Coolier - 新生・東方創想話

ちるのさんLv.99 ななつめ

2009/11/24 18:03:53
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「……へっきし!」
 威勢のいいくしゃみが、夕方の湖に響き渡る。
 その音の主、水橋パルスィは少し顔を赤らめながら、きょろきょろと辺りを見回した。
「うー、やっぱこんなとこにいるとちょっと風邪が抜けきらないわね」
 苦笑しながら、自分の背後を仰ぎ見る。
 霧の湖を睥睨するように聳え立つそれは、無駄に壮麗な氷の城だった。
 霧で日光が届きづらいからなのか、それとも氷自体に力が宿っているのか、はたまた城の主が健在であるからか、日中であってもまったく溶ける様子がない。
「まさかこの城の主が妖精だなんて、初見じゃ誰も思わないでしょうね」
 その城の主は氷の精、チルノ。この城を一晩で建ててくれた大馬鹿者で、パルスィの一番の友達だ。
 もちろん、普通の妖精にこんな城を建てることができるはずもなく、諸事情から能力や容姿がLv.99になってしまったがゆえの暴挙なのだが。
「しかし、おかげで吸血鬼と争う羽目になるなんて思わなかったわ」
 この城の対岸には吸血鬼、レミリア・スカーレットの居城、紅魔館がある。
 ゆえに、氷の城の築城が挑発行為とみなされて戦いを挑まれてしまったわけなのだ。
「なんだかあまりにも突拍子で、だいぶ昔のことのように思えるわ。ついこの間の出来事なのに」
 あの事件から、パルスィは地底の家にも帰るものの、この城にも泊まりにきたりする忙しい日々を送っている。
「そんなに出歩いちゃいけない気もするんだけどね……」
 苦笑しながら、パルスィは緑色の目をこらし、霧がかかってよく見えない対岸を眺める。なんだか門番が手を振っているような気がした。
 少年漫画の鉄則なのか、今ではレミリアたちとも割と仲がいい。
「……Lv.99、か」
 しかし、パルスィには一抹の不安があった。今のチルノの力は、純粋な彼女だけの力ではなく、謎のアイテムによってもたらされた、いわば偽りの力。
 森の道具屋、香霖堂にアイテムの解析を頼んでいるものの、手がかりもほとんどないのでさすがに難航しているらしい。
 あの力をそのままにしていていいのか、しかし、もう戻れないところまで来ているんじゃないのか。
 なんとも結論がつかず、パルスィは渋い顔をして城へ戻ろうとする。
 そして入り口までやってきたところで、律儀に作られていた郵便受けの中に、はがきが入っていることに気づいた。
「……ここって住所とかどうなってんの? っていうか誰が届けてんの?」
 首をひねりながら、パルスィはそのはがきを取り出す。
 それには、以下のように書かれていた。

――――――――――
 前略
 むきゅー
       草々
――――――――――

「……いくらなんでも書状でこれはないだろパチュリィィィ!」


『ちるのさんLv.99』
ななつめ



「おや、チルノさんにパルスィさんではありませんか」
 にこりと素敵な笑顔を向けて、紅い門番が出迎えてくれる。
「やっほー、めーりん!」
 チルノがそうやって全身全霊で手を振り、パルスィが小さく一礼する。
 だが、紅美鈴は少し難しい顔になった。
「うーん、初対面で名乗ったのに、中国と呼んでくれる方はなかなかいませんねえ」
「いや、国名だし……。その名前に何かあるの?」
 怪訝な顔をしてパルスィが尋ねる。
「いえ、お嬢様がつけてくださった名前なもので。まぁ、当の本人がそう呼んではくれないのですけれどね」
 そう言って、事も無げににぱっと笑う。
「あいつのネーミングはぶっとんでるわね」
 チルノが恐ろしがっている様に、美鈴は苦笑する。
「はは、まぁ国の名を背負うには役者不足でしょうし、これでよいのかもしれません。さて、それはともかく、こんな夕方に何の用でしょう」
「あ、連絡とかは行ってないんだ」
「むきゅーから変な手紙が届いたのよ」
「変な手紙?」
 首をかしげる美鈴に、パルスィはポストに入っていた手紙を手渡す。
「どれどれ」
 美鈴は紙面に目を落とすと、一秒で顔を上げた。
「これは ひどい」
「でしょう」
「どこに出しても恥ずかしくない怪文書ですねえ。……意図は不明ですが、パチュリー様が書いたものに間違いはないようです。あなた方ならお嬢様も何も言わないでしょうし、どうぞ、お通りくださいな」
 そう言って、美鈴は紅魔館への門を開いた。


