく。

「しつこいのよ!!いつもいつも!!この私にしつこくつきまとって!!」
 
パルスィは怒りと悲しみの混じった表情で、絶叫しながら屍体共に魔力を打ち込んでいく。
しかし、突然パルスィの 二の腕、肩、腰、足に痛みが生じる。
それだけではない。身体の芯のほうからにじみ出てくるような、酸のような痛み。足のアザ。
内蔵のひどい冷え。二の腕からはじまってやがて手首まで広がり、脚の全体にまで拡がっていく血の染みのような、小さな紅い点々。
顔、詳しく言えば、目の下や鼻と唇のあいだ、額やほほ骨の下あたりには、蒼黒いカゲが見え始めていた。

「ぐぅうううううううう・・・・・・」

突如として体を蝕む原因不明の不調。常とは違うそれに、屍体を相手にする余裕もままならず、地面に倒れこみ、全身の苦痛に呻き続ける。

「足掻イテモ結末ハ変ワラナイ。幸セハヤッテコナイ。サア、ソノ目ヲ見開イテ、コノ現実ヲ直視シロ。トテモステキナ現実ダ」

屍体共の手の一つがパルスィの髪を掴み、別の屍体の手がパルスィの下顎に添えられ、締め上げたまま持ち上げて、焼け焦げ、ちぎれた無数の肉塊を見せ付ける。

「オ前ハ生キテイルニンゲンを『壊シタ』。死ンダニンゲンヲ『喰ラッタ』」

手はそのままその場で振り回され、パルスィは屍体の群れと屍肉の海へと投げ捨てた。

「『然リ、死ハ鴻毛ヨリモ軽シ。現実コソ悪夢ニ勝レルモノナリ』最高ノ悪夢ダロウ? タマシイガ揺サブラレル程ノ絶望ダ」

屍体共の無数の足がパルスィを蹴り転がして仰向けにする。こめかみ、頬、髪、腹、腕。無数の足はパルスィのあらゆる部位を踏みつけ踏みにじる。

「寝テモ醒メテモ悪夢、悪夢、悪夢!! マダマダ終ワラナイゾ?最後マデ、シッカリ堪能シナ」

その声と共に、屍体共はパルスィの全身に覆いかぶさっていく。
ぬるりとした触感が太ももを撫でて背筋を這い登っていく。
ぴちゃぴちゃという音が爪の先から忍び込んでくる。
生臭い臭い。肉の粘泥。どろりと口腔内を犯す温い血と肉と体液の味。
じっとりと肉からはみでた眼球がパルスィを見ている。
ぬるぬると唾液の跡を残し、無数の舌がパルスィを隈なく舐めて味わう。
もはや全身を動かすこともできず呻き続けるパルスィの嗚咽を、肉襞は静かに聞いている。
ぬたぬたとパルスィの感触を何度も何度も何度も何度も確かめる溶けた手。
ぶつぶつとパルスィの髪を嬲った肉塊に穴ができ、その鼻腔が匂いを嗅いでいく。
屍体の血肉の腐臭漂う、地上と地底をつなぐ橋。その中心でパルスィはぼんやりと考えていた。

(もういいかもしれないわね。疲れたわ。こんな負の感情を背負っていきるのは)

まとわりつく屍体達の放つ瘴気は、絶え間なく精神的状態を重苦しい鬱々とした気分にさせ、自死へ引きずり込んでいこうとする。
脳の混乱を引き起こし、思考の乱雑さを招く。
感覚は曖昧となり、意識が不透明なものとなっていく。
青白く蒼白になり、冷たくなっていく全身。生気が流れ出ていく感覚をパルスィは感じていた。

(このまま死んでも。いい潮時だわ)

これで、生の苦痛から解放されるかと思うと、少し気分が晴れるようにパルスィは感じた。
数え切れない罪を犯した自分は、正当に裁かれることはないと思っている。まっとうに成仏はできないだろうなと感じている。
それでもいいとパルスィは思った。後のことなどもう知ったことではないとパルスィは思っていた。
そのまま薄れゆく体の感覚と意識に身をゆだねようとし・・・

突如として屍体共の体が発火する。
絶叫を上げて逃げ惑う屍体達。しかし、いかなる術によるものか、その炎はパルスィを傷つけることなく行使される。
煙をあげ、黒焦げになりながら、屍体共はパルスィから離れていく。
一体何が?その原因は橋の向こうからやってきた。

「な゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛お゛お゛お゛お~ぅ」

それは、死と絶望を引き連れて歩いてきた。
それは、地獄の底から聞こえる呻き声かと聞き間違えるような陰惨な鳴き声をあげながら、橋姫に近づいていく。
それは、地獄から這い上がってきた黄泉の国の女王のように、無数の死せる者達を引き連れて歩いていく。
姿なき怨霊の呻き声に取り囲まれ、黒猫はパルスィに、ゆっくりと歩いていく。
ふいに黒猫の全身が赤黒く輝き、その姿を変える。

「何をしてくれているんだい、お前達」




* * * * * * * * * * *





あたいは、赤い目を細め、紅を引いた唇を舌で舐める。
長く鋭利にさせた両手の爪をうごめかせ、妖気を高めながら、橋姫に近づいていく。

「そいつを、お前達にくれてやるわけにはいかないねぇ」

橋の中心でうごめく無数の悪意と欲望。それは罪を犯し、怨霊と化した元人妖の声。
悪質な憑依霊は自分を「オレタチ」と言う。悪霊達は、しばしばアイデンティティー(自己存在意義)の崩壊を起こしており、他人と自分の区別がつかない。似たような苦痛を味わい、悩み苦しむ他の悪霊を自分の分身と考え、次第に彼らは寄り集まって互いに区別できなくなる。

「あたいに目を付けられたのが運の尽きさ。お前達は、この火焔猫燐が残らず喰らい尽くしてやるよ」

互いに飛び掛るのに不足のない距離。そこで、あたいは足を止め、魑魅魍魎達に闘いの宣言をしてやる。
それに促されるように、血肉を得た屍体達の絶叫と唸り声が上がり、あたい目掛けて一斉に怨霊達が襲い掛かる。
あたいは近くから飛び込んできた屍体に狙いを定めると、地面を疾走。瞬く間に距離を詰める。そして頭をわしづかみにし、飛び掛ってきた勢いを利用して、岩の壁に激突させると、屍体は頭蓋がはぜわれその中身が噴出。どろりとした液体と破片を撒き散らし、小刻みに痙攣する。そこにあたいの掌を通して魔力で発火。瞬く間に消し炭を残らない程焼き尽くす。
続いて飛び込んできた屍体には、旋回しながらの蹴りを炸裂させる。骨を蹴り砕かれた屍鬼は弾丸のように弾き飛び、橋に頭部をぶつけ後頭部を破砕。口から鮮血を覗かせ、発火して燃え尽きる。
ようやく攻撃の態勢に移ったのは、三匹目の屍体。子刀程もある爪を勢いよく横に振り、あたいの体を引き裂こうとするが遅い。あたいは繰り出される爪を身をしずめてかわし、勢いそのまま顔面に肘鉄を叩き込む。顔面を粉砕されたたらを踏む屍体の腹に撃ち込まれるのは、あたいの業火をまとった右拳。それは、屍体の腹をぶち破り、臓物と鮮血を辺り一面にぶちまけながら発火。屍体達の元へと吹き飛び、次々に屍体に燃え移っていく。
血と肉の臭いに興奮しているのか、自分の体が燃える恐怖に混乱しているのか。瀕死、または死んだ同胞の返り血を浴びながら、屍体達の何匹かが鋭い牙を突き立て、血肉と内臓を貪り食っていく。そんなおこぼれにあずかれなかった屍体達が、不服そうな泣き声をあげる。
一匹ずつでは不利と悟ったのか、前後左右から一斉に襲いかかる屍体。
煌く茶色の曲線。あたいの召喚した荷車が屍鬼達の胴体をまとめて粉砕。振り下ろした際に巻き起こる風圧と業火で切られた箇所から爆発したかのように弾け飛び、血肉が燃えながら舞い上がる。肉塊と血風、業火により盛大に咲き乱れる赤い花。
再び煌く茶色の曲線。骨と頚骨の砕ける音。大槌を叩きつけられたように屍鬼達の手足や首がおかしな方向に捻じ曲がり、鮮血と内臓を噴出させながら千切れ飛び、燃え上がる。
あたいの目は、鮮血と内臓を露出させ、腹を抱えてうずくまろうとする屍体を捉える。勢いよく放たれる茶色の死突。あたいの勢い良く押し出した荷車と橋に挟まれて、後ろにいた数匹の屍鬼達の胴体が、深々と押しつぶされ、粉砕され、燃え上がる。
あたいは軽く息を吐くと、左手で荷車を回転させながら頭上まで持ち上げ、地面向けて茶色の流線をえがく。屍鬼達がその軌道に合わせて浮かび上がり、地面に激突した後燃え上がる。
あたいの目の先には、血肉の花を咲かせ、燃え上がる屍鬼の残骸が転がっていた。
あたいにより巻き起こされる圧倒的な暴力と殺戮に、それでも屍体達は怯え、狼狽することはない。唸り声をあげ、次から次へとあたい目がけて、爪や牙を突き立てようとする。

