とある日の、朝。
場所は、アリス・マーガトロイドの家。
金髪の少女は、ベッドの上で目を覚ました。
寝起きのけだるい感覚のままで、
ふかふかとしたお布団の感触を楽しみ、
やわらかな人肌のなめらかさを確認する。
そこで金髪の少女は、ぎょっとした。
やわらかな、人肌?
誰の?
おそるおそる目だけを横に動かすと、
ベッドの上、金髪の少女のとなりに、誰かが寝ている。
突然の事態に、声も出せずにいる金髪の少女のそばで、
その誰かがもぞもぞと動いた。
それは人間……いや、妖怪かもしれない。
あきらかに人の形をしたその存在は、ベッドの上でちいさく伸びをすると、
からだをベッドの上に起こした。
金髪の少女の視界に、その誰かの顔が飛び込んでくる。
それは、自分と同じ顔だった。
1
「「うわぁあああ」」
情けない声を出したのは、ふたり同時。
おたがいに、ベッドからずり落ちそうになり、
かろうじて、ふたりとも踏みとどまる。
「「あ、あなた、誰なのよっ」」
同じ顔をしたふたりが、同時に叫ぶ。
「「わたしはアリスよ、アリス・マーガトロイドよっ」」
そう返したのも、ふたり同時。
金髪の少女にとっては残念なことに、
『知らない間に、ベッドの上におおきな鏡が置いてあった』
と、いうわけではなさそうである。
それにしたって、自分の目の前にいるのは、
まごうかたなき『アリス・マーガトロイド』だ、としか思えない。
寝室のカーテンが閉め切られていて、いくら部屋が薄暗いからって、
自分の顔を見まちがえたりは、しない。
短めの、ちょっとくせのある金髪。
すこし気の強そうな印象を与える、青い瞳。
病的なまでに色素の薄い、透き通るように白い肌。
ほとんど毎日、鏡の中にうつる自分の顔。
それが、自分の目の前にある。
体の中で飛び跳ねる心臓を懸命になだめながら、金髪の少女は低い声で問う。
「あなた、なんなのよ。どこから入ってきたのよ。いつからここにいるのよ」
「こっちこそ、それを訊きたいわ。同じ質問を返すからね」
はじめて、ふたりが違う言葉をぶつけあう。
そこで、金髪の少女は、はっと気付いた。
「声が、声が違う! わたしはそんな声じゃないっ」
「わたしだってそんな声をしてないわ。あなた、偽物でしょっ」
さらにそれに何か言い返そうとして、ふと、金髪の少女は思い出した。
「そう言えば、たしか河童のにとりが、録音する機械を見せてくれたことがあって……」
「そう、たしか、自分の声を録音して聞くと、ふだんとは違う風に聞こえるって……」
自分でしゃべった声は、体を通って直接に耳までとどく。
それは、空気を経由し、鼓膜を振動させて耳までとどく声とは別物。
だから、目の前にいる同じ顔の存在が、違う声で話していても、何もおかしくはない。
そんな話を、河童のにとりから聞いたことがある。
いやいや、違うでしょ。
『こんなときにムダ知識を持ちだしてきて、何をのんきに納得しているのよ』
と、金髪の少女は自分自身にあきれた。
情けなさに、金髪の少女は思わず頭をかかえてしまったが、
目の前にいる金髪の少女も、同じように頭をかかえていた。
しばらくの間、ふたりは頭をかかえたまま、動くこともできなかった。
どこかの緑の巫女の言い分ではないが、幻想郷では常識が通用しない。
はっきりいって、なんでも起こりうる、と思っていた方がよい。
今の、この状況だってそう。
自分の目の前に、自分と同じ格好をした存在が、もうひとりいる。
ありえないことでは、ない。
つきつめて考えると、その事実そのものは、それほど重要ではない。
本当に大切なのは、事実よりも原因の方。
どうしてそうなってしまったのか、を知ることこそが肝要だった。
なぜ原因を重視するのか、それを分かりやすく説明すれば、こういうことだ。
今、いきなり詠唱をはじめて、目の前の相手に攻撃魔法をぶつけることは簡単である。
ただ、その結果として、
『同じ顔なので、与えたダメージが、自分にもそのまま返ってきました』とか、
『目の前の相手をやっつけたら、自分の能力が半減してしまいました』とか、
そうなってしまうのが怖い。
その手のおとぎ話は、紅魔館の図書館で、何度か目にしたことがある。
そういうことが起こり得ない、とは断言できない。
だからこそ、事実よりも原因の方が大切。
原因をはっきりさせるまでは、うかつに、目の前にいる相手に手が出せない。
『おそらくは、向こうも、同じことを考えているのではないか』
と、金髪の少女は思った。
そのせいだろうか、しばし、ふたりの間で無言のにらみあいが続いた。
沈黙が、不意に破られる。
「おーい、アリス、起きてるか?」
アリスの家の外から、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「あっ……魔理沙だ」
「どっ……どうしよう」
同じ顔をしたふたりが、同じ顔を見合わせる。
「おーい、いるんだろ? もしまだなら朝飯を一緒に食おうぜ」
玄関のドアが、ノックされる。
中のふたりがおろおろしているうちに、ノックがどんどん繰り返されて、
