第一章 妖怪の少女と人間の少年の出会い
人里の外れにある小屋に住んでいる唐笠お化けの多々良小傘は、傘の付喪神である。今日も分身とも言える紫色の傘を持って、人里の人間を驚かすことを頑張っているのだが…
「小傘ちゃん。今日も元気だね。」
「小傘の嬢ちゃん。今日も蕎麦を食べに来ないか?嬢ちゃんの鍛えてくれた包丁でご馳走するぞ。」
驚かすどころか、人里の人間に人気がある妖怪だ。人間の食事で、お腹が膨れても、驚いてもらえないため、妖怪としても精神的に空腹になってしまうのだ。
(これは、危機的状況だよ…誰でもいいから、私に驚いてよ…)
少し、体調が悪くなりふらふらしていると、空の天気が悪くなってた。暫くして、雨が降ってきたのだ。
(雨だ…天気…悪くなってたのかな?気づかなかったな…)
小傘は傘をさそうとしたら、右手に持っていたはずの傘が無くなっていたのだ。ふらふらと歩いている時に何処かに落としてしまったらしい。
「傘…落としちゃった…」
小傘の分身とも言える傘を落としてしまい、気分が暗くなる。探そうにも、何処を探せばいいのか、わからなくなってしまった。
暫く、雨が降り続けるなか立ち止まっていると、紫色の傘を持って、誰かを探している少年を目撃した。小傘の存在に気がつくと、走ってやってきた。
「この傘…小傘お姉ちゃんのだよね…」
「拾ってくれたの?ありがとう…」
少年は紫の傘を返すと、小傘は嬉しさのあまり泣き出してしまったようだ。泣き止むまで、少年はその場にいてくれたのだ。
「大丈夫…小傘お姉ちゃん?」
「大丈夫だよ!それよりも、君は家に帰らないと…家の人が心配するよ。」
「……………」
「何かあったの?」
暗い表情をしたが、小傘に視線を合わせて話してくれた。
この少年の親は幼い頃に妖怪に襲われていなくなったらしい。施設に預けられていたのだが、皆に馴染めなくて孤独の状態が続いていたようだ。
「施設に帰りたくない?」
「わからない…」
とりあえず、少年が預けられている施設に一緒に向かうことにした。向かっている最中に、少年に視線を向けるが、暗い表情のままだ。
(妖怪の私に…少年を救えるのかな?)
小傘は少年に対する何かを感じながら、救える方法を探していた。施設に到着すると、若い女性職員が小傘を見てお礼をいった。
「小傘お…じゃなかった、小傘さん。連れてきてくれて、ありがとうございます。」
「大丈夫だよ。それよりも、話を聞かせてくれないかな?この少年に関して…」
「簡単なことなら…」
若い女性の話だと、確かにこの少年の言っていた通り、施設内では馴染めていないことは本当だった。だが、若い女性職員の話を聞いているうちに、違和感を感じたようだ。
(施設に馴染めていないのは、本当みたい…だけど、あの子の暗い表情は、何かある。)
違和感の正体を考える。施設に向かっている最中、少年の暗い表情だったのが気になって仕方がない。
(職員のお姉さんからは、少年の相談相手になってほしいと言われたけど…)
施設内には原則、妖怪の立ち入り禁止しているのだが、認められて立ち入りが許可される場合もある。
(少年の相談に乗れば、何かわかるかもしれない。)
翌日、昼に施設を訪ねて、施設内を見学させてもらうことになった。窓から大部屋の中を見ると、子供達は食堂に移動していたようで、大部屋には少年以外誰もいなかった。
(1人だけ部屋に残ってる…)
疑問に思いながらも、大部屋の中に入ろうと扉をノックすると、扉が開いて少年が顔を出した
「小傘お姉ちゃん!?何で此処にいるの?」
「職員のお姉さんから、君の相談相手をしてと頼まれてね。」
少年の顔色がよくなった感じがしたような気がしたが、また暗くなってしまった。小傘は少年のいた大部屋の中に入って確認すると、施設の職員すらいなかったのである。
(本当に…誰もいない。でもなんで?少年は1人で此処にいたの?)
少年が小傘の袖を引っ張ると、考え事をしていた思考を一旦捨てて、正気に戻った。
「小傘お姉ちゃん…大丈夫?」
「……大丈夫だよ。君は私と散歩でもする?人里内を歩くだけだから、大丈夫だと思うんだけど…」
「行きたい。準備するから、小傘お姉ちゃんは待ってて!」
少年は大部屋に戻ると、小さな布袋と紐の付いた竹笛を首にかけて戻ってきた。
竹笛のサイズは手のひらで持てるほど小さい。
「それは竹笛?君が作ったの?」
「うん…」
人里内を散歩しながら休憩できる場所を探す2人は団子屋を発見する。歩き疲れた2人は立ち寄ることにした。注文したのは、きな粉団子を注文した。
「小傘お姉ちゃんは……妖怪だよね。」
「唐笠お化けの妖怪だよ。人間を驚かすことを目標にしてるんだけど…」
「恐怖で驚かすことを考えるんじゃなくて、楽しいことで、驚かすのはダメなのかな?」
少年の提案に小傘が驚いたような表情をしている。人間を驚かす際、恐怖で驚かそうと考えていたため、少年の考えに至らなかったのだ。
小傘は少年の提案をもとに、驚かす方法を考えてみることにした。始めに考えたのが、落とし穴で人間を落とす方法だが、すぐ少年に却下された。
「その手はダメだよ。怪我したらどうするの?」
「うーん…なら、これはどうかな?」
料理を食べさせて、実は味がないドッキリを考えた。別の意味で驚きそうだが、薄い感じかするため、候補からは保留となる。
「危険じゃないけど、楽しいのかな?」
「私からすれば、驚いてもらえれば…」
きな粉団子が来たため、会議は中断して団子を食べる。少年と小傘の様子を周囲から見られているが、気にせずに放置する。団子を食べ終えると、代金を払って外に出た。
「小傘お姉ちゃんは特技とかは無いの?」
「一応、鍛冶屋をしてるけどね…最初の頃は驚いてもらえたんだけど、今は誰も驚かないよ…」
「大変なんだね。」
施設に帰るのだが、早く帰りたくはないので、遠回りをしてから帰ることに。
(施設の帰り道とは、逆方向だけどよかったかな?人里内だし…大丈夫だよね。)
少年の手が小傘の手に一瞬触れると、自然に2人の手が繋がったが、小傘は驚いて離そうとする。だが、強く握られているためか離れない。
「手を…離さないでよ…小傘お姉ちゃん…」
「…………わかった。」
施設に到着するまで、2人の手が離れることはなかった。
「今日は楽しかった。また、遊ぼうね!」
「またね。小傘お姉ちゃん!」
小傘が少年と出会って2週間。2人は暇さえあれば、遊びに行くことが多くなったが、少年が施設での孤独はなくならなかった。
(どうして!?まさか、迫害されてるんじゃあ…)
どうしても、少年のことが気になってしまった小傘は、施設に行って少年を誘いにいった。
(もしものことがあれば、私が…)
施設に到着した小傘は、扉の前まで行く。ところが、少年が施設から出て逃げるように走る光景を目撃してしまった。
(追い掛けなきゃ!)
