Coolier - 新生・東方創想話

キリサメロン 後編

2009/01/22 18:55:45
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紅い悪魔と動かない大図書館



「あら、遅かったわね」
テラスで寛いでいたレミリア・スカーレットは今しがた訪れた来訪者に視線を送った。
「取材は順調かしら?」
微笑を浮かべて、彼女はテーブルの上の紅茶を口に運ぶ。
「今日の紅茶はまぁまぁね」
ふぅ、と息を吐いて彼女は空に視線を移した。
「無粋な夜になりそうね」
「レミィ、それはどういう意味かしら?」
そこで初めて、それまで本に視線を落としていたパチュリー・ノーレッジの声が上がった。
「これから昔話に花を咲かせようっていうのよ?この私たちが。それこそ無粋の極致ってものじゃない?」
「それはそうかもしれないわね」
彼女の言葉を受けたパチュリーが可笑しそうに微笑を浮かべた。
「まぁ、あなたもいつまでもそんなところに立っていないで、席に着いたら?」
パタン、と本を閉じてパチュリーは彼女に席に着くように促す。
「あなたが聞きたいのはあのことなんでしょ?」
こくりと頷く彼女を見てレミリアは言葉を続ける。
「いいわよ、教えてあげる。しっかりと記録しなさい。忘れ去られた彼女にとっての最後の異変。第三者の目から語られる驪龍異変の真実を」
そして彼女はあの日の物語りをつむぐ。
それは森の紅葉が終わり、冷たい木枯らしが木々の間を突き抜け始めた頃の、秋の終わりの出来事。
美しかった花が散って、成熟した実りを迎えた彼女たち。
そしてそれは、儚く散り行く。



Chap.5 La promesse 



「くっそー!また負けたー!」
博麗神社の境内に響いたのは霧雨魔理沙の声だった。
「なんで勝てないんだよ」
地面に座り込み、彼女は目の前の女性を恨めしそうに見つめた。
「今日は得意の手でいったんだぜ」
「だから勝てないんじゃない?」
座り込んでいる魔理沙を見下ろして、博麗霊夢は気だるそうに答えた。
「どういう意味だよ?」
むっとした表情で、魔理沙は彼女をにらみつける。
「それが分からないんじゃまだまだね」
後ろを振り返り、霊夢は神社の縁側へと向かって歩き始めた。
「あ、ちょっと待てよ!」
ばっと立ち上がり、魔理沙は彼女の後を追いかける。
「最後にお前に勝ったのはいつだったっけ?」
縁側に二人腰かけて、魔理沙はお茶を啜る霊夢に語りかけた。
「さぁ、少なくとも二十歳を過ぎてから負けた記憶は無いわね」
「私は一体何年お前に負け続けてるんだよ」
ため息を吐いて、魔理沙もお茶をずずっと啜った。
「ま、適当にがんばりなさい」
「くやしいぜ」
夏の暑さが終わり、秋の実りを迎えた幻想郷。
ここちよい暖かさの風が、二人の女性の頬をそっと撫でて、空のかなたへと消えていく。
彼女たちが送る視線の先には、綺麗な虹が弧を描き、山と山の間の架け橋となっていた。
魔理沙はその光景を見ながら、次はどういう手でいこうか、と思案するのであった。



その日は朝から雨で、霊夢は神社の中で暇を持て余していた。
「もうそろそろコタツを出してもいい頃かしら」
秋はまだ訪れたばかりだったが、雨のせいで下がった気温に、彼女は少しだけ肌寒さを感じていた。
「あら、霊夢。だったら私の家に来ない?」
「余計寒く感じると思うんだけど」
目の前で寛ぐ女性、レミリア・スカーレットに視線を向けて、霊夢は気だるそうに返事を返す。
昨晩遅くに訪れた来訪者は、この雨のせいで自身の家に帰れなくなっていた。
「そんなことはないわ。暖炉がある部屋は暖かいわよ。あぁ、でもそれは冬のお楽しみね。それだったら、ふかふかのベッドの上で私と二人抱き合いながら愛を語るのもよさそう」
「それこそぞっとしないわね」
自分の両手で肩を抱き、震える仕草をする霊夢。
そんな彼女を見て、レミリアは心外だ、と口を尖らせて言葉を続ける。
「あら、つれないのね。あなた本当に綺麗になったわ。どう、今からでも私の眷属にしてあげてもいいのよ?」
四つんばいで霊夢に近づきながら、レミリアが答える。
「間に合ってます」
傍によって抱きつこうとするレミリアの顔を押し返しながら、霊夢は疲れたように言葉を発する。
「もったいないわね。あなたのその美貌を、力を、永遠に留めたままでいられるのよ?」
「そんな永遠お断りよ。だって、めんどくさそうじゃない」
立ち上がって台所に消えていく霊夢。
その後姿に視線を送りながら、レミリアは残念そうにため息を吐いた。
「あなたって、ほんといつまでたっても変わらないわね」
台所から戻ってきた霊夢に語りかけて、レミリアは差し出された緑茶に口をつけた。
「あんただっていつまでも変わらないわよ」
そう言って霊夢は自身のお茶に口をつけた。
「ふふ、それは外見の事を言っているのよね?」
「両方」
「・・・・・・」
「冗談よ。そんな目で見ないでくれない」
「はぁ、あなたってほんとう・・・・・・変わらないわね」
そしてお互いしばらく笑い合う。
「さてと」
暫くして雨がやみ、レミリアは立ち上がった。
そして縁側に身を乗り出す彼女。
「それじゃぁ、私は御暇するわ」
「そっ、また暇な時にでもいらっしゃい」
「・・・・・・昔は」
「ん?」
「あなた昔は私によく、もう来るな、って言ってたんだけどね」
「あ、あぁ、そうだったっけ?」
う~ん、と唸る霊夢を見てレミリアは翼を広げながらクスリと笑う。
「それじゃあね、霊夢。永遠が欲しくなったらいつでも来なさい」
そういい残してレミリアは空へと舞い上がっていった。
飛び去っていく彼女の背中を遠目に見送りながら、霊夢は呟く。
めんどくさそうだからやめておくわ、と。
日が照り始めた山の向こうでは、二つの虹が交差するように浮かんでいた。



「あぁ、もう!一体どうすれば霊夢に勝てるんだ!」
「魔理沙。ちょっと静かにしてくれない?」
静かだった大図書館に響いた魔理沙の大声に、非難の声を向けるパチュリー・ノーレッジ。
「あ、あぁ、悪かったな」
「あなたって本当、昔から何一つ変わらないわね」
「どういう意味だよ?」
「言わなきゃ分からない?」
「凄く馬鹿にされているのはよく分かった」
「それだけでも大した進歩ね」
魔理沙は何か言い返そうとしたが、口喧嘩で彼女に勝てるわけが無いと経験上知っているので、それ以上の言葉は飲み込んで、椅子に持たれかかり視線を宙に向けた。
「だいたい、あいつは強すぎるんだ」
自身が呟いた言葉に魔理沙はだんだん腹が立ってきた。
「この前だって・・・・・・」
それ以上言葉にせずに、魔理沙は変わりにため息を吐いた。
なぜならばそれ以上言葉を続ける事は、彼女が今まで培ってきた誇りを自分自身で傷つける事になるからだ。
「何かいい方法はないもんか」
腕を組み、唸る魔理沙を見てパチュリーは答える。
「そう考えること事態が、そもそもの間違いなんじゃないの?」
「ん?」
「あの博霊の巫女に対抗しうる方法なんて考えているのがそもそもの間違いなのよ」
パチュリーは魔理沙に視線を向けずに、視線を宙に向けて言葉を続けた。
「彼女は零の存在であり、また傍らには常に零の者が横たわっている。常に二つの零を持ち合わせる彼女に、攻略法なんてものは存在しない。あるとすれば、それは彼女と同じ高みへと昇華された者だけ。それだけが唯一、博麗霊夢という存在に拮抗しうる攻略法となる」
一息に喋って、パチュリーは目の前のテーブルに置かれた紅茶に口をつけた。
魔理沙はというと、相変わらず腕を組んで唸っている。
「無我の境地ってやつか?」
「十点ね。そもそも魔理沙、あなた自分の言っているその無我の境地ってものを理解して無いでしょ」
「手厳しいな」
「理解していたとしても三十点ってところね。そんなことでは彼女の足元にも及ばないわよ。まぁ、これだけヒントを上げたんだから頭の良いあなたならきっと気付く時が来るわよ」
「今日はずいぶんと優しいじゃないか」
「あなたがそこで唸ってると読書の邪魔になるのよ」
「はは、そういうことにしておくぜ」
ありがとな、そう言って魔理沙は立ち上がり大図書館を後にした。
その背中に視線を送る事も無く、パチュリーは再び、静かに本に視線を落としたのだった。



