「あなたは歩く。歩き続ける。
その道程は途方もなく、果てしなく……延々と歩き続けても、永遠にたどり着くことはできない。
だからね、あの子達を永遠の友達にしてもいいし、新たに創ってもいい」
――アリス・マーガトロイド
<三ヵ月経った宵>
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
【山岳篇】
あなたの足元が崩れる。反射的に杖を捨て、手近にあった石の出っ張りを掴む。
でもそれだけで体重を超える大荷物の重量まで支えられるはずがなく、落下の速度を一瞬ゆるめるだけ。その間に左手が、まるで西部劇の早撃ちのようなすばやさで、リュックサックの横に提げてあったピッケルを掴み取った。
弧を描いたピッケルの先端が壁面に鋭く喰い込む。
皮がすり剥け赤く滲んだ右手は、伸ばされた河童の手とがっしり掴み合う。
「妹紅!」
河城にとりが呼ぶも、あなたは応える余裕が無い。歯を食いしばって河城にとりを見つめ返している。革のブーツは足場を探して宙を掻き、重たいリュックサックの重心が崖の側に向かわぬよう必死に腰をねじった。
「ホウラーイ」
河城にとりの足元をすり抜けて、蓬莱があなたの山岳ウェアを掴んだ。
力持ちの河童と非力な自立人形が、力を合わせてあなたを引き上げた。
「うおっ、と……」
少々手間取りながらも、あなたは崖の上に這い上がってくる。
「助かった……ありがとうにとり、蓬莱」
「ふーっ。気をつけてよね」
「ソーダゾー。テメーの命はトモカク、背負ってる荷物にゃ色々入ってんだからナー。シェイクスピアも言ってるぜ? 険しい山に登るには、最初からゆっくりと歩くことが必要だってよー。落ち着きが足りんぜやれやれまったく」
蓬莱の毒舌は愛嬌たっぷりなので、この場の誰も気を悪くしたりはしなかった。
あなたの命が安いを通り越して無価値なのは事実だけれど。
不死。不死身。不老不死。
蓬莱の薬を口にした、恩人殺しの大罪人。
それがあなた。
禁断の秘法に手を出したがため、未来永劫に生き続け、未来永劫に死に続け、その生に意味は無く、その死に意味は無い。
だから、河城にとりと蓬莱が助けたのはあなたではなく荷物と言ってもいいかもしれない。
いいかもしれないけれど、でも、きっと違うのだろう。
二人はお人好しで、あなたは仲間なのだから。
「まったく。足場がもろいって言ったわよ」
救出劇を首だけで振り向いて静観していた比那名居天子が顔をしかめる。
地形の良し悪しを識るため、この過酷な山岳を先導しているリーダー。
山岳服に身を包み、大きなリュックサックを背負っている。杖をつき、帽子をかぶり、登山家のテンプレートのようだ。
すべからく他の面々も同じ服装、装備をしている。違うのは髪形くらい。
あなたは真っ白な髪をポニーテールにして結んでいる。
比那名居天子は空色の髪を首の後ろで結んでいる。
ロングのストレートだと長旅では邪魔になるからだ。
空を飛べれば楽だし、好きな格好をする余裕もたっぷりあるけれど、幻想郷の外ではたいした力を発揮できず、妖怪の山の天狗達のアドバイスと、外の登山家に倣った装備によって、この山岳を乗り越えようとしている。
この山の向こうに新たな楽園があると夢見て。
「ごめん、気をつけてはいたんだけど」
あなたは苦笑を浮かべながら杖を拾った。
比那名居天子が助けようとしなかったのを、まったく気にする様子がない。
それも仕方ないだろう。ここは左右ともに切り立った崖なのだから。
左へ一歩ずれれば崖下に落ち、右へ一歩ずれようにも雲まで届く岩壁がそびえている。
そんな狭く険しい、灰褐色ばかりで構成された岩肌の道だ。
だから、前を行く比那名居天子があなたを助けようとすると、この狭い場所で方向転換しなければならない。
たったそれだけがどんなに危険か、あなたはとっくに承知している。
「ねえ、天子。まだ広いとこに出ないの?」
「まだ。あ、いや、もう出る。ここ曲がったとこ広いわ」
「そりゃ助かるわ」
「デコボコですっごい坂道だけど」
「ひえーっ……本当?」
「にとり達も足場に気をつけなさいよ。この馬鹿は死んでもいいけど、特ににとりは重要な仕事があるんだから」
あなたの後ろを覗くようにして、比那名居天子は河城にとり達に声をかける。
河城にとりは力持ちの河童だから、他の面々より大きな荷物を背負っている。比那名居天子の要石を運搬するのも河城にとりの役目だ。人形サイズの蓬莱は非常用の医療器具や携帯食料の詰まったリュックサックを背負っている。
荷物持ち係にゴリアテを起用しようという案もあったけれど、自立人形にあまり過酷な仕事をさせるとメンテナンスの必要性が出てきてしまうのだ。ゴリアテ本人は大冒険の機会を失って残念がっていた。歴史の浅い自立人形は、自己をより個性的に確立するため冒険心と好奇心にあふれている。
蓬莱も、蓬莱の人の形と呼ばれるあなたに親近感を持ってつきまとうようになったね。
あなたはいつも迷惑そうにしているけれど、満更でもないってみんな知っているよ。
少し歩いて、あなた達は切り立った崖から脱し、険しい坂道へと入った。
ゴツゴツした岩が無造作に並び、下手に足場を選んでは崩れ落ちかねない。比那名居天子が石を選んで進み、あなた達は慎重にあとに続く。こういう時、自重の軽い自立人形は楽だ。
荒涼とした岩山であっても、岩の隙間からは力強く草木が芽生えており、生命の力強さに感嘆した蓬莱が時折足を止めて視線を向けている。
「しかし、ワラキアってのはどこもこんな不毛の土地なのか?」
懸命に生きる草木を気にも留めず、あなたは酷いことを言った。
「この山を越えれば、多少は緑が増える……はず、だよね?」
河城にとりが確認するように問うと、最後尾から二番目の吸血鬼が鼻を鳴らす。
あなたが落っこちそうになった時も無反応だった吸血鬼でも、故郷の話題を振られては、ということか。
「知らないわよ。あいつが知ってるのは幻想郷にくる以前のワラキアだもの。今はどうなってるかなんて責任持てないとか言ってたわ」
「そう言うテメーは知らねーのかよ」
蓬莱が振り返って毒づき、肩を揺らして笑う。
「まったく。これだからヒッキーは」
「ハァ? ぶっ壊されたいの、ガラクタ人形」
最後尾から二番目を行くフランドール・スカーレットは、日光を避けるべく山岳服のみならず、帽子を深くかぶり、専用のマスクとゴーグルで完全武装しているため声がくぐもっているが、さすがは吸血鬼、地獄の底から響くような声はドスが利いていて恐ろしい。
「まあまあ。いいじゃない、今はこうして外に出て、調査隊に加わってくれてるんだから」
あなたも立ち止まって、場を和ませるべく蓬莱とフランドール・スカーレットをたしなめる。
「フンッ。好きで加わったんじゃないわ」
「紅魔館を追い出されたのは、自業自得でしょう? それに、故郷の土を補充するっていうのは吸血鬼にとって重要なんだし」
「そんなの、あいつ自身か、美鈴にやらせればいいことじゃない。なんだって私が」
「時勢――もあるけど、生きる力を身につけて欲しいんでしょ、幻想郷に頼らなくてもっていう姉心」
言われなくてもわかっているはずなのに、言われて、フランドール・スカーレットは押し黙る。
あなたはニッと笑って足を動かし始め、河城にとりもあとに続いて、蓬莱と一緒に歩き出す。
前傾姿勢で荷物の重量を利用しながら前へ前へ。
「フンッ……気に入らないわ」
「獅子は我が子を千尋の谷に落とすと言います。概ね妹紅の言った通りですし、実は心配性だから私がいるのです」
フランドール・スカーレットの愚痴を、最後尾を行く忠臣がたしなめる。
「それが余計なお世話なのよ。ワラキアの案内も、土を持ち帰るのも、美鈴一人で十分でしょ?」
「だから、千尋の谷ですってば。さっ、いつまでも立ち止まってないで。この岩山を越えれば多分、暗黒の沼と首吊りの森が見えてくる頃合ですよ」
悪魔らしい不吉な地名が聞こえ、誰かが失笑を漏らした。
少ししてから最後尾コンビの足音もついてくる。
しんがりは重要な役割であり、また、フランドール・スカーレットを護るのに適した位置。
紅魔館が幻想郷に移転する以前に忠臣の紅美鈴が見知っていた地形に出るまでは、完全防備のフランドール・スカーレットを見守ることこそ己の使命としている。
皆が皆、大小あれど使命を抱いてここにいる。
「美鈴、ケーキ食べたい。チョコレートの」
「休憩できそうな場所があったら、休みたがりのリーダーがすぐ言い出してくれますよ。ケーキはありませんけど」
自分のため。
主人のため。
「にとりよー。さっきは妹紅が世話になったな。飼い主として礼を言っとくぜー」
「飼い主って。それ聞いたら妹紅怒るよ?」
友達のため。
同胞のため。
「聞こえてるぞ蓬莱。ていうかな、私はお前のこと、アリスから頼まれてる側よ?」
「私に言わせれば蓬莱と妹紅、どっちもどっちだけど」
自分のため。
自分のため。
「でも、まっ、退屈しないですむのはありがたいわね」
自分のため――自分本位な人が多いチームである。
リーダーの比那名居天子がこれだから、類が友を呼んだのかもしれない。
実際、リーダーが決まった際に調査隊を辞退した人もちらほらいたし。
「ふふっ。ワラキアが立地条件に合ってたら、要石の真上に宮殿を建ててやるわ。第二の幻想郷は私を中心に創られるのよ!」
楽しげに笑う比那名居天子を、あなたは羨むように見つめる。
どうして? 第二の幻想郷を創ること、あなたも望んでいるはずなのに。
調査隊へ最初に名乗り出たのはあなただった。わざわざ天界から超特急で降りてきた比那名居天子が数分遅れで二番手だったね。
あなたは杖をついて岩を踏み越える。険しい岩の傾斜は、素体が人間の女の子であるあなたから体力を奪っていく。
天人でも、河童でも、妖怪でも、吸血鬼でも、人形でもない。
不老不死であっても素体が人間であるあなたが一番つらく苦しいはずなのに、泣き言ひとつ言わないでいる。
他者の苦労に鈍感な蓬莱も、あなたの苦労にだけは気づいている。
名前に親近感を持ってつきまとい、今はあなたの人格に親近感を抱いて、友達と呼べる仲になった。
あなた達はいつまで――友達でいられるのだろう?
「おっ、もう少しで坂を登り切れそうよ。景色もいいでしょうし、手頃な場所で休憩しましょ」
比那名居天子が歌うように言うと、ワラキア調査隊の一同にほがらかな空気が流れた。
疲れを知らぬ蓬莱もちょっぴりはしゃいでいる。
あなたもほんの少しだけ表情がやわらいだ。
「ん……?」
そんな中、不審げな声が背後から聞こえて振り返る。
眉をしかめた紅美鈴が、やや顎を上げて鼻をくんくんさせていた。
「美鈴?」
フランドール・スカーレットが問うと同時に、紅美鈴はその場に荷物を下ろして身軽になると、カモシカのように跳躍して岩場を駆け上がった。あなた達を追い越して坂を登り切った紅美鈴は、たいらな岩の上で立ち尽くす。
「馬鹿な、暗黒の沼が干上がっている!? お館様の呪いが浄化され……い、いや、呪いすら枯れ果てているのか?」
「ちょっと美鈴、何事? 数百年も経ってるんだから環境くらい変わってるでしょ」
比那名居天子がいぶかしげに問うすぐ後ろで、あなたもきな臭いものを感じたのか、いつでも荷物を降ろせる姿勢を取りつつ、腰の山刀に手を伸ばして冷えた声を出す。
「美鈴、ヤバイの?」
「……臭う。これは、お館様が健在だった頃によく嗅いだ臭い……戦場の臭いだ」
「東欧連合の秘密基地でもあった?」
場の空気が真冬のように冷え、比那名居天子と河城にとりも身構える。
蓬莱はリュックサックを抱え直した。
「軍なら軍でさ、滅ぼしちゃえばいいじゃん。ここ、お父様の領土だったんでしょ? 取り返そうよ」
ただ一人、フランドール・スカーレットの声色はのん気だ。
幻想郷ではないため全力こそ出せないが、それでも吸血鬼の猛威の前では人間など紙屑も同然。
けれどそれは人間が武装していないことを前提とする。
今や人間は、人間を殺すための武器で妖怪も悪魔も、神々さえも滅することができる。
過剰すぎる力によって大地と人類を蹂躙しているのだ。
早くなんとかしないと、取り返しがつかなくなってしまう。
だから幻想郷の予備が複数欲しい。
かつて紅魔館があった土地ならば、幻想郷の妖怪が一致団結すれば、もしかしたら新しく――それを確かめるべく、あなた達は危険を承知でここにきている。
危険が、向こうにあったのか?
「そっち、どうなってるのよ? 行くか戻るか判断するのは、リーダーのこの私よ」
仲間を力づける意味で強気に言った比那名居天子は、杖をついて歩き出した。
この傾斜を登り切れば見えるはず。
この岩山の向こうになにがあるのかを。
あなたは手で後方のメンバーを制すると、状況確認のため比那名居天子に続こうと歩き出す。
「バカジャネーノ」
蓬莱が独りごちる。
「東欧連合だか北欧同盟だか連邦軍だか知らんが、戦争のために手を取り合えるなら、地球環境の改善のために手を取り合えよ」
蓬莱は人間が好きだ。
妖怪や妖精とも親しいけれど、人間という種族と馬が合うのだ。
「人間はあらゆるものを発明することができる、ただし幸福になるすべを除いては――皇帝ナポレオンの言葉も、あながち間違いじゃねーのカモな」
かつて人間であったあなたや比那名居天子と馬が合うように。
それは創造主であるアリスがかつて人間だったことに起因するのか、それとも――蓬莱が無から生み出した"個性"か。
偉人の言葉を引用して知識をひけらかし格好つけているのは、"個性"を確立し切れていないのではとも考えられるけれど。
「今回の旅は失敗かな。チェッ……ゴリアテのヤロー楽しみにしてたのにな」
表情の無いフェイスが哀しみに彩られていくのがわかるのは、アリスや姉妹たる人形達を除けば、あなたと比那名居天子くらいだろう。
蓬莱が振り向く。
「なあ、帰ったらアリスとゴリアテに――」
「伏せて妹様ッ!」
あなたと比那名居天子が坂を登り切って、向こうの景色を目撃して息を呑むと同時に、紅美鈴は足場の岩を揺るがせるほどの脚力によって弾丸のように跳んだ。幻想郷の外では空を飛べないはずなのに、重力など知ったことかと言わんばかりの直線軌道で、呆けた河城にとりの横を抜け、言葉を途切れさせた蓬莱の上を抜け、最後尾にいるフランドール・スカーレットへと。
「美鈴ッ!」
それは誰の声だっただろう?
