※フォントをいじってあるので携帯からだと微妙に読みづらくなる場合があります。
(この作品は不定期刊行『文々。新聞』上の特集として連載されていたものを加筆・修正したものです)
いらっしゃい――おや、どこぞの鴉天狗じゃないか。
話? お前もほとほと物好きな奴だな。私なんかに話を聞いたところで面白いこともないだろう。
ちょうど今、寺子屋の授業が終わったところなんだ。私でよければ話そうか。
――それで、今日はどんな話が聞きたいのかな。
なんなら幻想郷における信仰の歴史についてでも――ははは、冗談さ。
何、怪談? なるほど、そろそろお盆だから新聞で怪談の特集、ねぇ。
妖怪の癖に怪談話とは、妙なところに関心を持つ奴もいたもんだ。
ん、そうだな。長く寺子屋なんかにいれば、確かにそういう話も聞こえてくるよ。
それでは、私が実際に体験した話でもしようか。
第一話 野池
Kさんは寺子屋で先生をしている。
ある日、Kさんが寺子屋から帰る途中のこと。
人里のはずれにある野池のほとりに、なにやら人だかりが出来ていた。
そこにいた人に訳を聞いて驚いた。
一刻も前、この野池のほとりで遊んでいた子供が足を滑らせ、溺れたのだという。
傍らで、その子と一緒に遊んでいたという子供たちがうつむいて立っていた。
その顔に見覚えがあった。それはKさんの寺子屋に通う近所の子供たちだった。
嫌な予感がして、無理に頼み込んで亡骸に掛けられた筵を取ってもらった。
そこには案の定、可愛い教え子の一人であるMくんが変わり果てた姿で横たわっていた。
「おい、M、Mっ」
Kさんは教え子に取りすがって名前を呼んでみたが、Mくんが目を開けることはついになかった。
溺死した子供の体は目立って外傷もなく、まるで今すぐ起き上がりそうだったという。
Mくんの葬式が終わって、一月ほど経った。
ある日、行きつけの店の主人から妙な噂を聞いた。
「生き物が死ぬ池がある」
Kさんは妙な胸騒ぎを覚えて、詳しく話を聞いてみた。
「最近、村はずれの野池に生き物の死体が浮かんでいることがよくあるんだ。今朝もまた水鳥が一匹死んでいた。もうこれで四度目だよ。ひどいことをする奴がいるもんだね」
加えて、池で見つかる死骸はことごとく体中の毛が抜け落ち、ボロ雑巾の有様なのだ、店の主人は苦々しげに吐き捨てた。
その池は、Mくんが死んだあの野池に間違いなかった。
さらに一週間が経ったある日。
Kさんはその日、遅くまで寺子屋の仕事をして、夜道に家路を急いでいた。
あの野池の辺りまで来たときだった。急に何かが水に飛び込んだような音が聞こえた。
はっとして野池を見た。今しがた、何かが飛び込んだかのように、大きな波紋が立っている。
魚か何かと思って通り過ぎようとすると、水面がまたゴボンと音を立てて弾けた。
ぎょっとした瞬間、「ガボッ」と水面が割れて、何かが見えた。よく目を凝らしてみると野良犬だ。
野良犬は必死の形相で水を掻き、なんとか岸に這い上がろうとしている様子だった。
しかし、水面に顔を出した瞬間に、野良犬は何かに引きずり込まれるようにしてまた沈み、水面がゴボゴボと波立った。
野良犬の悲鳴が周囲に響き渡る。
闇夜の中で、犬の頭は激しく浮き沈みを繰り返し、そのたびに物凄い水音が立つ。
バチャ、バチャバチャ、ガボン、ゴボゴボ、バチャバチャバチャバチャ……
犬はそれからしばらくもがき続けていたが、しばらくすると水中に沈んだきり、ついに浮き上がってくることはなかった。
それと同時に、火が消えるようにして、辺りはふっつりと静かになったのだという。
Mくんは今も溺れたあの日のまま、野池の周りに掴まるものを探し続けているのか……。
Kさんはそう思ったのだという。
後日、Kさんは事の仔細をMくんの両親に話し、野池のほとりで慰霊祭を執り行った。
それからはあの妙な水音を聞くこともなくなり、件の野池で生き物が死ぬことはなくなったのだという。
……ふぅ。
こんなに長い話をしたのは久しぶりだな。どうだ、お気に召しただろうか。
……ん? どうした。おいおい、顔が真っ青だぞ。具合でも悪いなら何か薬でも……。
いらない? そうか、ならばお大事に。
そうだなぁ。あれは本当に恐ろしくもあり、痛ましい出来事でもあった。
ちょっと思い出したくないぐらいにな。今も欠かさず線香を上げに行っているんだが……。
ん?
