Coolier - 新生・東方創想話

『七夕』―tanabota―

2011/07/12 11:41:14
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 その日は旧暦の七月七日。
「パンダでも呼ぶの?」
 命蓮寺の門脇に設置された、背の高い笹を見上げるぬえが白蓮に問い掛ける。
「違いますよ。七夕です」
「七夕……あー。なるほど、大陸の節句か」
 昨晩から飾られていた笹の葉は、人里の子どもから大人まで沢山の人によって取り付けられた短冊で彩られている。
「ぬえは博識ですね」
「勿論。それで、今晩は川にこれを流すの?」
「そうするつもりですよ。まだ朝も早いですから、ぬえも願い事をしてみてはどうですか?」
「そうだねー。織姫と彦星が箒星になるようだったら、願い事も叶いそうだけど」
 笹の下には、腰丈程度の台に乗せられた色とりどりの短冊に、墨が溶かされた硯と筆が供えられてあった。子どもたちががやがやと遊んだ後だろうか、そこそこに汚れが目立つ。
「願うだけでは叶わないと分かってるなら、好きなことを願ってもいいのですよ?」
「うわぁ、聖にけしかけられちゃったな。意地の悪いこと言うね」
「ぬえは悪戯っ子ですからね」
 筆を墨に浸して、ぬえは笹を見上げた。
 大きくなったら白蓮様のようになりたい、という女の子の字がある。
 白蓮様を守る勇者になりたい、という男の子の字がある。
 白蓮様のようにいつまでも美しく居たい、という女性の字がある。
 もしも白蓮様のような嫁が貰えれば……、という男性の字がある。
 これからの世も聖方には大事に守っていただきたい、という古い書体の字がある。
 ひじりすき、という読み書きがなおざりにされつつも頑張って伝えようとした字がある。
「ねえ聖?」
「気のせいですよ」
「正面に来てる願い事のほとんどが聖の」
「そんなわけないじゃないですか」
「もしかして叶えられる願いは本気で叶えようとかしてないよね」
「神のみぞ知るというところですよ」
「現人神となりつつある僧侶がこんなに欲にまみれてていいのかな」
「無邪気な願いじゃないですか」
「思わぬ道化だよ……」
 笹に手を伸ばして短冊を分けて見れば、一層に金欲や支配欲にまみれた願いもちらほらと見える。
 なんというか情報操作だなぁ、とぬえは呟くが、白蓮が湛える微笑みは崩れそうにない。
「どんな願いでもいいんです。人が願う――その力強さにこそ、意義があるんですよ」
「取り込んでるなぁ……そういえば神事に関しては、外の世界じゃ形骸化してるみたいだけど、祭りとしてはまだ現役みたいなんだよね」
「そうなんですか?」
「外から来た神様も、どうやら祭りに乗じて信仰を集めようとしてたみたいだけど、この分だとわざわざ妖怪の山まで登った人間はそれほど居ないだろうね」
「どうでしょうねー」
「よくやるよ聖も。相変わらず真っ白じゃないね」
「天人は目指していませんからね」
「魔法使いっていうのはどれもこうなのかなー」
 根本が善意には違いないだろうけど。黒という色が服を着て歩いてるように比喩される少女は、自分自身よりどれほど正体不明であろうかという僧侶の腹の色を思いながら、自分の願いを考える。
 ピン、と思い立ったようにしてさらさらと書き流した。


『今夜、空が晴れますように』


 どうかな? と白蓮に短冊を見せた。
「まあ……雨が降れ、じゃなくてもいいのですか?」
「不幸を願うばかりがぬえじゃないよ、全く。――まあ遠回しにそうなんだけどね」
「どういうことです?」
 こくりと首を傾げる白蓮に対して、ぬえは紙縒りで短冊を飾りながら答えた。
「七夕の願いが叶うのは、云わば棚牡丹なんだよね。空に天の川が流れていると、織姫と彦星は結局天の川に遮られちゃって、互いを抱きしめ合うことは出来ないのさ。
 だから二人は強く願うんだ。叶わないと知っていながらも、どうか川の向こうのあの人と抱き合い重なり合いたいってね。
 ……勿論、天の川が流れていても二人は惹き合う。それは二人の願いを聞き入れた神様がそれを叶えてあげているからなんだ。ただし。天上で行われる神様位の願いを叶えるんだから、短冊に乗せて送られた人間たちの小さな願いを叶えてあげる余裕なんてなくなるんだよ。
 けれどもしも雨が降ってしまったら、二人は強く願わずとも、雲の絨毯の上を歩いてぎゅっと抱き合うことが出来る。そして二人の出会いに全力を傾けなくてもよくなった神様は、二人が流す催涙雨に乗せて、願いを叶えることが出来る力を地上に流して降り注がせるのさ。
 だから空が晴れた日に、短冊の願いは叶わないんだよ――これでよし、っと」
 飾り付けを終えたぬえが、白蓮の顔を見る。
「なるほど、納得しました。ぬえは博識ですね」
「勿論。っと、そうそう。すっかり笹に気を取られて忘れてた。村紗がね、朝御飯の準備が整ったけど、聖が居ないから探してきてって私に頼んだんだよ」
「あら、そうだったのですか。それでは先に戻っていてください。私もすぐに向かいます」
「食べてていい?」
「構いませんよ」
「やった。さー、お腹すいたぞー」
 ぬえは光の玉となって、命蓮寺の門の中へと消えていく。
 笹を見上げる白蓮は、ふむと一つ相槌を打って、短冊の乗った台を持って倉庫の方へと歩いていった。


 昼過ぎ。ぬえがもう一度笹を見に行くと、自分が飾った短冊を覆い隠すように、周りの短冊より少しだけ大きな短冊が飾られているのに気づいた。
 そこにはとても見覚えのある字で、仰々しく願いが紡がれていた。


『今夜は雨になりますように』


  
少し乗り遅れてしまいました七夕ネタです。
作中では旧暦の七夕としているので、むしろフライングしたくらいの気持ちで行きます。
ぬえが結構、書いていて楽しいキャラクターでしたね。
口先八丁がさらさらと書けました。(ぬえの長文台詞に対する資料についての問い合わせは受け付けません)
お読みくださいましてありがとうございました。楽しんでいただけたなら幸いです。それではまた。
kosoado
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コメント



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4.90奇声を発する程度の能力削除
命蓮寺のある日のワンシーンな感じで良かったです
8.100名前が無い程度の能力削除
聖と同格のぬえってのも良いですね。だいたい母と子どもで書かれる二人ですが。
当たり前のように悪意を揮うぬえちゃんが自分の中のぬえちゃんと同じでしっくりきました。
ぬえぬえは勿論だけど、ちょっとひねくれてる聖さんも素敵。
10.100名前が無い程度の能力削除
洒落たやり取りと魅力的なふたり いいですなぁ
15.100名前が無い程度の能力削除
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