ここは紅魔館。
血の色のような紅色で染められた、緑の風景の中に違和感を与える吸血鬼の館である。
その一室では、一人の吸血鬼とその後ろに控えた一人のメイドが言葉を交わしあっていた。
「最近の妹様は、お嬢様とお話をしたいとよく言われております」
「そう……」
「本当に、妹様はお嬢様のことが大好きなようですね」
「当たり前じゃない、私もフランのことを大事に想っているわ。姉妹という絆以上に深く、強くつながっている」
「無粋なことを聞いてしまいましたね」
「でも、嬉しいことに変わりはないわ」
「……そうですか」
一人の吸血鬼――レミリア・スカーレットは慈愛に満ちた表情を浮かべていた。
その後ろに控える一人のメイド――十六夜咲夜は誇らしそうな微笑みを浮かべていた。
「最愛の妹が私のことを想ってくれている。なのに……私はフランを地下に閉じ込めてしまった」
「お嬢様……」
「私と話すとき、フランは素晴らしい笑顔を私に向けてくれる。一日に起こったこと、嬉しかったこと、悲しかったこと……私は、本当にダメな姉だったわ。そんな妹を受け入れることが出来なかったのだから」
「お嬢様」
「何かしら、咲夜」
先ほどまでの主を誇らしく思う笑みを伏せて、咲夜は少し強張った表情をレミリアに向けた。
そして咲夜はレミリアに、ここ最近から気になっていたことを尋ねたのである。
「よろしければ……なぜ、妹様が地下へと幽閉されたのかお教え頂けませんか?」
「…………」
「私、咲夜は気になっておりました。身寄りのなかった当時の私を家族同然の様にに迎えてくださったレミリアお嬢様は、フランドールお嬢様のお話をするときその表情に――本当に小さな後悔が見られるのです」
「さすがは十六夜メイド長。よく私のことを見ているわね。貴方ほどの逸材そうそういないわよ」
「お嬢様」
「いいでしょう。教えてあげるわ……その昔、最愛の妹を地下に幽閉した、信じることが出来なかった馬鹿な姉の話を」
そして、レミリア・スカーレットは語り始める。
己が未だに許せない、自分自身の罪を――。
―◇―
レミリア・スカーレットとフランドール・スカーレットは、とても仲のいい姉妹だった。
まだ紅魔館当主として日も浅いが、レミリアは強く、可憐に、優雅に周りに振舞っていた。
その姉に迷惑をかけまいと、フランドールも苦手な礼儀作法をしっかりと勉強し、姉の妹として恥じないように努力をしていた。
二人ともつらい時には共に助け合い、共に努力をし、共に強く――本当に周りから尊敬される姉妹へと成長していったのである。
レミリアの友人であるパチュリー・ノーレッジも、そんな二人を支えるために知識を蓄えていった。
二人の吸血鬼を幼少より見守り続けた紅美鈴も、姉妹を目の敵にしていた不届き者を日々撃退していった。
そんなある日である。
レミリアは友人であるパチュリーに呼ばれ、一人彼女の元へと会いに行った。
そして、これからも続くと思われた――これからこの関係が終わってしまう、そんな一言を告げられたのである。
――フランドール・スカーレットが病気になった。
ここは紅魔館にある大図書館。
そこの中心部に位置するところに、一人の魔女と一人の吸血鬼が向かい合うようにして椅子に座っていた。
一人の魔女の名はパチュリー・ノーレッジ。この大図書館に住む知識人である。
そして、もう一人の吸血鬼はこの紅魔館当主、レミリア・スカーレットである。
しばらくの沈黙の後、レミリアがパチュリーに対して再度尋ねた。
「パチェ……もう一度言ってくれないかしら?」
「フランが病気になったと言ったのよ」
その言葉に、レミリアは数秒の沈黙の後……重い口をあけて、言葉を紡いだ。
「それは……本当なの?」
「ええ」
「一体どんな症状なのかしら? さっき見たときには元気そうに笑っていたけれども」
「……精神的なものよ」
「え?」
「フランは精神的な病を持っているわ」
「そんな――」
レミリアは耳を疑った。
毎日ほとんどの時間を共に過ごす最愛の妹が、絶対の信頼を寄せる知識人から「病人」扱いされたのである。それも、精神的な。
冗談かとも思ったが、彼女はそんなことは絶対に言わない。
きっとパチュリーは数日前から気付いていたのであろう。