ははは。
気にするな。
むしろ誰かに覚えていて欲しいことでもあったのさ。「去る者日々に疎し」と言うからな。
上手くは説明できないが、あの子もそれで浮かばれるような気がするんだ。
何でそんなことが起こったか?
うーん。実は私もそういう霊とか思念についてはよく知らないんだよ。私自身妖怪だがな。
お前さんだってそうだろう。実際、私たち妖怪は人間とそれほど違うところがあるわけじゃない。
大小はあれど、妖怪だって生きてるには変わりない。怪我をすることもあるし、基本的には死ぬ。生きてる間には怒ったり泣いたりする。
基本的にそこらの人間と、何か違ったものの見方をしているわけじゃない。霊や魂だってそうさ。
妖怪と幽霊は、実はお互いに似ているようで、実はまったく違うんじゃないかと言うのが私の意見だ。
だから、あえて深く勘ぐるのはやめにしているんだ。
お、もうこんな時間か。それでは御話はこれぐらいにしようか。
……おいおい、本当に大丈夫か? 膝が笑ってるぞ。
なんなら近くまで送っていこうか……いらない? そりゃ失礼。
ささ、今日はもう御話の時間は終わりだよ。
暇があるならまた私を訪ねたらいい。私の話なら、何度でも聞かせてやるさ。
ま、今度は歴史の話を聞きに来てくれると嬉しいんだがな、ははは。
▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼
いらっしゃい――おや、天狗のお嬢さんじゃないか。
今日は結構面白いものを入荷していてね。これは『コーヒー製造機』と言って、ここに水と豆を入れるだけで自動的にコーヒーが……ほらね。
僕が使ったから特価で安くしておくけど……。
っと……。
どうやらカメラを手に持っているところを見ると、今日も君はお客さんじゃないようだね。はぁ……。
ん? 今のため息は気にしないでくれ。
それで、今日はどんな話がご所望なのかな。ノーギャラで話せる話は限られているけれど。
……ほう、怪談を新聞の特集記事にね。妖怪の癖に妙なことを考えるんだな。
そうだね。こんな商売が因果だし、僕もそういう話は結構持っているほうかと思う。
九十九神という言葉があるように、モノには宿命的に様々な念が籠もるものさ。あのナスみたいな傘のお嬢さんがいい例だけど。
僕はそんなのばかり相手にしてきたから、それなりにそれなりの体験はしてきたのかもしれない。
それじゃあ、僕が体験した話では一番怖いと思う話をしようか。特別にノーギャラでね。
第二話 首人形
道具屋を経営しているRさんの話。
ある日、Rさんの店を一人の女性が訪ねてきて、どうか引き取ってくれないかと人形を渡してきた。
それは外の世界のものらしい人形だったが、着物におかっぱ頭といういでたちの、ごく普通の市松人形だった。
着物に隠れて首筋に数本のキズがあるのがわかったが、目立つほどのものでもない。相当に上等な造りの人形だった。
二つ返事で引き受けると、女性は代金も受け取らずに、逃げるように店を出て行ってしまった。
Rさんはその人形を一番上の棚に座らせた。
その瞬間、妙に部屋の空気が重くなったような気がしたが、Rさんは気のせいだと思って忘れることにした。
次の日。
店に来た客が店に入るなり、露骨に嫌そうな顔をした。
あの……何か? とRさんが尋ねると、その客はまっすぐに人形を指差して「あの人形が怖い」という。