甲高く響くそれは、あまりにもあまりにも痛烈で、我を忘れての叫びで。
あなたも、比那名居天子も、河城にとりも、蓬莱も、誰一人、最後尾のフランドール・スカーレットへと振り返るより早く、銃声が空気を切り裂く。
こだまが収まるまで数秒間を要した。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「ここは、私達の里よ。
人間は出ていってくれる?」
――八雲橙
<まだ八雲じゃなかった頃>
【熱帯雨林篇】
真っ白なショートヘアーのすぐ下に浮かんだ汗を袖で拭う。染みは迷彩模様に溶け込んで、あっという間に目立たなくなった。出発前はピカピカだったブーツも、今じゃすっかり泥まみれ。
あなたはぐっしょりと重くなった野戦服に包まれた腕を持ち上げ、肉厚のアーミーナイフを振るう。
鬱蒼と茂るシダ類が払いのけられ、その拍子に木々が揺らいで強烈な陽射しがあなたを照りつけた。でもきっと不快ではない。直射日光に肌を焼かれるのは心地いい。不快なのは、喘ぐような蒸し暑さだ。故郷日本を上回る湿度はあなた達の体力を容赦無く奪っていく。
火の鳥に変じるあたなでも、熱帯の気候はつらく厳しい。
「わっと」
あなたはふいに足をすべらせる。
不恰好に尻餅をついて、頬に赤い線が走った。あちこちから無遠慮に伸びる枝で切ったのか。
「ダイジョーブか?」
押しつぶされないだけの距離を取って歩いていた蓬莱が、医療キットを出すべきか思案し立ち止まる。
あなたの治療は物資の無駄でしかないのだけれど、救護係の矜持というものがあるらしい。
「大丈夫。根っこ踏んですべっただけ」
「やーいドジ」
野次を飛ばしたのは最後尾に追いやられている調査隊リーダー比那名居天子だ。
迷彩模様のキャップに、熱帯の暑さに備えたボブカットがよく似合っている。
あまりにも似合いすぎていて、あなたも比那名居天子も、昔からずっと髪が短かったんじゃないかと思えてしまうほど。
「うっせ。じゃあ天子が先頭に立ちなさいよ、リーダーでしょ」
「ジャングルは専門外。サバイバル全般はあなたの分野でしょ」
「ったく、これだからお嬢様は」
「あーら。私以外の誰が幻想郷建設地の見極めと要石の設置ができるのかしらぁん?」
「八雲の賢者様を連れてこりゃよかったわ。猫だし、こういう場所も得意そう」
ぼやきながら、あなたは立ち上がる。
実際、八雲橙がきてくれればこの熱帯の探索も大いにはかどるだろう。
でも幻想郷を守護する妖怪の賢者を、人間の跋扈する外の世界へ連れ出すリスクはあまりにも大きすぎる。
それはあなたも理解している。
友達同士で軽口を叩いているだけだと、調査隊のみんなはわかっている。
草に体重をかけて踏み倒し、枝をアーミーナイフで払い、あとに続く仲間達が歩きやすいよう気を配ってくれている。
もしはぐれてしまっても、仲間達が迷わないよう道を切り拓いてくれている。
調査隊の皆々がそれぞれの役割をしっかり果たす大切さを、あなた達は知っている。
調査隊の皆々がそれぞれの役割をしっかり果たさないと悲運に見舞われると、あなた達は知っている。
調査隊の皆々がそれぞれの役割をしっかり果たしても悲運に見舞われることがあるとも、あなた達は思い知らされている。
だから、みんなこうしてがんばっているんだね。
あなたは歩き出す。この熱帯雨林の奥地に楽園があると夢見て。
険しい坂にさしかかると、地面から顔を出している根っこを掴みながら、まず一人でよじ登る。
登り終えるとリュックサックからロープを取り出し、近くの樹木にしっかりと縛って垂らして仲間を引っ張り上げる。
最初は、一番重量があるのは河城にとりから。
河童は力持ちなので荷物が多くなる。リュックサックも他の仲間と違い、山登りをしているんじゃないかと思えるくらい大きい。だから前からあなたが引っ張って、後ろから比那名居天子が押し上げる形を取った。
人形サイズの自立人形はパワーが足りないので手伝えず、一生懸命にエールを送った。
そうして河城にとりを上げ終えると、比那名居天子のリュックサックに乗っかって上まで連れていってもらう。人形サイズだもの、ロープを掴むのだって大変なのさ。
坂を登り切ると木々がやや開けており、真っ青な空がよく見えた。同時にギラギラと照りつける太陽も。
「バカンスできたかったなー」
「水浴びしたい……湿気はありがたいけど水浴び……」
比那名居天子と河城にとりのぼやきをスルーしつつ、あなた達はさらに密林の奥地へと進む。
迷彩模様の野戦服のため、時折うっかりあなたを見失いそうになってしまう。眩しい白髪はショートカットになっているせいでやや目印にしにくい。暑いだけじゃなく、長髪だとあちこち引っかかりそうなジャングルだから仕方ない。幻想郷でアリスにカットしてもらったのだからむしろご褒美だというのは、自立人形一同の共通意見だ。
ただ一人、蓬莱を除いて。
調査隊サブリーダーのあなたと、リーダーの比那名居天子とも、ロングのストレートヘアーでおそろいだったのにと残念がっていた。汗でうなじに貼りついた髪をあなたがかき上げると、汗をかけない蓬莱も後ろ髪を払った。無意識に。
好ましい人物がお酒を飲めば自分もお酒を飲みたくなる。紅茶なら紅茶を。コーヒーならコーヒーを。
好ましい人物がハンバーガーを食べていたら自分も。ドーナツを食べていたら自分も。アップルパイを食べていたら自分も。
それは無意識のシンクロ行為。無意識の友愛。
だから蓬莱は自覚していない。
あなたは気づいている? 蓬莱からそんなにも懐かれているって。
仲間を気遣うあなたの姿は、きっと尊いのでしょう。
けれど、あなたはもし気づいたとしても、きちんと向き合えるだろうか?
向き合える日はくるのだろうか――。
倒木のアーチをくぐるとあなたは「おっ」と声を上げて立ち止まり、手招きをしてみんなを呼び寄せる。
アーチをくぐった先には、太陽の光を跳ね返す川が流れていた。
水深は人間一人がすっぽり入るほどあり、川幅は数メートルほどか。
とても綺麗で、川底まで透けて見えている。
「空気と光と友人の愛。これだけ残っていれば気を落とすことはない。ドイツの詩人ゲーテの言葉だ。けどやっぱりよー、綺麗な水もあった方が嬉しいよナー。特ににとりみてーな河童はよー」
からからと笑う蓬莱の頭上で、あなたと比那名居天子がほがらかに相談を始める。
「せっかくの水場だし、このまま上流にさかのぼって、適当な場所でキャンプしよう」
「幻想郷建設地として、水源は重要だしね。こんな綺麗な水なら……あら?」
ある違和感を覚えたその横で、リュックサックがどさりと置かれた。
「ヒャッホーウ!」
身軽になった河城にとりが、水面へ思いっ切り飛び込む。
盛大な水しぶきを立てて、河童は久々の行水を満喫しようとした。
あなたや比那名居天子も、ノリがいいから通常であればあとに続いただろう。
でも、その川は奇妙だった。
少女の質量が飛び込んだというのに、水しぶきが妙に小さく、音が重たかった。
川ではなく、まるで泥沼に飛び込んだように、どぷん、と。
「うぇっ、なにこれ……」
すぐさま川面から頭を出して、不可解さを示す河童。
その顔を濡らす水はやけにてかてかしており、したたり落ちるしずくが妙に糸を引く。まるで油のように。
「……普通の水じゃないぞ。なんだ?」
「……ジャングルの川って、茶色く濁ってるイメージあったけど……澄み渡りすぎてない?」
あなたと比那名居天子の声は強張っていた。
取り返しのつかないことが起きているのではないかという不安と恐怖。
「オイ。この川、デケーのに魚いねーぞ。水草も無い。つーか、川辺の木、なんか枯れてんじゃネーノ?」
疲労によって思考力の低下していた面々は、疲労をしていない蓬莱の言葉にハッとして周囲を見回した。
確かに川辺に生えている木々は、今までの木々に比べて葉の数が少ない。川に向かって倒れている木も多い気がする。
「ン? 上流になにか……望遠モードにしたら建造物っぽいのが見える。水がおかしい原因かな」
「なに?」
あなたは一瞬上流を見、嫌な予感がしたのか息を呑んだ。
「上がれ、にとり早く。上がれ!」
あなたが手を伸ばすと、河城にとりも慌ててその手を掴み、引っ張り上げられる。
手伝おうとした比那名居天子を眼で制し、水に触れないようさせた。
意図はすぐ伝わり、比那名居天子は手を引っ込める代わりに口を出した。
「蓬莱、医療キット! とりあえず八意印の万能薬飲ませるわよ」
「アイアイマーム」
「妹紅達は上流確認! 原因掴めて対処できるかも」
「アイアイ、マム」
蓬莱の真似をして応じ、荷物をその場に置いて迅速に駆け出す妹紅。
川辺にある岩や倒木を次々に飛び越えて、軽やかに上流を目指す。まるで天狗や猿のよう。
弧を描く川をさかのぼっていくと、木々の陰に隠れていた人工物が次第に見えてきた。
白い、ドーム状の。
「なんの施設?」
あなたは不審げに呟く。
「……工場? なんか、排水路みたいなのが……」
あの建物に近いほど植物が弱っている。
その建物は川辺に建っており、川に、排水をしているように見えた。
でも流れ落ちているのは水ではなく、ドロドロとした透明の液体。得体の知れない液体。
あれが清流に混じり汚染していたのか。
あれが川に生命が住まず植物が弱っている原因なのか。
「あれは……北方軍の軍事施設? デザインが明らかにそうだよ」
あなたは信じられないとばかりに息を呑む。
「オセアニア諸島だぞ!? なんで北方軍が……いや、ここからなら中華連邦を挟み撃ちにできる?」
戦慄する。
中華連邦が戦場となれば日本にも、幻想郷にも火の粉が降りかかるだろう。
「本当に始まるのか。史上最大の世界大戦が」
未来への不安があなたの動きを止めたその時、光の線が通り抜けた。
ジュッと焼ける音がして、あなたの腹部に風穴が空き煙が上がる。
「あ……?」
腹に手をやり、よろめいて、川へと落ちた。
クリーンなビーム兵器は世界各国で戦争にもちいられているけれど、人体に与える苦痛は実弾をはるかに凌駕する。
なにせ肉が蒸発し、傷口を一瞬で焼かれるのだ。
しかも出血が無いため失血死せず、苦しみがより長く続いてしまう。
普通の銃弾で空けられた穴に熱した鉄の棒を突っ込んで焼かれるのを想像すると、わかりやすいかもしれない。
その残酷さゆえに対人戦での使用はほとんどの国で禁じられている。
けれど使われた現実。
あなたはビームライフルで狙撃されたのだ。
軍事施設から兵隊が出てくる。あなたの死体を確認し、さらに他に侵入者がいないか調べようというのだろう。
水中が輝く。
みずからの妖力を暴発させて自爆し、リザレクションを果たしたあなたは、そのまま川をくだって逃れる。意図を察した蓬莱もすぐあとを追う。
奴等に追いつかれる前に、調査隊の皆にこのことを知らせなくては。逃げなくては。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「ふん、妖怪の言う事なんか信用できないな。
今夜を無かった事にしてやる!」
――上白沢慧音
<正義の戦い>
【荒野の舗装道路篇】
舗装されたアスファルトの道路。
そこに生気は無く、硬く、無慈悲で、日光を照り返し、陽炎が景色を歪めている。
これこそ人間という種の道程の象徴であると比那名居天子は言った。
わかるわかると、あなたも同意する。
「自動車で走る分にはいいけど、徒歩だとね。まあ、歩きやすくはあるんだけど、初めて歩いた時は怖かったわ。だって、転んだら相当痛いよ? 手足の皮がずる剥けになるんじゃないかって、長袖長ズボンがかかせなかった」
「そのへん、天人はいいよナー。アスファルトで"もみじおろし"にしても傷ひとつつきそーにないし」
道路の中央に描かれた白線の上を、頑なに沿って歩く蓬莱が物騒なことを言った。
もみじおろしとは、大根に唐辛子を加えた大根おろしのことなのだけれど、この場合は人を壁や床に強烈な圧力で擦りつけることを言う。粉微塵に削られた血肉が、まるでもみじおろしのようだからだ。
悪趣味でグロテスク。
だというのに、ゴリアテは快活に笑って言った。
「誰か経験ある? ヤる方でもヤられる方でも」
「なんで私を見ながら言う。あるよありますよ、ヤるのもヤられるのも! 死んだけど文句ある?」
あなたの答えが予想通りすぎてみんなが笑う。
セミロングの髪に野球帽をかぶり、ジャケットにジーンズというラフな格好の比那名居天子が。
姉妹倫敦の形見の人形用鹿撃ち帽に、インバネスコートまで着て、大昔の名探偵――というか、こないだ読んでいたシャーロック・ホームズ――のような姿の蓬莱が。
この中で一番長身で、トレンチコートに七丁の銃器を隠し持つゴリアテが。
ただ一人、真っ黒なローブに身を包んだフランドール・スカーレットは笑わない。
ひとしきり笑い声を楽しんだあなたは、背中まで結った三つ編みの髪を揺らしながら「ハァ」とため息をつく。
黒いワイシャツにスラックスという黒ずくめの衣装通り、陰鬱な雰囲気をかもし出して。
「私達、なんで歩いてるんだっけ?」
「地雷踏んで、トラックふっ飛んだからジャネーノ。だから軽トラなんかやめて、危険でも軍用トラックかっぱらおーぜって言ったんだ」
蓬莱が冷たく応じ、チラリと比那名居天子を見やる。
先刻までトラックの運転手をしていた我等がリーダーは知らんぷりして口笛を吹いた。
不快だとばかりにフランドール・スカーレットが道路を強く踏みつける。破片が散り、亀裂が数メートルほど延びた。
「ヤレヤレだぜ。気晴らしに銃撃ちたい」
ゴリアテがぼやく。昔から武器マニアだったため、今ではすっかりトリガーハッピー。
硝煙臭いとアリスや姉妹に何度言われようとも、やめられない止まらないトリガーハッピー。
「やめろ。銃声で、陸軍どもに気づかれたらどうする」
「HEY妹紅! そんなのトラックで地雷でドカーンしちゃってるんだし、今更だぜベイビー」
「テンション高いなぁゴリアテ……なんかいいことでもあったのか?」
「だって地雷踏んだのって初めてだもん、テンション上がるわ。トラック越しでも楽しかったわ」
「火薬ならなんでもいいのか」
「ビーム兵器なんて邪道ォだぜ、実弾こそ至高ッ! ねえ、蓬莱もそう思うでしょ?」
指で拳銃の形を作ったゴリアテは、それで蓬莱を示し「バキューン」と撃つ素振りをする。
「思わねーよ」
一秒も要さず蓬莱は冷たく突っぱねた。蓬莱は戦争が嫌いなのだ。兵器も嫌いなのだ。
土地を焼き、人間を焼き、仲間を焼き、友達を焼き、姉妹を焼いた兵器が大嫌いなのだ。
「戦争する奴は全員死んじまえばいーのに」
ぼやいて、蓬莱は青空を見上げた。
地球に向かってきているという隕石群は、人形が持つ望遠モードを利用しても視認できない。
それだけ遠く、それだけ空が汚れているということだ。
そろそろ最新型の迎撃ミサイルで軌道をそらす作戦を、アメリカ国防軍が開始する。
そういうのでいいのだ。武器や兵器は命を護るために使うべきなのだ。
「蓬莱、置いてくよ?」
「うおー。置いてくな妹紅ー。人形の歩幅に合わせろー」
「合わせてるよ、ゴリアテに」
「ゴリアテ人間サイズじゃねーか! バカジャネーノ!」
和気藹々と、あなた達はアスファルトを行く。
さみしいさみしいアスファルトの道を行く。
その左右は荒野。アメリカ大陸のだだっ広い荒野。
色あせた枯れ草がところどころに生え、茶褐色の枯れ木は今にも倒れそうで、大地は平面であるという真実を確信できるほど平坦だった。球形なのは地平線や水平線が見える地域だけの御伽噺に違いない。
話が途切れると、静寂が耳を打つ。
仲間達の足音だけが、やけに大きく響く気がする。
風の無い荒野。彼方には茶褐色の岩山。生命の息吹を感じられない大地。
強い陽射しにも関わらず寒いと感じ、仲間とともに歩きながらも孤独と感じてしまう。
きっと誰もが、歩きながら話題を探している。
ただ、フランドール・スカーレットだけは、その限りではないかもしれないが……。
「ン? なんだー、アレ」
ふいに、道路中央の白線を歩いていた蓬莱が端へとそれ、一枚の紙切れを拾った。サイズはB4のノートくらいか。
くしゃくしゃになって汚れており、雨に濡れて滲んでしまっていた。
46 …………
