―呪われたその館へ、決して近づいてはならない。
暗い嵐の午後。
暗雲が立ち込め、この辺一帯はより強い雨に見舞われている。
それはまるで、響き渡る悲鳴を隠すかのように。
ここは紅魔館。
あらゆる人々が恐れ戦く、忌み嫌われた悪魔の館。
日々ナイフが飛び交い、魔法実験が繰り返される、血に塗れた館だ。
もう一度言おう。ここは紅魔館。
決して、小さい子供が憧れて乗りたがるものや、お腹がはれてしょうがないといった症状などではない。
「お嬢様。『おうまさん』や『膨満感』といったネタは、流石に少々分かり辛いかと」
「……ダメかな」
「ダメです」
渾身のギャグを咲夜にダメ出しされ、がっくりと肩を落とすワタクシ。
3日寝ないで考えたんだけどな。否定されるのは5秒なんて、世の中って本当理不尽だなあ。
だって皆がこの館怖い怖いって言うからさ。
いやまあ、怖がられるのは悪魔としてはいいことなんだろうけどさ。
それでも、ちょっとは初めましての方にも親近感持ってもらおうと思ってさ。当主自ら。まあいいや。
「それと、今日は気持ちいいくらいに晴れ渡った空なんですが」
眩しそうに窓の外を眺めながら、そう指摘してくる咲夜。
いいのよ別に。かっこいいじゃん、嵐の方が。
「細かいことは気にしないの」
「細かいんですか?」
「『萩野』と『荻野』の違いくらい細かいわ」
「それはたしかに細かいですわね」
ややこしいのよ、あの苗字。読み方も似てるし。何度ご近所の萩野さんに向かって「おぎのさん、こんにちは!」と呼びかける失態を犯したか。
自分の従者とティータイムを楽しみつつ、そんなことを話し合う午後3時。平和。ピンフじゃないわ。
紅茶を一口啜りつつ、カルメ焼きを一口頂く。合わない。何故咲夜はこれをお茶菓子に選んだのか。
(まあ、この前のお夕飯も、ビーフシチューにお味噌汁が付いてたりしたんだけど)
ドミグラスソースの深い味わいに赤味噌のコクが合わさって……何か色々残念だった。
ついでに言うとおかずにエビチリも付いてた。料理における夢の和洋中競演は、こうして華々しく散ったのだった。
今まで咲夜を完璧な従者だと思ってたけど、もう一度教育し直したほうがいいのかもしれない。
晴れ渡った空を何とは無しに眺めつつ、そんなことを思いながら、私は傍らの咲夜に話しかけた。
「それにしても、今日はたしかに人間にとってはいい天気ねえ」
「本当に。こんなに晴れたのは久々です」
私の言葉にそう返事をして、目を細める咲夜。このところ雨が続いて洗濯物が乾かないと愚痴ってたから、やっぱり嬉しいんだろう。
「絶好の洗濯日和ってやつじゃないの?」
「ええ、洗濯物もそうですけど、妖精メイドがよく乾くので助かりますわ」
「……ちょっと待って。干してるの?」
「たまに干すと、エネルギーが充填されるのか、その後2時間くらいはよく働くんですの」
衝撃の事実発覚。
太陽光でエネルギーチャージって、うちのメイドはソーラーカーか。しかも相当燃費悪いし。
外を見れば、たしかに洗濯物と一緒に何匹かの妖精メイドが竿に掛かっているのが見えた。一匹風に飛ばされてった。南無。いやいや、死んでないか。
(放っとけば、後で美鈴が拾ってきてくれるでしょ。それより……)
ゆっくりと紅茶を味わいながら、ふと考える。
今日したこと。朝起きて、顔洗って、朝ごはんを食べて、お昼ごはんを食べて、今ここ。
我ながら、いくらなんでもまったりしすぎてると思うんだけど、いいのかしら?