夕焼け小焼けで日が暮れる。
鮮やかなオレンジ色と深い黒色の二重のグラデーションだけが世界を形成する。
涼やかな風が空を舞う中、どこか遠くのほうで鐘の音が鳴ったような気がした。
「ねぇ、霊夢。持ってきたお料理はここに置けばいいの?」
「空き皿を置いても意味が無いと思うんだけど」
「霊夢!霊夢!お酒お酒♪」
「はいはい。っていうかあんたは自分の瓢箪でも咥えときなさい」
「お疲れ様。はい、どうぞ」
「薬入りはごめんよ。舌打ちすんな」
「霊夢~、妹が反抗期なの~」
「うざい、どっかいけ」
「うふふ、また大きくなったんじゃない霊夢?」
「死ね(笑顔)」
今日も今日とて日が暮れて、博麗の神社では宴会が催されていた。
人妖入り乱れた宴会は悲喜交々。
嬉しく楽しい宴会に、踊る、狂う彼女たち。
その宴会の中心に彼女、博麗霊夢の姿があった。
「あら、霊夢。盃が空よ」
どうぞ、と彼女の盃に日本酒を継ぎ足したのは八雲紫であった。
「どうも」
並々と注がれた盃をぐっとあおる霊夢。
「良い飲みっぷりね」
そんな彼女を見て、紫は微笑んだ。
「あんたも、はい、ご返杯」
「ありがとう」
ご返杯に注がれた酒に口をつけて紫はほっと一息吐いた。
「こういう時だけ、ここは賑やかね」
宴会を眺めながら紫は慈しむように呟く。
「えぇ、こういう時だけね」
「あら、怒ってるの?」
「呆れてるだけよ」
「あらあら、まぁまぁ」
ほんのりと赤みを帯びた頬に手を添えて紫は困ったように笑顔を浮かべた。
「・・・・・・なんだかその笑い方、婆臭いわね」
「ひっど~い。霊夢ったら、こんなに美しい永遠の十七歳を捕まえておいて、そんな言い方はないんじゃない?」
「あんたから近寄ってきたんでしょうが」
はぁっ、と溜め息を吐いて再び酒をあおる霊夢。
「ふふふ」
「どうしたのよ?怒ったり笑ったり」
「いえね、あなたって本当に昔から変わらないから」
「それは褒めてるの?永遠の十七歳さん?」
「あら、あいかわらず可愛い気が無いのね」
「お互い様」
二人は笑い合ってお互いの酒をあおる。
「ところで・・・・・・」
視線を盃に落として、霊夢はぼそりと呟いた。
「何?」
「最近、虹が多いと思わない?」
「・・・・・・」
「まぁ、私の勘なんだけど。何かよくないことが起きているんじゃないかしら?」
「・・・・・・はぁ」
紫は溜め息を吐いて、すでに夜となり星が煌く空を見上げた。
「あなたの勘には恐れ入るわね。確かによくない事は起きているわ。だけど・・・・・・」
人間のあなたには関係のないことよ、と紫は霊夢に視線を移して答えた。
その声色は、酷く他人行儀なものだった。
霊夢も紫に視線を移し、しばし二人の視線が交じわる。
どちらともなく視線をはずした後、霊夢は、そう、とだけ呟いて、空になった紫の盃に酒を注いだ。
「大丈夫よ。別に気にしなくても良いわ。きっと私達がなんとかするから」
注がれた盃を飲み干して、紫は笑顔を作る。
「さぁ、今日はとことん飲むわよ!ほら藍、そんなところで橙ともふってないで何か芸をしなさい!具体的に言えばすっぱ―――――――――」
立ち上がって宴会の輪へと消えていく紫。
「・・・・・・へたくそ」
霊夢はそんな彼女に視線を向けることなく、手酌した自らの盃に口をつけた。



「はぁ、鬼の相手も大変だぜ」
そう言って霊夢の隣に腰を下ろしたのは魔理沙だった。
その瞳はゆらゆらと揺れていて、頬は真っ赤に染まっていた。
「あっはっは。鬼と飲み比べで勝てるかってんだ!」
ばたん、と後ろに倒れて空を見上げる魔理沙。
「勝てないなら、最初から挑まなければ良いのに」
そんな魔理沙に声をかける霊夢。
「はっ、私はな、いつだって自分が負けるなんて思っていないぜ」
「馬鹿じゃないの」
「なんだと~?人はな~、最初から負けるように出来てないんだぞ!」
「はぁ?」
「そりゃぁ、落ち込んだり、立ち止まったり、死んじまったりするかもしれないけどな~。それでも人っていうのは絶対に負けないように出来てんだよ~!」
うぅ気持ち悪い、と言いながら魔理沙は、霊夢に視線を向けるために手を枕代わりにしながら、体を横に向けた。
「どんな理屈よ?」
興味深そうに霊夢が彼女に視線を向けた。
「だってそうだろ?私たちは人間だぜ、理由はそれだけで十分だ。変わらない人間なんていないからな」
「それじゃぁ、まるで妖怪は変わらないみたいな言い方ね」
「あっはっは、やっぱりお前は分かってないな~」
大笑いして魔理沙は再びごろんと仰向けになる。
「人間の寿命は短い。妖怪の寿命は長い。普通に考えたら、寿命の長い妖怪こそが多く変わる事が出来ると思うだろ?だけどそこに決定的な違いがある。なぜなら一人という事には限界があるからだ。人でも妖怪でも、どんな天才だったとしても一人じゃ限界があるんだ。人間の寿命は短くて。だからこそ私たち人は次を見据える。未来を、遠い遠い時間の果てを見据えて、助け合い、そして変わろうとする。決して待ってくれない時間の中で精一杯生きるために。たとえそれが壮大で夢想のような出来事でも、自分一人が駄目だった時には、次の人間へと受け継いでいく。自分の中で変えたものを、次の人間に伝えて、その人間が又その変化を繰り返して。妖怪にしたら短い時間かもしれないが、私たち人は多くの命を試行錯誤しながら辿り着こうとするんだ」
だからな、
「人は決して負けない」
その時の魔理沙の顔はどんなものだっただろうか。
霊夢は決して魔理沙のほうを振り返らなかった。
「ねぇ、魔理沙」
「なんだ?」
「私って変わったと思う?」
どうしてそんな質問を自分に聞いてきたのか分からなかったが、魔理沙は自信満々に答える。
「あぁ、お前は変わったよ」
霊夢の返事は無かった。
だけど決して怒ってはいないと魔理沙は思った。
「あぁ、私は寝る。すこし喋りすぎて疲れてしまったからな。何かあったら起こしてくれ」
おやすみ。
そう言って魔理沙はそのまま静かに寝息を立てて眠ってしまった。
「変わった、か」
星を眺めて霊夢が呟いたその言葉は、周りの喧騒に掻き消えるようにして虚空へと消えていったのだった。



