はふっはふっ。
ずずずっ……ずずずずずっ!
しゃくしゃく、むにむに。
ごっごっごっごっ……ちゅるんっ。
「ふぅ……お代わり!」
「おいおい……まだ喰う気かよ。いい加減にしないと明日の業務に響くぜ?」
「どうせ誰も来やしないじゃないの。だから、うちも正月休み。もう毎年の事なんだし……魔理沙、あんたも慣れてるでしょう?」
「いや、そう可愛いらしく小首を傾げられてもだな……ってか毎年気になってるんだが、神社の巫女としてその発言はどうなんだ?
ちょ~っとくらい白蓮のとこを見習ったって、罰はあたらんだろうに……なあ、霊夢さんや。」
ここは博麗神社で、今日は大晦日。
先の会話は、物凄い勢いで年越し蕎麦(五杯目)を平らげたこの博麗神社の巫女である霊夢と、炬燵の向かい側で同じく年越し蕎麦(まだ二杯目)をちびちびと啜っている、人里の大道具店『霧雨店』の一人娘にして普通の魔法使いでもある魔理沙のものである。
ついでに付け加えるなら、魔理沙の言う『白蓮』とは幻想郷の新興勢力『命蓮寺』のリーダー、聖白蓮のことを指す。
丁度、今聞こえている除夜の鐘もその命蓮寺のものだし、先日も彼女は他の誰よりも熱心に寺の煤払いをしていた。
なるほど、初詣という一大行事を前にしてだらけている巫女とは対照的である。
「別に、うちはいーのよ。お金は妖怪退治で入るし、いろんな人の差し入れで食べ物にだって困らない。
現に、お節だってもう作ったし……こうして大晦日にお蕎麦を食べられてるしね。」
お行儀悪く、自分の箸で魔理沙の丼を指しながら言う霊夢。そのまま、さりげなく漆黒のつゆに浮かぶ紅白の蒲鉾(お節の余りだ。)をかすめ取ろうとした彼女の箸はしかし、魔理沙の操る箸に空中でしっかりと掴まれてしまった。
「その程度の箸捌きでこの魔理沙様からカマボコを奪おうなどとは、片腹痛いわ!……って、あれ?……霊夢?おーい。聞こえてるかー?」
さすが幻想郷一の和食派だぜ。と、見事な箸捌きを自賛している魔理沙だったが、その声は霊夢に届いていない様子。
「……った…………りさと、……………す……」
見れば、どこか焦点のあっていない目をした巫女が、いつもより幾分か赤い頬をもにょもにょさせて何かを呟いている。
あまりにも唐突な変化についていけず、一体何を……と(抜け目無く小手を返して霊夢を牽制しつつ)身を乗り出した魔理沙の耳に届いた声は、
「しちゃった……魔理沙と、……間接キス……」
「んな!?」
彼女の時を止めた。
その瞬間、目を怪しく光らせた霊夢の箸が魔理沙のそれをすり抜け、鰹つゆに浮かぶネギをかすめ取った。
「まだまだ修行が足りないわね。もう『恋に恋するお年頃』ってワケでも無いでしょうに。
そんなやわな精神力で私と張り合おうなんて……甘過ぎるわよ?」
「あーっ!私のネギぃぃ!返せ!返せよコンチクショー!」
形勢逆転。余裕綽々の巫女がしゃくしゃくと美味しそうにネギを咀嚼する音と、魔法使いの恨めしそうな声が場を支配した。
巫女の幸せそうな表情を鑑みるに、先の態度は全て演技だったらしい。よくよく考えてみれば、彼女の言うとおり。両者の箸と箸が軽く交錯しただけなのだから、今更騒ぐほどの事では無い。
だというのに、その演技力とちょっとした言葉の魔力で魔法遣いを手玉にとってしまうとは。
霊夢……恐ろしい子。
「けふ。ねえ魔理沙?やっぱり、ネギはもう少し炒めないとダメね。甘みが足りないわ。」
「うるせーやい。この辛みが良いんじゃねえか。大体、人様の丼から奪った食い物にケチつけるもんじゃあないぜ。というか……」
その他、『火を通しつつネギの辛みを残す。この技術の高さがわからんのか!?』だとか、『蕎麦も、お節の調理だって殆ど私がやったのに、文句ばっか言うな!』という魔理沙の非難の嵐。
だが、それも関係ない。とばかりに霊夢が反論する。
「何言ってんの。その食材は全部『私が』、『貰った』物じゃないの。それを料理するだけで、素敵な寝正月を過ごせるんだから……ネギ一つくらいでごちゃごちゃ言わないでよね。」
ギブアンドテイク。あくまで自分の正しさを主張する巫女。だが、魔法使いはまだ納得いかないらしく不満の声があがる。
「……ネギやカマボコはともかく、この蕎麦は香霖からツケで『買った』物だろが。しかも、あのめんどくさがりが、わざわざ店の裏に畑を作ってまで育てた蕎麦だ。
いい加減ツケを払わないと、愛想尽かしてもう茶葉を卸してくれなくなるかも知れないぜ?」
魔理沙の言う『香霖』とは、魔法の森の外れで古道具屋『香霖堂』を営む森近霖之助の事だ。彼女の実家で修行していた事もあって、魔理沙とは何かと接点の多い兄貴分である。
霊夢とも顔なじみで、彼女がよく縁側で飲んでいるお茶のほとんどが香霖堂にて『ツケ』で購入したものだ。
