Coolier - 新生・東方創想話

とある巫女のハンガーライフ

2010/10/20 11:56:57
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 博麗神社。結界に守られた幻想郷の要である最重要拠点。

 そこには一人の少女が暮らしていた。
 名は博麗霊夢。この神社の巫女を生業とし、結界を操り空も飛べるこの郷で知らぬ者はいない人間。

 さて、妖怪はもとより神族とでさえ弾幕をもって対等に渡り合える少女は今――


「お……お腹、へった……」


 空腹と戦っていた。


 神社の収入はお布施。いわゆるお賽銭にのみ頼っている。
 つまり参拝客が来なかったら収入はゼロ。
 重ねて、食料は貨幣と引き換えに買わなくては手元に無い訳で。

 とどのつまり、ここ博麗神社では現在かつてないほど深刻な賽銭不足による経済破綻を起こしており、主の巫女はすきっ腹で早5日なのである。

「なんで……こんなに、さ……賽銭少な……ごはん食べたい」

 もはや思考能力も怪しくなっている。
 いつもは質素な食事が並ぶちゃぶ台も、力なくつっぷする霊夢の頭乗せ台と成り下がった。

 普段から困窮してはいるが、今回は特に酷い。
 昨夜など、亡霊住まう白玉楼へ続く階段を登り続ける夢を見てうなされたくらいだ。

           くうぅ~ きゅるるる

 乙女が恥らうお腹の音。生理現象が胃に物を入れろと訴えてくる。
 栄養不足で動くのも億劫だが、このまま放っておいたら今度こそ三途の川を渡ってしまうだろう。
 霊夢はなるべく緩慢に立ち上がり、のろのろと台所へむかう。

 だが、そこにあるのは虚無と絶望。
 米びつはとうの昔に空っぽ。魚も皮まで食べてしまった。
 野菜は芋一個、菜っ葉一枚見当たらない。

 唯一少しの調味料と水。糧食はたったこれだけになってしまったのだ。
 霊夢はわずかな可能性を信じて戸棚、天袋、鍋の中から床の上まで隅々食べられそうな物を探した。
 しかし現実は残酷で、残り少ない体力と引き換えに失望を与えただけだった。

 よろよろと、さきほどまでエネルギー節約のために座っていた部屋にもどってくる。
 ここには茶箪笥があり、お茶セットはもちろん茶菓子もしまってある。
 霊夢はゆっくり引き出しを開ける。

 お茶缶の中は、空っぽ。茶菓子の煎餅も、おかきも、あられもない。
 もらい物のお菓子はもちろん、出涸らしのお茶っ葉さえ食べてしまった。

 わかっていた。昨日から4度確認している。
 でも今日確認したら何か入っているかも、という現実逃避に似た希望はこうして打ち砕かれた。

 外に助けを求めようにも、いかんせん体がもちそうにない。
 神社から下りる階段の途中や、空を飛んでいる最中に意識を失って墜落したら洒落にもならない。

 畳にずりずりとへたり込む。最早万策尽きた。
 こんなことになるなら、まだ動けるうちにプライドを捨てて魔理沙や早苗にでも飯をタカっておけばよかった。
 兵糧攻めってやられる方はこんな感じなのね、など自棄的な発想すら出てきてしまう。

 すると、さっきまでやかましく鳴っていた腹の虫がピタリと止んだ。
 あれ、と思ったのもつかの間、視界がだんだん靄に覆われる。
 霊夢は悟る。最終段階に入ったのだと。

(ってだめ、ダメダメダメ! これはマズイ!!)

 飢餓。その原始的な恐怖が、骨の髄まで震え上がらせる。

(嫌だ! こんな惨めな死に方はゴメンよ)

 ピクリとも動きたくない状況で霊夢は生に縋る。生きるために考える。
 まだ、まだ何か食べ物があるはずだ。
 台所、居間、いやいやもう何も無い。お供えは……あるならとっくに食ってる。
 あとは祭具がしまってある倉庫ぐらいしか――

 ふと、霊夢は思い出す。

(たしか、だいぶ前に倉庫整理したとき、瓶詰めがあったような……)

 そうだ、今まで忘れていた。
 何か食べ物っぽいのがたくさん入った瓶詰めがあった。まだ食べられそうだからと捨てていない。

 天恵。まさに天恵。希望の灯が目にともる。
 霊夢は最後の力をふり絞って上体を起こす。そしてそのまま這うように倉庫へ向かう。



 そして、ちゃぶ台の上に瓶詰めが一瓶。
 倉庫まで這いずり、荷物を死ぬるような思いでどかして、ついに手に入れた産物。

 霊夢はそのおそらく貴重な最後の食料の前で歯軋りをしている。
 八百万の神々の中に飢餓の神がいるとしたら、きっと陰湿で嗜虐性が強いに違いないと霊夢が怨嗟するほどの所業。


