「……ピザが食べたい。ドミノピザでちょっと贅沢に生地をダブルミルフィーユクラストにして注文したい」
早苗がふとそんなことを呟いた。
霊夢がそれに答える。
「言いたいことは色々あるけど……とりあえず、訪ねてきての第一声がそれってどういうわけよ?」
「いや、違うんですよ。いいですか霊夢さん、ドミノのミルフィーユクラストは、それはもうとにかく凄いんです!」
「凄いって……ピザはピザじゃない」
「違うんです、違うんですよ! いいですか? 自分で作るピザと違って、ドミノの宅配ピザは――――美味しいんです!」
「………………それにしても遅いわね、魔理沙」
霊夢は聞かなかったことにした。
「ちょっと霊夢さん、今少しバカにしましたね? でも私の言ってることは本当なんですよ。特にミルフィーユクラストはサクサクの生地と生地の間にとろとろのチーズが挟まっていて、一口かじればそれはもう何とも言えない至高の味わいなんです。霊夢さんだって一度食べれば絶対病み付きになりますって!」
「そうは言ってもね……そのドミノピザって、外の世界のお店でしょ?」
「ええ、安心の世界五十五カ国展開です」
「いや、安心とかじゃなくて……だからどうやって幻想郷でそれを注文するのよ」
「そりゃもう霊夢さんの博麗の力でちょっと外の世界に電話をかければ三十分くらいでお届けですよ」
「………………魔理沙、早く来てくれないかしら」
呆れ顔で霊夢はそういったが、その言葉は心の底からの願いだった。
こんなにも魔理沙が待ち遠しいことが未だかつてあっただろうか。
「――いや、ない」
反語。
「……ねえ霊夢さん、無理ですか?」
「無理」
「どうしても?」
「無理」
「おいしいのに?」
「無理」
「ドミノピザですよ?」
「無理」
「ミルフィーユクラストでも?」
「無理ったら無理」
「はぁ……そうですか、残念です……」
心の底から落胆したような早苗を見て、霊夢は心の底から安心した。
「じゃあ代わりに、ちょっとピザって十回言ってみてください」
「……は?」
早苗が何を言っているのか霊夢には理解できなかった。
(ピザが食べられないショックで頭がおかしくなってしまったのかしら?)
ピザが食べられないならピザという音声を食べればいいとか、そういった思考に至ってしまうほどに早苗は壊れてしまったのだろうか、と霊夢は思った。
霊夢はかわいそうなものを見る目で早苗に言った。
「そう、それであんたが救われるというなら――」
「いや、救われるとかそんな大げさな話ではないんですけど……」
「いくわよ? ――ピザピザピザピザピザピザピザピザピザピザ」
霊夢がそれを言い終わると、間髪いれずに早苗は尋ねた。
「ここは?」
そういって自分の腕の関節を指差す早苗。
霊夢は答えた。
「ひじ」
「なんでですかー!」
早苗は叫んだ。早苗としては、そこはピザと語感の似ている「ひざ」と間違えて答えてほしかったのだ。
しかし霊夢にその思いは伝わらなかった。
(なんでって、ひじはひじじゃない……やっぱり早苗、おかしくなってしまったようね)
そう思いながら霊夢が口を開く。
「ねえ早苗……いい医者を紹介するから、安心してね? あんたはちょっと、人格がピザに支配されているだけなのよ」
「いや霊夢さん、そんなキレイなジャイアンみたいな優しい目で私を見ないでくださいよ! 私は別にどこもおかしくありませんから!」
(というか人格がピザに支配ってどういうことですか?)
