風が木々の間を吹きぬけ、鬱蒼と枝葉を伸ばした森を不穏にざわめかせた。ザザザ……と騒々しく通り過ぎてゆく風に思わず舌打ちした霊夢は、頭陀袋の口紐を握る手の力を心持ち強くし、森に分け入る一歩をまた踏み出した。
どうも降りそうだ。今にも泣き出しそうな曇天をちらと見て、あまり時間はないなと心中に呟く。苔むした岩の間を流れる細沢を越え、足袋を泥だらけにしてぬかるみを越える。熊笹の生い茂る斜面を滑り降り、あらかた平坦な場所に出たところで、不意にふくらはぎにちりりとした痛みを感じた。足元に視線を落すと、ちょうど痛んだところに、なにやら黒い物体が貼りついているのが見えた。
霊夢の血液を吸い取り、でっぷりと太った特大の山蛭は、霊夢に発見されたことも知らずにぐねぐねとうごめいている。ちっ、と舌打ちをひとつした霊夢は、腰をかがめ、有無を言わさず山蛭を引き剥がした。ぶちゅっ、と身の毛もよだつ音が発し、山蛭が霊夢から引き剥がされた。
つまんだそれを目の高さまで持ってきてから、霊夢は観察する目をヒルに注いだ。
ここ一週間、固形物など何も口にしていない腹がここぞとばかりに騒ぎ出し、霊夢は思わず生唾を飲み込んだ。でっぷり太ったヒルの暗緑色の輝きはどう見てもナマコのそれで、コリコリとした小気味良い食感を想像させた。
うまそうだな、とぽつりと呟くと、途端にその想像が頭を離れなくなった。馬鹿、なに考えてんだと理性が貧弱な抗弁を口にする中で、空腹により圧倒的な攻撃性を増した本能が、食え、食っちまえと悪魔の囁きを耳元で繰り返す。理性と本能の凄まじい葛藤が頂点に達したとき、理性の針が振り切れ、霊夢は気を失った。
気がつくと、霊夢は山の斜面に立っていた。長い間、放心していたらしいことは、すでに暗くなりかけた空が示していた。どういうわけか口の中に血の味がしたが、どこにも怪我はないようだ。霊夢は立ち上がると、再び歩き出した。
霊夢が探していたのは、マヨイガであった。
特定の氏子組織を持たぬ博麗神社にとって、唯一の収入らしい収入といえるのが異変解決の報酬と賽銭である。異変解決は結構実入りがいい仕事であるのだが、そこは平和な幻想郷、霊夢の懐事情に合わせて異変が起きるわけがない。畢竟、これを当てにして生活をすることは到底無理な話、ということになる。
そうなると平時の現金収入は賽銭一本ということになるのだが、どういうわけか博麗神社の賽銭箱は空っぽなのが常だった。時たま、宴会のついでに賽銭箱にちり紙の類を放り込んでゆく妖怪もいたが、そういう不逞の輩は例外なく大幣でメッタ打ちにすることにしていたので、賽銭箱は結果的にカラなのが常になっていたのである。
それでも、霊夢は困らなかった。異変が起こらない日が長期に渡っても、ここ博麗神社で妖怪たちが宴会を開くたび、なんやかやと米や野菜が集まってくる。それを持って町で売り、ささやかな現金に買えれば、魚や肉、鶏卵も手に入れることが出来る。自給自足に毛が生えたような生活。慢性的に飢えてはいても、極度の飢餓には陥らない生活。それはそれで結構なことであった。もともと無欲な自分には、それが身の丈に合っているではないか――少女らしくない達観も手伝って、霊夢は今まで飢えずに暮らしてくることが出来ていたのだった。
貧しくとも幸せな――とは言うまいが、とにかくそのギリギリ生活が突如終わりを告げたのは、ある日の宴会の席に出された鍋に毒キノコが混入し、参加者の大半が腹痛に倒れるという大惨事が起こったからであった。
原因は魔理沙が持ってきたキノコだったのだが、霊夢だけがその惨禍を免れることが出来たのは必然だっただろう。常日頃から道端に生える得体の知れない野草を摘んで食していれば、胃袋はおのずと如何なる毒をも撥ね付ける鋼鉄の胃袋と化す。飽食にかまけたお前らへのこれが神罰だ。二週間は臥せるがいいさ……痛みに呻き、爪を立てて畳の上を這いずり回る面々を心中でせせら笑った霊夢だったが、真の恐怖はその後にやってきた。
幻想郷の主立った妖怪たちが揃って病に臥せってしまったことで、三日に一度は開かれていた宴会がぴたりと止んでしまったのだった。宴会が行われなくなると、必然的に博麗神社の物流も完全に停止してしてしまい、米や野菜の類が一切手に入らなくなった。
火の車というのではまだ足りぬ、前代未聞の飢えが博麗神社にやってきた。何も口にしない日が五日を過ぎると、耐えがたい空腹が常時霊夢の脳髄を支配するようになっていった。砂糖壷に手を突っ込んで血糖値だけはギリギリを維持する生活がさらに二日続き、水しか飲めない日がさらに二日続いた。
