※この話は続編にあたります興味のある方は「椛の記者見習生活<初日>」からご覧ください。
「それでどうなったんだい、っと」
駒を進めながら河城にとりは尋ねた。
ここは椛の待機場所である滝の裏。二人はいつものように大将棋に興じていた。
「・・・・・・結局昨日は挨拶でお仕舞い。上に提出する書類を何枚か書いて、後の時間は有効利用してください、だって」
椛はつまらなそうに答えてため息をついた。
にとりの攻めに合わせて駒を動かすも、普段と違って精彩に欠ける動きだった。攻勢に転じる為ではなく、場当たり的にとりあえずこの場をしのごうといった守るためだけの守りの手だ。
「今日はここまでにしようか。もみっち、全然集中できてないよ?」
「・・・・・・ごめん」
この区域担当になって以来、長く暇つぶしに付き合ってくれた友人に、真剣に勝負できない非礼をわびる。
「それで、たなぼたの休暇は何をしてたんだい?」
「報道部の資料室で射命丸様の新聞を読んでた」
「・・・・・・見習いが決まってから散々読んでたのに、また読んでたのか」
にとりは待機所の棚に積まれた帳面の山を見て、感心半分あきれ半分といった調子で言った。にとりの見た限り、少なくとも5回は読み返しているはずである。
「報道部の資料室には所属記者の発行した新聞が全部あるからね。手に入らなかった昔の新聞が読めたよ」
内容はやっぱり女の子関連だったけど、と補足する。見習い就任が決まってからのこの一月で、椛の幻想郷における有名な女性に関する知識は飛躍的に増大した。それまで名前すら知らなかった妖怪や、果ては今後会うことは無いであろう人間の少女の一面も知ることができた。
「あいかわらず真面目だねえ。古新聞読んでて飽きない?」
「射命丸様の新聞は面白いと思うよ。発行が不定期だから部数が伸びてないけど、内容や文章は上手い。それに――」
花が咲いている、一瞬椛はそう思ったのだ。
椛が初めて文々。新聞を目にした時、その紙面の鮮やかさに惹かれた。
紙面構成もさることながら、紙面を彩る写真がまるで花の様に見えた。撮影の技法についてはまるで知識の無い椛だが、その写真が唯一無二の、まさにその瞬間でなければいけない一瞬を切り抜いているものだということは直感で伝わってきた。
こんな写真を撮れるのは一体どんな人だろうと心を躍らせていただけに、落胆も小さくない。
「ふうん、まあそれこそまだ始まったばかりだ。これからさね」
「そうだよね。あんな写真がとれるんだもん、ただのぐーたら天狗なわけがない。そうだ、きっと前の日に遅くまで取材や撮影をしてたんだ」
出鼻を挫かれ落ち込んだ心に再び火がつき、椛は俄然やる気が出てきた。
「にとりん、ちょっと外回り行ってくる!!」
「うんうん、その意気その意気」
詰め所に籠もっていられないとばかりに外へ飛び出す椛を、にとりは頷きながら見送った。
「んー、おはようございます椛さん」
報道部で待つように、との指示を受けていた椛は定刻の1時間前から待機していたのだがいつまでたっても文は現れない。正午の鐘を聞いて業を煮やした椛が自宅を訪ねると、果たして初日と同じような格好で、ぐーたら天狗が現れた。
「・・・・・・射命丸様、お言葉ですが、その、もうお昼です」
5時間放置されたため、流石に腹に据えかねた椛は珍しく(おずおずとではあるが)非難めいた指摘をするが、
「あや~、ではこんにちはですね」
文はあっさりと受け流す。
本当にこのヒトがあの写真の撮影者なのだろうか、と椛は頭を抱えたくなった。
「ちょっと待っててください」
部屋に戻り、再び出てきた文は普段着になっており、手にはカメラを2つ持っていた。
「さて、それでは犬走椛さん。今日は写真を撮りに行きましょうか」
「は、はいっ!!」
ようやく見習いらしい事ができる。椛の意志とは無関係に尻尾がぱたぱたと揺れ、文は笑みをこぼした。
文が連れてきたのは山とは正反対の方向にある広々とした草原――太陽の畑だった。とはいうものの、まだ季節は春であるためその名の由来である向日葵はまだ芽吹いたばかりだ。