光苔がほのかに輝き、本来暗闇であるはずの洞窟の中を幻想的に映し出している。
広い洞窟の中心に、光に照らされた金色の龍が横たわっていた。
「妖か」
洞窟の内部に龍の声が木霊した。
「はい」
目の前に聳える龍に返事を返したのは八雲紫であった。
彼女の後ろには他にも複数の影があった。
「・・・・・・聞こう」
干からびてはいるが、龍の一言々々には空気を震わす程の強大な力が備わっていた。
「驪龍に命を与えたのは黄龍、貴方ですか?」
「いかにも」
「何故です!?」
強い口調の紫の声が洞窟に響き渡った。
「そこには妖だけしかいないのか?」
光を帯びぬ龍の目が紫たちを見つめた。
その視線の先には幻想郷の古参の妖怪たちの姿があった。
「それが答えだ」
短く切り捨てて、龍は瞳を閉じた。
「今の幻想郷がお嫌いですか?」
紫から投げかけられた言葉に、龍は彼女へまっすぐと瞳を向ける。
「八雲よ」
「はい」
「お前は人を喰らうか?」
「はい」
「襲って喰らうか?」
「はい」
「好んでか?」
「・・・・・・いいえ」
「それは何故だ?」
「今の幻想郷は均衡を保っているからです。しかし現に今、食人は形骸化し、実際に妖怪が人を襲って喰らう事は稀となりました。確かに私たち妖怪は人を喰らう生き物です。それはまごうことなき事実。ですが今の幻想郷は人と妖怪が共存する平和な場所となっています。ゆえに私は好んで人を襲う事はしません」
「人の恐れは何処にいった?」
「何処にも。人は我々妖怪を恐れています。しかしそれを踏まえたうえで、彼らは私たちと共に歩んでいます」
「ならば何故、ここに人はいない」
「それは・・・・・・」
言葉に詰まる紫。
「お前の優しさ故か」
彼女の心を見透かすように、龍は呟いた。
「妖よ・・・・・・」
龍の声は酷く憂鬱で、しかし力強いものであった。
「寡人は今の幻想郷が嫌いではない」
「では何故!?」
「故に」
紫の言葉をかき消すように龍は言葉を紡いだ。
「故に寡人は見極めなければならぬ。この幻想郷の未来を、妖と人の幻想の果てを」
それ以上、龍が言葉を発する事は無かった。
「故に貴方は驪龍を使わされたのですね・・・・・・」
諦めにも似た紫の言葉が洞窟に響く。
「どうしても、おやめになってくれないのですね。私もまた外を知るものです。なのに貴方は」
言葉は返ってこない。
そして束の間の後、洞窟の中から龍以外の気配が消える。
「妖よ」
一人呟く金色の龍。
「これは寡人の傲慢だ。自然の具現である我々が人やお前たちを信じられるか見極めさせてもらいたい」
そして龍は瞳を閉じて淡く輝く洞窟に、その身を溶け込ましたのだった。



「我は驪龍」
その日の夜、幻想郷の村に降り立ったのは巨大な黒い龍だった。
山の如き巨体の龍が翼を羽ばたかせると、その風圧で家は倒壊し、その唸り声は地響きとなり、人々から自由を奪った。
「喰らうものである」
大きな口を広げ黒龍が咆哮した。
キャ――――――――!!!
ワ―――――――――!!!
地面を這いずる様にして人々が逃げ惑う。
その顔には恐怖の色が浮かび、生を求める人々は我先にとちりぢりに駆けていく。
「待ちなさい」
その時、黒龍の前で次元の間が割れ、中から八雲紫が姿を現した。
「止めてはくれないのでしょうね」
「我は驪龍ゆえ、白龍とは在り方が違う」
紫を見つめて、黒龍は唸る。
「ならば」
そう言って紫は自身の胸に手を当てて叫ぶ。
「龍よ、私を喰らいなさい」
その言葉に黒龍の目に初めて、驚きの感情が浮かぶ。
そして、
「いいだろう」
賞賛の声と共に黒龍は大きな口を開く。
そして八雲紫は龍に喰われた。
一口に彼女を丸呑みした龍は、まわりの人間をどんどんと一息に丸呑みにしていった。
そして、周りに人が少なくなると、生き残った彼らを見つめながらこう言った。
「次は西の村を襲う」
そして黒い翼を大きく翻して、龍は天へと舞った。
光にも似た速さで遠ざかる龍の後には美しい虹が架かっていたのだった。



―――――――――――見届けるがいい八雲よ
空に響いたその言葉は、一体誰のものであったのか。



八雲紫が龍に喰われ、多くの人が同じくその龍に喰われたという話は夜のうちに、生き残ったものによって人の守護者、上白沢慧音へと伝えられた。
そしてその知らせは明け方を待たずして、霊夢にも慧音伝いで届く事になる。
「西の村の人間はすでに非難させてある」
「そう」
「何か他に力になれることはないか?」
「異変の解決は私の務めよ。あなたはこれ以上犠牲が出ないように他の村にも伝えなくてはいけないでしょ?」
「すまない」
頭を垂れる慧音に霊夢は腰の紐を引き締めながら答える。
「行くわ」
そして霊夢はその手に祈祷棒を握り締め、空へと飛び立ったのだった。
その行く先はもちろん西の村。