自分の知識から導き出した答えが正しいと分かったからこそ、自分にフランドールの病気について教えてくれたのだろうと、レミリアは思ったのである。
「それで……精神的なものと言ってもいろいろあるでしょう?」
「ええ。私の予想だけど……フランの場合は、感情の抑制が出来なくなってきているわ」
「例えば?」
「そうね……例えば、最近フランに傷があるのは分かるかしら?」
「そういえば腕に包帯が巻かれてたわね。『擦りむいただけだから安心して』ってフランは言ってたけど」
そしてパチュリーは、己がフランドールを見続けて気付いたことをレミリアに打ち明けたのである。
「レミィ、貴方はフランの服に異変があったことに気付いたかしら?」
「え、いつもと変わらない赤い服だと思うけど」
「この前、その服が血で染まっていたわ。きっと自ら身体を傷つけたのでしょう」
「…………!」
思わずレミリアは大声で叫びそうになったが……何とか言葉を止めた。
もしフランドールやメイド達に聞かれたら大騒ぎである。
「……それは本当なのかしら?」
「確かね。近くにいた美鈴にも確認をとったから」
「美鈴もこのことを知っていたの?」
「ええ。でも、外部を守る彼女に内部の心配はかけられないわ。私とレミィで解決するとだけ伝えたわよ」
「そう…………」
しばらくの沈黙。
最も戦闘能力に長けた美鈴が認めたのである。
彼女のことも勿論信用しているし、目の前のパチェ自身もそうだと言っている。
だが、一つだけレミリアには疑問があった。
「でも、フランは腕を擦りむいたと言っていたし包帯も巻いていたわ。その傷が服についたとは考えられないの?」
「レミィ、心して聞きなさい」
突然パチュリーが鋭い目つきでレミリアを見た。
出会ってから数回しか見たことが無い彼女の表情に、思わずレミリアの表情も引き締まってしまう。
「……お願い」
「服に付いた血は擦りむいてついたレベルじゃないわ。刃物で身体を深く傷つけないと、あんなに服に血はつかないわ」
「……どれぐらいついていたの?」
「胸一体ね」
「そんなに!?」
――ガタンッ。
ついレミリアは立ちあがってしまう。
小さな身体だが彼女の力は強大だ。机の上にあったティーカップがその反動で地面へと落ちてしまった。
「……取り乱して悪かったわ」
「仕方ないわよ。実際見た私だって思い出したくないんだから」
レミリアは一人思案する。
――なぜ、フランは血まみれになっていたのだろうか?
――なぜ、フランは腕に包帯を巻いていたのだろうか?
――なぜ、フランは――変わってしまったのだろうか?
考えれば考えるほど、終わりが見えなくなってくる。
そんな彼女を気遣ってか、パチュリーはレミリアへと自分の考えを伝えた。
「レミィ」
「何?」
「やっぱり……起こった後の情報だけでは限界がある。フランを少し監視したほうがいいかもしれないわ」
「…………」
「私も不本意だわ。でも、私たち家族が一人で苦しんでいるかもしれない。私は精神的な病気として捉えているけど……やっぱり、フランも何か思うことがあるのだと思うの」
「パチェ…………」
妹が精神病を抱えてるかもしれないから監視する。
姉としては最低な行為であるとレミリアは思った。
でも、それ以上に……最愛の妹を救いたいとレミリアは思ったのである。
「分かったわ」
「いいのね?」
「ええ。フランが病気だったとして……本当に手をつけられない位に病気が進行していたら、それなりの処置も下す。紅魔館当主として」
「……分かったわ」
そして、レミリアとパチュリーとでフランドールの病状を調べることが決定した。
二人とも何気の無い生活の中で、フランドールの挙動や不審な点を書き記すことにした。
そしてそれから数年後――決定的な事件が起こったのである。
―◇―
「…………」
「……お嬢様?」
「ああ、咲夜……ごめんなさい。少し……思い出しちゃってね」
「それが……これからの話の内容なのですね」
「ええ」
「お嬢様……」
「咲夜、大丈夫よ。このことは美鈴にも話したし、今や貴方も私たちの家族。このことを知るべきだわ」
レミリアは続きを語り始める。
そして、咲夜は気付かなかった。
主であるレミリアが、必死に何かを堪えていることに――。
―◇―
――ガタンッ!