こう、せっかく生きているからには、何か時間を有効活用しなくてはって気もする。
人生の意義とでも言えばいいのかしら。生きる価値みたいな。あ、私ちょっと格好いいこと言った。またカリスマ度が上がっちゃうな。
基本働いてない私が言うのも何だが、仕事はいいものだと思う。前にパチェから見せてもらった「よくわかるおしごとずかん」も、色々な場所で活き活きと働いている人々の姿が印象的だった。私が格好いいのは当然だが、一生懸命働いている彼らの姿も、私に負けないくらい格好いいと素直に思った。
だからといって、そんなにあくせく働いたりはしたくないんだけど。こう見えても私おじょーさまだし。
おじょーさまは、そんな汗水流して働いたりはしないものと、昔から相場が決まってるのよ。
あとは、事務作業とかも退屈だから勘弁願いたい。昼間は日光が出てるから外では働けないし、家事は咲夜がやってくれてるし……。
あれ?私って、一体何ができるんだろう?……自分で考えてて、何だか悲しくなってしまった。
ただ、そうは言っても今頃は幻想郷の管理者である紫芋(嫌いなのでこう呼んでいる)や博麗神社の零無(お賽銭が全然入ってないのでこう呼んでいる)ものんびり寝てたりお茶してたり、私と変わらない過ごし方をしていると思うんだけど。
だから、私もお茶飲んでて特に問題ない。はず。
(とか何とか考えてるうちに、飲み終わっちゃったわね。どれ)
空になったカップを咲夜に一目見せる。言葉は要らない。毎日何回となく繰り返してきたことだから。
私の期待通り「お嬢様、お待たせいたしました」の声と共に、次の瞬間にはもう紅茶が注がれていた。
常々思うが、この子の仕事の速さは幻想郷でも右に出る者がいないだろう。流石に私の従者を長年勤めるだけのことはある。
「ありがとう」と一つ礼を言い、カップに口をつける。―――うん、やっぱり何杯飲んでも咲夜の紅茶は美味しい。
こうして温かい紅茶を飲んでると、生の喜びを実感できる。
ほんの数十年前まで、気を抜く間もなく戦いまくりーの攻めまくりーの逃げまくりーのしてたのが嘘みたい。
退屈な気もしないじゃないが、争いばかりやっててもしょうがないだろう。ああ、平和って本当素敵。
LOVE & PIECEは世界を救うってか。
「お嬢様。『平和』はPIECEではなくてPEACEですわ」
「うるさいわねわかってるわよ英語最近使ってなかったから忘れてたのよというか何で人の思考読んでるのよ咲夜!」
「句読点無しでそんな長文で喋られると読み辛いですわ」
「何の話よ!あとだからなんで咲夜が人の思考読めるのよ!」
「瀟洒ですから」
「ああそう」
完璧だからできないことはないってか。
今度咲夜に自立人形でも作らせて、それをアリスに見せびらかして泣かせてみようかしら。
「実際にやりかねないところが怖いわね」
「え?どうかされましたか?」
「いや、何でも」
「心配しなくても、人形を動かす術なんて私は持ってませんわ」
「三日間あげるわ。その間に習得してきなさい」
「御意」
やるんかい。
さり気なく、また心読んでるし。今度私にもやり方教えなさい。
「やり方も何も、声、出てますし」
「出てた!?」
「ええ。はっきりと」
「そ、そう……」
咲夜の指摘を受けて、またも落ち込む私。どうやら、私は無意識に喋る癖があるようだ。
……何だか、虚しくなってきた。独り相撲取ってる気分。
ため息を一つつくと、私は話題を変えるべく、カレンダーを見ながら言った。
「そういえば咲夜。今年もそろそろバレンタインね」
「そうですわね」
「貴女のことだから、もう用意は済んでるんでしょ?」
「ええ、勿論。当日が楽しみですわ」
私が言うと、にっこりと笑い、頷く咲夜。この時期に、今と同じような会話を交わすのは、もう例年のお約束だ。
毎年、この日が来るのが、よほど嬉しいのだろう。彼女にしては珍しく、その頬は紅潮していた。
「今年も美鈴にチョコを渡すの?」
「いえ。去年のバレンタインに言われたんですが、本当は美鈴、チョコぐらいじゃ物足りなかったみたいなんです」
「あら」
贅沢ねあの門番。咲夜お手製のチョコケーキで満足できないとか。私なんかチロルよチロル。主に対する扱いとしてはあんまりだ。
……今更だけど、チロルって私怒っていいよね?去年は「ありがとう」って笑って普通に受け取ったけど、あれは怒る場面よね?