「紫を喰ったのはあんたね?」
山のように聳える巨体の頭が霊夢の方を向く。
「人よりも妖の事を聞くのだな」
グツグツと笑って龍は翼を広げた。
「ここにはもう人は居ないわ」
「そのようだな」
辺りを見回して黒龍は再びその瞳を霊夢に向けた。
「・・・・・・あんたの目的は何?」
「喰らう事」
「私は真の目的を聞いている!」
その言葉を聞いた龍は目を細めて笑う。
「博麗の巫女が力か。それともお前自身の力か。いや、やはりお前の力なのだろうな」
笑って龍は言葉を続ける。
「お前では答えを見つけるには平等すぎる。確かに妖怪では駄目だ。しかし人であって人に在らざるお前では、真理を守りながら道を切り開く事など不可能」
よって、
「退け博麗の巫女」
龍の咆哮が木霊する。
霊夢はそれを真っ向から受け流して、まっすぐに黒龍に言い放った。
「いいでしょう。あなたにどんな思惑があるにせよ、人を襲った罪は重い。私が土に返してあげるわ!」
そして祈祷棒を振りかざし、霊夢は遥か上空へと浮かび上がった。
「人を襲う罪は重い、か」
太陽を背にする霊夢に眩しそうに視線を向けて、龍は自身も上空へと舞い上がる。
「故に我は戦わねばならぬ!」
咆哮する巨大な口から衝撃波が発せられて、霊夢を襲う。
「はぁっ!」
札を展開し結界でそれを防ぐ霊夢。
そして息吐く暇もなく、四方に強力な札を展開していく。
「我を封じられるとでも」
体を高速で回転させながら巨大な口が霊夢を飲み込もうと彼女を襲う。
回転によって蹴散らされる札、風圧はすさまじく、霊夢は避けるだけで精一杯だった。
ヴァゴ―――――――――――――――――!
黒龍の咆哮が空気を振動させる、心が竦みあがるような咆哮に耐えて、霊夢は術を展開し始める。
「角・亢・氏・房・心・尾・箕」
とたん、彼女の周りを囲むように凄まじい力の渦が展開されていく。
「七刻、七宿、五座」
そして膨れ上がった気が一点に集中する。
「星に還れ――――――――――!」
雷光が爆音を上げて黒龍を一線する。
瞬きも終わらぬ瞬間には、雷光の直撃を受けた龍の周りには白煙が上がり、煙は龍の姿をかき消していた。
「はぁ、ふぅ」
霊夢は息を整えながら、再び札の準備をする。
出来るだけ展開した札を地面へと張り巡らしていく霊夢の視線は、常に白煙に向けられていた。
「我に龍の力を使うなど・・・・・・笑止!」
その言葉が聞こえた瞬間には、広がっていた煙が翼の風圧によってかき消されていた。
「最高の術だったんだけどね」 
苦笑いを浮かべながら、霊夢は意識を集中させる。
「我は驪龍!!!」
大地をも震撼させるその一言に、空は曇り太陽の光がさえぎられる。
「災いをもたらすもの!」
ピシャ―――――――――――――ン!
雷撃が地面より空へと舞い上がる。
「散るが良い」
黒い翼の一薙ぎとともに黒い刃と青い稲妻が霊夢を襲った。
「絶ッ!」
刹那に展開した結界。
霊夢の目の前で黒と青の入り混じる刃が、己を滅殺しようと結界と拮抗する。
「発ッ!」
彼女が吼えたその瞬間、先ほど大地に張り巡らしていた十枚の札から黒龍を囲むように白い柱が上がる。
「これはっ!?」
そこで初めて龍の声色が変わった。
「甲・乙・丙・丁・戊・己・・・・・・・」
「原初に戻して我を封滅するつもりか!?」
龍の言葉に耳を貸さず、霊夢はさらに呪を唱える。
そして、
「天干・五行!」
オオオおオオオオオオオオおオオオオオオオ!
十角に展開された光の柱は龍を囲みながら収束していく。
眩いばかりの光の柱が天に昇り、やがて消えていく。
「・・・・・・」
刃を退けた霊夢は、それをじっと見つめていた。
そして、
「そんな・・・・・・」
完全に消え去った光の柱の中から、無傷の黒龍が姿を現した。
「博麗・・・・・・」
龍が呟く。
霊夢はとっさに札を用意しようとするが、
「きゃぁ!」
黒龍が起こした小さな黒い刃に地面に叩きつけられた。
「ぐぅ・・・・・・」
服が裂け、直撃を食らった胸からは血が滴り落ちている。
しかし彼女はそれでも立ち上がる。
絶望感が漂うこの状況下で、それでも彼女の瞳に敗北の色は浮かんでいなかった。
「好ましい」
龍から発せられた言葉はどこか憂いを帯びるものであった。
そして今一度、霊夢に向けて黒い刃が放たれる。
「っ!」
それを両手で受け止めた霊夢であったが、すぐにまた吹き飛ばされて地面へと叩きつけられた。
「がふっ、げふっ」
吐血する霊夢を見下ろして黒龍はそっと呟いた。
「一つ、お前に問いかけたい事がある」
「・・・・・・」
地面に横たわったまま微動だにしない霊夢に黒龍は、なおも言葉を続けた。
「お前が戦う理由はなんだ?」
「・・・・・・そんなの別に大した理由じゃないわ」
起き上がりながら祈祷棒を握り締める霊夢。
「別に幻想郷を救おうとか、この楽園を守りたいとか、そんなめんどくさいのは紫たちだけで十分よ」
まっすぐに龍の視線を見返して、霊夢は札を構える。
「私はただ何も考えず縁側でお茶する平和な時間を壊されたくないだけ」
振り絞った気が霊夢の体を金色に輝かせる。
彼女の言葉に聞き入っていた龍の瞳には初めて、優しさと希望の光が浮かんでいた。
「来い、博麗霊夢!幻想郷の巫女よ!」
翼を広げ、彼女のすべてを受け入れるように黒龍は胸を張った。
そして、黒龍と霊夢の最後の一撃が火花を散らしてぶつかり合った。



「お前が巫女で無かったのならば。答えは見つかっていたのかもしれん」
血溜まりに横たわった霊夢に視線を落とし、憂うように驪龍は呟いた。
「しかし、希望はある。そうだろう?八雲よ」
一人呟いて、黒龍は翼を広げた。
「次は東の村だ」
言い残して、黒龍は天空へと舞い上がっていった。



「れ、れ、霊夢は無事か―――!?」
ドタバタ、バシ――――ン!
勢いよく開け放たれた襖。
そして部屋に転がり込むようにして入ってきたのは魔理沙であった。
「静かにしなさい」
諭すように魔理沙に言い放ったのは、八意永琳であった。
「す、すまん」
しおらしくなって、魔理沙は目の前の布団に横たわっている人物に視線を向けた。
「霊夢」
彼女の視線のさきには体中包帯だらけの霊夢の姿があった。
「心配しなくても命に別状は無いわ」
永琳のその一言に魔理沙はほっと安堵の息を吐いた。
「そう簡単に死んでたまるもんですか」
言葉を放ったのは霊夢本人であった。
「霊夢!?」
「あぁ、もう煩いわね。朝からひっきりなしに人がお見舞いに来るんですもの。ゆっくり休もうにも休めないわ」
はぁ、っと溜め息を吐く霊夢。
「人払いをしていたんだが、お前が来たら通せと言われてな」
魔理沙の背中から聞こえた言葉は慧音のものであった。
彼女の横に腰を下ろした慧音はゆっくりと口を開く。
「東の村の人間の非難はすでに終わった。あとは我々で龍を・・・・・・」
「駄目よ」
慧音の言葉を遮る霊夢。
「・・・・・・何故だ?」
慧音の言葉に霊夢は瞳だけを彼女に向けて質問に答える。
「どんなに強いやつが束になってかかったところで、あの龍には勝てないわ」
その強大な力を目の当たりにして、霊夢には実感があった。
「ならば我々に指をくわえて見ていろ、と?」
身を乗り出す慧音に、それも違うわ、と首だけ振って答える霊夢。
「あの龍は答えを求めているようだった・・・・・・」
「?」
その場にいた皆が霊夢の言葉に首をかしげる。
「この異変。よくよく考えればおかしい所ばかりなのよ」
すっと息を吸って霊夢は喋り始める。
「これだけの異変。幻想郷の最高神である龍が現れたとなれば、幻想郷の古参の妖怪が動かないはずが無い。それなのにはっきりと動きを見せたのは紫だけ。なのに紫は何もしないまま喰われたと聞く。誰よりも幻想郷を愛しているはずのあいつが、幻想郷の秩序を乱そうとする奴に何もしないままただ喰われる、と言うのはおかしすぎる話よ」
「何か意図があると?」
「えぇ、私でさえ攻めるチャンスがあった相手に何もしなかったという事は、それだけで何か裏があるはず」
なにより、と呟いて霊夢は魔理沙に視線を向けた。
「あの龍は、博麗の巫女では答えを見つけられないと言った。妖怪にも不可能だと。あの龍は、人でなければ見つけられない答えを手に入れようとしているんじゃないかしら」
「故に、妖怪たちは何も行動しないのではなく。出来ないという事か?」
慧音の言葉にこくりと頷く霊夢。
「人を襲った罪は重いという私の言葉にも妙に反応していたわね。きっとそこに何か答えがあるんじゃないかしら?」
う~ん、と唸る慧音。
「許せねぇ」
そこに、怒気を込めて呟いたのは魔理沙だった。
「それでも今、霊夢は大怪我して、紫や沢山の人間が龍に喰われちまったんだぜ?答えを見つけるとかなんとか以前に、私はその龍が許せねぇ」
立ち上がる魔理沙。
そして部屋を後にしようとする。
どこに行くのかは考えずとも検討がついていた。
「待って魔理沙」
そんな彼女を呼び止めたのは霊夢であった。
「なんだ?」
振り返らずに魔理沙は返事を返す。
「あなたと、二人きりで話したい事があるの」
永琳と慧音に目で合図した霊夢は、二人に部屋を出て行ってもらった。
部屋に残されたのは霊夢と魔理沙だけになった。
「なんだよ?」
呟いて魔理沙は霊夢の枕元に座った。
「あなたが私に最後に勝ったのっていつだったかしら?」
「な、何を言って・・・・・・」
「いつだったかしら?」
「二十歳を過ぎてからは記憶に無いな」
むすっとしながら答える魔理沙。
「どうして勝てないか分かる?」
「そ、それは・・・・・・」
言葉に詰まる魔理沙に、霊夢は微笑みながら答えた。
「あなたはね、常に最善を形作ってしまっているの」
「どういう意味だ?」
「魔理沙、あなたはとても努力家で、常に私に勝つための努力を怠っていないわ」
その言葉に頬を染める魔理沙。
「そ、そんなことは」
「うぅん、私は知っているわ。あなたが夜も眠らずに、本を開き、弾幕を研究し、常に私に勝つために自身の無駄を取り除いて、日々切磋琢磨しているのを」
だからね、
「貴方は普通の人間でありながらここまで強くなれた。あなたの努力は報われている」
だけど、
「だからこそ、あなたが私に勝てないのは。そういう努力によって積み重ねられた最善の戦闘が体に染みこんで形作られてしまっているため」
つまり、
「あなたが私に勝つためには自身が取り除いてきた無駄さえも自分のものにしないといけない。そして己の得意な型を捨て去らなければならないわ」
一息に喋って、霊夢は苦しそうに咳きをした。
「だ、大丈夫か!?」
おもわず霊夢に顔を近づけて心配そうに見つめる魔理沙。
霊夢は、大丈夫よ、と呟いて、
「魔理沙」
と彼女の目をまっすぐに見つめた。
「龍は本来、大自然の具現。自身の形を持たない究極の精神的存在。もしもあなたが龍に勝つことが出来るのならば、それはきっと何かのきっかけになるはず。なにより、あの龍は人という存在が自身のところに来るのを待っている。私や妖怪では駄目だったけれど、きっと貴方ならなんとかなると私は信じてる」
それは暗に、魔理沙に龍の退治を依頼するものであった。
未だ龍が何の目的で現れたのかは分からない。
だがしかし、もしも人間を求めているのならば、いま動ける人間として魔理沙が一番的確なのは言うまでもなかった。
何より、霊夢の言う通りならば。
魔理沙が龍に打ち勝ったとき、彼女はさらに霊夢に近づくことが出来るらしいのだ。
それに、霊夢が魔理沙を見つめる目は彼女を信じる瞳である。
その視線の意味に答えない魔理沙ではない。
「約束して欲しいことがある」
「何?」
魔理沙は笑いながら答える。
「私が龍をコテンパンにして、お前の傷が治ったら、もう一度成長した私と戦ってくれるか?」
その笑顔を見た霊夢は、やはり笑って、
「もちろん」
と答えたのだった。
「はい、これお守り」
龍の居場所に向かう前、霊夢は黒龍の特徴を魔理沙に教え、お守りの陰陽玉の数珠を彼女の右手に嵌めた。
「あぁ、ありがとう」
「魔理沙」
「なんだ?」
「大丈夫よ。あんたは絶対に負けない」
霊夢の瞳には魔理沙への思いやりと、彼女なりのなにかしらの覚悟が浮かんでいた。
「あぁ、きっと大丈夫だ」
魔理沙は自分に言い聞かせるように呟いた後、龍がいる東の村へと向かって飛び去った。
「大丈夫あんたは決して負けないわ。だって・・・・・・」
布団から起き上がって、飛び去って行く彼女を見送る霊夢の声は、寒々しく吹いた木枯らしによって打ち消されたのだった。



