霧雨魔理沙。自称、普通の魔法使い。その生き方は、さながら打ち上げ花火。
家にこもり、薬草やキノコを煎じて試し、一からコツコツと派手な魔法を組み上げていく。
たゆまぬ研鑚と努力を発射台に、幻想郷の空にど迫力な一発。
それが、魔理沙のライフワークであり、生き様でもあった。
そんな彼女の目標は高く、それでいて近い存在だった。
向うは魔理沙を気にせず歩き続けているが、いつかその先に回りこんで、びっくりさせてやりたい。
圧倒的な速さと至高の火力、そして鮮烈な美しさを持つ、自分だけの魔法を手に入れて。
――その時、あいつはどんな顔で私を見るだろうか……。
夢見る魔理沙は、今日も徹夜明け。自室の机で、腕を枕にして寝ていた。
癖のある金髪に差す、窓の日差しの温かみが増している。心地よい朝だった。春がそこまで来ているのだ。
「ん……いかんいかん……」
いかん、と口にしつつも、魔理沙の顔は机から上がらなかった。
窓際で浴びる木漏れ日が、ケープとなって、背中を包みこむ。
夜更かしの後にこれはたまらない。思考に疲れた脳がとろけてしまい、ベッドに歩き向かうのも面倒になる。
後のことは、次に目が覚めてから考えることにした。
こんこん
と、窓ガラスを叩く音がして、少し身じろぎする。
それは、昨年もこの机で聞いた、春の訪れを告げる合図だった。
幻想郷ではおなじみの妖精、リリーホワイトが窓をノックしているのだろう。
いつもなら構ってやるのだが、残念ながら今は、何を聞いても起きる気はない。
というわけで、しばしこのまま、おやすみタイム……
「は……春だみょん」
魔理沙は顔を跳ね上げた。
窓ガラスの向うで、不思議な妖精がこちらを見ていた。
~春です陽気でルナティック~
起きた魔理沙は玄関から、その存在を招きいれた。
「椅子はそっちだ。ちょっと散らかってるけど、気にしないでくれ」
「……うん」
実際のところ、居間はちょっとどころではない散らかり様だったが、椅子に座る訪問客は何も言わなかった。
入れたての紅茶を、そのお客に出し、魔理沙はテーブルの反対側に座った。
重い瞼を開いたまま、あらためて相手の姿を凝視する。
「んで……その格好は何の真似だ?」
とんがり帽子。透き通った翼。赤い刺繍の入った白装束。
その姿は、まさにリリーホワイト。
「幽々子様が……」
……のコスプレをした魂魄妖夢だった。
ここから離れた冥界にある白玉楼の庭師兼剣術指南役である。
いつもの濃い緑を基調とした少々地味な出で立ちと違って、今日の彼女は、やけに可愛らしい装いだった。
だが、
「その刀は、ちと物騒じゃないか……?」
腰に挿している二本の得物、楼観剣と白楼剣を、魔理沙は指さして言った。
明らかにそこだけ浮いていたのだが、持ち主はその柄に軽く触れて、
「刀は剣士の魂。こんな格好だし……これが無かったら、落ち着かなくて」
「いや、その格好だから物騒だと思うんだが」
うーむ、魔理沙はとうなった。
(春だみょーん!)
と告げにくる、刀を抜いたコスプレ庭師。
頭に浮かんだその光景は、春の妖精というよりは春の狂人だった。
目覚めの季節とは言うものの、何か別のものに目覚めているようだ。
というか、そんなもんに春を告げられたら一生もののトラウマだ。ぜひともあの世にお帰り願いたいところである。
今のところ、妖夢の態度は落ち着いたものだったが。
「私だって、本当はいつもの格好の方がいいんだけど……」
「だろうな。主人の命令には逆らえないってことだろ」
「……まあ、そんなところ」
「しかし、全くその意図が読めないんだが」
「私もよくわからないんだけど、何か嬉しいことがあったみたいなの」
「嬉しいこと?」
「うん」
困った顔の妖夢が、今朝に体験したことを語り始める。
魔理沙はハーブ茶を飲んで目を覚まし、まずは話を聞くことにした。
○○○
「妖夢」
早朝の白玉楼。
その長い廊下で、魂魄妖夢は、主人の西行寺幽々子に呼び止められた。
「何でしょう、幽々子様」
「リリーヨウムになりなさい」
ずでん。
思いっきりコケた妖夢は、なんとか床に片膝をついて立ち上がろうとする。
「ど、どういう意味ですか、幽々子様」
「あらあら、今言ったとおりなのだけど」
「……申し訳ありませんが、全く分からないです」
「今言ったとおりなのに。じゃあ、ちょっと来てちょうだいな」
逆らうこともできず、笑みを湛えた主人に、妖夢は奥の間へと連れて行かれた。
そこで、すでに用意していたらしき衣装を、はい、と幽々子が見せてくる。
それは、妖夢も知っている、リリーホワイトの着ている服だった。
いったいどこで手に入れたのだろうか。おおかた、彼女のお友達であるスキマ妖怪からだろうけど。
「これを私に着ろというわけですか」
「そうよ。リリーヨウムになりなさい」
「なんでですか?」
何だか前も似たようなことがあった気がするが、あの時よりはまだ分かりやすい依頼ではある。
だが、その動機が全く読めなかった。
「異変の時は、春度を奪って、皆さんにご迷惑をかけたでしょう。だから今度は、妖夢に春を告げに行かせようと思ったのよ」
「いや、そうおっしゃられても、私にはそんな能力はありません」
「まあまあ、いいからこれに着替えてちょうだい」
るんるんと鼻歌まで歌いながら、幽々子は服を広げていく。
その様子を見て、妖夢は気がついた。
「幽々子様。何か嬉しいことがあったんですか?」
「あらあら、いつに無く鋭いわね、妖夢」
「確かに私は鈍いかもしれませんが、幽々子様の表情の変化ぐらいは」
「ほらほら、早く着替えて着替えて」
「……わかりました。い、いえ、着替えは自分でできますってば」
妖夢はたどたどしい手つきで、命令どおり、素直にその服に着替えた。
白い長袖が大きく垂れており、スカートも普段穿いている緑のものより厚手だった。
だが、背中の羽のオプションも含めて、どれも重さを感じさせない。
幽々子はそれを見て、うふふと満足そうに笑う。
「とっても可愛いわ妖夢。どうかしら?」
「……ちょっと動きにくいですけど……まあ」
「気に入ってくれたなら、はいこれ」
着替え終わった妖夢は、最後に大きな袋を渡された。
「何ですか、これは」
「その袋には、特別な春の空気が詰まっているのよ」
「空気、ですか」
確かにそれは、持ってみても、空っぽの手応えがある。それに、春度もかなり詰まっているようだ。
「顕界のお友達に、それを振りまいてあげること。それじゃあ、行ってらっしゃい」
「はぁ……本気なんですね」
「もちろん本気よ。春だからってボケたわけじゃないわ」
春夏秋冬通じて天然ボケじゃないですか、というツッコミを飛ばすには、まだ妖夢の肝は足りていなかった。
真面目な従者は、大人しく主人の言うことに従うまでである。
「あ、言い忘れていたわ。向うの桜並木は通らないでね。絶対に行っちゃだめよ」
「え、どうしてですか?」
「お客さんが来ているのよ。藍ちゃんと橙がね」
「藍さんと橙が? どうして教えてくれなかったんですか。挨拶してきます」
「こら、行っちゃだめっていったでしょ。言いつけを守らなかったら、もう妖夢とは口をきいてあげないわよ。自分の役割を全うしなさい」
「わ、わかりました」
「じゃあ、頑張ってきてね~」
「だから、何でそんなに嬉しそうなんですか……」
釈然としないまま、妖夢は白玉楼から出発した。
生まれて初めて着る、リリーホワイトの格好で。
妖夢の春が、幻想郷を救うと信じて……。
長い間ご愛読ありがとうございました!
幽々子先生の次回作にご期待ください!
(おわり)
○○○
「意味がわからん」
話を聞き終えた魔理沙は、開口一番、つっこんだ。
「私だってわからないわよ」
無念そうなため息混じりに、妖夢も返してくる。
「とりあえず、降りた先がここだったから、寄らせてもらったんだけど……」
「その袋の中身が、例の春の空気か」
「春だみょん」
どうやら、その台詞だけは気に入っているらしい。
妖夢は大袋の口を広げて、中から春の空気を手で取り出す仕草を見せる。
桜の香りが、魔理沙の鼻をくすぐった。
「なんか……不思議な空気だな」
「なんでも、幽々子様が言うには、特製の空気だとか」
「あいつが言うと怪しげだな。毒でも混じってなければいいんだが……」
しばらく魔理沙はその匂いを嗅いでいたが、やがて顰めていた眉を解いた。
背もたれに寄りかかり、手を頭の後ろに組みながら笑う。
「でも私の目から見ても、その格好、似合ってると思うぜ」
「え、本当?」
「ああ。だけど、いつものお前さんには見えん。刀を持ってなきゃ、気がつかないやつもいそうだ」
「う……そう」
妖夢は少し残念そうだった。帽子の角度を調整したり、服の生地を摘んでいる。
そうやって格好を気にする仕草も含めて、ますますいつもの妖夢には見えなかった。
魔理沙はふむ、とうなずく。
「そうか。春といえば、イメチェンか」
「え?」
「ふっふっふ。ようやくアレを試せるときが来たわけだ」
「アレ?」
魔理沙はそれには答えず、少しよろめきながら、ゆらりと立ち上がった。
「魔理沙……ひょっとして、寝ていないの?」
「ああ、昨日は徹夜だった。まあ、眠気覚ましに、ハーブとキノコの薬を飲んでるから、まだまだ動けるぜ」
「目がいつもよりも怖いんだけど……わっ、瞳孔が開いてる」
「大丈夫、大丈夫」
妖夢に不安な表情で見送られながら、多少酔った様な動きで、魔理沙は奥へと消えていった。
○○○
幻想郷は東の果てにある博麗神社にも、春が本格的にやってこようとしていた。
大地の緑が濃くなり、裏の桜も咲きかけている。虫は目覚め、鳥は歌う。
そんな四季の移り変わりの中で、博麗の巫女だけは、いつもと変わらず、お茶を飲んでいた。
穏やかな陽気に、縁側で一休みする少女。見るものをほっと落ち着かせる雰囲気がある。
その古き良き日本の情景に、一陣の風が舞い込んできた。
「よう、霊夢」
よく知るその声に、巫女は座ったまま、ちらりと目をやって、
「今日は何の用事? まり……ぶー!」
「おいおい。私の名は『まりぶー』じゃないぜ」
「ゲホッ……ゲホッホ! エッホ!」
お茶を吹いたうえに気管に入った素敵な巫女は、縁側でむせながら七転八倒する。
それまでの風情が一気に台無しになってしまった。
「騒がしいやつだな。それも春らしいってことか」
「ゲホ……! ぢょ、ぢょっとあんた」
「なんだ?」
「何なのよ、その格好は!」
まず立ち上がり、霊夢は怒鳴りながら、びしっと指をさした。
その先にいるのは、腐れ縁の友人である白黒の魔法使い。
……ではなかった。
「リリーマリサだぜ」
と頭に手をやって、斜めにポーズを取っているのは、友人の霧雨魔理沙に違いない。
顔つきも髪の色も声も同じ。だが、明らかに違う部分がある。
今日の彼女の服は『赤』かった。
エプロンドレスは純白だが、帽子やスカートなどの、いつも黒い部分が全て『真っ赤』に染まっていたのだ。
それだけで、普段とはまるでイメージが異なっていた。黒白ならぬ、赤白の魔法使いである。
「どうだ。似合ってるか」
「似合ってないからやめなさい。紅白は私とキャラが被るでしょ」
「別にお前の専売特許じゃないぜ。今なら天狗にも速さで勝てそうだ。赤い彗星(クリムゾンブレイジングスター)と呼んでくれ」
「誰が呼ぶか」
「霊夢……実はちょっと色々あって」
と、もう一人の姿を見て、霊夢はいよいよ困惑した。
そこに立っているのは、春妖精の服装に身を包んだ、半人半霊の剣士だった。
「あ、あんたもしかして、妖夢?」
「春だみょん」
大きな袋を開けながら、妖夢は間の抜けた一言を告げる。
それを聞いて、霊夢はへなへなと縁側に座り込んだ。額に手をやって熱を確かめながら、
「一体何の異変なのよこれは……」
「私達は春を告げる妖精だ」
「妖精って、あんた一昨日まで人間だったじゃない」
「細かいことはいいんだ。重要なのは、今が春だってことだ。そして目覚めの季節は、生まれ変わるチャンスを、人妖問わず与えてくれるのさ。スプリーング」
「……何か変なもんでも食べた?」
「実は魔理沙は、夜更かしに加えて、気付けのキノコが原因でテンションが変らしいの」
「あんたのその格好も、キノコが原因なの?」
「わ、私は、主人の幽々子様の命令でやってるのよ」
「あいつの命令ねぇ……まあ似合ってるけどね。刀挿してなきゃ妖夢には見えないけど」
やっぱりか……と、妖夢は嬉しいような悲しいような、複雑な表情になった。
その間横をくるくると回っていた魔理沙は、ぴたりと霊夢に向かって止まった。
「霊夢、お前も変わってみないか?」
「何によ」
「新しい霊夢、リリーレイムにだ」
「それは丁重にお断りする」
「じゃあお前はこの春も、お賽銭が入らない貧乏巫女ってことになるな」
「貧乏は余計。お賽銭のことも大きなお世話。大体、あんた達がお賽銭を入れてくれないんでしょうが。宴会で騒ぐだけ騒いで、後片付けもせずに」
「それは置いといて。私にいい考えがあるんだ。お前のお賽銭を増やす秘策が」
霊夢はそれを聞いても、興味のないそぶりで、お茶を一口すする。
だが、しばらく待っても、魔理沙が何も言わずに、ニヤニヤとしているだけだったので、
「うっとおしいから、さっさと言いなさい」
「じゃあ解説してやろう。お前は確かに人気者だが、誰もお賽銭を入れることに魅力を感じない。お前のことを気に入っている妖怪達は、お前はあくまで霊夢としてみていて、神社の巫女として見ていないからな」
「……ああそう。それで?」
「つまり、霊夢の魅力と、お賽銭が結びつけば解決だ。お前の最も魅力的な部分に、小さな賽銭箱を取り付ければいいのさ」
「ふ~ん」
あまり有効な策には聞こえなかったが、一つだけ気になるフレーズがあった。
「でもさ、私の最も魅力的な部分って何よ?」
「『腋』だ」
ズコー!!
