Coolier - 新生・東方創想話

ナズーリン! 幻想郷に四季が来る!

2016/04/30 06:48:05
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「んー、ここのところロクなモノが無いなあ」

 ここは幻想郷の無縁塚。
 ナズーリンが流れ着いたガラクタを物色している。

「やあやあ、ご精がで出るね」

 背後から声をかけたのは小野塚小町。

「キミか。またサボりかい?」

「休憩時間だよ」

「就業時間よりも長いようだが」

「つまらない嫌みを言うもんじゃないよ」

 小野塚小町は幻想郷担当の死神だが、主な仕事は三途の川の渡し守。トンボでツインテールにした癖のある赤髪と高い身長に、はち切れんばかりのグラマラスボディはどこにいても非常に目立つ。

「忙しい中、こうして声をかけてやってるのに」

「それはー ありがとー ございまーす ……ふん」

「あたい、これでも人気者なんだからね」

「死神に人気があるとは嫌なご時世だな」

「赤い瞳のセクシー船頭とはあたいのことさね」

「ふーん、私も赤い瞳のセクシーダウザーと呼ばれているよ」

「お前さんがセクシー? ははん、へそで茶を沸かすよ」

「ほう、言ってくれたな?」

 この二人、出没場所が被っているせいで今では軽口を叩き合う仲になっている。

「時に小町どの、昼食は済ませたかね?」

「これからさ。するってえとお前さんもかい?」

「私は済ませたよ」

「……この話の流れでその答えはおかしいだろう?
『それじゃあ一緒にどうだ?』と続くのが道理ってもんだ」

「まったくだ」

 真面目くさった顔で大きく頷くネズミの賢将。

「まぁ、私もまだなんだがね」

「相変わらず素直じゃないねぇ」

「これもお約束さ。で、一緒にどうかね?」

「なら、久方ぶりにドジョウ汁はどうだい?」

「ふむ、泥鰌(どじょう)か、旬は初夏だが今頃も悪くないね」

「どぜう、だよ」

「どぜう、だね」

「さあ、いきませうか」

「いきませう、いきませう」

 暇人二人は連れ立って里へと歩き始めた。

 ―――†―――†―――†――― 

 幻想郷で唯一泥鰌(どじょう)を出す店【芝全交(しばぜんこう)】。

「丸煮もいいけど、割いた(開いて骨と頭を取ったもの)方が品が良いやね」

「丸ごとで骨の歯応えを楽しむのも悪くはないけど、柳川は〝割き〟に限るよ」

 二人がつつているのは柳川鍋。ささがきにしたゴボウを土鍋に敷き、割いたドジョウを並べ、出汁、醤油、砂糖を合わせた煮汁でひと煮立ちさせてから溶き玉子を回し入れて蓋をして蒸らす。粉山椒を振って食べると堪えられない。

「これが冷酒に合うのなんの!」

 ぐい呑みをあおり、かーっと言いながら膝を叩く小町。

「キミ、勤務中だろ?」

「ははん、こんくらいは量のウチには入らないよ」

「舟にも飲酒運転のペナルティがあるんじゃないかい?」

「酒抜きでドジョウを食えってかい? 野暮を言うもんじゃないよ」

「まぁ、私のあずかり知らぬことだが」

 ナズーリンは揚げドジョウに箸を伸ばす。ぽん酢と紅葉おろしを一掬い、ぱくり、もじょっ もじょっ。そしてこちらもぐびびっとあおる。これも酒の肴には抜群。ちなみに揚げるなら丸のままだ。

「う~~むっ たぁまらないなぁ~ あは」

 いつもはしかめっ面の賢将だが、この時ばかりは顔がだらしなく綻む。

「この店のドジョウは臭みが無くてうめぇよね」

 小町も揚げドジョウを口に放り込みながら言う。

「泥臭さや藻のカビ臭さが強いと興ざめだからね。砂地の小川で丁寧に捕っているのだろう」

「シメは白い飯に味噌仕立てのドジョウ汁をぶっかけて、サラサラッと掻っ込みたいねぇ」

「うむ、賛成だ」

 江戸っ子気質の小町はドジョウ好き。ナズーリンも嫌いではない。

「話は変わるが、キミの上役はお元気かね?」

「四季様かい? いつも通りさ」

「それは結構だ。何度か見かけてはいるが話をしたことはないんだよ。機会があれば紹介して欲しい」

「へえ、奇特な物言いだね。四季様に会いたいとは」

 四季映姫・ヤマザナドゥは月の半分は裁判で忙しいはずなのに、休暇中も彼岸で説教して回るほど職務に真面目に取り組んでいる。幻想郷の人々を思って有難い話をしてくれるのだが、非常に説教臭く、正論しか言わないので煙たがられている。強力な妖怪たちも身を隠すほどだ。

「中々の美人だからね。お近づきになりたいと思っているんだよ」

「そんな邪(よこしま)な理由で紹介できるわけないだろ?」

「それこそ野暮を言うんじゃないよ。キミの上役は私程度がどうこうできるヒトじゃないだろ?」

「そりゃあ、四季様は至高の存在だからねぇ」

 豊乳を持ち上げるように腕組みしてドヤ顔をして見せる。

「だからこそご挨拶の一つでも、とね」

「軽い気持ちで言ってるなら後悔するよ? お前さんは山ほどお説教をもらうクチだよ」

「かの有名な〝説教地回り〟だね」

「おい、失礼だね。皆に少しでも善行を積まそうと憎まれ役を買ってくださっているんだよ。誰もあの方の優しい心根は分からないさ」

「ほほう、自分だけが知っていると言いたげだな」

「そうさ。凛々しくて、カッコよくて、職務に忠実で、真面目で、禁欲的で、とても頭が良くて、己の信念をしっかり持っていて……なのに自分のことには頓着がなくて、いつでもヒトのためを考えていて、そして、そして、誰よりも綺麗なんだ」

「いやはや大絶賛だね。もはや盲信の域だな」

「あん? 上司を尊敬して何が悪いのさ」

「悪いこと無いさ。私だってご主人様を尊敬しているよ」

「んー、お前さんのご主人さんは、ぼっとり(グラマー)美人だよね」

「キミこそ邪じゃないか。私のご主人様は先ほどキミが上司に贈った賛辞に加え、謙虚で、努力家で、優しくて、強くて、そして、そして、三千大世界で最も美しいんだよ」

 上司自慢で遅れを取るわけには行かないナズーリン。

「言ってくれるねぇ。でも四季様にはかなわないよ」

 ふふん、と笑って豊満な胸を張り、ネズミ妖怪の反撃を待つ。
 いつもならすぐさま憎まれ口を返してくるナズーリンが難しい顔で小町を見つめている。

「なんだい?」

「小町どの、キミはその上司に懸想しているね?」

「な、何を言い出すんだ。バカバカしい」

 そう言って柳川鍋に箸を伸ばす。

「箸が震えてるよ」

 その指摘の通り小刻みに震えていた箸を引っ込め、少し俯く小町。

「どうだい? 図星だろう?」

「……だって、あたいなんかが相手にされるもんか」

 トーンもダウンしてしまっている。

「高嶺の花なんだよ……あたいの給金じゃあ、とてもじゃないが手が届かない」

「それは高値と言いたいのかい? 元々の意味が間違ってるぞ、しっかりしたまえ」

「どうでも良いじゃないか。とにかく身分が違いすぎるんだよ」

「つまり四季映姫が好きなんだね?」

「こらっ 呼び捨てにするな!」

「それこそどうでも良いだろうが。大体、上司に恋情をもよおすとはけしからん話だな」

「ちょっと待ちなよ」

「なんだね」

「お前さんだってそうじゃないか」

「私はうまくいっているから良いんだよ」

 寅丸星とナズーリンのバカップル主従は割と有名なのだ。 

「それって、理屈に合わない気がするけど」

「結果がすべてさ」

 ふんっと鼻を鳴らすネズミの従者をじぃーっと見つめる三途の川の船頭。

「うらやましい話だねえ」

「キミもあわよくば、と思ってるんだろ?」

「そりゃまあそうなれば最高だけどさ」

「指をくわえたままでは何も起きんよ。分かるだろ?」

「そうだけど……そのぉ……なにか秘訣でもあるのかい?」

「さあね」

「あるんだろ?」

「まぁ、無いこともないがね」

「教えておくれよっ」

 思わず身を乗り出す豊艶死神。

「タダでかい?」

「ここの勘定は持つからさ」

「ふむ……では、心して聞きたまえ」

「うんっ」

 あぐらを改め、正座して背筋を伸ばす小町さん。

「待つんだよ」

「……何を?」

「告白してくれるのを、だよ」

「は? 上司からかい?」

「そうさ」

「あの別嬪さんがお前さんに告白したってのかい?」

「そうさ」

「それを信じろと?」

「そうさ」

「思い通りに操り動かすのは?」

「操作」

「カップの受け皿は?」

「ソーサー」

「まじめにやっとくれよ!」

「それはこちらのセリフだ」

 ―――†―――†―――†――― 

「お前さん、今し方、指をくわえたままじゃダメって言ったろ?」

「まぁ、最後まで聞きたまえ。私は千年、待ったんだよ」

「せん……そーーんなに待てるかっての!」

「堪え性のないヤツだな。四季映姫どのとの付き合いはどのくらいなんだい?」

「……●十年くらいかな」

「ふんっ、ハナクソのようなものだな」

「ハナ……ヒドい言われようだ」

 ナズーリンと寅丸星の場合、ほぼ初めから両想いだったのにお互いの遠慮と思い込みで途方もない時間すれ違ってしまったのだ。結果的に想いが通じ合ったから良かったが、傍で見ていた者がいたとしたら、さだめし歯がゆい思いをしたに違いない。何万回も『お前ら早く結婚しちゃえよ!』と。
 そんな不器用なナズーリンの恋愛指南なぞ因幡てゐあたりにすれば噴飯ものだろう。