貴重なカロリーを惜しんで境内の掃除をサボるようになると、草は伸び放題、ゴミは積もり放題という有様になった。それでも努めて体力維持を優先した結果、ほんの一週間で博麗神社はカラスが声で鳴きわめく修羅の庭と化していった。
砂糖があらかた底をついても、宴会は行われなかった。すでに空になっている砂糖壷の底を叩いて糖分を確保し、腋を舐めて塩分を確保する生活は、博麗神社に地獄の釜の蓋が開きつつあることの証左であった。パンを一切れ貰えるなら脱いでもいい、というような極限状態の飢餓に苛まれ続けた結果、霊夢の顔はげっそりとこけ、自慢だった黒髪にはところどころ白髪が目立つようになっていった。
マヨヒガ。そんな言葉が霊夢の頭に浮かんだのは、箒を振り回してカラスを執拗に追い回していたときだった。ちくしょう、大人しくトリ肉になりやがれとわめきちらいていた霊夢の頭を、ふと古い記憶がよぎり、霊夢ははた手を止めた。
幻想郷にはマヨイガというものがある。マヨイガとは山の中に忽然と現れる豪邸で、そこから茶碗や湯飲み、要するに何かの容器を拝借してくれば、その家は短期間で富豪になれる……そんな話を何かの本で読んだのはいつのことだっただろう。思い出そうにも思い出せる腹具合ではなかったが、とにかくマヨイガというものが幻想郷にあるのは確かだったような気がした。
停止していた頭が急速に回転を始めた。マヨイガからなにかを持ってくれば、金持ちになれる。マヨイガを探せば腹が膨れる。マヨイガに行けば腹いっぱい食える――そう頭の中に幾度も呟く度に、霊夢の心臓がどくん、どくんと拍動するのがわかった。
マヨイガを探さなければならない。栄養失調で死にかけていた身体に不思議な力が沸き起こり、霊夢はくわっと目を見開いた。マヨイガを探し出し、とにかく何か食おう。その思いが、重力に抗って立ち上がるだけの力を霊夢に提供した。納屋をひっくり返して用意したなけなしの旅支度を頭陀袋に詰めた霊夢は、戸締りもそこそこにして妖怪の山へと飛び立った。
目指すはマヨイガ。ここでしくじれば、自分は飢餓によって死ぬ。しかしそれを座して待つでは女が廃る。博麗霊夢、一世一代の大博打だ。見ていろ貧乏神、今に大金持ちになって見返してやるからな――。
そんな情熱が冷水をぶっ掛けられたように冷めたのは、三日間山中を歩き回った末、自分が遭難したのだという事実を発見したからだった。
目の前にどっしりと置かれた鍋は、飴色の液面をくつくつと煮立たせている。さっそく生卵に手を伸ばし、白蝋のような肌をちゃぶ台に叩きつける。カチリ、と渋い音を立てて殻が割れると、中から宝石のような黄身がすべり落ちていった。
牛肉や砂糖、醤油などをこれでもかと消費するスキヤキは、普段でも滅多に口に入らない馳走中の馳走である。いただきますもそこそこにして箸を手に取った霊夢は、まず牛肉を摘み上げてみた。
いい具合に味が染みたと見えて、霜降り肉は割り下と同じ飴色になっていた。溶いた生卵に摘んだ肉をさっと絡ませると、何ともいえない芳醇な香りが鼻腔をくすぐり、脳髄が恍惚で満たされる。そのまま口に持ってゆくのはもったいない。まず舌を出して肉の表面を舐めてみると、甘酸っぱい味が口いっぱいに広がった。
なんという幸福、なんという満足。視界が涙でぼやけ、飴色に煮締められた肉と卵の鮮やかな黄色が境界を失って混ざり合ってゆく。
いただきます。万感の思いを込めて呟き、肉を口に入れようとした瞬間、すべてが霧散していった。
はっとして、霊夢は目を開けた。
まず視界に大写しになったのは、露出した自分の腋だった。しょっぱかったのはこれか……。どうせ夢ならもっと味わっていたかったと考えてしまったのは、極度の飢餓が為せる業だった。思い切りため息をつくと、残っていた生気すら呼気に紛れて虚空に消えていった。
足がもつれて転んだところまでは覚えていたが、気を失ったのは飢餓のせいらしい。もう歩く体力もなくなりつつあることを察して、霊夢はもう一度深く嘆息した。
空を飛ぶ程度の能力が使えなくなっていることは、妖怪の山の中腹に墜落したときからわかっていた。何か食べれば気力も巫力も回復して再び大空を飛べるようになるだろうが、とにかく今は水以外に口に出来るものはなかった。
土台、帰ったところで神社にはなにもないのはわかっている。大声で叫ぶとか、弾幕を空に打ち上げるとか、何らかの手段を講じて自らの居場所を天狗か何かに知らせることは出来ただろうが、そうしなかったのは人間としての最後の意地が働いたからだった。この飢餓の十日間、一切物乞いをしなかったのもそのためだ。この飢餓の十日間は、霊夢が歯を食い縛って物乞いの誘惑に抗い続けてきた歴史でもあったのだ。
