地獄界では近年、罪人だからと言って、無暗に苦痛を与えるのは良くないという考え方の浸透により、経費削減もかねていくつかの地獄が整理統合、仕分けされた。
灼熱地獄もそのひとつで、その跡地の秩序を地霊殿が担う事になった。
外見上は変わった服を着た女の子に見える主、古明地さとりはその肩に重責を負っている、はずなのだがあまり悲壮感はない。
なんやかんやで皆楽しく暮らしていたりする。
そんな地霊殿のある一風景。
~ゴロゴロゴロ~
地霊殿の廊下を、車輪が転がる音が響く。
さとりの部屋に近づくにつれ、その音は大きくなり、通り過ぎるとまた小さくなっていく。続いて猫の鳴き声がまた接近して遠ざかっていった。
何事かとさとりが自室のドアを開けると、火車にのった空を燐が必死で追いかけていた。
さとりは頭を抱えた。普段の仕事はしっかりやってくれると言うのに。
火車が廊下の端で方向転換し、またこっちにやって来る。
「あはは、キャッチ ミー フー キャン」
「待ってよ~空」
「貴方たち。やめなさい、騒がしい」
「だってお空が私の火車を返してくれないんですよ」
「こらこら、お空、また転んで怪我しますよ」
「あははは、さとり様、外で遊んできまーす」
火車のお空は館の外へ出て行った。
お燐も人間を超えたスピードで追いかける。
さとりはため息をつき、他のペットに酒を持ってこさせることにした。
今日は仕事する気になれない。
遠く、地獄旧都の方向で強い閃光が生じ、地底の暗い空が明るくなった。
さとりは思わず服の袖で目を隠す。
続いて衝撃波が地霊殿を揺るがした。
衝撃が収まった後、バルコニーから見えるは見事なキノコ雲。
さとりは再びため息をついた。恐らくコーナリングに失敗するなどして盛大に転んだのだろう。
―亜米利加の映画は、ちょくちょく核爆弾が強力なボム程度の認識で使われていてけしからん―そう言った者がいたが……。
「日本人もたいがいですね」
さとりは三度嘆息した。
「さとり様、ウイスキーをお持ちしました。いつものコーク割でよろしいですね」
ペットの一人、眼鏡浦よし子(地獄蜻蛉)が酒瓶とグラスを盆に載せて現れた。
彼女はお燐やお空より大柄の古代蜻蛉だったが、彼女ら脇役ペット達は今回のストーリーにはあまり絡んでこない。
一服していると、不意に新たな気配が生じた。
不意ではあるが、なじみの気配。
妹のこいしが満面の笑顔で、服がボロボロになった猫と鴉妖怪を地面に投げ出した。
「やっほ~お姉ちゃん、久しぶり、元気してた? これお土産」
「核爆発で旧都壊滅、これで元気でいられる責任者がいますか」
「この子たち、みんなに恨まれないように適度にボコっておいたから。あくまでボコるふりだけどね」
といっても空と燐の頭にはたんこぶが出来て、二匹は頭をさすっていた。
「お燐が無理やり追って来るからけないのよ」 空は悪びれていない。
「悪いのはお空です。火車はそういう用途に作られたものではありません」
「じゃあ、どういう用途の車なら乗ってもいいんですか」
「地上へ出て、大八車にでも乗っていなさい。まったく自身の力を自覚しなければダメですよ」
「そうだよ、お空も、核融合の力を持ってるんだから、自重しなきゃ」
「うう……ごめんなさい」
掃除をしていたペットの文福かま子(地獄狸)が言った。
「うにゅほ、元気出して。あんたの核は無放射能という設定だから、被害は大したことないはずよ」
「放射能無しでも核は危険です、きっと地獄旧都の皆は怒っていますよ」
「どうしよう」
「地霊殿が復興の手伝いをします、貴方も協力するのですよ」
肩を落とす空を、他のペットが慰める。