「ただ待つだけではダメだ。千年の間、尽くして尽くして尽くし続けるんだ」

「尽くすって、具体的には?」

「自分の職務に誠心誠意邁進するんだ」

「は? なんでそうなるの?」

「惚れた相手の望みを叶えたいと思うのは当然じゃないか」

「だからー、どう言うことさ?」

「私のご主人様の願いは仏徒として真っ当に修行を積み、毘沙門天の代理に恥じない存在になることだ」

「それで?」
                              
「従者であり教育係でもある私はその願いを叶えるべく、長きにわたって全力をつぎ込んできたのだ」

 修行法を指導し、その心の不安材料を取り除き、技能を身に付けたいと思った時には具体的な道筋を示した。
 ナズーリンの『献身』は千年の間、全く揺るぎが無かった。
 だからこそ寅丸星は誰よりも、自分自身よりもこの献将を信じ頼るのだ。

「ご主人様が少しずつでも前に進んでいることを実感できたとき、それこそが私にとって愉悦の極みだ」

「……そうなのか」

 迷いの無い強い眼(まなこ)に少し怯んでしまうグータラ死神。

「キミは四季映姫の喜ぶ姿を見たくはないのか?」

「そりゃ見たいに決まってるさ」

「ならば問う。キミの上司の望みはなんだね?」

「んー、やっぱり、裁判が滞りなく行われることかな?」

「その望みを叶えてやりたいとは思わないのか?」

「そりゃ思うさ」

「そのためにキミができることは何か?」

「えーと……霊をどんどん送ることかなぁ」

「サボっていては滞るわけだな?」

「まあ……そうかな」

 どんどん声が小さくなっていく。

「その状況に上司は満足しているハズないよな?」

「そうだね」

「そのことでしょっちゅう怒られているようだが?」

「耳が痛いよ」

「望みを叶えるどころか足を引っ張っているじゃないか」

 順を追って念入りに詰問するナズーリン。さすがの極楽トンボの死神も少ししょげ込んだようだ。

「でもさ」

「なんだね」

「授業をサボって屋上で昼寝している不良に真面目な委員長が口うるさく注意するってパターンがあるだろ?」

「かなりベタだがね」

「そうこうしているウチにだんだん気になる存在になって恋に落ちちゃったりしてさ、あははは」

「…………キミはそんなトボケた展開を期待しているのか」

 ナズーリンは半眼になっている。

「い、いや、今のは冗談さ、じょーだん、じょおおだん」

「キミは〝仕事〟をナメているな」

「そーんなこたぁーないよっ あたいは【最もやりがいのある仕事】だと思っているさ」

「ならば真面目にやればよいだろうが」

「それは―――」

 その後はゴニョゴニョと聞き取れない。

「キミのサボり癖は身に染み付いたモノだから、まぁ、治らんだろうね」

 ふー、やれやれと両手の平を上に向ける。

「あのさ」

「なんだね」

「さっきから聞かせてもらってるけど、全然参考にならないよ?」

「秘中の秘を授けてやったのになんて言い草だ」

「だって、どうすれば良いのかサッパリじゃないか」

「全てがキミの自堕落な生活に起因してると理解できんのかね?」

「だからー、そこを踏まえた上の〝妙手〟を聞きたいんだよ」

「そんな虫のいい話があるわけなかろう」

「そんなあ」

「何と言われようと、ここの払いはキミだからな」

「うぐぐっ」

 多少なりとも自分の非を認めている小町は言い返せない。

「まぁ、もう少し付き合ってやろう。実際のところ脈はあるのかい?」

「―――どうだろう?」

「なんだそれは」

「それらしい言葉やムードは……無いなぁ」

「つまり眼中に無いってことか」

「う~ん……あっ!」

「どうした?」

「あたいへの思いを上手く隠してるのかな?」

「よくもまぁそこまでポジティヴになれるな」

「可能性はあるだろ?」

「そう思うのならアタックしてみたまえ。玉砕してこい。やけ酒くらいは付き合ってやろう」

「なんで失敗が前提なのさ」

「キミの場合、待っても海路の日よりは来そうにないな。千年待っても埒が明かないだろう。覚悟を決めて積極直突撃(じきづき)だ」 

 再び胸上げ腕組みで目を閉じ唸り始める小町。

「ん~~ やっぱりそれっきゃないかぁ」

「やけ酒はキミのオゴリだからね」

「だから、なんで上手くいかないって決めつけるんだよ!」

 ―――†―――†―――†――― 

「小町、どうしたのですか?」

 休暇の初日を幻想郷で過ごすことにした四季映姫・ヤマザナドゥ。
 後ろから付いてくる大柄な部下にたずねた。

「あた……私も今日は休みなんですよ」

 もじもじしながら答える。

「そうでしたね、ゆっくりなさい。では」

 そう言って、さっさと立ち去ろうとする閻魔様。
 強い意志の宿った眼差し、少しのあどけなさと精悍さが同居する面差しは高水準の美貌。十六夜咲夜のような、いわゆる近寄り難い系美人の典型だ。
 幻想郷で指折りの高身長、小野塚小町との対比で小柄に思われがちだが、その身長は一般女性の平均をやや上回るほど高い。
 休日にも関わらず閻魔の制服を着込んでいるのは、この服でなければ説教にも迫力が出ないからかも知れない。
 しかし、制服は上だけで下はカジュアルだった。ほっそりとした長い足にショートブーツ、白いフリルのスカートは超々ミニ。かなり、かなーり目の毒だ。

「待ってくださいっ」

「何ですか」

「あの、あたい、四季様とご一緒したいんですけどよろしいですか?」

「何の故あってですか?」

 ぴしゃりと音が聞こえそうなセリフが返ってきた。

「り、理由が無くてはダメなんですか?」

 食い下がるこまっちゃん。ここで怯んではいられない。

「私にもプライベートがあるのですよ」

 至極もっともな話だ。

「それはそうですけど……今日だけ、いけませんか?」

 必死にすがりつく。

「ふむ、いいでしょう。ただし、面白くはないですよ」

「ありがとうございますっ」

 第一段階はクリアだ。
 四季映姫の少し後ろを歩き始めた小町は高鳴る鼓動とともに期待に胸を膨らませた。

「おや? これは奇遇だね」

 横道からひょっこりと現れたのはネズミのダウザー。

「……な……にぃ」

 小町の胸中のわくわく感が一気にざわざわ感に置換された。

「貴方は命蓮寺の寅丸星の従者でしたね」

 間に入ろうとした小町より早く四季映姫が話しかけていた。

「然ようだ。私は寅丸星の性感帯こと、ナズーリン。きちんとご挨拶するのは初めてだね、以後お見知り置きを」

 そう言って軽く頭を下げた。
 いきなり噛まして来やがった。

「貴方の行状は聞き及んでいます。それなりの善行もあるようですが、悪行、特に色欲に溺れすぎです」

「色欲かい。望むところなんだが」

「貴方はせっかくの善行をふざけ半分の悪行で台無しにしています」

「ふざけ半分とは捨て置け無いね。私の色欲は常にシリアスだよ」

 小野塚小町はハラハラしながらやりとりを見守っている。地獄の閻魔にこれだけ言い返すモノは初めてだ。四季映姫はいつもの無表情、一方のナズーリンは少し首を傾け薄笑いを浮かべている。

