Coolier - 新生・東方創想話

人喰い神様と人形師

2009/05/01 01:56:04
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がぶっ

がりがり

ぶちぶち

ぴちゃぴちゃ

もぐもぐ

ごくん



がぶっ

がりがり

ぶちぶち

ぴちゃぴちゃ

もぐもぐ

ごくん



「うにゅーっ!やっぱりお肉は美味しいなーっ!」



その日、私こと霊烏路空は地上の森の中で夕飯を食べていた。
何か空気が変でちょっと近寄り辛い場所だったけど、意を決して入ってみたら其処にはご馳走が。

うーん、実はと言うと地底にいた頃って、あんまりこのお肉食べたことなかったんだよねー。
さとり様のペットになり始めてくらいからかな。まあそんなの覚えてないけど。
だけど、本当にきれいさっぱり忘れてた久々の新鮮なお肉の味。
いやぁ、地上っていうのはいいトコだね。
面白い人間や妖怪は沢山いるし、温泉卵は美味しいし、こんなお肉も数は多くないけど時々落ちてるし。

お燐が時々持ってくるのも新鮮さがないからなぁ。
やっぱりお肉は新鮮なのが一番だよね。
そもそも、今まで深く考えたこと無かったけど、お燐は何時も何処から“これ”を持ってきてたんだろう。
ま、そんな事どうでもいっか。
そんなわけで、私は再び真剣に食事をすることにする。
こうしてお肉をたっぷり食べられる機会なんて、そう滅多にあることじゃないし。



がぶっ

がりがり

ぶちぶち

ぴちゃぴちゃ

もぐもぐ

ごくん



がぶっ

がりがり

ぶちぶち

ぴちゃぴちゃ

もぐもぐ

ごくん



「地上はいいとこだなー。お燐にもお土産に持って帰ってあげようかなー」

私の手の中にある、赤く染まった“それ”を眺める。
うん、地霊殿に戻る頃にはちょっと新鮮さはなくなってるかもしれないけど、まあ何時ものよりは遥かにいいよね。
お燐も私と同じくらい、新鮮な“これ”を食べてないはずだし、喜んでくれるかもしれない。
お燐が喜んでくれるなら私だって嬉しいしね。だって私とお燐は親友だもん。
…最近なんか変な目で見られることが多くなった気がするけど。この究極の力を手に入れたせいかな。
ま、そんな事もどうでもいっか。今はとにかくお腹いっぱい食べよう!



がぶっ

がりがり

ぶちぶち

ぴちゃぴちゃ

もぐもぐ

ごくん



がぶっ

がりがり

ぶちぶち

ぴちゃぴちゃ

もぐもぐ

ごくん



うん、美味しい美味しい。
焼いてみたらもっと美味しいかもなぁ。私の爆発で焼いてみれば…。
…あ、でも核の力なんて使ったら、焼肉を通り越して消し炭になっちゃうか。それじゃ美味しくないよね。
だいぶ力は制御出来るようになったけど、焼肉に出来る程度の極僅かな爆発なんて、流石にまだ無理だろうしなぁ。
ま、生でも美味しいからね。素材の味はしっかり楽しまないと。



…と、そうして私が食事を続けていると…。



「…あら?随分と珍しい鴉がいるわね」



…うにゅ?誰だろうこんな時間にこんな場所で。
もう地上の太陽はとっくに沈んで真っ暗だし、こんな森の中で生きた人間がいるはずもないんだけどなぁ。

それに今の声、なんだか何処かで聞いたことがあった気がするんだけど…。
何処だったかなぁ、もう忘れちゃったなぁ。
とにかく声のした方を見てみると、そこには金髪の女の人が一人立ってた。
うにゅー…。…見覚えないなぁ。でもどうして声だけは聞いた事ある気がするんだろう?

「あなたは誰?」

考えるのも面倒だから、私は素直にそう聞いてみた。

「…あ、ああ、そう言えば顔を合わせるのは初めてだったかしら。
 私はアリス、アリス=マーガトロイド。あなたは確か、霊烏路空だったわね」

うにゅ?何で私の名前を?
姿も見たことないし、名前も聞いたことがないし、知らない人のはずなんだけどなぁ。

「うーん…」

「覚えてないかしら?魔理沙がこの間あなたの所まで行ったでしょう?」

魔理沙?魔理沙ってあの白黒の魔法使いの事だよね。

「うにゅー、でもあの時一緒にいたのは紅白の巫女だった気がするけど…」

「そうじゃなくて、その時魔理沙の周りに何体か人形がいたでしょ?」

「えっ?確かにいた気がするけど、そんなに大きくなかったよ?
 あ、魔法で大きくなったり小さくなったり出来るとか?」

「…だから、その人形を魔理沙に貸したのが私なのよ。人形を通して少しだけ話したでしょ?」

そこまで言われて、私は漸くああ、と納得する。
あの時は私は人形しか見えてなかったけど、人形を通してこの魔法使い…アリスが見てたんだ。
なんだ、魔理沙に人形に話しかける癖があるんじゃなかったんだ。
ま、そうだよね。人形に話しかけるなんて、よっぽど人形が好きか友達がいない根暗がやることだからねー。

「…今なんか物凄く嫌な事考えなかった…?」

「うにゅ?何のこと?」

そんな変な事思った心算はないけどなぁ。ただ単にそう思う事を素直に思っただけ。
それにさとり様じゃないんだから、心なんてそう簡単に読めるはずないしね。

「…まあ、いいわ。それよりあなた、その手に持ってるのは何?」

アリスは私が手に持ってる“これ”を指差して、そう質問してくる。
んー、見て判らないかなぁ。アリスだって妖怪なのに。
それとも暗くてよく見えないだけかなぁ。

「ん、今日の夕飯」

私は“これ”の事をそう言ってみる。
妖怪にとって、別に“これ”を食べる事が何か不思議な事なのかな?
まあ、私が地上に出るようになったのはつい最近だし、ひょっとして地上の妖怪はもう“これ”を食べないとか?
うーん、でも“これ”は明らかにねぇ、妖怪か何かに襲われてこうなったんだろうし。
そう言う風習がなくなってる、って訳じゃなさそうだから…。

「…それ、あなたが殺したの?」

…なんだか、アリスの目つきが少しだけ怖くなった気がする。
そう言えば、確かあの時私の所に来た魔理沙も人間だったよね。
人間と仲がいい妖怪なら“これ”にちょっとくらい嫌悪感を持ってもおかしくないかもしれない。

「ん、違うよ。なんか爪で引き裂かれたみたいな傷跡があったし、そーゆー妖怪か獣に襲われたんじゃないかな。
 私はただ“これ”を見つけたから、私の今日の夕飯にしただけ。」

目の前にご馳走が落ちてるんだもん。どう言われたって、食べてみたくなるのは仕方ないと思う。
誰が殺したなんか知らないよ。

「…そう、まあ、あなたの仕業でないというなら別にいいわ。
 それはただ、私の妖怪退治の仕事が減っただけだから」

うにゅー、感じ悪いなぁ。
妖怪退治って…何で私が退治されなくちゃならないのよ。



「自分だって妖怪の癖になに言ってるのよ」



…この時、私は何の気もなしにこの言葉を言った。
アリスは妖怪、そんな事は見れば判る。第一こんな時間にこんな森の中、人間が歩いてるはずがない。
なのに、自分だって妖怪の癖に、何で妖怪退治なんかしてるのよ。
もしアリスに襲われたって今や究極の力を持つ『神』に等しい私が負けるはずはない。
負けるはずはないけれど、同じ妖怪の癖に妖怪退治だの何だの言ってるのが、ちょっとムカッと来た。

…本当に、ただそれだけの心算だった…。


「…そう、そうね。確かに私は魔法使い、立派な妖怪よ。だけどね…」


…その時のアリスの眼は、怖いと言うか、何と言うか…。

さとり様に心を読まれる時の目つきと、また違った迫力があって…。

…とても、悲しそうだった…。



「私は、元々は人間。人間から魔法使いになった後天性の妖怪なのよ」



…えっ…?