山の近くにある東の村には木枯らしに乗って沢山の紅葉が運ばれていた。
大量の葉が宙に踊り、視線を遮るように空中に舞う。
「っ!?」
紅葉のカーテンを抜けた向こうに、その巨体を震わす黒い龍と地面に倒れ伏す幾人もの人の姿があった。
それは山伏の姿をしていたり、法師の姿をしているものもいれば、普通の人間の格好のものまでいる。
よく見れば、妖怪の姿も少数だが見て取れた。
「みんな・・・・・・」
皆を見た魔理沙は悔しそうに歯軋りをする。
「ここに倒れているものは皆、強きものだ」
龍は魔理沙に目を向けると静かに語った。
「お前が殺したのか!?」
「いや、生きている」
確かに、龍の言うように皆、虫の息ではあるが息をしていた。
「決して敵わぬと知っていても立ち向かうものを失うのは惜しい」
今時分、己が打ちのめしたであろう者達に一瞥をくれて龍が呟く。
「勝手な事を!」
「我は驪龍」
静かに、魔理沙の言葉を打ち消すかのように呟いた黒龍は彼女に視線を向ける。
「災いを齎すものなり」
「私は人間だ!」
その言葉に龍の目が細く鋭くなる。
「汝が答えを導くものだな」
その言葉は魔理沙に向けられたものではなく、自身の内に語りかけるようなものであった。
「お前は何の為に戦う?」
「・・・・・・自分のためだぜ」
魔理沙の言葉は嘘偽りのないまっすぐなものであった。
「それが理想への答えなのだな。よかろう・・・・・・」
黒龍は咆哮し、翼を広げて遥か上空へと舞った。
「霊夢。待っていてくれよ」
魔理沙は右手の数珠に語りかけて、そして龍を追うようにして高速で空へと舞い上がった。



「幕を降ろすときが来たようだ」
震える黒龍の咆哮が空を支配する。
「お前が答えを決めて見せろ!」
黒龍から放たれる一筋の烈空、それは途中で三つに裂け、魔理沙を上下正面から襲う。
「当たらないぜ!」
超高速で魔理沙がそれらを回避する。
オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
続けざまに黒龍の咆哮が魔理沙を襲う。
ビリビリと体を伝う振動に、魔理沙は決して怯む事無く己の掌から強烈な魔力弾を放つ。
「星を穿てっ!」
叫ぶと同時に発生した流れ星が巨大な龍の口に突き刺さる。
しかしそれは黒龍の一噛みによって砕かれ、変わりに突き出された大きな龍の尾が魔理沙を襲った。
「はぁっ!」
右手で展開した魔法防壁が龍の尾を防ぎ、そしてそのまま拘束する。
グゥオオオオオ!!!
一瞬身動きが出来なくなった黒龍へ魔理沙は第二の流星と雷を浴びせた。
それは少しばかりの効果があったらしく、黒龍は嫌がるように咆哮する。
「お前の力・・・・・・」
憎らしそうに呟いて、黒龍は高速でさらに頭上へと舞った。
「逃がすか!」
それを追う魔理沙。
太陽が近くなり、しかしかなりの上空で気温は一気に低下する。
「お前達の覚悟を見せてもらおう!」
黒龍は胸を大きく膨らませ、そして数瞬の後、口から巨大な光線を吐き出した。
「マスタースパーク!」
応戦するように魔理沙は、八卦炉から己の必殺をお見舞いする。
「ぐぅっ!」
一進一退が続いていたが、やはり黒龍の光線の威力は凄まじく、次第に魔理沙のマスタースパークが押されていく。
しかしその時だった。
彼女の右手の数珠が黄金に光、彼女の右腕全体を包むと、そこから大量の魔力があふれ出してきた。
「そういうことだったのか!」
霊夢が自分に渡してくれたお守りは魔力を高めるアミュレットのような物だったのだ、と魔理沙は気付く。
「いくぜ!」
みなぎる魔力に自身の意識を集中させて、魔理沙は究極の必殺を叩き込む。
「ファイナル・マスタースパーク!!!」
威力を増したマスタースパークが黒龍の光線を押し返し、そしてついに黒龍を捕らえる。
ドゴ―――――――――――ン!!!!!!!!!!
しかしこれでは決して仕留めきれていないだろう事は、霊夢の話で魔理沙には想像がついていた。
魔力がみなぎる右手に最大出力の力を溜め込み、次のチャンスを伺う。
しかし、アミュレットからあふれ出す魔力が溜まりきるその前に、
――――――――――――――それ以上はやめておけ
と言う言葉と共に飛来した光弾によって魔理沙の右手の感覚がなくなることになる。
そう、魔理沙の右手が黒龍から放たれた光弾によって千切れ飛んだのだ。
「う、う・・・・・・うわぁぁああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」
己の身に起きた出来事に気付き、力が抜けた魔理沙は地面へと一直線に落ちていった。