「ところで私は死後、どこで裁かれるのかな?」

「今のところ貴方は私の管轄ではありませんね」

「では今の言葉は余計なお節介というわけだね?」

「そうなりますね。ですが貴方の行いは明白です。どこで裁かれようと同じ判決が下ります」

「自分の受け持ちでもないのにそこまで助言してくれるとは、真の善在か。それとも顕示欲が強すぎるのかな」

「今の貴方にどう思われようと構いませんが、私の言葉は完全に正しいのですよ」

「ほう、これほど自信に満ちたお節介は初めてだね」

「貴方のためなのですよ」

「まぁ、私もよくお節介と言われるからね。キミの気持ちも分からないでもないがね」

「こらーっ 四季様に向かって『キミ』とはなんだー!」

 堪りかねた小町が怒鳴った。

「小町、貴方は控えていなさい」

「し、しかし」

 いきり立つ部下を制しながらナズーリンに向き直る。

「貴方とはいずれ白黒つけることになりますからね」

「そんなに恐い顔をしないでくれたまえ。都々逸でも歌われてるじゃないか」

「どどいつ?」

『白だ~黒だ~と喧嘩はおよし~ 白という字も~墨で書く~』

 気持ち良さそうに一節歌った風流ネズミ。
 片や呆然としている司法関係者二人。

「どうしたんだい? 都々逸を知らないのかね?」

「……いや、ちょっと意外でさ」

 ナズーリンは古今東西の地理・歴史だけでなく、文化・芸能にも精通している。その蘊蓄は鼻につくことも多いが、長い年月をかけて足と目と耳で収集してきた知識は広くて深い。

「粋人を気取るわけではないが、このくらいは教養として基本だね」

 そう返して、ふふんと笑った。こう言ったところが鼻につくのだ。

「いずれあの寺にも行くつもりです」

 閻魔様が話題を変えてきた。

「まぁ、説教する対象は山ほどいるからね―――」

 いったん言葉を切ったナズーリンは閻魔様に正対する。

「誰にお説教をしようが勝手だが、私のご主人様、寅丸星だけは除外していただきたい」

 大きな声ではないが断固たる口調。

「私は常に公平です、誰であろうと特別扱いはしません」

「ご主人様はああ見えて気にしいなんだよ。変なところでクヨクヨ悩むことがある。余計なことを言って不安にさせるのはやめてもらおうか」

「お前さん、四季様のお言葉を余計なことだってっ?」

「小町、控えなさい」

「でも……」

「ご主人様を不安にさせて楽しんで良いのはこの私だけだよ」

 譲れない想いを告げるナズーリン。

「は?」

「……今のは無かったことにしてくれたまえ」

「今のような物言いに問題があると自覚していますか?」

 四季映姫が一歩前に出た。

「ふん、細かいことを気にしすぎると嫁の貰い手がなくなるよ?」

「四季様が嫁になんか行けるモンか!」

 三途の川の船頭も一歩前に出る。

「小町」

「へいっ」

「その物言いは失礼ではありませんか?」

「も、もーしゃけありゃせん! 『嫁に行けるモンか』ではなく、『嫁に行くモンか』の間違いでしたー」

「立場上伴侶を求めるのは難しいだろうがね」

「貴女方(あなたがた)に心配してもらうことではありません。それに私は恋愛には全く興味がないのです」

「……ぅえ?」

 途端に不安そうな表情になるこまっちゃん。

「キミたち、脱線しすぎだぞ」

「誰のせいだよっ」

「小町」

「はひゅっ」

「貴方のせいです」

「そ、そ、そ、そんなあああー」

 もう少しで泣きそうだ。

「話を戻させてもらうが、寅丸星には干渉しないでいただこう」

 打って変わって真面目な表情のナズーリン。

「寅丸星は誰からも責められる謂われはない。もし、寅丸星に罪があると言うのならば、その罪は私、ナズーリンのモノだ。その責は私が負う、すべてをね。したがって、寅丸星には誰であろうと口出し無用なのだ。……分かったかね?」

 地獄の閻魔にも一歩も引かず、主人ために小さな体で堂々と立ちはだかる。

「貴方は寅丸星のなんなのですか?」

「従者だよ」

「従者ってそこまでするのかい?」

「あの方に【ほとんどすべて】を捧げたんだ。私の誇りと情熱、存在意義は寅丸星のためにあるのさ」

 ナズーリンは早い段階から寅丸星の高尚潔白な人柄と未完の大器っぷりにゾッコンとなり、私心をほぼ捨て去り全身全霊を捧げている。若干、邪な私心も混じってはいるが。

「ご主人様を守るためなら、私は何でもするからな」

 ナズーリンの覚悟に息を呑む小町。
 ここまで言い切れるものなのか。それにこのネズミは本当に何でもするのだろう。口が悪くていい加減な変態妖怪だと思っていたが認識を改めるべきかと思い始める小町。

「私とご主人様の繋がりは表面的なものではないのだよっ」

 ずいっと右足を踏み出し、くわっと目を剥く。

「もっと深いところ、子宮の入り口をノックするくらい奥で繋がっているんだっ」

 その宣言は場を白くしただけだった。

「…………悪いけど、意味が分かんないよ(胸アツな話だと思ったのに台無しだよ)」

 小町はげんなりとなってしまった。

「私も最後の言葉は分かりません。要点は何ですか?」

「寅丸星に関しては〝窓口〟である私を通せと言ってるのさ」

「―――貴方の話は理解しました。考慮しましょう」

 このコメントにビックリのこまっちゃん。白黒即断即決の閻魔様が保留とは。

「あくまで考慮ですからね」

「まぁ、いいさ。ふふん」

 ―――†―――†―――†――― 

「ところで本日はどちらまでお越しかね?」

 この場の妙な緊張が緩んだあたりでナズーリンが話題を変える。

「山の麓を散策しようと思っています」

「では途中までご一緒しよう」

 並んで歩きだそうとしたナズーリンの服がくいっくいっと引っ張られた。

「なあ、これからはあたいの勝負どころなんだ。邪魔はしないでおくれよ」

 小町が耳元で懇願してきた。

「も~ちろんだとも」

 何とも信用ならない笑顔で答えるナズーリン。

 四季映姫の後ろ、少し離れて小町とナズーリンが歩いて行く。
 純白のフレアスカートの裾が、ひらんひらんと揺れる。
 膝上三十センチ以上、ちょっとお辞儀をしたらグレイテストハピネスの発動だ。

「お、今、チラッと見えたね。フリルがあったようだが、私としたことが見逃してしまったな」

「見るんじゃないよ!」

 パチーン!

「ってて……ふーむ、改めて見ると、足がとても美しいな」

「だからジロジロ見るな!」

 スパーン!