 紅魔館に足を踏み入れると、二人はきょろきょろとあたりを見回す。
「うわー、ひろいねー」
「図書館に行くべきなのよねこれは? でもどっちかしら」
 チルノが感嘆の声をあげるも、パルスィは首をひねる。最初に訪れたときはガチ迷路だったが、そうでなくともよくわからない繋がり方をしているのが紅魔館だとその後思い知ったのだ。
「美鈴に案内頼めばよかったかな」
「まぁ門番だし、門においといてあげましょう。誰かに訊けばいいわ。見事に誰もいないけど」
 パルスィが言うと、チルノはうーんとうなって手近な扉へと飛びつく。
「とりあえず近くの扉でも開けてみよっか」
「そうねえ」
 そうして、入り口から一番手近な扉を開けると――そこにいたのは、一糸纏わぬ姿の小悪魔だった。
「キャアア! のびたさんのエッチ!」
「うるせえ! またかよ!」
 胸をかばいながら繰り出す小悪魔のハイ・キックを、パルスィは無駄にいい体さばきでガードする。
「おお……なんかすたいりっしゅだわ」
 その攻防を見て、チルノは嘆息した。
「……っと、なんだ、あなたたちですか。入るなら入るといってくれれば」
「いいから足おろしてよ」
 二人の姿を確認した小悪魔はほんとに拍子抜けしたような顔をしながら、なめらかに足を下ろす。
「なんでこんなところで全裸してんのよ……」
 呆れ顔でパルスィが問うと、小悪魔は不思議そうに首をかしげた。
「なぜって……どう見てもここは脱衣所でしょう?」
 小悪魔の声に改めてあたりを見回すと、網模様のシートの敷かれた床、木造のロッカーに居並ぶ籠と、何処からどう見ても確かにここは脱衣所だった。
「なんで入り口から一番近い扉が脱衣所なのよ! 銭湯かここは!」
 パルスィは頭を抱える。
「それはそうとコアー、むきゅーの居場所知らない?」
「あぁそれでしたら」
 小悪魔は小ぶりな胸を揺らしながら、その先に風呂場があるであろうと想像できる戸を指差す。
「あそこ、今ちょっと空間の調子がおかしくて図書館に繋がってますので」
「じゃあなんであんたは服脱いでんの!?」
 パルスィの苛烈な疑問に、小悪魔は微笑んで答えた。
「そこに脱衣所があるからです」