それでも日当たりがよいため、暖気を求めた妖精達があちらこちらをふらふらと漂っていたり、春の花々が咲いていたりと中々賑やかな風景である。
「それでは、好きに写真を撮ってみてください。替えのフィルムはありますので無くなったら私の所へ」
「はい!!」
「そんなに固くならなくていいんですよ? リラックスして気楽に撮ってください――って言われてリラックスできるヒトなんていませんよね。まあ好きなように撮ってください」
そう言われて、椛はふっと体が軽くなるのを感じた。
そのままの自分をなんのてらいもなく肯定してくれたということが、じんわりと胸に染みこんでくる。
「そうそう、これは注意して欲しいんですが、ここの主にあったらきちんと挨拶をしてくださいね。あと花は傷つけないこと」
「風見幽香さんですね。射命丸様の新聞で読みました」
分かっていますとばかりに椛は頷く。
「おや? 読んでくれたんですか。嬉しいですね」
文はにっこりと笑った。
「――それでは、他のヒトの記事や、風見さんに関する資料は読みましたか?」
「あ、その、眺める程度はしたような覚えがあるような・・・・・・」
思わず誤魔化してしまうが、本当はさっぱり読んでいない。ちょっとしたことでも完全否定できないのが、自分の悪い癖だと椛は自覚していた。
「記者心得めいたことを言いますが、まずは自分の目で見ることが大切ですよ。真実は新聞の数だけあります。他人の真実を鵜呑みにするのは危ない。参考にするのは大いに結構ですが、最後に頼るべきは自分です」
「・・・・・・はい」
寝起きのぼやけた表情の文と同一人物とは思えない、真剣な眼差しだった。
気圧された椛だが、どうにか返事をする。
「なんて、ちょっと格好つけたことを言いましたね。では始めましょう」
そう言うと文はばさりと空に飛び立った。上空から撮るつもりなのか被写体を探すのかは分からないが、真似をする必要はないのだと椛は思った。
カメラをもっている椛に気づき、妖精が何体か興味深げに寄ってくる。先刻までは、風景を中心に芸術性のあるものを撮るべきだと考えていたが、写る気まんまんの妖精を記念写真よろしく撮影するのもアリだと感じられる。
今まで意識しなかったが、妖精達は一体一体個性があり、動きや反応がそれぞれに違う。
「よーし、写りたい子はよっといでー!!」
今までの自分では言わないような台詞が、出さないような声量で口をついて出た。
真っ先に正面に陣取る妖精もいれば、端っこに行く妖精あり、行こうか行くまいか迷っているものや、仲間に引っ張られて並ばされる妖精もいる。
知らなかった自分と世界を感じながら、椛はカメラを構えた。
「あはは、妖精の集合写真ですか。これは面白い一枚ですね」
太陽の畑から戻った2人は写真の現像作業を行い、文の部屋で夕食をとりながらお互いの写真を見合っていた。
「はい。妖精って面白いですね。いままは全員陽気でふわふわしていると思ってたんですけど、結構性格に違いがありました」
「名の知れた妖精は霧の湖の氷精や春告精ですけど、妖精名鑑何かがあってもいいですね」
「作ってみたいです。うわぁ、射命丸様のこの写真いいですね」
「ああ、これはですね――」
2人きりの品評会は夜遅くまで続いた。
それからふた月、新聞の編集作業や取材の手伝いも始まったが、2人は週に1・2度必ず写真撮影に赴いた。場所は事前には決めず、その日の気分と風にまかせて幻想郷の各地を巡る。
「よしっ、これで詰み!!」
「負けたぁ~。3連敗だ」
「甘いよにとりん、それなら私は面接300連敗だよ? さあもう一局!!」
「もみっち、最近明るくなったね~」
「むむむ、霧の湖方面から接近する人影有り、監視対象に設定」
「ねえ椛~、どう見ても渓流釣りで川を上ってるただの人間じゃない?」
「哨戒は常に緊張感を持たなきゃ。む、監視対象が停止して道具の展開を開始」
「釣りの準備じゃないの~」
呆れた声を出す同僚の白狼天狗だが、心底辟易しているわけではない。連敗時代終盤の曖昧な笑みを貼り付けてた抜け殻のような椛を知っているだけに、充実した表情になった椛を見る瞳には喜びと祝福が込められている。
「よおし、椛! たまにはあたしの担当官ののろけ話もさせなさい」