「ったぁー、この私の頭をこれほどポンポン叩くのはキミが初めてだぞ? 覚悟は出来ているのかい?」

「四季様をイヤらしい目で見るな!」

「まぁ、良く見たまえ。細身ながら非常に均整の取れた身体だ。特にあの足は非の打ち所がないじゃないか」

「そ、そうだけどさ、いやっ 見ちゃダメだよ!」

「個人的にはキミくらいムッチリ、モッチリした健康的な足が好みなんだがね」

「どっ、どこで見たんだよ!」

 自分でも、ちょっとラデッシュな太モモかな、と気にしている小町は大慌て。
 常にロングスカートで隙を見せてはいないはずなのに。

「ふふん、プロの探索者をナメるんじゃないよ」

「この変態がーっ!」

「小町」

「は、はいっ」

 いつの間にか閻魔様が立ち止まってこちらを向いていた。

「うるさくするなら付いて来なくて結構ですよ」

「あ、すみません」

 注意の後、再び歩き出した閻魔様。お付きの二人はまだ足が出ない。

「ほらーっ 怒られちゃったじゃないかっ」

「あん? キミの独演会だろうが」

 小町は一唸りした後、かねてよりの懸案事項をハッキリさせることにした。

「あのぉ、四季様、少しよろしいですか?」

「なんですか?」

 振り向きも止まりもせず返事する閻魔様。

「そのスカート……短いのでは?」

「貴方が気にすることですか? このくらいは普通です」

「いえ、普通ではありません。あたいが知る限り、幻想郷のミニスカートのナンバーワンは四季様ですよ」

 閻魔は足を止め、くるりと振り返る。スカートの裾がふわりと翻り、あわやデンジャラスシーン。

「ふむ、何事も頂点を極めるのは良いことですね」

「それ、違います! 今だって危なかったじゃないですかっ」

「何がですか」

「それはっ……スカートの中身と言いますか、〝パ〟で始まる危険なモノが……」

「中身? ああ、下穿きのことですか。しかし、危険とはどういうことですか?」

「四季様のその、〝パ〟で始まるモノは大変危ないんですよっ」

「危険物扱いとは失礼極まりますね」

「標準的な感性を有する思念体にとっては大変なご褒美だけどね」

 ナズーリンが割り込んできた。

「お前さんは引っ込んでておくれよ!」

「何故ご褒美なのですか?」

「だって、幾晩かはオカズに困らないじゃないか」

「オカズとは?」

「だから引っ込んでろっての! 四季様はあたいのオカズなんだっ」

「小町」

「は、はぴっ」

「何故私が貴方のオカズになるのですか」

「そ、それは、つまり、尊敬する四季様を思いながら……ご、ご飯を食べるんですっ」

「それでお腹を満たせるのですか?」

「はいっ お腹いっぱいです!」

「苦しすぎる陳述だなぁ」

「小町」

「はいっ」

「貴方は食生活を改善するべきですね」

「え……っそうですか」

「これだけズレると、いっそ清々しいな、あっはっはっは」

 けらけら笑うナズーリンを歯を剥き出して睨みつける小町。

「―――四季様、裁判の時はスカート長いのに、説教休暇の時は何故そんなに短いんですか?」

「説教休暇とはどういうことですか?」

「今はそこはじゃありませんよ、スカート丈のお話ですよっ」

 小町の訴えに一瞬だけ考える閻魔様。

「単純明快な話です。短いスカートで長時間座っていると、境目が擦れてイヤなのです」

「外では開放的な気分に浸りたいわけだね」

「小町」

「はいっ」

「もう一度聞きますが、何故、貴方が気にするのですか?」

「ですから、えと、あのですね、四季様の色々な〝パ〟で始まるモノは隠すべきだと思うんですよぅ」

「色々ですって? 私は白いスキャンティーしか持っていませんよ」

「―――おぼふぅ!」

「ふ~む、これは大変貴重なインフォメーションだね。しっかりレコードしておくとしよう」

「覚えなくていーよっ 忘れるんだ!」

「小町」

「ばびぃ」

「何を興奮しているのですか?」

「その、四季様の、し、下着が―――ついでに言わせていただきますが、ブラもなさってくださいっ!」

「ブラ? 胸当ての下着のことですか?」

「さいです」

「やはりノーブラだったか」

「私程度の膨らみには必要ないでしょう」

「そーんなことはありません! 必要ですっ たしかに慎ましやかではございますが、放置して良いわけはありません!」

「うむ、その質量はキチンと収めるべき価値があるだろう」

 ナズーリンの採点【白い星】は二つであろうか。

「そういうことです! ブラしてください!」

「美乳が粗雑に扱われるのは見過ごせないね」

「その通りですよ!」

「小町」

「ぅへい!」

「貴方は何故それほど私の下着に執着するのですか?」

「いや、だって、その……」

「女性用下着の偏愛者だからだよ」

「黙ってろってのっ! お前さんじゃあるまいしっ」

「最近、庁内で報告のあった下着の盗難事件、よもや―――」

「ちちちちち、ちがいますぅー、あたいじゃありませんっ!」

「さあ、キミの罪を数えたまえ」

 そう言いながらスタイリッシュに両手を広げるルナ/ジョーカーのナズーリンW。

「違うんだってー」

「小町」

「あいっ」

「貴方ではないのですね?」

「もちろんですっ!」

「そうですか。信じましょう」

「は?」

「私に嘘が通じないことは貴方が一番知っているはずですからね」

「……ぅおっしゃるとーりですっ」

 ひれ伏さんばかりの勢いで頭を下げる小町。

「それで結局、貴方は何が言いたいのですか?」

「もっと御身を大事にしてください、お願いしますから」

「異なことを言いますね。この仮初めの身体にどれほどの意味がありましょう?」

 元はお地蔵様の四季映姫。自分の身体や服装に頓着することがほとんどない。

「……そんなことを仰らないでくださいよぅ」

 絞り出すように懇願する小町だった。

 ―――†―――†―――†――― 

 三人が歩いていると、草むらから野良猫が顔を出した。
 しゃがみ込んで手招きをする閻魔様。当然、お尻の辺りが危なくなる。
 のぞき込もうとするナズーリンの頭をガッシと掴む小町。

「痛いなぁ、何のつもりだ?」

「こちらのセリフだよ」

 猫は野良にもかかわらず警戒もせずに映姫の指をぺろりと舐めた。

「猫、好きなのかい?」

「猫だけではありません。犬も鳥も皆、大好きです」

「キミは動物に好かれそうな質(たち)だろうね」

「動物は嘘をつきませんから」

「まぁ、そうだね」

「貴方のような獣妖は嘘をつきますけど」

「嘘を? 私が? まさか!」

 大げさに驚いてみせる嘘つきネズミ。

「今日のところは追求せずにおきましょう」

「そんなに好きならペットでも飼ったらどうかね?」

「仕事中は宿舎にもロクに帰れないのです。世話ができませんから飼えませんね」

「あの、あたいはどうですか? 世話はいりませんよ?」

「小町」

「はい」

「自分が何を言っているのか理解していますか?」

「ダメなんですか?」

「冗談はおよしなさい」

「……本気なんだけど」

 ごにょごにょ。

「確かに無邪気な動物と戯れているとリラックスできるよね」

「そうですね。癒されます。しかし、職務上、諦めねばならないことも多いのです」

 泣く子も黙り、暴れる妖怪もひれ伏す地獄の閻魔の本音がぽろりとこぼれた。

 ―――†―――†―――†――― 

 際どい話題ばかりを振る邪淫ネズミとようやく分かれた。
 小町の疲労は激しい。大事な勝負の前にかなり消耗してしまった。

 昨晩はピンク髪の仙人モドキの出過ぎた行動に苦言を呈し、その後は青い髪の邪仙の怪しげな儀式をこっそり見張っていた。
 幻想郷にいる自称仙人たちの監視は四季映姫から直接命じられた大事な仕事。お世辞にも勤勉とは言えない小野塚小町だが、この仕事だけは怠りなく取り組んでいた。

 徹夜明けだが気力は漲っている。いや、徹夜明けだからこそのテンションなのだろう。

(うおーっし! やっと二人きりになれたぁ ここで勝負!)

「四季様 折り入ってお話があります」

「何ですか?」

「私、四季様が、四季映姫様が好きです!」

 言った。言ってしまった。

「ありがとう」

(あれ?) 実にあっさりとした返事だ。

「そ、そうじゃなくて 愛しているんです!」

「つまり恋愛感情なのですか?」

「そうです! お、お付き合いしてください!」

「念のため言いますが、私は女性体ですよ」

「存じております!」

「貴方も女性体ですよね」

「その通りです!」

「その上で、と言うことですね?」

「そうです!」

「言いたいことは理解しました」

(はあ~ やっと、やっと通じた)