47 ギャラティ
48 グリブル
49 ハークネス
50 …………
51 ……
「なんの名簿?」
一部分だけを蓬莱が読み上げる。
話題に餓えていた比那名居天子すら反応が思いつかずスルーして、どうでもいい紙屑として放り捨てられた。
くしゃりと、誰かが紙を掴む。
不審に思って振り返ったあなたは、黒いローブで肌を隠した吸血鬼フランドール・スカーレットが名簿に視線を走らせているのを見た。こんな意味不明の名簿に心当たりがあるのだろうか。この辺りにいる陸軍の部隊の名簿かなにかだろうか。
「……ロングウォークね」
官能的な響きが、あなた以外の皆をも振り向かせる。
吸血鬼の魔性の瞳が揺らめいた。夕日の中で炎を浴びたルビーのようなそれが、他の面々に向けられる。
「覚えてるわ。初めて見たロングウォークだから覚えてる……」
「あー、昔、この国で大人気だったアレ?」
理解したのはゴリアテだけで、フランドール・スカーレットから紙切れを渡されると興味深そうに眺めた。
「ンー。名前、記憶に無いや。いつのだろ?」
「戦前……かしら。私がまだ、天子や妹紅より背が低かった頃よ。テレビで見たわ。生放送だった。アメリカと空間を繋げたから電波が届いていて、当時は引きこもっていたから、年中テレビばっかり見てた。お姉様はなにも言わなかったわ。私が傷ついてると思って、ほったらかしにしてくれた。テレビで見たのよ……くだらないと思いながら、目が離せなかった……」
話題に餓えるあなた達は、すっかりフランドール・スカーレットの魔性に取り込まれていた。
けれど誰も立ち止まらない。 長い距離を今も歩き続けている。まさにロングウォークだ。
「で、ロングウォークってなに?」
退屈を厭う性癖が人一倍濃い比那名居天子が、率先して訊ねる。
あなたも蓬莱も興味を引かれている。
あるいは、フランドール・スカーレットがこれを機にもっと心を開いてくれればと期待しているのかもしれない。
遠い昔、本当に遠い昔――ワラキアへの調査隊に無理やり入れられて、ぶつくさ言いながらも、旅を楽しんでいたフランドール・スカーレットに戻って欲しいと期待して。
けれど、フランドール・スカーレットはゴリアテに向けて顎をくいっと動かした。意図は誰もが察する。
調査隊最初の悲劇を唯一体験していないゴリアテは、深い考えも無く語り出した。
「簡単に言えば、死ぬまで歩き続けるレースよ」
とてつもなく物騒な競技だった。
蓬莱も比那名居天子も目を丸くし、明らかに引いていた。
あなたは少し、興味を深くする。
「参加者は100人。最後の1人になるまで時間無制限、何日でも、誇張抜きの不眠不休で歩き続けるの。ま、一週間はかからないわ。一定以下の速度になったら警告を受け、規定回数をオーバーしたらその場で射殺。私はそれ目当てに見てたなー。いや、殺人シーンじゃなくて、発砲シーンがね、ドラマや映画じゃなくて、しかも生放送で見れるっていうのが」
酷い。さすがトリガーハッピー。
昔は剣や槍といった武器で騎士ごっこをしていたというのに、今やオーバーホールしても火薬の匂いが取れない有様。
そんな日々を蓬莱も思い出したのか、それともあまりに悪趣味な催しに気分を害したのか、額に手を当ててうつむいてしまった。
比那名居天子はというと、呆れながらも茶化すだけの心の距離を持っていた。所詮は昔話ということか。
「うげぇ、悪趣味~……ちょっとゴリアテ、それ本当にあったの? スティーヴン・キングの書いたホラー小説かなんかじゃないの~? 邦題『死のロングウォーク』って感じのさー」
「おーっと、私がこんなくだらないウソつくと思うかーい? ねっ、フラン」
「……ン……そうね、そんなルールだった。ロングウォークをしていた人間の表情がとてもとても印象に残っているわ。確か……もっとも多い参加理由が『なんとなく』だったわね。国民的人気があるだとか、死が怖くないだとか、特別な使命感……そういったものじゃなく、本当に、なんとなく参加して、後悔して、絶望して、死んでいく……本当、不思議で奇妙で、愚かで、けれど強烈に魅力的だった。魅力的だったと思う」
一日に一言か二言しか話さない通常のフランドール・スカーレットを思えば、今日は非常に多弁と言えよう。
その内容がこんな悪趣味なものになってしまうとは。吸血鬼らしいと言えばらしいのだけれど。
とはいえ、比那名居天子は久々に口を利けたことを喜んでいるようだ。
「やってみたいな」
無感情な声が、空気を張り詰めさせた。
言ったのはあなただった。
「……ちょっと、マジ? 本気で言ってるの妹紅?」
「バカジャネーノ。冗談にしちゃー悪趣味だぜ。スティーヴン・キング曰く、楽しくなければなにをやっても無駄である。ロングウォークなんてつまんねーこと、やるだけ無駄無駄だぜ」
比那名居天子と蓬莱は、冗談だという返答を期待しているようだった。
しかし、あなたが心からそう思っているのだと察せられる程度にはつき合いが長かった。
もう三桁もの年数、チームを組んでやっているのだから。
くつくつと笑うあなたは、青空を仰いで語り出す。
「歩くのは嫌いじゃない。
靴越しに伝わる土の響き、岩の響き、草の響き、泥の響き、水溜りの響き。
背骨にまで伝わるガラスの響き、骨の響き、鉄の響き、生ゴミの響き。
頭蓋を震わせる――アスファルトの響き。
足音もそれぞれ違う。
てくてく、ぺたぺた、カツカツ、コツコツ……歩き方次第で同じ素材でも音色は変わる。
足音に集中して、足音だけを意識して歩き続けていれば、いつの間にか目的地についていたりもする。
千里の道であっても、前に進んでいるのだと実感できる……」
千里の道とあなたは言った。けれどそれはまやかしだ。
あなたは歩く。歩き続ける。
その道程は果てしなく、決して終着点を迎えることはない。
なぜなら、あなたの歩む道は永遠なのだから。
千里の道など、あなたの人生とっては蟻の一歩にも満たない。
虚しさから逃避するための言い訳だ。
言い訳だ。
「ロングウォーク。100人で歩く。いいじゃないか、楽しそうだ。みんなで歩き続けて、夜が更けたら、私は道路の真ん中に寝転がるんだ。大の字になって。周りの雑音なんか全部無視して、月を見上げながら死ぬ。いいだろう? なあ、いいだろう? ロマンチックでさ」
歪んだ笑みを浮かべたあなたの声は、得体の知れない感情を孕んで震えていた。
暗い暗い闇から響いてくるかのよう。
「それ、歩きたいんじゃなく、死にたいだけでしょ」
あなたの本音を一瞬で見抜いて、比那名居天子があざ笑う。
嫌味な眼差しを挑発的に向ける。
こんな会話をしていても、あなた達は立ち止まらない。
まるで……。
まるで、ロングウォークをしているかのように。
「クッククク……実際、参加する機会があったとしたら天子、お前も参加するよ」
「ハァ? んなワケないでしょ。なにが楽しくて死ぬまで歩き続けなきゃなんないの? あんたみたいなドMの変態と一緒にしないで」
「いいや、天子は参加するね。特に理由も無く、使命感も無く、暇つぶしなんて考えすら持たず、ただ漠然と参加するね。ロングウォークの参加理由でもっとも多いらしい『なんとなく』ってパターンだよ。なんで参加したのか考えながら、悩みながら、悔やみながら、なんだかんだで歩き続けるよ。そして最後の二人になったあたりでようやく、くたばる。最後の一人になれずにくたばるよ。アッハハハ」
それはもう楽しそうに、天を仰いであなたは笑う。哄笑する。
比那名居天子は不快さに表情を歪め、拳を振り上げて。
「好きでしょ? こういうの」
殴りつけた。
ようやく――あなたは立ち止まる。他のみんなも立ち止まる。
比那名居天子はやや呼吸を荒くしていた。
「精神的に、疲弊し切ってるってわかる。ミッションは失敗。結構な被害が出た。仲間も協力者も死んだ。私達の仕業だと勘違いされて、陸軍に追われるハメにもなった。銃で撃たれた。盗んだトラックは地雷でふっ飛んだ。このクソ長い道を延々と歩き続けなきゃならない。だからって、だからって。ねえ妹紅。背中を預け合う仲間を不愉快にさせて、楽しかった?」
あなたは顔を背け、唾を吐く。
いや、折れた歯を吐き捨てた。
いくらあなたが不死身といえど、頑強さにおいて天人とは天と地ほども差がある。
「――ゴメン」
すなおに、あなたは謝罪する。
ささくれ立っているのはみんな同じで、誰が最初に爆発するかというだけだと、比那名居天子もわかっているのだろう。
ゴリアテのテンションも妙に高いし、幻想郷に帰られたらメンテナンスをしなければ。
「おっ?」
そのゴリアテが空を見上げた。
他のみんなも見上げた直後、はるか空の彼方が少し明るくなった。
蓬莱が首を傾げる。
「なんだー? 望遠にし損ねちまったぜー。ゴリアテ、なにがあった?」
「なんか爆発したっぽーい。私達とは関係無い方角だねー」
「あれじゃない? 国防軍の、隕石群迎撃ミサイル」
さすが隊長だけあって、比那名居天子が鋭い推理をした。
「あー、あの、ギャラクティカ・ハリケーン・ローリングサンダー・ジェット・テリオス・ミサイルなー」
「違うよ蓬莱。ライジング・トルネード・フラッシング・サラマンダー・オーロラ・デッドエンド・ギャラクシアン・ミサイルだー」
どっちも違う。全然違う。
他の面々にはなるほどという表情が広がったけれど、当の比那名居天子だけは眉をしかめる。
「……いや、隕石群に命中したのなら早すぎるし、爆発が地上から見えるっていうのも……」
「なら、あの爆発力は? どこもかしこも戦争で物資不足。隕石用でもないのに、アメリカ本土であんな明るい花火を上げるか?」
あなたは否定材料を並べたけれど、比那名居天子の表情は曇ったままだ。
申し訳無さそうにゴリアテを見て頼む。
「なんとか、ネットから情報得られない?」
戦闘担当の人形であるゴリアテは、現代戦で必須ともいえる電子戦も得意とするため、この手の仕事はお手の物だ。
「オッケー。軍事ネットワークにハッキングかましてやるぜー」
「普通のニュースサイトで! ただでさえ陸軍に追われてるのに、逆探されたらどーすんのよ!」
いい笑顔で親指を立てるゴリアテにツッコミを入れると、比那名居天子は疲れたようにうなだれる。
そんな中、あなたは快活に笑って見せた。
「なぁに、もしもの時はいつものように、私がしんがりやって逃がしてやるよ」
もっとも命の軽いあなたは、いつも率先して自己犠牲に逃避する。
仲間達はいい気をしないけれど、いざという時、自分や仲間を死なせないために、死んでも死なずにすむあなたに任せては、自分達の無力さを嘆いている。
けれどその不死性はくつがえせない。天人と自立人形はあなたとまったく異なる長所を持ち、互いの短所を補えるよう考えられてチームを組まされているのだから。
「ま、ニュースサイトでわかれば私も死なずにすむんだけど。で、ゴリアテ。どう? なにかわかった?」
「ウン。隕石群迎撃用のスーパーミサイル様が、中華連邦の人工衛星に迎撃されたってさ」
「……え、なに?」
「中華連邦の防衛用人工衛星が、アメリカさんの隕石群ぶち壊しミサイルを迎撃したって」
「……なんで?」
あなた達は反応に困っている。
様々なことに無関心なフランドール・スカーレットでさえ愕然としている。
「待ちなさいゴリアテ。防衛用人工衛星は、自国に向けて発射されたミサイルを空中でビームで撃ち落す奴よね?」
「うん、そう。中華連邦へのミサイル攻撃を阻止したぜーってノリみたい」
「隕石群のことは、中華連邦も知らされてるでしょう?」
「中華連邦を攻撃するための口実だって判断されたみたい」
「隕石群が降ってくるっていう証拠データは各国に配られている! 先進国なら真偽くらい判断できるだろうッ!?」
「高度な政治的理由とか軍事的理由とか情報の齟齬とか被害妄想とか勘違いとか、色々あったっぽいね。終末論者がネットで大喜びしてる」
「隕石群は地球のあちこちに……中華連邦にだって降り注ぐっていうのに。あいつ等、隕石群を使ったロングウォークでもする気かッ」
珍しく語気を荒くしたフランドール・スカーレットは、黒いローブの背中を盛り上がらせる。折れた翼を怒りによって広げているのか。また、人間への憎悪が深まってしまったのか。
「つか、これで人類終わるんじゃネーノ?」
現実を受け入れられないのか、蓬莱はやけに軽い口調で言った。
「日本にも小さいの幾つか落ちるって言われてるし、幻想郷、これで滅びたかな……」
あなたは力無く跪いた。歩き続ける気力を根こそぎ持っていかれてしまったようだ。
不老不死と言えど、あなたはとてもちっぽけな存在。
調査隊として昔から幻想郷の外をあちこち旅してきたけれど、幻想郷を救うことも、世界に変化を与えることも、なにもできないまま、ついに折れてしまった。ずっと組んできた比那名居天子と蓬莱も同じ気持ちだろう。次第に現実を受け入れ、愕然としてく。
フランドール・スカーレットは苛立たしげにアスファルトを踏み砕き、大地すらも揺るがせた。
あまりにも急な絶望の来訪。無事に幻想郷へ帰れるかどうかすらわからなくなってしまった。
「まーまー、そう落ち込むな野郎ども」
野郎皆無のメンバーに向かって、ゴリアテはおどけて見せる。
「隕石群が降ってくるったって、世界滅亡って決まったわけじゃないさー。幻想郷の妖怪どもだって、ちっとやそっとじゃくたばらない奴ばっかりだし、アリスは自家製シェルター持ってるもん余裕で生き残るに決まってるー!」
クルクルとその場で回転し、トレンチコートがひるがえさせて、中の銃器もあらわにして踊っている。
おどけて少しでも仲間を元気づけようと、してくれている。
トリガーハッピーだけれど、ゴリアテは仲間思いの優しい人形なのだ。
プッと比那名居天子が噴き出して、蓬莱はやれやれと肩をすくめた。
フランドール・スカーレットの翼もたたまれる。
あなたはくつくつと笑って、ゆっくりと立ち上がる。
回転しながら、そんな反応を見つめてゴリアテも笑った。
「なぁに、隕石が降ってきたって、このゴリアテ様がフルパワーで受け止めてやる、こないだ見たガンダムの映画みてーにな! ゴリアテ人形は伊達じゃない。みんな無事に幻想郷へ帰してやるぞー!」
「おい、フラグ立てんな」
ゴリアテの自己犠牲発言に、蓬莱が苦言する。
そんなこと、起きなければいい。起きて欲しくない。
でも、もし起きてしまったとしたら、被害を最小にする方法として、それがもっとも有効であると――気づいている。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「妖怪の寿命はころころ変わるからな。
明日死ぬかもしれないし、十万年後かもしれない」
――小野塚小町
<異変に見える必然の中で>
【廃都篇】
たたずむ――たたずんでいる。
蒼穹の下、緑の蘇る大地は孤独と静寂に満ち溢れていた。
ひび割れたアスファルトの隙間から草花が芽吹き、四角いコンクリートの建物の壁面にも根を伸ばして彩っている。
白く小さな花が咲き、人々が安全に行き交うための歩道は今や出来の悪い花壇でしかなく、電線には蔦が絡まっている有様だ。
車両進入禁止の標識や、光の消えた信号機も、ちょっとオシャレなガードフェンスも根元から傾いてしまっており、すでに役目を失っている。
貯水施設でも壊れたのだろうか、ひび割れたアスファルトの道路はすっかり水に沈んでしまっていて、中央を走る黄色い直線が揺らいで見えた。
そんな中に、あなたはたたずんでいる。
ふくらはぎまで水につかっているのは、呪符の貼られた紅い指貫袴だ。
肩まで伸びるサスペンダーの下には白のブラウス。
二の腕にはベルトが巻かれており、少し肩がふくらんでいるようにも見える。
スラリとした腕は"く"の字を描いて指貫袴のポケットに突っ込まれ、やや猫背になった後姿は膝裏まで伸びる白髪によっておおわれている。ところどころに小さなリボンが花のように咲いており、頭頂部には一際大きなリボンが踊っている。
髪もリボンも服装も、まさしく完全な紅白衣装でたたずんでいる。
いつまでそうしているのか。
なにを思っているのか。
奇妙な哀愁に沈んでいる。
「妹紅ー。ンなところでナニしてんだー?」
ワビサビってナニ? ワサビのすごいヤツ?