私がそんなことを振り返っていると、咲夜は何故かもじもじとしながら言った。
「美鈴は『私、チョコなんかより、もっと食べたいものがあるんです』って」
「ちょ」
「だから私、今年はもっと大胆に攻めてみようかなって」
「咲夜!?」
駄目よ!いけないわ!そういうのはちゃんと結ばれてから!
「バレンタインデーは、最高に美味しいフルコースを出す予定ですの」
「……フルコース?」
「ええ。フランス料理に美鈴が産まれた中国の料理のエッセンスを加えた、オリジナル料理を考えていますわ」
「あ、ああ、そうなの……」
てっきりえっちい意味の方を想像していた私は、真っ赤になった顔を咲夜に見られないよう、俯きながら答えた。
いや、実際二人が恋人同士になれば、そりゃあそういうこともあるとは思うけどさ……。主としては、出来れば健全なお付き合いをしてほしいし。
言っておくが、これは『私がフランに手を出せないうちは、美鈴にも咲夜に手を出してほしくない』とかいう我侭な欲求ではない。決して。
二人に抜け駆けしてほしくないんじゃなくて、あくまで主として、部下をおもんばかる気持ちとして、だ。うん。
「それにしても、手作りのフルコースねえ……」
咲夜の言葉を聞いて、私は考える。今までバレンタインデーには当然フランに何かしらの送り物をしてきた私だが、手作りしたことは一度もなかった。
チョコレートもアクセサリーも、咲夜に人里で用意させたものだ。勿論それでもフランは充分喜んでくれたが、手作りならもっと喜んでくれるんじゃないだろうか。
バレンタインまでは、まだ日がある。やらなければならない仕事など、どうせ殆どない。……決めた。
「咲夜」
「何でしょうか」
「今年は、私もフランにお菓子か何か作るわ。作り方を教えて頂戴」
「お嬢様が自分で作られるのですか?……分かりました」
咲夜が多少驚いたような顔をするが、無理もない話だろう。正直な所、自分で料理をしようなどとは、今まで考えたこともなかった。面倒くさいし。
だが、愛するフランのためとなれば話は別だ。チョコアイスだろうが、ザッハトルテだろうが、マスターしてみせようじゃないか。
これから数日、本気で取り組めば、きっとフランを満足させるお菓子を作れるに違いない。
いや、絶対に作ってみせる。スカーレットの名にかけて。
決意を固めた私は、咲夜と共にキッチンへと向かったのだった。
「そう言えばお嬢様」
「何かしら、咲夜」
「バレンタイン当日なのですが」
「うん」
「私と美鈴のフルコースを作ると、それだけで一日の食費が飛んでしまう計算になりましたの」
「……うん?」
「だから、その日お嬢様方にはお茶漬けだけで我慢して頂きたく」
「……そんなの、我慢できるかああ!!!」
咲夜の言葉を聞き、思わず叫んでしまう私。こんな大きい声を出したのは、生まれて初めてのことだった。
後で聞いたところによると、私の叫びは、紅魔館全体に響き渡っていたとのこと。道理で、その後喉がヒリヒリと痛くなったわけだ。
咲夜、今年はチロルじゃなくて喉飴よこしなさい。出来れば一粒といわず、一袋。いくら食費がオーバーしても、そのぐらいは良いでしょ。
よろしくね。
「何かすごい悲鳴が聞こえたけど、何があったんだろうね。パチュリー」
「さあ。咲夜がレミィを怒らせでもしたんじゃないの?」
「あはは、まさかあ。だって、咲夜はいつも完璧だよ?」
パチュリーの冗談めいた言葉に、笑ってそう返す私。当然、この時点では、数日後の悲劇は知らない。まさか一日お茶漬けだけなんて。
図書館にて、私とパチュリーはいつものように読書に勤しんでいる。