「で、お返事は……」

「お断りします」

「うえ、早っ! ど、どうして、ですか?」

「タイプではないのです」

 即断即決、さすがは地獄の敏腕裁判長。
 このフレーズは、断り文句の中でもかなり強烈な部類だ。取り付く島もない。

「う、うううえええええ」

 どしゃっ  へたり込んでしまった。

「しっかりなさい、告白するならばこれも覚悟の上でしょう?」

「ぐえええええええ」

「泣き落としですか? みっともない」

「ふげげえげげげええー」

「用は済みましたね? 私は行きますから」

「ずえ、ええええ、ええー」

「小町、一つ言っておきます」

「……ぷげ?」

 もしかしてと顔を上げ、縋るようにうかがうこまっちゃん。

「次のシフト、これを理由に欠勤したら許しませんからね」

 容赦なく釘を刺された。

 ―――†―――†―――†――― 

 ぼすっ ぼすっ ぼすっ

 日も暮れてしばらくたった頃、ナズーリンが無縁塚の近くに構えている別邸の戸を叩くモノがいた。

 誰何すると小野塚小町だった。

「どうしたんだい?」

「すまないけど…… 一晩、泊めておくれよ」

 くずっくずの様子を見れば何があったのかは容易に想像がつく。とりあえずは中に入れてやることにしたナズーリン。

 どかりと座り込んだ小町、大きな大きなタメイキを一つ。
 そして、ちゃぶ台にドンっと乗せたのは一升瓶だった。

「ほう、【美少年殺し】の大吟醸じゃないか」

「やけ酒に付き合ってくれるんだろ?」

「約束だったからね」

「玉砕だよ…… 木っ端微塵だよ……」

「気を落とすなよ……って、まぁ、落とすか。何と言われたんだい?」

「……タイプじゃないって」

 その答えを聞いて黙り込むナズーリン。

「何とか言っておくれよ」

「うん、まぁ、『生理的に受け付けない』よりかはマシかな」

「おんなじよーなもんだよ」

「『フラれてから始まる恋』もあるよ」

「嘘ばっかりぃ」

 湯呑み茶碗を二つ出し、ツマミを見繕うナズーリン。

「んーっと、タクアンと塩豆しかないけど、良いかい?」

「なんでもいーよ」

「まずは一献」

 とぽっ とぽっ

「では、かんぱーい」

「めでたいわけ無いだろがっ!」

「いや、ボロ負けの意味で完敗にかけてみたんだが」

「ああそうだよっ 確かに完敗さね!」

 そう吐き捨てて、ごっ ごっと湯呑をあおる。

「ぷへ~~い」

「うむ、さすがは銘酒【美少年殺し】だね。旨いね」

「うううう」

 呻きながら涙ぐむ船頭死神。 

「ここで心機一転、真面目に仕事して見直してもらうってのはどうだい?」

「ダメだよ あたい、タイプじゃないんだもの」

「ちなみ閻魔様はどんなタイプがお好みなんだい?」

「知らないよ」

「聞かなかったのか」

「だって、それどころじゃなかったし」

「〝敵〟の情報が少なすぎるよ。これでは勝負にならんな」

 あまりに無策にすぎるとナズーリンは呆れ気味。
 念の為に四季映姫と小野塚小町のやり取りを直接確認しに出向いたが、閻魔から死神に向かっているベクトルは業務上のモノだけでピンキッシュな有向線分は皆無だった。
 この状態でいきなり告白しても上手く行くはずがないのだ。

「無理やり既成事実を作るって方法もあるが」

「お前さん、四季様を舐めてるのかい?」

 地獄の閻魔様が武力、妖力に屈するようでは話にならない。
 持ち前の能力を別にしたとしても単純に超超強いのだ。もンのスゴっく、べらっぼうに。
 力ずくで組み伏せられるモノなどいるはずもない。

「あきらめたらそこで試合終了だそうだぞ」

「お前さん、体育会系でもないくせにそんなこと言うなよ」

「まずはお友達から始めて徐々に距離を詰めるのは?」

「あたいと四季様は部下上司なんだよ? お友達って訳にはいかないだろうよ」

「キミの【距離を操る程度の能力】を使って上司との距離を操れば良いんじゃないのかい?」

「あ、なるほどーって、そんなトンチ話じゃないだろっ!」

「なんだよ、真面目に考えてやってるのに」

「ホントに考えてるのかい?」

 すでにこの話に興味が無くなったナズーリン、励まし方も雑だった。

「キミは普段、偉そうで飄々として意味ありげなのに閻魔様に対してはヘロヘロのグズグズだな」

「だって、だって……」

 小野塚小町は基本的に頭は良く、気の利いたことも言えるし度胸もある。だが、相手が悪かった。感情が先走り、調査も準備も無しに吶喊(とっかん)して砕け散った。

「お前さん、そりゃ、なんの真似だい?」

 妙な角度で敬礼しているナズーリン。

「こりゃまた、失恋いたしました~」

「こ、このぉーー! 真面目にやれーー!」

 ネズミの両肩を掴んでガクガク揺さぶる。

「あがががががっ」

 興味が無いので慰め方も雑だった。雑すぎた。

「あのだね」

 真面目な顔で問いかけるナズーリン。

「なんだい?」

「はっきり言ってどうでもいいんだよ」

 面倒臭くなってぶっちゃけてしまった。

「ひ、ヒドいじゃないか!」

 ナズーリンがこれまで介入してきた案件はそれなりに切迫したものが多かった。繊細な姉妹愛、不死人の死を賭した恋情、方向を見失っていた新米記者の再教育、普通の魔法使いの懊悩、最強の鬼の覚悟、半霊剣士の切望などなど関わったからには見過ごせない差し迫った問題ばかりだった。だから全力で取り組んだ。
 だが、今回は死活問題でもないし、なにより寅丸星に関わらない。つまり真剣になれないのだ。
 お節介ネズミとアダ名されていても何でもかんでも助けようとする訳ではない。
 ナズーリン基準ではこの件はすでに【放置】と決定されていた。

「ねえ、何とかならないかい?」

「ならんね」

 すげないナズーリンを睨みつけながら考える小町。
 このネズミ妖怪は変態だが問題解決能力は折り紙つきである。幻想郷各所からその力を認める声が聞こえてくる。変態だが。

「おっぱい触らせてあげるからさ」

 服の上から幻想郷【乳八仙】に数えられる豊乳を持ち上げてみせた。

「…………………………私を見くびるな」

「随分と間があったけど?」

「目的のためとはいえ、身を売るような真似は感心しにゃいな」

「噛んだね?」

「ともかく、無理なモノは無理なんだよ」

 こんなところで誘惑に負けてはそれでなくとも微妙な風評がトンでもないことになってしまう。

「お前さんがそのつもりなら仕方ない、最後の手段を使うよ」

「脅したって無駄だからね」

 風評で『脅迫する位強気に出たほうがうまくいく』とされているネズミの賢将だが、わずかでも守護対象である寅丸星のためになることなら、閻魔様だろうと強大な妖怪だろうと、その身一つと知略で渡り合う覚悟とガッツがあるのだ。一千年の間、何度も奥歯を噛み潰して踏ん張って、一つ一つ丁寧に、大事に積み上げてきた成果は―――現在の【寅丸星】という存在に結実している。
 そんな献将がチンケな脅しに屈するはずはない。下手に脅せば手痛いしっぺ返しを食らうだろう。

「そんなことはしないさ……あたいの覚悟を見せてやるよ」

 そう言って不敵に笑う死神船頭。

「その覚悟とやらを他のコトに使えば良いのに」

 もっともな意見だった。

 ―――†―――†―――†――― 

 やけ酒というほどは荒れなかった小町は明け方に帰って行った。
 ナズーリンは一眠りし、昼過ぎに寺に戻った。
 出迎えてくれたのは愛しい主人寅丸星だが、挨拶を交わした時、表情に若干の曇りが見えた。

「ご主人、どうなさった?」

「ちょっとお話がございます」

 主人の私室に連れられたナズーリンがちょまっと座るのを待って切り出す。

「先ほど、死神の小野塚小町さんが訪ねてこられました」

 ぞわわわわわーーっ

「…………それで?」

「始めは世間話だったのですが、相談を受けまして」

「…………それで?」

「なんでも上司の方と意志疎通がうまくいかないとか」

「…………それで?」

「なんとかしたいので知恵を借りたいと」

「ぬぐぐっ」

(あのグータラおっぱいめ、最後の手段とはこれか! よりによってご主人に言いつけるとは!)

 賢将ナズーリンの最大のウイークポイントである寅丸星を巻き込んできた。『こうかは ばつぐんだ』。

(その知恵を四季映姫に使えってのに! まったくアイツはーー!) 

「昔の私たちも同様に悩んでいましたよね。ねえナズ?」

「う……まぁ、そうだね」

「私はその辛さ、やるせなさが分かります。ナズ、あなたもそうでしょう?」

「……まぁ、そうだね」

 当初、右も左も分からぬうちに毘沙門天の代理として据えられた寅丸星を補佐するよう命を受けたナズーリン、形の上では【上司と部下】だったが、指南するのは部下のナズーリンだった。
 代理を名乗るにはあまりにも頼りない星に苛立っていた日々。意思の疎通など思い至る余裕がなかった。

 だが、この出来の悪い【上司】は何度も挫けながらも何度も起き上がった。普通、挫けて傷つく度に擦れて、したたかになっていくものなのに、この【上司】は傷つきやすい心を保ったまま涙をこらえて立ち上がってきた。ぼろぼろになった慈愛の心の欠片を懸命にかき集めながら立ち上がってきた。

「私、ナズの言葉を、ただ厳しいだけと早合点し萎縮しておりました」

「まぁ、あの頃はキツい物言いばかりだったね。星、すまなかったね」

「いえ、ナズは私を思って厳しく導いてくれていたんですよね。理解するまで時間のかかったのは私の不徳の致すところでした」

 尊敬でき、誰よりも愛しく、かけがえのない存在と分かっていたのに互いの立場を慮りすぎて大事なことが届かなかったのは昔のこと。

「もう、いいじゃないか」

 そう言いながら優しく抱き寄せた。
 今では二人きりの時は【ナズ】【星】と呼び合うバカップル。

「ですから、ナズ」

「なぁに?」

「小町さんのこと、他人事とは思えないんです」

「むぅ……」

(私たちとは積み上げてきた想いの量が違うんだ。アイツは努力らしい努力をしていない。自業自得なんだけどなあ)

 口にはしないものの、ナズーリンは全く乗り気ではない。

「私も思いつく限りをお話してみたのですが参考にならなかったようです」

(そうだろうね。正攻法でどうにかなるケースじゃないもの)

