守矢神社へと取材に来た射命丸に、東風谷早苗は、幻想郷にやって来て以来の疑問をぶちまけた。
「なんでそんな歩きづらそうな靴を履いているんです?」
訊かれた射命丸は目を丸くし、黙り込んだ。
自分はひょっとして、答えづらいことを尋ねてしまったのだろうかと、早苗は考える。
つまりこういうことだ。早苗と射命丸の身長差は、射命丸の方が僅かに高い程度。しかし、射命丸の身長は、高下駄でもって大きくドーピングされている。だから、下駄を脱げば早苗の方が上背なのだ。というか、射命丸が小さいのである。それを彼女が気にしているならば、言いづらいだろう。
早苗は決心した。もしそうだったならば、シークレットブーツやハイヒールの存在を教えてあげようと。高下駄などという、おおよそオシャレからかけ離れた物から解放させてあげようと。
年頃の女の子がオシャレしないだなんて! というのが早苗の信条である。小さな親切ナントヤラという言葉は、早苗の辞書に無い。
早苗の余計な決意を知ってか知らずか、射命丸はただ苦笑するばかりであった。
「あぁ、ああ。貴女はこちらに来てからまだ日が浅いのでしたね。ふぅむ……」
そう言って、彼女は言葉を濁すのであった。
しばらく何ぞぶつぶつとつぶやいていた彼女だったが、やがて何かを思いついた表情となり、早苗に言った。
「ふむ、まぁ、誰かに訊いてみればいいのでは? たぶん誰でも知っています」
「? 教えてくれないんですか?」
「ええまぁ。上手いこと貴女が悪戦苦闘してくれれば、その様子を記事に出来ますから。なんだか面白そうじゃないですか、新聞記事的に」
目の前に居る天狗は、本当に新聞記者なのだろうかと、早苗は疑う。
幻想郷に来てからというもの、早苗は新聞らしい新聞を読んでいない。本当に、外の常識が通じない場所である。
「ではでは、私は遠くから秘密取材をしておりますので、どうか気になさらず」
そう言い残すと、早苗の意志を問うことなく、射命丸は姿を消した。
なるほどこれが幻想郷最速の天狗かと、早苗はどうでもいいところで相手の実力を知る。
公言しておいて秘密取材もあるものかと、ちらと考えるのだが、しかし早苗が見回しても、射命丸は気配すら感じさせない。
確かに、ここまですれば、取材の目を意識しないで済む。――この状況を保つのに必要な射命丸の労力を考えると、阿呆だと言いたくなるのであるが。
「さて」
早苗は考える。誰の所に訊きに行くべきか?
といっても、選択肢はそう多くない。自分の所の二柱は自分と同じ外来人(神)であるので不適である。人里には、気軽に訪ねられる仲の人物が居ないし、妖怪の山の住人に訊くのは射命丸的に面白くなさそうだ。――そういう思考に至るあたり、ノリのいい人間だった。
そうやって潰していくと、残った場所は一つしかなかった。博麗神社である。
結局そこに帰着するのである。早苗は自分の行動範囲の狭さに嘆息した。しょうがないのである。まずもって機会がない。
守矢神社が立つこの山は閉鎖的で、面子は天狗や河童ばかり、しかも全員が全員顔見知りという超田舎的社会である。そんな場所のど真ん中で暮らしているものだから、早苗もついつい出不精になりがちだ。二柱に至っては、ろくすっぽ外に出やしない。人里にドカンと移住すれば良かったものを――。
そこまでで早苗は考えるのをやめた。誰かがニヤニヤしながらメモを取っている気がしたからだ。
ボソボソ不満をこぼしながら、境内に突き立った御柱の周りをぐるぐると回る――どちらかというと、記事にされて幸せな行いではない。
取材の目を気にしないで済むというのもなかなかに考えもののようだ。先ほどの愚痴がまさか聞かれていやしまいかと思うと、早苗は肝が冷えるのを感じた。
こんな監視は、さっさと終わらせてしまうに限る。早苗は身体を宙に舞い上がらせ、博麗神社へと飛び立った。
「――望ましくない千客万来よねぇ……」
玄関を開いた途端にこの一言である。