疑問を持ちながらも早苗は自分が正常であることを霊夢に訴えた。
しかし霊夢はそんな早苗に全く取り合わない。
「ピザはみんなそう言うのよ」
「言いません! 何ですかピザって」
「ナンじゃなくてピザはピザよ」
「そんなカレーに合いそうなこと言ってませんから!」
そうしてどうでもいいことを言い合っていると、空から何やら黒いものが飛んできた。
その黒いものは飛びながら、二人に向けて言葉を発する。
「んー、何かおいしそうな言葉が聞こえるぜ?」
「あ、魔理沙。遅かったじゃない」
「魔理沙さーん、霊夢さんがさっきから変なんです!」
それを聞いた魔理沙は地上に降り立ちながら言った。
「霊夢が変って……いつも変じゃないか」
「そうですけど、そうじゃないんです」
「ちょっと、二人して何失礼なこと言ってるのよ。大体変なのは私じゃなくて早苗じゃない。突然外の世界のピザが食べたいとか、『ミルフィーユクラストより優れた生地は存在しない』とか言い出して。それが食べられないとなると胸の七つの傷を見せながら『ピザって十回言ってみろ』とか――」
「そうは言ってません! ……大体合ってますけど」
「合ってるのかよ!」
魔理沙が驚きながらそうツッコミを入れる。
「そうだ、魔理沙さん。ちょっとピザって十回言ってみてください」
「ピザ? 別にいいけど――ピザピザピザピザピザピザピザピザピザピザ」
「ここは?」
そういって腕の関節を指差す早苗。
「ひざ――ってしまった!」
魔理沙はすぐに自分の過ちに気付いた。
それを見て早苗は嬉しそうな顔をして言った。
「ほら、見ましたか霊夢さん、本来はこうなるんですよ!」
「本来って……魔理沙が間抜けなだけじゃない」
「いや、これはひっかかるぜ?」
「そうです、ひっかかるんです」
「いや、ひっかからないでしょ……」
霊夢は呆れ顔で言った。
「そういえば香霖に聞いたんだが、外の世界ではピザってデブの代名詞らしいぜ?」
「へー……ということは、早苗はデブってことになるのかしら?」
「何ですかそれ、一体どういう理屈でそうなるんですか?」
「ナンじゃなくてピザだぜ?」
「だからそれはもういいですって!」
「あれ早苗、少し太った?」
「太ってません! いつもどおりの体重をキープしてますよ」
「だが体重は同じでも、筋肉が落ちて脂肪がついただけかも知れないぜ?」
「いや、だからそんな急に太るようなことはしてませんって――」
「そう? じゃあ確かめてみるわね」
そういって霊夢は不意に早苗の後ろに回り、その巫女装束の中に手を差し入れる。
それはあまりにも突然のことで、早苗はそんな霊夢の動きに何一つ対処することができなかった。
「ひゃっ、ちょっ、霊夢さん――っ!」
「んー、確かにお腹周りは問題なさそうね……でも、ここはちょっと無駄に肉がついてるんじゃない?」
そういうと霊夢は早苗の胸をわしづかみにした。
「きゃっ、霊夢さん、どこ触って、いや、ちょっと、やめ、魔理沙さ、助け――」
早苗はすがるように魔理沙を見た。
そして魔理沙が驚いた様子で口を開く。
「――お前ら、そういう関係だったのか?」
「違います!」
早苗が否定する。
「ねえ魔理沙、この乳もげないかしら?」
「いや、私に訊かれても困るぜ?」
「というか、霊夢さんは私から離れてください!」
そういって早苗は暴れるようにして何とか霊夢の魔の手から逃れることに成功した。
霊夢はその両手を自分の胸の前に持っていき、自分にはそれが早苗ほど存在しないことを確認する。
「……さて、これで早苗が外の世界でいうところの局所的ピザであることが分かったんだけど?」
同意を求めるように霊夢は言う。
そして同意を求められた魔理沙が答える。
「ああ、確かに早苗の胸はちょっとピザかも知れないな」
「いや、別に私は太ってませんから――」
「そういって油断していると、気付いたときに本物の二段腹――ダブルミルフィーユクラスト――になっていても知らないわよ?」
霊夢は脅すような口調で早苗に言った。
「そんな大げさな……」
早苗は口ではそう言ったが、その表情には少しだけ不安の色が見えていた。
「大げさ、ね……でもあんたは、普段から特別に何か運動をしているわけじゃないんでしょ?」
「それは、そうですけど」
確かに早苗は空を飛べるようになってからというもの、普段の移動も大抵空を飛んでいた。歩いたり走ったり、そういった運動の類はほとんどしていないといっても間違いではない。
「それで、本当に今後も絶対に太らないって言い切れる?」
確かに霊夢の言葉には一理ある、と早苗は思った。
霊夢は続ける。
「別に運動をして損になることは特にないんだから、毎日少しずつ何かをやってみるのも悪くないんじゃない? ほら、ちょうど頭にそんなカエルをつけてるんだし、トップロープからファイブスター・フロッグスプラッシュしてみるとか」
「そこでどうしてロブ・ヴァン・ダムのフィニッシュムーブが出てくるんですか! もっと普通の運動を薦めてくださいよ!」
「R・V・D! R・V・D!」
「魔理沙さんもそんなDVDみたいにロブ・ヴァン・ダムの掛け声を連呼しなくていいですから!」
そうして早苗がツッコミを入れると、霊夢と魔理沙は大声で笑った。
「――全く、ちょっとでも真面目に聞いて損しました!」
「そんなに怒らなくてもいいじゃない、ちょっとした冗談なんだから」
(冗談で乳をもがれてたまるか!)