「助けてあげることはできないでしょうか?」

 他人の苦しみを我が事と捉えてしまうある意味お人好しな、ある意味慈悲深い毘沙門天の代理はこの世で最も頼りにしている従者に割と頻繁に難題を持ち込む。

「簡単なことではないよ」

 正直、見込みが皆無なのだから。

「でも、ナズなら……」

 寅丸にとってナズーリンはエターナルな恋人であり、不可能を可能にする万能の賢者なのだ。ヒトはこれを【無茶ぶり】と言うが。

「そもそも興味がないんだよ」

「そう言わずにお願いしますよ」

 主人であり恋人である寅丸星のお願いにはとことん弱いナズーリンだが、折れてばかりもいられない。

「待ちたまえ。再三説明しているが、私はご主人に影響がないことには関わらないことにしているんだよ?」

「ダメですか?」

「そ……そんな上目遣いをしてもダメだ」

「ナズぅ ダメなの?」

「ぬぐぐぐっ」

 このままではいつものように押し切られると判断した賢将は切り口を変えることにした。

「タダ働きはごめんだよ。相応の褒美でもないとやっていられないよ」

「ほうび、ですか……お小遣いじゃないですよね?」

「当たり前だ。だいたいご主人は現金を持っていないでしょ?」

 毘沙門天の代理とは言え、現金は買い物の時に命蓮寺の財務担当雲居一輪から小口現金を預かるだけだ。へそくりくらいとも思うが、このバカ正直者はその概念すらない。

「では、どんなほうびですか? お菓子ですか?」

「この期に及んでとぼけるつもりかい? アルファベットの八番目なコトに決まっているじゃないか」

「それはその……」

「ご主人はスーパーエロリストのくせに体裁を気にしすぎるんだよ」

「え、エロリストってやめてと私も再三言いましたよっ」

「せめて二人きりの時にはリミッターを外してくれまいか?」

「ダメですよ」

「ぐあああーー」

 頭を抱えて転げまわる。

「ちょっと落ち着いてくださいな」

「とにかくだねっ、何か性的な報酬を約束してくれないとモチベーションが上がらないんだよ!」

「性的……困りましたね」

「困ることなんか何もないだろうにっ 下半身へのダイレクトアタックを解禁してくれればそれで良いのだー!」

「な、ナズっ 声が大きいですよ」

「私の下半身へのバイオレントなチャージでも手を打つっ」

「えと、―――じゃあ、そのへんで」

「言ったね? 言ったよね? 間違いなく聞いたからね? 約束だからね?」

 指を突きつけながらグイグイと迫る。

「……は、はい、分かりました」

「ぃよおおおおううしっ! 私の本気を見せてあげよう!」

 ―――†―――†―――†――― 

 翌日、無縁塚でボケーッとしていた死神を見つけたナズーリン。

「こら、なんてことをしてくれたんだ?」

「ふふん、あたいの覚悟を理解してくれたかい?」

「覚えておけよ」

 軽く凄んだナズーリンだが、ここはコマを進めることにする。

「最低限のレールは敷いてやるよ。後は自分でなんとかしたまえ」

「そうこなくちゃ。……で、お前さんから見て、四季様はどうだった?」

「ツンデレと言うわけでも無さそうなんだよね」

「四季様はデレたことなんか無いよ」

「ツンも少し違うんだよな。なんか事務的というか……」

「普段の会話のほとんどは業務連絡さね」

「先日の邂逅で確信したことがあるんだが」

「ほう、なんだい?」

「心して聞いてくれ」

「うん」

「キミにまったく関心が無いんだ」

「最悪じゃないかー!」
 
 愛の反対は憎しみではなく、無関心と言われている。これは先が遠い。かなり遠い。

「ど、どうすれば良いのさー、何か上手い手は無いのかい?」

「術も薬も効く相手じゃないんだ。一足飛びに上手くいくとは思わないことだ。キミは【地道】って言葉の意味を正しく理解すべきだよ」

「うー」

「これから四季映姫どのにちょっとした提案をしに行ってくる。乗ってくれればキミにも少しは出目があるだろうよ」

「ホントかい?」

「ああ、だからその時は私の指示に従うんだぞ」

「合点だっ」

(コイツ、かなり世慣れていて面白くて頼りになるのに、閻魔様が絡むとただのバカになるなあ)

 少しだけ憐憫の情をもよおすナズーリンだったが、傍から見れば『類は友を呼ぶ』かも。

 ―――†―――†―――†――― 

「こんちわ。ちょっと話をして良いかい?」

 今日は無名の丘の鈴蘭畑で四季映姫を探し当てた。

「貴方の行いについてですか?」

「やや回り道だけど善行を積むための相談というところかな?」

「それでしたら聞きましょう」

「まぁ、ヒト助けなんだがね。仲の良い姉妹がいるんだが、姉は外出できない事情がある」

「具合が悪いのですか?」

「その姉は代役のきかない特殊な仕事についていて、一日たりともそこを離れることができないんだ」

「古明地姉妹ですね」

「ご名答、さすがだねえ」

 わざとらしく驚くネズミ妖怪に冷ややかな視線を浴びせる。
 分からないでどうする。古明地さとりを地霊殿の責任者に据えたのは他ならぬ四季映姫なのだから。
 その能力故、どこに行っても受け入れられなかった覚り妖怪にある意味居場所を与えたのだ。