確かに急な訪問ではあったが、おおよそ客に向けたものではない態度。博麗霊夢その人である。
早苗の方は既に慣れっこである。霊夢の素っ気ない応対程度でへこたれてしまうな人間は、生馬の目を抜き亡霊が歩き回る幻想郷で生きていけないのだ。
だいたい、早苗も霊夢も平然と空を飛んだりする規格外な人間である。今更小さな態度の一つや二つでギャーギャー言うほど、常識にしがみついていない。
「誰か先客でも?」
「魔理沙と紫。ツートップで面倒くさいわ」
「はぁ」
分かるような分からないような。早苗は間の抜けた声を返すばかりだった。
「おおい霊夢、煎餅が切れたぜー?」
「はいはいちょっと待……ちょっと待った私ソレ全然食べてなかったのに!?」
奥から届いてくる声は、なるほど確かに魔理沙のもののようだった。
霊夢は早苗の方をちらと振り返ると、言う。
「まあ、せっかく来たんだから追い返しゃしないわよ。とりあえず上がりなさいな、頭数多いから狭いけど」
なんだかんだと文句を言いながらも結局甲斐甲斐しく世話をするのが霊夢である。早苗の見立てでは、冷たく見えるのは優しさの裏返しであり、つまり霊夢はツンデレなのであった。
現に、ぶーたれながらも自分を上げてくれたし――早苗は頭の中でそう結んだ。
霊夢に連れられ、早苗は居間に入る。
「おー、早苗じゃないか珍しい」
「三日前に宴会でお会いしたばかりですが」
「そうだったか?」
本気で言っているのか言っていないのか分からないが、たぶん彼女なりのジョークなのだろう。
霧雨魔理沙が寝転んでいる。ここは魔理沙の家だったかと錯覚しそうなほどにくつろいでいた。
「あら、こんにちは。まぁそこら辺で座ってなさいな。霊夢がお茶と煎餅を持ってきてくれるわ」
「あんたが言うんじゃないわよ――まぁ、行くけど。あぁ、早苗はそこら辺に座ってて」
何を考えているのか全く読み取れない笑みで、紫が迎えた。ちゃぶ台の上に置いてあるミカンを剥いているところだった。こちらも、ここは紫の家だったかと錯覚しそうなほどにくつろいでいる。
早苗は紫があまり得意ではない。――神奈子がいろいろやらかしてくれたおかげで何となく顔を合わせづらい。
幻想郷縁起では、幻想郷の管理人で、ものすごく強い妖怪だそうだ。つまり超目上である。
早苗はとりあえず紫の向かい側に座ると、どことなく恐縮した。
空気が堅い。といっても、たぶん早苗が一方的に感じているだけなのだろうが。
霊夢に早く帰ってきてほしいところだった。魔理沙はこういう空気の中和剤になり得ない――何か寝息のようなものが聞こえるあたり、ますます頼れない。
「そんなに構えないの」
「あう」
「心配しなくても、みんなに好かれる八雲紫を目指してますから、取って食べたりはしませんわ」
どこまで本気なのか計りかねる。全部本気だったら本気だったで、どうなのだろう。
しかし、構えるなといわれても、やはり構えてしまうのだった。
こういう、オトナのお姉さんといった雰囲気のある人(あくまで早苗基準)が、早苗は苦手なのであった。
「みんなに好かれる? はは、そりゃあ無理だ」
そう言って魔理沙はむくりと起き上がった。
畳のささくれが服にくっついている。
「あら、貴女が盗みをやめるよりも簡単だと思うのだけれど?」
「私が盗みをやめるぅ? そりゃぁ無理だ。盗んでないからな。ありゃ借りて行ってるだけだ」
屁理屈の押収である。早苗は、霊夢が早く戻ってくるのを切に願った。
早苗には、二人の間に火花が散っているように見えた。恐ろしい空気である。
霊夢の対応でへこたれるようでは、生き馬の目を抜く幻想郷で生きていけない。しかし、この空気にはさすがにへこたれていいように、早苗には思えた。
しばらく無言のまま、しかし笑顔で見つめ合っていた二人だったが、霊夢がその空気を壊した。
「ほら、お茶入れて来たわよ」
「ありがとうございます霊夢さん」
早苗は二重の意味で感謝した。