早苗は聞く耳を持たない。仕方なく霊夢は続けた。
「――あ、そうだ。謝罪のつもりってわけじゃないけど、ピザ食べさせてあげようか?」
「え、霊夢さん作れるんですか?」
「私もさすがにピザは作ったことないけど、蛇の道は蛇っていうじゃない」
「……? 魔理沙さん、今の意味分かります?」
「ピザの道はデブが知っているってことだな」
「違うわよ。ピザって洋食でしょ? それなら洋食のことは、洋風な奴らに頼めばいいのよ」
「ああ、なるほど!」
それで早苗は霊夢の言いたいことを理解した。
つまり――。
「――それじゃあ早速、紅魔館にお邪魔しちゃいましょう!」
「――それで、どうして私があんたたちにピッツァを振舞わなければならないのかしら?」
レミリアが嘆息しながら言った。
霊夢が答える。
「だってあんたたち西洋の妖怪でしょ? ピザくらい作れるんじゃないの?」
「いや、だから作れる作れないじゃなくて、どうして招いてもいない相手に、って話よ」
呆れ顔のレミリアに、早苗が口を開く。
「ごめんなさいレミリアさん。でももう頼れるのはレミリアさんだけなんです! どうか、どうか私にダブルミルフィーユクラストのピザを食べさせてください!」
早苗は素直にそう言った。
レミリアはそんな風に素直にまっすぐ押されると、意外なほどに弱かった。
「わ、わかったわよ……ねえ咲夜、ピッツァを焼いてくれるかしら?」
「というか、咲夜ってピザ作れるのか?」
魔理沙がそんな疑問を投げかける。
「作れるわよ? 冷凍食品みたいな薄くてパリパリのピザから、本場イタリア風のピザまで一通り、ね」
「それならぜひ本場ドミノピザ風の、生地はダブルミルフィーユクラストでお願いします!」
「何よ、本場ドミノピザ風って。……まあ出来る限りやってみるけど。ではお嬢様、少しの間お待ちいただけますか?」
「ええ。頼んだわよ、咲夜」
そう言われて咲夜はうやうやしく礼をしてその場を後にした。
「それで……そんなに美味しいの? その、ダブルミルフィーユクラストのピッツァっていうのは」
レミリアの問いに早苗が答える。
「そりゃもう、最高です! 一度食べたらきっとレミリアさんだって癖になりますよ!」
「いや、私は人間の血が一番なのだけど……」
「あ、そうだレミリアさん。ちょっとピザって十回言ってみてください」
「何よそれ……別にいいけど。ピッツァピッツァピッツァピッツァピッツァピッツァピッツァピッツァピッツァピッツァ」
レミリアの発音はどことなく西洋風だった。
しかし早苗はそんなことを気にした様子もなく尋ねる。
「ここは?」
早苗は自分の腕の関節を指差して言った。
レミリアは答える。
「エルボー?」
「どうして英語なんですかー!」
早苗は叫んだ。
「え、何……どういうこと?」
よく分からないといった顔でレミリアは霊夢と魔理沙の顔を交互に見る。
二人とも今にも吹き出しそうな顔で必死に笑いを堪えていた。
「いや、レミリア。あんたは悪くないわよ……くくく」
「ああ、お前は何も悪くないぜ……くくく」
「うわーん、レミリアさんがいじめるー!」
早苗が涙目になりながら霊夢と魔理沙の方へと寄っていった。
二人はそんな早苗を慰めるようにする――大笑いしながら。
「……一体全体、何がどうなってるのよ?」
レミリアはわけが分からないとばかりに肩をすくめる。
そうして呆れ顔になりながら、けれど楽しそうにじゃれあっている三人を見ていると徐々に落ち着きをなくしていき、見るからにうずうずとしていた。
「ちょ、ちょっと人の家で何三人だけ盛り上がってるのよ、私も混ぜなさいよ!」
そうして駆けてきたレミリアを見て、早苗が言った。