しかし、その客にこの人形の具体的に何が嫌なのか聞くと、その客は視線……表情……気配……とぶつぶつ呟いて、しまいには首を捻ってしまった。
次の客も、その次の客も、みな一様に店に入るなり顔をしかめ、「あの人形を引っ込めてくれ」と言う。
仕方なくRさんはお客様から見えないよう、入り口近くの棚にその人形を移動させた。
その日の夜。
Rさんが店頭で本を読んでいると、天井に近い位置からカタッという音がした。
見ると、昼間に飾っておいた人形の首が、がっくりと垂れ下がっている。
おかしい。あの人形の体は素彫りで、動くはずがない。
しかし、人形はもとからそのような造型だったかのように、実に自然にうつむいている。
そのときだった。Rさんが見ている目の前で、人形の首がひとりでにカクンという感じで天井を向いた。
ぎょっとした瞬間、再びカタッという音がして、人形の首が下を向いた。
その間隔は徐々に短くなってゆき、人形はまるで機械仕掛けのように激しく首を振り始めた。
カタッ……カタッ……カタ、カタ、カタ、カタ、カタカタカタカタカタ……ガガガガガガガガガガガガガガガガガガッ!
みるみるうちにスピードは上がってゆき、しまいにはあまりのスピードに人形の顔が見えなくなった。
思わず、Rさんは持っていた本を人形に向かって投げつけた。
バン!
本が人形に直撃した瞬間、ブチッという音がして、人形の首がもげた。
首と胴体が分離した人形が床に落下する。
恐る恐る近づいてみて、Rさんは背筋が凍りついたという。
人形の首は、一度もげたのに何枚もの銅板とネジを打ち込んで、胴体と厳重に繋ぎ留め直されていたのである。
しかし、どういうわけか銅板はそのすべてが引きちぎられ、再び首と胴体が分離していた。
これはもう手に負えないと悟ったRさんは、次の日には首と胴体が分離した人形を川に棄ててしまったという。
……とまぁ、こういう話だ。
どうだい、お気に召したかな……って、おいおい、大丈夫かい? 凄い汗じゃないか。
どこか体調が……そうか、それならお大事に。
ん? あぁ。どうしてだろう、僕にもよくわからないんだな。
そうそう、この話はよくある話だよね。使い古したものが……というタイプの話。
外の世界の説では、人間はもともとサルだったそうだ。それが道具を使うようになってから飛躍的に知能が発達し、国や文明を築くことができたんだという。
それだと道具自身には何らの独立性……たとえば意思とか思考だね……そういうものは無いということになる。
道具は文字通り道具なのか、それとも人間からある程度独立した存在なのか。
難しい問題だけど、僕は後者だと思う。
たとえばここに湯飲みがあるよね。
これは液体を入れて、なおかつ人間がそれを飲むから湯飲みなんだ。
けれど、これに液体を入れて花を飾ってしまえば、これはもう湯飲みではなく花瓶と呼ばれる。人間の使い方次第で、道具に固定的な意味はなくなるわけだ。
しかしこの湯飲み自体が、自分は湯飲みだという自覚を持っていたとしたら?
花瓶にされても、湯飲みは湯飲みとしての意識を持ち続ける。それを放置していると、後々とんでもないことになるかもしれない。
僕が体験した話も、そういうモノ自身の意志が作用していたのかもしれないよ。
まぁアレが単に人形でなくて、何か呪術的なモノだったとは考えたくないけれどね。あまりにもおぞましすぎて。
さて。こんなところで僕の話はおしまいだ。……おや、今日はもう帰るのかい?