「まあ別に、だからってあなたが“それ”を食べる事を止めようとは思わないわ。
 こんな時間に外を出歩いていた“それ”が悪いだけの話。そもそもこんな場所に“それ”が何の用があったのかも判らないけど。
 あなたが殺したわけじゃないのに、あなたを責める理由は何もないわよ」

アリスは踵を返しつつ、私に向かってそう言ってきた。

「だけど、私の家の近くで“それ”を食べるのは控えてくれると嬉しいわ。
 幾ら人間止めたからって、妖怪が“それ”を食べてる姿っていうのは、見ていて気持ちいいものじゃないの」

………。

「そう言うことだから…。…それじゃ、私はこれで失礼するわ。
 悪かったわね、食事の邪魔をして。あと、地霊殿に帰る時は、誰かに見られる前にちゃんと着替えておきなさいよ」

言い終わると、後はアリスは黙って森の闇へと消えていってしまった。
ああ、この森ってアリスの家の近くなんだ。随分変なところに住んでるんだなぁ…。
そんな余計な事を考えて、気持ちを紛らわせたかったんだけど…。

…何故か、さっきのアリスの一言が…耳から離れない…。

『人間から妖怪になった後天性の妖怪なのよ』

たった一言、この言葉だけが、何度も何度も頭の中に響き渡る。

…私は、自分の今の姿を、自分の着ている洋服を見回してみる。
白かったはずの洋服は、今は赤黒く染まっている。胸の巨大な眼を、赤い液体が滑り落ちて行く。

私は、手に持っている“これ”を見てみる。
…さっきまでは、ただの食料だとしか思っていなかった“これ”。
だけど、今は何か、全く違ったものに見えてしまう。

私は“これ”を、ゆっくり口に運んでみる。
…自分でも判るくらいに、今まで食事をしていて、こんな事は一度もなかったほどに、私の手は震えていた。
ほんの数十センチの、手の中の“これ”から、私の口までの距離。
…今は、その距離が、まるで何百キロも離れているかのように感じて…。

何十秒も掛けて、やっと“それ”を口のところまで持ってきて…。



ぴとっ



と、ほんの少しだけ“それ”が口に触れた…その瞬間…。



ぞくり、と背筋を今まで感じたことのないような、恐ろしい悪寒が走って…。



「い、いやああぁぁぁぁ!!!!」



私は“それ”を投げ捨てた。

“それ”を持っているのが、たまらなく恐ろしくなった。

「あ…ああ…!!」

今すぐこの場を立ち去りたいのに、腰が抜けて全く動けない。
今すぐ目線を外したいのに、私の眼はあちこちに散らばった“それ”に釘付けになってしまう。

生臭い血の臭いが立ち込めるこの空間。
何かに切り裂かれ、そして私に食い荒らされ、真っ赤に染まった“それ”。

…なんで?

妖怪って、昔からこういう世界に住んでたんじゃないの?

地獄鴉は少なくとも、こういう世界に生きていたはずだった。

さとり様のペットになった私は例外かもしれないけど、それでも、私自身、ずっとこういう世界に生きていた心算だった。

今の今まで、こういう世界に生きていたはずだった。

…なのに、なのに…。

なんで、今は地面に散らばる“それ”が、こんなに恐ろしいの…?


「嫌、嫌ぁ…!!」


怖い。地面に散らばる“それ”が、今の自分の血まみれの姿が、この闇深き森が、全てが怖い。

見られているはずがないのに、生きているはずがないのに、私は地面に落ちる全ての“それ”に睨まれているような気がする。

聞こえるはずがないのに、声が聞こえる。気のせいだと判っているのに、頭の中に声が響く。



『なんで、私を食べるの?』



「やめて…!!」



さとり様…!!こいし様…!!お燐…!!

助けて…!!



『何で食べるの?』



「やめてぇ!!」





『  な  ん  で  食  べ  る  の  ?  』





「やめてええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!」





 * * * * * *





「ふあっ…?」

うにゅー、と、私はベッドの上で一度伸びをする。
…何だろう、何かとても頭がもやもやする…。
悪い夢でも見ていたような気がするけど、何だったっけ…。

…そう思って、私は唇に自分の指を当てた、その瞬間…。



「…ッ!!!!」



また背筋を、恐ろしい悪寒が走った。



「違う…ッ!!夢なんかじゃない…!!」

唇に触れた自分の指のせいで、あの言葉にも出来ないおぞましさを私は思い出してしまった。
いっそ夢だと思い込んでしまったほうがまだ幸せだったのに、私の心は昨日の事が真実だったと伝えている。
どうして私の頭は、普段大事な事は忘れるくせに、この事を忘れさせてくれなかったんだろう…。

私は昨日の、あれからの事を思い出してみる。

聞こえるはずのなかった声を聞いた私は、あまりの恐怖に今まで出した事がないほどの大声で叫んだ。
もう止めて、それ以上私を見ないで、それだけを思いながら。
ただ、逆にそれで身体に力が入ったのか、私は一目散にあの場から逃げ出した。
…逃げていた道中の事は、さっぱり覚えていない。ただ、あの場から離れたい、一センチでも遠くに行きたい、それしか考えてなかったから。

そうして私は、どれだけの時間が掛かったのかは判らないけれど、何とか地霊殿に戻って来れた。
…やっぱり、ここが私の家だからかな。どんなに頭の中が滅茶苦茶になっていても、私はちゃんとここに帰ってこれたのだから。
それで、その後は一目散に自分の部屋に戻って、布団を被ってたんだと思う。
途中でお燐やさとり様に見られていたかもしれないけれど、少なくとも私の頭はそれ以上の事は覚えていない。

「…さとり様に「部屋下さい」って言ってよかったなぁ…」

以前霊夢や魔理沙が私を退治しに来たその後、私とお燐はさとり様にお願いして、地霊殿に個人部屋を貰う事にした。
理由は簡単。そっちの方が地上に行きやすいから。
調子に乗りすぎて霊夢や魔理沙が来る原因を作って、さとり様やお燐に迷惑を掛けた私としては、かなり図々しいお願いだったと思う。
だけどさとり様は、

「どうせあなた達は放し飼いにしていましたから、今まで通り怨霊の管理や火の調整をしてくれれば好きにして構いません」

と言って下さった。
しかも私が迷惑を掛けた件も、同じ理由でちょっと注意する程度で許してくれた。
その時の事は本当に嬉しくて、だからこそ忘れっぽい私でもこうしてちゃんと覚えてる。
私の心に大きく影響を与えたものは、私はちゃんと覚えていられる。

…だからこそ、昨日の事も忘れられないんだ…。
アリスの言っていた、たった一言が。

『人間から魔法使いになった後天性の妖怪なのよ』

…アリスのその言葉で、私は…。



こんこん。



びくり、と私の肩が跳ねた。
あれこれいろいろと考えていたところに、急に部屋の扉を軽く叩く音が響く。

…えっ?誰?誰が今、扉をノックしたんだろう。

…そんなはずないのに、私はおかしな想像をしてしまう。

まさか、そんな事はない、そんな事が有り得るはずがない。

そう思いたいのに、住んでる場所が住んでる場所なだけに、頭から否定することも出来ない。

私の頭の中に、昨日感じた“あれ”の冷たい視線が蘇ってくる。

私の身体が、がたがたと震え始める。

部屋の扉の鍵は掛かってない。やがて、がちゃりと静かにドアノブが回る。


きいぃ…


と、静かに開いていく扉の向こうにいたのは…。



…赤い目が、ふたつ…。





「おくうー?起きてるー?」





…お燐だった。

「うにゅ…?お、お燐…?」

「チッ、着替え中じゃなかったか」

何故か悔しそうに舌打ちするお燐。うーん、わけが判らない。
何で着替え中だったら良かったんだろ?

「んっ?どうしたのおくう、そんな布団被って。ひょっとして誘ってる?」

…あっ。
言われてみて、私は自分が身体に布団を被ってる事に気づく。
そんな事有り得るはずがなかったけど…。…それでも、扉が開くのが怖かったから…。
部屋に入ってきたのがお燐で本当に良かった…。

「うにゅー、お燐何しに来たの?」

被っていた布団を放り出し、私はお燐にそう尋ねる。

「何しにって、そんなの…。…あれ?」

と、何か言おうとしたお燐の言葉が急に止まる。
何かに驚いてるように見えるけれど…。

「…どうしたの?」

「いや、おくう、その服…」

うにゅ?洋服?洋服がどうかしたのかな。
…お燐に言われて、私は自分の着ている洋服を見下ろしてみて…。

赤黒く染まっていた洋服に、そこでようやく気がついた…。

「…ッ!!!!」

そうか、昨日帰ってきてから私は着替えないでベッドに潜り込んで…。
最早白かった面影すらないほどに、私の洋服は乾いた血で赤黒く染まっている。
…見ているだけで、頭がおかしくなりそうだった…。

「随分凄い色してるね。おくうってそんな色のシャツ持ってたっけ?」

なんだか的外れの事を言ってくるお燐。
どうも完璧なまでに白い部分が見えなくなってしまってるために、もともとそういう色だったかのように錯覚しているみたい。

「えっ?あ、あはは、そうそう、この間街のほうで売っててねー、つい買っちゃったんだ」

お燐にいろいろ言われるのも嫌だったし、何より私自身が血に染まったこの洋服から目を逸らしたかったのかもしれない。
親友であるお燐に嘘は吐きたくないけど…。…ごめんね、お燐。

