「ご機嫌よう、霊夢。調子はいかがかしら?」
「あー? 紫? ぼちぼちよ」
背後に突然現れた知己を顧みず、淡々と掃き掃除を続けながら巫女は答えた。
「あら、そっけない。もう少し愛想よくしてほしいものね」
「このクソ暑いのにヘラヘラ涼しげに笑えないわよ。あんたは、よくそんな暑苦しい格好していられるわね」
「心頭滅却すれば火もまた涼し、ですわ」
「とかなんとか言っているけど、きっとあんたのスカートの中は、スキマ経由で取り出した、冷たい空気でいっぱいなんでしょう?」
「……ご想像に任せるわ」
「そう考えたら、それだけで余計暑くなってきたんだけど。あー!」
「ウフフ、霊夢ったら。そんなに私のスカートの中に関心がある?」
「その言い回しをやめなさい!」
「私のスカートの中の空気スーハースーハーしたいの? 霊夢がしたいって言うなら……いいのよ?」
「だから赤面しながらスカートをたくし上げるのをやめなさいってば」
「わがままねぇ」
「からかいに来たんなら帰りなさい」
「そう、残念。せっかく外の世界でいろいろ珍しいものを仕入れたから、霊夢にもお裾分けしようと思いましたが」
「んまあ! 紫ったら、いつもありがとう。だあい好き! 上がってお茶でも飲んでいらっしゃい!」
これが博麗の巫女の平常時の姿であった。
「やあ、外の世界の文物か。私も興味があるから見させてくれないか?」
そこへ現れたのは珍客であった。銀髪の少女――鳳凰を駆る蓬莱人、藤原妹紅。
永夜異変以来、さほど接点のない紫と妹紅が、博麗神社を同日同刻に訪れるというのはレアなことである。
「あら、貴方はもう無為に竹林を徘徊しているだけかと思っていたのだけど。人の世にまだ関心がありまして?」
「世を憚って隠れ栖むには、不老不死の生は永すぎる」
「ぶっちゃけ暇ってことでしょ」
「そういうことだ。慧音は寺子屋の夏合宿の引率で不在だし、若い子と呑むのもいいと思ってな」
「やだぁ、私のことぉ?」
「……」
しまった。
紫の反応に、しばし呆然としてしまい、霊夢はツッコミを差し込めなかった。
「そういうわけで、話をしながら、まずは一献、どうだ」
妹紅が平然とした顔で酒と肴を取り出した。
咄嗟のことでも揺るがない。これが古代から齢を重ねてきた蓬莱人のスルースキルだ。
「ありがたいけど、宴会でもないのに真昼間からお酒なんて飲めないから。参拝客だって来るかもしれないし」
「ああ、そう、参拝客か」
「その含み笑いはどういう意味よ」
「他意はないさ。なら、これはまた夜にしよう」
妹紅は、酒の代わりに差し出された麦茶を啜った。井戸水で冷やされたそれは、火照る身体にひんやりさっぱりと沁み渡る。
「そうそう、これ、お茶受けにいかが?」
紫がそっと取り出したるは、けばけばしい黄色を用いた色彩が目を引く、二種類の紙箱である。
「なにこれ?」
「外の世界のお菓子」
「へえ」
「こちらはキノコを模ったもので、もう一方はタケノコを模ったものだそうよ」
言われてみると、外箱の製品写真は確かにそれらしきフォルムをしている。
「やあ、珍しい顔だな。いらっしゃい!」
「お邪魔しているよ」
そこへ魔道書を小脇に抱えた魔理沙がひょっこりと顔を出す。自分の家でもないのに歓迎の意を伝え、妹紅も気さくに応える。
「そっちは、ちっとも珍しくない顔ね」
「いつも通りだぜっ」
「また魔法図書館の本を盗んで来たの?」
「盗んでなんてないぜ。死ぬまで借りてるだけだぜ。――で、これはなんだ?」
いつもの通り手垢のついた言い訳を口にしつつ、魔理沙は目ざとく紫の手土産に注目した。
「外の世界のお菓子だって」
「へえ、私も貰っていいか?」
「どうぞどうぞ。魔理沙の分もあるわよ」
「ありがたい。頂くぜ」
紫の気前が、いつになくいい。
「じゃあ、これ使ってちょうだい」
霊夢が用意した陶器の菓子鉢に、一箱ずつキノコとタケノコを開けた。
「かわいらしいわね」
霊夢が率直な感想を漏らした。
それらは確かに、キノコとタケノコのミニチュアのようなものであった。
キノコは、傘の部分と柄の部分の素材が異なっている。
紫によると傘の部分はチョコレートという甘いお菓子で、柄の部分はビスケットというサクサクした焼き菓子なのだという。
タケノコは、全面がチョコレートで覆われているが、それは表面だけのことで、中身はキノコの柄と同じくビスケットであるとのことだ。
「なるほど、構成される素材は一緒なのか」
「味も一緒なのかしら?」
「そうとは限らないぜ」
「じゃ、いっただきまーす」
三人はめいめいそれらを手に手にとって、いざ、口へ運ぶ。
一口噛み締めた瞬間、ビスケットのサクっとした小気味いい食感が歯に伝わってくるとともに、口溶けよいチョコレートのとろ味、甘味が舌の上に広がり、サクサク・とろり・あま~い絶妙のハーモニーを奏でる。