ふたりは進退きわまった。
2
「……で、だ。わたしにどうしろってんだよ」
「だから、どっちが本物のわたしなのか、魔理沙に判定してほしいのよ」
「魔理沙なら分かるでしょう? つきあい長いのだから」
「……判定、っていわれてもなあ」
同じ顔のふたりに睨まれて、すっかり困惑している黒白の少女は、帽子を脱いで、それで顔をあおいだ。
「……外見は、両方ともアリスだな。おんなじようにしか見えないぜ」
「それは、わたしだって分かっているわよ」
「自分の姿かたちを、見まちがえるわけ、ないでしょう?」
「……なあアリス、おまえ、変なものでも食ったんじゃないのか?」
「ちょっと、ひどいわよ魔理沙! こっちは真剣なのだからっ」
「魔理沙、あんまりだわ。そこまで冷たいとは思わなかった」
すっかりうんざりとした顔で、黒白の少女は帽子を頭にのせた。
「……おんなじ声で、左右両方から話すのやめてくれよ。頭がどうにかなりそうだぜ」
「ああ、魔理沙には、同じ声に聞こえるのね」
「わたしには、違う声に聞こえるのだけど」
「……え? いや、ふたりとも、まったくおんなじアリスの声だぜ」
さっきのムダ知識は正しかったわね、と金髪の少女は内心でうなずいた。
ささやかな問題のひとつは解決した。
だからといって、もっと大きな問題が解決したわけではない。
不意に、黒白の少女が、ぽんと手をたたいた。
「そうだ、人形を使えばいいんじゃないのか? 本物のアリスなら、人形を動かせるはずだろ」
「「それ、いいアイデアだわ! なぜ気付かなかったのかしら」」
金髪の少女が、ふたり同時に叫んだ。
そのときの顔が、やっぱりそっくりだったので、黒白の少女は軽く肩をすくめてしまう。
棚からふたつの人形を持ってくると、それぞれの前に置いて、黒白の少女がたずねた。
「で? どっちのアリスが先にやるんだ?」
「わたしからやるわ」
勝利を確信した表情で、金髪の少女は魔力を人形にこめる。
『シャンハーイ』
上海人形が、ふわりと宙に浮き、部屋をゆるやかに飛び回った。
金髪の少女の顔が、満面の笑みでいろどられる。
「さあ、どうかしら、偽者さん?」
「そんなの、わたしだってできるわよ。いえ、わたしにこそできるわ」
もうひとりの金髪の少女も、魔力を人形にこめる。
『ホラーイ』
蓬莱人形がテーブルの上に立ちあがると、左右にダンスを踊りはじめた。
このとき、金髪の少女が受けた衝撃は、尋常なものではなかった。
人形たちは、自分にしか動かせない。
その、絶対的な自信があったからだ。
だが、事実はちがったようである。
金髪の少女ふたりは、あまりの衝撃の大きさに立っていられなくなり、それぞれが壁に手をついて、自分のからだを支えていた。
『目の前にいる、自分と同じ顔の存在は、自分と同じ能力を持っている』
それを、認めざるを得なかったのだ。
『違う!』
だが金髪の少女は、すぐに激しく首を振った。
『そんな事実は、認めるわけにはいかない!』
幻想郷では、人形遣いの第一人者は自分だ、という確信がある。
「こんなお遊び程度で、決めつけてほしくないわっ」
金髪の少女が、必死の形相で続ける。
「勝負よ。人形で弾幕勝負しましょう。どっちが多くの人形を多彩に操ることができるのか、それで本物と偽物をはっきりさせましょうよ」
もう片方の金髪の少女も、決然として言い放つ。
「それはいい考えだわ。本物の人形遣い、というのを見せてあげるわ。覚悟するのね」
「よすんだぜ!」
ひどく厳しい声が聞こえて、金髪の少女はどきりとした。
「ど……どうしてよ……魔理沙は、こんなやつの味方をするの?」
「ひ……ひどいわ……わたしが、今どんなに苦しんでいるか、わかってくれないの?」
左右から聞こえてくる同じ声に合わせるように、左右に同じように首を振ると、黒白の少女は、おもむろに断言した。
「いいかアリス、最悪のケース、っていうのをよく考えるんだ」
「さ、さいあく? なによ、それ。もう今の状況そのものが最悪だわ」
「そうよ。これ以上に悪くなりようなんて、ないとしか思えないもの」
それに対する魔理沙の口調は、予想以上に激しかった。
「わかってない。アリスはわかってないんだ! なあ、アリス。最悪のケースっていうのはだな――」
黒白の少女が、ふたりの金髪の少女を、等分にながめた。
「――ここにいるふたりのアリスが、ふたりとも偽物、っていうケースだ」
「「は、はい?」」
ふたりの金髪の少女が、すっとんきょうな声をあげる。
「つまり、本物のアリスは、どこかに幽閉されている。ここにいるのはコピーふたりで、コピーが何か力を使うたびに、本体のアリスは消耗していき、そして最後には死んでしまう」
「やめてっ! 怖いこと言わないでよ!」
「冗談としても、タチが悪すぎるわよ、魔理沙!」
「わたしの説がまちがってるって、どうやって証明するんだ? おまえらふたりとも、ぐーすか寝てたんだろ?」
「「うっ」」
「寝てる間に、何かの術を施された可能性は? あるんじゃないのか?」
黒白の少女は、鋭い口調でたたみかける。