「わわ、まだ監視が――」
「だからただの釣り人! はい終わり! それでこの間ね――」
報道部への廊下を椛は慣れた様子で歩いていた。
季節はもう長月。昼間はまだ残暑が厳しいものの、朝夕の風は確実に秋の訪れを感じさせる。
「うう、緊張するなぁ。文様、ご都合はどうだろう」
最近の堂々とした態度の椛には珍しく、どうしたものかと悩んだ表情をしている。
その手に握られたのは一通の招待状。
名の示す通り、椛は秋の生まれだ。
来月の誕生日に、仲間うちでちょっとした宴を開いてもらうことになったため、文を呼ぼうと思い立ったのだ。
この5ヶ月を経て、椛はだいぶ文と近づいた自覚があった。呼び名こそ射命丸様だが、そのうち文様と呼びたいと常々思っているし、友人に話す三人称はすでに文様になっている。
「ふらっと遠出される時もあるからなー、早目に知らせたから確実ってわけじゃないけど――うわっ」
突然の風に、招待状が手から離れて窓の方へ舞う。
「ああっ、ま、待って!!」
待てと言われても風に遊ばれる手紙に止まることなど不可能。そのまま外へ飛ばされていく。
椛もすぐさま窓から飛び出し、千里眼を用いて手紙の行方を追う。
幸い、手紙は報道部の建物のベランダに着地していた。
拾って確認するが、特に汚れや水に濡れた様子はない。
「よかったぁ――っと」
数人がベランダに向かってくる気配を感じ、椛は反射的にひさしの上に隠れる。ちょっとした予感があり、そのまま飛び去ることができなかった。
「ふー、会議は面倒だな」
「羽根が凝っちゃうわ。文、あんた寝るんならもっとさりげなくしなさいよ。大天狗様すごい見てたわよ」
「いやー、寝る気は無かったんですが」
何となく気になる足音があったが、やはり文だった。盗み聞きをしているという事実に罪悪感を覚えつつも、相変わらずな先輩に思わず笑みがこぼれる。
烏天狗達はベランダのテーブルに着くと各々が文字通り羽根をのばしてくつろぎ始めた。
「そいえば文の所、いま見習いがいるんだよな? どんな子? ウチの子は可愛いぞ~」
うきうきと話し始めた短髪の烏天狗を、小柄な烏天狗が抑える。
「はいはい、もう10年も聞かされてるからあんたの話はいいわ。どうなの文?」
「椛ですか? 良い子ですよ。何にでも一所懸命で、物覚えもいいですし」
ひさしの上の椛は蕩けそうな表情になったが、見つかってはならじと気配を消すことに専念する。
「もー、文もごちそうさまか。あたしだけ独り身・・・・・・。今まで3人見習いにしたけど、どれも半年で切ったり切られたりで続かないのよね。何かコツとかある?」
選んだ時はよかったんだけどねーとぼやく小柄。
「コツかー。色々あるなぁ。お互いの尊重とか良い影響を与え合えるかとか、でも結局は相性かなぁ」
「相性って言われちゃうとどうしようもないわね。総当たりとかやってらんないし」
「まあまあ、見習い希望者は一杯いるんだから、そのうち見つかるさ。ていうかこっちは選ぶ側なんだから贅沢いっちゃ下に悪いぞ」
「んー、そうよね。文はどう? そろそろ無事半年を迎えて次でしょ? コツとかあったら教えてよ」
話をふられた文はふむ、と考える。
文様はいったい自分とのどんなつながりを大事に思っているのだろう、そして、そういえば自分は何を大事にしていただろう、気持ちを表す言葉を探し、椛も考える。文の答えを聞きたいような、自分の答えを出すまで聞きたくないような、複雑な気持ちになる。
それでも、時間は流れ続ける。
文の口が開き、言葉は紡がれた。
「期間延長は、しないつもりなんですよ」
声を上げそうになるのを、ひさしから転げ落ちそうになるのを椛は懸命に堪えた。
何が起きたのか分からなかった。
同僚達の疑問の声にも文は曖昧な答えを返すだけで確定的な理由は明かすことなく、3人はベランダを出た。
ひさしの椛はずいぶん長いこと、手紙を抱いてぼろぼろ涙を零していた。
手紙は涙に濡れて封筒が透け、中の手紙の文面がのぞく。
宴の招待の日付は、椛の見習いが終わる日の翌日になっていた。
「それでどうなったんだい、っと」
駒を進めながら河城にとりは尋ねた。