 瓶詰めの中身は全部鷹の爪だった。


 倉庫は暗く、その場では何か木の実が入っているものだと思っていた。
 まさか唐辛子を干した物が、濃い茶色の一抱えもある瓶にたっぷりと入っていると誰が予想できただろうか。

 霊夢は悩んだ。悩みぬいた。
 果たして食うべきか、食わざるべきか。

 霊夢は辛いものが得意な方ではない。たとえ得意でも唐辛子の丸かじりは遠慮するだろう。
 だが、命をつなぐにはこれを食らうしかない。

「……空腹なら、何でも美味しく感じるはずよ」

 自らにそう言い聞かせ、人差し指くらいの大きさの唐辛子を一本取り出す。
 カラカラの手触りと、毒々しいすすけた赤色に一瞬躊躇する。
 まずは、鼻に近づける。とりあえず匂いは特に攻撃的ではない。
 覚悟を決め、ほんのちょっぴりかじる。

「ッ……あれ?」

 あんまり辛くない。思ったより食べられる。

 なーんだ、大丈夫だ。たいしたことなかった。
 安心して半分くらいかじ 「ヒイイイィィィィ!!!」

 訂正、たいしたことあった。
 良質な辛味は後から襲ってくる。しかも口から火が出たような強烈な辛さが。
 ふらふらと動いていた四肢がじたばたと勝手にもがく。
「みみみ、みずみず水ぅ!!」
 霊夢は念のため用意した水を、それだけで腹が膨れそうな量をがぶ飲みする。

 それで落ち着いたのか、ゼィゼィと肩で息をしながら霊夢はさきほどの短絡的行動を後悔する。

「む、無理……限度ってもんがあるわ……」

 一発で懲りた霊夢は、このスカーレットデビルを再度封印すべく蓋に手をかけるが

            ぐぎゅるるぃ~

「あ……ダメ。やっぱりこれを食べるしか……」

 再降臨したお腹の叫びに、あっさり降伏した霊夢は苦悩する。

 はっきり言ってあの辛さをもう一回体験するのは、嫌とかを通り越して危険な気がする。
 しかし体はカッカと体温が上昇し、ここ数日で一番生体活動が活発になっている感さえある。
 もしかしたら、人里に下りる程度の体力は回復するかもしれない。

 そうしたら、飯をタカれる。
 追憶の彼方に有るご飯が食べられる。

「ならば、残さず食らうべきね!」

 空っぽの胃にはレベルの高い刺激物をぶち込んだ霊夢は、謎のハイテンション状態になった。
 その勢いでおそらく誤っている判断を下し、早速お化けホットペッパーの隙をうかがう。

 どこか、どこかにマシな食べ方があるはずだ。

「そうか! だらだら噛んでいるから辛いのが襲ってくるのよ。ここは一気に噛み砕いて飲み込むのが最良!」

 そう大声で作戦を反芻し一本手に取る。
 すばやく口に放りこみ可及的速やかに咀嚼し飲みこ 「むううぅぅあああっぁぁっっ!!」

 あろうことか種を噛み割ってしまった。濃縮された辛味が舌をメッタ刺しにする。
 凛とした佇まいの巫女は今、ゴロゴロと畳の上で七転八倒する紅白へと成り下がった。
 そして、なんだもう元気じゃねぇかというビビットな挙動で水を浴びるように飲む。

 こうなったらもう止まらない。

「そうか! 一本一本食べるから終わらないのよ。一度にたくさん食べれば被害は最小限で済む!
 こーゆーふうに一掴みして、思い切り口に入れてもぐもぐもぐどおおぉぉぉおおおぉぉ!!!
 辛さ10割増しー!」