どれくらいいつも通りかと言えば、もうここに通うようになって彼是数年は、ずーっとこんな日々が続いているはず。
一口に数年と言うが、つまりは1000日以上だ。そう言い換えると、本当に長く感じる。
他にやることが無いからとは言え、我ながら、よく飽きないものだ。
しかし、私は外に出られない身だからしょうがないけど、パチュリーはたまに外に出たほうが良いんじゃないだろうか。
ふいにそんな事を思い、私はパチュリーに声をかけた。
「パチュリーもさ、いい加減、ちょっとは外出てみたら?」
「外なんて出たら死ぬわ」
「魔女なんだから、そうそう死なないって。ジョギングとか、健康に良いって言うよ?」
「走ったら死ぬわ」
「弾幕ごっこは普通にやるのに?」
「あれは別腹よ」
「甘いものみたいに言わないでよ」
駄目だこりゃ。私は説得をあっさり諦めると、パチュリーの読んでいる本の表紙を覗き込もうとした。
いつもと違い、見た目がカラフルな本だったので、先程から気になっていたのだ。
今いる位置からでは文字まで読めなかったため、ぐっとパチュリーの本に顔を寄せる私。
すると、パチュリーは何故か露骨に嫌そうな表情を浮かべ、本を見えないように隠そうとする。
「ちょっと妹様、勝手に見ないで頂戴」
「何で?これぐらい、別にいいじゃん」
そう言って、あくまで覗くつもり満々の私。すると、パチュリーは覗かれまいと本の角度を変える戦法に打ってきた。
そんなパチュリーの態度に(おっ)と思いつつも、私は構わず、ぐっと本を持ち上げてやる。
初めからそこまで興味があったわけでもないが、こうまで嫌がられると、逆に見たくなってしまうというものだ。
「何を読んでるのかな~♪」
「別に、そんな面白いものじゃないわよ」
「ほら、ご開帳~」
「へ、変な言い方しないの。駄目だってば」
パチュリーの抵抗を無視し、おどけつつ、ノリノリで本を持ち上げる私。
すると、そこには全く予想外のタイトルがあり、私は思わず驚きの声を上げてしまった。
「へえ、珍しいね。パチュリーが料理書なんて読むの、初めて見たよ」
本のタイトルは『プロでも作れる本格クッキング!お菓子編』というもの。
プロが作れなかったら困るだろう、しかも本格かい、というツッコミは入れておきたいが、要するにお菓子作りの本。
いつも難しい魔道書ばかり読んでいるパチュリーがこんな本を読むのを見るのは、本当に初めてのことだった。
表紙に並ぶ美味しそうなお菓子を見つつ、パチュリーはどんなの作るのかなあ、いやそもそも作れるのかなあ、この本怪しいしなあ、などと呟く私。
すると、そんな私に向かって、パチュリーはちょっとムッとした表情を浮かべて言った。
「私だって、料理くらいするわ」
「そうなの?」
意外な事実。私はパチュリーが料理してるの見たこと無いんだけど。
「ちなみに、得意メニューは?」
「サニーサイドアップとボイルドエッグよ」
「格好よく言ってるけど、要するに目玉焼きとゆで卵だよね?」
「そんなことよりカブト虫について語りましょう」
「話を逸らさない」
それ得意料理って言うのかなあ。
料理する発言もどうだか怪しくなってきたよ。
「この前は卵から見事な炭を作ったわ」
「駄目じゃん!完全に焦がしてるじゃん!」
それでよく、料理するとか言えたなあと、私は逆に感心してしまう。
魔女は、魔法は出来ても料理はできない。
私の頭に、また一つ無駄知識がインプットされた瞬間だった。
「でも、パチュリー今まで皆にお菓子とか作ってくれたことは無いよね?何で急に作ろうと思ったの?」
さっきの言葉を聞いても分かる通り、パチュリーは料理の経験なんて殆どない。だったら、突然用意されたこの本は何なんだろう?