と、霊夢と妖夢は仲良く地を滑った。
半ば腰を抜かした巫女の方は、ふらふらと立ち上がりながら、
「ちょ、ちょっと! 私の一番の魅力は『腋』なんかい! それはいくらなんでも聞き捨てならないわよ!」
「なんだ。お前はどこだと思っていたんだ」
「そ、そりゃあ……」
一瞬、霊夢は言葉に詰まって考える。やがて指と指をもじもじと合わせながら、
「……素敵な笑顔とか」
「うわぁ、ずいぶんと恥ずかしいなそれは」
「うぎぎ……って腋を自慢にする方が恥ずかしいわよ!」
「甘い! お前のチャームポイントは腋にある!」
「はぁ!?」
「いいか霊夢!」
魔理沙は熱い口調で語り始めた。
「神社に集まる妖怪は、お前の腋が好きなんだ! 例え巫女服の上にデストロイヤーみたいなマスクを被っていても、奴らはお前に寄ってくる! 主にお前の腋を目指してな! ただし! 腋の出ていない巫女服にしてしまえば、楽園の『普通』の巫女だ! 魅力ナッシングだぜ!」
「んなわけないでしょうがああああ!」
「ぐぉふ!」
お賽銭風脚を食らって、力説していた赤魔理沙は吹き飛ぶ。
「はぁ、はぁ……」
霊夢はしばらく、肩で息をしていたが、
「……ねぇ……そんなわけないよね?」
「う、うん。大丈夫だと思うわよ」
不安混じりに妖夢に問うと、彼女はコクコクとうなずいた。
極力、腋から視線を外そうと努力しているように見えるのは気のせいか。
そこで地面に大の字になっていた魔理沙が、むっくりと体を起こして、
「いい蹴りだったぜ……」
「はいはいどうも」
「それで、ミニ賽銭箱の用意はあるのか」
「まあ一応、前に詐欺やってた妖怪兎から没収したやつなら。って、本当にやらせる気なの?」
「当然だ。何せ春だからな」
「最後までそれで通すつもりなのね……」
――ここじゃ常識は通用しない、と言われたあの風祝の気持ちが、今になって分かるとは
博麗の巫女は、今年に入って一番のため息をついた。
「これ……すっごく動きにくいんだけど」
首の後ろに紐を回し、掌サイズのお賽銭箱二つに、穴を開けて通す。
腋に装着すると、腕を常に上げていなければならないので、胸の前に位置させる。
肩からお賽銭箱を二つぶら下げた腋巫女。リリー・レイムの完成である。
「……………………」
「……………………」
魔理沙と妖夢は、しばし沈黙していた。
この春の陽気の中、凍りついたように、ぴくりとも動かない。
霊夢はそれを見て、本日何度目かのため息をつき、
「気が済んだなら、もう外すわよ」
「……待ってくれ、霊夢」
魔理沙はポケットから何かを取り出し、左胸のミニ賽銭箱に投入する。
「えっ?」
チャリーン、と霊夢の腋が、軽やかな音を立てる。
慌てて覗いてみると、それは小さな銀貨だった。さすがにこれには瞠目する。
「ま、魔理沙。どうしたのよ。あんたがお賽銭入れるのって何年ぶり?」
だが、彼女は答えない。それどころか、また高価なお賽銭を投入しようとする。
「ちょ、ちょっと落ち着きなさい。妖夢も何か言ってよ」
しかし、妖夢もまた、神妙な顔つきで、右胸のお賽銭箱に、チャリーンと硬貨を入れる。
霊夢はそこで、異常に気がついた。
「……何で二人とも泣いてるの?」
そう、二人は泣いていた。
赤い魔法使いと妖精剣士は、肩を震わせながら、顔を歪ませて涙していた。
「わからない……わからないんだ……涙の理由が」
「私も……霊夢の姿を見て……その音を聞いて……なぜか涙が止まらなくて」
感動とも悲哀ともつかないその表情に、霊夢は呆気に取られていたが、ふと思い当たった。
「まさか、これも春の効果?」
「ああ、きっとそうだ……今のお前の姿は光り輝いて見えるぜ。今日からお前はリリーレイムだ」
「リリーレイム……」
霊夢はその名を小さく呟く。
その瞬間、胸の内から湧き上がるエネルギーに、強く拳が握られる。
「よく分からないけど、これでもう木の葉や松ぼっくりじゃない、本物のお賽銭が手に入るのね!」
「ああ! その通りだ!」
「間違いないわ!」
霊夢のテンションが上がるにつれて、残る二人も活気付く。
これで、仲間は三人に増えたのだ。
彼女達は円になって、中央で手を重ね合わせた。
「私達は、春を告げる妖精!」
「一人はみんなのために! みんなはお賽銭の……じゃなかった春のために!」
「新たな自分を目指して!」
その瞬間、リリー親衛隊が結成された。
「よし! もっと仲間を増やそうぜ! 紅魔館に行くぞ!」
「おー!」
新たな春の妖精達は早速、博麗神社から霧の湖を目指して出発した。
「あ、でもその前に、もう一度お賽銭を入れさせてくれ」
「いいけど……いざこうして何度も入れられると、気持ち悪いわね」
そう言いつつも、まんざらでもない気分で、霊夢は手を後ろに組んで、ミニ賽銭箱を突き出す。
また、その腋が、チャリーンと澄んだ音を響かせた。
○○○
吸血鬼の住む紅魔館は、霧の湖の側に建っている。
周囲には他に大きな建物が無い上に、赤い色をしているので、やたらと目立つ。幻想郷でもっとも目立つ建物かもしれない。
そうでなくても、すでに何度も足を運んだことのある三人は、道に迷うはずも無いのだが。
大きな時計台を持つ館を、ぐるりと白い塀が囲んでいる。
そして、門番の紅美鈴は相変わらず、よいお天気の中、立ったまま昼寝していた。
「……何か怪しいわね」
「あいつは寝ているようで、意外に気配に敏感だからな」
「美鈴さん、私だって気がつくかな」
三者はそれぞれ感想を述べつつ、離れた場所で待ってみることにした。
ところが、しばらく経っても、美鈴が起きる様子はなかったので、結局、魔理沙が代表して挨拶することになった。
忍び足でそっと近づく。つま先で立ち、その赤い長髪に隠れた耳に、低い声で囁いた。
「美鈴……昼寝とはいい度胸ね」
「どわぁ!! 寝てません! 寝てませんよ咲夜さん!」
飛び上がって慌てふためく門番に対し、白黒ならぬ赤白の魔法使いはからからと笑った。
「はっはっは、いい反応だな」
「え? そ、その声は霧雨魔理沙!?」
「おっ、やっぱり気がつかなかったのか」
「どうしたのその服装は!? な、なんか気配まで変わってるし!」
「ほほう。まるで妖精のようだとか?」
「…………た、確かに。それっぽい」
どうやら、いつもと違う気配に、美鈴は油断していたらしい。
残りの二人、霊夢と妖夢も近づいていく。
「お久しぶりです、美鈴さん。春だみょん」
「そ、その声は妖夢ちゃん……?」
「オサイセーン。ギブミーオサイセーン」
「そ、その声は進駐軍時代の子供達……?」
「いや、リリーレイムだぜ」
混乱のあまり電波を受信する美鈴を、魔理沙は現実へと引き戻した。
「私達はリリー親衛隊。この春に、今までの自分とおさらばし、新たな自分となって日々励む、妖精戦士だ」
「よく分からないけど……この紅魔館に怪しい奴を入れることはできません。お引取りください」
気を取り直した美鈴は、腕を組んで門の前に立ち塞がる。
「まあまあ落ち着け。私達は何も、お前と戦いに来たんじゃない。ただ、仲間を増やそうとやってきたんだ」
「仲間? それはつまり、私もリリー親衛隊に入れと?」
「音速が速くて助かるぜ。で、ご返答は?」
「お断りします。私は今の自分に、そしてここでの役割に満足しています。変わる必要なんてありません」
紅魔館の門番は、誇らしげに胸を張った。実に見事な大きさだった。
三人はその胸から視線を上げて、
「本当に変わりたいと思わないの?」
「ありません」
「本当にですか?」
「ええ。ですから帰ってください」
「……そうか。邪魔して悪かったな」
魔理沙はあっさりと引き返すそぶりをみせた。
「気が変わったら来てくれよ。『中国』」
わざとらしく言い残されたその名詞に、美鈴の顔色が、はっきりと変わった。
「今なんて?」
「お、気にさわったようだな」
「もう一度それを言ったら、容赦しないわよ」
「そんなつもりなんてないぜ。いや、必要がないんだ。なぜならみんな、心の中でそう思っているんだから」
ニヤニヤと魔理沙は笑う。門番の髪が逆立った。
「『中国』じゃなくて、私の名前は、『紅美鈴』です!」
轟音とともに、彼女の全身から、闘気が噴出した。
震脚で割れた地面に立ち、武の構えを取っている。
燃え上がる瞳は、ひたと魔理沙を捕えており……ちょっぴり涙目だった。
「やっと覚えてくれたと思ったのに! もう長い間、誰にもそんな風に呼ばれなかったのにー!」
「なら私達が言ってやる」
「許さないわ! 覚悟!」
「じゃあ聞こうか。紅美鈴は何語読みですか?」
「え……中国語」
反射的に出た一言。それを聞いて、魔理沙は鼻で笑った。
さらに質問を畳み掛ける。
「失礼ですが、ご出身は?」
「四川の山奥ですけど……」
「貴女の好物は?」
「ちゅ、中華料理です」
「ご趣味は何でしたっけ」
「……太極拳」
「…………」
「…………」
「ニーハオ」
「いえ、你好(ニィハオ)ですよ。アクセントはちゃんと……はっ!」
「ふっふっふ」
「うう……」
美鈴の左弓歩の構えが歪み、握った拳がだらりと下がる。
実際彼女は、闘う構えまで中国スタイルだった。
魔理沙は勝ち誇った表情で、しゃがみこんでしまった門番を見下ろす。
わざわざ問答に付き合ってしまうとは、彼女も人の良い妖怪であった。
「お前の個性が中国一色である以上、決してその名から逃れることはできないぜ」
「そんな……じゃあ、私はどうすれば」
「簡単な話だ。『中国』から離れればいい。生まれ変わるんだ」
「……離れた私に何が残るっていうんですか。何に生まれ変われというんですか」
「『ローマ』だ」
「「ちょっと待て」」
たまらず、霊夢と妖夢が突っ込む。
だが、美鈴だけは違った。
「ローマ……」
その単語を聞き、彼女の精神は地中海へと向かっていた。
そびえ立つ凱旋門をくぐり抜け、パラティーノの丘にたどり着いたとき、彼女はホン・メイリニウスとなっていた。
古代ローマ帝国。
多様な民族、文化、宗教を内包し、千年の栄華を極めた唯一無二の大帝国。その頂点に立つ皇帝こそが彼女だった。
長き不毛な内乱を終わらせたメイリニウスは、元老院の意見を積極的に取り入れ、帝国領内の治安の安定と、平和を目指して努力してきた。
それらはついに身を結び、ローマはかつてない繁栄へと続く、最初の一歩を踏み出す時が来たのであった。
パンと見世物に満たされた民衆が、今日もコロッセオに集い、壇上に向けて拍手喝采を送る。
誰もが喜びに満ち溢れており、皇帝の名を永久に愛すことを誓った者達である。彼らの歓声を受けるホン・メイリニウスの心に、爽やかな風が吹いた。潮とオリーブの香りが混じった、ティレニアの風が……。
「……って、何それ!」
いつの間にか身につけていた白いトーガと月桂樹の冠を、美鈴は脱ぎ捨てた。
「なんだよ。気に入らないのかローマ? 落ち着けよローマ。カルシウム足りてるかローマ」
「ローマローマ言うな! 脈絡がさっぱりないでしょう! 中国って言われるよりも腹が立つわ!」
「やれやれ。霊夢はこの手で、簡単に納得してくれたっていうのに」
「はっ!? ちょっと魔理沙! 今なんつった、あんた!」
巫女が目をつり上げるが、腋の賽銭箱に硬貨を入れると、たちまち顔を喜びでいっぱいにして、大人しくなる。
魔理沙はその頭をよしよしと撫でながら、
「どうだ、メイリニウスよ。お前もこんな幸せな顔になってみたくないか」
「結構です。私は美鈴で十分幸せです。ローマもお断りです」
同じくためらわずにお賽銭を投入しつつも、美鈴は決然と言い放った。
巫女の笑顔はさらに深くなった。
「紅魔館でも、お前を認めなおす奴が増えるかもしれないぜ」
「そんな甘言には惑わされません」
「鬼のメイド長を見返したくないか」
「咲夜さんのことですか? 彼女は優しいですよ。……たまに」
「おかしいな。昼飯がコッペパンだと聞いたんだが」
「それは! 貴方が! 不法侵入したときだけ!」
「ぐ、首をじめ゛るな゛ぐるじぃ~」
「……何の騒ぎ?」
そこに突然、新たな声が入る。気配も無く場に出現したのは、
「予想よりも人が多いわ」
「咲夜さん!」
件の時をかけるメイド長、十六夜咲夜だった。
いつもと同じメイド服姿。だが、一つだけ違う点は、右手で湯気の立つ大きめの蒸篭を持ち上げている所だった。
「ご飯の時間ですね!?」
「そうだけど、どうやら遊んでいたようね、美鈴」
「ち、違いますよ~! 私はちゃんと、ここを死守してました!」
「今日のお昼は抜きにしたほうがいいのかしら。中華まんをふかしてみたんだけど。貴女の好物だから」
「ああっ!? よりによって今が、たまに優しい咲夜さんだなんて!」
「…………たまに?」
「はっ! 違います! ローマが悪いんです!」
そんな言い訳が通じるのは、おそらくカルタゴ兵相手くらいである。
美鈴は情けない声で弁解するが、咲夜はそれを聞いても涼しい顔で受け流し、蒸篭をこれ見よがしに回している。
そこで、魔理沙が二人の会話に割って入った。
「ちょっと待ってくれ咲夜」
「あら貴方たち、揃いも揃って不思議な格好ね」
「言っておくが、その中華まんは必要ないぜ。何せ美鈴は、もう中国とは関係がないんだからな。持って帰れ」
「ちょっ!」
美鈴は慌ててその口を塞ぎにかかるが、魔理沙はひょいっと身をかわす。
咲夜の目が、わずかに鋭くなった。
「どういう意味かしら?」
「こいつはもう、お前の中華まんなんざ食えないってことだ。何せ彼女はローマだ。せめて、堅パンとワインじゃなきゃあな」
「……………………」
「ふっ、完全で瀟洒なメイドともあろうものが、気が利かないったらありゃしない。がっかりだぜ」
あわわわわ、とうろたえる美鈴。
メイド長の肩が、わなわなと震えていた。
「そう……私のせっかくの好意は、無駄だったようね」
蒸篭が地面に落ち、中華まんがこぼれる。
咲夜が代わりに取り出したのは、鈍い輝きをみせる銀のナイフである。
美鈴は恐怖に顔を引きつらせた。
「さ、咲夜さん! 誤解です! 中華まんバンザイです!」
「言い訳は地獄で聞くわ」
「ひぃっ! 誰か!」
「待って咲夜!」
と間に助けに入ったのは、妖精姿のリリーヨウム。
咲夜はそれを冷たい目で見下ろす。
「邪魔する気? 妖夢」
「い、いや、これには訳があるの」
「何かしら」
「春だみょん」
「どうやら貴方も死にたいようね」
「違う、違う!」
「違います! 落ち着いてください!」
妖夢と美鈴は、溺れるように手をばたつかせる。
その後ろで霊夢が、事態を悪化させた魔理沙に言う。
「一応、あんたから理由を説明した方がいいんじゃないの」
「そうだな。咲夜、聞いてくれ。お前変わりたいと思ったことがないか?」
「質問の意味するところがわかりにくいけど、全く無いと言っておくわ」
「そうかな。知らないとでも思っているのか。お前の重大な秘密を」
彼女の殺気は美鈴達から、魔理沙の方へと向かった。
顔の怖さも、その気配の冷たさも、はるかに増している。
「前から言おうと思っていたけど、口には気をつけたほうがいいわよ、魔理沙」
「まだ何も話してないぜ。でも、私も人のことを言えたレベルではないが、お前ほど悩むのも珍しいとは思うな」
「もう、そのことについては考えないようにしているのよ」
「殊勝な心がけだが、今は春なんだよ咲夜。お前の願いもかなう。ほら、霊夢を見ろよ。彼女は本当の幸福を掴んだんだ」
「私には関係の無い話ね」
チャリーン、と硬貨を巫女の腋賽銭箱に入れつつ、咲夜は魔理沙を睨み続けた。
その視線が、ふっと弱気になる。
「……だって、もう全て試したんだもの」
「いいや、まだ全てじゃないさ」
「その舌を切り取ってあげましょうか?」
「そんなことをしても、お前の『大きさ』が変わるわけじゃない」
「……うっ!」
刃物に刺されたかのように、咲夜は身をよじり、屈んで胸を押さえた。
魔理沙の声が大きくなる。
「十六夜咲夜! もっと上を見ろ!」
「嫌よ!」
「お前は今も悩んでいるじゃないか! 助かりたくないのか!」
「聞きたくない! やめて!」
「諦めるな! 春は誰にでも、変わるチャンスがあるんだ! お前だって例外じゃない!」
「無理なのよ! もうこれ以上、私に望みを抱かせないで!」
咲夜は顔を手で覆って、悲痛に叫ぶ。
数々の失敗は、彼女に決して癒すことの出来ない傷をつけていたのだ。
だが、本当に癒せないのだろうか。魔理沙は真剣な表情で、さらにエールを送った。
「それを拾え!」
「え!?」
「迷わず手に入れろ! そして、私達の仲間になれ!」
その指は、地面の蒸篭をさしていた。
「気づけ咲夜! その中華まんは、そのためにあるんだ!」
その瞬間、リリーサクヤが開眼した。
○○○
紅魔館内部にはいくつもの部屋があるが、中でも特に大きいのが、地下にある大図書館だった。
蔵書の数は今も増えている。無断で借りていくものはいても、ここで読みふける者は少ない。
その一人、七曜の魔女、パチュリー・ノーレッジは、本日も読書中だった。
「失礼いたします」
パチュリーはその声に、無言でうなずいた。
カップに新しい紅茶が、静かに注がれていく。
読書の邪魔にならない、それでいて疲れが癒される程度の音。相変わらず、見事な手並みだった。
「パチュリー様。今日はまた、珍しい本を読んでいらっしゃいますね。童話ですか?」
「……最近ここに入った本よ。興味深いわ。ちょっと残酷だけどね」
パチュリーはページから顔を上げずに、本をちょっと立てて見せる。
その表紙には、『狂犬ラッシー』と書かれていた。肉を求めて主人の下へ……。
「咲夜の方こそ、珍しいじゃない。いつもは気を使って話し掛けてこないのに」
「そうですわね。でも、春は変化の季節ですから」
「そう。もう春なのね」
滅多に外に出ない魔女は、カップを口に持っていきながら、ふとメイド長の方を見た。
「プーッ!」
紅茶の霧が舞った。
「けほっ! けほっ! さ、咲夜……」
「どうなさいましたか。パチュリー様」
「けほっ、こっちの台詞よ。それは何の真似?」
パチュリーは咳き込みながら、うろんげな目つきで、咲夜の姿に視線をやる。
主にある一点に。
「何って、リリーサクヤですわ」
そういう彼女は、銀髪の上にいつものホワイトブリム。エプロンつきメイド服も変わらない。
しかし、バストだけが違った。
三つ編みの垂れた咲夜の胸のあたりは、爆弾かブルトンでも搭載しているかのように、ぱっつんぱっつんの凸凹に膨らんでいた。
推定V―MAX。美鈴をはるかに超える超巨乳である。首の上のすっきりした顔立ちと合わさると、正直ギャグにしか思えない。
もちろん、昨日の彼女はそんな状態ではなかった。たった一日で、いかなる火山活動が彼女の身に起こったというのだろう。
パチュリーは乱れた呼吸と心境を、何とか整えることに成功した。
「咲夜。気持ちはわかるけど、人間は胸じゃないわよ」
もう少しで、人間の胸じゃないわよ、と言うところだった。
「レミィだって、それを見たら悲しがるわ。いくらその……パッドが優秀だからって、そこまで露骨にやられるとフォローができない」
「パチュリー様。これはパッドではございません」
「じゃあ何? 本当の胸だとでも言うつもり?」
「これは中華まんです」
なお悪かった。
咲夜の表情に迷いはない。それが、パチュリーの焦りを強くした。
なるべくソフトな口調で、説得を続ける。
「ね、ねぇ咲夜。私が悪かったわ。今度からはちゃんと悩みは聞いてあげる。できるだけ外に出て、仕事を手伝ってあげてもいい。だから、それはやめて」
「いいえ、たとえパチュリー様の頼みといえども、お断りいたします。私は今日から、この姿で、雑事をこなさせていただきますわ」
「お願いだから考え直してちょうだい。よく見ると、胸からほかほか湯気が出てるじゃないの。もう見るに耐えないわ」
パチュリーはそそくさと後ろの棚に手を入れて、
「ほ、ほら。ここに新開発の『胸を大きくする薬』があるから、これで我慢して」
「結構です。そんなドーピングに頼っても、どうせロクな結果にはならないでしょうから」
小粒の薬が入ったビンを差し出すも、咲夜はきっぱりと断ってくる。
「ド、ドーピングはダメで、中華まんはOKだというの?」
「無論です。中華まんは肉まん、それすなわち『肉』なり」
「いやその理屈はおかしいわ。成分が違うでしょう。ジャワカレーを食べてもジャワ原人にはなれないのよ」
「なれます。人が前に進み続けようとする限り、不可能はございません」
「む、むしろ『退化』してるんだけど」
「きっと野生の力を取り戻したのでしょう。それもまたよし」
「よくない! イエティママだってそんな胸してないわよ!」
「ねぇ聞いてパチュリー様」
「ええ、どんな悩みでも聞いてあげるわ」
「このおかげで今日から私、もっと優しくなれる気がするの♪」
「……な、なんで?」
「巨乳を『憎まん』」
「上手いこと言ってないで!」
なんたることか。通常ならあり得ない話だったが、咲夜と漫才が成立してしまっている。
必死で状況を整理しようとするパチュリーの耳に、不敵な笑いが聞こえてきた。
「ふっふっふ、パチュリー。いくら説得しようと思っても無駄だ。咲夜はもう私達の仲間なんだからな」
パチュリーは図書館の入り口の方を、きっ、と睨みつける。
「その声は魔理沙ね。…………って人違いでした。はじめまして。ようこそ当図書館へ」
「私はリリーマリサだぜ」
「やっぱり魔理沙なのね。最初からそう思っていたのよ。でも何なのその格好は」
赤白になっている魔理沙だけではない。
その後ろから、春の妖精の格好をした剣士、さらにはミニ賽銭箱を二つ首からぶら下げた巫女が現れて、パチュリーは当惑した。
「私達四人は、この春に今までの自分を脱ぎ捨てて、新たな自分へと生まれ変わることを決意した、リリー親衛隊だ」
「リリー親衛隊ですって?」
そんな面白そうな話、いや、馬鹿馬鹿しい話は聞いたことがなかった。
「そして、私もそれに加わることにいたしました。お嬢様には、夜になってから正式に申し述べますわ。残念ながら、美鈴は賛同してくれませんでしたけど」
咲夜は瀟洒な笑みをみせて言ってくる。
だが、大きすぎる胸に隠れて、見上げるパチュリーには、彼女の口元が見えなかった。
魔理沙がさらに続ける。
「残念ながら、美鈴はリリーサクヤの姿を見て放心状態で真っ白になってしまった。だが、パチュリー、お前なら参加してくれるだろう。新たに変わることで……」
「……………………」
「いや、無理な相談だったな」
「……え?」
「もうお前のあだ名は、紫もやしで固定されてしまっている。例えどんなことをしようと、病弱な魔女というイメージは払拭できないと思うぜ」
明らかな挑発だったが、実に癇に障る口調である。
パチュリーは黙ったまま、拳をむきゅっと握った。
「悔しかったら、私達を驚かせてみることだな。自称エンタヒーローさんよ」
「…………小悪魔!」
「はい、パチュリー様」
鋭い声でパチュリーがその名を呼ぶと、シュタッ、と天井に待機していた小悪魔が下りてくる。
「言わずとも、わかっているわね」
「委細承知。必ずや、ご期待にそえて見せましょう」
小悪魔が再び、天井へと消えていく。
ちなみに、ここの天井は高さ十五メートルほどあった。
「何をもってくるんだ」
「まあ、お楽しみに。本当はレミィを驚かすつもりで作ったんだけど……」
パチュリーはクールに言葉を切ってから、紅茶を飲みなおす。
「私も変わってみせようじゃないの。病弱を克服した、リリーパチュリーにね」
その横顔には、隠し切れない自信と、愉悦の笑みが浮かんでいた。
○○○
魔法の森にある一軒家。お菓子の甘い匂いが漂っている。
住人のアリス・マーガトロイドが、客人に出すクッキーを焼き終えたところだった。
そろそろ約束の時間、というところで、玄関のドアがノックされた。
「はーい、どなた?」
「……アリス、こほっ、開けてくれないかしら」
アリスはその返事に意表をつかれた。
くぐもった声は聞き覚えがあったが、彼女が呼んだ客ではなかった。
あの動かない図書館魔女がここにやってきたというのか。珍しいこともあるものだ。
調理用の厚手の手袋を脱いで、台所から玄関へと向かうことにする。
「パチュリー、貴方なの?」
アリスはドアを開けた。
背の低い西洋鎧が立っていた。
「ごきげ……」
バタン!!