「ふーん、寝巻きなら早く着替えたら?」

お燐もこれが血である事に気付いていないらしく、暢気にそう言ってきた。
うん、お燐もそう言うのだし、今は一秒でもこの服を着ていたくない。
…正直、お燐に言われてこの服が視界に入ってきてから、頭がずきずきと痛んできて、吐き気もしてきたし…。

私は出来る限りお燐に気取られないよう、平静を装って上着もスカートも、靴下まで放り出す。
そして出来る限り早く着替えを取り出して、何か物凄く邪な視線を感じつつ、素早く着替えを終了した。

「よし、着替え完了…、…って、お燐?」

「おくう、GJ!!」

何故か鼻血をぼたぼたと零すお燐。
全くやめてよ…、今は本当に血なんて見たくない気分なんだから…。

「…で、結局何しにきたの?」

お燐がなんか変な目を向け続けて正直うざったくなってきたので、当初の話題に戻す事にする。
そもそもお燐は何しに此処に来たんだろう、こんな朝っぱらから。

「何言ってんのさ、朝に呼び出す用事って言ったら朝ごはんしかないじゃん」

うにゅー、そうだったね。
朝なんだから朝御飯なのは当たり前…。



…朝…ごはん…?



「…?おくう?おくうー?どうしたのー?」

お燐にそう呼ばれるまで、私の意識は何処か遠くに飛んでいた。
朝御飯、食事だという意識が芽生えただけで、今までの記憶が鮮明に…。
たった一つの、忘れられない、あのおぞましい感触が…。

「あ、あははは…、ご、ごめん、なんでもないよ。まだちょっと目が覚めてないのかな」

とにかく、お燐にはばれないようにしないと。
こんな事で悩んでるなんて妖怪らしくもないし、何よりお燐に迷惑を掛けたくなんかない。
こんな…こんな、肉の感触を思い出すだけで…。…そんなの、私なんかじゃない…。

「そう、ならいいけど…。じゃあ早く行こうよ。さとり様も待ってるだろうし」

うっ…。…さ、さとり様もいるんだ…。
それはまあ、私たちが地霊殿に住み始めてから、さとり様やこいし様と一緒に食事する事になってるけど…。
もし今の状態でさとり様と顔を合わせてしまったら、おかしくなってしまった私の心を見られてしまう。
嫌だ、そんなの嫌だ…。

「あ、あのさ、お燐…」

「ほら、さとり様を待たせるとまた怒られるよ」

私のせめてもの時間稼ぎすら許さずに、お燐は私の手を引いて歩き出す。
お燐の隣でずっと一緒に生きてきて、この時初めてお燐を恨めしく思ったかもしれない。
良くも悪くも、お燐は真っ直ぐだからなぁ。こういう時に人の話を聞こうとしてくれないから困る。
ちょっとくらい私が悩んでいることを、察してくれても…。

…いや、私の事を判っているからこそ、今の私の事がお燐には判らなかったのかもしれない。
たぶん普段の私なら、隠し事なんかせずに親友であるお燐に色々相談出来たと思う。
私だって随分長く生きてるんだ。悩みの一つや二つくらいあったし、だけど今まではそれをお燐に隠す事はしなかった。
この間私がこの力を手に入れた時だってそうだ。別にその事を隠している気はなかったし、寧ろ盛大に使いまくっていた。
霊夢達にやられるまでさとり様に気付かれなかったのは、お燐がその事を隠そうと努力してたから。私は何もしていない。

だけど、今ここにいるのはそんな私じゃない。今の私は私であって私じゃない。
ずっと隠さずに生きてきた私、お燐はそれしか見ていない。隠している私を知らない。
だから、お燐が私の変化に気付かないのも無理はない。お燐は何も悪くない。

…悪いのは、親友にすらこの気持ちを相談出来ない、私のほうだ…。





 * * * * * *





「おはようございます、二人とも。随分遅かったですね」

結局お燐を足止めする言い訳が思いつかないまま、私は居間まで引き摺られてきた。
そんな私たち二人を、さとり様は何時もと変わらぬ何を考えてるのかが読めない表情で迎える。

「おはようございますさとり様」

「…お燐、朝からそんな変な事考えるのは止めなさい」

全く会話が噛み合っていないけれど、たぶんお燐が心の中で別の事を考えていたんだろう。
何を考えてたのかは知らないけどね…。

「おはようございます、さとり様」

私は出来るだけ平静を装って、さとり様に挨拶する。
とにかく怪しまれないように…。何とかこの場を切り抜け…

「…あら?おくう、どうしたのですか?心の中が…」

さっそくさとり様から「心」がどうのこうのという話が。
あれ?ゲームオーバーちょっと早すぎじゃない?

「あ、いえ、その…!!」

「随分と滅茶苦茶になっていますね。色々と考えすぎてて逆に何を考えてるのかが読めません」

何か言い訳しようとしていた私の言葉は、さとり様の予想外の言葉によって止まってしまう。
心を…読まれてない…?

「ええ、厳密には次から次へと色々考えているので、私が心を読むスピードが追いつかないのですが」

「さとり様?おくうに限ってそんな事は…」

「そうですね、だから私もちょっと驚いているのです」

なんだか随分酷い事言われてる気がするけれど、とりあえず私の悩みに気付かれなかったと言うことでいいのかな…?
だけど、そこまで色々考えてるつもりはないんだけどなぁ。

「それはあなたが気付いていないだけです。生き物の心とはそんな単純なものではありません。
 例えば今、あなたが「色々考えてるつもりはない」と言うのは、あくまであなた自身の意識の上でのことです。
 私が言っているのはもう少し深い部分、いわゆる「無意識」の深層でしょうかね」

ああ、なるほど、私自身気付かない範囲で、と言う事ですか。
あれ?でもさとり様でも無意識の心は読めないんじゃなかったっけ?だからこいし様の考えてる事は読めないんじゃ…。

「あなたがその事を覚えていたとは驚きですね。
 ですが、私がこいしの心を読めないのは「無意識だから」と言うわけではありません。
 勿論それも要因の一つですが、私がこいしの心を読めないのは、こいしが「心を閉ざしている」からです」

うにゅ?それって何か違いがあるんですか?

「ええ、無意識と言うのはあくまで「本人が自覚していない」だけで、心の中ではちゃんと物を考えています。
 無意識と言うよりは、反射と言ったほうが正しいのですが、まああなたにそういう話をしても無意味だと思いますので…。
 例えるならガラスケースと樹の箱のようなものですね。反射的な意識をする無意識はガラスケース、閉ざされた心は樹の箱です」

あー、なんとなく判ってきた。
きっと私の心の中は今、無意識のうちにあの事に関しての答えをずっと探し続けてるんだと思う。
私が自覚してないだけでちゃんと物を考えてはいるから、さとり様は何かを考えていると言うことだけは読み取れる。
だけどこいし様は心そのものを閉ざしているから、そもそも心を覗くという行為自体が不可能なんだろう。

「そういう事です。あなたにしては上出来ですよ」

さとり様がそう言ってくださったので、私はなんだか照れくさくなった。
さとり様に褒められたのって、なんだかんだで結構久々な気がするなぁ。
もともとあまり人を褒めたりする人じゃないからなぁ。あくまで私達はペットだから、と言う事でもあるんだろうけど。

「…単にあなた達が褒められる行動を取らないだけでしょう」

…ごもっともです。



「ところでおくう、「あの事」とは何のことでしょうか?」



急に掛けられたそのたった一言で、私の心臓が大きく跳ねる。

しまった、さっき一瞬だけ考えちゃったから…。
嫌だ、嫌だ、思い出したくない、さとり様に見られたくない…!!
こんな私でない私なんか見られたくない!!

見ないで、見ないでさとり様…!!

