これは『東方妖幼女(1)』の続きとなります。
先にソチラに目を通して頂くことをおススメ致します。
今回も物凄い勢いでキャラ崩壊しております。
なんといいますか、ここからは迸るカリスマブレイクタイムという感じです。
うん。内容については、タイトルから察してやって下さい。
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「とりあえず、前回のあらすじを説明するわ。もきゅもきゅ」
「うぐー!! うぅー、うっうっうー!!」
(ちょっとー! その前にこれどうにかしてよ! 私はいつまでこのまんまなのよー!?)
「ん、なに? もきゅもきゅ。ハンバーグならレミィの分もちゃんあるわよ? もきゅもきゅ」
「んぐんぐっ! うぅー!」
(誰もハンバーグの話なんてしてないわよ! 食べたいけどね! 物凄く食べたいけどね!!)
「あぁ、でも早くしないと美鈴が食べちゃうかもね。もきゅもきゅ。小さくても食欲旺盛なのは変わりないみたいだし。もきゅもきゅ」
「んぐぐ!? んぅー! んぅー!!」
(ちょっ、あんの門番!! チビだからって何もかも許されると思うなよ!?)
「ちなみに今日のハンバーグは半熟目玉焼きが乗ってるのよ。もきゅもきゅ。レミィとフランのソースはブラッドデミソース。もきゅもきゅ。フランも大喜びしてるわ」
「ぐっ、ぐぅっ!? っ、うぅぐぐっ、んぐー!!」
(フランが大喜びすって!? ちょっ、早く出して! お願いだから出して! ハンバーグあげるからフランの笑顔だけは脳裏に焼き付けさせてよー!!)
「ん? 私は頭蓋骨鍛えるのに忙しいから、代わりにフランの笑顔を堪能してきて? レミィったら……」
「ぐぅー!! んぐんぐー!!」
(ちげぇー! まったくもってちげぇー!!)
「えぇ、分かったわ。任せて、レミィ」
「んんぅ! んぐ、ぐぐぐっ、んー!!)
(勝手過ぎだから! 幾らなんでも勝手過ぎですからパチュリーさん! え、ま、待ってよ、いかないで!! 行くんならこの何重にもかけた魔法を解除してからいっ、ちょ、パチェ? パチェー!? ちょ、おまっ! せめてあらすじくらいちゃんと説明してから戻れー!!)
前回のあらすじ。
おぜう様の頭は壁にめり込んだまま、カリスマブレイクは華麗に続行中。
* * * * *
「はい。あ~ん」
「あ~ん」
と、件の特製ハンバーグを、贅沢なことに咲夜本人に食べさせて貰っているのは、他でもない幼児化した美鈴。
美鈴の首にはアリスが折角作ってくれた服を汚さない為にと清潔な布巾がかけられていた。
「おいしい?」
「はい」
もきゅもきゅと小さな口いっぱいに頬張りながら、咲夜の言葉に満面の笑みで頷く。
今日のハンバーグは気合満々で作られたらしく、形は五つの花弁を持った花形、いわゆるハナマルというやつで、中央は少し窪んでいてそこに半熟の目玉焼きが載っているという何ともメルヘンなハンバーグだ。
鉄板の上には、うさぎさんの形に飾り切りされたニンジン、淡い花柄の小さなカップの中にはスイートコーン、カリッと揚げられたポテトに、タコさんウインナーが並んでおり、可愛らしさも満点ハナマルさんである。
美鈴の小さな右手にはフォークを握られていたが、未だに使われた形跡はない。
口の端をデミグラスソースで汚しながら、ハンバーグをパクパク。
咲夜の顔は、もう取り返しの付かないくらいにはゆるんゆるんだった。
「咲夜ばっかずるいー! わたしもー!!」
しかし、そんな二人の相変わらずラブラブっぷりに不満を漏らす者が約一名。
フランドールは握ったフォークとナイフで机をコンコンと叩きながら、ほっぺをぷくっと膨らました。
「メイ、あーん」
ハンバーグの方は……残念ながら特製のブラッドデミソースがかかっている為、甘くボイルされたうさぎさんの形をしたニンジンをフォークで刺し、フランドールは美鈴へ腕を伸ばす。
美鈴は同じように「あ~ん」と口を空けて、そのニンジンをぱくんと頬張った。
「おいしー?」
「はいっ!」
にっこりと幸せそうに笑う美鈴に、フランドールも満面の笑みを返す。
どうでもいいが、本当に幸せ者過ぎだなこの美鈴。
そんなほのぼの甘甘空間に、ハンバーグを歩きながら食べるというとても行儀の悪いことをしているパチュリーが図書館から戻ってきた。
「行儀が悪いですよ」
「いいじゃない、ちょっとくらい」
席に戻ってきたパチュリーに呆れた声音で嗜めたのは、ナイフとフォークを使ってハンバーグを綺麗に食べる小悪魔。
美鈴と咲夜の遣り取りに胸焼けを起こしつつも、フランドールの無邪気な様子に癒されながら、食事を少し遅い速度で続けていた小悪魔は、「あぁ、ここにも胸焼けの原因がいた」と密かに嘆息した。
「ダメですよ、パチュリー様。美鈴が真似したらどうするんですか?」
ハンバーグを小さく切り分けてゆったりと口に運ぶパチュリーに、咲夜が咎めるような口調で……しかし、やっぱりゆるんゆるんな顔で言う。
パチュリーは小悪魔に返した時と同じ態度と声音で「いいじゃない、ちょっとくらい」と、全く同じ言葉を返した。
「しゃくやさん。いくらなんでも、しょこまでこどもじゃないでしゅよ?」
咲夜の手が一旦止まってしまったので、持っていたフォークを使って自分で食べていたのか。
美鈴はぐーで握ったフォークで大きなハンバーグを突き刺し、デミグラスソースを零しながら小さな口で齧りついていた。
零れたソースが美鈴の体や膝に落ちていくが、そこは布巾でガードしているから問題はない。
ハンバーグの上から無残にも落ちた半熟の目玉焼きが、ペチャっとデミグラスソースの海が広がる皿の上に落下し、その拍子に飛び跳ねたソースが美鈴の顔を汚した。
何処がそこまで子供じゃないだろうか。
正直、これはお世辞にも綺麗な食べ方とはいえない。
でも、子供なんてこんなものだ。
なんでも一生懸命だから、汚すのなんて気にしない。
口の周りをデミグラスソースやら、目玉焼きのとろっとした黄身やら、付け合せのコーンやらでいっぱいに汚して。
しかもフォークだと食べづらかったのか、最終的には手掴みになっている。
「えへへ~。おいしいでしゅね~」
そうして、無邪気に笑う。
(もぉ、しょうがないんだから……)
そんな顔をされたら、怒るにも怒れない。
本当に可愛い。
咲夜は濡れた布巾で美鈴の顔を拭いてやる。
すると美鈴は嬉しそう笑って、きゃっきゃっと高い声を上げた。
「しゃくやしゃんもたべてくだしゃい」
「え?」
美鈴はフォークで食べやすいように頑張って切り分けたハンバーグをフォークで刺して、咲夜の口許へと一生懸命に腕を伸ばす。
一瞬咲夜はきょとんとしてしまったが、状況を理解し顔を赤く染めた。
「え、あの……」
「しゃくやしゃん、あーん」
あーんと言いながら美鈴も口を開けて、咲夜に促す。
にこにこ笑顔で「しゃくやしゃん、あーん」なんて、ハンバーグを差し出す。
嬉しいけども恥ずかしさも込み上げてきて、咲夜の顔はもっと赤くなっていった。
「……わたしの、いらないでしゅか?」
潤みだす群青色の瞳。
咲夜は慌てて首を全力で横に振り、ぎこちない動きでぱくっとハンバーグを口に含む。
そうした瞬間、美鈴は潤んだ瞳を一変させた。
群青に喜色を滲ませて、まんまるの瞳がキラキラと光る。
「えへへ~」
「……もぉ」
ちっちゃくなっちゃったのに、それでも敵わない。
ちょっと悔しいけど、しょうがない。
だって、美鈴だから。
「ラブラブね。さすがの私も胸焼けを覚えるわ。ちょっと吐きそう」
「ちょっ、パチュリー様が吐きそうとかいうと洒落になりませんよ!?」
「……洒落じゃないわ」
突如の嘔吐宣言に、小悪魔は「ぎゃー! 何か受け止められるものー!!」と騒ぎ出す。
パチュリーを見てみれば、確かに少々顔色が悪いような気もしないでもない。
……いつもこんな感じだといったらそうなのだが。
「冗談よ。落ち着きなさい」
「冗談でも笑えませんから! もぉ、一応桶とか用意しておきますからね!」