アリスは最後まで聞かずに、扉を閉めた。
○○○
結局、押し問答の末に、アリスは二人の客人を招きいれることになった。
「つまり、これは夢じゃないのね」
「ああ、夢じゃない」
頭痛が増す。これからは、胡蝶夢丸を控えようと思ったのだが、今は切に幻覚であることを願っていた。
アリスの目の前に座る魔理沙は、いつもと違って服が赤色だった。
それも奇妙だったが、その隣に座る魔女はもっと珍妙な格好だった。
彼女はなぜか中世騎士の甲冑で身を固めていた。羽飾りのついた兜まで被って顔を隠しているので、パッと見ではまるで誰だか分からない。
だが、男が着るには小さなサイズの鎧と、時折咳をする仕草から、パチュリーであることを何となく想像できる。
胸当ての部分には、大きな字で、『深呼吸しましょう』と書かれていたが、それが逆に、見ているアリスの呼吸を苦しくさせていた。
「まあ、そんなわけで、お前も誘ってやったということだ」
「ああそう」
年の輪の反対側にあるハロウィンが、時空を超えてやってきたわけでもない。
やってきたのは、なんとリリー親衛隊であった。全く歓迎できないバッドイベントだ。
だけど……、
「春だからこそ変われる自分、素敵だろ。やってみないか」
「私達は、貴方にもぜひ参加してもらいたいのよ」
アリスはそれを聞いて、軽く咳払いをしてから、
「まあ……私も考えがないわけではないけど」
「おっ、あるのか?」
「ちょ、ちょっと待ってて」
軽やかな足取りで奥に消えていく人形遣いを、赤い魔法使いと動く西洋鎧は、座って待つことにした。
「どんな格好だろうな」
「魔法トリオの最終兵器となれば、否応にも期待が高まるわね」
二人がワクワクしていると、やがて扉が静かに開き、アリスがそっと出てきた。
「ど、どう?」
そのアリスの服装は、先ほどとは微妙に異なっていた。
彼女がよく着ている服と似たデザインだが、スカーフの形状が変わっていた。
何よりも、服の色が水色ではなく、すっきりした若草色になっていた。
「春の新色ということで、去年から作っていたんだけど……」
「はぁ~…………」
魔理沙とパチュリーは、揃ってため息をついた。
「な、なんなのよそのため息は、二人共!」
「これだから都会派は……」
「何もわかってないわね」
二人は嘆かわしいといわんばかりに、オウノウというジェスチャーで、同じタイミングで首を振る。
「教えてやるアリス。私達が目指している変化は、そんなもんじゃない」
「はぁ?」
「それじゃ誰がどう見てもいつものアリスじゃないの。私達が求めているのは、生息環境の変わったトノサマバッタじゃない。完全変態を終えたトリバネアゲハなのよ」
「トリバネ……? 意味がわからないんだけど」
「お前のオシャレなんぞ興味ないってことだ」
「なっ!」
「あとそんな、ちょっと頑張ってみました的な表情もいらないわね」
「…………!」
強烈なダメだしだった。
恥ずかしさと怒りのあまり、アリスの顔が朱に染まる。
それはそれで、薄緑色のお洋服と、よく似合っていた。
「つまり、イメージの問題なんだよ。お前の既存のイメージを打ち破るものじゃなくちゃ駄目なんだ」
「全くだわ」
「パチュリーを見ろよ。あの病弱虚弱の紫もやしが、こんな鎧を着て外を徘徊しているんだぜ。ちょっとしたホラーだろ」
「むきゅーパンチ!」
「わっ!」
パチュリーの拳が、魔理沙の頬に食い込んだ。
「な、何すんだ! ……って、あれ? 痛くない」
「驚いたようね、魔理沙」
面頬の隙間で、パチュリーの得意げな目が光っている。
「この鎧は見た目よりもずっと軽くて柔らかいのよ。自分が傷つくことも、相手を傷つけることもない。通気性も抜群だし、防臭加工もされている。さらに紫外線を完全カット。疲れた時は寝袋にさえなるという優れものなのよ」
古今無双の軟弱者のための鎧だった。
これでは既存のパチュリーのイメージそのまんまである。
「へー。アリスも触ってみろよ。面白いぜ、これ」
「遠慮するわ……」
ぷにぷにとパチュリーの鎧を突付く魔理沙に、アリスはげんなりした表情で断った。
「それで? この服がお気にめさないとすれば、私は何をしたらいいわけ?」
「だから言ってるだろうが。お前のイメージを一新させるような、革命的な何かを求めているんだよ」
「そもそも私のイメージってなんなのかしら」
それを聞いて、赤い魔法使いと鎧魔女は、顔を見合わせた。
「そりゃあ……」
「やっぱり……」
「人形マニアだな」
「いいえ。トリップしてハローエアフレンドね」
アリスのこめかみに青筋が走った。
「おお、そうだな! 友達百人連れてきたら、イメチェン間違いなしだぜ! 頑張れアリス!」
ぱぁん。
と魔理沙の頬が、景気の良い音を鳴らした。
○○○
「……というわけで、アリスも仲間になったぜ」
「……不本意ながら、参加することにしたわ」
手形のついた膨れっ面で魔理沙は言い、横のアリスは、ひくひくと頬を痙攣させながら言った。
二人と鎧パチュリーは、アリスの家の外に出て、他のメンバーと合流していた。
咲夜は大きな胸の上で顎に手をやり、人形遣いのオシャレな色の服を見て、
「アリスは服の色を変えただけ?」
「いや、聞いて驚け。こいつはなんとこの格好で相撲レスラーを目指している」
「相撲? それは斬新ね」
「ああ。たった今、見事な張り手を食らったばかりだ。未来は明るいな」
「…………後で覚えてなさいよ」
「ようこそリリーアリス。リリーレイムは、貴方とお賽銭を歓迎するわ」
「それはどうも……。私もあまり暇じゃないから、何をするにしても早くしてほしいんだけど……」
「どうせ人形を作るのに、とかだろ?」
「あのね、今日はあんた達よりも先に、来客の予定があったの」
アリスは何でもないつもりで明かしたのだが、全員が沈黙した。
「…………何よ。文句があるわけ?」
それからの場の反応は凄かった。
リリー親衛隊の誰もが色めき立って、
「おい聞いたか! アリスに来客だぞ! これは春にふさわしい珍事だぜ!」
「良かったわねアリス! 実はちょっと心配していたのよ!」
「ごめんなさい! さっきはエアフレンズとパジャマパーティーなんて言っちゃって!」
「ア、アリス! 今度は私も、遊びに行ってもいい!?」
「ずるいわよ妖夢! そういうことなら、私も紅魔館の特製お菓子のレシピを教えに……!」
「何なのよその反応は! 本気でぶん殴るわよ! あんた達!」
「アリスさ~ん、お待たせしました~」
と、のんびりした声が下りてくる。
「あれ、どうしたんですか。皆さん集まって」
そこに飛んできたのは、緑がかった髪に、青と白の巫女服の少女。
守矢神社の風祝、東風谷早苗だった。
魔理沙はそれを見て、ポンと手を打った。
「そうか、早苗だったのか。ちょうどいいところに来た。リリー親衛隊にようこそ」
「はい? というか、今日はずいぶん派手ですね、魔理沙」
場に集まっていた一人一人を見ていく中で、早苗の開いた目は大きくなっていく。
「……仮装大会?」
「いいや、私達は春を告げる妖精。それまでの自分を脱ぎ捨て、新たな世界を模索する求道者だ」
「春だみょん」
「お賽銭ゲットだわ!」
「ところで見てちょうだい。この胸どう思う?」
「はぁ。すごく……大きいです」
ぽかんとした表情で、早苗は感想を述べる。
「早苗。お前もメンバーに入らないか」
「え、私がですか?」
「早苗、こんな奴らの言うこと聞かなくていいから。悪いけど今日は帰ってちょうだい」
「おいアリス! お前もリリー親衛隊だろうが!?」
「知らないわよ! 相撲なんてやらないし!」
その喚き声は無視して、魔理沙は早苗の肩に手を置いた。
「早苗。お前も変わってみたい自分があるだろ」
「変わってみたい自分……」
「ほら、もっと目立ちたいとか、アピールしたい自分とか」
「そ、それについては心当たりが」
痛いところをつかれたように、早苗はうろたえ出す。
博麗神社の巫女が、その様子を見て、
「先輩としてアドバイスしておくけど……妖怪ですら目立たないやつがいるんだから、何か強烈なインパクトがないと、この幻想郷ではやっていけないわよ」
「うう……ですよね。ライスシャワーやミラクルフルーツは、頑張ったつもりなんですけど」
「まだまだね。ライスシャワーは米俵と一体化し、ミラクルフルーツは黒部スイカのお面をつけてやりなさい」
「そ、そこまで!」
まるで、ショッカーの改造手術を受けた風祝である。
幻想郷の常識は、早苗の想像をはるかに超えていた。
「そうね。私から見ると、貴方はいい子すぎるわね」
と、これは咲夜。その意見に、全員が首肯した。
「決まったわね。あんたの変身コンセプトは、悪!」
「えー! 悪ですか!?」
「決まりだ! さぁ! みんなで取り掛かれ!」
「よーし!」
「早苗さん、覚悟!」
「きゃー!」
哀れな風祝に、リリー達の魔の手が襲い掛かる!
といっても巫女服まで剥かれることはなく、早苗の変身は割とシンプルなものだった。
だが、その効果は抜群だった。
ファンシーな髪飾りを取り、後ろに長髪をなびかせ、腕を組んで仁王立ち。
顔はサングラスに咥えタバコ。眉間にはきつい皺。
イメージを大きく変えた、立派な『悪早苗』の誕生である。
「す、すごい迫力ね」
「……ああ」
「……お賽銭カツアゲしないでね?」
普段の人畜無害な早苗を知っているからこそ、面々は余計にビビっていた。
ギャップは時に萌えを生み、時に恐怖を生むのである。
煙の出ないタバコを咥えたまま、早苗は小首をかしげた。
「そんなに怖いですか?」
「あ、駄目よ。その口調だとすぐに怖くなくなるから。もっと悪早苗を意識して」
「は、はい。えーと……」
早苗はポーズを取りながら、ニヤリと笑ってみせた。
「ふっ。腋に賽銭箱ぶら下げて乞食のつもり? 哀れなもんね、田舎巫女は」
「なっ!?」
「それにそっちのメイドは人間? なにその胸。シリコン詰めたムネコンさんって感じかしら、笑わせるわ」
「殺ス!」
「きゃー、ごめんなさい!!」
「お、落ち着け霊夢!」
「咲夜も!」
慌てて魔理沙と妖夢は、殺気立つ巫女とメイド長を羽交い絞めにする。
「さ、早苗。それじゃあ『悪早苗』というより『黒早苗』だ。もう少し仲間には優しい言葉を使ってくれ」
「は、はい。ごめんなさい。申し訳ありません」
「全く驚かせてくれるぜ。むしろこれからはそのキャラで行けば、誰にもインパクトで負けないと思うんだが……」
「か、考えておきます……」
第七のメンバー、リリーサナエは、ぺこぺこと頭を下げながら答えた。
○○○
「さて、そろそろ面子も揃ったようだな」
「「ちょっと待ったぁ!」」
「話は全て聞いたわ!」
「リリー静葉と!」
「リリー穣子!」
「「私達も仲間に
○○○
「さて、そろそろ面子も揃ったようだな」
魔理沙は親衛隊の面々七人を見渡した。
「あのー、今のは完璧にスルーするつもりなんですか?」
「何の話だ?」
グラサン早苗の問いに、魔理沙は不思議そうな顔をする。
「ですから、今の……」
「早苗、私達は春の妖精だぜ」
「はい」
「『春』の、だ。覚えておくように」
「は、はい」
早苗はそれ以上問うのをやめた。
霊夢も全く気にせぬ様子で、腋の賽銭箱を鳴らしつつ、
「次はどうするの?」
「リリーの目的はただ一つ。新しく生まれ変わったこのメンバーで、春を告げに行くんだ」
「いい考えだけど、どこに行こうかしら」
「永遠亭はどう? 竹林の中で薄暗いし。春度が足りないわ」
「そうだな。それを考えれば、永遠亭はリリー親衛隊の敵! 悪の巣窟だ!」
「全くだわ! 春を知らない愚か者どもの、目を覚まさせてやるのよ!」
「いい気合だリリーパチュリー! じゃあ行くぞ!」
「おー!」
全員が拳を突き上げる。
そこにリリー親衛隊のテーマが流れだした。
ゆけ、リリー親衛隊
作詞 リリー親衛隊 作曲 リリー親衛隊
1
春ですよ~♪ 春だみょん~♪
我らはリリー親衛隊♪
雪をとかし、花咲かせ、伝えましょうー♪
Spring has come♪
2
春ですよ~♪ この季節~♪
誰もが夢見る女の子♪
新しい自分見つけてー、飛びだそうぜー♪
For your dream♪
「『みょんのヨウム』!」
バーン!
「『赤のマリサ』!」
ジャジャーン!
「『腋のレイム』!」
チャリーン!
「『乳のサクヤ』!」
バクニューン!
「『鎧のパチュリー!』
ムキューン!
「『悪のサナエ!』」
アクーン!
「そして『相撲のアリス』!」
どすこい!