小傘は少年が逃げた方向に向かって飛んだ。暫く飛んでいると、少年を発見する。だが、人里から離れている場所にいたのだ。妖怪に襲われる危険性があるため、急がなくてはならない。
(間に合ったけど…)
少年が立っている場所は魔法の森の中だ。危険な妖怪が生息している危険地帯な場所で、竹笛を吹いている。
(優しい音だ…)
竹笛から聞こえてくる優しい音色に誘われた野生の妖怪達が、少年の回りに集まると、近づいてその場に座り込んだ。
(こんな光景…はじめて…)
竹笛の演奏中は野生の妖怪達は、少年の吹いている音色に耳を傾けたまま、おとなしくしていた。演奏を終えると、少年に頭を下げて帰っていった。
少年の近くに誰もいないことを確認すると、声をかけました。
「小傘お姉ちゃん…何でいるの!?」
少年は咄嗟に逃げ出そうとするが、抱き締められて逃げることができない。
「離して!」
「ダメだよ!今此処で、君を離したら、私は絶対に後悔する!」
少年は観念したのか、抵抗を諦めた。
「何があったの?」
「人間は妖怪と仲良くなったら…ダメなのかな…」
少年は自分の過去を小傘に話しました。施設に入っていた頃は、友達もできて孤独ではありませんでしたが、両親のいない悲しみは消えません。少しでも、悲しみを癒すために竹笛を作りました。
両親が生きていた頃は、少年のために毎回竹笛を作ったそうだ。
「もしかして、君が施設から逃げたのって…」
「……妖怪に竹笛を吹いていたことが…皆に知られてたんだ……それで…」
「もう大丈夫…君は私と一緒に来る?君がよければていいけど…」
小傘は少年に対する思いが強くなりました。そして、その返事は…
「それでは、小傘さん。よろしくお願いします。私のせいで、ごめんなさい。」
「お姉さんは悪くないよ。妖怪と人間は、違うんだから…」
施設から出てきた少年は、小傘の手を握ると職員に別れをいって、施設を後にしました。
「そういえば…君の名前を聞いていなかったよ。」
「実は…」
少年は妖怪に襲われたショックで自分の名前を忘れてしまったらしい。
「名前はどうする?」
「今は…いいや。妖怪と一緒に住んでいることが知られたら、巫女様に退治されちゃうでしょ?」
「知ってるの!?」
「施設にいる時に読んだんだ。巫女様は妖怪退治する仕事をしている。だから、当分は【名無しの笛吹師】が僕の名前。」
「何で君は、そんなにしっかりしてるの!?」
「魔法の森で野生の妖怪達に、竹笛を吹いていたの見てなかったの?施設の友達に知られてから、小傘お姉ちゃんに出会うまでは、半年くらい吹いてたから…」
少年の発言に、小傘は今までの思いが表に出てきてしまい、少年に怒った。
「何で…自分を大事にしないの!?」
「でも…」
「私は妖怪だよ。人間を襲って食べるのは、妖怪の本来の本性なんだよ。」
小傘は妖怪としての素顔を晒して、笑みを浮かべながら警告する。
「もし、幻想郷の掟がなかったら…君は真っ先に妖怪に食べられてるわよ。覚えていた方がいいよ…」
一瞬、小傘から妖気が発生した。だが、少年は怯まずに小傘に視線を合わせていった。
「………その時は、小傘お姉ちゃんに殺されたいかな。好きな人に、殺されるなら本望だよ。そうじゃなかったら、一緒にいたいとは思わない。」
少年の本気の視線が、小傘の瞳を貫いた感じがした。
「………13歳だよね。後…5年待って…」
「小傘姉ちゃんは妖怪でしょう?僕は人間…5年も待てると、思わないでね。」
少年は小傘の誘いを受け入れて、一緒にいることを選びました。妖怪の少女…多々良小傘と人間の少年の新たな生活が始まるのであった。
第二章 新たな生活
小傘と少年の新たな生活が始まったのだが、問題が発生した。元々、小傘が住んでいる場所は、人里の外れの小屋で生活していたのだが、少年も一緒に住むため小屋での暮らしだと、狭すぎるのだ。
「僕は小屋でも…」
「私が困るよ!一緒に暮らすんだから、部屋くらいは借りないと…私がしている鍛冶屋は、この小屋だし。」
「住む部屋があればいいんだよね?」
「考えがあるの?」
少年は施設に入る前まで住んでいた家に案内する。
「小さいけど、一軒家だね。誰か使ってないの?」
「僕が施設を出ると、住む部屋がなくなるから…掃除はしないとダメだけど。」
案内された場所は、人里東側の外れにある住宅街のとある一軒家に来ている。ちなみに、人里の東側は、10年前までは住宅街などない荒れ地当然の場所だったが、妖怪賢者、八雲紫と先代の博麗の巫女の結界で整備され、住宅街に生まれ変わった。
「お金は僕も稼ごうかな。」
「どうやって…まさか!?」
「笛吹師で稼ぐしかない。無理だとしても、覚えてもらえたらメリットだよ。」
小傘と少年は家の中に入ると、長年たまっていた埃が広がってきて、咳き込んだ。少々荒れているが掃除をすれば、住めるようになるだろう。
「1階建の家だから、掃除は楽だと思うよ。」
「家具もないね。買わなきゃね…」
雑巾とバケツを持って、拭き掃除を開始した。埃だらけのため、拭いている最中も埃がまって一苦労である。
「埃がありすぎて、目が痛いよ…」
「擦っちゃダメだよ!小傘姉ちゃん!」
少年は近くの井戸から水を汲んでから、小傘の目を濡れた布で優しく拭いた。痛みがなくなったようで、平気そうだった。
「あ、ありがとう…」
「気をつけてね。掃除の続きをしよ。」
小傘から離れて、使われていない釜戸の掃除をする。家にあった薪は腐っていて、使えない状態になっていた。
「薪も買わないとダメだね。」
「そうなの?」
「料理や風呂の準備するのに薪がないとね。」
掃除をして30分後。漸く掃除を終えて、後片付けをする2人は、朝から何も食べていなかったようで、とりあえず食べに向かった。
何を食べようか考えながら歩いていると、うどん屋の前を通り掛かった。時間は昼前だが、お客はまばらで席も空いている。
「中に入る?」
「君がいいなら…」
2人はうどん屋に入ると、近くの席に座り、メニュー表を見る。うどん屋なのだから、料理はうどんしかないと思いきや、ミニではあるが、ご飯物もあったのだ。
「素うどんでいいや。」
「ちゃんと野菜も食べないと…それなら、天ぷらうどんを選びなよ。私も同じのにするから。」
「小傘姉ちゃんも一緒ならそれでいいよ。」
小傘は店員に天ぷらうどんを2つ注文する。少年は竹笛を手の中で転がしながら料理を待っていると、店員が相席いいか聞いてきた。
「大丈夫ですよ。」(昼の時間帯だから、席が空いてない…)
「相席ありがとな。小傘も久し振りだな?」
「あ、妹紅さん!久し振りだよ!」
相席の人物は小傘の友人で、迷いの竹林の案内人、藤原妹紅だ。少年は紅妹の登場に少し不機嫌な様子だが、妹紅は少年に自己紹介する。
「小傘の友人、藤原妹紅だ。迷いの竹林の案内人をしてる。よろしくな!」
「僕は…名無しの笛吹師。呼び方は自由にどうぞ…」
「ふーん。種族は妖怪なのか?」
「人間です…名前は忘れました。」
少年の名前に、少々違和感を感じたが、気にせずに店員を呼んで注文した。
「素うどんと玉子丼を1つずつな!」
「また、体に悪そうな…食べ合わせ…」
「私は不老不死だ。死なないよ。」
(え!?あの男の人…不老不死なの!?)
少年はどうやら、妹紅を男だと勘違いしているようだ。
「どうしたんだよ。機嫌が悪そうじゃないか?」
「小傘姉ちゃんとの関係は!?」
「関係……そうか。」
妹紅は少年が小傘のことが好きなのを見抜いて、悪戯してみようと、思ってしまった。
「私と小傘の関係はこうだよ。」
妹紅は小傘を抱き締めて、少年に見せつけるように笑みを浮かべた。
「な!?」
「冗談だよ。私と小傘は友人関係だ。それ以前に、私は女だ。」
「え!?女性なんですか!?」
「まさか、私を男だと勘違いしているとはな…」
少年は勘違いしてしまったことに、恥ずかしくなって顔をしたに向ける。
「意地悪して悪かったな。勘定頼む。私のは持ち帰りな。」
席から立つと、注文していた料理を持って店から出ていった。少年は小傘の顔を見れないでいた。漸く注文した料理が来たので、食べるのだが少年は、味がわからなかったらしい。
店から出ると、必要な物を買って家に帰るまで、少年は一言も話さなかった。
「君は…」
「ごめん…ちょっと…」
「待って!」
小傘は部屋から出る少年を追い掛けて腕を掴み、少年を壁に追い詰めて、逃げられない状態にする。
「小傘姉ちゃん!?」
「何で…私から逃げようとしたの?」
「してな…」
「してるよね。妹紅さんに嫉妬してる?男と勘違いしてるくらいだもんね?」
小傘は少年の頬を両手で触れて、視線を固定する。
「さて、今日の買い物デートは、会話できなかったけど、私が他の誰かに取られたくないという、君の気持ちがわかったから…これで、許してあげる。」
少年にキスをして口を塞いだ。小傘の予想外の行動に、戸惑っていたがすぐに受け入れた。
「…………ちょっと、恥ずかし過ぎるね。」
「小傘姉ちゃんは、絶対に誰にも奪わせない…」
「私は……んむ!?」
少年は小傘にキスをした。さっきの仕返しなのだろう。暫くすると、小傘から離れて、顔を赤くしながら後ろを向く。
「おやすみ…先に寝てるね。」
部屋に戻り先に眠った。少年の視線を思い出したのか、その場に座り込む。
(私は…妖怪…あの子は…人間…どうすれば…)
妖怪と人間は生命の時間が違いすぎるのだ。小傘は少年との恋に悩んでいたが、
うどん屋での少年の嫉妬に気持ちが表に出てしまったようだ。
(でも、今は…この関係で…)
翌朝、少年は朝食の準備をしていた。釜戸に薪を入れて火の調整をしていると、ご飯が炊き上がったようだ。
「小傘姉ちゃん起こさないと…」
少年は小傘を起こすために部屋の前まで来るが、昨日の出来事が少年の脳裏に焼き付いた。
(………小傘姉ちゃんに…嫌われたくない!)
