「はぁ…まったくあの子は…。ほんっとに、何度同じことを注意すれば…」
本日はルナサ姉さんがお怒りだ。
*
怒りの原因はプリズムリバー家次女、メルランにあった。
本日昼過ぎの話である。白玉楼での次のライブの打ち合わせを終えたルナサは一人、小さな紙袋を片手に弾む足取りで帰路を急いでいた。
紙袋の中身はアップルパイ。帰り際に、ちょうどタイミング良く焼きあがったと言うことで、主に食い尽くされる前にと庭師がこっそり持たせてくれたものだ。
幻想郷ではバターは大変な貴重品である。当然、そのバターを大量に使うパイも滅多に口にすることは叶わない。
サクサクの生地が口の中で脆く崩れると同時に小麦とバターの豊かな香りが口いっぱいに広がってゆき、
丁寧に煮詰められた林檎はトロリと煮崩れながらも、芯にはシャクシャクとした食感を微かに残している。
そして甘い林檎をこの上なく引き立てるシナモンの香り!…は、個々人の好みにもよるのでひとまず置いておくとして。
プリズムリバー楽団は白玉楼とはそれなりに長い付き合いであり、庭師の料理の腕もよく知っていたルナサは妹達との午後のお茶の時間を楽しみにしていたのだ。
一方こちらは廃洋館。メルランとリリカの二人は長姉不在の隙を付いて、玄関ホールで『騒霊ドッヂボール』に興じていた。
『騒霊ドッヂボール』とは、ポルターガイストとしての力をフルに使った、ボールどころか花瓶やら楽器やら色々飛び交う危険極まりない遊戯である。
お堅い姉さんが居てはとてもこんなお遊びは出来ない。二人は存分に自由時間を満喫していた。
「おりゃあ! くっ避けたか、おのれちょこまかちょこまかとー…。なら、これでどうだー!」
「あっぶなっ?! ちょ、ちょっとチューバは駄目でしょチューバは! 使って良いのはユーフォまでって言ったじゃん!」
「ふっふーん、残念だけどリリカ。ルナサ姉さんが居ない今、この館のルールブックは次女である私なのよねー。
さあくらえ私の新必殺技! その名もぉ…えーっと、水、水、うぉーたぁ……ええい、とにかくいっけー!」
メルランが威勢良く叫ぶ。それと同時にバスルーム、シンク、洗面所、果てはトイレに至るまで…館内のあらゆる吐水口から水が勢いよく噴出する。
吐き出された水はその勢いのままに館中を駆け巡り玄関ホールへと集結する。
数十秒の後、メルランの前方には直径二メートルはあろうかという巨大な水の弾が浮かび上がっていた。
「…え、バカじゃないの?」
余りの事態に思わず素の言葉を零すリリカに、メルランが誇らしげに呼びかける。
「ふふ、驚いているようね、無理も無いわ…これは私の持てる全ての力、全魔力を使いきっての一度きりの大技…!
…ねぇほんとに大変なのよこれ、ほら見て腕がすっごいプルプル震えるの」
確かに、楽器などの固形物を操るのと姿形を変え続ける液体を操るのとでは操作難度に大きな差があった。
これだけの水量を自在に操れるのは、騒霊三姉妹の中でも随一の魔力を誇るメルランだけであろう。
そしてこんな阿呆なことを思いついて実行に移すのもメルランだけであった。
おバカな姉の、その細腕の震えっぷりを見て、リリカは背を向けて一目散に玄関扉へと向かった。
決壊の時は近い。このままではホールのど真ん中で水弾は弾け壁も床も水浸し、帰ってきたもう一人の姉に大目玉を食らうのは目に見えている。
せめて水弾を玄関まで誘導し、館の外で破裂させねばならない。それでも怒られはするだろうが被害は遥かに軽微、全責任をメル姉におっかぶせればこちらがお咎めを喰らう事もないだろう。
リリカは敏い娘である、その判断は正しかった。…ただ、タイミングだけが悪かったのだ。
水弾に追われるリリカが玄関扉を開け放ち、一目散に上空へと逃げ去ったところにちょうどルナサが帰ってきた。
玄関から出てくるなり上空へと飛び立って行った妹を、何事かと見上げたルナサに、巨大な水弾が正面から直撃した。
盛大に弾け散る水弾、確かな手応えを感じガッツポーズをするメルラン、上空から地面を振り返り青ざめるリリカ。
そして、庭師お手製のアップルパイを、妹達とのティータイムを心から楽しみにしていたルナサ姉さんは。
全身びしょ濡れのままゆっくりとメルランの元へ歩いてゆき、固まった次女の顔面へと水濡れのアップルパイを強かに投げつけた。
*
その後。怒り狂ったルナサは愚かな妹を連れて白玉楼へと引き返した。
「ごめんね妖夢、実はカクカクシカジカで…。お詫びとして今夜一晩、この子をこき使ってやって。…手加減は要らないわ」
「わ~ん、妖夢ちゃんごめんなさい~!」
お手製アップルパイの哀れな末路を聞かされた庭師は口元をひくつかせながら、喚く次女を引き摺って屋敷の何処かへと去っていった。
庭師は相当にお怒りのようだ、しっかりとメルランを罰してくれることだろう。ルナサはせいせいした気分で白玉楼を後にし、廃洋館へと舞い戻る。
そんなこんなで、今夜のプリズムリバー邸はルナサとリリカ、二人だけの夜となる。
1.ルナサとリリカ
「いい加減落ち着きなさいって…そう、何度も何度も…限度と言うものを知りなさいって…」
夕飯時。この時間になってもいっかな怒りが収まらない様子の姉のグラスに、リリカは黙々と酒を注いでいた。
なんだか居心地が悪いが、下手に口を挟んでは一緒に遊んでいた自分にも怒りの矛先が向くかもしれぬ。
こういう時はさっさと酔い潰してしまうに限る、そういう魂胆である。
「妖夢のアップルパイ楽しみにしてたのに…みんなで一緒に食べようと思ってたのに…」
とぷとぷとぷ。まあまあ姉さん、飲んで飲んで。
「ほんとどうしようもない…。どうしようもないのよ、あの子はー。
…それなのに、いっつも注目されるのはメルランばっかり…初めてライブに来た人はみんなメルランをリーダーだって思う…。
はっ、どうせ私は暗い女よ…明るくて美人でスタイルも良いあの子の方が万倍も目立ってるわよ…」
とぷとぷとぷ。ほらほら姉さん、ワインも如何?
「だいたいねぇー! あの子は普段から好き勝手し過ぎなのよぉ!
あの子がやりたい放題やってみんなにチヤホヤされてる裏で、私がどれだけ苦労してきたと思ってるのよ!」
お、出来上がってきたわね。そろそろ口を挟んでも良い頃合いかも。
「やー、ほんとルナ姉の言うとおりだよねー。まったくファンの人たちも見る目が無いよ、
ルナ姉くらいファンの事を考えて動いてる人なんて幻想郷中探したって見つかりっこないのにさ」
調子の良い合いの手に、酔いの回ったルナサはあっさりと食いついた。
「リリカー、分かってくれるのー? …そうよね、私頑張ってるわよね」
「うん、だってルナ姉の頑張りは妹の私が一番近くで見てきてるんだから! それに比べてメル姉はほんと駄目だよ。
ちょーっと自分が容姿や才能やファンの数に恵まれてるからって、若干調子に乗っちゃってる部分はあるよねー」
「うぅ…リリカだけが私の味方だ……。ん、こっちにおいで。頭を撫でてあげよう…」
「えへへ~♪」
メルランをダシにして長姉の寵愛を一身に受けることに成功したリリカちゃん。
そのまま二人だけの飲み会は、どうしようもない次女の愚痴り大会へと発展していく。
「メル姉のハチャメチャ加減は、ある程度距離をおいて見る分には楽しいかもだけどー。実際一緒に暮らしてる私達からしたら、色々我慢出来ないこともあるよねぇ」
「そう! そうなのよリリカー。あの子が台所を爆発させてボヤ騒ぎを起こした時も、
弾幕ごっこしてたらあの子の撃ったレーザーがへにょり続けて地底にまで飛んでった時も、
ライブでハイになったあの子が幻想郷中の楽器という楽器を会場に掻き集めて異変認定されそうになった時も…。
確かにね? 事が済んでみればファンの人たちは笑い話で済ませてくれたわよ。むしろ『あぁ、あの子らしいなぁ』って事でファンが増えたまであるもの。
…でもねー! あの数々のやらかしの後、私がどれだけ各所に頭下げて回ったか覚えてる? ねぇリリカ覚えてる?」
「うんうん、あの時はほんと大変だったよねー」
自分はチビチビと酒を飲みながら、姉のグラスには更に酒を注いでいく。
「謝罪行脚には勿論あの子も同行させたけど…でもね! 私がげっそり消耗してる横であの子はずっとニコニコしてるの! 思わず嗜めてみたら、そしたらあの子
『だって姉さん、謝る時にあんまり申し訳なさそうにしてたら"それだけ重大な事件だったんだ"ってみんな思っちゃうでしょ?