「…………!」
それは、陰暦でいう16日――十六夜の日であった。
長い間続けてきたフランドールの監視作業……それを今日も終えようとしていた時のことである。
突然、フランドールの部屋から大きな音が立ったのである。
レミリアとパチュリーは緊張した顔で――夜が明けるまで、フランドールのことを監視することを決意した。
そして、しばらくたった頃。
「……あ………く……………うぁ……………!」
部屋から呻くような声が聞こえた。
聞き間違えるはずがない……最愛の妹、フランドールのうめき声である。
しかし、ここで部屋をあけるわけにはいかない……最後まで、フランドールの苦しみを知らないと根本的な解決が出来ないのである。
「…………くっ…………おさま………………れ………………!!」
しばらくすると、言葉らしい言葉が聞こえた。
――おさまれ?
一体何がだろう?
レミリアとパチュリーはお互い顔を見合わせる。
どうやら二人ともよく意味が分からないらしい。
そして――。
「私に……………入ってくるなあ!!!」
「フラン!!?」
今まで聞いたこともないフランドールの絶叫に、とうとうレミリアの不安も頂点に達した。
パチュリーが制止を求めるが、もうレミリアは部屋のドアを開けようとしている。
そしてレミリアがドアを開けた先には――紅い色に身を包まれたフランドールの姿があった。
「お、お姉……様…………?」
「フラン! 一体何があったというの!?」
「お姉様……来ちゃダメ…………!」
「フラン!!」
「い……いやああああああああああああ!!!」
「フラン!!!」
「落ち着きなさいフラン!!」
錯乱するフランドールに必死に呼びかけるレミリアとパチュリー。
しかし、フランドールの錯乱状態は収まらない。
そして、彼女たちに向かって――こう言ったのである。
「お……治まれ! くぅ……この力が溢れだすと、皆を傷つけてしまう! じゃ……邪気の力が……私を…………くぅ!?」
「フラン!!?」
「や、やめて……これ以上暴れないでもう一人の私!! これ以上は世界を……滅ぼしてしま……うわあああああああ!!!」
「フラン! 気を確かに!! しっかりして!!」
「くっ……腕が疼く! 私の腕が全てを破壊しようと……うわあああああああああああああああああああ!!!!!!」
「フラァァァアアアアアアン!!」
レミリアはそんなフランを見て、まさに地獄だと思った。
最愛の妹が一人で苦しんでいる……なのに自分は――
「大丈夫フラン!?」
「ダメ……お姉様! この包帯の下には世界をも滅ぼしてしまう『スターボウブレイク』という力が眠っているの!! 私が今必死に抑えているから……早く逃げて!!!」
「私はここにいるわよ! 邪気の力に負けないでフラン!!」
「レミィ」
「パチェ! フランが……フランが…………!」
「レミィ」
「どうしたのよ! フランが苦しんでるのよ!?」
「何に?」
「何って……邪気の力よ!」
「え?」
「胸一体血を真っ赤にしてまで、邪気の力を抑え込んでいるのよ!」
「それ、トマトジュースよ」
「ほら、貴方もフランを……え?」
――今、目の前の魔女は何て言った?
トマトジュース?
ホワイ?
え、これ血じゃないの?