「そうか! 固形のままってのが悪いのよ。こうすり鉢で潰して水に溶かす!
 そして一気にがぼがぼぶぉほほほほほぅぅっっ!!!
 辛さがまんべんなく舌の上でー!」

「そうか! 甘いものをぶつければいいのよ。砂糖がまだあったわね!
 砂糖と一緒にコイツらをさくさくぎゃあああぁぁああ!!!
 一回試してみたいぐらいの激辛―!」


 修羅。

 唐辛子と戦うその様は、まさに修羅であった。



 その日の夕方、突撃! 隣の巫女さんなるコーナーの取材のためやってきた射命丸文によって、泡を吹いて痙攣する霊夢が発見された。

 その傍らには唐辛子が入った瓶が転がり、手元に糸状の唐辛子で『犯人はカプサい――』という謎のメッセージが刻まれていたそうだ。


 後日、この事件は文々。新聞にて大々的に報道された。

 事情を知った人々は、皆等しくこの郷の英雄である巫女のあまりにひもじく不憫な境遇に涙し、こぞって賽銭を投入した。

 かくして霊夢は死の淵から脱出し、紅魔館から甘いケーキを山ほど仕入れてひたすらむさぼっていたという。

    【終わり】




 後日談

「それにしても、何であんなにたくさん鷹の爪がウチの神社の倉庫にあったのかしら?」
「あ、その理由知っているんだぜ」
「はぁ? 魔理沙がどうして知ってんのよ」

「それ私のだもん」

「え……」
「魔法実験でいろんな木の実使うんだけど、唐辛子はどうにも使えなくてさ。
 でもいっぱい集めてて場所も取るし、それで霊夢にくれてやろうと思ったんだぜ」
「……」
「それで瓶ごと渡しにいったら留守なんだもんな。
 とりあえず倉庫に入れとけばいいや、って置いていってすっかり忘れてたんだぜ」
「…………」
「まぁ、食べちゃったもんはしょうがないんだぜ。でも賽銭増えたし、ケーキこんなに食えるんだから結果オーライだな。はっはっは」
「………………」
「じゃ、そーゆーことで。そうそう、霊夢があんまり食べ過ぎて太らないようにこれは貰っておくぜ」

 そう言って魔理沙は勝手にケーキを包んで帰ってしまった。


 次の日、霊夢は残っていた唐辛子を持ち主に全て返却した。


 魔理沙に黙って、粉末にした唐辛子を、毎朝焼くパン生地の中へ練りこむという返却方法だ。


 魔法の森から木霊する絶叫を耳にした霊夢は、清々しいまでの笑顔だったという。

     【終われ】
はじめまして、がま口と申します。

人間はお腹さえ減らなければ、戦う理由の半分を失うなんて言うそうです。

幻想郷でもその摂理は変わらないようで。まぁ、がんばれ霊夢……
がま口
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コメント



0.1110簡易評価
5.100名前が無い程度の能力削除
星屑と散った魔理沙に敬礼ッ!
9.100奇声を発する程度の能力削除
あれを一気食いってwww
10.90爆撃削除
辛さの時間差攻撃に、思わず「あるある」でした。
霊夢よ、よくぞがんばった。
個人的に、水を中途半端に飲んでしまって、さらに辛くなるのも見たかったかも。
11.90名前が無い程度の能力削除
凄くどうでもいい事を言わせてもらうとすれば、
魔理沙は和食派なのだ……ッ! パンは食べないッ!
19.100お嬢様・冥途蝶・超門番削除
見つけたー!!がまさんのやつ!
『犯人はカプサい――』のネタが全っっ然分かんなかったけど笑えた!!www
いや、砂糖あるんなら砂糖先に舐めてたらいいじゃ・ひいいいいぃぃぃぃぃ!!!!  お嬢様
この霊夢はいい。私たちの中では霊夢はほぼこんな感じですわ。むううぅぅあああっぁぁっっ!! 冥途蝶
鉄の胃袋を持つ私にかかればですね、こんなものも余裕でもぐもぐどおおぉぉぉおおおぉぉ!!! 超門番
21.無評価がま口削除
大変後れ馳せながら、お返事いたします。

5番様
魔理沙は……赤い星になったんだよ(涙)

奇声を発する程度の能力様
非常時の人間は、突飛な思考が正解だと思っちゃう傾向があります。
たとえ内蓋が外れて胡椒まみれのラーメンでも、損は嫌だと半分程すすったの私のように。

爆撃様
あっ、そういう辛さもありますね。何にしても、霊夢の精神力に敬礼ッ!

11番様
ウ~プス。彼女は西洋の格好なのでついうっかりしてしまいました。精進、精進。

お嬢様・冥途蝶・超門番様
カプの元ネタは、とんがらしの辛味成分であるカプサイシンです。
意味ですか? 特に無いぎゃあああぁぁああ!!!

ご感想多謝!! がま口でした。
22.100名前が無い程度の能力削除
脳内で漫画化した
ラストの霊夢のいい笑顔を妄想した

萌え死んだ
23.無評価がま口削除
22番様

ご感想ありがとうございます。
霊夢の笑顔死ですと!? ここに名誉の戦死者を讃え敬礼ッ!
25.80sas削除
「ひいいいいいい!」に不覚にも吹いたwwwwww
これはアリ! ちゃんと魔理沙が酷い目に遭ってるのも(ry
26.無評価がま口削除
sas様

笑っていただけて幸いです。
オチのためだけに、魔理沙を随分な目に遭わせてしまいました。
27.100名前が無い程度の能力削除
なんか、某女の子だらけの島の食いしんぼ巫女姉を思い出さんでもないような……
鷹の爪……というか唐辛子は刻んでお湯を注いで飲むと活力が沸く……気がする。

神をも恐れぬ霊夢も、カプサイ神だけは苦手なようで。
28.無評価がま口削除
27番様

カプサイ神の唐辛子汁……ビックビジネスの予感がします! 霊夢に、はり倒されそうですが。