別にちっぽけなプライドを守りたかったわけではない。ただ、この期に及んで無茶を並べ立てる自分に従順なだけなのだ。自尊心も人間の尊厳もかなぐり捨てて腹を満たす? そんなことはできない。そんなことをするぐらいならいっそのこと、こんな姿を見られないようひっそり朽ち果てたいというのが自分の偽らざる本心だ……それだけのことだった。
木の葉を濡らし、その下で仰臥する霊夢をも濡らしている雨は、体から容赦なく体温を奪ってゆく。すでに生命維持が難しい程度にまで体温が低下していることは、我慢しきれずにもう一度だけ舐めてみた腋下動脈の温度からわかっていた。ちくしょう、と呟いてみても、巫女らしくない荒んだ物言いを咎める者もいない。ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう……と何度も呟いているうちに、熱い熱の滴が目から溢れ出し、泥で汚れた霊夢の頬に筋を引いた。
ここで終わりか。霊夢は意外なほど静かな気持ちでそれを受け入れ、代わりに自分が死んだ後の幻想郷について考えてみる気になった。
魔理沙もアリスも咲夜も皆バカだから、半年もすれば自分のことなど忘れてしまうだろう。もしかしたら稗田阿求だけはその異常な記憶力で私のことを覚えていて、気まぐれに史書に書くかもしれない。大昔、自分の腋を舐めて塩分を確保しているような不潔巫女が博麗神社にいました。それで終わり。一年もすれば博麗霊夢という名の巫女の存在は完全に忘れられ、幻想郷にまた新しい日が昇る――。
そう考えると、目から溢れ出る涙の量が倍増した。あまりに寂しく、走馬灯のように思いをめぐらすにも少しばかり酷な未来だった。霊夢は想像を変えた。
私が死んだら東方シリーズは瓦解だ。あるいは東風谷早苗がプレイヤーキャラの座に着いて続行されるのだろうか。それだけは何とか避けたいな……と思ったところで、衰弱しきった身体はいうことを聞かず、どうすることもできなかった。
ここが年貢の納め時。嗚呼、やんぬるかな。霊夢がひとりごち、目を閉じようとした瞬間だった。閉じかけた視界に何かが映り込み、霊夢は鉛になったと目を開けた。
熊。しかも齢一年にも満たないと見える、縫いぐるみのごとき小熊だった。いかに妖怪の山が排他的であろうとも、そりゃ野生動物もいて然るべきだろう。私を食べに来たのだろうか、と萎みきった頭でぼんやり考えた霊夢に、小熊が顔を寄せてきた。
生臭い息が顔にかかり、霊夢は顔をしかめた。食うなら早くしてくれ。骨と皮だけしかないけど。そう霊夢が目で語りかけると、小熊は殊勝な顔でクゥ、と鳴いて見せた。しばらく経ってから小熊に同情されたのだと気がついた霊夢は、思い切り眉根をひそめて小熊を睨み返した。
一体どんな目つきをしていたのか、小熊はちょっと驚いたように顔を離すと、トコトコと駆けていってしまった。見捨てられたのかとも思ったが、そうではなかった。小熊はよっと離れた位置に座って動かず、それどころか霊夢を振り返って鼻を鳴らす仕草を見せた。
霊夢は上半身を起こす気になった。そうだ、それでいいというように小熊は再び駆け出した。ついて来い、と言われているような気がして、霊夢は動かない関節を動かし、よろめきながらも立ち上がった。
小熊はちょっと行っては立ち止まって振り返ることを繰り返し、霊夢をどこかへ誘おうとする。霊夢もそれに応え、感覚が消えて久しい両足を動かした。いくつも谷を越え、沢を越えたところで、小熊は露出した岩肌に穿たれた石窟へと消えていった。
中に入ると、物凄い獣の臭いが鼻を突いた。徐々に暗闇に慣れた目に映ったのは、小熊の五倍はあろうかという巨熊であった。小熊はその巨熊の足元に座り込み、スンスンと鼻を鳴らしている。この野郎、騙したなと大声を上げた瞬間、巨熊が何かを差し出してきて、霊夢は目を見張った。
それは、粗末な木の椀に入った粥であった。真意を測りかね、巨熊の顔を見上げた霊夢に、巨熊は無言を通している。食え、ということだろうか。そんな理解がやってくると、霊夢の頬を不意に涙が伝った。
涙腺が壊れたかのようだった。茶で水分は確保していても、飢餓に荒みきった神経がまだ涙を流せるとは驚きだった。遭難し、目的地も、帰る方向も見失った中で触れた温かさが胸に染み、ひび割れた霊夢の心を癒していった。鼻水と涙を手首で拭い、ありがとう、ありがとうと繰り返した霊夢に、二頭の熊はそれでいい、というように頷いてみせた。
いただきます。言うや否や、霊夢は虚空にバッと手をかざした。瞬間、爆音が轟き、石窟の中は閃光に似た白い光りに包まれた。