「小傘姉ちゃん。起きて…」
「う~らめしやー!」
少年の後ろから小傘が驚かすので、驚いて床に尻餅ついてしまった。小傘は慌てて、少年に手を貸して立ち上がらせる。
「小傘姉ちゃん!?朝から驚かさないでよ!」
「えへへ!君の驚きご馳走さま!」
「家の中で傘は差さないでね。」
「ごめんね。」
「ご飯ができたから食べよ。」
卓袱台にご飯、焼き魚、胡瓜の漬物が準備されていた。
「いただきます。」
「小傘姉ちゃんは今日予定あるの?」
「ん?鍛冶屋の依頼が1つあったはず…君は?」
「笛でも作ろうかな。道具は持ってるし…」
風呂敷から小刀と大量の小さな竹が入っていた。少年はご飯を食べ終えると、食器を流しに置いて、井戸から汲んできた水につけておく。
「君は働くの?」
「生活するにはお金がいるでしょ?」
「当分は私が鍛冶屋で稼ぐから無理しなくても…そうだ!」
小傘は何かを閃いたようだ。竹を削っている少年に視線を向けると、作業を中断して小傘を見る。
「私と一緒に鍛冶屋をやって!」
「え!?何で…」
「だってさ、君のあの音色…優しい音だったんだよ。それを聴きながら仕事したいよ。」
「わかった。それでよかったら…」
少年の承諾に、小傘は喜んで押し倒してしまった。突然の小傘の行動に目を見開いて、動揺してしまった。
「小傘…姉ちゃん…」
「君のあの言葉は…嘘じゃないよね?『私に殺されるなら本望』て言葉。」
「嘘じゃない。」
小傘は試しに少年に妖怪の本気の殺気を出してみるが、少年の瞳は真剣で殺気に怯むことなく、見つめ続けた。
(あの瞳は本気だ…だったら…私は…)
「私は君が好きだよ。でも、私は妖怪で君は人間。その関係でもよかったら…」
「僕は小傘姉ちゃんが好きだ!妖怪とか関係ない。」
小傘は少年を受け入れ、付き合うことに決めたようだ。だが、今現在の状況は、小傘が少年を押し倒している。流石にこの雰囲気は耐えきれなくなり、離れようとするが…
少年に手を掴まれて、一瞬の隙で小傘は抱き締められて、離れることができない。
「小傘姉ちゃんは…僕から離れないよね…」
「私は妖怪。君がいつかいなくなるその日まで、離れないからね!」
小傘と少年はお互いに気づいた。朝から何をしているんだと。しかもまだ、朝食の最中にだ。
「えーと…依頼…遅れるといけないから…先にいってるね!」
恥ずかしい表情を見せないように、小傘は家を出ていった。
「………火の後片付けをして、急ごうかな。」
霧の泉がある場所には、吸血鬼が住む洋館が存在した。その洋館の名は【紅魔館】。
「お嬢様。ちょっと出掛けてきてもよろしいでしょうか?」
「確か、ナイフを取りに行くんだったわよね?」
吸血鬼と会話しているのは、紅魔館のメイド長、十六夜咲夜は吸血鬼であるレミリア・スカーレットの専属メイドだ。
「はい。」
「なら次いでに命令するわ。その鍛冶屋に面白い人間の子供がいるから、連れてきてくれない?何があっても、絶対に殺さないように。人里の人間だから…」
「……人間の子供?」
「訂正するわ。連れてくるかどうかは、咲夜に任せるわ。良いわね?」
「畏まりました…」
咲夜は姿を消した。レミリアはカップに残っている紅茶を飲み干した。
「さて、人間の子供よ…私を楽しませてもらうわよ!」
館内にレミリアの笑い声が響き渡った。
小傘は鍛冶屋でナイフの血痕を取り除く作業をしていた。その横では、少年が竹笛で演奏している。
(明らかに僕…小傘姉ちゃんの仕事を邪魔してるような気がするんだけど…)
少年はそう思っているのだが、作業に集中している小傘にとっては、邪魔になっているどころが楽しそうに作業をしているので、気にしなかった。
「これを冷やせば、作業は終わりと…」
「お疲れ様。小傘姉ちゃん…」
小傘にお茶を出すと少年は、演奏を続けて綺麗な音色を吹きながら、休憩している小傘を癒す。
(綺麗な音だけど…竹笛であんな音色が出るのかな?)
そんな疑問を思いながらお茶を飲んでいると、鍛冶屋に咲夜が訪ねてきた。小傘に依頼したナイフを取りに来たようだ。
「咲夜さん。依頼通りナイフの錆と血は取り除いたよ。」
咲夜は小傘からナイフを受け取って確認する。錆や血が綺麗にひとつ残らず取り除かれていて、満足したようだ。
「綺麗になってるわ。残りの代金を払うわね。」
「丁度だね。」
咲夜は少年の存在に気づく。
「小傘の部下?人間のようだけど…」
「私を所有してる人間。」
小傘の発言で咲夜は理解したようだ。少年の首に紐の付いた竹笛があることに気づいた。
「名前を聞いても?」
「名無しの笛吹師。」
「名無し…本名を忘れた…でいいのかしら?」
「…………」
咲夜は2枚の紅の封筒を小傘に手渡した。封筒の中身は招待状が入っていた。
「紅魔館のパーティーの招待状よ。1枚は小傘にあげるわ。もう1枚は…誰かを誘ってきなさい。その招待状が無ければ、パーティーに参加できないから気をつけて。」
咲夜は鍛冶屋から出ていった。招待状を確認する小傘は少年に招待状を渡して頼んだ。
「私と一緒に…パーティー行かない?」
「…………いいの?」
「君と一緒がいい。」
少年は招待状を受け取ると、小傘に抱き締められた。
「そろそろ…片付けしない?」
「………うん。」
小傘と少年は後片付けをして、仲良く手を繋いで家に帰っていった。
第三章紅魔館パーティー
咲夜から招待状を貰った小傘と少年は、夜のパーティ会場である紅魔館に到着していた。他の招待客である人間も来ているが3人程で、残りは妖怪や妖精、神様が来ているくらいだ。
(小傘は妖怪でわかるけど、僕は力のない人間…絶対に場違いだよ…)
「行こうか。」
「う、うん。」
紅魔館の門番、紅美鈴に招待状を見せる。
「小傘さんと…」
「私の所有者だよ。」
「小傘さんの…拝見します。」
少年は招待状を美鈴に見せて確認してもらうと、何回か頷いて招待客の証明バッチを少年に渡した。コウモリの形をしたバッチである。
「このバッチを無くさないでくださいね。」
「ありがとうございます。」
館内に入ると、メイド妖精が招待客をホールまで案内する。壁、絨毯全てが紅色なので、少年は目を擦った。まだ慣れないのだろう。
「小傘姉ちゃんは慣れてるんだね。」
「何回か来てるからね。ホールに着いたよ。」
ホールに入ると、大勢の招待客が料理を食べたり、酒を飲んだりと楽しんでいる。
(やっぱり、僕は場違いだ!野生の妖怪ならまだ、平気なんだけど…)
メイド妖精から水をもらい飲んで緊張を解すと、小傘がレミリアと会話している光景を目撃する。
「小傘。パーティーは楽しんでるかしら?」
「レミリアさんお久し振りです!」
「あの少年がね…小傘に頼みたいことがあるんだけど…」
レミリアは小傘に少年のことで頼みごとをする。少し考えて、少年を呼んだ。
「小傘姉ちゃん。どうしたの?」
「レミリアさんから頼みたいことがあるみたい…」
「頼みたいこと?」
「紅魔館当主レミリア・スカーレットよ。我が主催したパーティーに来てくれてありがとう。」
突然の当主の登場に、少年は緊張している。それ以外での理由もあるが、とりあえず、自分の自己紹介だけでもする。
「名無しの笛吹師です。名前は…ありません。」
「それは…まあいいわ。」(この人間の子供が私が予感した運命の人間?面白ければいいかしら…)
「頼みたいことと言うのは何ですか?」
「パーティーの途中で余興を1つ頼みたいのよ。」
レミリアの依頼に少年は何故か違和感を持ってしまった。少年は只の人里の子供である。そんな少年に依頼を出すレミリアに警戒心を抱いたが、依頼を受けることにした。
小傘と別行動をして、館内の窓から月を見ていると、普通の魔法使い、霧雨魔理沙が廊下を歩いていた。
(あれは霧雨家のご令嬢…噂では…やめておこう…僕も…人のことは、言えないし…)
気づかないふりをしていたら、魔理沙に声をかけられてしまった。平然とした表情で少年は会話する。
「えーと、どちら様ですか?」
「知らないのは無理ないか。私は霧雨魔理沙だぜ。お前は人里の人間だよな?どうして、吸血鬼の館にいるんだ?」
「招待されただけです。」
「忠告するぜ…人里の人間が妖怪に関わるのは、危険なことだぜ…」
「僕は既に妖怪と関わってるよ。それでは…」
少年はホールに戻っていった。あの少年の発言に魔理沙は、苛立ちを覚えながらも歩いていった。
「小傘姉ちゃん。今戻ったよ。」
ホールに戻ってきた少年は、小傘と合流したのだが、レミリアに呼ばれてしまった。
「余興の方は頼めるかしら?」
「竹笛の演奏で良ければ…」
「好きにしなさい。」(やっぱり、只の人間…今回はハズレかしらね)
少年は竹笛の確認をしながら、神経を集中させる。
(完璧に演奏出来ますように…)
心の中で願いを思ったら、竹笛が一瞬ではあるが、光ったような気がした。少年は気づいていない。
「我が主催したパーティーに集まってくれた皆に感謝するわ。人里から来た人間が余興をするから、楽しみにしてなさい。」
(レミリアさん!?何を企んで…)
レミリアは少年の顔を見て、怪しげな笑みを浮かべたまま、集団の中に行った。
(楽しませてもらうわよ…)
少年は前に出て、招待客の視線を見ずに竹笛の演奏を開始する。少し強めの音色で演奏していく。客達は少年の演奏につまらないのか退屈している。
(この音色はダメか…これはどうかな?)