「げぅ、はっ、ひぃう、はぁ・・・・・・」
地面への直撃を魔力の逆噴射でなんとか防いだ魔理沙であったが、襲ってきた激痛にもだえ苦しみ、前のめりで地面に伏せていた。
涎を垂らしながらも懸命に治癒の魔法を使い、腕の出血に全意識を傾ける。
バサッバサッバサッバサッ・・・・・・。
魔理沙の前に大きな羽音とともに黒龍が空から降りてきた。
顔を上げ黒龍を睨み付ける魔理沙。
「お前が右手に嵌めていたものは、博霊の巫女と繋がっていた」
龍はその荘厳な眼差しで魔理沙に視線を向けて語った。
「あれは博霊の魂を力とするもの、あれ以上汲み上げる事は巫女の死を意味する」
それほどまでに、と呟いて黒龍は一度目を瞑った。
その話を聞いた魔理沙は襲い来る右手の激痛も忘れ、自然と涙を流していた。
「なんで、そんな事一言も・・・・・・」
再び頭を垂れる魔理沙に黒龍は言葉を投げかける。
「巫女が憎いか?」
「・・・・・・あぁ」
「そうか」
黒龍は残念そうに溜め息を吐いた。
「・・・・・・だけど」
「むっ?」
「私はそれ以上に感謝している」
出血の収まった右肩を抑えながら、魔理沙はよろけながらも真っ直ぐと立ち上がる。
その瞳には怒りでも悲しみでもなく、愛情に満ち溢れた感情が浮かんでいた。
「あいつは自分の命を賭してまで私を信じてくれた!」
今はもう無くなってしまった右腕。
その肩を抱きしめながら魔理沙は透き通った目で黒龍に言い放った。
「あぁ、くそっ!なんとなく分かってきたぜ」
魔理沙の透き通った眼差しが仄かに輝いた。
彼女は残った左腕で自身の心臓の上をぎゅっと掴むと、黒龍に向けて言い放った。
「この痛みが教えてくれた。お前が望む答えってやつだ」
「ほぅ」
息を吐く黒龍の視線に白い光が宿る。
「それは平等だ。人が抱く異形への恐れ、死への恐怖、それを未だ人は少なからず持っている。いくら私たちに覚悟が出来ているとしてもな。お前は人がそれを克服できる日が来るか知りたかったんだ」
その言葉に黒龍は翼を広げて、顔を魔理沙の眼前へと持ってきた。
「人が人を殺す。その恐怖と、人が妖に抱く死への恐怖はまったくの別物だ」
黒龍は慈しむ様に言葉を発する。
「幻想郷の平和は未だ仮初に過ぎない」
じっと黒龍の瞳を見つめて魔理沙は彼の者の言葉に耳を貸す。
「幻想郷において、人と妖は手を取り合い、共に生きる事を選びつつある」
しかし、
「人の精神は常に未熟なものである」
それは、
「肉体的な存在故、自身を喰らう妖の存在は、それだけで畏怖の、苦痛の対象となりうる」
故に、人はどんなに仲良くなろうとも、妖怪は自分たちとは別の相容れぬ存在であるのだと心のどこかで思っている。
だがしかし、
「もしもいつか本当の平和が訪れる時が来るのならば、それは人の未熟が成熟し、決して相容れぬ存在ではないのだと。妖怪も又、哀れみでも愛情でも、親愛の情でもなく、人の尊厳を認め、全てを信じ、対等に人という存在を受けとめた時」
そのとき初めて、喰らうもの、喰らわれるものという両者の垣根を越えて、
「幻想郷に真の平和が訪れるだろう」
「お前は、人と妖怪が対等に向き合える時がくると思うか?」
「・・・・・・その答えは、とうに出ている」
まっすぐと魔理沙は黒龍を見つめて返事を返した。
サァ――――――――――
巻き上がった紅葉が魔理沙と黒龍を包み込む。
「人と妖怪は必ず相容れる時が来る。今だって食人なんてものは形骸化しているんだ。いつかきっとそれさえも無くなるときがくるさ。なにより、今だって多くの人妖は笑いあってお互いを尊重して生きてる。だからこそさっきのあいつらは協力してお前に挑んできたんだろう?」
「我が試練は詮無き事であったか」
「なのにお前は多くの人や、紫を殺した・・・・・・」
魔理沙の目に怒りの灯が浮かび上がる。
怒気を含んだ彼女の言葉を受けて、黒龍は笑う。
「ならば我をどうするというのだ?その左手に携えた八卦炉を用いて我を打ち滅ぼすか?」
「私にその力はない。お前と戦えばきっと私は死んでしまう。私のことを霊夢が、皆が待っているんだ。だからお前を殺したいと思っても、私には出来ない。それはとても悔しい事で、情けない事だよ。だけど、それでも私は生きるためにお前と戦えないんだ」
流した涙が頬を伝って地面へと落ちた。
「確かにお前たちは幻想郷の未来のために答えを見つけようとしていた。だけど、その為に多くの人や紫が死んだんだ。どうして、どうしてお前たちこそ私たちや妖怪を信じてくれなかったんだ!?」
「・・・・・・」
黒龍は何も答えない。
「きっとこんな事が無くたって私たちは、きっとうまくやって見せることが出来たんだ」
魔理沙の嗚咽が風に運ばれて黒龍の元へと届いた。
「それはきっと我が、いや我々がこの愛する幻想郷だけは外のような過ちを繰り返してほしくなかったからだろうな・・・・・・」
黒龍は泣いていた。
涙を流すことなく、しかし心では泣いていた。
「外では、肌や宗教の違いだけで人が同じ人を殺すのだ。種族そのものが違うこの幻想郷において、我々は酷く未来に不安を抱いていた」
「だからって、お前たちの勝手で!」
「確かに傲慢だ。だが答えを得るには痛みが必要だと、そう思った」
「そんなの無くたって私たちは」
「あぁ、そうだ。今だから分かる。お前たち、人や妖はきっとそうであると」
瞳を閉じて黒龍は頭を垂れた。
「そんな事したって皆は戻ってこない」
悔しそうに呟いて魔理沙は左手で右肩を抱きしめながら泣いた。
それはとても綺麗な涙で、キラキラと光り輝く雫は大地へと染み込んでいく。
「魔理沙、ありがとう」
その時、魔理沙に投げかけられた言葉は、彼女が知らない声色でなかった。
しかし、それは決して聞くことがないと思っていた声。
彼女は地面に向けていた顔を上に向けて唖然とする。
「ゆ、紫!」
そう、その場所に立っていたのは目の前の黒龍に喰われたはずの八雲紫であった。
「ど、どうしてお前が?」
呆然とする魔理沙に、紫は彼女を抱きしめながら答える。
「私はね、喰われたんじゃないの。この驪龍の腹の中でずっとことの成り行きを見守っていたのよ」
ごめんなさい、と呟いて彼女は真相を語った。
彼女が望んで喰われた理由は、龍が飲み込んだ人間を、その自身の能力で安全な場所に避難させるため。
食われた人間は睡眠状態ではあるが、他の安全な場所で元気にしている。
そう、誰も死んでなどいなかったのだ。
もちろん、そんな事を知らないほかの人間からしてみれば、黒龍が喰ったように見えたことだろう。
しかし、それはどうしても必要な事で、それがなければ黄龍、この黒龍の長が納得しないだろうという理由があった。
「本当にごめんなさい。私たちではこうする事しか出来なかった」
そして魔理沙は初めて紫の涙を目にした。
「それじゃあ、皆無事なんだな」
「えぇ」
「そうか、よかった」
安堵の息を吐く魔理沙。
「だけど霊夢には大怪我をさせてしまった。それに、あなたのこの腕・・・・・・」
「あぁ、大丈夫。大丈夫じゃないけど、大丈夫だぜ」
苦笑しながら、魔理沙は無くなった右腕に手を添えた。
始終、残りの魔力を治癒に回していたおかげで、命には別状がないまでには傷口は収まっていた。
「あぁ、だけど」
立ちくらみに襲われる魔理沙。
「安心したら、駄目だ、やっぱり死ぬ・・・・・・」
そして魔理沙は意識を手放した。
意識をうしなう瞬間、彼女の瞼の裏には笑顔を浮かべる皆の姿が浮かんだ気がした。