そこらに落ちていた木の枝を折って歯をせせっていた霊夢は、すっかり気力が回復した身体を大儀そうに持ち上げた。
ずっしりと重くなった身体に、熱が戻っていた。しばらくそのままの姿勢を保ちながら、足を重力に慣れさせてゆく。たっぷり五分ほど念入りに準備体操をしてから、霊夢は洞窟から出る一歩を踏み出した。
飢えが満たされたからと言って、霊夢は歩みを止める気はなかった。なんとしてもマヨイガは見つけなければならない。今ここで散った二つの命に応えるためにも、絶対に――。
霊夢は立ち止まり、誰もいなくなった狭い岩窟を振り返った。では行ってきます、と誰にともなく深々と一礼した霊夢は、それにしても、と思った。
熊の肉というのはなかなかに美味いもんだ。
沢の水を手で掬い、霊夢はそれを一息に飲み干した。一口飲み下す度に清涼な冷たさが喉を潤し、細胞一個一個が気力を回復してゆく。それは単に喉を潤すというより、傷口に薬を塗り込む感覚に近いものだった。ついでに顔まで洗った霊夢は、頭陀袋の中から石鹸と剃刀を取り出すと、石鹸を沢水で泡立て、剃刀で腋をゾリゾリと剃り出した。この腋は東方シリーズの主人公であることを証明する腋。いかな山の中といえど、一日二回のお手入れを忘れることは出来ないのだ。
ゾリゾリと腋を剃りながら霊夢は考えた。はて、それにしてもマヨイガというものはどこにあるものだろうか。妖怪退治のエキスパートといえど、単に話を聞いただけだし、そもそもマヨイガは妖怪ではない。妖怪の山に出現するということは分かっていても、具体的な出現位置を推測するには予備知識が少なすぎるというのが実情だった。
瞬間、ちりっと痛みが発した。っつ……と顔をしかめた霊夢が見てみると、カミソリが薄く皮膚を裂き、そこから血が流れ出ていた。傷口に石鹸水が染みないよう、霊夢は沢水を手で掬い、腋の石鹸を洗い落とし始めた。
石鹸を丁寧に洗い落としながら霊夢は考えた。だったら射命丸にでも聞いてみようか。ここは妖怪の山だし、大声で呼べば一分と経たないうちに文字通り飛んでくるだろう。例え腹痛で死にかけでも知ったことか。むしろ記事のために死ぬなら本望だろう。ならば私のために死ね……勝手を並べ立てた霊夢は、そこでその考えを否定した。マヨイガの場所が分かっているなら、あいつの方が先に記事にしているはずだ。仮にもしあいつがマヨイガの場所を知っていたとしても、それを記事にされたら元も子もない。『博麗神社のワキ巫女、マヨイガに到達し大金持ちに!』などと仰々しいアオリ方をされて、妖怪たちにワキだワキだと指を指されるようになるのがオチだ。
石鹸水を洗い落とした霊夢は、そっと傷口に触れてみた。まだ血は出ていたが、薬の類など何ひとつ持ってきていない。熊の脂や胆嚢は万病に効くとして幻想郷でも人気の薬だったが、とっくの昔に残らず胃の中に納まってしまっていた。かといって消毒しないのも具合が悪い。少し迷った後、やるしかないか、と呟いて、霊夢は自分の腋にできた傷口を丁寧に舌で舐めはじめた。
ピチャ……ピチャ……という淫猥な音を立て、んふっ……ふっ……と甘い鼻息を漏らしながら霊夢は考えた。だったら萃香にでも。いや、それはダメだ。あのロリは常時酔っていて使い物になるはずがない。ならば守矢神社の神奈子や諏訪子、もしくは早苗に……早苗だと? 冗談じゃない。2Pキャラにお伺いを立てるなんて、プレイヤーキャラとしてのカリスマが廃れる。かといって商売敵である守矢神社の神奈子に聞くのも何だか癪だった。だったら親しいヤツ。魔理沙かアリス、もしくはレミリアや咲夜……呼んでも来るものか。ただでさえみんな腹痛で臥せっているときに、マヨイガの場所を聞くためだけに呼んだと言ったら、彼女らといえども拳を振るうのを躊躇わないだろう。
霊夢が名残惜しそうに腋から口を離すと、ちゅ、という音が発し、腋と霊夢の唇の間に銀色の橋がかかった。血は止まっていた。しばらく考えた後、歩くしかないか、と決めて、霊夢は頭陀袋を肩に背負って歩き出した。
妖怪の山がこんなに広いとは思わなかった。四日目の朝を深山の中で迎えた霊夢は、いまだ獣くさい熊の毛皮を被りながらそう思った。幻想郷唯一の山だからそんなに広くもないのだろうという事前の想像を派手に裏切って、妖怪の山はその圧倒的な広大さで霊夢を逃がさない。まるで己の偉大さを誇示しているかのようだった。
行けども行けども、もう何もないような気がしていた。どこをどう歩いても、ごつごつとした広葉樹の幹と枯れ葉があるだけで、マヨイガはおろか人造物の痕跡すら見当たらない。これでは自分が何をしに妖怪の山へ来たのかわからないではないか。熊の毛皮を器用に折りたたんで頭陀袋に詰め込むと、霊夢はまたとぼとぼと歩き出した。