「どういうことなの……」
 小悪魔の在り方に辟易としながらガラガラと戸を開けると、本棚という木が深く高くに林立する……そこは確かに図書館だった。
「むきゅー(いらっしゃい。待ってたわ)」
 そして何事もないかのように、机に座った紫色の魔女が二人を出迎える。
「出たわねむきゅー!」
「あんな手紙よこして何のつもりなのよ。意味がわからなかったわ」
「むきゅー(あら、理解しているじゃない)」
 パチュリーは静かに本をたたみ、そして別の本を手に取りながら立ち上がる。
「むきゅー(“無窮の法”は『むきゅー』の一言に全てを込める。私はあなたたちを呼び出したくて、そしてあなたたちはここにやってきた。上出来、いや、全てにおいて完璧よ)」
「さいですか」
 力なくパルスィがうなだれるが、チルノは気にせず質問を口にする。無窮の法に、問わなければならないと宿命付けられたその一言を。
「――で、何の用なのよ」
 瞬間、空間が肥大する。
 彼女らの周囲が開け、決闘するのに十分なスペースが創出される。
「むきゅー(ふふ……リベンジしたくてね)」
 パチュリーはそう言って、口の端を上げた。
「むきゅー(私は美鈴やレミィみたいに、悔いのない戦いを出来たわけじゃない。自分らしい戦い方が、まったくできなかった……)」
 紫色の目を、遠くを見るかのように細める。
「むきゅー(でもまぁ、それは言っても仕方ない。たった一つの私の不覚は、炎を使うと言っておきながら、とっておきの奥の手を……ロイヤルフレアをついうっかり出し忘れていたこと)」
「それこそ言っても仕方ないことのような……」
「まあうっかり出し忘れるのは悔しいよね」
 チルノがわかったように頷く。きっと彼女もよくうっかりしてたのだろう。
 だが、パチュリーは険しい顔で頭を振る。
「むきゅー(私があの夜どんなに苦しんだか……てめえにッ! てめえなんかにッ!! わかられてたまるかよッ!!)」
「いきなりストレイボウになるな」
「むきゅ(ちょっと言ってみたかったの。ともあれ、この勝負、受けてくれるわね? チルノ)」
 パチュリーの宣戦に、チルノは腕を組んで胸をむにゅらせながら、いつもの自信にあふれた表情でしっかと受け止めた。
「ふふん、いいわよ。相手してあげるわ」
「むきゅー(よく言ってくれたわ! ルールを言うわよ。私はロイヤルフレアの一撃に全てを賭ける。格闘戦仕様の超高密度火炎よ。それを凌げばあなたの勝ち。凌げなければ私の勝ち)」
「つまり……挟み撃ちの形になるわね」
「ならんよ」
「……パルスィ、なんかテンション低くない?」
「察して……」
 パルスィはうなだれた。
 最初に会ったときからそう思っていたが、やはりチルノたちといるのは楽しいけど、疲れる。
 もう少しは地底でのんびりと暮らす時間も必要かな、とパルスィは思った。
(だけど、緊迫した状況には違いないのよね)
 思いながらも、頭脳をめぐらせる。
 たぶん、この勝負、受けないのが正解だったのだろう。
 出すと宣言したパチュリーの技は、たぶん大技中の大技。一番正しい対処法は、撃たせないことだ。恐らく準備のためのスキも大きいはず。
 だが、パチュリーはそれを撃つことが前提のルールを組んだのだ。しかもチルノが勝負を受けると宣言した後に。
(ふん……ふざけているようで結構したたかね。妬ましいわ)
 だが、それを卑怯だとがなりたてるつもりは毛頭ない。
 なぜなら、チルノは最強なのだ。そんな事にこだわるべきではない。
(それに、パチュリーもただ一方的に自分が有利に立とうとしたわけじゃない)
 ルールを出し抜く代わりに、彼女は自分の技の情報をくれた。すなわち格闘戦仕様の超高密度火炎、だと。
 その情報を元に、そのスペルを突破できるか。彼女がルールと言ったとおり、これはそういう戦いだ。
 パチュリーは、自分もチルノに全力でぶつかりたいと、そう思っているだけなのだろう。
「むきゅー(さぁ、行くわよ。――)」
 言ってパチュリーは魔導書を浮かべ、両手を上に掲げて高密度の火球を収束させていく。
 その様を見て、チルノの顔が険しくなる。
「来るわね」
「……チルノ」
「今年は……空前のおはぎブームが」
「何考えてんの!?」
 この極限状態に、底の知れない妖精である。
「それよりも、チルノ!」
 パルスィが飛び上がってごにょごにょと耳打ちすると、チルノは超然たる笑みでこくりと頷いた。