あまりに大げさだったので霊夢には怪訝な顔をされたが、気にしない。
「どっこいせ」
「ふう、ようやく煎餅様の到着か」
霊夢と魔理沙がちゃぶ台につき、四つの湯飲みと一人一枚の煎餅が並んだ。四人が顔を付き合わせると、非情に狭苦しい。
というか、魔理沙の被っている帽子がものすごく面積を取っているのである。魔理沙以外の三人の表情に、同じ色が浮かんだ。――取れよ。
「さてと、それで、一体どうしたのよ。まさかあんたまでゴロゴロしに来た訳じゃないでしょうね」
言われて早苗は用事を思い出した。すっかり忘れていたのである。
視線を気にしなくて済む密着取材というのも、なかなかの考え物である。
「ええと、あの、射命丸さんなんですけど」
「え? ああ、境内に誰か居るなぁと思ったら、射命丸だったの」
「分かるんですか?」
「境内に結界を張ってあるのよ。まぁ来客用ね。――そもそも結界を通ってこない奴とか、結界を通ってから入ってくるまでが異様に短い奴とかのおかげで、あんまり効果は無いけれど」
そう言って霊夢は紫と魔理沙を見た。二人とも素早く目をそらす。
都合が悪くなったら聞こえないフリである。
「で、射命丸がどうかしたの? つきまとわれて困るとかだったら対応しかねるわよ、すぐ逃げられるし」
「違いますよ――、射命丸さんはどうしてあんな歩きづらそうな靴を履いているんです?」
「はぁ?」
素っ頓狂な声を上げる霊夢。
自分はそんなに妙なことを訊いているのだろうかと、早苗は自分に自信がなくなってきた。
「なんだ早苗、そんなことも知らなかったのか? というか、本人に訊けばいいじゃないか」
「教えてもらえなかったんですよ、みんなに訊いて回れって言われました」
「そりゃお疲れ様だな、あれはなムグッ」
魔理沙の言葉は、横から急に伸びてきた紫の手によって遮られた。
何をするといわんばかりに魔理沙は暴れるが、無視して紫は喋る。
「少しは人の考えてることを汲みなさいな、貴女は。――ねぇ早苗さん、このミカンの皮なんだけれど」
紫は魔理沙をたしなめると、もう片方の手で、むき終わったミカンの皮をつまんだ。
紫だけは、茶請けが煎餅でなくミカンだった。もうあるんだから我慢しろ、ということらしい。
「何のためにあるか分かるかしら?」
「紫」
「え? ……えぇと、中身を守るためですか?」
「そうね……大正解」
「ねぇ紫」
霊夢が紫の袖を引っ張る。
「何よ霊夢、どうかしたの?」
「魔理沙」
見れば、魔理沙は、自身の口を塞ぐ紫の手を、ばしんばしんと叩いていた。
顔が青い。――紫になった。ゆかりではなく、むらさきである。
つまりは酸素不足。
「ああ、危ない危ない、あやうく殺人犯ですわ」
「一人までなら大量殺人犯じゃないから大丈夫よ」
「殺す前提で話を進めてるのは何でなんだぜ?」
じっとりとした視線を二人に向ける魔理沙。向けられた二人は明後日の方向を見るばかりだ。
そんなことよりも射命丸の靴だと、早苗は話を元に戻す。
「そ、それより、どうしてあの人はあんな靴を履いているんですか」
焦れた早苗は霊夢に尋ねた。この中では一番真面目に答えてくれそうな面子である。
しかしその霊夢も、文の意図を汲んだのか、自分で答えるつもりはないようだ。
「んー……まぁ、自力で答えにたどり着くのは無理な話よね、魔理沙、ちょっと文を捕まえてきて」
「無茶言うな霊夢、アレは私でも流石に無理だ。――もっと適任がいるだろ?」
「あややや、その通りですよ。まんまと捕まってしまいました」
皆が一斉、声のした方を見た。
射命丸文が居た。
「――あんたいつの間に?」
「この人のせいですよたぶん。もう、せっかくの密着取材が台無しじゃないですか」
そう言って文が指さしたのは紫だった。当の本人は口元を隠してくすくすと笑っている。
なるほど、隙間とかいう能力を使ったらしい。早苗は自分の記憶をたぐる。それならばどれだけ速くとも意味は無いだろう。