「これは……美味しい」
「旨いぜ」
「ああ、私もいろいろな甘味を食べてきたが、これはなかなか新感覚でいい」
キノコとタケノコを交互に味わいながら、納得したように頷き合う、霊夢、魔理沙、妹紅の三人であった。
紫はその平穏な風景をただ見守っている。
だが、口元こそ穏やかな微笑をたたえているものの、紫の目の輝きは、何かを狙っている目である。それに、霊夢は、はたと気がついた。
考えて見れば、八雲紫ともあろう者が、ただ、このメンバーにおやつを提供するだけして、この場を単なるお茶会として済ませてくれるなんて、それこそ楽観的すぎた。
「ねえ――」
果たして、おもむろに紫が、切り出したのである。
「キノコとタケノコ、どっちが美味しいと思いまして?」
聖戦の引き金となる、禁忌とも言うべき、その質問を。
「えっ?」
「ええと……」
三人のキノコ、タケノコを貪っていた手と口が、一旦、止まる。
「……」
三者三様、互いの様子見をするがゆえに、沈黙がその場を覆っていた。
(……これは、この話題は荒れる。そして、あまりにも……不毛)
じわ……じわっ……!
暑さによるものではない、冷汗が、霊夢の背中を伝って落ちた。
「いや、どっちもおいしいわよ。そうよね?」
「……」
「……」
霊夢が牽制するが、魔理沙も妹紅も、相手を黙視する。
それぞれキノコ属性、竹林属性を持つキャラである以上、このキノコ・タケノコ論争で素直に退くわけにはいかないのである。
キノコとタケノコの菓子を提供したのは、ほかならぬ紫である。場の主導権は完全に紫が握っている。この話題を無視するわけにもいかない。
にしても、あまりにも露骨に論戦を誘ったこのフリは、霊夢の意に反するものであった。
(面倒なことになったわ。こんなところで延々こんな論戦やられちゃたまったもんじゃない。どっちか降りてくれないかしら。魔理沙は……相手ががんばれば受けて立つ気がする。妹紅はさすがに、大人の対応を見せてくれる――)
しかしながら、霊夢の祈りむなしく、勢いよく口火を切ったのが妹紅であった。
「私はどっちかというと、タケノコがいいと思う」
「ほう?」
魔理沙は、来るなら来いと受けて立つ姿勢だ。
(ちょっと、妹紅! あんた、こんなところで魔理沙相手にどうでもいい勝負していないで、竹林に帰ってあんたの宿敵<とも>とイチャイチャしてなさいよ。あいつなら永遠に相手してくれるわよ)
霊夢は歯噛みしたが、もうどうしようもない。賽は投げられた。
「根拠を言ってもらおうか」
「そうそう、根拠は必要ですわ」
紫が尻馬に乗って煽る。
対して、妹紅は握りこぶしに人差し指を立て、チッチッチッと口を鳴らしながらそれを顔の前で左右に振る。
「落ち着け。今から話そう」
「聞きましょう聞きましょう。私たちを納得させてちょうだい」
紫はホクホク顔で双方を煽り立てている。
(ああ……紫ったら、また暑苦しい火種を蒔いて――)
突如、魔法や妖術のスペルカード、弾幕が飛び交ったり、言葉のナイフの応酬になることは幻想郷では珍しくない。それを楽しむのが幻想郷スタイル。
といっても、言葉によるバトル、論戦――ディベートにおいても、スペルカードバトル同様、一定のルールを設けないと、本気の言い争い、ただの口喧嘩になる。特に言葉の勝負であれば、対戦者のどちらに「説得力」があったかは、第三者による公正なジャッジが必要になる。
この場の流れ上、論戦の流れは、魔理沙 vs 妹紅。そして行きがかり上ジャッジは霊夢と紫である。
このくだらない論争に決着まで付き合うのかと思うと、霊夢の背中からはいやな汗がどっと吹き出てきた。
「まず最初に広がるチョコの甘さ。そして中のビスケットのサクサク感の融合だ」
「チョコはキノコにもあるぜ」
「まあ、見ていろ。タケノコはチョコが全面に塗られているからこそ得られる充実感が圧倒的だ。その上、どこをかじっても聞こえてくる、このビスケットとの一体感――」
そう言ってタケノコを人差し指と中指で挟み、咲夜の投げナイフのようにしてひょいと真上へ投擲し、落ちてくるのを口でキャッチした。一噛みすると、サクっと爽快な音が響く。
妹紅はほくそ笑む。それは確かにビスケットとチョコが分離されているキノコには、ないポイントだ。魔理沙は二の句が継げない。
そして、ひとしきり口内のタケノコを咀嚼し終えた後、妹紅はこう語り始めたのである。
「チョコとビスケットが口の中で馴染む。この一体感こそが究極のチョコスナックだ。チョコとビスケットを一緒に食べるのだから、一緒にしたことによる価値が、なくてはならない。切り離されては意味がないだろう?」
妹紅は麦茶で喉を潤すと、最後の一言<ラストワード>を告げた。
「そういう意味では、総合点で――タケノコのほうが、上だ」
バン!