強めの音色から少しずつ、緩やかな音色に変えると、客達の顔色が変わってきた。
(この音色で、演奏を暫く続けるみよ…)
音色を変えながら演奏すると、客達の表情が楽しそうにしているのだ。そして、演奏を終えると少年に拍手をした。
「……ありがとうございました。」
小傘の隣に戻ると、少年に笑みを浮かべたまま、抱き締められてしまった。
「ちょっと、小傘姉ちゃん!」
「楽しい演奏だったね!」
少年に満面の笑みを浮かべる小傘に、頭を撫でながらとりあえずホールから出た。
「小傘姉ちゃん。今日はどう……!?」
後ろを振り返り、小傘に話しかけようとしたら、血を吐いて倒れていた。少年は顔を青ざめて、駆け寄って小傘に必死に呼び掛ける。
「小傘姉ちゃん!起きてよ…なんで!?」
少年の叫び声が、館内に響き渡った。
第四章 多々良小傘の絶体絶命 妖怪病の恐怖
少年は真夜中の永遠亭に来ていた。紅魔館のパーティーの最中に小傘が倒れてしまったのだ。偶然にも、パーティーの招待客の中に永遠亭の薬師、八意永琳と鈴仙・優曇華院・イナバの2人がいたため、永遠亭に運び込まれたのだ。
(小傘姉ちゃん…お願い…)
待合室にて待機していると、永琳に呼ばれたのだ。小傘の病状についての話だ。
「小傘ちゃんの病状についてだけど…かなり危険な状態だわ。助かる確率は50%…」
「悪かったところは…」
「本当は子供に話すのは…避けたかったけど…教えるわね。小傘ちゃんの病名は妖怪病…その名の通り、妖怪に発病する病気。」
「妖怪病…?」
永琳の妖怪病の説明では、人間からの恐れを得られない状態が続くと、時間を掛けて妖怪の体が蝕まれて、最後は妖力が尽きて死に至る病気である。
「今回の場合…小傘ちゃんは、人間からの恐怖の驚きが、食べれていないのが原因よ。」
「恐怖…僕のせいだ…あの時…」
少年は小傘に恐怖以外での驚きを提案していたのだ。それが原因だと、自分を責めている。
「治す方法はあるわ。だけど…」
「教えてよ!お願い…」
「小傘ちゃんに人肉を食べさせないと、治らないわ。でも、その方法は不可能に近い。」
「……小傘姉ちゃんは妖怪。人肉に気づいて食べない可能性…」
「その通りだわ。」
実際にはそれ以外にも、不可能に近い理由はあるのだが、少年は人里の人間。教えるわけにはいかない。
「それだと…」
「………それ以外にも…小傘ちゃんを助ける方法があるわ。」
「それは?」
「一度聞くわね。小傘ちゃんのために、死ぬ覚悟はある?もし…なかったら諦めなさい。」
「あります。覚悟はできてるよ。」
少年の一切の曇りのない瞳に、永琳は方法を教えるが、その方法がとんでもない方法だった。
「人間の血を小傘ちゃんに飲ませなさい。そうすれば、妖怪病は消えるわ。」
「それなら…」
「でも、高確率で人食衝動を起こすわ。人食衝動は約5分。その5分間を耐えられる自信はある?」
「あります。小傘姉ちゃんは、僕を孤独から救ってくれたんだ!だから、小傘姉ちゃんを助ける!」
永琳は少年の意思に納得して、1枚の契約書を見せる。
「この契約書に貴方の名前を書きなさい。内容は…【妖怪に襲われる際、保護されることを放棄する】つまり、貴方は今後、人里で保護されることは出来ない。住むことは問題ないでしょうけど…」
「でも、僕には名前が…」
「今から貴方の名前を決めなさい。今後、それが貴方の名前になるわ。証人は私がなりましょう。」
契約書の紙に名前を記入する少年。そして、契約書を永琳に渡した。
「いいわ。妖怪病の猶予は1週間以内…それまでに治らなければ…」
「わかりました。」
少年は病室に入ると、ベットで眠っている小傘の手を握り、泣くのを我慢して目覚めるのを待つ。
(小傘姉ちゃん…)
すると、眠っていた小傘が目を覚まして少年に視線を向ける。
「心配かけたね…妖怪の私が…倒れるなんて…」
「今は休んで…先生の話だと、明日には退院出来るらしいよ…」
「少しだけ…眠るね…」
小傘は眠ると、少年はとある準備のため家に帰り荷造りしていた。
(3日後…小傘姉ちゃんを助ける…)
翌日、小傘は永遠亭から退院して、少年と一緒に家に帰宅した。
「無理しないでね。当分は鍛冶屋の依頼を受けたらダメだよ。」
「わかったよ。心配しょうだね…」
少年は小傘を寝かせると、部屋を出ていこうとするが腕を掴まれる。寂しいのか少し悲しそうだ。
「…もうちょっと…だけ…一緒にいてよ。」
「…うん。」
あれから3日が経過した。小傘の状態は依然として正常だ。だが、病は小傘の体を蝕んでいく。少年は小傘を助けるために覚悟を決めることに。
(人里から離れないと、危険だ。)
少年は小傘に、散歩に出掛けようと提案する。
「体を動かさないとね。何処に向かうの?」
「笛を吹くから、魔法の森に行こうと思うんだけど、ダメかな?」
「………いいよ。」
人里を出て魔法の森に向かっている最中、少年は落ち着きがない。小傘はそんな少年に少しだけ、不信感を覚える。
(君は…何を隠してるの?)
すると、急に少年は立ち止まる。小傘が少年に近づいて触れようとしたら、抱き締められたのだ。
「ど、どうしたの?人里から離れ………離して!」
小傘が何かを感じ取って、少年から離れようと抵抗する。
「………ごめん!」
小傘にキスをして、口内に少年の血を飲ませようとする。
(何かが…これ…血!?ダメ…!)
「……んむ…ダメ…ん…」
暫くして、小傘に血を飲ませると、少年は抵抗出来ないようにするが、小傘に異変が起きる。瞳の色が赤く染まって人肉衝動を引き起こした。
「………小傘姉ちゃん。」
「私から…離れて!……」
突然、小傘が少年に襲い掛かったのだ。最初の攻撃を避けると、小傘は地面に倒れた。その隙を見逃さずに少年が小傘を押さえ付ける。
「ガア!グルル…」
(く、力が強すぎ!?)
小傘を必死に押さえるが、妖怪の力には到底及ばない。次第に少年は腕の感覚がなくなってきた。
(やっぱり…僕だけじゃ…もう…)
諦めかけたその瞬間。何処からか、1本の針が小傘の腕に刺さり、抵抗が弱まった。
「全く…面倒なことをしてくれたわね。」
「巫女…様?何で…」
小傘に針を刺して、少年を助けたのは博麗の巫女、博麗霊夢だ。少年の近くに寄ると、小傘に結界を施して拘束する。
「これで大丈夫。人食衝動が治まったら結界を消すわ。私が来た理由は、これよ。」
霊夢が取り出したのは、永遠亭で書いていた契約書だ。
「永琳…今日この契約書を渡されたのよ。面倒なことを…」
「ありがとう…ございます…」
「小傘には…針を無償でしてくれた借りがある。助けたから、借りは無しよ。小傘が目を覚ましたら、言っときなさい!」
小傘の人食衝動が完全に治まると、結界を解除して霊夢は、博麗神社に帰っていった。
「私は…」
「小傘姉ちゃん!」
小傘は目を覚まして、少年を見た瞬間。涙を流して泣き出した。そんな小傘を起き上がらせて、抱き締めたのだ。
「心配かけたね…助けてくれて…ありがとうね!」
「僕だけじゃ…」
「霊夢さんにも、お礼言わなきゃ…」
小傘は少年の頭を撫でながら、抱き締め返す。
「これからも、一緒にいようね!」
「此方こそ、小傘姉ちゃん!」
最終章
あの後すぐに、永遠亭で検査を受けると完全に妖怪病が小傘の体から消滅したようで、検査入院で1日、永遠亭に泊まることに。
「小傘ちゃん。体調の方は大丈夫?薬を出しておくけど、飲み過ぎないでね。」
「ありがとう。あの子は?」
「霊夢と話をしてるわ。お礼を言いに…すぐに戻ると思うから、おとなしくね。」
永琳は病室を出ていくと、小傘は急に眠くなったのか、眠ってしまった。その頃、少年と霊夢は永遠亭の外で会話していた。
「さて、貴方の今後は人里の保護を受けられないことは、理解してるわね?」
「うん。」
「この掟も、伝えておくわ。貴方は人里の人間では無くなった。その代わりに、1つの権利が与えられる。」
「権利?」
「妖怪になれる権利よ。貴方は今後、妖怪になる選択も許されたわ。だが、この掟は人里の人間に話してはならない。それが幻想郷の掟よ。後は、貴方の自由にしなさい。人里には今後も住めるけど、貴方が妖怪で、人里の人間をどんな理由であれ殺したら、私は貴方を退治する。殺す意味で…覚えておきなさい。」
「わかりました。それでは…」
少年は小傘の病室に向かった。
あれから、1年後。幻想郷に新たな妖怪が生まれたようだ。その妖怪は唐笠お化けの少女と今現在も楽しく暮らしているそうだ。
「小傘姉ちゃん!早くしないと、仕事に遅れるよ!」
「ちょっと、待ってよ!」
「帰りはちょっと遅くなるから。いってらっしゃい。」
小傘は少年を抱き締めてから、出掛けていった。
「さて、僕も妖怪として頑張るか!行くよ…相棒!」
少年の持っている竹笛が光ると、満足して家を出ていった。
少年は妖怪となり、名前を得ました。仮の名前、名無しの笛吹師をやめて、今現在の少年の名は…
妖魔の笛吹師と名乗っているようです。
人里の外れにある小屋に住んでいる唐笠お化けの多々良小傘は、傘の付喪神である。今日も分身とも言える紫色の傘を持って、人里の人間を驚かすことを頑張っているのだが…
「小傘ちゃん。今日も元気だね。」
「小傘の嬢ちゃん。今日も蕎麦を食べに来ないか?嬢ちゃんの鍛えてくれた包丁でご馳走するぞ。」
驚かすどころか、人里の人間に人気がある妖怪だ。人間の食事で、お腹が膨れても、驚いてもらえないため、妖怪としても精神的に空腹になってしまうのだ。
(これは、危機的状況だよ…誰でもいいから、私に驚いてよ…)
少し、体調が悪くなりふらふらしていると、空の天気が悪くなってた。暫くして、雨が降ってきたのだ。
(雨だ…天気…悪くなってたのかな?気づかなかったな…)
小傘は傘をさそうとしたら、右手に持っていたはずの傘が無くなっていたのだ。ふらふらと歩いている時に何処かに落としてしまったらしい。
「傘…落としちゃった…」
小傘の分身とも言える傘を落としてしまい、気分が暗くなる。探そうにも、何処を探せばいいのか、わからなくなってしまった。
暫く、雨が降り続けるなか立ち止まっていると、紫色の傘を持って、誰かを探している少年を目撃した。小傘の存在に気がつくと、走ってやってきた。
「この傘…小傘お姉ちゃんのだよね…」
「拾ってくれたの?ありがとう…」
少年は紫の傘を返すと、小傘は嬉しさのあまり泣き出してしまったようだ。泣き止むまで、少年はその場にいてくれたのだ。
「大丈夫…小傘お姉ちゃん?」
「大丈夫だよ!それよりも、君は家に帰らないと…家の人が心配するよ。」
「……………」
「何かあったの?」
暗い表情をしたが、小傘に視線を合わせて話してくれた。
この少年の親は幼い頃に妖怪に襲われていなくなったらしい。施設に預けられていたのだが、皆に馴染めなくて孤独の状態が続いていたようだ。
「施設に帰りたくない?」
「わからない…」
とりあえず、少年が預けられている施設に一緒に向かうことにした。向かっている最中に、少年に視線を向けるが、暗い表情のままだ。
(妖怪の私に…少年を救えるのかな?)