という迷言で、宴会の席でアリスに恥をかかせた実績を持つ蓬莱が、まさしくそんなノリでやってきた。
真っ赤なリボンとドレスに白いエプロンというクラシックな装いで、黄金の髪はお日様のようにきらめいている。エレガントと呼ぶに相応しい外見だけれど、やや釣り上がった目尻と不遜な笑み、そして両拳を腰に当てたポーズを取っているため挑発的に見えてしまう。
わざわざ車道に放置された廃車の屋根によじ登ってから声をかけてるし。
あなたが振り向き、血のような色をした瞳がこちらを見る。
「ああ……ちょっと、考えごと」
「足りネー脳みそで考えたって無駄無駄だぜ。つーか私達ががんばってんのに、水遊びでサボってんじゃネーヨ」
「ごめん。なにか収穫あった?」
「なーんにも。シェルターの中は全部"干からびてた"ぜ」
「そう」
あなたはジャブジャブと歩き出し、水を上がるとリボンつきシューズを一瞬だけ炎上させる。
シューズは少しも焦げず、ただ水気だけが蒸発していた。
「シェルターの中の様子は、開ける前からだいたい想像できていたし、残念がるほどじゃないわ」
「違いない。むしろ天子達の向かった大型スーパーなんかの方が、取りこぼしが残ってそうだ」
「あいつ等もサボってそーだけどナー」
げんなりとした蓬莱は、自身の髪を軽く撫でた。
「ったくよー。このデンジャラスボンバーな蓬莱人形様が一番真面目に働いてるってどーゆーコトだよ」
「んっ、いいコトだ」
からからと笑いながら、あなたは廃車の横までやってきて蓬莱の頭をポンと叩く。
「生きてやるって活力、あるって証拠さ」
「テメーが活力無さすぎなんだよ、アホジャネーノ」
「最近疲れが抜けなくてね。もう歳かなぁ」
「永遠の十代前半とか言ってフランをババァ呼ばわりしてクサレ脳みそぶちまけたの誰だっけ」
「なにそれ酷い、そんな奴いるの? きっとフランドールお嬢様の美貌に嫉妬した下賎の仕業だなアッハハハ」
「妹紅……最近自虐ネタ多いぜ?」
「とある人形が私のコトをドMと罵るのです。ドMじゃないのに何度も何度もドMって言われ続けたせいでドMになりつつあるのかもしれないのです。なんという心無いドS人形がいるのだ……はて、そのドS人形の名前はなんだったか?」
「知らネ。上海ジャネーノ」
鼻で笑って挑発を流した蓬莱は酷く失礼な濡れ衣を着せつつ、まったく悪びれもせず、廃車から歩道側へと飛び降りて歩き出す。
あなたは肩をすくめ、困ったように笑いかけた。
濡れ衣を熱気で蒸発させるのは自分の服だけなのだとしたら、心狭い人形とやらはまさに蓬莱の人の形、あなた自身に違いなかった。
「ねえ、本当に水の中で考えごとしてただけなの?」
「ン」
あなたはさっきまで向いていた方角にある歩道橋を指さした。
歪んだり錆びたりと心もとない有様だけれど、その根元には真っ赤なリュックサックが置かれている。それがあなたの物であることは蓬莱も了解しており、ふくらみ具合から収穫があったのだとも悟った。先ほどの漫才は戯れていただけか。
「中身は?」
「カップ麺。コンビニの倉庫にちょっとだけ残ってた。水、熱湯にすれば使えるかなって」
「それで水の中にいたのね」
「でも、衛生的にどうかなって。沸騰消毒しても危なそうだし、私や天子はともかく、フランは文句言いそうだし、アリスもな……」
「飲料水はアリスに優先的に」
「そうだね」
歩道橋に向かって駆け出した蓬莱の後ろを、あなたは水に沈んだ道路を眺めながら歩いていく。蘇った緑の絨毯をできるだけ踏まないよう気遣いながら。
こうして見ると、自然というものは人類が思う以上に強靭なものらしい。
人類が滅びても、アスファルトとコンクリートの大地をいつか、この緑が埋め尽くす。
地球環境の再生――それを見守るのも悪くないのかもしれない。
ただ、そこに人間は含まれていない。地上から一掃された人類がまたはびこらないようにという地球の意思が含まれているのか、はたまた隕石の呪いか、戦争の傷跡のせいか、これ等の人体に有害な植物ばかりが育っている。
先んじて歩道橋に到着した蓬莱はリュックサックを覗き込むや、わざとらしい歓声を上げる。
「ヒャッホウ! やったぜアリス、今日はご馳走だァー! 激辛ラーメンもあるじゃネーカ。ようし、食っていいぞ妹紅!」
「私はいい。さっき死んだばかりだし、天子に食わせよう」
「テメーも食え、たまには。餓えは世界中で最上の調味料なんだぜ? ドン・キホーテ読んだから知ってる」
蓬莱の態度は素っ気無いけれど、隕石が降り注いで食糧難になってから、味見や毒見を除いてなにも食べていないあなたをずっと心配している。リザレクションによって餓えも渇きも癒せるとはいえ、精神は徐々に削られ折れやすくなっている。
永遠をともにできる二人と一緒にいられたなら、あるいは――。
本当は探しに行きたいのかもしれない。
蓬莱も比那名居天子も、なにもかも投げ捨てて。
永遠をともにできるあの二人だけを求めて、二人の元へ逃避したいのかもしれない。
だのに離れようとしないのは、義理か、惰性か、友情か、これもまたひとつの逃避なのか。
「バーカ。数年振りに食べるモンが激辛のカップ麺じゃ、胃に穴が空いちゃうよ。さ、帰ろう」
気遣いをさらりと流して、あなたはリュックサックを担ぎ上げる。
言って聞かせても無駄だろうなと蓬莱は肩をすくめた。
都心のホテルが今のねぐら。
爆心地の反対側から比較的無事な部屋がふたつ並んでいるのを見つけ、ツインルームを四人で分け合っている。人形は場所を取らないので当然アリスの側。フランドール・スカーレットは栄養補給の事情で比那名居天子と同室。よって消去法によりあなたはアリスと同じ部屋で暮らし始めて三日ほど経つ。
あなたがホテルに戻ると、部屋の前に比那名居天子が立っていた。
桃の果実と葉っぱのついた黒い帽子をかぶり、胸元に真っ赤なリボンを結んだ白いドレスシャツは活発さを感じさせる半袖で、腰から下はエプロンのようになっており、極光色の飾りが円を描くようにして輝いている。
腰の後ろには空色のリボン。そしてフリルのついたブルーのロングスカートによって、ただ立っているだけで周囲を明るくするような健康さに満ち溢れている。
かつて短く切った空色の髪もすっかり伸び、背中をおおっていた。
そして緋想の剣を、腰に下げている。
まるで、初めて異変を起こした頃の比那名居天子がタイムスリップしてきたかのよう。
一瞬、あなたの瞳に哀愁が宿る。
「ああ、おかえり。なにかあったみたいね」
「ああ、ただいま。コンビニでカップ麺見っけた」
「おおっ! "緑のたぬき"はあった? アレ大好きなのよね~。天ぷらを蓋の上に置いてあたたまったのを、三分経ったら汁につけてカリッカリのまま食べるのがおいしいのよ」
ガッツポーズを取って大喜びする比那名居天子の首筋に、赤い点がふたつあるのを認め、あなたは慈しみの笑みを浮かべた。
あなたの血は、肉体から離れて"死"を迎えてしまえばリザレクションしてしまう。吸血鬼に吸われても、リザレクションで消滅してしまう。だからフランドール・スカーレットに飲ませる血はアリスと比那名居天子の二人分しかなく、前者は体力的問題で不可となり、比那名居天子に重たい負担がかかってしまっている。
「残念。ラーメンばっかりで、蕎麦やパスタは無かったんだ」
「ええ~っ? でも、まっ、ラーメンもいいわね。豚骨ある? 豚骨」
「それならあったよ」
「やりィー! 今日はご馳走ねッ」
天界の清らかなものばかり食べて暮らしていた比那名居天子ではあるけれど、好物は下界のジャンクフードばかりで、行列のできるラーメン屋よりもカップラーメンを好んで食していた。
そういった事情もあって喜んでいる比那名居天子に、蓬莱は訊ねる。
「フランはどーしたー?」
「ンー? 一足先にご飯すませたから、ウインドウショッピングしてくるってさ」
「ジャンクショッピングの間違いじゃねーの」
「違いない」
言って、ドアを開いた比那名居天子はあなた達を手招きした。
早くアリスにカップ麺のことを知らせてやりたかったが、なにか話でもあるのかと思い、あなた達もあとに続く。
カーペットを歩いて比那名居天子はベッドに座り、蓬莱は椅子に飛び乗った。
あなたは壁にもたれかかる。
「で、なにかあった?」
「アリス、さっき寝たトコなのよ。神経とがってるし、部屋入っただけで起きちゃいそうだったから」
「……具合が悪くなったわけじゃないんだな?」
「ええ。徐々に弱ってるのは否めないけど、特に異常が出たわけじゃないわ。食料もあるし、捨虫ってるとはいえ食べれば精力がつく。少しは元気になってくれるかも」
比那名居天子は顎でテーブルを示した。椅子からさらにテーブルへと飛び移った蓬莱は歓声を上げる。
「缶詰じゃーん! 鯖の味噌煮、こっちは鹿肉ゥ? おおう、パイナップルだと!」
「さっきアリスに桃缶を食べさせたわ」
「でかした天子ッ! ホッペにチューしてやる!」
「クスッ。熱烈なのお願い」
テーブルから比那名居天子の平らな胸元へとジャンプした蓬莱は、抱きとめられるやすぐホッペにチューを熱烈にした。
あなたや比那名居天子と特別親しくしていても、やはりアリスは別格なのだ。
「それと妹紅」
蓬莱を抱っこしたまま比那名居天子が笑う。
「そっちのビニール袋に入ってる缶詰、腐ってそうだから食べていいわよ」
「ん、これか? ……うん、外から見てもヤバ気だね」
「あなたならお腹を壊す前にリザレクションすればいいだけだし、味が悪かったらアレだけど、たまにはなんか食べなさいよ」
「ン……そうね、傷んでるなら仕方ないわ」
食糧難となったこの世界、あなたは頑なに食事を拒んでアリスと比那名居天子に施してきたけれど、さすがは我等が隊長比那名居天子。世界と幻想郷の崩壊とともに調査隊も意味を無くしたが、隊員の操縦方法は心得ている。
不安なのは、比那名居天子がいなくなったあとのこと。
もしもあの二人と再会する前に、比那名居天子や蓬莱を失ってしまったら――あなたはどうなってしまうのだろう?
「でもこれで、この街はあらかた探索しちゃったし……どうする?」
「食料が尽きる前に、安定して暮らせる場所を見つけたいところだけど。北は寒くて荒廃もしてるし、関西に行ってみる?」
「四国、九州まで行ってみない? 鹿児島宇宙センターで建造されてたっていうシャトル、興味あるな。あの辺りは隕石の被害も小さい可能性がある」
「オイオイ、隕石以前に最終戦争起きてんだぜ? とっくにバラされてロケットミサイルになってどっかの国にドカーンされてっだろ」
今後の方針を語り合う。
安住の地はあるのだろうか。
「案外、海峡を挟んだ先なら生き残りがいるかもしれない。シャトルだって、賢者連中なら設計図さえ獲得できれば再現できるだろうし、それ目的って可能性も。うん、もしかしたら永琳と輝夜もいるかもしれない」
「くだらねー。地球には緑が蘇ってる。大昔の火星移民計画なんてなんの価値も無い。あいつ等も地球に愛着があるんだし、宇宙に逃れるよりは地球復興を目指すはずだろ。どこかでバッタリ会えるさ」
「蘇っている緑は、隕石の影響を受けているわ。現に、今まで食べられる植物があった?」
「皆無だな。むしろ人体に有害なものが多い。だからこうして、崩壊したコンクリートジャングルをさまよってる訳だし。かといって仮に火星に行けたとしても、生物が暮らせる環境じゃねーだろ」
何度目だろう、こうして相談するのは。
あなたはいつも消極的。今も黙って見ているだけ。
「まあ、火星へのテラフォーミングなんて夢物語のまま最終戦争始まっちゃったし、地球でやっていける道を探すのが現実的なんだけど。でもそうなると、隕石の影響がねぇ……」
「……人間には、過酷すぎる。隕石と最終戦争から生き残った人間だって、もう何人残っているやら。もう一人も残ってないかも」
「悲観的になりすぎだよ。私達が旅した範囲は、まだ狭い。世界中をめぐればどこかで生活できている人間がいるかもしれない」
「えーと、カナダ、アラスカ、北極海、ロシア東部、北海道、東北、で、関東。うわ狭ぇ。隕石降ってからもう三年だろ? ナニやってたんだ私等」
「カナダとアラスカとロシアで雪遊びでしょ、戦争が終わるまでずーっとね。ああ、北極の海底で迷子にもなったっけ」
「とりあえずアメリカと中華連邦とロシアはパスな。隕石前から核フィーバーしすぎだもん」
悲観的になってしまう。あなたも、みんなも。
話し合うほど人類の首は絞められているのだと実感する。
もう絞め落とされたあとなのかもしれないが。
「やっぱ植物よね……なんとか人間が食べられるよう改良できないかしら。遺伝子工学なら蓬莱もかじってるでしょ?」
「生きてる施設がありゃ研究のひとつもしてやりてーけどな……個人レベルじゃどーにもなんねーぜ。食べられる作物を探す方が建設的だ。温暖な地域を重点的に回って植物調査すんのがベスト。隕石や戦争の影響を受けてない地域がありゃ御の字だぜー。ククッ、調査か。元調査隊メンバーの生き残りが全員そろってる訳だし、再結成でもすっか?」
初代メンバーにして、初の除隊者であるフランドール・スカーレットのことを思い浮かべて、蓬莱は楽しげに笑った。
確かに、今ここをねぐらとしているのはアリスを除いて全員調査隊の初代メンバーばかり。
比那名居天子も蓬莱に合わせて楽しげに笑ったけれど、あなたはさみしそうに目を伏せる。
物事を後ろ向きにとらえ、悲観的に生きているからだ。
河城にとりも、ゴリアテも、他にもいっぱい、調査隊は失ってきた。
あなたは失ってきた。調査隊以外の様々なものも。
失い続けてきた。けれど――。
「再結成はともかく、もっとあちこち調査して回りたいのは同感だわ。けど、アリスを連れて行く訳にも、置いていく訳にもだし。悩むところよね」
「スマネーな……いつか倍返しにすっから堪忍。マジ堪忍だぜぇ」
蓬莱はずっとおどけた調子。比那名居天子は子供をあやしているかのように優しくほほえんでいる。
あなたはそんな二人を見、小さく笑う。
どうしてさみしそうにしているの? 輪の中に立っているのは、あなただというのに。
どうして踊ろうとしないの? 見る阿呆のままでいたら、本当の阿呆になってしまうよ?