「だって、ねぇ? どこかで答えをあげないと可哀想じゃない? そう思わない?」
「まあ、それはそうですがー……ま、こうなった以上仕方ありません、お教えいたしましょう」
そう言って文は高下駄に手をかけた。どうも脱ぐつもりらしい。
やれやれようやくかと、早苗は心の中でため息をつく。割と時間を食ってしまった。
本来ならば、まだ境内の掃除と里での買い物が残っているのだが、どうも掃除は中止しなくてはならないようだ。――まぁ、何となく覚悟してはいたが。
それより二柱が心配していないだろうか。以前帰りが遅くなったときは、危うく妖怪の山を丸焦げにするところだったのだが――愛が深いのだろう、ありがたいことだと、早苗は無理矢理結論づけた。
二柱より、今は高下駄である。
「ではでは、オープンザプライス、ですよ」
「その表現はおかしくないか?」
「外の世界ではこう言うらしいです」
「くっ……」
噴き出しそうになるのをどうにかこらえ、早苗は射命丸の高下駄に注目する。――どうでもいいが、畳の上に土足で上がり込んでいることを指摘するべきなのだろうか。どちらがより幻想郷的に正しいのだろうと、早苗は僅かに考え、結局指摘しないことにした。どうせ今から脱ぐのだ。
「ジャカジャンッ!」
そう言うと、文は靴を脱ぎ捨てた。
早苗は目を疑った。
なるほど高下駄のビロリと伸びた部分は、射命丸の足裏にある、ビロリと伸びた突起を包むためにあったらしい。
それで紫はミカンの話をしたのか――ああ。
「幻想郷では常識にとらわれてはいけないのですねッ!!」
「なんでそんな歩きづらそうな靴を履いているんです?」
訊かれた射命丸は目を丸くし、黙り込んだ。
自分はひょっとして、答えづらいことを尋ねてしまったのだろうかと、早苗は考える。
つまりこういうことだ。早苗と射命丸の身長差は、射命丸の方が僅かに高い程度。しかし、射命丸の身長は、高下駄でもって大きくドーピングされている。だから、下駄を脱げば早苗の方が上背なのだ。というか、射命丸が小さいのである。それを彼女が気にしているならば、言いづらいだろう。
早苗は決心した。もしそうだったならば、シークレットブーツやハイヒールの存在を教えてあげようと。高下駄などという、おおよそオシャレからかけ離れた物から解放させてあげようと。
年頃の女の子がオシャレしないだなんて! というのが早苗の信条である。小さな親切ナントヤラという言葉は、早苗の辞書に無い。
早苗の余計な決意を知ってか知らずか、射命丸はただ苦笑するばかりであった。
「あぁ、ああ。貴女はこちらに来てからまだ日が浅いのでしたね。ふぅむ……」
そう言って、彼女は言葉を濁すのであった。
しばらく何ぞぶつぶつとつぶやいていた彼女だったが、やがて何かを思いついた表情となり、早苗に言った。
「ふむ、まぁ、誰かに訊いてみればいいのでは? たぶん誰でも知っています」
「? 教えてくれないんですか?」
「ええまぁ。上手いこと貴女が悪戦苦闘してくれれば、その様子を記事に出来ますから。なんだか面白そうじゃないですか、新聞記事的に」
目の前に居る天狗は、本当に新聞記者なのだろうかと、早苗は疑う。
幻想郷に来てからというもの、早苗は新聞らしい新聞を読んでいない。本当に、外の常識が通じない場所である。
「ではでは、私は遠くから秘密取材をしておりますので、どうか気になさらず」
そう言い残すと、早苗の意志を問うことなく、射命丸は姿を消した。
なるほどこれが幻想郷最速の天狗かと、早苗はどうでもいいところで相手の実力を知る。
公言しておいて秘密取材もあるものかと、ちらと考えるのだが、しかし早苗が見回しても、射命丸は気配すら感じさせない。
確かに、ここまですれば、取材の目を意識しないで済む。――この状況を保つのに必要な射命丸の労力を考えると、阿呆だと言いたくなるのであるが。
「さて」
早苗は考える。誰の所に訊きに行くべきか?