小傘は少年に対する何かを感じながら、救える方法を探していた。施設に到着すると、若い女性職員が小傘を見てお礼をいった。
「小傘お…じゃなかった、小傘さん。連れてきてくれて、ありがとうございます。」
「大丈夫だよ。それよりも、話を聞かせてくれないかな?この少年に関して…」
「簡単なことなら…」
若い女性の話だと、確かにこの少年の言っていた通り、施設内では馴染めていないことは本当だった。だが、若い女性職員の話を聞いているうちに、違和感を感じたようだ。
(施設に馴染めていないのは、本当みたい…だけど、あの子の暗い表情は、何かある。)
違和感の正体を考える。施設に向かっている最中、少年の暗い表情だったのが気になって仕方がない。
(職員のお姉さんからは、少年の相談相手になってほしいと言われたけど…)
施設内には原則、妖怪の立ち入り禁止しているのだが、認められて立ち入りが許可される場合もある。
(少年の相談に乗れば、何かわかるかもしれない。)
翌日、昼に施設を訪ねて、施設内を見学させてもらうことになった。窓から大部屋の中を見ると、子供達は食堂に移動していたようで、大部屋には少年以外誰もいなかった。
(1人だけ部屋に残ってる…)
疑問に思いながらも、大部屋の中に入ろうと扉をノックすると、扉が開いて少年が顔を出した
「小傘お姉ちゃん!?何で此処にいるの?」
「職員のお姉さんから、君の相談相手をしてと頼まれてね。」
少年の顔色がよくなった感じがしたような気がしたが、また暗くなってしまった。小傘は少年のいた大部屋の中に入って確認すると、施設の職員すらいなかったのである。
(本当に…誰もいない。でもなんで?少年は1人で此処にいたの?)
少年が小傘の袖を引っ張ると、考え事をしていた思考を一旦捨てて、正気に戻った。
「小傘お姉ちゃん…大丈夫?」
「……大丈夫だよ。君は私と散歩でもする?人里内を歩くだけだから、大丈夫だと思うんだけど…」
「行きたい。準備するから、小傘お姉ちゃんは待ってて!」
少年は大部屋に戻ると、小さな布袋と紐の付いた竹笛を首にかけて戻ってきた。
竹笛のサイズは手のひらで持てるほど小さい。
「それは竹笛?君が作ったの?」
「うん…」
人里内を散歩しながら休憩できる場所を探す2人は団子屋を発見する。歩き疲れた2人は立ち寄ることにした。注文したのは、きな粉団子を注文した。
「小傘お姉ちゃんは……妖怪だよね。」
「唐笠お化けの妖怪だよ。人間を驚かすことを目標にしてるんだけど…」
「恐怖で驚かすことを考えるんじゃなくて、楽しいことで、驚かすのはダメなのかな?」
少年の提案に小傘が驚いたような表情をしている。人間を驚かす際、恐怖で驚かそうと考えていたため、少年の考えに至らなかったのだ。
小傘は少年の提案をもとに、驚かす方法を考えてみることにした。始めに考えたのが、落とし穴で人間を落とす方法だが、すぐ少年に却下された。
「その手はダメだよ。怪我したらどうするの?」
「うーん…なら、これはどうかな?」
料理を食べさせて、実は味がないドッキリを考えた。別の意味で驚きそうだが、薄い感じかするため、候補からは保留となる。
「危険じゃないけど、楽しいのかな?」
「私からすれば、驚いてもらえれば…」
きな粉団子が来たため、会議は中断して団子を食べる。少年と小傘の様子を周囲から見られているが、気にせずに放置する。団子を食べ終えると、代金を払って外に出た。
「小傘お姉ちゃんは特技とかは無いの?」
「一応、鍛冶屋をしてるけどね…最初の頃は驚いてもらえたんだけど、今は誰も驚かないよ…」
「大変なんだね。」
施設に帰るのだが、早く帰りたくはないので、遠回りをしてから帰ることに。
(施設の帰り道とは、逆方向だけどよかったかな?人里内だし…大丈夫だよね。)
少年の手が小傘の手に一瞬触れると、自然に2人の手が繋がったが、小傘は驚いて離そうとする。だが、強く握られているためか離れない。
「手を…離さないでよ…小傘お姉ちゃん…」
「…………わかった。」
施設に到着するまで、2人の手が離れることはなかった。
「今日は楽しかった。また、遊ぼうね!」
「またね。小傘お姉ちゃん!」
小傘が少年と出会って2週間。2人は暇さえあれば、遊びに行くことが多くなったが、少年が施設での孤独はなくならなかった。
(どうして!?まさか、迫害されてるんじゃあ…)
どうしても、少年のことが気になってしまった小傘は、施設に行って少年を誘いにいった。
(もしものことがあれば、私が…)
施設に到着した小傘は、扉の前まで行く。ところが、少年が施設から出て逃げるように走る光景を目撃してしまった。
(追い掛けなきゃ!)