「たしかに、アリスは魔術には詳しいかもしれない。でも、この幻想郷に存在するのは、魔術だけじゃないんだぜ? たとえば、呪術や巫術だってあるし、他にも色々あるだろ。自分がなんにもされてない、それをどうやって証明するんだ?」
金髪の少女ふたりは、沈黙でしか、こたえることができなかった。
そんなふたりの様子を見て、黒白の少女は、声の調子をすこしやさしいものに改めた。
「アリスのためを思って、わたしは言っているんだぜ。わかってくれよ」
金髪の少女ふたりが、ちいさくうなずく。
「よし、それなら、とりあえず力を消耗するようなまねは、よせ。余計なことをしないで、必要な対策をとるんだ」
「……じゃあ、どうしろというの?」
「……魔理沙には、なにか考えがあるの?」
黒白の少女が、ほうきを持って立ち上がった。
「こうなったら、一刻も早く、専門家に相談するんだ。それがいちばんだぜ」
3
「れいむのところへ行く、か……。魔理沙のことだから『わたしが解決するぜ!』って、言うものと思っていたけれど」
金髪の少女は冗談めかして言ってみたが、その声にはすこし元気がかけていた。
黒白の少女が、黒白の帽子を、まぶかにかぶりなおす。
「ただの異変なら、そうするぜ。けど、アリスの身に、なにかあったら困るからな。慎重にもなるってもんさ」
『わたしのことを、心配してくれているの?』
金髪の少女の胸が、かすかに高鳴る。
『こんなときにドキドキするなんて、わたしは何を考えているのだろう』
金髪の少女は、黒白の少女に見えないようにして、ちいさく首を振った。
「おいアリス、何してるんだ? もたもたするな、早くほうきに乗れよ」
「あ、ごめん。でも、そこまでしてもらわなくてもいいわ、博麗神社まで自分で飛ぶから」
「わたしも、いい。なるべく魔理沙に迷惑かけたくないし」
「このあほうどもめ、わたしの話を聞いてなかったのか?」
「「……え?」」
「なるべく力を消耗するなって、さっき言ったじゃないか。空を飛ぶのだって、魔力を使うだろ? このほうきならギリギリ三人は乗れる。遠慮すんなよ」
金髪の少女ふたりが、無言のままで顔を見合わせる。
黒白の少女に迷惑をかけたくないけれども、その言い分に逆らいたくもないからだ。
ちょっと迷ったけれども、ほうきには三人が乗ることになった。
黒白の少女を間にはさむようにして、金髪の少女ふたりが前後に乗る。
その三人乗りは、ひどく不思議な感覚だった。
『こんな不思議な感覚は、これが最初で、そして最後であってほしい』
金髪の少女は、つよく願った。
その胸には、上海人形が抱かれている。
黒白の少女には『置いていったらどうだ』と言われたのだが、金髪の少女は、おまもり代わりに持っていくことにしたのだ。
三人乗りのほうきが、博麗神社に到着する。
降り立った三人は、境内に霊夢の姿がないのを確認すると、その足を母屋の方へと向けた。
金髪の少女の足取りは、重い。
金髪の少女は、神社に来てしまったことを、すこし後悔していた。
自分の身の回りで起こった事件に、魔理沙だけではなく、霊夢まで巻き込もうとしている。
プライドの高い金髪の少女には、それが許せない。
自分の問題を、自分だけで解決できないことも、
黒白の少女に、色々と迷惑をかけていることも、
動揺している自分自身を、うまくコントロールできないことも、
もはや、なにもかもが許せない。情けないとしか思えない。
だが、そんな複雑な気持ちも、あっという間に吹き飛んでしまうできごとが待っていた。
黒白と金髪の三人の少女は、母屋の前で立ちすくむ。
博麗神社の、母屋の、縁側。
そこに座っている人物。
短めの、ちょっとくせのある金髪。
すこし気の強そうな印象を与える、青い瞳。
病的なまでに色素の薄い、透き通るように白い肌。
見慣れた青色のワンピースに、その身を包んでいる。
「うそだろ……三人目のアリスかよ……」
かろうじて発せられた黒白の少女の声は、はっきりと震えていた。
いま、博麗神社の母屋には、四人の人物がいる。
金髪の少女が三人と、黒白の少女がひとり。
まだ夏の暑さが残っているというのに、その場の空気は凍りついていた。
それでも、もっとも精神的に余裕があるのであろう、黒白の少女が一歩前に出た。
「妙な質問をする、と思うかもしれないけどさ、あえて訊くぜ」
黒白の少女が、母屋の縁側に座っている、金髪の少女の正面に立つ。
「お前は、だれなんだ?」
残るふたりの金髪の少女が、ごくりと唾を飲み込んだ。
返答は、ない。
黒白の少女が、まじめな顔で続ける。
「いや、気持ちは分かるぜ。突然こんなことになって、驚いちまうのは無理もないが、お互いに情報交換はしないとな。だからこたえてくれ、お前は誰なんだ?」
ふたたび、返答はない。
黒白の少女が、すこし困った顔で、後ろのふたりを振り向いた。
金髪の少女のうちの片方が、意を決した様子で、前へと進み出る。
「あなた自身のことにこたえられないのなら、別の質問にこたえてもらうわ。れいむは? れいむは、どこにいるの?」
直後、金髪の少女はぎょっとした。