「お、落ち着きなさいおくう、急にどうしたのですか?」

頭を抱えて蹲る私の肩を、さとり様がそっと掴む。

「おくう!?本当にどうしたの!?さっきからなんか変だよ!?」

後ろからはお燐が、さとり様と同じように私の肩に手を置く。
…その二人の手の暖かさに、私の心はちょっとだけ落ち着く。
ああ、二人とも、本当に私の事を心配してくれてるんだ。
さとり様じゃないけれど、なんとなくそんな心が読めたような気がした…。

「…おくう、そこまで私に見られたくない事なのでしたら、私も無理にあなたの心は覗きません。
 あなたの心が落ち着くまで、私の眼は閉じておきますから」

…そう言うと、さとり様の第三の眼が静かに閉じられていく。
心を閉ざしたこいし様と同じように、さとり様の眼も閉じて…。

「さ、さとり様!?その眼を閉じたら、こいし様と同じように…!!」

私は思わず、驚いて声を荒げてしまった。
しかしそんな私の姿を見て、さとり様はくすっと小さく笑う。

「私の眼は四六時中開いてるわけではありません。寝てる時は閉じていますし、何かしらダメージを受けた時にも閉じてます。
 別に眼を閉じていることが、必ずしも心を閉ざしていると言うことではありません。安心しなさい」

…あー、そう言えば確かにさとり様が眼を閉じてるところも見た事ないわけじゃないかも…。
私の核の力とかの強い光を見た時とか、眼を閉じてるような気がするし…。

そう言えばさとり様の第三の眼って取り外し可能なのかな。温泉入る時とかどうしてるんだろう。
さとり様の入浴シーンなんか覗いた事ないし、お燐はしょっちゅう覗こうとして失敗してるから知らないみたいだし…。
…靴にも紐が繋がってるから、やっぱり取り外せるのかな。お風呂に靴履いたまま入るわけないし。

余計な事を考えてたら、随分と心が落ち着いた。

「落ち着いたようですね」

うにゅー、心の眼は閉じてるのに、やっぱりさとり様には判るみたいだ。
でも、やっぱりさとり様は優しい人だ。怖い人ではあるけれど、それ以上に優しい。
私のことだけじゃない、お燐やこいし様、他のペット達の事を、本当に良く判ってくれている。

…本当に、良く判ってくれているんだろうけれど…。



「それじゃ、食事にしましょう。早くしないと冷めてしまいます」



ある意味では閉ざしてしまった私の心は、やっぱり判ってくださらなかったみたいだ…。



「あ、そうだった。さとり様、今日のご飯なんですか?」

「二人の好きな物ですよ」

「肉!?お肉ですね!?」

「製作者はこいしですが」

「え゛っ…?で、でもこいし様って確か料理が…」

「私がちゃんと見てましたから大丈夫です」

私の事を他所に、朝食のメニューで盛り上がるお燐。
お肉…、…そう、だよね…。
お燐はお肉大好きだもんね、それはもう毎日食べてても平気なくらいに…。
あれ?どうして、どうしてこんな他人事に思えるんだろう。
私だって、大好きだったじゃん。何時も食べてたじゃん。

…大好き…“だった”…じゃん…。

「…おくう?どうしたのです?顔が真っ青ですよ?」

呆然としていた私の顔を、さとり様がひょっこりと覗き込む。

「うにゅはっ!?」

突然のことにびっくりした私は、謎の奇声と共に思わず後ずさってしまった。
いきなり顔を覗き込むんだもん、そりゃ吃驚するよ…。

「あ、あの、さとり様…」

疑いかかるような眼で私を見るさとり様。
どうしよう、今ので確実に変だと思われてしまったと思う。いやまあ、さっきからずっとだけど。
今、さとり様が心の眼を閉じてくれているのが、救いなのかそれとも最悪なのか…。

「どこか具合でも悪いのですか?」

さとり様のその一言で、私の頭は何時もの何百倍もフル回転し、一つの言い訳を思いつく。
何時もこのくらい働いてくれれば、バカだの何だのと言われることもないだろうに。

「あ、そ、そうなんです、朝からちょっと気分が優れなくて、食欲も無くって…」

「そうですか、でも食欲が無い時こそ食べなくてはいけませんよ。
 栄養を取らなくてはますます気分が悪くなります。我慢しなさい」

しかし私の言い訳は一瞬にして粉々にされた。
正論であるだけに何も言い返せない。そもそもさとり様に何か言い返すだけの度胸は私にはない。
ううっ、心の眼を閉じてくれた事は嬉しいのだけれど、心を読んでくれないというのもこれはこれで辛い…。

「ほらほらおくう、今日は朝から大好物のお肉なんだから。
 ちゃんと食べて遊んであたいとフュージョンすればよくなるって!」

ぐいぐいと私の背中を押すお燐。
…お燐なりに私の事を思って、ご飯を食べさせようとしてくれてるのだろうけど…。
そのお燐の気遣いが、辛い。隠し事をしていると言う意味でも、私が今私じゃないから、と言う意味でも。
今日ほどさとり様とお燐の優しさが身に染みる日も少ないけど、恨めしく思ったのも初めてだと思う…。

何も言い訳出来ない上に、あの事を思い出したせいで身体に全く力が入らない私は、お燐に押されるままに食卓に着く。
食卓には、良く焼かれてそれはそれは美味しそうなお肉が置かれていた。
軽く焼かれたレア焼きで、齧り付けばそれこそ血が溢れ出て来そうだった。

「それじゃ頂きましょう」

「いっただっきまーすッ!!」

さとり様とお燐はそう言って、各々の食事を開始する。


…だけど、私は、私は…。


「あれ?さとり様また…」

「私はこっちの方が良いのです。肉は好みませんから」


さとり様とお燐が何か話していたけど、完全に右から左。


ただただ、昨日の出来事だけが頭を過ぎる…。


辺りに血が飛び散っているような幻覚が見える。


バラバラになった“あれ”が、何か囁いているような気がする。


焼けたお肉に見られている気がする。



「おくう?どうしたの?早く食べなよ」



お燐が何か言っていた気がするけれど、右から左で頭を通り抜けていく。


寧ろ眼が行くのはお燐が食べている肉。


その肉が、捕食者であるお燐を見ている気がする。


…やめろ、見るな、お燐を見るな!!


嫌だ!!やめろ!!見るな!!見るなぁ!!



私を見るな!!お燐を見るな!!何も言うな!!何も喋るな!!



『なんでたべるの…?なんでたべるの…?』





『なんで、わたしを、たべるの?』





「やめろおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」





何かをひっくり返したような記憶だけはあったけど、それ以上は何も考えられなかった。

ただただ、私は走り出していた。地霊殿から逃げ出していた。

一秒だって、一瞬だって、その場にいたくなかった。

嫌だ、嫌だ、もう何がなんだか判らない。



私は、私は…どうしちゃったんだよぉ…!!





 * * * * * *





…うん、この惨状はちょっと見ていて痛々しいですね、いろいろな意味で。
おくうが急に食卓をひっくり返すものですから、辺りはさっきまで朝食だったもので滅茶苦茶です。

「お、おくう!?さとり様!!おくうが!!」

パニックを起こしているお燐。ええ、私だってちょっとくらい慌てたいですよ。
ですがおくうがひっくり返したサラダボウルが、狙い済ましたように頭にダイレクトで降って来たものですからね…。
サラダボウルを被った自分の姿を想像してしまったので、もう慌てる事が出来ません。
とりあえず、サラダボウルは取りましょう。これ以上この謎のプレイには絶えられません。
頭に掛かったドレッシングもちょっと嫌ですね、今すぐにでもお風呂に直行したいです。

「とりあえず落ち着きなさい」

「おち着けるわけないじゃないですか!!
 くい物をこんな風に散らかすなんて、今までのおくうじゃ考えられませんよ!?
 うるさいくらいに毎日ゆで卵食べたいとかお肉食べたいとか言ってるおくうがですよ!?
 かい物に行った時だって真っ先にお肉やお菓子を見に行くおくうがですよ!?
 わたしが持ってきた死体とかも今まで残さず食べてきたおくうがですよ!?
 いろいろ悩み事とかも今まであったみたいですけど、それでもご飯を残したことがないんですよ!?
 いままでこんな事した事ないんですから!!こんなの異常ですよ!!
 よくもまあ、そんな風に落ち着いていられますねさとり様!!」

ああ、はい、そうですね、確かに落ち着いているのも異常かもしれませんね。頭にドレッシングを被ってさえいなければ。
とりあえずあなたのおくうへの気持ちは良く判りました。ただそのネタは気付かれないと物凄く情けないですよ。

「いいから落ち着きなさい。間違っても今のおくうを追いかけたりしてはいけませんよ」

「さ、さとり様!?あなたはおくうに何か恨みでもあるんですか!?」

ないとは言いません。この間おくうが核融合の力を手に入れた時の異変の事後処理、結構大変だったんですからね?