小悪魔は何処かから持ってきたらしい桶を足元に置き、再び席につく。
美鈴と咲夜の遣り取りを見て、フランドールが「わたしもわたしも~!」とねだったので、美鈴はフランドールにもあ~んをしてあげている。
小さな異変は起こったものの、紅魔館は至って平和らしい。
いや、局地的にラブラブ過ぎて周りへの被害は尋常ではないが。
小悪魔は思わず零れる笑みを隠さず三人を見守るが、ふととある事に気付いて自身の主を見た。
「あ、そういえばレミリア様はどうしたんですか?」
「頭蓋骨を鍛えるのに忙しいみたい」
「……つまり放置プレイですか?」
あぁ、何故に我が主はこの館の主にこんなにも意地悪なんだろうか。
小悪魔のそんな心境を読み取ったのか、
「私、歪んでるの」
と、パチュリーは得意げに言ってみせた。
うん。逆らわないようにしよう。でないと、今度頭が壁にめり込むことになるのは自分かもしれない。
従者と主という関係を程よい距離に保ったまま貫こう。うんそうしよう。
小悪魔はそう心に固く決め、未だ“壁”と戦っているであろうレミリアの尊い姿を思って涙した。
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in 紅魔館 ~ブレイクしてからが本当の勝負だって信じてる~
第二話 「おっきくなったらメイのお嫁さんになるんだもん!」
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メインディッシュを食べ終わり、オレンジジュースを飲んで一息を付いている美鈴とフランドール。
デザートの準備をしてくると言って咲夜は厨房へと行ってしまい、パチュリーと小悪魔は原因の調査と解決の為に図書館へと戻っていた。
咲夜の居ぬつかの間の美鈴を独り占めできると思ったフランドールは、こくこくとジュースを飲む美鈴の頭をそっと撫でてみる。
「なんでしゅか?」
「えへへ~。なんでもないよ~」
コップから口を離し、ころんと小首を傾げる美鈴に、フランドールも同じようにころんと小首を傾げながら言った。
美鈴の髪は、柔らかかった。
いつもだって柔らかいけど、柔らかいというよりはしなやかという手触りだと思う。
指に心地よくて、でもしっかりと芯があって、なんというか、コシがあるというか……そんな感じだけど、今はとっても柔らかくて繊細な感じがした。
美鈴は生まれた時からずっといる。
大人の美鈴しか見た事がないから、この幼い姿は新鮮でいい。
今更というか、当たり前のことだけど、美鈴にもこんなにちっちゃい時があったんだなぁ~とか思ってしまう。
美鈴は素敵な女性(ヒト)だけど、今は純粋にとっても可愛い。
自分の知らない美鈴の過去……幼い頃をまるまる見てるわけじゃないけど、知らない姿を見れて嬉しい。
きっとそれは咲夜も同じかな。
だから、あんな風に嬉しそうにしてるんだ。
「メイ、かわいい~」
「はひゃっ!」
頭を撫でていた手を首に滑らせて、指先をこしょこしょと動かす。
くすぐったがって美鈴は逃げようとするが、逃がしてなんかあげない。
フランドールはそっとそっと抱き締めて、自分の膝の上に美鈴を乗せてみた。
「いつもとは逆だねぇ~」
同じ方の向きで座らせたので、背中から抱き締める形なった。
フランドールはご機嫌に笑う。
いつも美鈴の膝の上に座るのは自分の方だ。
なんだかお姉さんになったみたいで楽しい。
「むぅ……いもうとしゃまにだっこしゃれるとは……」
対して美鈴はどこか納得しなさそうに、ちょっと複雑そうな顔をしていた。
「やだ?」
「ヤじゃないでしゅよ。でも、いわかんがでしゅね……」
こっちは楽しいけど、美鈴は物凄く違和感を覚えるらしい。
まぁ、イヤじゃないならいっか。
フランドールはそう思って、力加減に気を付けながら美鈴をぎゅっと抱き締める。
(……なんか、ぎゅってするのって意外にむずかしいかも)
基本的に力の加減というものは苦手だ。だって壊す方が得意だし。
相手が小さいなら、なおさら加減が難しくなる。
美鈴はいつもなんてことなく自然にやってのける。
自分を優しく抱き締めてくれて、チルノやルーミアと遊んで、たまに高い高いをして。
それから、人間の咲夜をそっと抱き締めて。
美鈴ってすごいんだなぁ~。
なんてフランドールは妙なトコロで関心しつつ、美鈴の頭をそっと撫でる。
そうしたら、複雑そうな顔が緩んで、はにかんだような顔になった。
(頭なでられるの好きなのかな~?)
自分も、美鈴に頭をくしゃっと撫でられるのは好きだ。
無条件に嬉しくなる。
「えへへ」
「えへへ~」
二人は揃って同じように笑った。
「お待たせしました」
そこへデザートとジュースのおかわりと持った咲夜が戻ってくる。
銀のトレイに乗っているのは、シンプルなガラスの器に綺麗に盛り付けられた一口サイズのシュークリームと、真っ赤なトマトジュース、それから絞りたての果汁100%リンゴジュース。
咲夜はフランドールの膝の上に載っている美鈴を見て、その微笑ましい光景に微笑を一つ零しながら、シュークリームとジュースをテーブルに置いた。
「しゅーくりーむ!」
「ふふ。約束したでしょう?」
大きな瞳をキラキラさせながら、早速かぶり付く美鈴。
両手にシュークリームを持ち、小さな口をいっぱいに開けてシュークリームを放り込んで行く。
咲夜が作ってきたシュークリームは七種類。
無糖のマロンピューレにラム酒を加えて作った、ちょっとお洒落なマロンクリーム。
コーヒーの粉末とチョコチップを加えた、香ばしい香りのモカクリーム。
美鈴がちょっと前に尻尾が二本の黒猫に貰ったという、とても上等な抹茶を加えて作った、さっぱりとした抹茶クリーム。
山羊の搾り立てミルクから作ったプレーンヨーグルトとグラニュー糖、これまた美鈴がどっかから取ってきた蜂蜜(聞いた話によると、どっかの熊と拳で語り合った後、意気投合して別れ際に貰ったという代物)を加えたヨーグルトクリーム。
果汁だけでなく、敢えて潰した果肉ごと入れてつぶつぶの触感を出した、爽やかな甘酸っぱさのストロベリークリーム。
その五種類に加え、オーソドックスなカスタードクリームと生クリームで、計七種類。
ちまみにマロン・モカ・抹茶はカスタードクリームベースで、ヨーグルトと苺が生クリームベースで作ってあったりする。
「しゃくしゃくでしゅね~」
美鈴は、あむあむとシュークリームを頬張りながら幸せそうに膨れた頬でいう。
さくさくのシュー生地の感触は歯に楽しく、中のクリームは舌に優しい。
フランドールも一緒になってシュークリームを食べた。
「おいしぃ~!」
「ありがとうございます」
単純明快な、しかし最大の賛辞に咲夜はにこやかに笑って頭を軽く下げた。
「わたしはこのマロンといちごのが好きだな。ヨーグルトもおいしいけど」
「わたしはどれもしゅきでしゅよ」
「えー。そんなバクバク食べてて味分かるの?」
手に付いたクリームを舐めながら美鈴は「わかりましゅよ!」と胸を張って答えた。
ほっぺたや口の端にクリームが付いていて、咲夜は思わず笑ってしまった。
「付いてるわよ?」
咲夜は口の端についたクリームを指先で拭ってやり、指先に付いたそのクリームを自身の口に運ぶ。
口の中に、甘い味が広がった。
「あぅ?」
美鈴は咲夜に触れられた箇所を指で触る。
でもその指にもクリームがついていて、またほっぺや口の周りが汚れてしまった。
「メイってばクリームまみれだよ~?」
「はひゃ」
フランはおかしそうに声を立てて笑って、美鈴のほっぺをペロリと舐めた。
「ほら、美鈴動かないで。拭けないわ」
濡れた布巾で、咲夜が美鈴の口許や頬、小さな手を丁寧に拭く。
至れり尽くせり、ここに極まれり。
本当に幸せ者すぎだな、この美鈴。
しかし小さいは正義……いや、じゃなくて、可愛いは正義なので許そう。
「えへへ」
美鈴は、二人の優しい指先にくすぐったそうに笑っていた。
* * * * *
「こんなに暢気にしてて大丈夫なのかしらね」