「七人揃って、我らリリー親衛隊!!」
「ちょっと、私はオチ担当なの!?」
「気にするなアリス! 妖夢! 景気付けに、みんなに春度をくれ!」
「はい! 春だみょん!」
妖夢は、袋の中から、たくさんの春度を振りまく。
リリー達は、それを胸いっぱい吸い込んだ。
そして、彼女達のテンションは最高潮に達した。
○○○
竹林の中に、ひっそりとたたずむ永遠亭。そのさらに奥にある一室。
雑多な実験器具に囲まれて、八意永琳は薬の開発研究をしていた。
今は結果待ちの休憩中である。ビーカーの中身を眺めながら、頬杖をつき、コーヒーカップに口をつける。
「平穏ね……」
思わず呟いてしまったが運のつき。そういう時に限って、事件というのは起こるものなのである。
案の定、どたどたと廊下を走る音がしてきた。
この足音は聞き間違えるはずがない。
焦りを感じさせる早いノックに、永琳は、いいわよ入って、と声をかける。
凄い勢いで開いた戸の向うでは、予想通り、弟子兎の鈴仙が息を切らしていた。
「た、大変です師匠!」
「どうしたの、騒がしいわね」
「襲撃です!」
「あらそう」
特に珍しいニュースではない。永遠亭に襲撃となると、普通は候補が限られている。
「妹紅が昼間に来るとは珍しいわね」
「違います! もっと、おぞましい別のなにかです! あの集団は!」
「集団?」
聞き返す永琳の感覚に、遠くから異様な気配が伝わってきた。
騒がしい物音と、兎達の悲鳴が。
その数分前から、永遠亭ではかつてない、阿鼻叫喚の地獄絵図が繰り広げられていた。
「春だみょーん! 春だみょーん!」
「な、なにごとだ一体!」
「春じゃねぇ子はいねーがー!!」
「わああああ!!」
妖精姿の剣士が、なまはげのごとき怖い顔で、刀を振り回して進む。
「見える! 見えるぞ! 私にも春が見える!」
「ひぃ! こっちに来ないでー!」
「食らえ新技! 『濃い色マスタースパーク』!」
「ぎゃー!」
赤い金髪の魔法使いが、通常の三倍の速度で兎達を倒していく。
「さあ! お賽銭を入れなさい!」
「ば、馬鹿な! 吸い込まれる!」
「これぞ秘技、『夢想封印 腋』!」
「腋とはいったい……うごごご!!」
博麗の巫女の腋が、兎達の小遣いを飲み込んでいく。
「はっはっは! 見なさい! 兎がゴミのようだわ! 次は耳です! ひざまずけ! 命乞いをしろ!」
「な、なんという悪役! 守矢神社の風祝は、善良で優しいって聞いたのに!?」
「ふっ、何を隠そう、私は子供の頃、バイキ○マンを応援していました。テーマカラーは、ル○ージじゃなくてシャドームー○だったんですよ!」
「なにそれ! ってぎゃああああ!」
やたら性格の悪い風祝が、兎達をしばき倒していく。
「春で……ごほっごほっ、もうだめ」
「ちょっと! こんな状況で倒れないでパチュリー!」
「ああ、眩暈がする。一端ここで寝るわ。アリス、百烈張り手で援護して」
「だから! 私は相撲なんてしないわよ!」
さまよう鎧と人形遣いが、兎達に囲まれて漫才をしている。
襲撃の経験が無かったわけではない。流血沙汰が起きているわけでもない。
だが、理解不能な狂人達に、兎達はまともな対抗手段を用意できず、大混乱を起こしているのだった。
「これはもう私達の手には負えないと思って、師匠を呼びました……」
鈴仙はげっそりした表情で報告し終えた。
「確かに、尋常な事態ではないわね。一体何が原因なのかしら」
「実は、それについてですが……」
そこで、永琳の元に、配下の兎が一人走ってきた。
「永琳様!」
「状況を報告しなさい」
「あ、ありのままに起こったことを話します。私が侵入者の一人に飛びかかり、胸だと思って触れたら、それは中華まんでした。な……なにを言っているのか、わからないと思いますが、私にも」
「もういいわ。そいつらは今どこにいるの?」
「姫の部屋に向かったようです!」
「姫の?」
いくら死なないとはいえ、蓬莱山輝夜は、永遠亭にて最優先で守護すべき存在である。
そこまで進入されているとなると、状況はかなり悪いか。いや……、
「むしろ好都合かもしれないわね。すぐに、てゐを呼んできなさい」
「わかりました!」
「それで、ウドンゲ、さっき何を言いかけたの?」
「はい。気がついたんですが、襲撃者は皆……」
鈴仙の説明を聞いて、永琳には思い当たることがあった。
人間組のリリー達は、強烈な春の布教を行いつつ、やがてある廊下へとたどりついた。
「順路どおり進めばこっちだけど」
「先を追いましょう。鈴仙も仲間に入れなくちゃ」
「いや、この扉だけ少し開いているな」
「私の勘がここだって言ってるわ」
それぞれの台詞は、永夜以来のお約束。
「じゃあ行きましょう! 春のために!」
最後に、新メンバーの早苗がその戸を開け放った。
「なっ!?」
五人は驚愕する。そこには『冬』の権化がいたのだ。
レティ・ホワイトロックではない。
炬燵に包まってみかんを食べている蓬莱山輝夜である。
「あら、今日はあんた達なのね。永琳は何してるんだか」
寝そべった状態で、輝夜はもぐもぐと、みかんの房を頬張りながら、漫画を読んでいた。
さすがに、この光景には、全員のテンションが下がる。
「……卯月に入ったというのに、この体たらく」
「さすがは月の姫。想像の斜め下を行くわ」
「せめて、みかんの皮はちゃんとゴミ箱に捨てなさい」
「読んだ本は一箇所にまとめましょうね」
「冬眠中の諏訪子様よりも酷いです」
リリー達は揃って嘆息した。
「文句あるわけ? それともみかんが欲しいの? 一つあげるわよ」
「おお、サンキュー」
「五人で分けてね」
「やかましい! 今すぐ選択しろ!」
「リリーか!」
「お賽銭か!」
「剣か!」
「どれですか!?」
「答えは炬燵よ! しまわれてたまるものか!」
亀のように炬燵の下に引っ込んでで、輝夜はスペルカードを取り出す。
リリー五人もそれに向かって、鼻の穴から春度とやる気を注入してやろうと、飛びかかっていく。
その時だった。部屋の中央が突然奈落と化した。
「なっ!?」
「何だ!?」
「ええ!?」
「これは!?」
「きゃあ!」
「あーれー!」
咄嗟の出来事に、誰も対応できずに落ちていく。
さらには天井から、大量の枕や布団やらが、雨あられと降ってきた。
あっという間に、リリー達は生き埋めにされてしまった。
部屋の戸が開く。
そこには永遠亭のディフェンス陣、輝夜を守る最強のフラット3が立っていた。
「ふっふっふ。こんな時のために、侵入者一網打尽トラップをしかけていたのよ」
「てゐ……姫さままで埋まってるんだけど」
「炬燵卒業にはちょうどいいわ。それよりウドンゲ。全員を『治療』しなさい。その後医務室に運ぶわよ」
「はい、わかりました。みんな手伝って」
鈴仙の指令の元に、すぐに兎達が行動を開始した。
○○○
埋まった五名のリリー、そして捕まって麻酔を打たれた二名のリリーは、診察室へと運ばれた。
気絶していた彼女達は三十分、永琳の計算どおりの時間が経ってから、長椅子で目覚めた。
「あれ……ここは」
「なんだ……頭がガンガンするぜ」
「ふわぁ……どうしたの一体」
誰もが夢から覚めた顔をしている。
まず永琳は、全員の意識を、しっかり引き戻すことにした。
「貴方達、自分の格好を見てみた?」
「え……って、わ、わぁ!」
「うわっ! なんだこりゃ。いくらなんでも赤すぎるぜ!」
「わ、腋にお賽銭箱って、これは恥ずかしすぎるわ!」
「なんで胸に中華まんが詰まっているのよ!」
「やだ煙草! こんな姿……神奈子様に見られたら大変です」
「この鎧……息苦しい」
「……………………」
七人の人妖達は、それぞれのリアクションで、自らの格好に動揺する。
「やっぱりね。貴方達の波長があまりにも異常だったので、気絶している間、ウドンゲに元に戻させたわ」
「どういうこと? まさか異変だったわけ?」
「異変と呼べるかどうか。でも恐らく、その格好の原因は、これでしょうね」
永琳が取り出したのは、さっきまで妖夢の手にしていた大袋だった。
「それは、私が幽々子様からもらった……」
「この中に詰まっている春度は普通のものじゃないわ。莫大な妖力によって凝縮されて出来上がった新たな形態。通称『狂気の春度』」
「狂気の春度?」
「ええ。そして、この危険な春度は、人間に対して強い効果を発揮し、開放的な興奮状態にする効果があるの」
「なんだと!」
「じゃあ私達は、その春度に操られていたというの?」
魔理沙と咲夜は驚愕した。
「間違いないわね。普通の妖怪には、ほとんど効かないけど」
西洋鎧が血を吐いた。
「ちょっと待って! つまり、真犯人は妖夢にそれを渡した……」
「そんなっ! 幽々子様がそんなことを!?」
「どういうこと妖夢!」
「わ、私だって知らなかったの! ごめんなさい!」
呆然としていた妖夢が、皆に追い詰められて悲鳴をあげる。
永琳はおや、と片眉を上げた。
「あの亡霊嬢が、貴方にそれを渡したの?」
「…………はい」
「なるほど。それで納得したわ」
「え、何がですか?」
「その春度の意図よ。貴方達はみんないつもと違う格好をしている。しかし、それには共通点があるのよ」
「…………?」
リリー達は、お互いの姿を見ながら、首をかしげた。
「仕方が無いわね。それじゃあ、治療をはじめます。妖夢。まずは貴方から」
「はい」
「そんなに悩まなくても、貴方は普段から十分魅力的な女の子に見えるわ」
「は……いぇっ!?」
妖夢の返事が裏返った。
「ま、たまにはそういう格好をするのもいいかもしれないけど、深く悩まないこと。自信を持ちなさい」
「は、はぁ……」
「これで貴方の治療は終了」
次に永琳は、視線を横に移動する。
その先で、赤い魔法使いが、裸を見られたかのように、ひっ、と息を呑んだ。
「魔理沙」
「違う! 違うぞ! 私はそんなこと考えてなんかいないからな! こんな服!」
「何を慌てているの。貴方ほど幻想郷で黒が似合う奴はいないわ。異変解決も赤だけじゃ寂しいしね。それに、あの服装で引っかき回されるから、皆は退屈とは無縁なわけよ」
「あ、ああ……」
魔理沙はとんがり帽子を深くかぶって、ぼそぼそと返事した。
次の霊夢は、永琳に向かって、ぶーたれた顔をしていた。
「霊夢。お賽銭にこだわらなくても、貴方は食べていけるんじゃないの」
「それは……わかってるけどさ……」
「神社に行くみんながお賽銭を入れないのは、貴方が巫女と思われてないからじゃないわ。ただ霊夢としての貴方のほうが好きなだけだと思うのだけど」
「…………うん」
これまで見たことのない霊夢の態度を、幼馴染の魔法使いは、口を半開きにして見つめた。
次のメイド長は落ち着いていた。
「咲夜。言うまでもないと思うけど」
「…………」
「私には、紅魔館の誰もが貴方を大切にしているように見えるわ。尊むことはあれど、蔑むものなど一人もいない。違って?」
「……そうね。分かっていたんだけど」
咲夜は自嘲気味に笑ってみせる。どこと無く、すっきりしたようだった。
次のリリーは、少々挙動不審だった。
「東風谷早苗さん? ここが普通じゃないとはいえ、無理はしないこと。まあそれが貴方の地の性格だというなら、止めはしないけど」
「い、いえ。違います」
早苗は慌てて手を振った。ついでにサングラスも外すと、いつもの愛嬌のある目鼻が現れた。
永琳は視線をさらに移動させて、
「…………アリス?」
――飛ばされた!?
パチュリーはホッとしたようなガッカリしたような気持ちになった。
「私にも何かあるのかしら」
「アリス。誰にでも、秘密はあるわ」
「え……」
「でも私は、応援するつもりよ」
「な、なにを……」
永琳はニッコリと微笑んだ。
「立派な相撲レスラーを目指しなさい」
腹を抱えて爆笑する西洋鎧に、アリスは上手投げをかました。
○○○
変わるのは悪いことではない。
でも、あまりに急激な変化は、時に自分自身をも傷つけてしまうことがある。
まずは、今の自分の素敵なところを見つけること。その魅力が消えてしまうイメチェンなんて意味がないでしょう。
それを見つけてから、ゆっくり変わっていっても、遅くはないのよ。それじゃ、お大事に。
最後はそっけなく皆を帰してから、永遠亭の薬師は治療を終えた。
一応、また同じ症状が出た時のために、全員分のカルテを作っておく。
「やれやれ。まだみんな若いってことかしらね」
コーヒーを一口飲みながら、永琳は苦笑した。
彼女とて、ずっと真っ直ぐ生きてきたわけではない。今でも、過去の選択について、考える時がある。
どう変わるのも、どの道を選ぶのも自由。だが、その度に選べるのは一つであり、全てが違う景色へと繋がっている。
後悔はせずとも、つい他の景色を思い浮かべてしまうのは、人の性だろうか。
だけど、この幻想郷での景色は悪くなかった。
永遠の生の中で、限りある命の変化に触れることができるから。
悩み苦しみながら、大きく成長していく若人達が、永琳に今を生きることの素晴らしさを語ってくれるから。
その眩しい光景の中に、ふと、へにょり耳が現れる。
彼女の大切な弟子が、部屋に入ってくるところだった。
「師匠。終わりましたか?」
「ええ。お疲れ様、ウドンゲ」
永琳は親しみを込めて、まだ若い月の兎を愛称で呼んだ。
「急患が入らない限り、今日はもう予定がないわ。ここを片づけたら、貴方も好きにしていていいわよ」
「はい。師匠もお疲れ様でした」
「それじゃあまた夕飯で。私は実験に戻るから」
鈴仙に見送られながら、永琳は自室へと戻った。
「師匠……何か嬉しいことあったのかな」
去り際に見た永琳の微笑を思い出しながら、鈴仙は部屋を片付け始めた。
思いも寄らぬ激しい襲撃だったが、終わってみれば怪我人も少なく、多少修繕に手間取る部屋がいくつかある程度だった。
それでも、働くのは永遠亭の兎達なので、帰った七人にも手伝わせたいところだったけど。
と、片付けの途中で、彼女は妙なものに気がつく。
「あれ。これ忘れ物かしら」
鈴仙は『それ』を拾い上げた。
○○○
永遠亭を出て、竹林を抜ける間、皆が黙ったままだった。
互いの顔を見ることができず、かといって、さらっと別れることもできない。
お互いに、知られたくはない内面を晒してしまったことで、妙に緊張した状態が続いていた。
だが、それもいつかは終わる時が来る。
ぷ、と最初に吹き出したのは、誰だっただろう。
やがて誰とはいわず、妙な気恥ずかしさに、くすくすと笑い声が漏れる。
それが、仲直りの合図だった。
「ねぇ魔理沙。あんたひょっとして、私が羨ましかったりしたの?」
「はん、まさか。それより、霊夢がそんなに思い悩んでいたとは知らなかった。神社で言ったこと、謝るぜ。ごめん」
「別に悩んでなんてないわよ。ただ気に入らなかっただけだから」
「素直になれよ」
「そっちこそ」
笑って互いに小突きあう、幼馴染の巫女と魔法使い。
「ふふふ、しばらくは、その格好でもいいんじゃない? 本当に似合ってるわよ」
「あ……ありがとう。でも、やっぱり、いつもの方が動きやすいわ。咲夜のそれ、苦しくないの?」
「まぁね。さすがに四十個はやりすぎだったかしら。妖夢、一つ食べる?」
「い、いいわよ。美鈴さんに持っていってあげたらどうかな」
「そうね。ローマがどうのこうの言ってたけど、大丈夫かしらね」
自然に談笑する、メイドと庭師の従者コンビ。
「とんだ一日だったわね」
「そんなことないですよ。私は楽しかったですアリスさん」
「このスーツが役にたつときが来るとは思わなかったわ」
「いやあんた、いつまでその鎧を着ているつもりなのよ」
「ええと、初めましてですよね」
「ええ。私はパチュリー。図書館の管理をしているの。外界の本を持ってきてくれるなら歓迎するわ」
「東風谷早苗です。図書館ですか!? それは興味があります!」
「でもあそこって魔道書ばっかりだから、早苗には厳しいんじゃないかしら」
「そんなことないわよ。漫画もあるのよ。最近外から入った『スペースシンドバッド』とか……」
自己紹介する魔女と風祝、その仲を取り持つ人形遣い。
いつの間にか、そうやって、皆の会話が弾む。
共に温泉につかったかのように、春の格好で出会う前よりも打ち解けていく。
悩み、ライバル心、不満。それらが知らず知らず作っていた壁が、溶けてなくなっていた。
そして、さらなる魔法の言葉が、聞こえてくる。
「春ですよ~♪」
遠いその声に、誰もが振り向いた。
耳に触るほど甲高くなく、胸焼けがするほどだらしなくもない。花の蜜をすくうような、適度に間延びした幼い声だった。
「春ですよ~♪」
妖夢と同じ服装、だがだいぶ背が小さい。その姿が、ふわふわと舞いながら、草木に命を吹き込んでいく。
しゃぼん玉のように、春の香りがはじけていき、温められた風に乗って、こちらへと運ばれていく。
わぁ……。
芽吹いた草が土を隠し、小さなつぼみが花開こうと頑張る。しおれた蝶々が羽を広げ、日の光を浴びて飛んでいく。
木の上では、鳥達が妖精の歌に答え、殻を破った雛が顔を出す。彼らの巣の下、風に揺れ動いた枝の葉が、緑に輝いた。
季節が移り変わり、命が生まれ変わる瞬間である。
誰もが、春の御技に見惚れて、ため息を漏らした。
「……やっぱり、本物には敵わないわね」
「ああ、そうかもな」
霊夢と魔理沙は、しかし嬉しさをこめて苦笑する。
「幸せそうですね」
「ええ。のんびりしているわね。これが本当の春の良さかしら」
妖夢と咲夜は、清々しい顔で微笑する。
「終わらない冬は無い。眠りがあれば、目覚めもある」
「人の心もまた同じ。誰もがその内に、四季を納めているのよね」
静葉と穣子が、粛々と季節を説く。
「この格好で外に出て、皆で春を祝う。想像もしなかったわ」
「やっぱり、幻想郷って不思議なところですね……」
パチュリーと早苗が、感慨深く呟く。
「……気のせいか、二人増えてると思うんだけど」
アリスが一人、冷静に指摘する。
どれくらいたっただろうか。
妖精姿の妖夢が、ふと思いついて振り向いた。
「ね、ねぇみんな。今度、花見にいかない?」
「え? でもそれは」
「桜の下で飲み会、っていうのは予定に入ってたと思うぜ。毎年恒例だし」
「そうじゃなくって……」
妖夢は小さく息を吸い込んでから、勇気を出して言った。
「私達……リリー親衛隊だけで。いいでしょ?」
皆は目を丸くし、それから一斉に笑顔を咲かせた。
「決まりだな! いい考えだぜ!」
「ええ、他の面子には内緒で行きましょう!」
「その時もこの格好にする? やっぱり元に戻そうかな」
「いいえ、もっと凄い変身をしていくわ! 見てなさい!」
「いや、目的がずれてるわよ、パチュリー。もうそれはやめて」
「私達も参加していいかしら」
「もちろん構わないぜ」
「良かったわね、姉さん!」
「っていうか、いつからいたのよあんた達?」
「もう一人、必要な子がいますよ! あの妖精も呼んであげなきゃ」
「そうそう忘れるところだった」
「ちゃんと挨拶してなかったしね」
「ああ、あいつこそが、本物の春の妖精なんだからな」
一同は足並みを揃え、ゆっくりと歩き出した。
リリー親衛隊最後のメンバー。穏やかで情緒あふれる本当の春の魅力を教えてくれた、春の妖精リリーホワイトを迎え入れようと……。
だが、そこにまた、新たな声が。
「妖夢ー。これ忘れ物よー」
竹林から姿を現したのは、鈴仙だった。
全員の息が止まりかけた。
その手には、今回の悪夢を生み出した『大きな袋』が!
「お、おい! 鈴仙!」
「待って待って、こっちに来ないで!」
「それはダメ! もっと慎重に扱って!」
「……え? って、きゃあ!」
ドジっ娘兎は何もないところで転び、間の悪く春一番が吹く。
そして袋の中身は全て、正気に戻ったはずの九人に向かって、避ける間もなく飛んできた。
○○○
「春ですよー♪」
挨拶とともに春度を振りまく。
リリーホワイトはこの季節が大好きだった。
春を伝える役目を与えられているから?
「春ですよー♪ 春ですよー♪」
いいえ、それだけじゃない。
新しい命のために、寒さに凍えたもののために、全身で歌うことができる喜びが、この上ない幸せなのだ。
もっとも、それを独り占めするつもりはない。だって誰もが、春が好きなのだから。
むしろ、一人よりも、もっといっぱいの子達と、春を喜び合いたかった。
(……春ですよー…………)
ほらほら。聞こえたでしょ。毎年こうやって、ついて来てくれる子がいるのだ。
同じ春の妖精だったり、人間だったり、妖怪だったり、獣だったり。
でも、春が好きなら、みんな仲間。待ってて。今そっちに行くから。
そして今日も、一緒に春を歌いましょう。
リリーホワイトは華やかな笑顔で振り向いた。
謎の集団が突撃してきた。
「春だみょおおおおん!!」
見た目は妖精の半人剣士が、刀を抜いて、
「春だぜええええええ!!」
真っ赤な服を着た魔法使いが、目をぎらつかせて、
「春よお賽せえええええん!!」
紅白の巫女が、両腋のお賽銭箱を鳴らして、
「春なのよ大きくしたいいいいい!!」
瀟洒なメイド長が、豊満な胸を揺らして、
「は……げほ! げほ!」
背の低い西洋鎧が、咳き込んで、
「春だぜ夜露死苦うううううう!!」
グラサンをかけた風祝が、咥え煙草を噛み締めて、
「春なんて嫌いだああああ!!」
「秋ばんざーい!!」
季節外れの神様姉妹が、殺気だった様子で、
「待ちなさいってあんた達!」
ちょっぴり頑張ってみた人形遣いが、皆を止めようと懸命になって、
それは春の歌声というよりは怒号だった。
草木はしおれ、親鳥は雛を置いて逃げ出し、冬眠明けの虫が気絶する。
のどかな空気を、根こそぎ吹き飛ばす暴走族。『春の悪魔』達の蹂躙だった。
そして彼女達は、迷わず一直線に、か弱き春の妖精を目指していた。
あふれんばかりの陽気に、暴走した状態で。
「は、春じゃないですよー!!」
標的にされたリリーホワイトは、血相を変えて逃げ出した。
恐怖に追い立てられながら、全速力で山へと帰る。
残った九名のリリーは、『ゆけ、リリー親衛隊』を大合唱し、騒ぎ踊った。
その熱狂っぷりは半端ではなく、必死に彼女達を元に戻そうとした鈴仙まで洗脳されかけ、兎耳をビシッと立てた頼りがいのあるリリーレイセンが誕生しそうになったほどであった。
あのリリーホワイトは、まだ戻ってこない。
リリー親衛隊が一同に揃って花見酒を楽しめるのは、まだ先のことになりそうである。
(おしまい)
家にこもり、薬草やキノコを煎じて試し、一からコツコツと派手な魔法を組み上げていく。
たゆまぬ研鑚と努力を発射台に、幻想郷の空にど迫力な一発。
それが、魔理沙のライフワークであり、生き様でもあった。
そんな彼女の目標は高く、それでいて近い存在だった。
向うは魔理沙を気にせず歩き続けているが、いつかその先に回りこんで、びっくりさせてやりたい。
圧倒的な速さと至高の火力、そして鮮烈な美しさを持つ、自分だけの魔法を手に入れて。
――その時、あいつはどんな顔で私を見るだろうか……。
夢見る魔理沙は、今日も徹夜明け。自室の机で、腕を枕にして寝ていた。
癖のある金髪に差す、窓の日差しの温かみが増している。心地よい朝だった。春がそこまで来ているのだ。
「ん……いかんいかん……」
いかん、と口にしつつも、魔理沙の顔は机から上がらなかった。
窓際で浴びる木漏れ日が、ケープとなって、背中を包みこむ。
夜更かしの後にこれはたまらない。思考に疲れた脳がとろけてしまい、ベッドに歩き向かうのも面倒になる。
後のことは、次に目が覚めてから考えることにした。
こんこん
と、窓ガラスを叩く音がして、少し身じろぎする。
それは、昨年もこの机で聞いた、春の訪れを告げる合図だった。
幻想郷ではおなじみの妖精、リリーホワイトが窓をノックしているのだろう。
いつもなら構ってやるのだが、残念ながら今は、何を聞いても起きる気はない。
というわけで、しばしこのまま、おやすみタイム……
「は……春だみょん」
魔理沙は顔を跳ね上げた。
窓ガラスの向うで、不思議な妖精がこちらを見ていた。
~春です陽気でルナティック~
起きた魔理沙は玄関から、その存在を招きいれた。
「椅子はそっちだ。ちょっと散らかってるけど、気にしないでくれ」
「……うん」
実際のところ、居間はちょっとどころではない散らかり様だったが、椅子に座る訪問客は何も言わなかった。
入れたての紅茶を、そのお客に出し、魔理沙はテーブルの反対側に座った。
重い瞼を開いたまま、あらためて相手の姿を凝視する。
「んで……その格好は何の真似だ?」
とんがり帽子。透き通った翼。赤い刺繍の入った白装束。
その姿は、まさにリリーホワイト。
「幽々子様が……」
……のコスプレをした魂魄妖夢だった。
ここから離れた冥界にある白玉楼の庭師兼剣術指南役である。
いつもの濃い緑を基調とした少々地味な出で立ちと違って、今日の彼女は、やけに可愛らしい装いだった。
だが、
「その刀は、ちと物騒じゃないか……?」
腰に挿している二本の得物、楼観剣と白楼剣を、魔理沙は指さして言った。
明らかにそこだけ浮いていたのだが、持ち主はその柄に軽く触れて、
「刀は剣士の魂。こんな格好だし……これが無かったら、落ち着かなくて」
「いや、その格好だから物騒だと思うんだが」
うーむ、魔理沙はとうなった。
(春だみょーん!)