といっても、選択肢はそう多くない。自分の所の二柱は自分と同じ外来人(神)であるので不適である。人里には、気軽に訪ねられる仲の人物が居ないし、妖怪の山の住人に訊くのは射命丸的に面白くなさそうだ。――そういう思考に至るあたり、ノリのいい人間だった。
そうやって潰していくと、残った場所は一つしかなかった。博麗神社である。
結局そこに帰着するのである。早苗は自分の行動範囲の狭さに嘆息した。しょうがないのである。まずもって機会がない。
守矢神社が立つこの山は閉鎖的で、面子は天狗や河童ばかり、しかも全員が全員顔見知りという超田舎的社会である。そんな場所のど真ん中で暮らしているものだから、早苗もついつい出不精になりがちだ。二柱に至っては、ろくすっぽ外に出やしない。人里にドカンと移住すれば良かったものを――。
そこまでで早苗は考えるのをやめた。誰かがニヤニヤしながらメモを取っている気がしたからだ。
ボソボソ不満をこぼしながら、境内に突き立った御柱の周りをぐるぐると回る――どちらかというと、記事にされて幸せな行いではない。
取材の目を気にしないで済むというのもなかなかに考えもののようだ。先ほどの愚痴がまさか聞かれていやしまいかと思うと、早苗は肝が冷えるのを感じた。
こんな監視は、さっさと終わらせてしまうに限る。早苗は身体を宙に舞い上がらせ、博麗神社へと飛び立った。
「――望ましくない千客万来よねぇ……」
玄関を開いた途端にこの一言である。
確かに急な訪問ではあったが、おおよそ客に向けたものではない態度。博麗霊夢その人である。
早苗の方は既に慣れっこである。霊夢の素っ気ない応対程度でへこたれてしまうな人間は、生馬の目を抜き亡霊が歩き回る幻想郷で生きていけないのだ。
だいたい、早苗も霊夢も平然と空を飛んだりする規格外な人間である。今更小さな態度の一つや二つでギャーギャー言うほど、常識にしがみついていない。
「誰か先客でも?」
「魔理沙と紫。ツートップで面倒くさいわ」
「はぁ」
分かるような分からないような。早苗は間の抜けた声を返すばかりだった。
「おおい霊夢、煎餅が切れたぜー?」
「はいはいちょっと待……ちょっと待った私ソレ全然食べてなかったのに!?」
奥から届いてくる声は、なるほど確かに魔理沙のもののようだった。
霊夢は早苗の方をちらと振り返ると、言う。
「まあ、せっかく来たんだから追い返しゃしないわよ。とりあえず上がりなさいな、頭数多いから狭いけど」
なんだかんだと文句を言いながらも結局甲斐甲斐しく世話をするのが霊夢である。早苗の見立てでは、冷たく見えるのは優しさの裏返しであり、つまり霊夢はツンデレなのであった。
現に、ぶーたれながらも自分を上げてくれたし――早苗は頭の中でそう結んだ。
霊夢に連れられ、早苗は居間に入る。
「おー、早苗じゃないか珍しい」
「三日前に宴会でお会いしたばかりですが」
「そうだったか?」
本気で言っているのか言っていないのか分からないが、たぶん彼女なりのジョークなのだろう。
霧雨魔理沙が寝転んでいる。ここは魔理沙の家だったかと錯覚しそうなほどにくつろいでいた。
「あら、こんにちは。まぁそこら辺で座ってなさいな。霊夢がお茶と煎餅を持ってきてくれるわ」
「あんたが言うんじゃないわよ――まぁ、行くけど。あぁ、早苗はそこら辺に座ってて」
何を考えているのか全く読み取れない笑みで、紫が迎えた。ちゃぶ台の上に置いてあるミカンを剥いているところだった。こちらも、ここは紫の家だったかと錯覚しそうなほどにくつろいでいる。
早苗は紫があまり得意ではない。――神奈子がいろいろやらかしてくれたおかげで何となく顔を合わせづらい。
幻想郷縁起では、幻想郷の管理人で、ものすごく強い妖怪だそうだ。つまり超目上である。
早苗はとりあえず紫の向かい側に座ると、どことなく恐縮した。