「むきゅー!(日符『ロイヤルフレア』!)」
 満を持して放ったそれは、視界を全て覆ってしまうほどの炎。炎の爆発……いや、巨大な火球の中に取り込まれたかのごとき威容。
「むきゅー(アグニシャインなら吹き飛ばされる。サマーレッドなら避けられる。……ならば――)」
 吹き飛ばされぬ火球自体を、広範囲に拡大する。
 一つの答えを、彼女にぶつける。
「むきゅー!(さあ、さ――)」
 瞬間、パチュリーの顎に衝撃が走った。そして、体に回転が加えられて、その場を吹っ飛ばされる。
 吹っ飛ばされた刹那に、パチュリーの見たのは、回転しながら大火球より突き出てきた足。そして見る間にそれは火球を突破する。
「右手から吹氷『アイストルネード』、左手から冷体『スーパーアイスキック』……合体!吹氷冷体! スーパーアイストルネードキック!!」
「む……きゅー……(手じゃない件について)」
 冷気を纏い回転しながら出てきたチルノと、その後ろについて火を逃れていたパルスィを視認し、パチュリーは地に落ちた。
「うひゃー、やっぱり目が回る~……」
「大丈夫?」
 パルスィが支えながら、チルノも地面に降りてくる。
「むきゅー(今回はこう来たか……。これはあなたの入れ知恵かしら? ペルシャ人)」
「ペルシャ人言うな。……まぁそうよ。前に美鈴と戦ったときに見た一点突破戦術が使えないかと思って」
 チルノのダイアモンドブリザードを美鈴が星脈地転弾でこじ開けたことを思い出し、先を尖らせてさらに回転を加えれば、ロイヤルフレアもなんとか突破できないかと考えたのだが、なんとかなったようだ。
 ひとえにLv.99の体力あっての成功だったが。
「さすがにあの炎の中は疲れたわ……」
「うん、がんばったね、チルノ」
「えへへ……」
 さすがに無傷ではすまなかった様子のチルノだが、パルスィが今度はちゃんと飛び上がって頭を撫ぜるとうれしそうに目を細めた。
「むきゅー(……その氷精に関する知識では、あなたに到底及ばないということかしらね)」
 たれぱんだのように床に突っ伏したまま、パチュリーは小さく笑む。
「そりゃ友達だもの。本を読んだってそんなことわからないわ」
「ねー」
 何気にハイタッチを交わして、自分も何だかんだで慣れてきたなぁ、と思うパルスィであった。
「むきゅ(知識で勝てなかったのなら仕方ない。広さと深さは別種のものだもの。……ふう、ありがとう。今回はなんとか納得がいったわ)」
「まぁ、ならいいんだけどね」
「ところで……そこの奴、なんなの?」
 冷えた声が、図書館の空気に刺さる。
 チルノが指差したのは、戦うため場所を捻出するために歪んだ空間の先、本棚の影にたたずむ小さな金色の髪のメイド。
「……私を、指差したの? ……私は騒がしかったから眺めていた、ただのメイドなんですけれどね」
 本棚に寄りかかりながら、そのメイドは返答する。
「おまえのようなメイドがいるか」
 が、チルノはメイドの返答を一蹴した。
 歪んだ空間の先で、しかも本棚の影にいるそいつを、パルスィは詳しく見られたわけではない。だが。
(確かに何か……存在に違和感がある)
 言われなければわからなかったくらいかもしれない。だが、チルノの目は真理を見抜くのが上手い。その違和感は間違いのないもの。そういう確信があった。
「その目……うふ、ふふふ。たった一つの真実見抜く、見た目は大人、頭脳は子供、その名は――というところかしら? ならば、体裁を取り繕う必要はないわね」
 そのメイドは、何か棒のようなものを取り出し、当たりを薙ぎ払うように振った。
 瞬間、歪んでいた空間がしゃっきりと消え去る。そうしてはっきり視認できた棒のようなものは、ぐにゃぐにゃになった時計の針のような形をしていた。
 それを見て、パチュリーが跳ね起きる。
「むきゅ……(まさか……)」
「何者なの? パチュリー」
 パルスィの問いにパチュリーが答える前に、メイドが新たな言葉を紡ぐ。
「メイドたちに騒がれない為に変えていた……この姿でいる必要も……ない!!!」
 再び、メイドが時計の針を振るう。
 メイド服が霧散し、新たに作りかえられるかのように、再び彼女の身体を包み込んでゆく。
 そして、彼女はつかつかと歩く一歩一歩に重い存在感を込めて進み出てきた。
「そうよ……これが本当の私。フランドール・スカーレット。設定年齢495歳、蟹座のB型ッ!!」
「美……美形だっ……! じゃなくて!」