静謐とした図書館では、些か足りないように思えるパチュリーの声量でも十分過ぎるくらいに聞こえる。
疲れて寝てしまったのか、壁にめり込んでいるカリスマも呻いたりなんかしていないので、本当に静寂としている。
静かで淡々とした口調で語る自身の主に、書類の整理に没頭していた小悪魔が数拍の間を空けて返事をした。
「なにがです?」
「言葉のままよ」
小悪魔は書類から目を離し、パチュリーを見る。
テーブルに詰まれた本のタワーでパチュリーの顔の半分は隠れてしまっていた。
パチュリーの視線は、本から外されていない。
「……美鈴さんのことですか?」
返ってこない声を、小悪魔は肯定と取る。
パチュリーは否定する時は必ず何かしらの言葉を発するので、間違ってはいないのだろう。
「まぁ、元に戻らないっていうのは困るんじゃないかと思いますが……」
「そうね。でも問題はそこじゃない」
「と、言いますと?」
パチュリーの視線がそこで初めて本から外れる。
膨大な知識を映してきた、ブルーマジックの色をした瞳の底は深かった。
「問題は三つ。一つは美鈴がああなってしまった理由が、この私でも知らない魔法だということ。二つには、その魔法が美鈴ほどの妖怪でもかかってしまう特殊な構造をしているということ。そして三つ目は、今のところ具体的な対策がないということ」
パチュリーは少しだけ疲れたように溜息を吐いた。
美鈴が小さくなってからというものの、パチュリーは解決策を探して図書館中の本をひっくり返し、小悪魔と一緒にずっと調べている。
集中力が途切れる度に、目や脳が疲れる度にレミリアを苛めて、それを癒しにしていたとかは内緒だが、とにかくパチュリーと小悪魔はずっと図書館に篭って対抗策を探していた。
「しかも、美鈴の話によればソレは幻想郷中に広がってるみたいだし。……いい、小悪魔。“幼くなる”という見てくれの可愛さで誤魔化されてしまっているようだけど、引き起こされる事態はそんな“可愛い”ことじゃないわ。
春の妖精があの魔法を受けて力を弱めてしまえば、春は告げられなくなるでしょ? リリー・ホワイトが春そのものに関連しているわけじゃないから、さしたる問題ではけど……。
でも、春が告げられないということは、桜が咲かないということ。鶯が歌わないということ。眠っていた命が目を覚ませないということ。あの妖精の春告げを必要にしている小さな命は確実にいるの。
神にまで通じるかはまだ分からないけど、秋を司っているあの姉妹が力を失えば、秋はなくなってしまう。片方は豊穣も司っているから、人間たちも困るでしょうね」
パチュリーは立ち上がって窓辺に寄る。
それから、真っ暗な外を見ながら、呟くように、嘆息するように、言った。
「間違いなく、幻想郷の均衡は崩れてしまう」
幻想郷は妖怪と人間、妖精、神……それら多種多様な種族らが織り成す微細な均衡の上で成り立っている。
パワーバランスが崩れるということは、そのまま崩壊という結末に直結する。
小悪魔はきゅっと口を結び、居住まいを正した。
主の聡明さに、凛と背筋を伸ばす。
「まぁ、私達がこんな風に頑張らなくても、あの紅白の巫女がどうにかするとは思うんだけど……」
――――でも、何か嫌な予感がするのよね。
パチュリーは最後にそれだけ小さく呟き、夜闇をじっと凝視する。
七色に光る翼が闇を切り裂いていくのが見えた。
「ん~。んむんぐ……むにゃむにゃ……」
(……パチェのおっぱいおいしぃ~。むにゃむにゃ……)
「…………」
(嫌な予感ってコレだったのかしら?)
何故こんな状態なのにも関わらず、レミリアの言葉が分かるんだろうか。
とか、そんなヤボなことを聞いてはいけない。これもきっと愛がなせる事象なのだから。
パチュリーはレミリアの背骨へ本の角がめり込む程度の力を篭めた、必殺のパチュリーチョップを容赦なく繰り出した。
* * * * *
シャララと、翼が夜に歌うように涼やかな音を立てる。
しかしフランドールの翼は若干紫がかった色をしていた。
……どうやら、少しだけご機嫌斜めのようだ。
「咲夜ばっかりずるいよぉ……」
(わたしだって美鈴と一緒にお風呂入りたかった。でも、水ダメだし……でも、一緒に寝るくらい……でも、確かに眠っている間に能力が発動しないなんて保障ないし……)
「ずるい」と発しているが、別に咲夜が悪いわけじゃない。
咲夜が羨ましいという意味での「ずるい」だ。
お風呂……は、始めからダメだけど、「いっしょにねましょうか?」と、あどけない顔で誘ってくれた美鈴の言葉に、「夜は遊ぶ時間だから、ちょっと行って来る!」なんて言って断ってしまったのは自分なのだから。
(気晴らしにお姉さまと弾幕ごっこしたかったけど……なんか忙しいみたいだし……)
実際、レミリアはパチュリーの玩具になっているだけ(いや、それこそいつもの事)だが、真相など知らぬフランドールは美鈴を元に戻す方法をパチュリーと一緒に調べていると思っているらしい。
フランドールは口を尖らせながら、闇の中を縦横無尽に飛ぶ。
今宵の月は半月。とろけそうなストロベリームーン。
可愛らしく甘そうな色をした月は、さっき食べたシュークリームに入ってたストロベリークリームに似ていた。
ぼんやりとした光が湖を照らし、紅魔館の周りに生い茂る鬱蒼とした森を照らす。
湖は月の光を受けてキラキラと水面を揺らめかせていたが、森の方は暗く不透明で不気味さだけが際立っている。
でも、そんな不気味さは時に子供の好奇心をただ掻き立てるだけのものとなる。
森の中から、小さく淡い光が見えたのなら尚更だ。
「あれって……」
フランドールは高度を落とし、上空から森へと入る。
可愛い容姿をしていても、吸血鬼。夜目はきっとどの種族よりも利く。
淡い光が見えた方へと、木々にぶつからぬように気を付けながらも高速で飛行する。
すると、よく見覚えのある複数の人影が見えた。
「あっ!」
フランドールが唐突に発した声にびっくりしたのか、その複数の人影はビクッと体を跳ねさせた。
「なんだよ、フランじゃんか。おどかすなよー!」
一人がほっぺを膨らまして文句を言ってくる。
それは青いリボンを頭に結び、同じ色のワンピースを纏う、背中に氷の翼を生やしている妖精。
「まぁまぁ。チルノちゃん、落ち着いて」
怒るチルノを、緑色の髪をサイドテールの形で結んだ妖精が苦笑しながら宥める。
蜻蛉のように薄く透き通った羽が、月明かりに透けてまるで精巧に作られたガラス細工のようだった。
「私もビックリしたー」
日頃から常に声を張り上げて風と歌っているからか。よく通る声で、その隣の妖怪が零す。
その妖怪は、短くもふわふわな薄いピンク色の髪を持っていて、その髪に紛れて側頭部には羽毛で覆われた耳らしきものがあり、背中には幼い顔には不釣合いな少々いかつい翼を持っている。
「……心臓に悪いよ」
ホッと胸を撫で下ろしながら、もう一匹の妖怪が吐息混じりに小さく呟く。
夜でも目立つ白いブラウス、対照的な黒い半ズボン。深緑色の髪の合間からは二本の触覚があり、服の上から羽織ったマントが男の子っぽさを強調していた。
「そーなのかー」
誰の言葉に相槌を打ったのか。
白いワイシャツの上に漆黒のベストに、スカート。頭には赤いリボン(のように見えるお札)をしている金髪の妖怪は、気の抜けた、そして間延びした声で言った。
⑨に、アホに、虫に、雀。プラス名も立ち絵もない妖精。
お馴染みのメンバーに、気付けば「なぁ~んだ。バカルテットと大ちゃんか~」とフランドールは嘆息していた。
「ちょっと! なぁーんだってなによ!?」
「だって、面白そうなことがあるかなぁ~って思ったのに、いたのがよりによってバカなんだもん」
「バカじゃない! アタイはげんそーきょーサイキョーの」
「バカなんでしょ?」
「そーなのかー」
「ちっがぁーう!!」
フランドールとチルノの会話に、今度は絶妙なタイミングで相槌を繰り出す宵闇の妖怪、ルーミア。