飢餓とは違う、もっと身近で、もっと強い感情が霊夢の身体を支配しつつあった。帰りたい。家に帰りたい。もうマヨイガなんてどうでもいい。それができないならせめて温泉に浸かりたい。叶うことならスキヤキが食べたい。そんな感情がどうしても抑えきれなくなり、ともすればその場でマヨイガ探訪を諦め、博麗神社へ飛んで帰りそうになる。
そんな霊夢をそこに繋ぎとめていたのは、意地ではなかった。
優しい熊親子。彼らは私の情熱を理解し、自らの身体を肉として差し出すという行為にして応えてくれた。なんという愛情、なんという献身。弾幕で吹き飛ばす直前に見た、あの熊親子の驚愕に見開かれた目。その思いは決して無駄にはできない。頑張れ、諦めるな。そんな熊親子の声を、霊夢は確かに聞き取っていた。その声援に霊夢の魂が呼応し、ともすれば踵を返そうとする霊夢の肉体を叱咤して、この妖怪の山に縫い留めているのだった。
溢れ出してきた涙を、霊夢はぐいと強く拭った。ごめんね熊さん、私強くなるから……。そう思いを新たにして、霊夢は目の前に立ちはだかる斜面を四つんばいで登っていった。
いくつも谷を越えた気がした。
いくつも沢を越えた気がした。
幾度も諦めそうになった。
しかし、その度にいくつもの声援を聞いた気がした。
気がつくと、霊夢は地面に膝をついていた。あ、ああ……という声がしわがれた喉から漏れ、あまりの事態に混乱した頭が真っ白になる。
霊夢の目の前にあったのは、大きな門だった。大人が三人は横並びで入れる程の、立派な作りの門だった。なぜこんな山の中にこんな門が。まるでそこだけ違う世界が切り取られ、貼り付けられているかのようだった。
――さてふと見れば立派なる黒き門の家あり。
いつか読んだ本の中の一節が急に思い出されてきて、頭の中に反響した。なんの変哲もない雑木林の中に、忽然と現れた門。これはまさか……霊夢は無我夢中で立ち上がると、閉じられていた扉を両手で押し開けた。
閂がかかっていないのか、門は存外簡単に開いた。目の前には竹垣に囲まれた道が一本続いている。まるで霊夢を待っていたかのようにあつらえられた道に、霊夢は恐る恐る足を踏み出してみる。硬く砂が敷き詰められた地面が山の泥濘に馴れ切った両足に有難かったが、気にする余裕は頭になかった。しばらく黙々と歩いてゆくと、視界が開け、目の前に大きな建造物が現れた。
まず目に入ったのは、大きな茅葺の屋根だった。母屋の幅はざっと見たところ四十間はあるだろうか。規模だけで言えば、目の前の母屋は博麗神社の拝殿より二倍ほども大きく、文句なしの豪邸であった。塗り固められた壁がやけにまぶしく白く輝いており、その下で揺れているのは藁縄に編み込まれた大根だ。ぽっかりと開いた青空に優美な曲線を描く茅葺屋根は途中でL字型に曲がっており、母屋に直結している馬小屋では、数頭の馬が柱に繋がれ、もそもそと飼い葉を食んでいる光景があった。
霊夢が庭に目をやると、母屋から離れた位置に便所が建っており、馬小屋に近い位置では、数羽の鶏がしきりに何かをつついている。家をぐるりと取り囲んで植えられているのは秋桜の花で、それはまるで遊んでいるかのように、時折吹き抜ける風にゆらゆらと妖しく揺れていた。
――訝しけれど門の中に入りて見るに、大なる庭にて紅白の花一面に咲き鷄多く遊べり。
まるでここだけ時間が停止し、永遠を彷徨っていたかのような、圧倒的な存在感。これが、これが。ついにたどり着いた。これがマヨイガ、否、これこそがマヨイガ。これがマヨイガでなければ一体なんなのか。霊夢は抜けた腰を叱咤して立ち上がると、半ば這いずるようにして玄関まで歩いていき、玄関の引き戸を開けてみた。
玄関のすぐ横には竈があり、ぱちぱちと音を立てて燃える薪の上では、ずいぶんと使い込まれていると見える、煤けた釜がコトコトと煮立っている光景があった。広い土間を横切り、上がり框に足を乗せると、霊夢の鼻を芳醇な味噌汁の香りがくすぐった。途端に胃の腑が騒ぎ出し、霊夢は台所へと急いだ。
台所があった。しかも、漆塗りの膳に載せられた椀に盛られた白米や味噌汁は、まだほかほかと湯気を立てており、まるで今しがたまで誰かがそこに立ち、配膳をしていたかのようだった。