だからこういう時はいつもどおりが一番良いの! そしたらお客さんたちも”まぁいつもの事なんだしあんまり強く怒っても仕方ないな”って思うし、
次になんかしちゃった時もそれはハプニングじゃなくてサプライズになるわ! だから姉さん、スマイルスマイル~♪』
ですって。いやおかしいでしょ…? なんで悪いことしたあの子が楽しそうにしてて私ばっかり胃を痛める羽目になるのよー」
「あー、メルラン姉さんそういうとこあるよねー。多少のやらかしはノリと笑顔とハッピーで解決出来ると思ってそうだし」
適当に相槌を打つリリカ。
「『どんな時も、ハッピーの魂を忘れちゃいけないわ!』…。うん、言いたいことは分かる、分かるわよ? でも神妙にしてなきゃいけない時もあるでしょ!
…もぅ、他人をハッピーにさせる前に、まずは私をハッピーにしてみなさいよ…いつも一緒に居るんだから…」
その言葉を最後に、ズブズブと机に顔を沈めるルナサ姉さん。突っ伏したまま尚もブツブツ言い続ける姉さんの頭を優しく撫でてあげる。
よしよしルナサ姉さん、いつもありがとね。
「うぅ、リリカぁ…もっと撫でてー。私にもハッピーをちょうだい…」
翌日、シラフに戻ったルナサは末の妹に甘えまくった事を思い出し頭を抱え悶絶することになるのだが…。
今この時間だけは、大変幸せそうな顔を見せるルナサ姉さんでした。
2.メルランとリリカ
ドッゴォン!!
「んきゃうっ?!」
突然の爆音にルナサは悲鳴を上げて飛び起きた。壁の時計を見ると針はもう正午を回っている。え、私はなんでこんな時間まで寝てたんだろう。
何か昨日、とてつもない醜態を晒していたような…。いやそれよりも、今は異音の正体を確かめねば。どうやら、庭の方から聞こえたみたいだけど…。
…ちょっと怖い。リリカにも付いて来てもらおうかな。…あれ、そういえばリリカは? リリカ、リリカー…。
*
廃洋館に正体不明の爆音が響くより少し前。
リリカは早朝から廃洋館を抜け出し、雲を飛び超え結界を乗り超え、はるばる白玉楼を訪れていた。
広大な冥界の内に建つこれまた広大な白玉楼、その中から自力で目当ての人物を探し出すのは少々骨が折れるので、まずは其の辺を漂っていた適当な幽霊を捕まえて庭師を呼んでもらう。
待つこと十数分。屋敷の奥から、切り揃えられた白い髪を肩の辺りで揺らす、割烹着姿の小柄な少女が現れた。
「お待たせしてすいません…。おはようございます、リリカさん」
礼儀正しく、朗らかな笑顔を見せたこの少女の名は魂魄妖夢。この冥界の屋敷の専属庭師、兼剣術指南役。
白玉楼とはそれなりに長い付き合いである三姉妹は当然この半人半霊の少女とも顔馴染みであり、彼女の幼少時にはオシメを取り替えてあげた事もある程だった。
そんな訳で、妖夢はどうにも三姉妹には頭が上がらなかった…のだが。
「おはようむー。呼び出しちゃってごめんね、今料理中だった?」
「後は幽霊達に任せてあるので大丈夫ですよ。…配膳だけは私が行わないと幽々子様が納得しないんで、また戻らなきゃですけど」
「相変わらず忙しそうだねぇ。ちゃんとお休み貰ってる? 何なら、私達の方からそれとなく言ってみよっか?」
「あはは、私は慣れてますから。お心遣い恐れ入ります。…それで、ご要件と言うのは?」
「…や、用事って程のもんじゃないんだけどさ。うちのおっきい方の姉さんの様子をちょこっと見に来ただけ」
「…あぁ、メルランさんですか……」
柔らかだった妖夢の表情が僅かに強張る。
「私の自信作…。いつもお世話になってるプリズムリバーさん達に食べて頂こうと、身の危険を冒しながらも幽々子様の目を盗んでルナサさんに託した、
あのとっておきのアップルパイを台無しにしてくれやがったメルランさんの様子を知りたいんですね?」
「お、おおう…」
「ふふふ、メルランさんには昔から弄られっぱなしな私ですが、ルナサさんのお墨付きも頂いた事ですし今回ばかりはこちらに分がありますよ。
この機会を最大限に利用して、徹底的に痛めつけてやるのです。もう二度と私を弄る気が起きないように、念入りに心を折って差し上げてますよ。
ふふ、ふふふふ…。あ、リリカさんどうぞこちらに」
妖夢さん、大層ご立腹な様子である。
*
「ひぃん、目が痛いよぉ……姉さん、リリカ、助けてぇ…。ひぃん」
「やっ、メルラン姉さんおっはよー♪ さてさて、贖罪の進み具合は…って、くさ! 玉ねぎくさい!」
妖夢に案内された勝手場の片隅で、メルランは玉ねぎの山と格闘していた。
薄くスライスされた山盛りの玉ねぎが入った巨大な寸胴が一つ、二つ、三つ…流し台にはまだ皮が剥かれていない玉ねぎも沢山ある。
「やぁやぁメルランさん! 玉ねぎは全部切り終わりました? …おやおや、まだ半分以上残ってるじゃないですか。
このペースだと全部切り終わるのにもう一晩かかっちゃいますねぇ。困るなぁ、この玉ねぎは今晩のカレーに使いたいのになぁ」
奔放なメルランに対し、滅多とないマウントを取れる機会を得てこれ以上なく調子に乗ってる妖夢さん。
「あ、妖夢ちゃんごめんなさいぃ~。反省したから、もう二度と食べ物を粗末にしませんから許してくださいぃ~」
少女の瞳から流れる涙は反省の証か、はたまた玉ねぎの汁による反射反応か。
泣き言を言うメルランに対し、妖夢が腹立たしげに言い放つ。
「ええい、その妖夢『ちゃん』っての止めてって何度も言ってるじゃないですか! 私はもう立派な大人なんですから!
…こほん、だから最初に言ったとおり、この玉ねぎ全部切り終わったら許してあげますって。…あと三百個くらいありますかね?」
「そんなの絶対今日中に終わらないわよぉ~。って言うか、絶対こんな量の玉ねぎ食べきれないでしょ~?」
「いーや食べます。幽々子様なら食べます」
情けなさ全開の姉に向けて、リリカが素朴な疑問を口にする。
「メル姉、なんで能力使ってないの? 騒霊の力を使えば、皮剥きもスライスも距離取りながら出来るから目も痛くなんないでしょ?