「レミリアさん……こうなったら私は、全力で貴方をピザ無しでは生きていけない身体にしてみせます!」
「ちょっと、さっきからあんたが何を言ってるのか全然分からないわよ? ちゃんと一から説明してちょうだい」
「つまりですね、レミリアさんはトマトとタバスコで服を汚すピザ界のスカーレットデビルになるってことですよ!」
「……あんた、説明する気ないわね?」
「まあいいじゃないかレミリア。細かいことは気にするだけ損だぜ」
「そうよ。早苗はちょっとピザに人格を支配されているだけなのよ」
「…………?」
そんな二人の言葉を聞いても、やはりレミリアには何のことだか分からない。
何ともはっきりしなかったが、しかしふとその匂いに気付いて、レミリアの興味はそちらの方へと移っていった。
「あら、何だか良い匂いがしてきたわ……」
「これはナンじゃなくてピザですよ!」
「……誰もそんなこと言ってないわよ」
レミリアは早苗に対して呆れ顔だった。
そして霊夢たちもその匂いについて語る。
「――香ばしくて、確かに美味しそうな匂いね」
「ああ。匂いをかいだだけでお腹が減ってくるな」
そうして四人はその匂いに釣られるように食堂へと向かっていった。
「あら、お嬢様たち。ちょうど今から呼びに行こうと思っていたところですよ」
食堂で皿などを準備していた咲夜がそう言った。
食卓の上を見ると、そこには狐色に焼きあがったピザがあった。生地の上にはとろとろにとろけたチーズと、そこに彩りを加えるトマトソース。そして他にも肉や野菜などが贅沢に盛り付けてあった。
ピザからは白い湯気が立ち上っている。焼きたての証だった。
「うお、これは凄いな!」
魔理沙が感嘆の声を上げる。
「確かに熱々で美味しそうね」
霊夢は冷静を装ってそう言ったが、しかし見るからに早く食べたくて仕方がない様子だった。
「凄いです咲夜さん、完璧ですよ!」
早苗が素直に咲夜を称賛した。
「当たり前でしょ、誰のメイドだと思ってるのよ?」
まるで自分のことのように誇らしげにレミリアは言った。
「まあ褒め言葉は食べてから受け取るから、冷めないうちにどうぞ」
咲夜がそう促すが早いか、四人は我先にと着席する。
そうして四人は手を合わせて、言った。
『いただきます!』
早苗がふとそんなことを呟いた。
霊夢がそれに答える。
「言いたいことは色々あるけど……とりあえず、訪ねてきての第一声がそれってどういうわけよ?」
「いや、違うんですよ。いいですか霊夢さん、ドミノのミルフィーユクラストは、それはもうとにかく凄いんです!」
「凄いって……ピザはピザじゃない」
「違うんです、違うんですよ! いいですか? 自分で作るピザと違って、ドミノの宅配ピザは――――美味しいんです!」
「………………それにしても遅いわね、魔理沙」
霊夢は聞かなかったことにした。
「ちょっと霊夢さん、今少しバカにしましたね? でも私の言ってることは本当なんですよ。特にミルフィーユクラストはサクサクの生地と生地の間にとろとろのチーズが挟まっていて、一口かじればそれはもう何とも言えない至高の味わいなんです。霊夢さんだって一度食べれば絶対病み付きになりますって!」
「そうは言ってもね……そのドミノピザって、外の世界のお店でしょ?」
「ええ、安心の世界五十五カ国展開です」
「いや、安心とかじゃなくて……だからどうやって幻想郷でそれを注文するのよ」
「そりゃもう霊夢さんの博麗の力でちょっと外の世界に電話をかければ三十分くらいでお届けですよ」
「………………魔理沙、早く来てくれないかしら」
呆れ顔で霊夢はそういったが、その言葉は心の底からの願いだった。