……相変わらず、凄い汗だぞ。少し休んでいくかい? 飛んで帰るから大丈夫? そうか。
さあさ、今日は僕も店仕舞いするとするか。お話はこれでおしまいだ。
興味があるならまた話を聞きに来てもいいよ。今度は有料だけど、ね。
▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼
……あら? いらっしゃい。これは珍しいお客様ね。
まぁ上がってお茶でも飲んでいきなさい。妖怪も人間も、ここでは皆平等なのよ。
星、ここへ。お客様にお茶を出して差し上げなさい。
それで、本日はどのような説法をいたしましょうか。
……えぇ? あらまぁ、新聞のネタとして怪談話を?
あなた妖怪でしょう? 妖怪なのに面白いことを考えるのねぇ。
それで、私のところに来たのは? ああ……ここはお寺だから、ね。
そうですね。ここはやはり悟りを啓くための場所ですし、私は仏道に生きる者。俗世とは違うことも結構体験します。
まぁここにも船幽霊がいますけれど、彼女はあまり怖いという感じがいたしませんものね、ふふふ。
……そうですねぇ。でも折角ですが、あまり怖いと感じるような話はありませんの。
強いて言うなら不思議な話……。後で思い返してみると「えっ?」と思うようなことが多いように思います。
では、今回は少し嗜好を変えるということで、そのお話をいたしましょうか。
いざ、南無三――!
第三話 空間
Bさんはとあるお寺の僧侶をしている。
ある夜、Bさんは人里のある家に説法を頼まれた。
古くから続く豪農の家系らしく、大きなかやぶきの家だったという。
近縁の者を集めての説法は夕方まで続き、家の者からは大変に感謝された。
その夜。Bさんが広い仏間を借りて写経をしていたときのことだった。
とた、とた、とた……という足音がして、Bさんは顔を上げた。
誰か家の者が厠に起きたのだろうと納得して、Bさんが写経を再開したとき。
とた、とた、とた……
やっぱり足音が聞こえる。そこでふと気がついた。
おかしい、厠に起きるなら仏間の近くは通らないはずだ。しかも気をつけて聞いてみると、音はすぐ背後から聞こえる。
職業柄、こういうことは珍しくない。Bさんが振り返ると、やはりそこにいた。
足首から上が見えなかったが、しわくちゃになった、老婆のものだったという。
その一組の足が、広い仏間をとたとたと横切り、あるところでパッと消える。
そして再び、また最初の位置から始まり、とた、とた……と足を引きずるようにして仏間を横切り、そしてパッと消える。
それが何度も続いた。
次の日、流石に気になった。
家の者たちに話すと、最初主人は首を傾げたが、もしかして……と仏間に走ってゆく。
「そのおばあさんが消えたのは、ここでしょうか?」
家の者が仏間の床を指差した。Bさんが頷くと、家の主人は家族を呼びつけ、仏間の畳を起こし始めた。
果たして畳の下には、物置のような戸があった。家族たちはこんな扉があったのか……と人事のように驚いている。
主人が戸を引き起こした瞬間だった。むわっ、というカビの匂いと共に、ぽっかりと広い空間が現れた。
Bさんも中を覗いてみると、なんと地下室の床には畳が敷いてある。
地下室だけでも珍しいのに、その中に畳……? Bさんは主人に行灯を借りて中を照らしてみた。
漆喰で塗り固められた、四畳半ぐらいのスペースだった。部屋と言うより、巨大な箱と言う佇まいだったという。
畳の上にはお盆と空の食器が置いてあり、それらは湿気とカビで風化しかけていた。
「あっ、座敷牢だ」
主人が驚いたように言った。
結局、この座敷牢の中には誰もおらず、念には念を押してBさんはとりあえず経だけ上げておいた。
「この家は確かにそれなりに歴史がありますが、こんな座敷牢があるなんて話は誰からも聞いておりません。
第一、地下に座敷牢なんてめちゃくちゃです。もしこの中に閉じ込められたら窒息してしまいますよ」
Bさんが座敷牢のことを尋ねても、主人ですらそう言って首を捻るばかりだった。
夜中に見た老婆より、この謎の空間と、その存在を知らないで暮らしていた主人たちの方がよほど恐ろしかったという。
後で聞いたところによると、件の座敷牢は薄気味悪いので埋め立てられたと聞いた。
……と、こういうわけです。どうです? お気に召しましたでしょうか?