よく見ると、パチュリーは空になったトマトジュースの空き缶を手に持っていた。
「…………フラン?」
「くぅ……邪気の力が溢れ……くそ! こんなんじゃ私は負けないわ!! 私は世界を守って見せる!!!」
「…………………」
レミリアは言葉を失った。
否、発するべき言葉を忘れた。
彼女の部屋をよく見てみると、周りには真っ赤に塗られた包帯の数々。
未開封のトマトジュースが数年分。
どう見てもよく分からない発言を繰り返すフランドール。
トマトジュースが身体に塗られているだけで外傷も見当たらない。
さっきまで包帯を巻いてた部分も無傷である。
エトセトラ、エトセトラ……。
とりあえず、状況の整理をする前にパチュリーへとレミリアは問いかけた。
「パチェ」
「何かしら?」
「自分が怪我をしているかのように見せかける精神的病って……何?」
「…………」
「邪気の力って……何?」
「……………………」
「……えっと」
――こいつは……痛ぇ。
レミリアとパチュリーは最愛の家族を見てそう思ったのである。
パチュリーが後から調べた文献によると、フランドールの精神的な病は「中二病」と言うらしい。
「『中二病』……詳しいことは分からなかったけど、急に自分を傷つけたり包帯を巻いたり……まぁ、要は見てて痛い行動をしたくなる病気みたいね。時間の経過と共に、痛さは抜けていくそうよ。例が載ってたけど……曰く、包帯を巻くのがカッコいいと思っていた。曰く、自分には周りには無い力が宿っていると思っていた。曰く――」
「パチェ、もういいわ。それ以上は言わないで……お願い」
そして、レミリアは決意したのである。
――痛さが抜けるまではフランドールを閉じ込めよう。
自分の綺麗な身体に包帯を巻いて「アーッハッハッハッハ!」とか笑っている妹をこれ以上見てはいられない、時間が経てば治るかもしれないらしいし……。
昔の――皆が笑って、皆で楽しい毎日を得るために――――。
―◇―
「…………」
「…………」
「……咲夜」
「…………」
「さ……咲夜?」
「…………あ、はい。何でしょう?」
レミリアは咲夜の表情をよく見てみる。
そこにあるのは普段通りの微笑みであるが……少し、額には汗をかいている。
あまりにも痛い妹の行動に、さすがに瀟洒の彼女も耐えられなかったのだろう。
「ねえ、咲夜」
「はい、お嬢様」
「それでも貴方は私たちを」
――最愛の家族と思ってくれる?
その最後の言葉は、レミリアの口から出ることはなかった。
否、出せなかったのである。
「あーっはっはっは! 貴方が魔理沙ね!! 私の名は悪魔の妹フランドール・スカーレット!!! 邪気の力を操り世界を支配する力を持つ程度の能力があるのさ!」
「…………咲夜」
「…………なんでしょう?」
「きょ、今日の紅茶は良い香りね。これは良いダージリ――」
「アッサムですわ」
「良いアッサムね」
そして、今日も紅魔館の一日が終わる。
頭を抱える4人と、嬉々とした表情で弾幕を放つ1人ではあるが――紅魔館の皆は、全員素晴らしい家族なのである。
それは、以降も変わる事の無い関係である。
変わることの無い関係である。
誤字報告をば
始めのほう、パチュリーがパチェリーなってますよ
そんな年頃なんですね、分かります。
魔眼殺しでもかけさせろwww
右手が~の件でまさかと思ったがw
中二病じゃなくて495年病ってかwwwwwww
その病気かよwwwwwwww
まあ、美鈴はTさんっぽい気がするなww
なまじ能力が高いだけに他の人からすれば肉体的にも精神的にも危険すぎるw
もしかしたら原作フランよりも危険な存在かもしれないw
取ったはずなのに、実際にはトマトジュースだったとのオチは酷すぎる。
二人とも、特に美鈴は見て判らなくとも血の匂い(気配)ぐらいは嗅ぎ分けられるだろうに。
ギャグとは言えアンフェアな方法でミスリードを誘うやり方は至極残念。
コメントありがとうございます。
喜んで下さったり違和感や不満があってあまり楽しめなかった方々がいたみたいですが、私としてはコメントこそが励みです。
もっと多くの皆さんが楽しめる物を書けるよう努力しますので、今後ともよろしくお願いします。
41様に指摘を頂きましたが…美鈴に確認を取ったにもかかわらずトマトジュースだった落ちですが、実はホントにマヌケな自分は後書きでこれについての別の会話シーンを載せるつもりでした。
しかし、書いたにも関わらず載せるのを忘れてました…そして、指摘されて載せ忘れてたのを思い出しました。
メイド長との絡みでしたが、ホントに何やってたんでしょうかね…まあ、次はこんなヘマヲしないようにしたいと思います。