こんなにも魔理沙が待ち遠しいことが未だかつてあっただろうか。
「――いや、ない」
反語。
「……ねえ霊夢さん、無理ですか?」
「無理」
「どうしても?」
「無理」
「おいしいのに?」
「無理」
「ドミノピザですよ?」
「無理」
「ミルフィーユクラストでも?」
「無理ったら無理」
「はぁ……そうですか、残念です……」
心の底から落胆したような早苗を見て、霊夢は心の底から安心した。
「じゃあ代わりに、ちょっとピザって十回言ってみてください」
「……は?」
早苗が何を言っているのか霊夢には理解できなかった。
(ピザが食べられないショックで頭がおかしくなってしまったのかしら?)
ピザが食べられないならピザという音声を食べればいいとか、そういった思考に至ってしまうほどに早苗は壊れてしまったのだろうか、と霊夢は思った。
霊夢はかわいそうなものを見る目で早苗に言った。
「そう、それであんたが救われるというなら――」
「いや、救われるとかそんな大げさな話ではないんですけど……」
「いくわよ? ――ピザピザピザピザピザピザピザピザピザピザ」
霊夢がそれを言い終わると、間髪いれずに早苗は尋ねた。
「ここは?」
そういって自分の腕の関節を指差す早苗。
霊夢は答えた。
「ひじ」
「なんでですかー!」
早苗は叫んだ。早苗としては、そこはピザと語感の似ている「ひざ」と間違えて答えてほしかったのだ。
しかし霊夢にその思いは伝わらなかった。
(なんでって、ひじはひじじゃない……やっぱり早苗、おかしくなってしまったようね)
そう思いながら霊夢が口を開く。
「ねえ早苗……いい医者を紹介するから、安心してね? あんたはちょっと、人格がピザに支配されているだけなのよ」
「いや霊夢さん、そんなキレイなジャイアンみたいな優しい目で私を見ないでくださいよ! 私は別にどこもおかしくありませんから!」
(というか人格がピザに支配ってどういうことですか?)
疑問を持ちながらも早苗は自分が正常であることを霊夢に訴えた。
しかし霊夢はそんな早苗に全く取り合わない。
「ピザはみんなそう言うのよ」
「言いません! 何ですかピザって」
「ナンじゃなくてピザはピザよ」
「そんなカレーに合いそうなこと言ってませんから!」
そうしてどうでもいいことを言い合っていると、空から何やら黒いものが飛んできた。
その黒いものは飛びながら、二人に向けて言葉を発する。
「んー、何かおいしそうな言葉が聞こえるぜ?」
「あ、魔理沙。遅かったじゃない」
「魔理沙さーん、霊夢さんがさっきから変なんです!」
それを聞いた魔理沙は地上に降り立ちながら言った。
「霊夢が変って……いつも変じゃないか」
「そうですけど、そうじゃないんです」
「ちょっと、二人して何失礼なこと言ってるのよ。大体変なのは私じゃなくて早苗じゃない。突然外の世界のピザが食べたいとか、『ミルフィーユクラストより優れた生地は存在しない』とか言い出して。それが食べられないとなると胸の七つの傷を見せながら『ピザって十回言ってみろ』とか――」
「そうは言ってません! ……大体合ってますけど」
「合ってるのかよ!」
魔理沙が驚きながらそうツッコミを入れる。
「そうだ、魔理沙さん。ちょっとピザって十回言ってみてください」
「ピザ? 別にいいけど――ピザピザピザピザピザピザピザピザピザピザ」
「ここは?」
そういって腕の関節を指差す早苗。
「ひざ――ってしまった!」
魔理沙はすぐに自分の過ちに気付いた。
それを見て早苗は嬉しそうな顔をして言った。
「ほら、見ましたか霊夢さん、本来はこうなるんですよ!」
「本来って……魔理沙が間抜けなだけじゃない」
「いや、これはひっかかるぜ?」