そう思って私が聞くと、明らかにぎくっとした様子のパチュリー。何故だか頬を染め、必死に私から目を逸らそうとしている。
うわあ、面白い。何かよく分かんないけど、もっと苛めちゃえ。
「何で?ねえ何で?」
「べ、別に、特に深い理由は無いわ。ただ何となく」
「本当に~?」
「そ、そうよ。小悪魔のことなんて、全然好きじゃないし」
「小悪魔?」
「!」
自ら出してしまったその名前に、パチュリーは思わずしまった!という顔を浮かべる。
その表情を見て、私もようやくパチュリーの真意を理解した。
ああ、そうだよね。考えてみれば二月だもんね、今。
「へえ、ほー、ふーん。そっか、パチュリーは小悪魔にお菓子を作ってあげたいんだ♪」
「だ、だから、そんなんじゃないのよ!」
ニヤニヤする私に向かって、顔を真っ赤にしてぶんぶんと首を横に振り、否定しようとするパチュリー。
でも残念だけど、そんなことをすればするほど、私の言葉を認めているようにしか見えなかった。
「いいじゃん別に。たしかに小悪魔は真面目だしよく働くし、何より可愛いもんね」
「……」
恥ずかしそうに黙り込んでしまうパチュリー。でも、その表情は心なしか嬉しそうだ。
私は、パチュリーやっぱり、小悪魔のこと好きなんだなあと確信した。誰でも、好きな人を褒められれば自分のことみたいに嬉しいし。
きっとパチュリーも、大好きな小悪魔を褒められて、照れているに違いない。
「それで、パチュリーはどんなお菓子を作るつもりなの?」
「こ、こんなの、とか」
「どれどれ?」
そう言いつつ、私は、パチュリーの指差した先を見て絶句した。
『効果抜群!よく効く惚れ薬入りチョコクッキー☆』
……いや、☆とかつけてもダメだから。そんなの。
惚れ薬って、それこそ魔女の得意分野だから、その気になれば作れちゃうんだろうけど。けどさ。
「ね、ねえ、パチュリー。それはやめといた方がいいんじゃないかな?」
「そ、そう?じゃあ、こっちの『惚れ薬入りチョコマフィン』が良いかしら」
「惚れ薬から離れて!」
ああ、この魔女はもう駄目だ。
そんなことを思いつつ、私はパチュリーに向かって言った。
「500年近く地下にいた私だって、恋愛っていうのが、そういうものじゃないっていうのは分かるよ。恋って、お互いの「好き」っていう気持ちが大事であって、無理やり相手の気持ちを動かすようなのって、良くないと思うんだ。少なくともわ、私とお姉様はそうだし……。だ、大体小悪魔がパチュリーにベタ惚れなのなんて、普段の様子を見てれば分かるし、気付いてないのはパチュリーだけだよ!」
こんこんと私はパチュリーに向かってそうお説教をする。完全に普段とは立場が逆転した、珍しい光景だった。
大体、パチュリーは鈍感すぎるのだ。この前仕事を褒められたときの小悪魔なんて、目がハートになってたというのに。
あまりにもベタ過ぎたから、思わず私「マンガかよ!」なんてつっこんじゃったよ。あれぐらい分かりやすく「私貴女のこと好きです!」とアピールしてくれるのも、そうはいないと思うんだけど。
そんなことを振り返りつつ、まだまだ言いたいことは有ったものの、ひとまずお説教を終えた私。
すると、パチュリーは憑物が落ちたかのような顔で言った。
「妹様」
「何?パチュリー」
「……私、出かけてくるわ」
「え?出かけるって何処へ?」
「人里へ。ちゃんとしたお菓子の本と、材料を買いに」
決意したような真剣な声でそう言って、パチュリーはすっくと立ち上がる。その姿は先程までと違い、一流の魔女らしい、とても凛々しいものだった。