と告げにくる、刀を抜いたコスプレ庭師。
頭に浮かんだその光景は、春の妖精というよりは春の狂人だった。
目覚めの季節とは言うものの、何か別のものに目覚めているようだ。
というか、そんなもんに春を告げられたら一生もののトラウマだ。ぜひともあの世にお帰り願いたいところである。
今のところ、妖夢の態度は落ち着いたものだったが。
「私だって、本当はいつもの格好の方がいいんだけど……」
「だろうな。主人の命令には逆らえないってことだろ」
「……まあ、そんなところ」
「しかし、全くその意図が読めないんだが」
「私もよくわからないんだけど、何か嬉しいことがあったみたいなの」
「嬉しいこと?」
「うん」
困った顔の妖夢が、今朝に体験したことを語り始める。
魔理沙はハーブ茶を飲んで目を覚まし、まずは話を聞くことにした。
○○○
「妖夢」
早朝の白玉楼。
その長い廊下で、魂魄妖夢は、主人の西行寺幽々子に呼び止められた。
「何でしょう、幽々子様」
「リリーヨウムになりなさい」
ずでん。
思いっきりコケた妖夢は、なんとか床に片膝をついて立ち上がろうとする。
「ど、どういう意味ですか、幽々子様」
「あらあら、今言ったとおりなのだけど」
「……申し訳ありませんが、全く分からないです」
「今言ったとおりなのに。じゃあ、ちょっと来てちょうだいな」
逆らうこともできず、笑みを湛えた主人に、妖夢は奥の間へと連れて行かれた。
そこで、すでに用意していたらしき衣装を、はい、と幽々子が見せてくる。
それは、妖夢も知っている、リリーホワイトの着ている服だった。
いったいどこで手に入れたのだろうか。おおかた、彼女のお友達であるスキマ妖怪からだろうけど。
「これを私に着ろというわけですか」
「そうよ。リリーヨウムになりなさい」
「なんでですか?」
何だか前も似たようなことがあった気がするが、あの時よりはまだ分かりやすい依頼ではある。
だが、その動機が全く読めなかった。
「異変の時は、春度を奪って、皆さんにご迷惑をかけたでしょう。だから今度は、妖夢に春を告げに行かせようと思ったのよ」
「いや、そうおっしゃられても、私にはそんな能力はありません」
「まあまあ、いいからこれに着替えてちょうだい」
るんるんと鼻歌まで歌いながら、幽々子は服を広げていく。
その様子を見て、妖夢は気がついた。
「幽々子様。何か嬉しいことがあったんですか?」
「あらあら、いつに無く鋭いわね、妖夢」
「確かに私は鈍いかもしれませんが、幽々子様の表情の変化ぐらいは」
「ほらほら、早く着替えて着替えて」
「……わかりました。い、いえ、着替えは自分でできますってば」
妖夢はたどたどしい手つきで、命令どおり、素直にその服に着替えた。
白い長袖が大きく垂れており、スカートも普段穿いている緑のものより厚手だった。
だが、背中の羽のオプションも含めて、どれも重さを感じさせない。
幽々子はそれを見て、うふふと満足そうに笑う。
「とっても可愛いわ妖夢。どうかしら?」
「……ちょっと動きにくいですけど……まあ」
「気に入ってくれたなら、はいこれ」
着替え終わった妖夢は、最後に大きな袋を渡された。
「何ですか、これは」
「その袋には、特別な春の空気が詰まっているのよ」
「空気、ですか」
確かにそれは、持ってみても、空っぽの手応えがある。それに、春度もかなり詰まっているようだ。
「顕界のお友達に、それを振りまいてあげること。それじゃあ、行ってらっしゃい」
「はぁ……本気なんですね」
「もちろん本気よ。春だからってボケたわけじゃないわ」
春夏秋冬通じて天然ボケじゃないですか、というツッコミを飛ばすには、まだ妖夢の肝は足りていなかった。
真面目な従者は、大人しく主人の言うことに従うまでである。
「あ、言い忘れていたわ。向うの桜並木は通らないでね。絶対に行っちゃだめよ」
「え、どうしてですか?」
「お客さんが来ているのよ。藍ちゃんと橙がね」
「藍さんと橙が? どうして教えてくれなかったんですか。挨拶してきます」
「こら、行っちゃだめっていったでしょ。言いつけを守らなかったら、もう妖夢とは口をきいてあげないわよ。自分の役割を全うしなさい」
「わ、わかりました」
「じゃあ、頑張ってきてね~」
「だから、何でそんなに嬉しそうなんですか……」
釈然としないまま、妖夢は白玉楼から出発した。
生まれて初めて着る、リリーホワイトの格好で。
妖夢の春が、幻想郷を救うと信じて……。
長い間ご愛読ありがとうございました!
幽々子先生の次回作にご期待ください!
(おわり)
○○○
「意味がわからん」
話を聞き終えた魔理沙は、開口一番、つっこんだ。
「私だってわからないわよ」
無念そうなため息混じりに、妖夢も返してくる。
「とりあえず、降りた先がここだったから、寄らせてもらったんだけど……」
「その袋の中身が、例の春の空気か」
「春だみょん」
どうやら、その台詞だけは気に入っているらしい。
妖夢は大袋の口を広げて、中から春の空気を手で取り出す仕草を見せる。
桜の香りが、魔理沙の鼻をくすぐった。
「なんか……不思議な空気だな」
「なんでも、幽々子様が言うには、特製の空気だとか」
「あいつが言うと怪しげだな。毒でも混じってなければいいんだが……」
しばらく魔理沙はその匂いを嗅いでいたが、やがて顰めていた眉を解いた。
背もたれに寄りかかり、手を頭の後ろに組みながら笑う。
「でも私の目から見ても、その格好、似合ってると思うぜ」
「え、本当?」
「ああ。だけど、いつものお前さんには見えん。刀を持ってなきゃ、気がつかないやつもいそうだ」
「う……そう」
妖夢は少し残念そうだった。帽子の角度を調整したり、服の生地を摘んでいる。
そうやって格好を気にする仕草も含めて、ますますいつもの妖夢には見えなかった。
魔理沙はふむ、とうなずく。
「そうか。春といえば、イメチェンか」
「え?」
「ふっふっふ。ようやくアレを試せるときが来たわけだ」
「アレ?」
魔理沙はそれには答えず、少しよろめきながら、ゆらりと立ち上がった。
「魔理沙……ひょっとして、寝ていないの?」
「ああ、昨日は徹夜だった。まあ、眠気覚ましに、ハーブとキノコの薬を飲んでるから、まだまだ動けるぜ」
「目がいつもよりも怖いんだけど……わっ、瞳孔が開いてる」
「大丈夫、大丈夫」
妖夢に不安な表情で見送られながら、多少酔った様な動きで、魔理沙は奥へと消えていった。
○○○
幻想郷は東の果てにある博麗神社にも、春が本格的にやってこようとしていた。
大地の緑が濃くなり、裏の桜も咲きかけている。虫は目覚め、鳥は歌う。
そんな四季の移り変わりの中で、博麗の巫女だけは、いつもと変わらず、お茶を飲んでいた。
穏やかな陽気に、縁側で一休みする少女。見るものをほっと落ち着かせる雰囲気がある。
その古き良き日本の情景に、一陣の風が舞い込んできた。
「よう、霊夢」
よく知るその声に、巫女は座ったまま、ちらりと目をやって、
「今日は何の用事? まり……ぶー!」
「おいおい。私の名は『まりぶー』じゃないぜ」
「ゲホッ……ゲホッホ! エッホ!」
お茶を吹いたうえに気管に入った素敵な巫女は、縁側でむせながら七転八倒する。
それまでの風情が一気に台無しになってしまった。
「騒がしいやつだな。それも春らしいってことか」
「ゲホ……! ぢょ、ぢょっとあんた」
「なんだ?」
「何なのよ、その格好は!」
まず立ち上がり、霊夢は怒鳴りながら、びしっと指をさした。
その先にいるのは、腐れ縁の友人である白黒の魔法使い。
……ではなかった。
「リリーマリサだぜ」
と頭に手をやって、斜めにポーズを取っているのは、友人の霧雨魔理沙に違いない。
顔つきも髪の色も声も同じ。だが、明らかに違う部分がある。
今日の彼女の服は『赤』かった。
エプロンドレスは純白だが、帽子やスカートなどの、いつも黒い部分が全て『真っ赤』に染まっていたのだ。
それだけで、普段とはまるでイメージが異なっていた。黒白ならぬ、赤白の魔法使いである。
「どうだ。似合ってるか」
「似合ってないからやめなさい。紅白は私とキャラが被るでしょ」
「別にお前の専売特許じゃないぜ。今なら天狗にも速さで勝てそうだ。赤い彗星(クリムゾンブレイジングスター)と呼んでくれ」
「誰が呼ぶか」
「霊夢……実はちょっと色々あって」
と、もう一人の姿を見て、霊夢はいよいよ困惑した。
そこに立っているのは、春妖精の服装に身を包んだ、半人半霊の剣士だった。
「あ、あんたもしかして、妖夢?」
「春だみょん」
大きな袋を開けながら、妖夢は間の抜けた一言を告げる。
それを聞いて、霊夢はへなへなと縁側に座り込んだ。額に手をやって熱を確かめながら、
「一体何の異変なのよこれは……」
「私達は春を告げる妖精だ」
「妖精って、あんた一昨日まで人間だったじゃない」
「細かいことはいいんだ。重要なのは、今が春だってことだ。そして目覚めの季節は、生まれ変わるチャンスを、人妖問わず与えてくれるのさ。スプリーング」
「……何か変なもんでも食べた?」
「実は魔理沙は、夜更かしに加えて、気付けのキノコが原因でテンションが変らしいの」
「あんたのその格好も、キノコが原因なの?」
「わ、私は、主人の幽々子様の命令でやってるのよ」
「あいつの命令ねぇ……まあ似合ってるけどね。刀挿してなきゃ妖夢には見えないけど」
やっぱりか……と、妖夢は嬉しいような悲しいような、複雑な表情になった。
その間横をくるくると回っていた魔理沙は、ぴたりと霊夢に向かって止まった。
「霊夢、お前も変わってみないか?」
「何によ」
「新しい霊夢、リリーレイムにだ」
「それは丁重にお断りする」
「じゃあお前はこの春も、お賽銭が入らない貧乏巫女ってことになるな」
「貧乏は余計。お賽銭のことも大きなお世話。大体、あんた達がお賽銭を入れてくれないんでしょうが。宴会で騒ぐだけ騒いで、後片付けもせずに」
「それは置いといて。私にいい考えがあるんだ。お前のお賽銭を増やす秘策が」
霊夢はそれを聞いても、興味のないそぶりで、お茶を一口すする。
だが、しばらく待っても、魔理沙が何も言わずに、ニヤニヤとしているだけだったので、
「うっとおしいから、さっさと言いなさい」
「じゃあ解説してやろう。お前は確かに人気者だが、誰もお賽銭を入れることに魅力を感じない。お前のことを気に入っている妖怪達は、お前はあくまで霊夢としてみていて、神社の巫女として見ていないからな」
「……ああそう。それで?」
「つまり、霊夢の魅力と、お賽銭が結びつけば解決だ。お前の最も魅力的な部分に、小さな賽銭箱を取り付ければいいのさ」
「ふ~ん」
あまり有効な策には聞こえなかったが、一つだけ気になるフレーズがあった。
「でもさ、私の最も魅力的な部分って何よ?」
「『腋』だ」
ズコー!!
と、霊夢と妖夢は仲良く地を滑った。
半ば腰を抜かした巫女の方は、ふらふらと立ち上がりながら、
「ちょ、ちょっと! 私の一番の魅力は『腋』なんかい! それはいくらなんでも聞き捨てならないわよ!」
「なんだ。お前はどこだと思っていたんだ」
「そ、そりゃあ……」
一瞬、霊夢は言葉に詰まって考える。やがて指と指をもじもじと合わせながら、
「……素敵な笑顔とか」
「うわぁ、ずいぶんと恥ずかしいなそれは」
「うぎぎ……って腋を自慢にする方が恥ずかしいわよ!」
「甘い! お前のチャームポイントは腋にある!」
「はぁ!?」
「いいか霊夢!」
魔理沙は熱い口調で語り始めた。
「神社に集まる妖怪は、お前の腋が好きなんだ! 例え巫女服の上にデストロイヤーみたいなマスクを被っていても、奴らはお前に寄ってくる! 主にお前の腋を目指してな! ただし! 腋の出ていない巫女服にしてしまえば、楽園の『普通』の巫女だ! 魅力ナッシングだぜ!」
「んなわけないでしょうがああああ!」
「ぐぉふ!」
お賽銭風脚を食らって、力説していた赤魔理沙は吹き飛ぶ。
「はぁ、はぁ……」
霊夢はしばらく、肩で息をしていたが、
「……ねぇ……そんなわけないよね?」
「う、うん。大丈夫だと思うわよ」
不安混じりに妖夢に問うと、彼女はコクコクとうなずいた。
極力、腋から視線を外そうと努力しているように見えるのは気のせいか。
そこで地面に大の字になっていた魔理沙が、むっくりと体を起こして、
「いい蹴りだったぜ……」
「はいはいどうも」
「それで、ミニ賽銭箱の用意はあるのか」
「まあ一応、前に詐欺やってた妖怪兎から没収したやつなら。って、本当にやらせる気なの?」
「当然だ。何せ春だからな」
「最後までそれで通すつもりなのね……」
――ここじゃ常識は通用しない、と言われたあの風祝の気持ちが、今になって分かるとは
博麗の巫女は、今年に入って一番のため息をついた。
「これ……すっごく動きにくいんだけど」
首の後ろに紐を回し、掌サイズのお賽銭箱二つに、穴を開けて通す。
腋に装着すると、腕を常に上げていなければならないので、胸の前に位置させる。
肩からお賽銭箱を二つぶら下げた腋巫女。リリー・レイムの完成である。
「……………………」
「……………………」
魔理沙と妖夢は、しばし沈黙していた。
この春の陽気の中、凍りついたように、ぴくりとも動かない。
霊夢はそれを見て、本日何度目かのため息をつき、
「気が済んだなら、もう外すわよ」
「……待ってくれ、霊夢」
魔理沙はポケットから何かを取り出し、左胸のミニ賽銭箱に投入する。
「えっ?」
チャリーン、と霊夢の腋が、軽やかな音を立てる。
慌てて覗いてみると、それは小さな銀貨だった。さすがにこれには瞠目する。
「ま、魔理沙。どうしたのよ。あんたがお賽銭入れるのって何年ぶり?」
だが、彼女は答えない。それどころか、また高価なお賽銭を投入しようとする。
「ちょ、ちょっと落ち着きなさい。妖夢も何か言ってよ」
しかし、妖夢もまた、神妙な顔つきで、右胸のお賽銭箱に、チャリーンと硬貨を入れる。
霊夢はそこで、異常に気がついた。
「……何で二人とも泣いてるの?」
そう、二人は泣いていた。
赤い魔法使いと妖精剣士は、肩を震わせながら、顔を歪ませて涙していた。
「わからない……わからないんだ……涙の理由が」
「私も……霊夢の姿を見て……その音を聞いて……なぜか涙が止まらなくて」
感動とも悲哀ともつかないその表情に、霊夢は呆気に取られていたが、ふと思い当たった。
「まさか、これも春の効果?」
「ああ、きっとそうだ……今のお前の姿は光り輝いて見えるぜ。今日からお前はリリーレイムだ」
「リリーレイム……」
霊夢はその名を小さく呟く。
その瞬間、胸の内から湧き上がるエネルギーに、強く拳が握られる。
「よく分からないけど、これでもう木の葉や松ぼっくりじゃない、本物のお賽銭が手に入るのね!」
「ああ! その通りだ!」
「間違いないわ!」
霊夢のテンションが上がるにつれて、残る二人も活気付く。
これで、仲間は三人に増えたのだ。
彼女達は円になって、中央で手を重ね合わせた。
「私達は、春を告げる妖精!」
「一人はみんなのために! みんなはお賽銭の……じゃなかった春のために!」
「新たな自分を目指して!」
その瞬間、リリー親衛隊が結成された。
「よし! もっと仲間を増やそうぜ! 紅魔館に行くぞ!」
「おー!」
新たな春の妖精達は早速、博麗神社から霧の湖を目指して出発した。
「あ、でもその前に、もう一度お賽銭を入れさせてくれ」
「いいけど……いざこうして何度も入れられると、気持ち悪いわね」
そう言いつつも、まんざらでもない気分で、霊夢は手を後ろに組んで、ミニ賽銭箱を突き出す。
また、その腋が、チャリーンと澄んだ音を響かせた。
○○○
吸血鬼の住む紅魔館は、霧の湖の側に建っている。
周囲には他に大きな建物が無い上に、赤い色をしているので、やたらと目立つ。幻想郷でもっとも目立つ建物かもしれない。
そうでなくても、すでに何度も足を運んだことのある三人は、道に迷うはずも無いのだが。
大きな時計台を持つ館を、ぐるりと白い塀が囲んでいる。
そして、門番の紅美鈴は相変わらず、よいお天気の中、立ったまま昼寝していた。
「……何か怪しいわね」
「あいつは寝ているようで、意外に気配に敏感だからな」
「美鈴さん、私だって気がつくかな」
三者はそれぞれ感想を述べつつ、離れた場所で待ってみることにした。
ところが、しばらく経っても、美鈴が起きる様子はなかったので、結局、魔理沙が代表して挨拶することになった。
忍び足でそっと近づく。つま先で立ち、その赤い長髪に隠れた耳に、低い声で囁いた。
「美鈴……昼寝とはいい度胸ね」
「どわぁ!! 寝てません! 寝てませんよ咲夜さん!」
飛び上がって慌てふためく門番に対し、白黒ならぬ赤白の魔法使いはからからと笑った。
「はっはっは、いい反応だな」
「え? そ、その声は霧雨魔理沙!?」
「おっ、やっぱり気がつかなかったのか」
「どうしたのその服装は!? な、なんか気配まで変わってるし!」
「ほほう。まるで妖精のようだとか?」
「…………た、確かに。それっぽい」
どうやら、いつもと違う気配に、美鈴は油断していたらしい。
残りの二人、霊夢と妖夢も近づいていく。
「お久しぶりです、美鈴さん。春だみょん」
「そ、その声は妖夢ちゃん……?」
「オサイセーン。ギブミーオサイセーン」
「そ、その声は進駐軍時代の子供達……?」
「いや、リリーレイムだぜ」
混乱のあまり電波を受信する美鈴を、魔理沙は現実へと引き戻した。
「私達はリリー親衛隊。この春に、今までの自分とおさらばし、新たな自分となって日々励む、妖精戦士だ」