メル姉なら手作業よりそっちの方がずっと効率良いでしょ。ってか、家だといつもそうしてるじゃん」
当然の問いかけに、メルランは待ってましたとばかりに応える。
「あ! リリカ、よくぞ聞いてくれました! なんとですねー、私は今騒霊の力をほとんど使えないのです!
ほら、昨日言ったじゃない? ウォーターボンバーは全魔力を使っての一度きりの大技だって」
あの凶悪な水弾には一晩のうちにダサい名前が付けられていた。
「なので今の私は、ふよふよ浮く事が出来る程度のとってもか弱い存在なの! そんなか弱い私を妖夢ちゃんがすっごい虐めてくるの!
さあリリカー、あんたからも何か言ってやってちょうだい! 弱い者いじめはんたーい!」
「…なるほど、そんなご大層な魔力を使ってまで私のアップルパイをグチャグチャにしてくれたんですね…それは光栄です」
「あひっ?!」
全力で墓穴を掘り進めていく。
「よおく分かりました。この玉ねぎの下処理が今日中に終わらなければ、明日も働いてもらいましょう。…明日は何が良いですかね、山芋の皮むきなんてどうです?」
「そ、そんなことしたら手が痒くなっちゃうじゃない!」
「うちの主様はよく食べますからね~、仕事ならいくらでも与えて差し上げますよ…ふふ、ふふふふ……。
それじゃ、私は配膳があるのでこれで。また後で見に来ますからね? ふふふふふ……」
不気味な笑みを浮かべながら、妖夢は屋敷の奥へと去っていった。
*
「…妖夢って、将来いい姑になれるんじゃないかなー」
庭師の姿が廊下の角に消えてから、リリカがボソッと呟いた。
「リリカー、呑気なこと言ってないであんたも手伝ってよ~。でないとあんたの姉さんから一生玉ねぎの臭いが取れなくなっちゃうわ、それでもいいっての?
このままではメルラン・プリズムリバー改めオニオン・プリズムリバーになってしまう…って、あれ?」
喚く姉を無視してリリカが指をちょいちょいとすると、玉ねぎが一つ浮き上がりその皮があっという間にツルリと剥ける。一つ剥き終わるとまた一つ。
みるみるうちに積もり重なる玉ねぎの皮を眺めながら、メルランが驚きの声をあげた。
「あ、あれー? リリカ、ほんとに手伝ってくれるの? …あんたいつからそんなに素直な子になったの?」
「一言多い。…まったく、素直に感謝の言葉も言えないのかねこの姉はー」
「…ありがと、リリカ」
「もっと気持ちを込めて! あ、名前の前に『偉くて可愛い』を付けると尚良し」
「ありがとうございます、偉くて可愛いリリカ様ぁ~!」
「ん、よろしい。…まぁ、私も一緒にドッヂボールしてた訳だからねー。メル姉の暴走を止められなかった私にも責任の一端があるって事にしといてあげよう。
…ささ、分かったら姉さんはもう帰った帰った」
「え、いくらなんでもあんた一人に任せられないわよ。…私が全面的に悪いんだし、妖夢ちゃんはまだまだ怒ってるんだし」
食い下がる姉に対し、わざとらしく溜め息を吐いて見せる。
「はぁ~あ。能力が使えない姉さんなんて居ても居なくても作業量変わんないよ、役立たずはさっさと家に帰って…、ルナ姉にちゃんと謝ってきなって。
…力使えないみたいだけど、家まではちゃんと帰れそう? …って言うか、ここに来る時はどうしたのさ?」
「行きは姉さんにおんぶしてもらったから…帰りは下りだから、ブレーキ掛けながら降りてけば一人でもきっとだいじょーぶ!」
「おんぶて…あんたたち仲良いねー」
お節介するまでも無かったかもしれない。
「ま、帰ったらルナ姉に言伝よろしくー。私はここでお昼食べてから帰るって。…そだね、おやつの時間には戻るって言っといて。
はいはい、妖夢は私が宥めておいてあげるから、姉さんは今のうちにこっそり帰っちゃいな」
「リ、リリカぁ、あんたって子は! 優しい妹を持って姉さん幸せだよぉ~よよよ」
「うわ、だから玉ねぎくっさい! 引っ付くなってのー! …あ、言っとくけどこれは貸しだからねー」
何度も振り返りながら手を振り続ける姉へ、鬱陶しそうに手を振り返しながら見送る。姉の姿が完全に見えなくなると、リリカは独りごちた。
「まったく、世話の焼ける姉さん達のおかげで可哀想なリリカちゃんはいっつも苦労人だよ。
…ま、さっさとひと仕事済ませて、腹いせに妖夢をおちょくってから帰ろー♪ …私が帰るまでには、仲直りしてるといいんだけどねぇ」
そう呟いてから、そびえ立つ玉ねぎの山を切り崩しにかかるリリカちゃんでした。
3.ルナサとメルラン
「むっふっふ~、メルランさん進捗どうですか? もうお昼ですよー、今日のお昼は山菜の炊き込みご飯に桜えびのかき揚げですよー。
デザートには自家製梅酒を使った梅ゼリーもお付けしますよ~。…ああっ、でもなんてことでしょう!
まだお仕事が片付いていないノロマさんには、お昼休憩はあげられませんねぇ。残念です、折角美味しく出来たのですが…。
仕方が無い、仕方が無いので、メルランさんの分は私が食べちゃいましょう!」
「…一人で長々と何言ってんの、妖夢」
「へ? …てあれー、リリカさんじゃないですか。メルランさんはどちらに…って、あー! 玉ねぎの山が片付いてる?!」
「思ったより大変だった…お腹すいたー、メルラン姉さんはもう居ないから、その分私が食べちゃってもいい?」
「え、えぇそれは構いませんが…」
「やった♪ じゃあ早く行こー、もうお腹ペコペコだよー」
「…まさかほんとに全部スライスされちゃうとは…この玉ねぎどうしよう…」
*
リリカと妖夢が、そんな会話をしていた頃。
ドッゴォン!!
廃洋館に爆音が響いていた。飛び起きたルナサがこわごわと庭の様子を見に行くと、そこには。
「…きゅう~」
ガーデニング用に盛られた柔らかな土に頭から膝近くまでめり込んだ、メルラン・プリズムリバーのものらしき足首が生えていた。
*
その後。メルランらしき足首を掴んでなんとか引っ張り出し、汚れた服を脱がせ泥塗れの肌を清めて、ベッドへと寝かしつけたルナサ姉さん。
ベッドに腰掛けて、妹の目覚めをのんびりと待ちながら考える。何故、妖夢に預けたはずのこの子が空から真っ逆さまに降ってきたのか。
…妖夢はこの子を頭から地上にぶん投げるほど怒っていたんだろうか…? それか、アップルパイとは別にまた何か怒らせるような事をしたのかも。…起きたらまたお説教かしらね。
「んむ…ふにゃ……むにゃむにゃ。あ、ルナサ姉さんおっはよー!」
「…はぁ。おはよう、メルラン。元気そうで何よりよ」
目覚めるなり普段と何ら変わらぬ笑顔を見せる妹の姿に、なんだか怒る気持ちも萎えてしまった。
「どこか痛むところは無い? …頭から庭に落ちてきたようだけど」
「ふぇ? え、私…あー! そうだった、聞いてよ姉さん! えっとね?
リリカが私の代わりに玉ねぎになって感謝しながら冥界から飛び降りたら力が使えなくて頭からドッカーン!」
「…落ち着きなさい、メルラン。頭でも打ったの? …あぁ、ほんとに打ったんだったわね…ほら、ちょっと見せてごらんなさい」
そう言って、ベッドに横たわる妹の頭を繊細な手つきで撫でてゆくルナサ。柔らかく髪を掻き上げられて、メルランが気持ちよさそうに目を細める。
大きな腫れが出来ていないか確かめながら、ルナサが尋ねる。
「…それで、何があったの?」
「ええっとぉ。姉さんが帰った後も妖夢ちゃんすっごく怒ってて、罰として山盛りの玉ねぎをスライスし終わるまで帰っちゃ駄目って言われて。
私が泣きながら玉ねぎ剥いてたらいつの間にか夜が明けててさー、そしたらリリカが来てくれて、お仕事代わってくれたの!