今までに見たことの無いパチュリーの様子に驚きつつも、私はそれでいいんだよとばかり、後押しするべく声をかける。
「……頑張って!」
「……ええ」
パチュリーは、素っ気無く一言だけそう呟くと、本当にどれ程かぶりで、図書館から出て行った。
その姿を見送りながら、私は思う。自分もお姉様に、何かを作ろうかな、と。
思えば、毎年お姉様から色々なものを貰ってきたが、自分が何かを贈ったことは一度もない。
お姉様はいつも「フランが喜んでくれれば、それでいいのよ」なんて言っているが、私だって貰ってばかりでは申し訳ない気分になるというものだ。
そして、同じ贈り物なら、自分で作った方が温かみがある。そんな気がする。
「パチュリーが帰ってきたら、私も一緒に作らせてもらおっと」
そう呟きつつ、私は一人きりの図書館で、読書を再開するのだった。
玄関先に見知った気配を感じ、私は驚いて飛び起きた。
……比喩ですからね?実際に寝てたわけじゃないですからね?くれぐれも、誤解なきようにお願いします。
それはともかく、私は口元に付いていた涎を拭うと、マイペースにゆっくりとやってきたその人へ、出来るだけ冷静を装って挨拶をした。
「おや、パチュリー様。お出かけとは珍しいですね」
「ええ。たまには外に出てみたら、と妹様に言われてね」
「それは良い事ですね。太陽の光を浴びると、体も気分もリフレッシュしますよ」
「その台詞、レミィには言わない事ね。貴女、殺されるわよ?」
「あはは、私もそんなに愚かじゃないですよ」
私がそこまで言うと、それじゃあ、と言って歩いていくパチュリー様。
……既に、若干息が切れてたけど、大丈夫かな?外出は相当久しぶりだろうし、出来れば付いていってあげたいけど、私にも仕事があるし。
こんなとき、側に彼女がいればいいんだけどな。やっぱり本の管理で忙しいのだろうか。
(まあ、一人でも大丈夫でしょう。子供じゃないんだから)
思いつつ、私は門へと体を預ける。二月も十日ばかり過ぎた今日は、小春日和と呼ぶに相応しく、ぽかぽかとした日差しが心地良い。
要は、気を抜くとすぐに眠りに落ちてしまいそうな、働く身としては、結構きつい環境なのだった。
……いや、夏の暑さとか、冬の寒さとか、雨とか雪とか強風とか、どれも辛いですけどね?
というか、屋外作業を余儀なくされるこの職場は、意外と一年中どの季節もきついと言ったって、過言ではないんじゃ。
……考えてると何だか気が滅入ってくるなあ。
私がそんな事を思いつつ一人で落ち込んでいると、そこへだっだっだっという足音を響かせながらやってくる気配があった。
この気配はどうやら、小悪魔さんのものの様だ。彼女が外へ出てくることなんて滅多にないし、どうもひどく慌てている様である。
そんな彼女の様子に、何やら嫌な予感が、私の胸をざわつかせた。
(もしかして、屋敷の中で何かあったのかな?)
今日は客人も侵入者もいないが、何しろここは吸血鬼が2人に魔女や時間を操るメイド、他にも妖精やら何やらが犇めく館だ。
そんな場所だから、例え外部の者が誰もいなかったとしても、いつ何時、どんな出来事が起こるか分かったものではないのだ。
私は表情を引き締め、万が一のとき、すぐに動けるよう準備しておく。
「美鈴さん!」
「どうしました!?」
本気で慌てふためいた様子の小悪魔さんを見て、こりゃあいよいよだなと、身構える私。
(さあ、鬼が出るか、蛇が出るか)
既に厄介な事態になっているかもしれないが、何にせよ、早々に片付けねば。
私がそう考えていると、小悪魔さんは、今にも泣きそうな声で叫ぶように言った。
「パチュリー様知りませんか!?」
……はい?