……あら、あらら!? どっ、どうしました? 凄い汗ですよ? 星、急いで解熱の頓服薬を……!
……え? 結構? そ、そうですか……。
しかし大事をとって、今日は早めに休まれた方がよろしいですよ。丈夫な妖怪とはいえ、疲れは天敵でしょう?
そうですねぇ。人の家のことでしたし、私もそれ以上詳しい詮索はできませんでした。
でも、特別あの空間には嫌なものは感じませんでしたね。まぁ霊的な、という意味に限って言えば、ですが。
人間とはまことに業が深いものです。たとえ家族であっても、少し形質が違う者であれば、ああして他者の目から隠してしまう。
陽の部分もあれば影の部分も持ち合わせるのが人間です。その影の部分がああいう形で発露することは、一昔前なら珍しくなかったのでしょう。
あの座敷牢には一体誰が閉じ込められていたのでしょうね。それを考えると、今でも胸が苦しくなります。
まぁ、あの空間が本当に人を閉じ込めていた空間ならば、の話ですけれど。
え? どういうことかって?
そうですねぇ。つまり、「間」は「魔」に通じるということですよ。
例えば「屋敷分家」という言葉があります。
これは村に空き家が生じた場合、その空き家の親戚縁者が集まって適当な男女を娶わせ、その空き家に住まわせる風習です。
空き家、つまりぽっかりと開いた空間を放っておくと、変なものが滞留して大変なことになるぞ……そういう恐れが根底にあるんでしょう。
「魔」は「間」に入り込んで滞留する……ですから我々は「間」を嫌い、それを厳密に閉じるわけです。
あの空間には、一体何が入り込み、閉じ込められていたんでしょうね?
ふう……。これで私のお話はおしまいです。お気に召しましたか? ふふふ、それはよかった。お役に立てて光栄です。
……本当に大丈夫ですか? ちょっと尋常じゃないような汗の掻き方していますけれど……。
それでは妖怪の山に帰るのも難儀でしょう、今日は泊まっていきますか?
……結構? そうですか、まことに残念無念である。
さようあれば、また後日ということで。
今度もまた、お茶菓子ぐらいならお出ししますから、いつでも尋ねてきてください。
このお寺は誰にでも開かれていますわ。私の話であれば、いつでも聞かせてあげますから……。
▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼
いらっしゃい……あら、文さんじゃないですか。
ごめんなさい。今日は洩矢様も八坂様もお留守でして……え、私ですか?
そんな……私に聞いて面白い話なんてないですよ? いいところこの間お風呂で石鹸踏んづけてすってんころりん湯船に頭から突っ込んじゃったってぐらいしか……。
今日はそういうのじゃない? あら、それはごめんなさい。
……か、怪談話ですか? ……そうですか、新聞の特集記事に。
妖怪なのに相変わらず凄いことを考えるんですね……。
え? ……ええ、まぁ。私もここに来る前は外の世界でいろいろ体験してきましたよ。
なんてったってこう見えても神様の端くれですから。見えるものは見えるし、感じるものは感じますけど……。
いえ、正直に言えば私も怖いんですよ。霊とか妖怪とか。
……そりゃそうですけど、こればっかりは仕方ないんですよぅ……。
だってたまにとんでもないものも見えるんですよ?
やっぱりこっちの世界の存在じゃないわけですし、怖いものは怖いんです。
しかもあっちの世界だとおいそれと現人神としての能力なんか見せられないわけですからね。人がいるところで見てしまうと、私だって単なる「見える人」となんら違いはないわけです。
本当に悪いもの、本当に恐ろしいものだと、とてもじゃないですけど正気を保つだけで必死ですよ。
友達の肩に乗ってるのを一日中歯噛みしながら見てたこともあります。まぁその後でこっそり祓っておきましたけど。
飛び切り怖い話、ですか? ありますあります。
たまにいるんですよね。現人神の想像を超えたような凄いのが。
そうですね……それでは、今日はそのお話をしましょうか。あ、これは書いてもいいですけれど、扱いには気をつけてくださいよ?