空気が堅い。といっても、たぶん早苗が一方的に感じているだけなのだろうが。
霊夢に早く帰ってきてほしいところだった。魔理沙はこういう空気の中和剤になり得ない――何か寝息のようなものが聞こえるあたり、ますます頼れない。
「そんなに構えないの」
「あう」
「心配しなくても、みんなに好かれる八雲紫を目指してますから、取って食べたりはしませんわ」
どこまで本気なのか計りかねる。全部本気だったら本気だったで、どうなのだろう。
しかし、構えるなといわれても、やはり構えてしまうのだった。
こういう、オトナのお姉さんといった雰囲気のある人(あくまで早苗基準)が、早苗は苦手なのであった。
「みんなに好かれる? はは、そりゃあ無理だ」
そう言って魔理沙はむくりと起き上がった。
畳のささくれが服にくっついている。
「あら、貴女が盗みをやめるよりも簡単だと思うのだけれど?」
「私が盗みをやめるぅ? そりゃぁ無理だ。盗んでないからな。ありゃ借りて行ってるだけだ」
屁理屈の押収である。早苗は、霊夢が早く戻ってくるのを切に願った。
早苗には、二人の間に火花が散っているように見えた。恐ろしい空気である。
霊夢の対応でへこたれるようでは、生き馬の目を抜く幻想郷で生きていけない。しかし、この空気にはさすがにへこたれていいように、早苗には思えた。
しばらく無言のまま、しかし笑顔で見つめ合っていた二人だったが、霊夢がその空気を壊した。
「ほら、お茶入れて来たわよ」
「ありがとうございます霊夢さん」
早苗は二重の意味で感謝した。
あまりに大げさだったので霊夢には怪訝な顔をされたが、気にしない。
「どっこいせ」
「ふう、ようやく煎餅様の到着か」
霊夢と魔理沙がちゃぶ台につき、四つの湯飲みと一人一枚の煎餅が並んだ。四人が顔を付き合わせると、非情に狭苦しい。
というか、魔理沙の被っている帽子がものすごく面積を取っているのである。魔理沙以外の三人の表情に、同じ色が浮かんだ。――取れよ。
「さてと、それで、一体どうしたのよ。まさかあんたまでゴロゴロしに来た訳じゃないでしょうね」
言われて早苗は用事を思い出した。すっかり忘れていたのである。
視線を気にしなくて済む密着取材というのも、なかなかの考え物である。
「ええと、あの、射命丸さんなんですけど」
「え? ああ、境内に誰か居るなぁと思ったら、射命丸だったの」
「分かるんですか?」
「境内に結界を張ってあるのよ。まぁ来客用ね。――そもそも結界を通ってこない奴とか、結界を通ってから入ってくるまでが異様に短い奴とかのおかげで、あんまり効果は無いけれど」
そう言って霊夢は紫と魔理沙を見た。二人とも素早く目をそらす。
都合が悪くなったら聞こえないフリである。
「で、射命丸がどうかしたの? つきまとわれて困るとかだったら対応しかねるわよ、すぐ逃げられるし」
「違いますよ――、射命丸さんはどうしてあんな歩きづらそうな靴を履いているんです?」
「はぁ?」
素っ頓狂な声を上げる霊夢。
自分はそんなに妙なことを訊いているのだろうかと、早苗は自分に自信がなくなってきた。
「なんだ早苗、そんなことも知らなかったのか? というか、本人に訊けばいいじゃないか」
「教えてもらえなかったんですよ、みんなに訊いて回れって言われました」
「そりゃお疲れ様だな、あれはなムグッ」
魔理沙の言葉は、横から急に伸びてきた紫の手によって遮られた。
何をするといわんばかりに魔理沙は暴れるが、無視して紫は喋る。
「少しは人の考えてることを汲みなさいな、貴女は。――ねぇ早苗さん、このミカンの皮なんだけれど」
紫は魔理沙をたしなめると、もう片方の手で、むき終わったミカンの皮をつまんだ。
紫だけは、茶請けが煎餅でなくミカンだった。もうあるんだから我慢しろ、ということらしい。
「何のためにあるか分かるかしら?」
「紫」
「え? ……えぇと、中身を守るためですか?」