「さっきから館中探しているんですが、見当たらないんです!図書館にいた妹様にも聞いてみたんですが『さあね~』なんて言われてしまって……もしかして、その膨大な知識を狙われて、ゆ、誘拐でもされたんじゃないかと思って、私、私……!」
……そんなパニック状態の小悪魔さんを見て、私は『自分で外出した』という発想が一切出てこないのが、流石パチュリー様の使い魔だなあと思った。
たしかに、パチュリー様は滅多な事じゃ外出なんてしないしねえ。勘違いしても仕方がない。
「庭にもいない……となると、本当に、誰かに……」
「あー、ともかく落ち着いて下さい、小悪魔さん」
「これが落ち着いていられますか!」
パタパタと羽を動かしつつ、怒りと焦りの混じった視線を私に向けてくる小悪魔さん。
どうしよう。彼女には気の毒だけど、真相を知っている身としては、面白くてしょうがない。
私は、こみ上げてくる笑いをどうにか抑えながら言った。
「パチュリー様は、今外出されています。私が見送ったので間違いありません。ご安心を」
「……へ?」
「ですから、パチュリー様は今外出中です」
私の言葉を聞き、しばし小悪魔さんは呆然となる。
当たり前か。一生懸命館内を探してもいない人が館外にいるのは普通当然のことだが、パチュリー様はちょっと普通じゃないから。どう客観的に見ても。
それが証拠に、小悪魔さんは自分がからかわれていると思ったらしく、怒ったような声で言った。
「う、嘘です!パチュリー様が一人で外へ出るなんて、考えられません!」
うん。私も正直そう思う。さっきだって、館から出てきたパチュリー様を、思わず二度見しちゃったし。
でも、事実は事実なのだから、仕方ない。
「じゃあ、もう一度館内を探してみます?」
「は、はい!絶対に、見つけてみせます!どこかに、必ずいるはずなんだから……」
ニヤニヤとしながら冗談のつもりで私が言うと、小悪魔さんは気合も十分に、館の中まで引き返して行った。
……いないんだって、だから。付き合い長いんだし、少しは信用してくれてもいいんじゃない?
三十分後、私は「そろそろかな」と思いつつ、水筒のお茶を準備しつつ、小悪魔さんを待っていた。
すると、まるで測ったかのようなタイミングで、とぼとぼと肩を落としながら歩いてくる、小悪魔さんの姿が目に入った。
「お疲れ様です。はいこれ」
「あ……ありがとうございます」
小悪魔さんは憔悴しきったかのように私の隣へ座ると、私の入れたお茶を一息にぐいっと飲み干した。
そして、大きく息を一つつくと、私の顔を見ながら話しかけてきた。
「すみません。私、気が動転しちゃって……」
「しょうがないですよ。普段滅多に起こらないようなことが起きれば、誰だってああなります」
苦笑しつつ、私は小悪魔さんに、そんな慰めの声をかける。小悪魔さんは、私の声に「ありがとうございます」と言って、小さく笑った。
しかし、誰かのお出かけ一つでこの騒動である。毎日退屈しないわけだ、と私はこっそり苦笑した。
小悪魔さんはしばらく俯いて黙ったままだったが、やがて落ち込んだ声を隠そうともせずに言った。
「何と言うか、私はパチュリー様に対して、思い上がっていたのかもしれません」
「? どういうことですか?」
「私、本の整理をしたり、パチュリー様に紅茶を入れたり、身の回りの細々としたお手伝いも全部やっていましたから。何となく、この方は私がいなきゃ駄目なんだ、支えてあげなきゃ、と思ってたんです」
「ええ、それは普段の貴女を見てれば、よく分かります」
彼女の仕事振りを思い出しながら、私は言う。本当に、健気に仕えているんだもんなあ。この子。たまに悪魔だというのを忘れるくらい。
小悪魔さんは、私の言葉にこくんと一つ頷くと、続けて言った。