「答えは見つかりましたか?」
意識を失った魔理沙を大事そうに受け止めて、八雲紫は黒龍を見つめて言った。
「我が主が幻想郷に干渉することはもうないであろう」
黒龍は言葉を続けて、申し訳なさそうに呟いた。
「我は驪龍ゆえ、このようなことでしか見極められなかった。我々の傲慢を許して欲しいとは決して口が裂けても言えぬ、それでも主に代わってどうか言わせて欲しい。すまなかった。どうか、この幻想郷の未来を頼む」
そして黒龍の巨体が煌くと、小さな粒子となってさらさらと消えていく。
それは光の束となって空へと消えていき、残ったのは美しい虹の柱だけだった。
「大丈夫。私たちの幻想郷はきっと・・・・・・」
紫は天空へと続く虹を眺めながら、ふっと笑みを浮かべて呟いたのだった。



「ぎゃぁぁああああああ」
博霊神社に響いた断末魔にも似た叫び声。
「痛い、痛い、痛いって、死ぬ!まじで死んじまうんだぜぇええええええええ!!!」
その声の主は魔理沙であった。
「ちょっとじっとしていなさい。まったく、せっかく良くなりかけてるのに」
傷口に薬を塗りながら霊夢が呆れたように呟いた。
「はぁはぁ。そ、そんな事より、お前は大丈夫なのかよ?」
「わたし?あぁ、大丈夫よ。どっかの馬鹿がだらしないせいで死にかけたけど、今はピンピンしてるわ」
「うっ」
「まぁ、霊力も大分弱まっちゃって、これじゃぁ、博霊の巫女として使い物にならなくなっちゃったけどね」
「ごめん」
「いいわよ、別に。私も黙っていたんだから自業自得。お互い様よ。紫のやつは次の巫女候補を探してるみたいだし。私が晴れて隠居の身になるのも近いわね」
これで日がな一日お茶を楽しめるわ、と魔理沙の腕に包帯を巻きながら霊夢は言った。
「それより、あんたこそ、本当に腕はよかったの?」
最初、魔理沙の腕を元に戻すために様々な者達が彼女を訪れた。
アリスは義手を作成すると言い。
パチュリーはホムンクルスを応用した腕の複製。
永琳に至っては蓬莱の薬を・・・・・・。
しかし全ての申し出を魔理沙は断った。
「これはわたしなりのケジメなんだ」
包帯が巻かれた腕を愛おしそうに抱きしめて、魔理沙は言葉を続ける。
「結局、慧音が歴史を食っちまったからな、あのことを知るやつなんて一握りしかいなくなっちまった。だからこそ、私だけは、これを残しておきたいんだ」
忘れないためにもな、と笑って魔理沙は答える。
「おい、そんなことより私との約束は覚えてるだろうな?」
「はっ?約束」
首を傾げる霊夢。
「おいおい、勘弁してくれよ。今度こそ、私はお前に勝たなくちゃいけないんだ」
「あんた馬鹿でしょ?」
「う、うるさい!約束は約束だろ!?」
もちろん、力をほとんど失ってしまった霊夢が魔理沙と戦う事はもうない。
それでも、
「そうね、約束だし。お互い良くなったら戦ってあげても良いわ」
「よっしゃぁ!見てろよ、今度はもっともっと強くなった魔理沙様がお前をコテンパンにしてやるからな」
「はいはい」
二人の笑い声が神社に響く。
それは、恵みの秋も過ぎ去った、冬の寒い日の暖かな語らいの一幕であった。



「と、言うわけでめでたしめでたしには程遠い結末となったわけよ」
新しく注がれた紅茶に口をつけて、レミリアはアンニュイな溜め息を吐いた。
「あのあと引退した霊夢には私の所で暮らさないか?って言ったんだけどね」
「まさか紫と暮らすとは思わなかったわね」
そう言ってパチュリーもまた、新しく注がれた紅茶に口をつける。
「あれは絶対に何か裏取引があったはずよ」
「なにそれ?」
「いや、だから霊夢が弱っちくなったのをいい事にあんなことや、こんなことを・・・・・・」
「なにも関係ないじゃない」
「そんな事ないわ!あぁ、弱弱しい霊夢がベッドの上で小動物のように私に視線を、って痛いわよパチュリー!」
パチュリーから脳天にチョップをお見舞いされたレミリアが非難の声をあげて立ち上がった。
「カリスマブレイク禁止」
「う、うー」
「だから禁止」
「分かったわよ、もう!」
勢いよく再び席に着いたレミリアが彼女に視線を向ける。
「今のところはカットでお願い」
「もう、遅いと思うけど・・・・・・」
パチュリーが横槍を入れるが、それを無視してレミリアは済ました顔で彼女に語りかける。
「まぁ、私から話せる事はこれくらいね。人伝てに聞いた事も混ざっているから、これが真実かは保障できないけどね。えぇ、お礼はいいわ。いい暇つぶしにもなったしね。ほら、もうすぐ夜が明けるわ」
そう言ってレミリアが視線を向けた空の向こうは、藍色がかり始めた夜の終わりを知らせる空の色があった。
パチュリーは自身の部屋へと向かうために席を立ち、レミリアもまた彼女に別れを告げて、テラスから出ていこうとしていた。
そんなレミリアを呼び止めた彼女は質問を投げかけた。
「え?あぁ、彼女?今日は休みよ。でもきっと、彼女ならあそこにいるんじゃないかしら?」
そしてレミリアの姿が完全にテラスから消える。
「残念ね。本当なら私の所で物語は完結して欲しかったわ。まぁ、でも、それは人間同士に譲ってあげましょう」
去り際にレミリアが残した言葉が印象深く彼女の耳に残った。
白みがかってきた空の向こうに視線を向けながら、テラスに残された彼女は懐から手帳を取り出して呟いた。
「あやや、確かに今日は彼女の・・・・・・」



伝統の幻想ブン屋と紅魔館のメイド



「あやや、そろそろ電池が切れる」
そう言って射命丸文は手に持ったハンディカメラの電池の残量メーターを見つめた。
「バッテリーはこれが最後だからなぁ」
テープもこれが最後、と言って彼女は白い息を吐いた。
「彼女が最後ね」
文は空を舞って、彼女がいるその場所に向けて高速で幻想郷を駆け抜けたのだった。