 現れたのは紅いお洋服を着て、金色の髪をしゃらしゃらと揺らすお人形のような少女。
「ふふ、おまたせ」
 先ほどのぐにゃぐにゃの時計の針と、背から伸びた、色とりどりの飾りに彩られた飛膜なき翼が異質でやけに印象的だった。
「スカーレット?」
 チルノがそのファミリーネームに首をかしげる。
「む、むきゅー……(い、妹様……! なぜここに)」
(あのパチュリーが戸惑っている……)
 パルスィはその様子を意外に思いつつ、事態の重大さを思った。
「あら、またまた私をのけ者にして楽しいことやってたくせに。私だって、遊びたいのよ?」
 にやーっと、無邪気なようで邪悪なような、不思議な笑いをその吸血鬼――フランドール・スカーレットは浮かべた。
「むきゅー(……離れなさい二人とも。この子はありとあらゆるものを破壊する程度の最終鬼畜レミィの妹。吸血鬼にして魔法少女という素敵な肩書きも持っているわ)」
「くっ、素敵だっ……!」
 確かに、全てをむき出しにしたこの存在感と素敵さに、パルスィは気圧されてしまう。
 だが、そんなことはどこ吹く風と、フランドールはつかつかとチルノに近寄っていく。
「あっは、あなたね。お姉さまと引き分けた妖精って!」
「いかにも、あたいがチルノである。苗字はまだない」
「また出た!」
 胸を張りながら謎のインテリゲンチャ切り返しを行うチルノに、フランドールは顔をほころばせる。
「ねえねえ、チルノ。私と遊んでよー」
「ん? いいけど、何して遊ぶの?」
「遊戯王カード」
「ここに来てインドアー!?」
 パルスィのツッコミに、フランは微笑む。
「そうよ、私は495年間一回も、お外に出てないのよ」
「なっ……」
「それはつらいね」
 パルスィは驚き、チルノは何でもない愚痴を聞いたように流す。
「うん、だから、私の本当に言いたいこと、わかってくれた?」
「うーん……『遊戯王カード』をバルキスルスの定理に乗せて並び替えると、『ノストラダムス』になるわね……」
「そう、つまり世界は滅亡する」
「むきゅー(な、なんだってー!)」
「あんたたち何言ってんの?」
 パルスィを襲う底知れぬアウェイ感。
「そこから推理すると……つまり、世界が滅亡するほどに激しい弾幕戦がしたいと」
「パーフェクトよ、チルノ」
「な、なんだってー!(むきゅー)」
「なんで分かり合ってんの!?」
 パルスィは憔悴する、チルノが自分の理解の及ばぬところで理解しあっているという現実に。同時にわかったら負けだと思ってしまう自分の心理に。
「むきゅー(チルノ……忠告はしたわよ?)」
「何? 意外と心配性ね、むきゅー」
「むきゅー(それだけ本気と知りなさい。……私は全力で本を守ってるから)」
「おう!」
 片手でガッツポーズを作るチルノに、フランドールがゆらりと語りかける。
「ねえしよう? 早くしよう? ――禁弾『スターボウブレイク』」
「っチルノ!」
 不意に宣言を繰り出したフランドールを見て、慌ててパルスィが警告を飛ばす。
「うお」
 パァンと弾ける音と共に、おびただしき虹色の弾幕が降り注ぐ。
「おおおお!? 上から来るよ!? 気をつけて!」
「尋常じゃないわよこれ!?」
 世界が滅亡するほどに、激しい弾幕の雨。レミリアよりももっと恐ろしい力を感じる。
「あっはははははぁ、まだまだ戦いは始まったばかりよぉ?」
 フランドールの笑い声を聞きつつ、パルスィは必死に弾幕を避け続け、ついに攻撃が一旦やんだ。
「……チルノぉ、生きてる?」
「あぁ、なんとかなぁ……」
 ほうほうの体でパルスィはチルノと落ち合う。とにかくノープランで勝てる相手ではない。
 何か考えなければと唸るパルスィだったが、チルノの叫びが思考を中断する。
「何よこの弾幕はぁ!」
 顔を上げてみれば、壁のような弾幕が迫ってきていた。
「禁忌『恋の迷路』よ。がんばって抜けてきてね♪」
 弾幕……いや、弾壁の向こうからフランドールの声が聞こえる。
「くっ、上に飛んで抜けられないし……」
「後ろに下がって距離をとってもいずれは距離をつめられる」
「決めボムだけは最後までとっておくんですね、わかります。……ともかく迷路ってことは、抜けれる場所を探すわよ!」
「確か迷路の抜け方は、右手の指を鼻の穴に入れ、左手でボクシングをしながら……」
「だからそれ間違ってるから!」
 言いながら、パルスィはチルノの手を引き、弾壁に沿って飛び始める。
 だが、すぐに引っ張る側がチルノに変わった。