「よく分からないけど……この紅魔館に怪しい奴を入れることはできません。お引取りください」
気を取り直した美鈴は、腕を組んで門の前に立ち塞がる。
「まあまあ落ち着け。私達は何も、お前と戦いに来たんじゃない。ただ、仲間を増やそうとやってきたんだ」
「仲間? それはつまり、私もリリー親衛隊に入れと?」
「音速が速くて助かるぜ。で、ご返答は?」
「お断りします。私は今の自分に、そしてここでの役割に満足しています。変わる必要なんてありません」
紅魔館の門番は、誇らしげに胸を張った。実に見事な大きさだった。
三人はその胸から視線を上げて、
「本当に変わりたいと思わないの?」
「ありません」
「本当にですか?」
「ええ。ですから帰ってください」
「……そうか。邪魔して悪かったな」
魔理沙はあっさりと引き返すそぶりをみせた。
「気が変わったら来てくれよ。『中国』」
わざとらしく言い残されたその名詞に、美鈴の顔色が、はっきりと変わった。
「今なんて?」
「お、気にさわったようだな」
「もう一度それを言ったら、容赦しないわよ」
「そんなつもりなんてないぜ。いや、必要がないんだ。なぜならみんな、心の中でそう思っているんだから」
ニヤニヤと魔理沙は笑う。門番の髪が逆立った。
「『中国』じゃなくて、私の名前は、『紅美鈴』です!」
轟音とともに、彼女の全身から、闘気が噴出した。
震脚で割れた地面に立ち、武の構えを取っている。
燃え上がる瞳は、ひたと魔理沙を捕えており……ちょっぴり涙目だった。
「やっと覚えてくれたと思ったのに! もう長い間、誰にもそんな風に呼ばれなかったのにー!」
「なら私達が言ってやる」
「許さないわ! 覚悟!」
「じゃあ聞こうか。紅美鈴は何語読みですか?」
「え……中国語」
反射的に出た一言。それを聞いて、魔理沙は鼻で笑った。
さらに質問を畳み掛ける。
「失礼ですが、ご出身は?」
「四川の山奥ですけど……」
「貴女の好物は?」
「ちゅ、中華料理です」
「ご趣味は何でしたっけ」
「……太極拳」
「…………」
「…………」
「ニーハオ」
「いえ、你好(ニィハオ)ですよ。アクセントはちゃんと……はっ!」
「ふっふっふ」
「うう……」
美鈴の左弓歩の構えが歪み、握った拳がだらりと下がる。
実際彼女は、闘う構えまで中国スタイルだった。
魔理沙は勝ち誇った表情で、しゃがみこんでしまった門番を見下ろす。
わざわざ問答に付き合ってしまうとは、彼女も人の良い妖怪であった。
「お前の個性が中国一色である以上、決してその名から逃れることはできないぜ」
「そんな……じゃあ、私はどうすれば」
「簡単な話だ。『中国』から離れればいい。生まれ変わるんだ」
「……離れた私に何が残るっていうんですか。何に生まれ変われというんですか」
「『ローマ』だ」
「「ちょっと待て」」
たまらず、霊夢と妖夢が突っ込む。
だが、美鈴だけは違った。
「ローマ……」
その単語を聞き、彼女の精神は地中海へと向かっていた。
そびえ立つ凱旋門をくぐり抜け、パラティーノの丘にたどり着いたとき、彼女はホン・メイリニウスとなっていた。
古代ローマ帝国。
多様な民族、文化、宗教を内包し、千年の栄華を極めた唯一無二の大帝国。その頂点に立つ皇帝こそが彼女だった。
長き不毛な内乱を終わらせたメイリニウスは、元老院の意見を積極的に取り入れ、帝国領内の治安の安定と、平和を目指して努力してきた。
それらはついに身を結び、ローマはかつてない繁栄へと続く、最初の一歩を踏み出す時が来たのであった。
パンと見世物に満たされた民衆が、今日もコロッセオに集い、壇上に向けて拍手喝采を送る。
誰もが喜びに満ち溢れており、皇帝の名を永久に愛すことを誓った者達である。彼らの歓声を受けるホン・メイリニウスの心に、爽やかな風が吹いた。潮とオリーブの香りが混じった、ティレニアの風が……。
「……って、何それ!」
いつの間にか身につけていた白いトーガと月桂樹の冠を、美鈴は脱ぎ捨てた。
「なんだよ。気に入らないのかローマ? 落ち着けよローマ。カルシウム足りてるかローマ」
「ローマローマ言うな! 脈絡がさっぱりないでしょう! 中国って言われるよりも腹が立つわ!」
「やれやれ。霊夢はこの手で、簡単に納得してくれたっていうのに」
「はっ!? ちょっと魔理沙! 今なんつった、あんた!」
巫女が目をつり上げるが、腋の賽銭箱に硬貨を入れると、たちまち顔を喜びでいっぱいにして、大人しくなる。
魔理沙はその頭をよしよしと撫でながら、
「どうだ、メイリニウスよ。お前もこんな幸せな顔になってみたくないか」
「結構です。私は美鈴で十分幸せです。ローマもお断りです」
同じくためらわずにお賽銭を投入しつつも、美鈴は決然と言い放った。
巫女の笑顔はさらに深くなった。
「紅魔館でも、お前を認めなおす奴が増えるかもしれないぜ」
「そんな甘言には惑わされません」
「鬼のメイド長を見返したくないか」
「咲夜さんのことですか? 彼女は優しいですよ。……たまに」
「おかしいな。昼飯がコッペパンだと聞いたんだが」
「それは! 貴方が! 不法侵入したときだけ!」
「ぐ、首をじめ゛るな゛ぐるじぃ~」
「……何の騒ぎ?」
そこに突然、新たな声が入る。気配も無く場に出現したのは、
「予想よりも人が多いわ」
「咲夜さん!」
件の時をかけるメイド長、十六夜咲夜だった。
いつもと同じメイド服姿。だが、一つだけ違う点は、右手で湯気の立つ大きめの蒸篭を持ち上げている所だった。
「ご飯の時間ですね!?」
「そうだけど、どうやら遊んでいたようね、美鈴」
「ち、違いますよ~! 私はちゃんと、ここを死守してました!」
「今日のお昼は抜きにしたほうがいいのかしら。中華まんをふかしてみたんだけど。貴女の好物だから」
「ああっ!? よりによって今が、たまに優しい咲夜さんだなんて!」
「…………たまに?」
「はっ! 違います! ローマが悪いんです!」
そんな言い訳が通じるのは、おそらくカルタゴ兵相手くらいである。
美鈴は情けない声で弁解するが、咲夜はそれを聞いても涼しい顔で受け流し、蒸篭をこれ見よがしに回している。
そこで、魔理沙が二人の会話に割って入った。
「ちょっと待ってくれ咲夜」
「あら貴方たち、揃いも揃って不思議な格好ね」
「言っておくが、その中華まんは必要ないぜ。何せ美鈴は、もう中国とは関係がないんだからな。持って帰れ」
「ちょっ!」
美鈴は慌ててその口を塞ぎにかかるが、魔理沙はひょいっと身をかわす。
咲夜の目が、わずかに鋭くなった。
「どういう意味かしら?」
「こいつはもう、お前の中華まんなんざ食えないってことだ。何せ彼女はローマだ。せめて、堅パンとワインじゃなきゃあな」
「……………………」
「ふっ、完全で瀟洒なメイドともあろうものが、気が利かないったらありゃしない。がっかりだぜ」
あわわわわ、とうろたえる美鈴。
メイド長の肩が、わなわなと震えていた。
「そう……私のせっかくの好意は、無駄だったようね」
蒸篭が地面に落ち、中華まんがこぼれる。
咲夜が代わりに取り出したのは、鈍い輝きをみせる銀のナイフである。
美鈴は恐怖に顔を引きつらせた。
「さ、咲夜さん! 誤解です! 中華まんバンザイです!」
「言い訳は地獄で聞くわ」
「ひぃっ! 誰か!」
「待って咲夜!」
と間に助けに入ったのは、妖精姿のリリーヨウム。
咲夜はそれを冷たい目で見下ろす。
「邪魔する気? 妖夢」
「い、いや、これには訳があるの」
「何かしら」
「春だみょん」
「どうやら貴方も死にたいようね」
「違う、違う!」
「違います! 落ち着いてください!」
妖夢と美鈴は、溺れるように手をばたつかせる。
その後ろで霊夢が、事態を悪化させた魔理沙に言う。
「一応、あんたから理由を説明した方がいいんじゃないの」
「そうだな。咲夜、聞いてくれ。お前変わりたいと思ったことがないか?」
「質問の意味するところがわかりにくいけど、全く無いと言っておくわ」
「そうかな。知らないとでも思っているのか。お前の重大な秘密を」
彼女の殺気は美鈴達から、魔理沙の方へと向かった。
顔の怖さも、その気配の冷たさも、はるかに増している。
「前から言おうと思っていたけど、口には気をつけたほうがいいわよ、魔理沙」
「まだ何も話してないぜ。でも、私も人のことを言えたレベルではないが、お前ほど悩むのも珍しいとは思うな」
「もう、そのことについては考えないようにしているのよ」
「殊勝な心がけだが、今は春なんだよ咲夜。お前の願いもかなう。ほら、霊夢を見ろよ。彼女は本当の幸福を掴んだんだ」
「私には関係の無い話ね」
チャリーン、と硬貨を巫女の腋賽銭箱に入れつつ、咲夜は魔理沙を睨み続けた。
その視線が、ふっと弱気になる。
「……だって、もう全て試したんだもの」
「いいや、まだ全てじゃないさ」
「その舌を切り取ってあげましょうか?」
「そんなことをしても、お前の『大きさ』が変わるわけじゃない」
「……うっ!」
刃物に刺されたかのように、咲夜は身をよじり、屈んで胸を押さえた。
魔理沙の声が大きくなる。
「十六夜咲夜! もっと上を見ろ!」
「嫌よ!」
「お前は今も悩んでいるじゃないか! 助かりたくないのか!」
「聞きたくない! やめて!」
「諦めるな! 春は誰にでも、変わるチャンスがあるんだ! お前だって例外じゃない!」
「無理なのよ! もうこれ以上、私に望みを抱かせないで!」
咲夜は顔を手で覆って、悲痛に叫ぶ。
数々の失敗は、彼女に決して癒すことの出来ない傷をつけていたのだ。
だが、本当に癒せないのだろうか。魔理沙は真剣な表情で、さらにエールを送った。
「それを拾え!」
「え!?」
「迷わず手に入れろ! そして、私達の仲間になれ!」
その指は、地面の蒸篭をさしていた。
「気づけ咲夜! その中華まんは、そのためにあるんだ!」
その瞬間、リリーサクヤが開眼した。
○○○
紅魔館内部にはいくつもの部屋があるが、中でも特に大きいのが、地下にある大図書館だった。
蔵書の数は今も増えている。無断で借りていくものはいても、ここで読みふける者は少ない。
その一人、七曜の魔女、パチュリー・ノーレッジは、本日も読書中だった。
「失礼いたします」
パチュリーはその声に、無言でうなずいた。
カップに新しい紅茶が、静かに注がれていく。
読書の邪魔にならない、それでいて疲れが癒される程度の音。相変わらず、見事な手並みだった。
「パチュリー様。今日はまた、珍しい本を読んでいらっしゃいますね。童話ですか?」
「……最近ここに入った本よ。興味深いわ。ちょっと残酷だけどね」
パチュリーはページから顔を上げずに、本をちょっと立てて見せる。
その表紙には、『狂犬ラッシー』と書かれていた。肉を求めて主人の下へ……。
「咲夜の方こそ、珍しいじゃない。いつもは気を使って話し掛けてこないのに」
「そうですわね。でも、春は変化の季節ですから」
「そう。もう春なのね」
滅多に外に出ない魔女は、カップを口に持っていきながら、ふとメイド長の方を見た。
「プーッ!」
紅茶の霧が舞った。
「けほっ! けほっ! さ、咲夜……」
「どうなさいましたか。パチュリー様」
「けほっ、こっちの台詞よ。それは何の真似?」
パチュリーは咳き込みながら、うろんげな目つきで、咲夜の姿に視線をやる。
主にある一点に。
「何って、リリーサクヤですわ」
そういう彼女は、銀髪の上にいつものホワイトブリム。エプロンつきメイド服も変わらない。
しかし、バストだけが違った。
三つ編みの垂れた咲夜の胸のあたりは、爆弾かブルトンでも搭載しているかのように、ぱっつんぱっつんの凸凹に膨らんでいた。
推定V―MAX。美鈴をはるかに超える超巨乳である。首の上のすっきりした顔立ちと合わさると、正直ギャグにしか思えない。
もちろん、昨日の彼女はそんな状態ではなかった。たった一日で、いかなる火山活動が彼女の身に起こったというのだろう。
パチュリーは乱れた呼吸と心境を、何とか整えることに成功した。
「咲夜。気持ちはわかるけど、人間は胸じゃないわよ」
もう少しで、人間の胸じゃないわよ、と言うところだった。
「レミィだって、それを見たら悲しがるわ。いくらその……パッドが優秀だからって、そこまで露骨にやられるとフォローができない」
「パチュリー様。これはパッドではございません」
「じゃあ何? 本当の胸だとでも言うつもり?」
「これは中華まんです」
なお悪かった。
咲夜の表情に迷いはない。それが、パチュリーの焦りを強くした。
なるべくソフトな口調で、説得を続ける。
「ね、ねぇ咲夜。私が悪かったわ。今度からはちゃんと悩みは聞いてあげる。できるだけ外に出て、仕事を手伝ってあげてもいい。だから、それはやめて」
「いいえ、たとえパチュリー様の頼みといえども、お断りいたします。私は今日から、この姿で、雑事をこなさせていただきますわ」
「お願いだから考え直してちょうだい。よく見ると、胸からほかほか湯気が出てるじゃないの。もう見るに耐えないわ」
パチュリーはそそくさと後ろの棚に手を入れて、
「ほ、ほら。ここに新開発の『胸を大きくする薬』があるから、これで我慢して」
「結構です。そんなドーピングに頼っても、どうせロクな結果にはならないでしょうから」
小粒の薬が入ったビンを差し出すも、咲夜はきっぱりと断ってくる。
「ド、ドーピングはダメで、中華まんはOKだというの?」
「無論です。中華まんは肉まん、それすなわち『肉』なり」
「いやその理屈はおかしいわ。成分が違うでしょう。ジャワカレーを食べてもジャワ原人にはなれないのよ」
「なれます。人が前に進み続けようとする限り、不可能はございません」
「む、むしろ『退化』してるんだけど」
「きっと野生の力を取り戻したのでしょう。それもまたよし」
「よくない! イエティママだってそんな胸してないわよ!」
「ねぇ聞いてパチュリー様」
「ええ、どんな悩みでも聞いてあげるわ」
「このおかげで今日から私、もっと優しくなれる気がするの♪」
「……な、なんで?」
「巨乳を『憎まん』」
「上手いこと言ってないで!」
なんたることか。通常ならあり得ない話だったが、咲夜と漫才が成立してしまっている。
必死で状況を整理しようとするパチュリーの耳に、不敵な笑いが聞こえてきた。
「ふっふっふ、パチュリー。いくら説得しようと思っても無駄だ。咲夜はもう私達の仲間なんだからな」
パチュリーは図書館の入り口の方を、きっ、と睨みつける。
「その声は魔理沙ね。…………って人違いでした。はじめまして。ようこそ当図書館へ」
「私はリリーマリサだぜ」
「やっぱり魔理沙なのね。最初からそう思っていたのよ。でも何なのその格好は」
赤白になっている魔理沙だけではない。
その後ろから、春の妖精の格好をした剣士、さらにはミニ賽銭箱を二つ首からぶら下げた巫女が現れて、パチュリーは当惑した。
「私達四人は、この春に今までの自分を脱ぎ捨てて、新たな自分へと生まれ変わることを決意した、リリー親衛隊だ」
「リリー親衛隊ですって?」
そんな面白そうな話、いや、馬鹿馬鹿しい話は聞いたことがなかった。
「そして、私もそれに加わることにいたしました。お嬢様には、夜になってから正式に申し述べますわ。残念ながら、美鈴は賛同してくれませんでしたけど」
咲夜は瀟洒な笑みをみせて言ってくる。
だが、大きすぎる胸に隠れて、見上げるパチュリーには、彼女の口元が見えなかった。
魔理沙がさらに続ける。
「残念ながら、美鈴はリリーサクヤの姿を見て放心状態で真っ白になってしまった。だが、パチュリー、お前なら参加してくれるだろう。新たに変わることで……」
「……………………」
「いや、無理な相談だったな」
「……え?」
「もうお前のあだ名は、紫もやしで固定されてしまっている。例えどんなことをしようと、病弱な魔女というイメージは払拭できないと思うぜ」
明らかな挑発だったが、実に癇に障る口調である。
パチュリーは黙ったまま、拳をむきゅっと握った。
「悔しかったら、私達を驚かせてみることだな。自称エンタヒーローさんよ」
「…………小悪魔!」
「はい、パチュリー様」
鋭い声でパチュリーがその名を呼ぶと、シュタッ、と天井に待機していた小悪魔が下りてくる。
「言わずとも、わかっているわね」
「委細承知。必ずや、ご期待にそえて見せましょう」
小悪魔が再び、天井へと消えていく。
ちなみに、ここの天井は高さ十五メートルほどあった。
「何をもってくるんだ」
「まあ、お楽しみに。本当はレミィを驚かすつもりで作ったんだけど……」
パチュリーはクールに言葉を切ってから、紅茶を飲みなおす。
「私も変わってみせようじゃないの。病弱を克服した、リリーパチュリーにね」
その横顔には、隠し切れない自信と、愉悦の笑みが浮かんでいた。
○○○
魔法の森にある一軒家。お菓子の甘い匂いが漂っている。
住人のアリス・マーガトロイドが、客人に出すクッキーを焼き終えたところだった。
そろそろ約束の時間、というところで、玄関のドアがノックされた。
「はーい、どなた?」
「……アリス、こほっ、開けてくれないかしら」
アリスはその返事に意表をつかれた。
くぐもった声は聞き覚えがあったが、彼女が呼んだ客ではなかった。
あの動かない図書館魔女がここにやってきたというのか。珍しいこともあるものだ。
調理用の厚手の手袋を脱いで、台所から玄関へと向かうことにする。
「パチュリー、貴方なの?」
アリスはドアを開けた。
背の低い西洋鎧が立っていた。
「ごきげ……」
バタン!!