「騒がしいわね」
不躾に開かれた戸から、全身を黒いローブに包んだ人影が入ってきた。
美貌の持ち主。あなたよりも頭ひとつ半も長身なフランドール・スカーレット。
白く長い指には、重量感のあるリュックサックがぶら下がっている。
「あら、妹紅達も食料を見つけたのね? 豊作だわ」
「そう言うフランも、その荷物は?」
「本」
乱雑に、吸血鬼の怪力でリュックサックを投げ捨てた。抜群のコントロールによって奥のベッドの上に落ちる。
「北斗の拳、デビルマン、BASARA、覚悟のススメ。小説だと、アンドロイドは電気羊の夢を見るか? バトルランナー、人々が藍した幻そ……」
「オイィッ! 文明終末系ばっかりジャネーカ!」
「スティーヴン・キングの小説は他にもイロイロ拾ってきたけど」
「気が滅入るわ!」
「いつだったかスティーヴン・キングのホラー小説がどうのって天子が言ってたし、あなたもキングの言葉を引用してたから、せっかく気にかけたっていうのに」
「状況考えろボケー」
「舞台がアレなだけで浪漫にあふれたのもあるでしょ」
「リアルが滅びかけてんだから、作品の方向性はこの際どーでもいいんじゃい! 世界観がアウトなんだっつーの」
「滅びかけっていうか、もう滅びてない?」
「ニーチェ曰く、地球は皮膚を持っている。そしてその皮膚はさまざまな病気も持っている。その病気のひとつが人間である。ツァラトゥストラかく語りき。生き残った私達で、一丸となって地球に挑むべき時に士気を挫くような真似すんなってんだよ」
「また引用か。たまには自分の言葉で語りなさいよ」
「感動した作品の影響で、その文体に染まることは一向にかまわない。スティーヴン・キングの言葉だ。つまり感動したなら引用していい! 著作権も数百年前に切れてるしナー」
「著作権なんで今まで一度も守ったことないわ。そもそも幻想郷にいる時点で違法行為しないと外の世界の著作物ゲットできないじゃない」
「そりゃそーだけどよー、悪魔かテメー」
蓬莱の挑発があまりにも古典的だったためか、悪魔フランドール・スカーレットは素で無視してベッドに向かう。
遮光ローブをまとっているとはいえ、真昼間の散策は吸血鬼にとって負担だもの。
「寝る」
しわの寄ったシーツに横たわり、目を閉じる。
短い宣言の通りすぐに静かな寝息が聞こえてきた。
「相変わらず、寝つきのいい子ね」
とっくに身長を追い越されている比那名居天子が、慈しみに満ちた声色で言った。
蓬莱もくすりと笑う。
それに釣られてあなたもくすりと。
「まったく。手元に置いただけで満足して読まんタイプのくせに」
「さすがに漫画は読むと思うよ」
自慢にはならないけれどね。
「さてと」
あなたは壁から背を離す。
「アリスもフランも寝ちゃってるし、私もジャンクショッピングしてくるわ」
「オウ、エロ本でもあさるのかー?」
「うっせ、電気羊でも読んでろ」
「誰が読むかあんなファッキンSF。アンドロイドとファックでもしてろボケー」
フィリップ・K・ディックの名誉のため言えば『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』は決してファッキンSFではなく名作SFだ。
ただ、自立人形にとっては、というか蓬莱にとっては、アンドロイドの扱いに不満があるらしい。
結局アンドロイドに心を持たせることができなかった外の世界において、マシーンが心や魂を持つかどうかというテーマは未だ夢物語でしかなく、人間と相容れない創作物も多い。そういった創作物は出来の良し悪しに関わらず蓬莱は嫌う。
すべての自立人形がそうだという訳ではないし、ゴリアテなどはマシーンが戦争の道具として扱われる映画を特に好んで見ていたし、アリスもそういったものを嫌っていた様子は無い。つまり蓬莱の個性だ。
またスティーヴン・キングも優れたホラー作家であり、世界が平和だった時代は蓬莱もファンだった。今は余裕を無くしているだけにすぎない。
蓬莱が中指を立てるのを見取って、あなたは楽しげに舌を出し、しっかりと見せつけながらドアを開けた。
廊下に一歩踏み出して顔を背けると、ふいに、優しい声音で言う。
「アリスがよくなったら、のんびり暮らせる場所……探しに行こうな」
まるで祈るように。
それは誰がためか。
蓬莱のためか、アリスのためか。
いいえ、きっと自分のために。
弱い自分のために言っているのでしょう。
けれど。
「お、おう。すぐ元気になっから心配無用ーだぜ」
ふいに優しい言葉をかけられて、蓬莱は戸惑った。
あなたと親しいのは蓬莱だけれど、より正しくあなたの本質を知る比那名居天子は、曖昧な表情を浮かべて蓬莱を抱く力を強めた。
あなたがドアを閉めると、部屋にはフランドール・スカーレットの寝息だけという静寂が訪れる。
嬉しそうな蓬莱を、比那名居天子はいつまでも抱きしめていた。
そして。
結局。
過酷な旅に出るまで三ヶ月しか、持たなかった――。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「私は一生死ぬ人間ですよ。
大丈夫、生きている間は一緒に居ますから」
――十六夜咲夜
<不老不死の誘いに対して>
【砂漠篇】
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
あなたは歩く。
雲ひとつ無い蒼天の下を。
無慈悲に照りつける太陽の下を。
「はぁっ、はぁっ……うっく」
あなたは歩く。
風が砂を運び、口の中をじゃりじゃりにさせても。
一歩ごとに砂に足を取られ体力を吸い取られても。
「はぁっ……はぁっ……」
あなたは歩く。
全身が汗だくになり、ブラウスは肌に貼りついて透けてしまっている。
ごくりと喉を鳴らすのは、唇へと伝ってきた汗を舐めたため。
「はっ……くっ、ううっ……」
あなたは歩く。
革紐をきつく手に巻きつけ、肩にかけて引っ張っている。
美しくも酷薄な砂紋に、ミミズが這ったような跡を刻む棺桶を引きずっている。
ここは砂漠。
草木ひとつ生えぬ死の世界。
死に絶えてしまった世界。
代わり映えのしない景色が延々と続き、昼は灼熱、夜は極寒へと変貌する過酷な旅路。
手をついて這い登りたいような砂の傾斜を、たった二本の足で懸命に登る姿は、海のさざ波をかたどったような砂紋と相まって、砂の波に溺れてもがいているよう。
水しぶきの代わりに砂粒が飛び交い、強い陽射しも手伝ってまともに目を開けずその表情はいつも険しい。
命が削られていると確信するほどの姿でありながら、あなたの命は無限にして無価値、その矛盾が生み出す光景は砂によって照り返される熱気で揺らいでいる。
「はぁっ……はっ……はぁ……」
荒い呼吸を繰り返すたび、熱された空気があなたの肺を灼く。
「……はっ、はっ……ぜはぁっ……」
砂丘を登り切ったあなたは、棺桶に繋がっている革紐を力いっぱい引っ張っててっぺんまで運ぶと、道程を振り返る。
波打つ砂紋に刻まれた棺桶の跡は、遠のくにつれ薄まっている。
砂漠の表面を風が撫でているせいだ。
植物が根づかないのは、こうして砂が動いているせいなのだ。
水不足と、激しい気温変化の影響ももちろんある。
廃都を呑み込む緑さえも、新たなる命も、生命無き死の砂漠は呑み込めないのか。
死は生に勝るのか。
死を踏みつけ、死を引きずっているあなたは、前を向く。
びゅうっと強い風が吹き、真っ白な髪が翼のようにはためいた。
前方に広がるのは波打つ砂紋の海。
地平を隠すのは無数の砂丘。
他にはなにも無い。なにも。
白、黄、茶、いずれかの色の砂ばかり。
「坂、くだるぞ」
あなたは棺桶を前に押し出す。
傾斜をすべり落ち始めると、それを自分側へと軽く引っ張ってブレーキをかけ、自身もゆっくりあとに続く。
登りよりも慎重だ。
勢いに任せてすべり落としてしまえば、封をしてあるとはいえ、棺桶のふたが外れてしまう危険性がある。
それだけは、それだけは。
だからあなたは文句ひとつ言わない。
棺桶に繋がる革紐、それを巻きつけた右手は真っ赤になっている。
強烈な陽射しにやられないよう、もう何度リザレクションしただろう。
明日には激しい筋肉痛に襲われるだろう。
それでも、それでも。
坂を下り切ったあなたは、棺桶の無事を確認して小さく息を吐く。
神経の磨り減る思いを、この砂漠に入ってからもう何度しただろう。
しばらくはゆるやかな砂地が続く。
けれどあなたは虚ろな面ざしのまま、再び歩き出す。
愚痴のひとつも言わず。
口を利くのも億劫なのは明らかだ。
砂を踏み、シューズが沈み、引きずり出して前へと踏み出す。ひたすらそれを繰り返して前へ前へ。
重たい棺桶を引きずって。
はるか古代、ピラミッドを造るため巨大な石材を運ばされた奴隷のように。
苦悶に喘ぎながら、時に誇張抜きで死にながら、同じ数だけ生き返りながら。
どうしてそんなにもがんばれるの?
友達のため?
仲間のため?
今はもういない、過ぎ去った人々のため?
いいえ、違う。
それは違う。
自身の孤独を癒すためだ。
あなたはそういう人間だ。
ここまで、ここまで人生をともにした仲間はみんなわかっている。
卑しい性根を。心の渇きを。弱さを。
大切なものから眼を背けていることを。
わかっていないのは、無邪気にあなたを慕う蓬莱くらいのもの。
そんな蓬莱とはぐれている今、あなたの漂わせる空気は刺々しく感じられる。
無邪気に信じてくれているからこそ、蓬莱の前ではそうありたいと思い、演じている。
ねえ、あなたはそれに気づいている?
自覚して演じている?
もう一歩踏み込めば蓬莱は、あなたにとってもっとも繋がりの深い存在の一人となれるに違いない。
けれどあなたは踏み込まないだろう。踏み込めないだろう。
それがあなたの在り方。
そういった弱さは罪なのだろうか。
少なくとも悪ではないだろう。こんな世界では。
「退屈だわ。歌でも歌ってよ」
棺桶から声。
あなたは答えず、ただ歩く。
小さな足跡を棺桶ですりつぶしながら。
「退屈だわ……夜はまだ?」
汗がぽたりと砂に落ちるも、その痕跡はあっという間に消え去ってしまう。
夜を待ち望んでいるのはあなたも同じ。
夜の砂漠は寒く、視界が悪い。
昼とは違った危険があるけれど、棺桶の中と逆転できるので一晩中休める。
なにせ棺桶に入っているのは吸血鬼フランドール・スカーレットなのだから。
夜目が利くだけじゃなく、怪力によってあなたの入った棺桶を引きずるくらいお茶の子さいさい。
昼はあなた、夜はフランドール・スカーレットが棺桶を引っ張ることによって、一日中この砂漠を歩くことができる。
負担は明らかにあなたの方が重い。夜の移動だけにする方が消耗が少ないし安全だ。
けれど砂漠の向こうへ急がなくては、蓬莱と比那名居天子に合流せねばならない今、悠長なことはしてられない。
無茶でも苦しくても、やるしかない。
「……天子の馬鹿はどうしてるかしら……」
「……さあ、な」
しゃがれた声であなたは答える。
ひび割れた唇をほとんど動かさない小さな声だったが、吸血鬼の聴覚にはしかと届いたらしい。
「生きてると思う?」
「……火器が、ある間は……クズ鉄に遅れ、なんか……取らない……」
「発電機、最近調子悪かったし……ライフルの充電できてないかもよ?」
「……じゃあ、死んでるんじゃないか? 二人とも」
投げやりに言うと、あなたは自虐的に笑った。
前方にはまたもや砂の丘陵が待ち構えていた。
自虐の笑みは己の言葉に対してか、それとも丘陵に対してか。
ほほえみをたたえたままあなたは坂へと踏み出し、砂紋を乱暴に蹴散らした。
タイミング悪く向かい風が吹いて、蹴散らした砂が舞い上がりあなたの顔にまとわりつく。
白髪にはもう黄色い砂がたっぷりと混じっており、顔にも汗のせいで砂が貼りついておりとても不恰好だ。
砂漠用の装備を失わなければもっとマシだったろうに。
「……血が飲みたいわ」
「日が出てる」
あなたはフランドール・スカーレットに血を飲ませている。
夜、棺桶を引く役割を替わる時に。
リザレクションのため消えてしまうと承知で、栄養にできない不死の血を慰みのためだけに捧げている。
無意味とは思わない。
比那名居天子とはぐれて血液の補給ができない今、フランドール・スカーレットは徐々に弱っていた。
小さな慰みであっても、きっと意味はあるはずだ。
あなたもそう信じている。
「……末期の水……飲みたいと思わない?」
「ああ……飲んでみたいな」
どれほど渇望しても、あなたに末期は訪れない。
末期は――。
「退屈ね……それに、疲れたわ」
「朝……あっ、朝からずっと、寝てるくせによく言う」
ふいに、あなたの語気が乱れた。
下がろうとする口角を無理に釣り上げようとして、ひび割れた唇が震えている。
目尻がひくつき、くすんだ瞳に亀裂が走った。
「あなた達には感謝してるわ。ありがとう。ずっとずっと、ありがとう」
「ああっ……フラン、フランッ……」
必死になって歯を食いしばったあなたは、死力を振りしぼって棺桶引きずった。
割れた唇から赤いしずくが垂れ、やはり砂に沈んで消えた。
ガタン、と。
「おやすみ……」
棺桶のふたがずれる。
しっかりと留めてあるはずなのに。
棺桶のふたが落ちる。
それでもあなたは歩き続ける。
棺桶から煙が上がる。
軽くなった棺桶の、その重さが、ついにあなたの足を止めた。
棺桶が空いている。
中には真っ赤なドレスが広がっている。
前の街で拾った少女漫画BASARAの最後の数巻が、表紙を下にして積まれている。
空っぽの水筒が転がっている。
紅魔館の写真が風に飛ばされる。
なにが起きたというのか。
急に、こんな砂漠の真ん中で、前触れも無く。
「そういえば……」
あなたは歩き出す。
「この辺、私の生まれ故郷だわ。京の都……砂に沈んでも、懐かしい、な」
空っぽの棺桶を引きずって。
「急がないとな……あんまりのろのろ、してると、あいつ等、私達を置いて四国に渡っちまう」
棺桶の軽さを受け入れず、棺桶の重さを受け入れず。
「四国や九州なら、海が阻んで砂漠には……温暖だし、植物だってきっと」
あなたは歩いていき、孤独の背中が遠のいていく。
「鹿児島の宇宙センターに着いたら、案外、本当にロケットなんかあったり、するかも……な……ハハッ」
遠のいていく……。
夜になっても、あなたは振り返らなかった。
◆ ◆ ◆ ◆
「貴方、人形にわざわざ眼を入れているよね?