「僕の眼球には心を読む能力はないけれど、もし旧都の人が怒って押し掛けてきても、みんなで君を守るから心配しないで」
「ありがとね、オパビー」
「ちょっとアンタ、なに空に色目使ってるのよ」
オパビーとよばれた少年(地獄オパビニア)を、ひとりの少女、阿野麻呂かりす(地獄アノマロカリス)が耳を引っ張って連れて行った。
「何だかんだね中が良いのね、あの二匹。うらやましいな」 こいしが羨望の目で見ていた。
「もともと被捕食者と捕食者だったけどね、地底では関係ないみたい」とさとり。
そんな古代生物のカップルを、騒ぎを聞きつけてやって来たペットの一匹が冷やかした。
「熱いねえ、ペット同士の恋愛は別に禁じられてないしねえ」
「こら春樹、買い物は済んだの。それにズボンは履く物でシャツは着る物。何度言ったら分かるの。」
春樹(地獄ハルキゲニア)の姿には誰もがぎょっとする。
なぜなら、彼はいつもズボンの両足に自分の両腕を通し、開いたチャックから頭を出し、シャツをズボンのように履いているからである。おかげでどっちが上下なのか分かりにくい。
「お前はいいよなあ、見守ってくれる人がいて。どうせ俺達なんか……」
「叱ってくれる内が華だよね~」
最近地霊殿に迷い込み、以来食客となっている二人の人間(地獄兄弟)も、不器用ながらも彼らなりの言葉で空を励ましているようだった。
数匹のペット達は、空と燐を中心に廊下で世間話を始める。
「……あの黒白の魔法使いさぁ、とうとう図書館や人形師から出入り禁止食らって、身投げしたとかしないとか……」
「うそぉ、あの魔法使い、そんなに繊細だっけか?」
「ねえ兄貴、どうしてこんな場所に居ついてるんだい?」
「ここの連中も、俺たちと同じ闇を抱えているからさ」
「この前、仲間の化石を見つけてね。じつは人間の学者の復元図は全然違うんだ……」
こいしはすでに気配が無く、またどこかにふらりと出掛けてしまったらしい。
そんなペット達を尻目にさとりは自室に入り、後ろ手でドアを閉め、ベッドに倒れ込む。
起きたらいろいろとやる事があるはずだ。もっとも、実務の多くはペット達がしてくれるし、荒事が起きても二人の人間に任せれば何とかなるだろう。
さとりの不安に反して、地獄旧都は1週間ぐらいでなんやかんやで復興した。
文字通り鬼のように強い鬼達が建物をそれこそ鬼のような速さで作り上げ、地霊殿も空の核エネルギーを動力源として、皆に風呂や食事を提供した。
空が指揮する地獄鴉の精鋭部隊、第一お空挺団も復興に尽力し、ギャグ漫画の世界のごとく、死んだ筈の者も一コマ後には復活していた。
何もかもがアバウトな世界である。が、さとりは満更でもなかった。
復興記念パーティの席で、呼んでいない影があった。
以前弾幕勝負を挑んできた霧雨魔理沙が、ちゃっかり酒や食事を堪能している。
しかも、帽子に何やらこまごました物を隠しているようだ。
さとりは魔理沙のそばまで歩いて行く、魔理沙はペット達と打ち解けていて、特にオパビーは彼女を気に入ったように見える。そんな彼を柱の陰からかりすが悔しそうに見つめ、そのかりすをパルスィが嫉妬深げに眺めていた。好きな男性が自分に振り向いてくれずにやきもきする事すら妬ましいのだろうか。それはそうと、館の主として一言魔理沙に言ってやろうとさとりは近づいていった。
「魔理沙さん、勝手に家の物を持っていかないで下さい」
「おおさとりか、復興おめでとう。こういう場には記念品かなんか出るだろうから、
それを見越して先に受け取っておくぜ」
悪びれない魔理沙にさとりは呆れたが、どこか憎めない魔法使いだ、さとりは苦笑して、ほどほどにね、と言ってその場を離れた。