第四話 朽ちる男
その日、Sさんは用足しに街の外へ出かけた。
思いのほか時間がかかり、家路につく頃にはすでに日が傾きかけていた。
これでは夕食の時間に間に合わない。Sさんは仕方なく、一度も通ったことのない山道を通ることにした。近道になると思ったからだ。
Sさんが家に帰ろうと黄昏の道を歩いていると、Sさんはふと妙な気配を感じた。
はっとして後ろを振り返った瞬間、いつの間に暗くなったのか、とっぷりと日が暮れたように周りが暗くなっていることに気がついた。
そんな馬鹿な。帰り慣れた道でないからだと自分に言い聞かせて道を急ごうとした瞬間、ぞくっと背筋が反り返った。
たった今、何かが背後に立った……。Sさんが後ろを振り返ると、そこにはサラリーマン風の男が俯きながら立っていた。
奇妙なことに、この暗がりの中でも男の姿はぼうっと浮かび上がっており、その男が黒縁の眼鏡をかけていることすらはっきりと見て取れたという。
人ではない。Sさんが直感した瞬間、突然男の右腕が肩口からもげ落ちた。
ボトッ……。
男の腕が地面に落ち、湿った音を立てるのが聞こえた。
Sさんが悲鳴を上げると、男の姿が破裂したようにバッと霧散した。
Sさんは半狂乱になりながら山道を駆けた。しかし、行けども行けども林の出口が見えない。
いったいどうしたことだろう。Sさんがそう思ったとき、ふと視線を移した先に右腕のないあの男が立っていた。
ぎょっとした瞬間、今度は男の左腕がぽろりと地面に落ちた。
Sさんは泣き叫びながら山道を駆け回った。しかし、視線を移した先々にあの男が立っていて、その度にどこかしらが朽ちてもげ落ちていく。
右足、耳、左足、眼、鼻……体のほぼすべての部位がなくなると、今度はほとんど達磨同然となった男の胴体が朽ち始めた。
まるでビデオテープを早回ししているかのように、男の着ているスーツがボロボロになってゆくと、ワイシャツやネクタイまでもが腐り落ちていく。
しまいには服の間から覗く男の体の肉すら朽ちて、あちこちに骨が覗き始めた。
Sさんがどんなに駆け回っても、男はまるで瞬間移動のように視線を移した先に忽然と現れ、見せつけるようにして体のどこかしらを朽ちさせてゆく。
何時間走ったことだろう。Sさんの精も魂も尽き始めたとき、ほとんどガイコツ同然になった男がSさんの目の前に立ちふさがった。
ミチミチ……という身の毛もよだつ音とともに、俯いたままの男の首がゆっくりと下へ垂れ下がってゆく。
伸び切った首の皮が裂け、肉が腐れ、骨が折れる乾いた音がした。
(見たら殺される――!)
Sさんがぎゅっと目を瞑った、その瞬間だった。何者かに肩をつかまれて、グイと後ろに引き倒された。
「何してるんだ、こんなところで!」
野太い怒声にはっと眼を開けると、そこはいつも自分が通っている踏み切りの前に立っていた。
呆然としていると、物凄い轟音とともに終電の電車が目の前を駆け抜けていった。
助けてくれたのはSさんとは顔見知りの警察官で、後で派出所に呼ばれてこっぴどく叱られた。
しかし、果たしてSさんが家に帰ると、二人の神様は開口一番に「えらいものを見たね」と気の毒そうな顔をしたという。
……ふう、いや今思い出してもぞっとしますね、これは。
どうでしょう、文さんもそういう体験……って、あれ?