縁側にいる金髪の少女が、にやりと黒い笑みをたたえたからだ。
黒白の少女が、我慢できない様子でさけぶ。
「いいかげんにしろ! どうして黙ってるんだ!」
「そりゃあ、しゃべると、ばれちゃうからでしょ」
あっけらかんとした口調で、縁側にいる金髪の少女が、はじめて言葉を発した。
4
前に出ていた金髪の少女は、思わずおおきな声を出してしまった。
「そ、その声……その声、れいむよね? れいむなんでしょ?」
「なによ、その言い方。そうでなけりゃ、何に見えるっていうのよ」
「何に見える、って……それは……わたしだとしか……」
「悪かったわね。ちょっとおもしろそうだったから、黙って様子を見てたのよ」
縁側にいる金髪の少女が、けらけらと楽しそうに笑った。
その前に立つ金髪の少女が、蒼白な顔で、震える声を出した。
「ねえ、れいむ、お願い、相談にのってほしいの」
「暇だから、べつにいいわよ。あ、でも、いろんな話を同時に聞くのは面倒だから、話すのはあなたひとりにしておいてね」
言われたとおりに、指名を受けた金髪の少女が、縁側にいる金髪の少女に、いままでの事情を話しはじめた。
その、話を聞くしぐさ。
どこか適当な感じのするあいづち。
かぎりなく、面倒くさそうなやる気のない態度。
目の前にいる縁側の少女は、外見はどうあれ、まちがいなく霊夢なのではないか、と金髪の少女は感じていた。
最後まで話を聞いていた縁側の少女は、二、三回つづけてうなずいた。
「まあ、だいたい事情は分かったわ」
「どう、わかったの?」
「まあ、悪ふざけよね」
「……え?」
「というかね、こういうタチの悪い冗談に、アリスが引っかかったのが驚きだわ」
「冗談……って、え、ええっ? こ、この状況って、冗談なの?」
「話をきいただけの、わたしがすぐにわかったんだから、アリスなら分かるでしょ?」
黒白の少女が、低い声を出す。
「落ちつけよ、アリス。いいか、そこの縁側にいるのが、博麗霊夢だって確定したわけじゃないんだぜ」
縁側の少女が、くすくすと楽しそうに笑う。
「そうそう、その通り。簡単に信じちゃあ、ダメだからね」
「ちょっと! あなたが自分でそれを言うわけ?」
一方の金髪の少女は、どこまでも真剣だった。ひきつった顔で続ける。
「ねえ、お願い。あなたの声も、しぐさも、性格も、どう考えても、れいむとしか思えないのよ。この場では嘘を言わずに、正直に答えてほしいの」
「いやよ」
きっぱりと、返されてしまった。
「だって、面白いんですもの。この状況をさかなにして、一杯やりたいくらいだわ」
「ねえ、れいむ、こんな非常事態に、からかわないでよ……」
「だまされる、アリスが悪いわね」
断固とした口調で、縁側の少女が言う。思わず半歩さがった金髪の少女に、
「だって、あなた……」
とたたみかけようとして、縁側の少女は急に考え込んだ。
しばしの沈黙のあと、ゆっくりと口を開く。
「ああ、そうか、そうだったわね。アリス、あなた、風神録のとき、いなかったのよね」
いきなり話題が変わってしまったので、金髪の少女は情けない声で応じた。
「な、なによぉ『ふうじんろく』って」
「ごめんね、アリスは永夜抄のときも、地霊殿のときもいてくれたから、てっきり風神録にも参加してたもんだ、と思い込んでたわ」
「……ええと、もしかして、『ふうじんろく』って、早苗たちが来たときのこと?」
「そう」
「妖怪の山で、ひと波乱あった、って聞いているけど」
「そう、その通り。そしてあのとき、わたしははじめて河童にあったのよ」
縁側の少女は、すこしおだやかな口調で訊いた。
「アリス、あなた、『光学迷彩』って、知ってる?」
「ううん、はじめて聞くわ」
「『光学迷彩』ってね、詳しい仕組みはわからないけど、光の屈折やら反射やらを操って、自分の姿を、背景に溶け込んだかのように、見せることができるらしいわ」
「……そんなこと、可能なの?」
「ええ、わたし、この目で見たもの。そのとき河童は、透明人間のように、まるで姿が見えないふりをしていたわ。と、いうことは」
「いうことは?」
「自分の姿を消せるってことは、別の姿に見せることもできるでしょうよ」
「ちょっと……ちょっと待って、ねえ待ってよ! じゃあこれ、河童のしわざなの?」
「はいはい、アリス、落ち着いて。まずは、わたしの手首のあたりを触ってみて」
縁側の少女が、右手をさしだす。
金髪の少女は、かるく眉をひそめた。
目の前にいる縁側の少女は、自分と同じ服装をしているようにしか、見えない。
まだ暑さが残っているので半袖を着ているから、手首のところには、なにもない、はずだった。ところが。
「ひ、ひえぇ、何よこれ。目に見えないけど、腕のところに、布っぽい感触のものがあるわ」
「それ、何だと思う?」
「何って、なんかひらひらしてるし……あれ? もしかして……これ巫女服の、袖なの?」
「当たりね。なんなら、髪の毛も触らせてあげるわよ」
「ちょっと失礼するわね……あ、すごい。目に見えないけど、髪の毛が長いわ。うん、うんうん、これっていつもの霊夢の髪よね。だって、顔の両側にちくわがあるもの」