「どんどん来な。一匹残らず食い尽くしてやるよ」

あたいは凶笑を浮かべ、全身と荷車に業火をまとわせると、向かってくる屍体と対峙した。





* * * * * * * * * * *





やがてそこには、山程いた屍体の姿はなく、炭化し消し炭となった肉片と、血肉のこげる異臭が一面に散らばり漂っていた。

「さて、最後の処理をしないとね」

そう呟くとあたいは、全身から魔力を放出。瘴気を伴うそれは橋全体に伸び、肉片から怨霊共を一匹残らず引き剥がす。絶叫と呻き声をあげながら、あたいに取り込まれていく怨霊共。
やがて、辺り一面を静寂が覆い、あたいと橋姫以外の気配の存在が確認できなくなる。
それを確認した所で、あたいは全身の魔力を収縮させ、橋姫の姿を見る。
あれほど屍体共に覆われていたというのに、その体を食いちぎられた様子は見られなかった。
しかし、足のアザ、二の腕からはじまってやがて手首まで広がり、脚の全体にまで拡がっていく。
血の染みのような、小さな紅い点々、目の下や鼻と唇のあいだ、額やほほ骨の下あたりには、蒼黒いカゲをあるのを確認し、あたいはヤマメの言っていた言葉が正しかった事を確信する。
ひとしきり橋姫の様子を確認した後で、あたいはいつ体に異変が起きるか判断するために、橋姫に取り込ませていた霊魂を抜く。

「随分と腐っているじゃあないか。橋姫」
「火車・・・」
「あたいは火車じゃなくてお燐。ちゃんと名前の方で呼んでもらいたいものだね」
「ふん・・・誰が・・・お前なんか」
「まぁいい。今はそのことでとやかく言うつもりはない。そのままでいいから聞きな。お前に話したいことがある」
「話・・・ですって・・・・・・」

あたいは、憔悴しきり立つ事もままならない橋姫のそばにしゃがみこむと、口を開く。
橋姫がどのような状況にあるかを、はっきり認識させる為に。





* * * * * * * * * * *





「初めは、あざができていた。それを私はどこかにぶつけたからできたんだと思った。その次に赤黒い反転ができた時、私は妖怪特有の病気だと思っていたんだ」

ヤマメは話す。橋姫に何が起こっていたのかを。

「ある日、いつものように薬を飲ませ、少しパルスィの元を離れてまた来た時だったかな。無数の屍体が、パルスィを取り囲んでいるのを見たんだ」

屍体。この地底世界は、鬼達が統治する前、死神、地獄の鬼と共に地獄の公的組織「是非曲直庁」管轄の灼熱地獄とそれに関係する役所、地獄の繁華街がある所だった。
それが、スリム化政策で地獄が縮小されて地獄ではなくなり、地獄だった頃の施設と怨霊が取り残されている。
その施設と怨霊の管理は、さとり様とあたい達ペットが行なっているが、地底世界の全てを完全に管理できているわけではない。
是非曲直庁から切り離される前。灼熱地獄が是非曲直庁から派遣された鬼神長とその部下の鬼達によって稼働していた頃。それはそれはおびただしい数の人妖が、毎日毎日そこに運ばれていたことだろう。
今なお、この地底世界では、怨念と共に大量の怨霊、悪霊が生息をしている。
そいつらが、仮初の血肉を得て、幽体から実体を伴って現れたとしても、少しも不思議なことじゃあない。
そしてあの橋姫は、嫉妬に狂った女の情念から生まれた妖怪。
その力の源のなっているのは、嫉妬という負の力。
積もり重なり、発散することもなかった橋姫を取り巻いている負の力に引き寄せられるように、大量の怨霊、悪霊が、橋姫にとり付いた。
それが、あの橋姫を蝕んでいるわけだ。

「皮膚から悪い気を出そうとしているとき,悪霊が付いていると、悪い気が体の奥に押し込められ放出ができない。これが悪霊の作用だ。
悪霊は電気的にはプラスのエネルギーで、頭や体から出そうとしている悪い気の放出を妨げる作用を持っている。このために病気の治りを遅らせたり、悪化させたりする。
悪霊は病気の治りを遅らせたり、悪化させたりするだけでなく運勢を悪くする。精神領域の悪い気がスムーズに放出できず、悪い気がスムーズに放出できず理性が無くなり性格を暗く、どんよりとしたものにしてしまう。
だからまず、除霊。これがとても重要だ。特に精神的な病気は除霊を必ずすることだ。
でも、それだけでじゃないんだろう。そんな程度の怨霊なら、お前でも処理できるはずだ」
「そうなんだ。あのままだと、あの子は・・・・パルスィはもうすぐ死ぬ」
「あいつが死ぬだって。そりゃあどういうことだい」
「あの娘は・・・パルスィは・・・呪いにかかっているんだ。その呪いは死霊となり、強力な怨念でパルスィにとりついていて、私の力じゃあ引き剥がすことができない。今、霊力がどんどん弱まって、体も冷たくなってきている。取り除こうにも、そいつはとても強いんだ。もう、私じゃあ、あいつを止められない」

呪い・・・ねぇ・・・
のろいとは、人あるいは霊が、物理的手段によらず精神的・霊的な手段で、他の人、社会や世界全般に対して、悪意をもって災厄・不幸をもたらす行為をいう。
既に死んだ人・動物や神霊がなす呪いを特に「祟り」と呼び分けることが多い。呪術が意図および結果の善悪にかかわらず用いられるのに対し、呪いという言葉はもっぱら悪い意味で用いられる。
呪いは生きた人間による場合には、呪文、祈祷、その他の言語的、呪術的または宗教的な行為によって行われるとされることが多い。

「で、あたいはその呪いが変化した死霊を取り除けばいのかい」
「うん・・・」

そこまでしゃべった所で、ヤマメは懐から何かを差し出した。

「これを・・・報酬変わりに受け取って欲しい」
「こんな大金をかい」

おそらく、ヤマメが診療や死体処理で稼いで貯めたほとんどの金額。それがあたいの手元にあった。

「本当は、お前の所の主人のさとりに頼めばよかったのかもしれない。でもさとりは怨霊を扱うのに長けているけれども、心を読む覚りだ。自分の心を読まれるのを誰よりも嫌うパルスィじゃあ絶対に嫌がるだろう」

それで、あたいかい。
ふん。そうかい。そういうことかい。
全く、面白いのか、くだらないのか。ヤマメからあたいにその役目が映るってわけかい。

「やってもいいが、条件がある」
「条件。それは一体・・・」
「それは・・・・・・・・・・・・」





* * * * * * * * * * *




ヤマメとのやりとりを伝えた後、あたいは再びパルスィに口を開く。

「お前はもうすぐとり殺される。お前自身の力とお前が狩ってきた犠牲者達の怨念、そして恨みを持って死の呪いが変化した死霊によってね」

地面に倒れ伏し、青白く顔で呻く橋姫。
しかし橋姫はあたいの言葉に反応した様子を見せない。あたいは頭をかき、苛立たしさを混ぜた声で、橋姫に離す。

「命に関わる重要な話だったのに聞こえていなかったのかい、橋姫」
「・・・なんかに・・・」
「んん?」
「お前なんかに・・・助けてなんか・・・もらうもんですか・・・」