「そうです、ひっかかるんです」
「いや、ひっかからないでしょ……」
霊夢は呆れ顔で言った。
「そういえば香霖に聞いたんだが、外の世界ではピザってデブの代名詞らしいぜ?」
「へー……ということは、早苗はデブってことになるのかしら?」
「何ですかそれ、一体どういう理屈でそうなるんですか?」
「ナンじゃなくてピザだぜ?」
「だからそれはもういいですって!」
「あれ早苗、少し太った?」
「太ってません! いつもどおりの体重をキープしてますよ」
「だが体重は同じでも、筋肉が落ちて脂肪がついただけかも知れないぜ?」
「いや、だからそんな急に太るようなことはしてませんって――」
「そう? じゃあ確かめてみるわね」
そういって霊夢は不意に早苗の後ろに回り、その巫女装束の中に手を差し入れる。
それはあまりにも突然のことで、早苗はそんな霊夢の動きに何一つ対処することができなかった。
「ひゃっ、ちょっ、霊夢さん――っ!」
「んー、確かにお腹周りは問題なさそうね……でも、ここはちょっと無駄に肉がついてるんじゃない?」
そういうと霊夢は早苗の胸をわしづかみにした。
「きゃっ、霊夢さん、どこ触って、いや、ちょっと、やめ、魔理沙さ、助け――」
早苗はすがるように魔理沙を見た。
そして魔理沙が驚いた様子で口を開く。
「――お前ら、そういう関係だったのか?」
「違います!」
早苗が否定する。
「ねえ魔理沙、この乳もげないかしら?」
「いや、私に訊かれても困るぜ?」
「というか、霊夢さんは私から離れてください!」
そういって早苗は暴れるようにして何とか霊夢の魔の手から逃れることに成功した。
霊夢はその両手を自分の胸の前に持っていき、自分にはそれが早苗ほど存在しないことを確認する。
「……さて、これで早苗が外の世界でいうところの局所的ピザであることが分かったんだけど?」
同意を求めるように霊夢は言う。
そして同意を求められた魔理沙が答える。
「ああ、確かに早苗の胸はちょっとピザかも知れないな」
「いや、別に私は太ってませんから――」
「そういって油断していると、気付いたときに本物の二段腹――ダブルミルフィーユクラスト――になっていても知らないわよ?」
霊夢は脅すような口調で早苗に言った。
「そんな大げさな……」
早苗は口ではそう言ったが、その表情には少しだけ不安の色が見えていた。
「大げさ、ね……でもあんたは、普段から特別に何か運動をしているわけじゃないんでしょ?」
「それは、そうですけど」
確かに早苗は空を飛べるようになってからというもの、普段の移動も大抵空を飛んでいた。歩いたり走ったり、そういった運動の類はほとんどしていないといっても間違いではない。
「それで、本当に今後も絶対に太らないって言い切れる?」
確かに霊夢の言葉には一理ある、と早苗は思った。
霊夢は続ける。
「別に運動をして損になることは特にないんだから、毎日少しずつ何かをやってみるのも悪くないんじゃない? ほら、ちょうど頭にそんなカエルをつけてるんだし、トップロープからファイブスター・フロッグスプラッシュしてみるとか」
「そこでどうしてロブ・ヴァン・ダムのフィニッシュムーブが出てくるんですか! もっと普通の運動を薦めてくださいよ!」
「R・V・D! R・V・D!」
「魔理沙さんもそんなDVDみたいにロブ・ヴァン・ダムの掛け声を連呼しなくていいですから!」
そうして早苗がツッコミを入れると、霊夢と魔理沙は大声で笑った。
「――全く、ちょっとでも真面目に聞いて損しました!」
「そんなに怒らなくてもいいじゃない、ちょっとした冗談なんだから」
(冗談で乳をもがれてたまるか!)