シャワーも浴びたかったし、姉さんにちゃんと謝らなきゃって…早くお家に帰ろうって思ったんだけど、昨日のウォーターボンバーのせいで力が弱まってるのをすっかり忘れててね…。
冥界から飛び降りてそろそろ速度落とさなきゃなーって思ったら全然ブレーキかかんなくて、そのまま頭から突き刺さっちゃった」
「…清々しいまでに自業自得ね」
「でも、なけなしの力でなんとか落下地点を微調整して、お庭の柔らかそうな所に墜落出来たのは褒めてもらっても良いと思うわ!」
「屋根に突っ込んで館をぶち壊してたら、今度こそ本気で追い出してたとこだけどね」
そんな会話をするうちに、頭部の触診を終える。
「ん、たんこぶとかは出来てないみたい。…丈夫な身体してるわねぇ」
「うん危なかった、騒霊でなければ即死だった。…あたっ」
どこまでも呑気な妹の頬を指で軽く弾く。
「だからって無茶苦茶な事しないの。後でちゃんとお医者様に見てもらいましょうね」
「はぁい…」
少しの沈黙。
「…姉さん?」
「ん?」
尚もベッドから離れようとしない姉に呼びかける。
「私が起きるまで、ずっと傍で看ててくれたの?」
時刻はもう夕方近い。冥界から飛び降りたのがお昼時だったから、落下してから少なくとも二、三時間は経っているはずなのだが。
「そうよ?」
事も無げに言うルナサ。
「…えっと、その……暇じゃなかった?」
少し言葉に詰まった挙句、気の抜けた質問をする妹に、ルナサがふっと表情を緩める。
「暇では無かったわ。…貴方が起きるまで、ほっぺたとか二の腕とか色々突っついてたから。メルランの身体は柔らかくて私、好きよ」
「ふぇ?! セ、セクハラだー、いけないんだー」
「ふふっ、昨日から散々やらかしてるんだから、それくらいはさせなさいよ」
また少しの沈黙の後。メルランが、精一杯の真面目な顔をしながら口を開いた。
「…姉さん、ごめんなさい。昨日から…ううん、昨日だけじゃなくて私いっつも、みんなに迷惑かけちゃってる。姉さんも、リリカも、妖夢ちゃんも…みんなを怒らせちゃった」
「…そうね」
「私、今度という今度は本気で反省しました。…これからはもう少し落ち着くようにします。はしゃぎ過ぎたりしません。姉さんをブチ切れさせたり、絶対しません」
いつになく殊勝な態度の妹に対し、ある事実を告げるルナサ。
「…ふぅ。メルラン、一つ良いことを教えてあげよう」
「え?」
目を瞑ったままゆっくりと、噛んで含めるように。
「…貴女が『本気で』反省したのは、今日で17回目。だから、私がブチ切れたのも昨日が17回目になるわね」
「…うそぉ」
「それはこっちのセリフよ…ほんと貴女は、どれだけ言っても変わらないわねぇ。…ま、それが貴女の良さでもあるんだろうけど」
「え…そうかなー…えへへ…♪」
一瞬で笑顔を取り戻した妹に内心呆れ果てる。ただ、それ以上にその性格が羨ましくも思う。
…これだから、この子には敵わない。憎めっこない笑顔にこちらの頬まで緩ませられながら、それでも釘だけは刺しておく。
「でも、もう少し落ち着いて欲しいってのは本音だからね」
「…はぁい」
「ほんとに分かってるのかな…。はぁ、昨日からドタバタ続きで何だか疲れたわ。…メルラン、貴女の身体、ちょっと貸しなさい」
返事を待たずに、ベッドに横たわる妹の上にのしかかる。
「んげっ。…姉さん、ちょっと重い…」
「貴女よりは絶対軽いから我慢なさい。リリカもそろそろ帰ってくるんでしょう? そしたらお医者さんを呼びに行くから…。あぁ、夕飯も作らないとね。
…それまでの間くらい、少し甘えさせてよ」
そう言いながら、メルランのふにふにと柔らかなお腹に頬を押し付ける。
「…もしかして姉さん、私が居なくて寂しかったの?」
「…貴女が居ないと、ここは随分と静かなのよ。…おかげで昨日は柄にもなくはしゃいじゃったわ」
「え、姉さんがはしゃいでるとこ見たかった。…後でリリカに聞いて…あふんっ?! ね、姉さん脇腹は駄目だって…あひゃひゃひゃひゃ…!」
「昨晩の事を聞くのは絶対に許しません。…リリカにも箝口令を敷いておかなきゃね」
「あはっ、分かったから、絶対聞かないから止めて、あひひっ、あはははははっ!」
「うふふ、貴女の身体ってほんと柔らかいわね…姉さん夢中になっちゃいそう」
心底楽しそうに、妹の身体をくすぐり続けるルナサと。
そんな姉さんの細指に、身体中の柔らかいところを突っつかれ笑い転げるメルランなのでした。
4.仲良し三姉妹
「…あんたたちほんと仲良いよね。ま、仲直り出来たようで何よりだけどさー」
夕刻。廃洋館へ帰宅したリリカが姉の姿を探すと、二人は一つのベッドで寄り添いながら眠りこけていた。
ちなみにメルランは汚れた服を脱がされたっきり、つまりは半裸の状態である。
「…いや、ちょっと仲良すぎるでしょ。 …えー、二人ってそういう関係なのー?