今のところ、彼女が『ツケ』を払った事は無いのだが……それはそれ、これはこれである。
「お蕎麦もお茶も、『ツケで、貰った』物じゃないの。」
「いや、蕎麦も茶も『ツケてもらった』物だろうが。」
流石は道具屋の娘。金の絡む単語には少しうるさい。
「あ~、もう。うっさいわねぇ……そう言うあんたが霖之助さんとこから持って来た鰹節だって、海の無い幻想郷じゃあ結構な高級品じゃないの。
そこまで言うからには、ちゃんとお金払ったんでしょうね?」
その鰹節でとった鰹つゆ(魔理沙特製、追い鰹のつゆだ。)を、ずずずっと幸せそうに啜りながら言う霊夢。
……もちろん、魔理沙の丼からであるが。
「私か?私は実家にツケてるから……ってオイ!なんで私のを飲むんだ!?まだ鍋に残ってただろうが!!」
「こら魔理沙!さっきから声大きすぎ!『あの子達』が起きたらどうするの?」
あんまりな霊夢の仕打ちに腹を立てる魔理沙だが、逆に窘められてしまった。間近で何度も叫ばれてキーンとする耳を押さえつつ、奥の襖に目をやっている霊夢。
実はその向こうに、一刻ほど前にやっと眠ったばかりの鬼っ子がいるのだ。今のところ彼女が起きる気配は無いが、大分安眠を妨げてしまった筈。ちょっと眠りが浅くなっているかも知れないし、用心すべき。というのが彼女の主張だ。
どうやら、ご飯が遅れたり、ちょっとでも気に入らない事があるとすぐ泣き騒ぐ彼女のこと霊夢はを少し苦手に感じているようだった。
まだ少し納得のいかない魔理沙も、襖の奥の気配が少し不安定になっているのに気付き、素直に謝罪する。
「あー、すまん。そういや、『あいつ』も寝たばっかだったな。」
実は魔理沙も、襖の奥で鬼っ子と共に眠る女性が苦手なのだ。
昔は魔の道の師として慕っていたのに、今では魔理沙の欠点を見つけて説教してばかりの彼女。天敵を起こさずにすむのならそれにこしたことは無い。という判断だ。
そんな魔理沙を見て『分かればよろしい。』と鷹揚に頷いた霊夢は、ふと思い出したように先の魔理沙の台詞にツッコミを入れる。
「ああ、あとあんたの実家にツケって……私より大分タチ悪いわよ?」
実際のところ、大声での反論を封じた上で相手を口撃する巫女が言っても五十歩百歩である。
「ふん。いーんだよ別に。これは『ウチにツケを取り立てに行っても、恥をかかないくらい真面目に商売しろ。』という、魔理沙さんからあいつへの愛のメッセージなのだから。」
「ふぅ~~~ん。……ところで、『霧雨魔法店』は今年、何日……いや、何時間営業したのかしらね?」
なんとか言葉巧みに返す魔法使いだが、巫女の方が一枚上手のようだった。
「…………。あー、私はここに永久就職したから、店は休業。今はもう関係ないんだぜ?」
半ば意地になった魔理沙が攻め手を変えてみても、
「はいはい。あんたと一緒になれて私も幸せよ。さあ、馬鹿な事言ってないで蕎麦を茹でてきて頂戴。茹で時間は短めでお願いね。」
するりとかわされてしまう。やれやれ、十年近く経ってもまだ敵わないか。とか心の中で呟きつつ、魔理沙はもはや形だけの抗議を試みる。
「あーあ。私、霊夢の作った蕎麦が食べたいなぁ……」
「何言ってんの。あんた、甘いネギ嫌いでしょうが。私に任せたら容赦なく煮込むわよ?……それに、私はもう『お腹いっぱい』で動けないわ。」
普段の二倍くらいまで膨れたお腹を指して言う霊夢。それを見て、大きなため息を吐いた魔理沙はしぶしぶと炬燵を抜け出して廚(くりや)に向かう。
霊夢のお腹の前で握られた魔理沙の丼はいつの間にか空っぽになっており、彼女の腹はまだ少し物足りないと騒ぐのだから、これは仕方のないことだった。
と、その背中に炬燵から上半身をにょっきりと伸ばした霊夢の声がかかる。
「ああ、確か梅干しと蜜柑が裏にあった筈よ。ついでに持って来て頂戴。」
「あ~、はいはい。分かったから、そうやってうつ伏せに寝っ転がるんじゃ……ってお前、まだそんなに食う気かよ!!…………あ、やっべ……」
迂闊にもいつもの調子・音量でノリツッコミを入れてしまった魔理沙が慌ててその口を塞ぐが、時すでに遅し。
小康状態にあった襖の奥の気配が膨れ上がった。多分、霊夢の苦手なあの少女が起きてしまったのだろう。彼女が騒ぎだすまでもう幾許の猶予も無さそうだ。
とすれば当然、あの口うるさい少女も……
「私知ーらないっと。」
それに気付いた霊夢が逃亡を図るが、これも少し遅い。ついに、奥の襖が開いてしまったのだ。
その闇の中からゆらり。と、泣いている赤子を抱いた少女が現れた。
「・・・・・・・・・」
ああ、彼女の纏う空気が重い。言うなれば、三点リーダではなく『てん、てん、てん。』と声に出したくなるような重い沈黙だ。
これが世に聞く『嵐の前の静けさ』というやつだろうか?