ですが、今のおくうの気持ちはなんとなく判りました。
なるほど、だから悩んでいたのか、と言うのはね。

…ふふっ、おくうの方がやっぱり早かったですか。おくうの方が感受性というか、そういう感性は豊かですから。
昨日何があったのかまでは知りませんが、おくうに其処まで考えさせる出来事が何かあったのでしょう。
だとしたら、今のおくうに下手に声を掛けてはいけません。あの子のこれからにも関わりますから。

「お燐、あなたは私が肉を食べない事を、不審に思った事はありませんか?」

私はお燐を落ち着かせる意味でも、その質問をしてみる。
お燐とも少し話しましたが、先ほどの食卓、お燐とおくうの前にだけ肉は置いてありました。
だからこそおくうは、先ほども私の方は見ていなかったですね。見ていたのは自分のとお燐の肉でしたから。

「えっ?その、確かにあんまり食べないなーと思った事はありますけど…」

まあまるっきり食べないわけでもありませんが、殆ど食べない事は理解しているようですね。
元々さとりは「心を食う妖怪」ですから、人を襲って食べるような妖怪でもありませんけど…。

「ええ、別に嫌いというわけではないんですがね」

私も昔、今のおくうと同じ事があったんですよ。
ペットを色々と飼い始めた辺り…丁度お燐とおくうがペットになった頃でしょうか。
今までただ普通に食べていた肉が、たまらなく、恐ろしくなって…。

「まあ、あなたには縁のありそうもない話ですがね」

くすり、と私の口から小さな笑いが漏れた。
死体運びが生業のお燐には、本当に縁が薄いことでしょう。
あなたはあまり、人間の死という事に関心はありませんからね。ある意味では一番関心を持っていますが。

「ちょっ!どういう意味ですかさとり様ーッ!!」

―― 馬鹿にされたよね!!如何考えても馬鹿にされたよね今!!  ――

心の眼を開いてみれば、そうしてお燐の感情が流れ込んでくる。
…きっと私は、こうして動物の心を覗き、その心が判ってしまうからこそ、嘗ておくうと同じ状態に陥ったのでしょう。
誰にも愛されない妖怪だったが故、私を愛してくれたペット達を愛してしまったから。
ペット達と関わっていくにつれて、こう思わずにはいられませんでした。

…なんで、私は他の生き物を食べてるんだろう、と…。

おくうにどんな事があったのか、そしてどんな結果になるか…。
それは私には判りませんが、少なくとも経験者である私は、今のおくうに手を差し伸べるわけにはいきません。
2~3日おくうがいなくて地霊殿も静かになるでしょう。
ストッパーがいないから、お燐の暴走が際立ってしまうかもしれませんが。その時はいろいろと処罰ですね。

…まあ、おくうが餓死する前には探しに行きますか…。





 * * * * * *





「…うにゅぅ~…」

ぐうぅ、とお腹が鳴る。
…お腹空いた…。いやもう、お腹空いたなんて次元はとっくに通り越してる。

地霊殿を飛び出したのは3日前、それ以降私はずっと地上を彷徨っていた。
ううっ…、…あんなふうに地霊殿を飛び出して、今更のこのこと帰れないよ…。

…駄目だ、今の私はもう、何も食べられない…。
何も食べられないはおろか、他の生き物をまともに眼にすることすら叶わない。
もし私の視界に入った瞬間に、その生き物が他の生き物に捕食されてしまったら、とか、どうしてもそんな事を考えてしまう。
そもそも衰弱しきった今の私は、他の動物にとって格好の獲物だと思う。
私だって他の動物に捕食されるのは嫌だ。それ以前に空腹で死ぬかもしれないけど。

…ああ、私が今まで食べてきた人や動物達も、同じ気持ちだったのかな…。
死にたくない、食べられたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない…。

まだ生きたいのに、生きていたいのに、理不尽にその身体を裂かれ、血を枯らして死んでいく。誰にも見られる事もなく。
その人が死んで、悲しむ人もいるだろうに。共にずっと生きていたい人もいるかもしれないのに…。

「うにゅぅ…。…も、だめ…」

足にも力が入らなくなり、膝ががくりと折れ、そのままばたりと倒れてしまう。
お腹空いた、でも何も食べられない。お腹一杯食べたいのに、何も食べたくない。
死にたくない、殺したくない、食べたくない、そんな感情だけが、私の中で渦巻き続ける。

…ああ、私も、本当にこのまま死んじゃうのかな…。

妖怪だから今すぐにって事はないだろうけど、このまま倒れてたらその辺の野良妖怪に襲われて…。
そんなの、嫌だな…。
このまま死ぬという末路も、今まで人や動物を食べてきた私には相応しいかもしれない。
でも、それでも、私だって死にたくない理由はある。
せっかく新しい神様の力を手に入れたのに、という事もなくもない。

だけど、一番の理由は、もっと一生に生きていたい家族がいるから…。

さとり様、こいし様、お燐…。

せっかく地上と地底がまた繋がって、また新しい何かが始まるかもしれないのに…。


…死にたくない、死にたくないよ…!!



「…あら?この間の地獄鴉?」



私のその願いを、神様が聞き入れてくれたのかもしれない。八咫烏様か、あの山の神様か、それとも他の神様かは知らないけど…。
入らぬ力を振り絞って、私は声のした方に顔を向けてみる。

其処には3日前にも見た、私がこうして何も食べられなくなった原因となった人形師が…。

「ア、アリス…?」

「名前を覚えていたとは意外ね。すぐ忘れると思ってたけど…。
 …それより、どうしたの?何でそんなところで倒れてるの?」

倒れた私の前に腰を降ろすアリス。
その周りには何体かの人形が浮いていて、大きな袋を持っていた。

忘れるとって、忘れるわけないじゃん。
私が何も食べられなくなったのは、アリスの一言が原因なんだから…。

「…ごめんね、アリス…」

自然と私の口から出てきた言葉は、それだった。

「いきなりどうしたのよ。それより状況の説明をお願いしたいんだけど?」

うにゅー…。…そっか、アリスになら話しても大丈夫か…。
私がこの3日間、ずっと考えてた事。どうして私が物を食べられなくなったのか。

どうしてこんな、何かを殺す事に、何かを食べる事に、嫌悪するようになってしまったのか…。



「…判らなく、なっちゃった…。
 人間と妖怪って、何が違うのか…」



私はずっと、そんな事を考えていた。

人間と妖怪なんて、違って当たり前じゃん。今まではずっとそう思ってた。
だけど、アリスのあの一言。『人間から妖怪になった後天性の魔法使いなのよ』。
その一言で、私は当たり前が当たり前に思えなくなってしまった。

今までずっと、私は人間から妖怪になったという存在を聞いた事がなかった。
地霊殿に住むようになってから、お燐や他のペット、さとり様とこいし様以外とは殆ど関わる事もなかった。
ひょっとしたら、地底で関わった妖怪の中にも、元人間の妖怪がいたのかもしれない。
でも、少なくともそんな話をしていた妖怪に覚えはない。物覚えは良くないけどさ。

「アリスが後天性の妖怪だって知った後さ…。…死体を口に運んでみて、凄く怖くなった…。
 だって、同じだったんだもん。温度はもうなかったけど、その感触って言うか、そういうものがさ。
 人間の身体だって、私たちと同じ柔らかさを持ってる。生きてるときだったら、きっと暖かいんだと思う。
 …寿命とかさ、身体の頑丈さとかさ、そんな違いは確かにあるかもしれない。
 でも、じゃあ他に何が違うの?もし私に羽がなくって、神様の力もなかったら、人間と何が違うの?
 妖怪のほうが強いから、そんな理由だけで、私達は人間を食べていいの…?
 …判らない、判らないよ…。…もう、何を食べていいのか判らないよ…!!」

私の身体は弱っていたはずなのに、随分すんなりと言葉が出てきた。

アリスのあの言葉で、私は人間と妖怪の違いが判らなくなった。
人間だって妖怪になれる。それに人間と妖怪だって、随分と似ているところがある。
…霊夢だって、魔理沙だって、私を倒すくらいに強かった。人間だって、とても強かった。
何が違うの?人間と妖怪って、何が違うの?

「…あなたまさか、それでこの間からずっと物食べてないなんて言わないわよね…」

「言うよ…何も食べてないよ…」

「鳥頭だと思ってたけど、其処まで馬鹿だとは思わなかったわ」

うにゅー…。失礼だなぁ、私だって色々考える時は考えるんだよぉ…。

「ほら」

と、アリスは人形の持っていた袋の中から何かを取り出すと、私の眼前に差し出してきた。
これは…。…人参?

「肉が食べられなくても、野菜なら食べられるでしょ?」

私は馬か。
そう思う前に、私は人参に噛り付いていた。





 * * * * * *





「うにゅーっ!!ふっかーつ!!」

その後、地霊殿よりは近いからと、私はアリスの家に連れてきてもらった。
アリスはお肉を使わずに野菜だけで料理を作ってくれて、そのお陰で私は大復活。
うん、アリスって見た目はなんか冷たそうだけど、結構いい人だねーッ!