倒れ伏したまま、緑眼であたいをにらみつける橋姫。
あ~~あ~~、随分嫌われたものだねぇ。
はぁ、仕方がないねぇ。あまり気は進まないけれども、これしかないか。

「縛」

その短い言葉によって、橋姫の体が硬直し、身動きひとつ出来なくなる。
稚技と言えるような技………いや、これは技とさえ呼べないような技だね。
しかし、どのような稚技であっても、扱う者の呪力が強い場合は、これほどの力を引き出すことが出来る。
完全に呪力に囚われ、著しく体力を消耗している橋姫は、それを跳ね退けることが出来ない。

「ぐっ!」

噛み締めた歯の間から、僅かな苦痛による呻き声が漏れる。
額には玉の脂汗が滲み、表情は苦悶と怒りに満ちていた。
基本的且つ、幅広く応用性に富み、奥の深い呪法。俗っぽく言うなら、不動金縛りといった所かね。
悪霊や怨霊が霊障を起こした場合、その悪霊の動きを封じ、縛りつけ、動けなくする事が出来る。あたいが今やったように、生きた人間や妖怪に使うことも可能だ。

「あたいの再三の注意を聞かなかった罰だよ。しばらくそこで大人しくしていな」

橋姫は、全身の力を振り絞って、縛鎖をほどこうとする。しかし、ほどくことができない。
あたいはため息を一つつくと、橋姫に対し口を開く。

「今からお前の体に巣食い、多くの下級悪霊、怨霊を呼び寄せている死霊を引っ張り出す。そいつを取り出したら、まずは一安心だ」

そういってあたいは橋姫に対し、手をかざして死霊を引っ張り出そうとし、強い衝撃を受けて吹き飛ばされる。
怨霊達の唸る声と、陰惨な声の響き。強い瘴気を持った何かが、橋姫の口から放出される。
それは毒々しい瘴気を放ち、橋姫を形取ってその体を震わせ、血を吐くような呻き声をあげる。
こめかみに突き刺さるような痛み。あたいは頭を押さえると、痛みの原因を探っていく。
何かの呪い。それも陳腐なものじゃない。死せる者を何十、何百と操ることのできるあたいに痛みを覚えさせる程強力な力。

「久しく見ない凶悪さだね」
「オノレェエエエエエエエエエエエエエエエコムスメ!!」

呪詛のような呟き声。
それは、橋姫からしゅうしゅうと湧きだし橋姫の姿を形取る。
そいつは、緑眼を爛々を輝かせ、射抜くようにこちらを睨みつけた。

「モウ少シデコヤツをトリ殺セタモノヲ。イカシテ帰サヌ。我自身ノ手デ直接オ前ヲトリ殺ス。覚悟シロ、コムスメェエエエエエエエエエ!!」

とり殺すだって?死せる者を使役し、冒涜するこのあたいを呪い殺すだって?
あたいの紅を塗った唇が三日月に裂け、その隙間から鋭い犬歯が覗く。
こんな化け物が相手なら、加減する必要なんてないみたいだね。

「そんなに殺し合いがお望みなら、してやろうじゃないか。お代に、お前の命と死体をもらうがね」

お前の命を持って、血の雨を降らせてやろう。
その亡骸を灼熱地獄に放り込んでやろう。
こちらも殺戮の感情で答えてやろう。

「来なよ、化け物。お前の望む呪いによる殺し合いをしよう。お前の力をあたいに見せてみるといい」





* * * * * * * * * * *





あたいは全身の筋肉をたわめ、一体の肉食獣と化すと、死霊に高速で接近。着物の裾をはためかせながら、死霊の顎目掛けて蹴りを放った。
風切り音を生みながら放たれるそれを、死霊は身をひるがえしてかわす。
あたいは、その勢いのまま一回転すると、短刀ほどの鋭い爪を生やした左手を閃かせる。毒蛇のごとく鎌首をもたげ、勢いよくひるがえるあたいの腕。その顎が死霊の全身を引き裂かんばかりに、振り下ろされる。
轟音。
切り裂かれた空気が衝撃波となって立ち昇り、床が深く抉られ、五つの鋭い傷跡が残される。
しかし、死霊を捕らえるには至らない。
へぇ、いい反射神経をしているじゃないか。
死霊は後方に飛び距離をおいてレーザーを放とうとするが、あたいはそれを許さない。瞬く間に橋姫との距離を縮め、再び近接格闘に持ち込んでいく。
あたいの猛攻は収まらない。むき出した牙で喉を食い破ろうとし、鋭い爪をけさがけに振り下ろして赤い驟雨を降らせんばかりに、大気を裂いて振り下ろす。
肉食獣として獲物を狩る時につかっていた攻撃。そのどれもが、一発で相手の命をしとめる強烈なものばかりだ。
凄惨で獰猛な舞踊。あたいは死霊に攻撃をさせる暇を与えず次々と繰り出される。それは、死霊の体をかすめ、傷付ける。しかし、死霊に恐れの色はない。突き出される拳、蹴り、死角からの一撃。それらを傷付きながらもかわしていく。
ばら撒かれた爆竹が一斉に破裂するかのように派手な、連続音。緑の閃光が瞬くように放たれ、あたいに十数発の魔力弾が打ち込まれる。爆裂する反動で、宙を浮きながらもその位置を僅かながら後方へと移動させる死霊。あたいは黒猫の姿に戻るとその全てを避け、再びヒトガタとなって拳を振るう。
振るわれるあたいの拳との距離は、ほんの数ミリ。あたいの横薙ぎの拳が振るわれるが死霊にかわされる。軌道上にその白焔を残した。次なる攻撃があたいから放たれる前に、死霊は受身を取りながら着地する。起き上がり様、魔力弾が放たれ、着地した瞬間を狙っていたあたいの右目へと直行する。あたいは身を翻して弾丸を避ける。あたいが回避行動を取る間に死霊は起き上がっていた。
魔力弾を込めた右腕が、あたいの腹に押し当てられる。起き上がった死霊も、あたいに爪を首筋に押し当てられたまま動けずにいた。両者が対峙し、膠着し、しばらく時が経過する。
先に動いたのはあたい。死霊の反応速度を上回る速さで、腹に押し当てられた右腕を蹴り飛ばし、左手で肩口に手刀を振り下ろす。攻撃の速度と距離から交わせないと判断した死霊は、左手でそれを受け止める。

骨の砕ける音と筋肉の断裂する音。
死霊を上回るあたいの膂力は、受け止めた死霊の爪を砕き、肉を袈裟懸けに裂き、骨を砕きながら肘ほどまで到達。死霊の左手を使いものにならない肉の塊に変える。
死霊は、苦鳴をあげながらも、あたい目掛けて魔力弾を発射する。
あたいは、死霊から大きく跳躍して後退すると、欄干に着地。それを地面に見立て、全身を回転させながら、死霊目掛けて長爪を突き出していく。自分の予測した攻撃のタイミングとずれが生じ、動揺しながらも、死霊はあたいの攻撃をかわそうとする。しかし、完全にかわしきるには遅い。
あたいの長爪は、死霊の右脇腹を抉り、肋骨を何本か粉砕。さらに飛び掛る際に生まれた突進力で、吹き飛ばしていく。
あたいは、両手の爪を地面に振り下ろし、地面を抉りながら強引に方向転換。再び死霊目掛けて飛び掛っていった。
脇腹と背中、内臓と骨にダメージを受けた死霊にあたいの攻撃を避ける術はない。
あたいに肩からぶつかられた死霊は、再び大きく吹き飛ばされる。
数度に渡る攻撃と体に受けたダメージは、死霊を大きく傷つけていた。
死霊は右手を使って何とか立ち上がると、抉られた脇腹を押さえ、吹き飛ばされた方向を見る。
死霊の怒りと嫉妬の感情が、突き刺さるようにあたいに向けられる。あたいは背後にいる怨霊達のざわめき声を聞きながら、ゆっくりと歩き、死霊に声をかける。