ごくり、と喉を鳴らした霊夢の前に、障害は何もなかった。思わず膳に飛びつくと、霊夢は獣のような荒々しさで白米と味噌汁を貪った。はぁはぁと荒い息を吐きつつ、舌で、指で、目で、唇で、全身で、つややかな白米の舌触りを堪能する。徹底的に乱れ、舌を白米に絡ませる度に、脳の奥底で発熱していた何かが溶けて消えてゆく実感があった。自然と涙が溢れ出し、霊夢の白い頬を伝ったが、それを気にする感覚はとうの昔に麻痺していた。
一膳目を終えると、迷わず二膳目へ。二膳目も終わると、最後の三膳目へ。胃の中に熱い味噌汁が注ぎ込まれる度、霊夢の身体はビクビクと痙攣した。それはあまりの勢いで掻き込まれて来る飯に体が拒否反応を示した結果――つまり単純に言えば霊夢はむせていたのだが、気にする暇はなかった。こんな美味いメシ、食ったことがない。
三膳目を征服したところで、霊夢はやっと一息つくことができた。何度も何度も味噌汁を注ぎ込まれた腹はすでに一杯になり、しばらく経っても頭はぼーっとしたままだったが、とりあえず空腹感だけは解消することが出来た。目的は達成されたのだ。
そうだ。どうせなら茶を飲もう。霊夢はそう思い立ち、いそいそと座敷へ急いだ。座敷の真ん中にあつらえられた囲炉裏の上で、自在鍵に吊り下げられた鉄瓶がシュコシュコと湯気を立てている。茶器はどこだろう。しばらくあたりを物色し、首尾よく湯飲みと急須、桜の皮で作られた高級茶筒を見つけ出した霊夢は、慣れた手つきで茶を煎れた。
一口啜ってから、霊夢はあぁ……と甘美なため息をついた。一煎目の茶など実に二週間ぶりだった。凄い。濃厚で、苦くて、ほのかに青臭い。その苦さと青臭さに思わずむせてしまうようだったが、頑張って全部飲み込んだ。迷わず二煎目を煎れると、これもまたよい。青臭さが抜け、今度は茶っ葉本来が持つ味がまろやかに広がってゆく。
いやはや、恐れ入る。幻想郷の中の更なる幻想郷、マヨイガ。まさかこれほどまでとは。霊夢は大満足の嘆息を漏らすと、湯飲みを置いて立ち上がった。さて、目的は果たした。あとは適当に椀かなにかもらって帰ろうか。そうすれば沈没寸前の博麗神社の懐も持ち直し、何もかもがうまくいくようになるのだ。
箸でも椀でも、あるいは湯飲みでもいい。それをなにかひとつ持って帰ればいいのだ。そうすれば賽銭は毎日賽銭箱から溢れ出すようになり、異変解決によって舞い込む収入も飛躍的に伸びることになる。間違いだらけのスキンケアですら日に日によい方向へと向かい、胸も今より数倍はデカくなるだろう。もしかしたら魔理沙から、なぁ霊夢、実はずっと前からお前のことが……などというサプライズがあるかもしれない。そこまで考えて、霊夢は耳まで真っ赤になりながら畳の上を転がった。
たっぷり半刻ほど畳の上を転がってから、霊夢は立ち上がった。さぁ帰ろう。持って帰るのはこの湯飲みでいいや。いつもの霊夢であれば、寝室を漁って財布をくすねるぐらいのことはしたかもしれなかったが、そこまでごうつくを張ったのではいくらなんでも悪い。霊夢は力士の名前がずらりと書いてある湯飲みを頭陀袋に入れると、障子を開け、いそいそと座敷を後にしようとした。
瞬間、霊夢は口から心臓が飛び出る思いを味わった。
そこにいたのは、勝気な瞳を驚愕に見開いた少女の姿だった。思わず腰を抜かし、板場に盛大にしりもちをついた霊夢に、少女の頭にくっついた耳がびくっと震える。数秒の間見つめ合ってから、霊夢はそれが誰であるのか理解して、脳みそが蕩けそうになった。
こいつは橙だ。八雲紫の式神の式神の化け猫。宴会のときはずっと八雲藍の隣に座り、ちびちびと甘酒を飲んでいるようなヤツ。いい加減酔いが回ってきた辺りに、よってたかって皆に尻尾と耳を触られて泣き出しそうになっているヤツ。なんでコイツが……という想像が霊夢の中に立ち上るより先に、新たに入ってきた人影が同じように棒立ちになるのを見手締まった霊夢は、再び心臓が口から飛び出る思いを味わうことになった。
ふさふさとした尻尾を大儀そうに畳んで家の中に入ってきたのは、どこかで見た事のある衣装に身を包んだ妖狐だった。特徴的な帽子を被り、大きな瞳を見開いている、すらりとした長身の立ち姿――こいつは八雲藍だ。宴会のときは必ず橙の傍にいて、橙の尻尾や耳を触ろうとしてくる輩に容赦のない鉄拳を見舞うことで有名な式神。こいつまでなんで……と思った霊夢に、藍の方が口を開いた。
ここで、何してる。
至極全うな問いであると霊夢は思った。そうだ、私はここでなにをやっていたんだろう。突然の事態の変遷についていけなくなった頭が、返答の変わりにパクパクと口を開閉させる。マズい、何か言わなければ。霊夢があの、その……としどろもどろな言葉を紡ぐ間に、藍の足元にすがりついていた橙が前に進み出て、霊夢をびしっと指差して言った。
泥棒だ!