虫……じゃなくて、リグルは三人のアホな遣り取りに呆れた顔をし、雀……ではなく、ミスティアはくすくすとおかしそうに笑った。
大妖精は怒るチルノを「お、落ち着いてチルノちゃん」と一生懸命に宥めた。
「で、揃いも揃ってなんでこんなトコに?」
何もない夜に、この五人が集まることなんてことはない。
昼間ならまだ分かるが、大妖精までいるのにこんな夜に悪魔の館近くにいるのはおかしいだろう。
フランドールは血のように紅い瞳に期待を滲ませて問う。
少々釣り上がった唇の片端。それは悪魔がする表情以外の何者でもなかった。
「大したことじゃないんだよ?」
「うん。ミスティアがなんか変な生き物を見たって言うからさ」
過剰な期待をされても困るよと、そんな苦笑をしながら大妖精が言い、リグルが簡単に説明する。
今まで疑われていたのか、ミスティアは必死で「ほんとだよー?」とフランドールに訴えていた。
「きっとこのアタイがコワくて逃げちゃったのよ。あたいってばやっぱりサイキョーね!」
「うん。バカ的な意味でね」
「そーなのかー」
フランドールはまたもバカと付け加えると、ルーミアがやっぱり絶妙なタイミングで相槌を打つ。
チルノが「こおらせてやるー!」と喚いたが、大妖精はもう宥めることは諦めたのか。今度は柔らかな表情でチルノを見守り、笑っていた。
「ねぇ、その変な生き物って、もしかして体がまんまるで頭にボンボンが付いてるヤツ?」
「え、なんでわかるの!?」
ミスティアは目を丸くし、「まだ私、何も言ってないよね!?」と驚いた顔で確認するようにリグルに言うが、リグルはミスティアの話をあまり本気にしてなかったようで、「へぇ~。本当だったんだ」と、そっちの方にちょっと驚いていた。
そんなリグルにミスティアはムキになって文句を言うが、リグルは軽く流してフランドールと話を続けた。
「それで、なんなんだいその生き物は?」
「わたしもよく知らない。でもメイが外の世界から迷い込んできちゃったヤツだって言ってたよ」
「ちょっとー。あたしを無視しないでー」
蔑ろにされたミスティアが、悲しげに歌を紡ぐ。
夜なので、そういう歌はやめて欲しい。
リグルは「はいはい」と生返事を返しつつも、ミスティアを会話に参加させた。
「ルーミア、ぱすー!」
「きたのかー」
そんな風に、割りと真面目に謎の生物についての話をしてる三人の後ろで、チルノとルーミアは暢気に遊んでいた。
なんだか丸いものを蹴っているが、大妖精が「ボールじゃないんだから蹴っちゃ可哀想だよ~!」と言っているのでそれはボールでないらしい。
「おぉっ! コレしゃべった!?」
「しゃべるのかー」
なんだかまんまるのモノから悲痛な声が上がっている。
チルノは面白がって更に蹴飛ばして、ルーミアにロングパスを繰り出す。
ルーミアも真似して思いっきり蹴った。
「あっ。丁度あんな感じだよ、あたしが見たの」
「へぇ~。本当だ、すっごくまんまるだ」
「うわ、すっごいもふもふだね。触り心地良いかな~?」
……ん?
チルノとルーミアの間を行ったりきたりしているモノを見ながら、会話をする三人は同時に小首を傾げた。
「そーなのかー」
「ち、チルノちゃん。だからそんなにイジめちゃ……」
「くらえ! スーパーチルノサイキョーキッ」
「「「あー!!」」」
ソレの悲鳴と、ミスティア、リグル、フランドールの声が重なる。
三人の声にビックリしたチルノは、後ろに思いっきり振り上げた足の力に引き摺られてそのまま下手に一回転し、顔から地面に突っ込んだ。
蹴り地獄から漸く開放されたソレは、小さな羽根でフラフラと飛行しながら茂みの中に消えて行く。
「つかまえろー!!」
叫び終える前に、フランドールは飛び出す。
慌ててミスティアも飛び出し、それにリグルもつられて飛んで行く。
「いたた……」
「チルノちゃん、私達も行こう」
地面とチューしているチルノを起こし、大妖精は手を引いて羽をはためかせる。
擦れて赤くなった、土と草塗れの顔を擦りながら、チルノも飛んだ。
空虚な闇をボーっと見つめていたルーミアは、最後になって漸く体を浮かして五人を追う。
「まてぇー!!」
「フランちゃん、はやいってばっ!!」
「うぇーん。あたしもう疲れちゃったよ~」
闇の中、木の枝や幹を回避しつつも速度は落とさないフランドール。
そのやや後ろを、なんとか追うだけで精一杯なリグルとミスティア。
ミスティアなどはもう泣き言を言って速度が減少させている。
「ミスチー、しっかりしてよ!」
「だって~」
なんとか見失わずに飛行しているだけでも十分だろう。
だって前を飛んでいるのは吸血鬼で、そんじょそこらの妖怪ではないのだから。
リグルは叱咤するが、ミスティアの速度は上がることはない。というかどんどん減少して、リグルからも遠ざかっていく。
「もう、しょうがないなぁ~」
リグルは手を伸ばして、ミスティアの手を掴む。
ぎゅっと握られて、ミスティアは「へ?」と間抜けな声を上げた。
「ほんと君はだらしがないんだから」
リグルは前を向いたままいつも通りの態度で言葉を発しているが、風になびく髪の隙間から見えた耳が赤く染まっているのがチラりと見えた。
「だって……」
ぎゅっと握り返す。
力強く引っ張ってくれるのを感じた。
「うぉおぉぉぉ! まてぇーアタイのボールぅううぅぅぅ!!」
「だから、あの子はボールじゃないよ~」
雄叫びと共に、小さな氷の結晶をサラサラとチラリながら後ろから物凄い勢いで前を行く三人を追うチルノ。
こっちは大妖精がチルノに引っ張られながら、飛んで来ている。
あぁ、ムードぶち壊し。
リグルとミスティアは内心で「このバカ」と同じことを思ったが、手を繋いでる理由はあるし、こんなに暗いから分からないだろうと開き直って手を繋いだままにした。
「あ、大ちゃんってばだいじょうぶ? サイキョーなアタイがサイキョーなスピード出しちゃってるから、つかれたんじゃない?」
「え、そ、そんなことは……」
「ダメ。しょーじきに言って」
「うっ……えと、その、ゴメンね。ちょっと疲れちゃったかも……」
申し訳なさそうに苦笑する大妖精。
チルノは「じゃあこうしよ!」とグイっと大妖精を引っ張り、膝の裏に片腕を通し、もう片腕は背中を支える。という格好を取った。
割と憧れの対象として描かれ、描写シーンでは大体キラキラな感じのトーンをこれでもかと貼られる、俗にいうお姫様抱っこ。
まぁ、キラキラトーンとかの偏見はさて置き、いきなりこうされたら驚きの意味でビックリするか、ドキっとトキめくのどっちかという結果に大体分かれるもので。
大妖精の場合は後者だったらしく、頬を赤らめて恥ずかしそうにしていた。
「お、重くないの?」
「大ちゃん軽いもん! これくらいアタイにとっては朝飯前ね!!」
にかっと笑っていうチルノは、「寒いかもしれないけど、しっかりつかまってて」と大妖精の腕を自分の首に回させた。
「いいな……」
隣に並んでくるチルノと大妖精の様子に、ミスティアがボソりと呟く。
リグルはチラッとミスティアを見るが、直ぐにふいっと前を向き直ってしまう。
ぶっきら棒なリグルにミスティアは口を尖らせようとしたが、
「……二人っきりで夜間飛行する時ならね」
不意にそんな言葉が小さな声で返ってきて。
ミスティアは尖らせようとした口許をやんわりと緩める。
返事の代わりに手をぎゅっと握り返すと、力強く握り返してくれた。
あぁ、今日も幻想郷は平和だ。
何処もかしこも春真っ盛りで平和過ぎる。
「そーなのかー」
誰に言っているのか。ルーミアは皆の後をふわふわと不規則な軌道で飛び、たまに自分から木の幹に突っ込んで頭に星を回転させる。
何故だろうか。ルーミアが癒しキャラに見えてきた。
「あぁ、もぉっ! ちょろちょろと……!!」
背後で撒き散らされている大量のハートなんて構わず、というか眼中にさえ入れていないフランドールは流石はカリスマの妹か。
フランドールは障害物を上手く利用としてちょこまかと逃げるソレに、徐々に苛立ちを募らせていく。
手を伸ばせば届く距離にまで迫っているのに、なかなかどうして捕まえられない。