「何だつまらない。大きな口を叩いていた割には大したことないじゃないか、死霊」
「……グフっ!」

死霊はあたいに何かを喋ろうとするが、のど元をせりあがってきた血塊を吐き出すと、よろめきながらへたり込む。

「これで終わってしまうのかい、死霊。傷だらけになった体で、あたいに死体に変えられて、灼熱地獄に放り投げられるのかい?」
「……」

死霊から返事はない。痛みをこらえるのに必死で、あたいの言葉を聞いている余裕がないのか、単純に聞く気がないのか。
地面に横たわる橋姫の顔、詳しく言えば、目の下や鼻と唇のあいだ、額やほほ骨の下あたりに、蒼黒いカゲが現れ、瞬く間に広がっていくのが確認できる。死霊の奴、なんとしても、あいつをとり殺すつもりらしい。

「早い所制御しないと、不味いことになるね」

死霊は沼の底のような眼であたいを睨み付けると、憎悪と嫉妬と激憤を織り交ぜたような表情を顔に浮かべ空中に移動。死霊の魔力が増幅し、それらが何かの輪郭を作っていく。花びらだ。死霊の周囲に、花びらを燃した弾幕が纏わりつく。
その花びらを模した弾幕と、緑色の細かな弾幕が、あたいに向けて迸る。
六度の破裂音が一瞬のうちに鳴り響き、花びらを模した弾幕が張られ、あたいを追跡し、全身を抉ろうと迫ってくる。
あたいは自分に正確に向けられた弾幕を、怨霊を壁にすることで防ぐ。四散し、四方八方に飛び交う魔弾。
軌道を逸らされた花びら弾幕は勢いを殺さぬまま、二発があたいよりも上に、三発は破裂音を鳴らして地面で爆裂する。だがその内の一発は、怨霊達の壁をすり抜け、あたいの元へと飛来していき、身を翻すあたいを掠めて飛んでいく。
あたいの着物がぱっくりと切り裂かれ、露出した白い腕から、紅い液体が漏れ出す。弾幕はあたいの肌を切り裂き、切り傷から血を流れさせる。だがかすり傷だ。着物に傷と血はついてしまったが、気にする程のことではない。

あたいはさらに数十体の怨霊を召喚すると、数体を自身の前方に展開。死霊の弾幕に突っ込ませる。
怨霊は爆裂すると同時に、無数の弾幕となって視界一面に広がる。
火花を散らし、花びらを模した弾幕を駆逐しながら、あたいは弾幕をばらまき、怨霊を死霊の全方位に配置し、時間差で次々に爆裂させていく。さらに怨霊達にも時間差でランダムに弾幕を放たせる事で、死霊にどの隙間に避ければいいか、判断をさせ辛くしていく。
死霊は、次々に生まれ変化する弾幕を避けていくが、先の近距離戦で受けた傷の影響か、その動きは精細を欠いていた。背中、左足、太ももに次々に弾が激突していく。死霊はあたいの弾幕で焼け焦げ、抉られ、貫かれる。新たな傷が付く度に苦鳴をあげていく。
あたいは、そんな橋姫の様子を冷ややかに見るとスペルカードを発動。十数体の死せる妖精を、自分の前方に召喚。虚ろな表情のゾンビフェアリー達は、弾幕に当たる度に四散し、怨霊達と同じく、弾幕を放っていく。
このゾンビフェアリー達は、あたいの魔力が供給されている間は殺しきることはできない。
爆裂しようが、全身を撃たれようが、何度でもゾンビフェアリーは再生する。
避けてもゾンビフェアリー達自身の放つ弾幕と、あたいの弾幕が、どこまでも追い詰める。
怨霊や死せる者を使役し、操るあたいの力を見ろ。

動けなくなったのか、死霊が、ゾンビフェアリーと弾幕を避けるのを止める。
死霊の緑眼が怪しく、激しく輝く。あたいは、それを見ると激しいめまいを覚え、集中させていた妖力を四散させてしまう。
瞬間、巨大な虹が爆裂したかのように、様々な色が集約されてその空間を吹き飛ばす。強大な魔力の塊が、空間を焼き、床を抉り、そこにある物質を総て破壊する。一瞬、視界が奪われるほどの光に包まれて、あたいを後方に吹き飛ばす。
掻き消えるゾンビフェアリーと弾幕。
殺気のみで対象を押し潰そうとせんばかりに、牙のようになって、あたいを噛み砕かんと襲っていった。しかしそれより早くあたいは跳躍を済ませている。中空で体を逆さにして、下方の死霊を見据えている。

「随分と自分の力に自信があるみたいだね」

着物の裾を舞い上がらせ、滞空しながら、あたいは高らかに言い放つ。死霊が、身に纏う緑炎を燃え上がらせながら、あたいが元いた位置へと突進を行っていた。床が抉れ、木片が散らばっていく。体を跳躍させたまま、あたいが薄く笑って言った。

「だが身の程知らずってやつさ。お前は弱い。そして、あたいは強い」

 あたいは二発の魔弾を発射。一発は死霊の左耳に、もう一発は右肩から体内を貫通する。痛みからか、死霊が呻き声を発した。だが傷は浅く、死霊は動きを止めはしない。耳に着弾した炎も、奴が纏う緑炎によって掻き消された。

「我ガ弱イダトオオヲヲヲオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!?」

炎を纏った腕は、確実にあたいの細い四肢を打ち砕こうと、空気を切り裂いて振るわれる。
その咆哮と時を同じくして、あたいのこめかみが引き攣る。
対処はすぐにおこなった。ばら撒かれた爆竹が一斉に破裂するかのように派手な、連続音。紅と蒼の閃光が瞬くように放たれ、死霊の右腕に十数発の魔弾を打ち込む。魔弾が爆裂する反動で、宙を浮きながらもその位置を、あたいは僅かながら後方へと移動させる。
振るわれる凶拳との距離は、ほんの数ミリ。横薙ぎの拳は振るわれて、軌道上にその緑炎を残した。次なる攻撃が死霊から放たれる前に、あたいは受身を取りながら着地。起き上がり様、魔弾を発射した。
着地した瞬間を狙っていた死霊の右肩へと直行する。死霊は硬直し、その身を翻して魔弾を避ける。奴が回避行動を取る間にあたいは起き上がっていた。
両者が対峙し、膠着する。
両者の口から荒い息が漏れ出していた。
あたいを仕留められなかったことが分かり、歯噛みする死霊。その表情は悪鬼のごとき憤怒に彩られていた。

「緑眼ノ獣、我ガ半身ヨ。コノアヤカシヲ喰ライ尽クセ!!」

叫びと共に生み出される、緑眼の獣。それはあたいの背後から襲い掛からせる。
あたいはそれをさけようとするが、僅かに遅い。大蛇は、口らしき者を大きく開けると、そのまま前進。あたいを飲み込んだ。
次の瞬間、緑目の大蛇の腹が膨れ上がり爆散。 続けて立て続けに起こる、破裂音。
怪物の腹を、胸を、腕を脚を内側から破って、大きな口と鋭い牙だけが生えた怨霊達が何体も飛び出してくる。 それを皮切りにして、ぞくぞくと怨霊達が緑色の大蛇の全身から湧き出てくる。
そいつらは妖気を感知し、強かろうが弱かろうが喰らい尽くそうとする獰猛な怨霊、スプリーンイーター。
次々と湧き出す獰猛な怨霊達は、さらに怪物にまとわりつくと、緑色の大蛇の肉体にかじり付き、食い千切り、引き裂いていく。
緑色の大蛇を喰い尽くした獰猛な怨霊達は、次の獲物として、あたいと死霊目掛けて、我先にと向かおうとする。
流れ込む死霊の嫉妬と怒りの感情。
沼の底のように深く、どろりと重苦しく冷たい感覚。
底深く暗い漆黒の闇を湛えているかのように、邪悪で先の見えない感覚。