余計なことを言うなこのクソガキ! やっと出た言葉がそれだった。自分でも驚くような大声に、橙は再び涙目になって藍の足元に隠れてしまった。マズい、言ってしまった。見る間に表情を堅くさせ、やがて何かを得心するように頷いた藍は、軽蔑の視線で霊夢を見下ろした。
そう、そういうこと……ふーん。
弁護しようにも、全身煤と泥に塗れ、頭陀袋を背中に担いだ姿では却って逆効果になる可能性があった。いや、その、あのですね……と再び弁解を開始した霊夢は、その瞬間、藍が立つすぐ横の空間が歪み、ばっくりと裂けるのを見て、顎を外しそうになった。
人の家で何をやっているのかしら。
空間に生じた隙間から身を乗り出してきたのは、西洋人形の如き豪奢な金髪姿だった。キノコの毒はもうすっかり抜けたのだろうか。ここ幻想郷、最強最古の妖怪――八雲紫は、笑みを消した顔でこちらを見据えてきた。
人の家。ということは、ここは八雲さん一家のお住まいになるんですか? そう問うてみると、そこにいた三人が何を当然な、という顔で霊夢を見た。それで合点が行った。なるほど、ここはマヨイガでなくて八雲一家の家か。道理でお膳が三人分、仲良くあるわけだ。橙と紫たちは別々に暮らしているとは聞いていたが、そりゃたまには遊びに来る事だってあるだろう。そうかそうかと深く頷いた霊夢に、紫は怪訝な顔をして見せた。
まさか泥棒しにきたの?
そんな一言に再び頭に血が上りかけた霊夢だったが、どう考えても全うな質問だった。霊夢がどうにか首を振って否定し、あのっ、まっ、マヨイガがですね……と絶望的な言葉を並べ立てた瞬間、八雲紫がうっ! と短い悲鳴を上げた。
くさっ! 霊夢、あなた臭いわ!
その一言は、今まで投げつけられたどんな詰問の言葉よりも深く、霊夢の貧弱な胸をざっくりと切り裂いた。そりゃそうだった。この五日間、風呂どころかシャワーすらもご無沙汰。おまけに一夜を熊穴で過ごし、熊の肉を喰らい、熊の毛皮を被っていたのだから、獣臭くて当然だった。目の前の三人が口々に臭っ、臭ぇと顔を背け、袖口で鼻を押さえるのを見て、霊夢はわなわなと震え出した。
自分はこの一週間なにをやっていたんだろう。山に入り、熊肉を喰らい、腋を剃りながら一体なにをしようとしていたのか。挙句の果てに人の家、それも八雲一家の家を豪邸だブルジョアだと言って持ち上げまくり、とどめに用意されていた昼飯まで勝手に食い、茶を啜り、それを咎めた家主たちに臭い臭いと罵られた。血圧が急上昇し、こめかみに血管が浮き出るほど頭に血が上るのがわかった。
穴があったら入りたい。それが例え墓穴でも熊穴でも何でもいい。それが出来ないなら言い訳しなければならないが、この状況でどう言い訳したものか。あのっ、そのっとうわごとのように呟いた霊夢は、最適解を求めて高速回転する頭が音を立ててたわみ、自分を常識の静止軌道から外そうとするのを感じた。
うぅわああぁぁぁごめんなさぁぁぁぁい!
霊夢は駆け出した。土間に飛び降りると、呆気に取られている三人を突き飛ばし、表に出た瞬間には空高く飛び上がっていた。ごめんごめんごめんなさぁぁぁいと叫びながら四方八方に飛び回り、どうにかこの一週間の記憶が吹き飛んでくれることを願った霊夢だったが、どんなに高速で飛行してみても記憶は執拗に霊夢に貼りついてくる。
亜音速の風圧に巫女服が吹き飛び、妖怪の山上空に紅白の雨となって降り注いだのだが、構っていられる話ではなかった。
全裸姿で高速飛行する霊夢の姿はこのとき多くの妖怪に目撃されたのだが、それが博麗神社の巫女だとは誰にもわからなかったらしい。家を荒らされ、飯まで勝手に食われた紫でさえ、この件に関しては最終的に口を閉ざしたのだから当然だった。
悲鳴を上げて空を飛びまわる謎の飛行物体の話は今後一ヶ月ほどの間、腹病みから快方に向かいつつあった幻想郷の妖怪たちにささやかな噂のネタを提供することになるのだったが、その正体は終ぞ分からず、いつしか人々の頭から完全に忘れ去られていった。
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“それ”が、いつから存在していたか知るものはいない。
数千年前、いやもっと昔、天地開闢に比するほどの大昔から“それ”は存在していた。誰が作ったのかも、どうして作られたのかも定かではない。混沌から生まれ、いつかは混沌に還ってゆく存在の一部として、それはあるとき、人々が関心のない未知の空間に忽然と産み落とされた。