「さっさと捕まれよ!!」
「クポぉ!!?」
思わず弾幕を張るフランドール。
草はぶっ飛び、木々は薙ぎ倒される。
ソレはマジもんの恐怖に悲鳴を上げ、翼を懸命に動かす。
円らな瞳からは涙が溢れ、その涙の軌跡が闇の中にキラキラと舞っていった。
「って、あ、ダメじゃん。壊しちゃったら意味ないんだった!」
フランはもう一弾幕張ろうとして、寸前でキャンセルする。
ちゃんと生け捕りにしてパチュリーのもとに持って行く。
その為に必死に追いかけているのだから、壊してしまっては意味がない。
(ちゃんと生きて捕まえられたら、きっとパチェ喜んでくれるよね。お姉さまだって褒めてくれるし、それに美鈴も……)
小さいのもいいけど、やっぱりあの大きな手に頭をくしゃって撫でて貰いたい。
いやでも、あのままの姿であのちっちゃい手にくしゃって撫でて貰うのも悪くないかもしれない。
フランドールは楽しい想像に頬を綻ばせつつ、決意を改める。
決意を改めるということは、やる気も倍増というわけで。
「わたしのために一刻も早く捕まれー!!」
フランドールは口許を歪め、悪魔そのものの笑顔を張り付かせて七色に光る翼をジャラリとはためかす。
前を一生懸命に飛ぶソレの円らな瞳に、絶望が映った瞬間だった。
「クポー!!!」
助けを求める声が悲壮な声が響き渡る。
森中は勿論、湖の方まで。
すると辺りの茂みの一角がガサガサと不自然に揺れた。
「?」
フランドールは思わず急停止し、その方向を見る。
茂みからはソレと同じ姿の、でも色違いの生き物が「クポー!」と鳴きながら五匹ほど出現した。
「あ、いっぱい出た!」
恐れをなすどころか……というかそんなずんぐりむっくりでモフモフでまんまるな生き物が幾らいたって恐くない。
寧ろ大歓迎。モフモフしまくってやる。様々な色にペイントしてやる。十字キーの下ボタンを押して、ころんと何度だって転がしてやる。左右に押してずっとくるくる回転させてやる。
「なーに? みんなで遊ぶの?」
フランドールは追いかけっこの対象が増えたことに純粋に喜び、赤い紅い瞳を細めた。
「「「「「…………」」」」」
フランドールを視界に入れた瞬間、助けに参上した五匹の動きが一瞬停止。
そして悲鳴を上げて一目散に逃げ出した。
「クポー!?」
助けを呼んだソレは「え、ちょっまっ……!!」な顔で逃げて行く仲間を見て。
「クポ……」
フランドールを見て。
「クポぉおおぉぉぉおおおおぉぉぉぉ!!!」
それから全速力で逃げた。
「あ、待て!!」
「ボクたちはあっちへ行くよ!」
「フランちゃんも気をつけてね!」
「サイキョーのアタイに任せとけばバンジキュース!」
「チルノちゃん、それちょっと違うよ?」
「追うのかー」
フランドールは頼もしい(一部は除く)バカルテットplus大ちゃんの言葉に「うん!」と大きく頷いて再び飛び立った。
(……って、あれ? いま虫と雀が手を繋いでて、バカが大ちゃんを抱っこしてたような気が………)
え、なに?
ルーミアとわたしだけがハブ?
「余りもの同士でとか……そんなの絶対にヤだぁああぁぁぁぁ!!」
フランドールは「そんな熟年結婚的な妥協満載の展開なんて絶対にヤダー! うぇーん! たすけてめーりぃいいぃぃぃんんん!!」と訳の分からないことを叫びながら、ソレを追った。
若干マジ泣きしてるので、本当に嫌なんだろう。挙句の果てには「大きくなったらメイと結婚するんだもん!」とも叫んでいる。
どうでもいいが、今の言葉をあのカリスマが聞いたら発狂する。きっと怒り狂う。
「クポッ!?」
前を行くソレは突如背後で上がった叫び声にビックリしたらしく、木の枝に引っかかってバランスを崩してしまった。
「チャーンス♪」
フランドールは地面に落ちて行くソレに向かって手を伸ばす。
しかしソレは地面にぶつかって有り得ないくらいにバウンド。
ぽよんぽよんと不規則な動きでバウンドしながら、地面を高速で転がって行った。
「ちょっ、転がった方が速いってナニ!?」
「ゴロゴロ」というよりは、「ガーッ!!」という擬音語が合いそうなくらいの高速回転で地面を転がっていくソレに、フランドールは思わず突っ込む。
半ば本気に近い飛行速度で追いかける。
すると次第によく見慣れた洋館が見えてきた。
どうやら、追い回す内に戻ってきてしまったらしい。
これはこれで好都合だ。
悪魔の館にようこそ。
フランドールは今度こそチェックメイトだと、口の端を上げる。
ソレは門を越えて、庭を抜け、そして正面玄関の大扉に派手にぶつ当たり、そのまま扉を開けて館に進入。
そしてエントランスの壁にぶつかって、またもぽよんとバウンドした。
「オーライオ~ラ~イ♪」
高く高くバウンドする謎の生き物。
フランドールは落下地点に滑り込むと、ご機嫌に両手を広げた。
「クポぉ~!?」
そのまんまるな生き物は悪魔の妹の腕の中へ。
ぽふんと落ちてくるソレをフランドールはきゅっと抱き締めた。
「やぁ~と捕まえた」
無邪気に笑うフランドール。
そんな無邪気な笑顔が逆に恐ろしく見え、ソレは体を震わせてガチガチと歯を鳴らす。
ソレにとって、フランドールの笑顔は死の宣告のように見えているのかもしれない。
「いもうとしゃまっ!?」
と、そこへトタトタと走ってくる小さな影が。
お風呂上りなのか、はたまた途中で出てきたのか。 何はともあれ、突然の侵入者に慌てて来たのであろう。
髪はびしょびしょだし、トップスのボタンは掛け間違えている上に、結び損ねたズボンの腰紐もだらっと出ていた。
「あ、メイ! ねぇ、見て見て、捕まえてきたよ~!」
「!!」
美鈴は自分をこんな姿にした元凶がフランドールの腕の中にいるを見て目を見開き、「だ、ダメでしゅ~!」と必死に叫んだ。
「しょのボンボンにはじぇったいにしゃわっちゃダメでしゅ!」
美鈴はとたとたとフランドールに向かって賢明に走る。
でも足が短いので、大したことのない距離でもとても長い。
フランドールは美鈴の必死な様子の意味がちょっと分からず、「あぁ、これ?」と言ってソレの頭で揺れているボンボンに触れた。
「うわぁ~モフモフ~!」
ちょんと指で触ってみると思いのほかモフモフ。
フランドールは気付けば、ボンボンをむぎゅっと掴んでいた。
「クポッ!!」
「え?」
フランドールの視界が真っ白に染まる。
美鈴の叫び声が遠くで聞こえていたが、フランドールは自分を覆っていく魔力をどうすることも出来なかった。
* * * * *
「んぐっ!?」
パチュリーの一撃を喰らって、睡眠という意味ではなく、本当に意識を飛ばしてたレミリアははたと目覚めた。
手足をこれまで以上にバタつかせ、あるいは壁を殴り、蹴って忙しなく暴れている。
「どうしたのレミィ?」
今だ図書館で調べ物に没頭するパチュリーは、突如暴れ始めたレミリアに小首を傾げた。
が、次の瞬間には異質な魔力反応と、
「……フラン?」
フランドールの能力が発動した気配を感知し、徐(おもむろ)に椅子から立ち上がった。
「パチュリー様?」
「フランドールに何かあったみたい」
小悪魔に視線で「付いてきなさい」と伝え、パチュリーはふわふわと宙に浮かんだ。
「んぐー! んぐー!!」
(フランがー! フランがー!!)
「えぇ、行きましょうレミィ」
必死に壁から抜け出そうとしているレミリアに、パチュリーはそう声をかけるが、特に何をするでもなくそのままふよふよと浮かんで図書館の出入り口である大扉へ向かった。
「パチュリー様、もっと急いで下さい!」
「急いでるじゃない」
「メチャクチャ遅いですよ!」
カタツムリ並み……とまではいかなくても、物凄く遅い速度で移動するパチュリー。
小悪魔は仕方がないのでパチュリーを抱えて飛んだ。
「んぐ、ぐ、ぐぅ、ぅぐうー!!」
(だから私の力を押さえつけてるコレを解除しなさいよパチェ! ちょっ、この機逃したら私ずっとこのままになっちゃうって! うわぁーん! パチェのバカぁああぁぁああぁぁぁぁ!!)