鬼などの有力妖怪たちに挨拶して回っているうちに、こいしの姿を認める事が出来た。彼女はなぜか頭に一匹の蛸を乗せてはしゃいでいる。
地上に遊びに来た時に拾って来たらしい。
そこら辺にいたペットのミツバ(地獄三葉虫)に尋ねてみる。
心を読めば簡単だが、できるだけ普通の人のように話したい。
「ミツバ、あのこいしの上の蛸はいったい?」
「さとり様、最近地底に来たパウル君(蛸→地獄蛸にクラスチェンジ)ッすね。何でも、勝敗を予言する能力があって、それゆえに負けると予言された側から恨まれたそうです。そのうち妖怪化するでしょうね」
さとりは思う、この地底は地上から忌み嫌われた者、地上を忌み嫌う者、淘汰に敗れた者、光を求め、叶わなかった者、幻想郷にすら居られない者たちが集うの最後の安住の地。自分とこいしも例外ではない、人の心を覗けてしまう能力のせいで、人々に迫害され、ほとんど地獄と変わりない地上から落ち延びた身である。
太陽のない世界では、他者との絆こそが唯一の心を照らす光。いや、それは地上も同じ事か? いずれにしても、みんなが自分と妹にとっての太陽の光。自分はみんなの光になる事が出来ているだろうか。
そう物思いにふけっていて、魔理沙が目の前で手を伸ばしているのに気づくのが遅れてしまう。
「ちょっと借りるぜ」
不意に違和感がして自分の胸を見ると、第三の目が外されて目の前にいた魔理沙の手に渡っていた。目を奪われた悔しさや怒りよりも、そもそもどうやって外したのか疑問に思えてならない。心を読んでも不可解だった。
「一体どうやって? すぐに帰しなさい、人の器官まで平気で持ってくな」
「アリスもパチュリーも何考えてるんだかさっぱり分からん、これで調べさせてくれ。それにしても第三の目とは言え、盗られたのに何も感じないなんて鈍いなお前、ははっ」
言うが早いが、館の入口へ駆けだしていく。
得意げに走り去ろうとする彼女の行く手を、ペット達がふさいだ。
「お前ら邪魔だぜ、どかないとふっ飛ばす」
「魔理沙、今日という今日は許さないよ」
「さとり様の目を返せ」
「あなた自分の眼球を取られて納得できる」
「そうだそうだ」
「お仕置きが必要ね」
「お前も上下逆にして晒してやる」
「お前、今あの人を笑ったな、俺も笑ってもらおうか」
「何なんだ一体、今宵の私は気が立ってるんだ、邪魔するなら容赦しないぜ」魔理沙も一歩も引かない。
大きな音がして、喧嘩が始まった。
パーティ会場は騒然となったが、皆やがて余興のイベントのごとく観戦している。鬼がいかにも加勢したそうに見つめている。
(少し酔いが回ったせいかしら、体がほのかに熱いですね、夜風に当たって来るとしましょう)
さとりは轟音が響く会場を後にして、バルコニーへ避難した。
別に止めなければとは思わない。
これくらいのトラブルは幻想郷では日常茶飯事だから。
しばらくたって轟音が止み、窓を振り返ると、魔理沙が床に正座させられペット達から説教されていた。これで収まるだろう。
さとりは復興した地獄旧都の夜景を一望した。
何が起ころうとも、地底はこれからも、疎外された者たちの最後の楽園であり続けるだろう。
後日、魔理沙がなぜか自分を負かした兄弟に懐き、地霊殿の食客としてしばらく住み着く事になる。
彼女も地上にいられない身となったのか? そのうち地獄魔法使いとしてペットに加えようかとさとりは思う。
「アリスとパチュリーが最近冷たくてムシャクシャしてやった、今では反省している」
「お前も俺たちと一緒に地獄に落ちるか?」
「もう落ちてるけどね兄貴」