「今の役目は彼女の業によるものです。代えるわけには行きません」

「そこは理解しているつもりだ。だけど、妹のことを考えてやってくれないかな?」

「古明地こいしのことですか?」

「最近ウチの寺に来るようになったので話すことが増えてね」

 散々辛い目にあって心の目を閉ざした覚り妖怪。引き替えに身に着いてしまった不思議な能力によって実の姉とも心を通わすことがなくなっていた。

「単なる〝不思議ちゃん〟だと思っていたんだけど、なかなか面白い娘だ」

「彼女はまだ心を閉ざしたままだと記憶していますが」

「最近、変化が見られるようだよ。姉と一緒に外に遊びに行きたいと言い始めたからね」

 そう聞いて少しだけ目を大きくした閻魔様。これは普通で言うところの『ええー? ホントー? ビックリー!』に相当する。

「それは良い変化と言えますね」

「私もそう思う。そこで提案だよ」

 そこでちょっと間を空けるナズーリン。

「地霊殿の守り役、月に二、三日くらいは休ませてやってくれないか?」

「それは出来ません」

 間髪を入れない返答だがナズーリンにとっては想定内。

「悪霊の抑え役は一時(いっとき)たりとも欠かせないからだよね?」

「そうです」

「代役がいれば良いだろう?」

「古明地さとり以外に務まる者はいません」

「一人いるよ」

 四季映姫・ヤマザナドゥをじっと見つめる。

「私にやれと言うのですか」

「話が早くて助かるよ。休暇中の気晴らしにどうだろうかね?」

「私は特定の個人のために便宜を図ることをしません」

「だろうね。でも、必要な公務だとしたらどうかな」

「公務? 何故です?」

「地霊殿の定期的な視察だよ」

 それだけで合点がいく聡明な裁判長。

「視察ですか」

「視察だね」

「必要かも知れませんね」

「必要だとも」

「考慮しなければなりませんね」

 あと一押しだ。

「あそこには動物がたーくさんいるんだ。代役と言っても世話をしてもらわないとね。忙しいよ、あっという間に一日が過ぎてしまうだろう」

「たくさんの動物ですか」

「然ようだ。猫、犬、鳥、ウサギにネズミ、ヘビやキツネ、幻獣の類もいたな―――どうしたんだね?」

 閻魔様の視線が旅立っていた。

「なんでもありません」

「動物の世話で休暇どころではなくなりそうだがね」

「それは仕方ないでしょう。公務なのですから」

 一瞬、口の端が緩んだように見えたのは気のせいか。

「そうだね。仕事だものね」

 こちらは思い切りニヤツいていた。

 ―――†―――†―――†――― 

 地霊殿の昼下がり。館の主は穏やかな気持ちでティータイムを楽しんでいた。

「さとり様」

 ペットであり第一秘書でもある火焔猫燐が入室するなり声をかけてきた。カップに口をつけていた古明地さとりは視線だけで先を促す。

「ナズーリンが来てますよ」

 んぶっ
 
 含んだお茶がほんの少し鼻に回ってしまった。

「けほっ けほっ……あ、会わないと言って、けほほ」

 多くの妖怪や悪霊たちから恐れられている覚り妖怪だが、変態ネズミ妖怪は苦手だった。

「それが、会ってくれないならさとり様の特殊性癖を公表すると騒いでいますが」

「特殊性癖ですって?」

「もしかしてアレのことですかね? どうしてバレたんでしょう?」

「お燐? アレって何? 意味ありげに言うんじゃないわよ」

 お燐の考えを読むさとり。
 この猫ムスメ、実にくだらないことを想像していた。
 思わずタメイキをついてしまった。

「……あのね、お燐」

「なんでしょう?」

「そんな妙な道具、見たこともないわ。貴方、最近おかしいわよ?」

 表の世界で遊び回っている火車はヨロシくない影響を受けているようだ。

「やあやあ、さとーりん、ご無沙汰してしまってすまないね」

 軽く手を振りながら入ってきたのはそのナズーリンだった。

「許可をしていないわ。不法侵入よ」

「カタいこと言いっこなしだ、キミと私の仲じゃないか」

「馴れ馴れしくしないでくれる?」

「まぁ、いいじゃないか」

「どうやってこの部屋まできたの?」

 複雑な造りの地霊殿、案内なしでは誰もが迷うと言われている。

「キミの独特の匂いをたどったのさ」

 ナズーリンが軽く鼻をこすって見せた。

「……匂い?」

『独特の匂い』と言われて不安にならない乙女はいないだろう。
 毎日入浴は欠かさないし、身だしなみには気を使っているはずなのに。思わず袖口を鼻に近づけてしまう。

「冗談さ。私は探索者、一度訪れた所なら道順や位置関係は忘れない」

 このネズミはすでに何度かここに訪れているのだ。

「ちなみにさとーりんの匂いは仄かな醍醐(だいご)のカホリだねー。
いつか直接嗅いでみたいものだ」

「ふざけないで」

 へらへら笑っている淫妖に精一杯怖い顔をして見せるが、元々表情筋が硬いのでほとんど効果は無い。

「ところで さとーりん」

「その呼び方はやめてと言ってるでしょ」

 いやそうに顔をしかめる。

「拡張は続けているかね?」

「ん? 何を拡張―――」

 その瞬間、迂闊にもナズーリンの心を読んでしまった。
 そこには●●●プラグを段階的に大きくして身悶えしている自分の姿が―――

「そ、そんなことしているはず、ないでしょーっ」

 自分に大きな声を出させるのはこの変態ネズミだけだ。

「まぁ、そちらは追い追いということでよろしい」

「一生涯、使いませんっ」

「キミのインモラルな性の才能を埋もれさせるのは世界文化にとって大損失だよ?」

 歴史文化学者の変態ネズミがしたり顔で問いかける。

「……ねえ、何の用なの?」

 泣きたくなってきた。
 このネズミ妖怪は肝心な時に心を隠すことができるのだ。たまにチラと見える心象は、あれやこれやと卑猥な仕打ちを受けている自分の姿ばかり。今では読みたくもない。初対面のときから古明地さとりはナズーリンに振り回されっぱなしだった。

「さとーりんに会いたい理由は山ほどあるさ。説明するのももどかしい、私の心を読んでくれたまえよ、さあ」

「絶対、イヤ」

 以前このネズミから【幻想郷で最も縄化粧の似合う女】の称号を授かったが、ありがたくもなんともなかった。

「えー、せっかく調教計画を練り直したのになー」

 実にわざとらしく残念そうな顔をした。
 この変態ネズミは月に一度はやってくる。対ネズミ係の火焔猫燐をけしかけたこともあったが、マタタビ塩大福であっさりと陥落してしまい、役に立たなかった。

「それはともかく、先月出版された新刊、買わせていただいたよ」

「そ、……それはどうも」

 ナズーリンを完全に排斥できない理由はこれだった。
 古明地さとりはペンネームを使いこっそりと小説を出版している。粘着質でこってりとした心理描写が一般受けせず、あまり売れてはいないが、ナズーリンは熱烈なファンなのだ

「普段用、保存用、布教用、三冊ほどだが」

「……ありがとうございます」

「普段用と保存用の二冊にサインをいただきたいんだけど」

 手提げ鞄から大事そうに取り出した本とペンを差し出す。 
 保存用は新品だったが、普段用はすでに何度もページが繰られた跡があった。

「……はい」

 変態とは言え、ファンは大事にしなければならない。変態だけど。

「先生、ありがとうございます。―――さて、今日の本題はこれにて終了だ」

 サインされた本を押しいただいた後は、いつもの態度に戻る。

「では、帰ってちょうだい」

「つれない態度も素敵だよ、ふふふ」

「お願いだから帰って」

「もう一つ、用件があるのさ」

「まだあるの? なんなの?」

「残念だろうが、キミの体の話ではない」

「残念でも何でもないわ」

「いや、ある意味では体のことかなー」

 イヤらしい流し目に身構えてしまう。

「月に二、三日、こいしと外へ遊びに行きたまえ」

「ん? 前にも言ったけど私はここを離れるわけにはいかないのよ」

 何を今更な話を始めるんだか。そりゃあ、最近昔のような明るさが戻ってきた妹と外出すれば楽しいだろうが、自分の役目を疎かには出来ない。

「留守番のことなら心配には及ばない、アテが見つかったのさ」

「簡単に言わないで」

 無数にいる悪霊に常時睨みを利かせるのは並大抵の力では無理だ。

「キミよりももっと恐いヒトだよ」

「私よりも?」

「ついでにペットの世話もやってくれるそうだぞ」

「さとりさまー! たいへんですー!」

 ノックも無しに勢いよく扉をあけたのは地獄鴉の霊烏路空、通称お空だった。

「何です、騒々しいですよ」

「メンマですっ!」

「は?」

「メンマ、メンマー、メンマたべたいっ」

「落ち着きなさい」

 仕方ないので心を読んでみる。

「―――閻魔様ね?」

「メンマラーメンたべたいです!」

「お空、もういいから、下がっていなさい」

「メンマラーメーン!」

「お燐、いる?」

「はっ、おそばに。私はお蕎麦の方が食べたいです。なんちゃってー」

「……四季映姫様をお連れして」

「はーい」

 なんだかスゴく疲れたが、大変な来客には違いない。気を取り直さなければ。

「ねえ」

「なんだね」

「聞いての通り、とても大事なお客様なの。帰ってくれない?」

 居座っている変態ネズミに再度懇願した。

「私がいては不都合なのかい?」

「そうよ」

「キミの立場が悪くなるの?」

「そうよ、それに貴方は山ほどお説教をもらう口だから帰った方が良いわよ」

「つい最近同じことを言われた記憶があるな。つまり私のためでもあるわけだね? さとーりんは優しいな」

「……そう言うことにしておくわ」

「私が帰ればキミと私、双方のためになるんだね?」

「そうよ、だから早く帰って」

「ふむ、理解したよ」

 やっと、やっと通じた。

「じゃあ―――」

「だが断る」

「どうしてーっ」

 またも大声を出してしまった。

「まさにこれこそが用件なんだよ」

「え?」

「さとり様、四季映姫様です」

 タイミング良くお燐が地獄の閻魔を伴って入ってきた。
 さとりは席を立ち、丁寧にお辞儀した。

「ようこそおいでくださいました」

「お邪魔しますよ。楽しげな供回りたちですね」

 お空とお燐のことだろう。

「お、お恥ずかしいところを」

「いえ、よろしいですよ」

 なにやらとても機嫌が良い。

「やあ、待っていたよ」

 ナズーリンは気安く手を振った。

「話は付いていますね?」

 その態度に気を悪くするでもなく、話しかける閻魔様。

「イントロはね。詳細は二人で詰めた方が良いだろう」

「そうですね―――古明地さとり」

「はい」

「貴方はよく務めているようですね」

「恐れ入ります」

「でも、悪霊を封じるこの地霊殿はとても重要な施設です。定期的に視察をすることにしました」

「はい?」

 ―――†―――†―――†――― 

「貴方に借りを作ったことになりますね」

 打ち合わせの結果、映姫の地霊殿管理代行は明後日から二日間となった。今はネズミの賢将と帰り道。

「とんでもない」

 お節介ネズミは肩をすくめてみせる。

「ギブアンドテイクの橋渡しをしたにすぎないさ。地獄の閻魔様が軽々しく借りを作ってはいけないよ?」

 ニヤッとイタズラ小僧のように笑う。

「そうですね。この事はあくまで私個人に関する事、貴方の判決には些かも影響を与えないでしょう」

「それで良いさ。それでこそ公明正大な裁判官だ」

「今のところ貴方の判定は保留ですが」

「おや? 白黒つけないのですかな?」

「あえて言うなら灰色です」

 白黒つけるのが仕事の閻魔にしては、これは極めて珍しい。

「まぁ、ネズミだからね」

「それでもこの件は個人的には借りです。この借りは私的(してき)に返すとしましょう」

 ほんの少し、口元と目元が緩んだように見えた。

(おおっとぉ これは笑っているのか? 超絶級の美人じゃないか。……良いモノを拝見出来たぞ)