“それ”の存在形態が一定でないために、“それ”の呼び名もまた無数に存在していた。あるときは隠れ里とか黄泉国と呼ばれ、異界や幽霊屋敷、ちょっと珍しいのでは天狗の隠れ家という呼び名もあった。国や民族、文化が変わると、理想郷とか桃源郷、あるいは全く反対に地獄とか異世界と名づけられることもあった。「マヨイガ」という名前すら、“それ”が持つ無数の名称のひとつに過ぎなかった。
どういうわけか、“それ”は心と呼べるものを持っていた。凡庸なものではあったが、ヒトという生き物の生活に目を向け、それを関心を持って見つめ続ける程度の知能も持っていた。ヒトは“それ”のお気に入りの生き物だった。ひどく狡猾で脆弱なくせに、誰よりも他者を思いやることができる不可解な存在。その不思議さに魅せられた“それ”は、いつしか空間を割って移動し、彼らの前に姿を現す楽しみを見つけた。
親が子を殺し、一年に何人ものヒトが飢えて死ぬこともある。そんな過酷なヒトの生活に、動く心がないわけでもなかった。やってくるものには惜しみなく財を与え、幸運を呼び寄せてなんとか飢えぬように配慮してやる。“それ”がヒトに出来る貢献とはそのぐらいのものだったが、“それ”は満足だった。偶然と、ちょっぴりの心の機微から生まれた“それ”とヒトの奇妙な関係は、どちらかが滅ばぬ限り、永遠に続くかに思われた。
しかし、人々がもはや“それ”を必要としなくなる時代が来た。飢えぬ程度には食える時代が来たことにより、“それ”が心を痛めていた子殺しなどの惨劇はほとんど見られなくなったが、反対にヒトの“それ”への関心は急速に失われていった。ヒトとの関係を長く保ち続けた結果、“それ”はヒトとの関係を持ち続けないと消滅してしまう存在になってしまっていたのだが、“それ”にはどうすることも出来なかった。
何もない異空間で静かに孤独に耐え続ける生活が、数十年の長きに渡って続いた。後悔も弱音も吐き尽くし、後は消えるのを待つのみとなっていた“それ”だったが、運命という名の巨大な理は“それ”が消えることを許さないらしかった。ある日、強い力によってどこかへと誘われた“それ”は、気がつくと知らない山の中に佇んでいた。
どこにでも行くことができ、どこにでも現れることが出来る“それ”だったが、その山から出ることは終ぞ出来なかった。ここは最後の地なのだ。ヒトには不要になったすべての「幻想」が流れ込み、集積されて形成される異郷。しばらくしてそれを悟った“それ”に、今更何かに逆らってでも行きたい場所があるわけではなかった。“それ”は己の運命を従容と受け入れ、ここ幻想郷で第二の人生を歩むことになった。
こうして、懐かしい生活が戻ってきた。時たま誰かが自分を見つけてはやってくる日々が戻ってきた。違っていたのは、訪ねてくるのがヒトから妖怪に変わったことだったが、それでも“それ”に不満はなかった。今まで通り、やってきたものには莫大な財と幸運を与える。そうしていれば、自分が存在していることの意味が確認できた。第二の人生としては申し分のない、過ぎた幸運を抱いて、それは今日も妖怪の山の中腹に自らを佇立させていた。
それにしても、と“それ”は思った。今日、自分を探していたのはヒトだった。どういうわけかひどく飢えていたようだが、“それ”はあえて姿を現さなかった。
心配は要らないだろう。彼女には“それ”が分け与えなくとも、素敵な仲間と生来持ち合わせる強運があるようだから……。
“それ”は、胸の底から沸き起こってくる可笑しさを隠さなかった。ひとしきり笑声を漏らすと、“それ”はさて、と静かに言った。それでは次へ行くとしよう。ここ幻想郷にも、まだ飢えている妖怪がいるかもしれない。それを助け続ける限り、自分は存在していることが出来る。
そう感想を結んだ“それ”は、空間そのものに開いた狭間に身を滑り込ませると、誰の目も届かない異空間へと溶けていった。
お粥熊はガキのころ何度も絵本読んだが、まさか巫女の血肉になる運命がまってるなんざ、どうしろっていうんだ、なあ
いい意味でも悪い意味でもなんだこりゃ。
まぁ遠野物語はともかく
迷い家のものを持ち帰ると幸せになるって言うことは、霊夢は知ってたようですね。
略奪開始ー。
熊さんの元ネタは三匹のくまですか?違いますよね。ハイ。
粥も喰ったんだろ、なあ
余裕が無い時って、客観的に見ると素晴らしく無駄な事やっちゃったりするだろ、なあ
それが黒歴史ってやつなんだろ、なあ
飢えた霊夢すごいな
仕方ないことだが救いがないな。
山中でも一日二回のお手入れを欠かさない
霊夢の腋への執着と、熊さんの博愛精神に……乾杯!!
なんだこれは……
命を助けてもらったのに、なんと恩知らずな霊夢!
120点の面白さでしたが、恩知らず話は好みでないので、-70点ひかせてください