「俺の妹になれ」
「ああ……に、兄さん」
灼熱地獄もそのひとつで、その跡地の秩序を地霊殿が担う事になった。
外見上は変わった服を着た女の子に見える主、古明地さとりはその肩に重責を負っている、はずなのだがあまり悲壮感はない。
なんやかんやで皆楽しく暮らしていたりする。
そんな地霊殿のある一風景。
~ゴロゴロゴロ~
地霊殿の廊下を、車輪が転がる音が響く。
さとりの部屋に近づくにつれ、その音は大きくなり、通り過ぎるとまた小さくなっていく。続いて猫の鳴き声がまた接近して遠ざかっていった。
何事かとさとりが自室のドアを開けると、火車にのった空を燐が必死で追いかけていた。
さとりは頭を抱えた。普段の仕事はしっかりやってくれると言うのに。
火車が廊下の端で方向転換し、またこっちにやって来る。
「あはは、キャッチ ミー フー キャン」
「待ってよ~空」
「貴方たち。やめなさい、騒がしい」
「だってお空が私の火車を返してくれないんですよ」
「こらこら、お空、また転んで怪我しますよ」
「あははは、さとり様、外で遊んできまーす」
火車のお空は館の外へ出て行った。
お燐も人間を超えたスピードで追いかける。
さとりはため息をつき、他のペットに酒を持ってこさせることにした。
今日は仕事する気になれない。
遠く、地獄旧都の方向で強い閃光が生じ、地底の暗い空が明るくなった。
さとりは思わず服の袖で目を隠す。
続いて衝撃波が地霊殿を揺るがした。
衝撃が収まった後、バルコニーから見えるは見事なキノコ雲。
さとりは再びため息をついた。恐らくコーナリングに失敗するなどして盛大に転んだのだろう。
―亜米利加の映画は、ちょくちょく核爆弾が強力なボム程度の認識で使われていてけしからん―そう言った者がいたが……。
「日本人もたいがいですね」
さとりは三度嘆息した。
「さとり様、ウイスキーをお持ちしました。いつものコーク割でよろしいですね」
ペットの一人、眼鏡浦よし子(地獄蜻蛉)が酒瓶とグラスを盆に載せて現れた。
彼女はお燐やお空より大柄の古代蜻蛉だったが、彼女ら脇役ペット達は今回のストーリーにはあまり絡んでこない。
一服していると、不意に新たな気配が生じた。
不意ではあるが、なじみの気配。
妹のこいしが満面の笑顔で、服がボロボロになった猫と鴉妖怪を地面に投げ出した。
「やっほ~お姉ちゃん、久しぶり、元気してた? これお土産」
「核爆発で旧都壊滅、これで元気でいられる責任者がいますか」
「この子たち、みんなに恨まれないように適度にボコっておいたから。あくまでボコるふりだけどね」
といっても空と燐の頭にはたんこぶが出来て、二匹は頭をさすっていた。
「お燐が無理やり追って来るからけないのよ」 空は悪びれていない。
「悪いのはお空です。火車はそういう用途に作られたものではありません」
「じゃあ、どういう用途の車なら乗ってもいいんですか」
「地上へ出て、大八車にでも乗っていなさい。まったく自身の力を自覚しなければダメですよ」
「そうだよ、お空も、核融合の力を持ってるんだから、自重しなきゃ」
「うう……ごめんなさい」
掃除をしていたペットの文福かま子(地獄狸)が言った。
「うにゅほ、元気出して。あんたの核は無放射能という設定だから、被害は大したことないはずよ」
「放射能無しでも核は危険です、きっと地獄旧都の皆は怒っていますよ」
「どうしよう」
「地霊殿が復興の手伝いをします、貴方も協力するのですよ」
肩を落とす空を、他のペットが慰める。
「僕の眼球には心を読む能力はないけれど、もし旧都の人が怒って押し掛けてきても、みんなで君を守るから心配しないで」