 ―――†―――†―――†――― 

「おねーちゃん、お仕事は?」

「今日はお休みなのよ。外に出かけましょうか」

「うれしー! 私、幻想郷を案内してあげる。一緒にお寺に泊まろー あのね、お寺のご飯、とってもおいしーんだよ!」

「それは楽しみね」

「外は危ないんだよ、私が手を繋いでいてあげるからね」

「心強いわ。お願いね、こいし」

「はんど、いん、はーんど! おねーちゃーん、あはははっははー」

 こんな楽しそうな妹を見るのは何十年ぶりだろう。
 そしてこんなに気分が良い自分も何十年ぶりだろう。

 ―――†―――†―――†――― 

「ねえ、あたいと四季様のことはどうなったんだよ? 進展してないじゃないか」

 ナズーリンをつかまえた小野塚小町が詰め寄っていた。

「少なからず前進したんだぞ? それとも何かい、私に任せておけば彼女の方からキミに言い寄ってくるようになるとでも思ったのか?」

「そ、それは……で、前進って何が?」

「これからヤマさんは休暇中に二、三日地霊殿にお泊まりすることになる。定期的にね」

「ヤマさん?」

「ヤマ(閻魔)だからだよ」

「おい、失礼じゃないかっ」

「やかましいぞ。彼女と私はすでにそう言う仲なのだ」

「えっ えっー? いつの間にぃー?」

 血が出そうなほど唇を噛み締める死神船頭さん。

「モタモタしているキミが悪いのさ」

 千年の間、モタモタしていたネズミがエラそうにカマす。

「ふぬぬぅ」

「ヤマさんが地霊殿に行く時は助手として付き添え。そして、役に立つところを見せるんだ」

「助手って、何をすればいいのさ?」

「分からんヤツだな、意向を汲み取り、先回りして雑事をピシッピシっと切れ味良くこなしていくんだよ」

「四季様が地霊殿……そうか、動物の世話か」

 元々は頭の切れるこまっちゃん、すぐに状況を理解した。

「そうだよ」

「でもさぁ」

「なんだね」

「あたい、あんまし、動物は好きじゃないんだよ」

「ばっ かっ もーん!」

 これにはさすがの賢将もキレた。

「ひゃっ」

「そんなこと言ってる場合かっ! キミの想いはその程度なのかっ」

「いや、あたいが悪かったよ」

 ナズーリンの剣幕にたじたじとなる。

「ここで覚悟を決めなくては全く進めんぞっ」

「う、うん、分かったよ」

 ―――†―――†―――†――― 

 寅丸星が命蓮寺のナズーリンの居室を訪れていた。

「今、こいしさんのお姉さんがいらしていますよ」

「うん、ムラサから聞いたよ」

「ナズはご挨拶しないんですか?」

「後で良いよ。それに今は私に会いたくはないだろうさ」

「こいしさんとさとりさん、とても楽しそうですよね」

 寅丸は我がことのように嬉しそう。

「まぁ、これで一つカタがついたかな」

 賢将が抱えている多数の懸案事項のうちの一つ【古明地姉妹のインプルーブ】、うまくいきそうだ。

「さすがナズーリンです」

「まぁ、ね。今回はこいしとさとーりん、ヤマさんがウイナーだね」

「やまさんってどなたです?」

「地獄の閻魔様、四季映姫・ヤマザナドゥだよ」

「ナズ」

「なんだね」

「それはあまりにも不敬ではありませんか?」

「そうかな? 結構仲良しになったんだがね」

「ううーん」

 この従者のネットワーク作りにはいつも驚かされるが今回は格別だ。

「閻魔様と言えば、小町さんのことはどうなったんでしょう?」

「道筋はつけたよ。あとは本人の努力次第さ―――なんだい? 納得いかないの?」

 主人が、もやっとした表情をしているのに気がついた。

「いえ、自助努力は大切ですけど……」

「自分でそれなりに努力してこその〝手助け〟だよ」

「そうですね、了解いたしました」

「良し」

「ところでナズ」

「うん?」

「もうお風呂いただいたんですか?」

 ナズーリンは浴衣を着ていた。

「念入りに洗う必要があったからね。さ、約束のアレだよ」

「ご褒美ですよね」

「で、私はどうしたらいいの?」

「では、横になってくださいな」

「お、いきなりかね、うふふふ」

 勢いよく布団に寝転がる。その時、裾が大胆にめくれた。

「……ナズ、どうして下を穿いていないんですか」

「え? だって―――そうか、ご主人が脱がしたかったのか。抜かった、気が急くあまりステキなオープニングを自らカットしてしまうとは」

「は? 何を言っているのです?」

「まぁ、今回は本編を楽しむとしよう」

「では始めますよ」

「うん!」

 さわっ さわっ

「うん、いい感じだ」

 大好きな寅丸星が太股を優しく撫でてくれている。愉悦の極みだ。

 ぎゅっ ぎゅっ 

「……何をしているの?」

 妙だ。愛撫にしてはかなり力強い。

「ナズ直伝のマッサージですよー」

「……そおーじゃないだろうっ なにゆえマッサージなんだ!」

「はいはい、おとなしくしましょうねー」

 ぎゅっ ぎゅっ 

「違う! 違うよー!」

「下半身へ ちゃーじ、ですよー」

「うー、そこじゃないっ もっと上だよ、付け根だよ!」

「はいはい」

「付け根が、恥丘が、ピンチなんだよっ 助けておくれよっ」

「はいはい、地球は大事ですねー」

「あああーー もどかしいぃー そこじゃなーーい!」



                   了 
紅川です。

お待たせしました! え? 待ってないって? まぁ、そう仰らずに。
ホント、ごめんなさい。
こまっちゃんがヘタレです。今後巻き返してくれるでしょう。……多分。

5/8の例大祭に参加いたします。東4ホール【つ35a】で有閑少女隊の総集編その2(200ページ超! オマケ話付き)を頒布いたします。ぜひお立ち寄りください。
紅川寅丸
http://benikawatoramaru.web.fc2.com
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コメント



0.560簡易評価
5.70奇声を発する程度の能力削除
良かったです
7.100名前が無い程度の能力削除
久しぶりの本編
ありがたや
9.9019削除
久しぶりのナズーリンシリーズ、まさかの「こまえーき」とはやられた。
しかも古明地姉妹まで出て来るとは思わなかった。
ナズーリン、相変わらず理詰めでシニカル、そして色欲まみれ(特に寅丸に対して)の一流の策謀家で思わず噴きました。
しかし小町よ、ダメ過ぎだろう・・・ これはナズーリンも見放すわ。
まぁ寅丸を巻き込んで、ナズーリンを再び味方に付けたのは見事だけど。でも最後にキレさせたけど。
それにしても永姫様、これまた隙の無いパーフェクト美女でございましたな。
しかし、その堅さとは裏腹にじつは大の動物好きにするとはやられましたね。
しかもそこを突いた事によって、小町の依頼の達成と古明地姉妹のふれ合いを復活させるとはさすがナズーリンの面目躍如と言った所でしょうか。
それにしてもオチの寅丸さま・・・ ナズーリンに同情出来なくも無いw
とはいえ、作中でエロい目線で永姫様を見るは、とんでも無いエロ情景をさとりに見せるはで、良い思いをしてるからこれでいいのかw 反面、寅丸に対する純粋な思慕と愛情は本物なんだけど。
久しぶりに面白かったです
12.無評価紅川寅丸削除
奇声様:
 いつもありがとうございます。

7番様:
 お待ちくださっていたのですね。ありがとうございます。
 今年はもう少し本編を書く予定です(多分)。

19様:
 ガッツリ読み込んでいただき、恐縮です。
 自分の中で閻魔様は超美人設定です。
 今後、さとりとこいしが幻想郷で楽しく遊んでいる風景を書ければと思っています。
 ナズーリンの想いは……まぁ、おおよそ純粋なんですけど。勘弁してやってください。
14.100名前が無い程度の能力削除
久しぶりのナズーリン本編面白かったです。
四季様が長身のスレンダー美人というのにはびっくりです。
幻想郷一のミニスカと白いスキャンティのあたりもっと詳しく知りたいです。
15.90名前が無い程度の能力削除
小町ヘタレ過ぎだ。
だがそれがいい。
16.無評価紅川寅丸削除
14番様:
 ありがとうございます。お待ちくださっていたとは感激です!
 今年はもう少し本編頑張りますね。
 相変わらずの勝手設定ですが、四季様はこうであって欲しいという願望です。

15番様:
 今後、こまっちゃんは色々と活躍します(多分)。ありがとうございました。
18.100名前が無い程度の能力削除
おもしろかったです。