「ちくわって言うな、それ髪飾りよ! ……まあ、そんなことより、理解できた?」
「え、ああ、うん。……これが『コーガクメーサイ』ってやつなのね?」
「そ。わたしはいつもの巫女服を着ている。でも、光をいじくって、見た目だけを変えることができてるっていう寸法よ」
金髪の少女が、別の金髪の少女の方へと振り返った。
「じゃあ、触ってみれば、わかるのよね?」
「自分の顔や、からだの形に詳しいのであれば、可能でしょうね」
金髪の少女が、ふたたび縁側の少女の方へと向きなおった。
「ちょっとれいむ、それどういう意味?」
「そのままの意味よ。さっき、朝からのできごと、全部話してくれたでしょ? たしか、魔理沙が急にやって来たから、ふたりとも同じデザインの服を慌てて着たんでしょ? 服の形じゃ区別できないわよ?」
「じゃあ、どうしろっていうのよ……」
「チルノじゃあるまいし、頭を使えばわかるでしょう? アリス、あなた頭いいんだから」
「そんなこと、言われても……」
そこで、金髪の少女はふと考え込んだ。
5
「……ねえ、れいむ、その『光学迷彩』だけでは説明できない部分もあるわ」
「なぁに?」
「人形よ。さっき話したでしょう、ふたりとも、人形を使うことができたのよ?」
縁側の少女が、のんびりとした口調でたずねる。
「アリス、人形を使えるのは、あなた以外に何人いるの?」
「ゼロよっ!」
金髪の少女の声に、力がこもる。
「だって、わたしの人形なのよ? 自分でつくった人形なのよ? わたしがいちばん詳しいし、わたしにしか使えないに決まっているじゃない!」
「ふぅん、じゃあアリス、人形の話をしたことはないの?」
「……どういう意味?」
「ふつうの、茶飲み話で、人形のことを話題にした、とか。もしくは、訊かれたから、ちょっとだけ教えてあげた、とか。そういうの、ないの?」
「え? そりゃあ、まあ、魔理沙になら、少しだけ話したことはあるけど……」
「じゃあ、魔理沙なら、すこしは人形を操ることができるのね?」
「え、ええ。たぶんできるわ。でも、それは今回のケースではあてはまらないわ。だってさっき人形を操ったとき、魔理沙は見ているだけで、なにもしていなかったもの」
縁側の少女が、やれやれという感じで肩をすくめる。
「ああ、アリス、かわいそうに」
「かわいそうって、どういう意味よっ」
「起きぬけの、朝いちばんに仕掛けをくらってしまって、調子を取り戻せていないのね」
「ねえれいむ、まわりくどい言い方はやめて。こっちは、けっこう切羽つまっているのよ」
「じゃあ訊くけど、アリス、あなたが言う魔理沙って、誰のこと?」
「誰って……魔理沙はわたしとちがって、ひとりしかいないじゃない!」
金髪の少女が、黒白の少女を、いきおいよく指さす。
縁側の少女は、それをにやにやしながら見つめている。
どこかにくたらしい、その笑顔をしみじみと見返して、金髪の少女は、なにかに気付いた。
「……あ、あれ?」
「アリス、もういちど訊くわね。魔理沙って、だれのこと?」
「え……あ、ああ……そんな……まさか、あれも光学迷彩なの?」
金髪の少女が、必死になって記憶をさぐっている。
「……い、いえ、でもおかしいわ! れいむ、さっき話したでしょう? ここまで、魔理沙のほうきで飛んできたのよ?」
「ねえアリス、わたしはね、むしろその部分でピンときたんだけど――」
縁側の少女が、ちいさく鼻で笑った。
「――なんなの、そのふざけた『三人乗り』っていうのは」
「それは……魔理沙が、『なるべく力を消耗するな』『空を飛ぶのだって魔力を使う』って、そう言うから……え? あれ? まさか?」
金髪の少女は、ぶつぶつと口の中でつぶやく。
「魔理沙が、ひとりでは飛べないのを、ごまかそうとした……いや、ちがう……逆に、ほうきがないと飛べないのを、ごまかそうとした……」
ぐいっという感じで、金髪の少女が、力づよく縁側の少女を見た。
「れいむ! さいごに、ひとつだけ教えて!」
縁側の少女が、すぐにこたえる。
「いくらで?」
「おさいせんなら、あとでいくらでもあげるわよっ」
「じゃ、どうぞ」
「河童の技術っていうのは、声も変えることができるのかしら?」
「そうね、アリス。わたしは直接見たことはないけど、『変声器』っていうのが、あるらしいわよ」
「できるのね? 声も、変えられるのね?」
「そりゃ、光をいじくって、見た目を変えられるんですもの。音をいじくって声を変えるのだって、できるでしょうよ」
「れいむ、わたしにも分かってきたわ、ことの真実が……」
「おさいせん、忘れないでね」
「あとは正体を、探るだけね。どうしてやろうかしら?」
「はい、じゃあどうぞ」
いつの間にか、縁側の少女は、野菜が盛られたざるを手にしていた。
「……なによ、これ」
「きのう、里に行ったときにね、おすそわけしてもらったの」
縁側の少女が、ざるの中から、ひとつの野菜を取り出す。
「ほら、このキュウリ。色といいつやといい、なかなかのものでしょ。……おおっと、手がすべったあ!」
キュウリが、縁側の少女の手を離れて、宙を飛ぶ。