どっ、どうしたんですか文さん? どこか具合でも……ちょっと立ち眩み? そ、そうですか……。
え? あ、ああ。そうですか? でっ、でも、おかしいですよ、こんな疲れ方、普通は……。
え? あ、ああ、そうですね。
正直に言うと、これの正体ばかりは私にもわかりませんでした。
家に帰ってから八坂様や洩矢様にもお伺いしてみたんですけど、二人とも凄く嫌な顔をして首を振るだけでした。
きっとそういうものだったんでしょう、私が見たのは。
これはあまり言ってはいけないことなのかもしれませんが……。
神様と言っても、日本の神様は外国の神様とは違って、特別強力な魑魅魍魎の一種みたいなものなんです。
例えば、この国では特別に強い力を持っていた人、尊敬されるべき技能を持っていた人は、それだけで神様として祭られることがあるでしょう?
動物や自然のものだけでなく、人間が神様になることもあるわけです。天神様みたいに、ですね。
反対に、強力な怨念や恨みを持って死んだ人間は、神ではなく魔性のものになることもあります。
文さんならよく知ってるでしょう? 崇徳上皇はあまりの恨みによって生きながらに天狗になり、現在も大魔縁として地底に君臨し続けている。
そういうものですよ。人間、妖怪、神。それらの存在は、実は平行線なんです。
少し方向性が違うだけで、祟り神になることも、反対に物凄く徳の高い神になることもある。神ですらこの摂理に違いはないわけですね。
そうならないように、私たちも気をつけています。タダで神様で在り続けられるわけじゃないんですよ?
ふぅ……あ、もうこんな時間。そろそろ八坂様たちが帰ってくる頃ですね。そろそろ私も仕事に戻りましょうか。
……本当に大丈夫ですか? 相当に消耗しているようですけど……。
え? 取材疲れ? そ、そうですか。大きなお世話かもしれませんが、少し取材をお休みしたほうがいいですよ。
さて、それでは怪談はここまで、ということで。
私のお話でしたらいつでも聞きに来てください。今度は守矢神社の公式パンフレットを用意しておきますから……ふふふ。
▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼
うわ! うわっ……うわぁぁぁ……!
あっ、文! アンタなんてものを……!
こっ、これはまたとんでもないのが来たわね……!
ちょっ、待って、待って待って。今深呼吸するから。
すうう……
はぁぁ……
……よし、もうかろうじて大丈夫……。
え? まっ、まぁいいわ。まず座ってお茶でも飲んでいきなさい。
……今日来た理由?
いっ、言わなくてもわかるわよ。いろんな人から話聞いてるし。怪談集めてるんでしょう? 新聞の記事にするために。
……相変わらず人間みたいななことを考えるわね。妖怪の癖に。
それで、どうよ? 収穫は。
そう……そうでしょうね。上々なんでしょ?
え、なんでわかるかって?
……あんた気づいてないわけ?
……今頃気づいたって? むかつくほど鈍いわね……本当に。
幻想郷でそんな話ばっかり集めるからよ。
……仕方ない、ちょっと待ってなさい。そのまま動かないでね。いい? 絶対動いちゃダメよ?
……はい、お待たせ。じゃあ行くわよ。
え? なんで私が目閉じてるかって? 細かいことは気にしなくていいから。
じゃあ行くわよ……せーのっ。
……! ……!!
どう? なんか出た? 今なんか出たかって聞いてるの!!
……出た? もう何にもいない? もう大丈夫? 目開けてもよさそう?
……ふぅ。
……あぁ、超怖かった……。
ん? ああ、まぁこれで大丈夫でしょ。たぶんね。
あんたのことだから、どうせ疲れてるだけとか思ってたわけだ。肩、軽くなったでんでしょ? そう、それならよし。
え? 怖くないのかって? ばっ、馬鹿にしてんじゃないわよ。怖いわけないじゃない。
だっ、だいたい、そんなおばけとかいちいち怖がってたら博麗の巫女なんか務まんないでしょーが。
……だあぁもう! 怖くないったら怖くないの! これっぽっちも!