「ありがとね、オパビー」
「ちょっとアンタ、なに空に色目使ってるのよ」
オパビーとよばれた少年(地獄オパビニア)を、ひとりの少女、阿野麻呂かりす(地獄アノマロカリス)が耳を引っ張って連れて行った。
「何だかんだね中が良いのね、あの二匹。うらやましいな」 こいしが羨望の目で見ていた。
「もともと被捕食者と捕食者だったけどね、地底では関係ないみたい」とさとり。
そんな古代生物のカップルを、騒ぎを聞きつけてやって来たペットの一匹が冷やかした。
「熱いねえ、ペット同士の恋愛は別に禁じられてないしねえ」
「こら春樹、買い物は済んだの。それにズボンは履く物でシャツは着る物。何度言ったら分かるの。」
春樹(地獄ハルキゲニア)の姿には誰もがぎょっとする。
なぜなら、彼はいつもズボンの両足に自分の両腕を通し、開いたチャックから頭を出し、シャツをズボンのように履いているからである。おかげでどっちが上下なのか分かりにくい。
「お前はいいよなあ、見守ってくれる人がいて。どうせ俺達なんか……」
「叱ってくれる内が華だよね~」
最近地霊殿に迷い込み、以来食客となっている二人の人間(地獄兄弟)も、不器用ながらも彼らなりの言葉で空を励ましているようだった。
数匹のペット達は、空と燐を中心に廊下で世間話を始める。
「……あの黒白の魔法使いさぁ、とうとう図書館や人形師から出入り禁止食らって、身投げしたとかしないとか……」
「うそぉ、あの魔法使い、そんなに繊細だっけか?」
「ねえ兄貴、どうしてこんな場所に居ついてるんだい?」
「ここの連中も、俺たちと同じ闇を抱えているからさ」
「この前、仲間の化石を見つけてね。じつは人間の学者の復元図は全然違うんだ……」
こいしはすでに気配が無く、またどこかにふらりと出掛けてしまったらしい。
そんなペット達を尻目にさとりは自室に入り、後ろ手でドアを閉め、ベッドに倒れ込む。
起きたらいろいろとやる事があるはずだ。もっとも、実務の多くはペット達がしてくれるし、荒事が起きても二人の人間に任せれば何とかなるだろう。
さとりの不安に反して、地獄旧都は1週間ぐらいでなんやかんやで復興した。
文字通り鬼のように強い鬼達が建物をそれこそ鬼のような速さで作り上げ、地霊殿も空の核エネルギーを動力源として、皆に風呂や食事を提供した。
空が指揮する地獄鴉の精鋭部隊、第一お空挺団も復興に尽力し、ギャグ漫画の世界のごとく、死んだ筈の者も一コマ後には復活していた。
何もかもがアバウトな世界である。が、さとりは満更でもなかった。
復興記念パーティの席で、呼んでいない影があった。
以前弾幕勝負を挑んできた霧雨魔理沙が、ちゃっかり酒や食事を堪能している。
しかも、帽子に何やらこまごました物を隠しているようだ。
さとりは魔理沙のそばまで歩いて行く、魔理沙はペット達と打ち解けていて、特にオパビーは彼女を気に入ったように見える。そんな彼を柱の陰からかりすが悔しそうに見つめ、そのかりすをパルスィが嫉妬深げに眺めていた。好きな男性が自分に振り向いてくれずにやきもきする事すら妬ましいのだろうか。それはそうと、館の主として一言魔理沙に言ってやろうとさとりは近づいていった。
「魔理沙さん、勝手に家の物を持っていかないで下さい」
「おおさとりか、復興おめでとう。こういう場には記念品かなんか出るだろうから、
それを見越して先に受け取っておくぜ」
悪びれない魔理沙にさとりは呆れたが、どこか憎めない魔法使いだ、さとりは苦笑して、ほどほどにね、と言ってその場を離れた。