人形には見えているの?」
――鈴仙・優曇華院・イナバ
<季節はずれの雹の森で>
【海峡大橋ハイウェイ篇】
爆風にハンドルを取られ、あなたは舌打ちしながらギアを操作し横転を防ぐ。
フロントガラスの向こうの景色が目まぐるしく動いて、安定するまで数秒間を要した。
前方に広がる道路はところどころめくり返っており、爆風無しでもトラックは乱雑に揺さぶられる。
「ド畜生めッ!」
あなたはアクセルを力強く踏みつける。
エンジンが唸りを上げて速度メーターがグンと上げると、後ろから声が響いた。
「左舷ッ!」
意味の確認など不要、即座にハンドルを切る。
車体が大きく傾き、一拍遅れて右側から爆音と爆風が同時に攻め立てられた。
「うおおっ……!」
右側の車輪がわずかに浮き、あわや転倒するのかという危機的状況下の中、あなたは必死にバランスを立て直す。
車輪がアスファルトに叩きつけられ、運転席も助手席も跳ね上がった。
シートベルトをしていなければ天井に頭をぶつけていただろう。それだけに荷台の二人が心配だった。放り出されていてもおかしくない。
「大丈夫!?」
「なんとかッ」
無事を知り、あなたはわずかに緊張をほぐす。
自衛隊基地で改修した軍用トラックでなければ、とっくにスクラップになっていたに違いない。
馬力も頑強さも折り紙つき。
だが相手があれでは、軍用と言えどトラックでは荷が重い。仮に装甲車でも心もとないほどだ。
後部カメラの映像は今もリアルタイムでフロントガラスの一角に映されている。外の世界の優れた映像技術の賜物だ。
追ってきているのは黒い金属で造られた球形のボディから、四本の脚を生やした多脚戦車らしきマシーン。
隕石が世界を破壊し尽くしたあの日、アメリカ合衆国からカナダ、アラスカ、北極海、ロシアへと経由して、北海道から日本に帰国して以来、未だ、生きた人間とは出会えていない。
だから当然、このマシーンは人工知能で動く無人戦闘兵器である。
ほとんどの大国で導入されており、最終戦争の際も数多くのマシーンと人間を殺戮してきた。
遭遇したのはこれが初めてではなく、火器を駆使して撃退したこともあれば、かなわず逃走したこともあるし、物資を温存すべく関わらないようにしたこともある。慣れたものだ。
しかし日本は無人警備ロボットを造ってはいたが、世論のせいで無人戦闘兵器は造れなかったはず。
在日米軍が持ち込んだか、それとも日本陸軍がアメリカから購入でもしたのか、今となってはわからない。
結局外の人間は人工知能に"心"を持たせることができなかったけれど、こんなマシーンばかりならば"心"など持たない方が幸せだろうと、蓬莱は常々主張していた。
マシーンの四本脚にはローラーがついており、この軍用トラックにやや遅れるくらい速度で追ってきている。
だけれど、こちらに分は無い。
あなたが運転する軍用トラックは、亀裂の入った道路で横転しないよう気を配って運転しなくてはならない。曲がり角では速度も落とさなくてはならない。マシーンは違う。高度な走行プログラムと多脚機能によってほとんど減速せず追跡してくる。
よっぽど長い直線道路でもなければ、マシーンから逃れることなどできはしない。
しかもさらに、マシーンは搭載された火器――強力な熱線や火炎放射、大砲――によってこちらを攻撃しており、燃料切れになる気配を見せない。バルカン砲のように弾をばら撒くタイプの攻撃をしてこないのが――搭載されていないのか、弾切れなのか――不幸中の幸いか。
唸りを上げて軍用トラックを追い、今も胴体に設置されているカメラでこちらに狙いをつけている。特殊な電磁フィールドでレーダー機能を妨害していなければとっくに蜂の巣にされていた。
「畜生、まーたターゲッティングしてやがるぜ!」
「お前等! ガラス割ってこっちこいッ」
自衛隊基地でマシーンの襲撃を受けた際、ギリギリでトラックの荷台に飛び乗った蓬莱と比那名居天子は、未だ危険を承知で荷台から動かないでいる。リアガラスを割れば比較的安全に車内へ逃れられるのだけれど、敵を目視して警戒するのも必要だという論法と、荷台の物資を守るためだ。
かき集めた医薬品。
人形やトラックを修理するため、車両やパーソナルコンピューターなどから得た各種パーツ。
比那名居天子の食料品。
無人戦闘兵器と戦うための銃器や爆弾――これは人形サイズの手に余り、あなたは運転から手を離せず、比那名居天子はトラックに乗る前に攻撃を受けてしまい、とても動ける状態ではない。
比那名居天子はほどけそうな荷をきつく結び直しており、蓬莱はなにか使えるものはないかと荷物をあさっている。
「手榴弾! 蓬莱、手榴弾なら投げられるんじゃない?」
「どこだよォー手榴弾! 私達は荷を把握してねーぞ!」
「隅っこの木箱! 後ろの!」
「ふたつあるぞ!?」
「右!」
慌しく木箱へ向かう蓬莱だったけれど、ガクンと車体が揺れて後ろ向きに倒れ、後頭部を薬箱にぶつけてしまう。
乱暴な運転に文句を垂れるよりも早く、あなたは叫んだ。
「ハイウェイだ! 四国への海峡、繋がって、直線で振り切れる!」
「だったら早く突っ込め!」
ハイウェイの入り口にかけられていたバーの残骸がトラックの後ろへ転がっていった。今の衝撃はそのせいだったらしい。見えてきた希望に、蓬莱の言葉は力強さを増していた。
けれど比那名居天子が怒声を上げる。
「バカッ! ハイウェイ途切れてたら袋のネズミよ!?」
ハッとする。
そうだ。このハイウェイは海峡にかかったブリッジでもある。
最終戦争と隕石の被害で橋が落ちていたとしたら、切れ端でマシーンを迎え撃つか、海へ飛び込むしかない。
火力面では圧倒的に劣るため迎え撃つのは論外。
かといって海に落ちれば動きが鈍り、狙い撃ちにされかねない。
木箱をこじ開けた比那名居天子がアサルトライフルを引っ張り出し、マシーンの足元周辺へがむしゃらに乱射した。
激しい轟音がエンジン音と混じって聴覚をつんざく。
アスファルトに火花が散るも、マシーンは左右にすばやく避けながら前進を続ける。
蓬莱も開いた木箱から手榴弾を見つけ、ピンを抜いて放り投げた。
比那名居天子は慌てて引き金から手を放し、蓬莱の頭を掴んで荷台に伏せる。
爆音とともに手榴弾の破片がドーム状に飛び散り、軍用トラックのボディと、あなたの背後のリアガラスに撃ちつけられた。白いひびが走る。マシーンは手榴弾をものともせず大砲で反撃してきた。幸い、車体にも地面にも当たらず空中へと飛んで行くが、距離が近いせいで爆音だけで比那名居天子がひるむ。
あなたは前方を睨み、海峡大橋が途中で落ちているのを認めると、強張った声で叫んだ。
「途切れてるよ畜生! 距離は!? スキャンしてッ」
「スキャン。チェック。このペースだと三分以内に落下」
「クソッ! 天子蓬莱、やれるか!?」
みずからの失態に苦々しく毒づき、希望を荷台の二人に託してハンドルを握る手に力を込めた。
起き上がった比那名居天子が悲観的な声色で言う。
「ああもう、なんて装甲。手榴弾なんかじゃ無理。徹甲弾やグレネードじゃなきゃ……」
あなたは泣きそうな声で叫んだ。
「そんな大火力ッ!」
「無いの? ロケットランチャーでも対戦車ライフルでもいいから!」
「いや、左の箱がビーム兵器!」
「OK! 蓬莱、援護するから箱をこじ開けて!」
言って、比那名居天子は立ち上がりアサルトライフルを連射する。
マシーンの黒いボディに次々と弾丸が降り注ぐも、火花でデコレーションするのみで、カメラレンズにもひびすら入らない。マシーンが火炎放射で反撃してきたが、比那名居天子は腰から下げていた緋想の剣をすばやく引き抜き、振り上げる。気質が歪み、火炎はまるで火山の噴火のように上空へと飛んでいった。
「……ッ……ぜはぁっ」
比那名居天子は苦しげに息を吐き出した。
幻想郷が無くなった今、幻想の力は使用者の生命力を激しく削り、発揮できる力も小さい。
緋想の剣の力を持ってしても、炎を捻じ曲げるだけで息切れを起こしてしまう。
その場に膝をつき、アサルトライフルを荷台に落としてしまう。
軍用トラックを可能な限り真っ直ぐ走らせて、できるだけ揺らさないようあなたは気を配っているけれど、蓬莱は木箱のふたをこじ開けている最中で、今、マシーンの砲身が蓬莱を狙った。
「させるかーッ!!」
いつの間に木箱から取り出していたのか、比那名居天子は新たに大口径のハンドガンを構えると、砲口に狙いをつけて引き金を引いた。しかし走行中のトラックの荷台から正確な射撃ができるはずもない。弾丸は砲身の根元に当たるだけだったが、その影響か砲身からはなにも放たれない。決死の行動がチャンスを生んだのか。
「開いたァ!」
蓬莱が歓声を上げ、木箱の中に飛び込む。
「蓬莱! エネルギーパック、セットお願い!」
「任せろー!」
比那名居天子の指示に従い、木箱の中で作業をする蓬莱。
その間、大口径の弾丸が続けざまにマシーンを襲う。
効果は薄い。
しかし薄い効果さえも今は欲しい。
砂漠で見つけた一滴の雫のように。
「セット完了! 使えや天子!」
蓬莱が木箱から飛び出るとほぼ同時に、比那名居天子は左の木箱に飛びつき、緋想の剣の置いてビームバズーカを担ぎ上げた。
人形がすっぽり入りそうな大きい砲門。比那名居天子の身長ほどはあろうかという長さの、雄々しく猛々しいビーム兵器は、無人戦闘兵器と同じ漆黒の金属で造られている。
「人の叡智が生み出したものなら、人様に迷惑をかけるなぁぁぁッ!!」
魂からの叫び!
バックミラーに映った比那名居天子の勇姿を、あなたもじっと見守っている。
蓬莱はすでに勝利を確信して、マシーンに向かって親指を下げている。
渾身の力を込めて引き金が引かれ、真っ白な閃光が砲門から解き放たれた。
鉄壁のボディだろうと超高熱のビームによって融解するのは確実。
「フッ……恨むなら、"心"を持たせなかった開発者を恨みなさい」
勝利宣言をした比那名居天子は、ビームバズーカを荷台に降ろすと、愛用の緋想の剣を拾う。
その瞬間、爆音が轟いて、融解したハイウェイの蒸気が渦を巻く。
「伏せ――」
砲弾が、蒸気を振り払って飛来する。トラックに、いや、比那名居天子に向かって。
避けられる距離ではなく、反応できるタイミングではない。
砲弾の直撃を受ければいかに天人といえど――。
轟音に金属音が混じる。
砲弾は比那名居天子の前面で軌道を変え、極彩のきらめきを花火のように散らすと、比那名居天子の頭上を飛び越えていった。
比那名居天子は荷台に強烈に叩きつけられ、ぐったりとする。
一目でわかる重傷で、もっとも無残なのは右腕だ。捻じ曲がり、裂けた肉から折れた骨が飛び出している。
さらに極彩の金属片が腕や胴体に突き刺さっていた。
――緋想の剣。
偶然にも砲弾の盾となり、しかしその衝撃によって右腕を引き裂かれ、砕け散った緋想の剣をその身に浴びてしまったのか。しかも砲弾を受けて右腕の犠牲だけですむほど天人は頑丈ではない。恐らく見えない部位、胴体の骨や内臓にも甚大なダメージを受けているはず。早急な治療が必要だ。
「蓬莱ィイッ! 天子を早く!」
悲痛にあなたは叫んだけれど、蓬莱はそれに応じることができなかった。
蒸気が晴れた先、ハイウェイの融解した穴の内側を、マシーンが走っていた。
四本の脚を左右に広げ、ビームバズーカの範囲外まで伸ばし、ローラーを回転させて追走を続けていた。
「ビームコーティング!?」
ビーム兵器は絶大な火力を誇る。けれど特殊なコーティングをすることによって軽減が可能なのだ。
とはいえビームに対して無敵という訳ではなく、耐えられる回数はそう多くない。
もう一度、ビームバズーカにエネルギーパックを取りつけてマシーンに放てば倒せる可能性は高い。
けれど蓬莱では、人形サイズの蓬莱では、この状況でそんな作業をできるはずがない。
比那名居天子が倒れ、あなたはハンドルから手を離せず、マシーンがビームの穴の切れ目を乗り越える。
死の恐怖があなたを襲う。
自身の死ではない。
ワラキアの山岳で。
オセアニア諸島の熱帯雨林で。
インドの古びた寺院で。
ドイツの工場で。
メキシコの遺跡で。
アメリカ南部のスラムで。
アメリカ北部の荒野で――仲間を喪い続けてきた。
ロシアのシベリア鉄道で、救難信号を途絶えさせ合流かなわなかった露西亜を。
幻想郷跡地で――シェルターにいた妖怪達を。
廃都で――衰弱したアリスを。
関西砂漠で――ふたを開けたフランドール・スカーレットを。
数百年間もの間、数え切れないほどの仲間を、友達を、知人を、他人を。
苦い、苦い、名前を知る者の死――その恐怖があなたを襲う。
あなただけではない。蓬莱もまた、身近に比那名居天子の死を感じて感情回路に熱を持たせていた。
黒い死神がさらに砲弾を吐き出す。
あなたは精神的ショックの隙を突かれ安直な直線走行をしてしまっており、右後ろのタイヤが爆ぜた勢いで車体が浮かび上がる。悲鳴を上げる暇もなく、横転したトラックがハイウェイにこすりつけられる。
気絶していた比那名居天子は宙に跳ね飛ばされ、トラックより背の高い柵をも越えて海峡大橋の外に放り出されてしまう。
あの重傷で水面に叩きつけられ、全身を海水で洗われては、激しい出血により死に至る。いやそれ以前に気絶したままならば溺死が先か。ことは一刻を争う!
ぐしゃぐしゃに引っくり返った車内であなたは喘ぎ、真っ赤に染まった額を上げる。
「だ、大丈夫か?」
「なんとか。でも――」
「わかってる、天子が……」
助けることができるのはあなただけだ。
ビームバズーカを人形では担げないように、海峡に落ちた比那名居天子を掬い上げるには、人形は非力で小さすぎる。
しかしこの状況、あなたに離脱されては。
「野郎、ぶっ殺してやるッ!」
怒声を轟かせる蓬莱。
荷物と一緒に路面へ転げ落ちたため、それがクッションとなって損傷は少ない。
食料、医療器具、火器などが散らばる中、蓬莱はハンドガンを持ち上げていた。
大きなテディベアをプレゼントされた子供のようにしがみついて、引き金に手を伸ばしている。
アサルトライフルでもろくに傷つかない装甲の前では豆鉄砲にも等しいのに、どうして。
マシーンの砲身が蓬莱に向けられた。
「バカ逃げろッ!」
あなたが叫ぶと同時に、蓬莱は引き金を引いた。
甲高い音とともに青光りするものがマシーンに飛びかかる。
あれはハンドガンではない、電気銃だ。
ビーム以上にクリーンな武器。出力次第で人間どころか機械すら感電死させる。
青い光は砲門に吸い込まれ、細長いワイヤーが電気銃から伸びていた。
内部からの電撃、これならあのマシーンを倒せるかもしれない。
けれどあの電気銃は充電が不十分。望みは薄い。
「出力ゥフルドラァイブ!」
蓬莱の全身が発光した。みずからの動力炉を限界以上に稼動させ、電気銃のワイヤーを通してマシーンに流し込んでいる。
バチンと電気の弾ける音が連続して鳴り響き、マシーンの脚が一本、力を失って膝をつく。
砲門からは黒煙が吐き出され、確実にダメージを与えているのだと確信させた。
「や、やった……!?」
信じられないとばかりにあなたや呟く。
引っくり返った車内で身をよじり、リアガラスに手のひらを押しつけて蓬莱を凝視する。
「人間の偉大さは、恐怖に耐える誇り高き姿にある――ギリシアの史家ブルタルコスの言葉だ。心無い鉄屑にこの意味がわかるか? 質問に答えやがれ、このド低脳が!」
ギリシアの史家ブルタルコスの言葉を引用と見せかけて、盛大にジョジョの奇妙な冒険のセリフを引用していた。
電気の青い光が電気銃のみならず蓬莱の身体さえも包み込む。
お肌に耐電耐熱耐寒機能がついていると知らなければぞっとする光景だ。
それでもあなたは心配そう。万が一なんて、永遠を生きるあなたにとってはいつかくる必然なのだから。
「出力ゥ……オーバーロォード! 滅びやがれ心無い機械人形、人が安心して眠るためにィイ!」
渾身の叫び。自立人形の小型動力炉が悲鳴を上げ、安全装置をも焼き切ろうとしている。
これ以上はいけない。自壊しかねない。
「蓬莱ッ、それ以上は――!」
それをあなたも悟り、血濡れの額をガラスに押しつける。
「よせッ!」
その瞬間、四脚の黒い無人戦闘兵器は内部で爆発を起こし、装甲やパーツを弾き飛ばして黒煙を高々と昇らせた。
まさしくそれは勝利の証。
マシーンは力を失いその場に崩れ落ちる。
「や、やったのか? 蓬莱、そいつは?」
「オウ……仕留めたゼ。電気銃越しだケド……手応えが伝わってキタ」
「そうか」
ホッと息を吐いて、あなたはガラスから手と額を離した。
空に向かってしまっている右側のドアを見上げ、手を伸ばしてロックを解除する。
「待ってろ、今……」
「バカジャネーノ……テメーは私より天子を早く。溺れ死んじまうぜ。私は無事な医療品を探してみる」
「ああ、わかった」
最大の敵を打倒し、幾分か余裕の生まれたあなたは落ち着いた動作でドアを開けてよじ登る。