「さあさあ、命短し恋せよ乙女、吹けば飛ぶような儚い命を燃やしてねぇ。ふふっ」
 フランドールは鼻歌を歌いながら、一つの隙間だけがある壁と、そしてついでにいくらかの弾幕を作成していく。
「さぁ、私に会いに来て。幾多の苦難を乗り越えて――」
 そうして微笑みながら掲げた右手の指の隙間から、蒼い姿を確認し、ぎょっとする。
「見つけたわ!」
「早っ!?」
 さすがのフランドールもそれには焦った。
「ふふん、あたいを迷わせようなんて……道に迷うのはいつだって妖精の所為よ! くらえー! 凍符『マイナスK』!」
 急にチルノが来たので状態で体勢が整わないフランドールに、チルノは凝縮された冷気爆弾をぶつける。
「ぷあっ!? むー、やってくれるじゃない!」
 霜にまみれながら、フランドールがふくれる。その程度の反応であることに、パルスィは驚いた。
「マイナスKを食らってこうまでぴんぴんしてるなんて……」
 Lv.99を髣髴とさせるチート臭さである。恐るべしフランドール・スカーレット。
「こうなったらとっておきの魔法、見せてあげるよ! そぉれ、禁忌『フォーオブアカインド』!」
 宣言して、針を再び振る。
 すると、どこからともなく三体のフランちゃんが。
「なっ、増えた!?」
「これぞ分身の術でござる。ニンニン」
「魔法少女じゃねえ!」
 パルスィがツッコんでいると、チルノが嬉々として言った。
「パルスィ! じゃあこっちも分身しようよ!」
「え? あ、うー、あ、わかった!」
 ――凍符『コールドディヴィニティー』
 ――舌切雀『大きな葛籠と小さな葛籠』
「む、そっちも分身の術を使うのね」
「これで四対四!」
「四分の一と二分の一の違いはあるけどね」
 片や自信満々に、片や不安げに言うチルノとパルスィに、フランドールは口の端を上げる。
「面白い、面白いわぁ。よろしい。ならば弾幕よ。四対四の全力をかけた、一心不乱の弾幕戦闘よ」
 フランドールの言葉に、チルノが二人同時に笑った。
「ぷぷっ、一心フランだって」
「そういう意味で言ったんじゃないと思う!」
 パルスィが二人同時にツッコんだのを皮切りに、フランドールが四人それぞれ攻撃を開始する。それに呼応して、パルチルも弾幕を開始した。
「ふふっ、こういう乱戦で葛篭は強いわよ?」
 パルスィの分身は、弾を吸収して打ち返し弾として返す特性。こういう場では無類の強さを発揮する。本体は弱いが。
 おびただしい弾幕を吸収し、おびただしい打ち返し弾を放つ葛篭パルスィの攻撃に、フランドールの一体が避けきれずに撃墜された。
「ぬわーーー!」
「あぁっ、フランツーがやられた!」
「よくもフランツーを! いいやつだったのに!」
「フランツー!? 分身にいい奴とかあんの!?」
 フランツーの撃墜に、他のフランドールたちがぷりぷりと怒り出す。
「フランスリー、フランフォー、こうなったら直接突っ込むよ!」
「OK、オリジナル!」
「どれが本体か丸わかりだよあんたら!」
 あえて本体を詐称しているというセンもあるが、この戦力で策に頼るとも思えない。そんな性格でもなさそうであるし。
 そもそも本体が丸わかりなのはパルスィも人のこといえないのだし。
「ふふん、来るなら来い、あたいの氷の世界にひざまずかせてやるわ!」
「ともかく直接に来られるとまずいわね……」
 猛るチルノと対照的に、パルスィの分身は格闘戦にあまり役立たない。そうこうしているうちに、フランドールたちは三手に分かれて突進してきた。
 二つはダブルチルノに、残りの一つは本体パルスィに。
「やっぱそう来たか! チルノ、氷を降らせてなんとか妨害して!」
「おっけーパルスィ! 氷符『アイシクルフォール』!」
 上に放られた数多の氷塊が、突っ込んでくるフランドールに向けて容赦なく降り注ぐ。
「水になってれば考えものだけど、そんな氷で私を止めようなんて不可能よ!」
 だが、霰もものともせずに、フランズは更にスピードを上げた。
「乗ってきたわね! 花咲爺『シロの灰』!」
 パルスィが撒いた緑の大玉の軌跡に、弾幕の花が咲き誇る。それはフランドールの進行方向に。
「きゃあっ!?」
「スピードを出しすぎると急に止まれなくなるのはもはやお約束よ!」
 チルノしかり咲夜しかり。
 そして弾幕花に突っ込んだフランドールの分身は掻き消え、しかもなお残り弾幕花に阻まれる本体は、本物チルノのど真ん前。
「さぁ、今よチルノ!」
「冷符『瞬間冷凍ビーム』!」
 至近距離で冷凍光線を浴びせられ、さしものフランドールも下半分を凍り付けられてしまった。
「ふふん、捕らえたわ。あたいたちったら最強ね!」
「ううー……やるじゃない。こんなにびっくりさせられたのは初めてよ」
 苦々しくフランドールはパルスィを見る。
「……だけどね。やっぱり全力と全力のぶつかり合いじゃないと、私は面白くないなぁ」
 視線を落として、フランドールはきゅっと拳を握る。瞬間、彼女を縛り付けていた氷が砕け散った。
「なっ……」
「これが私の能力。だから私はみんなに怖がられるの」
 そう言って、にこりと笑う。
「さぁ、名残惜しいけど、そろそろ終わりにしましょうか。禁忌『レーヴァテイン』」
 宣言と共に、強大な弾幕エネルギーが時計の針に収束し、巨大な紅い剣と化した。
「ところでこの剣を見てよ。こいつをどう思う?」
「すごく……大きいです……」
「うおおおお危ないよいろんな意味で!」