早苗は聞く耳を持たない。仕方なく霊夢は続けた。
「――あ、そうだ。謝罪のつもりってわけじゃないけど、ピザ食べさせてあげようか?」
「え、霊夢さん作れるんですか?」
「私もさすがにピザは作ったことないけど、蛇の道は蛇っていうじゃない」
「……? 魔理沙さん、今の意味分かります?」
「ピザの道はデブが知っているってことだな」
「違うわよ。ピザって洋食でしょ? それなら洋食のことは、洋風な奴らに頼めばいいのよ」
「ああ、なるほど!」
それで早苗は霊夢の言いたいことを理解した。
つまり――。
「――それじゃあ早速、紅魔館にお邪魔しちゃいましょう!」
「――それで、どうして私があんたたちにピッツァを振舞わなければならないのかしら?」
レミリアが嘆息しながら言った。
霊夢が答える。
「だってあんたたち西洋の妖怪でしょ? ピザくらい作れるんじゃないの?」
「いや、だから作れる作れないじゃなくて、どうして招いてもいない相手に、って話よ」
呆れ顔のレミリアに、早苗が口を開く。
「ごめんなさいレミリアさん。でももう頼れるのはレミリアさんだけなんです! どうか、どうか私にダブルミルフィーユクラストのピザを食べさせてください!」
早苗は素直にそう言った。
レミリアはそんな風に素直にまっすぐ押されると、意外なほどに弱かった。
「わ、わかったわよ……ねえ咲夜、ピッツァを焼いてくれるかしら?」
「というか、咲夜ってピザ作れるのか?」
魔理沙がそんな疑問を投げかける。
「作れるわよ? 冷凍食品みたいな薄くてパリパリのピザから、本場イタリア風のピザまで一通り、ね」
「それならぜひ本場ドミノピザ風の、生地はダブルミルフィーユクラストでお願いします!」
「何よ、本場ドミノピザ風って。……まあ出来る限りやってみるけど。ではお嬢様、少しの間お待ちいただけますか?」
「ええ。頼んだわよ、咲夜」
そう言われて咲夜はうやうやしく礼をしてその場を後にした。
「それで……そんなに美味しいの? その、ダブルミルフィーユクラストのピッツァっていうのは」
レミリアの問いに早苗が答える。
「そりゃもう、最高です! 一度食べたらきっとレミリアさんだって癖になりますよ!」
「いや、私は人間の血が一番なのだけど……」
「あ、そうだレミリアさん。ちょっとピザって十回言ってみてください」
「何よそれ……別にいいけど。ピッツァピッツァピッツァピッツァピッツァピッツァピッツァピッツァピッツァピッツァ」
レミリアの発音はどことなく西洋風だった。
しかし早苗はそんなことを気にした様子もなく尋ねる。
「ここは?」
早苗は自分の腕の関節を指差して言った。
レミリアは答える。
「エルボー?」
「どうして英語なんですかー!」
早苗は叫んだ。
「え、何……どういうこと?」
よく分からないといった顔でレミリアは霊夢と魔理沙の顔を交互に見る。
二人とも今にも吹き出しそうな顔で必死に笑いを堪えていた。
「いや、レミリア。あんたは悪くないわよ……くくく」
「ああ、お前は何も悪くないぜ……くくく」
「うわーん、レミリアさんがいじめるー!」
早苗が涙目になりながら霊夢と魔理沙の方へと寄っていった。
二人はそんな早苗を慰めるようにする――大笑いしながら。
「……一体全体、何がどうなってるのよ?」
レミリアはわけが分からないとばかりに肩をすくめる。
そうして呆れ顔になりながら、けれど楽しそうにじゃれあっている三人を見ていると徐々に落ち着きをなくしていき、見るからにうずうずとしていた。
「ちょ、ちょっと人の家で何三人だけ盛り上がってるのよ、私も混ぜなさいよ!」
そうして駆けてきたレミリアを見て、早苗が言った。
「レミリアさん……こうなったら私は、全力で貴方をピザ無しでは生きていけない身体にしてみせます!」