「ああ、明日も買出しねこれは…。…さとりに何か請求してこようかしら…」

復活した私とは逆に、頭を抱えて落ち込むアリス。
うにゅー…、ごめんね、あまりにお腹空いてたから見境なく食べちゃったから…。
とりあえず、心を落ち着かせてもう一度椅子に腰を下ろした。

「それにしても、あんたも極端ね。人間が食べられなくなったくらいで、他の物まで食べられなくなるなんて」

うにゅー…。
…それはアリスが“魔法使い”だからじゃないかなぁ。

「私は鴉だから。鴉は他の生き物を食べるし、食べられる事もある。
 だから、考えちゃうんだ。もし私が食べられる立場になったら、一体どんな気持ちになるんだろうって…」

それに、その気持ちはさっき死に掛けてみて良く判った。
誰にも見られる事なく死ぬという事は、どうしようもなく寂しい事。
死ぬならせめて、大切な人の傍とか、そんな場所で死にたい。

食用の動物とかって、食べられるために育てられて、食べられるために殺されるんだよね…。
…それってとても理不尽じゃないかな…。
自分が鴉だから、捕食される事もある動物だから、そう意識して初めてそう思えるようになった。
殺されるために育てられるなんて、そんなの、可哀相過ぎるよ…。

「アリスは考えた事ある?お肉を食べてて、それが生きてる頃はいったいどんな気持ちで、どんな風に死んだんだろうって…」

私はそう問いかけてみる。
魔法使いであるアリスは、妖獣である私達と同じように捕食される側に回る事はないと思う。
そんなアリスは、お肉を食べてる時、いったい如何思うんだろう…。

「…そうね、考えた事がないわけじゃないけど…。
 空、まだお腹に余裕があるなら、もうちょっと食べてみない?」

うにゅ?
アリスの質問の意図が判らずに、私は首を傾げた。
別に食べる分には何の問題もないんだけど、どうして今このタイミングで、そんな事を…?

私の返答を聞かずに、アリスは料理を作りにか、台所へ行ってしまった。
…と思いきや、30秒と経たずに何かを手に持って戻ってくる。

「昨日私が食べた奴の余りがあったから」

そう言って、アリスが出してきた料理は…。

…えっ?



「…ッ!!!!」



無意識の内に私は立ち上がって後ずさり、椅子に足を取られて盛大に転んだ。

「そ、それって…!!」

「そうね、肉よ」

そう、アリスが持ってきたのはお肉だった。
何の肉かは判らないけれど、良く火が通っていて味付けもしっかりしてそうで、美味しそうと言えば確かに美味しそう。
…だけど、それはこの間の私だったらの話。今の私には、それは恐怖以外の何物でもない。

「うにゅー…。…野菜全部食べちゃった事に対する嫌がらせ?」

「そんな事ないわよ」

私の問いに対して、アリスはくっくと喉を鳴らす。
でも、このタイミングでお肉を出してくるなんて、嫌がらせ以外の如何とも取れないんだけど…。

「た、食べられるわけないじゃん…」

寧ろ、アリスは食べられると思ってるの?
さっきまでの私の話を聞いて、もしそう思ってるんだとしたら、流石にちょっと異常なんじゃ…。

「そう?ならこの肉は捨てちゃうけど、それでもいいのかしら?」

いいよ別に。私は食べないし、アリスも食べないって言うなら、別に…。



…別に、いいの…?



「捨てていいよ」。何故か、どうしてもその言葉が言えなかった。
何でだろう、何かその言葉が凄く引っかかる。
何が引っかかるのか、ぜんぜん判らないけど、とにかく安易に「捨てていいよ」と言えなかった。

そんな私の心を見透かしたのか、アリスはまたくすくすと小さく笑みを零した。

「そう、今のあなたのその気持ち、それが私の答えよ。
 確かに私も、他の動物を食べていると言う事に、違和感を感じた事がないわけじゃない。
 だけどね…」



「食べられるために殺された動物を食べてあげない事の方が、もっと可哀相だとは思わないかしら?」



アリスは笑顔でそう言った。その思いに、何の疑問も抱いていないからだろう。

…それは、確かにそうかもしれない…。
食べられるために殺されたなら、確かに捨てられたりするよりは、食べて貰ったほうがまだ幸せかもしれない。

「人間の場合はまあ、確かに食べるよりも、亡骸だけでも家族の下に返してあげたほうがいいかもしれないけど…。
 でもせめて、食用として売られてる肉くらいは、食べてあげたほうが幸せだと思うのよ。
 だって、食べられるためというその意味すら全う出来なかったら、何のために生きていたか、本当に判らなくなってしまうじゃない」

アリスの言っている事は、確かに正しい。
食べられるため、と言うその意味さえ否定してしまったら、確かに何のために生きていたのかが判らない。
食べられるために生きていたのならば、食べてあげた方が幸せかもしれない。

でも、やっぱり何かすっきり出来ない。
だって、その意味って言うのも結局、捕食者側が勝手に決めた運命じゃん。
食べられるために生きている、そんなのその動物が望んでるはずがない。
自由に生きて、大切な人の傍で死にたい。鴉である私がそう思うんだもん、他の動物だってそう思うはずだ。

「…やっぱり判らないよ。
 何が幸せで何が幸せじゃないかなんて、私達が決める事じゃない。
 さとり様みたいに心を読めないと、何が相手の幸せか、なんて判らないよ…」

確かに、アリスの言う通りかもしれない。
食べてもらった方が幸せな動物だっているかもしれない。
でも、それでもそれは私達の推測でしかない。本当の幸せなんて、私達には判らない。

「あら、馬鹿な子だと思ったけど、意外としっかりしてるのね」

うん、絶対に褒めてないよね。完全に馬鹿にしてるよね。
私は物忘れは激しいけど、バカだと言われるほどバカでもないつもりだよ!

「…ねぇ、空。あなたは八咫烏を食べた時、どんな気持ちになった?」

えっ?
如何って、良く覚えてないけど…。

「あの時はまだ何も考えてなかったから、正直良く覚えてない。
 でも、八咫烏様の力が私に入ってきて、身体が凄く熱くなったのだけは覚えてるよ」

「そう、それだけ覚えてれば充分だわ」

なんかまた貶されたような気がするんだけど…。
アリスの言葉って、ところどころ棘があるなぁ。

「じゃあ、その八咫烏は今どうしてる?」

…うにゅ?

「どうって…。…私の中に棲んでるんじゃないかな…」

私が八咫烏様を食べた後、その強大な力が私の中に根付いているというのは、この力を使う度に感じる事。
食べたというよりは、共生してるとかそういう呼び方の方が正しい気がする。
実際に食べたという表現が適切かどうかも判らないし。

と、私がそう言うと、アリスは何故か小さく笑い出した。
そんな面白い事言ったとも思えないんだけど…。

「それが答えにならないかしら?」

…?

「そう、あなたの中で八咫烏は生きている。あなたに食べられたから、あなたと共に生きている。
 それは他の動物を食べた時にだって言えるんじゃないかしら?
 動物を食べる事が、動物を殺す事になる、そう思うからいけないのよ」



「動物を食べる事は、その動物を自分の中に蘇らせる事なのよ」



アリスの言葉が、私の中にじっくりと染み渡っていく。
食べる事が、自分の中に動物を蘇らせる…?
…そんな事、考えた事すらなかった…。

「まあ、結局のところこれも詭弁ではあるけどね。
 あなたの言うとおり、他の生き物の幸せは私達に決められる事じゃない。
 そんな事考え始めたら、確かにとてもじゃないけど肉なんて食べられない。
 単に私が、そう思いたいだけの話。そうでも思わないと、本当に何も食べられなくなってしまうから。
 私は魔法使いだから、元々食事を取らなくてもいいんだけどね」

アリスが何か言っていたけれど、耳に入るだけで私の頭を素通りする。
ただ、私はテーブルの上に置かれた肉料理を、ずっと見つめていた。



…そう、なのかな…。



あなたは、私に食べられて、私と一緒に生きる方が、幸せなの…?