* * * * *
真っ白だ。
何も見えない。
いや、見えてる。
白が見える。
全部が白だ。
自分の存在が酷く希薄で、フランドールは呻く。
己の声帯から発した筈の声は何故だか離れた場所から聞こえてくるようで、音自体が曖昧だった。
まるで、自分という存在が崩れてしまったかのようだ。
自分の存在を感知が出来ない。
いや、きちんと此処にあるのかもしれない。
思考の方がおかしくなっているのかもしれない。
「……!?」
突然、痛みが走る。
何処が痛いのかは分からない。
全部が痛い。
いや、これは“痛み”なのか。
「痛い」というには、感覚が鈍い。
鈍痛に似ているかもしれない。あるいは痺れか。
「――――!」
しかし、苦痛には変わりない。
フランドールは自身の体を抱き締める。
崩れたものをまた組み直されるような感覚を覚えた。
次第に感覚が鋭くなっていく。
白が、弾ける。
「……あ、れ?」
取り戻した視覚に映り込んだのは、目に痛い、しかし見慣れた赤。
紅魔館の赤だった。
「いもうとしゃま!」
声がした方を向けば、駆け寄ってくる小さな紅い髪の幼子。
意識が一瞬真っ白に染められていた時間は一瞬だったらしい。
時間間隔がおかしいが、美鈴の足が次の一歩を今踏み出しているのだから間違いない。
「メイ……」
声を発する。
でも、なんだか自分の声に違和感を覚えた。
自分の声である筈なのに、少しだけ誰かの声に似ている。
と、思った瞬間には「あ、母様だ」と気付いて、同時にやっぱり「あれ?」と思う。
(……なんで?)
自分の喉を触ってみる。
別段異常は無かった。
「っっ!?」
「?」
駆け寄ってきていた筈の美鈴が、途中で止まる。
不審に思って様子を伺えば、美鈴は口をあんぐりと空けて、くりくりの目をこれでもかというくらいに見開き、床に直接ペタンと座っている体勢でいるフランドールを見ていた。
「いも、いもうと、しゃ、ま……」
どうしたんだろう?
フランドールは自分を見て固まっている美鈴に小首を傾げ、己の体に目を向けてみた。
「……?」
手を見ると、指は長くなっている気がした。指先には鋭利な爪が生え揃っている。
四肢はすらっと長く伸びていて、へこんだお腹にはうっすらと縦に割れていて、
「えぇええぇぇぇ!?」
それからペッタンコの筈の胸が膨らんでいたので、物凄く驚いた。
フランドールは自分の体をペタペタと触る。
肩はなだらかな曲線を描いていて、顔の骨格はシャープになっている。
サイドで結っていた筈の髪は紐がどっかへ飛んでしまったのか。髪は背へと流れていて、長さは背中の真ん中くらいまである。
翼は大きくなり、ぶら下がった水晶体も大きくなっている気がした。
「なんでなんでー!!?」
フランドールは驚愕と混乱が入り混じった声音で声を張り上げる。
なんでと聞かれても、聞きたいのはコッチである。
フランドールの体は、成長していた。
年の頃は十六~十八といったところで、スレンダーな体付きながらも出るところは出ている。
面影はあるものの、フランドールだと告げないと誰だか分からないかもしれない。
「なんで!? どうしてぇ!? メイ、わたしおっきくなっちゃったよ!?」
「や、は、はい、って、うわわ!!」
美鈴は漸く正気に返ったのか、ハッとしながらフランドールの言葉に反応するが、すっと顔を明後日の方向に逸らした。
何故だかほっぺが真っ赤になっている。
「……メイ?」
「あ、あの、しょの……」
呼ぶがこっちを向いてくれない。
そして近くにも来てくれない。
(わたしのこと心配じゃないの~?)
フランドールは不満に思い、口を尖らせた。
来てくれないのなら、コッチが行っちゃうもんね。なんて思いながら立ち上がろうとして、
「っっ!!」
そこでとある事に気付いて、慌てて自分の体を抱き締めた。
大きくなった反動に耐え切れなかったのであろう。
纏っていた筈の服は破れて残骸だけが体の端々にくっ付いているだけの状態で。
まぁ、つまりほぼ裸というか、まんま裸というか。
フランドールは目を背けた美鈴異常に顔を真っ赤に染めて、自分の体を抱き締める。
小さかった時は裸くらい見られたってあんまり気にしなかったが、何故だか今は無理だ。恥ずかしすぎて死ねる。
二人は視線を合わせることもままならず、真っ赤な顔で互いに沈黙。
とにかく裸のフランドールをなんとかしなければならない。
美鈴は何か着替える物を持ってこようか、それとも着替えがある場所に成長してしまったフランドールを連れて行った方が早いかと、思案する。
「と、とと、とりあえずこれで……」
美鈴は自分の着ている小さなトップスをフランドールに渡そうと脱ごうとした。
「美鈴! いま妹様が……って、え!?」
と、そこへちょっと遅れて咲夜がやってくる。
美鈴と同じくお風呂上りで髪は濡れていたが、常時纏っているメイド服をきちんと着ている辺りは流石は瀟洒だ。
咲夜はフランドールの姿を見ると、美鈴と同じような反応をして一旦固まり、
「い、い、妹様ぁあぁぁぁぁ!?」
そして、全力で叫んで全力で慌てふためいた。
きっとフランドール以上に混乱している。
人が混乱しているのを見ると、何故だかコッチは落ち着いてくるもので。
フランドールはちょっとだけ冷静になり、咲夜に時を止めて何か着る物を持って来て貰おうと口を開こうとした。
――――パリン。
だが、声を発する寸前、何かが割れる音がした。
三人の眼が音がした方へ向く。
どこぞのお偉い画家が描いたという絵が入った額縁が割れていた。
――――パリン。
また割れる。
今度は花が綺麗に活けられた花瓶が砕け、ばしゃんと水が零れた。
ぱりん。
パリン。
パシンッ。
割れる。
砕ける。
潰れる。
破壊される。
燭台が、扉が、シャンデリアが。
階段に縦の亀裂が走る。
壁に深い皹が入る。
床が裂けて抉れる。
「っ!?」
美鈴は咄嗟に横に転がった。
パリンと音がして、その場の空気が割れた。
美鈴の頬には裂かれたような傷が一閃走り、派手な音を立てて裂けていく床に血がポタリと落ちる。
回避していなければ、今頃脳漿をぶちまけていただろう。
美鈴の後方で咲夜も大きく回避運動をとっていた。
何もかも破壊する能力が、体の成長に伴って異常なまでに強くなっていた。
咲夜がいた場所の空間は、罅割れて色を失くす。
空間さえも破壊できるようになってしまった能力に、咲夜は戦慄する。
これでは咲夜の能力は使えない。
ガシャンガチャンと、ブリキの玩具のように壊れていく空間。
その中心で、フランドールは自身の力を抑えようと必死に自分の体を抱き締めて、
「やだぁあぁぁ! ダメ、ダメっ、っ、いやだあぁぁ!!」
そうして、悲しい声で叫んでいた。
壊したくないと、やめてと、壊れないでと。
もともとあまりコントロールが利かなかった出鱈目な能力だ。
体の成長により肥大した魔力も相俟って、破壊の力は完全にフランドールの制御下を離れ暴走する。
「しゃくやしゃん、はなれていてくだしゃいっ!」
「美鈴!?」
小さな背中を追おうとした咲夜を、倒れてきた柱が阻む。
美鈴の背中は小さくても凛々しく、雄々しかった。
「ダメだよメイ! 来ちゃダメぇえぇぇ!!」
泣いているような声でそんな風に言われて、誰が止まるものか。
それが美鈴なら尚更だ。
パリン、パシンとガラスが砕けるような涼やかな音色を奏でる、破壊のチカラ。
フランドールが故意に能力を使う場合は、その物体の弱点である“目”を自分の手の中に移動させて握り潰すのだという。
そんなことをされれば敵わないが、今はただ暴走しているだけのチカラ。
これは制御者を失った機関銃だ。
ただランダムに弾をばら撒き、周囲を蜂の巣にするだけ。
電源を切れば、スイッチを切れば、或いは燃料を断てばきっと止まる。
「はっ!」