あたいは魔力を絡めて、この獰猛な怨霊達を制御。整然とした動きを取らせ、死霊に向かわせる。
スプリーンイーターは、あたいの元から離れると、円を描き、軌跡上に弾幕を張り、徐々にその範囲を狭めながら、死霊へと向かっていく。
スプリーンイーターに全身をかじられる死霊。その全身から血飛沫の代わりに、緑色の弾幕が縦横無尽に放たれる。
分身かい。自分の姿を分身させてどちらが本物か分からなくさせるもの。
確率は五分五分であるが、間違ったほうを撃つと報復が待っているって所かね。
スプリーンイーター達は偽者であるほうに食らいついた為、偽者がそこから大量の弾幕を吐き出したわけだ。
隙間なく敷き詰められだ緑色の弾幕達は、スプリーンイーターを残らず貫いて駆逐し、あたいに向かってくる。
あたいは、自身の体からありったけの怨霊を放出。それと共に自分の妖力と怨霊達の制御能力を高めていく。高密度で針を模した弾幕を発生させ、その中に何体かずつに分けた怨霊達を、車輪のように高速回転させて、放り込んで行く。針を模した弾幕に貫かれ、大きく怨嗟の声をあげる怨霊達。しかしそれでも消滅し、四散することは許されない。
怨霊達は針に貫かれる傷みと苦痛から、全身から赤い妖気を噴出させ、死霊の傍らを通り過ぎ、再びあたいの元に引き寄せられていく。
それは怨霊達に取って、地獄の苦痛。永遠のように終わりのない地獄の燐禍。
死霊は、再び魔力を収縮して放とうとし、大きくのけぞった。

「妖力切れだね、死霊」

今が勝機。あたいは、全身に強く魔力を溜めると、一気に放出。数百体の怨霊を呼び出し、なだれのように全方位から死霊に突撃させる。
上下左右。四方八方。ありとあらゆる方向から圧し掛かるように起こる重圧。そしてそれに同調するかのように放たれる怨霊達が、死霊の体へと襲い掛かる。
あたいは怨霊達を激突させながら、全て同時に爆発させる。
死霊が眼をかっと見開く。同時に巨大な光に飲み込まれた。閃光と耳を蓋いたくなるほどの破壊音が発せられる。
それはあたいの視界すら、その大部分を蓋わせた。攻撃と共に放たれた焔が、軌道上総てのモノを灼き尽くし、破壊し、暴れる。橋のいたるところにひびが入り、粉塵が高々と巻き上げられた。
光が止み、粉塵が舞い降りる。
橋姫の方を見れば、地面にうずくまり激しく悶絶しているのが目に見える。腕、脚、体の隅から黒い斑紋で埋め尽くされていく。斑紋は重なり合い、体を黒く塗りつぶしていく。
もう胸や腹まで黒く染まり、首元、頭に達するのも時間の問題だろう。
あたいは倒れ伏す死霊の方に向かうと、髪を掴み、自分の頭部まで持ち上げる、

「さぁて、お仕置きの時間だねぇ」
「コノォ、コムスメガァ。調子ニノルナ!!」

轟音。死霊の口から、緑炎が吐き出される。それは、あたいの全身をまともに捉える。
改心の一撃だと、死霊は確信したことだろう。
その緑炎が、あたいの身に纏う地獄の業火にかき消された時、死霊は、あたいに畏怖と絶望の表情を浮かべる。
あたいの手刀は、死霊の胸元を貫き、霊体のみを取り出していく。
一瞬遅れて熱が弾け、泥の中から何かを引き抜いたような、湿った重い音。

「ゴ・・・グ・・・ァ」
 
死霊は、橋姫の姿を取ることができず、赤黒い血肉の塊へと変貌していく。口の中から、意味のない呻き声を放つ。
あたいの悪鬼じみた姿に、怨霊は完全に恐怖しているようだった。
首から噴出す血飛沫があたいに斑点を作っていく。

「あたいは火車、火焔猫燐。死体の血肉と怨霊を喰らい、その魂と肉体を灼熱の炎で燃やす者。さぁ、お前の仲間達が灼熱の地獄の中で待っているよ」

全身を地獄の業火で包んだ姿で、あたいは右手を高々とかざす。
炎に包まれて死霊の血肉は燃えていく。その霊魂があたいの放つ地獄の業火の中へと吸い込まれていく。
地の底から湧く如き声が、炎の中から聞こえてくる。
怨霊達の呻き声と絶叫に促されるように、死霊の魂は炎の中へと吸い込まれていく。
炎の轟々と燃える音と、呻き声と絶叫が、辺り一面にこだました。




* * * * * * * * * * *





パルスィが目を開いた時、初めに視界に映ったのは、見慣れた自分の家の天井。薄汚れ、埃を被った壁。
体は綺麗に清められ、服は新しいものに取り替えられている。
全身の痛みを抑える為、鎮痛剤が投与されているのか、ゆるりと眠気を誘う。

「・・・・・・」

パルスィは自分の身に起こったことを思い返していた。
キスメが泣きながら去り、ぬえに頬を打たれ、その理由を頭で考えるように言われ。
怒りと悲しみの感情に突き動かされ、怒り、泣き、疲れた所でおびただしい屍体に囲まれた。
そこに火車がやってきて、そいつらを燃やし尽くし、喰らい尽くして。自分の身に何が起こったのかを話してきた。
そこで、パルスィの記憶は途切れている。

「私がこうしてここにいるということは、あいつが死霊とやらを退治したのね」

そう、パルスィがつぶやいた時だろうか。誰かがぎしぎしと床を踏みしめながら、パルスィの元へとやってくる。
開かれる襖。その姿を、パルスィは軽く息を吐き出して、両目で見た。

「気がついたようだね」
「ヤマメ・・・・・・」

ヤマメの姿を見た、パルスィは、全身の激痛をこらえながらゆっくりと起き上がる。

「おい。もう起き上がって大丈夫なのかい。パルスィ」
「大丈夫よ。いちいちこんな事で心配しないで頂戴」

激しく痛む額を押さえながら、パルスィはなんでもないふりをしようとした。
しかしヤマメは彼女の手をどかせて額をよく見ようとする。

「無理をするんじゃないよ、パルスィ。お前は病み上がりなんだ。しっかり休んで体調を整えないと」
「うるさい・・・さっさと私から離れろ・・・」
「いいから、いいから。暴れるんじゃないの」

看病なんてしなくていい暴れるパルスィ。しかし、身も心も著しく消耗した彼女は、ろくに動くこともできず、全身の激痛に呻きながら、ヤマメに易々と取り押さえられる。
ヤマメの手には、氷嚢と何かの椀ののった皿が握られていた。ヤマメは氷嚢をパルスィの額に当てる。
ひんやりとした心地よさに、パルスィは目をつむった。

「気分はどうだい」
「最悪よ。お前がいるせいでね」
「おやおや。ひどい言われようだ」
「まぁ、体の方は少し楽になってきたけれども」
「本当かい。そりゃあよかった」
「痛みは徐々に引いているわ。もう少したてばすっかり・・・何よこれ?」
「生姜湯だよ。私が持ってきたんだ」        

生姜湯は冷え性、関節痛、神経痛、生理痛、腹痛などの痛みの病気、食欲不振、胃腸病、風邪の引きはじめなどに飲むと体が温まり、発汗して効果がある。
親指大のショウガをすりおろし、茶こしに入れる。上から熱湯をかけて、湯飲み茶碗いっぱいにした、生姜湯。それが、パルスィに手渡された。

「ほら、飲みな。ハチミツと黒砂糖で甘くしてあるから、飲みやすいはずさ」
「・・・・・・おいしいわ」

息を吹きかけ、熱を覚ましながら生姜湯を飲むパルスィ。その頬に少しだけ赤みが戻った。

「薬ばかり投与しても体に悪いからね。パルスィもこういったものの方が好きだろう」
「えぇ・・・・・・」

パルスィが生姜湯を全て飲み終わろうかという時だろうか。床をかすかにきしませながら、何かが自分の元にやってくるのを、パルスィとヤマメは感じる。
開かれる襖。その姿はどちらもよく見知ったものだった。