心でそう問い掛けてみるけど、当たり前だけど言葉は返ってこない。

だけど、今までずっと私を苦しめていたあの声も、もう聞こえなかった。

…聞こえないけど、あの声に返答してみようかな。



『なんでわたしをたべるの?』



それはね…。





「生きていてほしいから。私の中で、一緒に」





テーブルの上の肉料理を一欠片、ひょいと摘んで口に放り込んでみる。

一回噛んで、二回噛んで、充分に味わってから、ゆっくりと飲み込んでみる。

喉を滑り降りて、食べた感覚が身体の中に消える。

…何となくだけど、胸がほっこりと温かくなったような気がした…。



「…これで、一緒だね。私の中に、ちゃんと生き返ってくれたね」



アリスの言うとおり、これはただ私がそう思っているだけ。
でも、私もちょっとだけ納得してしまった。
もし殺された後、どういう末路を辿るか…。
…捨てられるより、例え見知らぬ人でも、その誰かの血や肉になって一緒に生きる…。
そっちの方が、確かに幸せかもしれない。
まあ、あんまり変な人には食べられたくないけど…。

…そう、例えば、お燐やさとり様、こいし様だったら…。

…凄く、幸せかもしれない…。

死んで離れ離れになっちゃうよりも、ずっとずっと、一番近い場所にいられるんだから…。

「…ありがとう、アリス」

私は素直に頭を下げる。
アリスのお陰で、私の心に掛かっていた霧は、ちょっとだけ晴れたような気がした。
まだちょっとだけ納得いかないところもあるけれど、もう大丈夫。
だって、そう思わなきゃやってられないし、殺された動物達にも、申し訳ないような気がしたから。

「こんな答えで納得してくれたあなたの単純さに私は感謝してるわ」

うにゅー、またバカにする~。
アリスにとっては如何でもいい事だったかもしれないけど、私にとっては凄く重要な事だったんだから…。

「まあ、納得したならそれでいいわ。で、結局これは食べていくのかしら?」

アリスはそう言って、残った肉料理を指差す。

「うん、食べてあげなきゃ可哀相だからね」

私は迷わずに首を縦に振った。
私が食べないなら捨てちゃうって言うなら、勿論食べるよ。

「いただきます。それと、ありがとう」

こうやって、食べ物に感謝したのは初めてかもしれない。
今までは当たり前のように食べてきた食事。
でも、何も食べられなかった状態や、アリスと色々話して、その大事さが本当に良く判った。

動物の命を食べてるんだもん。そうやって生きてるんだもん。
感謝もしないで一方的に食べるなんて、そんなの失礼にも程がある。
色々な命の上に立って、私達は生きてるんだ。そうやって生かされているんだ。

だから、私をこうして生かしてくれる他の動物や植物に感謝する。



ありがとう、私に命を分けてくれて。



ありがとう。










「で、アリス。そう言えばこのお肉は何?」

「鶏肉」

「うにゅうううううううぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!!」

それでも流石に共食い(同類食い?)は辛かった。
そう言えば八咫烏様も神とはいえ鴉…。
今更になってちょっと気分が悪くなった。





 * * * * * *





その後アリスと別れて、私は3日ぶりに地霊殿に帰ってくる。
…さとり様、怒ってるだろうなぁ…。
でもまあ、今回は説教されても仕方ないか。
今はとにかく、地霊殿を飛び出して迷惑を掛けた事を、しっかりと謝らないと…。

「ただいm「おくううううぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅッ!!!!」

扉を開けた瞬間、お燐に押し倒された。

「うわああぁぁぁぁぁぁん!!おくうの馬鹿ァ!!3日も帰らないからずっと心配してたんだからぁ!!
 この3日間おくうがいなくてフュージョン出来ないからどれだけ欲求が溜まったと!!
 もうちょっとで勘当覚悟でさとり様に手を出すところだったんだからぁ!!」

私の身体を強く抱きしめるお燐。その涙が、私の服をちょっとずつ湿らせる。
言ってる事の大半が意味不明だけど、お燐の気持ちが痛いほどに伝わってきた。

…こうして泣き叫ぶほどに、お燐は私の事を心配してくれていたんだ。

本当に、私は良い親友を持ったなぁ。

「ごめんね、お燐。それとありがとう」

「ぐすっ…。…バカァ…。…今夜はとことんあたいに付き合ってもらうからね…ッ!!」

夜?何処かにお酒でも呑みに行くのかな?
それだったら喜んで付き合うよ。心配掛けたお詫びだもんね。

と、暫くそうして抱き合って、お燐の涙が落ち着くまで待っていると…。



「あら、帰りましたか、おくう」



うにゅはッ!!そ、その声は…。
恐る恐る声の方へと眼を向けてみれば、そこにはやっぱりさとり様が…。

「さ、さとり様…」

「3日前はあんな謎の恥辱を与えてくださってありがとうございました」

うにゅー…やっぱり怒ってる…。
でも、怒られてもしょうがないんだ。せめて謝らないと…。

「ごめんなさい、さとり様…」

お燐を抱いたまま頭を下げる。
如何でも良いんだけどお燐、胸に顔こすり付けないでよくすぐったいから。

「…何を謝っているのですか?」

…うにゅ?
さとり様の予想外の返答に、私の頭はさっと上がる。

「私は最初から怒ってなどいません。いえ、怒っていないと言えば嘘になりますが…」

そう言ってさとり様は私の傍に腰を下ろし、ゆっくりと頭を撫でる。
…その手は、とても暖かかった…。

「どうやら、答えを見つけられたようですね」

さとり様の三つの眼が、じっと私を見つめる。

「おくう、私も昔、あなたのように物を食べられなくなった事がありました。
 ですが同じように、私もそうやって自分を納得させました。そう思わなくては、動物達に失礼だと…。
 あなたの気持ちは良く判ります。ですから、その事で怒ったりなどしませんよ」

…ああ、やっぱりさとり様には敵わないなぁ…。
地霊殿の主であり、最も嫌われた妖怪。
他の妖怪は心を読むからさとり様を嫌うけれど、私達は違う。

さとり様は、誰よりも私達の事を判ってくれる。言葉に出来ない心も判ってくれる。
私が人の形になって、言葉を話せるようになる前から、ずっとそうだった。
だから、私はさとり様が大好きだ。ちょっと怖いと言うのも否定はしないけど、それでも、大好き。
ありがとうございます、さとり様…。

「…ちょっと恥ずかしいですが、あなたの心も受け取っておきます。
 では、食事にしましょうか。あなたの心の迷いが消えた、お祝いも兼ねて」

「はいっ!」

さとり様が踵を返し、私とお燐もその後ろに続く。
やっぱり、私はこの地霊殿にいるのが一番幸せだ。
そしてその幸せを作ってくれるのは、お燐やさとり様、こいし様、それに私に命を分けてくれる動物や植物達。

私の幸せは、色々な命によって支えられてるんだ。

だから私は、いろんなものに感謝して、これからも生きていこう。

私に命を分けてくれる、私の幸せを作ってくれる、いろんなもの達のために…。



「ねえ、お燐」



居間に向かう途中で、私はちょっとだけ足を止めて、お燐に声を掛ける。

「ん?どうしたの?」

首を傾げるお燐。

…うん、今こんな事言うなんて、凄く変な事かもしれないけど…。
でも、お燐には今言っておきたい。私の頭は忘れっぽいし、いつ今日の事を忘れてしまうかも判らない。
大事な事は忘れないようにしてるけれど、それでも所詮私の頭だからね。

だから、せめてこれだけは…。



「もし私が死んだら、私を食べてくれる?」



お燐がぽかんとする。
…まあ、意味は確かに判らなかったかもね。
今は判らなくてもいいよ。お燐はまだ、私と同じ事を考えた事がないんだろう。

…でも、きっといつか判ってくれるよね。

お燐、私はあなたの事を、一番の親友だと思ってる。

だからもし死んだら、私はお燐と一緒に生きたい。死んでもずっと、お燐と一緒に生きていたい。

お燐の傍にいられれば、さとり様たちの傍にもいられるしね。


…本当に食べてなんて事は言わないけど…。



…私が先に死んだら、ずっと私のことを覚えててね、お燐…。





私の大切な、一番最初の親友…。







































「えっ?それってつまり性的な意味で食べろって事!?
 別に死んだ後じゃなくても何時だってあたいは準備OKだよ!?
 寧ろ今すぐフュージョン!!あたいはみんなで食事よりおくうを食べる!!
 さあおくう今すぐベッドに直行と言うかさとり様とこいし様も一緒にフュージョンしましょおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!!」

「「台無しだよこの変態」」

爆符&想起『ぺタフレア』











さとり様:ちょっと厳しいけどとても優しいご主人様
おりんりん:くーさんとさとり様とこいしちゃんを愛しすぎるHENTAI
くーさん:ちょっと頭はよろしくないけど純粋で可愛い子
こいしちゃん:メインで書かないと全く話に出せない子((

私の地霊殿一家のイメージはこんな感じです。如何でもいいですね、はい。
こんばんは、酢烏賊楓です。くーさん可愛いよくーさん。
「うにゅ?」のたった一言に心を打ち抜かれました。今ではくーさん可愛いよが口癖です。((
そんなくーさんとアリスを絡ませてみたのがこの話です。
巫女を焼いて食おうとするくーさんと、人間から魔法使いになったアリス、なんか対照的なイメージがあったので。
何が言いたかったかって…。…好き嫌いは良くないよ?ですかね?((
当の私は、未だに寿司屋とかでやってる解体ショーとかを直視出来ません。
でもアリスやさとり様、くーさんと同じ理由でちゃんと食べます。