 マスタースパークもかくやといわんばかりの威圧感に、チルノも気圧される。
「さぁ、行くわよ」
 フランドールがレーヴァテインを振りかぶる。
「くっ、氷符――」
「まともに打ち合っても勝ち目ないわよチルノ! あの戦いを思い出して!」
「! 凍結『パーフェクトフリーズLv.99』!」
 パルスィの言葉を聞いて、咄嗟にチルノはマスパをも凍らせた冷気をレーヴァテインに放出し、レーヴァテインが凍結する。
「うわ!?」
 振りかぶった瞬間に重量が増し、フランドールはバランスを崩して後ろにひっくり返った。
「いったぁ~い」
 頭に手をやりながらフランドールが起き上がる。
 そして、その首筋に伝う冷たい感触。
「『アイシクルソード』」
 見上げれば、チルノに氷の剣を突きつけられていた。
「ふぅん、まさかレーヴァテインを凍らされるとはね。やるじゃない」
「何よ。やけに余裕じゃない」
「それはもう、そうよ? 魔法少女は強いんだから」
 言った瞬間に、フランドールの身体が掻き消える。
「え」
 そして、瞬間チルノを取り囲む、蒼き弾の数々。
「チルノ!」
 パルスィの叫びも空しく、それらは容赦なくチルノを包み込む。
「ぬわーーーーー!」
「She died by the bullet and then there were none.(一人が弾幕を避けきれず、そして誰もいなくなった)。――楽しかったわよ。奇妙な氷精」
「きゅう……」
 フランドールが再び現れた後には、チルノが目を回して倒れていた。
 なんのひねりも無い、ただ圧倒的な攻撃。フランドールは、本気を出せばいつでもチルノをねじ伏せられたのかもしれない。
「誰もいなくなったって……一応私がいるけど……」
「あら、まだやるの? 遊んでくれるの?」
「……チルノがやられた以上、私が戦う意味はないわ」
 チルノに追撃でも加えようとしない限り、とパルスィは心の中で言う。実際に言うと実行されてしまいそうだし。
「そう……うーん、久しぶりに羽を伸ばしたぁ!」
 そう言って、満足そうに伸びをする。
 強大な力にこんな無邪気な一面を見ると、パルスィはどこかのだれかを思い出す。
 ……いや、違う。このフランドール・スカーレットという吸血鬼には、実に色んな人妖の気配を感じる。
 チルノのアンバランスさ、レミリアの余裕、咲夜の素直さ、パチュリーのフリーダム、美鈴の的確さ、小悪魔の我道。
 ここにいる人妖たちだけではない。
 いつぞや初めて妖怪の山に登ったときに会った、古明地こいしのことを色濃く思い出す。
 あの妖怪も妹さんで、そして、怖がられることを怖がっていた妖怪だった。
「……ずっと、この中で暮らしているの?」
 戦いは終わった。だが、なんだか釈然としない幕切れと、フランドールに抱いた違和感が、パルスィに話題を切り出させた。
「ん? そうだよ。お外に出ようとしても止められちゃうし」
「……」
 嫉妬心が薄い。無いとは言わないが、薄い。
 パルスィは怪訝そうに目を細める。子供ゆえなのか、どうなのか。
「お姉様は待ってるのかもね。私を扱えるようになるその日を」
「……? どういうこと?」
「ひとりごと」
 パルスィの問いに、フランドールは悪戯っぽく微笑む。
 なぜこんな表情が出来るのか。
「あなた、今が楽しい?」
 つい口をついて出る疑問。
「私がいて、みんながいる。誰もいなくならないのなら、私は今はそれで満足」
 すぅ、と、目を細めた、その眼光はどこか冷たかった。
「吹けば飛ぶよな幻想の世、今を楽しまなきゃ意味が無いわ」
 そうして、時計の針を振るう。
 光が飛び交った後には、そこは普通の図書館に逆戻りしていた。
「むきゅー!」
 結界に張り付いていたのか、パチュリーが落ちる。
「むきゅ(……終わりました?)」
「ばっちりすっきりさっぱり」
 パチュリーに、フランドールは親指を立てて返す。
 そんな折に、図書館の扉が開いた。
「何の騒ぎよ……フラン! 何をやっているの!?」
「やばいお姉様だ!」
「むきゅ」
 青紫の髪の吸血鬼、レミリア・スカーレットがフランドールを見て声を荒げる。
 そして、逃げ出したフランドールを追いかけ始める。
「待ていフラーン!」
「あばよとっつぁーん!」
「むきゅううううぅ」
「なんだこの空間」
 パルスィはため息をつくと、苦笑した。
「ま、なんだかんだで幸せなのかしら。よくわかんないけど」
 言ってみて、首を振る。
「私が人の幸せを考えるだなんてね。ヤキが回ったかしら」
 ため息をつきながら、パルスィはチルノのところへ行った。
「大丈夫? チルノ」
「……なんだかよくわからなかったわ。なんだろう」
 チルノはぱっちり目を開けて、寝転んだまま首をかしげる。
 パルスィはチルノの横に座り込んだ。
「さぁ、私にもよくわからない。そういうもんなんじゃない? あの妹様は」
 考えるのも馬鹿らしくなった。あの妹様自体、考えないように発言しているのかもしれない。
「うーん、疲れた。膝枕してよパルスィ~」
「ひ、人の家で何言ってるのよ」
「紅茶お持ちしましたー」
「うわびっくりした!?」
 そして空気を読まずに参上する紅魔館のめいどちょう。
「私だけ出番が無いんじゃないかと不安で不安で……」
「ああうん、小悪魔ですら出たんだもんね……」
「なんとか滑り込みセーフできて……私は……私は……」
「あー泣くなもう!」