という効果音が聞こえたような気がした。
「魔理沙、反論は?」
紫は厳かに問う。
「いや、反論なんてもんじゃないが」
勝った――。
魔理沙が「反論ではない」と但し書きをつけた時点で、逃げに走っているものと判断し、妹紅は確信の微笑を浮かべる。
「反論なんてするまでもないぜ。まったく見当はずれだ」
「なん……だと……」
「タケノコってさ、こう、なんていうかさ、手が汚れるし、ガキの食べもんって感じがするぜ。ただ一瞬、甘ったるいだけの」
ニヤリッと魔理沙は挑戦的な笑みを浮かべる。
「おい、そういう意味のない中傷はよせ」
「ああ、ガキ向けって言ったのは悪かった。しかし、見ろよ、このキノコのバランスと機能美。なんせ、この季節にチョコを食べるにあたっても、ここを持つと持ちやすく、手が汚れない。よく考えられているぜ」
魔理沙はキノコを一つ手にとって、おもむろに語り始めた。
確かにこの季節、三十度近い気温に晒されたチョコは、常に溶けかけの状態で手が汚れる。
「しかも、食べる側はチョコとビスケットを分離し、好きな配分で楽しむことができるんだぜ」
「それがどうした? 分離してしまっては、チョコとビスケットの融合に価値がなくなるだろう」
「いや、それが見当はずれってんだぜ。むしろタケノコのように最初から甘いチョコばかりの層を食べては、甘さに舌が慣れ切ってしまう。それでは常にチョコの味を活かしているとは言い切れない」
「なに……」
妹紅は魔理沙の思わぬ切り返しに絶句した。
「そこで、適当なところで塩味の混じったビスケットの味で中和し、また、新たな気持ちで甘いチョコに向かうことができる。相棒との関係ってのは、いつも一緒のもたれあう関係じゃいけないんだぜ。これこそが、チョコとビスケットの真の融合ってことになるだろう。そして――」
魔理沙の弁舌は止まらない。
「ビスケット全面にチョコの層を塗り籠めているタケノコは、チョコに対してビスケットの量が多く感じられる」
「うっ……それは……」
「ビスケットとチョコは、キノコでは、対等に近い。わかるか? これこそが機能美、自由度、味のバランス、ともに優れたチョコスナックの一つの至高と言える――」
そして会心の笑みで魔理沙が華麗にキメる。
最後の一言<ラストワード>。
「キノコのほうが、上なんだぜ」
ドン!
という効果音が聞こえたような気がした。
「どうだ、涙拭けよ」
「いや別に泣いていないが……」
「意地張るなよ。泣いてもいいんだぜ」
「なんだそれ」
ふう……と溜息をついて、魔理沙が肩をすくめる。
「こりゃ強情だ。負けを認める気がないらしい。第三者の裁きがないと決着がつかないぜ」
「そうだな、お互いにな。決めてもらおうか、幻想郷の管理者に」
魔理沙と妹紅は、紫のジャッジを仰いだ。
「ここは霊夢に決めてもらいましょう」
紫は、その責務をするりと霊夢に振った。
究極 vs 至高。
その決着は、霊夢に委ねられた。
(ほら、来た――)
こうなることは、この論争が始まった時点から火を見るより明らかであった。
しかし、霊夢には最良の道が見つからない。
霊夢は困惑した。
妹紅も魔理沙も、それぞれのキノコ、タケノコについての思い入れから、互いに意地を張り合うことについては、霊夢としても理解はできる。だが、まったく共感はできない。
どう自分がジャッジするのが、自分にとって、あるいはこの場のメンバーにとって最良の道なのか、霊夢には見当がつかない。
自分の思うままに答えてしまっていいのか。
勝敗はハッキリさせてしまったほうがいいのか。
あるいは、ぼやけさせてしまったほうがいいのか。
わからない。わからない。
「よし、霊夢。裁定を」
「どっちが勝ちだ?」
妹紅も魔理沙も決着を急かしてくる。
どうしよう。
どうしよう。
答えは見つからない。
「タケノコだよな?」
「キノコだろ?」
「タケノコに決まっている」
「キノコだぜ」
「黙って!」
ばしっと卓袱台を叩き、その言い合いを制する。
「私の結論を言うわ」
妹紅と魔理沙が、固唾を飲んで見守る。
泣いても笑っても、霊夢の次の一言が勝敗を分けるのだ。
「私は――」
彼女は今、まさに勝利の女神だった。
女神はどちらに微笑むのか?