アリスは最後まで聞かずに、扉を閉めた。
○○○
結局、押し問答の末に、アリスは二人の客人を招きいれることになった。
「つまり、これは夢じゃないのね」
「ああ、夢じゃない」
頭痛が増す。これからは、胡蝶夢丸を控えようと思ったのだが、今は切に幻覚であることを願っていた。
アリスの目の前に座る魔理沙は、いつもと違って服が赤色だった。
それも奇妙だったが、その隣に座る魔女はもっと珍妙な格好だった。
彼女はなぜか中世騎士の甲冑で身を固めていた。羽飾りのついた兜まで被って顔を隠しているので、パッと見ではまるで誰だか分からない。
だが、男が着るには小さなサイズの鎧と、時折咳をする仕草から、パチュリーであることを何となく想像できる。
胸当ての部分には、大きな字で、『深呼吸しましょう』と書かれていたが、それが逆に、見ているアリスの呼吸を苦しくさせていた。
「まあ、そんなわけで、お前も誘ってやったということだ」
「ああそう」
年の輪の反対側にあるハロウィンが、時空を超えてやってきたわけでもない。
やってきたのは、なんとリリー親衛隊であった。全く歓迎できないバッドイベントだ。
だけど……、
「春だからこそ変われる自分、素敵だろ。やってみないか」
「私達は、貴方にもぜひ参加してもらいたいのよ」
アリスはそれを聞いて、軽く咳払いをしてから、
「まあ……私も考えがないわけではないけど」
「おっ、あるのか?」
「ちょ、ちょっと待ってて」
軽やかな足取りで奥に消えていく人形遣いを、赤い魔法使いと動く西洋鎧は、座って待つことにした。
「どんな格好だろうな」
「魔法トリオの最終兵器となれば、否応にも期待が高まるわね」
二人がワクワクしていると、やがて扉が静かに開き、アリスがそっと出てきた。
「ど、どう?」
そのアリスの服装は、先ほどとは微妙に異なっていた。
彼女がよく着ている服と似たデザインだが、スカーフの形状が変わっていた。
何よりも、服の色が水色ではなく、すっきりした若草色になっていた。
「春の新色ということで、去年から作っていたんだけど……」
「はぁ~…………」
魔理沙とパチュリーは、揃ってため息をついた。
「な、なんなのよそのため息は、二人共!」
「これだから都会派は……」
「何もわかってないわね」
二人は嘆かわしいといわんばかりに、オウノウというジェスチャーで、同じタイミングで首を振る。
「教えてやるアリス。私達が目指している変化は、そんなもんじゃない」
「はぁ?」
「それじゃ誰がどう見てもいつものアリスじゃないの。私達が求めているのは、生息環境の変わったトノサマバッタじゃない。完全変態を終えたトリバネアゲハなのよ」
「トリバネ……? 意味がわからないんだけど」
「お前のオシャレなんぞ興味ないってことだ」
「なっ!」
「あとそんな、ちょっと頑張ってみました的な表情もいらないわね」
「…………!」
強烈なダメだしだった。
恥ずかしさと怒りのあまり、アリスの顔が朱に染まる。
それはそれで、薄緑色のお洋服と、よく似合っていた。
「つまり、イメージの問題なんだよ。お前の既存のイメージを打ち破るものじゃなくちゃ駄目なんだ」
「全くだわ」
「パチュリーを見ろよ。あの病弱虚弱の紫もやしが、こんな鎧を着て外を徘徊しているんだぜ。ちょっとしたホラーだろ」
「むきゅーパンチ!」
「わっ!」
パチュリーの拳が、魔理沙の頬に食い込んだ。
「な、何すんだ! ……って、あれ? 痛くない」
「驚いたようね、魔理沙」
面頬の隙間で、パチュリーの得意げな目が光っている。
「この鎧は見た目よりもずっと軽くて柔らかいのよ。自分が傷つくことも、相手を傷つけることもない。通気性も抜群だし、防臭加工もされている。さらに紫外線を完全カット。疲れた時は寝袋にさえなるという優れものなのよ」
古今無双の軟弱者のための鎧だった。
これでは既存のパチュリーのイメージそのまんまである。
「へー。アリスも触ってみろよ。面白いぜ、これ」
「遠慮するわ……」
ぷにぷにとパチュリーの鎧を突付く魔理沙に、アリスはげんなりした表情で断った。
「それで? この服がお気にめさないとすれば、私は何をしたらいいわけ?」
「だから言ってるだろうが。お前のイメージを一新させるような、革命的な何かを求めているんだよ」
「そもそも私のイメージってなんなのかしら」
それを聞いて、赤い魔法使いと鎧魔女は、顔を見合わせた。
「そりゃあ……」
「やっぱり……」
「人形マニアだな」
「いいえ。トリップしてハローエアフレンドね」
アリスのこめかみに青筋が走った。
「おお、そうだな! 友達百人連れてきたら、イメチェン間違いなしだぜ! 頑張れアリス!」
ぱぁん。
と魔理沙の頬が、景気の良い音を鳴らした。
○○○
「……というわけで、アリスも仲間になったぜ」
「……不本意ながら、参加することにしたわ」
手形のついた膨れっ面で魔理沙は言い、横のアリスは、ひくひくと頬を痙攣させながら言った。
二人と鎧パチュリーは、アリスの家の外に出て、他のメンバーと合流していた。
咲夜は大きな胸の上で顎に手をやり、人形遣いのオシャレな色の服を見て、
「アリスは服の色を変えただけ?」
「いや、聞いて驚け。こいつはなんとこの格好で相撲レスラーを目指している」
「相撲? それは斬新ね」
「ああ。たった今、見事な張り手を食らったばかりだ。未来は明るいな」
「…………後で覚えてなさいよ」
「ようこそリリーアリス。リリーレイムは、貴方とお賽銭を歓迎するわ」
「それはどうも……。私もあまり暇じゃないから、何をするにしても早くしてほしいんだけど……」
「どうせ人形を作るのに、とかだろ?」
「あのね、今日はあんた達よりも先に、来客の予定があったの」
アリスは何でもないつもりで明かしたのだが、全員が沈黙した。
「…………何よ。文句があるわけ?」
それからの場の反応は凄かった。
リリー親衛隊の誰もが色めき立って、
「おい聞いたか! アリスに来客だぞ! これは春にふさわしい珍事だぜ!」
「良かったわねアリス! 実はちょっと心配していたのよ!」
「ごめんなさい! さっきはエアフレンズとパジャマパーティーなんて言っちゃって!」
「ア、アリス! 今度は私も、遊びに行ってもいい!?」
「ずるいわよ妖夢! そういうことなら、私も紅魔館の特製お菓子のレシピを教えに……!」
「何なのよその反応は! 本気でぶん殴るわよ! あんた達!」
「アリスさ~ん、お待たせしました~」
と、のんびりした声が下りてくる。
「あれ、どうしたんですか。皆さん集まって」
そこに飛んできたのは、緑がかった髪に、青と白の巫女服の少女。
守矢神社の風祝、東風谷早苗だった。
魔理沙はそれを見て、ポンと手を打った。
「そうか、早苗だったのか。ちょうどいいところに来た。リリー親衛隊にようこそ」
「はい? というか、今日はずいぶん派手ですね、魔理沙」
場に集まっていた一人一人を見ていく中で、早苗の開いた目は大きくなっていく。
「……仮装大会?」
「いいや、私達は春を告げる妖精。それまでの自分を脱ぎ捨て、新たな世界を模索する求道者だ」
「春だみょん」
「お賽銭ゲットだわ!」
「ところで見てちょうだい。この胸どう思う?」
「はぁ。すごく……大きいです」
ぽかんとした表情で、早苗は感想を述べる。
「早苗。お前もメンバーに入らないか」
「え、私がですか?」
「早苗、こんな奴らの言うこと聞かなくていいから。悪いけど今日は帰ってちょうだい」
「おいアリス! お前もリリー親衛隊だろうが!?」
「知らないわよ! 相撲なんてやらないし!」
その喚き声は無視して、魔理沙は早苗の肩に手を置いた。
「早苗。お前も変わってみたい自分があるだろ」
「変わってみたい自分……」
「ほら、もっと目立ちたいとか、アピールしたい自分とか」
「そ、それについては心当たりが」
痛いところをつかれたように、早苗はうろたえ出す。
博麗神社の巫女が、その様子を見て、
「先輩としてアドバイスしておくけど……妖怪ですら目立たないやつがいるんだから、何か強烈なインパクトがないと、この幻想郷ではやっていけないわよ」
「うう……ですよね。ライスシャワーやミラクルフルーツは、頑張ったつもりなんですけど」
「まだまだね。ライスシャワーは米俵と一体化し、ミラクルフルーツは黒部スイカのお面をつけてやりなさい」
「そ、そこまで!」
まるで、ショッカーの改造手術を受けた風祝である。
幻想郷の常識は、早苗の想像をはるかに超えていた。
「そうね。私から見ると、貴方はいい子すぎるわね」
と、これは咲夜。その意見に、全員が首肯した。
「決まったわね。あんたの変身コンセプトは、悪!」
「えー! 悪ですか!?」
「決まりだ! さぁ! みんなで取り掛かれ!」
「よーし!」
「早苗さん、覚悟!」
「きゃー!」
哀れな風祝に、リリー達の魔の手が襲い掛かる!
といっても巫女服まで剥かれることはなく、早苗の変身は割とシンプルなものだった。
だが、その効果は抜群だった。
ファンシーな髪飾りを取り、後ろに長髪をなびかせ、腕を組んで仁王立ち。
顔はサングラスに咥えタバコ。眉間にはきつい皺。
イメージを大きく変えた、立派な『悪早苗』の誕生である。
「す、すごい迫力ね」
「……ああ」
「……お賽銭カツアゲしないでね?」
普段の人畜無害な早苗を知っているからこそ、面々は余計にビビっていた。
ギャップは時に萌えを生み、時に恐怖を生むのである。
煙の出ないタバコを咥えたまま、早苗は小首をかしげた。
「そんなに怖いですか?」
「あ、駄目よ。その口調だとすぐに怖くなくなるから。もっと悪早苗を意識して」
「は、はい。えーと……」
早苗はポーズを取りながら、ニヤリと笑ってみせた。
「ふっ。腋に賽銭箱ぶら下げて乞食のつもり? 哀れなもんね、田舎巫女は」
「なっ!?」
「それにそっちのメイドは人間? なにその胸。シリコン詰めたムネコンさんって感じかしら、笑わせるわ」
「殺ス!」
「きゃー、ごめんなさい!!」
「お、落ち着け霊夢!」
「咲夜も!」
慌てて魔理沙と妖夢は、殺気立つ巫女とメイド長を羽交い絞めにする。
「さ、早苗。それじゃあ『悪早苗』というより『黒早苗』だ。もう少し仲間には優しい言葉を使ってくれ」
「は、はい。ごめんなさい。申し訳ありません」
「全く驚かせてくれるぜ。むしろこれからはそのキャラで行けば、誰にもインパクトで負けないと思うんだが……」
「か、考えておきます……」
第七のメンバー、リリーサナエは、ぺこぺこと頭を下げながら答えた。
○○○
「さて、そろそろ面子も揃ったようだな」
「「ちょっと待ったぁ!」」
「話は全て聞いたわ!」
「リリー静葉と!」
「リリー穣子!」
「「私達も仲間に
○○○
「さて、そろそろ面子も揃ったようだな」
魔理沙は親衛隊の面々七人を見渡した。
「あのー、今のは完璧にスルーするつもりなんですか?」
「何の話だ?」
グラサン早苗の問いに、魔理沙は不思議そうな顔をする。
「ですから、今の……」
「早苗、私達は春の妖精だぜ」
「はい」
「『春』の、だ。覚えておくように」
「は、はい」
早苗はそれ以上問うのをやめた。
霊夢も全く気にせぬ様子で、腋の賽銭箱を鳴らしつつ、
「次はどうするの?」
「リリーの目的はただ一つ。新しく生まれ変わったこのメンバーで、春を告げに行くんだ」
「いい考えだけど、どこに行こうかしら」
「永遠亭はどう? 竹林の中で薄暗いし。春度が足りないわ」
「そうだな。それを考えれば、永遠亭はリリー親衛隊の敵! 悪の巣窟だ!」
「全くだわ! 春を知らない愚か者どもの、目を覚まさせてやるのよ!」
「いい気合だリリーパチュリー! じゃあ行くぞ!」
「おー!」
全員が拳を突き上げる。
そこにリリー親衛隊のテーマが流れだした。
ゆけ、リリー親衛隊
作詞 リリー親衛隊 作曲 リリー親衛隊
1
春ですよ~♪ 春だみょん~♪
我らはリリー親衛隊♪
雪をとかし、花咲かせ、伝えましょうー♪
Spring has come♪
2
春ですよ~♪ この季節~♪
誰もが夢見る女の子♪
新しい自分見つけてー、飛びだそうぜー♪
For your dream♪
「『みょんのヨウム』!」
バーン!
「『赤のマリサ』!」
ジャジャーン!
「『腋のレイム』!」
チャリーン!
「『乳のサクヤ』!」
バクニューン!
「『鎧のパチュリー!』
ムキューン!
「『悪のサナエ!』」
アクーン!
「そして『相撲のアリス』!」
どすこい!
「七人揃って、我らリリー親衛隊!!」
「ちょっと、私はオチ担当なの!?」
「気にするなアリス! 妖夢! 景気付けに、みんなに春度をくれ!」
「はい! 春だみょん!」
妖夢は、袋の中から、たくさんの春度を振りまく。
リリー達は、それを胸いっぱい吸い込んだ。
そして、彼女達のテンションは最高潮に達した。
○○○
竹林の中に、ひっそりとたたずむ永遠亭。そのさらに奥にある一室。
雑多な実験器具に囲まれて、八意永琳は薬の開発研究をしていた。
今は結果待ちの休憩中である。ビーカーの中身を眺めながら、頬杖をつき、コーヒーカップに口をつける。
「平穏ね……」
思わず呟いてしまったが運のつき。そういう時に限って、事件というのは起こるものなのである。
案の定、どたどたと廊下を走る音がしてきた。
この足音は聞き間違えるはずがない。
焦りを感じさせる早いノックに、永琳は、いいわよ入って、と声をかける。
凄い勢いで開いた戸の向うでは、予想通り、弟子兎の鈴仙が息を切らしていた。
「た、大変です師匠!」
「どうしたの、騒がしいわね」
「襲撃です!」
「あらそう」
特に珍しいニュースではない。永遠亭に襲撃となると、普通は候補が限られている。
「妹紅が昼間に来るとは珍しいわね」
「違います! もっと、おぞましい別のなにかです! あの集団は!」
「集団?」
聞き返す永琳の感覚に、遠くから異様な気配が伝わってきた。
騒がしい物音と、兎達の悲鳴が。
その数分前から、永遠亭ではかつてない、阿鼻叫喚の地獄絵図が繰り広げられていた。
「春だみょーん! 春だみょーん!」
「な、なにごとだ一体!」
「春じゃねぇ子はいねーがー!!」
「わああああ!!」
妖精姿の剣士が、なまはげのごとき怖い顔で、刀を振り回して進む。
「見える! 見えるぞ! 私にも春が見える!」
「ひぃ! こっちに来ないでー!」
「食らえ新技! 『濃い色マスタースパーク』!」
「ぎゃー!」
赤い金髪の魔法使いが、通常の三倍の速度で兎達を倒していく。
「さあ! お賽銭を入れなさい!」
「ば、馬鹿な! 吸い込まれる!」
「これぞ秘技、『夢想封印 腋』!」
「腋とはいったい……うごごご!!」
博麗の巫女の腋が、兎達の小遣いを飲み込んでいく。
「はっはっは! 見なさい! 兎がゴミのようだわ! 次は耳です! ひざまずけ! 命乞いをしろ!」
「な、なんという悪役! 守矢神社の風祝は、善良で優しいって聞いたのに!?」
「ふっ、何を隠そう、私は子供の頃、バイキ○マンを応援していました。テーマカラーは、ル○ージじゃなくてシャドームー○だったんですよ!」
「なにそれ! ってぎゃああああ!」
やたら性格の悪い風祝が、兎達をしばき倒していく。
「春で……ごほっごほっ、もうだめ」
「ちょっと! こんな状況で倒れないでパチュリー!」
「ああ、眩暈がする。一端ここで寝るわ。アリス、百烈張り手で援護して」
「だから! 私は相撲なんてしないわよ!」
さまよう鎧と人形遣いが、兎達に囲まれて漫才をしている。
襲撃の経験が無かったわけではない。流血沙汰が起きているわけでもない。
だが、理解不能な狂人達に、兎達はまともな対抗手段を用意できず、大混乱を起こしているのだった。
「これはもう私達の手には負えないと思って、師匠を呼びました……」
鈴仙はげっそりした表情で報告し終えた。
「確かに、尋常な事態ではないわね。一体何が原因なのかしら」
「実は、それについてですが……」
そこで、永琳の元に、配下の兎が一人走ってきた。
「永琳様!」
「状況を報告しなさい」
「あ、ありのままに起こったことを話します。私が侵入者の一人に飛びかかり、胸だと思って触れたら、それは中華まんでした。な……なにを言っているのか、わからないと思いますが、私にも」
「もういいわ。そいつらは今どこにいるの?」
「姫の部屋に向かったようです!」
「姫の?」
いくら死なないとはいえ、蓬莱山輝夜は、永遠亭にて最優先で守護すべき存在である。
そこまで進入されているとなると、状況はかなり悪いか。いや……、
「むしろ好都合かもしれないわね。すぐに、てゐを呼んできなさい」
「わかりました!」
「それで、ウドンゲ、さっき何を言いかけたの?」
「はい。気がついたんですが、襲撃者は皆……」
鈴仙の説明を聞いて、永琳には思い当たることがあった。
人間組のリリー達は、強烈な春の布教を行いつつ、やがてある廊下へとたどりついた。
「順路どおり進めばこっちだけど」
「先を追いましょう。鈴仙も仲間に入れなくちゃ」
「いや、この扉だけ少し開いているな」
「私の勘がここだって言ってるわ」
それぞれの台詞は、永夜以来のお約束。
「じゃあ行きましょう! 春のために!」
最後に、新メンバーの早苗がその戸を開け放った。
「なっ!?」
五人は驚愕する。そこには『冬』の権化がいたのだ。
レティ・ホワイトロックではない。
炬燵に包まってみかんを食べている蓬莱山輝夜である。
「あら、今日はあんた達なのね。永琳は何してるんだか」
寝そべった状態で、輝夜はもぐもぐと、みかんの房を頬張りながら、漫画を読んでいた。
さすがに、この光景には、全員のテンションが下がる。
「……卯月に入ったというのに、この体たらく」
「さすがは月の姫。想像の斜め下を行くわ」
「せめて、みかんの皮はちゃんとゴミ箱に捨てなさい」
「読んだ本は一箇所にまとめましょうね」
「冬眠中の諏訪子様よりも酷いです」
リリー達は揃って嘆息した。
「文句あるわけ? それともみかんが欲しいの? 一つあげるわよ」
「おお、サンキュー」
「五人で分けてね」
「やかましい! 今すぐ選択しろ!」
「リリーか!」
「お賽銭か!」
「剣か!」
「どれですか!?」
「答えは炬燵よ! しまわれてたまるものか!」
亀のように炬燵の下に引っ込んでで、輝夜はスペルカードを取り出す。