小傘は少年が逃げた方向に向かって飛んだ。暫く飛んでいると、少年を発見する。だが、人里から離れている場所にいたのだ。妖怪に襲われる危険性があるため、急がなくてはならない。
(間に合ったけど…)
少年が立っている場所は魔法の森の中だ。危険な妖怪が生息している危険地帯な場所で、竹笛を吹いている。
(優しい音だ…)
竹笛から聞こえてくる優しい音色に誘われた野生の妖怪達が、少年の回りに集まると、近づいてその場に座り込んだ。
(こんな光景…はじめて…)
竹笛の演奏中は野生の妖怪達は、少年の吹いている音色に耳を傾けたまま、おとなしくしていた。演奏を終えると、少年に頭を下げて帰っていった。
少年の近くに誰もいないことを確認すると、声をかけました。
「小傘お姉ちゃん…何でいるの!?」
少年は咄嗟に逃げ出そうとするが、抱き締められて逃げることができない。
「離して!」
「ダメだよ!今此処で、君を離したら、私は絶対に後悔する!」
少年は観念したのか、抵抗を諦めた。
「何があったの?」
「人間は妖怪と仲良くなったら…ダメなのかな…」
少年は自分の過去を小傘に話しました。施設に入っていた頃は、友達もできて孤独ではありませんでしたが、両親のいない悲しみは消えません。少しでも、悲しみを癒すために竹笛を作りました。
両親が生きていた頃は、少年のために毎回竹笛を作ったそうだ。
「もしかして、君が施設から逃げたのって…」
「……妖怪に竹笛を吹いていたことが…皆に知られてたんだ……それで…」
「もう大丈夫…君は私と一緒に来る?君がよければていいけど…」
小傘は少年に対する思いが強くなりました。そして、その返事は…
「それでは、小傘さん。よろしくお願いします。私のせいで、ごめんなさい。」
「お姉さんは悪くないよ。妖怪と人間は、違うんだから…」
施設から出てきた少年は、小傘の手を握ると職員に別れをいって、施設を後にしました。
「そういえば…君の名前を聞いていなかったよ。」
「実は…」
少年は妖怪に襲われたショックで自分の名前を忘れてしまったらしい。
「名前はどうする?」
「今は…いいや。妖怪と一緒に住んでいることが知られたら、巫女様に退治されちゃうでしょ?」
「知ってるの!?」
「施設にいる時に読んだんだ。巫女様は妖怪退治する仕事をしている。だから、当分は【名無しの笛吹師】が僕の名前。」
「何で君は、そんなにしっかりしてるの!?」
「魔法の森で野生の妖怪達に、竹笛を吹いていたの見てなかったの?施設の友達に知られてから、小傘お姉ちゃんに出会うまでは、半年くらい吹いてたから…」
少年の発言に、小傘は今までの思いが表に出てきてしまい、少年に怒った。
「何で…自分を大事にしないの!?」
「でも…」
「私は妖怪だよ。人間を襲って食べるのは、妖怪の本来の本性なんだよ。」
小傘は妖怪としての素顔を晒して、笑みを浮かべながら警告する。
「もし、幻想郷の掟がなかったら…君は真っ先に妖怪に食べられてるわよ。覚えていた方がいいよ…」
一瞬、小傘から妖気が発生した。だが、少年は怯まずに小傘に視線を合わせていった。
「………その時は、小傘お姉ちゃんに殺されたいかな。好きな人に、殺されるなら本望だよ。そうじゃなかったら、一緒にいたいとは思わない。」
少年の本気の視線が、小傘の瞳を貫いた感じがした。
「………13歳だよね。後…5年待って…」
「小傘姉ちゃんは妖怪でしょう?僕は人間…5年も待てると、思わないでね。」
少年は小傘の誘いを受け入れて、一緒にいることを選びました。妖怪の少女…多々良小傘と人間の少年の新たな生活が始まるのであった。
第二章 新たな生活
小傘と少年の新たな生活が始まったのだが、問題が発生した。元々、小傘が住んでいる場所は、人里の外れの小屋で生活していたのだが、少年も一緒に住むため小屋での暮らしだと、狭すぎるのだ。
「僕は小屋でも…」
「私が困るよ!一緒に暮らすんだから、部屋くらいは借りないと…私がしている鍛冶屋は、この小屋だし。」
「住む部屋があればいいんだよね?」
「考えがあるの?」
少年は施設に入る前まで住んでいた家に案内する。
「小さいけど、一軒家だね。誰か使ってないの?」
「僕が施設を出ると、住む部屋がなくなるから…掃除はしないとダメだけど。」
案内された場所は、人里東側の外れにある住宅街のとある一軒家に来ている。ちなみに、人里の東側は、10年前までは住宅街などない荒れ地当然の場所だったが、妖怪賢者、八雲紫と先代の博麗の巫女の結界で整備され、住宅街に生まれ変わった。
「お金は僕も稼ごうかな。」
「どうやって…まさか!?」
「笛吹師で稼ぐしかない。無理だとしても、覚えてもらえたらメリットだよ。」
小傘と少年は家の中に入ると、長年たまっていた埃が広がってきて、咳き込んだ。少々荒れているが掃除をすれば、住めるようになるだろう。
「1階建の家だから、掃除は楽だと思うよ。」
「家具もないね。買わなきゃね…」
雑巾とバケツを持って、拭き掃除を開始した。埃だらけのため、拭いている最中も埃がまって一苦労である。
「埃がありすぎて、目が痛いよ…」
「擦っちゃダメだよ!小傘姉ちゃん!」
少年は近くの井戸から水を汲んでから、小傘の目を濡れた布で優しく拭いた。痛みがなくなったようで、平気そうだった。
「あ、ありがとう…」
「気をつけてね。掃除の続きをしよ。」
小傘から離れて、使われていない釜戸の掃除をする。家にあった薪は腐っていて、使えない状態になっていた。
「薪も買わないとダメだね。」
「そうなの?」
「料理や風呂の準備するのに薪がないとね。」
掃除をして30分後。漸く掃除を終えて、後片付けをする2人は、朝から何も食べていなかったようで、とりあえず食べに向かった。
何を食べようか考えながら歩いていると、うどん屋の前を通り掛かった。時間は昼前だが、お客はまばらで席も空いている。
「中に入る?」
「君がいいなら…」
2人はうどん屋に入ると、近くの席に座り、メニュー表を見る。うどん屋なのだから、料理はうどんしかないと思いきや、ミニではあるが、ご飯物もあったのだ。
「素うどんでいいや。」
「ちゃんと野菜も食べないと…それなら、天ぷらうどんを選びなよ。私も同じのにするから。」
「小傘姉ちゃんも一緒ならそれでいいよ。」
小傘は店員に天ぷらうどんを2つ注文する。少年は竹笛を手の中で転がしながら料理を待っていると、店員が相席いいか聞いてきた。
「大丈夫ですよ。」(昼の時間帯だから、席が空いてない…)
「相席ありがとな。小傘も久し振りだな?」
「あ、妹紅さん!久し振りだよ!」
相席の人物は小傘の友人で、迷いの竹林の案内人、藤原妹紅だ。少年は紅妹の登場に少し不機嫌な様子だが、妹紅は少年に自己紹介する。
「小傘の友人、藤原妹紅だ。迷いの竹林の案内人をしてる。よろしくな!」
「僕は…名無しの笛吹師。呼び方は自由にどうぞ…」
「ふーん。種族は妖怪なのか?」
「人間です…名前は忘れました。」
少年の名前に、少々違和感を感じたが、気にせずに店員を呼んで注文した。
「素うどんと玉子丼を1つずつな!」
「また、体に悪そうな…食べ合わせ…」
「私は不老不死だ。死なないよ。」
(え!?あの男の人…不老不死なの!?)
少年はどうやら、妹紅を男だと勘違いしているようだ。
「どうしたんだよ。機嫌が悪そうじゃないか?」
「小傘姉ちゃんとの関係は!?」
「関係……そうか。」
妹紅は少年が小傘のことが好きなのを見抜いて、悪戯してみようと、思ってしまった。
「私と小傘の関係はこうだよ。」
妹紅は小傘を抱き締めて、少年に見せつけるように笑みを浮かべた。
「な!?」
「冗談だよ。私と小傘は友人関係だ。それ以前に、私は女だ。」
「え!?女性なんですか!?」
「まさか、私を男だと勘違いしているとはな…」
少年は勘違いしてしまったことに、恥ずかしくなって顔をしたに向ける。
「意地悪して悪かったな。勘定頼む。私のは持ち帰りな。」
席から立つと、注文していた料理を持って店から出ていった。少年は小傘の顔を見れないでいた。漸く注文した料理が来たので、食べるのだが少年は、味がわからなかったらしい。
店から出ると、必要な物を買って家に帰るまで、少年は一言も話さなかった。
「君は…」
「ごめん…ちょっと…」
「待って!」
小傘は部屋から出る少年を追い掛けて腕を掴み、少年を壁に追い詰めて、逃げられない状態にする。
「小傘姉ちゃん!?」
「何で…私から逃げようとしたの?」
「してな…」
「してるよね。妹紅さんに嫉妬してる?男と勘違いしてるくらいだもんね?」
小傘は少年の頬を両手で触れて、視線を固定する。
「さて、今日の買い物デートは、会話できなかったけど、私が他の誰かに取られたくないという、君の気持ちがわかったから…これで、許してあげる。」
少年にキスをして口を塞いだ。小傘の予想外の行動に、戸惑っていたがすぐに受け入れた。
「…………ちょっと、恥ずかし過ぎるね。」
「小傘姉ちゃんは、絶対に誰にも奪わせない…」
「私は……んむ!?」
少年は小傘にキスをした。さっきの仕返しなのだろう。暫くすると、小傘から離れて、顔を赤くしながら後ろを向く。
「おやすみ…先に寝てるね。」
部屋に戻り先に眠った。少年の視線を思い出したのか、その場に座り込む。
(私は…妖怪…あの子は…人間…どうすれば…)
妖怪と人間は生命の時間が違いすぎるのだ。小傘は少年との恋に悩んでいたが、
うどん屋での少年の嫉妬に気持ちが表に出てしまったようだ。
(でも、今は…この関係で…)
翌朝、少年は朝食の準備をしていた。釜戸に薪を入れて火の調整をしていると、ご飯が炊き上がったようだ。
「小傘姉ちゃん起こさないと…」
少年は小傘を起こすために部屋の前まで来るが、昨日の出来事が少年の脳裏に焼き付いた。
(………小傘姉ちゃんに…嫌われたくない!)