誰が泣き、誰が笑うのか?
「ごめんなさい、決められないわ。私甘いもの苦手なの」
――霊夢は逃げた。
霊夢のお茶受けは、翌日からしばらく「暴君」と呼ばれる唐辛子スナックに固定された。
霊夢が泣く泣くそれを食べる羽目になったのは、言うまでもない。
<了>
この論争は早くも終了ですね。
山の神たる神奈子様も必ずや同意してくださることだろう
まあ現実はコアラのマーチ>>>越えられない壁>>>断崖絶壁>>>その他ですがね^^
このSSをつくったのは誰だぁ!
作者をよべぃ
コアラの1強だろjk・・・
誠に愚かで、自分勝手であるッ!ってばあちゃんが言ってた
というわけでDD派が一番だろjk
しっとりチョコ最強に決まっておろう
作者様推奨のアルフォートは、ビスケット部分のざくざく感は神ですけどたけのこ以上に手が汚れやすい。
かといって、多数派のコアラを認めるのも業腹ですし。
……もう、メンズポッキーでよくね?
いいかげんにきのこの山の方が優れているという事を皆は認めるべき
やはりこの世から争いは無くならないな……
私は独りでチョコあ~んぱんを食べてますよ。
あれこれ悩み、争うくらいなら……
「チョコレートのついたお菓子は食べない」
こういう選択肢があることもわかって欲しい
それは禁句だろ…
いや、金9じゃなくてね
……という考えを持ってるのは僕だけでいいっ
でもこの二つから選ぶならたけn(ガオン
霊夢は最後に『逃げ』を打ったけど、お茶好みの霊夢のことだから本当に甘いお菓子は苦手、
せんべい一択もありうるよな。
> わりとどうでもいい <
 ̄^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^^Y^ ̄
ヘ(^o^)ヘ
|∧
/
比べるまでもなくタケノコだろwwwwキノコとかワロスwwww
あんなパチモンばっか出てる商品の何がいいの?w
タケノコのビスケットの質感とチョコとのハーモニーは絶対真似出来ないんだしな!
いいぜかかってこいよ!>キノコ厨
カルビーのコンソメパンチ以外は認めない
まあプリッツが最強だけどな
いや、カーリー・ファンでしょう。 超門番
この世の食べ物が全てピザポテトになればいいのですわ。 冥途蝶
ビスケット生地で出来たたけのこは偽物と思われる
よってこの勝負は無効だな
とっても面白かったのですが、たけのこがビスケットってのはねぇ……という部分でマイナス。この論争はとってもデリケートな話題なんですから!
どうでもいいけどガルボおいしいよガルボ最高ォーーーっ!
私は、きのこが、大好きだああ!!
魔理沙が言っていた通り、あの絶妙なチョコとビスケットの配合バランス
機能的を通り越してもはや美しいといえる!
あと、たけのこのビスケットってちょっと味が違う(俺の勘違いの可能性:大)から
きのこのビスケットの方がいいと思っている。うん
まあ実は一番すきなのはポッキーだったりするんだけどここでは内緒
教授も賛同してくれるでしょう。
ほら、ちっさい頃は、おもちゃの缶詰狙いで買いまくった人とかもいるでしょ?!!
見よ、レスのこの惨状を!!
……もちろん、いちおしは暴君ハバネロです
俺は今日、きのこの山とたけのこの里を買ってきたんだ。
たけのこがビスケットでなくクッキーである件は既出なんだが、そっちではなくて。パッケージからの抜粋なんだが……。
『キノコの山「おいしさのポイント!」カカオの香り引き立つコクのあるチョコレート、ミルクでまろやかに仕上げたチョコレート、サクサクとした【クラッカー】』
なってこったい……俺達は、とんでもない思い違いをしていたんだよ……!!
コメントしねばいいのに
そして俺はブラックサンダー派だ
たけのこは、なんつーか粗野って感じ。
形からして、たけのこって先端尖ってて危ないし。
チョコあ~んぱんこそ至高。
でもどっちかと言うと妹紅の方が好きだから妹紅側に着く。
でも一番美味いのは推しキャラが作ってくれた御飯じゃない?