まさにそのキュウリが地面に落ちようか、という、その瞬間。
黒白の少女が、スライディングキャッチをした。
「なんてことをするんだ! こんなに見事なキュウリを、粗末に扱うなんて!」
「あなた……魔理沙の、口調じゃ、ない……」
「……………あ」
「あ、あなた……格好と声は魔理沙だけど……河童だったのね! にとりでしょ、そうなんでしょ!」
黒白の少女(にとり)が、もうひとりの金髪の少女を見つめて、訊く。
「うーんと、どうしたらいい?」
そんなふたりにお構いなしという感じで、縁側の少女(霊夢)が、ざるの中から別のなにかを取り出した。
「はい、じゃあ、つぎはこれね」
「こんどは、なに?」
「マツタケよ。これも、おすそわけしてもらったの。ちいさいけど、香りはなかなかのものよ。……おおっと、手がすべったあ!」
今度はマツタケが、縁側の少女の手を離れて、宙を飛ぶ。
まさにそのマツタケが地面に落ちようか、という、その瞬間。
もうひとりの金髪の少女が、スライディングキャッチをした。
「なにするんだぜ! 今年は天候不順のせいで、キノコはなかなか取れないんだ! ましてやマツタケを粗末に扱うなんて、許せないぜ!」
「魔理沙ね」
「……………あ」
「そうよね。魔理沙だったら、わたしの人形にダンスさせるくらいなら、できるものね」
金髪の少女(魔理沙)が、ぎこちない笑みを浮かべて言う。
「まあ、なんだ。アリス、落ちつけよ」
6
さっきとは別の意味で、その場の空気が凍りつきつつある。
誰の目から見ても、金髪の少女(アリス)の危険度が上がっていくのは、明らかだった。
金髪の少女(アリス)のすさまじいまでの眼光に、まずは黒白の少女(にとり)の方が先に屈した。
「これは、実験だったんだよ」
「……実験?」
「そう、実験。姿と声を変えて、相手をどこまでだませるのか、っていう実験。だから、もともと、最後にはネタばらしをするつもりだったんだ」
「……なんで、わたしに?」
「だって、里の人間なんかは、すぐだまされちゃうから、実験にならないでしょ? それにいちおう、人間は河童の盟友だから、あまりだましたくはないし」
「……………」
「人間以外となると、対象は限られるわけ。妖精は、ちょっと知性に問題があるからダメでしょ? 妖怪にしても、あまり頭の悪いやつはダメだし、かといって、大物だと、今度はすぐに見破られちゃうし」
「……だから、わたしなの?」
「え? そりゃあ、魔理沙が、さ」
金髪の少女(アリス)が、金髪の少女(魔理沙)に、槍のように鋭い視線を向ける。
その視線から微妙に身をそらしながら、金髪の少女(魔理沙)が叫んだ。
「アリス、じつは……わたし……お前に添い寝をしたかったんだ!」
「……はあ?」
「アリス、お前と同じベッドで、一緒に眠ってみたかった、それだけなんだっ」
金髪の少女(アリス)の顔が、かすかに赤みをおびてくる。
「な、なにを、き、きゅうに、いいだすのよっ」
「アリス、わたし、お前のことが好きなんだ」
金髪の少女(アリス)の胸が、ばくばくと高鳴る。
「えっ……」
「ただ、それだけなんだ。それだけだったんだぜ」
黒白の少女(にとり)が、ちいさく首をかしげた。
「あれ? そうだっけ? たしか魔理沙、『アリスだったらプライドが高いから、だましたときに面白い』とか、言ってなかったっけ?」
「……………」
「それと、『同じ魔法使いなのに、スタイルがよくってむかつくから、寝ている間にこっそり胸のひとつでも揉んでやる』とも、言ってなかったっけ?」
「なあ、にとり」
「なぁに? 魔理沙」
「息のつづく限り、力いっぱい、走れ」
神社の裏手にある、森の中。
ふたりの少女の、荒い息づかいが聞こえる。
ふたりは必死に、木々の間を走っている。
「にとり、どうだ、まいたか?」
「ええと、いや、だめみたい。ほら魔理沙、あそこに上海人形がいる」
「くそっ、だから人形は置いてこさせるべきだったんだ。人形さえなければ、なんとかなるのにな」
「でも、アリスが『おまもり代わりに持っていきたい』っていうから」
「そこは、魔理沙役のにとりが止めるべきだったんだぜ」
「ええ? わたしのせいになるの? それはあんまりだよ」
「そりゃそうだろ、そもそもにとりがばらすから、こうして追いかけられてるんだぜ?」
黒白の少女(にとり)が、不機嫌そうな声で文句を言う。
「それはおかしいよ。わたしは正直に言っただけじゃん。悪いのは魔理沙でしょ、うん、魔理沙だけが悪いんだよ」
「おいおい、なにを言いはじめるんだ?」
「あのねえ、わたしだって、女の子なんだよ?」
「それは、知ってるぜ」
「だから、わたしだって女の子の気持ちは分かるもん。さっきの魔理沙、女心をもてあそんだでしょ? だからアリスは怒ってるんだよ」
「いや、たぶんそれだけじゃないと思うぜ。そもそも、あいつはプライドが高いんだ」
「そうかなあ。わたしは実験をしただけだから、悪くないもん。きっと、アリスもわたしのことは許してくれると思うな」
黒白の少女(にとり)は、上海人形が見える方向に、おおきく手を振った。