ここは椛の待機場所である滝の裏。二人はいつものように大将棋に興じていた。
「・・・・・・結局昨日は挨拶でお仕舞い。上に提出する書類を何枚か書いて、後の時間は有効利用してください、だって」
椛はつまらなそうに答えてため息をついた。
にとりの攻めに合わせて駒を動かすも、普段と違って精彩に欠ける動きだった。攻勢に転じる為ではなく、場当たり的にとりあえずこの場をしのごうといった守るためだけの守りの手だ。
「今日はここまでにしようか。もみっち、全然集中できてないよ?」
「・・・・・・ごめん」
この区域担当になって以来、長く暇つぶしに付き合ってくれた友人に、真剣に勝負できない非礼をわびる。
「それで、たなぼたの休暇は何をしてたんだい?」
「報道部の資料室で射命丸様の新聞を読んでた」
「・・・・・・見習いが決まってから散々読んでたのに、また読んでたのか」
にとりは待機所の棚に積まれた帳面の山を見て、感心半分あきれ半分といった調子で言った。にとりの見た限り、少なくとも5回は読み返しているはずである。
「報道部の資料室には所属記者の発行した新聞が全部あるからね。手に入らなかった昔の新聞が読めたよ」
内容はやっぱり女の子関連だったけど、と補足する。見習い就任が決まってからのこの一月で、椛の幻想郷における有名な女性に関する知識は飛躍的に増大した。それまで名前すら知らなかった妖怪や、果ては今後会うことは無いであろう人間の少女の一面も知ることができた。
「あいかわらず真面目だねえ。古新聞読んでて飽きない?」
「射命丸様の新聞は面白いと思うよ。発行が不定期だから部数が伸びてないけど、内容や文章は上手い。それに――」
花が咲いている、一瞬椛はそう思ったのだ。
椛が初めて文々。新聞を目にした時、その紙面の鮮やかさに惹かれた。
紙面構成もさることながら、紙面を彩る写真がまるで花の様に見えた。撮影の技法についてはまるで知識の無い椛だが、その写真が唯一無二の、まさにその瞬間でなければいけない一瞬を切り抜いているものだということは直感で伝わってきた。
こんな写真を撮れるのは一体どんな人だろうと心を躍らせていただけに、落胆も小さくない。
「ふうん、まあそれこそまだ始まったばかりだ。これからさね」
「そうだよね。あんな写真がとれるんだもん、ただのぐーたら天狗なわけがない。そうだ、きっと前の日に遅くまで取材や撮影をしてたんだ」
出鼻を挫かれ落ち込んだ心に再び火がつき、椛は俄然やる気が出てきた。
「にとりん、ちょっと外回り行ってくる!!」
「うんうん、その意気その意気」
詰め所に籠もっていられないとばかりに外へ飛び出す椛を、にとりは頷きながら見送った。
「んー、おはようございます椛さん」
報道部で待つように、との指示を受けていた椛は定刻の1時間前から待機していたのだがいつまでたっても文は現れない。正午の鐘を聞いて業を煮やした椛が自宅を訪ねると、果たして初日と同じような格好で、ぐーたら天狗が現れた。
「・・・・・・射命丸様、お言葉ですが、その、もうお昼です」
5時間放置されたため、流石に腹に据えかねた椛は珍しく(おずおずとではあるが)非難めいた指摘をするが、
「あや~、ではこんにちはですね」
文はあっさりと受け流す。
本当にこのヒトがあの写真の撮影者なのだろうか、と椛は頭を抱えたくなった。
「ちょっと待っててください」
部屋に戻り、再び出てきた文は普段着になっており、手にはカメラを2つ持っていた。
「さて、それでは犬走椛さん。今日は写真を撮りに行きましょうか」
「は、はいっ!!」
ようやく見習いらしい事ができる。椛の意志とは無関係に尻尾がぱたぱたと揺れ、文は笑みをこぼした。
文が連れてきたのは山とは正反対の方向にある広々とした草原――太陽の畑だった。とはいうものの、まだ季節は春であるためその名の由来である向日葵はまだ芽吹いたばかりだ。
それでも日当たりがよいため、暖気を求めた妖精達があちらこちらをふらふらと漂っていたり、春の花々が咲いていたりと中々賑やかな風景である。
「それでは、好きに写真を撮ってみてください。替えのフィルムはありますので無くなったら私の所へ」