まぁそういうのは個人の自由だと思うけど? でも女同士で、しかも家族でってのはさすがの私もショックが大きいんだけどなー」
軽口を叩いて見せるも反応は得られない。
「あ~あ折角、妖夢から梅ゼリーをお土産にもらってきたのにさ。起きないんなら私が三つとも食べちゃおっかなー」
おやつをチラつかせるも反応は無い。まったく、こんな出来た妹がお土産まで持って帰って来たのに、何時まで眠り呆けてるつもりなのさ。
個性的過ぎる姉たちに囲まれて、私はいっつも貧乏くじ引かされてばかり。いい加減イヤになっちゃうね。
そうして、
「も~、姉さんたちばっかずっるーい! 私にも甘えさせろー!」
「んきゃうっ?!」
「むにゃむにゃ…あ、リリカ、おかえりなさーい♪」
姉さん達のいるベッドへ勢いよくダイブするリリカちゃん。
館内に、三人の騒霊の笑い声が響き合う。
霧の湖から少し離れた所にある廃洋館。とうの昔に主を亡くしたその館でいつまでも、楽しげに騒ぎ続ける三姉妹なのでした。
*
一方、その頃の白玉楼。
「…ねぇ妖夢。この玉ねぎの山はいったい何なの…?」
「げっ、幽々子様。こ、これはですねー、今晩のカレーに使おうと思ってたんですよ! ほらー、幽々子様ってカレーが大好物じゃないですか!」
「カレーは好きよ、好きだけどね? 限度ってものがあるでしょう…山盛りの玉ねぎが入った寸胴がひい、ふう、みい、よお…。
…ねぇ妖夢。妖夢は私の事をなんだと思ってるの? 真っ先に頭に浮かんだ言葉を、嘘偽りなく答えなさい」
「……食欲大魔神」
「はい、折檻」
「何故!?」
「あと、切りすぎた玉ねぎの代金はあなたの小遣いから差っ引いておきます。ざっと見た感じ半年分くらいかしらね~」
「そ、そんな殺生な~!」
メルランを懲らしめたいが為にありえない量の玉ねぎ切らせた妖夢は、幽々子様にこっぴどくお叱りを受けたのでした。
本日はルナサ姉さんがお怒りだ。
*
怒りの原因はプリズムリバー家次女、メルランにあった。
本日昼過ぎの話である。白玉楼での次のライブの打ち合わせを終えたルナサは一人、小さな紙袋を片手に弾む足取りで帰路を急いでいた。
紙袋の中身はアップルパイ。帰り際に、ちょうどタイミング良く焼きあがったと言うことで、主に食い尽くされる前にと庭師がこっそり持たせてくれたものだ。
幻想郷ではバターは大変な貴重品である。当然、そのバターを大量に使うパイも滅多に口にすることは叶わない。
サクサクの生地が口の中で脆く崩れると同時に小麦とバターの豊かな香りが口いっぱいに広がってゆき、
丁寧に煮詰められた林檎はトロリと煮崩れながらも、芯にはシャクシャクとした食感を微かに残している。
そして甘い林檎をこの上なく引き立てるシナモンの香り!…は、個々人の好みにもよるのでひとまず置いておくとして。
プリズムリバー楽団は白玉楼とはそれなりに長い付き合いであり、庭師の料理の腕もよく知っていたルナサは妹達との午後のお茶の時間を楽しみにしていたのだ。
一方こちらは廃洋館。メルランとリリカの二人は長姉不在の隙を付いて、玄関ホールで『騒霊ドッヂボール』に興じていた。
『騒霊ドッヂボール』とは、ポルターガイストとしての力をフルに使った、ボールどころか花瓶やら楽器やら色々飛び交う危険極まりない遊戯である。
お堅い姉さんが居てはとてもこんなお遊びは出来ない。二人は存分に自由時間を満喫していた。
「おりゃあ! くっ避けたか、おのれちょこまかちょこまかとー…。なら、これでどうだー!」
「あっぶなっ?! ちょ、ちょっとチューバは駄目でしょチューバは! 使って良いのはユーフォまでって言ったじゃん!」
「ふっふーん、残念だけどリリカ。ルナサ姉さんが居ない今、この館のルールブックは次女である私なのよねー。
さあくらえ私の新必殺技! その名もぉ…えーっと、水、水、うぉーたぁ……ええい、とにかくいっけー!」
メルランが威勢良く叫ぶ。それと同時にバスルーム、シンク、洗面所、果てはトイレに至るまで…館内のあらゆる吐水口から水が勢いよく噴出する。
吐き出された水はその勢いのままに館中を駆け巡り玄関ホールへと集結する。
数十秒の後、メルランの前方には直径二メートルはあろうかという巨大な水の弾が浮かび上がっていた。
「…え、バカじゃないの?」
余りの事態に思わず素の言葉を零すリリカに、メルランが誇らしげに呼びかける。
「ふふ、驚いているようね、無理も無いわ…これは私の持てる全ての力、全魔力を使いきっての一度きりの大技…!
…ねぇほんとに大変なのよこれ、ほら見て腕がすっごいプルプル震えるの」
確かに、楽器などの固形物を操るのと姿形を変え続ける液体を操るのとでは操作難度に大きな差があった。
これだけの水量を自在に操れるのは、騒霊三姉妹の中でも随一の魔力を誇るメルランだけであろう。
そしてこんな阿呆なことを思いついて実行に移すのもメルランだけであった。
おバカな姉の、その細腕の震えっぷりを見て、リリカは背を向けて一目散に玄関扉へと向かった。
決壊の時は近い。このままではホールのど真ん中で水弾は弾け壁も床も水浸し、帰ってきたもう一人の姉に大目玉を食らうのは目に見えている。
せめて水弾を玄関まで誘導し、館の外で破裂させねばならない。それでも怒られはするだろうが被害は遥かに軽微、全責任をメル姉におっかぶせればこちらがお咎めを喰らう事もないだろう。
リリカは敏い娘である、その判断は正しかった。…ただ、タイミングだけが悪かったのだ。
水弾に追われるリリカが玄関扉を開け放ち、一目散に上空へと逃げ去ったところにちょうどルナサが帰ってきた。
玄関から出てくるなり上空へと飛び立って行った妹を、何事かと見上げたルナサに、巨大な水弾が正面から直撃した。
盛大に弾け散る水弾、確かな手応えを感じガッツポーズをするメルラン、上空から地面を振り返り青ざめるリリカ。
そして、庭師お手製のアップルパイを、妹達とのティータイムを心から楽しみにしていたルナサ姉さんは。
全身びしょ濡れのままゆっくりとメルランの元へ歩いてゆき、固まった次女の顔面へと水濡れのアップルパイを強かに投げつけた。
*
その後。怒り狂ったルナサは愚かな妹を連れて白玉楼へと引き返した。
「ごめんね妖夢、実はカクカクシカジカで…。お詫びとして今夜一晩、この子をこき使ってやって。…手加減は要らないわ」
「わ~ん、妖夢ちゃんごめんなさい~!」
お手製アップルパイの哀れな末路を聞かされた庭師は口元をひくつかせながら、喚く次女を引き摺って屋敷の何処かへと去っていった。
庭師は相当にお怒りのようだ、しっかりとメルランを罰してくれることだろう。ルナサはせいせいした気分で白玉楼を後にし、廃洋館へと舞い戻る。
そんなこんなで、今夜のプリズムリバー邸はルナサとリリカ、二人だけの夜となる。
1.ルナサとリリカ
「いい加減落ち着きなさいって…そう、何度も何度も…限度と言うものを知りなさいって…」
夕飯時。この時間になってもいっかな怒りが収まらない様子の姉のグラスに、リリカは黙々と酒を注いでいた。
なんだか居心地が悪いが、下手に口を挟んでは一緒に遊んでいた自分にも怒りの矛先が向くかもしれぬ。
こういう時はさっさと酔い潰してしまうに限る、そういう魂胆である。
「妖夢のアップルパイ楽しみにしてたのに…みんなで一緒に食べようと思ってたのに…」
とぷとぷとぷ。まあまあ姉さん、飲んで飲んで。
「ほんとどうしようもない…。どうしようもないのよ、あの子はー。
…それなのに、いっつも注目されるのはメルランばっかり…初めてライブに来た人はみんなメルランをリーダーだって思う…。
はっ、どうせ私は暗い女よ…明るくて美人でスタイルも良いあの子の方が万倍も目立ってるわよ…」
とぷとぷとぷ。ほらほら姉さん、ワインも如何?
「だいたいねぇー! あの子は普段から好き勝手し過ぎなのよぉ!
あの子がやりたい放題やってみんなにチヤホヤされてる裏で、私がどれだけ苦労してきたと思ってるのよ!」
お、出来上がってきたわね。そろそろ口を挟んでも良い頃合いかも。
「やー、ほんとルナ姉の言うとおりだよねー。まったくファンの人たちも見る目が無いよ、
ルナ姉くらいファンの事を考えて動いてる人なんて幻想郷中探したって見つかりっこないのにさ」
調子の良い合いの手に、酔いの回ったルナサはあっさりと食いついた。
「リリカー、分かってくれるのー? …そうよね、私頑張ってるわよね」
「うん、だってルナ姉の頑張りは妹の私が一番近くで見てきてるんだから! それに比べてメル姉はほんと駄目だよ。
ちょーっと自分が容姿や才能やファンの数に恵まれてるからって、若干調子に乗っちゃってる部分はあるよねー」
「うぅ…リリカだけが私の味方だ……。ん、こっちにおいで。頭を撫でてあげよう…」
「えへへ~♪」
メルランをダシにして長姉の寵愛を一身に受けることに成功したリリカちゃん。
そのまま二人だけの飲み会は、どうしようもない次女の愚痴り大会へと発展していく。
「メル姉のハチャメチャ加減は、ある程度距離をおいて見る分には楽しいかもだけどー。実際一緒に暮らしてる私達からしたら、色々我慢出来ないこともあるよねぇ」
「そう! そうなのよリリカー。あの子が台所を爆発させてボヤ騒ぎを起こした時も、
弾幕ごっこしてたらあの子の撃ったレーザーがへにょり続けて地底にまで飛んでった時も、
ライブでハイになったあの子が幻想郷中の楽器という楽器を会場に掻き集めて異変認定されそうになった時も…。
確かにね? 事が済んでみればファンの人たちは笑い話で済ませてくれたわよ。むしろ『あぁ、あの子らしいなぁ』って事でファンが増えたまであるもの。
…でもねー! あの数々のやらかしの後、私がどれだけ各所に頭下げて回ったか覚えてる? ねぇリリカ覚えてる?」
「うんうん、あの時はほんと大変だったよねー」
自分はチビチビと酒を飲みながら、姉のグラスには更に酒を注いでいく。
「謝罪行脚には勿論あの子も同行させたけど…でもね! 私がげっそり消耗してる横であの子はずっとニコニコしてるの! 思わず嗜めてみたら、そしたらあの子
『だって姉さん、謝る時にあんまり申し訳なさそうにしてたら"それだけ重大な事件だったんだ"ってみんな思っちゃうでしょ?