車外へ出てみると、マシーンとの戦いの傷跡や、このまま走っていたら落下していただろう前方の切れ端が見え恐ろしい気分になる。しっかりと荷台に固定する余裕の無かった物資もうんざりするほどぶちまけられており、いくつかは駄目になってしまっているだろう。
けれど感傷にひたっている暇は無い。
「――っと。海に落ちたんじゃ、血を頼りにしたって探し出せるかどうか。悪い、こっち手伝ってくれるか」
「わかった。ソナー機能で見つけられると思う」
あなたはニッと笑い、軽やかに跳躍して柵に飛び移る。
眼下に広がる海峡は青々としており、比那名居天子の命を削っているだろう出血など見当たらない。
人間の眼で見つけるのは不可能に近く、人形の機能に頼ったのは正解と言える。
「よし、飛び込――」
ふいに、小さな衝撃音がした。
マシーンの方向。まさかまだ。あなたは表情を険しくして振り返った。
マシーンは未だ黒煙を吐き出し、破損箇所から火花を散らしている。
完全に機能停止しており、今の小さな音の正体は蓬莱だった。なにもないところで地べたに転んでいる。
起き上がろうともがいているが、その挙動がぎこちない。
「蓬莱?」
不審に思って声をかけたその時、蓬莱の後ろでマシーンのボディが火を噴いた。
轟々と巻き上がる紅蓮は、みずからの黒煙をも呑み込んでいく。
これは。
「いけない、爆発する! こっちへ!」
蓬莱とマシーンの距離は近すぎる。あれが爆発したら蓬莱は間違いなく大破してしまう。
「早く! 医療品を回収している暇は無いッ!」
「フフフ。手足はまだ動くが――」
蓬莱が奇妙に笑い、顔を上げる。
人工肌が剥がれ落ち、乳白色のメタルボディがあらわになっていた。
高性能小型カメラを積んだ空色の瞳が砕け散り、さらに眉間には黒い金属片が突き刺さっていた。
「バランサーが壊れちまった……」
「なっ……!?」
死の恐怖が嵐のように吹きすさぶ。
あれでは、あの破損では、果たして修理できるかどうか。
思考回路と感情回路にバグが生じてしまう可能性も高い。
「へへへ……美人台無しさね だらしねーが目がまったく見えねー」
おどける蓬莱の態度が、もはや寿命が尽きているかのような錯覚を起こさせる。
別れ際のように、どうかほほえまないで。
「天子の奴を頼まあ……」
「そこ動くなッ、今――!」
あなたは我を忘れて、蓬莱の元へと飛んだ。
けれど柵の高さより下へ降りるよりも早く、マシーンは限界を迎え、大爆発を起こす。
「アバヨ、ダチ公!!」
軍用トラックも、物資も、海峡大橋ハイウェイも、その柵も、蓬莱も。
すべてが爆発に呑み込まれる。
かろうじて距離のあったあなたは爆発によって後方へと吹っ飛ばされた。
空が――蒼い。
空の蒼さは蓬莱の瞳と同じだ。
ひび割れた瞳の中を、あなたが舞う――。
◆ ◆ ◆
「歴史ばっかり見ているお前には、運命は変えられないよ」
――レミリア・スカーレット
<とある歴史家に向けて>
【地獄篇】
震動が鎮まった。
全身をしたたかに打ちつけられたあなたに、少しずつ力が戻ってくる。
「ううっ……なんてタイミングの地震だ」
うめいて、よろよろと立ち上がる。
「妹紅……大丈夫?」
「あっ、ああ……なんとか。そっちは?」
あなたは目元を手のひらでおおいながら、首を左右に振る。まだ意識が朦朧としているようだ。
一度死んだ方が早く回復できそうだけれど、そうはせずに回復した視力で周囲を見回す。
「ご覧の通りよ」
「ああ、無事でよかっ――」
声の方を向いて安堵の表情を浮かべるや、視界の端で捉えた光景に声を詰まらせる。
そこには。
「ご覧の……有様よ」
ひび割れた瞳の向こう側で、比那名居天子が笑っていた。
唇の端を震わせて、汗だくになって。
暗い地底洞窟の道を照らすたいまつが、茶褐色の岩盤に転がり、揺らめかせる焔で比那名居天子を照らしている。
大岩を支えていた。
両足を広げて踏ん張り、両の手のひらに首と肩で支え、今にも押しつぶされようとしていた。
今にも力尽きようとしていた。
なまじ広い道を選んだのが仇となって、落ちてきた大岩は道をふさぐほど大きく――重い。
いかに天人が頑強とはいえ、海峡大橋で負った傷がまだ癒えていない今、いつまで耐えられるだろうか。
あばらが四本折れたままで、内臓は未だ固形物を受けつけず、聴覚は半分以下に落ちているというのに。
左右の岩壁、その幅はおおよそ五メートル。それを埋め尽くすほどの幅と、同程度の奥行きを持つ大岩だ。
天井を突き抜いているため高さはわからないが、比那名居天子が力尽きれば容赦なく圧殺する重量があるのは間違いない。
「て、天子……?」
あなたもそれをわかっているのだろう、声は絶望に打ち震えている。
「フフッ……ドジっちゃったわ。不老不死のあんた、突き飛ばして、逃げ遅れるなんて……」
そう言う比那名居天子の笑みは強がりであると同時に、妙に嬉しげな空気を漂わせていた。
「う、あっ……代われ天子。私が支える。その間に出ろ。なっ」
「バカね……あんたの力じゃ、一秒だって支えられないでしょ」
「でも、でも天子……でもっ」
比那名居天子は口角を上げる。
「もう、長く持たない……蓬莱やフラン……みんなのトコ、逝くわ」
「イヤだ天子、イヤだ。置いてくな、残して逝くな。もう、もうっ……」
もう避けられない、調査隊を結成時から率いてきたリーダーの死を。
痛いほど理解しているからこそ、その理解を拒絶している。
「こんな、こんな暗い地の底で。ここを抜ければきっと、きっと」
「いるといいわね……輝夜と永琳」
さみしそうな、いたわるような眼差しが向けられる。
あなたが目を背け続けてきたものを案じているのか。
「そうしたら、不老不死同士、気兼ねなく……アリスので、人形の仲間も増やして……賑やかに、さ……」
「待ってろ、今、引っ張り出してやるからな」
あなたは無謀にも、回復し切ってない身体で比那名居天子に這い寄る。
先に受けた言葉の通り、仮に全快したとて一秒だって支えられないのに。
「妹紅、無茶よ」
「黙ってろ……黙って見てろ」
制止の声も届かず、あなたは岩に触れた。
その瞬間、余計な力が加わったせいか、比那名居天子は両膝を折ってしまう。
痛烈に叩きつけられた膝の皿が割れる音がし、スカートは内側から赤く染められた。
あなたは驚いて身を引く。
「私、あんたのコト、結構……好きだったわ……」
「なにを、天子……そんな、まるで最期の……」
「お父様が天人になって、私も天人になって……降って湧いた不老不死で、退屈で……持て余して……」
「やめて。お別れの、そんなのは」
「似てるなって……私と妹紅、チームの中で一番そっくりで……」
「やめっ……」
あなたは泣いていた。
胸が詰まって、まともに声を出せない。
のどは震え、喘ぎだけが漏れる。
ガクリと首を下ろした比那名居天子は、か細く震える声で懇願する。
「わ……るいけど、前、向いて、歩い……くれない?」
「あうっ、う、うあぁ……」
「つぶれて死ぬなんて……とこ、友達にはさ……見られたく……」
うつむいた比那名居天子の顔から、透明のものと赤いものが地面に落ちる。
かぶっていた帽子も、桃の飾りのついた愛用の帽子も、あなたの眼前に落ちた。
「妹紅……立って」
「イヤだ、こんなの」
「前を向いて、歩いて。それが最後の願いなら、友達なら、応えなきゃ」
「イヤだ……いやだよう、もう、やだぁ……」
「妹紅」
あなたは、立ち上がる。
悲哀と絶望に押しつぶされそうになりながら。
振り返って、前を向いて、歩き出す。
暗く冷たい洞窟を。
深く静かな洞窟を。
あなたは、歩き出す。
振り向いて、歩き出す。
後ろを振り返らないよう。
比那名居天子の最後の願いに応えるよう。
「そう、それで……いい……」
決して振り返らないよう。
涙で前が見えなくても、あなたは前に歩かなければならない。
「びんぼ……くじ、引かせ……ちゃったわね」
振り返ってはいけない。
その姿を、見てはいけない。
「あとは……頼ん……」
闇に響く今際の言葉。最後の願いだから。
ひび割れた瞳を決して、向けてはいけない。
「ごめ……ご、めん……シャ……イ……」
重たい音が洞窟を揺るがせる。
また落盤の可能性があったけれど、あなたはもたもたとした足取りのままだ。
後ろ髪を引かれっぱなしで、下を向いて歩いている。
――こら、馬鹿妹紅ッ! 前を向けっつったのに下を向いてどーする!
――まったくよー、バカジャネーノ。
そんな声が聞こえてくるような気がした。
長いつき合いだ。どういう時、どういうセリフを言うかなんて、たやすく想像できる。
比那名居天子が、最後になんと言おうとしたのかも。
あなたは歩く。揺れのおさまった暗い冷たい洞窟を。
もはや松明の光も届かぬ暗闇の岩肌を、うつむいたまま、下を向いて歩いていく。
会話は無い。
あるのは静寂と、泣きじゃくる嗚咽。
いじめられた子供が、物陰に隠れて泣いているように、あなたは泣いている。
数時間にも感じられる数分を歩くと、暗闇が途切れ、白く眩しい世界が広がっていた。
それでもあなたは下を向いたままだった。
◆ ◆
「本当の恐怖は、約束された恐怖の向こうにある。
居るはずのお化け役が消えたお化け屋敷ほど、怖い物は無いのよ」
――藤原妹紅
<肝試しにてアリス達に>
【天国篇】
長かった。
とてもとても長い旅路だった。
「そう、覚えている。時代と環境の変化で、幻想郷の限界が見えてきた時のことを」
あなたは下を向いて歩くようになって、もうどれだけの時が流れたろう。
失っても失っても、精いっぱい強がって胸を痛めて、目を背けて見ない振りして自分を誤魔化して。
「調査隊に入って、みんなと旅をして、世界をめぐって……結局、新しい場所を見つけられなくて」
新しい仲間は、古い仲間より先にいなくなってしまうばかりで。
傷を舐め合いながら、がんばって、がんばって、がんばって……。
「いつしか世界情勢を探ることがメインミッションになっていた。つらかったけれど楽しい旅だった。でも」
それでも前に前にと進んできた――だから、いいのかもしれない。
立ち止まってしまっても。
「でもある時、楽しかったけれどつらい旅になってしまった」
仕方ない。がんばったんだから。やるだけやったんだから。
まだ道が続いていても、まだ希望が残っていても、もう、足は動かない。
「傷を舐め合うだけじゃ、いつか、疲れてしまう。傷を癒し合える人が私達には必要だった」
人形遊びの好きなフランドール・スカーレットなら癒せただろうか?
魂無き心すらも等しく慈しんでくれるアリスなら?
「繰り返す季節達が 心と身体を洗ってくれたね」
人類社会がもたらした工業化と度重なる戦争、欺瞞と謀略によって世は滅びた。
それでも芽吹いた草木は地球の優しさじゃなく――拒絶。
「あなたの中にある傷口をいたわり、深く癒し合えていたなら」
見よ、世界は緑があふれている。コンクリートジャングルもいずれジャングルに呑み込まれる。
人間に害を成す緑ばかりであふれている。身体が丈夫でない魔法使いも病に倒れた。
「けれどそれは無理な話。だって……」
膨大な生命力を持つ天人も次第に弱っていき、人形は物資不足で負荷を重ねていった。
万全なのはあなたの肉体だけだった。あなたは精神をすり減らしていった。
「あなたのこと、あまり好きじゃなかったもの」
霊峰富士――そう呼ばれていたのも今や昔。
台形をしていた日本最大の火山は、木花咲耶姫がいなくなったため大きく地崩れを起こし、不恰好に掘られた天然の滑り台は最後の噴火によって放出された溶岩流をあっという間に麓へ運んだ。地理を識る比那名居天子の考察によると、噴火は隕石が日本にも降った影響らしい。
今や富士は不死の山ではなく、単なる死火山、死の山にすぎない。
火口は無意味なくぼみにすぎず、あなたが選んだ最後の地。
火成岩でコーティングされた灰色の、雲海の如き天の国。
不毛の世界。
関東は旧人類に有害な植物で埋まり、関西は草の一本すら存在を許さぬ砂漠。
その狭間が富士山となったのは偶然か、あるいは運命めいたなにかが働いているのか。
けれど、ここで。
頂上、火口の一角でついに力尽きてしまったのは。
そこを墓場にしようと、心のどこかで決めていたがための必然。
火口の中心に座り込んだあなたは、すっかり頬がこけており、身長より長い白髪を引きずって登頂したためあちこちに石や砂が絡みついている。
白いブラウスも紅い指貫袴も埃にまみれ、薄汚い浮浪者にしか見えない。もっとも、この世界に浮浪者が生き残っていたなら、まだ希望を捨てずにすんだのかもしれない。
アリスの置き土産を利用して、復興する気が起きたかもしれない。
けれど起きなかった。
起きなかったの。
「そうだな……」
あなたは虚ろな声で呟く。
ひび割れた瞳の中、虚ろな瞳が揺らめいた。
「チームとして息が合えば合うほど……私に向けられる感情が、蓬莱や天子とは違うって、わかってた」
傷口を舐め合うことはできた。
傷口を癒し合うことはできなかった。
「お互い、あまり口を利かなかったし……」
経験によって息を合わせることはできても、馬は合わなかった。
プライベートでの交流も一番少なかったね。
「お前じゃなく、蓬莱か天子が生き残ってくれていたなら……そんな風に考えて、自己嫌悪して、勝手に傷ついて……」
そう、例外の"あの二人"を除いたなら、あなたがもっとも心砕いたのは"あの二人"だった。
例外の"あの二人"に比肩する存在になれる可能性を持っていたのは"あの二人"だった。
「フランも結構、いい線いってたな……レミリアが駄目になってからは、慰めるのが、楽しかった……」
暗い共感。不幸自慢をしたがる心理。
大切な人を喪った悲しみを共有することで、支え合うこともできる。
「私は逃げていたんだ。お前の視線から」
知っていたよ。
でも、これは知っているかな?
「蓬莱、天子からも逃げていたくせに」
「……そんな、ことは」
「逃げていたよ。大切になればなるほど、絆を深めれば深めるほど、失う未来を恐れて逃げていた」
「そんな、ことは」
「上白沢慧音を後ろ向きの姿勢で失ったあの日から、あなたは誰とも向き合おうとはしなかった」
「そんな、ことは……」
「何度失い、何度傷ついても……何度でも手を伸ばし、何度でも掴み、何度でも絆を育む強さ。それを天子は持っていた。でも、あなたは持っていなかった。誰かと向き合うことができていれば、あるいは、あなたもそんな強さを持てていたかもしれない。私との関係ももっと――違っていたかもしれない」
「違う、私は」
「輝夜とさえ、向き合わなかったくせに」
痛烈な、恐らくもっとも心をえぐる名前だったかもしれない。
「見たわ、輝夜に甘えるあなた。幻想郷に帰るたび、仲間の死を嘆いて、いっぱい慰めてもらって、依存して」
「そ、れは……」
「もっとも大切な人とさえ向き合えないあなたが、どうして蓬莱や天子と向き合えるのかしら? 私と向き合えるのかしら?」
「やめて、やめてよ」
「自分本位なあなたが、輝夜と永琳に再会できたとて……結局はまた依存するだけ」
「どうしてそんなこと、言うの?」
「そうして忘れるのよ。蓬莱の死の哀しみを忘れ、天子の最後の願いを忘れ」
「言わないで、どうして急に、こんな話するの」
「私達の残した想いを忘れて、ママにあやされる赤子のように生きていくのよ。なるほどあなたはそれでいいかもしれない」
「ダメなの? 楽になっちゃ。悪いことじゃないのに」
「悪くない。でも気に食わない。私は忘れたくない。私は忘れさせたくない。哀しみも苦しみも後悔も死も、すべて抱えたままでいたい」
「そんなに、私のことを――嫌い、だったの?」
あなたの濡れた瞳の向こうに、哀しみの色が浮かぶ。
ようやく、あなたは泣いたのだ。
「バカジャネーノ。嫌いな奴と、ここまで一緒に居るはずがない」
ひび割れた瞳の中で、あなたが泣いている。
泣いて泣いて、瞳の奥に光が見える。
「愛してその人を得ることは最上である。愛してその人を失うことは、その次によい。イギリスの小説家、サッカリーの言葉。フフッ、蓬莱が好きだったわよね。偉人の名言を引用するの」
まだ人間らしい感情が残っている証。
涙が涸れていないのは結構だけれど、果たして涸らさずにいられるだろうか。
「でも私は常々疑問に思っていた。他者の言葉を借りなければ伝えられないのであれば、その言葉に心と魂は宿っているのか?」
ひび割れた瞳の中で、あなたの姿が揺らいで霞む。
影が落ちていく。太陽は地球の荒廃など気にも留めず高々と輝いているのに。
「哲学者デカルトは言った。我思う、故に我あり。なるほどご立派、自我の証明。けれどそれでは、それだけでは、結局は人間の模倣でしかないのではないかしら?」
引用癖。それは蓬莱の個性だったのか、それとも個性無き故の真似っこにすぎなかったのか。
自立人形とは本当に自立していたのか? 心を宿したと定義したアリスは本当に正しかったのか?
「言葉という入力を受けて、言葉という出力を返しているだけの、外の世界の心無いアンドロイドと同じではないのか。蓬莱を殺したマシーンと同じではないのか」
電子頭脳なら、自立人形にも使われている。
外のマシーンとなにが違う?