鬼などの有力妖怪たちに挨拶して回っているうちに、こいしの姿を認める事が出来た。彼女はなぜか頭に一匹の蛸を乗せてはしゃいでいる。
地上に遊びに来た時に拾って来たらしい。
そこら辺にいたペットのミツバ(地獄三葉虫)に尋ねてみる。
心を読めば簡単だが、できるだけ普通の人のように話したい。
「ミツバ、あのこいしの上の蛸はいったい?」
「さとり様、最近地底に来たパウル君(蛸→地獄蛸にクラスチェンジ)ッすね。何でも、勝敗を予言する能力があって、それゆえに負けると予言された側から恨まれたそうです。そのうち妖怪化するでしょうね」
さとりは思う、この地底は地上から忌み嫌われた者、地上を忌み嫌う者、淘汰に敗れた者、光を求め、叶わなかった者、幻想郷にすら居られない者たちが集うの最後の安住の地。自分とこいしも例外ではない、人の心を覗けてしまう能力のせいで、人々に迫害され、ほとんど地獄と変わりない地上から落ち延びた身である。
太陽のない世界では、他者との絆こそが唯一の心を照らす光。いや、それは地上も同じ事か? いずれにしても、みんなが自分と妹にとっての太陽の光。自分はみんなの光になる事が出来ているだろうか。
そう物思いにふけっていて、魔理沙が目の前で手を伸ばしているのに気づくのが遅れてしまう。
「ちょっと借りるぜ」
不意に違和感がして自分の胸を見ると、第三の目が外されて目の前にいた魔理沙の手に渡っていた。目を奪われた悔しさや怒りよりも、そもそもどうやって外したのか疑問に思えてならない。心を読んでも不可解だった。
「一体どうやって? すぐに帰しなさい、人の器官まで平気で持ってくな」
「アリスもパチュリーも何考えてるんだかさっぱり分からん、これで調べさせてくれ。それにしても第三の目とは言え、盗られたのに何も感じないなんて鈍いなお前、ははっ」
言うが早いが、館の入口へ駆けだしていく。
得意げに走り去ろうとする彼女の行く手を、ペット達がふさいだ。
「お前ら邪魔だぜ、どかないとふっ飛ばす」
「魔理沙、今日という今日は許さないよ」
「さとり様の目を返せ」
「あなた自分の眼球を取られて納得できる」
「そうだそうだ」
「お仕置きが必要ね」
「お前も上下逆にして晒してやる」
「お前、今あの人を笑ったな、俺も笑ってもらおうか」
「何なんだ一体、今宵の私は気が立ってるんだ、邪魔するなら容赦しないぜ」魔理沙も一歩も引かない。
大きな音がして、喧嘩が始まった。
パーティ会場は騒然となったが、皆やがて余興のイベントのごとく観戦している。鬼がいかにも加勢したそうに見つめている。
(少し酔いが回ったせいかしら、体がほのかに熱いですね、夜風に当たって来るとしましょう)
さとりは轟音が響く会場を後にして、バルコニーへ避難した。
別に止めなければとは思わない。
これくらいのトラブルは幻想郷では日常茶飯事だから。
しばらくたって轟音が止み、窓を振り返ると、魔理沙が床に正座させられペット達から説教されていた。これで収まるだろう。
さとりは復興した地獄旧都の夜景を一望した。
何が起ころうとも、地底はこれからも、疎外された者たちの最後の楽園であり続けるだろう。
後日、魔理沙がなぜか自分を負かした兄弟に懐き、地霊殿の食客としてしばらく住み着く事になる。
彼女も地上にいられない身となったのか? そのうち地獄魔法使いとしてペットに加えようかとさとりは思う。
「アリスとパチュリーが最近冷たくてムシャクシャしてやった、今では反省している」
「お前も俺たちと一緒に地獄に落ちるか?」
「もう落ちてるけどね兄貴」
「俺の妹になれ」
「ああ……に、兄さん」
お燐の持ってるあれは猫車です。
俺は嫌いじゃないぜ。挫けないで。