 こうしておいしい紅茶をいただきつつ、降って湧いたような紅魔館探訪は終わりを告げたのだった。
「すう……すう……」
「大人状態のチルノを背負って帰るとかある種の苦行でしょ……」
 すっかり暗くなっており、チルノは紅茶を飲むとすぐに寝息を立て始めてしまった。良い子はもう寝る時間である。
 重かったり冷たかったりやらかかったり、色々な感情を交錯させつつ、パルスィは飛ぶ。
「今を楽しむしかない、か。どうなるかもわからないこのスリル感を、かしら」
 要は気の持ちようだ。今まで散々気にしすぎるなといわれていたのもある。
 考え方次第で、今というものはどんな見方も出来る。そういうことなのかもしれない。
「むにゃむにゃ……パルスィ……」
「……ま、確かに悪い気はしないかもね」
 そうしてパルスィは、幸せそうに苦笑を浮かべた。




「パルスィ……どこにもいかないでね」


 ~続~
あぶねえ、一ヶ月も間が空いてた。
どうも、ナルスフです。

さて、後日談的なEXを経て、やっとこさ紅魔館でのお話が終わりました。
妹様って難しいですね……書いてる途中、話の筋が二転三転してました。

ともあれ、ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
次はパルスィのホーム、地底での話に入っていきます。紅魔ほど長くならないとは思いますが。
紅魔のみんな、ごめん、そしてありがとう。
ナルスフ
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コメント



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7.100名前が無い程度の能力削除
ついにパチュリー喋ったなww
8.100名前が無い程度の能力削除
ついにスクライドだと・・・
全裸小悪魔も見納めかと思うと残念でなりません
10.100名前が無い程度の能力削除
もうだめだ、作者には勝てる気がしない
13.90名前が無い程度の能力削除
ストレイボウで死んだw
14.100むきゅきゅきゅ~(無給「オープンカオスタイド」)削除
>あぶねえ、一ヶ月も間が空いてた。
いい感じで熟成されたカオスwwww
ご馳走様でした!
20.100名前が無い程度の能力削除
全裸でハイキック…来い!俺が全力で受け止めてやる!
23.100名前が無い程度の能力削除
最後は綺麗にまとめていた件についてw
31.100名前が無い程度の能力削除
相変わらずむきゅーと全裸様のキャラが濃いなぁ。あと、スクライドはツボに入ったw

そして次からは地底ですか。……さとりん逃げてぇぇぇええ!! チルノと会ったらまた自滅フラグが!
44.100名前が無い程度の能力削除
ぱちゅ二回目のなんだってーが逆だぞ
49.90名前が無い程度の能力削除
いいねぇ
50.30名前が無い程度の能力削除
あれー、むっつめあたりから路線変えた?
やっぱりありきたりな結末で面白くない。