「それなのに、今日、パチュリー様は一人で出かけてしまいました。しかも、本当に何年ぶりかの外出だと言うのに!こういう時こそ声をかけて頂かないと、外でどんな目に遭うか分からないというのにですよ!」
うわあ、この子とんでもなく過保護だなあ。パチュリー様、貴女より年上だし、格上だよ?と内心で思いつつも、私は黙って小悪魔さんの話を聞く。
「でも、考えてみれば私なんか、外では全然役に立たないんですよね。何か……例えば魔理沙さんに鉢合わせしたりしても、スペルカードはパチュリー様の方がずっと強いですし。頭だって、パチュリー様の方が私よりずっと回るのは承知の通りです。腕力は、少しは私の方が上ですけど、男の人に絡まれたりしたら、全然敵いませんし。……何か、そう思ったら、私の存在価値って何だろうなんて、グルグル考え出しちゃって……」
半ば泣きながらそう言って、再び俯いてしまう小悪魔さん。
そんな小悪魔さんを見て、私は耐え切れなくなり、思わず大きな声を出してしまう。
「ああ、もう。そんな事くらいで落ち込まないで下さい!折角の可愛い顔が、台無しじゃないですか」
「そ、そんなことって」
「あのですねえ」
小悪魔さんは何か言いたそうにこちらを見ているが、私は敢えてそれを遮ると、一気にまくし立てた。
「小悪魔さんが役に立たないなんて誰も言ってないでしょう!現に、さっき出て行かれたパチュリー様は、玄関で既に息切れしてて、苦しそうだったんです。ああいうとき、隣に貴女が居てあげれば、それだけで支えになったはずですよ。それに、腕力だってそうです。何も男性に勝てる力が無くたって、全然構わないんですよ。パチュリー様が持てない荷物を貴女が持ってあげれば、それは充分助けになるんじゃないですか?」
「……」
「自分をそんなに貶めないで下さい。貴女が頑張っているのは皆知ってるんですから。そんなに肩肘張って、何でもかんでもこなそうとしなくても、大丈夫ですよ?」
「……はい!」
私がそう言うと、ようやく彼女は笑顔を見せてくれた。
うん。やっぱりこの子は泣き顔よりも笑っている方が、何倍も魅力的だ。
「えへへ、やっぱり小悪魔さんは良い子ですね~」
「わ、ちょっと、は、恥ずかしいです」
あまりの小悪魔さんの可愛さに、思わずわしゃわしゃと頭を撫でる私。
「や、やめて下さい~」
「あは、良いではないか、良いではないか」
そうやって、しばらく小悪魔さんとじゃれていた私。
すると、そんな私の周りに殺気めいた気配がひしひしと伝わって来て、私は思わず顔色を蒼褪めさせてしまった。
「美鈴」
「さ、咲夜さん……」
「差し入れと思ってサンドウィッチ持って来たんだけど……いらなかったようね」
「ああ、殺生な!いります!いりますよ!」
「もうあげないわよ。そこの子に作ってもらったら?」
「ちょ!咲夜さん!何か勘違いしてませんか!?小悪魔さんとは、そういうんじゃなくって!」
「そ、そうですよ!私はパチュリー様一筋です!」
「むきゅ!?……むきゅ~………」
「ああ!?パチュリー様いつからそこに!?」
「あーもう!小悪魔さん!とりあえず、医務室へ運びますよ!」
「は、はい!」
「美鈴のバカ……」
結局、私が咲夜さんに機嫌を直してもらうまでには、それから丸3日の時間を要したのだった。
毎年この季節は糖分過多で・・・ウゥープス
だめだ……サンドウィッチとか喉飴とかの単語にいちいち反応してしまう。
最初のアレは「子馬館」と「子産ま館」かと思った。
「好摩館」でいいじゃない。
小悪魔の日記にお茶漬けの事が無い?
いや、なんというか、単に俺の好みにヒットした、ということだけ言わせて頂きましょうかねムフフ。
いやいやいやそこは勝てようよ!いくら小でも悪魔なんだから人間ぐらいには勝ってよ!