「小傘姉ちゃん。起きて…」
「う~らめしやー!」
少年の後ろから小傘が驚かすので、驚いて床に尻餅ついてしまった。小傘は慌てて、少年に手を貸して立ち上がらせる。
「小傘姉ちゃん!?朝から驚かさないでよ!」
「えへへ!君の驚きご馳走さま!」
「家の中で傘は差さないでね。」
「ごめんね。」
「ご飯ができたから食べよ。」
卓袱台にご飯、焼き魚、胡瓜の漬物が準備されていた。
「いただきます。」
「小傘姉ちゃんは今日予定あるの?」
「ん?鍛冶屋の依頼が1つあったはず…君は?」
「笛でも作ろうかな。道具は持ってるし…」
風呂敷から小刀と大量の小さな竹が入っていた。少年はご飯を食べ終えると、食器を流しに置いて、井戸から汲んできた水につけておく。
「君は働くの?」
「生活するにはお金がいるでしょ?」
「当分は私が鍛冶屋で稼ぐから無理しなくても…そうだ!」
小傘は何かを閃いたようだ。竹を削っている少年に視線を向けると、作業を中断して小傘を見る。
「私と一緒に鍛冶屋をやって!」
「え!?何で…」
「だってさ、君のあの音色…優しい音だったんだよ。それを聴きながら仕事したいよ。」
「わかった。それでよかったら…」
少年の承諾に、小傘は喜んで押し倒してしまった。突然の小傘の行動に目を見開いて、動揺してしまった。
「小傘…姉ちゃん…」
「君のあの言葉は…嘘じゃないよね?『私に殺されるなら本望』て言葉。」
「嘘じゃない。」
小傘は試しに少年に妖怪の本気の殺気を出してみるが、少年の瞳は真剣で殺気に怯むことなく、見つめ続けた。
(あの瞳は本気だ…だったら…私は…)
「私は君が好きだよ。でも、私は妖怪で君は人間。その関係でもよかったら…」
「僕は小傘姉ちゃんが好きだ!妖怪とか関係ない。」
小傘は少年を受け入れ、付き合うことに決めたようだ。だが、今現在の状況は、小傘が少年を押し倒している。流石にこの雰囲気は耐えきれなくなり、離れようとするが…
少年に手を掴まれて、一瞬の隙で小傘は抱き締められて、離れることができない。
「小傘姉ちゃんは…僕から離れないよね…」
「私は妖怪。君がいつかいなくなるその日まで、離れないからね!」
小傘と少年はお互いに気づいた。朝から何をしているんだと。しかもまだ、朝食の最中にだ。
「えーと…依頼…遅れるといけないから…先にいってるね!」
恥ずかしい表情を見せないように、小傘は家を出ていった。
「………火の後片付けをして、急ごうかな。」
霧の泉がある場所には、吸血鬼が住む洋館が存在した。その洋館の名は【紅魔館】。
「お嬢様。ちょっと出掛けてきてもよろしいでしょうか?」
「確か、ナイフを取りに行くんだったわよね?」
吸血鬼と会話しているのは、紅魔館のメイド長、十六夜咲夜は吸血鬼であるレミリア・スカーレットの専属メイドだ。
「はい。」
「なら次いでに命令するわ。その鍛冶屋に面白い人間の子供がいるから、連れてきてくれない?何があっても、絶対に殺さないように。人里の人間だから…」
「……人間の子供?」
「訂正するわ。連れてくるかどうかは、咲夜に任せるわ。良いわね?」
「畏まりました…」
咲夜は姿を消した。レミリアはカップに残っている紅茶を飲み干した。
「さて、人間の子供よ…私を楽しませてもらうわよ!」
館内にレミリアの笑い声が響き渡った。
小傘は鍛冶屋でナイフの血痕を取り除く作業をしていた。その横では、少年が竹笛で演奏している。
(明らかに僕…小傘姉ちゃんの仕事を邪魔してるような気がするんだけど…)
少年はそう思っているのだが、作業に集中している小傘にとっては、邪魔になっているどころが楽しそうに作業をしているので、気にしなかった。
「これを冷やせば、作業は終わりと…」
「お疲れ様。小傘姉ちゃん…」
小傘にお茶を出すと少年は、演奏を続けて綺麗な音色を吹きながら、休憩している小傘を癒す。
(綺麗な音だけど…竹笛であんな音色が出るのかな?)
そんな疑問を思いながらお茶を飲んでいると、鍛冶屋に咲夜が訪ねてきた。小傘に依頼したナイフを取りに来たようだ。
「咲夜さん。依頼通りナイフの錆と血は取り除いたよ。」
咲夜は小傘からナイフを受け取って確認する。錆や血が綺麗にひとつ残らず取り除かれていて、満足したようだ。
「綺麗になってるわ。残りの代金を払うわね。」
「丁度だね。」
咲夜は少年の存在に気づく。
「小傘の部下?人間のようだけど…」
「私を所有してる人間。」
小傘の発言で咲夜は理解したようだ。少年の首に紐の付いた竹笛があることに気づいた。
「名前を聞いても?」
「名無しの笛吹師。」
「名無し…本名を忘れた…でいいのかしら?」
「…………」
咲夜は2枚の紅の封筒を小傘に手渡した。封筒の中身は招待状が入っていた。
「紅魔館のパーティーの招待状よ。1枚は小傘にあげるわ。もう1枚は…誰かを誘ってきなさい。その招待状が無ければ、パーティーに参加できないから気をつけて。」
咲夜は鍛冶屋から出ていった。招待状を確認する小傘は少年に招待状を渡して頼んだ。
「私と一緒に…パーティー行かない?」
「…………いいの?」
「君と一緒がいい。」
少年は招待状を受け取ると、小傘に抱き締められた。
「そろそろ…片付けしない?」
「………うん。」
小傘と少年は後片付けをして、仲良く手を繋いで家に帰っていった。
第三章紅魔館パーティー
咲夜から招待状を貰った小傘と少年は、夜のパーティ会場である紅魔館に到着していた。他の招待客である人間も来ているが3人程で、残りは妖怪や妖精、神様が来ているくらいだ。
(小傘は妖怪でわかるけど、僕は力のない人間…絶対に場違いだよ…)
「行こうか。」
「う、うん。」
紅魔館の門番、紅美鈴に招待状を見せる。
「小傘さんと…」
「私の所有者だよ。」
「小傘さんの…拝見します。」
少年は招待状を美鈴に見せて確認してもらうと、何回か頷いて招待客の証明バッチを少年に渡した。コウモリの形をしたバッチである。
「このバッチを無くさないでくださいね。」
「ありがとうございます。」
館内に入ると、メイド妖精が招待客をホールまで案内する。壁、絨毯全てが紅色なので、少年は目を擦った。まだ慣れないのだろう。
「小傘姉ちゃんは慣れてるんだね。」
「何回か来てるからね。ホールに着いたよ。」
ホールに入ると、大勢の招待客が料理を食べたり、酒を飲んだりと楽しんでいる。
(やっぱり、僕は場違いだ!野生の妖怪ならまだ、平気なんだけど…)
メイド妖精から水をもらい飲んで緊張を解すと、小傘がレミリアと会話している光景を目撃する。
「小傘。パーティーは楽しんでるかしら?」
「レミリアさんお久し振りです!」
「あの少年がね…小傘に頼みたいことがあるんだけど…」
レミリアは小傘に少年のことで頼みごとをする。少し考えて、少年を呼んだ。
「小傘姉ちゃん。どうしたの?」
「レミリアさんから頼みたいことがあるみたい…」
「頼みたいこと?」
「紅魔館当主レミリア・スカーレットよ。我が主催したパーティーに来てくれてありがとう。」
突然の当主の登場に、少年は緊張している。それ以外での理由もあるが、とりあえず、自分の自己紹介だけでもする。
「名無しの笛吹師です。名前は…ありません。」
「それは…まあいいわ。」(この人間の子供が私が予感した運命の人間?面白ければいいかしら…)
「頼みたいことと言うのは何ですか?」
「パーティーの途中で余興を1つ頼みたいのよ。」
レミリアの依頼に少年は何故か違和感を持ってしまった。少年は只の人里の子供である。そんな少年に依頼を出すレミリアに警戒心を抱いたが、依頼を受けることにした。
小傘と別行動をして、館内の窓から月を見ていると、普通の魔法使い、霧雨魔理沙が廊下を歩いていた。
(あれは霧雨家のご令嬢…噂では…やめておこう…僕も…人のことは、言えないし…)
気づかないふりをしていたら、魔理沙に声をかけられてしまった。平然とした表情で少年は会話する。
「えーと、どちら様ですか?」
「知らないのは無理ないか。私は霧雨魔理沙だぜ。お前は人里の人間だよな?どうして、吸血鬼の館にいるんだ?」
「招待されただけです。」
「忠告するぜ…人里の人間が妖怪に関わるのは、危険なことだぜ…」
「僕は既に妖怪と関わってるよ。それでは…」
少年はホールに戻っていった。あの少年の発言に魔理沙は、苛立ちを覚えながらも歩いていった。
「小傘姉ちゃん。今戻ったよ。」
ホールに戻ってきた少年は、小傘と合流したのだが、レミリアに呼ばれてしまった。
「余興の方は頼めるかしら?」
「竹笛の演奏で良ければ…」
「好きにしなさい。」(やっぱり、只の人間…今回はハズレかしらね)
少年は竹笛の確認をしながら、神経を集中させる。
(完璧に演奏出来ますように…)
心の中で願いを思ったら、竹笛が一瞬ではあるが、光ったような気がした。少年は気づいていない。
「我が主催したパーティーに集まってくれた皆に感謝するわ。人里から来た人間が余興をするから、楽しみにしてなさい。」
(レミリアさん!?何を企んで…)
レミリアは少年の顔を見て、怪しげな笑みを浮かべたまま、集団の中に行った。
(楽しませてもらうわよ…)
少年は前に出て、招待客の視線を見ずに竹笛の演奏を開始する。少し強めの音色で演奏していく。客達は少年の演奏につまらないのか退屈している。
(この音色はダメか…これはどうかな?)