「おーい、アリス、聞こえるかー?」
「おい、やめろって」
「わたしは、実験したかっただけなんだー。わたしは悪くないでしょー」
「この、バ河童! 伏せろ!」
金髪の少女(魔理沙)が、黒白の少女(にとり)に飛び抱きつくようにして、地面に伏せさせる。
その直後、ふたりの視界がピンク色に染まった。
にとりの頭があった部分を、超極太の上海レーザーが通過していく。
魔力を源とする高エネルギーの余波が、ふたりの肌を、ビリビリとふるわせた。
ようやく視界が元に戻ったとき。
にとりの胴体よりも太い木が、四、五本まとめて倒れた。
「にとり、何やってるんだ! 死にたいのかっ」
「……あ、あ、あんなの食らったら、首から上がなくなっちゃうよ」
「わかったか? いいから、とにかく逃げるんだ」
ふたりが、再び走り出す。
「魔理沙っ、どこに逃げるつもりなの?」
「いま、考えてるっ」
その瞬間、ふたりの目の前になにかが飛び出してきた。
急なできごとに、ふたりの心臓が止まりそうになる。
「あたい最強!」
飛び出してきたなにかが、声高らかに叫んだ。
「な、なんだぁ? チルノか? びっくりさせんなよ」
その氷の妖精が、ぐいっと胸を張った。
「鬼ごっこしてるのね? あたいも仲間に入れてよ!」
「……にとり、伏せろ」
「うん」
再び、視界がピンク色に染まる。
『ジュッ』という音が、ふたりの耳に届いた。
「ち、ちるのが……とけた……」
「心配するな、妖精は死なないぜ。そのうち復活するさ」
金髪の少女(魔理沙)が、にやりと笑う。
「それより、チルノがいたってことは、湖が近いっていうことだな」
「たぶん、そうだと思うけど」
「にとり、泳ぎなら自信があるだろ?」
「まあ、そうだけど。どうするの?」
「わたしを連れて、泳いでくれ。湖を渡るんだ。あそこでかくまってもらおうぜ」
7
「で? このわたしに、庇護をもとめるというわけね」
傲然とした様子で、レミリア・スカーレットが言い放つ。
ここは、紅魔館の広間。
いわば、謁見の間のようなものだ。
「ああ、そうだぜ。助けてくれよ。知らない仲じゃないんだしさ」
「ふふん、調子のよいことを言うのね」
「ちょっと、かくまってくれるだけでいいんだ、なあ頼むよ」
「……ところで、どうしてそんな恰好をしているのかしら?」
「ああ、これか?」
金髪の少女(魔理沙)が、簡単に事情を説明する。
話を聞いたレミリアが、その赤い目を輝かせた。
「なるほどね。かくまってあげてもいいけど、ひとつだけ、条件があるわ」
「条件? なんなのぜ?」
話を聞いた金髪の少女(魔理沙)は、呆然とした表情でちいさな吸血鬼を見つめた。
「条件を飲むの? 飲まないの?」
「……わかったよ、やるよ、やればいいんだろ」
十六夜咲夜が、ドアを軽くノックしてから、部屋の中に入る。
「お嬢さま、紅茶をお持ちしました」
レミリアの返事は、ない。
「あの、お嬢さま。紅茶を、お持ちしましたが……」
ふたたび、返事はない。
「その、お嬢さま、冷めないうちに、紅茶を……」
返答なし。
咲夜は、血のにじむほど、つよく唇を噛んでから、意を決して言い放った。
「ねえレミリア、紅茶が入ったわよ」
レミリアが、はじめて返事をする。
「あら、ありがとう、『レイム』」
咲夜の外見は、にとりの光学迷彩によって、霊夢の姿へと変化していた。
これこそが、魔理沙とにとりをかくまうにあたっての、その交換条件だったのだ。
「あの、お嬢さま、いつまでこんなことを、お続けになるおつもりですか」
レミリアは、こたえようとしない。
「あの、お嬢さま?」
レミリアは、やはりこたえない。
外見だけではなく、口調も霊夢と同じものにしないと、咲夜の主人は返事をしてくれないのだ。
紅白の少女(咲夜)が、ひどくつらそうな声を出す。
「ねえレミリア、いつまでこんなこと続けるのよ」
「それはもちろん、わたしの気が済むまでよ」
レミリア・スカーレットは、どこまでもカリスマあふれる口調で、おごそかにこたえた。
もちろん、レミリア自身は、いつもの吸血鬼としての格好をしている。
それだけが、咲夜にとって救いだった。
一礼して廊下に出た紅白の少女(咲夜)のもとに、別の紅白の少女が、走ってやってきた。
「咲夜さーん、もう勘弁してくださいよ」
「……なによ、美鈴」
「こっちが門から動けないのをいいことに、向こうはバカスカ魔法を打ってくるんですよ? ようやくアリスさんの魔力が尽きたので、いまはちょっと休めてますけど、こんなのひどいですよ」
紅白の少女(美鈴)は、おおげさに身振り手振りを交えて話し続ける。
「わたしが攻撃をよけたら、館が壊れるじゃないですか。だから一生懸命、受け止めたり、はじいたりしてますけど、体がもちませんよ。自慢じゃないですけど、なみの妖怪だったら、とっくに消し飛んでますよ」
「……だから?」
「いっそのこと、あのふたりを追い出してくださいよ。そうすれば……」
「それはダメよっ」
紅白の少女(咲夜)が、たたきつけるような厳しい口調で言う。