「はい!!」
「そんなに固くならなくていいんですよ? リラックスして気楽に撮ってください――って言われてリラックスできるヒトなんていませんよね。まあ好きなように撮ってください」
そう言われて、椛はふっと体が軽くなるのを感じた。
そのままの自分をなんのてらいもなく肯定してくれたということが、じんわりと胸に染みこんでくる。
「そうそう、これは注意して欲しいんですが、ここの主にあったらきちんと挨拶をしてくださいね。あと花は傷つけないこと」
「風見幽香さんですね。射命丸様の新聞で読みました」
分かっていますとばかりに椛は頷く。
「おや? 読んでくれたんですか。嬉しいですね」
文はにっこりと笑った。
「――それでは、他のヒトの記事や、風見さんに関する資料は読みましたか?」
「あ、その、眺める程度はしたような覚えがあるような・・・・・・」
思わず誤魔化してしまうが、本当はさっぱり読んでいない。ちょっとしたことでも完全否定できないのが、自分の悪い癖だと椛は自覚していた。
「記者心得めいたことを言いますが、まずは自分の目で見ることが大切ですよ。真実は新聞の数だけあります。他人の真実を鵜呑みにするのは危ない。参考にするのは大いに結構ですが、最後に頼るべきは自分です」
「・・・・・・はい」
寝起きのぼやけた表情の文と同一人物とは思えない、真剣な眼差しだった。
気圧された椛だが、どうにか返事をする。
「なんて、ちょっと格好つけたことを言いましたね。では始めましょう」
そう言うと文はばさりと空に飛び立った。上空から撮るつもりなのか被写体を探すのかは分からないが、真似をする必要はないのだと椛は思った。
カメラをもっている椛に気づき、妖精が何体か興味深げに寄ってくる。先刻までは、風景を中心に芸術性のあるものを撮るべきだと考えていたが、写る気まんまんの妖精を記念写真よろしく撮影するのもアリだと感じられる。
今まで意識しなかったが、妖精達は一体一体個性があり、動きや反応がそれぞれに違う。
「よーし、写りたい子はよっといでー!!」
今までの自分では言わないような台詞が、出さないような声量で口をついて出た。
真っ先に正面に陣取る妖精もいれば、端っこに行く妖精あり、行こうか行くまいか迷っているものや、仲間に引っ張られて並ばされる妖精もいる。
知らなかった自分と世界を感じながら、椛はカメラを構えた。
「あはは、妖精の集合写真ですか。これは面白い一枚ですね」
太陽の畑から戻った2人は写真の現像作業を行い、文の部屋で夕食をとりながらお互いの写真を見合っていた。
「はい。妖精って面白いですね。いままは全員陽気でふわふわしていると思ってたんですけど、結構性格に違いがありました」
「名の知れた妖精は霧の湖の氷精や春告精ですけど、妖精名鑑何かがあってもいいですね」
「作ってみたいです。うわぁ、射命丸様のこの写真いいですね」
「ああ、これはですね――」
2人きりの品評会は夜遅くまで続いた。
それからふた月、新聞の編集作業や取材の手伝いも始まったが、2人は週に1・2度必ず写真撮影に赴いた。場所は事前には決めず、その日の気分と風にまかせて幻想郷の各地を巡る。
「よしっ、これで詰み!!」
「負けたぁ~。3連敗だ」
「甘いよにとりん、それなら私は面接300連敗だよ? さあもう一局!!」
「もみっち、最近明るくなったね~」
「むむむ、霧の湖方面から接近する人影有り、監視対象に設定」
「ねえ椛~、どう見ても渓流釣りで川を上ってるただの人間じゃない?」
「哨戒は常に緊張感を持たなきゃ。む、監視対象が停止して道具の展開を開始」
「釣りの準備じゃないの~」
呆れた声を出す同僚の白狼天狗だが、心底辟易しているわけではない。連敗時代終盤の曖昧な笑みを貼り付けてた抜け殻のような椛を知っているだけに、充実した表情になった椛を見る瞳には喜びと祝福が込められている。
「よおし、椛! たまにはあたしの担当官ののろけ話もさせなさい」
「わわ、まだ監視が――」
「だからただの釣り人! はい終わり! それでこの間ね――」
報道部への廊下を椛は慣れた様子で歩いていた。