「おや。ようやく目を覚ましたのかい、寝ぼすけめ」
「あぁ。今生姜湯を飲ませた所なんだ。あんたが運んできた時よりも、少し元気になったかな?」
「火車・・・」

パルスィはお燐の体を見て呟いた。
お燐は、上半身をさらしと包帯以外、何もまとってはいなかった。
細くしなやかで筋肉質なその姿をヤマメとパルスィに披露しながら、二人の下に歩み寄ると、あぐらをかいた。

「お前に巣食っていた怨霊やら、悪霊やら、死霊やらを退治した際についた傷だよ。心配しなくても大丈夫さ。深手は負っていないからね」
「別に心配してるなんて言ってないわ」
「可愛くない奴だ。やっぱりこんな恩知らずは、あいつらに喰われた方がよかったと思わないか、ヤマメ」
「滅多なことをいうもんじゃないよ。お燐。それよりどうなんだい。今のパルスィの状態は」
「あぁ。それなんだがね」

ヤマメのその言葉で、お燐は表情を真面目なものとし、口を開いた。

「橋姫。とりあえず、お前に巣食っていた怨霊は除霊した。体の機能も多少の落ち込みは見られたが、致命傷という程のものはない。二日、三日もあれば治るだろう」
「「・・・・・・」」

お燐の言葉に、ヤマメは安堵の表情を浮かべる。一方パルスィは、顔になんの表情も浮かべていない。

「だが、まだ施術は終わっていない。むしろ、ここからの方が重要かもしれない」

お燐はパルスィの目を見ると、ゆっくりと話始める。

「お前は、心を強力な結界で覆ってしまっている。それが外部からの干渉を遮断し、澱みを生み出しているね。
力というものは1箇所にいつまでも留まっていると、いずれ澱んでくる。
空気や水と同じものだと考えれば分るだろう。
他の妖怪と関わる。その行動自体が流れを生む。そして、その流れは澱みを清め、新しい力をもたらしていく。
繁盛して無い店は人の来訪が少ないせいで、流れが弱い。その結果、その店の中にはいつまでも澱んだ力が漂う事になる。
今のお前はそれだ。寂れた雰囲気と濁り、澱み。お前にはそれが充満している。
それを根本的に解消しない限り、お前にはいつまでたっても、大量の怨霊や悪霊が取り憑き、それを媒介として、強力な死霊も取り付くことになるだろう」
「だったら・・・・・・だったら、私にどうしろっていうのよ。私は嫉妬に狂う鬼。他者を妬み、その妬みを感染させ、とめどない負の力を顕現させる。お前はそんな力を私に消せとでも言うの。火車」

血を吐くようなパルスィの叫び。お燐はそれを、真正面から受け止める。
沈黙はそこまで続かなかったが、ヤマメにはそれがとても長く感じられた。
沈黙に耐え切れず、ヤマメが口を開こうとした時だろうか。お燐の口から、言葉が発せられる。

「橋姫。お前、あたいのやる芝居に参加しな」
「私が?」
「そうだ。お前の嫉妬の力がどのようなものかを、芝居に見に来る観客達に見せるといい。多くの妖怪と関わって澱みを消し、流れを生み出すんだ。それが今のお前にとって、一番いい治療になる」
「私が・・・芝居に参加・・・・・・」
「安心しな。お前の能力にぴったりの役をあたいが与えてやる。芝居が始まるのは一週間後だ。お前の素の姿を芝居に活かせば、対して練習もいらないだろう」

お燐の言葉に、橋姫は反応を見せなかった。その様子をお燐は訝しみ、再び声をかける。

「何を迷っているんだい。今回はヤマメがお前の危険を事前に察知し、あたいに伝えてくれたから、こうして霊達を退治することができた。でも、あたいもヤマメも四六時中お前につけるわけじゃない。お前の身を守る為にも、必要なことなんだよ」
「嫌よ」
「んん?なんだって?」
「嫌って言ったのよ」
「・・・・・・・・・・・・へぇ。そうかい。お前、嫌だって言ったのかい・・・・・・・・・・・・」

短くない付き合いをお燐としてきたヤマメには分かった。お燐がこういう口調になるのは、激しく怒り出す前兆であるという事を。

「ふざけるんじゃないよ!!この馬鹿野郎が!!お前、本当に自分がどうなってもいいってぬかすのかい!!」

激情に駆られたお燐は、パルスィの襟元を掴むと、右手一本で、自身の頭上より高くパルスィの体を持ち上げる。
万力のような怪力と締め付けをともなうそれは、パルスィに苦悶の表情を浮かび上がらせ、顔を紅
く染め上がらせていく。

「もう一度いうよ、橋姫。お前参加するつもりがあるのかい?それともないのかい?」
「・・・・・・」
「質問に答えな!!間抜け野郎!!」

お燐は、パルスィを掴む指を、ぎりりと首筋に握り込んでいく。パルスィは全身を震わせ、苦痛にたえるため、歯をがっしりと食いしばる。

「どうなんだい。橋姫」
「・・・・・・いやに決まっているでしょう。本望よ。あいつらに取り殺されるのなら」

パルスィのその返答をきいたお燐は、勢い良くパルスィの体を襖目掛けて叩きつけた。お燐の力とパルスィの体重。投げ飛ばされた重量物の勢いを襖は受け止めることができず、べきべきと音を立て、真ん中で真っ二つにちぎれる。
もんどりうったパルスィの体は、それでも止まることなく、床をごろごろと回転しながら家屋を支える柱にぶつかり、ようやく静止する。
あいつぐ激痛に、パルスィはもはや起き上がることさえできなかった。床に倒れ伏し、全身を細かく痙攣させ、荒い息を吐く。
お燐の凶行を見たヤマメが、慌ててお燐の腕を掴んで引き止めようとする。

「ちょっとお燐。いくらなんでもやりすぎだよ」
「お前は黙ってなヤマメ!!この分からず屋には、これぐらいの荒療治が必要なんだ!!」
「止めて!!止めてってば!!いいんだよ、お燐!!そこまでしなくてもいいんだよぉおおおおおおおお!!」

ヤマメは声を張り上げて叫び、必死でお燐を引き止めようとするが、膂力で遥かに勝るお燐の行動を止めることができない。ずるずると引きずられながら、お燐の行動を見る事しかできなかった。
お燐は、柱の前でもんどりうつパルスィを見下ろし、声をかける。

「さぁ、どうなんだ、橋姫」
「・・・・・・」

橋姫は何も答えようとしない。その様子にお燐の怒りは、最高潮に達してしまったようだ。天井までかかとを振り上げた姿勢で、パルスィの体に狙いを定める。

「何回も言わせるんじゃないよ、橋姫。さっさと私の言う通りにっ」
「止めてよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!おりぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいん!!!」
涙を流し、お燐の凶行を止めようとするヤマメ。その願い虚しくまさに、パルスィ目掛けて、お燐がかかとを振り下ろそうとした瞬間。
家屋の前に、ぼうと青白い人影が浮かび上がる。

「・・・・・・ちゃん・・・・・・かあちゃん・・・・・・・」
「「・・・・・・!!」」
「お前は・・・・・・そんな・・・・・・・どうしてこんな所に・・・・・・」

ヤマメに一度だけ見せてもらった写真。
かってパルスィが夫だった男との間で自分のお腹に宿した子供。しかし、夫だった男を憎む余り鬼と化す最中、冷たい川に浸かり続けた為流産させた、自分の子供。それが、パルスィの前に姿を現していた。

「おかあちゃん・・・・・・おかあちゃん・・・・・・」
「パルスィのことをおかあちゃんと呼ぶなんて・・・・・・あれはパルスィの子供の霊・・・なの?」
「橋姫は強い冷媒体質を持っている。だから、怨霊や悪霊だけじゃなくて、こういった霊が呼び出せても不思議じゃない。しかしこれは・・・・・・」