だからこういう時はいつもどおりが一番良いの! そしたらお客さんたちも”まぁいつもの事なんだしあんまり強く怒っても仕方ないな”って思うし、
次になんかしちゃった時もそれはハプニングじゃなくてサプライズになるわ! だから姉さん、スマイルスマイル~♪』
ですって。いやおかしいでしょ…? なんで悪いことしたあの子が楽しそうにしてて私ばっかり胃を痛める羽目になるのよー」
「あー、メルラン姉さんそういうとこあるよねー。多少のやらかしはノリと笑顔とハッピーで解決出来ると思ってそうだし」
適当に相槌を打つリリカ。
「『どんな時も、ハッピーの魂を忘れちゃいけないわ!』…。うん、言いたいことは分かる、分かるわよ? でも神妙にしてなきゃいけない時もあるでしょ!
…もぅ、他人をハッピーにさせる前に、まずは私をハッピーにしてみなさいよ…いつも一緒に居るんだから…」
その言葉を最後に、ズブズブと机に顔を沈めるルナサ姉さん。突っ伏したまま尚もブツブツ言い続ける姉さんの頭を優しく撫でてあげる。
よしよしルナサ姉さん、いつもありがとね。
「うぅ、リリカぁ…もっと撫でてー。私にもハッピーをちょうだい…」
翌日、シラフに戻ったルナサは末の妹に甘えまくった事を思い出し頭を抱え悶絶することになるのだが…。
今この時間だけは、大変幸せそうな顔を見せるルナサ姉さんでした。
2.メルランとリリカ
ドッゴォン!!
「んきゃうっ?!」
突然の爆音にルナサは悲鳴を上げて飛び起きた。壁の時計を見ると針はもう正午を回っている。え、私はなんでこんな時間まで寝てたんだろう。
何か昨日、とてつもない醜態を晒していたような…。いやそれよりも、今は異音の正体を確かめねば。どうやら、庭の方から聞こえたみたいだけど…。
…ちょっと怖い。リリカにも付いて来てもらおうかな。…あれ、そういえばリリカは? リリカ、リリカー…。
*
廃洋館に正体不明の爆音が響くより少し前。
リリカは早朝から廃洋館を抜け出し、雲を飛び超え結界を乗り超え、はるばる白玉楼を訪れていた。
広大な冥界の内に建つこれまた広大な白玉楼、その中から自力で目当ての人物を探し出すのは少々骨が折れるので、まずは其の辺を漂っていた適当な幽霊を捕まえて庭師を呼んでもらう。
待つこと十数分。屋敷の奥から、切り揃えられた白い髪を肩の辺りで揺らす、割烹着姿の小柄な少女が現れた。
「お待たせしてすいません…。おはようございます、リリカさん」
礼儀正しく、朗らかな笑顔を見せたこの少女の名は魂魄妖夢。この冥界の屋敷の専属庭師、兼剣術指南役。
白玉楼とはそれなりに長い付き合いである三姉妹は当然この半人半霊の少女とも顔馴染みであり、彼女の幼少時にはオシメを取り替えてあげた事もある程だった。
そんな訳で、妖夢はどうにも三姉妹には頭が上がらなかった…のだが。
「おはようむー。呼び出しちゃってごめんね、今料理中だった?」
「後は幽霊達に任せてあるので大丈夫ですよ。…配膳だけは私が行わないと幽々子様が納得しないんで、また戻らなきゃですけど」
「相変わらず忙しそうだねぇ。ちゃんとお休み貰ってる? 何なら、私達の方からそれとなく言ってみよっか?」
「あはは、私は慣れてますから。お心遣い恐れ入ります。…それで、ご要件と言うのは?」
「…や、用事って程のもんじゃないんだけどさ。うちのおっきい方の姉さんの様子をちょこっと見に来ただけ」
「…あぁ、メルランさんですか……」
柔らかだった妖夢の表情が僅かに強張る。
「私の自信作…。いつもお世話になってるプリズムリバーさん達に食べて頂こうと、身の危険を冒しながらも幽々子様の目を盗んでルナサさんに託した、
あのとっておきのアップルパイを台無しにしてくれやがったメルランさんの様子を知りたいんですね?」
「お、おおう…」
「ふふふ、メルランさんには昔から弄られっぱなしな私ですが、ルナサさんのお墨付きも頂いた事ですし今回ばかりはこちらに分がありますよ。
この機会を最大限に利用して、徹底的に痛めつけてやるのです。もう二度と私を弄る気が起きないように、念入りに心を折って差し上げてますよ。
ふふ、ふふふふ…。あ、リリカさんどうぞこちらに」
妖夢さん、大層ご立腹な様子である。
*
「ひぃん、目が痛いよぉ……姉さん、リリカ、助けてぇ…。ひぃん」
「やっ、メルラン姉さんおっはよー♪ さてさて、贖罪の進み具合は…って、くさ! 玉ねぎくさい!」
妖夢に案内された勝手場の片隅で、メルランは玉ねぎの山と格闘していた。
薄くスライスされた山盛りの玉ねぎが入った巨大な寸胴が一つ、二つ、三つ…流し台にはまだ皮が剥かれていない玉ねぎも沢山ある。
「やぁやぁメルランさん! 玉ねぎは全部切り終わりました? …おやおや、まだ半分以上残ってるじゃないですか。
このペースだと全部切り終わるのにもう一晩かかっちゃいますねぇ。困るなぁ、この玉ねぎは今晩のカレーに使いたいのになぁ」
奔放なメルランに対し、滅多とないマウントを取れる機会を得てこれ以上なく調子に乗ってる妖夢さん。
「あ、妖夢ちゃんごめんなさいぃ~。反省したから、もう二度と食べ物を粗末にしませんから許してくださいぃ~」
少女の瞳から流れる涙は反省の証か、はたまた玉ねぎの汁による反射反応か。
泣き言を言うメルランに対し、妖夢が腹立たしげに言い放つ。
「ええい、その妖夢『ちゃん』っての止めてって何度も言ってるじゃないですか! 私はもう立派な大人なんですから!
…こほん、だから最初に言ったとおり、この玉ねぎ全部切り終わったら許してあげますって。…あと三百個くらいありますかね?」
「そんなの絶対今日中に終わらないわよぉ~。って言うか、絶対こんな量の玉ねぎ食べきれないでしょ~?」
「いーや食べます。幽々子様なら食べます」
情けなさ全開の姉に向けて、リリカが素朴な疑問を口にする。
「メル姉、なんで能力使ってないの? 騒霊の力を使えば、皮剥きもスライスも距離取りながら出来るから目も痛くなんないでしょ?
メル姉なら手作業よりそっちの方がずっと効率良いでしょ。ってか、家だといつもそうしてるじゃん」
当然の問いかけに、メルランは待ってましたとばかりに応える。
「あ! リリカ、よくぞ聞いてくれました! なんとですねー、私は今騒霊の力をほとんど使えないのです!