強めの音色から少しずつ、緩やかな音色に変えると、客達の顔色が変わってきた。
(この音色で、演奏を暫く続けるみよ…)
音色を変えながら演奏すると、客達の表情が楽しそうにしているのだ。そして、演奏を終えると少年に拍手をした。
「……ありがとうございました。」
小傘の隣に戻ると、少年に笑みを浮かべたまま、抱き締められてしまった。
「ちょっと、小傘姉ちゃん!」
「楽しい演奏だったね!」
少年に満面の笑みを浮かべる小傘に、頭を撫でながらとりあえずホールから出た。
「小傘姉ちゃん。今日はどう……!?」
後ろを振り返り、小傘に話しかけようとしたら、血を吐いて倒れていた。少年は顔を青ざめて、駆け寄って小傘に必死に呼び掛ける。
「小傘姉ちゃん!起きてよ…なんで!?」
少年の叫び声が、館内に響き渡った。
第四章 多々良小傘の絶体絶命 妖怪病の恐怖
少年は真夜中の永遠亭に来ていた。紅魔館のパーティーの最中に小傘が倒れてしまったのだ。偶然にも、パーティーの招待客の中に永遠亭の薬師、八意永琳と鈴仙・優曇華院・イナバの2人がいたため、永遠亭に運び込まれたのだ。
(小傘姉ちゃん…お願い…)
待合室にて待機していると、永琳に呼ばれたのだ。小傘の病状についての話だ。
「小傘ちゃんの病状についてだけど…かなり危険な状態だわ。助かる確率は50%…」
「悪かったところは…」
「本当は子供に話すのは…避けたかったけど…教えるわね。小傘ちゃんの病名は妖怪病…その名の通り、妖怪に発病する病気。」
「妖怪病…?」
永琳の妖怪病の説明では、人間からの恐れを得られない状態が続くと、時間を掛けて妖怪の体が蝕まれて、最後は妖力が尽きて死に至る病気である。
「今回の場合…小傘ちゃんは、人間からの恐怖の驚きが、食べれていないのが原因よ。」
「恐怖…僕のせいだ…あの時…」
少年は小傘に恐怖以外での驚きを提案していたのだ。それが原因だと、自分を責めている。
「治す方法はあるわ。だけど…」
「教えてよ!お願い…」
「小傘ちゃんに人肉を食べさせないと、治らないわ。でも、その方法は不可能に近い。」
「……小傘姉ちゃんは妖怪。人肉に気づいて食べない可能性…」
「その通りだわ。」
実際にはそれ以外にも、不可能に近い理由はあるのだが、少年は人里の人間。教えるわけにはいかない。
「それだと…」
「………それ以外にも…小傘ちゃんを助ける方法があるわ。」
「それは?」
「一度聞くわね。小傘ちゃんのために、死ぬ覚悟はある?もし…なかったら諦めなさい。」
「あります。覚悟はできてるよ。」
少年の一切の曇りのない瞳に、永琳は方法を教えるが、その方法がとんでもない方法だった。
「人間の血を小傘ちゃんに飲ませなさい。そうすれば、妖怪病は消えるわ。」
「それなら…」
「でも、高確率で人食衝動を起こすわ。人食衝動は約5分。その5分間を耐えられる自信はある?」
「あります。小傘姉ちゃんは、僕を孤独から救ってくれたんだ!だから、小傘姉ちゃんを助ける!」
永琳は少年の意思に納得して、1枚の契約書を見せる。
「この契約書に貴方の名前を書きなさい。内容は…【妖怪に襲われる際、保護されることを放棄する】つまり、貴方は今後、人里で保護されることは出来ない。住むことは問題ないでしょうけど…」
「でも、僕には名前が…」
「今から貴方の名前を決めなさい。今後、それが貴方の名前になるわ。証人は私がなりましょう。」
契約書の紙に名前を記入する少年。そして、契約書を永琳に渡した。
「いいわ。妖怪病の猶予は1週間以内…それまでに治らなければ…」
「わかりました。」
少年は病室に入ると、ベットで眠っている小傘の手を握り、泣くのを我慢して目覚めるのを待つ。
(小傘姉ちゃん…)
すると、眠っていた小傘が目を覚まして少年に視線を向ける。
「心配かけたね…妖怪の私が…倒れるなんて…」
「今は休んで…先生の話だと、明日には退院出来るらしいよ…」
「少しだけ…眠るね…」
小傘は眠ると、少年はとある準備のため家に帰り荷造りしていた。
(3日後…小傘姉ちゃんを助ける…)
翌日、小傘は永遠亭から退院して、少年と一緒に家に帰宅した。
「無理しないでね。当分は鍛冶屋の依頼を受けたらダメだよ。」
「わかったよ。心配しょうだね…」
少年は小傘を寝かせると、部屋を出ていこうとするが腕を掴まれる。寂しいのか少し悲しそうだ。
「…もうちょっと…だけ…一緒にいてよ。」
「…うん。」
あれから3日が経過した。小傘の状態は依然として正常だ。だが、病は小傘の体を蝕んでいく。少年は小傘を助けるために覚悟を決めることに。
(人里から離れないと、危険だ。)
少年は小傘に、散歩に出掛けようと提案する。
「体を動かさないとね。何処に向かうの?」
「笛を吹くから、魔法の森に行こうと思うんだけど、ダメかな?」
「………いいよ。」
人里を出て魔法の森に向かっている最中、少年は落ち着きがない。小傘はそんな少年に少しだけ、不信感を覚える。
(君は…何を隠してるの?)
すると、急に少年は立ち止まる。小傘が少年に近づいて触れようとしたら、抱き締められたのだ。
「ど、どうしたの?人里から離れ………離して!」
小傘が何かを感じ取って、少年から離れようと抵抗する。
「………ごめん!」
小傘にキスをして、口内に少年の血を飲ませようとする。
(何かが…これ…血!?ダメ…!)
「……んむ…ダメ…ん…」
暫くして、小傘に血を飲ませると、少年は抵抗出来ないようにするが、小傘に異変が起きる。瞳の色が赤く染まって人肉衝動を引き起こした。
「………小傘姉ちゃん。」
「私から…離れて!……」
突然、小傘が少年に襲い掛かったのだ。最初の攻撃を避けると、小傘は地面に倒れた。その隙を見逃さずに少年が小傘を押さえ付ける。
「ガア!グルル…」
(く、力が強すぎ!?)
小傘を必死に押さえるが、妖怪の力には到底及ばない。次第に少年は腕の感覚がなくなってきた。
(やっぱり…僕だけじゃ…もう…)
諦めかけたその瞬間。何処からか、1本の針が小傘の腕に刺さり、抵抗が弱まった。
「全く…面倒なことをしてくれたわね。」
「巫女…様?何で…」
小傘に針を刺して、少年を助けたのは博麗の巫女、博麗霊夢だ。少年の近くに寄ると、小傘に結界を施して拘束する。
「これで大丈夫。人食衝動が治まったら結界を消すわ。私が来た理由は、これよ。」
霊夢が取り出したのは、永遠亭で書いていた契約書だ。
「永琳…今日この契約書を渡されたのよ。面倒なことを…」
「ありがとう…ございます…」
「小傘には…針を無償でしてくれた借りがある。助けたから、借りは無しよ。小傘が目を覚ましたら、言っときなさい!」
小傘の人食衝動が完全に治まると、結界を解除して霊夢は、博麗神社に帰っていった。
「私は…」
「小傘姉ちゃん!」
小傘は目を覚まして、少年を見た瞬間。涙を流して泣き出した。そんな小傘を起き上がらせて、抱き締めたのだ。
「心配かけたね…助けてくれて…ありがとうね!」
「僕だけじゃ…」
「霊夢さんにも、お礼言わなきゃ…」
小傘は少年の頭を撫でながら、抱き締め返す。
「これからも、一緒にいようね!」
「此方こそ、小傘姉ちゃん!」
最終章
あの後すぐに、永遠亭で検査を受けると完全に妖怪病が小傘の体から消滅したようで、検査入院で1日、永遠亭に泊まることに。
「小傘ちゃん。体調の方は大丈夫?薬を出しておくけど、飲み過ぎないでね。」
「ありがとう。あの子は?」
「霊夢と話をしてるわ。お礼を言いに…すぐに戻ると思うから、おとなしくね。」
永琳は病室を出ていくと、小傘は急に眠くなったのか、眠ってしまった。その頃、少年と霊夢は永遠亭の外で会話していた。
「さて、貴方の今後は人里の保護を受けられないことは、理解してるわね?」
「うん。」
「この掟も、伝えておくわ。貴方は人里の人間では無くなった。その代わりに、1つの権利が与えられる。」
「権利?」
「妖怪になれる権利よ。貴方は今後、妖怪になる選択も許されたわ。だが、この掟は人里の人間に話してはならない。それが幻想郷の掟よ。後は、貴方の自由にしなさい。人里には今後も住めるけど、貴方が妖怪で、人里の人間をどんな理由であれ殺したら、私は貴方を退治する。殺す意味で…覚えておきなさい。」
「わかりました。それでは…」
少年は小傘の病室に向かった。
あれから、1年後。幻想郷に新たな妖怪が生まれたようだ。その妖怪は唐笠お化けの少女と今現在も楽しく暮らしているそうだ。
「小傘姉ちゃん!早くしないと、仕事に遅れるよ!」
「ちょっと、待ってよ!」
「帰りはちょっと遅くなるから。いってらっしゃい。」
小傘は少年を抱き締めてから、出掛けていった。
「さて、僕も妖怪として頑張るか!行くよ…相棒!」
少年の持っている竹笛が光ると、満足して家を出ていった。
少年は妖怪となり、名前を得ました。仮の名前、名無しの笛吹師をやめて、今現在の少年の名は…
妖魔の笛吹師と名乗っているようです。
一応、誤字報告を一点だけ。
×藤原紅妹 → ○藤原妹紅 です。修正をお勧めしておきます。