くーさんメインでちょっと真面目な話が書きたいなーと思ったのが今回の話の始まりですね。
|度は挫折しかけましたがくーさんへの愛で何とか。((
さとり様は優しい人です。以前地霊話書いた時にも同じ事言った気がしますが。((
んまあ、萃香曰く性格も良いし物腰柔らかですから。
可能な限りお燐はぶっ壊しています。スミマセン一人こういうキャラがいないとなんか書きづらいんです。((
愛しいくーさんへの愛を自重しないお燐と、その蛮行に親友フィルターを掛けて慕い続けるくーさんのペアと言うのも最高だと思います。((
いかなる時でも、この二人は離れず一緒にいて欲しいものですね。
よし、もっともっとお燐とくーさんをキャッキャウフフな事にs(メガフレア

とまあ、そんな感じです。
正直な事を言うと最後がやりたかっただけなような気がしなくもないです。((
お燐ファンの方々本当にごめんなさい。最後の文章を脳内から抹消して頂けると助かります。

何時も通りですが、少しでも楽しめたのであれば幸いです。
ご意見、感想、突っ込み、誤字訂正等ありましたら是非。
酢烏賊楓
[email protected]
http://www.geocities.jp/magic_three_map/Kochiyami.html
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コメント



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1.100てるる削除
確かにあるなぁ~、って感じでした
私もそんな時期が有りましたし

最初の部分の擬音に滅茶苦茶焦りました

純粋なお空が可愛い
アリスにからかわれて反論するお空が可愛い
悩むお空が可愛い
…お燐の気持ちが分かる気がする
8.100名前が無い程度の能力削除
「いただきます」「ごちそうさま」は大切な概念ですね。
人間は奢りやすい勝手な生き物ですが、こういう概念だけは忘れないで欲しいものです。
最近創想話のせいか、お空と絡むときのアリスがお母さんに見えてしょうがなくなってきたw
10.90名前が無い程度の能力削除
うん、良い話。
自分もこういうこと考えてたなぁ……
12.90名前が無い程度の能力削除
死肉を啄む地獄鴉が生命について考えてしまうとはなんとも皮肉な話……肉だけに…
でもそんな異色のテーマが面白い
13.100煉獄削除
お空の肉を食べるということへの悩みやそれを見守るさとり様、
手助けしてくれたアリスがとても素敵ですね。
純粋で、人の助けを得ながら悩んで答えを見つけたお空が良いですね。
そしてアリスに出された肉を食べた結果、彼女の答えとお空の叫びに笑いました。
お空の魅力が詰まった、良いお話でした。

誤字の報告
>私が地上に出るようになったのはつい最近出し
『つい最近だし』ではないでしょうか?
18.100名前が無い程度の能力削除
食べ物を平気で棄てる子供たちに見せるべきSS
22.100名前が無い程度の能力削除
シリアスなお空とギャグ一直線なお燐が対照的でおもしろかったです。
また、「食べる」という行為がどういうものなのかを考える機会にもなりました。

お く う か わ い い よ
26.無評価名前が無い程度の能力削除
全ての生物は、他の命を犠牲にしなければ存在できない。それが『ルール』。

さらば、せめて
盛大に喰らい尽くしましょう。
いずれは我々も『食べられる』のですから。
31.100奇声を発する程度の能力削除
物凄い勢いで感動しました!!!!!

これからは、残さずしっかり食べて
この命と共存していきます!!!!
33.100名前が無い程度の能力削除
お空可愛いよお空。

誰もが生きていく中で考えたりブチ当たる問題ですな。
それが地霊殿のメンバーや物を食べなくて済む魔法使いが論じているのが、何と言うか皮肉ですな。
34.100名前が無い程度の能力削除
空やチルノは勉強は苦手でも感性豊かそうだから精神シャープそうですね。
・・・最悪、彗星が見えちゃったりするんですね、わかりますww
37.100謳魚削除
重めなテーマなのにHENTAIにゃんこのおかげでスッキリ!(しちゃ駄目だろ)
お空ちゃん可愛過ぎて持て余すよお空ちゃん。
お燐ちゃんがHENTAIでも愛し続けるよお燐ちゃん。
もし次回があるならば「おかんアリス」と「ペットマスターさとり」の邂逅ですね分かります。
39.無評価酢烏賊楓削除
皆様コメント真にありがとうございましたー。

>てるるさん
きっと誰もが一度は考えた事があるんじゃないでしょうか。
冷静に考えて、生き物が生き物を食べるって変な事だと思いますし。

くーさんは何時だって可愛いです。((
ちょっとさとり様のペットになって一緒に(ヘルズトカマク

>8さん
日常の当たり前な事にこそ、大切な事があるんだと思います。
当たり前の事を当たり前と思わず、その当たり前に感謝する事、それが大切なんだと思います。

血が繋がってなくとも、みんなのお母さん神綺ママの娘ですから。アリスもお母さんです。((

>10さん
ありがとうございますー。
一度は考えたその気持ち、忘れずにいて下さい。

>12さん
個人的にはこういう事で悩むのはくーさんが一番の適任だと思いましたね。
調子乗りやすくて馬鹿っぽくて単純で、でも純粋そうですから。
ああもうくーさんってば可愛いなぁ!((

>煉獄さん
くーさんの魅力を伝えられたのであれば幸いです。
くーさんの可愛さはもっと評価されるべきというか最大限に評価されるb(十凶星

誤字報告ありがとうございましたー。

>18さん
食べ物を残したり棄てたりするのは個人的に物凄く許しがたい事です。
レストランでバイトしてた時、残された皿を見て「せっかく作ったのに…」とよく思ったものです。
と言っておきながら、私にも嫌いな食べ物はありますが。((

>22さん
まったくのシリアスでは私が書けなかったので。((
お燐の暴走(?)を入れれば何とか±0に出来るかなーと思った結果がこれでした。

多分気付いたあなたには近日中に火車が家を訪ねてくるかもしれません。

>26さん
全く持って、理不尽なルールだと思います。
犠牲にしなくてもよいのであれば、それに越したことはないんでしょうがね。

人も何時か捕食される時、それをどう受け止めるのでしょうか。

>奇声を発する程度の能力さん
あなたの心に何かを与えられたのであれば作者冥利に尽きます。
毎日食する命の重さ、決して忘れないでください。

>33さん
くーさん可愛いなあああぁぁぁぁ!!!!((

確かに皮肉であるかもしれません。
でも、私としてはこの話でくーさんとアリス以外の選択肢はないとも思ってます。

>34さん
寧ろ勉強出来ない子供っぽい性格だからこそ(ぺタフレア&ダイヤモンドブリザード
すみません彗星のネタはよく判りません。((

>謳魚さん
おりんりんランドはじまるよーっ!((
くーさんとお燐は永遠の親友、でもメガフレアでお燐の暴走を吹っ飛ばす。
そんな関係であってほしいというのが私の望みですね。

次は多分ないです。(( というか考えるのがめんd(恐怖催眠術
42.90名前が無い程度の能力削除
アリス…何故そこで鶏肉を出すw
43.無評価名前が無い程度の能力削除
「それ」とか「これ」とかわざと対象をぼかしてるから
どんなオチがあるのかと思えば普通に食肉の話かー
別にその辺は隠す必要も無いような。

と言うか折角の良い話なのに燐だけなぜか大きく原作から逸脱した
キャラ付けにされていて一匹話から浮いてしまってるような。
47.無評価酢烏賊楓削除
コメントありがとうございましたー。

>42さん
アリスだからさっ!!((
…冗談はさておき、元々鶏肉である事も一つのネタとして使う心算だったんですが…。
だけど書いてる内に流れが変わってしまってそのネタを挟む余裕がなくなったので、ああいう形に収まりました。((

>43さん
それは「それ」「これ」をそのまま会話に入れると「人間の死体」的な言葉が入るので、表現上好ましくないと思ったが故です。
後でくーさんが食べているのは他の動物ですが、冒頭で食べているのはあくまで人肉ですので。

それとお燐のキャラが逸脱しているのは、浮いてしまっていると言うよりは浮かせています。
理由は後書きとコメント返しにも書きましたが、暗い雰囲気を中和するためですかね。
お燐ファンの方には申し訳ないですが、そこはご理解いただけると嬉しいです。
51.100名前が無い程度の能力削除
自分も初めて人の輪切りを見た後は1ヶ月は…
深く共感できるお話でした。
52.100名前が無い程度の能力削除
今更気付きましたが後書きにもw
58.80名前が無い程度の能力削除
一体何が違うのか? アリスの存在は、人間を食べる妖怪という図式の左右を限りなく近づけるものですね

何言ってるのか分からない? そこはほら、雰囲気で。