「ちょっと、さっきからあんたが何を言ってるのか全然分からないわよ? ちゃんと一から説明してちょうだい」
「つまりですね、レミリアさんはトマトとタバスコで服を汚すピザ界のスカーレットデビルになるってことですよ!」
「……あんた、説明する気ないわね?」
「まあいいじゃないかレミリア。細かいことは気にするだけ損だぜ」
「そうよ。早苗はちょっとピザに人格を支配されているだけなのよ」
「…………?」
そんな二人の言葉を聞いても、やはりレミリアには何のことだか分からない。
何ともはっきりしなかったが、しかしふとその匂いに気付いて、レミリアの興味はそちらの方へと移っていった。
「あら、何だか良い匂いがしてきたわ……」
「これはナンじゃなくてピザですよ!」
「……誰もそんなこと言ってないわよ」
レミリアは早苗に対して呆れ顔だった。
そして霊夢たちもその匂いについて語る。
「――香ばしくて、確かに美味しそうな匂いね」
「ああ。匂いをかいだだけでお腹が減ってくるな」
そうして四人はその匂いに釣られるように食堂へと向かっていった。
「あら、お嬢様たち。ちょうど今から呼びに行こうと思っていたところですよ」
食堂で皿などを準備していた咲夜がそう言った。
食卓の上を見ると、そこには狐色に焼きあがったピザがあった。生地の上にはとろとろにとろけたチーズと、そこに彩りを加えるトマトソース。そして他にも肉や野菜などが贅沢に盛り付けてあった。
ピザからは白い湯気が立ち上っている。焼きたての証だった。
「うお、これは凄いな!」
魔理沙が感嘆の声を上げる。
「確かに熱々で美味しそうね」
霊夢は冷静を装ってそう言ったが、しかし見るからに早く食べたくて仕方がない様子だった。
「凄いです咲夜さん、完璧ですよ!」
早苗が素直に咲夜を称賛した。
「当たり前でしょ、誰のメイドだと思ってるのよ?」
まるで自分のことのように誇らしげにレミリアは言った。
「まあ褒め言葉は食べてから受け取るから、冷めないうちにどうぞ」
咲夜がそう促すが早いか、四人は我先にと着席する。
そうして四人は手を合わせて、言った。
『いただきます!』
ピザはチーズケチっちゃいけないよね
腹減ってきた
そんで、エルボーって発想はなかった
どうでもいい話なのに疾走感があって良かったです
あとはなんかしらのオチがあったらよかったんだかなぁ
に
笑いました。
ピザだけでここまで伸ばせるとは
エルボーてw
お嬢様は悪くない
ピザって時々急に食べたくなりますよね。そんなときは一人でサイゼリアに行きピザ全種類注文とかして、でもデリバリーのLサイズがどうしても恋しくなって帰りに買ってったりとかして……つまり、とても感情移入できました。稀有だ。
よいピッツァでした。
おぜうさま可愛すぎる
まさか英語で来るとはこのリハクの目を持ってしてでも見抜けなかった
これはよいピッツァww
随所にちりばめられた小ネタがいいスパイスだぜ
お疲れ様でした。
そしてエルボーwwwww
なんか仲のいい友達同士の会話みたいなやり取りが微笑ましいです。
そろそろお腹がすいてくる時間帯なので、読むのが地味にきつかった。
テンポが良くて読みやすいのもすごい。
でもピザを食べたくなりました
小ネタとテンポの良い会話がすごく良かったです。
ピザな早苗さん? ……ポッチャリ早苗さん? ……いいじゃないか!
きっとムチムチ。
その小悪魔的な野望を易々と打ち砕かれて、「なんでですかー!」とか
言っちゃう早苗さんがとてもかわいらしかったです。
エルボー!
咲夜さんにも、ピザ10回言わせて欲しかった。
たのしませてもらいました。
なんということもない日常の一シーンなのに会話のテンポと切り返しが上手くてすらすら読めました。
ああピザ食べたい
レミリアのエルボーいいですねww
頭抱えてツッコム様子がありありと目に浮かぶw