ほら、昨日言ったじゃない? ウォーターボンバーは全魔力を使っての一度きりの大技だって」
あの凶悪な水弾には一晩のうちにダサい名前が付けられていた。
「なので今の私は、ふよふよ浮く事が出来る程度のとってもか弱い存在なの! そんなか弱い私を妖夢ちゃんがすっごい虐めてくるの!
さあリリカー、あんたからも何か言ってやってちょうだい! 弱い者いじめはんたーい!」
「…なるほど、そんなご大層な魔力を使ってまで私のアップルパイをグチャグチャにしてくれたんですね…それは光栄です」
「あひっ?!」
全力で墓穴を掘り進めていく。
「よおく分かりました。この玉ねぎの下処理が今日中に終わらなければ、明日も働いてもらいましょう。…明日は何が良いですかね、山芋の皮むきなんてどうです?」
「そ、そんなことしたら手が痒くなっちゃうじゃない!」
「うちの主様はよく食べますからね~、仕事ならいくらでも与えて差し上げますよ…ふふ、ふふふふ……。
それじゃ、私は配膳があるのでこれで。また後で見に来ますからね? ふふふふふ……」
不気味な笑みを浮かべながら、妖夢は屋敷の奥へと去っていった。
*
「…妖夢って、将来いい姑になれるんじゃないかなー」
庭師の姿が廊下の角に消えてから、リリカがボソッと呟いた。
「リリカー、呑気なこと言ってないであんたも手伝ってよ~。でないとあんたの姉さんから一生玉ねぎの臭いが取れなくなっちゃうわ、それでもいいっての?
このままではメルラン・プリズムリバー改めオニオン・プリズムリバーになってしまう…って、あれ?」
喚く姉を無視してリリカが指をちょいちょいとすると、玉ねぎが一つ浮き上がりその皮があっという間にツルリと剥ける。一つ剥き終わるとまた一つ。
みるみるうちに積もり重なる玉ねぎの皮を眺めながら、メルランが驚きの声をあげた。
「あ、あれー? リリカ、ほんとに手伝ってくれるの? …あんたいつからそんなに素直な子になったの?」
「一言多い。…まったく、素直に感謝の言葉も言えないのかねこの姉はー」
「…ありがと、リリカ」
「もっと気持ちを込めて! あ、名前の前に『偉くて可愛い』を付けると尚良し」
「ありがとうございます、偉くて可愛いリリカ様ぁ~!」
「ん、よろしい。…まぁ、私も一緒にドッヂボールしてた訳だからねー。メル姉の暴走を止められなかった私にも責任の一端があるって事にしといてあげよう。
…ささ、分かったら姉さんはもう帰った帰った」
「え、いくらなんでもあんた一人に任せられないわよ。…私が全面的に悪いんだし、妖夢ちゃんはまだまだ怒ってるんだし」
食い下がる姉に対し、わざとらしく溜め息を吐いて見せる。
「はぁ~あ。能力が使えない姉さんなんて居ても居なくても作業量変わんないよ、役立たずはさっさと家に帰って…、ルナ姉にちゃんと謝ってきなって。
…力使えないみたいだけど、家まではちゃんと帰れそう? …って言うか、ここに来る時はどうしたのさ?」
「行きは姉さんにおんぶしてもらったから…帰りは下りだから、ブレーキ掛けながら降りてけば一人でもきっとだいじょーぶ!」
「おんぶて…あんたたち仲良いねー」
お節介するまでも無かったかもしれない。
「ま、帰ったらルナ姉に言伝よろしくー。私はここでお昼食べてから帰るって。…そだね、おやつの時間には戻るって言っといて。
はいはい、妖夢は私が宥めておいてあげるから、姉さんは今のうちにこっそり帰っちゃいな」
「リ、リリカぁ、あんたって子は! 優しい妹を持って姉さん幸せだよぉ~よよよ」
「うわ、だから玉ねぎくっさい! 引っ付くなってのー! …あ、言っとくけどこれは貸しだからねー」
何度も振り返りながら手を振り続ける姉へ、鬱陶しそうに手を振り返しながら見送る。姉の姿が完全に見えなくなると、リリカは独りごちた。
「まったく、世話の焼ける姉さん達のおかげで可哀想なリリカちゃんはいっつも苦労人だよ。
…ま、さっさとひと仕事済ませて、腹いせに妖夢をおちょくってから帰ろー♪ …私が帰るまでには、仲直りしてるといいんだけどねぇ」
そう呟いてから、そびえ立つ玉ねぎの山を切り崩しにかかるリリカちゃんでした。
3.ルナサとメルラン
「むっふっふ~、メルランさん進捗どうですか? もうお昼ですよー、今日のお昼は山菜の炊き込みご飯に桜えびのかき揚げですよー。
デザートには自家製梅酒を使った梅ゼリーもお付けしますよ~。…ああっ、でもなんてことでしょう!
まだお仕事が片付いていないノロマさんには、お昼休憩はあげられませんねぇ。残念です、折角美味しく出来たのですが…。
仕方が無い、仕方が無いので、メルランさんの分は私が食べちゃいましょう!」
「…一人で長々と何言ってんの、妖夢」
「へ? …てあれー、リリカさんじゃないですか。メルランさんはどちらに…って、あー! 玉ねぎの山が片付いてる?!」
「思ったより大変だった…お腹すいたー、メルラン姉さんはもう居ないから、その分私が食べちゃってもいい?」
「え、えぇそれは構いませんが…」
「やった♪ じゃあ早く行こー、もうお腹ペコペコだよー」
「…まさかほんとに全部スライスされちゃうとは…この玉ねぎどうしよう…」
*
リリカと妖夢が、そんな会話をしていた頃。
ドッゴォン!!
廃洋館に爆音が響いていた。飛び起きたルナサがこわごわと庭の様子を見に行くと、そこには。
「…きゅう~」
ガーデニング用に盛られた柔らかな土に頭から膝近くまでめり込んだ、メルラン・プリズムリバーのものらしき足首が生えていた。
*
その後。メルランらしき足首を掴んでなんとか引っ張り出し、汚れた服を脱がせ泥塗れの肌を清めて、ベッドへと寝かしつけたルナサ姉さん。
ベッドに腰掛けて、妹の目覚めをのんびりと待ちながら考える。何故、妖夢に預けたはずのこの子が空から真っ逆さまに降ってきたのか。
…妖夢はこの子を頭から地上にぶん投げるほど怒っていたんだろうか…? それか、アップルパイとは別にまた何か怒らせるような事をしたのかも。…起きたらまたお説教かしらね。
「んむ…ふにゃ……むにゃむにゃ。あ、ルナサ姉さんおっはよー!」
「…はぁ。おはよう、メルラン。元気そうで何よりよ」
目覚めるなり普段と何ら変わらぬ笑顔を見せる妹の姿に、なんだか怒る気持ちも萎えてしまった。
「どこか痛むところは無い? …頭から庭に落ちてきたようだけど」
「ふぇ? え、私…あー! そうだった、聞いてよ姉さん! えっとね?
リリカが私の代わりに玉ねぎになって感謝しながら冥界から飛び降りたら力が使えなくて頭からドッカーン!」
「…落ち着きなさい、メルラン。頭でも打ったの? …あぁ、ほんとに打ったんだったわね…ほら、ちょっと見せてごらんなさい」
そう言って、ベッドに横たわる妹の頭を繊細な手つきで撫でてゆくルナサ。柔らかく髪を掻き上げられて、メルランが気持ちよさそうに目を細める。
大きな腫れが出来ていないか確かめながら、ルナサが尋ねる。
「…それで、何があったの?」
「ええっとぉ。姉さんが帰った後も妖夢ちゃんすっごく怒ってて、罰として山盛りの玉ねぎをスライスし終わるまで帰っちゃ駄目って言われて。
私が泣きながら玉ねぎ剥いてたらいつの間にか夜が明けててさー、そしたらリリカが来てくれて、お仕事代わってくれたの!