「同じ名前を持つというだけで、あなたに興味を持ち、懐いた蓬莱は、姉妹の中でもっとも早く自我を確立した」
違う。蓬莱は違った。
アンドロイドともマシーンとも違った。
「だから私はあなたを見ていた。ずっと見ていた」
同じ名前という理由であなたに興味を持っても、同じ名前と言う理由だけであなたを好きになりはしない。
だったら、蓬莱はあなたのどこが好きだったの? 親友と呼べるほどに。
「見てきたよ。ずっとずっと、歩いてきたのを」
あなたは歩いた。歩き続けた。
その道程は途方もなく、果てしなく……延々と歩き続けても、永遠にたどり着くことはできない。
「だか、ら、私も、ここまで歩いてこれれ、たの、ヨョゥ」
音声が乱れ始めた。そこでようやく、あなたは気づく。
フランドール・スカーレットの時は、すぐ気づけたのにね。
「……えっ……ちょっと、待ってよねえっ」
「最後だだ、から、ありたけ吐き出さ、せて、もらったわ」
「ねえったら! メンテナンス、私、ちゃんとやってる!」
「老朽化は、仕方ナイ。メモリーをコピーすすれば生き残れるけどォオ……ガガッ、ザリッ……れっ連続性を失ったらそれはもう、私じゃないと思う」
音声機能がなぜか少しだけ回復してきた。ろうそくが燃え尽きる間際の炎上のようなものか。
あなたに伝えたい言葉があるのなら、伝えるべきは今。
「妹紅。生きてる間は、一緒に居て上げたわ」
「待て、待ってよ。いきなり、説教めいたこと言って、今度は、そんなのって」
「最後だからね、言いたいこと全部言いたかったし、それに」
ひび割れた瞳の中で、紅白のあなたから色彩が消えうせる。
ノイズが走り、あなたの泣き顔がよく見えない。
「あなたの心を傷つけてでも、私達みんなのこと、刻み込みたかった。つらい思い出でもいいから、忘れられたくなかった」
「忘れ……忘れない、忘れないから」
「自己満足のわがままで、ごめん。あなたに泣かれながら、終わりたかった、私のわがままなの」
「いいよ、泣くから、お前を抱いて泣き続けるから。だからシ――」
プツンと、あなたの声が途切れる。けれど唇はせわしなく動いていた。
言いたいことを言いたいだけ言ったせいで感情回路をヒートさせたのがトドメになったのは、言わない方がいいだろう。
――これでロングウォークはおしまい。
届いているだろうか。話せているだろうか。聴こえているだろうか。
――あとはもう、立ち止まってうずくまるなり、輝夜達を捜しに行くなり、好きにしなよ。
最後の言葉。別れの言葉。
――私は、あなたと歩けてよかった。
ひび割れた瞳に、あなたの涙が落ちる。
――さようなら。私達の友達。
◆
◆
◆ ◆ ◆
【世明け篇】
メモリーが尽き、プツンと映像が切れる。
キーボードを叩いて映像再生プログラムを消した八意永琳は、ノートパソコンを閉じるとうんと背を伸ばした。
ずっとモニターを眺めていたので少々疲れてしまったが、これで状況は理解した。
なぜずっと、彼女が藤原妹紅ばかりを見ていたのかも。
「ただいまー。あら永琳、終わったの?」
「おかえりなさい。ええ、たった今」
キャンピングカーのドアを開けて入ってきたのは、艶やかな黒髪を真っ直ぐに伸ばした蓬莱山輝夜だ。
富士山を歩き回れるよう黒いレザーの服を着ており、両手いっぱいに植物を抱えている。すべて有毒植物だ。
「おいしそうなのいっぱい生えてたから、今日は私がご飯を作るわね」
「それは楽しみね」
蓬莱の薬を飲んだ二人にとってどんな猛毒も効果は無い。
だから、人体に有害な動植物がどれだけ世界を覆いつくそうと、味さえよければ食事という娯楽が成り立つのだ。
メモリーの中で、藤原妹紅はそういった知恵を働かせていなかったが。
蓬莱山輝夜は有毒植物をキッチンに運ぶと、手を洗ってからリビングへと戻ってきた。
流線型のデザインのこのキャンピングカーは、キッチン、トイレ、バスルームも完備された二階建てであり、リビングは六畳ほどの広さを有し、ソファーとテーブルに加え、テレビモニターまで置いてある。ベッドは二階だ。
ソファーに腰を下ろした蓬莱山輝夜は、八意永琳に身体をもたれさせた。
「で、どう? なにかわかった?」
「ええと、その、妹紅がああなったのは、仲間を喪い独りきりになってしまったがための、精神的なもののようね」
「そう、やっぱり」
壊れた人形のそばにいたのだから、そうだろうと予想はついていたけれど。
それにしても動じなさすぎではないだろうか、この姫は。
八意永琳はノートパソコンと人形を結ぶケーブルを抜いた。
「で、これからどうするの?」
「とりあえず、この子を元の場所に戻してきましょ」
「えっ」
「さあ、行くわよ」
ボロボロの人形を手に取って、蓬莱山輝夜はキャンピングカーを飛び出した。
普段着だった八意永琳は、壁にかけてあった厚手のロングコートを羽織ってあとを追いかける。
最新の科学技術によって作られた高性能キャンピングカーはどんな悪路であろうと、そこが岩山でも雪山でも走破することができる。しかも積んである発電機で走行もキャンプ機能もすべてまかなえる低燃費。こういった技術力の進歩を戦争にばっかり費やさなければと、八意永琳は常々残念がりながらその快適さを謳歌している。
そんなキャンピングカーでやってきたのは日本列島の中心、霊峰富士と呼ばれた山の頂上。
山登りは苦労も楽しみのうちだけれど、人探しが目的だから楽をさせてもらった。
吹きすさぶ雲の中、蓬莱山輝夜は元気よく岩肌を駆け上って行き、火口に着くと今度は駆け下りていった。
死火山の火口の中央には――白い繭が根づいていた。
近くまで行ってみると、大きさは人間大くらいしかない。
追いついた八意永琳は、繭に触れる蓬莱山輝夜を見てふいに、月の繭という言葉を思い浮かべた。
本当に、月のような繭、のように見える。
声をかけるべきか――どちらに?――逡巡していると、振り返った月の姫は唇に人さし指を当てた。
かたわらまでやってきた八意永琳は、未だ意図を測りかねている。
姫は白い指を繭にそっと挿し込み――押し開いた。
内側では、藤原妹紅が磔にされていた。
眼を閉じ、耳を閉ざし、唇を結んで。
生きてはいる。不死の山であることと無関係に、彼女は不死なのだから。
だが停まっていた。
伸びに伸びた自身の白髪に、両手両足を絡み取られ、磔にされた聖者のように停まっている。
繭のように丸まった白髪の塊の内側で。
永遠という停滞に、擬似的ながらも人の身で至っている。
藤原妹紅の腕の中に、壊れた人形を還した。
そっと繭を閉じ、蓬莱山輝夜は背を向けて歩き出す。
こんなにもあっさりと。
違和感を抱きながら八意永琳もあとに続き、火口を登り切ってから口を開く。
「これでよかったの?」
「あら、眠り姫には小人がつき添うものでしょう?」
「それは白雪姫。……目覚めさせなくていいの? 妹紅を」
「私は王子様じゃないわ」
「はい、お姫様。でも目覚めさせることはできるでしょう? 私でもできるけど」
「いいじゃない。疲れ果てて、眠りについた。わざわざ、つらい現実に呼び戻すことはないわ」
「輝夜は、妹紅を大切に思っていると思っていたのだけれど。いつも慰めていたし。世界が滅びてからも、世界中、探し回ったのに、こんな結末でいいの?」
「すれ違いになっちゃったけどね」
ちっとも日本に帰ってこないから、わざわざ鹿児島宇宙センターのロケットを改造して太平洋を渡り、アメリカ大陸まで捜しに行ったのに。
いつの間に帰国して、こんな山奥で眠りについていたなんて。
「妹紅はかごの鳥だった。どこに行っても、私の鳥かごに帰ってくる可愛い鳥だった。でも、帰ってこなかったのだから、もういいわ」
「……さみしくないの?」
「当初の予定通りだもの、多くは望まないわ」
当初の予定。それはいつのことか?
「私は、永遠の伴侶に永琳を選んだ」
蓬莱の薬を飲んだ時のことだ。
「お爺さんとお婆さんにも蓬莱の薬を残した。帝にも残した。あの人達となら永遠をすごしてもいいと思った」
八意永琳以外の誰かがいてもいいと思っていた時期もあって。
「そして妹紅が現れた。想定外の人物だったけれど、これはこれで面白いと思ったわ」
その誰かは、藤原妹紅になった。
「でも駄目だった。駄目になってしまったのだから、もういいわ」
オモチャに飽きてしまったという意味か、それとも優しさからの言葉か。どちらにせよ。
「どうしても手放したくない相手は永琳、あなただけだもの」
蓬莱山輝夜の寵愛は、揺るぎなく八意永琳のものだった。
藤原妹紅も、一時はそれを揺るがしていたのだけれど――。
「寝かしておいて上げましょう、永遠の夢の中で」
永遠の魔法をかけるのか。なるほど、それは不老不死にとって至高の救済だ。
やはり藤原妹紅を大切に思う心はあったのだと安堵したが、蓬莱山輝夜は魔法をかけようとせずキャンピングカーに向かう。
一瞬戸惑ったが、ああなんだ、やはりいつか眠り姫が目覚めるのを待つつもりなのかと察する。
無理やり起こすよりは、その方が自然でよいかもしれぬ。
新しい喧嘩の口実も、程よく熟成するだろうし。
「あっ、そうだ。上海を戻してきちゃったけど、自立人形の開発データ、大丈夫よね?」
「ええ。感情回路のデータチップが妹紅の荷物に入っていたのは、彼女のメモリーから推測する限り、アリスが妹紅に永遠を癒す友として渡したようね。結局、創ろうとしなかったみたいだけれど。上海人形から得たのは旅の記憶だけよ」
「なら、いいわ。早く感情回路を作って、アンドロイドに埋め込みましょう」
アンドロイド。魂無き心無き、人の形をしたもの。
八意永琳の頭脳と、二人の永遠の時間があれば、残されたデータや工場から新たなアンドロイドを造るのは容易だし、倉庫の奥で放置されていた無傷のアンドロイドも回収している。これに感情回路を組み込めば、地球には新たな住人が生まれるのだ。
汚染された土地で、有毒植物に囲まれながらも、生きていける感情を持つ人形が。
「あっ」
「どうしたの?」
「修理は無理でも、上海のメモリーをコピーすれば、新しい上海を創れたんじゃないかしら? どうせなら、見知った人形がいた方が都合がいいかもしれないわ」
「……やめておきましょう。連続性を失ったらそれは、ただのコピーであり本人ではないと、上海人形が今際に言っていたわ。死に背きたくないとか」
「そう。じゃ、やめときましょう」
あっさりと引き下がる蓬莱山輝夜。
死を背きたくないという、上海人形の意を汲んだのか。
蓬莱山輝夜は、霊峰富士のてっぺんに眠り姫を残して行く。
「さっ。妹紅の馬鹿が目覚める前に、世界を心ある人形でいっぱいにしましょ! いったいどんな文明が生まれるのかしら」
八意永琳は、霊峰富士の山頂に月の繭を残して行く。
「自立人形が創る文明……フフッ、確かに面白そう。想像もつかないわ。でも、私達が王や神として扱われないよう、横槍は入れましょう。月で暮らしていた時のような、窮屈なのはごめんですから」
◆ ◆
「私は永遠に住む者なのよ。過去は無限にやってくるわ。
だから、今を楽しまなければ意味が無いじゃない。
千年でも万年でも、今の一瞬に敵う物は無いの」
――蓬莱山輝夜
<永夜異変後>
歩く。歩き続ける。
その道程は途方もなく、果てしなく……延々と歩き続けても、永遠にたどり着くことはできない。
だからこそ、時に倒れ、眠りについてもいいだろう。
でも、歩き続ける人がいるのなら、きっとまた、歩き出せる。
永遠に滅びない仲間がいるのなら、ロングウォークは終わらない。
人類の滅びた世界で、幻想が残したものが芽吹きだす。
世明けを迎えた新世界を。
歩き続けよう、ずっと一緒に。
あなたが目覚める、いつかの日のために……。
◆ ◆
◆ ◆
◆ ◆ ◆
――NEVER END――
BASARAは面白いよね
じつは砂漠に緑を再生させる話だし
最終巻間際を読みながら消えていったフランの心情はどんなだったかね・・・
私は5番のアイツが何故か大好きでした。墓の上で踊ってもらいたいくらいに。
条件的には他の参加者と対等だった元ネタの主人公と違って、妹紅は絶対に脱落者になれないんですよね。
そう考えると、仲間が減っていく事の辛さや寂しさは、ある意味で彼のそれを上回っていたかのように思えてきます。
設定面やバトル描写で「えっ?」と思うところもありましたが、キャラクターの魅力(世明け篇の二人も含めて!)が十二分に補ってくれていました。
長文、乱文で申し訳ありません。タイトルを見て「おおっ!」と思ってしまった者として、どうしても書かずにはいられませんでした。
この作品を読むことができて本当によかった。作者様に限りない感謝を!
擦り切れるようなやるせなさが良い?というと変ですね。浸れました。
意図したのかしてないのかわかりませんが、最後の再生計画で
ロックマンDASHを思い出しました。
読み進めてみたところ情景が浮かぶような、読み応えのあるしっかり作りこまれた作品でした。
うっかり簡易評価してしまったので無評価で失礼。100点の作品でした。
が、嫌いじゃない
むしろ大好きだ
いいぞもっとやれ
なんともまぁ、嫌というか重く沈殿した終わり方だったな
輝夜視点じゃいいとしてもこれはちょっと
一体どんな頭してればこんな物語が作れるのか。
私はハッピーエンド主義者だから、強引に点引こうかと思ったけど無理でした。
兎に角、読ませる物語。
気付けば、息を呑んで貪るように読まされていた。
独自過ぎる世界観を、問答無用で無理矢理に(言葉は悪いですが)読者に受け入れさせてしまうのは、正直中々出来ない事だと思う。本当に素晴らしい。
最後まで読んだ後に改めてタイトルを見返すと、それが複雑な意味を内包している事に気付いて背筋がゾクゾクする。
ご都合主義ハッピーエンドなんかじゃ終わらないリアル感が素敵。
スティーヴン・キング大好きな俺としては最高のテーマでした。
キングのホラー作品は救われない結末でも人間側の勝利で終わりますが、この世界は復活するのかな?
歩いてゆこう どこまででも
歩いてゆこう どんな景色も
歩いてゆこう ただそれだけ
ーー東方アレンジ『after』からの引用ーー
どんな結末であろうと、ぐーやがそこにいるだけでなんか前を向けそうな気がするよ。
あえて言います、面白かった。
グレイト、その一言です。
成長したフランドールはぜひイラストでみたいとおもい
グレイト、その一言です。
成長したフランドールはぜひイラストでみたいとおもいました
すみません、上のは途中送信です。
深く染み渡った。
目を閉じると様々なシーンがよぎる。
素晴らしい作品をありがとう。
書き出すと凄い長文になりそうなので あえてここで切っときます
書き方、表現方法、伏線。
話が進むごとに、心を締め付けられるような痛みを感じました。
世界の終焉後、考えられる世界の一つ、ですが終わりはない。
Never ending……まさしく、その通りだと思いました。
自分はハッピーエンド至上主義者ですが、読ませます。100点をつけざるを得ない。
アンハッピーものは、大抵、無理矢理にそういう展開に持って行っているのが見えて、わざわざそういう展開にしなくてもいいじゃないと思うのが常ですが、これは違った。
未来永劫人類が続くことはないし、そうなれば、この作品のようなことが起こると思わされます。
逆に言うと、ハッピーエンドに終わる展開が思いつきません。
良い作品でした。
天子がこんなにかっこよくて好きになれる作品も中々ないし、
そんなにいいキャラたちがどう考えても幸せじゃない脱落の仕方をしていかなければならない、
と予感しつつ読まなければいけないというのも中々ないですね。
読んでてつらいのに止められない。ありがとうございました。
内容・感想はもう諸兄が書いてるのでそれで。力作大疲れ様でした。
……真理だね。忘れられそうにない言葉だ
私にはバットエンドに感じなかったのは私の感性がずれているのか…徐々に調査隊が脱落していくさまは不老不死を扱った話には必要不可欠ながら、見事に表現されていると感じました。
上海は最後まで気づかなかった。やられた。
誤字
>これこそ人間という種の道程の象徴であると比那名居天使は言った。
天子
> 蓬莱の長髪があまりにも古典的だったためか、悪魔フランドール・スカーレットは素で無視してベッドに向かう。
挑発
あなたの文章はあまり好きではなかったが、知らずに最後まで読まされていた。
この話には愛が詰まっていた。有り難う。
イムスさんの作品はどれも読んでいて引き込まれるものばかりですね。自分の好みとは関係無しにとても良い作品だと読ませてもらいました。
一つの世界観を完全に作り上げていたという点で、このSSはとても秀逸だと思います。
神も悪魔も人妖も引き継げない「何か」を、連中なら引き継げる
もっとも連中に自覚があるかどうかは多分に疑わしいけれども
もの凄く暗くなるか、反対にもの凄くお笑いネタになるか
これは前者ですね
完成されすぎていて
「人々が藍した幻想郷」、「時の最果てだよ早苗さん!」と合わせて遠未来三部作とでも呼ぼうか。
個人的にはイムスさんの描くもっと別な東方キャラも見てみたいです。不滅そうな連中だと仙人とか。
幸いにして、リアルの「外の世界」は兵器よりも通信技術の進化を優先しました。このことは、現在の東アジア情勢が第一次大戦前のヨーロッパと酷似しているとしても、その結末を違ったものにしてくれるでしょう。
妹紅が一人また一人と仲間を失うだびに、読者も一つまた一つと神経をすり減らされていく。
何となくなんて理由でダークSSなんて読まなければよかった。
程度は雲泥の差であろうが、この後悔は死のロングウォーク参加者のそれに似ている気がする。
しかし、こうして読みきってしまった。
暗さに加えて二人称視点だったり時々上海がわかりにくくしゃべったり仲間たちの死が直接的に描写されなかったりと読みにくさ満載であったにもかかわらず、読みきってしまった。
といよりも読みきらせられてしまった。
とっととブラウザバックすればよかったものをそれが出来なかったのはひとえにこのSSの魅力のためだと言わざるをえない。
泣けるわけでも笑えるわけでもなくただただ暗いだけなのにどうしてこんなにも面白いのか。
10点つけるか100点つけるか非常に迷ったがこの点数で。
もう二度と読みたくない傑作です。
こんなになっても事も無げに暮らしている月人組が良い
こちらの心を容赦なくたたき付ける、そんな質量を感じました。とにかく色々なものがひしひしと伝わってくる描写。
しばらく経ったら読み返してみたいです。
苦しみの中を歩ききった妹紅につかの間の休息が訪れましたが、いつかまた立ち上がってほしいと思いました