「お嬢さまが、かくまうと決めたのよ。スカーレット家の名誉にかけても、あのふたりは守らなくていけないわっ」
「そんなぁ」
「それより美鈴、その格好でしゃべらないで。すごく腹が立つから」
「それはあんまりですよ、咲夜さん。わたしだって、好きでこの格好をしてるんじゃないんですから。腹が立つって言われても、どうしようもないじゃないですかぁ」
紅白の少女(美鈴)が、しつこく食い下がる。
「ねえ咲夜さん、咲夜さんだって、おつらいでしょう? なんとかしましょうよ」
紅白の少女(咲夜)は、ゆっくりと首を振った。
「別に、この格好でいること自体は、わたしは構わないわ」
「ええっ、そうなんですか?」
「わたしにとって、なにがつらいって……それは、お嬢さまを、呼び捨てにしなくてはいけないことが……ううっ」
「そこですか! いや、それはちょっと違うでしょ!」
紅白の少女(咲夜)が、じろり、と紅白の少女(美鈴)を睨んだ。
「いいから、あなたは門に戻りなさい。いつアリスの魔力が回復するか、わからないわ」
「そんなぁ……」
場所はかわって、紅魔館の図書館。
ここにいるふたりも、紅白の少女の格好をしていた。
「あの、パチュリーさま、よろしいんですか?」
「なにが?」
「あの、この状況です」
紅白の少女(小悪魔)が、探るような口調で言う。
「咲夜さんとか、美鈴さんとか、かなり大変みたいですけど……」
「らしいわね。でも、わたし自身に関しては、別に問題はないわ」
紅白の少女(パチュリー)は、本から目を離さずに続ける。
「光学迷彩で、見た目をいじっただけですもの。普段の生活に、支障はないわ。あなただって、別に不都合は感じていないでしょう?」
「それは、そうですけど……」
「それに、当のレミィは上機嫌だしね。美鈴にとっても、普段なまけているぶん、いい訓練になるでしょうよ。まあ、咲夜はかわいそうかもしれないけどね。それになにより、ささいなデメリットをおぎなって、余りあるほどに――」
「ほどに?」
「――妹さまの機嫌がよい、というのが、なによりだわ」
「わーい、またわたしの勝ち! マリサ、よわーい」
「ははは、フランは強いなあ。はは、ははは、はぁ……」
黒白の少女(魔理沙)はフランにばれないように、ちいさくため息をつくと、手にしていたトランプを床に置いた。
「ねえマリサ、つぎはなにをするの?」
「そうだなあ、トランプはずいぶんやったからなあ。なにか他にないのか?」
「ううんと……ちょっと、『ゆうぎしつ』に行って、なにかないか、みてくるね!」
吸血鬼(フランドール)が、飛び跳ねるようにして、元気よく駆け出していく。
「レミリアのやつも、妹の格好はそのままか。案外、妹思いなんだなあ」
「ちょっと魔理沙、なにのんきなことを言ってるの?」
アリスの服を着た少女(にとり)が、あきれた様子で言う。
湖を泳いで渡ったとき、当然のことだが、服は濡れてしまった。
その服を乾かしたあとで、ふたりは服を交換していた。
だから、魔理沙は魔理沙の服を、にとりはアリスの服を着ていた。
「魔理沙はいいよ、自分の服を着てるからさ。このアリスの服、ウエストがきつくって。おまけに、胸はゆるいし。スカートも長いから、丈を調節しないといけないし」
「な? 分かるよな? むかつくだろ? アリスのやつ、スタイル良すぎなんだよ」
「うーん、気持ちは分かるよ。でも、命をかけてまでやることじゃなかったよね」
フランがまだ帰ってこないのを確認してから、アリスの服を着た少女(にとり)が、真剣な口調で訊いた。
「まじめな話、いつまでこんなことをしていればいいのかな」
「ああ、まあ、心配すんな。まったく考えがないわけじゃないぜ」
「どうするつもり?」
「ほら、よく言うだろ? 『地獄の沙汰も金しだい』ってさ」
「金? お金を、どうするの?」
「もう、咲夜には伝えてあるぜ。任せとけって」
そこに、吸血鬼(フランドール)が、おおきな箱をかかえて戻ってきた。
「ねえねえ、あたらしいのがあったよ!」
「……なんだ、これ? 『バトルドーム』?」
「『シュゥゥゥーッ!!』って、するんだって。『シュゥゥゥーッ!!』って」
「ふうん。けどこれ、四人用みたいだね。だれか連れてこないと」
「なら、いっそレミリアにしようぜ。あいつも暇だろう」
「ほんと? わーい、おねえさまと遊ぶの、ひさしぶり! おねえさまと『シュゥゥゥーッ!!』」
後日。
血の涙を流した咲夜が、博麗神社を訪れて、霊夢に頭をさげた。
『アリスをなんとかしてください』
『魔理沙とにとりが、多額のおさいせんを準備しているそうです』
『わたしからもお願いしますので、なにとぞ』
その話に満足した霊夢が、アリスを辛抱強く説得して見事になだめるまで、この混乱は続いたのだった。
(了)
でもおもしろかったっす。
いっそ後半は別なお話にした方がスッキリしてて良かったかも。
でも着眼点、構成、細かな描写まで上手くできてて凄く面白かったです。
ところでアリスが幻視力高いって知ってました?
ただ、悪い事をした魔理沙たちがお咎めなしというのがどうも…
面白い作品としてはもう一歩