「そうね……大正解」
「ねぇ紫」
霊夢が紫の袖を引っ張る。
「何よ霊夢、どうかしたの?」
「魔理沙」
見れば、魔理沙は、自身の口を塞ぐ紫の手を、ばしんばしんと叩いていた。
顔が青い。――紫になった。ゆかりではなく、むらさきである。
つまりは酸素不足。
「ああ、危ない危ない、あやうく殺人犯ですわ」
「一人までなら大量殺人犯じゃないから大丈夫よ」
「殺す前提で話を進めてるのは何でなんだぜ?」
じっとりとした視線を二人に向ける魔理沙。向けられた二人は明後日の方向を見るばかりだ。
そんなことよりも射命丸の靴だと、早苗は話を元に戻す。
「そ、それより、どうしてあの人はあんな靴を履いているんですか」
焦れた早苗は霊夢に尋ねた。この中では一番真面目に答えてくれそうな面子である。
しかしその霊夢も、文の意図を汲んだのか、自分で答えるつもりはないようだ。
「んー……まぁ、自力で答えにたどり着くのは無理な話よね、魔理沙、ちょっと文を捕まえてきて」
「無茶言うな霊夢、アレは私でも流石に無理だ。――もっと適任がいるだろ?」
「あややや、その通りですよ。まんまと捕まってしまいました」
皆が一斉、声のした方を見た。
射命丸文が居た。
「――あんたいつの間に?」
「この人のせいですよたぶん。もう、せっかくの密着取材が台無しじゃないですか」
そう言って文が指さしたのは紫だった。当の本人は口元を隠してくすくすと笑っている。
なるほど、隙間とかいう能力を使ったらしい。早苗は自分の記憶をたぐる。それならばどれだけ速くとも意味は無いだろう。
「だって、ねぇ? どこかで答えをあげないと可哀想じゃない? そう思わない?」
「まあ、それはそうですがー……ま、こうなった以上仕方ありません、お教えいたしましょう」
そう言って文は高下駄に手をかけた。どうも脱ぐつもりらしい。
やれやれようやくかと、早苗は心の中でため息をつく。割と時間を食ってしまった。
本来ならば、まだ境内の掃除と里での買い物が残っているのだが、どうも掃除は中止しなくてはならないようだ。――まぁ、何となく覚悟してはいたが。
それより二柱が心配していないだろうか。以前帰りが遅くなったときは、危うく妖怪の山を丸焦げにするところだったのだが――愛が深いのだろう、ありがたいことだと、早苗は無理矢理結論づけた。
二柱より、今は高下駄である。
「ではでは、オープンザプライス、ですよ」
「その表現はおかしくないか?」
「外の世界ではこう言うらしいです」
「くっ……」
噴き出しそうになるのをどうにかこらえ、早苗は射命丸の高下駄に注目する。――どうでもいいが、畳の上に土足で上がり込んでいることを指摘するべきなのだろうか。どちらがより幻想郷的に正しいのだろうと、早苗は僅かに考え、結局指摘しないことにした。どうせ今から脱ぐのだ。
「ジャカジャンッ!」
そう言うと、文は靴を脱ぎ捨てた。
早苗は目を疑った。
なるほど高下駄のビロリと伸びた部分は、射命丸の足裏にある、ビロリと伸びた突起を包むためにあったらしい。
それで紫はミカンの話をしたのか――ああ。
「幻想郷では常識にとらわれてはいけないのですねッ!!」
そ、そーなの、か?
そーなのか?
想像したら何だか変な気分になって参りました。普通に足が変な形なのかウオノメでもあるのか、と少し真面目に考えてしまった自分は、この不可思議ワールドに段々毒されつつあるようです。
なにそれこわいwww
いや山に住んでるからこそ歩きやすいように足が進化したと考えるとあながち…
ははっ無理無理w(死亡フラグ
なんでそんなブツがあるんだよwwww天狗こわい
悔しいから点数半分っ!
本当やられた!w
流石だ
妖怪だから記号的なアイデンティティが重要なのかと思ったらこれだよ!
しかし骨とか、どんな風になってんだろう……?
いや文ちゃんそれやない
カミングアウトや
夢に出そう。