シャワーも浴びたかったし、姉さんにちゃんと謝らなきゃって…早くお家に帰ろうって思ったんだけど、昨日のウォーターボンバーのせいで力が弱まってるのをすっかり忘れててね…。
冥界から飛び降りてそろそろ速度落とさなきゃなーって思ったら全然ブレーキかかんなくて、そのまま頭から突き刺さっちゃった」
「…清々しいまでに自業自得ね」
「でも、なけなしの力でなんとか落下地点を微調整して、お庭の柔らかそうな所に墜落出来たのは褒めてもらっても良いと思うわ!」
「屋根に突っ込んで館をぶち壊してたら、今度こそ本気で追い出してたとこだけどね」
そんな会話をするうちに、頭部の触診を終える。
「ん、たんこぶとかは出来てないみたい。…丈夫な身体してるわねぇ」
「うん危なかった、騒霊でなければ即死だった。…あたっ」
どこまでも呑気な妹の頬を指で軽く弾く。
「だからって無茶苦茶な事しないの。後でちゃんとお医者様に見てもらいましょうね」
「はぁい…」
少しの沈黙。
「…姉さん?」
「ん?」
尚もベッドから離れようとしない姉に呼びかける。
「私が起きるまで、ずっと傍で看ててくれたの?」
時刻はもう夕方近い。冥界から飛び降りたのがお昼時だったから、落下してから少なくとも二、三時間は経っているはずなのだが。
「そうよ?」
事も無げに言うルナサ。
「…えっと、その……暇じゃなかった?」
少し言葉に詰まった挙句、気の抜けた質問をする妹に、ルナサがふっと表情を緩める。
「暇では無かったわ。…貴方が起きるまで、ほっぺたとか二の腕とか色々突っついてたから。メルランの身体は柔らかくて私、好きよ」
「ふぇ?! セ、セクハラだー、いけないんだー」
「ふふっ、昨日から散々やらかしてるんだから、それくらいはさせなさいよ」
また少しの沈黙の後。メルランが、精一杯の真面目な顔をしながら口を開いた。
「…姉さん、ごめんなさい。昨日から…ううん、昨日だけじゃなくて私いっつも、みんなに迷惑かけちゃってる。姉さんも、リリカも、妖夢ちゃんも…みんなを怒らせちゃった」
「…そうね」
「私、今度という今度は本気で反省しました。…これからはもう少し落ち着くようにします。はしゃぎ過ぎたりしません。姉さんをブチ切れさせたり、絶対しません」
いつになく殊勝な態度の妹に対し、ある事実を告げるルナサ。
「…ふぅ。メルラン、一つ良いことを教えてあげよう」
「え?」
目を瞑ったままゆっくりと、噛んで含めるように。
「…貴女が『本気で』反省したのは、今日で17回目。だから、私がブチ切れたのも昨日が17回目になるわね」
「…うそぉ」
「それはこっちのセリフよ…ほんと貴女は、どれだけ言っても変わらないわねぇ。…ま、それが貴女の良さでもあるんだろうけど」
「え…そうかなー…えへへ…♪」
一瞬で笑顔を取り戻した妹に内心呆れ果てる。ただ、それ以上にその性格が羨ましくも思う。
…これだから、この子には敵わない。憎めっこない笑顔にこちらの頬まで緩ませられながら、それでも釘だけは刺しておく。
「でも、もう少し落ち着いて欲しいってのは本音だからね」
「…はぁい」
「ほんとに分かってるのかな…。はぁ、昨日からドタバタ続きで何だか疲れたわ。…メルラン、貴女の身体、ちょっと貸しなさい」
返事を待たずに、ベッドに横たわる妹の上にのしかかる。
「んげっ。…姉さん、ちょっと重い…」
「貴女よりは絶対軽いから我慢なさい。リリカもそろそろ帰ってくるんでしょう? そしたらお医者さんを呼びに行くから…。あぁ、夕飯も作らないとね。
…それまでの間くらい、少し甘えさせてよ」
そう言いながら、メルランのふにふにと柔らかなお腹に頬を押し付ける。
「…もしかして姉さん、私が居なくて寂しかったの?」
「…貴女が居ないと、ここは随分と静かなのよ。…おかげで昨日は柄にもなくはしゃいじゃったわ」
「え、姉さんがはしゃいでるとこ見たかった。…後でリリカに聞いて…あふんっ?! ね、姉さん脇腹は駄目だって…あひゃひゃひゃひゃ…!」
「昨晩の事を聞くのは絶対に許しません。…リリカにも箝口令を敷いておかなきゃね」
「あはっ、分かったから、絶対聞かないから止めて、あひひっ、あはははははっ!」
「うふふ、貴女の身体ってほんと柔らかいわね…姉さん夢中になっちゃいそう」
心底楽しそうに、妹の身体をくすぐり続けるルナサと。
そんな姉さんの細指に、身体中の柔らかいところを突っつかれ笑い転げるメルランなのでした。
4.仲良し三姉妹
「…あんたたちほんと仲良いよね。ま、仲直り出来たようで何よりだけどさー」
夕刻。廃洋館へ帰宅したリリカが姉の姿を探すと、二人は一つのベッドで寄り添いながら眠りこけていた。
ちなみにメルランは汚れた服を脱がされたっきり、つまりは半裸の状態である。
「…いや、ちょっと仲良すぎるでしょ。 …えー、二人ってそういう関係なのー?
まぁそういうのは個人の自由だと思うけど? でも女同士で、しかも家族でってのはさすがの私もショックが大きいんだけどなー」
軽口を叩いて見せるも反応は得られない。
「あ~あ折角、妖夢から梅ゼリーをお土産にもらってきたのにさ。起きないんなら私が三つとも食べちゃおっかなー」
おやつをチラつかせるも反応は無い。まったく、こんな出来た妹がお土産まで持って帰って来たのに、何時まで眠り呆けてるつもりなのさ。
個性的過ぎる姉たちに囲まれて、私はいっつも貧乏くじ引かされてばかり。いい加減イヤになっちゃうね。
そうして、
「も~、姉さんたちばっかずっるーい! 私にも甘えさせろー!」
「んきゃうっ?!」
「むにゃむにゃ…あ、リリカ、おかえりなさーい♪」
姉さん達のいるベッドへ勢いよくダイブするリリカちゃん。
館内に、三人の騒霊の笑い声が響き合う。
霧の湖から少し離れた所にある廃洋館。とうの昔に主を亡くしたその館でいつまでも、楽しげに騒ぎ続ける三姉妹なのでした。
*
一方、その頃の白玉楼。
「…ねぇ妖夢。この玉ねぎの山はいったい何なの…?」
「げっ、幽々子様。こ、これはですねー、今晩のカレーに使おうと思ってたんですよ! ほらー、幽々子様ってカレーが大好物じゃないですか!」
「カレーは好きよ、好きだけどね? 限度ってものがあるでしょう…山盛りの玉ねぎが入った寸胴がひい、ふう、みい、よお…。
…ねぇ妖夢。妖夢は私の事をなんだと思ってるの? 真っ先に頭に浮かんだ言葉を、嘘偽りなく答えなさい」
「……食欲大魔神」
「はい、折檻」
「何故!?」
「あと、切りすぎた玉ねぎの代金はあなたの小遣いから差っ引いておきます。ざっと見た感じ半年分くらいかしらね~」
「そ、そんな殺生な~!」
メルランを懲らしめたいが為にありえない量の玉ねぎ切らせた妖夢は、幽々子様にこっぴどくお叱りを受けたのでした。
リリカの出来の良さに感服しました。
三姉妹それぞれの愛らしさが詰まっていました
堪能させていただきました
素敵な作品をありがとうございます。