……え、今のが何かって? さ、さぁてねぇ、いつくっついたのかまではわからないわね。
たぶん、アンタが怪談話なんか集めるからよ。
第一、なんで妖怪のアンタが怪談なんか集めてるのよ。妖怪も幽霊も似たようなもんでしょうが。
え、全然違う? 違わないわよ同じよ。幽々子もそのお手伝いも、アンタも全部おばけじゃない。
大体なにが楽しくて怪談なんか集めてるのよ。夜寝られなくなるじゃないの……。
え? いやいやいやいや、ちっ、違うわよ! 今のはアンタの誘導尋問じゃない!
そんなに夢想封印で木っ端微塵にされたいの!?
……ふん、まったく……。
……え? もう帰る? ちょ、ちょっと待ちなさいよ。今日はやけに帰るのが早いじゃない。
もう少しゆっくりしてったらどうなのよ。なっ、なんならお茶も出すわよ。
どうせなら羊羹もあるわ。自分で言うのもなんだけど高かったのよ? 悪いこと言わないから食べていきなさいよ、ねっ? ねっ?
……ばっ、馬鹿なことは言わないの! 別に怖いとかじゃないったら!
こっ、この馬鹿天狗! そっ、そんなこと言えるわけないじゃない!
……まっ、待った! わかったわかった! 言えばいいんでしょ?! 言えば! くっ……!
せめて私めがトイレに行って帰ってくるまで待っててください……。
第五話 毛
この怪談話を蒐集している間、私が実際に体験した話。
あるとき、取材に言った先でのこと。取材先に着いた途端、Rさんから妙なことを言われた。
「とんでもないものが来た」
何のことかと、私は一瞬戸惑った。
一旦奥に引っ込んだ後、戻ってきたRさんの手には一枚の半紙があった。
何をするつもりなのかと私が無言でいると、Rさんは半紙を二つ折りにし、私の肩に置いた。
そして私の肩ごと半紙を握ると、真上にぐいっと引っ張った。
ブチブチッ!
まるで何かがいっぺんに千切れるような音が聞こえ、ぎょっとしてRさんの手を見た。
Rさんの手に握られた半紙には、一束もある髪の毛がごっそりと握られていた。
あっ。
私が声を上げたのと同時に、黒髪はぱらりとRさんの手を離れると、そのまま虚空に吸い込まれるようにして消えてしまった。
途端に、なんとなく私の肩が軽くなったような気がする。
「幻想郷で怪談話なんて集めるからよ」
Rさんは、そう言って笑った。
了
怪談は好きだけど、集めるとそんなことがあるのは初めて聞きました
ね、念頭に置いとこっと
後、早苗さんの話が一番怖かったです
正直、東方でやる必要はないのではないかと…
素直にあやれいむちゅっちゅで書いておけばよかったんじゃないかと
霊夢さん何故部屋の電気つけられたんすかーw
まぁ、指摘しなくてもみんな判ってるだろうけどね
物凄い焦りました
あやれいむは清涼剤
そして、「妖」と「怪」の観念。
「妖」しき「物」が「死」を呼び、「神」と「怪」には「間」がある。
「怪」としたのには訳があり、「毛」に通じるから。
言葉を手繰りて、観念を操り、言霊の力に死生を見る。
妖夢の剣でも斬れません。ほら、斬れない物が少しある。
なにそれこわい
夜通し母親の声でドアの向こうから呼び続ける生首が1番気味悪かった
そんなタイプですかね
早苗さんの怪談は
>第三話 朽ちる男
第三話が被ってた
心霊現象とか、一度も見たことないし経験もないけど
心霊写真と映像だけはマジ勘弁、コラでもうんこちびる
幻想郷では果たして怪異が先か妖怪が先か。
朽ちる男は怖かったです。
霊夢がかわいすぎる件w
こわいなら一緒に入ってやんよwww
出たぁ!!クラウザーさんの怨速ヘッドバンギングだぁ!!
怪談を聞きまわった人が摂り憑かれる定石な話だけど、面白かったです。
よくいえばもうちょっと霊夢を怖がらせてもらいたかった。びびれいむ。
しかし全体的に怪談で盛り上がっている感想の中での>>52に吹いたw
と思ったけれど、そんなこと無かった。
涼を取るのに最適なホラーでした。
えーっと電器のスイッチわっと