なにが起こっているのかさっぱりという様子のヤマメ。驚きと疑念の生じたお燐。そんな二体をよそに、子の霊魂は悲しげに語りかける。

「おかあちゃん・・・いやだよ・・・おかあちゃん・・・おかあちゃんがしぬなんていやだよ」
「坊や・・・・・・」
「ぼくかなしいよ・・・おかあちゃんまでしんでこっちにくるなんて」

そう言って悲しそうに顔を伏せる子の霊魂。一切の邪気のないその様子に、パルスィも普段の刺を持ち、嫉妬に狂う鬼の表情ではなく、我が子を慈しむ母親の表情を見せる。

「私が殺してしまった坊や・・・あの世では寂しくないのかい」
「しんぱいいらないよ、おかあちゃん・・・あのよはぼくみたいにかなしいしにかたをしたこがいっぱいいる・・・ぼくもそこでじぶんのいしをもった・・・さびしくなってもみんなとおなじだとおもえば、そのかんじょうもまぎれるんだ」
「うん・・・うん・・・」

パルスィは、口元を被っておえつが漏れるのを防ごうとしたが、漏れ出すのを抑えることができない。両の目からは溢れ出すように涙がこぼれだし、鼻水まで垂れ下がって、端正な顔がぐしゃぐしゃになっていた。

「くものおねえちゃん・・・いつもおかあちゃんのこときにかけてくれてありがとう・・・おかあちゃんくちにださないけれども・・・きっとよろこんでくれている」
「へへっ。そうかい。パルスィの子供にそう言ってもらえると嬉しいねぇ」
「あかげのおねえちゃん・・・・・・おねえちゃんもおかあちゃんをせめないであげて・・・・・・おかあちゃんはおこりっぽくておっかないけれども・・・・・・やさしいところもあるんだ 」
「・・・・・・分かったよ・・・・・・悪かったと思っているさ」

冷静になって自分の凶行を思い返したのか、子の霊魂から目を逸らしながら、お燐は小さく返事をした。その返事に子の霊魂は微笑む。

「ねぇ・・・しなないよね。おかあちゃん・・・・・・ちゃんとわるいれいにつかれないように・・・してくれるよね」
「・・・・・・」

パルスィはすぐに答えず、後ろを振り向いた。薄暗い視界と万全でない体では、ヤマメとお燐の表情をうかがい知ることはできない。それでも、ヤマメとお燐が何を期待しているのか、パルスィにははっきりと分かった。

「分かった。分かったわ。坊や。お母さんあのお姉ちゃん達の言う事をちゃんと聞く。だからもう帰りなさい。ここは坊やのような汚れのない者が来てはいけない、嫌われ者達の掃き溜めよ」
「よかった・・・おかあちゃん・・・これでぼくもあんしんしてかえれるよ」
「えぇ、気を付けて帰りなさい。」
「さようなら・・・おかあちゃん・・・・・・からだに気をつけてね・・・・・・おかあちゃんをしんぱいしてくれるようかいは・・・まわりにいっぱいいるんだよ」

自分の母親の返事を聞き、満足した様子の子の霊魂。その姿が少しずつ薄れていく。

「またあえるといいな・・・おかあちゃんに」
「えぇ。いつか会いましょう坊や。誰もいない、邪魔するものも妬むものもいない二人っきりの世界で」

霊魂は最後に青白い炎を揺らめかせると、その場からかき消えた。
後には、ヤマメ、お燐、パルスィだけが残された。

「全く・・・あんな・・・自分の子供に諭されるなんて本当に・・・自分の業と性格がねたま・・・しい・・・わ・・・・・・・」

安堵と自虐の言葉を吐きながら、ゆっくりとパルスィは地面に倒れ伏した。
そこに、ヤマメとお燐が駆け寄り、パルスィの様子を見る。

「心配ないよ。気を失っているだけだ。寝かせて上げれば大丈夫」
「そうなのかい。あたいはてっきり、あの坊やと共にあの世に旅立ったのかと思ったよ」

そういうお燐の軽口は、皮肉めいたものではなく、心からそうあってほしいような思いが込められていた。その思いを感じ取ったのか、ヤマメはにっこりと微笑む。

「あれがどうしてこの場に現れたのか分からないが・・・しかしこれで、橋姫の治療はできるわけだ」
「そうだね。私も安心したよ」

気を失いながらも穏やかに眠るパルスィを見るヤマメとお燐。その表情は先の子の霊魂と同じく、優しく穏やかなものだった。





* * * * * * * * * * *





芝居は大盛況に終わった。
あたいは、又七郎がかわいがっていた黒猫と、それが化けた又七郎の母役で。
橋姫は、鍋島家二代藩主、光茂の愛妾お豊役で。
ぬえは、語り部と背景の演出全般を担当した。
他には、あたいの怨霊達や地霊殿のヒトガタ達も何匹か参加した。
あたいは勿論だが、ぬえの演出や橋姫の演技も役柄にはまり、やんやの大喝采を受けた。
そして、最終日の芝居公演が終わった後は、打ち上げの飲み会。
ヒトガタ達の中で誰が一番多く酒を飲めるかの決定戦。雄雌区別のないヤキュー拳。
酔った勢いで歌謡曲を歌いだすもの。外界の珍しいウィスキーとやらを持ち込んで飲んでいるもの。
酒樽ごと酒を注文して飲んでいるもの。怨霊を枕代わりに酔いつぶれて寝ているもの。
やがて騒がしくも楽しい打ち上げは、静かになり、辺りには静寂が戻りつつあった。
その打ち上げ会場の外。そこにあたいと橋姫はやってきていた。

「いつもいつもこの打ち上げは騒がしいものになるけれども。今日は一段と激しかったね」
「・・・・・・」
「やっぱり、いつもよりもあたい達のやった芝居に関する歓声がすごかったからかね。これは」
「・・・・・・」
「しかし、ヤキュー拳ではあやうく服を全部取りかねない所まで追い詰められたねぇ、あたい。まぁ下の襦袢を取ることだけは阻止できたけど」
「・・・・・・騒がしくて、暑苦しくて、どいつもこいつもバカ騒ぎをして。こんなものに私まで巻き込んでほしくなかったわ」
「んん?でもお前、楽しそうに叫んでいたじゃないか?」
「無理やりお前達のバカ騒ぎに巻き込まれたから嫌だ嫌だって叫んでいたの。大体なんで私に歌なんて歌わせたのよ!!」
「あれ、ヒトガタ達に結構評判よかったんだよ。あんなね暗そうな奴から出てる声だとは思えないって」
「うるさいわこの馬鹿!!こんな鬼達と変わらない飲み会なら、こないほうがよかったわ!!」
「鬼達の飲み会と変わらないって、橋姫。お前、あいつらの飲み会は酔った勢いで殴り合いは当たり前。力比べと称した地響きを伴う相撲やプロレスに巻き込まれて、当たり前のようにほぼ全員に負傷者が出るんだよ。まぁ参加者がみんな鬼だから負傷程度で済むわけで、あたい達みたいな妖怪だったら、重傷になるだろうけど」

そこまでいうとあたいはごろりと縁側に寝転んだ。ひんやりとした床が火照った体には丁度いい。
夜の街の照らす明かりを眺めながらほうと息を吐く。

「まぁこれで、お前の停滞していた気や澱みは大部改善された。あとはお前自身でどうにかするんだね」
「・・・・・・」
「んん?どうしたんだい、あたいをじっと見て」
「・・・・・・あの・・・・・・」
「言いたいことがあるなら、はっきり言ってみな、橋姫」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ありが・・・・・・・・・とう・・・・・・・・・・」
「・・・ふふ!!そうかそうか。橋姫。ひねくれ者のお前もようやくそんなことが言えるようになったか!!」
「あぁああああああああああああああああもう!!うるさいうるさいうるさい!!笑うな!!笑うな!!この馬鹿猫!!」
「だって・・・ふふふ。お前みたいなのが、ちっちゃい声で好きな奴に告白する生娘みたいに可愛らしくありがとうって。ふふふふふふふふふ」
「しょうがないでしょう!!そんな感謝の言葉なんて、ろくに言ったことないんだから!!」
「お姉さんはうれしいぞぉ。不良が更生していく様を見る教師の様で」
「私の方があんたよりも何倍もお姉さん!!偉そうに教師だとかいうな!!」