「あ、明けましておめでとう。今年もよろしく……ね?」
「あー、御免な?お年玉、まだ準備出来てなくって……」
油の切れた玩具のように首を回し、必死にこの緊急事態を乗り切ろうとする二人の声も、彼女達には届かない。
そして、ついに『嵐』が牙を剥く。
「ふたりともうるさ~~い!!この子がおきちゃったじゃないの!!いいとししたおとなが、大みそかだからってはしゃがないでよ。
あと、霊夢母さんは、もうひとりの体じゃないんだから、『よふかしはしちゃダメ!!』っていつも言ってるでしょう?
魔理沙もなんで止めないの!?まったく、あなたには『いっかのだいこくばしら』としての自覚が……」
その髪と同じくらい黒い覇気を纏い、とびきりの不機嫌さを乗せた金の瞳で2人を射抜いた少女のお説教と、その腕の中で太陽のような金髪を振り乱し、大粒の黒真珠のような瞳から涙を溢れさせる赤子の火のついたような泣き声によって、博麗神社は新年を迎えたのだった。
それにしても呼び捨てにされる『いっかのだいこくばしら』…(ノ∀`)
甘くておいしいです
ただちょっとネタの振り方が弱いのかオチが唐突というか投げちゃったような感が
想像がいまいち膨らみませんでした
早速ですが、コメント返しをさせて頂きます。
>>名前が無くてもあたいさいきょーだもん!さん
『甘い』……ですか。『どこか必死な魔理沙と、ただ淡々とそれを受け流す霊夢のミスマッチ』というところを目指したのですが、なかなか難しいものなのですね。
100点満点、ありがとうございました。
>>9さん
この作品に100点……ありがとうございます。
……そうか。これは甘いのか……
>>10さん
厳しいご指摘、ありがとうございます。
私自身『描写不足かな』とも思いましたが、これ以上素材を増やしてしまうと、伏線として隠しておける(今も隠せてるのか?という疑問は置いておいて)自信が無かったんです。
二人の会話をどこまでぐだぐだ続けていいのかも分かりませんでしたし……
次回への課題として、胸に刻んでおきます。
>>11さん
これまた厳しいご意見を、ありがとうございます。『オチが唐突』と言われないよう、私なりに色々と伏線・ミスリードを仕込んだつもりだったのですが……要勉強、ですね。
しかし俺の理解力不足かもしれませんが、……えーと、すみません、最後、どういうことですか?;
あと、今さらながらに理解しました、すみません。
『好きな雰囲気』ですか。ありがとうございます。
私のイメージの中にある、二人の間に流れる緩いような鋭いような空気を表現する事を目指していたので、この評価は嬉しいです。
>最後はどういうこと?
えーっと、ラストの子供たちは、一人はコウノトリが運んで、一人はキャベツ畑で霊夢が見つけて、この一家に仲間入りしました。二人の苗字を書いていないのも、『永久就職』も、『お腹いっぱい』も、要は『そういうこと』なのです。
これが『どういうこと』なのかは、読者の皆さんの判断にお任せします。……という作品だったのですが、これじゃあホントに丸投げと言われても仕方ないですね。もうちょっと分かり易く書けるように精進します。
>続くんですか。
あ、いえ……その、(今のところ)続く予定は無いんです。
次回『作』への課題として……と書けば分かり易かったですね。明らかに私の説明不足です。こちらこそ、申し訳有りませんでした。
……『想像の余地を残す』というのは、とても難しいですね。
描写しすぎて幅を狭めてもつまらないですが、あとがきやコメ返しで作品の解説だなんて、描写不足もいいとこですよね……orz
この他にも分かり難いところ、誤字、脱字等ありましたら、ご一報頂けるとありがたいです。(もちろん、普通の感想も大歓迎です。)
長々と失礼しました。
まぁなんであれこんなレイマリは大好き。満点だしちゃう。
是非続いて!ついでに子作りm(ピチューン
>なんかもう普通に子作りしたのかと。
えー、あー、これに関してはノーコメントです。
満点、ありがとうございます。この距離感にはけっこう気をつかったので嬉しいです。
>是非続いて!
えー、はい。とりあえず、紅魔組の話を仕上げてから考えたいと思います。