リリー五人もそれに向かって、鼻の穴から春度とやる気を注入してやろうと、飛びかかっていく。
その時だった。部屋の中央が突然奈落と化した。
「なっ!?」
「何だ!?」
「ええ!?」
「これは!?」
「きゃあ!」
「あーれー!」
咄嗟の出来事に、誰も対応できずに落ちていく。
さらには天井から、大量の枕や布団やらが、雨あられと降ってきた。
あっという間に、リリー達は生き埋めにされてしまった。
部屋の戸が開く。
そこには永遠亭のディフェンス陣、輝夜を守る最強のフラット3が立っていた。
「ふっふっふ。こんな時のために、侵入者一網打尽トラップをしかけていたのよ」
「てゐ……姫さままで埋まってるんだけど」
「炬燵卒業にはちょうどいいわ。それよりウドンゲ。全員を『治療』しなさい。その後医務室に運ぶわよ」
「はい、わかりました。みんな手伝って」
鈴仙の指令の元に、すぐに兎達が行動を開始した。
○○○
埋まった五名のリリー、そして捕まって麻酔を打たれた二名のリリーは、診察室へと運ばれた。
気絶していた彼女達は三十分、永琳の計算どおりの時間が経ってから、長椅子で目覚めた。
「あれ……ここは」
「なんだ……頭がガンガンするぜ」
「ふわぁ……どうしたの一体」
誰もが夢から覚めた顔をしている。
まず永琳は、全員の意識を、しっかり引き戻すことにした。
「貴方達、自分の格好を見てみた?」
「え……って、わ、わぁ!」
「うわっ! なんだこりゃ。いくらなんでも赤すぎるぜ!」
「わ、腋にお賽銭箱って、これは恥ずかしすぎるわ!」
「なんで胸に中華まんが詰まっているのよ!」
「やだ煙草! こんな姿……神奈子様に見られたら大変です」
「この鎧……息苦しい」
「……………………」
七人の人妖達は、それぞれのリアクションで、自らの格好に動揺する。
「やっぱりね。貴方達の波長があまりにも異常だったので、気絶している間、ウドンゲに元に戻させたわ」
「どういうこと? まさか異変だったわけ?」
「異変と呼べるかどうか。でも恐らく、その格好の原因は、これでしょうね」
永琳が取り出したのは、さっきまで妖夢の手にしていた大袋だった。
「それは、私が幽々子様からもらった……」
「この中に詰まっている春度は普通のものじゃないわ。莫大な妖力によって凝縮されて出来上がった新たな形態。通称『狂気の春度』」
「狂気の春度?」
「ええ。そして、この危険な春度は、人間に対して強い効果を発揮し、開放的な興奮状態にする効果があるの」
「なんだと!」
「じゃあ私達は、その春度に操られていたというの?」
魔理沙と咲夜は驚愕した。
「間違いないわね。普通の妖怪には、ほとんど効かないけど」
西洋鎧が血を吐いた。
「ちょっと待って! つまり、真犯人は妖夢にそれを渡した……」
「そんなっ! 幽々子様がそんなことを!?」
「どういうこと妖夢!」
「わ、私だって知らなかったの! ごめんなさい!」
呆然としていた妖夢が、皆に追い詰められて悲鳴をあげる。
永琳はおや、と片眉を上げた。
「あの亡霊嬢が、貴方にそれを渡したの?」
「…………はい」
「なるほど。それで納得したわ」
「え、何がですか?」
「その春度の意図よ。貴方達はみんないつもと違う格好をしている。しかし、それには共通点があるのよ」
「…………?」
リリー達は、お互いの姿を見ながら、首をかしげた。
「仕方が無いわね。それじゃあ、治療をはじめます。妖夢。まずは貴方から」
「はい」
「そんなに悩まなくても、貴方は普段から十分魅力的な女の子に見えるわ」
「は……いぇっ!?」
妖夢の返事が裏返った。
「ま、たまにはそういう格好をするのもいいかもしれないけど、深く悩まないこと。自信を持ちなさい」
「は、はぁ……」
「これで貴方の治療は終了」
次に永琳は、視線を横に移動する。
その先で、赤い魔法使いが、裸を見られたかのように、ひっ、と息を呑んだ。
「魔理沙」
「違う! 違うぞ! 私はそんなこと考えてなんかいないからな! こんな服!」
「何を慌てているの。貴方ほど幻想郷で黒が似合う奴はいないわ。異変解決も赤だけじゃ寂しいしね。それに、あの服装で引っかき回されるから、皆は退屈とは無縁なわけよ」
「あ、ああ……」
魔理沙はとんがり帽子を深くかぶって、ぼそぼそと返事した。
次の霊夢は、永琳に向かって、ぶーたれた顔をしていた。
「霊夢。お賽銭にこだわらなくても、貴方は食べていけるんじゃないの」
「それは……わかってるけどさ……」
「神社に行くみんながお賽銭を入れないのは、貴方が巫女と思われてないからじゃないわ。ただ霊夢としての貴方のほうが好きなだけだと思うのだけど」
「…………うん」
これまで見たことのない霊夢の態度を、幼馴染の魔法使いは、口を半開きにして見つめた。
次のメイド長は落ち着いていた。
「咲夜。言うまでもないと思うけど」
「…………」
「私には、紅魔館の誰もが貴方を大切にしているように見えるわ。尊むことはあれど、蔑むものなど一人もいない。違って?」
「……そうね。分かっていたんだけど」
咲夜は自嘲気味に笑ってみせる。どこと無く、すっきりしたようだった。
次のリリーは、少々挙動不審だった。
「東風谷早苗さん? ここが普通じゃないとはいえ、無理はしないこと。まあそれが貴方の地の性格だというなら、止めはしないけど」
「い、いえ。違います」
早苗は慌てて手を振った。ついでにサングラスも外すと、いつもの愛嬌のある目鼻が現れた。
永琳は視線をさらに移動させて、
「…………アリス?」
――飛ばされた!?
パチュリーはホッとしたようなガッカリしたような気持ちになった。
「私にも何かあるのかしら」
「アリス。誰にでも、秘密はあるわ」
「え……」
「でも私は、応援するつもりよ」
「な、なにを……」
永琳はニッコリと微笑んだ。
「立派な相撲レスラーを目指しなさい」
腹を抱えて爆笑する西洋鎧に、アリスは上手投げをかました。
○○○
変わるのは悪いことではない。
でも、あまりに急激な変化は、時に自分自身をも傷つけてしまうことがある。
まずは、今の自分の素敵なところを見つけること。その魅力が消えてしまうイメチェンなんて意味がないでしょう。
それを見つけてから、ゆっくり変わっていっても、遅くはないのよ。それじゃ、お大事に。
最後はそっけなく皆を帰してから、永遠亭の薬師は治療を終えた。
一応、また同じ症状が出た時のために、全員分のカルテを作っておく。
「やれやれ。まだみんな若いってことかしらね」
コーヒーを一口飲みながら、永琳は苦笑した。
彼女とて、ずっと真っ直ぐ生きてきたわけではない。今でも、過去の選択について、考える時がある。
どう変わるのも、どの道を選ぶのも自由。だが、その度に選べるのは一つであり、全てが違う景色へと繋がっている。
後悔はせずとも、つい他の景色を思い浮かべてしまうのは、人の性だろうか。
だけど、この幻想郷での景色は悪くなかった。
永遠の生の中で、限りある命の変化に触れることができるから。
悩み苦しみながら、大きく成長していく若人達が、永琳に今を生きることの素晴らしさを語ってくれるから。
その眩しい光景の中に、ふと、へにょり耳が現れる。
彼女の大切な弟子が、部屋に入ってくるところだった。
「師匠。終わりましたか?」
「ええ。お疲れ様、ウドンゲ」
永琳は親しみを込めて、まだ若い月の兎を愛称で呼んだ。
「急患が入らない限り、今日はもう予定がないわ。ここを片づけたら、貴方も好きにしていていいわよ」
「はい。師匠もお疲れ様でした」
「それじゃあまた夕飯で。私は実験に戻るから」
鈴仙に見送られながら、永琳は自室へと戻った。
「師匠……何か嬉しいことあったのかな」
去り際に見た永琳の微笑を思い出しながら、鈴仙は部屋を片付け始めた。
思いも寄らぬ激しい襲撃だったが、終わってみれば怪我人も少なく、多少修繕に手間取る部屋がいくつかある程度だった。
それでも、働くのは永遠亭の兎達なので、帰った七人にも手伝わせたいところだったけど。
と、片付けの途中で、彼女は妙なものに気がつく。
「あれ。これ忘れ物かしら」
鈴仙は『それ』を拾い上げた。
○○○
永遠亭を出て、竹林を抜ける間、皆が黙ったままだった。
互いの顔を見ることができず、かといって、さらっと別れることもできない。
お互いに、知られたくはない内面を晒してしまったことで、妙に緊張した状態が続いていた。
だが、それもいつかは終わる時が来る。
ぷ、と最初に吹き出したのは、誰だっただろう。
やがて誰とはいわず、妙な気恥ずかしさに、くすくすと笑い声が漏れる。
それが、仲直りの合図だった。
「ねぇ魔理沙。あんたひょっとして、私が羨ましかったりしたの?」
「はん、まさか。それより、霊夢がそんなに思い悩んでいたとは知らなかった。神社で言ったこと、謝るぜ。ごめん」
「別に悩んでなんてないわよ。ただ気に入らなかっただけだから」
「素直になれよ」
「そっちこそ」
笑って互いに小突きあう、幼馴染の巫女と魔法使い。
「ふふふ、しばらくは、その格好でもいいんじゃない? 本当に似合ってるわよ」
「あ……ありがとう。でも、やっぱり、いつもの方が動きやすいわ。咲夜のそれ、苦しくないの?」
「まぁね。さすがに四十個はやりすぎだったかしら。妖夢、一つ食べる?」
「い、いいわよ。美鈴さんに持っていってあげたらどうかな」
「そうね。ローマがどうのこうの言ってたけど、大丈夫かしらね」
自然に談笑する、メイドと庭師の従者コンビ。
「とんだ一日だったわね」
「そんなことないですよ。私は楽しかったですアリスさん」
「このスーツが役にたつときが来るとは思わなかったわ」
「いやあんた、いつまでその鎧を着ているつもりなのよ」
「ええと、初めましてですよね」
「ええ。私はパチュリー。図書館の管理をしているの。外界の本を持ってきてくれるなら歓迎するわ」
「東風谷早苗です。図書館ですか!? それは興味があります!」
「でもあそこって魔道書ばっかりだから、早苗には厳しいんじゃないかしら」
「そんなことないわよ。漫画もあるのよ。最近外から入った『スペースシンドバッド』とか……」
自己紹介する魔女と風祝、その仲を取り持つ人形遣い。
いつの間にか、そうやって、皆の会話が弾む。
共に温泉につかったかのように、春の格好で出会う前よりも打ち解けていく。
悩み、ライバル心、不満。それらが知らず知らず作っていた壁が、溶けてなくなっていた。
そして、さらなる魔法の言葉が、聞こえてくる。
「春ですよ~♪」
遠いその声に、誰もが振り向いた。
耳に触るほど甲高くなく、胸焼けがするほどだらしなくもない。花の蜜をすくうような、適度に間延びした幼い声だった。
「春ですよ~♪」
妖夢と同じ服装、だがだいぶ背が小さい。その姿が、ふわふわと舞いながら、草木に命を吹き込んでいく。
しゃぼん玉のように、春の香りがはじけていき、温められた風に乗って、こちらへと運ばれていく。
わぁ……。
芽吹いた草が土を隠し、小さなつぼみが花開こうと頑張る。しおれた蝶々が羽を広げ、日の光を浴びて飛んでいく。
木の上では、鳥達が妖精の歌に答え、殻を破った雛が顔を出す。彼らの巣の下、風に揺れ動いた枝の葉が、緑に輝いた。
季節が移り変わり、命が生まれ変わる瞬間である。
誰もが、春の御技に見惚れて、ため息を漏らした。
「……やっぱり、本物には敵わないわね」
「ああ、そうかもな」
霊夢と魔理沙は、しかし嬉しさをこめて苦笑する。
「幸せそうですね」
「ええ。のんびりしているわね。これが本当の春の良さかしら」
妖夢と咲夜は、清々しい顔で微笑する。
「終わらない冬は無い。眠りがあれば、目覚めもある」
「人の心もまた同じ。誰もがその内に、四季を納めているのよね」
静葉と穣子が、粛々と季節を説く。
「この格好で外に出て、皆で春を祝う。想像もしなかったわ」
「やっぱり、幻想郷って不思議なところですね……」
パチュリーと早苗が、感慨深く呟く。
「……気のせいか、二人増えてると思うんだけど」
アリスが一人、冷静に指摘する。
どれくらいたっただろうか。
妖精姿の妖夢が、ふと思いついて振り向いた。
「ね、ねぇみんな。今度、花見にいかない?」
「え? でもそれは」
「桜の下で飲み会、っていうのは予定に入ってたと思うぜ。毎年恒例だし」
「そうじゃなくって……」
妖夢は小さく息を吸い込んでから、勇気を出して言った。
「私達……リリー親衛隊だけで。いいでしょ?」
皆は目を丸くし、それから一斉に笑顔を咲かせた。
「決まりだな! いい考えだぜ!」
「ええ、他の面子には内緒で行きましょう!」
「その時もこの格好にする? やっぱり元に戻そうかな」
「いいえ、もっと凄い変身をしていくわ! 見てなさい!」
「いや、目的がずれてるわよ、パチュリー。もうそれはやめて」
「私達も参加していいかしら」
「もちろん構わないぜ」
「良かったわね、姉さん!」
「っていうか、いつからいたのよあんた達?」
「もう一人、必要な子がいますよ! あの妖精も呼んであげなきゃ」
「そうそう忘れるところだった」
「ちゃんと挨拶してなかったしね」
「ああ、あいつこそが、本物の春の妖精なんだからな」
一同は足並みを揃え、ゆっくりと歩き出した。
リリー親衛隊最後のメンバー。穏やかで情緒あふれる本当の春の魅力を教えてくれた、春の妖精リリーホワイトを迎え入れようと……。
だが、そこにまた、新たな声が。
「妖夢ー。これ忘れ物よー」
竹林から姿を現したのは、鈴仙だった。
全員の息が止まりかけた。
その手には、今回の悪夢を生み出した『大きな袋』が!
「お、おい! 鈴仙!」
「待って待って、こっちに来ないで!」
「それはダメ! もっと慎重に扱って!」
「……え? って、きゃあ!」
ドジっ娘兎は何もないところで転び、間の悪く春一番が吹く。
そして袋の中身は全て、正気に戻ったはずの九人に向かって、避ける間もなく飛んできた。
○○○
「春ですよー♪」
挨拶とともに春度を振りまく。
リリーホワイトはこの季節が大好きだった。
春を伝える役目を与えられているから?
「春ですよー♪ 春ですよー♪」
いいえ、それだけじゃない。
新しい命のために、寒さに凍えたもののために、全身で歌うことができる喜びが、この上ない幸せなのだ。
もっとも、それを独り占めするつもりはない。だって誰もが、春が好きなのだから。
むしろ、一人よりも、もっといっぱいの子達と、春を喜び合いたかった。
(……春ですよー…………)
ほらほら。聞こえたでしょ。毎年こうやって、ついて来てくれる子がいるのだ。
同じ春の妖精だったり、人間だったり、妖怪だったり、獣だったり。
でも、春が好きなら、みんな仲間。待ってて。今そっちに行くから。
そして今日も、一緒に春を歌いましょう。
リリーホワイトは華やかな笑顔で振り向いた。
謎の集団が突撃してきた。
「春だみょおおおおん!!」
見た目は妖精の半人剣士が、刀を抜いて、
「春だぜええええええ!!」
真っ赤な服を着た魔法使いが、目をぎらつかせて、
「春よお賽せえええええん!!」
紅白の巫女が、両腋のお賽銭箱を鳴らして、
「春なのよ大きくしたいいいいい!!」
瀟洒なメイド長が、豊満な胸を揺らして、
「は……げほ! げほ!」
背の低い西洋鎧が、咳き込んで、
「春だぜ夜露死苦うううううう!!」
グラサンをかけた風祝が、咥え煙草を噛み締めて、
「春なんて嫌いだああああ!!」
「秋ばんざーい!!」
季節外れの神様姉妹が、殺気だった様子で、
「待ちなさいってあんた達!」
ちょっぴり頑張ってみた人形遣いが、皆を止めようと懸命になって、
それは春の歌声というよりは怒号だった。
草木はしおれ、親鳥は雛を置いて逃げ出し、冬眠明けの虫が気絶する。
のどかな空気を、根こそぎ吹き飛ばす暴走族。『春の悪魔』達の蹂躙だった。
そして彼女達は、迷わず一直線に、か弱き春の妖精を目指していた。
あふれんばかりの陽気に、暴走した状態で。
「は、春じゃないですよー!!」
標的にされたリリーホワイトは、血相を変えて逃げ出した。
恐怖に追い立てられながら、全速力で山へと帰る。
残った九名のリリーは、『ゆけ、リリー親衛隊』を大合唱し、騒ぎ踊った。
その熱狂っぷりは半端ではなく、必死に彼女達を元に戻そうとした鈴仙まで洗脳されかけ、兎耳をビシッと立てた頼りがいのあるリリーレイセンが誕生しそうになったほどであった。
あのリリーホワイトは、まだ戻ってこない。
リリー親衛隊が一同に揃って花見酒を楽しめるのは、まだ先のことになりそうである。
(おしまい)
妖夢とアリスが半端なくかわいかったです。
「つ、強い魔理沙か!!」
最初からクライマックスな勢いで、最後までクライマックスでしたね。
何を言っているか判らないと思いますけど、私にも判りませんwww
後、そのギャグセンスに脱帽しました。
新しく考えていたSSの内容が吹き飛ぶくらいに。
・・・・・・少し頭の中身を見せては戴けませんか?(ギュイイイイイイイイイイイイイ)
親衛隊に入隊希望
しかし……最後はとんでもないテンションで
リリーを追いかけるとは…。
私もそんな集団には追いかけられたくないなぁ。
ちょっと可哀相な気もしますが、「春ですよー♪」って
春を告げるリリーはやっぱり可愛いですよねぇ。
面白かったですよ。
春ならではの狂気、堪能しました
亜連時な早苗さんとかイエティママ(46億年?)とか、思わずクスリと笑ってしまう。
最後まで飛ばしてくれたその春度に、思わずリスペクトせざるを得ない
特に霊夢&魔理沙のマブダチコンビ
幻想郷の季節はいつもこんな緩い感じで過ぎていくのでしょうね
それ胸以外も大きくなっちゃうじゃんw
これだけ笑わせて、最後はちょっと良い話で〆るのかと思ったらオチがこれまた酷いw
ごちそうさまでした
作者誰と名前を検索したら巨人やバックドロップの作者の方でしたか、そそわ便利になったな~
そりゃ人間の胸じゃな(ry
ところで藍様と橙は何しに来てたんでしょう?
特にリリーヨウム(通常時・ハイテンション時)は見たくなりますね
なんぞこれーw
リリーホワイトに自己否定させやがったw
もっとやれww
いい話で終わりかと思いきやオチがwwwwwww
仕込まれた小ネタも面白かったですw
面白かったです