頬を赤く染めてあたいに掴みかかる橋姫。それをいなしていくあたい。うぅむ、これは恋のもつれから来る痴話喧嘩のようだね。
どれぐらいそうしただろうか。荒い息を吐く橋姫は床に手をついて息を整えると、ゆっくり立ち上がり、打ち上げ会場とは反対の方向に帰って行こうとする。

「帰るのかい?」
「えぇ。もう打ち上げもほとんどお開きでしょう。だったら私がいる理由はもうないわ」
「ふん、確かにそうさね。じゃあもう帰るといいさ」

あたいがそう言うと、橋姫は打ち上げの会場から出ていこうとする。
ふと足を止める橋姫。振り返ることのないまま、あたいに声をかけてきた。

「ねぇ、火車。お前がそうなったのはどうしてかしら。お前は・・・」
「あたいの事を気にかけるより、まずは自分の事に集中しな。そしたら、少しは教えてやるよ」
「そう・・・・・・」

あたいの返事を聞いた橋姫は、振り返ることなく、今度こそ打ち上げ会場を後にする。
その橋姫と入れ替わるように黒いモヤが出現。それが妖の形を取り、あたいの隣に姿を現す。

「ミッションコンプリートね」
「あぁ。そうだね」

ぬえはあたいの隣に座ると、ぷらぷらと足を動かし、手にした酒瓶をラッパ飲みにした。

「今日の飲み会は楽しかったわ。お前たちの間抜け面が見れたし、パルスィの微笑ましい一面も見られたし。うん。やっぱり私、こっちの地底暮らしの方が寺暮らしよりも面白いかもしれない」
「だったら、どうして地上の寺にいるんだい。つまらないならこっちに戻ってくればいいじゃないか。別にお前は、地底から追放されたわけではないだろうに」
「私もそう思ったけどさ。今地上に神霊廟っていう新しい組織がやってきてるの。で、やばいと思って外の世界からマミゾウって知り合いの妖怪婆を呼んできてね。寺に一緒に住んでもらっているんだ。来てもらった手前、かってにいなくなるのはまずいし。だからここに戻ってくるのは、神霊廟と命蓮寺の行く末とマミゾウ婆が外の世界に帰ってから。地底に戻るのは、もう少し後ね」
「そうかい」

この悪戯好きが婆と呼ぶ妖怪と神霊廟という聞いたことのない新しい組織。ふぅむ、最近の幻想郷がどうなっているか、紅白、黒白のお姉さんに聞いてみないといけないねぇ。

「それよりもぬえ。あたいが橋姫を締め上げていた時に現れた、橋姫の子の霊魂。あれは、お前の仕業だろう」
「あら、バレちゃった?」
「お前が好んでやりそうな事だ。場を引っ掻き回したがるお前のね」
「けっこう自重してたのよ。お前が怨霊と闘っている時なんか、私も参加したかったのに」
「だろうねぇ。お前にとっても美味しい糧だっただろうからねぇ」
「あれは、キスメに正体不明の種を持たせて、パルスィが一番心を動かされるものになって説得をしてもらったの。でないとあいつは話なんて聞きゃあしないし、聞いても素直に答えないし」

こいつは悪戯好きの子供じみた奴だが、先の命蓮寺と神霊廟の行く末を心配するように、意外と妖怪間の仲を取り持つことが多い。地底時代にも、様々な妖怪と交流している様子が見られたが、それはこの性格が大きいのだろう。

「パルスィの奴、変われるかしらね?」
「後はあいつ次第さね。少しずつでも自分の方からヤマメやキスメのような親しみを持ってくれるものに近づいていくか、今までのように誰とも交流も持たず澱んでいくか」
「そうね。結局最終的には自分で決めて動かないとね」
「だが、もうそこまで心配はいらないんじゃないかね。あいつもやっと前に歩き始めたんだから」





* * * * * * * * * * *





旧都の裏路地。喧騒が遠くに聞こえるそこを、パルスィは歩いていた。
パルスィは思う。
ここ最近に起きた出来事は、自分の近年の生の中でも仲々にスリリングで激動的であった。
特に久しくヒトガタの姿であっていなかった火車と大きく関係を持ち、その様子を見たことは、パルスィに何らかの変化を与えようとしていた。

(火焔猫燐。お前は私にとって・・・・・・・)
「「パルスィ」」

物思いにふけるパルスィ。そんな彼女に後ろから声がかけられる。

「・・・・・・あんた達、いつからここで待っていたの」
「どれぐらいだろう。一時間ぐらいかな」
「もっとながい・・・・・・おもう」
「私がここを通らなかったら、ずっとここで待っていることになっていたんじゃないの?」
「通ると確信していたさ。パルスィ、今日お燐達の所で宴会に参加するっていうから。あの付近から帰るとき、パルスィ、喧騒を嫌っていつもこっちの道を通っているでしょう。だから、もしかして通らないかもなんて心配はしなかったよ」
「そう・・・ヤマメいうことただしい」

(こんな所で、わざわざ私なんかを)

パルスィは自分に向けられる情とその対象者に対し、嫉妬の感情が湧き上がる。しかし、それとは違う感情も共に湧き上がることに困惑をする。

「・・・・・・・・・・・・」
「パルスィ。一緒に帰ろう。一人だと寂しいでしょう」
「そうだよかえろ・・・わたしパルスィいっしょいい」
「別に私は・・・・・・・・・・・・・・」
「どうしたんだい?パルスィ」
「どうしたパルスィ?」
「ふふ、ふふふふふふふふ」

突如として笑い出すパルスィの姿に困惑するキスメとヤマメ。しかし、それはパルスィから差し出された両手を見て、笑顔に変わる。

「そうね。一緒に帰りましょう。迷子になるといけないから、私の両手をあなた達の手で掴んでちょうだい」

右手には朗らかに笑うヤマメの手。左手にははにかみながら笑うキスメの手。
両手を他者とつないだパルスィの表情は・・・・・・
少女のような可愛らしい笑顔に満ちていた。
ケテルといいます。
この度、この東方創想話に、投稿させて頂きます。
楽しんで頂けたら幸いです。
ケテル
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コメント



0.520簡易評価
8.80名前が無い程度の能力削除
説明のくどさや戦闘シーンの読みにくさなど難点はありましたが
総じて面白いと言えるレベルだったと思います
地底の文化が垣間見える作品は大好きです
10.70S.Kawamura削除
うーん。うーん…??冗長だった…かな??

多分、ケテルさんはこのSSに自分が書きたいことをアレモコレモと入れてしまったんではないかと思います。
「怨霊の定義」「お燐の着物」「鍋島化け猫騒動のあらすじ」「ぬえとお燐が演奏するシーン」「パルスィが嬲られる暴力描写」
「戦闘描写」などなど…個々の描写や説明はとても細かく興味深くはあるのですが、
このSS全体の「パルスィが皆に救われ改心する」というストーリーには蛇足な感じがしました。
そのため自分の緊張感は薄れ、冗長な展開に感じました。

また「パルスィが改心する」というストーリーを通じて、最も心情が揺れ動き変化するのはパルスィなのですから、
もっとパルスィの心情描写を説明してほしかったかなーと思いました。最後に急にパルスィの子供が登場するのは寝耳に水で
戸惑いましたし。。。ですのでお燐はこのSSではもっともっと脇役であってもよかったかなという気はしました。

ケテルさんのキャラクターの性格や設定への解釈はとても興味深いのですが、それらがストーリーという小箱に綺麗に収まらず
互いに押し合いへし合いながらドッチャリと小箱から溢れ、放り投げられたような印象を受けたSSでした。素材は良いと思いますよ!
12.50名前が無い程度の能力削除
いい話でした。でも読むのが苦痛でした。いつか面白くなるはずと信じていたのですが、世の中そう甘くはありませんでした。 文章力が作品の質に活きていない気がします。