Final chapter. Oh les beaux jours



白みがかった空を見上げる。
白い息が霞掛かって、私の視線の先でキラキラと輝いた。
冷たい空気が皺枯れた頬を血色良く赤く染める。
私は羽織ったストールをもう一度、きちんと調えた。
「お久しぶりね霊夢。魔理沙はついこの間ぶりかしら」
視線の先にある彼女達の墓に語りかけて、私はポケットから取り出したお酒を彼女たちの墓に供える。
「好きだったものね」
仲良く隣り合う墓に、私は白い息を吐きながら答えた。
「私はまだまだ貴方たちのところには行けそうも無いわ」
笑って、私は自身の頬に手を添えた。
「もう昔のようにとはいかないけれど、それでも私は現役でやっているわよ。それにね、後継の育成って以外と楽しいの。人にものを教えるのって意外に私の性に合っていたみたいね」
私は墓の前で近況を伝える。
「お嬢様は相変わらず可愛らしいし、まぁ美鈴は相変わらずだけど、その分新しく出来た部下が頑張っているわ。おかげで本人は解雇されないように、幾分マシになってきたみたいね。新しい巫女は貴方と違って礼儀正しいわ。そうそう、最近、フランドール様とアリスの仲が良いのよ。ちょっと前まで元気が無かったんだけど、今度私にプレゼントをしてくれるとまで言ってくれたのよ。プレゼントといえば、この前、香霖堂に寄ったときに店主さんがこのストールをプレゼントしてくれたの。ふふふ、年甲斐もなく嬉しかったわね。知ってる?パチュリーさまったら最近、新しく魔法の森に居ついた魔法使いの少女に手を焼いているのよ。どこかの誰かさんみたいね?」
一息に喋り終えた私はふっと息を吐く。
今日は霊夢の命日で、私は毎年彼女の墓にこうやって近況を報告しているのだ。
数週間前に亡くなった魔理沙と霊夢の命日は実に近いもので、
「どっちの命日に来ればいいのかしら」
と私は苦笑を浮かべて呟いた。
もちろん、どちらの命日にも足を運ぶであろう事は私自身良く分かっている。
「あっ!やっぱり居ました!お~い、咲夜さ~ん!」
急に空から聞こえた聞き覚えのある声。
そしてすぐにその声の主は私の隣に降り立った。
「おはようございます」
笑顔で語りかけてきたのはブン屋の射命丸文だった。
手にはハンディカメラが握られている。
「おはよう」
「あや~、実はですね。今、魔理沙さんのドキュメンタリーを制作していまして。その取材をしているんです」
頭を掻きながら、彼女は私に取材の申し込みをしてきた。
「その前に、彼女たちに挨拶をしてはどうかしら?」
「あはは、それもそうですね」
私の言葉に、文は手を合わせて彼女たちの墓に挨拶をする。
じっと、真剣な面持ちの彼女にすこしだけ好感が持てた。
「もう会えないと思うと悲しいものですね」
感慨深そうに呟く文。
「あら、霊夢なら白玉楼でいつでも会えるじゃない」
「あやや、そんな趣の無い事を言わないでくださいよ~」
「ふふふ」
そう、霊夢は亡くなった後、そのまま白玉楼に居座っている。
と、いうより紫に泣きつかれたんだそうだ。
彼女は、
「はぁ、めんどくさいわねぇ」
と言いながらも、白玉楼の縁側で飽きるまでお茶を飲んでいい、という条件に引かれてそれを承諾した。
実際、彼女がお茶に飽きることなんてあるのだろうか。
もしかしたら、紫の家に住んだ理由も縁側がある家でお茶が出来るからだったんじゃないだろうか、と勘繰りたくなる。
「それで取材なんですけど」
ハンディカメラを掲げて文は興味深そうに私を見つめた。
「取材って言われても、そうね・・・・・・」
私はそんなに長いおしゃべりは得意ではないので、短く大事な事だけを喋ることにした。
「知っているように、魔理沙は常に強く在り続けようとしていたわ。でもそれは自分の能力に絶対の自信があったからじゃない。自分が何でも出来るなんて思っていなかった。彼女は自分の能力に常に懐疑的だったわ」
だからこそ、
「彼女は上を目指すため努力し続けた。どんなことでも出来るように、諦めず、まっすぐに生き続けた」
彼女は一度言葉を区切って、文を見据える。
「彼女の歩んだ先に道は出来なかった。彼女の切り開いた後に、誰にも成し遂げられない彼女だけの道ができたの。そしてそれはたくさんの人の人生の道しるべになったんだと思うわ」
もちろん私もね、と私は呟いて笑顔を浮かべる。
「あまり長い話はなしよ。だけど、私が伝えたい事は十分に伝わったんじゃないかしら?」
「はい、ちょうどテープもバッテリーも終わりです」
笑って文はハンディカメラの電源を落とす。
「咲夜さん」
「何?」
「魔理沙さんって本当にすごい人でしたね」
「そうね」
「きっと魔理沙さんが歩んだ道はこれからも、未来の沢山の人に影響を与えると思うんです。いいえ、それがたとえ少なかったとしても、それはきっとその人たちにとっては大きくて素晴らしいものになると思います」
だからこそ、このドキュメンタリーを制作しようと思ったんですよ、と照れ笑いを浮かべて文は喋った。
彼女の言葉は私の胸を温かくする。
そして文は私の手をそっと握って、今日は寒いですし私が送ってあげますよ、と言ってくれた。
「ありがとう」
彼女の優しい言葉を受け止めて、私たちは墓を後にした。
「それじゃあね、霊夢、魔理沙」
私は彼女たちの墓に別れを告げて、その場を後にした。
また来年、この場所でお話しをしよう。
そう思って、私は文が繋いでくれた手をほんの少しばかりぎゅっと握り返したのだった。



生きるだけなら簡単で、生き抜こうとするのはとても難しい。
変わることは簡単で、変わってやろうとするのはとてもとても難しい。
だけど、もしも生き抜く事を思うなら。
変わってやろうと思えたなら。
それはきっと素晴らしい事で。
この世界が、あなたが、もっとずっと豊かになる。
大丈夫、チャンスはいくらでもある。
だって―――――――――――――――――――――あなたは今生きている。

























Chap.??? Le Rouge et le Noir



「よぅ、ひさしぶり!」
黒い少女は久しぶりに会った友人に右手を上げて気楽に挨拶をした。
「本当、ずいぶんと久しぶりね」
待ちくたびれたもう一人の赤い少女は、黒髪を風に靡かせながらジトっとした目を彼女に向けた。
「会いに来る事はいつでも出来たんじゃない?」
「それは、あれだぜ!楽しみってものは我慢して最後まで取って置いたほうがいいだろ?」
「へぇ、なんの?」
「決着がだぜ」
「そんなのあんただけでしょ?」
溜め息を吐く赤い少女。
「それはないな」
自信満々に答える黒い少女。
「なんでそう思うの?」
「お前だって久しぶりの私との戦いにワクワクしてるくせに」
「めんどくさいだけよ」
「うそつけ」
少しすねた様子の黒い少女。
「ふふ、うそよ」
「まったくお前は・・・・・・」
「変わらない?」
「いいや、ますます変わった」
「そう、ありがとう」
そして黒い少女と赤い少女が微笑みあう。
「お互い、万全の姿だぜ」
「あなたとの約束だからね」
「覚えていてくれて嬉しい」
「死ぬ直前まで言ってたくせに、おかげで紫や幽々子には随分と借りを作ったわ」
「悪い悪い」
「それじゃあ・・・・・・」
「あぁ」
少女たちは楽しそうに笑みを浮かべたまま対峙する。
「いくわよ魔理沙!」
「いくぜ霊夢!」
そして約束は果たされる事になる。



激闘の末、最後に立ち上がった一つの影は・・・・・・。                ~Finale.
はじめまして、最近中二病著しい、始終妹紅が瞼の裏から離れない阿鯛 斎京と言います。
うへへ、妹紅は俺の嫁。(それが言いたかっただけ)
ここまで読んでくれた方、本当にありがとうございました。
いかがでしたでしょうか?
え?時間を返せ?
ごめんなさい無理です。


弾幕戦がない?オリジナル要素多すぎ?
え?うそっ!・・・・・・本当だ!!!
中二病著しいSSですが、どうぞ肝要に受け止めてください。

東方が好きすぎて、ついに自分でSSを書いてしまいました。
最後にもう一度言わせて下さい。
ここまで読んでくれた方、ほんとうにほんとうにありがとうございました。
妹紅は俺の嫁!(大事な事なので二度言いました)
阿鯛 斎京
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おお、目からマスパが・・・
5.100煉獄削除
凄いですね……。
魔理沙の生涯を追ったお話と、少し異変を混ぜた話
その中で魔理沙が掴んだ答えと遺した想いを拾った人達。
魔理沙の想いや行動がとても素晴らしいと感じました。

最後の部分で今まで出さずにいた文を出すという展開も良かったですし、
咲夜さんとの会話もまた時の経過を感じさせてくれるものでした。
最後の勝負がどうなったのかは個人個人といったところでしょうねぇ。
面白く、また素晴らしい作品でした。
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擬音が多かったことを除けば、かなり面白かった。
もうちょい文章の書き方を学んだほうがいいと思う。
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驪竜…なんて読むんだ?
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最高に良かったです。同じような感じで妖忌も書いて欲しいですねw
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人と妖の距離が近くなりすぎるのは、幻想郷の崩壊の一因になるから、龍も紫も望まないとはず。今の関係を維持するために、スペルカードが作られたわけですし。