美鈴は目の前に迫ってきた破壊の弾を、足先に気を集めて、垂直に蹴り上げるようにして天井へと弾く。
打ち上げられたそれは天井で弾けて、大きな皹を広がらせた。
不可視のその力は、しかし“気”を扱う美鈴にはしっかりと見えていた。
禍々しく黒ずんだ気の塊が飛んでくる。
美鈴は走る足を止めることない。
来るなと泣くフランドールの許に、なんとしても行くために。
ぱしん。パリン。と縦横無尽に放たれる“破壊”を拳で叩き落とし、蹴り上げ、或いは紙一重で回避する。
美鈴の服にはパチュリーが考案し、アリスが施した魔法陣がぼんやりと浮かんでいた。
自身の能力とその魔法が小さな肉体を保護しているが、それでも拳や膝、足は次第に血が滲み始めていた。
「ぐっ……っぅ!!?」
美鈴の瞳が驚愕に見開かれる。
破壊の力が纏まって大きな塊となって美鈴を襲い来た。
見えていなければここまで絶望は広がらなかっただろうか。
“破壊”は大きな津波のように美鈴の眼前に迫ってきていた。
「やだぁぁあぁぁぁ!! おねえさまっ、っ、ぁ、おねえさまぁあぁぁぁああぁぁあぁぁ!!」
フランドールに見えていたのも、同じく絶望だった。
自分を唯一止めてくれるであろう者を呼ぶ。
助けてと叫ぶ。
しかし、今更何が起こっても遅い。
美鈴の小さな体躯は津波に呑み込まれる。
「うぉおぉぉぁぁあぁぁっ!」
美鈴は全身に気を纏い、小さな足で床を砕くように力強い一歩を踏む。
迫り来る津波に、小さな拳を突き出す。
服に浮かび上がった魔法陣が淡く光る。背中の龍が光る。
七色に光る気を纏った拳と、破壊の波がぶつかる。
周囲の空間が軋む。
割れるか割れないかの均衡で、ぐらぐらと揺らぐ。
美鈴の小さな拳がズタズタと裂け、血を噴き出させた。
「美鈴っ!」
咲夜の悲鳴みたいな声が、届く。
あぁ、そうだ。
後ろには大切な人がいるんだ。
美鈴の瞳が金色に染まった。
前にいる泣いてる子を助ける為に。
後ろにいる大切な人を守る為に。
細い腕に更にチカラを込めて、打ち砕く。
黒ずんだ津波は、パリンと弾けて霧散した。
「はっ、はっ……いもうとしゃま!」
美鈴は流れ出る血に構わず、フランドールに駆け寄る。
途中転倒しそうになったが、踏ん張って堪え、頑張って走った。
「メイ……ひっく、ぅ……メイぃ……」
フランドールは泣いていた。
自分のカラダを強く強く、爪を立てながら抱き締めて、大粒の涙を零していた。
体が大きくなっても、フランドールはフランドールだ。
美鈴は「もうだいじょーぶでしゅよ」と笑って、その頭を撫でてあげようと手を伸ばした。
パリン。
「かはっ……!」
フランドールの目の前にいた筈の美鈴は、五、六メートルほど後方へ弾き飛んで転がった。
小さな体が、グチャグチャになり過ぎてもう床と呼んでいいのかも分からぬ皹割れた地を二転、三転する。
「メイっ!?」
突然の事態に、フランドールはわけが分からずに声を張り上げる。
しかし、理由なんて簡単だった。
止まったと思っていた暴走が、止まっていなかっただけだ。
「けふ、げふっ……」
美鈴は胴体の真ん中あたりを押さえて、もう一方の片手を床に付けて起き上がろうと力を込める。
小さく咳き込むと口から血が零れて、床に付いた手を汚した。
立ち上がろうとするのに、膝に上手く力が入らなかった。
美鈴の小さな体を、咲夜が抱き起こす。
メイド服が血で汚れた。
「美鈴っ!」
「しゃくや、しゃ……」
服の魔法陣のお陰で大事には至っていないようだったが、それでも大きなダメージを負ってしまった美鈴は、咲夜の声に弱弱しく返事をする。
肋骨は確実に逝ってしまっているようだが、子供の体は骨がくっ付くのが早いから大丈夫だろう。
そんなどうでもいいことを考えて、痛みを紛らわす。
苦いのと、すっぱいものが込み上がって来る。
美鈴はまた小さく咳き込んで、胃酸混じりの血を吐き出した。
「あぁあ゛あああ゛あ゛ぁ゛ぁ゛あぁぁああ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛」
暴走する力が、フランドールの内側で暴れる。
翼の水晶体が、徐々に黒く染まっていく。
狂気が、目覚める。
パリン、パリン、と世界が崩れて行く。
太い柱が天井が、咲夜と美鈴へと落ちてくる。
咲夜は傷ついた美鈴を抱き締め、体を丸めた。
こんなことで守れるとは思っていない。
しかし、体がそう動いていた。
胸の中で美鈴が「にげてくだしゃい」と肩を叩く。
美鈴を置いて一人で逃げるなて、そんなこと出来るわけがない。
そんなことをするくらいなら、死を選ぶ。
咲夜は美鈴を強く強く抱き締めて、ぎゅっと目を瞑った。
――――ふと、周りが漆黒に染まった。
「全く……」
次の瞬間、降ってくる瓦礫は、柱は、天井は、赤い閃光――――不夜城レッドによって一瞬で消し炭になっていた。
「世話が焼けるわ」
世界が破壊させていく音に混じって耳に降ってきたのは、夜闇のような声。
咲夜と美鈴は、蝙蝠のような形をした夜の闇よりも黒い漆黒の翼に包み込まれていた。
「お嬢、様……」
そこにいたのは、紫がかった薄い水色の髪をふわりと靡かせる、紅魔館の主、夜の王。
紅い月のように赤い赤い瞳を持った悪魔は、邪悪に笑う。
しかし咲夜と美鈴には、その笑みがとても頼もしく安堵できるものに見えた。
「なんでいるの?」
悪魔に魔女が、淡白だが何処か不機嫌そうな声で言う。
後ろで誰かが倒れた音がした。
見てみれば、汗だくになった小悪魔が「ぜぇぜぇ」と忙しなく呼吸をしながら死にそうな顔をしている。
人一人抱えて図書館からここまで全力で飛行してきたのだから無理もない。
「従者と可愛い妹のピンチに駆け付けなくてどうするの?」
パチュリーの言葉に、レミリアは軽く笑って答える。
手を軽く払って、自分とパチュリーに向かってきた不可視の力を弾く。
破壊の渦の中心で泣くフランドールを見た。
「……なんで成長してるのかしら?」
「例の魔法でしょ」
「まぁ、そうだろうけど……それにしてもおっぱいが……」
「…………」
パチュリーは深い溜息を吐くと、無言でレミリアの脳天にパチュリーチョップを食らわした。
例のごとく頭蓋骨を砕かれたレミリアは、痛みに悶え転がった。
「早く止めてあげましょう」
パチュリーは冷たい眼差しをレミリアに送りながら、咲夜と美鈴の周りに防御結界を張る。
一緒に行こうと腰を上げる咲夜に、パチュリーは「美鈴をお願い」と軽く笑って制した。
「いたた……もぉ、本当に容赦ないんだから」
頭を摩りながら文句を垂れるレミリア。
しかし視線は既にフランドールを捉えており、手に魔力が収束し始めていた。
「さぁ、踊りましょう?」
「はいはい」
漆黒の翼がはためく。
降ってくる瓦礫の合間に、残像が走る。
運命を操り、全ての攻撃が自分へと集中するようにする。
破壊の力を叩き落し、気まぐれに避け、また気まぐれに弾き返す。
パチュリーも歩き出す。
強固な結界を纏い、ゆっくりとフランドールに近付いて行く。
流れ弾がパチュリーの方にも飛んでくるが、結界に弾かれて霧散した。
「フラン。もっとちゃんと狙いなさい」
レミリアはフランドールの前に、降り立つ。
眼前の獲物に破滅を与えようと、黒ずんだ破壊が牙を立てる。
幾重にも幾重にも重なり、巨大な牙となってレミリアを襲う。
レミリアは「ふんっ」と鼻先で笑うと、右手を開いた。
爪が伸びる。
右腕を無造作に降る。
一本一本が死の旋律を奏でるそれは、破壊の牙を悉く切り裂いた。
「おねえ、さ、まぁあぁぁ……」
悲痛な声が届く。
光を失ってしまった瞳に、レミリアが映る。
光を探して、姉を呼ぶ。
レミリアは呼ぶ声にただ頷いて、
「もう大丈夫よ」
そう、優しく微笑んだ。
「レミィ、押さえてて」