季節はもう長月。昼間はまだ残暑が厳しいものの、朝夕の風は確実に秋の訪れを感じさせる。
「うう、緊張するなぁ。文様、ご都合はどうだろう」
最近の堂々とした態度の椛には珍しく、どうしたものかと悩んだ表情をしている。
その手に握られたのは一通の招待状。
名の示す通り、椛は秋の生まれだ。
来月の誕生日に、仲間うちでちょっとした宴を開いてもらうことになったため、文を呼ぼうと思い立ったのだ。
この5ヶ月を経て、椛はだいぶ文と近づいた自覚があった。呼び名こそ射命丸様だが、そのうち文様と呼びたいと常々思っているし、友人に話す三人称はすでに文様になっている。
「ふらっと遠出される時もあるからなー、早目に知らせたから確実ってわけじゃないけど――うわっ」
突然の風に、招待状が手から離れて窓の方へ舞う。
「ああっ、ま、待って!!」
待てと言われても風に遊ばれる手紙に止まることなど不可能。そのまま外へ飛ばされていく。
椛もすぐさま窓から飛び出し、千里眼を用いて手紙の行方を追う。
幸い、手紙は報道部の建物のベランダに着地していた。
拾って確認するが、特に汚れや水に濡れた様子はない。
「よかったぁ――っと」
数人がベランダに向かってくる気配を感じ、椛は反射的にひさしの上に隠れる。ちょっとした予感があり、そのまま飛び去ることができなかった。
「ふー、会議は面倒だな」
「羽根が凝っちゃうわ。文、あんた寝るんならもっとさりげなくしなさいよ。大天狗様すごい見てたわよ」
「いやー、寝る気は無かったんですが」
何となく気になる足音があったが、やはり文だった。盗み聞きをしているという事実に罪悪感を覚えつつも、相変わらずな先輩に思わず笑みがこぼれる。
烏天狗達はベランダのテーブルに着くと各々が文字通り羽根をのばしてくつろぎ始めた。
「そいえば文の所、いま見習いがいるんだよな? どんな子? ウチの子は可愛いぞ~」
うきうきと話し始めた短髪の烏天狗を、小柄な烏天狗が抑える。
「はいはい、もう10年も聞かされてるからあんたの話はいいわ。どうなの文?」
「椛ですか? 良い子ですよ。何にでも一所懸命で、物覚えもいいですし」
ひさしの上の椛は蕩けそうな表情になったが、見つかってはならじと気配を消すことに専念する。
「もー、文もごちそうさまか。あたしだけ独り身・・・・・・。今まで3人見習いにしたけど、どれも半年で切ったり切られたりで続かないのよね。何かコツとかある?」
選んだ時はよかったんだけどねーとぼやく小柄。
「コツかー。色々あるなぁ。お互いの尊重とか良い影響を与え合えるかとか、でも結局は相性かなぁ」
「相性って言われちゃうとどうしようもないわね。総当たりとかやってらんないし」
「まあまあ、見習い希望者は一杯いるんだから、そのうち見つかるさ。ていうかこっちは選ぶ側なんだから贅沢いっちゃ下に悪いぞ」
「んー、そうよね。文はどう? そろそろ無事半年を迎えて次でしょ? コツとかあったら教えてよ」
話をふられた文はふむ、と考える。
文様はいったい自分とのどんなつながりを大事に思っているのだろう、そして、そういえば自分は何を大事にしていただろう、気持ちを表す言葉を探し、椛も考える。文の答えを聞きたいような、自分の答えを出すまで聞きたくないような、複雑な気持ちになる。
それでも、時間は流れ続ける。
文の口が開き、言葉は紡がれた。
「期間延長は、しないつもりなんですよ」
声を上げそうになるのを、ひさしから転げ落ちそうになるのを椛は懸命に堪えた。
何が起きたのか分からなかった。
同僚達の疑問の声にも文は曖昧な答えを返すだけで確定的な理由は明かすことなく、3人はベランダを出た。
ひさしの椛はずいぶん長いこと、手紙を抱いてぼろぼろ涙を零していた。
手紙は涙に濡れて封筒が透け、中の手紙の文面がのぞく。
宴の招待の日付は、椛の見習いが終わる日の翌日になっていた。
けど、この長さならまとめちゃってもいいような気もする。
続きが気になって夜も眠れなくなりそう
一つだけ言うと、一話分の時間経過がきっちり一日になってないからタイトルに付けるのは上・中・下とかの方が良かったかもしれない。