フランドールとレミリアの傍には、いつの間にかパチュリーが居た。
レミリアはその言葉に応じて、フランドールを力強く抱き締める。
パチュリーはフランドールの傍に膝を付くと、淡い光が灯った右手を翳した。
ここに来るまでずっと構築していた術式を、フランドールの狂気の波長に合わせる。
そうして、その手をフランドールの左脇腹へ押し付けた。
ジュッと、焼き付くような音がして、その魔法はフランドールの体に刻まれる。
割れる音が、止まった。
「ぁ……」
フランドールが小さく声を漏らす。
黒く染まった翼の色は、ゆるりとした速度で淡い水色に染まっていく。
光を取り戻した瞳で、フランドールは二人を見た。
レミリアはフランドールの頭を優しく撫でて笑い、パチュリーはやれやれといった表情ながらも、柔らかく口の端を上げていた。
「お姉さま……パチェ……」
自分は座っている筈なのに、何故だか二人と目線が近い。
それが不意におかしく思えて、フランドールは笑ってしまいそうになりながらも、
「ありが……」
とう。
と言おうとしたが、突如強烈な痛みを感じた。
「いったぁーい!?」
「プぎゃッ!!」
それがあんまりにも痛くて、フランドールは抱き締めてくれていた姉をぶっ飛ばしてゴロゴロと転がり回る。
残念ながら、ぶっ飛ばされたカリスマは今度は天井に頭をめり込ませていた。
「いたいたいたいっ! ってか、あつぅ!? いたっあつっっ、いたたた!!」
転がり回るフランドールに、「どうなさいました!?」と、美鈴を抱えたまま咲夜が駆け寄る。
天井に頭をめり込ませて、体をぷらぷらとさせているレミリアを見て「ふ、計画通り」とパチュリーは思ってなんかいない。いないったらいない。
パチュリーはレミリアが簡単に抜けないように、また幾重にも魔法を施した。しかも壁にめり込んでいた時の五倍くらいの量と質のものを幾重にも。
「パチェ! これメチャクチャ痛いよ!?」
先程パチュリーに施された左脇腹を押さえて、フランドールは涙目で叫ぶ。
その箇所は熱を持ち、強烈な痛みをフランドールに訴えてきていた。
「あぁ、それは私の趣味」
「はぁ!?」
信じられないものを見る目で、フランドールはパチュリーを見る。
さり気に咲夜も驚きの表情でパチュリーに視線を送った。ちなみに、内心でちょっとドキドキしているのは内緒である。
「え、えっと、それってどっちの意味で?」
痛いのが好きなのか、もしくは痛めつけるのが好きなのか。
似ているようで、全く違う。
フランドールはちょっと動揺しながら聞いてみるが、パチュリーは「さぁ」と、口の両端を上げて笑うだけ。
魔女らしい笑みに、フランドールはげんなりとした。
(痛いのはヤだけど……)
だが、咲夜はちょっとまだ考えていた。
そんな咲夜を、腕の中から美鈴が小首を傾げつつ見上げる。
咲夜は美鈴の無垢な視線に曖昧に笑うが、実は内心でその視線にちょっと焦っていた。
美鈴はとても優しいから、痛くなんてされたことなどない。
でも、あんまりにも優しすぎるから、たまに、本当にたまにだけど、もっと乱暴に求めてくれてもいいのにな。なんて思うのだ。
勿論痛いのはヤダけど、もうちょっと激しく求められたいというか、なんというか。
(って、何考えてるのよ、もぉ~!!)
咲夜は頭をブンブン振って、今のナシ! と考えていたことを追い出す。
「しゃくやしゃん?」
「な、なんでもないから!」
純粋すぎる瞳が、今は痛い。
変なこと考えてゴメン。と、咲夜は深く反省し、心の中で美鈴に何度も謝った。
「あれ? なんか浮き出てきた」
フランドールは自分の脇腹を上から眺め言う。
左の脇腹には、黒い文字がうっすらと浮き上がり、次第に濃くなってはっきりとした形を形容する。
「……パチェの『パ』? それとも厄いのマーク?」
「Fよ、エフ。貴女のF!」
フランドールは上から見ているという状態なのでよく分からなかったらしい。
「もうちょっと可愛くしたかったけど、突貫だからしょうがないの」とボヤくパチュリーの言葉に、フランドールは「なるほど、Fね」と手を叩き納得する。
自身の脇腹に浮かぶ封印魔術のマークをしげしげと見つめていたフランドールだったが、唐突に「はっ!」と顔を上げた。
「ってかメイは!?」
「はひっ!?」
直ぐそこにいるのに、いきなり呼ばれた美鈴はビックリして声を上げる。
咲夜の腕に抱えられた美鈴は血塗れだったが、傷は塞がったようで割と元気そうにしていた。
フランドールは「メイっ!」と呼んで、咲夜の腕から美鈴を抱き寄せる。
「ゴメンね、痛かったよね!?」
「ほぎゃー!!!」
すっかりと忘れられているかもしれないが、フランドールは現在裸である。スッポンポンである。ポンである。
大事なこと故に三回いったが、敢えてもう一度言おう。
フランドールはポンである。
美鈴が奇声を発したのはその所為だ。
何も纏っていない柔らかなフランドールの胸にぎゅむっと抱き締められ、顔をぐっと埋められてしまっては声を上げるしかない。
……どういう声の種類かは、まぁ、人によりけりだろうが。
「むぐむぐ、っ、ぷはっ!」
美鈴は意外にも豊かに育っているフランの胸の谷間から漸く抜け出して、新鮮な息を吸った。
どうでもいいが、本当にこの美鈴が羨ましくて堪らないんだが、どうすればいいのだろうか。
「ゴメンね、本当にゴメンね……」
悲しげな表情と、ホッとしているような微かに震えた声。
二つの感情が入り混じった顔に、美鈴は胸を締め付けられるような思いとなる。
「いもうとしゃま……」
ぺたりとフランドールの頬に触れる。
涙の痕がそこにある気がして、美鈴は指先でそのほっぺをなぞっていると、
「でも、メイを傷物にしちゃった責任は一生かけてとるから!」
「ぐふっ!!」
フランドールはどさくさに紛れて物凄いことを言いつつ、美鈴をぎゅっと力強く抱き締めた。
それが本当に力強くて、あんまりにも強かったもんだから、美鈴のボロボロの肋骨にダイレクトに衝撃を与えてしまったらしく。
「美鈴!?」
「え?!」
フランドールと美鈴の遣り取りを呆然と見ていた咲夜が叫ぶ。
美鈴はフランドールの胸の中で白い泡を吹いて気を失っていた。
「ぎゃー!! メイぃいいぃぃいぃ!!!」
「美鈴しっかりしてぇー!!」
咲夜とフランドールの悲鳴が、半壊した紅魔館にこだまする。
パチュリーはレミリアがぶら下がっている、罅割れた天井から夜空が見えていることに気付いた。
ストロベリー色の半月がぼんやりと浮かんでいる空を仰ぎ、ふぅーと息を吐く。
そうして、言う。
「フラン。まずは服を着なさい」
To Be Continued...
金髪灼眼ボインちゃんのフランだとッ・・・www
うらやましすぎるぞ、美鈴!
あれの存在は小さい人を大きく、大きい人を小さくするのでしょうか?
次の標的は誰になるのか楽しみではありますね。
そして何気に大妖精とチルノ、リグルとミスティアがラヴラヴしてますね。
次回がどうなるのか期待しています。
それと個人的ではありますが、この話のための準備だったのだと解りましたけど
レミリアの頭が壁にめり込んだ状態が続きすぎていた感じもします。
カリスマブレイクというよりは扱いがちょっと悪いという感じも受けますね。
つづきまってます!!
これでリリーが活動を始めたらいったいどうなってしまうのか……
いいぞ、もっとやれwww
パチュリーの尻に敷かれてるおぜうさまかわいすぐるww
このままのブレイクでいってくれww
吹いたwwww
早く続きがみたい!!
そしてダウト!!!!!!
とっても面白かったです!続きが楽しみ!!
次回に期待してます
こないだ合成に使えないかと捥ぎ取れそうとか想像していたがまさかこんな事が……
マジで震えてきやがった……怖いです; ;